『子供の夜 大人の夢  三章』作者:星月夜 雪渓 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角9617文字
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原稿用紙約24.04枚
 
 名前の共有:名前は「もの」を特定するのに使う。特定された「もの」は特定した時の設定に基づき、形を成す。名前は「もの」を縛り、また、「魂」を縛る。名前を共有するということは、共有しあったものらが共有したものの性質となる・と同義である。
 

                 *


 果たして夢なのか、それとも空想を膨らませたようなものなのか、はたまた現実なのか。――少女は渺茫たる闇の中に座り込んだまま、そんなことを考えていた。確かに自分は家の裏に隠れていたはずだ、と思いながら。
 少女は言うまでもなく困惑していた。上か下かもわからないただ真っ暗な空間の中に一人、漂っていたからというのと、どうしてこんなところに来てしまったのか、という二つの理由からだ。

「……何があったの?」

 独りごちて、うつむく少女。渺茫たる闇の中ではほんの少し、空気を揺らす程度にしかならない。
 どのぐらいの時間が少女の横を通りすぎていっただろうか。
 少女はただ、ただ、ぼぉっとしたまま状況を理解できずにいた。いや、理解しようとも思わなかった。それは覚えの無い罪を擦り付けられ、自分は無罪だと主張しても誰も耳を貸さない時の諦めに、とてもよく似ていた。

「…君は、何て優しい子なんだろうか」

 不意に、目の前から声が降ってきた。若々しい、少年の声。ありえない、と思って少女は目を凝らしてじっ、と前を見据える。
――其処には、にっこりと微笑む少年が怯えもせずに佇んでいた。

「誰なの? あなたは」

 少年は微笑んだまま応える。

「僕? 僕は『名前があって名前が無い存在』。僕を特定する名前はあるけれども、それは僕の魂を縛る名前じゃない」

「?」

「『名前がありすぎて無い』。または『特定する事の出来ない存在』。――わからないだろうけど」

 少女はただ、首を傾げた。
 解るはずも無い。少年はそれを承知で語りかけているのだから。

「ま、とりあえず名乗っとくよ。僕の名前の一つ。――『ヴィオネス』」

「ヴィオ…ネス?」

 そ、とヴィネオスが呟くと少年は手を差し伸べる。

「此処に呼んだのは僕。僕は、君に頼みが合って此処に呼んだんだ」

「頼み?」

「うん。――名前を共有して欲しい」

 刹那、少女が伸ばしかけた手が引っ込む。ヴィオネスはまたさっきと同じ様に微笑んで続けた。

「共有するだけさ。君に、僕の名前を使って欲しいんだ。なぁに、大したことはないよ。別に呪われるだとか、そういう類のものじゃない」

「じゃあ、どうして? 共有して何があるの?」

「……君が、とても優しいから。君の事をよく知りたいんだ」

「それで、なの?」

「うん」

 気が抜けたのか、少女は引っ込めかけた手をヴィオネスに向け、お互い手を握り合った。それをヴィオネスは了承の証として受け入れ、さっき以上に微笑んで見せた。
 さぁ、とヴィオネスが促す。
 少女はおだてられた事もあってか、どうして名を共有するのかという事にそれ以上深く突っ込まなかった。そのことを後々後悔するはめになるというのも知らずに。

「さぁ」


――闇に、小さな声が響いた。
 消え入りそうなほど小さかったが響くと二人の人間がまとう、全く別の気配が、『全く同じものに』なっていた――はずだった。


一章

理<ことわり>:『認識』を突き詰め、生物界(人間界・動物界・植物界等)の流れを簡潔化したもの。中には真理や公理などの特殊な理も存在し、世界に無数に存在する理を総て知った者を<万理(ばんり)>と呼ぶ。また、<万物>とも呼ぶ。彼らは総ての理解者――理を解する者の意――と同調したということと同義の存在である。


「また『出た』んだって。――今度は人語を喋るらしい」
 
 男は喧騒の絶えない街中で、だが呟く様に話相手にそう言った。話相手である彼女は興味深げにその青く鋭い瞳を輝かせる。続きを、と促す彼女を近くの喫茶店に呼ぶ男の顔は笑っていた。
 
