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『妖霊階段〜ピアノ弾き〜完』 作者:とと / 未分類 未分類
全角17274.5文字
容量34549 bytes
原稿用紙約62.95枚
ここは真っ暗だよ
見えるのは真っ赤な真っ赤な湖
ここから出して
ここから出して
もう一度聞かせて
君の素敵な音楽
ねぇ
どうして君はそんなに真っ赤なの?
湖で水浴びでもしたの?
僕の手も真っ赤なんだ
君のお腹から出ている
その長いのな〜に?


1.事件発生

「彗〜!!」
肩につくかつかないかの長さの黒い髪の少女は満面の笑みで少年に手を振る。
「大事件発生だよ〜!!」
彗は読んでいた本を名残惜しそうに閉じて少女の方に体を向ける。
「舞……大事件は分かったけど、ここは図書室だ。大声で叫ばれたら迷惑だと何度言ったら……」
「あ〜〜〜!!!はいはい。分かりましたっ!!」
舞は彗の言葉を半分……と言うか全部無視して自分の話に移ろうとした。
「……お前には何度言っても無駄だったか……」
彗はため息をついて椅子から立った。
「あれ?どっか行くの?」
彗は舞の頭を持っていた分厚い本で軽く叩いた。
「いった〜〜〜!!!!」
舞は頭を押さえてギャーギャーギャーギャー叫んでいる。
図書室にいる人の視線が彗達に注目した。
早く出て行け!!!
直訳するとこうなる。
彗は軽く舞を叩いたことを後悔した。
どうせなら気絶するほど叩けば良かった。
「ここで話すと迷惑だから中庭に行く」
彗は舞の返事も聞かないまますたすたと歩いていく。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!!」

真木野彗は高校一年生。
少し長めの茶色い髪の毛に色素の薄い瞳。
しかも整った顔をしていて女子の間では王子様と呼ばれていたりする。
それに比べて井川舞はどこからどう見ても平凡だ。
そんな二人だが共通点が一つあった。

霊が見える。
しかもお祓いなんかもできちゃったりする。
これは二人だけの秘密。
お互いに霊が見えると気づいたのはある事件がきっかけだったりするが、ここで説明すると長くなるので省略する。

「で、大事件って?」
木の影にあるベンチに二人は腰かけ、彗から話を切り出す。
「聞いてビックリしないでよ〜!!」
舞は彗に顔を近づける。
彗は一瞬香った舞のシャンプーの匂いに少し心臓が飛び跳ねた。
(落ち着け自分)
「音楽室のピアノ……憑いてるみたいなんだって」
彗は顔をしかめる。
「舞が直接見たのか?」
そう言う噂は大体嘘に決まっている。
直接見てみないと分からない。
「私が直接見たわけじゃないけど……」
舞は下を向いて声を落とす。
「私の友達の沙羅ちゃんが見たの」
舞は彗の細い腕を掴んだ。
「沙羅って……お前が見えることを知っている奴か?」
彗はとりあえず平常心で聞いてみる。
「うん。私の親友……。それでこの前、音楽室に忘れ物した時に……」


2.舞の話


「じゃあ早く音楽の宿題だして帰ろう!!」
舞は鞄を片手に階段を駆け下りようとした。
「あっ!!私宿題今日の授業の時に忘れて来ちゃった!!」
沙羅は口に手を当てて慌てている。
「音楽室に?」
「音楽室に……」
二人は少し押し黙る。
「私パパッととってくるから、舞は玄関で待っててくれる?」
「えっ?私も行くよ!!」
「舞が来ると遅くなるからいい」
沙羅は笑って舞を置いて階段を上っていった。
「私がいると遅くなるって……どういうこと??」
舞は少し疑問に思ったがさして気にせず玄関の方へと歩いていった。

音楽室は4階の端っこにひっそりと存在する。
沙羅は4階に上がる階段を上るとき、ピアノの音が聞こえているような気がした。
「誰か……いるのかな?」
音楽室に近づくたびに音は鮮明に聞こえてくる。
聴いたことのない曲……。
でたらめに弾いているような、少しもの悲しげで、そしてどこか残酷で。
音楽室のピアノが見える位置に来た。
(誰かが座っているみたい)
沙羅はそっとドアに手をかける。
するとさっきまで聞こえていたピアノの音が途絶えた。

ガラガラガラガラ……

沙羅が開けようとしたドアとは反対の前側のドアが勝手に開いた。
さっきの不思議な曲を弾いていたのは誰だったのだろう?
そう思い沙羅はドアから出てくる人物を見つめる。



誰も出てこない。




(あれ?まだ中にいるのかな?)
沙羅はドアを開け中を見渡す。
しかしそこには誰もいない

ぽつんっ。

沙羅の頬に水が落ちてきた。
「雨漏り?でも雨なんて最近……」

ぽつんっぽつんっぽつんっぽつんっ。

音楽室の床にドンドン水が落ちてくる。
沙羅は水を拭き取った自分の手を見たまま固まっていた。
手には真っ赤な……血のようなモノがついていた。
そしてそれはドンドン床に水たまりのように溜まっていく。

鳴りだすピアノの旋律。
まるで狂ったように……。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


「これで全部。その後沙羅ちゃんはどうやって玄関まで来たのか覚えてないんだ……」
舞は無理矢理笑顔を作る。
「宿題も結局だせなかったしね。あはは」
彗はそんな舞の頭を少し不器用にポンポンッと叩いた。
「舞は音楽室見なかったのか?」
「うん。外から見上げて見てみたけど……何もなかった」
「そうか……」
彗は少し考える。
沙羅は信用のできる奴だったはず。
だからそんな嘘はつかないはず。
だけど……誰かのいたずらの可能性もある。
それとも……幽霊ではない奴らが……。
彗は空を見上げる。
日がもう沈みかけている。
「今日はもう遅い……。奴らが動きだす」
彗はベンチから立つ。
「明日の放課後調べよう」
舞は少し吹っ切れたように立ち上がる。
「よ〜し!!この大事件。明日解決だね!!」
いや、吹っ切れすぎだ。
「明日解決するかはまだ分からないぞ」
「いじわる禁止〜!!」
彗と舞は笑いながら学校の門をくぐった。


