『二〇五四年』作者:本宮晃樹 / SF - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
日本に限らず、先進諸国のいずれもが、延びすぎた人間の寿命への対応を迫られている。日本は、むかしながらの方法をリバイバルさせることにより、これへの対処とすることを選んだ。温故知新である。
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 今日も、ニュースががなりたてている。
「今年度の後期高齢化率は、内閣府の調べによりますと、人口に占める割合が四十七パーセントに達し、ほぼふたりにひとりが、七十歳以上の高齢者という結果となりました。これを受けて、政府では高齢者削減法案を国会に提出、与野党間での激しい対立が予想されております。同法案は、高まる民間からの要望に応えたかたちでの、異例の法案であり、同法案の成立可否をめぐって、世論の注目が集まっています。さて、次のニュースです――」


     *     *     *

 都心から離れたのどかな登山道を、ひとりの男が歩いている。中肉中背、顔にもこれといった特徴はない。強いて目立つ点を挙げるとすれば、こんな里山には不釣り合いの、人間ひとりくらいは入りそうなばかでかいザックを背負っていることくらいだろう。
 彼は三十路を少しすぎており、体力の低下は著しく、この山行にほとほと参っていた。初夏の陽射しは強く、そして荷物は信じられないほど重い。それでも彼は、倦まず弛まず、えっちらおっちら、登山道を登っていく。
 差し当たり重要ではないのだが、この男は保険外交員を生業としており、このご時世に妻子持ちの、哀れな三十三歳だった。そしてもちろん、登山なんぞは彼の趣味ではない。

     *     *     *

 NPO法人「日本の今後を考える会」理事長の講演より、一部抜粋。
「――というわけで、昨今の労働力の低下と、消費指数の下落には、顕著な相関関係があるのであります。高齢者が増えれば、どのようなかたちであるにせよ、彼らを養わなければなりません。それには当然、お金がかかりますね。時間もかかります。結果的に、ぜいたく品に使える余剰金は、家庭から消え去ります。では、介護施設はどうか? ためしに、最寄りの施設に連絡してごらんなさい。十五年先まで予約でいっぱいでしょうから。あえて憚りなく言ってしまうと、果たして高齢者たちに存在価値はあるのでしょうか? わたしはこう断言します。『働かざる者食うべからず』と!」
 賛成と反対の入り混じった怒号が会場を席巻し、壇上の理事長に向かって殴りかかろうとしている男性を、警備員が止めに入る――。


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 三十路すぎの男は、額に浮かべた汗をぬぐい、途中の小ピークで休憩をすることにした。巨大なザックを下ろし、水筒から塩素殺菌されたまずい水を飲む。上を見上げ、登山地図を取り出し、まだ当分かかりそうなことがわかると、彼はため息をついた。こんなことは、さっさと済ませてしまいたいのだ。
 すると、ふもとからえっちらおっちら、男と同じように、途方もなく巨大なザックを担いだ青年が登ってきた。
「こんにちは」
 男は、片手をあげてみせる。「いい天気ですね」
「まいど」
 青年も、どっかとザックを下ろし、汗をぬぐう。「ほんま、しんどいねんな」
「関西の人かい?」
「せやね」
「遠いところから、わざわざご苦労なことで」
「六甲山あたりも、指定区域になったらええねん」
 関西人の青年は、これまた塩素殺菌されたまずい水を、がぶりとのどに流し込む。「えこひいきとちがうか」
「もう少し待てば、そのうちなるんじゃないかな」
「せやろか?」
「署名、集まってるらしいから」
「そうやとええんやけどなあ」
 青年はどっこいしょ、と声に出し、三十数キロものザックを担いだ。「ほな、いこか」

     *     *     *

 テレビ番組「公開討論! 弁護士会VS法学教授陣」より、一部抜粋。
「――ですから、直接手を下したら殺人罪で、捨てにいったらそうじゃないってのは、これは解釈の問題だけの話だと思うんですよね」
「感情的に見ればそうでしょうが、厳密に刑法に照らし合わせた場合――」
「それがおかしいって、言ってるんですよ。こういう流れになってきた以上、刑法そのものを変えなきゃいけないんじゃないですか?」
「ちょっと待ってください。それは、高齢者を殺しても殺人にならない、と、法律をこのように変えろと言ってるんですか?」
「そこまで極端な話じゃなくてですね――」
「それ以外に、解釈のしようがないと思いますが」
「いや、だからね、そういうことじゃないでしょ。そうやって揚げ足ばっかり取るから、法律を変えるのが遅れて、あとになって、たくさんの〈犯罪者〉を釈放することになるんですよ」
「それは、逆もまた真なりでしょう。いまのところ、高齢者の投棄は合法化の流れで進んでますが、もしそうじゃなくなったら、たくさんの〈一般人〉を逮捕することになるんですから」
「そうじゃなくなるなんてことが、考えられますか? 少なく見積もっても、ここ三か月の、全国の後期高齢者投棄人数は、五百人を下回らないと言われてるんですよ!」
「ですから、これはあくまで想像上の話であって――」
「象牙の塔にこもりきりの先生方は、のんきなもんですね。『あくまで想像上の話』ですか」
「さっきから、なんなんだよ、お前。おい、そこのいけ好かない若造だよ、こっち向け――」
 このあと、番組は視聴に耐えかねるような修羅場と化し、生放送は一時中断、「しばらくお待ちください」のテロップが、二十三分にわたって表示された。