 世界は緑に覆われ、水の恵みも受けている。だが、どうしたことか、地上は暗鬱な空気が漂っている。それぞれ統治された町町に人は移り住みようやく平安を得たというのにも拘わらず、災厄が絶えないのが一つの原因でもある。この世界が生まれて何百年経ったのか誰にもわからない。解らなければならないはずなのに、今の今までの記録は総てなくなっているというのが現状だ。――だから人々は新しい世界を築いて行こうとしているのだろう。だが、空の上の人々はそうはさせないらしい。

「……で? それは何処で出たの。余計な説明は要らないから、早く教えてくれる?」

 彼女は男の言われるまま店に入って窓際の席に座る。木製の少しばかり汚れたテーブルにじゃらり、と金貨を出すと男は感嘆してその口を開き出した。

「さぁ? 何処の村だったかな?」

 彼女は眉根をひそめた。そして、

「いいわよ、別に。教えてくれなくてもね。他に一杯あんたらのようなやつは居るんだから」

 という皮肉と、絶対服従の意までもがこもったセリフを口にする。が、男は本当の意をつかんでは居ないだろう。目先は金なのだから。
 彼女はそういうと肩まで伸びた黒髪を指で軽く梳いた。慌てて男がベレジナだ、と言うと彼女は満面の笑みを浮かべて席を立つ。

「ベレジナですか。まぁた、そんな平和なところに……」

 短剣が懐にあることを確認して、彼女は店を軽々と出て行く。取り残された男はあごに生えた無精ひげを一回、撫でると渋面を作って彼女の後を追う。

「……ッ! それが嘘だとしたらどうする、<理解者>!!」

 刹那、表通りに溢れ返った人間達が彼女の方へと向く。ざわついた空気の中には殺気すら篭る。

「嘘なの? だったら何だって言うの?」

「へへ……ッ。今お前が払った金貨、全部無駄になるぜ?」

 不穏な空気が漂い始める。男と彼女の直線距離には誰も居なくなり、その代わりに周りに野次馬として集まり出した。
 彼女の鋭い双眸が男を射抜く。だが、男は身じろぐだけで怯えはしていない。

「別に? それ、全部貰ったお金だし……」

 その言葉は、自分は弱点などない、という意味にも取れる。
 そんな中野次馬達は喧嘩を買った彼女の方に罵声を浴びせ始めた。<理解者>の分際で、<理解者>の所為で、<理解者>の災厄――などの、罵声を。

「<理解者>の迫害だって始まってる。今此処にいる全員の人間が、お前に危害を加えることだって――」

 ざわ、と辺りがどよめく。
 
「<理解者>ってのは世の中の邪悪を解する者だって聞いたことがあるぞ。だとしたら『あれ』が出た事だって、お前等<理解者>の仕業だってことも十分考えられる!! 以前から迫害されてるお前等が皆に災厄をもたらすことだって考えられるんだぜ?!」

「何を勘違いなさっているのかわかりませんが」

 熱っぽく語る男に、淡々と彼女が制す。

「<理解者>とは<理――つまりことわり>を<解する>者の事よ? 誰が邪悪なんて解したかしら? 世の中の流れもわかろうとしない貴方に、<理解者>……いえ、他人のことを非難する権利なんて皆無でしょう?」

 しばらく、沈黙が降りた。おそらく男は彼女の言葉を反芻していただろう。その言葉の意味を解した男は訳も無く頭に血が上った。次の瞬間には、男はもとの位置には居なかった。代わりに、隠し持っていた武器で彼女に殴りかかろうとする男が、彼女の目の前に居た。

「武力行使? 醜いわ」

 周りに大勢の人間が居たというのに何があったのか、詳しく説明できるものは誰一人としていなかった。――ただ、彼女が懐から掌サイズの短剣を手にして、男に立ち向かったように見えた。いや、見えただけだった。実際何があったのかわからない周りの人間は、そうとしかいえない。
 次に見たのは、男が無様に大の字に寝転ぶ姿だった。

