『頭上にある瞳(SS)』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 それは、風に乗って。

 果てしない大空の海を渡って。

 僕は飛んでいく。

 ゆらゆらと。

 どこまでも。


 僕が空から降りる時、それは風が止む時。

 そして、僕は芽を突き出すのだ──。





灰色の人工物がひしめく、塵埃に塗れる街の中。

 歩道に一律に並ぶ電柱の陰。
 
 僕はそこに生を受けた。

 時折浴びる太陽の光を一杯に吸い込み、

 小さくも、懸命に空を見上げ続けている。

 たった一度きりしか訪れない僕だけの命を、

 僕は精一杯生きている。

 
 風の強い日も、雨の降る日も、

 毎日毎日、僕はここで生きていた。


 けど、誰も僕には気付いていない。
 
 颯爽と止まることなく紡がれるざわめきの中、

 絶え間ない喧騒と、日々の変化の中、

 僕は…ふと思うのだ。

 この世界には僕だけしか居ない、と。

 
 誰も、僕を見てはくれない。

 誰も、僕を撫でてはくれない。
 
 こんなに、懸命に生きているのに。

 こんなに、背伸びして空を目指しているのに。


 鳥も、虫も、犬も、猫も、人も、

 ここに確かに居る僕の姿には、僕だけしか気付いていない。


 だから、この世界に僕は一人なんだ。


 僕は何のために生を受けたのだろう。

 短い命の中で、僕は孤独だけを味わって朽ち果ててしまうのだろうか。

 
 そう思うと……悲しくて、苦しくて、切なくて……。

 空に伸びた僕の顔も、いつしか項垂れるように崩れていた……。

 

「……ほら、やっぱり」

 そんな僕の弱々しい姿に、ふと声が投げかけられる。

「こんなトコにたんぽぽ咲いてるよ」

「もう、そんなのイイから行くよっ!」

 二人組の学生が止まらない人の波の中、立ち止まり僕を見下ろしていた。

「ここ、陽が当たらないからこんなに小さくなってる……」

 膝を崩して僕を見つめる女の子の顔を、僕は見上げることが出来なかった。

「ほらぁ〜!そんなの放っておいて!」

 もう一人の女の子がしゃがみこむ女の子の腕を掴み上げ、立ち上がらせる。

「心配したってムダだよ。どうせ、萎れるんだから」

「あっ」

 腕を引っ張られながら二人は再び人の波にのまれていく。

 最後に見せた女の子の表情。

 その内面を見つめる事は出来ないが、

 彼女の視線は、僕を励ましているかのようだった。


 うつむき、空を見上げる力も徐々に失われてきた。

 それが、僕の残り少ない命であると自覚はしていた…。

 このまま、僕は消えていく。

 消えていくんだ…。



「――大丈夫だよ」

 ふと、柔らかな声が聞こえたような気がして僕は目が覚める。

「もう、一人なんかじゃないからね」

 力を振り絞り、僕はその声の方に顔を上げる。

 そこには睡余も吹き飛ぶような柔らかな光を浴びた、

 あの女の子がしゃがんで僕を見つめていた。

「もっと陽のあたる場所に移してあげたいけど、アスファルトが邪魔して移してあげることは出来ないんだ……。
無理に移そうとすると傷つけてしまうから」

 女の子はそう言いながら僕の頭を指先で撫で上げた。

 ぴくん、と踊る僕の体。

 ああ、これが……触れ合う事の感触なんだ。

 なんて、心地よくて、気持ちよいものなんだろう……。

「一人寂しく消えてしまうなんて思わないで」

 女の子は愛らしい柔らかな口調で僕を包み込んでいく。

「私が……あなたを見つけたから」


 こんな僕の姿を見てくれている。

 弱りきって、自身に挫折していた自分の姿を。


 「僕の背伸びした姿を見て欲しい」

 そう思うのは、必然だった。

 空を衝くように、ぐんと顔を見上げた僕の本当の姿を見て欲しい。

 それが、僕の本当の姿なのだから。


 でも、それはもう叶わない。

 僕は、命を終えようとしていた。

 黄色く咲いた頭花も白い冠毛の実に変わり、

 僕は風に乗って再び飛び立とうとしている。


 でも、それは僕ではない。

 僕という姿をもった、違う僕なのだ。

 だからこう思うことも、こう感じることも出来なくなるだろう。

「…また、会えるといいね」

 女の子が笑顔で微笑む。

 僕は、その言葉に頷くように頭を垂れると、

 そのまま吹き抜けた風に乗って放散した。

 

 
 それは、風に乗って。

 果てしない大空の海を渡って。

 僕は飛んでいく。

 ゆらゆらと。

 どこまでも。


 僕が空から降りる時、それは風が止む時。



 そして、僕は芽を突き出す。

 その時には、

 どうか、あの子の元で咲けますように。

 僕の、姿を見てもらえますように。

2004-03-14 20:08:11公開 / 作者:砌
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この度、初投稿させて頂きました砌と申します。
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