『魔術師と巫女の日常生活! 第1話 男と少女と幽霊と 』作者:春日 駿助 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角13852.5文字
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1
黒いローブを着る男、セシルはある“力を持つ言葉”魔法を唱えていた。
『我が呼び掛けに答えるは闇。闇より与えるは永遠の休息。』
禁術闇の魔法デスの発動の瞬間である。
セシルの回りにいた男達が死神に命を取られ死んでいく。これが禁じられた闇の魔法の力だ。
「まあ、こんなものか。だが、ちょっと魔力を使いすぎたかな……」
闇の魔法はその威力もさる事ながら魔力も相応の量を消費する。例えるなら火炎魔法の約3倍だ。だから場合によっては他の属性のほうが使いやすいときがある。まあ、使い方と使用者の魔力しだいだ。
「さて、俺は家に帰るか」
セシルは床に簡易魔方陣を引き、その上に立って移転の魔法を唱えた。
『我を運ぶは風の精霊。別次元の空間を翔けよ』
セシルの姿は次の瞬間そこにはなかった。
 
2
「ここには誰も居ないのかしら。」
一人の少女が歩くは薄暗く不気味な城だった。そして今居るのは城のある一室。
「これで十二部屋目。部屋自体はきれいだから、定期的に手入れはされてると思うんだけど。」
回りを見渡してみる。ピアノ・ランプ・本棚・窓などなど。いたって普通のものしかない。その中にあったランプを持つ。
「あら、これ使えるんじゃないかしら。」
ランプを自分の目の前に持ち魔法を唱える。
『我が声に耳を傾けし炎の精霊よ。我に小さな灯を与えよ。』
魔法の詠唱が終わると同時にランプに火が灯った。さらにその火の光にはさっきまで無かったはずの人影が映った。
「え、今の何?すいません、誰かいるんで、えっ?」
その台詞を言い終わりかけたころ、さきほど点けたはずのランプが消えた。色々なことが一気に起こり少女はパニックを起こした。
「えっ、なになになに?何が起きたの?誰かそこにいるの?」
もうハテナマークの連続である。
かつかつかつ………
誰かが近付いてくる気配がする。少女は恐怖に絶えられなくなったのか、その場に座り込んだ。
「俺の城で何をやってるんだ、あんたは?」
上から声が降ってきた。上を向いてみると、黒い影が視界に映った。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私何もしてないんです。本当です。だから成仏してください」
何を勘違いしたのか物凄い勢いで浄化の魔法を唱え始めた。その早さ、実に常人の2倍はありそうなほどである。
『聖なる精霊よ。迷える魂を天へと送り届けよ。』
その人影は強烈な光に飲み込まれた。
 
3
「なんだこいつ?」
セシルはそんなことを思いながら目の前の少女をうろんげに見た。こちらには気付いてるのかいないのか?とりあえず、声かけることにした。
「俺の城で何をやってるんだ、あんたは?」
こちらはいたって普通の尋ね方をしたつもりだ。しかし、返ってきたのは謝礼の言葉である。しかも、揚げ句の果てには浄化の魔法まで唱え始めやがった。
「ここを幽霊城か何かだと思いこんでないか、こいつ」
セシルはそんなことを思う。現時点では自分が幽霊に間違われているのだとは思いもしない。セシルは少女の詠唱を止めようとするが、すでに時遅し。めちゃくちゃなスピードで魔法を唱えた少女はこちらに向かって、浄化魔法ホーリーを放った。それを見た瞬間、やっとセシルは気付いた。自分が幽霊に間違われていることを。強烈な光のなかで。セシルは自分を包む光が収まるまで、どう少女に説明すればいいか迷っていた。
 
4
少女の前の光が弱まった。少女は浄化が済んだのだと思い近付くとそこには黒いローブに身を包んだ男がいた。
「そんな!私の魔法がきかないなんて。もしかして上級のアンデットモンスター?」
少女はひたすら勘違いした自分の道を突き進んでいった。そこへ男の声が再びかかる。
「おい、あんた。俺のこと幽霊だと激しく勘違いしてないか?」
少女の方はそれとは噛み合ってない返事をする。
「大丈夫です。幽霊さん。今度は私のフルパワーで楽にしてあげますからね。」
すると男は頭をたたいてきた。
「いた!人を殴れるなんてもしかして実体があるの?」
今度は頭を捕まれた。
「だから話し聞けって。俺は人間だ。」
その声と同時に短い魔法の詠唱があり、男の指先に付いた火が部屋に明かりをもたらした。少女はあたりが明るくなったことに気付き男の顔をみる。
「人間?ホントだ。………どうしてもっと早く言ってくれなかったのよ?ビックリしたじゃない?それにあなた誰?」
少女の顔は恥ずかしさのせいか、ほんのり赤に染まっていた。
「こっちは何度も声を掛けたぞ。なのにアンタはシカトしやがって。それにそれは俺の台詞だ。あんたこそ俺の城でなにやっている?」
二人の討論は長引きそうだった。
 
