『北島洋食店その2』作者:鋏屋 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
渋谷道玄坂にある北島洋食店。ごくごく普通の洋食屋さんだが、決まって水曜日になると不思議なお客さんがやってくる。さあまた、奇妙なお客様がご来店。  一応ファンタジーで、剣も魔法も出てきますが、全くと言って良い程活躍しません。そういった事を期待して読む方は裏切られるかもです。
全角12206.5文字
容量24413 bytes
原稿用紙約30.52枚
 俺の名前は北島洋《きたじまひろし》。歳は今年で三六歳になる。職業は料理人だ。
 こう見えても俺は店を持っている。店の名前は『北島洋食店』だ。ああもうひねりも何にも無いが、まあ死んだじいさんから貰った店だしな。
 店の場所は渋谷の道玄坂。ああもう一等地だぜ? ドンキホーテの先を曲がってちょっと行ったところだから直ぐわかる。近くに来たら顔を出してくれ、サービスするからさ。
 大した店じゃ無いが、こじんまりとしていて俺は案外気に入ってる。何か特徴がある店って訳じゃ無い。でも料理の種類は豊富だぜ? 定休日は日曜日と祝祭日だ。
 あ、けどな、水曜日だけは別。どういうわけか、水曜だけは普通の客が入れない。
 いや、店主である俺にも良くわからん。余り深く聞かないでくれるとありがたい。本当に俺にもわからないんだからさ……
 ただ、水曜日だけは別の客が来る。
 ほら、また一人来た。
 ホント、どーなってるんだろうな、この店……

☆ ☆ ☆ ☆

1.姫騎士様とカツカレーライス

 『アーマリーの大森林』を歩いていたカリヤはヘトヘトだった。理由は三つある。
 一つ目、先日自分の小隊とはぐれ、道に迷ってしまった。
 二つ目、迷ったあげくに魔物、ゴブリンの集団に襲われどうにか逃げ切った
 三つ目、襲われた時に携帯食料である干し肉の入った革袋を落としてしまい、もう丸二日何も食べていなかった。
 カリヤは王国の探索隊に参加して、今回魔物の調査でこの『アーマリーの大森林』に入った。騎士団に入ってまだ二年の駆け出しの騎士であった。
「も、もうダメ……」
 カリヤはそう言って近くの岩に崩れ堕ちるようにして倒れ込んだ。そして腰の水筒に手を伸ばし、蓋を開けて中身を飲もうとするが、先ほど飲み干してしまったことを思いだした。
「こんなところで死ぬんだ、あたし……」
 そう呟き、カリヤは周囲を見渡した。生い茂る木々と、その葉から溢れる光で、森は神秘的な美しさを演出していた。
(こんな場所で死ぬのも悪くない……)
 そう思い目をつむった。
 とその時、何とも言えぬ香りがカリヤの鼻孔をくすぐり、カリヤは鼻をひくつかせた。それは今まで嗅いだことも無い臭いだったが、空腹の腹がさらに空腹になりそうな、そんな臭いだった。
 カリヤはクンクンと鼻をひくつかせながら、臭いが強くなる方へと歩いて行く。年頃の娘には何ともはしたない事ではあるが、二日も何も食べていないのなら無理も無い。
 臭いにつられて歩いて行くと、少し開けた場所に出た。そしてその中央に馬鹿でかい木がそびえ立っていた。大人一〇人が手を繋いでぐるりと一周出来るくらいの、大きな大きな大木だった。そして何とも不思議なことに、その木の幹に、ドアが付いていた。四角い木の扉に金属の取っ手が付いている。そしてその扉の中央には札が掛かっており、何やら文字が書かれていた。

『北島洋食店 いらっしゃいませ』

「なんて書いてあるんだろう……?」
 カリヤはそう呟いて首を傾げた。カリヤにはその文字が読めなかったのである。
(なんと怪しげな扉…… 邪悪な魔族の住処かも……)
 しかし鼻をくすぐる臭いは、間違い無くこの中から臭っている。
 グゥゥゥゥ……
 腹の虫が鳴る。
 暫く悩んだカリヤは「もうどうにでもなれ!」といった感じで意を決してその扉を開き、中に入った。

