『屋上時間』作者:HAL / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約8.5枚
『屋上時間』

 太陽が空の高いところまで昇った頃、私はいつものように、屋上へ向かった。季節は冬。ガランと何処か寂しげなその場所の、ひんやりとしたコンクリートの上に腰を下ろす。北から吹いてくる風の、頬を刺すような冷たさに少し顔を歪め、それでもその場所から立ち去ろうとはしない。
 私は1人、目の前で揺れている松の木の先をじっと見つめ、あの人を待っていた。約束はない。でもいつも、私はあの人よりも早くこの場所へ来て、その足音が聞こえてくるのを耳を澄ませて待つ。風の音が、心地よい。遠くに見える山のてっぺんが、白く輝いていた。
 
 
 パタン、パタン。紺色のスリッパを、引きずって歩く癖。立て付けの悪い汚れたドアが、鈍い音を立てて開いた。

「よぉ」

 軽く右手をあげて笑う、いつもの挨拶。まっすぐに私の隣に来て、どかっと腰を下ろした。

「さっみ〜っ」

 セーターの袖を伸ばし、目を細めて言う。風が、赤い髪をゆらして通り過ぎた。
 さっそくコンビニの袋をガサガサやって、取り出したのはいつものパン。ほんと、好きだよね。飽きないのかな。じっと見てたら、「食うか?」なんて、小さくちぎって差し出してきた。
 「ほら、あーんして」楽しそうに言われるままに、口の前のパンにぱくっとかぶりついた私。

「うまいっしょ」

 突然顔を出した太陽が、あなたの笑顔を照らした。
 いつからだろう。あなたと過ごすこの時間が、私のすべてをしめるようになっていた。
 すでに2つめのパンを食べ終えたあなたは、ぐっと両手を上げて気持ちよさそうにのびをした。そしてその手をゆっくりと下ろしながら、あくび混じりの声で言う。

「お前はさぁ、なんでここ来んの?」

 私をのぞき込む、探るような眼差し。
 「あなたが居るから」なんて、言えるはずもなくて。すっと目をそらして、大きな口開け、あくびを一つ。

「可愛くねぇ奴っ」

 その言葉とは裏腹に私の頭をがしがしなでて、あなたは上機嫌に笑う。そしてごろんと、冷たいコンクリートの上に寝転がった。
 わかってる。可愛くない私。いつも少しだけ距離を置いて、そうすることでしか、自分を守れずにいる。
 私はゆっくりと、あなたの隣に寝転がる。

「風がなかったら気持ちいい天気なのになー」
 
 すき。

「あっ、あの雲恐竜みてぇ」
 
 あなたが好きです。

「つか、空飛びてぇなぁ」

 決して伝えることの出来ないこの想い。でも。

「この空を今、どっか遠くの奴でもさ」

 そばにいられるだけで、幸せだから。

「同じように見上げてんのかなー。なんつって」

 どうか―――

「なんとか言えよぉ」

 あなたが横を向くより先に、目を閉じて寝たふりをした。



 1ヶ月ほど前のある日、私は何となく、本当に何となく、この場所へ来た。少しずつ強くなる雨音に目を閉じ耳を澄まし、まっすぐに流れ堕ちる滴を、顔から浴びる。ただじっとそうしていると、ドアを開けてあなたが顔を出した。

「お前なにやってんだよ」

 びしょ濡れになって雨を浴びる私を、慌てて校舎の中に引っ張り込んだあなた。大きなトレーナーの袖で私の顔をがしがし拭いて、「いつから居たんだ?」と呟く。私はあっけにとられて、ただ呆然とあなたを見上げていた。赤みがかった髪の間から、大きなピアスが覗いていた。
 行き場のない机達が積まれた屋上のドアの前で、あなたは食べかけのパンを分けてくれた。別にお腹がすいているワケでもないのに、何故か凄く美味しく感じて、少しずつ少しずつ飲み込んだ。

「お前、1人なの?」

 ふと目があったあなたは、私に尋ねた。その問いかけの意図がよく分からなくて、私は少し、首をかしげる。あなたはそんな私の頭にそっと触って、小さな声で呟いた。

「お前は、強いね」

 その時あなたが見せた切ない笑顔、私は今も、忘れられずにいる。



 いつものように屋上へ上がると、珍しく先にいたあなた。仰向けに寝転がって、空を見ていた。私に気づくと顔だけ向けて、「よぉ」と手をあげた。すぐに分かった。元気ない。
 ゆっくりと近づいて、隣にちょこんと座った。あなたは相変わらず、じっと空をにらみつける。さっきまで晴れていた空が、次第に色を変えていった。大きな雲を運ぶ風の音だけが、ひっそりとした屋上に響く。

