『ラスト・ダンス』作者:ヨミビト / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 全身が光に包まれながら次第に世界に実体化してゆく。
 瞬時に手が、足が、体の全ての部位が感覚を取り戻す。
 刻限はちょうど昼過ぎ、2時ごろ。
 実体化の感覚に良いながら、黒衣をまとった死神シユは初めて世界に実体化した。






 今、死神シユが居るのは明るく広い部屋だ。と言っても居心地がいいのかどうか、そういった類の感覚があまりない死神である彼にはには分らなかった。
 周りには、優美な調度品の数々がセンス良く置かれている。そして部屋の中央には天蓋がついた豪華なベッド。
 シユは一歩一歩確実に歩をすすめ、ベッドに近寄り、横に立った。
 そこにはいかにも深窓の令嬢といった風の少女があどけない表情をして眠っている。死神の義務であり、シユにとって初めての仕事である魂の回収、その魂の器が。
 少しの間少女の寝顔を見た後、シユは術式の様なものが刻み込まれた右手を少女の前にかざす、彼の、いや死神全てが持つ魂を開放する右手をそっと少女の前にかざした。
 だが、何も起きない。何度か試した後にシユはある事に気が付いた。
 対象が違うわけでもない、方法が違うわけでもない、間違っているのは・・・時刻。時間が違っていたのだ。
 通常、定められた時刻にならなければ魂には鍵がかかっており魂の開放は行えない。
 その事に気づき、シユは内心焦りながらも冷静になろうと努力し、腕を組み対処法を考え出そうとする。
 だが、そんな彼の努力も空しく無情にも眠っていたはずの少女は、なんという運命の巡り合わせかゆっくりとまぶたを開き、夢の世界から現実へと帰って来た。
 そして・・・両者の視線が絡み合い、黒衣の死神と深窓の令嬢たる少女は眼を合わせ、互いに呆然と沈黙した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

どれ程の時間が過ぎただろうか、実際には数分と経っていないのだが、当の本人達にとっては、無限にも感じられる沈黙が流れた。が、それを最初に破ったのは少女の方であった。

「あなたは・・・・・・」

「わ、私は怪しい者ではない、だが、何故ここにいるのかというと、それは私にはどうする事も出来ない目的があったのであり、それを実行するためにはここに来る事が必須条件だったので・・・・・・」
 
シユは怪しさ全開の様相をしながら、早口にまくし立てる。だが、シユの言葉をさえぎるかのように少女はつぶやいた。

「あなたは死神なんですか・・・・・・」

 その言葉を聞いた瞬間シユは絶句し、その場に立ち尽くした。

「もうすぐ自分が死ぬ事くらいは分ってましたから、そろそろ来る頃かな、と思ってました」

 その沈黙を肯定と取ったのか少女は自分の死について、まるで人事のように穏やかな口調でポツリと言った。
「な、なんで」とつぶやき、シユは驚愕の表情のまま固まっている。
 実際ありえない事なのだ、確かに死神は人の眼にも見る事は出来る。だがそれはよほど強く信じるか願った場合のみだ。

「本に書いてあったんです、『死ぬ間際には死神が現われる』って、だから
私は会えるように何度も願ったんです、私病気だから他の人と話した事がなくて、一度くらいは家族以外の人と話してみたかったから」
 
 少女の願う心と、シユの時間を違えると言う事故が重なり、どういった因果か彼らは、在り得ない出会いを果たした。








 少女の部屋から帰ることも出来ず、シユは既定の時間まで部屋の中で過ごす事にした。
 理由は二つ、一つは少女が死神と言うものが見えているという事。そしてもう一つは・・・・・・こちらの方が遥かに重要なのだが、少女は病気であり、そして自身の死を受け入れているように見えた事だった。
 故に彼はこの部屋に留まり、これから死にゆく少女と他愛もない言葉を交わしていた。
その会話の中で彼は、少女についてある結論に達していた。
 少女は疑う事を知らないのだ、言葉の通りに。普通ならば言われてすぐに否定してしまう様な突拍子もない事でさえ少女はすんなりと信じてしまう。何故なのか? 彼女は家族以外の人と話した事がないのだ、そして家族は少女に嘘はつかない。つい先日「お前はもうすぐ死んでしまうだろう」と言われたばかりらしい。
 何の条件もなく彼女は全てを信じてしまう。
 だから、死神であるシユが少女には見えるのだ。
 そして、どんどん時は過ぎてゆく。その疑う事知らぬ無垢で純真な少女と話した時間はシユにとって存外に楽しいものだった。
 どの位時が経ったか、不意に少女は「わがままを言ってもいいですか? 」と、シユに一つ頼みごとをした。内容はレコードをかけて欲しい、と言うもの。
 シユは無言で部屋の隅にある再生機の近くへと歩き、そこにセットされていたただ一枚のレコードをかけた。
 再生機から溢れ出るのは優雅なワルツの優しい音色。