     *     *     *

 登山道は、山頂までの急登をすぎ、起伏の少ない緩やかな道になった。ふたりは吹き出す汗をぬぐって、一度休憩することにした。
「きみ、まだ若いよな」
 三十路すぎの男が言った。「仕事はなにをやってるんだい?」
「わい、大学生やってんねん」
「ほう! こりゃ驚いた」
 学生数の極端な減少により、私大が軒並み閉校している世の中にあって、大学に通える人間は、ほんの一握りにすぎない。いま残っているのは、高倍率の超難関校ばかりである。保険外交員の男はというと、ようよう高校を卒業できた口だった。労働力不足から、実はそれだって並大抵のことではないのだが。
「いや、本当に大したもんだよ」
「ちゃう、ちゃう。大したもんとちゃう」
 青年は、深いため息をついた。「みんなが必死に働いとるなか、大学て。わい、もう辞めたろ思てんねん」
「せっかく入ったんだ。卒業までがんばりなさい」
「――おっさん、ええ人やな」
 ふたりは顔を見合わせた。ここに、この荷物を背負ってきている時点で、どうまちがっても〈いい人〉ではないのだ。ふたりとも、自嘲気味に笑って、目前のピークを目指し、もうひと踏ん張りする。

     *     *     *

 ウエブマニュアル「MINK☆の正しい姨捨」より、一部抜粋、要約。
?ホルムアルデヒド、クロロホルムなどの毒性炭化水素の入手(専門の取り扱い業者の参入により、従来と比べて入手が簡単になりました。ただし、詐欺に注意! 相場は、おおよそ三万円前後です)
??を対象に投与(ここで分量をケチると、指定区域の山までの移動中に、対象が覚醒するおそれがあります。ここは奮発しましょう)。
?指定区域の山を、山頂まで登り切る(事前に対象へ食事制限を課しておき、限界まで体重を減らしておかないと、この行程はたいへんきついです。理想は三十キロ台)。
?対象を、山頂に投棄(姨捨の有効範囲は、各地方自治体によって厳密に定められています。そこから少しでも逸脱した場合、現行刑法では殺人罪が適用されるおそれがあります。くれぐれも慎重に)。
?下山後、帰宅(家に帰るまでが姨捨です。あなたが食事制限によって対象の体力を十分に削っていなかった場合、あとをつけられていることも。その場で殴り倒し、再び登山をしましょう)。


     *     *     *

 山頂は、ふたりが想像していたような見晴らしの効いた場所ではなく、灌木の生い茂る、陰鬱な雰囲気だった。無造作に、そこらあたりにくくりつけられた看板によって、かろうじてここがピークであるとわかる程度。
 ふたりは大儀そうに腰を下ろし、ザックを地面に横たえる。
「ほんま、しんどいわ。やってられへん」
 関西人の青年は、なにげないしぐさでザックの口を開け、中身を地面に放り出した。それは、彼の曽祖父だった。
「まったく、その通りだな」
 保険外交員の男も、それに倣う。彼の祖母は、毒性炭化水素がよく効いているらしく、死んだように眠っている(ちなみに、この薬物を入手する際、彼は持ち前の営業手腕を発揮して、二万七千五百円まで値切ることに成功している)。
 山頂には、腐りかけたやつや、すっかり腐ったやつ、白骨になっているやつなど、さまざまな死体が転がっていたが、なかにはまだ生きている老人もいた。がりがりに痩せ細ったその老人は、なにやら小声でぶつぶつつぶやいている。
「ほな、いこか」
「うん……」
「おっさん、なに暗くなっとんねん」
「べつに、そういうわけじゃないさ」
「わいは、大学にいかせてもらっとるさかい、こういう汚れ役は進んで引き受けとる。これは、若いもんの義務やと、わいは思う」
「立派な志だな。恐れ入るよ」
「――あんなあ」
 青年は、呆れたようにため息をつく。「わいかて、こんな胸くその悪いこと、したないねん。せやけど、おまはんとこも、おかんとかおとんを捨ててまわんと、食っていかれへんのとちがうか?」
「――食っていかれへん」
「ぶはは、まねすんなや」
 青年は、むりやり笑顔を作ってみせる。壮年の男も、つられて笑ってみせた。ふたりとも、目は笑っていなかった。
「あかんねん」
 青年は、誰にでもなく、つぶやいた。「これは、やらんとあかんことやねん」
 壮年の男は、帰りぎわ、真新しい看板に書かれた文字を、うっかり読んでしまった。看板はふたつあり、その内容は、こうである。

ストップ! 本当に捨てる必要あるの?
人としてのモラル「も」捨てるのですか?


