『アダム 〜want a my name〜』作者:多雨 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「HA−38、それがお前の名前。それじゃダメなのか・・・?」


その言葉は、男のうんざりとした気持ちをそのままにしたような感じだった。
男はツヤのない黒髪を手で掻き乱しながら、彼の長身とは反する小柄の少年を見下ろした。
男とは対照的にツヤのある美しい銀髪を肩ほどで整えており、その顔は少女ともとれる綺麗な顔立ちで、紅い瞳は真っ直ぐと男に向けられていた。
HA−36---それが彼の正式名称だ。だから、彼を作った科学者や管理者は『36』と、略して呼ぶ。彼は『HA(ヒューマン オートマトン)』なのだ。
その『HA』の彼が「名前がほしい」と、管理者リドル・ロイディンに言ってきたのは今朝のことだった。今朝はHA−36をさっさと機能テストに連れて行ったので、話は中断されたが、彼の要求はテストが終わったあとも続いた。そしてさっきの言葉。
リドルの役職は管理者であるが、実際の所、管理することはほとんど無く、単なる話し相手という感じだった。そんな彼に『HA』に名を授けるような権利はなく。ましてや冗談という形で付けでもして、『HA』に「人間になれるのではないか」という考えをされては大問題になる。50年ほど前、そういう考えを持った『HA』と人類の大規模な戦争が行われたのだ。

「・・・私は名前がほしいのです。」
HA−36の小さく、そしてしっかりとした声が耳に届く。
リドルは、ため息を吐くとしゃがみ込み、HA−36と目線を合わせた。真っ直ぐな瞳は変わらない。
「分かったよ。そんなに名が欲しいんなら、俺が上のお偉いサンに伝えとくよ。コレで良いか?」
固かった表情が一瞬で明るくなる。
「はいっ!ありがとうございます。本当に、ありがとございますっ!!」
お礼を『HA』の感情プログラム、最大限に言うとHA−36はリドルに背を向けて白い廊下を走って行った。リドルは後ろ姿を見送ると苦笑した。困ったように、申し訳なさそうに、まるで、罪を犯したかのように・・・。
「ったく。礼、なんて言うなよ。俺は、お前を------」



名前がもらえる。そのことが、ただ、嬉しかった。
どんな名前でも良い。『HA−36』なんて番号なんかより、リドルさん達のような名前が欲しい。
『HA』の仲間達は「名前なんかあってもしょうがない」って、言うけど欲しいモノは欲しい。
・・・そういえば、何故私は名前が欲しいのだろう?よく、分からない。でも欲しい。貰ったら、何故欲しかったのか分かるようになるかな。あぁ、待ち遠しい。



『HA−36、管理者リドル・ロイディン。36に問題でもあったのかね?』
廊下と同様、真っ白なホール。そこに数え切れないほどの黒い立体映像受像器が並べられていた。その中の一つから白衣を着た、やや太りぎみの中年の男が映り出されていた。
「自分の管理するHA−36が・・・その、」
『なんだね。私は忙しいのだ、早くしたまえ。』
立体映像が苛ついた口調で言う。たいして忙しくないから出てきたんだろうが、と白衣の男を頭の中で軽蔑しながら、リドルは言った。
「----その、名が欲しいと言い出しました。」
男の顔が驚愕の色に変わる。なにか、叫ぼうと口は開くが言葉が思いつかないのか、そこで止まる。
「今朝から言い出し、無視していたのですが、機能テストLv6(Lvは1〜8まであり、エラーがないか調べることから、戦闘機能までの内容)を終えたあともしつこく要求してきたので、ご報告に来ました。」
『では、機能エラーではないのだな。なんということだ・・・!』


50年ほど前、HA−36と同じようなことを言った、女型『HA』がいた。そいつは望み道理、名を与えられた。名はイヴ。世界で最初で最後の名のある『HA』。
イヴはいつしか人間以外にも、『HA』にも正式名称ではなく、イヴと呼ばれ始めた。そして、混乱は始まった。『HA』達は名のあるイヴに憧れ、嫉妬した。名前がある、それだけで何故こんなにも存在価値が違うのか、名が欲しい、名が欲しい、名が欲しいナガホシイナガホシイ・・・・
イヴに名前が付けられてから、戦争に発展するには、そう時間はかからなかった。