5
「俺は魔術士のセシル。あんたは?」
セシルが少女に問い掛ける。
「私?私はミレーユ。光の巫女よ。」
セシルの問い掛けは続く。
「じゃあその巫女様が俺の城に何のようだ。」
ミレーユは声に無駄に力をいれて返事を返した。
「だから、道に迷ったんだって。で、森の中歩いてたら、ボロイ城があって辺りがだいぶ暗くなってきたから泊めてもらおうかなって。何度言わせれば済むのよ。」
「何度でもだ。それに人様の城に向かってボロイとか言うな。確かに古いが中は綺麗だろうが。」
ミレーユは回りを見回して口を開いた。
「六十点。確かにパット見綺麗に見えるけど、隅々まで手入れが行き届いてない。さっき私が使ったランプも壊れてるんじゃないの?」
ミレーユはさっきのランプを指差して偉そうに言う。
「あんた、この城の掃除がどれ程大変か分かってないだろ。一人だし地下まであるんだぞ。それにランプの火が点かなかったのは、壊れてるのではなく、燃料が切れているだけだ。」
ミレーユはランプを静かに揺らしてみた。どうやら何も入っていないようだ。そこでミレーユはある事に気付きすかさず反論に移る。
「使えなかったら同じことじゃない。それにこの城、セシル一人しかいないの?」
そぼく(?)な疑問付である。
「あんた光の巫女なんだろ。多少なりとも魔法が使えるんなら俺みたく明かりを出せばいいじゃないか。後、何度もいっているがここは俺の城だ。俺以外の誰が住む。」
まあ言っていることはもっともである。確かにそういう面では魔術士や巫女は魔法が使えるため、道具に頼る必要がないこの世界の常識である。。俺の城に俺一人はどうなんだろうか?
「分かったわよ。明かりの件は私が悪かったわ。それと私今日ここに泊めてもらうから。」
 
6
セシルの驚いた顔は一見の価値がありそうだった。
「何故そうなる。まだ明るいんだから帰れ。」
そう言いながら窓を指差し自身も見るが、
「あれ?」
辺りは真っ暗だった。今の季節は冬である。当然日が落ちるのは早い。また、セシルの魔法で部屋が真昼のように明るかったのも彼が間違えた原因の一つであろう。
「どこが明るいのよどこが。分かったらさっさと私を部屋に案内しなさい。」
はっきり言ってさっきといい今といい、セシルが人だと気付いた時から、巫女とは思えないほど口調が荒れている気がしたが………
「誰も泊めてやるなんてまだ言ってないだろう。光の精霊つけてやるからさっさと帰れ。」
ミレーユは森を指しながら言う。
「あんなとこ歩いたら光に刺激された魔物が出るに決まってるでしょ。セシルはそんなことも分からないの。あ、もしかしてこの城には知られたくない秘密が眠ってるとか。」
勝手に想像を膨らましている。
「まあ一日でもこんな美少女と一緒にいられるんだから神に感謝しなさい。」
セシルは改めてミレーユを見た。とりあえず巫女装束だ。当たり前だな。それから巫女装束が大人びてるせいかミレーユが幼く見える。ちなみに本人は気付いてないがセシルも結構な美少年である。
「まだがきじゃん。俺の守備範囲外。」
それを聞くとミレーユは怒り出した。まあがき扱いされて喜ぶ人はいないだろう。
「何よ。私これでも十六よ。セシルはいくつよ。」
セシルは少し驚いた。内心、十四ぐらいにしか見てなかったに違いない。
「俺は十七だ。」
今度はミレーユが驚いた顔をする。ただこっちの場合はセシルが思ったより若かったからに違いない。まあ逆を言うと大人びてみえるというやつだろう。
「なんだ、セシルだってまだ子供じゃん。」
セシルは少しむっとした顔で言い返した。
「うるさい。ほら部屋に案内してやるからついてこい。」
セシルは光の精霊ともに移動し始めた。
 
