『夏の幻  プロローグ〜エピローグ』作者:藤崎 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角57163文字
容量114326 bytes
原稿用紙約142.91枚

                   プロローグ

 小説を書きたいと思い始めたのは、いつの頃からだろうか。
 作者のもっている世界を第三者に理解してもらうということに、絶大なものを感じた。
 自分の“世界”を、自分であるからこそ感じられる“世界”を、誰かにもわかって欲しい。理解してもらいたい。
 そんな想いが、今、私をこうしてパソコンに向かわせているのだと思う。
 自分の“世界”を解ってもらえるということは、“私”の存在を、認めてもらえるということなのだと思う。
 その小説の中にあるものは、作者自身の考えに他ならないからだ。
 よって、他人による批判というのは、作者自身がもっている世界の評価に繋がる。
 つまりは、作者自身への評価、ということになる。

 いつでも一番強いのは、本当の気持ちだと信じてきた。
 それが、私が唯一信じられること。
 
 ここで一つ、物語を話そうとおもう。
 聞いてもらえればありがたい。
 そしてこれが、“彼”との約束を果たすに繋がればいいと思う。
 とにかくあの夏、私の中に在った“世界”を。
 不快指数を上げるだけの暑さの中に在った、静かすぎるあの夏の思い出を。
 上手く話せるかはわからないけれど。
 少しでいい。短い時間でいい。もしつまらなかったら、途中で止めてもらって構わない。
 だけどほんの、少しだけ。
 私の物語に、耳を傾けて欲しい。

                   一章

「ふざけんなよ。なんで……お前が泣くんだ」
 夏風が、頬をなでる。
 殺風景な病室。
 静かな声で、悦(えつ)は言った。
「俺に、お前の命くれよ」
 シーツを握り締めた自分の手に、視線を絡めたまま。
「泣くくらいならさ……」
 そこで、一度言葉を切って……。
 静かに顔を上げ、あたしを、
 みた。
「俺の代わりに、死んで」

                ◇     ◇     ◇

 新しい家。
 “藤崎”と表札のかかった、家の中の、自分の部屋。
 窓の向こうに在る、飛行機雲をなぞって。
 今日再開した幼馴染のことを考えていた。
 麦茶が入ったグラスの中の氷が、カラン と静かな音をたてる。
 こんなにも、空は青くて明るいのに。
 私の気持ちは、反比例するように重く、暗い。
 電気をつけずにいる部屋の中。
 アツイ涙が勝手にこぼれる。
 ゆがむ視界は、限りなく青い。
 先程からずっと、止まることを知らずに流れるそれは、頬を伝って、窓辺に落ちる。
 同じところに落ち続けた涙は、おそらく薄いシミをつくる。
 けれど私が泣いたという証さえ、やがては夏の気温に消されてしまう。
 人の命も。
 この夏が、全てを持ち去ってしまう。
 私がソレを知ったのは、ほんの二、三時間くらい前。
 彼の母親に聞いた彼の居場所へ、直射日光の中を走った。
 
 私には、幼馴染がいる。
 高岡(たかおか)悦という、同い年の男の子。
 私がこの町を引っ越したのは、七年前。
 そして、引越しの理由と同じ理由で、七年後の今日、この町に帰ってきた。
 両親よりも一足先に降り立った町は、昔と変わらず潮の匂いがしていた。
 眼下に映る海には、白く泡立つ波が見えた。
 地元の子供の笑い声が、聞こえてきそうだった。
 やわらかく、熱い風に包まれて。
 ただいま、と。心の中で呟いた。
 
 懐かしみながら歩く町並みは、驚くほど昔のままだった。
 電柱、家並み、空き地……。
 変わったところをあげるとすれば、アスファルトがほんの少し多くなったことぐらいだろうか。
 それでも、耳を塞ぎたくなるような蝉の声は、相変わらず。
 戻ってきたんだ、と、にわかに心が浮き立つ。
 そして、彼の家へと向かった。
 大好きな、幼馴染の家へと。
 瓦屋根と、木造建築。
 昔と同じように庭に回りこむと、縁側から大声で叫んだ。
 出てきたのは彼の育ての母親、律子さん。
 育ての、というのは、彼女が悦の生みの親でないことを指す。だけど私が知っているのはその事実だけ。詳しい理由は知らない。
 それでも、幼い頃の悦は、そんなこと気にしている風ではなかった。
 彼女は一瞬、はっとしたような表情をして、それからすぐに、笑顔になった。
 そこの庭でも、蝉が喧しく鳴いていた。
 悦の居場所を尋ねた私。
 一層、周りが騒がしくなった。
 まるで、次に来る言葉によって私が受けるショックを、予期しているかのように。
『あの子、ね……。入院してるの……』
 その瞬間。周りの音の、全てが止まった。
 
 その年の夏の道を、私は駆け抜けた。
 一キロ程の道のりを、休むことなく。
 よくもまぁ、あんなにも走れたものだと、今になって思う。
 体中から吹き出る汗が、服に染みて体に張り付き、気持ち悪いことこの上ないはずだったのに。
 そんな感覚、覚えていない。
 ああして走っている瞬間、私の頭には何の考えもなかった。
 ただ、何かに向かって、がむしゃらに走り続けていた。
 七年ぶりの町は、そんな私を、静かに見守っていた。

 爆発しそうな心臓を押さえ。
 一番見たくなかった人の名前が飾られた病室の前。
 私はただ、呆然としていた。
 悦は、私の幼馴染であり、私の想い人。
 物心ついた頃から一緒にいて、何処へ行くにも一緒だった。
 離れる事のほうが珍しいくらい。その分、たくさん喧嘩もした。
 家族ぐるみで仲が良かったものだから、兄弟のように育った。
 いや、もし兄弟がいたとしても、それよりも多くの時間を共に過ごしたであろう人。
 父の転勤という、ありきたりなシチュエーションさえ用意されなければ。
 そしてまた、何者かが私をこの町へ呼んだ。
 今度は、悦の病気という信じがたい事実の元に。

 いつでも誰かの中心にいた、元気いっぱいの悦は、白いベッドの上に、青白い顔をして座っていた。
 ノートパソコンを必死に覗いている。
「悦……?」
 小さく呼びかけた。
 彼は小さな反応を見せ、そして顔を上げた。
「……はる…き……?」
 少しだけかすれた声で。
 彼は言った。
「そうだよ。……久しぶり」
 困惑の表情が浮かぶ。
「七年ぶり、だね」
「………」
 開け放たれた窓から、夏風が入り込む。
 たったそれだけの会話の後に、重い沈黙が流れた。
 空気と、汗が凍る。
 何を言えばいい?
 悦はふっと、視線をそらす。
 胸が、締め付けられるようだった。
「……で?」
 小さな声が、言う。
「入院の理由を聞かないのはもう知ってるから? それとも、興味ない?」
「………」
「まぁ、ここにいるってことは前者か。俺がここにいることの知ってるの、母さんたち家族だけだし」
 扇風機の首が回る。
 どうして病室なのに、クーラーがないのだろう?
 それでも涼しいのは、ここが三階だからだろうか。
 それとも、悦といる自分が、場違いな気がするからだろうか。
「弱っていくの見られるの嫌だしね。影で泣いてるの思い知らされるのもこりごり」
「………」
「なにより、ほんとの家族じゃないしさ」
 そんな言葉が、悦の口から出てきたというショックに、さっと全身の血の気が引いた。 
 そして悦は喋り続けた。
 私が夢に出てきたこと。
 私が来ることをなんとなく感じて、家族に口止めをしたこと。
 あぁ……だから律子さんは、はっとした表情を見せたのだ。悦の根拠のない予感が当たったから。
 その内容には、かすかに“帰れ”という命令があった。
 そして、極めつけ。
「俺、死ぬんだ。もうすぐ……、死ぬんだってさ」
 喉の奥にこみ上げた熱いものが、瞳からぼろりと零れ落ちた。
 言葉が、哀しくて。
 それを見た悦は、苦笑を消して真顔になった。
 私の目から零れ落ちるそれは、止まることを知らない。
「……っ……」
 熱い。
 足の先から頭のてっぺんまでが熱い。
「……して……」
「は?」
「どうして悦なの?!」
 体中が、その感情で満たされる。
 彼の感情が流れ込んできたかのように。
 自分の力では、どうすることもできないと知ったものへの、怒り。
 過去、これほどまでに自分の無力さを痛感し、そして情けなく感じたことがあっただろうか。
「なんで……悦…なのよ」
 喉の奥から振り絞るような声。
 私の中に、こんな声が、こんな感情があったなんて。
「……のか……」
「……え…?」
「それを、俺の前で言うのか!?」
 突然荒げられた悦の声に、体がビクンと反応するのがわかった。
「俺が、……一体何度それを思ったか知ってるか? どうして俺なんだ、どうして他のヤツじゃないんだ、って。誰がいもしない神様を一番恨んだか知ってて、それを俺に言うのか?!」
 見たことのない表情。
 聞いたこともない声。
 こんな悦、私は知らない。
「そんなに、俺がかわいそうかよ」
 なおも涙をこぼす私に、悦は言う。
「そんなに、俺がかわいそうかよ!?」
 感情が消えない。
 悲しくて、哀しくて悔しくて。
 ぶつけどころのない怒りが、消えない。
「なんでお前が……泣くんだよ……っ」
 止まらない涙。
 それが余計に悦を苛立たせることを知っていても。
 止められない涙。
「そんなに、同情したいんならさ」
 静かな声が、耳に届く。
「お前の心臓、俺にくれよ」
 低く、はっきりとした声で。
「そんなに、俺がかわいそうならさ」
 白いシーツを握り締める自分の手に、視線を絡めたまま。
「俺に、お前の命くれよ」
 風が、吹く。
 涙に濡れた私の頬に、潮風がアツイ……。
「そんなに、泣くくらいならさ……」
 怒りを抑えた声。
 そこで、一度言葉を切って。
 静かに顔を上げ、私を、
 みた。
 瞳(め)が、あう。


「俺の代わりに、死んで」


 真剣な瞳で。
 悦は、私に言った。
 きっと、心臓を引きずり出されるよりもイタイ言葉を。
 まっすぐ目を見て。
 私に、言った。

                ◇     ◇     ◇

 神様なんて、いるわけない。
 もしそんなものがいるならば、私に、悦に、こんな運命を用意するわけがない。
 こんな、残酷な運命を。
 好きな人の余命を告げられたその日。
 一緒にいるだけでしあわせになれる人から、死んでと懇願するような瞳を向けられたその日。
 私は、引越し先の家で。
 静かに涙を流し続けていた。

 熱風が吹く。
 風鈴が揺れる。
 夏はまだ、始まったばかり……。

                   二章

「やっほう、悦。気分はどう?」
 できるだけの明るい声で。
 病室の扉を勢いよく開けて言う。
 病院独特の、あの嫌なニオイ。
 不可抗力に、気が滅入る。
「今日も暑いねぇ。なんでクーラー入れないの?」
「………」
 悦は何も言わず、ノートパソコンを覗きこんでいる。
「………」
 初日と同じ、嫌な沈黙。
 それでも私は、その沈黙にいいようにのせられるのは嫌だ。
「ねぇ、毎日毎日なに見てるの?」
 言って、悦に近付き、液晶画面を覗き込む。
 彼が嫌そうに私を見るのが、視界の端に映った。
「………」
 そこには、さっきまで映っていた画面はなくて。
 電源を落とされた黒い画面が残っていた。
 気にしないことにしている。
 もう、慣れてしまったから。
「……。あのね、悦。昨日ね、おねえちゃんがね……」
 私の言葉を遮るように、悦はさっと立ち上がる。
「ちょっ、……悦!」
 止める声に耳も貸さず。
 彼は、部屋を、出て行こうとする。
「待ってよ、どこ行くの」
「………」
 返事の代わりに向けられたのは、視線だけ。
 それから目をそらすのは、癖にさえなりつつある。
 私を避けるために病室から出て行く彼の背中を。
 私は、ぼんやりと見つめることしかできない。


「悦」
 屋上の手すりに寄りかかり、空を見上げる彼を見つけ、そっと声をかける。
 今日も、必要以上に暑い。
 外に出れば、不快指数も一瞬にして増える。
 その中にいる悦は何も言わず、こちらを見ることさえしない。
 情け容赦なく射す直射日光が、心臓に負担をかけないわけがないのに。
 彼はちゃんと知っていて、それでもここに来ることをやめない。
 まるで自分の残りの時間を、縮めようとしているかのように。
「悦。……ダメだよ、勝手に病室抜け出しちゃ」
「………」
「看護士さん、心配して……」
「うるせぇよ」
 私の言葉を遮ることを目的に発せられたその言葉には、一切、親しみはない。
 当たり前なのだけれど……。
「ねぇ悦、戻ろうよ」
 つかつかと歩み寄り、彼の腕を取る。
「うるっせぇよ」
 それだけは変わらない強い力で、私を振りほどく。
 そして向けられた視線。
 なんの戸惑いもなくその瞳の中から私に突き刺さるモノは、諦めと、哀愁と、
 ……怒りと苛立ち。
 はたしてその瞳の中に、私はどんな姿で映っているのだろうか。
「遥祈、何がしたいの」
「………」
「毎日来て、自分のことを喋って、それで帰る。何しに来てるの」
 言葉から伺えるのは、本気でそれを知りたがっているという、私が望む真実じゃない。
 ただ、迷惑なんだ、と。
 もう来るな、顔も見たくない、そんなおもい。
 ウザイ。この言葉がこれほど似合う感情を持った人は、私の周りにいない。
 そしてその感情が、私に向けられたことも。
「俺さ、あんたの自己満足のためにここに在(い)るんじゃないんだけど」
「………」
 何度となく、発せられてきた言葉。
 そう。私がこうして通いつめた毎日の時間は、いつもこの一言で終わる。
 この、拒絶の一言で。
 だけど今日は、オマケがあった。
「遥祈、俺の瞳(め)見れないんだろ?」
 容赦なく。
 夏の日差しと同じく、容赦なく。
「……帰って」
 それを残して、悦は私の視界から消えてゆく。
「………」
 私は、逃げている。
 悦の病気という現実から。それどころか、悦自身からも。
 真っ直ぐに彼の目を見ることが出来ない。
 それは私が、彼自身から逃げているということの表れで、悦はそれを知っている。
 知っていて見逃す甘さを、今の悦は持ち合わせていない。
 そして私は、その甘さを望んでいた。



 悦は、病室に戻っただろうか?
 照り返しがまぶしいアスファルトの道路を歩きながら、冗談みたいに青い空を見上げ、ぼんやりと考えた。
 この町の道には全て、悦との思い出がある。
 学校の通学路に使った、広くはないが狭くもない道路。
 近道と称して気まぐれに入って迷ってしまった、小さな中道。
 石蹴りをしながら赤とんぼを追いかけた、田んぼの畦道(あぜみち)。
 友達の家に行くために走った道。
 ケンカして、大声で泣き叫びながら歩いた道。
 そしてその頃目に映っていた世界は、色鮮やかな、綺麗な世界だった。
 真夏のひまわり、大きな太陽、手を伸ばせば届きそうな天の川。
 そう。あの頃は、確かに星は小さな宝石で、いい子にあげるプレゼント。
 雲一つない青空は、翼を広げて翔るもの。
 “絶対的な真実”が、想像と現実の間に、力いっぱい広がっていた。
 私達は、何もかもをどうにかできる力をもっているんだと。
 どうにもならないことなんて、世界には存在しないのだと。
 奇跡は、ホントに起こるのだと。
 幼い頃は、本気で信じていた。
 人の命が消えるという現実があるのは、空想の世界でしかなかった。
 だけど都会に引っ越し、その“絶対的な真実”を打ち破られ。
 もう一度それを信じてみたくて、ここに戻れることが嬉しかった。
 奇跡は、確かにあるのだと。
 そう、確信したかった。
 なのに。
 それを破ったのは、私の、大人になりかけた幼馴染の、死を目前とした病気。
 その事実。
 一番信じさせて欲しかった人に破られた、その想い。
 心の中で、良い方向へと事が重なれと願っても、無駄なことは知っているのに……。
 それでも、苦しいほどに願う心は止まらない。

 公園のベンチに座り込み、空を見上げる。
 家に帰っても、きっと何もする気になれない。もちろん、やらなくちゃいけないことは山ほどあるのだけど。
 日焼けするなぁ……と、他人事のように考える。
 悦と遊べることを前提に帰ってきた、この町の夏休みは、退屈なものへと化した。
 どこかに見えない穴が、ぽっかりと口をのぞかせている。
 相変わらず、蝉の大合唱は続く。
 産み落とされた卵から孵るに約一年。地中で3〜4年の月日を過ごして、やっとのことで地上に出ることができる。
 今こうして鳴いている蝉たちも、長い年月を真っ暗な土の中で過ごしてきたものたち。
 そして鳴き続けるのだ。
 自分の子孫を残すため。雌に自分の存在をわかってもらうため。
「………」
 私達は、何のために生まれてくるのだろう。
 人間以外の生き物は皆、自分の魂を後世に残すために生まれ、死んでゆく。
 けれど人間はそうじゃない。
 せっかく生まれてきても、自ら命を絶つ人がいる。
 悦のように、たかが十数年で死んでしまう人もいる。
 私達は、苦しみや悲しみや自分の無力さを、知るために生まれてくるのだろうか。
 夏空は、限りなく青い。
 わからない……。
 だけど、ただ一つ言えること。
 悦の命は、消えてしまうということだ。

「おばあちゃん! はやくはやく!」
 呆然としている私の視界を、幼い女の子が通った。
 彼女の視線の先は、“おばあちゃん”。
 必死に手招きする彼女のほうへ、御老人はゆっくりと歩み寄る。
「………」
 そしてふと、頭に一つの思い出が浮かんだ。
 私達が幼い頃……そう、ちょうどあのくらいの年頃。
 ヒミツ基地と称して遊んだ場所に住んでいた、一人のおばあちゃんの思い出が。


