オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『crime and punishment 第2話』 作者:よもぎ / 未分類 未分類
全角6053.5文字
容量12107 bytes
原稿用紙約19.9枚

本当は もう どうでもよかった


今朝は早く起きて、近くの小川に水を汲みにいった。
ゴツゴツとした岩を避けながら、透き通った流れに木製のバケツを放り込む。
後からついて来たペルシャは、小さな水飛沫を上げながら、川に住む小さな魚を追いかけている。
そんな彼を横目に、俺は冷たい流れに足を浸した。
頭上には高く聳え立つ木々の狭間から、眩しい太陽が姿を見せている。
澄んだ空気を運ぶ秋風は、荒んだ心を癒してくれるかのように、優しく身体を包み込む。
そろそろ紅葉の時期だろう。少しずつであるが、森の色が変わり始めている。
俺は一旦水から上がると、衣服を脱ぎ捨てて、単身で川に飛び込んだ。
思ったよりも深くなかったため、頭の先を石にぶつけてしまったが、もう痛みには慣れっこだったので気にならなかった。
川の流れに身を任して、全身の力を抜いた。
ゆっくりと瞳を開けてみると、目の前には信じられない光景が広がっていた。

『………花…?』

白い小さな花が一面に咲いている。
上を向いたその蕾からは、小さな泡が吹き出していて、ユラユラと不思議な動きをしている。
『どうして水の中に、花が咲いているんだ…?』
この山に移り住んでから、水の用はこの川に頼りきっている。
もちろん、汚れた身体を洗うために、何度も水中に潜ったことがある。
けれどこんな景色は、今まで一度も見たことがない。
緑色の細い葉が絨毯のように敷き詰められていて、その上に立つ柱のように、背の高い花が流れに沿って揺れている。
俺は暫くそこから目が逸らせなかった。
息が苦しくなって水面に上がると、岸からペルシャが心配そうな顔をして見つめていた。
「ごめん、ごめん。そろそろ帰ろうか」
水でいっぱいになったバケツを片手に、上半身は裸のままで家に向かった。
濡れた体はすぐに、森の風が乾かしてくれる。
俺はノコノコと遅い足取りで、ペルシャの後ろを歩いていった。