「キレちゃった」

 ポツリ。鼻をぬらした雨と同時に、あなたは息だけの声で言う。

「俺、バカじゃねぇんだ。連なってバカやってても、なんかそれ違うんじゃねぇかって、ほんとはちゃんと分かってんだ。大口開けて笑ってても、楽しいのはそん時だけで、後で何倍も疲れてる自分に気づくんだ」

 両腕で顔を覆って話すあなたの声は、だんだんと、泣きそうな声に変わる。私はそんなあなたを、ただ横で眺めることしか出来ずにいる。

「ずっと、合わせてる方が楽だって思ってた。けど」

 あなたはわざとらしく、「ははっ」と声を出して笑って、言った。

「気づいたら机、蹴り飛ばしてた」

 ゆっくりと伸ばした腕の下から覗いたのは、あの時と同じ、力無い笑顔。雨はもぅ、あなたと私の上に、容赦なく降り注いでいた。コンクリートを打っては、音を立てて跳ね返る。

「1人が嫌いなわけじゃねぇんだ。なんつーか、そういうんじゃなくて。けど・・・」

 言葉を探し、話を止めた君の口から、不意にため息がもれる。そしてごろんと私に向き返って、言った。

「何言ってんだろな、俺。こんなことお前に言っても、わかんねぇよな」

 ズキン。胸が奥の方が、音を立てて軋む。ギュッと、苦しくて、苦しくて。息が出来ない。
 そんなことない。わからないけど、わかる。あなたのこと、一欠片しか知らないかもしれないけど。無邪気な笑顔とか、じっと見つめる瞳とか、その優しさとか、好きで、好きで、好きで。
 そんな顔、しないで。自分を、追いつめないで。いつものように、本当の笑顔で笑って。言いたいこと、何も言えない。大切なこと、全然伝わらない。所詮私は




 ただの猫で。




 ゆっくりと顔を近づけて、あなたの頬を、流れ落ちる滴を、そっと舐めた。精一杯の、愛情を込めて、何度も、何度も、優しく舐める。
 あなたは少し驚いたような顔をして、それから優しく笑った。

「お前は、やさしいね」

 ただあなたが微笑んでくれたことがうれしくて、その頬に頬ずりをする。あなたの濡れた手が、私の頭をそっとなでた。ただそれだけのことで、私は泣きそうになる。
 あなたは、ゆっくりと体を起こし、少し顔を空に向けると、ゆっくり目を閉じた。私は隣で、そんなあなたをじっと見つめる。静かに、時だけが流れていった。

「ただじっと雨に打たれるってのも、けっこういいかもな」

 目を開けて、私を見て、あなたはいつものように、無邪気に笑った。


 雨の上がった道を、1人歩く。たくさんの水たまりに、びしょ濡れの顔が何度も浮かぶ。別れ際、あなたは言った。「もぅ、大丈夫だから」そして、「またな」と。だから、大丈夫。きっとまた会える。

「わぁ〜にゃんこっ」

 黄色いカッパを着た男の子が、濡れた私を抱き上げた。ニコニコしながら、その小さな手で、やさしくやさしく私をなでる。

 すき。あなたが好きです。決して伝えることの出来ないこの想い。けど。そばにいられるだけで、幸せだから。どうか、あなたとの時間が、少しでも長く、続きますように。

「あっ、にじ!」

 男の子の声に、ゆっくりと顔をあげる。大きな虹が、田んぼの向こうで、キラキラと輝いていた。


 そして私は、今日もあの場所へ向かう。細長い螺旋階段をのぼって、誰もいないコンクリートの上に腰を下ろす。

 広い空。冷たい風。揺れる松の木。古びたドア。
 スリッパの音。赤い髪。あなたの笑顔。
 私の屋上時間。
 
 
2004-03-14 15:21:11公開 / 作者:HAL
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■作者からのメッセージ
ご無沙汰しとります♪3回目の投稿になります。
いろんな視点からのアドバイス、よろしくおねがいします☆
この作品に対する感想 - 昇順
猫の伝えられない気持ちの切なさと、主人公の男の子の気持ちがとてもストレートに伝わってくるいい作品だと思います。とても素敵なお話でした。これからも頑張って下さい!次回作、期待しています!
2004-03-14 18:15:40【★★★★☆】冴渡
ありがとうございます!次回も精一杯がんばらせていただきます☆
2004-03-15 15:42:58【☆☆☆☆☆】HAL
計:4点
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