『自殺願望の女(上)(下)』作者:オレンジ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角4666.5文字
容量9333 bytes
原稿用紙約11.67枚

(上) 

私は自殺しようと考えている。19年間生きる事に耐えてきたが、結局何も見つからなかった。解った事といえば、この世の理不尽さ、人間の卑怯さ身勝手さ。
 人間なんかもう見たくない。全ては私を傷つけ、否定し続ける存在でしかないから。私はもう一年くらいの間、自殺する機会を探している。
 人間は生まれてきたからには、いつかは死んでゆく。ならば人間がこの世に生を授かるという事は、どの様に死んでいくのかという課題を与えられた事に他ならないのではないか。私はそこに思い至った時、自殺を決意した。死ぬことが生きることの目的ならば、普通に老衰で人生を完結させるなんて情けない事はしたくない。卑怯で愚かな凡人達が絶対にしない様な華麗で高尚な死に方をしてみせるのだ。

 勝也に出会ったのは丁度一月前の昼下がりだった。勝也は私より二つ年上で大学生だと言っていた。現在は心に病があるとかで、ほとんど学校へは行っていないらしい。
 私は勝也に会う事で重大な決心をした。私の生涯を懸けた一大プロジェクトが発動したのだ。「私はこの人と一緒に自殺する。」
 勝也は言った。一緒に自殺してくれると。私の為に死んでもいいと…。
 
 その日から、私は毎日勝也と会った。駅前の漫画喫茶で、自殺を決行するその日を待ちながらずっと勝也と同じ時間を過ごしていた。
 私達の会話はいつも同じ様な内容だったけれど、とても楽しかった。この世の愚かさや死ぬ事の本質、音楽の話題とお互いの好きな漫画の事。

そして自殺の仕方。

 二人の最期の晴れ舞台はあのクスリを使おう。私がよく覗いているサイトで紹介されていたものだ。
 決行場所はやはり任坊山公園の駐車場だろう。真夜中、下らないこの街の夜景を臨みながら勝也の愛車ムーヴの中で決行するんだ。
 BGMは、オフスプリングに決めている。もう既にMDに録音済みだ。カッツエでも良かったが、最期には似つかわしくない気がした。最期の晴れ舞台を最高に盛り上げてくれるのはやはりオフスプしかない。
 
 夜中に自分の部屋でそのMDを繰り返し聴いてみる。もう、当日が待ち遠しくて胸が苦しくなってくる。

 本番当日は、いつもより早く朝十時頃起きよう。東から射す太陽の光を浴びながら散歩をする。小一時間程度で家に帰り、この日の為に置いてあるあの服に着替え、香水を纏う。当日はラウラに決めている。そして、勝也の待つ駅前の漫画喫茶へと向かうのだ。

 勝也はいつもの席(キンマサキとヒイラギの植えてある中庭の見える二人掛けの席)で先にジンジャエールを注文して私を待っている。私はいつもの様に気配を殺し突然彼の顔前に現れる。「ヘイ!ボーイ」といつもの様に挨拶をする。勝也もいつもの様に「ヘイ!ガール」と返してくる。そして私はいつもの様にホットカフェオレを注文し、いつもの様に漫画を読み始めるんだ。

 そうこうしている間にも時間は過ぎて行き、夕日が西側の大して高くもないビルの角と交わり、地上へ落とす影を異様に長く伸ばす頃、私達は店を出て勝也の車に乗り込む。
 しばらくは、当ても無く車を走らせる。折角なのでこの街の風景を脳裏に焼き付けておこう。別に街の風景に悪意は無いし。冥土の土産には丁度良いと思う。
 太陽もすっかり姿を消し、辺りが闇に成る頃、やはりお腹も空いてくるだろう。夜食としてパンを幾つか買っておくのも忘れないようにしないと。最後の晩餐だ。

 真夜中になり、任坊山公園の駐車場に到着すると、人気の無い場所に車を止める。ここの駐車場はどの場所にいても夜景が見えるようになっているのだけれども、成るべく人気の無い所に居たいので、必然的にあまり良い夜景は臨めない。しかも、これ位の時間になると、この街はほとんどの建造物の明かりが消されてしまう為、非常に中途半端な夜景を二人で眺める事になるだろう。まあ私達にはお似合いかもしれないが。

