『大きい鬼と小さい豆』作者:仮名 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 昔々、ある山に一匹の鬼が住んでいました。
鬼はとても恐ろしい姿をしていました。体はとても大きく、ただれたように赤い肌をしていて、顔に鋭く小さい目と大きな鼻、口の周りには汚らしいひげが生えています。口には大きな牙、手には鋭い爪、そして頭には鋭くとがった大きな角が一本生えていました。
その鬼は優しい心を持っていました。でも山の動物達はみんなその鬼を恐れ、誰も近寄ろうとはしませんでした。優しい鬼は動物達が自分のことを怖がっているということを知っていました。だから鬼は動物もあまり来ないような山奥で野草などを採って静かに暮らしていました。


 昔々のある冬の日。ある山のふもとの村で、村の人が焚き火をしていました。すると、その人のちょっとした不注意でその火が山に移ってしまいました。初めはとても小さな火でしたが、乾燥した空気と降り積もった落ち葉がその火をとても巨大なものにしてしまい、結局、火は山全体を包み込んでしまいました。
その山のふもとの村では「山火事が起きた」と大騒ぎになりました。でも結局、火はその村までは広がりませんでした。
だけど、火は山の半分近くを焼き尽くし、動物もあまり来ないような山奥まで灰の山にしてしまいました。


 雪が降ってきました。
ある山のふもとに村があります。その山では最近山火事が起き、半分以上が焼けてしまうということがありました。
雪はその山に、ふもとの村に静かに降り注ぎます。
村の大人たちは山火事で飛んできた灰の後片付けで忙しそうです。
村の子供たちは突然降ってきた雪に大喜びで、次々と外に飛び出していきます。
 子供たちが楽しそうにはしゃいでいる様子を、同じくらいの年頃の男の子が寂しそうに眺めていました。この男の子は友達がいなくて、いつもこうやって寂しそうに他の子が遊んでいる様子を眺めているのです。
男の子は、楽しそうに遊んでいる子供達も、片付けで忙しそうにしている大人たちも、だれも自分にかまってくれないので退屈して、その場を離れて近くの林へ行こうと思いました。
その林はいつも静かで男の子は退屈なときによくそこへ遊びに行くのです。
男の子はゆっくりとした足取りでそこへ向かいました。


 ある山のふもとの村の近くに林があります。
林といっても、今の季節は枯れ木だらけです。
その枯れ木の一つを背もたれにして鬼が一匹、座っていました。肌はただれたように赤く、鋭い目と大きな鼻、頭には鋭く尖った角が生えている、恐ろしい姿をした鬼です。
鬼は体中に大火傷を負っていてとても苦しそうでした。体のあちこちから血がにじみ出て、赤い肌をさらに汚らしく赤くしています。
鬼はじっと空を眺めていました。その目はとても寂しそうでした。
その時、そばの茂みががさがさと音を立てました。

 男の子は、林に生えている茂みを通り抜け、そしてそこに珍しく人がいたので驚きました。
その人は枯れ木を背もたれにして座り込んでいました。
口の周りにひげが生えているので、どうやらおじさんのようです。
おじさんの体は真っ赤で、いろんなところから血も出ているようでした。
火傷してるんだ、男の子は思いました。よく見ると頭にはこぶもあるようです。
でもおじさんはとても怖い顔でとても大きい体をしているので、男の子は少し怖くなって離れようかと思いました。
その時、そのおじさんと目が合いました。
その目はとても寂しそうでした。
男の子はそのおじさんがなんだかとてもかわいそうになり、助けてあげなきゃという気になりました。

 鬼は、突然現れた男の子に少しおどろきましたが、すぐに立ち去るだろうと思いそのまま動きませんでした。
ところが、男の子は鬼のほうへ駆け寄ってきたのです。
鬼はとてもおどろきました。
いままで出会った生き物はみんな、自分の恐ろしい姿にだれも近寄りもせず、すぐに逃げていってしまったからです。
自分から近付いてくる生き物に出会ったのは初めてでした。
 近付いてきた男の子は「大丈夫?」と鬼にたずねました。
鬼はなんだか緊張した様子で「大丈夫」と答えました。
「おなか減ってない?」と男の子は聞きました。
鬼はそう言われて、そういえば山で火事が起こった日から何も食べていないことに気付きました。
すると男の子はなにやら粒のようなものを取り出し鬼に差し出しました。
「これ食べる?」
それは小さくて丸くて、鬼はそれを初めて見たのでいったいなんなのか全然分かりませんでした。
でも、恐る恐る手を伸ばして食べてみました。
そして衝撃を受けました。
鬼はいままで山奥で野草や枯れ木の皮などを食べていました。だから鬼はこれまでなにかを食べておいしいと思ったことはありませんでした。
でも、これは違いました。
「これはなんだ?」
鬼は興奮し、声を高めて男の子に聞きました。
「豆だよ。僕はよくおやつに食べるんだ」と男の子は答えます。
鬼は男の子が差し出した残りの数個をあわてて口に全部放り込みました。
そしてとても嬉しそうにしてゆっくりと食べていました。

