『星と月と人間の話』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 紫の夜に真ん丸の月と小さな星が仲良く浮かんでいました。
 月と星は人間が大好きです。

「ねぇねぇ、お月さま」
 星が喋りかけました。
「なんだい?」
「お月さまは、なんで毎夜毎夜、輝き続けるのでしょうか?」
 月は、にっこり笑って答えました。
「家路を急ぐ人たちが、この暗闇に迷わないためさ」
 そう言われて星が下を見ると、道が檸檬のように黄色く照らされていました。
 星はなんだか幸せな気持ちになりました。
「ねぇねぇ、お星さん」
 今度は月が喋りかけました。
「なんでしょうか?」
「君は、なんで毎夜毎夜、輝き続けるのだろうか?」
 星はそっと微笑んで答えました。
「夜空を見上げた人たちが、寂しくならないようにです」
 そう言われて月が下を見ると、夜空を見上げて「綺麗な夜ね」と呟いている人を
 何人も見つけました。
 月はなんだか幸せな気持ちになりました。
「私達は姿、形は違うけれど目的は同じです。人間の為に輝きたいのです」
「そのとおりだね。さぁ今夜も長い。彼らを照らそうではないか」
 月はそう言って、さらに輝きました。
 それはまるで昼間のように明るくて、とても幻想的な夜でした。

 そんな夜を、喜兵衛という男が家の窓から見上げていました。
「なんて綺麗な星空なんだろう」
 彼は妻に言いました。
「明日、網と物干し竿をいくつか買ってきてくれないか?」

 次の日の夜は雨が降りました。
 空には重たそうな灰色の雲がぶら下がっていて
 空と道の間にいくつもの線を引くように、冷たい雨が降っていました。
 星と月の姿は見えない真っ暗な夜でした。
 喜兵衛はその空を悔しそうに見つめていました。
「あなたは物干し竿と網で何をするつもりなの?」
 喜兵衛の妻は窓辺に立っている喜兵衛の横に立ち、聞きました。
「なぁに、星を捕るのさ」
 汗をかいたように、窓に雫が伝っていきました。

 そのころ。
 雲の上の星と月は、必死に雲を追い払っていました。
「お星さん、がんばれ。雲は確実に逃げ出しているよ」
 灰色の雲は明るい光を嫌います。
 だから星と月は力を合わせて、いつもの100倍、自分を光らせていました。
「もうちょっとだ、もうちょっとだ」
 星と月は人間のために、真っ暗な夜を照らすため必死に雲を追い払おうとしました。
「おまえらは何のために輝く?」
 灰色の雲が聞きます。
「それは、人間のためです」
 灰色の雲は不思議そうに聞きました。
「人間のため?」
「そうです。彼らのことを照らしたいんです」
 月がそう答えると、灰色の雲は大きな声をあげて笑いました。
「人間がおまえ達に何をしてくれた?彼らはおまえ達が思っているよりもっと醜い」
 星と月は輝くことをやめません。
「人間は僕らを見て、「綺麗」と呟いてくれます。輝くことが僕らの返事なんです」
「人間は欲深いものだ。おまえらが思っているよりずっと」
 灰色の雲がそう言い終わるか終わらないかの頃、雲の間から光の筋が見えました。
 まるでそれは地上へと続く光の道のようにまっすぐと。
 いつのまにか灰色の雲は消え、雨は止んでいました。
 空には満天の星とぼんやりと光る月が姿を現し、人々はその空を見上げて
「なんて綺麗な夜なんでしょう」と呟き、
 月と星はニッコリ笑って、彼らを照らしました。

 喜兵衛は、雨上がりの夜空を屋根に登って眺めていました。
「すごい星空だ」
 そういって天を仰いだ喜兵衛は、
 何本もの物干し竿同士を縄で結び、ひとつの長い棒を作って
 それを空に向かって突き上げ、妻に言います。
「僕がこの棒を使って星を落とす。君は僕が落とした星を拾い集めてくれ」
 喜兵衛はいよいよ空に突き上げた棒をあちらこちらに振り回しました。
 棒はいくつもの星に当たります。
「痛い。痛い。」
「痛い。痛い。」
 星々がそう言って泣きました。
「なにをするんだ」
 月も慌てて喜兵衛に言います。
 でも喜兵衛に月の声が聞こえるはずもなく、彼は高い声で笑いながら棒を振り続けました。
「痛いよ。やめてよ」
 カツン。
 カツン。
 カツン。
 星が地上に落ち始めました。
 カツン。
 妻がそれを急いで拾い集め、持っていた網に入れていきます。
「やめておくれ、おねがいだからやめておくれ」
 月がいくら叫んでも声が喜兵衛に届くことはありません。

 その日の夜は雨が上がったときこそ、明るい夜でしたが、
 そのあとは明るくなったり暗くなったり、不安定な夜でした。

 網いっぱいの星を捕り終えた喜兵衛と妻は
 それをちゃぶ台の上に広げました。
「見てごらん。とても輝いている」
 星は喜兵衛たちを照らし、
 家の窓からは青白い光が、夜に漏れました。
「触るととても冷たい」
 そして喜兵衛は、星を少しだけかじりました。
「ひんやりしていて甘いな」
 それは金平糖の味に、よく似ていました。