3.家にて。


「……」
彗は無言で家のドアを開ける。
家には誰もいない。
親と兄弟は全員仕事だ。
妖怪・幽霊退治の……。
人間は誰もいないが一人、人型の使い魔がこの家にはいる
「おかえりなさいませ」
白い長い髪の美形の男。
「カヤ……明日もしかしたら奴らと戦うかもしれない」
カヤは金色の瞳を細めた。
「では……準備をしときましょうか?」
「頼む」
彗の家は昔からの霊能者家系だ。
幽霊でもない、妖怪でもない奴らを倒すのが目的だ。
奴らは彗の一族の間ではこう呼ばれている。
妖霊。
妖怪や幽霊の心を操り、人間の心をグチャグチャにし、生気を吸い取りつくし殺す。
妖霊の目的はよく分からない。
けど最近その活動が活発になってきている。
「音楽室の幽霊か……。人間の仕業か……妖霊の仕業か?それとも本当に幽霊が……?」
彗は考えるのを止めてカヤに問う。
「今日のご飯はなんだ?」
「ジャパニーズ風イタリアンでアメリカンなチャーハンです」
「……」

(なんじゃそりゃ?)


4.戯れの朝


「彗!!おっはよう〜!!」
舞は彗の頭を鞄で叩きながら挨拶した。
「お前は俺の脳細胞を殺す気か……?」
彗は凍り付くほどの鋭い視線で舞をにらむ。
一瞬、空気が凍った(気がした)
(忘れてた……彗って朝苦手なんだっけ?)
舞はこういうところで彗との付き合いの浅さを認識して、少し悲しくなる。
「カヤさんもおはようございます」
舞は小声で彗の後ろに仕えているカヤに挨拶する。
カヤは彗が生まれたときから彗に仕えているらしく、きっと誰よりも彗の事を知っている。
「舞様、おはようございます。お変わりはありませんでしょうか?」
カヤの長い白い髪が風でなびく。
確かに季節は夏のはずなのに、カヤの周りは爽やかな風が吹いているようだ。
舞はカヤの魅力的な笑顔に少し頬を紅潮させる。
それを見て彗は少しムッとする。
しかし、とりあえずこの胸のムカムカは低血圧からくるものだと考えることにする。
「カヤは周りの人間には見えてないんだから、あんまりカヤと話すな」
彗は早口でそう言うと急いで校舎に入ろうとする。
「ちょっ!!待ってよ〜!!どうせ教室同じなんだから一緒に行こうよ」
舞は急いで彗を引き留める。
「お前と歩いていたら疲れる。それに友達が来たみたいだぞ」
彗は立ち去ろうと急いだが舞は彗の手を離さない。
「あっ!本当だ。沙羅ちゃ〜ん!!おっはよう!!」
舞は沙羅にむかって大声で挨拶をする。
それに気付いた沙羅は少し恥ずかしそうに手を振る。
心なしか顔色が悪い。
『カヤ……何か見えるか?』
彗は声には出さずにカヤに話しかける。
舞や彗のような人間では見えないモノが使い魔には見えたりする。
力の差と言う奴だ。
カヤは沙羅を三秒ほど見つめると目を細める。
『手が見えます。おそらく妖霊だと思われますがハッキリとは分かりません。すみません』
彗は沙羅を見つめてみる。
何も見えない。
『俺には何も見えない……。今回の妖霊は強力かもな。サポート頼むぞ』
結局そのまま舞達と彗は一緒に教室まで行くことになった。
何故か沙羅が彗の顔を見つめて顔が真っ赤になっていたが、どこまでも気付かない鈍感な彗だった。


幕間


ここは真っ暗だよ
君の音が聞こえるよ
ねぇ、でもどうして
君の姿が見えないの
君の音は聞こえるのに
君の姿が見えないの

ねぇ どうして

暗闇に狂った旋律が流れる。
むせかえるような血の匂いの中、少年は何かを抱きしめていた。

狂った旋律に血の花を咲かせましょう。
あともう少しで貴方が壊れるから、儚い夢を見させましょう。
馬鹿な幽霊達に哀れみの賛歌を。
臆病な人間達に極上の恐怖を。
そして私達に最高の歓喜を。


5.気付かない影


「はっ?沙羅も来る?」
彗は舞の一言にため息をつく。
「今回はただの幽霊じゃなくて妖霊だ。そんな危ないところに一般人は連れていけない」
彗はそこで一回言葉を切る。
「本当はお前にも来てもらいたくないんだ」
舞は彗の言葉を全て無視する。
「沙羅ちゃん、気になってるんだって。ピアノ弾いている子」
満面の笑顔で舞は言う。
文句あるなら言ってみろ!おるぁぁぁ!!
舞の笑顔がそう語っていた。
彗の顔に冷や汗が浮き出る。
(こいつ、ある意味最強だ)
彗は両手をあげて降参の意を表す。
「分かった。だけどカヤに護衛させるからな」
後ろに控えていたカヤが小さくうなずく。
「お任せください。私の使命は彗様をお守りすること……」
そこで一瞬カヤは天井を見上げながら頬を染める。
「ウフフフフフ」
どこかにトリップしている。
「カヤ……?」
彗と舞が変人を見るかのようにカヤを見つめる。
「はっ!!すみません。はしたないところをお見せして。彗様のお知り合いは私が全力でお守りします」
カヤはいつもの爽やか笑顔で答える。
しかし今度は舞も頬は紅潮しなかった。

