『偶然の乗客たち』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角6379文字
容量12758 bytes
原稿用紙約15.95枚
夜、高層ビルとビルの間から満月が輝く夜。
ざわめく街。あふれる人。まぶしいネオン。これだから都会は嫌いだ。
僕は黒のサングラスとスーツに、赤のタートルネックを着て、
タクシーを止める。手にはよれよれのカバン。
バスケットボールが2個くらい入る大きさだ。

タクシーの左後ろの扉が、僕を招き入れるかのように開く。
僕はそこに乗り込み、そのまま助手席の後ろの位置に座った。
パタンとドアが閉まると、
さっきまでのざわめきがウソみたいに車内は静かで心地よかった。
「お客さん、どこまでです?」
40代くらいの運転手がミラー越しに僕に声をかける。
「ここから一番近い空港まで」
僕は窓の外を見ながら、ぶっきらぼうにそう答えた。

このタクシーに乗ったのが人生最大、最強の過ち!
「もし一度、戻って人生をやり直せるなら?」
そう聞かれたら、僕はこのタクシーに乗る前に戻りたいって答える。
もちろん即答で。

「お客さん、若そうですけど、おいくつのかた?」
運転手は車を発進させながら僕に聞いてきた。
「25です。」
車の窓はまるでスクリーンのように動き出す。
いくつものネオンをかきわけ車はそのスピードを速めた。
「25かぁ。。いい時期ですね。今、楽しいでしょ?」
「別に。」
「好きな人とかいるんですか」
「いません」

しばらくすると運転手は黙った。
僕に会話する気がないのを悟ったんだろう。
それでいい。僕は会話するのが苦手だ。
美容院でも喫茶店でもどこでも、僕は人に喋りかけられるのを好まない。

タクシーに無線が入る。
「6号車」聞き取りにくい無線の声。
運転手は無線を口元に寄せ「乗車中、3361」と慣れた口調で答えた。
「あ。今の数字ね、行き先のことなんです。番号でわかるんですよ、この号車はどこに行くか。そうゆうので管理されてるんです」
誰もそんなこと聞いてないよ…。
僕は嫌味っぽく咳払いをして足を組み替えた。


運転手がきまずそうにラジオをつける。
FMのクリアーな声が車内に広がった。
「10時のニュースです」
もう10時か…腕時計に目をやると僕の時計は5分進んでいた。
僕は調節ねじを、まず横に引っ張りそれからクルクル回して
長い針を12のとこに合わせていた。

『今日、午後1時ごろ都内の銀行で強盗事件がありました…被害総額は…』
「最近多いですね、物騒な事件。」
運転手さんはチラッとラジオを見て、僕に言う。
『次のニュースです。ここ最近同じ詐欺師の犯行が相次ぎ…犯人はタ…』
「やめましょうね、こうゆうの。暗くなっちゃうから」
そういって運転手はラジオの声をさえぎり、再びラジオの電源を消した。

オレンジの街灯が一定のテンポで僕と運転手と静かな車内を照らす。
沈黙を破ったのは運転手の声だった。
「暗くなったついでに言いますけど…」
なんだよ。
「私ねー、もうこの仕事辞めたいんですわ。」
愚痴りだしたよ。こんなことならまだラジオを聴いていたほうがマシだ。
「ほら、私、リストラされてこの仕事始めたでしょ?」
はじめたでしょ?って知らねーよ、そんなこと。
車は赤信号で止まりウインカーのカチカチという音が響いた。
「やっぱりね、上手くいかないんです。お客さんにも上司にも怒られっぱなしでね。こないだも怒鳴られましてね、家に帰ったら妻と娘にですよ。もう耐えられんのですわ。」
信号が青信号に変わっても遠くを見つめるように運転手はいう。
「僕もそんなもんですよ。人生上手くいかないです。」
僕は心からそう言った。
「私ね、もう死にたいんです」
プーッという催促のクラクションを受け、
あわてて運転手はアクセルを踏む。
「そんな、まだ若いじゃないですか。これからですよ」
さっきまで冷たくあしらっていた僕も、
さすがに「死」という言葉のまえに説得をはじめた。
「お客さんが最後のお客さんかもしれないです」
僕は運転席を掴んで身を乗り出し思わず「は?」と聞き返す。
運転手は無線を手に取り、口元へ当てる。

「行き先変更。行き先変更。42219」

「なに勝手に変更してるんですか?!空港行ってくださいよ、空港!!」
僕はサングラスをはずし、運転手に向かって怒鳴った。
こっちだって客だ。運転手は客を目的地まで連れて行く義務がある。
「いいじゃないですか。お客さんも人生、上手くいってないんでしょ?」
「そりゃそうですけど…」
「じゃぁ寄り道ですよ。」
僕は納得いっていなかったけど、念のため聞いておく。
「どこ行くんですか?」
「42219ですよ」

42219… 42219…
「死にに行く」ぢゃねーかっ!!

