『天の川』作者:木の葉のぶ / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角3280文字
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原稿用紙約8.2枚
「七夕の、織姫と彦星の話ってあるでしょう? あれって、もともと中国のお話なんだって。織姫が機織りばっかりしてて身だしなみに気を使わないから、見かねた父親の天帝が彼女を彦星のところに嫁がせたんだって。ああいう伝説ってもっとロマンチックな感じかと思ってたから、なんか拍子抜けしちゃった」

 中学生だった頃、ゆのちゃんという子がそんなことを言っていたなあということを思い出した。
 静まりかえった家。窓の外はどんよりとして、眼下には豆粒のような人、街、車。ここは四十七階だから、みんなみんな小さく見える。目を凝らせば白い鳥が一羽、はるか遠くを飛んでいた。私を置いて家族はどこかへ遊びに行っている。時計は一時を過ぎているけど、おなかなんて空かない。
 カレンダーの日付は七月七日。久しぶりにゆのちゃんに連絡をとってみることにした。

 その一時間後。
「ひなちゃんって、こんなところに住んでたんだ……」
 高層マンションの入り口で、ゆのちゃんはあっけにとられて見上げていた。
「別に普通だよ。部屋は狭いから」
 都会の、摩天楼の群れの中の一つ。こんなノッポなやつより、一戸建てや、普通のマンションの方がずっといいなと私は思っている。だってなんだか、こういう建物はみんな、冷たいから。
 今日家に誰もいない、ってラインしてみたら、ゆのちゃんは突然やってきた。パーマでふわふわと揺れる黒髪や、厚底の靴とかっこいい服は、あのころから見慣れている。自由奔放で、ゆらゆらとつかみどころのない、まるで猫のような女の子。
 でもやっぱり、何かあったんじゃないのかな。
 エレベーターに乗るときに、私は尋ねてみた。
「ゆのちゃん、その、なにかあった?」
「うわーすごい、ボタンめっちゃあるじゃない。押してもいい?」
 そうだった、こういう時に「うん、ちょっとね」なんて言わないのがゆのちゃんだった。すっかり忘れてた。
 その後も「耳がきいんってなる」と言いながら、エレベーターの中で彼女はずっと楽しそうにしていた。

「ピアス、あけたんだね」
 部屋に入ったあと、窓の外、眼下の小さな街を眺めていた彼女は、私の言葉に振り返る。
「ああ、これ? いいでしょう」
 いいのか悪いのかはわからなかったが、ゆのちゃんの耳はすごいことになっていた。
 耳たぶだけにとどまらず、軟骨やら何やら、至る所に金色のものがくっついている。丸いののほかに、二か所の穴を棒みたいなので繋いでいるのもある。
「……全部でいくつあるの?」
「うーん、右が四つで左が五つ、合わせて九つかな」
 私の淹れたミルクティーをティーカップの中でゆらゆらさせながら、ゆのちゃんは答えた。テーブルの上にはお茶と、銀紙に包まれたチョコレート。その一つを口に含むと、すぐにとろとろに蕩けた。
「穴、自分であけたの?」
「ううん、そういう専門のところに行ってあけてもらった」
 それからしばらくはピアスの話になった。ゆのちゃんの通ってる学校は、髪を染めたりだとか、そういうアクセサリーをつけることが許されているらしい。
 そのうちに、ゆのちゃんがおもむろに呟いた。
「でも、ひなちゃんは、『そんなにあけてどうするの』とか、『自分の体を傷つけてなんになるんだ』とかさ、そういうこと言わないね」
 言うと思ってた、ほかの人たちみたいに。目を閉じて彼女はそう言った。
「私だって、さすがに、耳に九つも穴があいてたら心配になるよ。……でも」
「でも?」
 きらきら光る金色の飾り。私にはないそれ。耳に穴をあけるなんて痛そうだけど、でもやっぱり。
 ほんのすこしだけ、羨ましいなと思ってしまうのだった。
 普段は全然子供に構わないくせに、わが子が少しでも「模範生」から外れると叱る親。そんなひとたちを前にして、ピアスなんてあけられるはずがない。反抗する気なんて、とうの昔になくしちゃったし。
 小学校から一緒だったのに、中学の途中で突然学校をやめてしまったゆのちゃんは、私と真反対だ。今はデザイン系の専門学校に通ってる。何で学校を辞めたのか、直接尋ねても、「なんとなく?」で終ってしまった。退学理由なんてそんなもの、きっとこの子にはどうでもいいんだろう。
 それでも、授業中に一番後ろの席でぼんやりと窓の外を見つめる彼女は、孤高で奇抜で不思議な彼女は、あのころ、確かに私の友達だった。
 あれから月日がめぐって、私は高校生になった。あんまり会わなくなったけれど、ラインしたり、ツイッターしたり。遠くにいても、なんとなくまだ近くにいるような気になっていた。
 それでも実際に会ってはじめて、その何とも言えない懐かしい存在感にほっとする。
「あーあ、もうあけるところがないよ」
 黙っていた私に、伸びをしてゆのちゃんが口を開いた。
「耳はもう、ほとんどあけちゃったから。あとは口とか、鼻とかかな」
「そういうのは、やめた方がいいんじゃないかな……」
「やっぱりそう言うね、みんな」
 ミルクティーを飲みほして、彼女は口元をつりあげた。
 三時の部屋、タワーの上の二人だけのお茶会。ちょっと前までお葬式みたいに静まりかえっていたこの部屋が、一気に色とりどりの花びらで溢れた気がした。