川村沙羅は腰まで伸ばした黒い綺麗な髪のせいで、男子からはよく日本人形とからかわれた。
それは中学での話で高校ではそんなことを言う奴はいない。
しかし、その時散々いじめられたおかげで男子恐怖症になっている。
容姿はどっちかって言うと美人系にはいるのに彼氏がいないのはそのせいだ。
そんな男子恐怖症の沙羅だが彗だけは別のようだ。
沙羅曰わく、
「ほら?真木野君って中性的な顔だから」
だそうだ。
きっと本当の理由は彗の事が好きだからだろう。
だけど、まだ本人も誰もその気持ちに気付いていない。
鈍感同盟でもつくったらいいと思う。

「で?沙羅は何時くらいに音楽室に?」
教室で3人だけで打ち合わせをする。カヤも一応いるが沙羅はまだその存在を知らない。
裏山の蝉の鳴き声がうるさいほどに響いている。
よけいに暑い。
「確か……5時くらいだったと思います」
少し頬を桜色に染め沙羅は答える。
舞は考えることが嫌いなので教室の窓から空を眺めて一人笑っている。
怪しい。
どうせ雲でもながめてあの雲、美味しそうとか思っているのだろう。
「5時……か」
彗は教室の時計をちらりと見る。
4時50分。
彗は少し目を瞑る。目を瞑った方が集中しやすいからだ。
沙羅はそんな彗の顔を見て綺麗だ、と素直に思う。
長いまつげが赤い太陽の光に当たり幻想的に輝いている。
「よしっ」
沙羅のそんな考えを打ち消すかのように彗は立ち上がる。
「待つのも疲れる。もう行こう」
舞はその言葉を待ってました、と言うようにすぐに廊下に飛び出す。
「早く、早く〜!!」
彗はそんな舞を見て深いため息をつく。
(遊びに行くんじゃないんだが……)
彗はカヤの顔をちらりと見る。
カヤは分かりましたと言うように、沙羅の後ろにつく。
(妖霊……俺の力で倒せるか……?)
彗は自分の霊力を確かめる。
カヤの力があれば何とかなるかも知れないが、敵の力が分からない限りよく分からない。
こういうとき、親がいてくれたらと思う。
だけど今はとりあえず頑張ってみるか……?

真夏のカラッとした風が陽気に彗の髪をなびかせる。
カヤは一回教室を見回す。
何もいないのを確認すると沙羅を守るために沙羅の後ろに仕える。
教室に強く落とされた影に何か蠢くものがいるとも知らずに。


『危なかったわ〜。あの綺麗なお兄さん。ンフフフフ』
『まだ消されるわけにはいかないの』
妖艶な女の笑い声は蝉の鳴き声にまぎれて消えた。


6.操り人形の糸は切れた。


4階に上る階段。
それはパッと見どこの学校にもあるような普通の階段だった……はずだった。
しかし今では階段の影の中で何かが蠢いているようなそんな気さえもする。
「霊気が溢れ出てるな……」
彗の言葉にうなずく舞。
その表情はさっきとは打って変わって緊張しているようだ。
「うん……。全然気付かなかった」
少し黙り込む二人を見つめて疎外感を感じる沙羅。
自分が見えたら二人の気持ちが分かるだろうか?
そんなくだらないことを考える自分が恥ずかしかった。
沙羅は自分の指を爪で食い込ませて傷つける。
傷ができ血が流れ出ていく。
その時。
ピアノの音が聞こえてきた。
でたらめに弾いているような、少しもの悲しげで、そしてどこか残酷で。
「狂った旋律か……」
彗はそう呟くと階段を上り始めた。
かわいた靴の音が狂ったピアノの旋律と混じる。
「沙羅ちゃん、行こう!!」
元気よく舞は沙羅に話しかける。
しかし、沙羅は床の影をじっと見つめ動かない。
沙羅の指からは自分の爪で傷つけた傷跡から血が流れ出ている。
「沙羅……ちゃん?どうし……!!」
彗は階段を駆け下り舞を突き飛ばす。
さっきまで舞がいた場所に霊気の塊が飛んできたのだ。
行き場所を失った霊気はそのまま消え去る。
そして二人が壁に激突する瞬間にカヤが二人を受け止める。
「カヤ!!沙羅を見ていなかったのか!?」
彗はカヤを殴るような勢いで問う。
「すみません……気付いたときには霊気が……」
彗は舌打ちをし沙羅の方を見る。
舞を自分の背中に隠す。
彗の背中から確かに震えている舞の気配が伝わった。
「…………」
沙羅は無言で彗達を見てくる。
その瞳は白目を剥いており、瞳のしたには大きなくまができている。
整った唇からは涎が流れ、意味の分からない言葉を呟いているようにも見える。
指から流れ出ている血は沙羅の足下に小さな血だまりを作っていく。
「さっ沙羅ちゃん……?」
舞は沙羅の方に駆け寄ろうとした。
しかしカヤがそれを制す。
「お止めなさい。どうやら沙羅様は妖霊に憑かれたようです」
その場にそぐわぬ落ち着いた声でカヤは舞を諭す。
「ンフフフフ……」
沙羅の唇から沙羅の声ではない声が発声する。
「この子、とても憑きやすかったわ。弱ってたから。ンフフ」
妖艶な沙羅の動きに彗達は身構える。
ピアノの音は鳴りやまない。
さっきより激しく弾いているような気さえする。
「こいつが妖霊……」
彗はそう呟くと自分の霊気を必死に固めようとする。
剣の形を想像し妖霊だけを斬るように。
「よけいな動きをしないでくれる?この子がどうなってもいいの?」
沙羅に憑いている妖霊は彗を指さして命令する。
剣の形になりかけた霊気が霧散する。
「くそっ……!」
「別に私も鬼じゃないわ。妖霊は情けも必要なの。もっと恐怖を味わってもらわなきゃ困るわ。ピアノ君ももうそろそろ壊れそうだしね」
舞がその言葉に反応する。
「ピアノ君って?」
妖霊は沙羅の顔で沙羅と同じような笑顔で笑う。
「音楽室でずっとピアノを弾いている子。可哀想なピアノ君。彼女を殺したのが自分だってまだ分からずにひたすら彼女の手を抱きかかえているの」
妖霊はピアノを弾く真似をして無邪気に笑う。
「ピアノ君の物語はまた今度でいいじゃない?あの子は複雑すぎて面白かったのに、今ではもう狂っちゃったみたい」
妖霊は沙羅の長い髪の毛を指で巻いて楽しんでいる。
「そんな……」
舞は妖霊に向かって嫌悪の眼差しをむけている。
舞と妖霊が話している間、彗とカヤは心の中で話し合っていた。