 扉を開けた瞬間に「カランカラン」と音が鳴り、カリヤはビックリして腰の剣を握りつつ手近なテーブルの影に身を隠した。
(な、なにこの音!? やはり罠か!?)
 そう思って周囲を見渡すが、暫くして奥から「いらっしゃ〜い」という声が掛かった。カリヤは恐る恐るテーブルの影から奥を覗き込んだ。すると奥の窓の向こうから、中年の男が出てくるところだった。
 カリヤは鋭い視線を周囲に這わせた後、改めてその男を見た。
「何者だ? 魔族か?」
 カリヤはそう言いながら腰の剣を抜いて男に尋ねる。男の格好は何とも奇妙で、見たことも無いズボンに薄手のシャツと、肩から前掛けを掛けており、頭にはこれまたカラフルな布が巻かれていた。
「あ〜…… またそっち系か。いやいや、違うよ。俺は北島洋っていう人間の料理人だ。でもってここは洋食屋。あんた、騎士さんか?」
 その男、北島洋はそう気さくに話しかけてきた。ジーンズにTシャツ、頭にはバンダナで肩からエプロンを掛けている。地球じゃまあ普通の出で立ちだがカリヤには異様に映ったのだろう。
「い、いかにも私は騎士だ! 女だからって舐めてると叩き斬るわよ!」
「いや別に舐めてないから…… ここは洋食屋、飯屋だよ。んで、あんたはお客様って訳だ」
「飯屋……?」
 カリヤはそう呟き周囲を見回す。北島の言う通り、こじんまりとした店内にテーブルが並ぶ風景は城下町で見る飲食店のそれである。だが、並ぶものはカリヤが見たことも無い物ばかりであった。
「まあ驚くのも無理は無いな。ここはあんたの世界とは違う世界の食い物屋だから」
「違う世界……?」
「ああ、この店の中だけは別の世界なのさ。どういう仕組みなのかは俺も良くわからねーんだけどよ?」
 そう言う北島にカリヤは益々不安になった。
「もしかして私は…… 死んだのか?」
「うんにゃ、大丈夫、生きてるよ。つーかさ、あんた腹減ってない? なんか食って行くかい?」
 そんな北島の言葉に、カリヤの腹がグゥゥゥと鳴った。北島は「ハハっ」と笑った。
「どうやら腹ぺこみたいだな。さあ、そんな物騒な物仕舞って適当に座ってくれよ。メニューはそれな。いま水持ってくるわ」
 北島はそう言って店の奥へと消えた。残されたカリヤは訳もわからないまま立ち尽くしていたが、とりあえず大丈夫そうなので剣を仕舞うとドアに一番近いテーブル席に座った。そしてテーブルの上に立てかけられたメニュー表に目を通した。
「なんて書いてあるのかさっぱりわからないわ……」
 メニューは全て日本語で書かれており、カリヤには全く読めない。すると奥からお盆に水の入ったコップとポットを乗せてやってきた。
「喉渇いてるだろ? お代わりようにポットごと持ってきたぜ。ここのぽっちを押して傾ければ水が出るからよ」
 北島がポットの使い方を教える間もなく、テーブルに置かれたコップを奪うように手に取ると、カリヤはコップの水を一気に飲み干し、再びポットから注いだ水も一気飲みしてようやく「ぷは〜」と声を出した。
「生き返った……」
 そう言って口許を拭うカリヤを見ながら、北島はまた笑っていた。
「んで、注文は決まったか…… って、悪りぃ、メニュー読めねぇよな。えっと…… あんたクルスタイ語読めるか?」
「え、ええ…… 読めるけど……」
「よっしゃ、んじゃコッチでな」
 北島はそう言うとテーブルの横にあった棚から別の表を取り出すとカリヤに渡した。それに目を通すカリヤだったが、確かに字は読めるが聞いた事も無い名前の料理ばかりだった。
(おむらいす……? ちきんすてーきていしょく……? な、何の料理よこれ……?)
「あ〜…… 初めてじゃわからんわな…… そっか、何が良いかなぁ〜?」
 そう言って考え込む北島に、水を飲んで人心地つき、少し慣れてきたカリヤが尋ねた。
「あ…… さ、先ほどから臭っているこれ…… これはどの料理なの?」
「あ〜あ、コイツはカレーだな。んじゃ、カレーライス食ってみっか? 銀貨三枚でカツカレーにもできっけど?」
 カリヤは金の入った皮の腰袋を確かめる。
(銀貨三枚なら大丈夫ね。それにしても…… 『かつかれー』ってどんな料理なんだろう?)
「あ〜っとだな、カツカレーつーのはとんかつが乗っかったカレーライスだ。豚肉を油で揚げたヤツをカレーライスの上に載せるんだ。うちのとんかつは二度揚げしてるから、周りはサクサクで中身は肉汁がじゅわぁ〜ってしてクッソうめぇぞ?」
(な、なんだか良くわからないけど、とても美味しそうね……)
「あ、じゃ、じゃあそれで……」
「はいよ〜! カツカレー一丁ぅっ!」
 北島は元気よくそう言って奥へと歩いて行く。
「ああ、そうだ。カレーは辛いから暑くなるぜ? その甲冑は脱いだ方が良いぞ。大丈夫、ここには危ないヤツは来ねぇからよ」
 北島はそう言って奥へと消えていった。カリヤは暫く北島が消えた店の奥を眺めながら、不意に甲冑を外して椅子の背もたれに身体を預けた。
「しかし…… いったい何なのよ、この店……?」
 そんな呟きをこぼしながら、カリヤは三杯目の水に口を付けた。

