『正統邪気 闇』作者:小川 星来 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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主な登場人物紹介

闇鬼 (くらき)17歳
綺羅火(きらび)17歳
真名志(まなし)21歳
石榴 (ざくろ)23歳
心夜 (しんや)21歳

序章 心優しき少年の最後 闇への目覚め
太陽とは温かく、光り輝いているのだという。
僕は太陽を見たことがない。理由は簡単だ。僕は生まれて記憶がある頃にはこの地下牢に囚われていた。なぜ牢屋に閉じ込められたのかは解らない。他のものは光見えるところで仕事をすることもあるという。しかし僕だけがなぜかいつも暗い洞窟の中で仕事をする。閉じ込められているのもおそらく一番最下層の牢屋だろう。
だから僕は太陽を見たことがないのだ。だから最近まで太陽という言葉すら知らなかった。そう・・・彼女に出会うまでわ。
「闇鬼さん。今日も来ちゃった。」
三年前からひっきりなしに毎日尋ねてくる少女がいる。名は綺羅火。この子もまたこの地下労に住まう囚人なのだろう。僕に話しかける者などいないのに、綺羅火だけは話しかけてくれる。僕の名は闇鬼という。闇に鬼と書くらしい。どこの親がそんな名をつけたかはしらないし、だれかが名を読んでくれることなんてあまりないから、名を呼ぶ綺羅火の声は三年たった今でもくすぐったい。
「いらっしゃい。綺羅火。」
ぼくはいつものように彼女を温かく笑顔で迎えた。しかし、彼女はいつもと違っていた。いつもより綺麗な服を着ていた。巫女の正装の服だ。それより驚いたのは彼女がその纏った服をいきなり脱ぎだした所だ。
「き・・・綺羅火。まて・・・」
僕はあわてて目を閉じた。
「闇鬼さん。あなたも脱いで。はやく・・・」
女の人に服を脱げといわれたのは初めてだった。そんなことはどうでもいい。綺羅火がそんなことを言うことに驚きが隠せない。僕は綺羅火のことが好きだ。だからと言っても順番や心の準備というものがある。
「綺羅火。早まるな・・・」
僕の言葉に綺羅火は頭をかしげた。
「何を言っているの?闇鬼さん?」
そういうと彼女は着ていた服を差し出した。
「明日、神殿の前であなたの公開処刑がきまりました。わたしはあなたが何の罪を犯して公開処刑になるのかはしりません。けれどあなたは生まれて気付いたらここに居たとおっしゃいました。私にはあなたが罪人には思えません。あなたは生きたいですか?」
綺羅火の突然の言葉に僕は胸をなでおろした。僕の処刑が明日・・・・
「それは・・・本当なのか・・・」
「はい。」
綺羅火はこくりとうなずいた。
「僕は殺されるのか・・・」
「はい。」
また綺羅火は頷いた。
「闇鬼さんは心の優しいかただは。知ってもらいたいこと、見てほしいことが沢山ある。たとえば太陽、そしてやわらかい風。緑の溢れる山々。だからこの服を着れば逃亡できます。地図を描きました。そのとおりに行けば城の外へでられます。そうしたら逃げてください。王族の目の届かぬ地へ。」
「けれど、そうすれば綺羅火は・・・」
罪人を助ければ綺羅火は死罪になる。僕のために彼女を死罪には出来ない。
「私は大丈夫。あなたを逃がしたくらいで殺されはしません。」
笑顔と自信に満ちていた。綺羅火は罪人ではないのか・・・。
「お願いです。私のために逃げてください。そして生きてください。」
綺羅火の言葉に僕は戸惑いながらも頷いた。そして綺羅火の服を言われるままに着た。はじめて着る美しい服だった。
「これを・・・」
綺羅火が出したのは小刀だった。赤い宝石が埋め込まれた金細工の刀。
「こんな高価なもの・・・どうしたんだ・・・」
「わたしの物です。差し上げます。どうかこれで身を守ってください。私の変わりにこの刀をお供させてください。そして、いつか私を迎えにきてください。」
綺羅火の身分は高かったのか・・・闇鬼はそう思った。そして
「約束する。必ずや生き延びよう。そうしていつか綺羅火を迎えに来る。僕は綺羅火を愛している。それをどうか忘れないでくれ・・・」
闇鬼はそういうとその牢屋を後にした。綺羅火の服を着たらどこにでも自由に歩けた。また、門番の人が頭も下げる。綺羅火のこの服・・・綺羅火は巫女だったのかな・・・僕はそう思った。綺羅火みたいに優しい子なら巫女の仕事をしているかもしれない。闇鬼はそう思いながら初めて太陽を見た。美しい光景を見た。いままで育った地下を振り返らず、外へ出た。
―待っていろ・・綺羅火。いつか迎えに来るからな・・・−