 誰にでも、一つや二つはあるであろう、ヒミツ基地の思い出。
 それがたとえ本物でないとしても、その響きにわくわくした思い出が。
 私達の場合、そのヒミツ基地は、坂の上の“お屋敷”だった。
 大きな大きな、ヨーロッパ風の家。
 とても素敵なところだった。
 そこにはたった一人で、おばあちゃんが住んでいた。
 と言ってもそう呼ぶのは、私と悦だけ。
 他の人――クラスメートとか、家族――は、“坂の上の人”とか、“あの家の方”とか呼んでいた。
 実際、おばあちゃんと呼ぶには若すぎたような気もする。
 だけどあの頃の私達にとって、母親以上の歳の人は、皆おばあちゃんだった。
 そして今、七年間音信不通だったその人の家に向かう。
 なぜって、急に逢いたくなったから。
 彼女はやわらかく微笑みかけてくれた。
 私はその笑みに、逢いたくなったのだ。
 まだ、住んでいるだろうか?
 坂を上りながら、そんなことを考える。
 恐ろしいほど広く感じた道幅は、恐ろしいほど狭くなったように思える。
 代わりにあるのは息切れと、自分の体力低下の事実だけ。
(こんな、坂……、昔は、駆け上れたのに)
 小刻みに息をつきながら、坂の終わりを目指す。

『ね、きょうそうしようよ』
『なんの?』
『さかのちょうじょうに、どっちがはやくいきつけるか』
『いいよ!』
『よーい……』
『ドン!』
『まってよ! なんでさきにいうの!』
『はやいものがち!』
『ずるいっ!』

 暑さでどうにかなりそうな私の頭の中に、幼かった日の二人の声が聞こえる。


「変わってないなぁ」
 思わず息が漏れるその光景。
 何一つ、変化のない光景。
 コンクリートの塀も、それに絡まる蔦も。
 私達が出入りしていた穴も、そのまま。
 ぐるりとお屋敷の周りを一周して、例によって変化のない大きな門の前に立つ。
 日本には、特にこんな田舎には不釣合いすぎる、洋式の建物。
 周りには、やっぱり古くからの木造建築。
 私は、緊張してチャイムを押した。
 なにせ、幼い頃は門のチャイムなど押さず、家の主に許された不法侵入をしていたのだから。
 否、許されているのだから、不法侵入にはならないか……?
 遠くで、キンコーン と音がする。
 そしてインターホンに、静かな声が聞こえた。
『はい。どちら様でしょう?』
 懐かしい、おばあちゃんの声だ。
「あの……藤崎といいます。七年前、お世話になっていたんですが……」
『……藤崎、さん?』
 相手は暫しの間黙って、とにかく中へ、と、門を開けてくれた。
 蝉の声が振る中、私は玄関先に立っている一人の御老人の元へ向かった。
「覚えていますか? 藤崎、遥祈です」
 おばあちゃんはじっと私を見つめた。
 あの頃に比べて、もちろん皺も増えている。
 細められた目。
 彼女に、私を理解してもらえるだろうか、と。
 そっと不安が忍び寄る。
「あの……?」
「……あらまぁ……」
 それっきり。
 おばあちゃんも私も、何も言えなかった。
 彼女の目に、幼い日の私を見たから。
「めずらしいお客様だこと」
 そう言って、細められた目を一層細めて。
 あの日と同じように、おばあちゃんは笑った。

                   三章

 懐かしい匂いのする廊下を、おばあちゃんの後に続いて歩く。
 そしてその背中に、新たな不安が浮かぶ。
 訊かれるだろうか、悦がいない理由を。
 私が悦とケンカをして一人で来た時。
 彼女は紅茶を出してくれ、私が話し始めるのを待ってくれた。
 おばあちゃんの中の“遥祈”と“悦”は、二人で一人らしいから。
「本当に久しぶりねぇ。元気そうで何よりだわ」
 柔らかな物腰。
 本当に、変わらない。
 私だけが、間違った時間の中に迷い込んだみたいだ。
「ちょうどよかったわ。今ね、クッキーが焼きあがったところなんですよ。一人で食べてもつまらないから、誰か来てくれないかしらって、思っていたところなの」
 そう言ってキッチンに行き、甘い匂いの正体を持ってきてくれたおばあちゃんに対し、なんだか悪いような気がして、私は慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい。私、気が回らなくって、なにも買ってきてなくて……」
「あらあら。お客様がそういうことを気にするものじゃありませんよ」
 いや、お客だからこそ、なんではないか?
「アイスレモンティーでどうかしら?」
「あっ、私がやります」
「いいのよ。座っていてちょうだい。あんな長い坂、暑い中を大変だったでしょう」
 自惚れかも知れないが、彼女からはウキウキとした雰囲気が漂ってくる。
 鼻歌など、聞こえてきそうだ。
 おばあちゃんは、レモンティーを差し出すと、ちょこんと私の前に腰掛けた。
 ガラステーブルを挟んで二人、風の吹くリビングで、お茶を楽しむ。
「七年ぶり、だったわね? すっかりお姉さんね。とてもかわいらしい」
「………」
 照れくさくて、つい俯いてしまう。
 おばあちゃんの言葉には、いつだって嘘なんかないから。
 彼女は、思ったことしか口にしない。
「わたしも歳をとるはずだわ。七年ですもの」
「そんな……全然、変わっていませんよ」
 そんな彼女の前だから、嘘を言っても仕方ないのは知っている。
 これは、本心だ。
「いいえ。外見も、だけど、もっと中身的なものね」
 ところがそれを、おばあちゃんはやんわりと否定する。
「最近やけに、人恋しくなってねぇ」
「………」
 何も言えずに彼女と見ていると、ふと目が合う。
 そしてやわらかく微笑む彼女につられ、私も微笑む。
「……今日は、訊かないんですね」
「……何をですか?」
「悦が、いない理由を」
「………」
 どこかビックリしたような顔をして。おばあちゃんは、私を見つめた。
 なぜ言ったのだろう、自分から。
 それを訊かれることを、何よりも恐れていたはずなのに。
「………」
 どこかでそれが事実だということを、認めなければいけないことを知っていたのかもしれない。
 嘘をつけないおばあちゃんに訊かれて、私は素直にそれを受け止めたかったのかもしれない。
 とことん、甘さを求めている私。
「人が、何かについて尋ねるという行為を行わないのには、二つの理由があると思うんです」
「……はぁ」
 突然理論立てて話し始めた彼女に、間抜けな相槌を打つ。
 立ち上がったおばあちゃんは、近くの本棚へ歩み寄る。
「遥祈ちゃんは、この本の出来方について知りたいと思いますか?」
 言って、一冊の本を取り出した。
 “インド紀行文”。そう、記されている。
「いいえ」
「それは何故?」
「……興味が、ないからです」
「そうね」
 ゆっくりと頷いて、彼女はそれを元に戻す。
「それじゃぁ……」
 と言って、今度は別の本を示す。
 それは、私達がよくおばあちゃんに読んでもらっていた絵本だった。
 『世界の中心』
 これは、私達が大好きだった本。
「この本の作者について知りたいと思いませんか?」
「思います」
 はっきりと、そう答えた。
「何故ですか?」
「興味があるからです」
「そうね。……人は、興味のあることについては、尋ねようと思う心があるものです」
 絵本を慈しむように、そっと本棚に戻す。
「ですが、興味のないことについては全くの関心を示しません。……当然ですね、興味がないのですから。一つ目の理由は、わたしはそういう事だと思っています」
 理解できたので、一つ頷く。
「つぎに、二つ目」
 またもやゆっくりとした動作で、彼女は私の前に座る。
 この動きに対しては、昔はイライラしていたものだ。あまりにもゆっくり過ぎたから。
 だけど今は、そのペースが心地良い。
「あなたは、『1+(たす)1』の答えを、わたしに訊こうと思いますか?」
「いいえ」
 なんだか、心理テストでもやっているようだなと思う。
「何故?」
「……知っているからです」
「そうね。二つ目の理由は、“知っているから”。既に知っていることを、重ねて尋ねることはしませんね」
 そう言われたところで、私はやっと思いたった。
「知ってる……?」
 呟きのはずだった一言に、おばあちゃんは小さく頷いた。
 おばあちゃんは、知っている。
 悦の入院のこと。
 ……病気のこと……。
「でも…でもどうして?」
「来たんですよ、悦君が」
 それは、遠い昔のことを思い出すような喋り方だった。。
 夏が始まる頃。悦は生気のない顔で、やって来たという。
「あまりにも落ち込んでいるものですから……というより、わたしの知っている悦君ではないようでした」
 きっとおばあちゃんも、私と同じ感覚を味わったに違いない。
 きゅん と、胸がなる。
「久しぶりだったんですよ、悦君に会うのも。あの日は、雨が降っていました。ずぶ濡れでしたよ。家に上げると、悦君は笑って言ったんです」
「……。『俺、もうすぐ死ぬんだ』……?」
「………」
 はっとしたように、口を小さく開ける表情は、私が言ったことが間違いではないことを物語っていた。
「そう……。遥祈ちゃんも、同じ言葉を聞いたのね……」
 知らず知らずのうちに。手が、口元へと移動する。
「悦君はね……。誰かの時間が欲しいと言っていました。誰かの、命が欲しい、って」
 ズキン と。胸が痛む。
「わたしは、そんなこと望むものじゃない、と言いましたよ。だけど悦君は言うんです。『俺は、親に捨てられたから』って。とても哀しそうな瞳(め)で……」
 その時の悦の表情が、手に取るようにわかった。
 喉の奥が、あの日と同じように苦しくなる。
 おばあちゃんはそっと、目元を拭っていた。
 悦は……。
 ずっと、苦しんでいたというのだろうか。あんなにも明るかったのに。
 ずっと、気にかかっていたというのだろうか。あんなに幸せそうに見えたのに。
 ……違う。
 それを見たのは私であって、そう感じたのも私だ。
 悦が心の底では何を思っていたかなんて、本当に幸せだったかなんて、誰にもわからない。
「……っ」
 涙がこぼれる。
 何に対しての涙か、わからない。
 悦の思いを初めて知った、その事実に対してか。はたまた、悦がそんなことを思っていたという真実に対してか。
 とにかく止め処なく。涙は流れ続けた。

「遥祈ちゃん」
 アイスレモンティーが、すっかりぬるくなった頃。
 おばあちゃんは、落ち着いてきた私にそっと声をかけた。
「こんなこと、わたしが言うべきではいと思うの。だから、今から言うことは、聞き流してくださってかまわないわ」
「………」
 おばあちゃんの目を見ることはできずに、そっと頷く。
「悦君は……寂しいんだと思うの。だから……傍にいてあげて欲しいの」
「………」
 そっと頷く。
 彼女にとってはきっと、悦は実の子どものような存在だから。
「それからね、もう一つだけ。悦君の前では、絶対に泣かないで。これだけは、絶対に……」
「………」
 自信がない。
「苦しいのは、悔しいのは悦君であって、わたし達ではないの。……わたしが悦君の立場で泣かれたら、…耐えられないわ……」
「………」
 同情なんて欲しくない。泣くくらいなら死んで、と。
 悦に、懇願するような目を向けられた。
 そういうことなのだろう。
 悦は、耐えられない、今こうして、私達がないていることを知ったら。
 それは彼にとって、何の得にもならない。ただの、私達の自己満足にしか映らないのだ。
 悦の目を見ることができずに、悦を訪ねていた自分に。ものすごい羞恥心を覚えた。

「何かあったらまたいらっしゃい。いつでも歓迎するからね……」
 そう言って、おばあちゃんとは別れた。



 死ぬとは、一体どういうことなのだろうか。
 生きるとは、一体どういうことなのだろうか。
 人と出会うということは、どういうことなのだろうか。
 眠れない夜。ぼんやりと浮かぶ月を見ながら、ふと心に浮かんだ疑問。
 人は、どうして生まれてくるのだろう。
 なぜ出逢って、なぜ別れてゆくのだろう。
 人間とは、一体何なのだ。
 私という存在は、一体何なのだ。
 人は死んだら、どこに行くの。
 どこに行って、どうなるというの。
 私達は、一生かかっても知ることのできないその問いに怯えるために、生まれてきたのだろうか。
 それを考えるために、生まれてきたのだろうか。

 堂々巡りは、繰り返される。

 綺麗な夜空。
 瞬く星。
 遥か遠く、人間の存在しない昔から、ずっとそこにあり続け、
 ここに生きるものを見つめ続けてきた星たち。
 ……私達は、これを目にするために生まれてきたのかもしれない。
 名も知られていない、星の瞬きを見るために。
 月光に照らされた街を見るために。
 こんなことを、考えるために。
 誰か一人と、出会うために。
 悦と、出逢うために。
(私は、生まれてきたのかもしれない……)
 それならば、と考える。
 私は、悦のために何ができるだろうか。
 悦は、何を欲しているのだろうか。
 『俺は、親に捨てられたから』
 おばあちゃんが言っていた一言。
 痛いくらい、胸に突き刺さった。
 彼は、愛情を欲している。
 そしてきっと……。
 悦は、……“生きた”といういう証を欲している。
 彼は親に捨てられたと思い、だから自分はこの世に生きたことにならないと考えているのではないだろうか。
 親の愛情。それも、生みの親のそれは、最初に手に入れられる“生きた”という証にならないだろうか。
 少なくとも 悦は、そう受け取ったんじゃないだろうか。
 それを見つけるために、彼は時間を欲した。
 私に死んでと言ったのは、その時間が欲しいから。
 だけど証が見つかるはずがないと考える悦にとって、その言葉は“死”を意味する。

 夜風が気持ちいい。
 空は晴れている。
 きっと明日も、鬱陶しいくらいに青空が広がるのだろう。
 私に、悦にとっての“生きた”という証を、示すことはできないだろうか。
 悦のために、何かできないだろうか。
 なにか。彼を安心させてあげられることが、できないだろうか。
 視界が滲む。
 満月も、滲む。
 この空を、悦も見ているだろうか。
 病室の窓から、一時の至福を味わうことができているだろうか。
 なにかしたい。悦のために。なにか、したい。
 好きな人のために。
 
 深みを増す夜に……。
 涙をこぼしながら、強くつよく、そう思った。

                   四章

 翌日も私は、悦の病室を訪れた。
 案の定の暑い日差しの中を一人歩いて、病院に向かった。
 

「悦〜? 今日はどう?」
 そうしてドアを開けたとき。いつものように出した声のトーンを、低めなければならないことに気付いた。
 顔をこちらに向けた少年は、ベッドに横になって、規則正しく寝息を立てていた。
 この時間に寝るなんて……。珍しいな。
 私を避けてのことなのか。それとも具合が悪いのか。
 そっと悦に近付いて、その寝顔を覗き込む。
 気が向いたので買ってきた巨峰を、テーブルの上に置く。
 そしてそこに、いつも悦が見ているノートパソコンがあるのに気付いた。
 思わず画面に目をやると、そこには“創作小説 投稿掲示板『登竜門』”の文字。
「なに、これ……」
 そうしてポツリと呟いた言葉に、反応した人がいた。
 悦だ。
「なに、やってんだよ……?」
 寝ぼけ眼で言う。
「あっ、起こしちゃった? ごめん」
「なにやってんだよ」
 目をこすりながらベッドの上に座った後、じっと私を見る。
 今日は、その目から逃げることはしない。
 悦を、受け止めることから。
 私が、できることからはじめよう。そう決めた。
「あの……これ、なに?」
「見てわからない? 小説投稿のサイト」
 抑揚のない声で言う。
「なんで……?」
「ヒマなんだよ、入院生活」
「だったら、小説買えばいいじゃない」
「どうやって?」
「あ……」
 家族にも、会っていない悦だ。
 屋上に上がっただけで、いい顔をされないというのに、どうやって外出する?
「何しに来たの」
 いつも以上に、喋る悦。
 一眠りして、気分がいいのか……。
 なんだか、嬉しいと感じてしまう私はおかしいのだろうか。
「何しに、って……」
 困った私は、テーブルの上の巨峰に目をやる。
「……それ」
「え……?」
 気付いた悦は、巨峰を指差す。
「俺、好き」
 食べたい、と、言っているのだと思った。
「待ってて。洗ってくる」
 妙にはしゃぐ。
 悦と、普通に話せることが嬉しくて。
「………」
 かけて行く私。
 背中には、彼の哀しい視線を感じていた。


「なぁ」
 巨峰を食べながら、ポツリと悦が呟いた。
「ん?」
「何しに来てるの?」
「………」
 また、言われるのだろうか。
 “俺はあんたの自己満足の道具じゃない”って。
 本気で、そう思った。
「俺、もうすぐ死ぬんだよ」
 ギュッと、唇を噛みしめると、次にくる言葉に身を硬くする。
 蝉の声が、風に乗って届けられる。
 それでも何故か、ここは……こんなにもしずかな雰囲気のただなか。
「なのになんで毎日、会いに来るの」
「………。あいたいから。悦と、少しでも一緒にいたいから」
 少し間を置いた後、私はそう答えた。
 自己満足じゃない。
 そう、思いたかった。
「………。もうすぐ死ぬ俺と?」
 どんな形容も合わない目を、私に向ける。
 いつもなら、ここで私は彼から目をそらす。
 だけど。今日は。
 悦の目があんまりにも何かを訴えていたから。
 そしてもう、逃げないと、決めたから。逃げたくないと思ったから。
「そういうこと言わないでよ」
 真っ直ぐに、彼の目を見て。
 私は言った。
「………」
「そういこと、言わないで。私は、悦の傍にいる。今生きてる“悦”っていう人の傍に、いたいだけだよ」
「なにそれ。俺がもうすぐ死ぬ人間だから、そんなこと言えるんだよ」
 にべもなく、否定される。
 でも私は、退かない。
「違う、そうじゃない」
「違わない」
「違う」
「違わない!」
「違う!」
「違わないっ!」
「……っ」
 頭に血が上って立ち上がった私の視線の先は、俯き肩を小さく振るわせる悦の姿。
「なにが……違うってんだよ」
 低い、声。
「帰れよ……」
「え?」
「二度と来るな!」
 勢いに任せてあげられたような声とセットの悦の表情は、私を金縛りにさせた。
 それくらい、形容しようのない顔だった。
 かつて、何人もの中心にいて、いつも笑い、いつも誰かを笑わせていた悦。
 今の彼を目にして、一体誰がその面影を見ることができるというのだろう。
 一体誰が……?
「………」
 私はくるりと悦に背を向け、早足で病室から去った。

