『水面の月』作者:小松パラ / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角28777文字
容量57554 bytes
原稿用紙約71.94枚
「今日の宿題は、今日やったところの復習とこの問題集三ページ分、英単語は来週テストするからやっとけよ。それからこのプリント全部な」
 自分で出した宿題を忘れないように俺がメモを取る隣で、奏が嫌そうに唸る。
「宿題多くない?」
「多くない。このぐらいやれるだろ」
「えー、あたし今ソシャゲ二つもイベント開催中で忙しいのに」
「期末前のくせにゲームやるんじゃねぇよ!しかも二つも!」
 聞いていないふりをして奏はスマホを取り出した。慣れた手つきでゲームアプリを起動させる。
「でさハヤトさん、今このステージのラスボスで詰んでるんだけど、あれって弱点何?」
 奏の差し出すスマホの画面をちらっと見る。
「ああ、これは水属性でサクッと……っておい、やるなよ?」
 奏がニヤリと笑った。
「サンキュー、今日中にクリアする! にへへ」
「こら!」
 猫のようにするりとブースを出ていく奏。まったく、これで成績が上がらないって泣いたって俺のせいじゃないからな、と俺は一人ため息をついた。
 そこに室長が慌ててやって来る。
「なあハヤト、奏ちゃんどこ行った?」
「え? たった今帰りましたけど」
「帰った!? 今日は放課後に居残りと面談だって言っといたんだけど……」
「くっそ! あいつ逃げ足はえーんだからもー!」
 窓からビルの下を覗き込むと、案の定奏がご機嫌で歩いていた。
「おらー! 帰ってこい!」
 ここで言ったところで聞こえるはずもないのだが、なぜか奏は振り返りビルを見上げて俺に向かってにっこり笑って手を振った。
「……ダメだこりゃ」
 頭を抱える俺の隣で室長がぼやく。
「二回も面談すっぽかされるなんてなぁ」
 今はもう十二月。中学三年生の奏にとってはそろそろ進路を決めなければいけない大事な時期なので奏にはしっかりしてほしいところなのだが、毎度この有り様だ。しかも次の授業には何事もなかったかのようにしれっとした顔で来るからまたタチが悪い。
「逃げたくなる気持ちはわかるがなー……」
「室長、甘やかしちゃだめです。あいつは現実逃避してるだけですよ」
 俺はそうきっぱり言うと、自分のファイルと筆箱を持って次の授業の準備へと向かった。次は小学生の男の子が相手だ。
 大学帰りにこの個別指導塾で講師のバイトを始めてそろそろ二年たつ。ここは就活で辞めていく人も多いかわりに時給に惹かれてやってくる人も多いので常に入れ替わりが起きている。その中で二年もいたら、今のポジションはまあ中堅と言って構わないだろう。主に小学生から中学生に英語を教えているが、時々高校生の授業の代行も頼まれる。
 実績だってそれなりに積んでいるし、自慢じゃないが生徒からの人気もあると自覚している。だから室長にこの中島奏を頼まれたのだろうと思うのだが、奏はなかなか面倒なタイプだった。
 彼女は去年から英語と数学を習いに来た。目標は、県立高校トップである蓬芽高校に入学すること。しかも彼女は前に他の塾に通っていたのだが成績が伸びずに辞めたという。成績表を見ると、全体的に平均より少し下を飛び続けているような印象だった。
 これはちょっと難しいなと思いながら実際本人と会ってみると、これがまた面倒だった。
 警戒心が強く頑固。疑り深い。こちらの言うことを聞いてもらわなければならないのでまずはその障壁を取っ払うのに時間がかかった。
 しかし、警戒心を解いたとたんさらに奏は面倒になった。明るくて元気がいいのはいいことだが、いざ授業となるとさっきのように自分のペースに相手をはめて授業を進ませない。前の塾で失敗したというのもうなずける。
 さらに困るのが、とにかく好奇心旺盛で根掘り葉掘り訊いてくることだ。
