『パペット・ガーデン』作者:スズサカ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.12枚
「人形塔」のテラスで譜面を手繰っていた遊零が視界の隅に彼女の姿を捉えたのは、そう、ハデスの街に夕刻の鐘が鳴り響いた時だった。
「あれ……?」
いつもの黒衣を身に纏い、その銀髪を薄いチュ―ルで覆う彼女の姿は、顔さえよくは見えないが、夕日の差し込むこの群集の中で一際影を纏い、そして……美しかった。
しかし、誰も彼女に気を止めない。いや、「気付かない」。
遊零はバタバタとテーブルの上の譜面を片付けると、群集に遠退いて行く彼女を追いかけた。
「ざ……残華っ!」
「……え、」
階下に向う螺旋階段の踊り場で、ばさっと覆い被せる様に遊零は彼女の背中から抱きついた。一瞬、周囲の人の目が集中したが、それも直ぐに拡散した。
「あの……」
「ひーさしーぶりー!」
「……御久し振り、遊零。あの……」
「元気だった? ていうか何時振り? そろそろ僕の歌唄ってみる気になったかい?」
残華はさりげなく壁際に寄ると、抱きついたまま着いてきた遊零の腕の中で体を反転させ、その細い腕で彼の胸元を押しやった。
「あまり、大きな声を出さないことよ」
「だって!あんまりに久しぶりだからさあ!」
と、遊零は胸元に当てられた絹の手袋越しの小さな手を握り締めた。残華の眉根が曇る。
「……勘違いなさらないで。私は「あの人」とは違うの」
「何の――」
ぐいっと掴んだ手を引き寄せるとその陶器の肌に息を寄せる。
「!」
「何の事かなぁ?」
「……」
「ああ……そうか、君、毎日のようにあの「藪医者」の家に行ってるんだね」
「……」
残華は細い体を捻らせなるべく彼から遠ざかろうとした。しかしそこは狭い階段の踊り場は壁際である。自らの失策に溜息を吐くしかない。
「誰の言葉に従ってるのかは、知らないけど? ざーんねん賞。「彼女」に近づいても死神には辿り着けないし彼も何も知らない」
「悪趣味」
「光栄の至り」
「あの人も苦労するわね」
「怜淋? 彼は好きでやってるのさ」
「神の手もお手上げね」
「僕等の「父」は初めから――」
「其れ以上言わない事よ」
残華は上目に睨めつけると一言一言を唱えた。
「そろそろ「其の目」、僕に呉れないかい?」
「手を離して」
遊零は、そう?、と首を傾げつつ彼女の手を離した。掌に違和感を感じた残華はそっと胸元で手を開く。
青地に金文字の小さな紙切れが、一枚。
遊零はにっこりと笑って遮光眼鏡を外すと一歩下がった。
「待ってるよ?」
「ごきげんよう、幸いなる音の子」
目をそらした残華は自由になった身を音も無く翻すと螺旋階段を駆け下りて行った。
遊零は暫く、彼女が群集に呑まれていくのを見送り、階下に向う人の波と逆行しテラスの席に戻った。
再び譜面を広げ、何とはなしに窓の外に目をやると、彼女が塔から出て行くところだった。
「……ごきげんよう、赤い目をした神の手、」

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2003-09-18 10:07:32公開 / 作者:スズサカ
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サイトで連載中の小説「地上楽園」シリーズの一部です。それぞればらばらでも読めるようになっているので、投稿してみました。
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