 程なくして盆の上にカツカレーを載せた北島が戻ってきた。
「はいよ、カツカレーお待ち! 腹減ってるみてーだったから、超大盛りサービスだぜ」
 そう言ってテーブルに置かれたそれは、カリヤが見たことも無い料理だった。
 白いプチプチしたつぶつぶに、見るからにサクサクとした衣の付いた揚げ肉が乗り、その上から茶色いどろっとした汁がたっぷりとかかっている。そしてどことなく鼻にツンとくるような臭いがする。
 それはまさしく先ほど森をさまよっていたときに嗅いだ臭いである。
「あんた、カレーは初めてだろ? 食べたらビックリするぜ? うめーから食ってみろ」
 そう言って笑う北島を見つつ、カリヤは横に添えてあった匙を掴み、一匙すくってみた。ころりとした大きめにカットされた野菜を、この茶色い汁で煮込んだのであろう。カリヤはその下の白いつぶつぶと一緒に口の中に入れた。
「―――――っ!?」
 一瞬の辛さと深いコク、そして野菜の甘みが一気に口の中に広がった。そしてその白いつぶつぶが噛む程にほどよい甘みを出し、その茶色い汁と合わさってカリヤを味の新世界へと誘った。
(な、ななな、なにこれ――――っ!?)
 舌先がピリっと痺れる辛さがまた刺激的で病みつきになりそうである。カリヤはまるで何かにとりつかれたようにカレーライスを掻き込んでいく。
「とんかつ行けよ、とんかつ! カレー、ご飯、とんかつ! これを一緒に食うと超うめぇんだぞ?」
 そう言う北島の言葉に従い、カリヤはとんかつの一切れをスプーンの先で切り、カレーと一緒に口に入れた。
 ピリっ! 
 サクっ! 
 じゅわぁ〜っ!!
 といった三連攻撃に、カリヤはやっつけられていた。超大盛りだったカレーは僅か五分で綺麗に無くなった。
「ああ…… カツカレー…… 神の料理だわ……」
 満足げにそう呟いてカリヤは背もたれに背中を預けた。
(何という至福の一時だったのだろう……)
 食べている時の感覚を思い出し、カリヤはその味を何度も思い出していた。
「どうだ? 旨かっただろう?」
 そう言う北島にカリヤは「ええ、最高に美味しかったわ……」とため息交じりに答えた。
「ねえ、さっきこの店は別の世界のお店って言ってたけど、もう来ることが出来ないのかしら?」
 すると北島は首を捻り「う〜ん」と考える。
「たぶん大丈夫じゃね? つーか俺も良くわからんけど、どうやら水曜日はこういった別の世界と繋がるみたいなんだよ。一度繋がって、やって来た客は何度も来るからさ」
「スイヨウビ……?」
 カリヤはそう呟いて首を傾げた。
「えっと…… 今日から数えて七日後、またここに来れば来られる…… と思う」
 なんだか自信なさげに北島はそう言った。
「七日後…… スイヨウビ…… 」
 カリヤはそう何度も呟いていた。
「ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
 そう言うと北島はまた店の奥へ消え、またすぐに戻ってきた。そして小さな包みをカリヤに渡した。
「これは?」
「弁当だ。余ったとんかつでソースカツサンド作ってみた。帰り道で食べな」
「そーすかつさんど……?」
 そう呟くカリヤに、北島は苦笑していた。
「さっきカレーに乗ってた揚げ肉を、ふわっふわのパンで挟んだもんだよ。サービスだから持ってけ。これも超うめーから」
 この北島が言うのだから旨いのだろう。カリヤはゴクリと唾を飲み込みつつも、丁寧に礼を言いテーブルの上に銀貨三枚を置いて席を立った。
「あ、そうだ、差し支え無かったら名前教えてくれや」
 そう言う北島にカリヤは甲冑を着ながら名乗った。
「私はカリヤ。カリヤ・フォン・ゼークルドよ」
「カリヤちゃんか…… わかった。また来てくれるかい?」
 そう聞く北島の言葉に、カリヤは力強く頷いた。
「ええ、もちろんよ。ごちそうさま」
 カリヤはそう言って元気よく笑った。そんな彼女に北島は「まいど〜!」と声を掛ける。
 カランカラン
 ドアが鳴る音を聞きながら、カリヤは七日後も絶対ここに来ようと心に決め、帰り道を目印を付けながら慎重に帰って行ったのだった。