7
「どうした?不味いとかいう類いのクレームは受け付けないぞ。」
今いるのは食堂。ミレーユを部屋に案内し、いつもより遅れた夕食を作り、ミレーユを呼んで食べ始めたところだ。もちろんセシルが作ったものである。本人も今日のはなかなかうまくできたと喜んでいた。ちなみにメニューは御飯・エビチリ・野菜炒め・スープである。和洋混ざってはいるが、栄養のバランスは確かと語る(セシル談)。
「違う。おいしいけど、なんでセシル男のくせにこんな料理上手いのよ。女の私より上手いなんてショック。」
ミレーユは本当に落ち込んでいるように見えた。そのくせ手だけは動いている。腕になまじ自信があったため敗北を受け入れられないのだろう。
「あんたよか上手いか下手かはわからないけどよ、八才のときから毎日ずっと料理を続けてきたからよ。ただかなり自己流になっちまってるけど。」
セシルは過ぎた日々を思い出しながらそういった。
「何やら訳ありのようね。」
ミレーユはさっきの影を微塵も感じさせない明るい声で問い掛けてきた。
「まあ、劇的な人生を送ってきたんだよ。話さないけどな。」
その後二人は食べ終えるまで何の会話もなかった。
 
8
「はぁ〜、いい気持ちね。やっぱり一日の最後はこうでないと。」
今ミレーユは入浴の真っ最中。どちらが先に入るのかもめたのは入浴前。決着は『お客さま』と『レディファースト』の二つのキーワードでついた。
「なんで主の俺が後にはいらなきゃいけないんだ?」
「だって私お客さまだし、レディファーストの世の中だし、美少女だし……。」
「最初と最後は違うとおも……」
「どこが違うのよ!じゃあ私入るから覗かないでね。死にたくなかったら………」
ミレーユは食堂から出ていった。
「何で俺がこんな目に。」
セシルが落ち込んでいるとミレーユが戻ってきた。
「お風呂ってどこにあるの?」  
てな感じである。で、ミレーユは入浴中。セシルは食器洗い。食器など丁寧な扱いを必要とするものに魔法が使えないのが面倒なところである。
「くそ、ミレーユ覚えてろ。」
『パリン』
「ああ〜、高かった皿が〜。」
ミレーユは幸せ、セシルは不幸のどん底である。そんなこんなで入浴の時間は過ぎていった。
 
9
今二人がいるのはセシルの部屋である。
「こら、セシル。私にベットよこしなさい。」
なんか環境に慣れるごとに自称光の巫女様の口調が崩れてきている気がする。セシルはうんざりしていた。
「これは俺のベットだぞ。何であんたに貸さなきゃいけないんだ。貸してやった自分の部屋のを使え。」
ごもっともな言分である。しかし、
「私とセシルの違いの差は何よ。セシルはこんなゴージャスなベットなのに私のはペシャンコな古いベットなの?」
どうもこうも当たり前の理屈のような気がするが……。お客さんならともかく居候の面倒まで見る必要はない。
「何言ってやがる。居候の分際でここまで面倒見てやったことを感謝してほしいぐらいだぜ。」
と、今のはセシル。
「私は枕とベットが変わると寝れないタイプなのよ。」
相互関係の繋がり特になし。
「じゃあ貸してやってるベットでいいだろ。俺のだって違うんだし。」
こうして夜はふけていった。
 
10
今は深夜二時ぐらいであろうか。つい先程まで二人で討論していたのだが今は静かになって久しい。二人とも寝ているのだろうか?
「そういえばこの城のトイレはどこにあるのかしら?」
暗闇を歩く人影が一つ。無論、ミレーユである。
「まったくさっき聞いておくんだったわ。」
こうして城の中を探索し始めたわけだが、どうも気味が悪い。肝試しによくありそうな幽霊でもでそうな雰囲気である。
「何か出そうで嫌な生暖かい風ね。」
ちなみにこの城、巷では幽霊城と呼ばれている。それが意味するものとは……。ミレーユの絶叫が夜の城に響き渡った。
 
「なんだよ、こんな真夜中に叫び声をあげてる奴は。」
セシルは寝起きのためご機嫌ななめだった。しかも無理やり起こされたとあれば。それもミレーユらしき人物の悲鳴で。
「フィヨルドさんにでもあったか?あいつって幽霊とか苦手だったのか?」
とりあえずこれ以上酷くなると浄化の魔法などを使い出しそうなので助けるためにミレーユがいる場所に急いだ。フィヨルドさんを消されるわけには行かない。ミレーユのことゆりよっぽど優先事項だった。
 