『カヤ……こういう時はどうしたらいいんだ?』
『さぁ?』
『さぁってお前……』
『彗様。昨日私が準備したモノをお忘れで?』
『準備したモノって?』
『彗様の制服のポケットに入っております』
『……あれか!!だが、失敗したら』
『きっと妖霊は沙羅様を殺すでしょう』
『…………』
『彗様、失敗を恐れるのは勇気ではありません。しかし失敗を恐れずに突っ込んでいくのは無謀です』
『…………』
『勇気は自分を信じることです。仲間を信じることです』
『だが……』
『四の五の言わずに自分の思うように動いてください。私がサポートします』
『心強いことで』
『いえいえ』
そこで二人は目を合わせ一瞬微笑む。
合図はそれだけでいい。

妖霊が舞との話に気を取られている隙に、彗は制服のポケットにゆっくり手を差し込んだ。
ポケットの中に入っているモノ、それは妖霊退治用のお札。
『彗様、今です……!』
一瞬でポケットからお札を指し抜き、それを妖霊に向かって投げつける。
一直線にお札は風を切って妖霊に向かって飛んでいく。
あと一センチほどで妖霊にお札が当たる瞬間。
「よけいな真似をしないでくれる?」
お札がはじける。まるで妖霊の周りにバリアーが張っているかのように。
妖霊が余裕の笑みを彗にむけた瞬間、彗はにやりと笑った。
「かかったな」
彗が得意とする術、それはお札でもなく霊力を実体化させる事でもない。
学校中の霊力が一瞬にして妖霊に向かっていく。
彗がもっとも得意とすること、それは霊力を自在に操ること。それは相手の霊力さえも自分の支配下における。
しかしこの術は相手が油断しているときではないと真の効果を現さない。
妖霊の中に集まった霊力を一瞬で爆発させる。
「なっ!!いつの間に」
妖霊は必死で霊力を自分の支配下におこうとしたが、彗の力には敵わなかった。
爆発した霊力が妖霊を襲う。
「にっ人間などに負けるわけには……っ!!」
沙羅本体は傷ついていないように見えるが、実際沙羅に憑いている妖霊には大ダメージを与えたようだ。
妖霊は沙羅の体から脱出しようとした。しかし、そこを舞は逃さなかった。
「逃がさないんだから!!」
舞は自分の霊力を糸のように操り妖霊を捕らえる。
沙羅の体から出てきた妖霊の体をきつく糸で縛り上げた。
もがく妖霊にカヤが一発霊力をぶつける。
「もうそろそろ降参してくれませんか?」
カヤは爽やかに微笑む。しかしその目は笑っていない。
そこで妖霊は抵抗を止めた。
顔に笑みは絶やさなかったが。
妖霊の姿は半透明になっており、よくは分からないが人間に近い形をとっている。
長い赤色の髪の毛に抜群のスタイルは妖艶な美女を醸し出していた。
「お前等妖霊の目的はなんだ?」
彗は霊力を使い荒くなった息を必死に押さえようとしている。
相手の霊力を支配するのには相当の体力と精神力を使うのだ。
「目的なんてないわ。ただ恐怖を、生気を喰らいたいだけよ。それに幽霊達を操って人間達を怖がらすのは面白いしね。ンフフ」
妖霊は乱れていた髪を首を振り、直す。
その髪からは心地よいシャンプーの匂いはせずに、鉄の錆びたような血の匂いがした。
「なっ!そんな理由で沙羅ちゃんを!」
舞は沙羅を抱きかかえながら妖霊に噛みつく。
妖霊に取り憑かれていた沙羅の顔は徐々にいつも通りに戻りつつある。
しかしまだ意識は取り戻さない。
「ああ、その子?精神的に弱ってたわ。だから取り憑くのは簡単だったわ。ンフフ……ッ!!」
舞は妖霊を縛っている糸をさらにきつく縛り上げる。
妖霊は一瞬苦しそうに顔をしかめたが、すぐに余裕の笑みを作り直す。
「その子、自分に霊力が無いことを悲しんでたわ。仲間はずれの気分だったんじゃない?ンフフ」
「黙って……!!」
彗はさらににきつく縛ろうとする舞の霊力を止める。
「止めないでよ!彗!」
狂った旋律はまだ流れている。
彗は微かに聞こえるその音に疑問を持った。
「まだそいつを殺しては駄目だ。耳をすましてみろ。妖霊を捕らえたはずなのにどうしてまだこの怪奇現象は続いているんだ?」
その言葉を聞いて舞は眉をひそめる。
確かにおかしかった。
普通妖霊がそそのかして起きている怪奇現象は、妖霊を捕まえたり殺したりすると収まるはずなのに。
彗はカヤの方を見つめ答えを探すが、カヤは分からないのを示すように首をすくめた。
三人はしばしの間無言になった。
そんな三人の様子を見て妖霊は笑い出した。
「何が可笑しい?」
彗は冷たい瞳で妖霊を睨む。
その瞳は氷のように、いや、それ以上に冷たかった。
「ンフフ。どうやらピアノ君は私の手には負えないみたい。私の糸から抜け出しちゃったみたいだわ」
でたらめに弾いているような、少しもの悲しげで、そしてどこか残酷なピアノの旋律はさらに激しくなっていく。
「それはどういうことだ?」
彗は妖霊の髪の毛を引っ張り怒りを抑えた震える声で問う。
「彗様、落ち着いてください」
カヤが彗の手を押さえる。
その時、微かに沙羅が動いた。
「沙羅……ちゃん?」
舞の震える声に彗とカヤは反応した。
その一瞬、舞は意識していなかったが自然と妖霊を縛っていた糸が緩んだ。
妖霊はその隙を見逃さない。
「私もあなた達の手には負えないわ。悪いけど、この糸から抜け出させてもらうわね!!」
そう叫ぶと舞の霊力を紡いだ糸を一瞬で消し去り階段の一番上まで飛んだ。
彗達は急いで妖霊の方に駆け寄ろうとするが体が動かない。
(なっなんで……?)
彗は必死に相手の霊力をかき集めようとしたが、妖霊は一分の隙もなく一つも霊力を支配できなかった。
「私を捕らえられるのは、あの方だけ。あなた達と遊ぶの楽しかったわ」
彗は必死にこの呪縛を解こうと頭の中で色々な呪文を思い浮かべるがどれもこれも役には立ちそうにない。
そうこうするうちに妖霊は天井すれすれまで浮遊した。
「後始末は任せたわよ。あなた達、結構気に入ったから生かしておいてあげる。それとご褒美に私の名前を教えてあげるわ」
一息おいて妖霊は自分の名前を彗達に教えた。
「狂乃(くるの)よ、お見知りおきを!!」
狂乃はそう言い放つとウインク一つして壁の向こうへと消え去っていった。
鉄の錆びたような血の匂いだけがそこに残った。
そして狂乃が消えた瞬間、彗達の体も動くようになり、彗は足で壁を蹴る。
「くそっ!逃げられたか……」
彗の周りに強大な霊力が集まり、彗の体は赤い膜で覆われているようだ。
「彗様、落ち着いてください」
カヤが必死に彗をなだめる。
彗は怒りによってカヤや舞の霊力まで集めようとしている。
使い魔のカヤにとって、霊力が無くなることは死を意味する。
「彗、落ち着いて。沙羅が……」
彗は舞の言葉に反応し、ゆっくりと自分の周りの霊力を鎮めた。
そして舞に抱かれている沙羅を見つめる。
沙羅は意識は戻ったようだが、まだ体が思うように動かせないらしく、途切れ途切れに会話をする。
「真木野……君?ごめん……ね。足手ま……といで」
彗は沙羅の言葉をうち切り、頭を下げる。
「いや、これは俺のミスだ。妖霊の本質を忘れていた、俺のミスだ」
そう、もっと沙羅のことを見ていればよかったのだ。
妖霊は弱いモノの心に取り憑き、精神を蝕んでいくと言うことを忘れていた。
「俺のミスだ……」
うなだれる彗にむかって舞は容赦なく平手打ちをお見舞いした。
予期せぬ事に彗は反応できずもろに頬にヒットする。
「なっ?何を……?」
彗は赤く腫れていく頬をさすりながら舞を見つめた。
その目は大きく見開いている。
「彗は馬鹿なの!?全部自分の責任だと思ってるの?それって私達を信用してないから?」
「違う……!」
舞の激しい言葉に彗は反論する。
「違わない!!沙羅ちゃんのことに関しては私達全員のミスだよ。危険なことが分かっていたのに連れてきた私もいけないし、守れって言われてたのに守れなかったカヤのミスでもあるの!!」
カヤは舞の最後の言葉を聞き、少し胸がチクチクした気がした。
簡単に言うと少し傷ついた。
「今はそんなこと考える前にすることがあるでしょ!?」
舞は階段の上を指さした。
音楽室から流れ出るピアノの旋律。
沙羅は立ち上がり彗の瞳をまっすぐ見つめる。
「あの、狂ったような、悲しくて、切ない音を止めて……。真木野君が行かなくても、私は行くわ」
舞と沙羅は彗をじっと見つめる。
「彗様……」
カヤは彗の心に話しかけた。
『結論は、もうでてるんでしょう?』
彗はカヤに答える代わりに顔を上げ階段を上り始めた。
「さて、妖霊の残した操り人形の始末に行くか?」
少し切ないような悲しいような嬉しいような微笑みで彗は三人に話しかけた。