☆ ☆ ☆ ☆

 とまあこんな具合で、なんだかよくわからねー客が来るんだよ。ホント、変な店だろ?
 でも退屈しねーでいいけどさ。ああ、たまに人間じゃねーのも来るけどよ? 最近は全然気になんねーんだよ。
 でもまあ何だ、俺の作る飯食って、いい顔して笑ってくれりゃー俺は満足な訳よ。
 じゃあ、続きはまた来週の水曜日な。
 

〜本日のお客様 カリヤ嬢様〜
 ゼークルド王国の第二皇女であるカリヤ・フォン・ゼークルド皇女は、女だてらに騎士の称号を持っている。
 彼女は優しく、美しく、そして強い姫様で国民からもとても愛された。
 彼女は月に四回、王国の南に位置する『アーマリーの大森林』に出かけて行く。決まって七日周期に、体調を崩して外に出られない日以外は、必ず出かけていたという。
 そして彼女の日記には決まってその日には『北島洋食店』『カツカレー』『スイヨウビ』という奇妙な単語が書かれていたのだった。




 俺の名前は北島洋。職業は料理人だ。
 歳は三六歳。今はこんなラフな格好をしてキッチンに立っているが、二◯代の頃にはヨーロッパに渡って料理の修行をしててだな、こう、白い厨房着を来て、シワ一つ無いコック帽を被ってたんだぜ?
 そんな俺も五年前日本に帰って来た。じーさんからこの店を継いでくれって頼まれたのさ。小さな店だがよぅ、じーさんが必死に頼むからさ、まあ俺もガキの頃から居心地良い店だったしな。
 店の名前は『北島洋食店』、場所は渋谷道玄坂のドン・キホーテを曲がったとこ。すぐわかると思うぜ。近くに来たら寄ってくれよ、サービスするからさ。
 けど、水曜日だけは避けてくれ。いや、定休日じゃ無いんだが、どういう訳か水曜日だけは店のドアが空かない。鍵なんて掛けてないんだがドアは開かない。俺もよく分からんが、水曜日だけはこっちの世界からじゃドアが開かなくなるらしい。
 だから水曜日だけは、こっちの世界じゃ開店休業みたいなもんだな。
 けどな、その水曜日にはちょっと変わったお客を迎えなくちゃいけねーんだ。これが結構忙しいんだよな……
 あ、そうだ、あんたウチでバイトしねーか? たぶん退屈しないと思うぜ?
 ……おっと、言ってるそばからお客さんだ。えっと…… ああ、あの人か、久しぶりだな……