「……何だ?」
家に着いてバケツの水を井戸に溜めていると、街の方から甲高い声が聞こえてきた。
その後から追いかけるように、低く野太い声が聞こえてくる。
俺は急いで街を見渡せる山の頂上に向かった。
そこからは人が豆粒みたいな大きさに見えるが、小さな女の子が大きな男に追いかけられている。
男は腕に何か棒の束のようなものを持っていて、必死で逃げる女の子に片っ端から投げつけていた。
俺は目を凝らしてその光景を見ていたが、ふと気がつくと、追いかけられている女の子に見覚えがあった。
腰に巻きついた赤いリボン。
質素な井出達に不似合いな、栗色の豊かな髪。
「あの子だ…」
そう呟くや否や、俺は全速力で街に降りていった。
自分でも何故あの子を庇うのかわからない。
たった一度目が合っただけのこと。自分と同じ年頃で、自分と同じような状況に置かれている女の子。
名前も知らない人間を、身の危険を冒してまで助ける義理はない。
けれど放っておけなかった。
俺の中の何かが切れたように、気づいたときには、街の大通りで男の前に立ちはだかっていて。
女の子は驚いた顔をして、俺の後ろで呆然と立ち尽くしていて。
男は俺の顔を見るなり、「コイツだぁ!コイツが俺のダチの店を襲った悪党だぁ!」と叫びだした。
そうか。この男は、あのパン屋のオヤジの友達なのか。
俺は後ろ手に彼女を追い払った。
彼女は困ったような顔をして、それでも建物の影に蹲るようにして身を潜めた。
「よくもまぁ、俺のダチの顔を潰してくれたなぁ」
酔っ払っているのか、男の口調は安定していなかった。
「俺はお前みたいななぁ、きったねぇ奴がでぇ嫌ぇなんだよぉ」
「それはこっちの台詞だよ」
俺は悪態を吐いた。
男はピクッと身体を反応させると、不意をついて襲い掛かってきた。
「俺がきたねぇだと!?この俺がきたねぇだとぉ!?」
狂ったように棒を振り回す男に、俺は押し倒されてしまった。
背中に食い込むようにして、尖ったガラスの破片が突き刺さる。
俺は少し顔を顰めたが、そんなことに構っている場合ではない。
「死ねぇ!死んじまえぇぇっ!!」
男は臭い息を吹きかけながら、俺を殺そうと必死になっている。
俺の方も殺されまいと、必死で防御する。
顔の前で交差した腕は、もう感覚がなくなるくらいにボロボロになっていた。
さすがにマズイと感じた俺は、渾身の力を込めて、男に一発お見舞いした。
まるで時間の流れが遅くなったように、男はゆっくりと倒れていった。
周りにいた連中は、ハッと息を呑む。
でかい図体をした男は、まるで子供のように呻き回っていた。
「いてぇよぉいてぇよぉ…くっそぉ、なんでこの俺様がこんなガキなんかにぃ…」
「『ガキ』なのはてめぇの方だろ」
俺は乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間背中に鋭い痛みが走ったが、俺は歯を食いしばりながら、家がある山へと歩き出した。
「……おめぇなんか、単なる死に損ないのガキじゃねぇか」
背後から聞こえた言葉に、俺は足を止めた。
「おめぇなんか…盗みでしか生きていけねぇ、犯罪者じゃねぇか。そうやって罪を働いて、俺たち大人を馬鹿にしてよぉ…結局はおめぇら、そうやって他人のせいにして自分を正当化してるだけじゃねぇか。きったねぇよなぁ…真の極悪人だよなぁ…そんな奴らのために働いてる俺らってなんなんだよ。毎日汗水垂らして働いてる俺らってなんなんだよ。まったく、これだからガキってのは…」
男の言葉は、俺の行動によって遮られた。
そばにあったワインのビンは割れて、半径1m以内の石は全て飛び上がった。
「俺が犯罪者だと?極悪人だと?」
ブルブルと震える拳を、俺は必死で抑えていた。
「自分の罪を誰かのせいにする気はねぇよ!悪いのは大人でも子供でもパン屋でも王様でもない!ああ、俺だよ!俺は立派な犯罪者だよ!この世の中で腹を満たすために罪を働く俺自身だよ!けどなぁ、そんな世の中を作ったのは誰だ?くだらねぇ戦争を起こして街を崩壊させたのは誰だ?まだ幼い子供を奴隷のようにこき使って、汚い笑みを浮かべているのはどこの誰だ!?」
周りにいた人間の半数以上が、俺の言葉に顔を隠した。
恥ずかしそうに子供にソッポを向く者や、逆に怒り出して俺に石を投げつける者もいた。
俺はそんな観衆を無碍にして、腹を抱えて蹲る男に一歩近寄った。
「そんな風に呻いていれば、きっと誰かが助けてくれるだろうよ。医者でも警察でも、他の大人でもな。だが俺たちの場合はどうだ?親を亡くして必死で生きる俺たちはどうだ?どんなに苦しんでも、どんなに悲しいと泣き叫んでも、どんなに声を張り上げて助けを求めても、誰一人としてドアを開けようとしない。窓さえも開けない!そんな世の中にしたのは誰だ?そんな冷たい世の中にしたのは誰だ?この世界で生きる価値をもつ人間は、両親を持ち、仕事を持ち、税をしっかり収める奴のみだと決めたのは誰だ!?俺たちに価値はない、穢れた人間は生きていく価値がない。そんな風に思わせたのは一体誰なんだよ!?未来に希望を持たせなかったのは、未来への希望を遮ったのは、他でもない大人たちじゃねぇかよ!!違うか!?」

