『御伽話-月の向こう-』作者:道化師 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 ただ一夜の出会い、ただ一度の温もり

「おい、タツ。今日山田の家行くんだけどお前も来ないか?」
「悪ぃ、今日塾なんだよ」
 せっかくの友人の誘いをこんな理由で断るのには気が引けたが、ウチの親は半端なく厳しかったので仕方が無かった。
「お前好みの女も来るぜ?」
「惜しいな。また誘ってくれよ」
「まぁその時はもうすでに誰かのモンだぜ」
 友人はからかうようにけらけらと笑った。
「じゃあな」
 俺は一人塾に向かった。
 塾帰りの道は暗く前が見えない恐ろしさがあった。タツは手に握った紙をグシャと潰した。
「あ〜あ やってらんねぇ」
 タツの成績は良いほうである。しかし、今回の数学はあまり良くなかった。――85点
“お前好みの女も来るぜ”
 そんな言葉を俺は思い出していた。俺には好みなど無い。誰でもいい、彼女にするのだったら……愛するのならただ一人しかいない。
「いつだったっけなぁ」
 思い出すのは満月と、池に浮かぶ蓮の花。

「うわ、最悪」
 パシャンと何か鞄から落ちた。それは参考書だった。その参考書は唯一親がくれたものだった。俺は何とか池に棒を入れて引っかからないか探していた。その池はちょうど塾の帰り道にあった。その池はまあまあ綺麗なほうで、昼間には散歩しに来る人も多かった。
「あ〜やってらんねぇ」
 棒で水をつつくと、水に映った満月がゆらゆらとゆれた。そして、ズルッと音がした。それは俺が落ちた音だった。俺は何とか地面につかまり助かった。その時自分の上に影があった。
「あはは。落ちてやんの」
 その女は爆笑していた。あげくに涙まで流していた。笑いすぎだ。
「ははっ、ごめん。はいこれタオル」
「どうも」
 俺は非常に腹が立っていた。まったく失礼だ。
「あたしツキコっていうの」
 俺はさっさと立ち去ろうと思ったが、また足を滑らせて転んだ。全くついてない。その姿を見てツキコはまた笑い出した。