「『空気の変質』について。これぐらいの理も知っといて欲しいわ」

 やはり<理解者>は恐ろしい。――これが、周りにいた人間達の結論だった。
 彼女の行く先と目的を知るものは、誰一人としていない。
 
――あの満月の夜、『彼』に出会うまでは。


二章

精神の同調:ある理解者が知っている理を、知らない理解者に教えることで成り立つ。理解の一部を共有することになる。
 

 少女は、震えていた。夜闇が剥き出しになった自室という空間で、自らシーツにくるまってひしひしと伝わる恐怖を少しでも和らげようとしていた。かすかに空気を揺らす吐息。少女の意識は張り詰めていた。

「してやられたよ。全く」

 少女がシーツから顔を少し覗かせた、その時だった。
 部屋の隅っこでくるまっていた少女の目の前に見覚えのある姿が佇んでいる。

「――!?」

 だが、その面持ちはとても邪悪な微笑みだった。

「まさかあの時、共有していた名前が君の友達のものだったなんて」

「べ……、ベリィ? でも、話し方は……」

 見覚えのある姿は、まさしく少女の友人であるベリィだったが、その話し振りやそぶりは総て――ヴィオネスのモノだ。

「君は最後に僕を信用してなかったんだね。だから、こんな結果を招いた。君がおとなしく僕と名前を共有していれば、こんな事にはならなかったんだよ?」

 少女はヴィオネスの声で話すベリィが何のことを言っているのか、解ってしまった。そしてその所為で目を見開き、小刻みに震えていた身体を壁に向けた。ベリィの姿を見たくない、というように。

「わかってるんだろう? だったら、もう一回正しく共有しようじゃない。僕には君の名前がわかってるんだ。――この前と違ってね。だから、騙しあいっこはもうおしまいにしよう」

「……ベリィは……どうなったの…?」

「? ベリィ? 君は知っていることを訊くんだね。君は、その応えを知っているはずだ。しいていうなら、『君は知らないほうがいい』。もう遅いけれどね」

 ベリィ、いやヴィオネスは悪戯っぽく笑う。そしてこの前と同じ様に手を差し伸べると、この前と同じ様に名前を共有するように促した。

「共有したら、ベリィは戻ってくる?」

 少女は怯えた瞳でベリィを見上げる。そして間もなく、うん、とだけ応えて後は何も言わなかった。

「じゃあ……、共有する。ベリィが戻ってくるんだったら」

「そう? じゃ、君の正しい名前を教えてね」

 少女ゆっくりと立ち上がり、シーツを脱ぎ捨てた。ベリィの目の前に立つと少女はベリィの見慣れた手をとって、夜闇に呟く。

「私はメリアフィート。私は、名前を共有する」

 それを聞いてヴィオネスが悪い笑みを浮かべたのは、誰も知らない。


               *

 見事な満月だった。
 今日の昼間にあったことも、総て忘れられるような見事な月だった。しばらくその満月を眺め、彼女はふらりと散歩に出かけた。
 <理解者>は世の中から嫌われているも同然の存在だ。特に害を成すわけではないのだが、その異質ぶりから嫌われている。一般人にはわからないような話をする、考え方が根本的に違うなどの理由からだ。――だが、彼女は別に気にしていなかった。何故なら彼女はそんな根も葉もない噂をいちいち気にとめるほど、ヒマではない。彼女には彼女をそう考えさせるほどの目的があった。

「少し距離を伸ばしてみようかな……」

 ひとりごちて、彼女は不気味な裏道へと足を向けた。
 彼女の身長の倍ぐらいの高さの建物に阻まれて、月光はかすかに差し込む程度だ。
 
「……え?」

 気軽な気持ちで散歩をしていた彼女の目に突然入ったその光景は、とても異様だった。
 一瞬閃光が目に刺す勢いで目の前から溢れ出し、腕で遮ると同時に収まる。何が在ったのか理解できずに呆然と立ち尽くすと、目の前の光景の一部だった二人の人間のうち、奥の一人が音を立てて膝を折った。そして彼女に気がついたのか、もう一人の人間が彼女に歩み寄る。

