『桃源の夢』作者:都瑚 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約22.46枚


 「起きたくない。寝てるほうが良いんだから。」

 乙穂(いつほ)は布団の中に全身を隠したまま、だるそうな声を上げた。彼女は病気だった。
 今流行の「食夢病」。正式名称は知らないが、感染したことを「夢に食われた」と表現することからそう呼ばれている。
 その症状について乙穂の姉、芽衣菜(めいな)が知っている範囲では、本人が無意識のうちに作り出した理想郷で生活する夢を毎晩見るようになるのが第一段階。ただし、不思議な夢程度にしか感じないため、自分も周囲も感染したと気づくことはほとんどない。だが、症状が進むに連れ、目覚めた後現実世界のやりにくさに絶望し、昼夜を問わず布団の中に引きこもろうとする。夢の世界に篭ろうとするのだ。やがて一日の大半を布団の中で過ごすようになり、最終的には衰弱していき、最悪の場合、死に至る。
 一見、中毒症状にも似ているが、「病」と類される所以は家族や知人から伝わってくるからだ。しかし、具体的な感染経路や治療法などは特定できていない。わかっているのは「夢」という排他的な世界が関わっているということ、そして精神的に不安定な者が真っ先に狙われるということだけだ。
 思い起こせば、妹は病に臥せる前日までことあるごとに家族に当り散らしていた。外で何があったのかは知らないが、その様子は物の怪に憑かれたとしか言いようがなかった。だが、友人とは普通に接していたらしく、学校や警察に呼ばれるということはなかった。
 妹は今年高校受験があることから、雁字搦めの生活を強いられていたことに相当腹を立てていたのかもしれない。その反動から両親に物凄い剣幕で怒鳴りながら手当たり次第に物をぶつけることで、満たされない一時の快感を得ているようだった。その間、私はいつも自分の部屋に鍵をかけて閉じこもっていた。それが突然自分の部屋の、しかもベッドから一歩も出たがらない生活に変わってしまったのである。両親は安心したのかもしれないが、私はそんな妹を見ていられなかった。

 「ほら、早く起きて!学校に遅刻するでしょ!」
 ついつい声を荒げてしまう。それでも彼女には全く効果がない。そこで上半身を布団に突っ込むと、パジャマ姿で小さくなっている妹の姿があった。私に向けられた視線は何かにおびえているようで、しかし警戒しているようでもあった。

 そんな暗黙のメッセージを無視し、私は強行手段に出た。右腕をしっかりと伸ばし、妹の左腕をぐいぐいと引っ張る。
 「痛い!やめて!」
 悲鳴を上げて私の手を振り解こうとする。精一杯の抵抗だというのはわかっている。私も負けじと両手で必死に引っ張り出そうとした。

 「いやぁ!!腕が千切れる!」
 悲鳴はいつしか涙交じりの叫びに変わった。

 数分後、妹は観念してごそごそとベッドの中から抜け出してきた。そのまま台所へと強引に連れ出し、朝食を出す。両親は既に出掛けており、家には二人しかいなかった。少しずつ口に含む妹。無理して口に入れているようにも見えたが、私は敢えて気にかけなかった。そうでもしないと妹は寝ること以外何もしなくなってしまう。病気が進行してしまった不特定多数の誰かと同じようになっていく妹を見たくなかったからだ。

 既に朝食を済ませた私は、「どうして起きたくないのか。」「何故そうなってしまったのか。」など、根掘り葉掘り聞き出そうとした。が、妹は知らぬ存ぜぬの一点張り。仮に風邪ならば自分の健康管理が原因だ。しかし、これは風邪のような疾患とは訳が違う。もしかしたら、妹も何故自分がそうなったのかもわからないのかもしれない。加えて自分が今ニュースで騒がれている病に蝕まれていることを自覚していない可能性もある。 
 それにしても彼女の応答にイライラさせられる。妹も同じことを考えていたようで、次第に言葉の節々に苛立ちが見え隠れするようになっているのがわかった。