華々しい服を着た人々が行き交う。その中でもひときわ上質な衣を纏った少年が居る。その少年は地下牢にいる今日処刑になる少年を見にやってきたのだ。彼の名は真名志。この西の国の王の息子であり、次期国王だ。今日処刑される闇鬼という男。ただ一目見たかった。いつもなら絶対にそんな興味はわかないのだが彼は見たかったのだ。鬼との混血の少年を。そう闇鬼が地下牢に入れられた原因は鬼との混血にあった。当然闇鬼は知らない。そして、いま闇鬼の代わりに地下牢にとどまった綺羅火も・・・・
「貴様が闇鬼か。」
真名志は口を開いた。しかし何も言わない。真名志は牢屋を開け、近づいてそして首根っこをつかみ上げた。そして驚く・・・
「綺羅火・・・綺羅火か?」
そう、昨日の夕刻には綺羅火と闇鬼は入れ替わっていたのだ。そして綺羅火はなれない地下の気温に倒れて高い熱を出していた。闇鬼の服を着ていたのもあり、この地下の気温に倒れてしまったのだ。それは綺羅火も思いつかないことだったのだろう。真名志は首根っこを撫で、綺羅火に自分の着ている羽織をかけた。華奢な綺羅火の体に真名志の羽織はずっしりと覆いかぶさった。
「だれか・・・だれかおらぬか・・・」
真名志が叫ぶとそばにいた家来たちがおのずと集まってきた。
「いますぐ、この牢屋にいた男を手配して探し出せ。その男は綺羅火を身代わりに逃走したおそれがある。王族への侮辱は死罪だ。しかも私の最愛の妹、綺羅火に対してのこの仕打ちだ。生かしてはならん。みつけしだい即刻殺せ。あと誰か私の部屋に医者を呼べ。早くだ!いいな。」
真名志は威厳高く叫んだ。
「真名志様。私が綺羅火姫を運びます。」
家来の一人が綺羅火を運ぶと名乗り出た。
「いや、大丈夫だ。綺羅火は私の最愛の妹だ。出来ることはしてやりたいのだよ。気持ちは嬉しいがこの役目は私にやらせてくれ。」
真名志は笑顔で言った。その言葉に家来の者たちが「心優しい兄」だと思ったに違いない。しかし違うのだ。彼の心の中には綺羅火を妹として映したことなどなかったから。彼にとって綺羅火はただ一人の恋人のようなものなのだ。彼は妹である綺羅火を愛していた。
真名志は綺羅火を自室まで運び、あたたかな布団の上に寝かせて綺羅火の頭を撫でながら無事を祈った。数時間後、綺羅火は目を開けた。
「無事か・・・綺羅火・・・」
聞き覚えのある兄の声・・・
「真名志お兄様・・・ここは?」
「私の部屋だ。綺羅火は地下牢に倒れていたのだぞ。どうして地下牢に行ったのだ。」
真名志は怒るように言った。綺羅火にとって真名志はもっとも信頼している兄だった。そして彼女はしらない。真名志の中に自分を妹として以外の愛情があるという事を・・・
「私、3年前からあの牢屋へ行っていました。あの牢屋に居る闇鬼さんが好きでした。だから、毎日話をしにいきました。ごめんなさい・・・私が・・・」
綺羅火が言いかけたとき、
「そんな綺羅火を利用したのか・・・あの男は・・・」
綺羅火を決して悪くは思わない。それはこの兄の思い込み。けれど、彼の中には綺羅火に熱を出させたという男という思いだけが交錯したわけではない。怒りの方向は沢山あった。綺羅火のほほが赤いのは熱のせいだと思いたかった。けれど違う。兄だから、好きな人だからわかるのだ。彼女の言葉の意味が・・・だから・・・聴きたくなかったのだ。真名志の心の中には続きを聞く勇気が足りなかった。しかし、真名志の言葉をさえぎり、綺羅火は真実を話した。
「違います。わたしが彼に生きてほしいと願いました。お願いです。お兄様。彼を自由にしてあげてください。今日行われるはずだった彼の処刑は神に捧げる生贄としてだと伺いました。わたしが彼の代わりに生贄となります。だから、私の命に免じて彼の命をお助けください。」
綺羅火は精一杯だった。罪人の逃亡を手助けすれば死罪。彼女は一つ闇鬼に嘘をついた。死ぬ気だったのだ。彼女は闇鬼を愛していた。だけど結ばれることはないと解っていた。解っていたからこそ彼女は自分の我侭を通そうとしたのだ。綺羅火には女としての使命が会った。姫という立場上政略結婚は諦めていた。けれど、結婚相手はもっとも嫌いな南の国の王が相手となった。それが先月の頭・・・
「綺羅火。」
真名志はそう言うと綺羅火を強く抱きしめた。
「いいか。その話はこの兄にだけしか言ってはならない。お前は闇鬼にはめられ、逃亡のときに利用された。それでいいな。」
そう言うと
「石榴!!早くここへ・・・」
言うとすぐにきた青年。真名志と同じ羽織を着ていた。
「綺羅火、おまえはこれから1週間、罰として外出禁止だ。部屋から一歩も出てはならない。石榴。おまえは綺羅火の見張りだ。よいか、綺羅火の神術に勝てるのはおそらくお前くらいのもの。絶対に綺羅火を部屋から出すな。運べ。」
熱が出ている綺羅火を石榴は抱え上げた。
真名志の心の中がどんどん複雑になっていく。そして、その複雑な念は闇鬼に向けられた。彼はなんとしても綺羅火を殺したくなかった。だから彼は自分の思いどおりにこの事件をでっちあげた。
―罪人、闇鬼は王家綺羅火を身代わりに逃亡。綺羅火の記憶を操り、うその証言をとなえさせ、王家を滅ぼそうとしているー
・・・・と。真名志の中で闇鬼は妹を奪う敵だった。だれよりも綺羅火の幸せを願っている彼だからこそ闇鬼だけは認められなかったのだ。彼は鬼だから・・・