 悦のために何かしたいという想いへと、心を入れ替えても。
 悦には同じようにしか映らない。
 自己満足を望む者としか。
 こみ上げるものを必死にこらえて、私は早足に歩き続けた。


 悦……。
 悦、悦、悦。
 彼のために、何ができる?
 何をすればいい?
 わからない。でも何かしたい。
 何ができる? 私に、何ができる?
 どこかにヒントはないのだろうか。
 彼の“生きる”証を、どうにかして残せないだろうか?
 クーラーを入れた部屋。
 真新しい匂い。
 ここで、何か私にできること。何かないだろうか?
「………」
 そのとき。
 机の上にある、読みかけの文庫本が目に付いた。
 悦のパソコン。小説投稿のサイト。
 『入院生活、ヒマなんだよ』。
 悦の声。
 頭には次々と、悦の姿が浮かぶ。
 そしてそれらが、全て繋がるのを感じた。
(………!)
 あった。私にできること。
 悦の“生きる”証を残せること。
 見つけた。私にも、できること。

 思い立ったら即刻行動に移す。
 それが私の特技でもある。

 そして私は書き始めた。
 悦がこの夏、“生きた”という証を。
 私の家にもある、パソコンに。
 その物語は、こう始まる。

“小説を書きたいと思い始めたのは、いつの頃からだろうか。
 作者のもっている世界を第三者に理解してもらうということに、絶大なものを感じた。”

 前書きを続け、続く言葉は、私が、悦に投げつけられた、何よりも苦しかった言葉。
 痛かった言葉。

“「ふざけんなよ。なんで……お前が泣くんだ」
 殺風景な病室。
 静かな声で、悦(えつ)は言った。
「俺に、お前の命くれよ」
 シーツを握り締めた自分の手に、視線を絡めたまま。
「泣くくらいならさ……」
 そこで、一度言葉を切って。
 静かに顔を上げ、あたしを、
 みた。
「俺の代わりに、死んで」” 

 そして。
 周りを忘れて、私は狂ったように書き綴った。
 悦に再会してからの彼を。
 私という、おそらく今、悦の一番近くにいる“藤崎遥祈”という人間の目を通して。
 泣きながら。
 ただ、書き綴った。
 体中の血が、アツクて。
 目からこぼれる液体も、同じくらいアツクて。
 
 陳腐だとは思う。
 誰かのために小説を書く、なんて、とてつもなく陳腐だと思う。
 カッコつけとしか言い様がないと思う。
 でも……でも私は……。

 私なんかに、本当に彼の“生きた”証が残せるだろうか。
 考えていても、手だけは動く。
 そのうち、何も頭にはなくなって……。
 悦のために、なにかしたかった。
 悦のために。
 ただ、悦のためだけに、何かしたかった。

 そして私が、こうして書こうと決めたところまでを記したところで。
 悦のパソコンに、それを送った。
 私がおばあちゃんのところで聞いた話も、喋った内容も。
 全てを記して、悦に送った。
 私が書くことが、悦の“生きる”証になればいい。
 そう、思った。

                   五章

 翌日の、病院の廊下。
 私は一人で、病室のドアの前で固まっていた。
 緊張する。
 何故って、悦は多分、昨日私が送った話を読んでいるだろうと思うから。
 何を言われるだろう。
 だけど何を言われても、私は途中で止めるつもりはない。
「おはよう、悦」
 元気よく、声を上げて。
 ベッドの上の彼に近付く。
「………」
 案の定。
 悦は、パソコンを覗いていた。
 怖い表情で。
「悦……?」
「………」
 ゆっくりと、顔を上げる。
 その目には、計り知れない怒りが。
「なんだよ、これ」
 予想通りの言葉。
「なんなんだよ、これ」
 低い声。
 怒りを押し殺しているようだけど、それでも流れてくるその感情。
「なにって、……小説。私が書いたの」
「そんなこと訊いてんじゃねぇよ!」
 そして突然声を荒げた。
 だけどそれには、驚かなかった。
 予想していたことだから。
「なんだよこれ! 俺こんなこと言ったか!? こんなこと頼んだか?! なにが“生きる”証だよ! ふざけんな!」
 すごい形相で、私を見つめる。……いや、見つめるなんて、優しい表現ではない。
 でも、にらみつけるのとも違う。
 私には、言葉が足りないから、表現できない。
「………。そうだよ、これは事実じゃない。全部私の推測。でも……私はそう受け取った。どっか間違ってる?」
「………」
「間違いがあるなら言って。書き直すから」
 止めるつもりはない。
 そう言ったつもりだった。
 悦は、怒りと驚きをごっちゃにしたような顔をした。
 私は、目をそらさない。
 もう逃げない。そう決めたから。
「悦の傍にいたい。……私の目を通して、悦の物語を毎日贈るよ。そしたらそれが、悦の生きた証になるから」
 全部、私のホントの気持ち。
「ふざけんな!」
「ふざけてなんかない。悦が他の誰も信用してないなら、私を信用して。律子さん達を信じられなくても、私だけは信じてて。悦の、生きた証を残せる、って」
 昨日までは不安だった。
 ううん、今だって不安だ。
 でも。
 悦のことが好きだから。
 信じてほしい。
「自分さえも信じられないことを、第三者に信じてもらおうなんて、虫が良すぎるのはわかってる」
 でも。
「しんじてて」
 私だけは、悦に愛情をあげられるって。信じてて。
「私ね、悦。小説が、書きたいんだよ。悦の小説が、書きたいんだよ」
 真っ直ぐに、視線を受け止めて。
 私の、正直な気持ちを口にした。
 そう。いつでも一番強いのは、本当の気持ちだって信じてきたのに。私は、それを忘れていた。
 だけど今、思い出したから。
 ほんとの気持ちが、いつだって、なんにだって勝つってことを。
「私は、悦の傍にいたい。だけど何もしないのは耐えられないから。だから、お話を書くことにしたの」
「………」
「私を、悦の一番近い存在にさせて。体だけじゃなくて、心も、想いも」
 彼にとったら、その言葉は……やっぱり自己満足以外の何物でもなかったと思う。
 だけど。本当の気持ちだからだろうか。
 何も後ろめたいことはない。
 悦の目を、真っ直ぐに見れる。
 自己満足さえも、本当の気持ちなら、それは自己満足じゃななるような気がして。
 それでも、そんな私の足は震えていた。
 それは、彼の返事が予想できないから。
 どんな言葉を返されるか、わからないから。
 怖いから。

「ねぇよ……」
「え?」
「間違ってねぇよ……」
「…………」
「………」
「傍に……いてもいい?」
「………」
 短い沈黙。
 そして。

「勝手にしろよ」

 それは、吐き捨てるような言い方だったけれど。
 心底嫌そうな響きが含まれていたけど。
 どうしようもない嫌悪が感じられる言葉だったけれど。
 それでも私はほっとして……。
 好きな人の傍にいられること。
 たったそれだけを望み、“もう来るな”とは言わせない言葉を、反応を手に入れた。
 それだけのことが、そのときの私には、嬉しくて……。
 カクン と膝を折って、その場に座り込んでしまう。
 潮の香りが、風に乗って……わたし達を、包み込んでいた。

                ◇     ◇     ◇

 例によって、終りのないような坂を上る。
 暑い。とにかく暑い。普通ならここで、どうすることもできない坂に『なんでこんなに長いんだ』と文句をたれる。
 だけど今の私は機嫌がいい。
 こんな坂、スキップでも上れそうだ。

「怒られちゃいました」
 昨日来たばかりの、おばあちゃんのリビングで。
 私は、グラスに入ったアイスティーを飲みながら呟いた。
 悦の病室から、慌てて逃げ出した。
 泣きそうだったから。
 涙がこぼれそうになったから。
『明日また来るから』と、そう言って。
「そう……」
 おばあちゃんは、そっと嬉しそうに言った。
「それから、怖かった。すごい顔して怒るんですよ、悦」
「そうなの……」
 今度は持参してきた巨峰をつまむ。少しだけすっぱい味が、口の中に心地よく広がる。
「泣きたくなったらいつでもいらっしゃい。いくらでも、泣いていいからね」
「はい……、ありがとうございます」
 深々と、頭を下げる。
 昨日言われたとおり、私は悦の前ではなかないことに決めていた。
「あの……」
「ん?」
「泣きたくなくても、来ていいですか?」
 ちょっとだけ顔を作って言ってみた。
 おばあちゃんの表情は、ポカン と、(失礼ながら)間抜け顔。
 そして、笑いがこだまする。
「もちろんですよ。いつでもいらっしゃい。そして年寄りの相手をしてちょうだい」
 私も、やわらかく笑う。
 この広い家に一人きり。
 私の新しい家よりも綺麗だし、本当を言うとここに住み着いちゃいたいくらい。
 だけどそんなことは言っても仕方のないことだから、今はとにかく思い切り笑う。
 どんな言葉でも言い表せない喜びの感情は、
 笑うことによって、一番素直に表現されることがわかったから。

                   六章

「え〜つ! 何してんの?」
 いつものように、元気な声を出して、病室に入る。
 言ってなかったが、悦は一人部屋だ。
 その部屋の主は、ウザったそうに顔を上げる。
「いきなり入ってくんな」
 言う声は面倒くさそうだったけれど、手元は慌てていて。
 パソコンのマウスをいじっていた。
「何見てたの?」
「別に」
「………」
 いつだってこうだ。私が悦の物語を書くと宣言してから。
 悦の態度も相変わらず。
 私がおくった物語を、読んでくれているのだろうけど、悦は正直に言わない。
 感想も、読んでくれているという事実も。
 自分ことを第三者の目で描かれるということに、照れを感じるのはもっともなハナシだけど……。
「で? 何しに……」
 やっと上げられた顔と同時に、その言葉が消える。
 彼の目は、私を通り越して、その後ろのドアのところを見ていた。
「母さん……」
 律子さんは気まずそうに部屋に入る。
 驚いたような悦の表情。
「悦……」
 その律子さんの言葉に対し、一瞬だけ、悦の顔に喜びが走った。……ことに気づいたのは、私だけだったようだ。
 律子さんは恐る恐る、自分の息子に歩み寄る。
「………」
 それは、おかしな風景だった。
 本来ならば、誰よりも傍にいるはずの家族という存在が、悦の反応を恐れているのだから。
 彼女が“田舎のお母さん”的な存在ではなく、“田舎のかあちゃん”的な存在だったなら、もう少し早くに彼女を連れてこられただろう。
 三日ほど前のことだった。私が律子さんに、悦の元を一緒に訪れて欲しいと言ったのは。
 彼女はすごく困った顔をした。当たり前だ。当の本人から、“来るな”と念押しされていたのだから。
 そして彼女は、何よりも先に相手の気持ちを考える人間だった。
 例えそれが間違っていようと、相手が……息子が望んだとおりにしてやりたい。
 そう思っていたのであろう事が、律子さんの言動からすぐに読み取れた。
 それを私は無理やりに、説得し、連れて来たのだ。
 絶対に損はさせないから、と。
 だから、もしここで律子さんに、来たことを後悔させるようなことを悦が言ったら、怒鳴りつけるか、ひっぱたくか、する覚悟でいた。
「………」
 短い沈黙。
 この部屋には、それが満ちることが多い。
 そしてやわらかな風が吹き込む。
「……はぁ……」
 そっと、悦が息を吐く。
 私は、緊張の眼差しで彼を見ていた。
 そして悦は、私の覚悟を、案ずるよりも生むが安しというコトワザの下に附してしまった。
「勝手に、連れてくんなよな」
 そういった言葉が私に向けられたのは確実であって、律子さんが責められたのではないことを、彼女も受け取ったに違いない。
「悦……」
 仏頂面の息子が座るベッドの脇に、律子さんは腰を下ろした。
 ほらね。やっぱり私の思ったとおり。悦はホントは、家族と一緒にいたかった。律子さんに来て欲しかったんだ。
 悦は私の目では、決して笑わないだろう。
 彼に話しかける律子さん。
 それを見届けて、私は病室を出た。

 病院には、壁の隅から天井の裏まで影が射している。
 それは、“死”。
 漂う雰囲気は、“死”そのもののような気がする……。
 病院のロビーに座り、ぼんやりとしていた。
 それでも頭の中には、たくさんの考えがよぎる。
 他に、私になにが出来るだろうか。
 律子さんを連れて行こうと思ったのは、ちゃんと理由がある。
 悦のところに毎回行くと、彼は必ず期待したような目で、ドアを見ていたということに気付いたからだ。
 最初は病室に入る前に悦がこちらを見ているなんて気付きもしなかった。
 だけど、私が入るとさっと目をそらすこととか、閉められるドアの向こうを見つめていることがあって、そうではないかと思っていたのだ。
 大体、“会いたくない”というのも悦らしくない。
 彼は今の家族が大好きなのだから。
 本人の口から聞いたわけじゃない。だけどこれだけは、私は胸を張ってそうだと言い切ることが出来る。
 最初にきいた、“ほんとの家族じゃない”という言葉も、単に迷惑をかけたくないという気持ちからだったのかもしれない。
 確かに悦は、私の知らない、気付かないところで、ずっとその事実に苦しんできたのだろう。
 だけどそれは、今の家族を嫌う理由にはならなかった。
 ただ、それだけのことだと思う。

 悦から、逃げないと決めた。
 だけど未だ尚、彼が抱える事実に向き合うことができずにいる。
 “死”というものがなんなのか。まったく攫めずにいるから。
 それを受け入れる勇気が、まだ私にはなかった。
 実際、ああして話している悦は、その面影を感じさせない。
 それが、私を安心させ、また背を叛ける道へと逃がしているのかもしれない。
 ……そう考えている時点で、確実に私は逃げている。
 
 静かにエレベーターの扉が開き、巨大な鉄の箱の中から、御老人とその身体をささえる人が降りてくる。
 彼らは、覚悟しているというのだろうか?
 目に見えない世界が訪れるのを。
 そもそも、“死”とは何なのだ?
 “いきる”とは、どういうことをいうのだ?
 わからないことだらけ。
 毎夜考えるその質問の言葉に、答えが見つかることはなく。
 ただ、堂々巡りは続いていた。


「遥祈ちゃん」
 カクン と大きく首が揺れたところで、律子さんが立っていた。
「大丈夫?」
 くすくすと嫌味なく小さく笑いながら、私の隣に腰掛ける。
「昨日も、遅くまで起きてたからかなぁ。とてつもなく眠いんです」
 その表現に、またもや笑う。
 私も、つられて。
 笑いは、伝染するのかもしれない。
「もういいんですか? 悦とは」
「ええ。あんまりいると、気を使うだろうと思って」
「ダメですよ、そんなこと言ってちゃ。今まで会わなかった分、いっぱい会わなくちゃ」
 家族がバラバラなんておかしい。
 それも、一番大切なときに。
「そうね……。あんなに悦と話したのは、本当に久しぶり……」
 本当に、ずっと会ってなかったらしい。
 驚きをお通り越して、心底呆れる。
「遥祈ちゃん、今ちょっと呆れたでしょう?」
「……。ちょっとじゃありません。かなりです」
 見透かされた私は、自信満々に言ってやる。
「だっておかしいですもん。悦は……病気なのに」
「そうね。……でもだから、っていうのも、アリだと思わない?」
「思いません」
 すっぱり言い切る。
 眠くて頭が働いていないせいか、思ったことが脳に行く前にするすると口をつく。
「律子さん、受身(うけみ)過ぎるんですよ。男の子の母親は、もっと押しでいかないと」
「そうねぇ」
 またもや、くすくすと笑う。
 私が言ったことが、そんなにおかしかったのだろうか。
「笑い事じゃないですよ。悦が口にしたことが、全部悦の気持ちだとは限らないじゃないですか。それが本音かどうか、ちゃんとくみ取ってあげないと、悦がかわいそうです。とても難しいことだけど」
「……それは、私が悦の母親だから……?」
「関係ありません。親だから、とかそういうのじゃなくて。……悦の傍にいる人間として……かな」
「………」
 口にしてしまってから、とんでもなく偉そうなことを言ってしまったと後悔した。
 だけどもう遅い。
 やってしまったことがリセットされることがないように、口に出したことも、なかったことにはならない。
 だから、黙って、弁解もせずに、律子さんの反応を待った。
「……その通りね。あたしは……悦の気持ちをくみ取ってあげる事ぐらいしか出来ないもんね」
「……それは、私も同じですよ」
「いいえ。遥祈ちゃんは、もっと悦の深いところまでみてあげられる。悦は、あなたを信頼してるわ」
「冗談やめてください」
 苦笑しながら彼女を見ると、その表情は笑っていても、目だけは笑っていなかった。
「……つれてきてくれて、ありがとうね」
「………」
 優しい言葉に、ふと涙が出そうになった。
 だけど私は、彼女にそれを言われたくて、ここにつれてきたわけじゃない。もちろん、悦に言われたいわけでもなくて。
「あのっ、私、用事思い出したから……失礼します!」
 恥ずかしくなって。
 なんだか、悦が信頼してくれているかもしれないということが、事実のように思えてしまって。
 そんなことはないと判っていても、律子さんに言われたことが嬉しくて。
 私は足早に、その場を立ち去ってしまった。