 遂に私は、
 「一体どうしちゃったの?『知らない』以外に言葉がないの?些細なことでもいいから他の言葉を喋ってよ!」

 急に、冷えた感触が顔の半分を覆った。妹の手には空になったグラス。カッとなって水をぶちまけたのだ。

 険悪なムードのまま、妹は一言も交わすことなく部屋に逆戻りしてしまった。台所には、自分と妹が食べ残した朝食。そして途方もない苦労と虚無感が空気となって私を包んでいた。




 「せめて今日一日だけでも寝かせてよ。明日はちゃんと起きるからさ。」

 再び身を隠してしまった妹。この台詞を実行できた日は未だにない。この後はいつも再び夢の中。彼女の作り出した世界がどのようなものかはわからないが、きっと居心地の良いものなのだろう。むしろ、嵌って抜け出せないほど良すぎるのかもしれない。毒にも薬にもなるほどに。

 「眠る前に一つだけ聞かせて。」
 「何?」
 欠伸交じりの声。ベッドに入って間もないというのに。これはやはり病のせいなのだろうか。早くしないと答えを得る前に眠ってしまう。
 「乙穂が見た夢って、どんな内容?それならついさっきの出来事なんだし、答えられるでしょ。」
 「はぁ?そんなこと聞いてどうするつもり。言っとくけど、お姉ちゃんは出てこないよ。」
 吐き捨てるように言いながらも、布団から膨れっ面を覗かせる。だが、既に瞼は半分しか開いていない。
 それにしても夢に『出てこない』ということは、乙穂の世界に私は存在していないということになる。どうやら私は理想の姉ではないらしい。そしてその言葉を平然と言えるということは、自覚症状がないということを意味する。私は胸が苦しくなった。

 「それなら安心した。私が乙穂の夢の中で変なことやらされているよりはマシだもの。聞いた話は誰にも言わないから続きを話して。」
 「別に隠すような内容じゃないからいいよ。」
 少しの沈黙の後、妹はポツリポツリと語り出した。

 「私は高校生で、一人暮らししてる。高校は共純学院。ほら、一駅向こうの数年前にできた私立の学校。で、家はこの部屋をそのままワンルームマンションに入れたって感じ。」
 たしかに一人暮らしならば私は出てこない。それどころか家族全員が消えてしまっている。たった一駅電車に乗るだけで通える高校ならば、何も一人で生活することはないというのに。自分に理解を示そうとしない家族にうんざりしているのは前々からわかっていた。ただ私は関与したくなくて離れていたが。
 そして、共純学院。中堅の私立高校として相応の進学率を誇っているところだ。最近制服が人気だというのは聞いていたが、既に高校を卒業した私には関係のないことだ。両親は公立高校を受けさせようと躍起になっていたが、妹はこの高校に行きたくて仕方がないのだろう。そういえば以前、志望校を聞かれ、ポツリと漏らしたことがあった。が、親は妹の言い分を聞くことなく反対した。すべり止めでさえもだ。新しい学校というのが気に入らないのだろう。そのかわり由緒正しい歴史のある同レベルの私立高校は認めていた。

 「学校には知り合いが誰もいないの。それがお互いそんな感じで。だからすぐに溶け込めた。それに部活も大会優勝とかそれほど意識してないから、すごく気楽な感じ。レギュラー争いが熾烈だった中学とは大違い。」
 彼女はどこで影響を受けたのか、三年の夏休み前までバレーボールにのめりこんでいた。全国大会の常連校とまではいかなかったが、地区大会では常に上位の成績を残していた。それだけレギュラー争いも激しく、3年生が決まって大会に出られるわけではなかった。特に妹は補欠とレギュラーの間に立たされていたため、練習がない日でも、時間の許す限りボール一つで家を飛び出し、練習していた。それがテスト前であっても。その努力が報われたのか、毎回試合に出ることはできなかったものの、レギュラーになることはできた。
 そう考えると、バレーボールが心の拠り所だったのだろう。彼女の態度が荒れ始めたのは、受験勉強を盾に、父親にバレーボールを取り上げられた頃だった。ここまで熱心になれるものを見つけた妹を私はとてもうらやましく思っていたのだが、両親はそれがとても許せなかったようだ。