十八の年月巡りし時、炎が生まれる・・・蒼き炎と紅き炎。
山の茂みに洞窟がある。昔、銅の採掘がされていた洞窟らしい。綺羅火に自由を貰ってからもう3ヶ月がたつ。逃亡生活も落ち着き、そしてこの洞窟にも住み慣れた。気付いた頃から地下に居た彼にとって洞窟の暗闇を恐いとは思わなかった。まえと違い、狭い部屋に隔離されていない。自由がある。
ただ気がかりだった。いつも心の中には綺羅火が居た。どうしても心から離れない。闇鬼は願っていた。
―綺羅火に会いたい・・・−

そのころ綺羅火は神殿に居た。正直に話した自分は処刑にならない。しかも闇鬼が悪者扱いされ、自分には慰めの声がかかる。多くの兄から見舞いにと宝石、お菓子、花などが毎日のように贈られてきた。私はそんな物に目を向ける気にならなかった。私はいつも温かい部屋で、綺麗な服を着て、兄や父に愛され、庇われ、国の民衆からも愛され本当に幸せだった。でも・・・やりたいことを出来ない。
闇鬼さんには自由が無かった。太陽を見るという、大地を歩くという自由。
私にも自由が無い。姫という立場という束縛。王族という束縛。巫女という束縛。
そして・・・
「綺羅火姫様。お客様でございます。」
綺羅火つきの家来。奈菜が言った。綺羅火はこの日が来ないことを毎日祈っていた。
「南の国より心夜さまがおつきになりました。真名志殿が姫様を探しております。」
南の国王、心夜。わたしを正室として迎え入れようという男。南の国は強大な国だと兄から聞いた。そして南の国から果たし状が送られてきたという。西の国は一回目の戦争の時、一番南の村を占領されてしまった。その村に住んでいたものは皆、南の国に強制連行され奴隷にされたと兄に聞いた。いまの西の国の武力では確実に戦争に勝てないのだという。そして南の国王は父にこう言ったらしい。
―正室として綺羅火を南の国へ嫁がすのなら、西の国へは侵攻しないと・・・−
父は私に言った。女である以上、王の正室として迎えられるなら幸せだろうと・・・その日、父の命令で私は嫌いな人との結婚が決まった。そして、今日心夜は私を迎えに来ると言ったのだ。嫌いな人に頭を下げ、横で微笑み、寝取られる。考えただけでも悪寒が走る。けれど逃げることは出来ないのだ。私は姫だから。国を守らなきゃいけないから。
「真名志お兄様に会いたい。心夜様より先に・・・・」
そういった綺羅火を奈菜は真名志の元へ連れて行った。真名志は綺羅火を抱きとめた。真名志の心は複雑なままだった。真名志も心夜は嫌いだった。そのためこの結婚に最後まで反対し、延期を申し出てくれたのだ。しかし、綺羅火が闇鬼を好きだといった日から真名志は心夜との結婚を早めようとした。兄としての本能かもしれない。なんとしても闇鬼にだけは渡せなかったのだろう。
「真名志お兄様。どうしてもお兄様と先にお話がしたくて・・・」