「……ってことがありました」
「それはよかったですねぇ」
「……はい」
 頬が染まったのがわかった。
 その原因はおばあちゃん。
 彼女の言葉は、友達に初カレができて、それを聞きながら、からかう様なものだった。
 例によって、アイスティーを口にする。
 そして、俯く。
「どうかましたか?」
「………」
 うっとうしい前髪をかき上げて、おばあちゃんを見る。
 私の視界に映る彼女は揺れていた。
「死ぬって、どういうことだと思います?」
「………」
 ここに来るまでの間、絶えず頭の中に在ったそれ。
 それでも答えなど、見つかるはずなどなかった。
「……この歳になるとね、そういう事をよく考えるんですよ」
 私は涙をぬぐう。
 おばあちゃんの優しい声。
「でもね。わたしにもわからないんですよ」
 彼女は立ち上がると、わたしの隣に座り直す。
 庭では相変わらずやかましく、蝉が鳴き続けている。
 それでもどこかひんやりとしたリビングの空気。
「ですが、一つだけわかることがあるんです」
「……それは、なんですか?」
 恐る恐るそれを聞くのは、その答えが怖いからかもしれない。
「……大切な人と、逢えなくなるということです」
 おばあちゃんは、一言ひとことを噛み締めるように、ゆっくりと呟いた。
「わたしの大切な人は、……戦時中に、亡くなりました」
 俯いた私の目には、そう言った彼女のグラスを握る手が震えているのが、映っていた。
「それも、わたしの目の前で……」
 そう言って、スッと立ち上がる。
 背中が、肩が、震えていた。
 その瞬間の――一番思い出したくない瞬間の光景が、彼女の頭に蘇ったのがわかる。
「わたしを、庇ってくださって……」
 一体、どんな状況で?
 ふと、考える。
 目の前で大切な人が死んでいくという状況は、一体どんなものだろうか……?
「……だけどね……」
「え?」

「今でもまだ、……きっと信じられないのね……」

「………」
「だから、待っているんだと思うの。あの人が、還ってくるのを。こうして数十年間、ずっと一人で……」
 ぼろり、と。涙がこぼれた。
 おばあちゃんは背を向けたまま。
 私は長く伸びた髪で隠した瞳から、大粒の涙をこぼしていた。
 死というのもが、人とヒトとの間に入り込んだとき。
 残された者を、こんなにも縛るのもだと知り。
 どうしようもない、やるせなさを感じた。

 泣き続ける二人と、蝉の声だけを残して。
 夏の日の一ページは、静かに終わりを告げようとしていた。

                   七章

 今日も、顔をあわせることになっている。
 でも、入りにくい。
 原因は、昨日律子さんに言われた言葉だ。
 私は悦に送るお話に、逐一書き記すことを決めていた。
 だからそれを書かないのは、一つの妥協を意味する。なので、書き送った。
 実はそんなの、ただの言い訳で、本当のところは、悦から、私が望む答えを聞きたいだけなのかもしれない。
 それでも悦に、『“私は悦に信頼されている”と思っている』。そう取られるのが嫌だった。私は、そうは思っていないから。……かなり矛盾している。
 周りがどんなにそう言ってくれても、残念ながらそれが真実でないことは、私が一番よくわかってる。
 そして、昨日のおばあちゃんの話。
 夢にまで出てきた、その話。
 大好きな人が、自分の目の前で、それも自分のために死んでしまったら。
 怖くて怖くて、仕方なかった。
 悦はそれを、どう取っただろうか。
 聞いてみたいところでもある。

「遥祈」

 そうこうしているうちに、悦の声が降ってきた。
 心臓が大きく飛び跳ね、顔を上げる。
 目の前に、悦の肩があった。
「さっきから、ずっと立ってただろ」
 私は悦がドアを開けたことに気付かなかったらしい。
 らしくないなぁ、と、自分で思う。
「……なんで?」
「見えるんだよ」
 ドアについた、曇りガラスを振り返る。

「………」
 改めてこうして並ぶと、悦はかなり背が高い。
 ここにこうして入院していても、やはり私と同じ歳の男の子なのだ。
「……入らねぇの?」
「え?」
 予想外の言葉に、キョトンと返事をする。
 例によって、追い出されるかと思っていたのに。
 ちょっと待って。それじゃあ悦は、私を迎え入れるために……?
 そして彼は一人、病室の中に。
 私はそうやって突っ立っているわけにもいかず、とりあえず悦の背を追って、部屋に足を踏み入れた。
 白いカーテンは閉められていた。
 暑い日差しは遮られ、代わりに、妙に生暖かい風が入ってくる。
「どうして閉めてるの?」
「………」
 黙ってベッドに座り、気まずそうに枕元の小さなテーブルを見る。
 正確には、その上においてあるパソコンを。
「反射するんだ……」
 面倒くさそうに、ひとこと。
「………」
 たった、それだけの言葉で。さっきまでの心の中の気まずさは消えて、喜びが浮き立つ。
 理由は、私の質問に悦が答えてくれたから。
「何を見てるの?」
「遥祈が、俺が寝てるときに見た小説サイト」
「……。どうして?」
「は?」
「どうして、それなの?」
 悦は一瞬、とても困惑した表情を浮かべた。
「あ、いや、そうじゃなくてね」
 それで私は、彼が、私の質問の意図を取り違えたことに気付いた。
 ――どうして“私のおくった物語を”、じゃないの?――
 きっと、そう取られた。
「そうじゃなくてね。他にもいっぱいそういうサイトあるんでしょう? なんでそこなのかな、って」
 “登竜門”。以前見たとき、そう載っていたと記憶している。
「読みやすいんだよ。かなりいろんな種類があるし。なんか、フレンドリーっての?」
 悦からその言葉を聞くのがおかしい。
 クスリと笑ってしまう。
 そうなるとなんとなく、信頼されてるとかされてないとか、そんな事どうでもよくなってきた。
「いろんな人がいるんだねぇ……。どれが好き?」
「……これ。この“山奥の店”ってやつ」
 こうして向かっているパソコンの向こうに、誰か知らない人がいる。
 それを想像するのは、とても不思議な感じだった。
 そして見る。悦の顔を。
 一瞬、彼が私のまったく知らない人に見えたのは、そんなことを考えていたからだろうか。
「あのさ」
「ん?」
 ちょっとだけ、心が弾む。
 この夏が始まってから、彼から私に(含みのない)言葉で話しかけてくれることなんてなかった。
 あ、でも。さっきも……。
「公園……行きたいんだけど」
 ポツリと、呟いた。
「………」
 うん行こう、と、言ってあげたい気持ちは山々だった。
 でも悦は……。
 どうすればいいのだろうと、思案した。
 だけど。それはほんの一瞬だった。
「……いいね。行こうか」
 その言葉は、彼にとって予想外のそれだったのか。
 ゆっくりと、私は悦の視線を捉える。
「待ってて。外出許可、もらってくる」
 言い残して、私は病室から出ようとした。
「くれないよ。どんなに頼んでも」
 引き止めるその声は、少しだけ悲しかった。
「……じゃあ、抜け出しちゃおうか」
 私は笑顔で振り返る。
 驚いた顔をしていた悦は、私の顔を見た後に、ほんの少し、……わかるかわからないかのような微妙な変化だったけど、でも確かに。
 ……微笑んだ。

 そのとき私の心にあったのはきっと、自己満足という類のものだったと思う。
 悦に、何かを頼まれることが嬉しくて、何かを望まれることが嬉しくて。
 それに応えてあげたいと、そう思ったのだ。
 そんな自分に、満足していた。


「ねぇ悦、本当に平気?」
 ゆっくりと、夏の日差しの中を歩く悦に、私は心底心配になって声をかける。
 勢い余って、抜け出してしまったというのが事実だった。
「平気。……すげぇな、蝉の声」
 この何週間か、聞き途絶えることのなかったその声。
 今日も変わらず、私達の頭の上に降り注ぐ。
 熱すぎる光と、交差して。
「……座っていい?」
 足を止め、振り返った悦は、私にそう訊いた。
「あ、うん」
 公園のベンチ。
 二人で腰掛ける。
 数日前、私は一人、そこに座り込んでいたことを思い出す。
 あの時は、悦と来ることになるとは思わなかった。
「暑くない?」
「あちぃよ」
 言葉が悪かったらしい。
「……つらくない?」
「……そうやってさ、腫れ物に触るような接し方、止めてくんない?」
「あ……ごめ……」
 木漏れ日が揺れる。
 ちらちらと、青々とした葉を通して、光が揺れる。
「……これから、ずっとそれに付き合うのは嫌だから」
「……」
 …………。
 何を言った?
 今悦は、何を言った?
 ずっと……? 付き合う……?
「えつ……」
「そうなんだろ? 俺が死ぬまで、傍に居んだろ?」
「………」
 公園には、誰もいない。
 昼間の、一番紫外線と日光が強いときだ。
 子連れママもいなければ、散歩する御老人も見当たらない。
「傍に、いんだろ?」
 静かな、呟きだったそれは……。
 望みでもない。
 願いでもない。
 命令でもない。
 頼みでもない。
 その声にあったのは、私を受け入れてくれた響きだった。
 “私は何を言われても、譲るつもりはない”という決意を、受け入れてくれた響きだった。
「好きに、していいよ」
 キュン っと、胸がなった。
 好きだと思った。
 こんな風に、さりげなく優しさをくれる悦のことが。
 私を許してくれる悦のことが。甘さを許してくれる悦のことが。
 とても、好きだと思った。
 目頭が熱くなるのを感じる。
 私はいつから、こんなに涙脆くなったのだろう。
「うん……」
 時間は、ゆっくりと過ぎてゆく。
 どうして、そこにあるのが沈黙なのか。
 わかるのはきっと、私達だけだと思う。
 今、私はこれ以上ないほど嬉しい言葉をもらったのだから。
 もう、どんな言葉も要らない。
 見上げた空は青くて。
 やっぱり悦の病気なんて、冗談のような気がして。
 私はきっと、この空の青さを一生忘れることはないだろうと。
 その瞬間、心から、そう思った。

                   八章

 このところ、思うことがある。
 悦は……死ぬことが、怖くないのだろうか。
 彼が変わってしまったと感じるのは、彼の目に、昔みたいな光がないからだと思う。
 なんだって諦めない、強い気持ちと、決心の気持ちが、欠けてしまっているからのように思える。
 私に“死んで”と言ったときでさえ、……どこか諦めた感じがあった。
 どうにもならないことだと知っていて、私を傍に近づけさせないための言葉に聞こえた。
 悦は、全てを諦めている。
 そう感じるのは……、私だけなのだろか。



「“お屋敷”、行きたいんだけど」
 花瓶の花を換えていた私に、悦は言った。
 最近、よくそんな言葉を聞くようになった。
 公園に行ったその日から。
 あの日、病院に帰ってみれば案の定大騒ぎで、わたし達はこっぴどく叱られた。
 だけど悦の主治医の先生は、見方にならずとも敵にもならなかった。
 それは悦が……悦の命が、そう長くないことを物語っていた。
 皮肉だ。そんなところで、その事実を突きつけられたのだから。
 あの日から、きっと何も変わってないように見えるだろう私達の関係は。
 確かに、小さな変化がある。
 周囲の人からは……当人達以外はわからないような、小さな変化が。
 悦の眼差しが、やわらかくなったこと、優しくなったこと。
 彼の周りにある雰囲気が、棘のついたじめじめとしたモノから、丸く暖かなものになったということ。でも、哀しい雰囲気だけは、変わらない。
 ただ私達は静かに、その夏の時間を歩いていた。



 おばあちゃんは、涙を流さんばかりの反応で私達を歓迎してくれた。
 少しだけ、照れくさかったけれど。
 悦は、やわらかな、寂しげな笑みを浮かべていた。


「なぁ、ばあちゃん」
「なぁに?」
 ここに来ると、アイスティーを頂くことが常になっていた。
 静かな空間に、悦の声が響く。
 彼と二人で座るソファーは、いつもよりも暖かい。
「あのピアノ、弾いても平気?」
「ええどうぞ」
「なに? 悦ピアノなんか弾けたっけ?」
「俺じゃねぇよ。遥祈が弾くの」
「……は?」
 どうでもいいが、なんて唐突な。
 私の顔を見て笑ったのは、おばあちゃんだけだった。
「なんで私なの?」
「遥祈のピアノ、久々に聴きたい」
「………」
 断る理由もなく。
 かといって、気は乗らなかった。
 自分の腕前が、どれほどのものなのか、私が一番知っているから。
 でも、悦の言ったこと、願い。
 それを叶えてあげたいと思う気持ちは、悦が生きている限り、私の中に在り続けた。

    ポ――ン……――

 その空間に響く、家のピアノとは違う音。
 すごくいい音。私好み。
 今年で、この楽器を習い始めて九年目になる。
 大して上達しないのは、先生のせいだと決めている。
 そして、心地良い緊張感の中、私はそっと弾き始めた。
「“主よ、人の望みの喜びよ”」
 後ろで、悦が言った。
 私の好きな曲。
 私がまだこの曲を弾けないときに、悦に好きだということを告げた。
 彼は、覚えていたらしい。
 その記憶力、ちょっと尊敬する。
 静かに、曲が流れていく。
 その空間に、悦がいることが不思議だった。
 おばあちゃんと、三人でいることが不思議だった。
 ここに私達がそろうのは、私が引っ越すことを知ったその日以来。
 帰ってから告げられたその言葉が、どれほぼショックだったか。
 そういえば、この曲を初めて聴いたのは、その日、この場所でだった気がする。
『私、あの曲すき』
 帰り道の下り坂で、私は悦に言ったのだ。
 悦は特別興味もなさそうだったけど。
 それでも覚えていたのは、やっぱり私の引越しのことがあったからかもしれない。
 ……なんて、勝手な自惚れ以外の何物でもないのだけど。

 指の運びを叩き込まれたそれは、動きを止める。
 静かな余韻。
 ちょっとだけ、満足。
「いいわねぇ、わたしの好きな曲よ、それ」
 おばあちゃんがほめてくれる。
 誰かにこうしてほめられるのは、こんなに心地いいことだったか。
 ……と。
「雨が降る」
「……え?」
「だから……、雨が降るよ」
 感じて、私は言った。
「おばあちゃん、洗濯物、入れといたほうがいいよ」
 悦は立ち上がって、庭に面した開け放たれた窓ガラスに向かう。
「嘘つけ。こんなに晴れてんぞ」
「でも降るよ」
「なんでだよ」
「………」
 困った私の代わりに答えたのは、おばあちゃんだった。
「空気の匂いが違うんでしょう?」
「え……?」
「確かに降るわね」
「それも土砂降り」
 顔を見合わせてクスリと笑うと、私のほうが少しだけ早く、庭に出るサンダルを足に引っ掛けた。
 夏の日差しを力いっぱい浴びて輝く白いシーツや洋服の類を、取ってはおばあちゃんに渡す。
「おばあちゃん、こんなに毎日いろんな服着てるの?」
「いいえ。でもね、年寄りはやることがないから」
 そう言って笑ったであろうおばあちゃんの表情は見えなかった。
 そうして、必要以上に洗われた洗濯物を全て取り込むと、案の定、雲行きが怪しくなってきた。
「ホントだ……」
 悦は関心したように言った。
 ちょっと、得意になる。
「よく分かったな」
 このところ外を歩き回るせいか、夏の田舎の“感覚”が戻ってきていた。
 程なく、雨が降りだした。
 予定にもれず、土砂降りだった。
 乾いた土をたたきつける、おと。
 私達は、それを黙って見ていた。
「私、この匂い好きよ」
 無言の空間。二人の視線を、横に感じる。
「乾ききった土が、湿った雨に濡らされた時の、この匂い」
 どこか懐かしい、大地の匂いがするから。
 “香り”と言うほど、上品なものでないところも。
「雨が降る前の、さっきの匂いも好き。空気が変わるから。夏の入道雲も好きよ」
 海の真上にできる、雲の塊。
 一直線に並ぶそれは、雲の上にある、決して手に入らない国を思わせる。
「昔はもっと、好きなもの、綺麗なものがいっぱいあったはずなのにね」
 いつの間にか、欲しくもないモノを手に入れて、失くしたくないモノを失っていく。
「時間って、どうなってるのかな」
「………」
 無言になる。おばあちゃんも、悦も。
 私はゆっくりと、先を続ける。
「私達は望んでいないのに、勝手に流れて行っちゃう。雨に“命”があったら……」
「短い、命ね」
 そっと、おばあちゃんが私の言葉を引き継ぐ。
「生まれてすぐに地上に降り立って、その形を維持することはできないからね」
 なんとなく、悲しい雰囲気が立ち込める。
「でもさ」
 ふと、悦が口を開く。
 せみの声は聞こえない。
 今あるのは、雨の音。
 命が終わる、その音だけ。
「雨って、時間を感じさせない?」
「え?」
 私には、理解不能な言葉。
「時間があるから、雨は、一本の線に見える。俺、昼間横になってても、時間を感じないんだ。でも、雨が降って、それを見てると、時間を感る。……上手く、言えないけど」
「………」
「何かわかんねぇけど、俺らが生きてること自体が“時間”なんじゃねぇの?」
「………」
 黙ってしまった。
 私には何も言えなかった。
「そうね……。そうかもしれないわね。生きてる限り、“命”がある限り、わたし達はその流れから逃げることはできないのかもしれない」
 そこで私の頭には、おばあちゃんの過去話がよみがえった。
 戦争で亡くしたご主人を、ずっと、待ち続けているという話を。
 彼女もまた、時の流れに逆らおうとしていたのかもしれない。
 私と、同じように。
「……たしかに、俺も好きかも、この匂い」
 ポツリと、悦が呟いた。

