『風紀委員会特別執行員 (完)』作者:飛鳥 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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0 通常指令

 放課後の教室。空が暗くなり始める頃、その教室には一人の男が待っているはずだった。扉のドアを開き、教室に一人の男子生徒は入った。男子生徒は口を開いた。
「なんですか? 委員長」
 その一目見ただけではモデルではないか、と疑わせる容姿の男子生徒はしかし、目だけが冷たく輝いていた。
 委員長と呼ばれた男は、今入ってきた男子生徒に向かっていった。
「次は中学三年D組の安岡美保だ。君と同じ学年だな、神崎君」
 神崎と呼ばれた男は頷き、小さな声で了解しました、といい、委員長に言った。
「委員長、高三の山下さんは?」委員長は少し目を閉じて言った。「彼女は昨日、終らせた。同じクラスだったから案外やりやすかったよ。そうだ一応今執行中のメンバーの名簿を渡しとく」
 そういって委員長は自分のカバンからプリントを取り出し、神崎に渡した。
 神崎はそのプリントを一通り見るとそこには数名の実行中メンバーとそのターゲットの名前が書いてあった。
「ありがとうございます、では、失礼します」
 そういって教室をあとにしようとすると、後ろから委員長の声がした。
「君は今のところ一番スコアがいいから、これからも頼むよ」
 一度振り向き目礼した後、神崎は教室を出た。
 
 この学校には合計八個の委員会がある。その中でも一番人数が多いといわれているのは神埼も所属している風紀委員会である。風紀委員会の中でも様々な役割に分かれている。
 神崎が所属しているのはその中でも一番特別なポジションで、なおかつ他の生徒にはほとんどその活動内容を知らないという謎が多い風紀委員会特別執行部である。同じ委員会の中でも、委員長、副委員長、そのほか高二以上の委員しか活動内容を知らない。
 神崎を含め風紀委員会特別執行部に所属しているのは4人しかいない、主に中学担当の二人と、高校担当の二人である。風紀委員会特別執行部に選ばれるのは、毎年数人しか入学してこないほどの美男子である。それにその仕事を快く引き受けてくれる人は毎年一人いるかいないか。しかし神崎はその仕事を快く受けた。
 風紀委員会特別執行部の活動内容は主に「調子にのっている女子生徒を改心させる」という事である。調子に乗っている、というのはわかりやすく言うと軟派。要は他校の文化祭でたびたびナンパを繰り返したり校内でも男子生徒を弄ぶような事をすることである。
 それが度を過ぎると風紀委員会特別執行員の出番である。はじめ執行員は相手をその気にさせるために近寄っていく、執行員は学校でトップクラスの容姿を持つため、すぐその対象者はその気になってしまう。そして相手が「告白」するときにすべてをいい、改心させる、という仕事である。
 相手はその気になっているためショックが強く、立ち直れなくなる事はあるが、今までのようにナンパを繰り返したりする事はなくなる。
 このため、執行員は強い神経を必要とする、人を傷つける事もさることながら、風紀委員会特別執行員である以上、普通の恋愛は高校卒業まで出来ないのだ、人生で一番の青春のときを学校に捧げるのだから、彼等を動かしているのは使命感だけ、といえる。
 