 フロントガラス越しに星やネオン灯などの光の粒をしばらく見つめ、勝也と二つ三つ言葉を交わす。星座の話とか、そんな他愛の無い話でもしよう。

 そして会話が途切れ、沈黙がしばらく続くと、どちらからとも無くあのクスリに手を伸ばす。
 お互い一粒づつ口に含む。
 視線が重なり合う。
 瞳と瞳の距離が徐々に接近していく。
 遂には、紅を差した私の唇と勝也の少し厚めの艶のある唇が触れ合う。
 唇の柔らかさが体中に広がってゆく。
 勝也によって私の体が全て包み込まれている錯覚を起こす。
 勝也の唾液と一緒にあのクスリが私の中に入ってくる。
 次に、私の口腔にあるあのクスリが勝也の中に入り込む。
 あのクスリが口の中で溶け出し、体内のあらゆる箇所を侵食してゆく。私と勝也はひとつになってその時を待つ。身体機能が次々と低下していく中で、私は幸福と官能というおそらく今まで体験したことの無い感覚に支配される。そのまま、体中の全てが停止し…
 「私」がここに完結するのだ。

ああ、とても待ち遠しい…。


(下)
 
 今夜もオフスプリングを聞きながら、破裂しそうなこの感情に浸っていた。
すると。
 ドンッ!!
 隣の部屋から壁を叩く音がした。
 姉だ。
 「うるさいよ!何時だと思ってるの。いい加減にして!」
 姉は本当に身勝手だ。いつも自分の要求ばかり押し付ける。私が夜この時間帯は眠れなくなっているのが解っているのに怒鳴ってくる。ああ、ストレスが溜まる。また私の腕に切り傷を増やさせるつもりか?
 私も姉と同じ様に壁をドンッ!と叩いてやった。しばらくして階段を上るパタパタという足音が聞こえてきた。この騒ぎで母親が二階に上がって来た様だ。
 母親はガチャリと私の部屋のドアを開けた。勝手に開けるなといつも言ってるのに。
「何かあったの?」
「別に…。」
「そう、…ならもうそろそろ寝てちょうだい。」
 そう言って母親はドアを閉めた。次は姉の部屋に行くのだろう。
 母親は眼を赤く腫らしていた。また泣いていたのか。母親はいつも泣いている。辛気臭くてたまらない。母親の顔を見ていると生気を奪われるような気がしてますます鬱になってくる。父親は今日も家に居ないのか。居れば母親の後に私の部屋に来るのだが。最近はそれもほとんど無いな。どうでもいい事だけど。

 やはり今日はもう寝よう。早く寝て早く明日を迎え、勝也に逢いに行こう。
 明日はあのクスリを勝也に見せるんだ。やっと届いたんだよ、私達の最期を飾るあのクスリが。

 嬉しいね。

 今日は、あのクスリを持って駅前の漫画喫茶にやってきた。もちろん勝也に見てもらう為に。
 勝也は既にその席に座っていた。今日は珍しく白いシャツを着ている。いつもは暖色系の服を着てる事が多いのに。
 私は、ホットカフェオレを注文し早速あのクスリを勝也に見せた。
「ねえ、見てこれ。ほら、この前言ってたやつ。やっと届いたの。凄いらしいよこれ…。」
 すると勝也は読んでいた雑誌をパタリと閉じて私の顔を見た。そしてこう言った。
「あのさ、やっぱり君と死ぬことは出来ない。」
 意外な言葉が勝也の口をついて出た。勝也の口は未だ止まる事無く次々と信じられない言葉を私に投げかけてきた。

「死ぬのが怖いとか、嫌だとかじゃない。もちろん君が嫌いになったわけでもない。ただ…今君が死んだとして、そこに何があるだろうか。君の言う華麗で高尚な死なんてそこには存在しない。あるのは、この世に対する憎しみだけだ。君の憎しみがこの世で永遠に渦を巻き続けるだけだ。」

 憎しみだけ?私の思考回路のずっと先の方で勝也は更に続ける。

「君はとても純粋で真っ直ぐな女性だ。そしてとても魅力的だ。正直言って、君の為になるのならば僕のこの小さくて薄汚れた命などいつでも差し出せる。本当に君の為になるなら、一緒に死んでもいいと確かに思っていたよ。」
 
 思っていた…って何で過去形で言ってるの?