綺羅火はそう言うと真名志に抱きよった。真名志にはその抱きよった綺羅火がたまらなく可愛らしくみえた。
「どうした・・・まだ受け止められないのか・・・」
真名志は少しだけ自分に後悔していた。無理やり嫌がる結婚を早めたのは自分。それが解っていたからかもしれない。
「はい・・・。」
綺羅火はそう言うとさらに真名志に強く抱きよった。
「お兄様。綺羅火は家族の中で、いえ出会った人の中でお兄様を一番尊敬して愛しています。だから、お兄様には本当の気持ちを伝えようと思います。聞いてもらえますか?」
綺羅火の切ない表情に真名志は心を打った。その顔を見て愛しいという感情が爆発してしまったのかもしれない。どうしようもないくらいの思いがこみ上げてきた。だから真名志はすぐに深くこくりと頷いた。
「私は、この国を背負うような重責を果たせません。綺羅火は、自分勝手な悪いお姫様です。綺羅火はお嫁に行ったと、綺羅火は死んだと思って皆様諦めてください。わたしは国より、お父様より、お母様より、お兄様より愛する人が出来てしまった。その人に会いたくてもうこの心を止めることが出来ないのです。ごめんなさい。そして、綺羅火を裏切り者と罵ってください。さようなら・・・・」
綺羅火の周りが白く光る。真名志にはその光が何か解った。綺羅火は神宝珠を扱える巫女だ。この国で神宝珠が扱えるものはほとんどいない。そして、白の神宝珠は綺羅火の宝珠の色だ。白の宝珠の司るものは白き風の妖精。真名志には綺羅火のすることが解った。しかし一度発動した宝珠の力をとめることが出来るのは扱っている本人のみ。綺羅火にその意思が無いことは明確だった。そして綺羅火は呪文を詠唱し始めた。
「白き光・・・風の妖精・・・汝の力を持ちてわが前の地を変えよ・・・我の思う元へ」
詠唱が終わるとより一層輝きを増した。
「綺羅火。いつでも帰れるようにする。お前はさらわれたのだ。兄はいつでもお前を待っている。そして探し出す。」
兄はというのが切なかった。「俺は」と言いたかった。綺羅火はハッキリと愛していると言った。しかし自分の「愛している」と綺羅火の「愛している」は違う。違うのだ。それがハッキリと解るのだ。綺羅火にうらまれてもいい・・・それでも彼は心の中で嫉妬という念を抱かずには居られなかった。綺羅火は目の前から消えた。しかし。彼の中から綺羅火に対する思いは消えたわけではない。嫉妬という炎はより一層強くなった。もう真名志の中で闇鬼は、殺したい者でしかなくなっていた。真名志は理性を失いかけていた。目の前から消えた最愛の綺羅火への思いで・・・
その足取りで向かったのは王のもとだった。そして真名志はこう言った。
「闇鬼のものと思われる強大な黒い魔力が綺羅火を包み込み、その闇に飲まれて綺羅火は居なくなりました。気配は鬼の気配でした。どうぞ・・・私に命じてください。父上。綺羅火奪還の命をどうぞ・・・私に・・・・」
真名志の思いは決まった。