 それから二人でずっと話していたら、いつの間にか夜になっていた。
「いいの? お父さんとお母さん、帰ってこないの?」
「うん」
 私とゆのちゃんはベランダに降りた。夜の空気があたりを包む。もう夏なのに、なんだか気持ち悪くなるような風が吹いていた。
「ここから落ちたら即死だね」
 ゆのちゃんはいつもいきなり怖いことを言う。
 暗くて、星一つない空。私はふいに、朝見たカレンダーのことを思い出した。
「今日、七夕だ」
 ひょっとしたら今年も、気がつかなかったかもしれない。家には笹もないし、子供じゃないから短冊にお願いごとも書かないし。
 何となく、口にしてみた。
「天の川、見えないね」
 たとえ晴れていたとしても、空気澄んでいないこの都会では、天の川は見れない。それでも、こういうときは友達と二人で、綺麗な星空を楽しんでもいいじゃない。そんなささやかな願いさえ、聞き入れてもらえないんだ。
 せっかく楽しかったのに、急に最低な気分になる。
 そのとき、ゆのちゃんが驚いたみたいな顔をしてこっちを向いた。
「見えるよ。天の川」
 ゆのちゃんは地上を指差した。
「ほら、下」
 ジオラマのような街をゆっくりと見下ろす。

「あ」

 うねる大通りに並ぶ、渋滞した車の列。ハザードランプがちかちかと光って、ゆっくりと流れている。オレンジ色の、光の川。
 見れば、街灯は黄色。信号は青になり、赤になる。ネオンの眩しいくらいの輝き。ビルのてっぺんには、小さな小さな紅のランプ。
 そのすべてが、星みたいに見えた。
 そこが、ほんものの夜空のような気がしたのだ。


