『王子様とワタシ』作者:卯月 弥生 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「良いよねぇ、波は」
「何が?」
 紅洋 奈那子(くようななこ)が呟くと、綾沢波(あやざわなみ)が前の席から身を乗り出して奈那子の方を見た。
「何って、彼氏よ、カ・レ・シ」
奈那子に彼氏がいないのを知ってとぼける気なのか、波が平然と聞いてきたので一部分を強調して言った。
「彼氏って、そりゃ付合ってるけどさ、奈那子もてるジャン。選り取り緑でしょ」
波が言うと「解ってない!」と奈那子は激しく突っかかってきた(何が解ってないなのかこっちが解らない)。奈那子は溜息を吐くと、机に頬杖をつきながら話し始めた。
「なみぃ、私は確かに付合いたいけど目的はそれじゃないのよ」
あんたなら解ってくれると思ったのになぁ と言ってまた溜息を吐いた(この時少しばかりムッとした)。
「じゃあなんなのよ」
「だからねぇ、私は」
奈那子は焦らす様に一息ついてから言った。
「恋をしたいのよ!」
「……は?」

「…お前馬鹿?」
 いつから其処に居たのか、奈那子と波が顔を上げると机の横に董壱(とういち)が立って見下ろしていた。急に現れた事に少し驚きながらも、先ほど言われた聞き捨てならない言葉に奈那子が声を荒げた。
「馬鹿って何よ!恋をしたいってのは乙女の願望でしょー!?」
奈那子の言葉に董壱は「けっ」と答えた。そして奈那子の事を頭の天辺からつま先までじろじろと見つめた後
「乙女ってのはもっとしおらしいんじゃねぇのか?って言うかお前は俺から見れば女でもなんでもねぇし」
禁句と言っても過言ではない言葉をその口から吐き出した(禁句と言うか、一方的に罵っているだけなのだが)。案の定、奈那子はその言葉にひどく腹を立てたようで「董壱の馬鹿―、アホー、彼女いない暦十七年―、ナルシストー!」とクラス中に響くような大声で叫んで(罵って)いた。



「だからさ、私はこう、何て言うか、素適な恋愛?みたいなのをしてみたいの!」
董壱との悶着はひと段落済んだ様で、奈那子はまた波に向かって自分の願いを語り出した(なんでこうこの子は妙な所で乙女なんだろう)。
「奈那子の気持ちは解らないでもないけどさ、今時それはちょっと無理なんじゃない?」
「てか普通に無理だろ」
まだ居たのか、なぜか董壱も波と共に話しに興じている。波はまた怒らせる事を言っている彼を一瞥し、奈那子に視線を泳がせた。奈那子はまた敵意に満ちた瞳で董壱を見ていたが、無駄な体力を使わないようにしているのか今回は大声を上げて罵ると言う行動には出なかった。
「董壱は黙ってなさい。波、別に無理なんてことないよ。そもそも波が大恋愛をして今の彼氏と付合ってんだから。だから私もそういう恋がしたいって言ってるの」
奈那子の言い分も確かだ と波は思った。しかし自分のが大恋愛と言えるのかは怪しいところだ(そもそもあれは恋愛と言うよりはめられたと言うのに近い)。
まぁそれでも。親友である奈那子が瞳を輝かせて自分の夢を語っているから、波は「そうだね」と相槌を打つのに返事を留めた。

* * *

「大丈夫ですか?」

この子はきっと王子様だ。



 学校からの帰り道、途中まで一緒だった波に別れを告げて一人商店街を歩いていた。この商店街はこの町で一番華やかで、唯一の観光地と言っても良い。「あ、これ可愛い!」「あー新刊出たんだー。今度買おー」と店の商品の感想を述べながら家に向かって歩いていた(独り言を言いながら歩いているところは我ながら怪しいと思う)。しばらく行くと歩道橋が見えてきた。実のところこの歩道橋を使うのには凄く抵抗があるのだが(だって15年以上使っててサビだらけ!サビ臭いし風が吹くとガタガタ揺れるし大嫌い!)、これを使わずに家に帰ろうとするとかなり遠回りになってしまうので仕方なく諦めて今日も一歩目を踏み出した。