「おやおや、驚かせてしまったようだねお嬢さん」
紳士的な口調で話すのはフィヨルドである。
「それにしてもセシルはこのような娘が好きだったのか?前途多難であるのう。」
ミレーユはしばらく目をパチパチさせていたが、内心は恐怖と驚きと戸惑いでどうして言いのか分からないだけだった。
「あなたは……?」
ミレーユは手を無意識のうちに胸の前で合わせた。魔法を唱える準備のようなものだ。ちなみにセシルは右手を自分の前にだし人差し指と小指をおる。残りの指はのばす。
「おーい。」
その時、セシルが走ってきた。ミレーユが浄化の魔法を唱えようとしたのがみえたのだろう。セシルはすばやく右手を胸の前にだして魔法を唱える。
『汝が身に纏うは異次元の衣。我が力を与え賜え。』
ミレーユの浄化魔法、ホーリーがフィヨルドに炸裂する瞬間不可視の衣が包み込んだ。時空魔法、ホールベールである。対象者を空間の軸からずらしあらゆる攻撃から身を守る絶対防御壁である。この必死なセシルの行動によりフィヨルド昇天の危機を免れた。
「あんたフィヨルドさんに何しやがる。」
ミレーユは自分が何をしたのか分からない様子だった。ここでセシルは一つの結論を導き出した。ミレーユを一人でこの屋敷を歩かせるのは危険だと。セシルはまず青い顔をしていたミレーユをトイレに案内してやった。
 
11
ミレーユがここに来て二日目に入った。先程フィヨルドのことはセシルがミレーユに話した。最初は色々揉めていたが、今は落ち着いている。やはり、幽霊は恐かったらしい。ホーリーを唱えたことも自分では理解してなかったみたいだ。一言で幽霊と言っても、悪い奴ばかりではないので、無闇やたらに昇天させてはいけないのだ。自分の子を守る母の霊などがいい例である。しかし、フィヨルドは善霊とは言いがたい。悪霊でもないが……。「いやいや、昨日はなかなかスリルがあってよかったよ。」
今のはもちろんフィヨルドである。フィヨルドは幽霊なのに足が見える。霊力が強いせいだ。性別は男で年は五十ぐらいと推測できる風貌だ。死んだときの年がそれくらいだったからだろう。どこから見ても好好爺に見える。
「そんな呑気な事いってるなよ、フィヨルドさん。昨日は俺が間に合ったからよかったけど、もう少しで消されるところだったんだぞ。」
セシルは苦い顔をしていった。どうやらフィヨルドさんには強く言えないらしい。昔何かあったのだろうか?
「分かった。今度からは気をつけるよ。それにそのお嬢さんの魔法はなかなか強そうだったが、かつては私もトップ・オブ・ソーサラーと言われたほどだ。そう簡単には消されんよ。」
フィヨルドは胸をはっていった。
「確かに。心配無用だったかもな。死んでるくせに俺より魔力だけなら強いし。」
セシルはいかにも面白くなさそうに言った。
「フィヨルドさんの方がセシルより強いの?」
ミレーユが不思議そうにいった。
「ああ、そうだ。あんたも一度は聞いたことがあるだろう。世界を震撼させた闇の魔術師フィヨルド・B・ガーレッドのことを。天才魔術師の名をな。」
 
12
セシルの言葉を聞いたミレーユは呆然としていた。
「まさかフィヨルドさんて、あの伝説の邪神………。」
ミレーユの口から紡ぎ出される声が震えている。慌てて椅子から飛び下りいつでも魔法をとなえられるように構えた。
「そうだ、フィヨルドさんは昔邪神とも呼ばれ恐れられていた。人々に自分の行いが理解されなかったためにだ。」
セシルは溜め息を付く。フィヨルドはというと、
「そうか、私は今でもそんなに有名だったか。」
などといって口許に笑みを浮かべている。
「フィヨルドさん、そんなこと言ってないで早く誤解を解かないと、またこいつにホーリーとか唱えられるぞ。五十年も前のことだから直接みたわけじゃないと思うけど。」
セシルはミレーユを横目で見ながら言う。ミレーユは今度は肩を震わせていた。
「誤解を解かないとですって。フィヨルドさん、あなた自分が何をしたか分かってるんですか?町を百一個も消したんですよ。人を百万人以上殺したんですよ。」
部屋にミレーユの悲痛な叫びが響いた。
「十分理解しているよ。許してくれなんて言う気はないが、あれはしょうがなかった。」その声にはフィヨルドの悲しみが隠されていた。そして真剣なまなざしがミレーユに向けられた。
「お嬢さんは真実に耐えられるかな。真実を知り世界の本質を理解する勇気があるかな。話してほしくば話そう。それを聞くぐらいの勇気は持てるだろう。それからでも道を選ぶのは遅くない。」
 