「窓の外、見えますか? 」

 言われてシユはそのまま部屋の一つしかない窓のそばに行き外を眺めた。
 そこから見えるのは大量生産のような家の数々、そして何人もの子供が通うであろう学校。

「学校の右端の教室、見えますか? 」

 シユは言われた通りの場所を見た。そこでは何かの行事の一環なのだろうか、男女が手を取り合って踊っている。

「私、この部屋から出た事がなかったから窓から外をいつも見てたんです、その時からずっとやってみたかった、死ぬ前に一度人と踊りたい・・・・・・あの・・・・・・私と踊ってくれますか? 」

 そう言って少女は病気で弱った体を弱弱しくベッドから起こし、どこか不安げな表情でおずおずと手を差し出した。
 その少女の表情があまりにも不安げで儚げで、何故かシユはその表情を見たくなかったから、ゆっくりと差し出された手と自分の手を重ねベッドから少女を起こした。
 手を取った瞬間、重ねた少女の手がこれから死んでゆく者の手とは思えないほど暖かく、その暖かさが自分の体にも流れ込んでくるような気がして、思わずシユは手を強く握った。
 少女もそっと、シユの手を握り返す。
 そのまま二人はぎこちなく、けれども流れる旋律に身を任せるようにゆっくりと穏やかに踊る。
 ダンスなんてした事もない二人だったから到底ダンスとは言えないかも知れないが、それでも二人は踊った。いつの間にか二人とも微笑みながら。
 どの位時間がたったのだろう、再生機からあふれ出ていた音が止み彼らも踊る事を止め、おずおずと手を離した。
 そして、少女はシユと手を離した瞬間、床に倒れこんだ。
 シユは呆然としながら、少女が倒れ行くさまをまるでテレビをスロー再生しているかのようにゆっくりとしたスピードで見ていた。
 やがて呼応するかのようにシユの右手に刻まれた術式が淡い光を発し出す。
 それは刻限の迫る証。すなわち、少女の死を告げる死神の光。

「もうすぐ・・・・・・なんですね」

 少女は仰向けになって、天井をぼんやりと見ながらポツリとつぶやいた。
 無言のままシユは少女を抱き起こし、抱きかかえるとそのまま一歩一歩ベッドへと向う。
 少女を抱くシユの手には先程手を握った時と何ら変わらぬ暖かさが、ぬくもりが伝わってくる。
 唐突に彼は思った、何故、彼女はこんなに暖かいのに死ななければならないのだろう、と。
 死神であるシユが本来抱く事はない思い。死について何故、と考える事。
 その思いを胸に抱いたまま、シユはベッドに少女を寝かせる。
 刻限の時はいよいよ、迫っていた。
 





「名前・・・・・・言ってませんでしたね、私は・・・・・・ソフィア」

 弱弱しくゆっくりと、唇を動かしながら少女は懸命に言う。
 一体何を見ているのだろうか、とシユは思った。その澄んだ瞳は、この一室で過ごした時を振り返っているのだろうか、ほかの者にとってはただの一室でも、少女にとっては自分が過ごした世界、ただ唯一の世界。
 だとしたら、それはあまりにも狭い。世界はこんなに広いのに。
 この一室と言う世界しか知らないまま、彼女はソフィアという名の少女は死んでゆくのか。

「・・・・・・シユ」

 自身の名前を言ったきり無言のままシユは、右手を少女・・・・・・ソフィアの前にかざす。当初の通り魂の回収を始めようとして。
 だがシユは右手をかざしたまま、止まった。
 そして不意に彼の口から、言葉が発せられた。

「まだ生きられる、生きるんだ・・・・・・」

 無意識の内に右手をかざしたまま、シユは言葉を刻む。真実とは違う嘘を。

「じゃあ、また・・・・・・会えますね・・・・・・」

 シユの残酷なまでもの嘘を信じたままそう言ってソフィアは深く眠るように、ゆっくりと眼を閉じてゆく。

「いつか会いに来る、迎えに来る、だからその時まで・・・・・・生きるんだ」

「・・・・・・また、踊りましょう」

 そしてソフィアは眼を閉じた
 その瞬間、シユの瞳から涙が一粒零れ落ちソフィアの顔を濡らす、やがてシユは右手を引っ込めると、ある決心をした。魂の回収をする事もなく来た時と同じように、全身を光に変えながら姿を消す。
 自分の言葉を、真実にするために。







あれからどれ程の時がたったんだろう、そう思いながらベッドの上で一人の老女、ソフィアは眠るように横になりうっすらと眼を開けていた。

「やっと来てくれましたね、シユさん」

 その視線の先には黒衣に身を包んだ死神、ソフィアがまだ少女だった頃に出会った死神がいた。

「あの時私にまだ生きられると言ったのは嘘だったんでしょう? でもあなたが私を生きるようにしてくれた」

 シユは無言でソフィアの口から紡ぎ出される言葉を聞いている。

「あれから色んな事に悩んでここまで来たけれど、私は、本当に生きていて良かった」

 そしてソフィアは、すっと手を差し出した。

「私と、踊ってくれませんか? 」

 そう言って差し出されたソフィアの手に何のためらいもなくシユは手を重ねた。
 これからはじまる、二人のラスト・ダンスのために。

2004-02-14 01:29:57公開 / 作者:ヨミビト
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■作者からのメッセージ
二作目ですね。
前回より多少は長くなったと思います。
前回感想を書いてくださった方々、嬉しいです。
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