 「それで、他には?」
「最初は予知夢かなって思ってたんだけど、どこか違うんだよね。」
 「違う・・・・、って?」
 「うーん。日常生活が夢に出てきてるのに、掃除洗濯、それに食事作っている自分がいないんだよね。一人で暮らしているんだから当然すべきことでしょ。なのに、家では何もかもが知らないうちにできているんだよね。それに学校生活っていっても、授業を全く受けてないんだよね。朝登校したら、知らないうちに夕方バレーボールやってる。これって変でしょ?」
 「う、うん。」

 それ以上、言葉が出なかった。自分の理想が夢となって現れる不治の病のせいだなんて誰が言えようか。残酷すぎる。ここですべてを打ち明けてしまったら、妹は完全に塞ぎ込んでしまうだろう。もしかしたら一生起きあがってこないかもしれない。末期になると睡眠薬を日に何錠も飲むようになるそうだが、妹までそうなってしまうのは見ていられない。
 それにしても一日を理想ばかりの世界で過ごすのと日常生活を送るのと、どちらが幸せなのだろう。久しぶりに幸せそうな表情しているのを見ていると、どちらがいいのか本当にわからなくなる。

 視線をずらしたとき、机の上に置かれた新品のノートだけが視界にはっきりと映り込んできた。どこで、どのような目的で使うつもりだったのかはわからないが、この状態では等分触れもしないだろう。

 「そうだ。」

 手を伸ばしてノートを手に取る。間近でじっくり見てみても、表紙を開いた形跡はない。
 「それ、一回も使ってないけどどうする気?」
 「あ、うん。これに一日一ページ、前の日に見た夢の内容を書くっていうのはどうかなぁって。」
 その場の思い付きだった。予想通りの反論がなされた。
 「それに何の意味があるの?」
 「え、そ、それは、夢の中にあった違和感を書き出していくっていうのはどうかな・・って。」
 下手なこじ付け。それでも彼女は必死に何かを考えていた。ほとんど頭が回っていないのだろう。目をこすりながら、時として船を漕ぎそうになりながらも、何とか自制心を保っているようだった。

 「なんか、日記をつけるみたいで面白そうだね。夢の中と違って半永久的に残るし。じゃあ、早速明日からつけてみるよ。それじゃ、おやすみ。」

 それだけ言うと、再び眠りについてしまった。本日の活動時間は一時間にも満たない。それでも今日は動いた方だ。思考をめぐらせたり、反発したり。わずかな時間だったにもかかわらず、それだけの力があるのはむしろいいこととして捉えるべきなのだろう。
 妹からすればあれこれと模索した上の結論だったのだろうが、自力で起きて書くようには思えない。しばらくは私が起こして書かせる必要がありそうだ。




 一ヶ月が経った。

 世間では一朝一夕の治療法は見つかっていないものの、『不治の病』という認識は薄れてきた。感染の勢いも一時のことを思うと、原因不明のまま収束に向かっている。数日前のニュースでやっていたことだが、元の生活に戻り始めた人が何人も現れたそうだ。テレビで紹介されたのは無職の男性だったのだが、睡眠時間が昔とほぼ同じになってきたため再就職を目指して奮闘しているという。その背景には、眠ってばかりと悲観せずに見守ってくれた人がいたからだそうだ。周囲の人達はその人が夢に見たことと少しでも同じ環境を作りだそうとしてくれたらしい。
 男性の夢は毎日が休日のような生活だったそうだ。目が覚めてから夜になるまで自分のペースで過ごす。何もしない日もあれば、面白そうな映画を見に行く日もある。その人にとっての理想の日々。
 彼の夢の逆が現実。家族が彼の労働環境を調べてみたところ、残業ばかりで休憩時間さえなかったそうだ。もちろん休日も。その人は全く使われていない有給を使って休んでいたのだが、家族が彼に了解を取った上で退職させた。それからもすべてというわけではなかったが、彼が望む暮らしを支援した。すると、次第に家族が作ってくれた生活に目が行くようになり、一時間を目標に昼間動く努力をしたそうだ。
 そのおかげで今は自分らしい生活を送ることができて幸せとの言葉で締めていた。実はこの男性だけでなく、病から立ち直った人のほとんどがこのケースなのだそうだ。