13
それを聞いているときのミレーユの顔は無表情だった。そして理解が及んだ瞬間目が据わった。簡単にいうと切れた。
「フィヨルドさん何を言っているの?そんなもの聞くも聞かないもない。あなたは今までの行いを償いなさい。私が浄化してあげるわ。」
ミレーユは素早くホーリーランスを唱えた。ホーリーランスとはホーリーを技として昇華させたものだ。ホーリーの昇天効果を強化したものに加え、それが効かなかった時には肉体的・精神的ダメージを与え、さらにその槍により相手を拘束する。まさに昇天系列の最上級魔法だ。
『我は迷えるものを導くものなり。生あるものは土に帰るがどおり。彷徨える魂は導くがどおり。この光の槍を支えに、力に、導きにあるべき地へ帰れ。』それは凄まじき魔法だった。この世界において特別な意味を持つ数、七本の聖なる槍がフィヨルド目掛けて飛翔する。こんな高レベルな魔法がいとも簡単に使えるのはあの特別な力の為か、とふとセシルは思った。ここまで魔力を加えた強力な魔法になると、生まれ持った才能が必要となる。また、フィヨルドも黙って討たれるつもりはないらしい。セシルが動こうとするのを右手でおしとどめて、自ら魔法を唱えた。しかし、それは防御魔法ではなかった。
『我が右手に宿りしは闇。光をも飲み込む闇は無。虚無の世界を垣間見よ。』
禁術・闇の魔法ジ・エンドである。れっきとした攻撃魔法だ。その威力に限界はないとされ、それは術者の魔力に比例するからだ。
「あんたら俺の屋敷でとんでもない魔法となえるな。大切な家が崩壊するだろうが。」
巻きぞいを食らったセシルは自分のために魔法合戦に参戦した。
『氷の大精霊フェンリルに我が願いを乞う。力を力で受け止めるは邪道。その変幻自在な氷の力を生かし、その輝きによって全てをはじき返せ。』
その魔法の完成と同時に二人を氷の壁が覆った。魔法反射壁、アイスミラーである。打撃攻撃には弱いが魔法に関しては、かなりの強度を示し内部にその魔法を反射する。
「これで大丈夫か?」被害の拡大を防いだところでセシルは一息ついた。今のところの構図はフィヨルドとミレーユが魔法で拮抗。セシルはアイスミラーにより二人を囲い込み、溢れ出てきた余波を内部へ反射させていた。
「フィヨルドさんが押されてる?」
セシルは呟いた。光の槍はフィヨルドの右手から発せられる闇を切り裂き少しずつ進んでいる。
「これが世界を調節する力か。このまま行くとフィヨルドさん負けそうだな……。借りがあるから助けるべきだよな。」
いよいよ光の槍がフィヨルドさんを切り裂こうと進んでいく。
「さあ、覚悟しなさい。」
ミレーユの顔はさすがに魔力の使い過ぎで疲労の色が見て取れるが目的達成を目前にして微笑していた。
「私はまだ消えるわけにはいかないのだよ。」
フィヨルドの顔からは疲れは見て取れないが相当なものだろう。
「二人ともそろそろやめるんだ。取り替えしのつかないことになるぞ。」
さすがに危ないと感じたのかセシルは必死に説得を試みた。しかし………
「セシルは口だししないで。その犠牲者の中に私の大事な人がいたのよ。私には許すことはできない。」
「そのとおりだ。許せるはずがない。セシルは止めないでくれ。これは私に課された試練なのだ。」
セシルは自分の無力さを呪った。できれば説得で止めたかったのだ。
「仕方ない。魔法で二人を止めるか。あの二人に遠慮はいらなそうだから、俺の力が足りれば、だな。」
 