「寄り道じゃなくて終着か」そういって運転手さんは笑う。
全然笑えないッ!!冗談じゃねーよっ!!このおっさんの顔はマジだ。

「おろせっ!!」僕は運転手に掴みかかる。
「おろせよっ!!」
「そんなことしても無駄です。もう決めたんですから」
「あんたが勝手に決めたんだろ!!あんたの決定を勝手に人に押し付けんな!!」

ふと前方に手をあげてタクシーを止めようとしている男がいた。
ヘッドライトに照らされて、男はまぶしそうな顔をしている
運転手はスピードを緩め、その男に近づいて、窓を開けこう言った。
「どこまでですか?」
すると男は僕の行き先を聞いてくる。
「助けてくれ!!」僕は質問には答えずにその男に叫んだ。
運転手は「ちょっと黙っててください!!」と僕に言って、
すぐに笑顔で「この人は空港までです」ニヤリと言った。



相乗りになった車内には、
再び運転手がつけたラジオから流れるJAZZの音楽に包まれていた。
さきほどの男は、年齢は運転手より少し上の年代で
茶色のコートを着ていた。
話によると、旅行から帰ってくる孫を空港に迎えに行くらしい。
僕は「このタクシーは空港には向かっていない」なんて言えなかった。
言ったら、この運転手は何をするかわからない。そんな感じがした。

車で10分ほど走ると、ケータイの陽気な着信音が鳴った。
「お。孫からです。」
そういって先ほどの男がケータイの画面を見て嬉しそうに言った。
運転手は冷たい目をしてミラー越しにその姿を見ている。
僕はそれに気づいてゾッとした。
「おー、着いたか?うん。おじいちゃんは今、空港に向かう途中だよ。うん、国道112号の焼肉屋さんの前を通り過ぎたとこ。」
男がケータイで通話中、僕は運転手から口止めをされた。
「騒いだり、さっきのこと言ったら自分の死を早めるだけですからね。どうせならみんな道連れです。3人で死にましょうよ」

なんなんだ。こいつは。僕はこんなとこで死ぬわけには行かないのに。
空港に行って…。空港に行って…。

「すいませんでした。
いやー、急に電話かかってきてビックリしちゃいました」
男は何も知らないといった様子で、僕と運転手を見ながら話しかけてくる。
「元気でした?お孫さん。」運転手は満面の笑顔で聞く。
「はい。とても。」

一体、このタクシーはどこへ向かうんだろう。
空港を目の前にして、タクシーは急カーブする。
僕らは身を投げ出され、横のドアにぶつかる。
先ほどの男もさすがにビックリした様子で
「なにしてるんですか?!」と運転手に問い詰めた。
「この近くにね、大きな崖があるんです。そこに行きましょう。
誰も来ませんよ。誰にも気づかれませんよ」
運転手の顔を、前から来た車のライトが照らす。
「あなた、なにいってるかさっぱりだ!!私は空港に行って…」
「なに言っても無駄ですよ」僕は男の言葉をさえぎった。
「この運転手、覚悟決めてる。死ぬ気なんですよ」
「え?」男が僕を見る。
「このタクシーは空港なんて行きません。行くのは天国か…地獄か…」
このセリフを言ったあたりから僕は、半ば諦め気味だった。
さっきから無理矢理扉を開けてここから逃げようとしても、
どうゆうわけか開かないし
運転手の顔は顔面蒼白で鬼気迫るものがあった。
僕は逃げることを諦めた。
車は森を突き抜けて進む。都心から車で1時間ほどのところなのに、
そこはどこかの田舎道のように明かりのない真っ暗な道。
明かりはこのタクシーのライトと、
ときおり対向車線から車が来るときの明かりくらいだ。
長い長い坂を登ると、一気に目の前に海がひらけた。