 雨は上がった。
 今度は、湿った土の匂い。もちろん私は、この匂いも好き。
 空には、虹が架かる。
 七色のそれも、いつかは消えてしまうけれど。
 どこかに、永遠を思わせるものがあった。
 ……否、私がそれを望んでいただけかもしれない。
 隣の悦も、おばあちゃんも、空を見上げる。
 そこにあるのは、……私の語彙では言い尽くせないほどの和やかな空気。
 こんな穏やかな日が、いつまでも続けばいい、と。
 思わずには、いられなかった。

                   九章

「海、見たいんだけど」
 パソコンを覗きながら、悦はポツリと呟いた。
 会った頃に比べて、少しだけやつれた彼の顔。
 最近、外に出てばかりなのが悪いことは重々承知だ。
 でも悦は、出たがる。
 表情が、日に日に柔らかくなる。
 だけどそれは、悦が“死”というものを認めようとしているからなのだということが判るから、素直に喜べずにいる。
 “諦める”のではなく、“認めよう”としていることが、余計に。
 静かな夏は、透明で攫みどころのない時間と共に、ゆっくりと過ぎていく。
 最近では、それさえも悦は感じているようだった。
 過ぎてゆく時間というものの存在。
 そして、死というものが、自分に近付きつつあるということも。
「最近、出てばっかだよ」
 咎めるように、私は言う。
 けれどその言葉は、決してやめようという意味のものではない。
 本当にいいの、という類のものだ。
 自分の死期を、早めることに繋がってもいいの、と。
「見たい」
 悦は、譲らない。
 “道路、歩きたいんだけど”
 “赤とんぼの広場、行きたいんだけど”
 “なぁ、あの猫の家、どうなってんのかな”
 “家に行きたい”。
 他にも、いっぱい。
 そして、毎回毎回抜け出して、それでどんなに怒られても、私は必ずこう答える。
「うん、いいね。行こうか……」
 そして共犯者の笑いを浮かべ、私達は直射日光の中に飛び出す。

                ◇     ◇     ◇

 一度だけ、悦は学校に行きたいと言った。
 もちろん私達は抜け出して、その学び舎に向かった。
 代わり映えのない小学校。
 古い校舎。現代では考えられない、木造校舎。
 ここで、いろんなことがあったんだと思う。
 もちろん、覚えているわけがないけれど。それほどまでに、私達は幼かった。
 それでも、あの頃の悦の、私の、クラスメートの笑い声は、聞こえてきそう。
 悦にとって、たった数年間の思い出しか詰まっていないはずなのに。
 その悦の思い出よりも、もっと少ない時間のそれしか詰まっていないはずなのに。
 何故か懐かしくて。とても懐かしくて。
 過ぎ去ってしまった時間が哀しくて。
 その感情が、私の中に満ち溢れて。
 なんとなく、泣きたくなった。
 悦は、そんな私に気を遣ってか、少し見回ってくると言い、離れて行った。
 病人がそんな気を遣わなくてもいいのに、と思ったけれど、その時ばかりはありがたかった。
 なにせ、本当に泣きそうになっていたのだから。

 そうして思い出につかる私に気付いて、声をかける人があった。
 もちろん、悦じゃない。
 小学校の時に仲の良かった、二人の友達。
「あれ〜? お前、遥祈じゃねぇ?」
 驚いて振り向くと、そこに立っていたのは、太陽を背にした、二つの人影だった。
「克(かつみ)くん……?」
 声の主は、白い歯を見せて、にやりと笑った。
「ちゃんと覚えてんのか」
「もちろん……」
 半ば驚きが抜けない声で、呟く。
 日に焼けた肌。その色は、あの頃と変わらない。
 でも、体つきが大きな変化を遂げていた。
 とにかく、デカイ。身長が高い。190はありそうだ。
「………」
 よく、ここで会えたものだと思う。
 ……って、今まで散々歩いてきたのだ。この狭い町で、会わなかったほうが不思議なのかもしれない。
「遥祈ちゃん、久しぶり」
 そのデカイ克君の後ろに立っていた少女は、親しげに笑みを浮かべた。
「……陸ちゃん……?」
 その少女は私の最も親しい女友達だった人。
「大人っぽくなったねえ……」
 身長も伸びた。
 栗色の、テンパがかった髪が腰のあたりまで伸びていた。
 私の中のイメージでの幼い少女は、見事な大人の女性に近付いていた。
 これならさぞかし、もてるだろう。
 と、そんなことにすぐに考えが行き着くあたり、私もそこらの暇人なのだ。
「ねぇ、陸ちゃん。学校でモテモテでしょ?」
「そんなこと……」
「そうなんだよ。だからすっげぇ困る」
 陸ちゃんの言葉を遮って、代わりに答えたのは克君。
「……え?」
 どうして克君が困るのだろうと、一瞬思案する。
 考えられる理由は一つ。
「え? ……え? 二人、付き合ってるの?」
「そうだよ?」
 私が驚いていることに対し、それを知らなかった私を不思議がっているようだった。
「うっそ〜!」
 私達は、小学生のときは四人でいることがほとんどだった。
 確かに、克君はカッコいいし、頼りになる。
 陸ちゃんも、かわいいし守ってあげたくなるような女の子。
 そして二人は仲が良かった。
 よくよく考えると、これ以上ぴったりな恋人はいないかもしれない。
 ただ、知らない人の見方によっては無理やりにも見えるかもしれない。
 もちろん無理強いされているのは陸ちゃんのほうで。
 だけど本当に、自分の周りにそういう事実があったとは……。
「なんだよその反応。……ってか、遥祈はどうなってんの?」
「は?」
「悦とだよ。どうなってんの?」
 久しぶりに会ったというのに、全く遠慮がない。
 離れていたことが嘘のように感じる。
「もちろん恋人よね?」
 期待の目を向けられて、それに反することを口にするのはどうやら勇気がいるらしい。
「あのね、私達は……」
 そして、望む事実を、自ら否定することも。
「べつに……」
「克?」
 いいタイミングで、悦の声が入り込む。
 振り向いた私達の目に――私の目に――彼の姿が映った。
「悦じゃねーか! お前どうしたんだよ。一学期の終わり、全然来なかったじゃねぇか」
(え……?)
「本当、久しぶり……って言うのは変だけど。でも久しぶりだよね」
(え? ……え?)
 なんで知らないの、と、口走りそうになったところで。
 私の頭に、初日の悦の言葉がよみがえる。
『俺がここにいることの知ってるの、母さんたち家族だけだし』
 克君たちは知らない。
 悦の現状、悦の病気。
「宿題やってんか? 早く終わらせて、また遊ぼうぜ」
「……あぁ」
「二学期には来いよな。彼女の遥祈と一緒に。ひやかしてやっから」
 そんなこと言うな。
 心の中で呟いた。
 悦に、否定されるのは嫌だ。
 私は、悦が好きだから。
「ああ」

(え……?)

「バーカ。真顔で言ってんじゃねえよ。こっちが恥ずかしい」
「だって、事実だし。……な?」
 いきなりこっちにふられてあせる。
「えっ、や、……え? あ……」
「ほら見ろ、遥祈あせってんじゃん」
「でも、事実だし」
「………」
(………)
 胸が。
 張り裂けそうなくらい、うれしかった。
 これ以上ないくらいに。
 ありえないと思っていたことが、実現したときの感覚は、こういうものなのか。
 十年に及ぼうかという片思いが叶ったその瞬間。
 心に華でも咲いたようだった。
 十年間、育て続けてきたつぼみが、そのときになって、ようやく、はなひらいた。
 ねえ悦。
 私、うれしかったよ。
 ホントに本当に、うれしかったよ。
「じゃあな。俺ら行くわ」
「あぁ」
 結局。彼らが何しに来たのか判らないまま。
 克君と陸ちゃんは別れを告げた。
 だけど今になって思うと、これが、悦に対してひどい仕打ちをした神様とやらの存在から送られた……友達に関する最後のプレゼントだったのかもしれない。
 大切な親友と最後の言葉を交わすという。
 ここで彼らに出会うことがなければ、悦は……。
「ばいばい、遥祈ちゃんも、悦君も」
「うん、ばいばい」
 静かに、悦は笑う。
 そして克君が、真剣な眼差しで口を開く。
「……悦。……二学期……、――絶対会おうな」
(え?)
「絶対、会おうな」
「……。……わかってる」
「……じゃぁな」
「あぁ」
 
 克君の言葉が、“死ぬなよ”と聞こえたのは、私だけだろうか。
 だって……、そんなはずないから。
 でも……。いやいや、そんはずないのだ。
 知ってるわけが、ないから。

 夏に消えてゆく、二人の背中を見守る私の中に在った感情。
 戸惑いと、嬉しさ。
 それから……。

 二人に対する、うらやましさ。

 死なない克君と、想い人同士になれた陸ちゃんに対して。
 死なない陸ちゃんと、想い人同士になれた克君に対して。
 
 そっと、肩に何かが触れた。
 悦の手だった。
 苦しそうに、息をする彼。
 確かに、いつもと比べて、日の下にいる時間は明らかに長かった。
「悦……っ!」
「ワリ……。ちょっと疲れた……」
 私達は、その場から引き上げることになった。

                ◇     ◇     ◇

 悦に、死なないでほしいと心から願う。
 ただ、一緒にいるだけでいいから、と。
 砂浜に座る悦に、望むものはそれだけ。
 死なないで、という、ほんの少しの願い。祈り。
 私の名前が“遥祈”なら、遥かな祈りを叶えられる力が欲しかった。
 心の中で、そっと願う。

   ザザ……  ン…… ザ……  ン

 波は静かに、寄せては返す。
 時間も、そうならいいのに。
 流れても、戻ってくればいいのに。
 水平線が、妙にくっきりと見える。
 空も、海も、見渡す限り、蒼に染まった世界で。
 私は悦と、果てない海を、眺めていた。
 過ぎ去っていく時間の中に、進化してゆく世界の中に、同じものを――“永遠”――を、求めていた。
                   
                   十章

 おばあちゃんに、頼まれたことがある。
 それは、私が書いた悦の物語を、彼女にも見せてほしいという事。
 なんとなく恥ずかしくて、とりあえず頷いただけだったけど、読んで欲しいという気持ちがある。
 もちろん、そんなこと私の一存で決められることじゃないけれど。
 そんなことを昨日の夜寝るときに考えていた。

「この物語さ」
 今日の天気も、上々。
 少しくらい、雨が降ってくれれば涼しくなるのに。
 残念ながら、この先もずっと晴れらしい。
 天気を予報することはできても、それをコントロールする力を人間はもっていない。
 そして、窓辺でそんなことを考えていた私に、悦は言ったのだった。
「ん?」
「この……遥祈が書いた話さ。……もっと、いろんな人に見せて」
「……え……?」
 とっさに意味が飲み込めず、私は聞き返した。
「だから、この話。俺が死んだら、もっとたくさんの人に見せて」
「………」
 突然の、言葉。
 私は、何も言えずにいた。
 “俺が、死んだら”……?
 心臓が、ギュッと鷲掴みにされたようだ。
「来て、遥祈」
 呼ばれるままに、私は悦に近付く。
「ここ。この、“登竜門”ってサイト。ここに送って」
「………」
 のどに、こみ上げるものがある。
 私が、悦のためだけの物語を、おばあちゃんにも見せたいなんて考えていたから、だから、こんな悲しい言葉を聞くことになったのだろうかと。
 ワケのわからない考えを並べていた。
「俺の物語、ここに来てる人たちに見せて欲しい」
「………」
 嫌だ。
 そう思った。
 悦が死んだら、なんて。
 嫌だ。考えたくもない。
「それじゃぁ、この物語読む人、私と悦だけになるかもしれないね」
「なんで?」
 素直に言うことができず、遠回しに伝えようとした。
「だって、悦は死なないから」
 無理に笑いを作ったのは、ばれてしまっただろう。
 でも、それを引っ込めることはしなかった。
 言葉を訂正することも。
 悦は死なない。
 私は、そう信じていたいから。
「……言葉が悪かったな。“もしも”俺が死んだら、ってことで。これならいいだろ?」
「………」
 明るい顔で、悦は言う。
 限りなく絶対に近い、“もしも”。
「うんって言ってよ」
 私の声は出なかった。
 この夏の最初、悦は自分ことで泣かれるのを、とてもとても嫌がった。
 ただしその時、私が泣いても、彼が怒らないであろうことを予想していた。
 確信していた。
 でも、泣けなかった。
 おばあちゃんとの約束だった。
 それに泣いてしまったら、……悦の死を、認めてしまうことになる気がして……。
「遥祈……」
 なだめるような、やさしい声。
 悲しくて。
 でも、涙はこぼさない。
 辛いときに泣けないつらさ。
 お願いだから、死なないで。
 死なないで。
 傍にいるだけでいいから。
 おねがいだから。
 傍にいて。
 いて。
 在て。
 心が悲鳴を上げていた。
 悦に会ってから、初めての感情が多すぎる。
 死んでと目を向けられたときよりも、また別の痛みが襲う。
「頼むよ、送って。……な?」
「……っ……」
 ごしごし目をこすりながら。
 私は辛うじて頷いた。
 悦の願い。
 かなえると、約束しなくてはならない。
 それが、私の中に在り続けるモノ。
 悦が、もしも死んだら。
 “もしも”。
 ありえにないことだと信じていたかった。
 でもその期待は、私が綺麗なものをもう一度信じたいと思ってここに来て、それを彼に裏切られたときのように、見事に裏切られた。
 私がそう泣きかけながら頷いた後、悦の体に異変が起きた。
 苦しそうに息を吸う。
 でもそれは――彼の欲する酸素は、上手く彼の肺に取り入れられない。
(発作……?)
 パニクった私は、慌ててナースコールをした。
 正直、その瞬間私の心を支配したはずの恐怖は……正直覚えていない。
 突然の容態の急変。
 ただ、苦しそうな悦の姿が……。
 苦しそうに息をしようとする悦の姿が、今も瞼の裏に……。

                ◇     ◇     ◇

「ねぇ……」
 ベッドで横になっている悦。
 すっかり、日の落ちた窓の外。
 カチカチという、短針の音。時計は、夜の八時を差していた。
 悦が落ち着いて、二時間ほど経った。
 それでも、私の震えは微かに残っている。
 看護婦さんや医者が、悦の処置をしている間、私は一人で震えていた。
 呼びつけられた律子さんは、じっと無表情で部屋の隅に立ったままだった。
 そしてその彼女も、五分ほど前に家へ帰った。
「ん……?」
 覇気のない返事。
 無意識のうちに。私は悦を見て、彼に尋ねていた。
「“死ぬ”って、どういうことだと思う?」
 この期に及んで、まだそんな愚問をするのかと、言った後で思った。
 でも……。
 外は真っ暗。
 二人でいるはずなのに。
 とても怖い。
 一人でいるみたい。
 どうしてだろう。
 逢った頃より、ずっと、ちかくにいるはずなのに。
 どうしてあの時よりも、距離を感じてしまうんだろう。
 不安になるんだろう。
「……逢えなくなる、って……ことじゃないのか……」
 悦は、消えそうな声で言った。
 呟くように。
 でもその言葉は、ちゃんと私に向けられていた。
「……そうだけど……」
 おばあちゃんが言ったのと同じ言葉。
 夏は、終わる。
 きせつはおわり、ときはすぎゆく。
 どれだけ、怖いことか。
「そうなんだけど……それだけじゃないような気がするの……」
「……それだけじゃない、か?」
「……。しぬ、って、どういうことをいうのかな」
 それは、……ひとり言のようでもあったかもしれない。
 私は、悦に尋ねたわけではなかったから。
 無意識に生まれた、……自分の中の不安を打ち消したくて。
 私は呟いただけだったのに。
 悦は、その言葉に応えてくれた。
 正確には、“答えて”くれた。

「俺が、死んでみてやるよ」

 はっきりした声で。
 静かな、決意さえ感じられる声で。
 私はその声を、どこか遠くで聞いていた。
 脳にとどまらず通り抜けるはずだったその言葉は、どこかに、引っかかったんだと思う。
 言葉の持つ意味に、気付いた。
「なにっ……」
「俺が、死んでみてやるから」
「……っ」
「そしたら、“死”ってどんなことか、わかるんじゃねぇ?」
 ゆっくりと、瞳を閉じる悦。
 悦の言葉が、声が。
 ……ゆっくりと、頭の中を回る。
 そして。
「……そうだね……」
 私は、そう返した。
 さっき、目の前で、悦の病気を目の当たりにした。
 怖かった。
 目を背けられるものではないと。
 その時やっと気付いた。やっと、認められた。
 だから……私はソレを――悦の死を――認めなくちゃいけない。
 そうしなきゃ、悦の物語を書いているとは言えないと思ったから。
 だから、そう返した。
「わかったら……俺にも教えて」
 私は。
 こんなにもかなしい会話を過去に知らない。
 ズキン ズキン と、胸が高鳴る。
 音がしてる。
 痛い。
 痛いよ悦。
 イタイ。
「教えてくれよ?」
 終わりかけた一日。
 悦はその日の最後を、そう言って閉めようとしている。
 つらいんだろう。きついんだろう。
 私にはそれが痛いほど判った。
 だから、安心させてあげなくてはいけなかった。
 私が『うん』といわない限り、悦は眠らないだろうから。