 中学の時、お別れしたのもこんな季節だった。だらしない織姫が彦星のところへ嫁いでいった話を私にしたゆのちゃんは、そのままどっかに行ってしまったんだった。
 それでも、彼女と友達で良かったなと思った。好きになれない眼下の街並みを、美しい星空にたとえるなんて、私には思いつきもしない。
 見ればゆのちゃんは、真っすぐ前を見つめていた。
「私ね、七夕さまにお願いごとなんかしないよ」
 彼女が白くて細い指で、髪を耳にかけた。
 その横顔に、私ははっとする。
「お願いなんてしなくても、会いたい人には会いにゆけばいいんだから」
 耳の、たくさんのピアス。きらきらが、夜の中に浮かび上がっていた。
 思わず口にする。
「ゆのちゃんの耳も、星空みたいだね」
 そう言ったら、あの子は「そう?」と言って、猫みたいな目を細めて笑ったのだった。 
2014-07-07 20:47:06公開 / 作者:木の葉のぶ
■この作品の著作権は木の葉のぶさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。木の葉です。
東京は今日も雨が降っています。
季節感ものを一度やってみたかったのですが、急いで書いたので……どうなんでしょう……。
よければご指摘・感想をお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。
SSらしい、コンパクトで綺麗に纏まったお話だったと思います。
車のライトが道路を流れる情景を天の川に例える描写で、映像が自然に浮かびました。
ほんわりとして、何処か切なく、繊細さと儚さと感じるお話、自分には書けない感覚を味わえて、勉強になりました。ありがとうございます。
更に言うなれば、もっと心を揺す振らせる何かがあれば、もっと、小説らしくなるのかな、そう思います。
失礼致しました。
2014-07-08 17:04:08【☆☆☆☆☆】半獣
 こんにちは。
 地上の天の川、からのピアスの星空、この流れにはっとさせられました。おもしろかったです。ただもうちょっとボリュームが欲しい、とは思いました。あと、中学って義務教育だから退学できないのでは……? とにかく、急いで書かれたとはいえ、よく考えられた作品だなあと思いました。
2014-07-10 22:57:16【★★★★☆】ゆうら 佑
半獣様
はじめまして、感想ありがとうございます!
ラストに何かインパクトのある場面を持っていきたいなと思っていたので、映像が自然に浮かんだと聞いて良かったなあと思っています。あれがあったので「コンパクトで綺麗に纏まった」ように見せられたのかもしれません。
>ほんわりとして、何処か切なく、繊細さと儚さと感じるお話、自分には書けない感覚を味わえて、勉強になりました。
書くたび書くたび、なぜかいつもこんな感じになることが多くて(笑)ほわっとしたものが自分にとって一番書きやすいのだと思います。そこを伸ばしていけたらと思うと同時に、違った雰囲気の作品も書いてみたいなあと思っています。
>更に言うなれば、もっと心を揺す振らせる何かがあれば、もっと、小説らしくなるのかな、そう思います。
そうですね、分量も少ないですし、どことなく薄っぺらい印象になってしまいました。二人の関係や風景の描写など、もっと書き込む必要がありそうですね。ご指摘ありがとうございます。
お話の雰囲気を好きになっていただけたようでとても嬉しいです。それでは、もしよければ次回もおつきあいください。ありがとうございました。

ゆうら 佑様
こんにちは。感想ありがとうございます。
「地上の天の川」、「ピアスの星空」などのアイデアは、書き始める寸前になって思いつきました。もともとは「女子高生とピアスの話書きたい」くらいのノリだったので……こういうのは、いつも書く直前や書いている途中にしか思いつきません。不思議です。
書いていて、ボリュームがないなあと自分でも思いました。全体的にもっと分厚いお話にできたら良かったです。そして、おっしゃるとおり中学は退学できないですね。ご指摘ありがとうございます。二人の登場人物を高校生にしたかったので、無理やりこんな形にしてしまいました。以後気を付けます。
よく考えられていると言われると、なんとなくもやもやしますね……いつもちょっとした思いつきで書いているので……とにかく、「おもしろかった」と言っていただけたのが一番嬉しいです。
それでは、よければ次回もよろしくお願いします。