「俺の計画もここでパァだ」
僕は思わずつぶやいた。
「計画?」男が聞き返す。
そのとき車体がはげしく上下に揺れた。
岩の上を走ってるようだ。そして運転手は言う。
「着きましたよ」
車の窓から外を見ると、そこは断崖絶壁の崖の上で、
あと少しアクセルを踏めば波のうねる、冷たい冬の海にまっさかさまだ。
「どうせ最後なんです、今までの人生に懺悔でもしましょう」
運転手はボソッと言った。
「じゃぁまずそちらの男のかたから」
運転手は男を見る。
「私は悔いるような行いはしていません。
だから何も言うことはありません」
運転手はククッと笑いながら、「じゃぁ、あなた」と僕を指さす。

「俺ね、銀行強盗なんです」
自然に口から真実がこぼれた。
そう僕は銀行強盗だ。
今日、都内で人を一人殺して銀行に強盗に押し入った。
手に入れた多額のお金で海外へ逃亡をはかるところだったのに、
「なんでこんなことに…」僕は頭を抱えて泣きじゃくった。
「死にたくねぇっ」
「あなた…」男が僕を見る。「人を一人殺してるんでしょう?!」
僕はそれを泣きながら黙って聞いている。
「きっとね、被害者の女の子もね、あなたに殺されるとき
そう叫びたかった!!きっとそうです。
なにを今さら、死にたくないなんて…」
「あれは仕方がなかった!!殺すつもりはなかったっ!!
あの日、俺は空き巣に入った家で、あの少女に顔を目撃された…
捕まるのが怖かった!!」
「そんなのおまえの勝手だろう!!」男は僕に向かって怒鳴る。
「まぁまぁ、そのへんで」
運転手は確実に楽しんでいた。僕らのやりとりを。
まるで他人事のように遠くの出来事みたいに眺めていた。
「じゃぁ最後に私の懺悔です。
そのまえにみなさん手をだしてくれますか。
最後に私からのプレゼントです」
そういわれて僕と男は素直に手を出した。

すると

カシャリ。

「なにするんですか?!」僕は運転手を見た。
僕の右手首。男の左手首に手錠がはめられている。
「私ね、詐欺師なんですわ。」そういって運転手は怪しく笑う。
僕はふと、車内のラジオで聞いた10時のNEWSを思い出す。
『今日、午後1時ごろ都内の銀行で強盗事件がありました…被害総額は…』
そう。これは僕のことだ。被害総額は1億。まぎれもない僕のNEWS。
問題はこのあとだ。たしかあのとき、
「最近多いですね、物騒な事件」運転手がたしかそう言ったあと、
『次のニュースです。ここ最近、同じ詐欺師の犯行が相次ぎ…犯人はタ…』
というNEWSが流れた。これはコイツのことだったんだ。
そういえば耳にしたことがある。新手の詐欺の話。
犯人はタクシー運転手を装い、金を請求するんだ。
なんで気づかなかったんだろう。
「さぁ、お金だしてもらいましょうか?だせないのなら、あなた方にはここで死んでもらいます。車と一緒に海にボチャン」下は断崖絶壁の崖だ。
手錠をかけられた状態で、
あの海の中に落とされたら100パーセント死ぬだろう。
僕はあわてて、茶色のヨレヨレのバックから、
今日盗んできたお金を掴み運転手に渡した。
「これ!これで、助けてください!!
あなたのこと、誰にも言いませんから!!!」
僕の声は震えていた。
「さぁ、そっちの男の人はどうするんですか?」
そう言われると男はニヤッと笑った。
「払う必要はありません」
この男、なんでこの場面でこんなに堂々としていられるんだ?
そのとき、さっきの男のセリフが頭をよぎった。

「きっとね、被害者の女の子もね、あなたに殺されるとき
そう叫びたかった!!きっとそうです。なにを今さら、死にたくないなんて…」

!!

僕は一言も女の子を殺したなんて言ってない。
ましてやニュースではまだ強盗のことしか放送はされていないんだ。
家族のプライバシーのことも考え、まだ正式には発表されてないはずだ。
もし知っている人物がいるとしたら…

「残念だ。じゃぁあなたにはここで死んでもらいましょう。
ついでに強盗さんにも」
「殺せるもんなら、殺せばいいさ。」男は言った。
詐欺師はシートベルトをはずし、扉をあけて外へ出る。