本当は、もう、どうでもよかった。
父さんが死んで、母さんが死んで、兄さんたちも死んで。
俺の周りから、みんないなくなってしまった。
俺は独りぼっち。孤独の闇の中で、たった一つでもいい。灯りを探していた。
小さくて、仄かな光。すぐに消えてしまいそうな。
けれど、誰の心の中にも、その光は見出せなかった。
誰もかれもが、俺を「価値のない人間」と決めて、冷たく、夜の闇へ葬り去った。
どこへ行っても暗闇ばかり。灯りなんてどこにもない。
だから諦めたんだよ。もう、期待するのはやめたんだ。
自分の罪を誰かのせいにするわけじゃない。
俺が犯した盗みは、俺自身が一生背負わなければならない罪だから。
わかっている。けれど、だったら、そんな世の中を造ったのは一体誰なんだ?
「人間は皆平等」などと、どこのペテン師の台詞だか知らないけれど。
こんな冷たく、残酷な世の中を造ったのは誰なんだ?
恨みや妬みで世界を埋めた、自分勝手な詐欺師は何処にいるんだ?

「…だから、俺は大人を恨んでいる。嫌っている。妬んでいる。たとえ罪を裁く炎で焼かれても、大人になる前に死ねるなら、それで満足だ」
遠くから警官が走ってくる。誰かが通報したのだろう。
「ほら。やっと救世主が来てくれたぜ」
俺はそう一言呟くと、シンと静まった観衆を掻い潜って、山に帰っていった。

家に帰るまでの道は、いつもより長く感じた。
ズキズキと痛む両腕と背中を、早くあの綺麗な水で消毒したかった。
そんな折、ふと背後から小さな足音が聞こえてきた。
「……待って!」
振り向くと、さっき助けた少女が居た。
赤いリボンをつけたまま、髪を風に靡かせて息を切らしている。
「先ほどは…どうもありがとうございました」
「いや…」
俺はシドロモドロに返事した。彼女の言葉遣いはとても丁寧で、聞いてみると、元は上流階級の貴族の屋敷に仕えていたそうだ。
「旦那様や奥様はとてもお優しい方で、こんな私にとても良くしてくださいました。お手伝いとして働いているうちに、隣国との戦争に巻き込まれてしまって。旦那様たちは兵士に殺されて、私たちメイドやシェフの者は、他国へ売り飛ばされてしまったのです」
彼女は長い睫を震わせながら、ポロポロと涙を流した。
「それでも私たちは、生きているのです。どんな仕打ちを受けたとしても、こうして生きているのです。けれど優しい旦那様はもうかえらない。もうあの笑顔をみることも、お世話をすることも出来ない」
俺は何と言葉を掛けて良いのか、わからなかった。
自分で思ったよりも、彼女は悲しい過去を背負っていて、驚いた気持ちと情けない気持ちが入り混じって、複雑な心境だった。
何とか彼女の涙を乾かそうと思い、俺は彼女の手を引いて、あの小川に向かった。
「どこへ行くのですか?」
途中で聞いてくる彼女を無視して、俺は今朝行ったばかりの場所へと到着した。
「わぁ…なんて綺麗な川なの」
彼女は顔の前で手を合わせて、自ら岸辺に降り立ち、澄んだ流れに手を差し込んだ。
辺りを泳いでいた魚たちは、突然の訪問者に驚いて、一斉に岩の陰に隠れてしまった。
「驚かせてしまいました」
「大丈夫だよ」
俺はズボンの裾を捲り上げて、川に足を下ろした。
彼女も同じように、スカートの裾を持って川に入る。
そんなことをしている内に、俺は今朝見た不思議な光景を彼女に見せたくなった。
「おいで」
手招きすると、彼女はその通りについて来た。
そしてズボン以外の衣服を脱ぎ捨てると、俺は深い場所を探して飛び込んだ。
彼女は驚いてポカンとしている。
そんな彼女にもう一度手招きすると、恥じらいながら衣服を脱いで、白いワンピース姿になった。
そして2人して川に潜ると、目の前の光景を彼女に指差した。
『花が…こんなに……』
彼女は口から泡を出しながら、興奮して俺に話しかけている。
言葉は聞こえないが、どんなことを言っているのかは想像できる。
『白くて…綺麗な花…水の流れに揺れて、踊ってるみたい』
まるで時が止まったかのように、俺たちはその景色を見つめていた。
岸に上がってから聞いた話では、あの花は「シェル」という名前らしい。
「私の故郷に咲いていた花なんです。綺麗な水にしか生息しない花で、とても珍しいものなんですよ」
故郷は何処なのかと聞くと、彼女は笑顔で「秘密です」と答えた。
それから近くに咲く花の名前を教えたり、薬草の種類について楽しく会話した。
彼女はとても頭が良く、俺の知らない薬草の使用方法まで丹念に教えてくれた。
「そういえば、背中と腕の傷は大丈夫ですか?」
怪我の痛みを引かせる薬草の話をしていると、彼女が不意に尋ねてきた。
俺は両腕と背中に手をやると、もう痛みの引いたことを確認して「大丈夫だよ」と言った。
はっきり言って、怪我のことなんてすっかり忘れていた。
水の中に潜っているうちに、傷跡も綺麗に消毒されていて、刺さっていたガラスの破片も残っていなかった。
「本当に…」
「感謝の言葉なんていらないよ。もう聞き飽きた」
俺がそう言うと、彼女は可愛らしい声で笑った。
俺も笑った。他人の笑顔を見るのは久しぶりのような気がした。