ここまでは良かった。

前方からこちらに駆けて来る男の子が来るまでは。
 まぁ、足元を見ていて反応が遅れた自分も悪いのだけれど。
只でさえボロい歩道橋をどたどたと走ってくる振動に気づき、誰が走っているんだろうと思って顔を上げたときには私の肩が男の子とぶつかっていた。悪い事にその時私は10歩目を踏み出そうとしていたところで、右足が階段に触れる前に前方から強く押されて―――つまり、落ちると言う事で。
ああ、落ちる。このクソガキ、怪我したら如何してくれるんだ。あ、そう言えば鞄の中にMD入ってたんだっけ壊れないかなぁ、あと波に借りたゲームソフトも入ってたんだっけ壊れたらやばいなぁ、ああそうか鞄を前で持ってれば良いんだなんで気づかなかったんだろー…   頭の中を一瞬でこれらの事が駆け巡っていった。


そして、そのまま世界は暗転した。


どさっ
「っだぁ!」
我ながらどうかと思う悲鳴を上げながら(こういう時に「きゃっ」とか可愛い悲鳴を上げる事が出きる人が居たら見てみたい)お尻から落下した。男の子はぶつかった事にも気づかなかった様で、既に10メートルほど後方を走っていた(助けろよ)。
「ああもう!」
一発殴ってやろうかと思ったがいくらなんでもそれはヤバイので軽く説教するぐらいで済ませてやろうと寛大にも思いなおし、鞄を取って立ちあがった。
「…」
鞄が軽くなっていた。足元を見ると、さっきまで自分の鞄の中に入っていたと思われる教科書・ノート・漫画達が散らばっていた。本当に今日はついてない。さっさと拾って帰ろう。
「あの、大丈夫ですか?」
聞き覚えのない声と共に視界に映っていた教科書その他の類が何者かの手によってかき集められた。こんな展開は予想していなかったので「あ」と言うまったく意味をなさない言葉を発してから慌てて自分も教科書達を拾い集めた。

「あ、ありがと」
一応お礼を言った。そこではじめて顔を上げると以外にも拾うのを手伝ってくれたのは自分の学校と同じ制服を着た男の子だった(しかもイケメン!)。私と同じか少し小さいぐらいの身長で、はにかんだような笑みを浮かべながら教科書を差し出してくれた。
「いえ、あの、本当に大丈夫ですか?」
「あ、うん大丈夫。全然平気だから」
心底心配しているような顔をして聞いてきたので、慌てて答えた。男の子は「そうですか」と安心した様に笑うと肩にかけている鞄を持ち直した。
「じゃ、僕はこれで」
一言言い残して男の子は歩道橋と反対の場所へ歩き出した。

この子はきっと王子様だ!

実を言うと尻餅をついたお尻がまだ痛かったのだけれど、全部吹っ飛んだ。あんな子が自分の彼氏だったら良いのに!いったい如何いう子なんだろう。
制服の名札の色が青だったから…おそらく1年生だろう。名前も見たから覚えている。

   江嶋 潤一(えじまじゅんいち)
……ん?江嶋?   江嶋。エジマ。えじま……


「ああ!!」

* * *

今日は部活の朝練習が無かったので何時もより30分ほど多く寝る事が出来た。何時もより多く寝る事が出来たばかりか朝練習でへとへとに疲れ果てる事も無い(朝練習と言うよりこき使われて来ると言う方が合っている気がする)。そのせいか今日はいつもより少し浮き足立った気分だった。
「おはよー。董壱。奈那子はまだ来てないの?」
「はよ。まだ来てねーよ。寝坊でもしてんじゃねーのか?」
波と奈那子とは部活仲間だ。クラスが同じなので必然と話したりする回数が多い。女子の友達では一番中が良い(?)と思う。…先日の様にたまに乱闘になるが。
波とは割と仲良くやっている。奈那子とは根本的に感覚が違うらしく、どうも気が合わないというか、喧嘩をしている回数の方が多いと思う。見た目では髪の短い波の方が気が強そうに見えるし(いや実際強いのだけれど)、髪が長くて雰囲気が女の子っぽい奈那子は無口な感じだ。始めて合った時はその見た目と中身のギャップに驚くばかりだった。
まぁ、今は仲良くやっているから問題無いだろう。



だだだだだだだだだ…
がらららら   ぴしゃん!