 次の日、男の子はまた林へ行きました。おじさんが心配だったからです。
あれだけひどい怪我だったのになぜかおじさんはだいぶ元気になっていて、男の子が来ると喜んでむかえてくれました。
男の子はおじさんといろいろなことを話しました。自分には親がいなくて、村の人に育ててもらっていたこと、友達を作るのが苦手で、いつもは一人で遊んでいたこと、だからこうやって話していてとても楽しいといったことを話しました。
それをおじさんはずっと優しそうな笑顔で聞いていました。
帰る前におじさんに豆をあげました。
おじさんは大喜びでそれを本当においしそうに食べていました。

 鬼は、男の子が来るととても喜びました。
他の生き物と話したりするのが初めてでとても楽しくて、不思議と元気が涌いてくるようです。
鬼は、男の子といろいろなことを話しました。いままでずっと山で暮らしていたこと、前起きた山火事で火傷をしてしまったこと、山ではずっと独りだったのでこうやって話していてとても楽しいといったことを話しました。
男の子はそれを楽しそうな笑顔で聞いていました。
男の子が帰る前に豆をくれました。
その豆は本当においしくて涙が出そうなほどでした。

 また雪が降ってきました。もちろん子供たちは大喜びです。大人たちは寒い寒いといって家の中へ入っていきます。
また、男の子が林にやってきました。
鬼は、もともとの回復力なのかあっという間に元気になり、もう普通に走ったりも出来るようになっていました。
男の子と鬼はすっかり仲良しになっていて、二人で仲良く遊んでいます。
その時、林に村の男の人がやってきました。
雪が降ってきて寒いので焚き火をしようとまきになりそうな枝を拾いに来たのです。
そして、その男の人は体のとても大きい、肌は赤く頭に角を生やしているとても恐ろしい姿をした怪物を見ました。そしてそのとなりにいる男の子を見ました。
男の人はとてもおどろいて、慌てて男の子のもとに走り寄って、そのまま怪物のほうは一度も見ずに男の子を抱えて大慌てで逃げ去っていきました。
鬼もとてもおどろいて、慌てて男の人の後を追いかけました。
 
 雪が小降りながら確かに静かに優しく降り注いでいます。
男の子は抱えられたまま村の辺りまで連れてこられました。そこで数人の大人の人がなにかを話し合っています。
誰かが大きな声で他の大人たちになにか説明しています。
「体はこんなに大きくて肌は赤くて頭に角が生えてたんだ!」
説明している人はひどく興奮している様子で、体が少し震えていました。
「そいつは鬼だ。山に住み、人を食う怪物だ」
誰かが落ち着いた声で言いました。それを聞いて他の人たちは驚き、
「鬼だって?」「人を食う? はやくやっつけないと」などと口々に大きな声で言っています。
「坊やは大丈夫だったのかい?」
誰かが男の子に近付いて聞きました。
男の子はなんだかよく分からないといった顔で答えました。
「僕はなにもされてない。おじさんと遊んでただけだよ」
それを聞いて大人たちは驚きました。
「遊んでた? どういうことだ」「おじさん? もしかしてこいつはその鬼の子供じゃないか?」「えっ! 鬼の子供?」「なんだって? 俺達は鬼の子供を育てていたのか!」と口々に大声で言います。

 大人たちが騒いで男の子に大声でなにかを怒鳴っています。
その様子を鬼が近くの茂みに隠れて全て見ていました。全て聞いていました。
どうやら男の子が鬼の子だということにされてしまったようです。そんなの大間違いなのに。
このままでは男の子がいじめられてしまいます。
鬼はどうすれば男の子を助けられるか考えました。
そして、一つ思いつきました。


 男の子は大人の人たちに囲まれてとても怯えていました。
あのおじさんは鬼だとかいう悪い怪物で、僕はその子供だということになってしまったようです。そんなの大間違いなのに。
おじさんはとても優しくて、一緒に遊んでとても楽しかったのに、怪物なわけありません。僕だっておじさんの子供じゃありません。男の子はなんだか涙が出そうになりました。
 その時、近くの茂みががさがさと音を立て、男の子は驚いてそっちを向きました。
「なんだ?」と大人の人たちも茂みの方を向いたとき、茂みからあのおじさんが飛び出してきました。
おじさんは信じられないようなスピードで男の子の方へ突っ込んできたかと思うと、いきなり男の子の体をつかんで思い切り高く放り上げました。
男の子は訳が分からないまま振り回されました。空と地面がいったりきたりしました。最後に空が見えたかと思うと、次の瞬間にはもう地面を転がっていました。まわりですごい砂煙が上がりました。