「純粋で歪みのひとつも無い君の心は、他人の心の中の良い事も悪い事も全て映し出してしまう。真っ直ぐな性格の君はそれを全て受け止めてしまう。君の心は許容範囲を超え、それを支えきれなくなり、深く傷付いていく。ついには他人の心を拒絶し始め人の気持ちが理解できなくなる。君は人間は身勝手で卑怯だと蔑む、誰一人として自分の心を理解しないと不満が募る。他人との距離が一層遠くなっていく。社会に適応出来なくなる。心の混迷の中で悩み続ける。悩みが憎しみになる。更に悩む。堂々巡りとなり、いつしか死にたくなる。」

 勝也はいつになく饒舌だ。彼の話はまだ続いている。

「ここで自殺をする事は決して君の救いにはならない。」
「他人の心を理解しようとしない者は、人に自分の心を理解してもらう事など出来はしないんだ。・・・だから、逃げないでもう一度人の気持ちと向き合ってみないか。少しづつでいい・・・。僕がいつも傍に居て助けてあげるから。・・・もう一度、二人で人生をやり直そう。」

 正直なところ、勝也の言ってる事の意味が解らない。何しろ今までに感じたことの無いものが私の脳髄を駆け回っているのだ。
 顔が火照って熱い。お尻の辺りがむずむずしてきた。何故だかこの場所にじっと座っていられない。
 「全てを見透かされる!」
 あれだけ人に理解してもらいたいと願っていたのに、今は何故か逃げ出したい。

 私は思わず椅子を蹴りつつ店から飛び出していった。すかさず勝也も後を追って来た。何も言わずに席を立たれたのだ、当然だろう。
 勘定を払っていた所為か少し間をおいて勝也が店から出てきた。それを確認して私は再び走り出した。

 何だかもう勝也と一緒に自殺する事なんてどうでもよく思えてきた。今思えば、あの日勝也と出会った時から私はこれを望んでいたのかも知れない。この、ずっと私の脳髄を駆け回っている感覚・・・。勝也が私にくれたこの感覚。
 勝也とならきっと本当の意味で向き合える気がする。彼は私の唯一人の理解者なのだから。

 振り返ると勝也は、もうすぐ手の届く所まで来ていた。
勝也の姿を見て思わず眼を細めてしまったのは、彼の背後から差す太陽の光が眩しかったからだろうか?
それとも・・・。

「危ない!そっちは!」

 勝也の声と共にけたたましいクラクションの音が鼓膜をたたいた。
 何かの気配を感じ、右側をみてみると。
 大型トラック?
 ここはー私の居るここは車道?
 勝也が再び何か叫んだ。次の瞬間。
 空気を切り裂くようなブレーキ音がしたと思ったら、私の右半身はトラックのフロントボディと接触していた。
 何かに引っ張られる様に私の体は空中に飛んだ。
 スローモーションで、アスファルトが私の顔に近づいてくる。
 
これから勝也と一緒に何十年とかけて、最高の死に方を演出していきたいと思った矢先に!!

 ひょっとして、これが私の最期なの?

 アスファルトが私の頬を叩いた。

                               完
 



2004-02-23 21:59:38公開 / 作者:オレンジ
■この作品の著作権はオレンジさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿です。
そもそも、こういう所に投稿するのも初めてです。自分の文章がどんなものなのか、どんな事でもご意見が頂けたらなあと思います。
ちょっと長くなりましたので、上、下に分けますね。
よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]軽く読めてよかったです。
2014-05-30 01:13:56【☆☆☆☆☆】Flora
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。