『星の旅人』作者:エテナ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.4枚
星の旅人

 それは、耳が痛くなるほど静かな、青白い夜のことでした。水銀のように光る海の水面を、ひとつの小さな木船が進んでいます。船の影がゆらゆらと後ろになびいていました。こびとの弟が海をのぞくと、その顔も波の上にゆらいで見えました。兄さんはゆっくりと船をこいでいます。辺りには鈍色の岩の島があちらこちらに浮かんでいました。ふたりはひとつの岸を指差し、そちらを目指して櫂をこいでいきました。水の音すら、宇宙の彼方へ消えていくように遠くに聞こえたのです。ふたりは浅瀬に船を寄せて、岩の岸に降り立ちました。
 空を見上げると、大きな白い月が輝いて、夜の海辺を照らしていました。流れてゆく雲は、桃色やオレンジのマーブルになってもやもやと影を落としていきます。空のずっと向こうには金や銀の星々が折り重なって、どこまでも深く群青色の闇の中に続いているのでした。本当にこの夜空はオーロラを広げたように虹色だったのです。
 こびとの弟も透き通った虹色の影を背中に伸ばして、手をひたいにかざします。そばにある大きな岩の影まで透き通っています。辺りを見渡しますが、ただりんとした大地が広がっているだけで、誰の姿も見えません。
「にいさん、やっぱりここにも誰もいないみたいだよ」
「うん、そうみたいだね」
 兄さんのこびとも悩むようにうなずきました。
 ふたりは生まれてから今まで一度も他人を見たことがありません。どこかにいるはずの仲間を探して、たったふたりで長い旅をしてきたのでした。
「みんなはいったいどこにいるんだろう。もうこの星にはいないんだろうか」
 兄さんのこびとがつぶやきます。
 そのとき、弟のこびとの瞳に突然ひとすじのまぶしい光が流れていきました。
「にいさん、あれを見て」
 息を呑む間もなく、弟のこびとは指を差します。大きな夜空に、金の粉を散らしたような光のすじが横切っていくのです。群青色の闇の中から青白い月の光に飛び込み、マーブルにかすんだ雲のわきも越えていきます。左から右へ、まっすぐ空を昇っています。周りの星々はぴたりとも動きません。くっきりとわだちを残しながら、金の光は川のように流れていきます。あまりに遠いので粉粒のようにしか見えませんが、よく目をこらして見ると、それは兄弟たちと同じこびとが、船に乗って空へ飛び立っている群れだったのです。みんな本当に金色に光って船をこいでいます。
「みんなあんなところにいたんだね。もう飛び立っているよ」
 こびとたちはまだ見ぬ仲間たちを探して星の旅を続けていくのです。
「にいさん、ぼくたちも行こうよ」
「そうだね。ぼくたちも行こう。ふたりきりではさみしいもの。みんなといっしょに行こう。ぼくたちはみんな、ひとりきりでは生きていけないのだから」
 ふたりも船に乗って櫂を手に取ります。そうして他のこびとたちといっしょに空へ飛び立ちます。ふたりきりだった兄弟も金色の光のひとすじになって星を去ります。
「さようなら、きれいな星。さようなら、大好きな星」
 マーブル色の雲を越え、星々に手を振り、ふたりのおさない兄弟はまた長い旅へ出ます。
 こびとたちが去ったあと、岩の岸には兄弟たちの影がまだ虹色になって残っているのでした。
2015-01-15 12:49:00公開 / 作者:エテナ
■この作品の著作権はエテナさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
忙しい日々が続いて小説を書くような身ではなくなってしまいました。なんとか作品を書けないかと思って、自分でも無理なく書ける枚数のものを書かせていただきました。
少ない枚数で読む人を納得させられるようなものを書くのはとても難しいと感じました。
久しぶりに投稿できて、うれしいやら緊張するやら。
ありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
おおう、これはまた随分と懐かしいお名前で。お久しぶりです、お元気ですか。
しかし開口一番、神夜は言う。――なんだこれは。いや貶すとかそういう類の言葉ではないのですが、なんだこれは。絵本的な何かか。申し訳ない、申し訳ないんだけれども、神夜はこういう物語で、おそらくは作者が描きたかった、あるいは伝えたかった「何か」を読み取る能力が、決定的に欠如しているんだ。だからこの物語で、エテナさんが書きたかったであろう「何か」がまったく読み取れない。すみません。
ただ、全体を通して澄んだ情景描写に関しては、素直に綺麗だと思う。特に最後の「マーブル色の雲を越え」っていう表現、たぶん自分なら絶対に思いつかない書き方である。
久々にお名前を拝見出来てよかったです。願わくばまた、作品をお見せ頂ければ嬉しいです。
2015-01-16 14:47:28【☆☆☆☆☆】神夜
神夜様
お久しぶりです。ずいぶんとご無沙汰してしまいました。神夜様もお変わりなかったでしょうか。
ほんと、なんだこれ〜???みたいな感じだったでしょう(笑)。私もここまでストーリーを排除した短いものは初めてだったので、苦情がたくさんくるのではとちょっと心配してました。
私はこれを書くとき、絵描きさんが色を重ねて一枚の大きな絵を描くように、私も言葉を重ねて一枚の大きくてきれいな絵を描いてみたいと思って書きました。なので、綺麗だったと言っていただけるのが、何よりもうれしいです。
私は今までどちらかというと、人付き合いをするのが嫌だったのですが、ここ数年、周りの人たちに助けていただくことばっかりで、人は一人では生きていけないのだということをこの歳になって感じるようになってきました。今まで見守って下さったたくさんの方たちに感謝の気持ちを込めて、「ぼくたちなみんな、ひとりきりでは生きていけないのだから」というセリフを入れさせていただきました。
自分という星から他者という星へ、人は常に旅を続けているような気がします。特に望まなくても、知らないうちに人との出会いがあったりしますもんね。私も、作品を投稿するのもそうなのですが、自分という星から他者という星に向かって旅を続けて行くんだろうなあと思います。
あはは、なんかジメジメした話になってしまいましたね(^_^;)
また何か書けたら顔を出したいです。
ありがとうございました。
2015-01-17 16:12:53【☆☆☆☆☆】エテナ
 こんにちは。この作品を読んで、三日月の船に乗って天の川を漕いでゆく――みたいな万葉集か何かの歌を思いだしました。外国の方はこれを「言葉の宝石箱や〜」みたいな感じで評価したそうですが、日本ではマイナーな歌なんですよね。ええと何が言いたいかというと、エテナさんの作品も同じで、美しすぎてすでに高いところに行ってしまっているんですね。できればぼくたちの近くで、できれば暗い影も描いたような作品を読ませていただきたい……そんなことを思いました。えらそうに自分の好みを語ってしまってすみません。よければ次回作も読ませてください。
2015-01-18 23:48:01【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
……哀しいくらい綺麗ですね。
読後、どこか岩の影から貧相な狸が現れて、岸に残された兄弟の虹色の影にふんふんと鼻を近づけている姿など、思わず浮かんでしまいました。
しかしまあ、肉球のある前足では櫂を操れない狸でも、この美しい夜空になら、こびとさんたちを追って翔びたてそうな気もします。
2015-01-19 01:19:55【★★★★☆】バニラダヌキ
こんばんは、お久しぶりです。
なるほど、これは確かに一枚の絵のようですね。見事に美しくて、そして寂しい。兄妹たちの虹色の影が残った、というくだりなど、すばらしいイメージだと思います。この際、ストーリーとかテーマとかは、まあ置いておいてもいいんじゃないかな、というのが僕の感想です。またいつか、次の作品も読ませていただきたいと思います。
2015-01-22 18:36:52【☆☆☆☆☆】天野橋立
ゆうら 佑様
こんにちは。読んで下さってありがとうございます。
今回のは情景描写に力を入れてメッセージ性を欠かしてしまったので、申し訳ないです。本当に頭の中に思い浮かんだこのきれいな景色を、自分の言葉で描いてみたかったんです。上手に書けたところもあれば、上手くいかなかったところもあります。私も高いところへ飛んでいければいいのですが、なかなかそうはいかなくて、難しいです。
今度は楽しく読んでいただけるものを書きたいですね。今回のものも、私自身は楽しく書いていたつもりだったんですが、思い返してみればしんどい執筆期間だったなぁと思ってしまうので(^_^;)今はなんだか完全燃焼してしまったような気分です。