 次の日になると、
「喜兵衛が星を捕ったらしい」
「ひんやりしていて甘くて、金平糖の味に似ているらしい」
 という噂が町中に広がりました。

「いいかい、みんな」
 昼間、喜兵衛が家の屋根に登り、星の捕り方を町の住人に教えました。
 家の周りには数え切れないほどの人間が集まっています。
「長い長い棒を作って、それを空に刺すように突き上げるんだ!」

 そして夜になると、たくさんの人が屋根の上に登りました。

「いいかい、お星さん」
 月がそんな人間達を見下ろしながら言います。
「彼らは少し、間違った行いをしているだけさ。すぐに気づいてくれるさ」
「わかっています。今日も一緒に彼ら信じて、闇を照らしましょう」
「願わくば、彼らの心の闇も」
 月と星は輝き続けました。彼らを信じ、彼らを愛し。

 しかし人間の棒は無情にもたくさんの星たちを地上に落としました。
 カツン。
 カツン。
 カツン。
 星を落とす人間の顔は、まるで鬼のようでした。
「なるほど、どういうわけか本当に金平糖のようだ」
「とても綺麗で、冷たいわ」
 落ちた星を手に取った人たちの、たくさんの声が聞こえてきました。
 次の日も。その次の日も。
 でも月と星は、彼らを照らし続けました。

 たくさんの朝が来て、たくさんの夜が来て、
 町では毎晩、どこか悲しげな「カツン」という星の落ちる音が響き渡って いました。

 ある日の夜、喜兵衛が空を見上げて真っ青な顔をして呟きました。
「星がなくなってしまった……」
 そう、彼らは毎晩毎晩、夢中で星を落とし続けて
 無くなるまで、それに気づかずにいたのです。

 星が無くなった日。その日も月と星は人間を信じていました。
「また、彼らが私達を優しく見上げて微笑んでくれる日が来るといいですね」
「来るさ。必ず。その日のために今夜も彼らを照らそう」
 月は星にそう言いました。
「今夜は昨日より、少し明るく照らしてあげましょう」

 しかし人間が、優しく微笑むことはもうありませんでした。

 最後の星を喜兵衛の物干し竿が突きます。
「お月さま、いよいよ私の番です」
 喜兵衛は狂ったように奇声をあげ笑っていました。
 他の人間も最後の星を奪うかのようにお互いを振り払いながら
 我先にと屋根に登り、空を突きました。

 月は星に何もしてあげられません。
「ごめんよ、お星さん、ごめんよ」
「お月さま、どうやら私は今日で落とされてしまうようです」
 お月さまは人間に訴え続けました。
「もう、やめてくれ。もう、やめてくれ」と
「ねぇ、お月さま」
 星は言います。
「私が落ちてしまっても、人間を照らし続けてください。明日も明後日も」
 月の視界から星が消えました。
 月が下を見ると星が落ちていくのが見えました。

 星は最後まで人間を信じていました。そして、愛していました。
 でも、星はその人間達の手によって空から振り落とされました。

 カツン。
 
 高くて綺麗で寂しいひとつの音が、町中に響きました。
 その音は他のどの星の音よりも大きく強く響きました。

 その音が人間達の心の中にまで、届いたのか。
 人間達は棒を地に落とし、ゆっくりと空を見上げました。
 でも、その夜空には、もう星はひとつも浮かんでいませんでした。
「あぁ、私達はなんということをしてしまったのだろう」

「星がなくなってしまった…」

 星のいなくなったどんよりと真っ黒な夜空は、
 とても静かで、そして寂しい感じがしました。
 もう彼らの上に星が輝くことはありません。
 空には、泣くように弱弱しく輝いている月だけが、ただただ浮かび、
 灰色の雲が今まさに、それを隠そうとしているのでした。

2004-03-17 15:56:24公開 / 作者:律
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■作者からのメッセージ
「無くなったときに嘆いても遅い」
そんな想いを込めて書きました☆
みなさんはどのように感じたでしょうか?
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この作品に対する感想 - 昇順
なんだか胸にくる話でした。無くなって気づくものって沢山ありますよね。もう遅いのに。すてきな作品でした。これからも頑張って下さい。
2004-03-17 16:21:03【★★★★☆】冴渡
変に飾り立てずに素直な言葉で描かれていると思いました。それが、優しい作品へと仕上げていると思います。とても好きです。
2004-03-18 09:25:59【★★★★☆】藤崎
欲深い人間の姿をしっかり捉えていると思います。。それが今のわたしたちだと思うとすごく情けなくて悲しくなりました。これからも頑張ってください。
2004-03-18 12:02:53【★★★★☆】葉瀬 潤
話の内容がとても良かったです。自分も気づいたときには遅かったということがあります。自分の場合はもう二度と戻ってきませんね。時間は有効活用ですよ。
2004-03-18 14:54:54【★★★★☆】フィッシュ
冴渡さん、藤崎さん、葉瀬 潤さん、フィッシュさん 感想どうもありがとうございます☆感想を貰うと書いてよかったって思います♪
2004-03-20 17:43:09【☆☆☆☆☆】律
計:16点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。