7.紡いだのは切れない糸


 音楽室は4階の端っこにひっそりと存在している。
 数年前に建てかえた彗達の高校の校舎は、何故か床だけは昔の木造の時のままである。
 校長曰わく、昔の伝統ある校舎を一部だけでも残しておきたい、と言うことらしい。
 おかげで床はちょっと歩いただけでぎしぎしと軋み、走るなんて言語道断。きっと床が抜けてしまう。
 そんな理由から木の床は生徒達から大不評で、今年の夏休みからは床の改装工事が始まる。
 木の床を惜しむ生徒も多少はいるが大多数の生徒の意見には敵わなかった。
 彗はもちろん賛成派だ。
 何故なら床が木のおかげで今彗達はしなくていい恐怖を覚えている。
「彗様……ここの床絶対落ちますよ? 」
 カヤは守るべき彗の背中にしがみついて彗を揺らした。
 彗の首はがくがく揺れ、発する声は震えている。
「走ったら落ちるだろうな」
 彗のその言葉にカヤは床を歩かずに天井の方に浮かんだ。
 その場にいた全員から冷たい目で見られたのは言うまでもない。
 
 変に高くなったり低くなったりするピアノの音にいい加減飽き飽きしながら彗達は音楽室に近づいていた。
 いつもはすぐに着くはずの音楽室への廊下が、今はやけに長く思われた。
 窓からはあともう少しで沈む太陽が見える。あと半時もすればここも暗闇に覆われるだろう。
 彗達は軋む廊下を一歩一歩噛み締める。
 音楽室の近くは他の廊下に比べ軋み度が増しているような気がする。
 静かに歩いているはずなのに歩くたびに軋む床。
 彗達の足音と、狂ったピアノの旋律が混じり不思議なハーモニーができている。
 それはどこか不気味で、どこか綺麗な音楽だった。
 音楽室まであと一メートル程の時、音楽室のドアや窓という窓が一斉に開いた。
 まるで、彗達を招き入れるように。
「真木野君……大丈夫だよね? 」
 沙羅は彗の服の裾を掴んだ。
 その手は少し震えている。
「沙羅、お前はここで待っていた方がいい。カヤを護衛につかせるから」
 彗は沙羅の肩を軽く叩く。
 それだけで沙羅の頬は赤く染まった。
 彗の頬から顎にかけて流れ落ちた汗が廊下に小さな染みを作る。
 「でも……私!! 」
 沙羅はどうしてもついて行きたかった。
 でも、自分は足手まといにしかなれない。
 彗の力にはなれないのだ。
 その時。
「俺が怪我したときに見てくれる人が必要だからな」
 彗が小さな声で、だけど確実に沙羅に届く声で囁く。
 沙羅はその言葉を聞いてハッとしたように顔を上げる。
 彗の表情は長い前髪で隠されていてよく見えないが、耳が少し赤くなっている。
「沙羅様、先ほど守りきれなかった分、全力で沙羅様をお守りします」
 カヤは白い長い髪を気合いを入れるために一つにくくる。
 その気合いが空回りしなければいいと舞は密かに思った。
「沙羅ちゃん!! 私達頑張ってくるから、待っててね」
 舞は沙羅の手を握る。
 沙羅は舞の手をほどき、小指と小指を絡ませる。
「じゃあ、約束ね。怪我しないで戻ってきて。約束」
 沙羅は美しく優雅に笑った。
 舞もつられて笑う。
 沙羅のように綺麗には笑えないけど、無邪気に微笑む。
「でも沙羅がいてくれて助かった。舞になんか怪我の手当はできないからな」
 その言葉を聞いた舞は頬を膨らます。
「私だってそれくらいでき……!! 」
 舞が言葉を最後まで言い終わらないうちに、舞と彗のいた場所に血で染まった手が伸びてきた。
 あまりにも一瞬の出来事にみんな反応できない。
「なっ!? 」
 無数の手達は彗と舞を音楽室に無理矢理入れようとしている。
 彗は必死に霊力をぶつけようと試みるが、一向に霊力が集まらない。
(こいつら……、霊力を持っていないのか? )
 カヤが彗に向かって手を伸ばそうとした。しかしそれさえも伸びてきたいくつもの手に振り払われた。
「彗様ーーーーーーーーーーーー!!! 」
 カヤの叫び声は音楽室の扉に吸い込まれていった。



 逃がさない
 逃がさない
 彼女のピアノを邪魔しないで
 僕達のことは放っておいて
 だけど君たちはきちゃったから
 もう後戻りはできないから
 いっしょにあそぼう
 いっしょにあそぼう
 君の息が途絶えるまで。