 明日から作戦開始だ。神崎は心の中で思った。

1 結果報告

 神崎は腕時計に目を落とした、腕時計には17:56と表示されている。約束の時間にはまだ4分ほどあるようだ。人一人いない教室の中、神崎は呼び出しをされていた、安岡美保に・・・・・・
「ゴメン、待った?」
 教室の扉をあけ入ってきた安岡美保、一目見ただけでは普通の女子中学生にしか見えない、とくにコギャルを装っているわけでもない、しかし、
(N5、×4)
 頭の中で復唱する、やはり彼女は調べただけでもこれだけの事をしているから自業自得だ。ちなみにNというのはナンパ数、×4というのは付き合って振った回数の風紀委員会特別執行部の中での略称だ。ちなみに彼女の場合はそのうち3回を自分から告白している。その他にも数人の男子から「被害届」は出ている。
「別に待ってないけど、話しって何?」
 白々しいと思いながらも一応問い掛けてみる、結果は目に見えているが。
「私、神崎君の事、ずっと。入学した時から好きだったの」
 そのセリフを聞いて思わず口に笑みが浮かぶ、これまで何人にそのセリフをつかってきたんだろうか、よく言うよ。そう思うと笑わずにいられない。彼女は何を間違ったんだかその笑いを肯定ととったらしく続けた。
「だから、私と付き合ってください」
 その言葉を確認してから、神崎は言った。今まで、彼女がしてきた事をすべて。状況から相手の名前まですべてを調査しているので彼女は言い訳をすることはできない。たまに強情な女で「それがなによ?」と開き直る人もいるが、彼女はその他大勢の人と同じく、だんだん顔が蒼白になってきた。そして何か言おうと口を2・3度動かしたが結局何もいわずに逃げるように去っていった。
 残された神埼はいつも感じている達成感と少しの罪悪感に浸っていた、すると後ろから声がした。
「ねぇ、君、告白されたの?」
 誰もいないとおもっていたので内心驚いていたが神崎はそれを顔に出さずに振り向いた、そこには女子としては背の高いスラリとした、要するに一般的には美人とも、可愛いともいえる一人の女学生が立っていた。
 いつもターゲット以外には、「その気」にはさせないようになるべく話さないようにしているが、話し掛けられたのを無視をするというのも変に疑いをもたれるので少しはなすことにした。
「まぁ、そうだけど、君は?」
 その女子学生は綺麗な目を細め、言った。
「私? 私は告白されていないけど」
 どうやら彼女は勘違いしているらしい、ただこっちは自己紹介をしてほしかっただけだったのに。
「いや、違う。名前は?ちなみに俺は神崎、中三のA組だ」
 彼女は、間違えちゃった、といい笑った。笑うととても笑顔が可愛い、少し惹かれている自分を感じたがそこは風紀委員会特別執行員、顔には出さなかった。
「私は松本有希。同じ中三のC組よ」
 見た目から高校生かと思っていたが同じ学年だと聞いて驚いた。自分がターゲット以外には疎くなっているとは薄々気づいていたが、ここまでの美女を忘れているとは思わなかった。
 何気なく腕時計に目を落とすと既に6時半をまわっていた、委員長に報告しなければいけないと気づき神崎は松本有希に言った。
「ゴメン、松本さん、ちょっと用事があるから、かえる」
「有希でいいよ、一緒にかえらない?」
 有希は少し首をかしげながら神崎に言った。神崎はまた少しドキリとした。
「いや、ゴメン、急ぐんだ」
 そういって小走りで教室を出てとりあえずトイレに駆け込んだ。鏡を覗き込むと少し顔が赤くなっている自分の姿が映っていた。
(マズイな、俺がこんなんじゃあ・・・・・・)
 鏡を見たついでに自分の頬を2・3度叩きトイレを出て委員長が指定した教室へ向かった。
 案の定扉を開けると委員長は一人で待っていた。委員長は神崎が入ってきたのを見るといった。
「遅かったじゃないか。強情だったか?」
「いえ、安岡美保は早く終ったんですけど、そのあとに松本有希、と名乗る女子学生が現れまして。少し話をしていたんです」
 松本有希、といったとき委員長の顔は少し驚いたようになったがすぐいつもの冷静な顔に戻っていった。
「そうか、早速だが次のターゲットがいる。君が今日話したという女子学生、三年C組の松本有希だ」
 神崎は少し心の中で困っていた、いつもならすぐにでも行動を開始できるのだが少し彼女に惹かれるものがあったからかもしれない。彼女には自分と似たものを持っているような感じがしていた、見た目はとてもいいが話さないときは冷たく、笑ったりはなしたりしたら魅力がでる。そんな人のように感じていた。しかしそんな感情はおくびにも出さず神崎は言った。
「了解しました、彼女の事を詳しく教えてくれませんか?」
 委員長は机に置いてあったファイルを何ページかめくり、読んだ。
「彼女は結構謎が多い、松本有希三年C組。バスケ部所属。委員会には入っていないらしい」
「入っていない?」
 神崎は疑問に思った。
「普通誰でも入っているんじゃないでしょうか?」
「そうなんだが、たぶん彼女も特別部じゃないのか?何かの委員会の」
「どういうことです?」
 委員長は言った。
「君も生徒会から各委員会の委員長達に発行される名簿には無所属になっているんだ」
 初耳だった。神崎は驚いたが、納得もした。
「そういうことならわかります」
 委員長は続けた。
「神崎君は特別部が他にあることを知っているか?」
 それは風紀委員会特別執行部に入る前に散々聞いたので覚えている。
「はい、詳しい内容は知らされていませんが、生徒会長直々の任命ですよね?風紀委員会とはなっているが他の生徒にはしられていないように、他の委員会にもあるんですよね。例えば校則違反を密告したりとか」
「そうだ、各委員会の委員長しか知らない」
「それで、彼女の何が謎なんですか?」
 委員長の目が少し鋭くなった。
「彼女、Nも×も一つもないんだ」
 神埼もこれには目を開かざるをえなかった。
「なら何故ターゲットに?」
 委員長は言った。
「そこが不思議なところなんだ、これはすべて生徒からの被害届らしい。君は聞いたことなかったか?」
「ないです」
「普通の、風紀委員会のメンバーが話していた。彼女は自分にあたかも好意があるように見せておいて告白すると振られる、と」
「そういうことですか」
 聞いておいて神埼は少し引っかかるところがあった、何が引っかかるのかはわからなかったが神崎はそのまま続けた。
「わかりました。とりあえず彼女がターゲットですね」
 そういって立ち上がり教室を出ようとすると委員長が言った。
「頑張れよ」
 神崎は振り向いて目礼をした。委員長に頑張れといわれるのは初めてのことだった。