「だっ、誰よ!!」

 彼女は短剣を目の前に突きつける。が、相手は更に歩み寄る。

「あんたこそ誰だ? まさか今の見たんじゃないだろうな」

 かすかな月光に照らされたその姿は、少年だった。漆黒の短髪、動きやすそうな軽装。輝く銀の瞳は鋭く彼女を見据える。

「今のって……、何やってたか見えるわけないでしょ。閃光が邪魔で……」

 ふぅん、とだけ言うと少年は短剣の切っ先の前で止まる。

「ところでさ、あんたは<理解者>か?」

「そうだけど…あんたは?」

「俺も。<理解者>のよしみでさ、頼みがあるんだけど」

「頼み?」

 少年はさっきとは別の、純粋な笑みを浮かべて軽く話す。おそらく彼女のほうが年上だろうに、少年はそんなこと気にしていないようだ。

「精神の同調。やってくれない?」

「同調? してどうすんのよ」

 いぶかしんで問うと、少年の眉根がかすかに寄る。

「俺さ、理を集めてんだよね。それで、同調してほしいんだけど、どう? <理解者>のあんただったら別に害はないだろ?」

 それもそうね、と彼女は同意すると短剣を収めた。彼女の目的もまた、少年と似たようなところはあった。

「じゃ、あんたの名前教えてくれる?」

 少年が手を差し伸べる。

「私はリリス。持論は『空気の変質』」

 そして彼女――リリスは手を握り返そうとした。が――。

「リリス、『今』の記憶を貰うよ!!」

 少年はリリスの額に手を当てると、そう叫んだ。刹那さっきのような閃光があたり中を刺し、リリスは何があったのか、理解できなかった。だんだん薄れていく目の前の景色を見つつようやく騙された事に気が付く。
 少年の掌には掌に納まるサイズの銀色のプレートがある。ぎゅ、と不可解な文字が表面にえがかれたプレートを握ると、リリスの膝が折れ、前のめりにたおれた。

「あー。危なかった。閃光見られちゃ困るんだよね」

 そうひとりごとを呟くと、少年は両手でプレートの両端を持つ。そして強く硬く目を瞑ると銀のプレートの表面に書かれた不可解な文字の形がゆっくりと変わる。

「ま、忘れてくれよリリスさん。折角同士に出会えたけどね」

 次に少年はそのプレートをリリスの身体に詰め込んだ。額から――不思議な事に頭の中へと入っていく――プレートを入れると、リリスを見下ろしてその場を去っていった。

 それから、次の朝までリリスはそこで寝転ぶ事になる。
 だが、リリスは少年と出会った事をあやふやな記憶の奥に置き去りにしてしまったのだ。


三章

認識:或る者が或る物の意義を理解すること。また、端的に言えば物・者・モノを漠然と理解する事。前者は理、後者は認識または公理。


 気が付くと、既に太陽は空の上だった。リリスはだるけの残る体を自力で持ち上げ、裏道から何とか抜け出した。
 昨日と同じ、表通りは喧騒が絶えない。苦虫をかんだような表情を浮かべると、昨夜の宿に向かってよろよろと歩き出した。
――なんであんなところで寝ていたのかしら……?
 そんな疑問を抱きながら荷物を取りに自室へと歩を進める。
 確かに裏道に来たのは覚えているが、その後の事が思い出せずにいる。そう、リリスはあの少年と出会った事を忘れていたのだ。いや忘れているというよりも、思い出せないという方が正しいだろう。何となく覚えているような、だけど思い出せない最も歯がゆい状態。憂鬱な気分にさせる「それ」。
 リリスは手荷物を片手に、宿を鬱々と出て行った。
 昨日の男が言っていた、例の場所――べレジナを目指して。


 生物界は大まかに分けて「人間界(人界)」「動物界」「植物界」の三つに分けられる。その中心的世界は人界。人界に動物界やら植物界やらの物が移住していると考える。そうして出来た世界は自然豊かで理論上は平和な世界だ。だがそうして出来た世界・人界は動物界から流れ出た『余計なモノ』の所為で暗鬱に包まれていた。その『余計なモノ』とは――