 一方、妹自身はというと、最初はノートの三分の一も書くことができなかったのが、今では一日一ページが目標になったと嬉しそうに話していた。それだけでなく、家で少しずつ勉強するようにもなった。私も休日はなるべく家庭教師役を努めることにした。
 一方、両親はというと、相変わらず妹のことに何の理解も示すことはなかった。それどころか、少しずつ回復していく妹を陰で罵ることが多くなった。

 「『食夢病』で倒れることは一家の恥。」
 「起きられるのに家にいる馬鹿は迷惑。」
 「独学で合格できる程度にまでレベルを落とすのなら一浪すべきだ。」

 このような会話が毎日交わされた。
 また、「食夢病」は精神的な疾患であることから、カウンセラーが治療に当たることになっていた。妹も例外なく、週に一度、土曜日の午後に私と一緒に通っているのだが、両親はそれが気に食わなかったらしい。予約の電話を入れるときなど、必ずと言って良いほど無言で睨む。それでも私は家の電話でかけ続けた。

 そして今日は通院日。

 初診のとき、日記のことを打ち明けると、かかりつけの女性カウンセラーは興味を示した。それからというもの一週間分の夢の記述を読むことで今後の治療の参考にしていた。もちろん閲覧は妹の承諾を得た上でのことだが。
 妹の診療後、交代で私が部屋に入る。私の場合、治療ではなく家での様子や今後の方針を話し合うためだ。まずは、今回の治療内容の説明。日記では妹の住むマンションに私が度々遊びに来るようになったという。カウンセラーによると、それは妹が私を理解者として認めてくれた証拠であり、回復に一歩近づいたと太鼓判を押してくれた。私はそれがうれしくて仕方がなく、その日は妹と夕方まで久しぶりに遊び回った。
 しかし、家に帰るといつもの暗い雰囲気。妹はすぐに寝てしまったのをいいことに、私を質問攻めにした。内容はもちろん今日のこと。「治療のおかげで良くなっている」とだけ言い残し、部屋の戻ろうとした。詳細を説明しても無駄だと思ったからだ。
 突然、妹の日記のことが話題に上った。私は言葉を失う。そのことを知っているのは3人だけ。特に私自身は中身を見ていないというのに。
 彼らは私が学校やバイトで平日家にいないことをいいことに、妹が寝ている隙に日記を盗み見ていたらしい。親が子供のことを知ろうとして何が悪いと主張したことには呆れるしかなかった。たしかにそれは正しいことかもしれないが、書かれている内容は現実ではなく、理想というパラレルワールドでの出来事だ。
 それに対し、

 「あんな高校のどこが良いんだ。」
 「一人暮らしなんて早過ぎる。」
 「治療のためにこんな夢をわざわざ叶えてやる必要はない。」

 などと散々文句をつけた挙句、

「できた三流小説だ。」

 と鼻で笑うのを後に、私は自分の部屋へと駆け込んでいった。

 鍵をかけ、部屋の隅で静かに涙をこぼす。自分の無力さ。肉親の情けなさ。味方の少なさ。一ヶ月間に起こった様々な出来事が順を追って頭の中を廻る。そのとき、ふとカウンセラーの先生の声が脳裏を掠めた。