(関係ないですが)
最近ずっと、「描写ってなんだろうなあ」ということを考えています。よくわからない……。
2014-07-11 12:25:52【☆☆☆☆☆】木の葉のぶ
読ませて頂きました。
うむ。素直に面白かった。この枚数の読み切りとしては実に綺麗だ。容量を倍にして深堀が欲しい気がしないでもないが、これはこれでいいのかもしれない。前に読ませて貰った物語とは打って変わったこの落ち着きよう。こういう物語の方が性に合っているのではないだろうかと思わず思ってしまうレベルである。
前の掲示板の続きになってしまうんだけど。「描写」は考えるものじゃない、感じるんだ――。半分冗談として、ひとつ提案。何か一つ、描写を突き詰めて物語を書いてみて欲しい。人の思考に着目した心情描写中心の物語、人の容姿や表情の変化に着目した人物描写中心の物語、人の動作や運動に着目した行動描写中心の物語。全部一気にやれって言ってもぐちゃぐちゃになるだけだから、これくらいの長さの物語で構わないので、一度そのひとつだけに思考を置いて書くのも面白いのではないかだろうかと思います。
ちなみに今回の物語で言うと、どちらかと言えば心情描写中心だったと思うけど、その内容はまぁ平凡――と言い方すると誤解されるかもしれませんが、平均的な読み易いものだっと思います。ここから二歩くらい歩き出して武器を手に入れるんや!魅了するストーリーを思いつかない時の手助けになるで!
……余談として。この前に甘木さんの作品を読んだせいで、実は「あ」って台詞のときにベランダから落とされて死ぬ結末かとヒヤヒヤした。
2014-07-16 21:53:50【★★★★☆】神夜
神夜様
読んでいただきありがとうございます!
面白かった、綺麗だったといただけて光栄です。「えっこんなに褒めてもらっていいのだろうか、大丈夫なのか……?」とおたおたしています(笑)前回もあれはあれで楽しかったのですが、普段書いてるのはこっちのタイプのお話です。根気がないので、こんな感じの短編を書くのが自分的には一番楽だったりします。
描写の件、目からウロコが落ちた気分です!「描写」という言葉自体がいまいちつかめていなかったので、なるほどそういうことかと納得しました。テストが終わったら何かひとつ、描写を突き詰めたものを書いてみたいと思います。
「平均的に読みやすい」と言っていただけてありがたいです。今後も精進します。ベランダからは落ちません、怖いです(笑)
それでは、色々と本当にありがとうございました。次回も頑張ります。
2014-07-17 09:05:55【☆☆☆☆☆】木の葉のぶ
木の葉のぶ様、『天の川』読ませていただきました。近いうちに読むと言っていたにも関わらず、とんでもなく遅くなってしまってすみません!(汗)
まず読んで感じたのですが、文章がすらすらと流れていて、とても読みやすかったです。読んでいる中でつまづいたりする部分がなく、文章が綺麗に纏まっていたと思います。丁寧で綺麗な文体だな、と思いました。
ストーリーとしても、ゆのちゃんとの絡み合いがなかなか良かったです。ひなちゃんとゆのちゃんのやり取りがどこか平凡なようでいて、それぞれの背景がよく描かれていたので短い中でも十分伝わってきました。
七夕の季節モノの話としては、なかなか楽しめました。急いで書かれたということですが、さらさらと読みやすい文章でよく書けた短編だと感じました。
気になった点は、もう少し日常の中にインパクトのある要素があればさらに良かったのではないかと思います。でも、この短編でも十分天の川の風景など、魅力的なシーンがあるので、これで十分纏まった面白い作品になっていると思います!
最近あまり感想を書けていないので、参考になるようなことも言えず、すみません(汗)また次回作が出た際は読ませていただきたいと思います! それでは、また。
2014-07-18 20:26:45【★★★★☆】遥 彼方
>遥 彼方様
読んでいただいありがとうございます!
文章に読みづらいところがなかったと聞いてほっとしています(笑)小説を書くときは、いつもそれだけは大事にしようと心がけていますので。
ひなちゃんとゆのちゃんは、同じ部分もあり、異なる部分もあるなか、二人の女子高生っぽさが上手く出せたかなと思います。七夕の話としても楽しんでいただけたようで幸いです。
>気になった点は、もう少し日常の中にインパクトのある要素があればさらに良かったのではないかと思います。
そうですね、話の分量的にも、内容的にも、もっと深みのあるものにできれば良かったです。次回はもっと、読者の方に強く印象づけるようなお話が書けるよう頑張ります。
いえいえ、感想をいただけるだけで励みになります、毎回読んで頂けて本当に嬉しいです!
それでは、良ければ次回もお付き合いください。ありがとうございました。
2014-07-19 11:16:48【☆☆☆☆☆】木の葉のぶ
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。