「あ?」
廊下を走ってくる音がしたかと思うと、勢い良く教室のドアが開き反対側にぶつかって盛大な音を立てた。音に反応してドアの方を見ると、いかにも『全速力で走ってきた』ような風貌をしている奈那子が居た。
肩で息をしている状態でドアの縁にもたれかかり、髪の毛が大変な事になっている(確か、以前30分かけてセットしていると言っていた気がする)。
奈那子はある程度息を整えると、いきなり董壱の方を見た。…否、睨みつけた。
「董壱ぃ…!」
「な、何だよ」
唸る様に奈那子は董壱の名を口にすると、どすどすと音がしそうな足取りで董壱の方へと歩いてきた。
「一つ、聞きたい事が、有るんだけど」
まだ息が完全に整っていないらしく、所々で区切りながら紅洋は言った。
「…だから何だよ」


「あんたの、名字、何だったっけ?」


「…………紅洋、ついに耄碌したのか?」
質問を質問で返してみた。何時もならこの時点で奈那子の華麗なるアッパーが飛んでくるはずだった。が、奈那子の目は真剣なままで、董壱を見ていた。
「あたしは真剣に言ってんの」
あまりにも真剣な目をしていたので、董壱は渋々といった感じで答えた。

「……江嶋、だろ」
自分の名字がどうかしたとでも言うのか、董壱は奈那子が何を言わんとしているのかさっぱり解らなかった。
董壱が答えると奈那子は少し俯き、再び顔を上げて言った。
「…もう一つ、あんたの家族構成は?」
「……親父とお袋、俺と弟。それがどうかしたのかよ?」
お前マジでおかしいぞ? 傍らで傍観者と化していた波も奈那子の頭が心配になってきていた。
「董壱…」
「な、何だよ」
ゆらり と奈那子は顔を上げると、董壱を見つめ


「あんたの弟頂戴」

……………………… …………………

「…は?」
「奈那子、言ってる事が理解できないんだけど?」
「理解できないも何も、そのままの意味。董壱、弟頂戴」
弟と言うのはつまりアレだろうか?『一人っ子で兄弟がいなくてつまらないから弟を寄越せ』と、つまりそう言う意味なのだろうか。…奈那子ならこう言われても違和感が無い。

「違う!董壱の弟!江嶋潤一君!あの子頂戴!」
「だから、理由!どーしてかって聞いてんだよ。ってかお前なんで潤一の名前知ってんだよ」
「んなことどーでも良いから潤一君ちょうだいぃ〜」
「奈那子落ち着いて!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ奈那子を波が後ろから取り押さえる。…本当に頭がイカレてしまったんだろうか。とりあえず、波は奈那子を席に座らせた。
「いきなり言ったってわかんないでしょ。1からちゃんと話しな」
波はそう言いながらぽんぽんと奈那子の頭を軽く叩いた。まるで妹をなだめている姉の様だが、実際は奈那子の方が波よりもずっと背が高いので、なんとも不思議な感じだ。



奈那子の話しを要約するとこうだ。
「つまりお前は昨日の帰りに転んだところを潤一に助けられて惚れたと」
「要約しまくり」
一言で済む説明を奈那子が延々と自分の感想も交えながら語ったので、実際のところは10分も20分も説明に時間がかかっていた。
それを簡潔に要約してやったのにもかかわらず、奈那子は俺に向かって文句を言った。
「でも奈那子が好きになったんだからよっぽど紳士なんだね、純一君って」
「何でそうなるんだ?」
俺が言うと、波は首を傾げた後、
「ああ、董壱は知らないんだっけ?奈那子の彼氏理想像」
知るかそんなもん。
「奈那子の理想は高いんだよ?カッコ良くて優しくて気を常に使ってくれて欲しい物をくれたりとかして身の回りの世話も出きる人」
「ってそれじゃ只のパシリだろ!」
俺は自分の弟を女のパシリにするつもりは無かったから一応突っ込んでおいた。
潤一がカッコイイかどうかも、この16年毎日顔を合えあせているからイマイチ解らない。優しいのは事実だが。
「本当に純一君カッコ良くて優しかったんだよ!董壱と兄弟だなんて信じられないくらい」
「お前何気に失礼なこと言ってるよな」
「ソレハ君ノ気ノセイダヨ董壱君」
「妙な言い方すんじゃねーよ馬鹿」
そう言うと奈那子がまた暴れ出したが後ろで波が止めてくれた。潤一もとんでもない奴に好かれたもんだ。心から同情する。
奈那子の事だからおそらく蛇の様に潤一を追い掛け回すだろうが、潤一は見る眼があるから多分大丈夫だ。



…多分、大丈夫だとは思うが。一応、家に帰ったら注意を促そう。



続く・・・?
2004-02-27 21:47:41公開 / 作者:卯月 弥生
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■作者からのメッセージ
まだまだ途中ですががんばって完結させます。それまでできれば見守っててください。
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