南の国王、心夜は無論強い怒りに満ちた。そして・・・彼もまた決めた。
彼が綺羅火を妻に望んだのには分けがあった。綺羅火とは年も離れている。彼にしてみれば綺羅火など子供に過ぎない。しかし、そんな綺羅火を愛したのには分けがあった。
まだ昔、父が生きていた頃心夜は王子という立場にありながら、後継者という立場を持ちながら父親の奴隷のような生き方をさせられていた。南の国には身分制度がハッキリとしていた。そして正妻の子だから王になれるというわけではなく、王になる後継者は占いで決められた。心夜の母は美しい歌姫だったという。当然平民の女が王である父に見初められたった一度慰めのような存在としてレイプ同様に犯され、できた子供が心夜だ。王家の中では身分の低く、母に似た女らしい容姿で父に犬のように育てられた。王族のほかの者からも汚いと言われた。犯された母は自分を見るとレイプを思い出して殴る。
そんな少年時代に自分を綺麗だと、言ってくれたのが綺羅火だった。
たった一言が心夜の心を動かしたのだ。その後、彼は綺羅火につりあうようにと強くなろうと勉学に励み、父を暗殺した。はじめて殺した人が父親だったのだ。心夜は愛されない自分に悲しみ、たった一度愛してくれた綺羅火を守りたかった。
「南の国は全力を持って闇鬼を打つ。綺羅火を守れなかった西の国も同様に・・・よいか三ヶ月以内に綺羅火を取り返せなかったら西の国に戦闘をしかける。」
心夜の心のうちもまた切なかった。

光が目の前にある。いきなり現れた神々しい光に僕は目を奪われた。そして光の中から今生まれたかのように女の子が現れた。そして倒れた。僕は目を疑った。綺羅火だった。間違えるはずも無い。愛する綺羅火だった。しかし倒れている。闇鬼は急いで一枚しかない布団を敷いて綺羅火を寝かせた。火をおこしてあたりを温めた。綺羅火の使った自分を転送する術はかなりの体力を要する。綺羅火は体力の限界の中倒れてしまったのだ。
綺羅火が目を覚ましたのは二日後だった。
「やっと起きたね。綺羅火。」
闇鬼の暖かな声に綺羅火はほっとした。けれど思うように体を起こすことが出来なかった。
「いいよ、まで寝ていて。」