夕日が沈む頃になると、彼女は突然街に帰ると言い出した。
「なんでだよ!さきだって追いかけられていたじゃねぇか」
彼女の話によると、さっき自分を追いかけていた人物は、仕えている屋敷の跡取り息子の友人だったそうだ。
「偶然今日旦那様を訪ねて、父上様とこちらに出向いたそうです。今日の夕方頃にはお帰りになると聞いているので、お見送りをしなければなりません」
「お見送りって…あんた、奴に酷いことされたんだろ?また見つかったら、今度は何されるかわからねぇじゃねぇか!」
「そこは平気です。今度はあの方の父上様もご一緒なので。昼間は偶然父上様と旦那様がお出かけなさっていて、屋敷には私とあの方の2人きりだったのです」
彼女がどうしても聞かないので、俺は仕様が無く諦めた。
本当にありがとうございました、と深々と頭を下げると、彼女は街へ降りていった。
俺は小さな背中が消えるまで、見つめていた。


家の前には置きっ放しのバケツが転がっていた。
俺はそれを倉庫に片付けると、井戸から水を汲んで喉を鳴らして飲んだ。
いつの間にかペルシャが足元にいて、おかえりなさいと言うように、ニャアと短く鳴いた。
湿っぽい家の中に入って、遅い昼食を摂った。
固いパンは残り少なくなっていて、俺は深いため息を吐いた。
「また盗まねぇとな…」
本当はこんなこと、もううんざりだった。
だったら仕事につけばいいじゃねぇかと人は言うけれど、この戦後の世の中、どこの誰が薄汚れたガキを引き取ってくれるんだ。
「身売りでもするか?」
俺は自分の言葉にクククッと笑いを溢した。
もうこんなにも穢れてしまっている。
「明日の分はあるから、問題は明後日以降だな」
こうなったら心機一転、あのドロボウから強盗に変身するか。
通りを歩くババアでも捕まえて、棍棒でめっためたに殴って、倒れた隙にバッグを奪い取る。
一番大金を得られる方法。そして、一番汚い方法。
『どこまで堕ちるんだろう』
いつか考えたことがある。
人がどん底まで堕ちる時って、どんな時だろう。一体どこまで堕ちるのだろう。
ドロドロになったら、罪を働くことも平気になるのだろうか。
だとしたら、俺はまだ、堕ちきっていないのだろうか。
考えれば考えるほど、たくさんの問題が頭を過ぎる。
「楽になりてぇなぁ…」

楽になりたい。
何も気にすることなく、ただ水の流れに身を任せて。
あの白い花のように。冷たい水の中で眠ってしまいたい。
深い深い眠りにつきたい。
二度と目覚めることのないくらい、深く、深く。



ああ 早く楽になりたい



2004/04/05(Mon)16:24:45 公開 / よもぎ
■この作品の著作権はよもぎさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
文中に出てくる花「シェル」は、日本の梅花藻をモデルにしています。金鳳花科のかわいい花で、本当に水の中で花を咲かせます。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除