「『奇獣』の死体がべレジナに?」

 べレジナは自然に特に恵まれた村で、水害も何もなくいたって平和だった。が、不穏の象徴とも噂される『余計なモノ』、おかしな獣『奇獣』が数日前に現われたという。それを聞いた人々はこの世に平安は無くなったと大げさに言っている。同調出来ないリリスだが、確かにおかしいとは思っていた。
 奇獣は本来動物界から出れないようになっているというらしい。文献にそうのこっているから信じるほかないのだが、もしもそうだとしたら動物界に異常が、もしくは人間界に異常があるということになる。――だが、理由は一切不明だ。誰も明かそうとはしないらしい。どうやら調査すれば呪い死ぬという噂が流れているそうだ。リリスにしてみればこれほどばかげた噂はない。誰も明かさないというのなら仕方が無い――リリスは、そう思ってこうして調査を進めようとしている。
 べレジナに行く途中の道々は、べレジナに出現した奇獣を一目見ようと、たくさんの人々が居た。俗に言う、野次馬だ。リリスはうっとうしく思いながらもそれらの人間についていくように歩いていった。
――これで確信が持てた。確かにべレジナね。

「今度べレジナに出てきた奇獣は何か喋ったらしいぞ。どうやら人語らしい」

「嘘だろ……。そしたら人語も解するってことじゃねぇか」

 そんな会話が聞こえてくる。それはべレジナに着くまで、ずっと聞こえた。
 やがてべレジナが見えてくる。だが、其処はリリスが知っているような場所ではなかった。

「――!!」

 木々に囲まれるようにして村のど真ん中に倒れこんでいる奇獣。屍は骨になろうと、土に還ろうとしているようだった。その証拠に半分以上腐りかけていた。まだ数日しか経っていないというのにもかかわらず。
 普通奇獣は他の動物と同じ生命体だ。ただ、食生活や思考回路がちょっとばかり違う生物だ。が、この奇獣は、何処かおかしかった。

「……こんなの、文献にも載ってなかったわよ……っ!」

 次第に集まってくる人々がそれぞれの意見をこぼす。その一部となったリリスもまた、同じ様に意見を呟いていた。

「うーわー。こんなの初めて見たぜ」

「……?」

 聞いた事がある声が右隣から漏れる。一体何処で聞いたのかは思い出せない。そう思って右隣を見やると、リリスよりも年下だろう少年が奇獣を凝視していた。漆黒の髪に、銀の瞳が映える。いかにも軽そうな少年だ。
――何処で見たんだっけ……? でも出会ったことは……。
 しばらく奇獣よりもその少年を見つめていた。だが、やはり思い出す事が出来ない。霞がかったあやふやな記憶はリリスの思考を阻む。

「別に害はなさそうだけど……。こんなの出てきたら死んじまうなぁ」

「?!」

 何処かで聞いたことのあるセリフ。確かに、何処かで聞いた。出会っていないなんて関係ない。絶対何処かで、この少年のこのセリフを聞いたのだ。
――思い出せない……、後ちょっとなのに……。
 リリスの脳裏によぎる映像。
 今朝の裏道。この少年。見事な満月。――閃光。

「<理解者>でもこれは理に出来ないな。折角此処まで来たけど、残念」

 その時。
 リリスの記憶の霞がかった部分が急に晴れ、リリスは叫んだ。何処かで見た事のなる少年に、リリスは確かに出会っていたのだ。

「あーー!! あんたはあのときの!!」

「うぇ!?」

 精神の同調をしようとして記憶を失うようなことをされた。施術をした張本人が、この少年だったのだ。

「嘘! ちゃんと記憶を捏造したのに!!」

「何訳のわからないこといってのよ! 思い出したわ!!」

「俺の技はまだ未熟だってことかよ……。最悪だ……」

 リリスは頭を抱えている少年をひとごみの中から連れ出した。これ以上ないというぐらいの力強さで。
 ざわめく周囲を放っておき、リリスは何処かの家の裏へと抜け出す。だが近くに人間はたくさんいる。少し落ち着きは無いが、少年を逃げないように壁際に追い詰めると、問い出す。

