『ある大魔導士に。』作者:平乃 飛羅 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 齢七十は超えただろうか。
 いつの頃からか己の年齢というものをまともに数えなくなった。いや、数えることに意味を見いだせなくなった。時の流れは数字ではなく、まさに水の流れ、川の流れ、そう大河の流れのようなものだ。ただし、行き着く先は大海などではない。着く場所など時に存在するはずもない。大宇宙の誕生と共に世界を構成する時間は──違った、そう、時間というものに概念があるとするならば、時間は生まれも終わりも存在などしない。ともなると、時そのものに意味が発生しなくなり、時は無という一つの言葉でしか過ぎなくなってしまう。時が流れていくのではなく、人が生まれ成長し老いて死ぬという一連の現象を時の流れとしている。自然の流れを、人はただ時の流れとして比喩表現しているに過ぎないのだ。
 ──そんなことはどうだって良い。
 いつしか大魔導士と讃えられるようになった己の過去を未練がましく振り返ることは、酷く虚しく感じられた。私は既にそのような者ではない。とうに落ちぶれ、皺の深くなった余命短いただの老人である。私には何の力もない。天から雷を落とし地を割り嵐を呼び津波を起こした私とて、結局のところ何も得たものはなく、その魔術という無駄な力は私にとってどれ程の足しになっただろうか。世間の目は畏怖の色に染まり、それは人々だけに済まなかった。
 ありとあらゆる生物が、私を拒んだのだ。
 魔術を扱う者には魔力がある。魔力とは一説には万物の力となっており、あるいは神が戯れに人へお与えになさった気まぐれなる力だとも云われてる。どちらが正しいかは知らないが、私は後者を支持したい。
 その気まぐれなる力というのは、一般的に魔術として扱うことが不可能な程小さい魔力の持ち主でも、己の皮膚を通して膨大な魔力を感じることができた。人間だけではない。ありとあらゆる生物は魔力を感じることができる。むしろそこらの動物の方が魔力というものを感知する能力に優れていた。しかし畏れられる程の魔力の持ち主ともなると、歴史上何名いただろうか。それだけ私の魔力が群を抜いておることがわかると思われる。
 しかし、だからどうしたという。
 私は最初から人々へ奉仕する為に魔術を学んだ。人の為に、人に仕えるために。──私の村はとにかく貧しかった。人が人と支えていかないと村を維持することなど叶わず、さりとて常に誰かを助け合いながら生きていける程度に余裕があったわけでもない。当時の私は自分の無力さを呪った。幼い私に出来ることなどたかがしれていたからだ。結局のところ私は両親と共に村を逃げ出し、都市に向かった。村から都市へ向かうにはそれこそ命がけである。ましてや私という足手まといがいたのだ。両親の苦心は計り知れなかっただろう。しかし、都市の華やかさといったら衝撃的だった。夜になっても灯りがあり、雨の降らない日が続いたとしても水が絶えることもなく湧き出した。貴族の着こなす服についた装飾品も見事であり、神を模した金属の小さな像をつけた首飾り。見たこともない文字を施した剣とその鞘。この世の物とは思えない美しい色をした外套。それを周囲から眺める人々も生気に満ちていた。服すら汚れていない。
 どうしてこうも違うのか。自分の住んでいた所と、どうしてここまで違ってしまうのか。
 疑問に思った私は両親の目を盗んで、近くの人に尋ねてみた。
「これは、魔導士様のおかげだよ」
 魔導士とはなにか?