 「妹さんのことで何か行き詰まったら遠慮なく私に相談してね。この病気はどうやら無理をしている人や自信をなくしてしまった人にも感染するようなの。妹さんにとって頼みの綱であるあなたまでもが感染してしまったら、彼女は行き場をなくしてしまうわ。だから、何かあったときは必ず。」
 初診のときに妹に席を外させ、2人きりになったときにかけてくれた言葉。私には頼れる先生がいる。そう思うだけで、さっきまで追い詰められていた気持ちがすっと楽になった。
 そして涙やしゃっくりが落ち着いたとき、一つの疑問が生まれた。

 妹をあそこまで追い詰めたのは一体誰なのだろう。




 3月。妹は手当たり次第に受験した。結果、志望していた共純学院には受からなかったものの、他の学校からは合格通知が来ていた。この頃には以前と同じ生活を取り戻しつつあったが、解決しなければならない問題は今でも続いていた。

 「まさかこんな高校を選ぶとは、おまえはどこまで落ちぶれているんだ。」

 この家の人はどこまで妹の将来を潰せば気が済むのだろう。彼女が選んだ学校は共純学院よりもレベルが高く、あの状況で受かることが奇跡に近いと言われていた公立高校だったのだが、両親が反対している理由はその学校がある場所だった。電車を乗り継いで1時間。通学できない距離ではないにしろ、寮か下宿生活を視野に入れる必要がある。偏差値至上主義の両親が反対する理由はそこにあった。もちろん自転車で通学できる距離の学校も受かったのだが、彼女は自分のことを知る者が誰もいない場所で新たな生活を始めたかったらしい。
 一方、これまで何の策も講じてこなかった学校側は、妹が選んだ学校への進学を後押しした。表向きは「彼女のやりたいように」ということだったが、少しでもレベルの高い高校への入学しか考えていないことなんて、最初からわかっている。
 私とカウンセラーの先生は、学校側と立場は違えど妹を支持した。夢に見たそのままとまでは行かないが、全快に向けて着実に前進している。その後の結果はどうであれ、今はその波を止めるわけにはいかなかった。もしここで止まってしまったら、数ヶ月の苦労が全て水の泡となる。特にここ最近は、言動一つをとっても細心の注意を払うようになっていた。

 「乙穂、だいたい片道一時間はかかるところに進んで行くなんていうのは『自分は社会の弱者です』と言っているようなものなんだ。これはおまえのためを思って言っているんだ。」
 最近の食卓はいつもこの一方的な親の態度から始まる。妹のためなんていうのは見え透いた嘘のくせに。私のときも同じ言葉で怒鳴りつけて反対した。あのときは親の言いなりだった。自分の希望を突き通せるほど強くなかったからだ。今通っている短大も、卒業後大学への編入を条件に仕方なく進んだ。正確には大学の「短期大学部」と称されるところであるため、編入というよりは内部進学と言った方が正しいのかもしれない。お膳立てされた道を歩いてきた自分と、反発し続ける妹。正直な話、どちらが良いのかわからなくなってきた。

 「それのどこが私のため?気にしているのは私じゃなくて世間体でしょ。そんなに気にするなら、滑り止めのつもりで受けさせた学校こそ恥ずかしくて行かせられないんじゃないの。それに、希望通りの学校に行けないのなら、登校拒否して留年して、最終的には自主退学してやる。」
 口を開けば必ず押し問答。だが、どう考えても妹の言い分の方が正しい。妹のことを、「食夢病」のおかげでこの先を閉ざされた駄目な人間としか見ていない親の話は、いい加減耳を塞ぎたくなる思いだった。

 「2人ともおかしいよ。乙穂が病気になったとき、何が何でも完治させようって思った?乙穂が夢に見たことを少しでも叶えようと思った?2人がやってることはその逆。それに、妹が倒れたことよりも、その原因を作った自分達を恥ずべきじゃないの?乙穂を知っている人が皆夢に出てこなかったのは、この場所から逃げたいことの象徴だって。カウンセラーの先生が言ってた。」
 妹のためにここまで抵抗したのはこれが初めてだった。私はそのまま妹を引き連れて席を立った。