「何してくれたわけ? 私の脳に障害でもあったらどうしてくれんの?!」

「別に無いよぉ。ちょっと俺の技を極めようとして……」

「それで私を実験台に使ったわけ? 責任とってくれる?」

 少年は少し考え込んでから、さも名案だといわんばかりにリリスを見上げた。

「あんたさ、昨日の時に知ったんだけど奇獣の原因、追ってるんだろ?」

 そうだけど、とリリスは眉根を寄せる。

「俺も調べてんだけど。どう? 手、組まない?」

「信用できないわ。……情報収集程度だったら構わないけれど。でも常に一緒にいるのは勘弁だわ。またあんな変な事やられたらたまんないもの」

 そう言ってリリスはある場所を記した紙を少年に渡す。少年はいぶかしみながらもその紙を開く。腕組をしているリリスは少年が紙を開いたのを見計らって話し始めた。

「――まず、あんたの名前きかせてくれる? 偽名を使ったらあんたの……ん? あんた……まさか……」

 まじまじと少年を見る。たじろぐ少年に、見覚えがあった。昨夜のことだけじゃなく、張り紙で。それも――指名手配の。

「間違いないわ。あんた、脱走したあの死刑囚でしょ……!」

 何処か遠い国の刑務所から見事に脱走してみせた、あの少年。二人組みで脱走し、そのうちの一人は捕まって処刑、もう一人はいまだ脱走中だという話をきいたことがあるが、まさか此処でみまえるとは思ってもいなかった。
 驚きでリリスの胸中は一杯だった。それと同時に、いい弱みを握れた、とリリスはほくそえんだ。

「レオ・っていったかしら? そうね、もしもこれから私を騙すようなことがあればあんたのことを刑務所に突き出してやろうかしら」

 それをきいた少年――レオは慌ててリリスに頭を下げる。

「それだけは止めてくれ! 俺には……俺には果たさなきゃいけないことがあるんだ!! だから……」

 にんまりと満足そうに笑って、レオを見下ろした。とても、面白い反応。

「あんたが嘘つかなきゃ、しないわよ。でも、少しでも私を裏切ろうものなら――解ったわよね?」

 渋面をつくって、レオははい、とだけ応えた。
 その様子を不安げにひとりの少女が見つめていた。何か、別のものに怯えているような――。





 


 

 
2004-03-24 13:48:26公開 / 作者:星月夜 雪渓
■この作品の著作権は星月夜 雪渓さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んで下されば光栄です。よろしければ感想・批評などをよろしくおねがいします。
*少し訂正しました。