8.ピアノ遊戯


 「……ここは?」
 彗は落ちた衝撃でガンガンする頭を押さえ、呻きながら立ち上がった。
 そのすぐ隣にいた舞もよろめきながら立ち上がる。
「えっと、私達何してたんだっけ?」
 確かさっきまで沙羅達と音楽室の前にいたはずなのに、今では光のない真っ暗闇の空間にいる。
 先ほどここまで彗達を引きずってきた血まみれの手達は姿を消していた。
 狂ったような悲しいピアノの旋律はさっきよりもいっそう近くで鳴っているような気がするが。
「近いな……」
 彗がそう呟くと、空間が電気がついたように明るくなった。
 その空間は一つの部屋で、ドアはどこにも見あたらない。
 天井には赤い手形が無数についており、その部屋の真ん中に存在感のあるピアノがずっしりとあった。
「あのピアノから音が聞こえてるような気がするのは私だけかな?」
 舞は彗の服を掴みながら恐る恐る聞いてみた。
「お前だけじゃない。俺もそんな気がする」
 彗は早くなっていく胸の鼓動を抑えるようにゆっくりと息を吐く。
 ピアノからは確かに音が聞こえており、ここからでは誰が弾いているのか分からない。
 弾いている人が見えるようにと、彗は少し場所を移動するがそれらしき人影は見えなかった。
「舞……心の準備はできたか?」
 舞はつばを飲み込む。
 緊張と暑さから汗が流れ落ちていった。
「私は大丈夫!! そう言う彗はどうなのよ?」
 少し強がった声で挑戦的に彗に問いかける。
「俺は大丈夫……じゃあ行くぞ」
 彗はそう言った瞬間ピアノの後ろ側に駆けていく。
 目的は相手の姿を見るためだ。
 舞と彗はピアノを弾いている人影を見て瞳を開く。
 その血に濡れた手は、細い綺麗な指で狂ったような切なくて悲しい旋律を奏でている。
 その手の根本を小さな少年が抱きかかえながら笑っている。
「なっ!?」
 彗と舞はその光景に恐怖を覚えた。
 十歳ほどの少年は一本の腕を持っており、その腕がピアノを弾いているのだ。その腕は血で赤く染まっており、指は真っ赤に塗れている。ピアノの鍵盤はもう血で真っ赤に染まっており、辺りには血の匂いが充満していく。
 その時、ピアノを弾く手が止まった。
 少年がゆっくり振り返り彗達を見つめる。
 いや、見つめたように見えたと言った方が正しいだろう。
 少年の目はガムテープで目隠しされていたのだ。
「ひどい……」
 舞は少年を見て思わず呟く。
 少年の体には至る所に傷ができており、胸には大きな包丁が突き刺さっていた。
 そんな状態にも関わらず少年は笑っていた。
 その笑みは歪んでおり、『手』に何かを囁いていた。
「お兄ちゃんたち、何でぼくたちのじゃまをするの?赤いかみのお姉ちゃんもそう。ぼくたちに糸をくくりつけて、どこかに行っちゃった」
 少年は『手』をさする。
 彗はその異様な光景に目が離せない。
 その部屋は夏の暑さなどどこかに行ったように、ひんやりと冷たくなっていた。
「でもね、糸は彼女がいたがったからはずしちゃったんだ」
 『手』は少年の頭をなでる。
 少年は少し嬉しそうに頬を赤くした。
「どうして……君たちはここでピアノを弾いてるのかな?」
 舞は相手を刺激しないように優しく話しかける。
 その声はわずかだが震えていた。
「赤いかみのお姉ちゃんがここで弾けって言ったんだ。ここなら誰にもじゃまされないからって」
 おそらく赤いかみのお姉ちゃんはあの妖霊の事だろう。
 彗はこれなら簡単にこの幽霊達を成仏させられると思った。
 妖霊に操られてピアノを弾いているだけなのだから。
「実はここでピアノを弾かれると迷惑なんだ。分かるか? この意味が」
 彗にしては優しい声で少年を諭す。
 少年はにっこりと笑った。
「僕たちはどこに行ってもじゃまなんだね? 僕がいらない子だから? 僕がいい子じゃないから? ねえ……」
 少年は彗に向かって手を伸ばしてきた。
 彗の腕を強い力で掴む。
 その子供の力とは思えない力の強さに彗は少年の手を振り払おうとするが、少年の手はのかない。
 逆にどんどん彗の腕を締め付ける。
「やめろっ!!」
 彗は霊力で少年の腕を吹き飛ばす。
 少年の肩から手が千切れ、力を失った手が彗の腕にぶら下がる。
 ぶら下がった手は見る見る内に腐っていく。
 皮膚はどす黒くなり皮はそげ落ちていく。
 所々見える骨は綺麗な白い色はしていなく、どす黒い茶色だった。
 手は最後に指もボロボロになり床に落ちて消えていった。
 しかし、少年の手からはまた新しい手が骨の軋む音をたてながら生えてきた。
「うっ」
 彗と舞はその光景を目の当たりにし、胃液が込み上げてきた。
 舞が後ろに一歩下がろうとした時、舞の足を複数の手達が掴んできた。
 恐怖のあまり舞は声がでなかった。
 もう無我夢中で舞は霊力で紡いだ糸で手達を切り裂いていく。
「舞っ!? しっかりしろ」
 彗が舞に駆け寄ろうとしたが彗の足にも手達が絡みつく。
「くそっ!! どうしたいんだよ!? お前等は!」
 彗は少年と『手』を睨みつける。
 明るかった部屋は時たま一瞬だけ暗闇に戻る。
「僕たちはここで遊んでいたいんだ。僕たちに還る場所なんてないんだから……」
 少年は胸に刺さっている包丁を指さし、悲しそうに微笑んだ。
「この包丁はね、僕のお母さんが突き刺したんだ。お母さんはね、僕のことがきらいだったの。いつもね、僕を叩くの。悪い子! 悪い子!! って」
 舞は手を切り裂くのを止め少年を見た。
 ガムテープで隠された少年の瞳に、傷だらけの身体。