「森羅万象の力を扱える方のことだ。その大いなる力をもって人々の生活を支え、我々を助けてくださる。昔この地は荒れ果てていたというが、一人の魔導士様の出現で一気に変貌したということだ」
 ──魔導士。
 そうだ、魔導士様に頼めばあの村も助けてくれる。
 浅はかな考えだっただろう。私は魔導士様に会うためにその夜に祈りを捧げた。全てを棄てても良い。その代わり村を救ってください、と。
 その願いは結局叶うことは無かった。が、その夜、魔導士様は私のもとに現れた。
「お前が真にそれを望むなら、自ら魔導士になってみる気はないか? 私はこの町の魔導士故、他へ往く訳にもいかないが、主は違うだろう」
 その夜、私は彼に弟子入りすることとなる。
 ──私は綿が水を吸い込むようにしてその知識を吸収した。ある程度まで学んだところで、私はかつての自分の村に行ってみようと試みた。魔術さえあれば少々の距離など無いに等しい。そうして絶望した。村はとうに滅びていたのだ。村にとって私の学んできた数年間はとても致命的だったのだ。滅びた村の大地に足を降ろし、後悔の念を抱いたまま歩いていた私は、子供らしい白骨を見てさらに深い闇に囚われてしまった。何故私は間に合わなかったのか、と。
 それからの私は更に魔術を深く学んでいった。地図を用意し、どの地のどの村が貧困に喘いでいて、どうしたら助かるのかを知る魔術の開発に余念が無かった。──そしていつしか、私は大陸でも有数の魔導士となっていたのだ。研究室に籠もっていた時はわからなかったが、一歩外に出れば、世界というものの捉え方が明らかに変わっている自分に驚愕した。漆黒の海に浮かぶ星々の因果関係、大地の奇怪なる形状のうねりに関係した神の息吹、未来を予知すら可能とする大気の流れ、どれもが新鮮であった。そう、私はこの時点でこの町の魔導士──己の師を超えてしまったのだ。 自分の才能に驚喜した私はさらに魔術に没頭し、世の中の全てを魔術理論によって解明していった。解明された本は全て私の研究室に保存してあったが、立場をわきまえない愚か者がたまに私の本を盗みに入り、仕掛けておいた魔術の罠にひっかかってその命を落としたこともある。私の本はそれだけの価値があったということだ。それがいけなかったのだが、さらに増長した私は本来の目的を忘れ、都市での地位を手に入れた。その時からだった、私が大魔導士と呼ばれ始めたのは。
 大衆の心を操るのは実に愉快だったという記憶がある。ちょっとした魔術を披露するだけで手前勝手に神の業だとして持て囃し、そして私をさらなる神聖な存在として崇めた。
 ある日、私を呼ぶ声がした。夜中であった。私は目を覚まし、その声がする方へ出向いた。都市の荒れた道の奥で小さな子供が祈っているではないか。私はそれをじっと見て、ようやく気付いた。あの少女が私を呼んだのだ。少女は私の名を呼び、事実こうして呼んだ。私の姿を見た少女は驚きで声を無くしていた。
「大魔導士様、もうしわけありません。でも、どうしてもお願い事がありまして」なんだ、と問うと、平伏したまま少女は応えた。「わたしの村をお救いください」
 即座に断った。そんなことをしている余裕は無いからだ。
 少女は泣いていた。私は胸に残るしこりを無視し、再び寝床についたのだった。
 ちょうど一年後の夜、ふとあの少女を思い出した私は戯れに水晶を使ってその村を覗いてみることにした。そして、私は悲鳴を上げていた。村は全滅していたのだ。ただの全滅ならまだいい。その時の状況が私の村とそっくりだったのだ。愕然とした。私は今まで何をしてきたのだろうか。このような人外の力を手に入れて、一体何を得たつもりだ。当初の目的を忘れ目先の欲だけに囚われた私は、結局愚か者だったのだ。私は少女に謝った。あの時断りさえしなければこの者達の命、失われずに済んだのに。
 そうして私は都市を抜け出し、世界を彷徨う旅に出た。
 ──数十年の時が流れた。その間に見てきたものは、神が私に与えた天罰としか思えなかった。見る者全てが私に恐怖した。今を生きる生物は全て私のような異種に敏感だ。私は、いつしか心を閉ざすようになった。
 そう、今もだ。
 ここまで辿り着いたが、どうやらもう残りの命も長くないようだ。私はここで朽ちるだろう。誰にも弔われることなく自然と共に土へ還り、そうして記憶からも失われる。そう、これでいい。これでいいのだ。
「……おじいちゃん、魔術使えるの?」──その時だった。そんな声が聞こえたのは。「もし使えるなら、この村を救ってください。おねがいします」
 その少女は、あの時の少女の生まれ変わりだった。違うのだとしても似すぎていた。私は自分でも気付かぬ内に両目から涙が溢れていた。そうして何度も何度も謝った。
「ねぇ、どうしたの?」
 不思議がる少女に、私は今まで見せたことのない表情を浮かべて、やっと本来の願いを叶えられる喜びに全身が打ち震えた。──ああ、ここで命尽きようと、もう後悔はない。
 大魔導士たる私は、そうして一生を終えることになる。
 ──名も知らぬ、この地にて。

2004-03-16 09:30:03公開 / 作者:平乃 飛羅
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■作者からのメッセージ
短い割にはあんまり拘りが見えない文章と内容かもしれませんが、それでも読んで頂ければ嬉しいなと。
前回に続き、作品をどう読解するかは全て読んで頂いた皆様に委ねます(笑)
……自分の作品はさすがに語れないです(苦笑)
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。全体の展開がうまく、すっきりしていて良いと思いました。
2004-03-17 02:35:13【☆☆☆☆☆】メイルマン
>メイルマン様
2004-03-20 00:49:08【☆☆☆☆☆】平乃 飛羅
失敗;; メイルマン様、感想有難う御座いました^^
2004-03-20 00:49:29【☆☆☆☆☆】平乃 飛羅
計:0点
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