『-----ばいい・・・。』
「はい?」
不意に目の前の立体映像がしゃべったので、間の抜けた声を出してしまったが、男は思い詰めた様子で指摘することはなさそうだ。
『36のメモリーを修正すればいい。戦闘能力は落ちてしまうが、スクラップするよりは抑損ができる。なぁに、4ヶ月ほど修理がかかる程度だ。それに-----』
「ま、待って下さいっ!その場合彼の、36の記憶にはどのくらい影響が及ぶのですか?」
無意識に口を挟んでしまった。男は不機嫌な眼でリドルを睨み付けたが、それ以上はせずに答えた。
『記憶の半分も残ることはない、基礎的な戦闘知識以外は消えるだろう。お前のことも覚えて入られまい。』
嫌みなのか気遣ってなのか、男は無表情でそんなことを言った。
『HA−36、管理者リドル・ロイディン。明日、明朝HA−36を回収室に連れてくることを命ずる。行ってよし』
立体映像が消え、リドルは足早に部屋を出る。
まわりがやけに、静かに感じた。



リドルさんが近づいてくるのが見えた。
泣いてる、そう思った。
でも、気のせいだったみたいだ、リドルさんは笑っている。
いままでで一番笑っていて、私の頭を初めて撫でてくれている。
・・・やっぱり、悲しそうに見えてしまう。エラーかな?
リドルさんが私の肩をつかんで、言った。その、顔を見上げる。


「お前を明日の明朝、ちょっとした修理に出すから。」


言った。出来るだけ軽い口調で言おうと決めていた。
36の紅い眼がよく分からないというふうに、見上げていた。やがて視線は下ろされ、36は動かなくなった。『HA』特有の悲しみの表現。声を上げるわけでもなく、涙を流すわけでもない。
「今日の機能テストでは異状が無かったはずです。エラーもハッキリと確認されていません。私が修理に出される必要は無いはずです。」
体を動かさないまま36は言う。『HA』にとって、修理は2種類ある。人間とそっくりに作られた身体の修理と、金属や導線で構成された内臓の修理。身体の場合、他国との戦争やテロなどで傷ついたときに行われ、部品も普及されているため壊れる可能性は低い。しかし、内臓の場合『HA』によって部品は異なるせいか、壊れる確率は高かった。36の修理は内臓の中でも安全な部分なので壊れることはないが、そのことを言っても36が安心することはないだろう。
「36、お前の修理は少し特別なんだ。どこが悪いのかは言えないが、壊れる事はない、それは絶対だ。あと、名前のことなんだが・・・-----」
36が顔を上げた。話を、修理から名前に移すとこに成功した。
「名前、貰えるのですか?」
リドルは肩に置いていた手に力を入れ、口を開いた。

36は名前を貰った。



『-----リドル君、君を今日ここに呼んだのは、相談したいことがあったからなのだよ。』
「何でしょう?」
白く、広い部屋。立体映像受信機と、そこから映し出された白衣の男。そして、その前に立っている、リドル・ロイディン。何ヶ月か前と同じ構図。
違うのは、話す内容とそれぞれの心境。
『君が以前担当した、HA−36の修理が終わったのだ。』
リドルは予想していた内容をありのまま受け止め、男の次の言葉を待った。
『36の記憶は戦闘基礎を残して全て消えた。そうなるはずだったのだ・・・しかし、彼は訳の分からない言葉を口走るのだよ。君なら分かるかもしれない、彼は-----』


『アダム』
それが私の名前だ。
何故かは、分からない。
誰かに付けて貰った。そんな気がする。
『アダム』
私はこの名前が好きだ。
誰も名前で呼んではくれないけれど、
あの人は最後に呼んでくれた。

あの人、誰だろう?分からない。

戦争になると誰かが叫んでたけど、
私に名前があることがいけないのなら、
呼ばなければいい。
私の名前は私だけが知っていればいいから。
・・・でも、できたらあの人に呼んでもらいたい。


+++++++++++END
2004-02-16 17:55:38公開 / 作者:多雨
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■作者からのメッセージ
多雨という者です。初めまして。
小説が上手く書けるようになりたいので、たくさん指摘して頂けると嬉しいです。
出来れば、間の取り方がよく分からないので教えて下さい。お願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
感想失礼致します。まず最初に、描写に関しては断片的な部分を的確に捉えて記述していると思います。コンパクトというか絞れていると言うか、個人的な意見を述べさせて貰いますと多少風景・状況描写が少なく、…恐らく研究所みたいな閉鎖的な空間の中での話なんでしょうが、もう少し雰囲気を表現する記述があった方が私はより良いと思います。魅せる作品だと思いました。これからも頑張ってクダサイ。
2004-02-16 23:01:13【★★★★☆】K伸
初めましてK伸さん。描写・・・次作は意識して頑張ってみます!!ご指導(?)&感想、ありがとうございました(ぺこり)
2004-02-18 18:56:59【☆☆☆☆☆】多雨
計:4点
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