14
防御魔法では二人の魔法がぶつかりあっているので止められない。
「止めるとしたら攻撃魔法で吹き飛ばすしかない、か。」
セシルは目をつむり精神を集中させた。
『我が右手に宿るは無限の雷。その神秘の力で全てに干渉せよ。』雷の魔法ライトニング・ボルト。その一条の光は光の槍と闇の間に飛び込み、しかし何の効果を表す事なく消えた。
「なんて力だ。まさか、何の影響も与えられないとは……。」
セシルの顔が驚愕にそまる。それもその筈である。ライトニング・ボルトは二人の魔法に及ばないとはいえ、まがりなりにも最上級に位置する魔法である。それが効かないとは………。次にセシルの顔には諦めの色が浮き上がりそうになったが
「まだだ。別の方法を試せば、あの魔法を使えば止められるかもしれない。」
と、急いで次の魔法の準備に取り掛かった。セシルはどうしてもフィヨルドを助けたかった。何故なら………
「フィヨルドさん、あんたこんなところで消えていいのか?いいわけないだろ。もう一度イーファさんに会うんだろうが。」
その名前に二人とも反応した。ミレーユは体が一瞬ビクリと震え、フィヨルドは流れを少し押し返し自分の目の前の光の槍を何とか受け止めている。
「ミレーユ、あんたにもそのことはきちんと話してやる。フィヨルドさんも、俺は今から止めるが許してくれ。」
セシルは長い時間をかけて準備した魔法を発動させた。
『永久の時の中で命の輝きは一瞬。それははかなく、はかないために美しい。輝きは星となりやがて宇宙を埋め尽くす。それらがまた地に返るとき奇跡は起こる。時空神ジールゲンよ、我が願いを顕現せよ。』
時空魔法で最強最大の魔法タイムエンペラー。召喚魔法である。時の皇帝と名付けられたそれはその名にふさわしい威力を持つ。まず、顕現と同時に部屋に一人の黒いマントを羽織った男が現れた。その男こそジールゲンである。
『汝が願いかなえよう。我に魔力を献上するがよい。』
これが唯一の召喚魔法の弱点である。召喚するだけでも膨大な量の魔力を消費するのに、行動させるにも魔力を必要とする。車に例えると燃費が悪いが馬力が強いトラックなどが該当するだろう。そしてセシルは魔力を捧げた。
『確かに受け取った。我が力、その目にとくと焼き付けよ。』
ジールゲンは右手を蠅を払うようにふった。すると、この部屋の時間が止まった。いや、見た目はセシルとジールゲンを除いて時が止まったかのように見える。そう見た目だけだ。フィヨルドとミレーユの時間は完全に止まっているのだが、魔法の時間は物凄いスピードで過ぎていった。逆にいうと魔法の時間だけが過ぎていく。魔法とは魔力を与え続けなければ維持することはできない。魔法だけの時間を早送りするだけで魔力を消費させ維持できなくするのだ。そうすることで魔法を潰すこともできる。同じことを人間にもできるが………。これがタイムエンペラーの威力である。
『もうよかろう。我は帰らしてもらうぞ。用があればまた呼ぶがよい。さらばだ。』
ジールゲンが消えると同時にタイムエンペラーの効果が切れた。そして二人の魔法は消えていた。
「ありがとう……………、ジールゲン…。」それを最後にセシルは魔力の消費し過ぎのため倒れた。
「ここは…………俺の部屋、か?」
セシルは自分のベットに寝ていることに気付いた。
「痛っ、魔力の使い過ぎか………しばらく魔法は使えそうもないし、少し頭が痛むな。」セシルは自分が何故か寝間着になっていることを不思議に思いながらスリッパを履いて部屋からでた。
 
15
「フィヨルドさん、イーファおばあさまのことを早く話して。約束でしょ。それに私はまだあなたの行為を許したわけじゃない。災いになるようならこの手で。」
ミレーユとフィヨルドは食堂で向き合っていた。
「もうすぐセシルも目覚めるであろう。それからでも遅くはないはずだ。それに約束を交わしたのは私ではなくセシルではないのかね。また、先程話したとおり許してもらおうなど思っていない。まあ現世に影響を及ぼすほど力は残ってないがな。」
先程からこの繰り返しが続いている。ミレーユの顔には疲れの色が、フィヨルドはいつもそうしているような涼しげな表情をしている。
「まあ、落ち着きたまえ。焦りは視野を奪い大切なものを見失う原因となる。お嬢さんの聞きたいことは、軽いことではないだろう?今のうちに聞きたいことをまとめておくがよかろう。」
ミレーユは心を鎮めようとした。もとは巫女でありいつも同じようなことを毎朝していたので簡単に心を鎮めることが出来た。
「ふむ、よかろう。ではセシルが目覚めるまでの間、余興といってはなんだがある昔話をしよう。これは…………。」
ミレーユはフィヨルドの話す昔話に聞き入っていった。