☆ ☆ ☆ ☆

2.魔法使いはオムライスがお好き

 『パルアールの影人』こと、ダークエルフのセルフは有名な魔法使いである。
 魔法知識の探求と技術の向上に生涯を捧げ、森の奥深くから余り外界に出てこないエルフと違い、ダークエルフは好奇心が強く、古くからその魔法の技術を使って多の種族と交流する者が多い。セルフもまたそんなダークエルフの一人だった。
 セルフは魔法の力を使い、あるときは病を治し、またあるときは野盗や盗賊を撃退したりして生活していた。ダークエルフの操る超常的な魔法の力は、人間や他の種族のそれとは段違いに強力であり、効果が高かった。その為セルフは各地の人々をその魔法の力で助けて回る旅をしていた。
 『アルベールの影人』とは、そうしてセルフが助けた人達の間で広まった彼の二つ名であった。
 
 セルフは生まれ故郷であるアルベール地方から遠く離れたキムという街で、しつこく襲ってくる大盗賊団の撃退戦に半年ほど参加していた。
 大盗賊団は本当にしつこく、あの手この手で襲って来てセルフも相当手こずったが、ようやくその大盗賊団の首領を捕らえる事に成功し、故郷のアルベールに戻って来た。
「帰って来た……」
 セルフは山道が開けたところで馬を止め、山の裾野に広がる生まれ故郷の景色を見ながらそう呟いた。
 たかだか半年だが、セルフにはもう何年も離れていた様に感じる。
 家を空けている間に、弟子たちがキチンと修行をしているかどうか、自分が居ない間の、街の人々の依頼を彼らがちゃんとこなしているか……
 当然そういった心配ごともあるが、セルフがこの故郷に戻る日を待ちわびていた理由は他にあった。
 セルフは鞄から日記を取り出し、ページを捲って数え始める。
「七、一四、二一、二八……」
 しばらくそう数え、「うむ、間違い無いな」と呟き日記を閉じた。
(最後に訪れた日からきっかり一六八日。日が空いているのが心配だが……)
 セルフはそう心の中で呟きながら再び馬の背に跨り道行くが、途中で山道から逸れて山の中に入って行く。そちらは彼の家とは逆方向であった。

 しばらく進むと、切り立った崖の山肌にぽっかりと開いた洞窟があった。
 洞窟の名前は『ランベール界洞』。ここは地元の人も寄り付かない魔物の生息する危険な洞窟であった。
 しかし、セルフには馴染みの場所である。昔、師匠の日記を盗み見た折にこの場所を知り、それ以来こっそりとやって来ては魔物相手に修行をしていた。そして師匠が亡くなってからは本格的に修行の場所として使っていた。
 初めの頃は直ぐに出て来て仕舞ったが、今の彼なら鼻歌交じりで闊歩できてしまう。目指すは最深部にある扉だ。
 師匠の日記に記されたその場所は、初めは何かしらの魔法に重要な場所なのかと思った。師匠は決まって七日周期でその扉を訪れているようだったからだ。
 私もいつか師匠のように最深部へとたどり着けるような偉大な魔導師になるのだ……
 セルフはそう決意し、何度も死にそうな目に遭いながらも最深部を目指した。そしてついに最深部の扉にたどり着き、その内部へと足を踏み入れたのである。そこでセルフは何故師匠が幾度となくここを訪れたのか、その理由に納得したのだった。
 それ以来セルフも、師匠と同じように七日周期でここを訪れるようになった。
 襲いかかる魔物を撃退し、洞窟を進むこと約一五分、セルフは最深部の扉の前へとやってきた。

『北島洋食店 いらっしゃいませ』

 扉に掛かる奇妙な文字を見たときに、セルフは自然と笑みがこぼれる。何と書いてあるのか未だにわからないが、旅に出ていた半年間、夢にまで出てきた光景であるので無理も無い。
(良かった、私の計算は正しかった……)
 心底ホッとした様子で、セルフは扉を開けて中へと入った。