 「ねぇ。2人で家出ない?」
 私はずっと考えていたことをついに妹に打ち明けた。妹は酷く驚いていたようだった。
 「さすがに数週間後というわけにはいかないけど、一年間でしっかりお金を貯めて、2人で暮らそうよ。進学する場合、私が考えてる学部は少し離れたところにあるから一人暮らしは避けられないしね。」
 「え?」
 妹は困惑気味だ。答えに窮している。
 「それが、乙穂の考えてる高校、キャンパスの近くから通った方が断然近いの。だから、何とかして説得しよう。」

 話を終えたとき、妹は泣いていた。
 「高校って、自分の意思で行くものなのに、親の承諾や援助がないと何もできないなんて自分の非力さが情けないよ。」
 「大丈夫。大丈夫だから。学費全てというわけにはいかないけど、入学金と制服代と当面の授業料だけなら何とか。」
 公立高校とはいえ、全てを自分がまかなうことはできない。妹も奨学生になることやアルバイト生活を覚悟してもらう必要がある。それ位はわかっていると思うが。

 「夢の世界をそのままこの世界に映し出すって難しいね。」
 彼女がポツリと吐いた言葉が胸に刺さった。寝て見る幸せな夢なんて、所詮一夜だけの桃源の世界。でも、目覚めてからそれを追い求めるのは、長く辛い旅の途中にいるのと同じ。

 私達は昼間見る夢を叶えるために、妹が起きていられる間ずっと語り合った。

(終)
2004-02-06 21:30:43公開 / 作者:都瑚
■この作品の著作権は都瑚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして。
こちらの掲示板には初投稿です。投稿経験自体もあまりないため、すごく緊張しています。これからも積極的に載せていきたいので、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。発想豊かでおもしろかったです。あんまりどうこういえる立場じゃないんですけど、文の書き方がなんかいいなぁって思いました。それと桃源はやはり桃源郷からですか?作者は陶潜でしたっけ?
2004-02-05 02:54:14【☆☆☆☆☆】君影草
すいません、点入れ忘れました(汗
2004-02-05 02:54:49【★★★★☆】君影草
えーっと、とりあえず、終わらせてくれないと評価できない。いくつか文法的に突っ込みたいところがあるけれど、その辺は「書き慣れる」につれて減っていくものだから、とりあえず「推敲を死ぬほどしてくれ」とだけ言っておく。(これ、あんまり推敲してないだろ)あと、主語や目的語はできるだけ省略した方が恰好いい、と個人的には思う。まあ、主語を明示して書きたい、という人もいるし、その方がいい場合もあるから、なんともいえないけど。この辺も、やはり「書き慣れる」につれて安定してくるので、たくさん書いて下さい。評価は出来ないが、続きは気にならないこともない。ありがちな結末に行き着きそうな感じがそこはかとなくするが、内容は結構興味深い。でも、いまのままじゃ、あんまり面白くない。とにかく最後まで書け。いいから、感想なくても気にせず、がんばって書いて。次回に期待。
2004-02-05 07:52:16【☆☆☆☆☆】影狼
感想、ありがとうございます。君影草さんのおっしゃる通り、桃源は『桃源郷』からとったのですが、中国文学には疎いのでそこまでは知りませんでした。今調べたのですが、『桃花源記』という話に出てくるそうですね。そして、影狼さんのご指摘の通り、書きなれていない、推敲があまりできていないというのはこれからの活動において真摯に受け止めるべきだと思っています。また、主人公である姉の視点から描いているので、主語が多くなってしまっているのかもしれません。最後になりましたが、この話は掲載した分で終わりです。中途半端に思われているようですが、これ以上書いたらつまらなくなると思い、敢えて書きませんでした。ご了承ください。
2004-02-05 12:52:48【☆☆☆☆☆】都瑚
少し書き直しました。読むに連れていくつも修正箇所が見つかり、顔が真っ赤になる思いでした。
2004-02-06 21:32:44【☆☆☆☆☆】都瑚
計:4点
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