バニラダヌキ様
ご無沙汰しています。
ああ、楽しんでいただけて本当によかったです。こうして喜んでいただくために書いていると言っても過言ではないです。こうやって誉めていただけると、書くことがやめられなくなっちゃいますね。いえ、あんまり幻想にばっかりふけっているのも毒ですが。
5枚以下の作品を集めて超短編集でも作ろうかと思ったのですが、ネタがなければ書けないですし、マンネリにもなりそうですし、何より私自身がすぐに飽きそう……ということで、企画倒れしました(笑)。
今は作品を出せたという満足感でいっぱいなので、しばらくは書く気力が戻るのをゆっくり待ちます。

天野橋立様
お久しぶりです。お元気でしたか。
そういうふうに言っていただけると、書き手冥利に尽きます。
若かったころ簡単なCG画なんかもやったことがあるんですが、たぶん私は文章で絵を描くほうが、まだ向いています。本当の絵を描くのはまったく向いてないです(笑)。
ネット上でもきれいなCG画がたくさんあって、しばらく見入ってしまうほどのすごい絵にも出会ったことがあるのですが、そういうのを見ると、やっぱり自分の手でもきれいな世界を書いてみたくなってしまうんです。
また書いてみたいなと思う景色があったら、作品にするんだろうなと思います。
2015-01-30 12:27:55【☆☆☆☆☆】エテナ
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。