 カランカラン
 扉に据え付けられた小さな鐘が響き渡る中で、セルフは半年前に最後に訪れた時と変わらない店内に安堵する。湿った洞窟の空気とは異なり、心地良く乾いた爽やかな空気が肌を撫でる。いつ来ても王様が住まう宮殿よりも心地よいこの空気が、壁に付いた『えあこん』なるもののせいだと言う事を、以前店長から聞いたことがある。夏は涼しく、冬は暖かく自然に空気を調節すると聞いた時は『異界の魔術恐るべし』と思ったものである。
 店内を見回すと、戸口近くのテーブルに先客が居る。傍らの椅子においてある甲冑を見るに、どうやら騎士の様だが、女性の騎士とは珍しい。彼女は一瞬セルフに視線を移し、軽く会釈をしたが直ぐさまテーブルの上の料理を美味しそうに食べている。時々額に光る汗を拭いているところを見ると、恐らく『かれーらいす』という料理だろう。
 以前セルフも食べたことがあるがセルフはあの辛さが苦手だった。
「おお、セルフさん、いらっしゃい。久しぶりだね」
 と店の奥から出て来た男がセルフにそう声をかけて来た。この店の店長『キタジマ』である。
 そう、こんな洞窟の奥にあるのだが、ここは食堂なのである。しかも普通の食堂ではない。セルフが住んでいる世界とはまったく別の世界の食堂であるのだ。
「ほんと、久しぶりだねキタジマ。実は少し旅に出ていたんだよ」
 セルフはそう言ってキタジマが勧めてくれた席に腰を下ろした。
「旅か…… いいねぇ、羨ましいよ」
 キタジマはそう言ってレモン水の入ったコップをセルフの前に置いた。セルフは「どうも」と声をかけ、コップの水を一気に煽った。程よいレモンの酸味が、旅の疲れを癒す様だった。こんな美味い水でも、この店は料金には含まれないから驚きである。
「ぷふぁ、旨い…… 旅は確かに良いかもしれないけど、私はその間この店に来れなくなるのが辛い。ずっと夢に見ていたんだよ」
「ククッ、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
 キタジマはそう言って再びポットで水を足した。
「向こうのご婦人は? 見ない顔だけど……」
 セルフはそう言って先程目があった女騎士をチラリと見た。セルフはもう何度もこの店に来ており、馴染みの客も多いが、その女騎士は初めて見る顔だった。
「先月から来てくれてるお客さんだよ。カツカレーが大好きでな。決まってアレを食べて帰るのさ。他の料理もって悩むんだがな、結局迷った末にやっぱりカツカレーを注文するんだ。よっぽど気に入ったんじゃね?」
「カツカレーか…… 私はあの辛さが苦手だが、『カツ』は美味いと思う。あの『そーす』というタレの味のが良いな」
 セルフはそう言いつつ、以前食べた『とんかつていしょく』の味を思い出していた。サクっという歯ごたえに溢れる肉汁と、甘いようで酸味のあるタレとが絶妙な相性で口の中に広がるのである。
「じゃあ、今日はとんかつ定食にするかい?」
 そんなキタジマの言葉に、セルフは一瞬大きく揺さぶられるが、否と首を振った。
「久しぶりのこの店だ。やはりここはアレしかあるまいよ、キタジマ」
 セルフはそう言いつつ腕を組み目をつむって頷いた。
「半年ぶりのこの店の料理は、『とくせいおむらいす』をおいて他に無い!」
 セルフはくわっと目を開きキタジマにそう告げた。
「よしきた、特製オムライス一丁!」
 キタジマは威勢良くそう言い、伝票にメモ書きすると店の奥へと向った。
 そして程なくしてお盆に白い物体が入った硝子の器を乗せて戻って来た。硝子の器にはほんのりと霜が着いており、それがまたなんとも冷たそうで美味しそうである。
 日を空けたとはいえ常連であるセルフは、それが『あいすくりーむ』と言う氷菓子であることを知っていた。
(ほほう、日が浅いにもかかわらずアレを食後に頼んでいるとは…… あの娘も中々わかっているな)
 テーブルに置かれたアイスクリームに小さな歓声を上げて微笑む女騎士を眺めつつ、セルフはそんなことを考える。
(フフンっ、しかし私はこの店の常連。私は『べるぎーちょこれーと』味を頼むつもりだ。甘さの中にあるあのほろ苦さが良いのだ。あれこそ通の味よ、フフ……っ)
 セルフはそう心の中で微笑しながら再びレモン水を口に含んだ。