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「これは五十年前の昔話しだ。
ある男が旅をしていた。目的は、この世の理(ことわり)を全て記すとされる賢者の石を手にいれるためだった。その男はかれこれ十年も旅を続ける高度な技術をもつ魔術師であり、年は二十五前後であろうと推測できる。
世界中を歩き回った男は賢者の石のありかを断片的に示したある書を手にいれていた。後に賢者の書と名付けられるそれは、単体でも十分に価値のある魔術書であった。男はその書を解読し、理解した。そしてこの世から消えた。賢者の石が眠る空間は次元の狭間にあったのだ。そこに男はいた。ついに賢者の石を手にいれたのだった。
しかしそれは悲劇をもたらした。この世の理は人が触れていいものではなかった。とてつもなく恐ろしいことを知ってしまったのだ。
『黒の襲撃』という単語を御存じだろうか?黒というのは魔物をさす。襲撃というのは、どれくらいの周期かは不明だが、町を魔物が襲い、大勢の人々が死ぬことがあった。その総称を襲撃というのだ。そしてその秘密が記されていたのだ。その秘密とは人は世界のバランスを取るための重りの一つにすぎないということである。重りの重さはそれぞれの個体が世界に与える影響力の大きさにより決まる。現在天秤の右側の大部分を占めているのは、近年人口が急激に増え、この世でもっとも影響力の強い人類である。そして天秤とは反対にも同様な重りが必要である。左側全てを占めるのは、人類と対等とは言い難い圧倒的な力で異界を支配する魔物である。男はそれを知り戦慄した。つまり、こういうことである。人口が増えると、バランスを是正するために、魔物が異界からこちらの世界、この世に現れ、一定の量、バランスが取れるまで人を亡き者にし続けるのである。そして天秤にはこのような現象があることも御存じであろうか?両者の重りの差が大きいほど、その差が縮まったときに揺れが大きいことを…………。
『反動』 、それが人類にとり最も恐れることである、と賢者の石には記されている。人は当たり前だが危険に襲われたら自分を守ろうとする。自己防衛本能と言うやつである。魔物に襲われたときもそれは同じである。身を守るにはどうすればいいか?答えは一つしかない。魔物を殺すのである。そのためにモンスターハンターという職業があるのだ。ここで一つ考えてもらいたい。魔物は死ぬ。人間は生きて増える。差は広がるばかりである。そしてそれが限界に達したときに悲劇が起きる。
絶対的な力の持ち主、創造主とばれるマリアの制裁が下るのである。過去の記録によると一世紀近く前に一度だけおきている。その絶大な力で今より遥かに文明の進んでいた世界をほぼ壊滅させたのだ。世界人口の八十パーセントが死に絶えたとされる。そして生き残った人々はその文明を維持できなくなり一からやり直してきたのである。男はこれからすべきことを悩んだ。その時に、イーファのことが頭に浮かんだのである。イーファは旅の途中で協力を得た内の一人である。男はイーファに会いにいった。この世では、飛び抜けて大きな力を持つものは運命を背負うもの、あるいは因果にかかわりしものと呼ばれる。それには、『必然なくして天才生まれず、天才はいずれ世界に影響を与えるだろう。』という言葉が関係してくる。だれがいった言葉かは不明だが人々には信じられているのである。イーファはその大きな力を持っていた。だから光の巫女として生まれた彼女は、光の神・イリスをの名をもじった名前がつけられたのである。男はイーファ
に会い、話を話していく過程で自分の判断が正しいことが分かった。それは………」

17
「おい、話しはその辺にしとけ、フィヨルドさん。」
強い力の声が響く。もちろんセシルである。
「おお、もう大丈夫なのかね?」
とは、フィヨルドである。口調とは裏腹に全然心配してなさそうである。まあ、いつものことだが…………。
「さぁ、約束を守って私に全てを話しなさい。」
とは、ミレーユである。こちらは心配さえしていない。
(ったく、こいつら俺が助けてやったっていうのに。)
とは、また危険な戦いが勃発しそうなので言えないセシルであった。
「イーファさんてのはよ、俺の中でフィヨルドさんに次ぐ恩師でさ、俺に生きる道を与えてくれた人なんだよ。」
といい、セシルは上着をぬいた。上半身裸である。そして二人に背を向けた。そこには…………
「この模様が何だか分かるよな。」
セシルはミレーユに問い掛けた。
「ええ、知っているわ。さっきみしてもらったけど、それは『刻印』ね。」
顔を少し赤らめ、目を逸らしながらいうミレーユである。どうやら先程セシルを着替えさせたのはミレーユであるようだ。
「そう、『刻印』だ。俺はこれのせいで、フィヨルドさんに助けられるまでまともな生活を送った記憶がない。」
刻印とは神に祝福され与えられるものである。祝福とは『必然の天才』のこと。しかし、神の祝福にも種類がある。光の神・イリスに与えられし『光の矢』と影の神・マリアに与えられし『暗黒の手』では、意味合いが当然変わってくる。

18
『光と影は表裏一体。光無きところに影生まれず、影無きところに世界は成り立たない。』
これは世界創造者と呼ばれる書物の一節である。光はイリス、影はマリアを指す。この二神は昼(イリス)と夜(マリア)の創造者でもある。人間にとっては両方ともなくてはならないものだが、それぞれには神秘的な力がそなわっている。人を含めほとんどの動物は昼は活動し、夜は体を休めるために睡眠とる。しかし視点を変えると、日光は活動を活発にする力があり、月光は活動を抑制する力があると見れないだろうか。また、魔物は普段の行動時間帯は全くの逆である。こちらは、日光が行動を抑制する力があり、月光は行動を活発にする力があると見れないだろうか?先程の『刻印』の話しにもつながることなのだが、基本的に迷信深い為、イリス・光を尊重し、マリア・影を謙遜する傾向がみられる。今例に挙げたように、夜は魔物が活発になるという点もあるし、なにより『闇の手』を持つほとんどのものが、何の罪のない人々を巻き込んで悲劇をおこすからだ。逆に『光の矢』を持つもののほとんどが、人々につくし、偉業を成し遂げることが多いからだ。