「了解」

 静かに頷く。
 悦は満足そうな、悲しそうな顔をして。
 目を伏せた。
 私はその寝顔を見つめる。
 蝉の声は聞こえない。
 白いベッドの上……。
 夏は、終わりの気配をかもしだす。

                   十一章

 おばあちゃんに物語を見せるため、私はその日、“お屋敷”へ行った。
 いらっしゃいと言ってあげてくれたおばあちゃん。
 彼女はきっと、私がそれを持ってきたということを知っていたに違いない。
 それ――パソコンで印刷した物語――を受け取り、彼女は笑った。
 私は黙って、彼女が全てに目を通し終えるのを待っていた。
 蝉の大合唱は、ここに来た時よりも大人しくなっている。
 直に、その声にも変化が訪れるであろう。
 喧しいだけの音から、少し静かなものに変わる。
 そして静かに響く、大きな振り子時計の音。
「………」
「………」
 沈黙。
「………」
「………」
 そうしてやっと、私は何もすることがないことに気付く。
 ただぼんやりと、部屋を眺め。
 ぼんやりと、外を眺めていた。
 私の視界に映るのは、綺麗なものばかり。
 ただ最近、それを無性に、……壊したくなる自分がいる。
 なぜかは判らないけれど。
 “死”という見たくないものに、目を背けずにはいられないところに立っているからだろうか。


「遥祈ちゃん」
 顔を上げると、おばあちゃんが私を見ていた。
 お互い、随分長い間、自分の世界に入っていたらしい。
 しわしわのその手には、紙の束。
「終わりましたよ。ありがとうございました」
 静かに言って、そして続けた。
「これで悦君には、“形”としての“生きる”証が残されるわけですね」

                ◇     ◇     ◇

 おばあちゃんの言葉が、妙に引っかかっていた。
 きっと、何の含蓄もなく、彼女は言ったのだろうけれど。
 でもどこか、何かに、引っ掛かりを感じる。
 とても有名な女優の名前を、どうしても思い出せないときのようなもどかしさ。
 机に向かって珍しく勉強しながら、ぼんやりと外を眺める。
 “形として”……?
 私が望んだものは、確かに形としての“生きる証”だった。
 それが欲しいから、書いている。
 でも……。

 夕暮れは、どことなく寂しい気持ちにさせる。
 哀愁……?
 ちょっと違うような気もするけど。
 西の空はまだ明るくて、でも東の空は、深い藍色に染まっていたりすると、そのグラデーションの色合いが、とても綺麗だ。
 藍色の空に、明るく星が浮かぶのも綺麗。
 満月だったりすると、なんか変な感じがする。
 私は、夏の月は三日月のほうが好き。
 満月は、冬にかぎると思う。
「………」
 悦もこの空をみているだろうか。
 どんな気持ちで、見ているだろうか。
「………」
 ああそうか。
 気持ち、だ。
 心の中で、一人呟く。
 確かに、形としての証は残る。
 でも、本来悦が一番欲しがっていたそれは……。
 あぁ、どうして今頃になって気づくんだろう。
 なんで今まで思いもしなかったんだろう。
 悦が一番欲しているもの……。
 それは……。

                ◇     ◇     ◇

 八月十日。
 私はその日、高岡宅を訪れた。
 用事があったのは、もちろん悦ではなく、律子さん。
 この家の玄関からおじゃまするのは、とても久しぶりだった。

 七年ぶりにあったときと同じような恰好で、彼女は私を迎えてくれた。
「ちょうど良かった。今から悦のところに行こうと思っていたの。一緒にいいかしら?」
 好意丸出しで私に接してくれる彼女。
 だから余計に、言い辛くなる。
「あの……その前に、少しだけお時間、いいでしょうか」
 かしこまって、私は呟く。

「はい、どうぞ」
 目の前に差し出された麦茶。
 田舎では、ジュースなんて期待しない。
 私達は、昔からこれで育ってきたのだし、今更、だ。
「どうかしたの? 今日の遥祈ちゃん、変よ」
 優しい物言い。
 悦と……やわらかいときの悦と、よく似ている。
 そして私は、今から彼女を、
「私……これから、律子さんを傷つけるかもしれません」
「………」
 彼女は、不思議そうな目をした。
 こんな前置きは、きっと必要ない。
 それはただ、私の覚悟を決めるための、無駄な時間に過ぎなかった。
「……いいわ。それでも聞かせて」
 俯いていた顔を上げると、律子さんはにっこりと笑っていた。
 チクリ と、胸が痛む。
「……悦の、ことなんですけど」
「………」
 今思えばこの沈黙は、彼女が私の言い出すことを感じて、そしてそれについて考えるためのものだったのかもしれない。
「律子さんたちは、……悦の……その……」
「ええ……生みの親ではないわ」
 私の言いにくさを感じてか、彼女は言葉を引き取ってくれた。
 でも私は、さっき以上に気まずい思いをしている。
「悦に……逢わせてあげたいんです」
「………」
 誰を、とまでは言わなかった。
 だけど彼女は、ちゃんと判ってくれているようだった。
 律子さんなら、きっと、悦にとってどの選択が一番いいのか、ちゃんと考えてくれるはず。
 それは、私にはわからないことだった。
 だから、彼女が“そうね”と頷いてくれることを望んで、ここに来たわけではないことを言っておく。
 ただ、私が律子さんに選択してもらおうという考えが、私自身の甘さでしかないということだけは判っている。
 私一人で、決めることなどできない、というわけではなく。
 ただ、私の一任で決めてしまった場合に負わなければいけない責任が、大きすぎる。
 それから、逃れるために。
 私はこうして、ここにいる。
「………」
 黙って、待つしかなかった。
 両手でグラスを包み込むようにして考えている律子さん。
 その手は、幼い、物心つかないときの悦を愛してきた証。
 彼女の頭の中に今あるものは、なんだろうか。
 こんな提案を持ちかけた私への恨みだろうか。
 それとも、彼女の中では、すでに答えが出ているのだろうか。
 私には、どちらとも見当がつかなかった。
「……そうね……」
 そして、ポツリと呟く。
「……あたし達もね、いつかはそうしなくちゃいけないって思っていたのよ……」
 それは、私に対する呟きというより、独り言に近かった気がする。
「……悦は……それを望んでいるのかしら?」
「……え……」
 訊かれても困る。
 それでも私には、答えなければならなかった。
「……本当の御両親に会いたいっていうよりも、……きっと悦は、自分が……」
 私はそこで、言葉を切る。
 言葉が見つからなかったから。
 どういう風に表現しようとも、きっと全部、悦の気持ちじゃなくなってしまうから。
 だから、黙り込む。
「………」
 律子さんは何も言わず、しばらく待っているようだった、
 それでも私が何も言わないことを察すると、そっと、口を開いた。
「探しましょう」
 はっと顔を上げる。
「………」
 そこには、少しだけ寂しそうな、だけど確かに何かを決意した、悦の“お母さん”の顔があった。


 それから、私達は多くのことをしたと思っている。
 でも実際やったことはほんの少しで、時間ばかりが掛かっていたからそう感じたのかもしれない。
 悦がいたという保育園に行った。
 そこは、親がいない子どもたち専用の所だった。
 さすがに、昔の悦の先生――裡未(りみ)先生と言うらしい――はいなかったが、代わりにそこにいた先生は、わたし達に教えてくれた。裡未先生が今いる場所を。
 そして私達はそこへ行き、彼女に会った。
 彼女は、一見するとまだ若い、二十歳そこそこの女性に見えたので失礼ながら訊ねると、そんなはずもなく。
 彼女は自分の歳を告げた。
 用件を伝えると、もちろん彼女は私達にそれを教えることを拒否した。
 当然だ。
 でも、私達は食い下がった。
 悦の命があと少ししかもたないことも伝えた。
 そして彼女は、話のわからない頑固おばさんではなかった。
 私達はその住所を手に、その町の夏を抜け出た。

                   十二章

「え〜つ!」
「悦? ちゃんと食べれてる?」
 律子さんと私は、飛び切りの笑顔で入った。
「何なんだよ、気持ちわりぃ」
 露骨に顔をしかめる悦。
 その体つきは、明らかにやつれていた。
 日々、発作に襲われるようになったと、すっかり仲良くなった看護婦さんに聞いた。
 加えて、食も細くなっているとのこと。
 それでも。認めたくないと思う気持ちが、どこかにある。
「今日はね、お客様を連れてきたよ」
 私は、その言葉で、悦の気を引こうとした。
「は? 客?」
 律子さんを同じ言葉で紹介していたら、きっと同じ反応をくれただろう。
 まあ彼女の場合、悦が勝手に気付いちゃったけど。
「早紀(さき)さん、どうぞ」
 ドアの向こうに向かって、声をかけたのは、律子さん。
 私はその瞬間、聞きなれない名前に、悦が怪訝そうにしたのをはっきりと見た。
「………」
 そして現れた女性に、悦のその表情はますます深まった。
 立っているのは、律子さんと同じくらいの歳の人。
 かなり短く切った髪が、その若さを強調させているようだった。
「誰……」
 眉根を寄せた悦の機嫌が、次第に悪くなっていくのが判る。
 当然か。
 顔も知らない相手が、突然現れたのだから。
「………」
 暫しの間、見つめあう。
 そして。
「あなたを、生んでくださった方」
「………」
 言ったのは私ではなく、律子さんだった。
「………」
 さっきよっりも、嫌な雰囲気の沈黙が流れた。
 窓の外では、入道雲が、ゆっくりと移動して行った。
 そしてその沈黙を破ったのは、他でもない、悦だった。
「俺が……病気だから?」
「え……?」
 突然の言葉に、戸惑う、私以外の人間。
 そして私は、悦の“突然”に、もう慣れてしまっていた。
「俺が病気だから? だから俺に会いに来たのか?」
 怒気が混ざった声。
 悦が……怖い。
「だからか?」
「………」
 どうとも答えることのできない、早紀さん。
 “そうだ”と言ったところで、悦は怒るだけ。
 “違う”と言ったところで、悦はやっぱり怒るだろう。
「悦、それはね、違うの」
「………」
 口を出したのは、律子さん。
「あたし達が、彼女を探して、呼んだの。会ってください、って」
「………。でも最初は、嫌がったんだろ? それで俺が病気だって知って来たんだろ? それじゃぁどっちでも一緒ねぇか」
 低い、声。
 私が、悦の病気を知って、それで泣いていたときに彼が発した声と似ている。
 きっと、同じ類のものだろう。
「何で今更……? ふざけんなよ。あんた俺のこと捨て……」
「何が悪いの?」
 悦の言葉を遮って、そう言ったのは私。
「何が悪いの? 病気だって知って、それで会いに来た。その何が悪いの?」
「………」
「そりゃぁ、私は親に捨てられたことないから、今の悦の気持ちなんかわかんないよ。でもさ“病気だから”って、何かしたいって思う気持ちはわかる。私がそうだから」
 だから私は、物語を書いているのだ。
 だから私は、彼女を探したのだ。
 悦がもし病気じゃなかったら、そんなおせっかいな事していない。
「ねぇ、何が悪いの?」
 本当に言いたい事は、そんなことじゃないでしょう、と。
 そんな見栄を張って、時間を無駄にする気なの、と。
 口に出して言ってやりたかった。
 でも悦は、きっとそれほどコドモじゃないから。
 そしてそれを口に出せるほどに、私は成長していない。
 だから、言わない。
 ……言えない。
「悦」
「わかってるよ……」
「………」
 その言葉の意味を理解したのは、私だけだったと思う。
 証拠に、他の二人は怪訝そうな顔をした。
「……律子さん、私、出てますね」
 ここは、私がいるべき場ではない。
 親子の問題だと思った。
 なのでそう言って、止めようとしてくれる彼女達を背に、部屋を出た。


 あの日、私達がお邪魔した家で、彼女は泣いたのだ。
 そして私も、律子さんも。
 会って下さいと頼んだ私達に、彼女が投げつけた言葉は、私のなかを、しばらくの間ぐるぐると回っていた。
『会ってください』
『悦に……会って下さい』
『………』
『あなたの息子さんなんでしょう?』
 静かな、幻聴。
 そして早紀さんの表情。
 霞む幻覚。
『どうせ……死ぬ子でしょ?』
『………』
 彼女の言葉に、私は耳を疑った。
『どうせ死ぬ子でしょ? 今更会って、何の得があるっての?』
 タバコをくわえ。
 落ち着き払って、言い切る、悦の生みの母親。
 呆然とした、という表現は適切じゃなくなるくらい、私の時間は止まった。
 だって、実の息子でしょう?
 まじまじと、彼女の顔を見つめていたとき。隣に座る律子さんが、立ち上がった。
『………』

  パシ――ン…………

 私が気付くよりも早く、飛び切りの音をたてて、律子さんは早紀さんの頬をひっぱたいていた。
『………』
『………』
『………』
 三人とも、黙り込む。
 何が起きたか判らないような表情の早紀さんは、律子さんの手を見て、徐々に襲ってきたのであろう頬の痛みを感じて、自分に怒った出来事が、ようやく理解できたようだった。
『なにをするのっ!?』
 半ばヒステリーを起こしかねない声で彼女は言った。
『人の家にいきなり来て一体何のつもりなのあなた……』
『黙りなさい』
 びくっと、私の肩も震えた。
 真剣な瞳(め)だった。
 律子さんは、本気で怒っていた。
『あなたは最低なことをしたのよ? 自分のおなかを痛めて産んだ子を捨てたのよ? 自分が何をしたか、あなた本当にわかってるの?!』
 そう、彼女は怒鳴りつけていた。
 ぽかんとしている早紀さんをしばらく見つめた後。
 彼女は今度は私を振り返り、言った。
『こんな人とわかっていたら、あたしは探しに来なかった。帰りましょう遥祈ちゃん。ここにいても時間の無駄だわ。こんな人、頼んだって悦にあわせない』
『………』
 こんなにもはきはきとした律子さんを見るのは、後にも先にもこれが最後だろうと思った。
 私は立ち上がり、玄関へ向かおうとした。
 そして。
 早紀さんは言った。
『……どんなことをしたのか……あたしが一番分かってるわ……』
 無視して帰ろうとする律子さんを引き止めたのは、私だった。
 早紀さんは泣いていた。

 どれほど仲が良くても、どんな関係でも、引き際は肝心。
 それを心得ていなくては、きっとどこかですれ違うだろう。
 知りたくないと言ったら嘘になる。
 でも、空はこんなにも広いのだ。
 一つくらい、悦について私の知らないことがあってもいい。
 いや、なくてはならないのかもしれない。
 彼に言ったとおり、私は親に捨てられたことがないから、今の悦の気持ちはわからない。
 そして、律子さんの気持ちも、早紀さんの気持ちも。
 律子さんは、どんな気持ちだったろうか。
 今まで育ててきた子どもを、横取りされるように感じただろうか。
 ……まさか。それは私だ。悦の心を理解するのは、私だけでありたいと思っている、藤崎遥祈だ。
 それじゃあ早紀さんは……?
 彼女は、何故悦を捨てたのか。
 何故、そうしなければならなかったのか。
 悦と、どんな言葉を交わしたいのだろうか。
 そしてお互いに、何を思っているのだろうか。
 到底、私にはわかるはずがない。
 見当もつかない。
 彼女達は、何を思い、同じ空間にいるのだろうか。
 だけど、知りもしないことを想像するなんて、心配するなんて、頭と時間の無駄なのだ。
 どんなに頑張っても、わたし達が生きてる間に見ることができるのは、この視界に入るものだけ。
 知ることができるのは、聞いたことだけ。
 どんなに望んでも、他人の思っていること、考えていること、見てきたものや経験は、決して手に入れることができない。
 もちろん、時間も、取り戻すことはできない。
 私がこの時間の過ごしてしまえば、事実は一生知らぬまま。
 でも、それは私が知るべきことではないのだし、気にする必要もないことだ。
 悦に関わっているというだけで、律子さんや、早紀さんのプライベートに関わっていいことにはならない。
 ……律子さんはともかくとしても、早紀さんは全くの赤の他人だ。
 だから……。

 雲が流れる。
 呆れるほどに真っ青な空に、くっきりと浮かぶ白い雲。
 どうしてこうも、ばかみたいに晴れの日が続くんだろう。
 少しくらい、雨が降ってくれてもいいのに。
 そうすれば私は、毎日声を殺して泣かなくて済むのに。
 やはりどこかで、この期に及んでも、否定し続けていたい自分がいる。
 別れなんて、ありえない。
 それも永遠の別れなんて。
 ありえない。
 だってそうでしょう?
 苦しすぎるよ、そんなのは。
 あまりにも。

 帰りついた私は、早速パソコンを開く。
 今の気持ちを記さなければ……外に出さなければ、何かに、押しつぶされそうだった。
 怖くて。
 別れというものが怖くて。
 二度と逢えなくなるということが、怖くて。
 今が戻ってこないという事実が怖くて。
 怖くて。
 書き綴ることは、今の私にとって、一つの支えとなっていた。
 正体のわからない不安を、外に放り出すための、唯一の方法。
 書くということは、自分の中の気持ちを整理する……そんな効果もあるのだと、このとき初めて気付いた。

                   十三章

 終わっていく夏。
 過ぎてゆく時間。
 流れゆく雲。
 変わっていく季節。
 消えてゆく、悦の命。

 病院にあるのは、悦の弱ってしまった命だけだった。
 私が毎日訪れるのは、悦の命が完全にきえてしまうのを防ぐため。
 悦が、離れていってしまうのを防ぐため。
 彼の顔を、私の頭に焼き付けるため。
 忘れないために。
 忘れることのないように。
 私には、悦の元へ向かう日が続く。