 男の子が恐ろしい姿をした鬼に、振り回され地面に叩きつけられる様を、大人の人たちは呆然として眺めていました。
鬼は、地面に転がっている男の子を一度見て、そのまま走り去っていきました。
鬼が走り去った後、大人たちはそれぞれいろんなことを口々に叫びました。
「おい、追いかけろ!」「どういうことだ? あの子は鬼の子供じゃないのか?」「それよりあの子は無事なのか?」
一人の男の人が慌てて男の子に駆け寄り「大丈夫か」と男の子に聞きました。
大人の人にそう聞かれた男の子はゆっくりと立ち上がり、そして服についた土をはたき落としました。自分の体を見回しましたが、どこにも怪我はありません。
「全然なんともないのか?」と大人の人が驚いていました。
男の子は、振り回されたとき一瞬だけ見えたおじさんの目を思い出していました。
おじさんの目は寂しそうでした。
おじさんは、わざと男の子を放り上げて大人たちに男の子と鬼は仲良くないと思わせて、鬼の子ではないということを証明しようとしたのです。そしてその時男の子が怪我をしないようにうまく手加減をしたのです。男の子は全て理解しました。
そして同時に、おじさんは本当に鬼なのかもしれないとも思いました。体がとても大きく、火傷が治っても赤い肌をしていたのですから。
でも鬼だとしても、あの鬼は本当に優しい鬼なのです。一緒に遊んでいて優しい想いを感じたのです。
「早くやっつけないと!」と大人たちが騒いでいます。このままだと鬼はやっつけられてしまうでしょう。
男の子はどうすればあのおじさんを助けられるか考えました。
そして、一つ思いつきました。


 鬼は走っています。どうしようもなく、ただ走っています。すぐに大人の人たちが追いかけてくるのが分かっているからです。
走りながら、鬼はとても寂しそうでした。
初めて出来た友達に嫌われてしまったかもしれないのですから。
そしてもうその友達に会うことは出来ません。だから謝ることも出来ないのです。鬼はなんだか涙が出そうになりました。
鬼は走りながら、男の子と一緒にいられた時間を想います。それはとてもかけがえの無い時間でした。しかし、その時間はもう終わってしまったのです。鬼はとても哀しくなりました。せめて別れだけでもちゃんとしたかった、鬼は思いました。
その時、鬼の足がもつれ、鬼は転んで地面に倒れてしまいました。
いくら火傷が治ったからといってもまだ体力は完全に回復していなかったのです。
鬼は立ち上がろうとしましたが体が思うように動きません。
遠くから大人の人たちの声が聞こえます。そしてそれは徐々に近付いてきます。こっちに向かっているようです。
雪が鬼の体に降り注ぎます。そういえばあの男の子と最初に会った日も雪が降っていたな……などと鬼が思ったその時でした。
鬼の顔に何かが当たりました。
鬼はその何かを見ました。それは小さくて丸くて、男の子が何度も鬼にくれたものでした。
鬼は驚いて、大人の人たちの声がするほうへ顔を向けました。
大人の人たちが走ってこっちの方へ向かっています。そしてその先頭を走っているのは、なんとあの男の子です。
鬼はとても驚きました。そして力を振り絞って立ち上がり男の子を見ると、男の子も鬼を見ていました。
鬼は、男の子の顔を見ました。そして全て理解しました。
小さくて丸い粒がまた数個、鬼の体に当たりました。
鬼は男の子に向かって二ッと笑うと慌ててまた走り出しました。

 「鬼の弱点は豆だよ」
そう男の子が言うので大人たちは手に豆を持って鬼を追いかけていました。
最初は半信半疑だった大人たちも豆を当てられ大急ぎで逃げていく鬼を見て、男の子を信じました。
大人たちも本気になって走り出し、鬼を追いかけます。
男の子はさすがに本気になった大人たちと同じ速さでは走れないので途中で止まり、走り去っていく鬼の背中を見ました。
その背中は少し嬉しそうな、そんな気がしました。
男の子は最後に鬼に向かってもう一度豆を投げました。
もちろん鬼の弱点は豆などではありませんが、男の子はこのままでは鬼がやっつけられてしまうと思い、とっさに嘘をついたのです。
子供の自分があの鬼は悪くないといっても信用してなどくれないでしょう。だから鬼がやっつけられることなどないような嘘をついたのです。
鬼はそのまま走り続け、この前火事で焼けた山へ入っていきました。大人たちも豆を持って後に続いて入っていきました。
男の子はその様子を眺めていました。そして大人たちが少し悔しそうに山から出てきたのを見てほっとしました。

そして、しばらく山を眺めていました。



 ある山のふもとに村が一つあります。
この村ではこの時期になると山の入り口に向かって豆を投げる、というちょっとおかしな風習が残っています。
なんでもこの山には恐ろしい鬼がいて、その鬼が村へ下りてこないように、だそうです。

 その村の誰も知りませんが、村の人が山の入り口に向かって豆を投げたその日の晩、一匹の恐ろしい姿をした鬼がそっと山を下りてきます。
そして、山の入り口の周りにたくさん落ちている豆を一粒ずつ拾っては、とても嬉しそうにしてゆっくりと食べるのです。


2004-03-13 23:39:25公開 / 作者:仮名
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■作者からのメッセージ
初投稿です。
節分はかなり前に過ぎましたが……。
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この作品に対する感想 - 昇順
節分とは鬼を追い払う行事でありますが、このストーリーを読んでいると、日本昔話を思い出させてくれます。。とても読みやすくて、鬼と少年がお互いを思いやる気持ちがとても素敵でよかったです。。
2004-03-15 20:49:55【★★★★☆】葉瀬 潤
計:4点
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