「ゴメンゴメン。あんまり面白くてさ」
 ツキコはお詫びだと言って俺に缶ジュースを差し出した。
「にしても、綺麗な満月だわ」
 そしてその下に居るのは泥だらけの俺。頼むから照らさないで欲しい。
「じゃあ俺はこれで……」
 がしっ、と腕をつかまれた。ツキコはにいっと笑った。短い髪が月に照らされた。
「ねぇ、月の向こう見た事ある?」
「はぁ?」
 ツキコは俺で遊んでいるのだろうか。馬鹿にするのも程々にしてくれ。
「無いよ。お前頭おかしいんじゃないの」
 ツキコはしゅんとした。俺はさすがに言い過ぎたと思った。
「いや……あの」
 俺が戸惑っているとツキコは俺の瞳をじいっと見つめた。
「やっぱり?」
 ツキコはけろっとそう言ったので、俺は悪いと思った事を後悔した。
「何なんだお前は?」
「う〜ん。月から来た姫」
 ツキコは本当にどうかしている。
「どうせアンタ、家帰りたくないんでしょ」
 俺は驚いた。なんでこいつが知ってるのか。
「今日だけでいいよ、あたしの話聞いて」
 俺は仕方なく彼女の隣に座った。池がぼおっと見える。
「――あたしは逃げてきたの」
「そう」
 俺は単語帳を見ながら適当に相槌を打った。
「アンタには夢とか無いの?」
「別に」
「つまんないの」
 そう言われて少し嫌な気分になった。
「どーせ」
 俺は少し間をおいた。
「なにやっても無駄なんだよなぁ」
「そう?」
 ツキコは軽く俺の愚痴を弾き飛ばした。
「関数とかイラナイって」
「あ〜それはわかるかも。あと、三平方とか」
 ツキコが俺の話に乗ってくれたので、俺は色々と話し出した。というか気づいたらどんどん言葉が溢れていた。きっと色々溜まってたんだろう。その間、ツキコはニコニコと聞いていた。
「だから夢なんて意味ないし、ただの空想だし」
 俺がそう言ったとき、ツキコは少し悲しそうな顔をした。
「そんなことないよ。絶対叶う」
「そんなもんじゃないよ」
 自分で言ってて悲しくなった。俺にも夢があった。それが何かは言えないが。ずっと信じていた事もあったが、そんなのは無理だとあっさり否定された。
「あたしは信じてる、けど……逃げてきた」
 ツキコは夜空を見上げた。
「想いが通じないのは苦しい」
 ツキコはそれだけ、言った。俺も夜空を見上げた。
「月の向こうにも、こんな奴らいるんじゃねぇ」
 俺は何を言っているんだろう? 馬鹿じゃねえか。完璧にこいつに乗せられてる。だが、ツキコははっとしたように言った。
「――そうだね。眩しいだけじゃ無いんだよね」
「?」
「うん、わかった。ありがと。え〜っと」
「タツ」
「タツ。感謝する」
 それは眩しいくらいの笑顔だった。不覚にも俺は見とれてしまった。俺は思わず視線を池に向けた。
「あっ」
 俺は池に黒いものが浮かんでいるのが見えた。もしかして……俺は棒を持って池に向かった。
「うっしゃ」
 隣ではツキコが見ていた。引き上げてみるとそれは――
「綺麗な蓮」
 ツキコは眩しそうに見つめた。俺もそうした。本当に美しかった。しばらく二人見つめていた。
「うわっ」
 俺はうっかり足を滑らせて、また落ちた。ツキコはまた笑った。地面に必死でしがみつきながら俺も笑った。
「はい」
 ツキコは手を差し出した。一瞬ツキコの温もりを感じた。やっとの事で這い上がると、ツキコは池のそばに座り、パシャパシャと水面を叩いていた。ツキコの指は軽やかに動いた。今にもメロディーが聞こえてきそうだった。
「なんの曲?」
 ツキコは少し驚いた顔をしていた。
「夜想曲。タツへのお礼」
「どうも」
 俺はしばらくそれを聞いていた。そして、ツキコは一曲弾き終わると立ち上がった。
「じゃっ、また会おう。タツ」
 そう言ってツキコは走り去った。俺はただ呆然としていた。何だよツキコの自己満足じゃないか。俺は空しくなった。

 気づけば家の前に立っていた。少し思い出に浸りすぎた。玄関の戸を開けると、母親が立っていた。
「テストは?」
 俺は85点のテストを見せる。母親はねちねちと文句を言う。
「はいはい」
 居間に入ってテレビをつけた。母親はまだ何か言っている。
「今日のゲストは、ピアニストのツキコさんです」
 俺は目を見張った。ツキコはあの日と変わらぬ笑顔を見せていた。

「今回はツキコさんご自身が作曲した曲を演奏してくださるそうですね?」
「はい、ある人を想ってつくったんです。一度しか会ったことは無いのですが……」
「そうですか。それでは演奏して頂きましょう。曲名は“再会”」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。
2004-01-29 20:22:43公開 / 作者:道化師
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■作者からのメッセージ
ただ何となく書きたかったのです。
それだけです、この話は。
ピアノで感情を表すというのも難しいのです。
この作品に対する感想 - 昇順
優しい物語でほっとする感じがしました。最後のチャイムがツキコなのかどうかはっきりしていないところも想像を掻き立てて面白いと思います。
2004-01-29 20:33:22【★★★★☆】佐倉 透
主人公の日常や、ツキコとの他愛もない会話に和みを感じました〜
2004-01-29 22:10:29【★★★★☆】葉瀬 潤
一瞬、ツキコはホントに月から来た姫で、ファンタジーなのかと思いましたが、どうなのか気になりますね。ツキコのキャラがリアルに想像できます。
2004-01-30 20:21:06【★★★★☆】月城里菜
感想ありがとうございます。
2004-02-01 17:05:07【☆☆☆☆☆】道化師
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。