「けったくそ悪い、なんやねんこの看板」
 青年が〈人としての〉のほうを蹴ると、土台がもろかったのか、看板が横倒しになった。壮年の男は、それをわざと踏んでやる。板の折れる、景気のいい音。
 荷物がなくなったぶん、帰りは楽だろう。

2014-07-26 12:12:41公開 / 作者:本宮晃樹
■この作品の著作権は本宮晃樹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 本宮晃樹と申します。たぶん誰もご存じないと思いますので、改めてごあいさつをば。
 わたしの趣味である登山と、ディストピアを組み合わせた登山SFとも呼べそうなジャンルですが、どうだったでしょうか。暇つぶしになれば、幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
私には他人の作品を評価する能力はないけれど。
ラノベから一歩抜け出してる感じが読みでがありますな。
モラルの観点からは不謹慎ですが、最後の看板が狂言回しで、教科書にのりそうなまとまった感じがよくできているとおもいます。
際物ですが作品としてはありだと思います(私は何様だろ)
2014-07-31 19:57:49【☆☆☆☆☆】堀江伸一
初めまして、神夜です。読ませて頂きました。
いやこれは何だろう。いろいろ強引ではあるけれども、すっきりと読むことが出来ました。太字箇所が自分にはきっと書けない内容であったため、思わずそれだけで点数を入れそうになりましたが、会話部分にもう一捻りあれば更に良かった、という期待を込めて、今回は踏み止まります。
素直に面白かったです。次回作、楽しみにお待ちしております。
2014-08-01 16:46:43【☆☆☆☆☆】神夜
>>堀江伸一さん
 ご感想ありがとうございます。
 小説を書き、それをこうした場で発表する以上、なんであれ評価されることが、作者への最大の賛辞になることは、言を俟ちません。ありがとうございました。
 際物にはちがいないのですが、わたし自身、こういうスタイルのものがあってもいいんじゃないか、と思っているので、励みになりました。

>> 神夜さん
 「いろいろ強引」というのは、たいへん的を射たご指摘で、思わず心臓が止まりました。高齢化率に対する理論的根拠、ザックに人間ひとりを詰め込む方法などなど、突っ込みどころ満載です……。
 ご指摘の通り、改めて読んでみると、会話が非常に淡泊ですね。勉強になります。ありがとうございました。
2014-08-02 10:43:36【☆☆☆☆☆】本宮晃樹
本宮さん、お久しぶりです。
社会批判というのは小説のスパイスとして取り入れられることが多いのですが、これはスパイスどころか主食級だと思います。でも、その辛さもこの長さだからこそ「食べられない」ではなく、程良く「辛い」と感じることができる。よく考えられた構成だなあ、と思いました。確かに前述の堀江さんの言うとおり「不謹慎」な「際物」かもしれませんが、こうして鋭く突っ込んだスタイル、私はアリだと思います。
ただ、私はちょっと法律をかじってしまったから思うのですが、この手法での姥捨てはかなり強引というか、どう立法しても憲法、刑法に引っかかってしまうかと。不謹慎と言っておきながらさらに悪いことを吹き込んで申し訳ないのですが、「どこか遠くで面倒をみる」という名目で連れ出し迫害する、というのがよりリアルに近いんだと思います。すでに知っていらっしゃっるのかもしれませんが、実際、海外の老人ホームで面倒を見てもらうと言ってその老人を海外に置いたままにして、自分は日本から見舞いに行くつもりは全く無い。そもそも入所を決めたのは入所する本人ではなく、周囲が勝手に決めてしまった、なんてケースもあるんだとか。もしこの事実を知らないまま、もしくは知っていても見ないふりをして、行政が促進サービスを作ったり立法したらどうなるか。本作ほどストレートな「悪」として描けないかもしれませんが、かなりスパイシーな社会派長編SFに化けると思います。(あっ、そしたら山登りが消えちゃいますね、うーん……)
色々書きましたが、私はこういうの大好きですよ! 次回作も楽しみにしています。
2014-08-06 15:06:41【☆☆☆☆☆】小松パラ
>> 小松パラさん
 ご感想ありがとうございます。
 いやもう、本当おっしゃる通り、どう考えても姨捨が合法になるとは思えませんね……。SFは(これがSFなのか!?)、とにかく陳腐になりやすいので、気をつけたつもりだったのですが、法律的な解釈まではとても手が回りませんでした(というより、そうした知識がないだけなのですが)。
 ご指摘、たいへん参考になります。ありがとうございました。
2014-08-11 12:33:31【☆☆☆☆☆】本宮晃樹
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