「はい、お待たせ。特製オムライスだ」
 程なくしてキタジマの声とともに料理がテーブルの上に置かれる。赤いツブツブの上に乗った黄色い軽く焼いた玉子がぷるんと揺れた。
「ちょっと待ってくれよ……」
 キタジマはそう言ってナイフ取り出し、赤いツブツブの上に乗る焼き玉子にそのナイフを入れる。するとプルプルの玉子がとろっとした中身を溢れさせながら赤いツブツブを覆い隠したのである。
「いつ見ても見事……」
 セルフは思わずそう呟いた。中が固まらない様に薄っすら周りを焼き、フワッとツブツブを包み込む技術はまるで魔法の様だといつも思う。
 そうこうしているうちに、キタジマはその上から赤茶色の汁をかけていく。この汁は『でみぐらす』というものだそうで、数種類の野菜と牛の肉などをぶどう酒と調味料で数時間かけて煮込むのだと教えてもらった。
 その手間暇かけた味は格別な美味さであることをセルフは知っている。料理も魔法も、手間暇掛けて作った物程良くなるのだろう。
 フワッと鼻を襲ってくる匂いにセルフの口の中は唾液で溢れかえってしまうのだった。
「はい完成、どうぞ召し上がれってな」
 そう言うキタジマにセルフは「いただきます」と答えて匙を取り、手前から一匙すくって口に運んだ。

 ハフハフ
 とろっ
 モチモチ!

 玉子と汁の熱さに口をハフハフとしながら、赤いツブツブを噛むと、少し濃い目の汁の味とツブツブから出る甘味とが合わさり、まろやかなでトロトロな玉子に包まれて完ぺきな美味さの三重奏を奏でている。
(まさにこれは魔法の料理だ!)
 一度食べてしまうともう止まらない。セルフは次々とすくっては口に運び、ハフ、トロト、モチの三重奏を舌の上で味わった。まさに至福の時であった。
 そんなわけで、テーブルに置かれた特製オムライスはわずか五分でなくなった。
「本当に、帰って来て良かった……」
 オムライスを食べ終わったセルフはそんな心からの言葉を吐いた。
 そんな味の余韻に浸っていると、後ろから「キタさん、ごちそうさま」と言う声が聞こえた。見ると先程のカレー女騎士が席を立つ所だった。
「はい、お勘定」
「おう、毎度あり! また来てくれよな」
「ええ、もちろんよ。じゃあまた七日後のスイヨウビね」
 そんなやりとりもまたこの店ならではの会話である。
 また七日後のスイヨウビ……
 それがこの店を後にする時の決まり言葉である。訪れた者は誰しもそう口にする。

 カランカラン
 ドアの鈴が鳴る音を聞きながらセルフは考える。思えばあの日、師匠の部屋を掃除した時に偶然見た日記が始まりだった。あれがなければ、この店の存在を知らずに生きて来たのであろう。それはとてももったいないことである。人生の半分を無駄にしていると言っても過言では無い。森に住むエルフ達はなんともったいない生活をしているのだろう……
 セルフは自分がダークエルフであったことを心底良かったと思ったのだった。
(まてよ……?)
 セルフはふと思いつく。
(私もこのカバンの日記を、さり気なく弟子に見せてみようか……?)
 この店を自分の代だけにしておくのはもったいない。セルフは弟子にも自分が教えた魔法と同様にこの店の事を伝えていきたいと思っていた。
 弟子たちではまだあの洞窟の魔物達は相応に手こずるであろう。だがそれも修行だ。自分がそうだった様に……
「はいよ、ベルギーチョコアイスクリームな」
 そんなキタジマの声に我に返ったセルフは、テーブルに置かれたチョコアイスクリームにニンマリとする。そんなセルフを見たキタジマは首を傾げながら声をかけた。
「どうしたんだい? セルフさんよ」
「いやなに、ちょっと面白い事を思いついてね……」
 セルフはそう言いながらチョコアイスクリームを一口食べる。冷たく甘い、それでいて仄かに苦い味が口の中に広がる。その何とも言えない美味さにセルフは満足気に鼻を鳴らした。
「なあキタジマ、今後もしこの店に私の弟子が来たら、同じ様に美味しい『おむらいす』を振舞ってやってくれるか?」
 そう言うセルフにキタジマは笑いながら頷いた。
「何言ってるんだセルフさんよ。この店に来た者はどんな存在だってお客様だ。美味いものを出すのが料理人の務めだぜ」
 そんなキタジマにセルフはまたニンマリと微笑んでアイスクリームを食べる。
「そうだっだね、キタジマ。いつになるかわからんが、その時は頼むよ」
 セルフはそう言いながら、日記を何処に置こうかとゆっくり考え始めた。
 それは偶然にも彼の師匠が考えた事と同じであったが、彼がそれを知ることは無かった。