2 作戦開始

 神崎はもう次の日から作戦を開始する事にした。作戦開始といってもただ女に好意を抱かせようとすぐ話し掛けるのは素人のする事だ。神崎は入念に聞き込みからはじめてターゲット・・・・・・松本有希の事をよく知ることから始まると思っている。友達関係はもちろん、家族構成から好きな食べ物、趣味まで。一度高校生執行員の先輩に「時間がかかる、回りくどい」といわれたことがあるが神崎はそのスタイルを変える気はない、ポリシーであり、また今まで一度も失敗した事がないからだ。
 松本有希がC組ということで、C組から聞き込みをはじめようと思い、休み時間にC組に入り、聞き込みをはじめようと思い手ごろな男子を探していると、今しがた神埼が入ってきた扉から有希がC組内に入ってきた。有希は遠くを見ているように歩いていたが神崎の事を目ざとく発見すると微笑を浮かべながら近づいてきて、言った。
「なにしてるの? 神崎君、C組じゃあないよね」
 有希は瞳の奥にかすかな疑いの色を浮かべていった。とっさに神崎はいい言い訳が思い付かなかったのでいった。
「いや、ちょっと借りてたもの返しに来ただけだ、もう戻るところなんだ」
 有希は神妙な顔をして言った。
「そう」
 これ以上会話も続きそうになかったので神崎はとりあえず教室を出ることにした。C組での情報収集は難しそうだった。ならば今度は有希の所属しているクラブのバスケ部で聞き込みを行う事にした。
 
 放課後、神崎はバスケ部でも割合仲がいい男子に声をかけた。はじめ、雑談をしばらくした後、切り出した。
「バスケ部に松本って人いるよね」
「いるけど?」
 その友達は不思議そうな顔をして尋ねた。
「なんで?」
「あのさぁ、松本って誰と仲いい?」
 友達はしばらく考えたあと言った。
「うーん、あんまりわからないけど、よく森と一緒にいる気がする」
「森、って森真理恵?」
 友達はますます不思議そうな顔をして言った。
「そうだよ、森真理恵。でもどうしたんだ?」
 神崎はその疑問に答えずすぐに別の話題を切り出して話しを切り上げた。

 神崎は家に帰ると今日得た情報を一冊のノートに書いた、今日得た情報は少ないが神崎は毎日そうやって記録をとっている。とりあえず有希と仲の良い森真理恵と明日は接触してみようと、決めた。

 森真理恵とはたまたま神埼が同じクラスだったので話す機会が多くあった。神崎は休み時間を利用して真理恵に自然な不利をして近寄り話し掛けた。
 神崎はいつも女子との付き合いがあまりないのではじめは驚いていた真理恵もだんだん打ち解けてきたらしく、よく喋りだした。もともと性格が明るいからだろう。
 頃合を見計らって神崎はふと話題を振った。
「ところで、森さんって好きなアーティストとかいる?」
 真理恵は少し考えて言った。
「うーん。特にいないかなぁ。強いていえばノーライフかな。友達にすすめられてCDを聞いてみたらいいかなぁ。って」
「友達?」
「うん、有希ちゃん・・・・・・松本さんが大ファンだよ」
 思わぬところで情報を入手した。神崎は内心ほくそえんだ。しかし神崎はその喜びを表情に出すことなくいった。
「そっか。俺もノーライフは好きだよ」今日のところはこれで充分だな、神崎はそう思い真理恵に続けていった。「次、公民だっけ? 教科書取ってこなきゃいけないから。またあとで」