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「つまり、俺はそんな迷信の為に生まれたときから誰にも相手にされなかったわけだ。笑えるだろ。」
そういうセシルの顔に浮かんだ表情は、悲しみでも怒りでもなく、何の感情も読み取れない無表情な顔だった。
「光と影。片方でも欠けてれば俺たちは生きられないのにな。」
三人とも黙り、重たい空気が流れた……。
「ただ、一つだけ神に感謝してることがある。『闇の手』のおかげで強力な魔法を操れるからな。」
そのセシルの声は悲しい響きをともなっていた。沈黙はさらに重くなっただけだった。
「セシル、それでイーファおばさんとの関係は?」
ミレーユは沈黙を嫌ったのか話の先をせかした。
2004-04-07 00:16:29公開 / 作者:春日 駿助
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■作者からのメッセージ
勢いに任せた王道ファンタジーです。街道まっしぐらです。あまり達筆な方ではないのですが、よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
とても読みやすかったです!キャラ造型も巧くいっていると思いました。僕の作品とはガラリと違うジャンルですが、楽しめました!センス良いですね!
2004-03-20 09:30:17【★★★★☆】小都翔人
二人の会話が面白かったです!セシルのキャラがいいですね!続きを楽しみにしています。
2004-03-21 11:16:21【★★★★☆】葉瀬 潤
マンガを読んでいる感じで、スラスラと読めます。あと、もうちょっと読みやすいように改行とかをしてくれたら、さらに面白く読めると思います。。今のわたしには、この作品の流れるような文章が羨ましいです。呪文の言葉をきまってますね!
2004-03-28 14:27:42【★★★★☆】葉瀬 潤
葉瀬 潤さん、小都 翔人さんご感想ありがとうございました。最初はコメントの方に書いていたのですがこちらにしました。今、この後の展開に悩んでいます。何か意見があれば書いてください。では
2004-03-28 16:18:17【☆☆☆☆☆】春日 駿助
少し更新。ちょっと複雑になってきました。分かりやすく書くよう頑張っていますので、今後ともよろしくお願いします。
2004-03-28 21:58:33【☆☆☆☆☆】春日 駿助
読みやすいので、一気に読めました!キャラも立ってるし、テンポもいいので面白いです!ソンケーしちゃいます!
2004-03-28 22:43:22【★★★★☆】ハルキ
ハルキさん感想ありがとうございました。お褒めの言葉を頂き光栄です。さて物語ですが更新いたしました。今回は回想の中ということで二回に分けて完成させたものが一節となっています。では、これからもよろしくお願いします。
2004-03-29 15:59:46【☆☆☆☆☆】春日 駿助
またまた更新。筆者自身、物語が難しすぎて何書いてるのか分からなくなってきました。それでも頑張って書いていこうと思います。
2004-03-29 23:16:56【☆☆☆☆☆】春日 駿助
ミレーユってドラクエ?にもでてきますよね(笑)そこらへんに興味もって読んでみたら普通に面白かったです☆続きたのしみにしてます!!
2004-03-30 16:22:46【★★★★☆】DQM出現
第一話って事は、…何処まで続くのか気になります。話の内容はすごく面白いと思います!
2004-03-30 21:42:28【★★★★☆】ニラ
DQM出現さんご感想ありがとうございました。感謝感謝です。これからも頑張って更新するので、また見に来てもらえると幸いです。ちなみに、名前のことですが筆者はあまり考えていません。適当なキャラは多いです(オイ待て)。気にしないでください。後、少し更新です。量が少し少ないですが許してください(今日はクラス会だったもので)。では
2004-03-30 21:42:52【☆☆☆☆☆】春日 駿助
ニラさん感想ありがとうございました。とても筆者の励みになりました。それで第1話はどこまでということですが、一章に直した方がいいかもしれません。ストーリーの展開としては予定ですが、三話前後で完結予定で1話がとても長い話しとなってます。もし長すぎて読みにくいようなら、一言下さい。新規登校で続きを書きますので。では
2004-03-31 09:11:22【☆☆☆☆☆】春日 駿助
面白くなってきましたね。。こういう形のファンタジーは多分久しぶりに読むので、続きが楽しみです。。
2004-04-03 10:34:09【★★★★☆】葉瀬 潤
葉瀬 潤さん感想ありがとうございました。今まで五点だったのが六点に上がったというのは、私の腕が今まで以上に認めてもらえたということでしょうか?とても嬉しいです。さて、ストーリーのほうですが、少し改稿しました。まあ、あんま変わってません(笑)気になった人だけ読み直してください。では
2004-04-07 00:20:56【☆☆☆☆☆】春日 駿助
計:28点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。