「彗……この子……もしかして虐待を?」
 彗はそれ以上何かを言おうとする舞に黙れと、合図する。
 少年は舞の言葉に気付かないまま『手』を抱きしめた。
「でもね、彼女だけはね。僕のお姉ちゃんだけは僕に優しかったの。いつもピアノを弾いていくれて、僕を慰めてくれたんだ。お姉ちゃんはお母さんのお気に入りでね、いつも綺麗な白いワンピースを着てたんだ。黒い長い髪からはね、とってもいい匂いがして、僕をギュッと抱きしめてくれたんだ」
 少年は一度そこで押し黙る。
 しばし辺りを沈黙が包んだ。
 すると少年はいきなり笑い出した。
「アハハハハハハハ……あれ? それでどうしたんだっけ? なんでお姉ちゃんは手だけなの? お母さんが? 僕に……それで、気に入ってもらうために……僕……」
 部屋に不穏な空気が漂う。
 『手』はいつしか動かなくなっていた。
 どうやらあの『手』自体が生きているわけではなく、少年が霊力で『手』を操っていたようだ。
「そうだ……僕……お姉ちゃんみたいにピアノが弾けたらお母さんは僕を愛してくれるかなって、だから僕、お姉ちゃんの手をね、もらおうと思ったんだ」
 白いワンピースに赤い液体が飛ぶ。
 お腹が血だらけになって、動かなくなった手。
 肩から腕を切断しようと、何度も何度も包丁を振り下ろす。
 肉が裂け、切断されない骨に向かって何度も包丁を振り下ろす。
 切れない。
 切れない。
 お母さんが僕の所まで飛んできた。
 これで僕を愛してくれる?
 お母さん?
 何?
 痛いよ。
 僕の目玉を包丁で突き刺しながらお母さんは笑ってる。
 目障りだからとガムテープで目をぐるぐる巻きにされお腹を何度も刺される。
 お母さん……。
「僕はただ愛されたかったんだ……」
 少年のガムテープの隙間から涙が流れている。
 少年が霊力を使うのを止めた途端に彗達の足を押さえていた手達が消滅した。
 そして先ほどまでいた部屋は消え、音楽室に戻ってきていた。
 音楽室では少年の『手』は動いていないのに、何故かピアノの旋律が流れている。
「沙羅……?」
 彗はピアノを弾いている人物を見て、ついその人物の名前を呼ぶ。
 沙羅がピアノを弾いていた。
 その後ろではカヤが控えている。
 カヤと沙羅が彗達に気付き駆け寄ってくる。
 少年はピアノを弾いていた沙羅の制服のスカートの裾を掴んだ。
「お姉ちゃん……?」
 沙羅には霊感がなく急にスカートの裾を見えない誰かに引っ張られたように見え、悲鳴をあげる。
「キャーッ!!!」
 少年は沙羅の悲鳴に驚き、手を離す。
 彗は霊力を沙羅の瞳と耳にむけ、少年が見えるようにしてやる。
「お姉ちゃん……やっぱり僕のことが嫌いなの? 僕が……お姉ちゃんの手を取ろうとしたから?」
 少年の目を隠しているガムテープの隙間から滝のように涙が溢れ出る。
 ガムテープが涙で濡れはがれ落ちていく。
 少年のつぶれた瞳が見えた。
 そこには眼球と呼べる眼球は存在せず、ひしゃげた白い変なモノが見える。
 沙羅はそんな少年を見、込み上げてくる胃液を抑えながら少年の手を握った。
「沙羅!?」
 舞はそんな沙羅の行動に危ないからと叫ぶ。
 今、少年はひどく不安定な状況で何をするか分からない。
 現に音楽室に飾られている有名な音楽家達の肖像画が、少年の霊気にあてられ今にも動きだしそうだ。
「お姉ちゃんは怒ってないよ……」
 沙羅は少年を優しく抱きしめる。
「本当に?」
 少年は沙羅の優しい香りに包まれ徐々に落ち着きを取り戻していく。
「本当よ」
 事情はよく分からないけど沙羅は沙羅なりに必死で少年を慰めた。
「僕ね、ごめんなさいって言いたかったの。お姉ちゃんの綺麗な手、動かなくしてごめんなさいって。僕ね、分からなかったの。動かなくなるって、分からなかったんだ」
 悲痛な少年の叫び。
 この少年が必死に姉の真似をして弾かせていたあのピアノの旋律は、少年の叫び声を表していたのかもしれない。
 彗は少年の様子を見て、今なら成仏させられると思った。
 普通、妖霊に操られた幽霊は無理矢理除霊させないと倒せない。
 しかし、妖霊の糸から抜け出し、自分の罪に向き合っている今なら……。
「もう、遊びの時間は終わったんだ。眠らなきゃいけない時間になったんだ」
 彗は優しく少年に語りかける。
 沙羅は抱きしめていた腕をゆるめ、少年の頭を撫でた。
「僕、疲れたから眠るよ。だけどね、最後に一つだけ教えて」
 少年は絞り出すようにその言葉を呟いた。
「どうしてお母さんは僕を愛してくれなかったの?」
 その言葉に、その場にいた全員が言葉に詰まった。
 もう窓の向こうは暗闇で、月明かりが音楽室を照らしている。
 その時、少年が動かなくなっても抱きしめていた『手』が急に動きだした。
 そしてピアノを弾き出す。
「お姉ちゃん……?」
 手は少しずつ肩を作り、顔を作り、体を作っていった。
 そしてそこにはピアノを弾いている黒い長い髪の女性ができた。
 綺麗でどこか切なくて愛しい、不思議な曲。
 生前の少年の姉がよく少年のために好んで弾いていた曲。
『それでも私は愛してた』
 女性はそう呟くと月明かりの下で消えていった。
 『手』はそれきりパタリとも動かなくなった。
「僕……逝くね。お姉ちゃんの所に。お兄ちゃん達、遊んでくれてありがとう」
 少年は光に囲まれ消えていく。
 少年が消える時、一瞬だけ少年の姿は生前の綺麗な姿に戻り、微笑みを残して消えていった。
 