 店内を今流行りの曲が何度も流されている。大音響で流れている曲は神崎の集中力をとぎらせたが、そんなに集中しなくても目当てのCDは見つかった。ノーライフとかかれているところを見ると、何枚かのCDが置いてあった。その中でアルバムは2枚でているらしい。
 神崎はとりあえず両方のアルバムを手にとりレジに向かった。この店ではCDレンタルをしていて1週間CDを借りられるシステムになっている。何気なくレジを見るとそこに見覚えのある人影があったのでとっさに神崎はCDが陳列されている棚の後ろに隠れた。後姿だから確かではないがそれは有希のような気がした。ふとその横顔が見えたとき神崎は確信した。それが有希であると。
(なんできているんだろう?)
 まずその疑問が神崎の頭に浮かんできた、ノーライフの大ファンであればもうアルバムは持っているはずなので来る必要なはない。しかし神崎は深く考えないことにした、有希だって有希なりにCDを借りに来る、そんな事もあるんだろう、と納得する事にした。
 とにかく今有希に見つかってしまうと少しめんどうな事になる気がしたので有希が会計を済ませ店から出て行くのを見届けてからレジに並んだ。また、何か少し引っかかる事があったが、会計をする番になったので考えるのをやめた。
 神崎は会計を済ませると足早に店を出て家路を歩いた今日は家に帰ってノーライフのCDを聞いたりホームページを調べたりするので忙しくなりそうだ。
 ふと頭の中に「なぜこんな事をしているんだろう?」という疑問が横切った。
 委員長から下される使命をまるで機械のように遂行していく。自分のためでもない。
 神崎が風紀委員会特別執行員に指名されたとき、何度も自問自答したが答の出なかった事だ。それに断る事もできたのにあっさりと承諾してしまった自分の責任でもあるからだ。
 一つ一つの仕事をこなしてえられるものは何もない、達成感と罪悪感が混ざった感情が仕事を終えた直後に表れるだけだ。とりあえず、一つの目的に向かって、考え、行動する。
 ずっと仕事をこなしつづけていつか答が見つかるのだろうか? もしかしたら見つからないかもしれない、だけど今はそれ以外どうすることも出来ないので今ある仕事をこなしつづける。
 今ある仕事、松本有希だ。とりあえずそのこと考えよう。
 そうやってまた自分をごまかしていると気づいているのに、結論はそれしか出なかった。

3 異常事態

 CDを借りてから一週間ぐらい過ぎてもまだ神埼は有希と深い会話をできずにいた、だがこれはいつも通りだった、神埼はなにも心配していなかった。近づきすぎず怪しまれないように、ただ着実に相手に迫っていく、いつもの神崎のペースになりつつあった。通常のターゲットであれば神崎が声をかけ、誘うまでは自分から誘ったりはしない。今回もそうだろう。あと一週間くらい必要かな、神崎はそう思っていた、そう、ほんの今まで。
「今日一緒にかえらない?」
 帰りのHRの前にわざわざ神崎のクラスまで来て声をかけてきたのは有希の方からだった。
 神崎は少し驚いたが、冷静に考えた。
(まぁ、展開が早い分には問題ないかな)
 そう思い軽い気持ちでOKを出した。HRが終った後待ち合わせの場所を決めたのち有希はC組へと戻っていった。

 結局神崎が待ち合わせの場所へ行ったときさきに有希はそこに来ていた。
「ゴメン、待った?」
 有希は微笑んでいった。
「全然待ってないよ、じゃあ帰りましょ?」
 そういって有希は歩き出した、この一週間有希と話して有希と帰る方向が途中まで一緒だという事が判明している。学校を出て辺りを見渡すと沢山の人が下校していた。その中で有希と神埼の周りだけ他の生徒が遠巻きにしていた、周りから見れば、笑顔で話している有希と神崎を見て、微笑ましい視線を向けたり、嫉妬の視線を向けたり人によって反応は様々だったが、ほぼ全員の人がこの二人は付き合っていると思っているだろう。
 くだらない会話をしばらく続けると分かれ道まで来てしまった。すると有希が言った。
「そこの公園で少しはなさない?」
 神崎はもちろんOKをした、意外な有希の言葉に少し戸惑いそして嬉しかった。もちろんこの喜びはあくまで、早く作戦が進みそうだから自分は喜んでいる、そう自分に言い聞かせた。今までこんな喜んだ事はなかったが。