闇鬼はそう言いずれた布団をかけなおした。そして綺羅火の頭に手を当てて撫でた。
「綺羅火・・・会いたかったよ。お礼も言いたかったし。」
「いいの・・・無事でよかった。あなたの死の知らせが都にはまだ届いていなかったから。きっと会えると思ったの。わたしも逃亡してきちゃった。」
綺羅火は笑顔で言った。
「綺羅火もあのあと罪人になってしまったのか。」
闇鬼は心配だったことを聞いた。
「いいえ。逆よ。兄があなたを悪者にしてしまって。私を身代わりに逃亡したって。だからあなたは悪くないのに都で悪者扱いされてしまっているの。ごめんなさい。」
「いいよ。どうせもう見つかったら死刑だから。綺羅火が助かるためならそれでいい。」
闇鬼は笑顔を絶やさなかった。
「綺羅火にはお兄さんが居たのだね。どんな人?」
「兄は王位継承権を持ちながらも自分勝手にはならない。民のことを考えそして誰よりも強い。とても立派な人よ・・・」
綺羅火の言葉。お兄さんをとても好きだという気持ちが伝わってくる。しかし・・・
「王位継承権・・・」
闇鬼の心の中にその言葉が引っかかり、ようやく綺羅火が何者なのかわかった。それなら説明がつく。綺羅火が自分を逃がしても死なない理由。
「綺羅火は・・・王族なのか・・・」
綺羅火はコクリト頷いた。
「はい・・・隠していてごめんなさい。私は西の国王正室第二子、国王第十九子。西の国の兄弟の中では末子になります。」
「正室の姫・・・綺羅火・・・こんなところに居てもいいのか。」
闇鬼の言葉は当たり前の言葉だった。王族の正室のお姫様といえば世間にもほとんど出てこない蚊帳の中の人だ。それがこんな洞窟、都から離れた場所に居ていいはずが無い。しかし。綺羅火は笑顔で
「家出です。どきどきします。」
といった。彼女はハッキリとお姫様にあってはならない事実を突きつけた。
「家出?いいのか・・・」
当然の答えだった。闇鬼は牢屋の中で育ち父母の顔を知らないがいちおう道徳はわきまえているらしい。
「いいのです。私は国より、何より、貴方を選んだ。あなたが好きだから傍にいたいから。迷惑ですか?」
綺羅火は子犬のような瞳で闇鬼に言った。闇鬼は嬉しかった。しかし、心中は複雑だった。このまま自分が綺羅火を独占していいものか悩んだのだ。牢の中に居たとき、女性はいたが綺羅火ほど美しい女性を見たことが無かった。そして牢の中でも知っていた。王族をうらむものが多い中、誰一人として姫様という存在を悪く言ったものは居ないのだ。それどころか罪人は姫様と慕っていた。闇鬼はそれを知っている。そして・・・解っていた。
自分はこの先どんなことをしても綺羅火に対して幸せにする自信が無かった。綺羅火は王宮で育ち、王宮こそが彼女の居る場所だと思った。
「気持ちは嬉しいよ。」
闇鬼にはそういうことしか出来なかった。今彼の中で恋の歯車が狂いだした。綺羅火を罪人だと思った最初、自分が守りたいと思った。
そして、次は綺羅火を巫女だと思い守られたことを感謝した。綺羅火を迎え入れ、ささやかな生活をしたいと今まで思っていた。しかし、王族・・その身分は闇鬼には大きすぎた。見つかれば死罪決定の不安定な立場の自分が綺羅火を今までの生活より幸せにしてやる自信なんてなかった。素直に受け入れられないのだ。
「でも、綺羅火は帰ったほうがいいよ。きっとみんな綺羅火を心配している。」
闇鬼は綺羅火の目を見ないようにしていった。いま目を見たら決意が揺らいでしまいそうだったから。しかし、綺羅火は真剣だった。一人で城の外に出たのは初めてだった。
「私は闇鬼さんと一緒に入れればいいの。それ以上は望まないから・・・傍にいさせて。城には帰りたくないの。城に帰れば大嫌いな婚約者との婚儀が成立してしまう。わたし結婚式から逃げたの・・・」
闇鬼はびっくりした。
「綺羅火・・いいのか。綺羅火の結婚って国がらみじゃないのか。相手は・・・?」
闇鬼の大声に戸惑いながら・・・
「南の国王、心夜様。」
「位は?」
「正室・・・」
闇鬼はため息をついた。綺羅火の婚約者は王。しかも彼女を最高の身分正室で受け入れるというのだ。
しかし、闇鬼にはそれ以上何もいえなかった。好きなのだ。綺羅火を・・・
「解った。気が済むまで一緒に居よう。」
闇鬼の言葉に綺羅火は微笑んだ。だが綺羅火の知らない闇鬼の決意がここにはあった。そして・・・それが優しかった闇鬼の最後だった。