☆ ☆ ☆ ☆

 とまあ、この店には常連さんが多いんだ。そっちの世界でこの店がどんな扱いになってるのかさっぱりわからないけどな。
 でもまあどんな扱いだって良いさ。来た客にはお腹いっぱいになって、ニコニコして帰ってもらうのが料理人の本懐、そうだろう?
 じゃあまた七日後、水曜日な。

〜本日のお客様 セルフ様〜
 パルアールの影人こと、魔法使いのセルフは偉大な魔法使いとして有名である。
 彼は人種を問わず困った人を助ける魔法使いとしてとても人気があった。。
 そんな彼には弟子も多かったが、彼の施す修行は厳しいと評判である。
 そんな弟子たちの間では、師匠の日記を見て、そこに書かれたある場所に、師匠の魔法の秘密があると言う噂が密かに広まっている。
 だがその日記に書かれた場所、『キタジマヨウショクテン』にたどり着くには、『ランベール界洞』と言う魔物の巣窟である洞窟で多くの魔物を撃退しなくてはならず、今だにその最新部にたどり着く者はいないと言う。彼の弟子たちが師匠の秘密の場所『キタジマヨウショクテン』に辿り着くには、まだ今少しの時が必要であろうと思われる……
 

2014-04-21 19:45:25公開 / 作者:鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましての人は初めまして、お久しぶり人は毎度どうもw
鋏屋でございます。
いやもう思いつきで書いてます(マテコラ!)
でもって調子に乗って続きも書きました。でも1からは全然繋がってないと言うね……
ホント、くだらない話ですが、面白いって言ってくれる方が居ると良いなぁ……
鋏屋でした。

4月21日 誤字修正
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは。このところ感想書きさぼってたのですが、久々に感想を。
というか、この小説は何だろう。元ネタが何かあるのかも知れませんが、とにかく今まであまり読んだことがない小説で、奇妙な味があって面白いと思いました。そう言えば、小松左京氏の小説でちょっとだけ似たのがあった気も。
何と言っても、ともかくカツカレーがものすごいおいしそう。今夕食前にこれ読んでるので、たまらんものがあります。銀貨三枚なら安いかもしれませんね。
2014-04-04 20:07:21【☆☆☆☆☆】天野橋立
 こんにちは鋏屋様。江保場狂壱です。
 普通の食堂に異世界の客が来るのは斬新でした。
 カリヤにしてみれば空腹で倒れそうなときに、異世界の料理を味わうなど思いもよらなかったでしょう。
 その味が忘れられず、常連になるのも面白かったです。
 カツカレーがおいしそうに書かれていました。
 ただ主人公の年齢が高いと感じました。二十代でもよかった気がします。
 カリヤとラブロマンスがあるなら年齢を下げた方がいいですね。では。
2014-04-05 16:22:36【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
>>天野殿
お久しぶりです。感想どうもです。
申し訳ありませんが小松左京氏の小説は読んだことがありません。ゴメンナサイ……
カツカレー、美味しそうでしたか、それは良かった。美味しそうに書けているか心配だったのですw
銀貨三枚が果たして安いのか高いのか…… たぶん北島本人もわかっていないのです。
またお付き合いくださると嬉しいですw

>>江保場殿
感想どうもですw
天野殿に引き続き、カツカレーが美味しそうと言っていただけて嬉しいです。このお話はそのあたりを濃く書きたいと思ってますのでw
カリヤとのラブロマンスはたぶんありません。そういった期待があるならゴメンナサイです(汗っ!

お二方とも、感想どうもでした。
鋏屋でした。
2014-04-08 09:26:42【☆☆☆☆☆】鋏屋
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