「それでね、その人ったらすごい面白いのよ」
 笑顔で話す有希の横顔はとても魅力的だった、今まで話してきた相手はすべてターゲットとして神崎は考えていた。もちろんこれからもそのスタイルは変える気はない。だけど神崎は、もう少しターゲットとしてではなく有希と会話をしていたい欲求に襲われていた。だが、神崎は自分で自分に言い聞かせた、風紀委員会特別執行員として。
「神崎君? 聞いてる?」
 その一言で神崎は我にかえった。そして次に有希を見た時の目は迅速かつ緻密に作戦を実行する時の冷たい目に変わっていた。
「ああ、ゴメン、聞いてるよ。ところで好きな歌手とかいるの?」
 有希は少し考えた後言った。
「私・・・・・・は、Somedayが好き」
 神崎は目を見開いた、それは、神崎が一番好きなアーティストがSomedayだったという理由だけでなく、有希がノーライフの大ファンといっていたのにノーライフといわなかったからだ。ならば真理恵が言っていたことは嘘だったのか? そんな疑問が頭をよぎった、そして神崎らしからぬ失言を思わず口に出してしまった。
「有希ってノーライフが好きじゃなかったの?」 
 有希は明らかに不信の色を目に浮かべた。
「あっ、ノーライフも好きだけど、何で知ってるの?」
「あ、いや、そういう噂を小耳にはさんだだけ」
 とっさに良い言い訳が思いつかなかったので適当に言葉を濁してしまった、だが有希はそれ以上追求することなく言った。
「神崎君は?」
 神崎は少し考えた後言った。
「ノーライフとSomedayかな」
 神崎の目から見ても有希の目に動揺の色が浮かんだのが見て取れた。有希は必死に動揺を隠したどこか抑揚のない声で言った。
「あ、一緒だね」
 しばらく気まずい沈黙が続いた。さすがに沈黙はまずいと思い神崎は言った。
「俺は、『遥かなる大地』が一番好きだよ、ノーライフの」
 神崎は自分がノーライフのCDを借りて一番好きだった曲を言った。すると有希はまた笑顔を浮かべていった。
「私も好きだよ、『遥かなる大地』あとSomedayだと『憂鬱の町』が好き」
 神崎は自分の一番好きな曲を有希に言われて驚いていた。普段の神埼ならここで少し怪しいと思っただろうが、今日の神崎は驚きすぎていて鈍くなっていた。というより、有希と少しでも同じ話題を話せることに深い喜びを感じていた。
 くだらない話を二人でしていても、凄く笑えた。ここまで気が許せるのも久しぶりだった。有希も話を楽しんでいるように見える、神崎は本のひと時彼女がターゲットだという事を忘れていた。その事実を思い出したとき、神崎はどうしようもない悲しみに襲われた。
 こんな二人の関係がずっと続けばいいと思った。神崎は初めて風紀委員会特別部に入った自分を恨んだ。そして神崎は気づいた、この感情が『恋』と呼べるものなのかもしれない、ということを。

4 孤独時間

 出会った頃から気づいていたのかもしれない。誰もいない部屋で一人思った。二人きりで公園で話してはや一週間。この一週間は素直に何も考えずに有希と接していた。もはや風紀委員会特別執行員としてではなく、一人の有希に恋した男として。
(ダメだ、俺には彼女を騙す事なんてできない)
 切実に願った、明日目が覚めた時、自分が風紀委員特別執行員でないように。これほどまでに自分の背負った使命を恨んだ事はなかった。頭の中を巡る様々な考え、しかし入学当時に自分が了解してしまった以上委員長をはじめ委員会、ひいては学校そのものを裏切る事になる。それはいけない! という思いと裏腹に、もう後には引けないところまで有希への思いは募っていることはわかっている。瞼を閉じれば浮かんでくる、有希の横顔、有希の笑顔。
『もう戻れない もう逃げられない 入り込んだ永遠のループ
 手を取り合って 立ち上がろうよ 愛のために 愛のままに
 さぁ立ち上がれ 歩いていこう             』
 MDコンポから流れる『憂鬱の町』ため息をついて神埼はMDを取り出した、そしてノーライフの曲が入っているMDに入れ替えた、少しでも彼女の思考に近づきたかったから・・・・・・