次の日・・・
二人は服や生活用品の調達のため村にきた。綺羅火はそのとき始めてみる貧富の差に驚きを隠せなかった。家とおぼしきぼろぼろの建物。それはただ壁があり、土の上に布を敷いただけというつくりだった。食べ物をろくに食べていないのかお腹には骨が浮き出ていた。それは闇鬼も同じことだった。きたない、黒ずんだ着物を着ていた。あたりからは異臭がする。綺羅火は思い切って村の人に話しかけてみた。
「この村はどうなっているのですか?」
女の人は力なく答えた。
「あんた、見たところ良いところのお嬢様だね。」
綺羅火を地主の娘かなんかだと思ったのかもしれない。気まぐれにお散歩している世間知らずのお嬢様だと。
「みたら解るだろう。働いても税だといって王宮に吸い上げられていく。男どもはみな、徴兵され生きて帰っても怪我をして、働けるものは少ない。」
綺羅火も先日戦が合ったのは知っている。西の国は敗戦し、南の国に村を一つと民を奴隷として奪われた。しかし、この現実は知らなかった。自分は食べるものになど困ったことはなかった。
「あの・・・よろしければこれを・・・」
綺羅火が差し出したのは金細工の竜の刻みの首飾りだった。
「これを売ってご飯を召し上がってください。私の知らないところでこのように苦しんでいる方がいるとは知りませんでした。本当に申し訳ございません。」
女は綺羅火が差し出した金細工の首飾りを見るなり血相変えたように走っていった。
「綺羅火ははじめて見るのだな。」
闇鬼の言葉に頷いた。
「どこの村もこんなものだよ。今、作っている新しい神殿だって各村から人を出しているらしい。無償で王族に尽くせとの命令だよ。役人には私服を肥やしているものもいる。その結果がこれだ。」
綺羅火は悲しみを隠すことが出来なかった。
「私は知らなかったとはいえ、いまこれを見たら自分がとっても恥ずかしい・・・」
「これから少しずつ知り、考えてほしい。そうすれば綺羅火もきった良いお姫様になれるよ。」
そう言うと闇鬼は今日の宿を見つけ荷物を置いた。
「一部屋で良いかな?お金をあまり使えないから。僕は床で寝るから。」
そういいながら闇鬼は一部屋借りた。
綺羅火は買い物に行った闇鬼を部屋で待っていた。まだ体調が良好でない綺羅火は熱を出してしまったのだ。彼女は闇鬼の心配だという言葉に待機を決めた。しかし、闇鬼が居ないのをいいことに宿の主人と村人数人が入ってきた。綺羅火には見たことがある顔が合った。
「先ほどの女の方ですね?」
そういうと女は
「この首飾り・・・王族の文章だよな?」
男言葉のような言葉で話した。
「え・・・」
綺羅火は言葉につまり頷いた。すると男が数人綺羅火の周りに来た。
「俺の愛した女はお前の兄や仲間に犯されて自殺した。」
「俺の親父は剣の切れ味を試すためといわれ、王族のやつに切られた。」
口々に恨み言を吐いた。そして綺羅火に詰め寄った。ひとりの男は綺羅火をおもいきり殴りつけた。綺羅火は何もいえなかった。熱があり体がだるかったのもある。しかし、彼女は抵抗できなかったのだ。綺羅火は考えた。そして抵抗しないと決めたのだ。ほんの一瞬で・・・自分を殴ることでこの人たちの気がすむならと受け止めてしまったのだ。服を破られ水をかけられ強姦される。綺羅火はそのひどい対応も受け入れてしまったのだ。
闇鬼が戻ったときにはもう綺羅火はぼろぼろで、何人もの男によってたかって犯され、殴られた姿が目に映った。綺羅火と共に居ることで闇鬼も綺羅火の仲間だと思われたのだろう。怒りの矛先が闇鬼のも向いた。闇鬼の怒りは頂点に達していた。
闇鬼は綺羅火が支えだった。命すら彼女に守られた。しかし自分がほんのひと時目を離したため綺羅火は見るも無残な姿をさらすことになった。闇鬼の心の中で声がした

我を・・・解放せよ・・・

それは、彼の鬼としてのカケラ・・・
怒り狂った彼は豹変してしまった。彼の両手から炎が生まれた。それは鬼火・・・鬼火は綺羅火を囲う男たちを一瞬で焼き殺した。そして綺羅火の周りに居たすべてのものを包み込み絶望の叫びを浴びせた。闇鬼にはもう理性が無かった。そのまま綺羅火に駆け寄り唇を奪った。自分が焦がれても出来なかったことを目の前でしかも無理やりやられたのだ。闇鬼は気付いた・・・もう一人の自分の存在に・・・そして悟ってしまった・・・

気を失った綺羅火に残した一枚の手紙
「綺羅火へ
僕の名前の意味解りました。綺羅火、僕は鬼火を発しました。心に鬼が居ます。
僕はいつか綺羅火を手放せなくなってしまうときが来る。
今日、村人に囲われている君を見て確信しました。
僕は君を愛しすぎているから傍にいられない・・・
どうか僕から逃げてください。
僕の傍に居ることでまた同じ思いをさせてしまうかもしれない。
僕は君を愛しすぎるくらい愛している。
その思いはもう一人の僕を暴走させてしまう。
どうか幸せに・・・。」

それは・・・闇鬼という少年の最後を意味した・・・
目覚めたのは鬼・・・世界を変える鬼の目覚め・・・・・・・・・・

「君なら僕の代わりに綺羅火を守ってやれるか」
2004-03-09 19:16:19公開 / 作者:小川 星来
■この作品の著作権は小川 星来さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
この物語は主人公が二人います。
闇鬼と綺羅火です。
闇鬼は鬼と人間のハーフという役どころですね。
綺羅火は西の国のお姫様です。

シリアスな戦いものですね。
戦う理由がほとんど「愛」をかけたものになっています。残忍な人も残忍なだけではないということを理解しながら読んでほしいです。
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