 そんな私に、律子さんはあるものを手渡した。
 小さな紙切れ。
 そこに書いてあったのは、悦の幼い筆跡。
 『はるきと、けっこんする』
 掃除をしていたら出てきたと言う。
 何故だか涙が止まらなかった。
 悦は、そんなにも昔から私のことを想っていてくれたんだと思うと。
 涙が、ただ止まらなかった。
 悦の病状は好ましくない。
 でも、彼が生きているうちにこれを知ることができたことだけでも、感謝すべきなのだろう。
 過去からの贈り物を見つけてくれた律子さんと、恨んでやまない、時の流れというものに。
 人間はいつか死に逝く。
 悦にもそのときが近付いているのを――。
 私達は、確かに感じていた。



「こればっかりは、……順番だからね……」
 低い、押し殺したような声だった。
 夏の暑さにやられかけ、気分的には参ってもおかしくなかったが、良い事があったので機嫌がいい。
 悦は、私を想っていてくれていた。
 その事実が、私の気持ちを、体を、飛んでいけそうなくらい軽くしていた。
 そんな時、病院の一室から漏れていた声。
 私は思わず足を止め、聞き耳を立てた。
 普段なら素通りするところだが、何故かそのときに限って足を止めた。
 そう、そのときに限って……。
「でも安西さん、安らかな顔をされていたから……」
 誰かが死んだ。
 確信が生まれた。
 すっと、体が固まるのが判る。
「……はい……」
「人一人が亡くなるのって……辛いことよね」
「もう少しで退院だったのに……心不全だなんて……」
 かすれた、声。
 悦の病気は、心臓病。
「あと、少しだったのにね……」
 看護婦さんの、すすり泣き。
 
 すっと、一瞬にして体の血が凍るカンカクだった。
 体の底から、何かが這い上がってくる感じが、判るだろうか。
 なんとも言い知れない恐怖が体を這っているカンジが、わかるだろうか。
 足の裏から、石のように固まっていくのが……。
 私は、細く開いたその部屋のドアの外に、一人。
 たった今聞いた言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
 回っている。


「え〜つ!」
 バン!
 勢いがつきすぎたドアが、軽快とはいいにくい音をたてて開く。
 パソコンを覗く悦の視線は、私へと移される。
 その瞳には、多少の疲れ。
 心の中で、ため息が一つ。
 今日の悦は、なんだか体調が優れないらしい。
 一ヶ月間一緒にいて、彼の変化に敏感になった。
「どう? 調子は」
 それでもこれを訊くのは、ためらわない。
 彼の口から、大丈夫、という言葉を聞けるのを期待しているから。
「まぁまぁ」
 苦笑気味の答え。
 本当に、辛いらしい。
 ふと、さっきの会話が、頭に浮かぶ。
『こればっかりは順番だからね……』
「それより。どうしたんだよ今日は。いつも来るのは午前中なのに……」
「ちょっとね」
 言って、ベッドの脇の椅子に腰掛ける。
 日が沈む、二時間くらい前の空。
 まだ明るいそれは、とても綺麗。
「………」
「なに?」
 じっと私の顔を見つめる悦。
「いや……なんかあったのかなぁと」
「へ?」
「今日の遥祈、やけにテンション低いから」
「………」
 私が悦の変化に気付くようになったように。
 悦もまた、一ヶ月も一緒にいて、私の変化に敏感になっていたらしい。
 少しだけ、嬉しいと感じてしまう。
「そう?」
「うん。何があった?」
『安らかな顔をして……』
「……なにもないよ」
 私は言わない。
 言ってはいけない。

『順番だから……』

「あ、でも、いいことならあったかな」
「なに?」
「聞きたい?」
「うん」
「教えなーい」
 意地悪く笑う。
 何気ない会話。
 これが続くのは、一体あとどのくらいだろうか。
「でさ、お姉ちゃんったらおかしくてさ……」
「うん」
 柔らかな風。
 この町は平和なのに、どうしてこうも、この空間だけには淡い影が差すのだろうか。
「………」
 ふと、立ち込める沈黙。
 そして私は話し始める。
 律子さんにもらった紙切れの事。
 悦は恥ずかしそうに悪態をついた。
「悦がね、あんな小さいころから、私のこと、そういう風に見ててくれてたのが、すごく……」
 上手く言えない。
 照れくさいのと、悲しいのとが一緒になって。
 ずっと私と一緒にいてくれた悦。
 私のことを想ってくれていた悦。
 そんな彼は、もうすぐこの世から……。
「………」
「遥祈?」
「………」
 俯く私。

『もう少しで退院だったのに……心不全だなんて……』
『人一人が亡くなる……』

「……遥祈?」
「悦……」
 顔を上げた私は、どんな表情をしていただろう。
 どんな気持ちが、顔に表れ出ていただろう。
 知る由もない。
「あのね、悦……」
「ん?」
 風が吹く。
 私がここに来た当初に比べれば、ずっとずっと、涼しくなった風。
「私の命、悦にあげるよ」
「………………――――は?」
 紙切れをもらい、病院に来たとき。
 少しだけ、期待したんだ。
 悦は、死なないかもしれない。
 何故かそう、期待したんだ。
 でも。
 ……悦の今の体には叶わない。
「この命、悦にあげるよ」
「………」
 死が、誰にでもおとずれるものだということは、ちゃんと判ってる。
 でもそれが、悦におとずれるのが許せないだけ。
 ただそれが、許せないだけ。
 悦の順番は、もっとずっと先のはずだから。
 どうしても、許せないだけ。
「前に悦、言ったよね。『泣くくらいなら、俺の代わりに死んで』って」
「……あれは……」
「あの時私、頷けなかった……。でも今なら、うんって言える」
「何言って……」
「きいて」
 真っ直ぐに、悦の目を見る。
 喉の奥に、アツイもの。
「私あの時ね、悦がかわいそうだったんじゃない。……自分が、かわいそうだと思ったの」
「…………――」
「好きな人を失くす私は、なんてかわいそうなんだろう、って」
 結局、今まで私の中にあったのは、ただの自己満足でしかなかった。
「同情したのは悦にじゃない。……私によ。私自身に、同情してたのよ」
「……遥祈」
 ずっと、そんな私を想っていてくれた悦。
「でもね。今なら喜んであげるよ、私の命」
 この人を、死なせちゃいけないと思う。
 絶対に、死んでほしくないと思う。
 そばに、いてほしいと思う。
「悦がかわいそうなんじゃない。だからって自己満足でもない。ただ、悦に生きてほしいだけ」
「遥祈」
「だからさ、私喜んで悦に心臓あげるよ」
「遥祈!」
「このいのち、悦にあげるよ」
「遥祈!!」
 どうしようもないことだって、私が、私達が一番よく分かってる。
 御伽話よりもばかばかし過ぎて、笑い話にさえならないことだって、私が一番よく分かってる。
 だから私からは、笑いの代わりに涙がこぼれる。
 悦がベッドから、手を差し伸べ、私に触れる。
 おばあちゃんとの約束、守れなかった。
 今まで精一杯こらえてきたけど。
 守れなかった。
 そっと包まれる。彼の腕に。大切すぎるほど大切な人の腕に。
 悦の胸は、こんなにもあったかい。ちゃんと、鼓動だって感じる。
 なのに……。
 どうして。
 どうして、悦なの?

 あの日、夕立の庭で。
 悦といた、おばあちゃんちの夕立の庭で。
 気付いていたのかもしれない。
 時間は過ぎ行くもので、決して止まることはない。
 人の命も、時間の外に逃れることはできないのだと。
 変えることのできない未来も、この世にはあるのだと。
 どうにもならないことへの怒りと、不安と不満。
 人の命の儚さ。
 時という名の傲慢さ。
 何もできない、無力な自分への悔しさ。不甲斐なさ。
 私は一体、今まで何度それを感じてきたことだろう。
 
 ただ、悦に生きてほしいと切に願う。
 それだけでいい。
 他に何もいらないから。
 かみさま。
 おねがいです。
 私の、たった一つの望みを叶えてください。
 他には、何も望まないから。
 あんなにも小さな頃から私を想い続けてくれた悦に。
 私の命を、心臓を、あげてください。
 そして悦を生きさせて。
 悦の命を救う役目を、私の役目にして。
 お願い神様。おねがいします。


 私から悦を……命よりも大切な人を、奪わないで。

                   十四章(最終章)

 実をいうとこの最終章、悦の目にかかることはなかった。
 彼が見てくれなかったのではなく、見ることができなかったから。
 私達の未来の行方は、どういう形で終わったか、わかってしまうだろうけど、それでも最後まで、読んでほしい。
 そしてさらに言ってしまうと、私はこの章を『登竜門』に送ることを迷っていた。upがいつもより遅れてしまったのには、そういう理由がある。
 終わってしまえば、彼が私の中から消えてしまうような気がして……。
 だがこの物語を完成させ、そしてこれを『登竜門』に送り、一人でも多くの人に読んでもらうことこそが、悦との約束。
 私は悦のために、そして自分自身のために、ここまで読んでくださった貴方の中の……この物語を、完結させようと思う。

                ◇     ◇     ◇

 私の命をあげると、悦に言ってから、一週間ほど先のこと。
 私はそのとき、公園にいた。
 悦が、私が傍にいることを許してくれた公園に。夜の10時頃だったと思う。
 私みたいな学生が、一人で出歩く時間じゃないことは重々承知していた。
 でも何故か、そこに行きたくなったのだ。
 そして一人、ベンチに腰掛け、空を眺めた。
 くすぶる電灯。
 夜空に浮かぶのは三日月。
 その周りだけ、ぼんやりと明るくて。
 生暖かい風が吹く。
 情緒あふれる光景だった。
 そして、彼が現れた。
 彼の声を聞く前、私はものすごい睡魔に襲われたから、もしかすると、それは夢だったかもしれない。
 あるはずのない声に、驚くことさえしなかったのだから。

「遥祈」
 月が、藍色の傘をかぶっているように、夜空にポッカリと浮かんでいる。
 夏虫が、鳴いていた。
「えつ……」
「よう」
 短い挨拶をすると、彼は私の隣に座った。
「あのさ……」
「ん? ……月、綺麗だね」
「……あぁ……」
 その明かりが、薄暗い公園を照らしていた。
 もしかするとその瞬間は、私が悦と過ごした時間の中で、一番綺麗だったかもしれない。
「俺さぁ……」
「ん?」
「今晩あたり、死ぬと思う」
「…………――――え?」
 おもしろくないよ、と、笑いそうになった。
「でさ」
 マジメな声。
 冗談ではないらしい。
「頼みがあんだけど」
「………なに……?」
 私は落ち着いていた。
 これ以上ないほどに。
 自分で、“あれ? 私なんでこんなに落ち着いてるんだろう”とか思うほどに。
「一人で死ぬの嫌だからさ。遥祈、傍にいてくんない?」
「……なに、それ」
「医者は呼ばないで。……最近、発作辛くてさ。……もう、休みたいんだよ。ってか、もう多分……もたないから」
 悦の声が、大切な人の声が、響く。
 静かな夜だった。
 静かな夏の、夜だった。
 悦は、死を告げに来た。
 私に、自分の死を告げにきた。
 最後の願いを、届けに来た。
 その声は、空気を震わせ、そして私の心に、直接根を下ろす。
「遥祈?」
「……わかった……」
「よかった」
 悦が隣で笑うのが判った。
 その瞬間、私の頭にはこの夏の出来事がよみがえった。
 悦の病気を信じられずに、駆け抜けた町。
 彼の名前がかかれている病室に立ったときのあの想い。
 カタカタという悦がパソコンをたたく音。
 『俺の代わりに、死んで』
 声までも、聞こえてくる。
 せみの声。
 おばあちゃん家(ち)の匂い。
 二人でいた病室。
 時間を感じた雨の音。
 思い出の学校。
 波の音。水平線。
 私の命を彼にと願った、悦の病室。
 あぁ、私達の泣き声がきこえる。
 笑い声が聞こえる。
 苦しむ声が聞こえる。
 生きてる声が聞こえる。
 そして、静かになる。
 実際耳に届くのは、夏虫の声。
 そこには、夏の終わりを予感させるものがはいっている。
「俺さ……」
 悦は、口を開く。
 彼の声には、私達の夏を終わらせる気配が混ざっていた。
「遥祈に逢えて、よかったよ」
「………」
 視線を、悦に移す。
「………」
 悦は笑っていた。
 私の頭の中に在り続けた、幼い時の悦の顔と、重なるほどに。

 それは……。
 一ヵ月以上を共に過ごした時間の中で、唯一、悦が、
 ……私に対し、心からの、昔の通りの笑顔をくれた瞬間だった。
 一寸の違いもなく、彼は昔の笑顔を私にくれた。

「悦……」
 横に座る、大好きな人。
 もうすぐ、死んでしまう大切な人。
 見上げる私の顔に、彼の顔が近付く。
「………」
 それが意味することを悟った瞬間には、悦の唇が、私のそれに触れていた。
 黙って、目を閉じる。
 確かに、彼のぬくもりを感じながら。
 生きているという、証を感じながら……。
 私達は、一度きりのキスを交わした。
 周りには、誰一人いない。
 見つめているのは、月だった。
 その夏の、月だった。
 わたし達をずっと見てきた空に浮かぶ、月だった。
 
 それは、私と悦だけの……、瞬間だった。
 それは、私と悦のためだけに用意された、たった一度の……永遠だった。

                ◇     ◇     ◇

 私は、歩いていた。
 この町を。
 悦と共に過ごした、この町を。
 一人きりで。
 悦と二人で歩いた道路。
 悦と二人できた赤とんぼの広場。
 悦と二人で来た猫の家。
 悦と二人で来た家。
 今は、一人で。
 そこに在る、二人の思い出。
 あの瞬間の、私達の会話。
 喋る声。
 優しすぎる、悦の笑顔。
 その光景を忘れないように。
 ずっとずっと、忘れることのないように。
 その年の、この町の風景を、忘れることがないように……。

 お屋敷の前。
 チャイムを押す。
 遠くで、音が響く。
 出てきたおばあちゃん。
「まぁいらっしゃい。どうしたの、今日はチャイムなんて押して」
 言いながら、私に入るように促す。
 でも、私の足は動かない。
「遥祈ちゃん……?」
「おばあちゃん」
 驚くほど、はっきりした声だった。
 暑さは、感じない。
「悦、…………――死んだよ」



 葬儀の日は、やっぱり冗談みたいに晴れ渡っていた。
 秋の気配を漂わせた空気。
 悦の家には、白と黒の幕。
 制服を着た人間、喪服を着た人間。
 多くの人が……本当に多くの人が、集まっていた。
 そして、その中のほとんどの人間が、……ないていた。
 そこにあるのは、涙だった。
 雰囲気なんかに飲まれたそれではなく、……本物の、涙だった。
 紛れもなく、悦の死を悔やみ、哀しみ、そして悼んでいる涙だった。
 私はその涙を見た瞬間、なにか暖かいものに包まれた気がした。
 悦は、愛されていないわけではなかった。
 こんなにも多くの人が、号泣してくれるほどに、愛されていたのだ。
 それに気付かなかった、もしくは気付けなかった悦は、ばかだと思う。
 本物の、ばかだと思う。

 悦。
 あなたは、こんなにも多くの人に想われていたんだよ。
 
 カラリと晴れた空気の中に、暖かい涙がつくる、その雰囲気。
 そして私はその中に、克君の姿を見つけた。
「克君」
 近付くと、彼はハッとしたように私を見た。
 彼の陰に隠れていた、陸ちゃんが顔を出す。
「遥祈ちゃん……」
 とても、気まずそうに顔を見る。
 彼らに対し私は、笑みを浮かべる。
「来てくれてありがと。……って、私が言うのも変だけど」
「ううん……そんなこと……」
「………」
 克君は、何も、
 言わない。
 何も言わず、ギュッと唇を噛み締めるだけ。
「遥祈ちゃん……あの……」
 言いかけて、口をつぐむ。
 その先は、言葉にならなかった。
 くるりと背を向け、去る彼女。
 残った私達は、静かな空間にいた。
「ねぇ」
「……ん?」
 そっと、話しかける。
 悦との時間の多くを、過ごした人に。
 私に、彼が過ごした悦との時間を感じることができればいいのに……。
 ふと、そんなことを思った。
「……私が電話したとき、驚かなかったよね。……なんで?」
 悦が死んだことを告げる電話を、知りうる限りの人に送ろうと思った。
 でもそんなこと、悦はきっと喜ばない。
 だから克君にだけ言ったのに、何故かこんなにも多くの人がいる。
 いや、“何故か”という表現はおかしいか。
 理由は、すでにわかっているのだから。
「やっぱり、って……思ったから……」
「え?」
 綺麗な表情をつくる余裕なんか、心にはなくて。
 感じた疑問を、そのまま顔に出す。
「……。……俺らさ、学校で会ったろ? あの時の、悦、何か妙だなとは思ったんだ。だからさ、遥祈から電話もらったとき、なんとなくそんな気がして……」
「………」
 やっぱり、か。
 私が感じた、言葉の中の意味。
 あれは、気のせいじゃなかったのだ。
「それにさ……」
「ん?」
 律子さんの姿が、人ごみに隠れて見え隠れしている。
「悦のヤツ……、きたんだよ」
「……え……?」
「一昨日の、夜。俺の枕元(ところ)に……」
「………」
 その言葉に、私は自分の耳を疑った。
「それ……何時ごろ?」
「よく覚えてねぇけど……たぶん、12時過ぎ」
「…………」
 あぁ、またこの感じ。
 悦の死をおばあちゃんに告げた日。
 彼女もまた、驚かなかった。
 ただ黙って、寂しげな笑みを作った。
 なぜなら、彼女の枕元(ところ)にも、悦が現れたから。
 やさしい表情で、立っていたという。
「陸のとこにも、来たってさ」
「…………っ」
 寂しそうに笑う克君。
 知らず知らずのうちに、両手が口元へ……。
「悦らしいっつーか、なんつーか」
「…………」
 私は言葉を返せずに、ただ背を向けただけだった。
 我慢など、できるはずがなかった。
 足は、公園へ向かっていた。