「おはよう」
 最近は毎日有希が声をかけてくる。神崎はその声を聞くたびに、どうしようもない罪悪感に襲われる。自分が本当に彼女を騙そうとしている。神崎が沈黙していると有希が続けた。
「どうしたの? 元気ないね」
 何もいえない自分がもどかしく感じる。いっそ打ち明けてしまおうか。そんな考えが頭をよぎる。何か引き金があったらすぐにでもいってしまいそうになる、いっそすべてを忘れて有希を無我夢中になって愛したいと思った。
「悩みがあったら相談してよ」
 冷静に考えれば友達としては普通の会話だが神崎にとってはそれは神の声にも聞こえた、すべてを打ち明けてしまいたい、とうずく心を抑えていった。
「大丈夫」そして無理に笑顔を作っていった。「心配しないで」
「そう? ならいいんだけど。あっ、じゃあ授業始まるからまたあとで」
 そういって自分の教室に歩いて戻る有希の背中を見つめて呟いた。
「好きです」
 
 その日の授業はまるで矢のように過ぎていった。帰りのHRも終わり、C組を見に行くと有希は掃除をしていた。無理に怪しまれるまでして待たないほうがいい。僅かに残る理性が神崎に訴えた。
 久しぶりに一人で帰る帰り道がこれほどまでに退屈だとは思わなかった。二人で話した公園にふと立ち寄りベンチに座ってずっと考えていた。有希の事を・・・・・・
 次に神埼が家に帰るために立ち上がったとき、もう腹の中は決まっていた。
 有希に思いを告げよう、と。
 そして神崎は走り出した・・・・・・

5 自分喪失
 
 自分の鼓動が耳元で聞こえる、そして荒い息遣い。神崎は夕暮れの道を走っていた。何のために? 彼女を探すために。彼女、彼女。有希だ。目の前に巨大な建物が見える、どこだここは? 辺りを見渡すと大きな門が口を開けて待っている。神崎は一回深呼吸して脳に酸素を取り入れた。
(馬鹿言うな、俺、ここは学校じゃないか)
 神崎は門に寄りかかり笑った。
(なんだ俺。動揺してるのか?)
 そして神崎は声を出して笑った。まさか、まさかこんな状況になるとは思っていなかった。ふと目を学校の方に向けると女子生徒が二人こちらに向かって歩いてきていた。その姿を目に捕らえた瞬間に神崎は物陰に身を翻していた。自分の鼓動がこんなに近くで聞こえる事は初めてだった。校門に談笑しながら歩いてきている二人……真理恵と有希だった。

 目の前を歩いていく二人、神崎は見つからないように一定の距離を保って歩いていた。
(まるでストーカーだな)
 冗談にならない事を一人で思い笑った、いったい自分は何をするつもりなんだろう? 自問自答を繰り返す。僅かに残る理性の部分は今すぐに帰れといっている。だが今神崎を占めているのはそれを超えた本能。彼女に思いを伝えたいがために・・・・・・
 しばらく歩いていると、二又に差し掛かった。有希と真理恵は互いに手を振り合い別の道へと歩いていった。神崎は迷わず有希の後をつけた。
 自分の鼓動が聞こえる、自分の吐く息が聞こえる。神崎は小走りになって有希に走り寄った。思いを伝えるために・・・・・・

「有希っ」
 思わず叫んでいた、有希が怪訝そうな顔で振り替えりすぐに笑みを浮かべた。
「どうしたの神崎君? 随分汗かいて……それに先に帰ったんじゃぁ」
 まだ何か言いたそうな有希を制して神崎は言った。
「細かい事は気にしないで……とりあえず公園に行こうよ」
 有希は何か、察したのか少し俯き加減に公園へと歩き始めた。

「あのさっ」
 言ってみて気づいた、かなり緊張している。いつもの神崎を知っている人なら今の神崎を見て明らかに変だと思うだろう。いつも無表情な顔に赤みが差し、落ち着いている雰囲気も今は失われている。
「何?」
 有希は相変わらず、笑顔を貼り付けたまま神崎に尋ねた。
「突然だけど、俺。有希の事好きになったんだ」照れ隠しの笑みを浮かべていった。「俺と、付き合ってくれない?」
 その言葉を言った時頭の中に委員長の顔が刹那、浮かんで消えた。そう、俺は裏切ったのだ、委員長の事を・・・・・・これから何が起こるかなんて問題でない、大切なのは有希の返事。今はこれだけだった。
 有希は今までに見たことのないような笑みを浮かべた、はたしてそれは笑みと呼べるのだろうか? 口元だけでまるで嘲るような笑い。だが今の神埼にはそれを肯定と捕らえる他なかった。
 神埼には絶対の自信があった。なんだかんだいいながら仲は良かった。絶対、大丈夫だ。
 有希は、重い口を開いた。相変わらずの笑みを浮かべながら。