この作品に対する感想 - 昇順
なんか、幻想的な雰囲気でよかったと思います。まだ世界観とか、いろんなことがわからないでいるので、これからに期待デス★
2004-02-10 20:39:27【★★★★☆】黒子
よく私にはわからな過ぎました。少し評価を下げますがお許しください。
2004-02-10 23:07:51【★★☆☆☆】ありうり
拝読させていただきました。私は黒子さん同様、これから先の展開を楽しみにしています。特に、少女の優しさに注目してます。星月夜様がどんな優しい子をお書きになるのか、ちょっと楽しみなんです。それから参考までにお聞きしたいのですが、セリフの前後に改行を入れるのは作法的に見てどうなのでしょう?何か強調したい文章があっての改行ではなく、セリフがあるから改行するという感じでしたので。私個人の意見としては少し読み難いかな?と思うのですが、いかがでしょうか。無駄な指摘だったら本当にごめんなさい。
2004-02-10 23:23:26【☆☆☆☆☆】エテナ
黒子さん、ありうりさん、エテナさん、ありがとうございました。エテナさんの意見に、「セリフ前後の改行のこと」について、少し…。えっと、これは端的に言うと私の「作風」ということになります。確かに一般的には強調したいところのみの改行です。言われてみて初めて「読みにくい」ということが解りましたので、これから作風を考えなおしてみようと思います。みなさん、感想・批評ありがとうございました★
2004-02-11 10:02:05【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
一様私の作品も見て貰ってあるのだから 見てみることにしました。 でも私にはちょっと難しかったです…もう少し勉強をして理解をつけます。なんせ私中一ですから頭も悪いし… ま面白いと思いますよ
2004-02-13 20:22:05【★★★★☆】葵 琉娃
すいません肝心な事忘れてました 頑張ってください 次回も期待してます 応援してますよ
2004-02-13 20:23:29【☆☆☆☆☆】葵 琉娃
葵さん、どうもありがとうございます☆ いつも批評ばかりですみません(汗 確かに難しいかな? と読み直してみて思いました(滝汗 もうちょっとわかりやすくしていけるように頑張ります。感想、ありがとうございました!
2004-02-13 21:42:11【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
まず、序章に惹かれました。これからがおもしろいところだと思うので、続き楽しみにしています。
2004-02-13 22:43:46【★★★★☆】道化師
初めまして。読ませていただきました。ぼくもセリフの前後に改行を入れています。理由は自分がほかの作品を読んでいて前後に改行をいれた方が読みやすいと思ったからなんですけれど。なのでこの作品もとても読みやすくてよかったです。これからも頑張ってください
2004-02-14 17:03:37【★★★★☆】風
道化師さん、風さん、どうもありがとう御座います★ 改行については今後直していくかもしれません。この投稿掲示板は改行しなくてもけっこう幅がありそうなので。コメントではああいいましたが、どうなるかわかりません。お二人方、感想どうもありがとうございました。
2004-02-14 19:46:54【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
改行についてはどうしても気になってしまったのですが、確かに作風ではありますよね(^^)淡々と流す彼女がかっこいいです♪ 続きもがんばってくださいませ。楽しみにしています。
2004-02-14 21:56:26【★★★★☆】月城里菜
月城さん、感想ありがとうございました。おそらくこのままでいくと思います。読んで下さって、ありがとうございました★
2004-02-15 11:30:42【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
どなたかわかりませんが、こういうことをしてただで済むとおもわないでください。どうせ批評した事にブちぎれた大人気ない、いえ、人間のこころでないひとがやったにちがいありませんし。
2004-02-16 18:51:42【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
勿論批評は受け入れます。が、コメント無しにというのはどうしようもなくはらただしいです。
2004-02-16 18:56:48【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
コメント削除。多忙故、後で219.168.138.95をアクセス制限します。
2004-02-16 19:07:05【☆☆☆☆☆】紅堂幹人【EDP】
多忙の中、私のわがままに付き合ってくださって、ありがとうございました。本当に、ありがとうございました。
2004-02-16 19:12:10【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
初めまして。三章までいっきに読ませていただきました。ヴィオネスが実に気になりますね。正体は天使の顔した悪魔!?それと改行についてですが、本とは違ってパソコンのディスプレイは広いんで、行間が開いてた方が見やすいな、と自分は思います。これからも頑張ってください。
2004-02-16 19:30:27【★★★★☆】緑豆
いつも文章の書き方を勉強させていただいています。やはり読みやすさはピカ一だと思いました。
2004-02-17 17:18:44【★★★★☆】風
人間の心とは?あなたはそんなの知ってんの?
2004-02-17 23:30:42【☆☆☆☆☆】    
風さん、どうもありがとうございます☆ ピカイチっていわれるとちょっと恥ずかしいです(笑) 私もまだまだ未熟なのですがね。お互い頑張っていきましょう。では、読んで下さってありがとうございました。
2004-02-19 19:15:35【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
緑豆さん、感想どうもありがとうございます☆ 大分返事がおそくなってすみませんでした;; 
2004-03-24 13:45:59【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
まだ私は中学生なのでとても読みやすいとは思いませんが(←勉強しろ)、詳しく書かれていて、ファンタジー(?)ですが、実在しそうなくらい事細かに書かれていて凄いなーと思いました。主人公のリリス殿がレオ殿をいびる(←その言い方ヤメロ)所がおもしろかったりもします。ですが、やはり・・・難しいんでしょうかね。点数はお許し下さいませ。私の様な者がでしゃばってすいませんでした(^^;
2004-03-24 17:12:10【★★★★☆】コンロン
コンロンさん、感想ありがとうございます☆ いえ、私の方が勉強不足なんです;; もっと精進したいと思います。お互い頑張りましょう☆ 読んでくださって、ありがとうございました。
2004-03-25 13:32:06【☆☆☆☆☆】星月夜 雪渓
計:34点
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