 いつもここから見上げる空は青くて。
 なんにも考えることのないだろう自由が、羨ましくて。
 なんども、空になれたら、悦と二人で、あの雲の向こうへ行けたらと思った。
 悦が死んだ日から、あれほど泣いたのに。
 まだ出てくる涙。
 悦らしい、……か。
 お世話になった人たちに、きっと自分で伝えたかったのだろう。
 大好きな人たちに、きっと自分で伝えたかったのだろう。
 そんな悦を想って……涙はこぼれ続ける。
 悦と二人で並んでいたベンチ。
 ここには確かに、彼が存在したというのに。
 今は、もういないのだ。
 もう、いないのだ。
 もうこの世のどこにも、いないのだ。
 いないんだ。


 夏の幻。
 あの夜、私が逢ったのは、夏の幻――彼のいのち――。 
 想うだけで胸が熱くなれた、奇跡のような毎日の途中。
 悦と過ごした時間は、たったの一ヶ月だったけど。
 私は、それまで生きてきた十数年間よりも、重い時間を過ごした。
 大切なあなたと共に、静かな“時”を歩いた。
 忘れないから。
 悦のこと、絶対ぜったい忘れないから。
 ちかづいてくる至福――死――の瞬間は、悦の身体に、私の心に、痛みを伴って、足音を立てた。
 そんな時決まって、……永遠を望んだ。

 どんな日にも、瞳を閉じて、一番に悦を思い出すよ。
 ずっと、手をつないでいたかった。
 ずっと、このベンチに座っていたかった。
 想いながら流す涙は、体中の水分がなくなったとしても、きっと止まることはないだろう。
 これはすべて、私の悦への想いだから。
 なんてかなしい……。
 なんて、かなしいんだろう。
 悦と私だけの時間の終わり。
 木漏れ日が踊る。
 ねぇ悦。
 ゴメンね悦。
 やっぱり、“死”が何なのか……よくわからない。
 あなたがいなくなった今は、ただかなしいだけ。
 時間が経ったら、わかるようになるのかも知れないけれど。
 でもその時はきっと、わかるための部品が足りないはずだから。
 だからやっぱり、人間が死をりかいするなんて、無理なんだと思うよ。
 ……報告できそうもないよ。
 でもね。
 ただそれが、時間と繋がってるってことはわかった。
 こうして泣いている瞬間も、私が一歩死に近付いてることに変わりはないから。
 ただそれが、かなしいってことはわかった。
 言葉では、表現のしようがないくらいに。

 あなたがいなくなった世界も、とてもきれい。
 両手を出す。
 そこにあった、確かな悦の命のぬくもりを、あたたかさを。
 忘れないから。

 きえ逝く幻に、あなたと二人、ならんでいたね。
 夏の終わり。
 陽射しが揺れてる。
 きっとまた、逢えるよね。
 時が過ぎて、その瞬間がきたら。
 また…………、二人でさ。
 いろんなこと、話そう。

 見上げた空は、何もなかったようなかおをしていた。
 存在するのは、あの日と同じ、青い色だけ。
 隣に悦がいた、夏の色だけ。
 あなたの、いのちの色だけ。
 果てしない空のどこかに、悦がいる気がして。
 磯の香りを含んだ風は、あたたかい。
 空から降る日差しも、あたたかい。
 ……悦を感じる。
 彼の最後の笑顔は、きっと私を元気付ける。
 “死”によって開いてしまった、深い傷よりもいつの日にか、
 いとしい気持ちが残るように……。
 私は、夏の終わりの青空を見上げた。
 ただその空を、――悦を、見つめていた。

                   エピローグ

 …………。
 これで、私の物語は終わり。
 悦が死んで、もう半年も経ってしまった。
 こうしてパソコンに向かう今、手元に残ったものは、あの紙切れだけ。
 『はるきと、けっこんする』
 幼い筆跡が、たどたどしく私を見上げている。
 今は、悦と二人過ごした瞬間(とき)は、淡い蜃気楼のように霞んでしか思い出すことができない。
 でも。
 悦の笑顔とか、ちょっとした仕草とか、話す声とか喋り方とか彼のぬくもりとか。
 そんなものは、青空にくっきりと浮かぶ白い雲よりも、はっきりと思い出すことができる。
 彼のいない生活にまだ、慣れることはできない。
 “遠くにいる”のと、“もう逢えない”のとでは、大きな違いがあるということに、初めて気付いた。
 当たり前か。
 “遠くにいる”というのは、“在る(いる)”のだから。
 
 この物語の最初と最後を飾るプロローグとエピローグは、『登竜門』に送るにあたって、私が書き加えたものだ。
 ちなみにもう一つ。
 私の本名は、藤崎遥祈ではなく、高岡遥祈。
 悦の本名が、藤崎悦。
 彼が望んでくれた、『はるきとけっこんする』というのを、H.Pの中でだけでも叶えたかった。
 だから、悦と私の苗字を取り替えた。

 最近になってようやく思うことが出来るのだが、
 果たされた約束の相手とは、また新しい関係があるのかもしれない。
 悦とも、例に洩れることなく。
 それがどんなものになるかは、私にも、悦にも、そして――そんなものがいるならば――神様にも、……きっとわからない。

 
 この世にはもういない彼に、私が書いた彼の物語を捧げる。
 この物語が、悦の目に、“生きた証”と映ることを祈って。

 
 そして最後に。
 悦の物語を読んでくれた方へ。
 悦を感じてくれた方へ。
 この場を借りて、最上級の感謝の意を伝えたい。
 どうか貴方の中に、死んでしまった、私の大切な人が残りますように……。
 夏の幻と化してしまった“悦”が……


 少しでも長く、存在し続けますように……。
2004-03-26 13:32:19公開 / 作者:藤崎
■この作品の著作権は藤崎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

……短い言葉ですが、藤崎にはこれしか言えません。エピローグにも書いてあるように、ただただ悦を感じてくださった方に、感謝するばかりです。
ありがとうございました。


……ごめんなさい、誤字を見つけましたので、修正しておきます。迷惑なUPですみません……。
それから、感想を下さった方々、御礼申し上げます。
この作品に対する感想 - 昇順
描写がすごく良くて、その描写がなんていうんだろ? さわやか? 夏っぽい感じかなぁ。そんな雰囲気を醸し出しているように感じました。描写がへたくそな僕にとっては、すごく憧れの目で読ませていただきました。
2004-03-10 11:39:00【★★★★☆】風
ものすごくいい感じです。まず、「作者が話をつづる前の気持ち」から導入されていたのが新鮮に感じられました。文章表現の一つ一つに目を通していっても、話全体に練り込まれた「夏」のイメージがひしひしと伝わってきます。この調子なら続きもいい物になるのでは?
2004-03-10 13:09:28【★★★★☆】BEDA
読ませていただきました♪プロローグの効果で、この作品にリアリティーが出ていると思いました。続きが気になる作品です☆
2004-03-10 15:12:51【★★★★☆】律
すごいです!すごい素敵なお話です!ものすごくいいと私は思いました!!これは、本当にすごいです。すごいとしか、言い様がありませんっ!「お前の命くれよ」というセリフの重々しさ。それがまたこの作品を強く引き締めています。一見、昔懐かしいのほほんとした物語の中に小さな悲しみがあるように見えるのですが、それが相手の強烈な「生」への執着によって強く輪郭が描かれていると思いました。夏の熱さがさらに加わって、蝉のなく声まで聞こえてきそうです。長く続く、とかいてあるのがとても嬉しく感じました。とても強く惹きつけられる小説だと感じました。どうぞ、長く書いてください。それを私は楽しみにしています。
2004-03-10 20:37:48【★★★★☆】冴渡
・・・言葉が上手く紡げませんが、とにかくすごいです。すっかり引き込まれてしまいました!生きること、それを見守ること。死を迎える者の生への執着、それをただ見守ることしかできない自己の無力さ。全ての想いが心にダイレクトで入り込んできました。是非続きも読ませて頂きます。
2004-03-11 01:56:40【★★★★☆】秋原灯真
流れるような文章ですね、参考になります。すごい、としか言いようがないですね、これは。言葉少なく全てを伝えているようで、簡単に想像出来てしまうので多くの描写を必要としてない感じがします。続きを早く!ではでは
2004-03-11 17:55:41【★★★★☆】rathi
風さま、BEDAさま、律さま、冴渡さま、秋原灯真さま、rathiさま、御感想、ありがとうございます。とにかく続きも読んでください。お願いします。
2004-03-11 21:33:06【☆☆☆☆☆】藤崎
さり気ない描写の裏で心の闇が見え隠れしているように感じました。なかなか絡み合わない二人の心、果たしてどうなることか手に汗握っています。二人の秘密基地の思い出が、彼らの関係にどう影響していくか楽しみです!
2004-03-11 22:11:28【★★★★☆】秋原灯真
出だしで、イキナリ心臓にナイフを突き立てられた様でした。そして其の痛みは続きを読むにつれ、文から匂い立つ様な夏の感触に紛れて鈍い痛みへと変わっていくようでした。描写も上手く、ダイレクトに、間接的に伝わってくる『何か』がありました。最初のテンションに比べると、現在がやや中弛み気味かなと思いましたが、一個の作品である以上仕方ないですね。続き、楽しみです。頑張って下さい!
2004-03-12 14:43:58【★★★★☆】境 裕次郎
描写がしっかり出来ていて、文もまとまっていて、面白かったです。次回も楽しみにしてます!
2004-03-12 19:10:39【★★★★☆】フィッシュ
読んでいくと、すぐにその風景が浮かんできました。。描写もとにかく巧くて、二人のすれ違った気持ちも、読んでいてすごく胸が痛みました。。あと、おばあちゃんがいろいろな例を挙げて話してくれた場面が、私の中ではお気に入りです。。
2004-03-12 21:59:26【★★★★☆】葉瀬 潤
相変わらず文章の構成が綺麗すぎて、読んでいると胸が痛いです。心情の描写も、切り口が丁度いい角度なので嘘臭くなく、抵抗無く受け入れられます。魅せ方が非常に上手いですね。続き、頑張って下さい!
2004-03-13 07:55:01【★★★★☆】境 裕次郎
読ませてもらいました!描写がすごくうまくて文章に無駄がないと思いました。文字を少なくして描写をするっていうことが自分にはできないので、藤崎さんの作品に憧れました!ストーリーも心にくるものがあって引き込まれます。これからの展開が楽しみでしかたありません!
2004-03-13 11:03:09【★★★★☆】神夜
始めまして!すごく話に引き込まれ、感情も、すべて想像しながら見ました!この話で、命の大切さをあらためて思い知らされました!
2004-03-13 14:44:08【★★★★☆】ニラ
読ませていただきました。描写が素晴らしいですね。この話が目の前で繰り広げられているかのように思われます。登場人物の一人一人の気持ちも良く分かって・・・。つい、引き込まれてしまいました。続きが楽しみですv
2004-03-15 13:13:43【★★★★☆】宮沢
『命』
2004-03-15 19:09:23【☆☆☆☆☆】rathi
『命について』ってのがひしひしと伝ってきますね。この量で半分とは・・・、続きがどうなるか楽しみです。ではでは
2004-03-15 19:11:46【★★★★☆】rathi
言葉を遣って表現される藤崎様特有の間の取り方と情景描写に魅せられて止みません。悦くんと私の間で揺れ動く『生死』のラインを微妙な熱で描き抜ける腕も素晴らしいと思います。半分らしいのでまだまだ先が読める、と一安心。続き期待してます。頑張って下さい!
2004-03-15 19:37:36【★★★★☆】境 裕次郎
秋原灯真様、境裕次郎様、フィッシュ様、葉瀬潤さま、神夜様、ニラさま、宮沢様、rathiさま、御感想、感謝いたします。楽しみにしていただいているというのは、何よりも嬉しいです。ちょっと不安になっていましたので……。そしてごめんなさい、まだ続きます……。ですが、懲りずに読んでくだされば幸いです。頑張ります故。
2004-03-15 19:47:39【☆☆☆☆☆】藤崎
死について語るとキリがありませんが、おばあちゃんの辛い過去を読んでいると、「死」を感じた人しか分からない気がします。ゆるやかな時間的流れが、悦くんの心の変化を表しているので、よかったです!
2004-03-16 10:51:14【★★★★☆】葉瀬 潤
深く考えさせられる作品で素敵です
2004-03-16 17:16:17【★★★★☆】風
藤崎様の書かれる作品の『匂い』と『温度』が好きです。作品自体から昇ってくる曖昧な感触。其れは絶対な悲しさでも有り、寛容な切なさでも有る、と思います。上手く表現できませんが。其の僕には無い感性が、無性に羨ましいです。続き、楽しみに待っております。頑張って下さい!
2004-03-17 12:07:17【★★★★☆】境 裕次郎
生と死の感情がとても切ないです。長いのが結構自分にはきついですけど、読んでいるとどんどん話しにのめり込むことが出来ます。次回も頑張ってください!!
2004-03-18 14:37:54【★★★★☆】フィッシュ
はじめまして。とても深い話ですね。冷たい死の中に、暖かい生が存在していて。読み終わって、少し余韻にひたってしまいました。
2004-03-19 23:43:41【★★★★☆】あさぎ
今回UPされた話も、ただひたすら人の温もりが『切ない』。身近な『死』が其れをより一層際立て、読んでいて胸が痛かったです。
2004-03-20 07:16:07【★★★★☆】境 裕次郎
切ない、ですね。読んでいて心がぐっときます。これからこの物語がどうなるのか、本当に気になります。この先どうなるのか、心配するばかりです。
2004-03-21 11:53:33【★★★★☆】神夜
『大切な人が死ぬと分かった時、周りはどう思うか?』、そういったモノがヒシヒシと伝わってきます。過去何度か友人を亡くしているので、共感できる部分が多くて、泣きそうになりました。ではでは
2004-03-21 20:51:56【★★★★☆】rathi
人の生死についてなんか考えてしまいます・・・。
2004-03-21 22:02:29【★★★★☆】籠
悦くんの存在が、ほんとにかけがえのないものになってきました。。いろんな展開がやってきて、すごく切なくなる場面もありました。。続きが楽しみです。。
2004-03-22 11:23:27【★★★★☆】葉瀬 潤
とても楽しく拝見させていただいております。小説の中の「空気」がとても心地よく、なんだか感動します。こういう不思議な何かを出せる藤崎さんがうらやましいです。
2004-03-22 13:21:02【★★★★☆】風
素晴らしい小説を読ませていただきました。じわじわとこみあげてくるものがありました。最後まで楽しみにしております。ありがとうございました!
2004-03-22 14:28:22【★★★★☆】小都翔人
すごくよかったです!何度も読み返しました。「死」をとりまく環境において、その人自身も、周りの人も同じように辛いんですよね。そのなかでどうすることもできずにいる、人間の無力さとか日常の大切さとか本当にたくさんのことを感じることができました!最後までしっかりと読みたいと思いますので、是非とも頑張ってください。
2004-03-22 17:59:48【★★★★☆】白雪苺
余韻を残したエンディングには思わず『うっ』ときました。久しぶりに純粋なノスタルジーを味わえた気がします。前衛的でなくただ普遍に徹している、よりオーソドックスな小説にも関わらず、此処まで人を感動させる事ができるのは物書きとしての『才覚』、藤崎様特有の『ムーヴ』だと思います。……これ以上の批評は余計になってしまうので、全ての想いをptに代えさせて頂きます。本当に素晴らしい作品でした!
2004-03-25 10:38:15【★★★★☆】境 裕次郎
もしかしたら愛の力で完全回復?とも思っていた分やっぱり死んでしまうのは辛いです。でもここは死なせるほうがストーリーとしてしっかりするのでこれはこれでよかったのかもしれませんけど。
2004-03-25 11:22:55【★★★★☆】グリコ
長い間お疲れ様です。この藤崎さんの夏の幻は本当に素晴らしいです。感想を話し出したらたぶん一時間くらいぶっ通しで話せると思うくらい素晴らしい作品でした。今まで付けたことのない10ポイントを、この作品に送りたいです。ぶっちゃけた話、今自分の瞳は結構潤んでます、本当に感動です。
2004-03-25 12:10:11【★★★★☆】神夜
藤崎さん、お疲れさまでした。死にゆく命の儚さを感じ、様々なことを考えてしまいます。感服しました、本当に。ではでは
2004-03-25 16:23:44【★★★★☆】rathi
まとめて読まさせていただきました。胸が痛いです。圧倒的な文章力にただただ感服です!素敵な作品をありがとうございました☆
2004-03-25 22:58:33【★★★★☆】律
二人の最後の時間に、胸が痛みました。小説を読んで涙を流すのは久しぶりで、流れる時間を読んでいるとほんとに感動しました。。素晴らしい作品、ありがとうございました。
2004-03-26 10:40:43【★★★★☆】葉瀬 潤
最高です!! もう言うことなし!!涙を流している自分がここにいる・・・。感動できる小説の中では君の作品が一番だと僕は思いました。素晴らしい小説を本当にありがとう。あー涙止まらない
2004-03-26 15:10:14【★★★★☆】風
言葉でどういえば良いのか分かりません。そして点数をどうつけて良いのか分かりません。(申し訳ない)切なくて良かったです。こんな言い方しか出来ませんが…(汗
2004-03-26 23:31:47【☆☆☆☆☆】道化師
描写がいいですね。自分も参考にしたいと思います。
2004-03-27 22:48:11【★★★★☆】フィッシュ
すごくジーンときました。主人公に感情移入しやすかったです。
2004-04-21 21:19:42【★★★★☆】朱里
計:152点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。