6 事後報告


『最初その言葉の意味する事がまったくわかりませんでした。それはあまりにも衝撃的であり、はじめの一言を聞いた時、凄く既視感みたいなものを覚えました。 だけどそれは既視感、デジャヴとは違ったようです。「神崎君さぁ」その言葉で始まるそれ以後の文を思い出すことはできません。あまりにもインパクトが強すぎて。衝撃のあとに訪れた無力感、そしてどこか辻褄が合ったような満足感。そして当然の報いだな、そう思いました。思えば初めからおかしかったのです、彼女が何故私の好きなアーティストを知っていたのか、そして妙に親密になれた訳。気づくべきだったのです。すべて私とやってる事に寸分代わりがなかったと。情報収集から始まり、CDを借りたり、要は彼女の方がプロだった。それだけのことです。まだまだ私は甘かった、彼女はターゲットであり、私もターゲットであったのです。察しのいい委員長ならもうわかったでしょう? 彼女が特別部だとはわかっていました。そう、まったく私と同じ役割だったのです。女版のね。彼女のN・×がなかったのも納得行きます。彼女も同じ使命だから。委員長には悪いと思っています、私は裏切ったのだから。弁解するつもりもありません。責任を持って委員会を脱会する。それだけじゃ生ぬるい、そんな事はわかっています。だけどこれ以上の自分に対する制裁が見当たりません。いや、一つだけありました。ただその方法は、自分だけでなくまわりの人に多大な迷惑をかけることとなるのであえてしません。委員長も困りますから。とりあえず私はずっとこの学校にいつづけます。ひっそりと、息を潜めて。長文ですが、これ以後、委員長に合わす顔もありません。繰り返しとなりますが本当にすいません。これ以後の学校生活で絶対に特別部の活動を漏らさないと誓います。・・・・・・最後まで委員長に命じられた仕事をまっとうできなかった事に自分に対する深い憤りを覚えながら終わりにさせていただきたいと思います。
 元風紀委員会特別執行員 神埼                     』

「はぁ」
 読み終えて委員長は深いため息をついた、やはり彼に伝えておくべきだったか。薄々気づいていたが確かな理由がないまま彼に伝えるのは悪いと思った。女子でまるで風紀委員会特別部のような活躍をしている委員会もある、それを言っておけばよかった。だが、まだはやい……その判断が間違っていた。
 しょうがない、だが普通は立ち直れないだろう。まるでそう、会社の辞表のように神崎はこの手紙を叩きつけた。その顔を見ればわかるだろう、もう立ち直れないと。
 伝えるべきだった。何ども思った、なぜなら彼、委員長自身も一度……
2004-04-09 20:44:32公開 / 作者:飛鳥
■この作品の著作権は飛鳥さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
訂正しました、主に会話文のところです。
この作品に対する感想 - 昇順
面白そうですね!密かにこんな委員会が動いているとは、なんか驚いています!笑 有希のことが気になってしょうがないです。続き楽しみにしています。。
2004-03-22 10:38:34【★★★★☆】葉瀬 潤
なんかどきどきしますねぇ(^−^)
2004-03-24 21:39:24【★★★★☆】DQM出現
有希は手強い相手になるのかな? 神埼くんの風紀委員活動を見るのが楽しみです。
2004-03-26 10:53:24【★★★★☆】葉瀬 潤
読ませていただきました。発想がなかなか面白く、スラスラ読めてしまいました!次回作も頑張ってください!
2004-04-08 12:21:51【★★★★☆】卍丸
神崎の鉄壁の心がだんだんと、有希によって崩されていく状況が、伝わりましたね。。神崎くんの初めて(?)の挫折と、神崎君の初恋(?)が一気に押し寄せてきて、そのラストにはびっくりしました。。次回作も頑張ってください!期待してます。
2004-04-08 17:38:48【★★★★☆】葉瀬 潤
計:20点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。