エピローグ〜優しい嘘つき〜

 
「疑問がたくさんあるんだが……」
 帰り際、彗はカヤに話しかけた。
 校門を出たところで舞と沙羅とは別れた。
 沙羅は少し落ち込んでいたようだが、舞がいるから大丈夫だろう。
「何でしょう?」
 カヤはにこにこ笑いながら彗の頭の上を飛ぶ。
「なんで沙羅は音楽室でピアノを弾いてたんだ?」
「私が弾かせました」
「何で?」
「ああなると分かってたからです」
 そこで彗はカヤの顔を胡散臭そうに見上げた。
 しかしカヤは相変わらずにこにこと笑っている。
「まぁ、それはいいとするか……じゃあ何であの時少年の姉が急に出てきたんだ?」
「それは……気まぐれでじゃないんでしょうか?」
「正直に答えろ。これは命令だ」
「……ちょっと術を使ってあの子のお姉ちゃんの映像を作ったんですよ。記憶の中のお姉ちゃんを」
 彗はカヤの顔を見上げる。
 相変わらずその顔には微笑みが絶えない。
「食えない奴」
「彗様こそ」
 そこで二人は笑いあう。
「知らなくても良い真実もあるんですよ。嘘をつかなければいけないときもあるんですよ」
 そこでカヤは笑って彗に問いかけた。
「今日の晩ご飯、何にします?」
 彗は少し考えてこう答えた。
「ジャパニーズ風イタリアンでアメリカンなチャーハン以外ならなんでもいい」
 あれはかなり不味かった。


 知らなくてもいい真実。
 本当はカヤは少年の姉の本物の霊をだすつもりだった。
 しかし少年の姉の霊はそれを断った。
 理由は少年を恨んでいるから。


 愛して欲しくて、愛が欲しくて、少年は最後に優しい嘘をもらい逝った。
 何がよかったのかなんてそんなことは分からないだろう。
 幽霊の心をもてあそぶ妖霊にただ憎悪の心を。
 悲しい幽霊達に優しいレクイエムを。

 そして嘘つきな使い魔に、今はただ感謝の賛歌を。



Fin
2004/08/20(Fri)00:35:16 公開 / とと
■この作品の著作権はととさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
これでひとまずピアノ弾きは終わりです。
たくさんの感想とアドバイスをくれた卍丸さん、神夜さんありがとうございました。
いまいち消化不良なところもあり、本人ただ今反省中です(汗)妖霊階段はまた続編など書くかも知れませんが、その時はお暇であれば読んでやってください。
まだまだ未熟で、至らないところばかりだと思いますが楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
感想、ご意見、ご指摘などありましたらよろしくお願いします。
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