その瞬間だった

暗闇だったばずの崖に無数の車のライトがついた。
詐欺師は手を顔にかざす。「な、なんだ?!」

そう。もし、僕が少女を殺したことを知っている人物がいるとしたら、

それは警察。

男は手錠をされたのと逆の手でケータイに向かって叫ぶ。
「銀行強盗及び殺人の容疑で江嶋幸彦、
0時13分逮捕!そちらの男は連続詐欺事件の容疑者!大至急確保しろ!」
車はいっせいに赤いランプを点灯させる。車はパトカーだった。
警察官が僕たちのタクシーと詐欺師を取り囲む。
「な、なんでだ?!俺の計画は完璧だったはずだ!!」
「あぁ、完璧だったさ。どうせ金を払っても殺す気だったんだろう?目撃者もいなければ、犯罪は立証されないってこった」
「なぜバレた?!」詐欺師はタクシーの中の刑事に言う。
「俺は最初はずーっとこの男を張ってたんだ」
そういってアゴでクイッと僕をさす。
「一人でいるとき、こいつを見つけてな。なにせ人、一人殺してる。
俺だけじゃ危ないと思って仲間が来るまで尾行することにした。
そしたらこいつはタクシーに乗り出した。そう。おまえの偽タクシーだ。
俺は先回りして、タクシーの乗客になりすますことにした。
そっちのほうが捕まえやすいからね。
そして着いた崖でコイツと、お前らが自分達から詐欺師だの強盗だの
喋り始めた」
「じゃぁ、この数の警察はいつ呼んだんですか?!」僕は聞いた。
「孫から電話、かかってきたフリをして場所と目的地を伝えてた。
まぁ、空港じゃなかったのは予定とは違ったみたいだけど、
そこは我々もプロなのでね、アドリブが聞く」

そして僕と詐欺師はガクッと力が抜けた。
このタクシーに乗ったのが運のつきだった。
そして詐欺師も、このタクシーを相乗りにさせたのが運のつきとなった。

僕らは捕まった。

赤いサイレンの鳴るパトカーの窓からぼんやり外をながめる。
ざわめく街。あふれる人。まぶしいネオン。これだから都会は嫌いだ。
僕を笑ってるようで、僕を一人ぼっちにさせる。

翌朝。

『朝のニュースです。昨夜、銀行強盗と詐欺師が同時に同じ場所で逮捕されるという事件がありました。一緒に便乗していた田中康人刑事が客になりすまし・・・』

『くりかえします。昨夜、銀行強盗と詐欺師が…』

2004-01-07 11:30:01公開 / 作者:律
■この作品の著作権は律さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
突っ走って書いた感じです。
「もっと上手な文章を
書けるようになってから
また書きたいな」と
これを書いてて思いました。
この作品に対する感想 - 昇順
最後まで読んでビックリしましたー。最初のラジオがキーワードになっているなんて思いもしませんでしたよー。いい意味で読者を裏切るこの展開は素晴らしいと思います。
2004-01-07 12:14:45【★★★★☆】輝
すごいです。うまい事話がまとまっていて最後に犯人かよ!って(ぇ。面白かったです
2004-01-07 12:45:04【★★★★☆】はるか
輝さん、はるかさん感想どうもありがとうございます♪そういってもらえてよかったぁ^^
2004-01-07 13:01:39【☆☆☆☆☆】律
一つ一つが繋がっての結末がとても面白かったです。
2004-01-07 17:52:03【★★★★☆】道化師
失礼ですが、このお話出来過ぎてはいませんか?
2004-01-07 21:13:31【☆☆☆☆☆】景麒
doukeshisann
2004-01-07 21:21:56【☆☆☆☆☆】律
↓すいません。間違いました。道化師さん、景麒さん感想ありがとう♪出来すぎてますか^^;?たしかに犯人同士が乗り合わせて、そこに刑事が乗ってくるなんてありえないですよね(笑)
2004-01-07 21:25:41【☆☆☆☆☆】律
展開が速いので、最後まで飽きずに読めました。面白かったです
2004-01-08 21:52:43【☆☆☆☆☆】ユミ
すいません、点数入れ忘れました。
2004-01-08 21:53:58【☆☆☆☆☆】ユミ
な、何度も本当にすいませ…
2004-01-08 22:27:35【★★★★☆】ユミ
ユミさん、ありがとう^^あやまらなくて平気♪面白いといってもらえてよかったですvv
2004-01-08 22:35:22【☆☆☆☆☆】律
物語の進みは若干ご都合的なところがあったんですが、読んでいる間はそれを感じさせない上手い運びだと思います。
2004-01-11 21:23:28【★★★★☆】佐倉 透
ドキドキしながら読ませていただきました。とてもおもしろかったです。ラジオがキーワードか…スゴイですね(?
2004-03-31 11:18:28【★★★★☆】ナグ
計:24点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。