 個別指導業界には鉄の掟がある。先生は生徒と個人的に連絡を取ってはいけない。素性を明かしてはいけない。偶然などの不可抗力はあるにせよ、塾以外の場所で会ってはいけない。この三つだ。
 子供の好奇心はすさまじい。特に、奏のような中学生。ある程度行動力も付いてくる年ごろなのでやろうと思ったら大概の事は出来る。本当に何をしでかすかわからない。
 講師の中には教師を目指している人もいる。問題に巻き込まれたら即、教員への道が閉ざされることになる。さらにあまり大きな声では言えないが、世の中生徒に手を出すようなヤツだっていないわけではないのだ。そんなことが起きたら塾の信用問題に関わる。とにかく何かあってからでは遅い。そういうわけでこの三原則がある。全ては講師と生徒と、信用を守るためだ。
 そもそも誰にせよ、これだけは絶対に知られたくないというものが必ずある。ただし、俺の場合はそれが少しばかり大きい。このことは室長はおろか同僚にも秘密にしている。
 いくら好奇心の強い奏だからと言って、それを嗅ぎ付ける可能性は限りなくゼロに近いだろう。それでも奏がもしかすると何かに気づいてしまうかもしれない、と思うと怖くなる。他の人が相手なら絶対に気づかないことでも、奏なら何かを見つけるような気がして怖いのだ。そんなことはないと頭ではわかっていても。
 奏は思ったままをはっきり言い、感情が豊かで行動的だ。しかし子供っぽいと思いきや、一方では冷徹な目でものを見ていたりする。怖いぐらいに深く、鋭く。
 奏の目に俺はどう映っているのか。興味深くもあり、怖くもあった。
 一度奏にそれとなく訊いてみたことがある。
「奏ちゃんにはさぁ、俺のことどう見える?」
 奏は少し考えてから言った。
「人懐っこくて明るい人」
 そしてこう付け足した。
「ただし、どこまでがサービストークでどこからが本心なのかなって思うこともある」
 なかなかわかってるじゃん、とその時俺は笑ったが、内心その鋭さにいつか手を切られるような予感もしていた。


 九時半に川沿いのアパートに着き、ドアの前で鍵を探していると郵便受けからA4サイズぐらいの分厚い封筒がはみ出しているのに気づいた。
 まさかと思ってそれを引っ張り出すと、封筒には出版社のロゴが入っていた。
「……」
 鍵を開けて中へ。電気をつけながら今日来た他の郵便物を回収する。夕刊、ダイレクトメール、広告、勧誘。
 それはカバンと一緒にソファーに放っておくとして、俺は例の茶封筒の中身をテーブルにぶちまけた。出てきたのはクリップで留められたかなり分厚い原稿用紙の束とUSBメモリ。そして、最後にひらりと名刺が落ちてきた。『週刊YA ライター 小牧総一郎』。
「やっぱりな」
 名刺を裏返すとボールペンで殴り書きがあった。『お帰りになりましたらご連絡ください』。俺は名刺に書かれた番号にすぐに電話をかけた。
 小牧は七コールで出た。
「……もしもし、三崎です」
『ああ、ようやく出てくれましたね』
 俺はふつふつとたぎる苛立ちを声ににじませた。
「どういうことですか、これ。取材は断るって何度も言ったじゃないですか」
『切らないで下さい、今日がこれで最後です』
 小牧は早口に言った。
『できたての原稿です。一番初めはあなたに読んでほしくて。とりあえず、三崎さんのインタビューなしで全て書きました』
「俺にどうしろと?」
『読んでください。そして、できれば掲載許可をいただきたいです』
 俺はうんざりして溜息をついた。
「……もうほっといてくれませんか。あの人のことで振り回されるの嫌なんで」
『三崎さんに関わる記述は一切ありません、ご安心ください』
「信用できない」
 疲れもあって俺の声はつい鋭くなっていた。
「あんたたちの言うことは信用できない。どんなに隠しても、どんなに俺は関係ないと言っても周りはわかっちゃくれない。それで今まで俺がどれだけ苦しんできたか、あんたたちにわかるって言うんですか」
 小牧はしばらく黙っていた。
『……わかりました、掲載は取りやめます』
 でも、と小牧は続ける。
『やっぱりあなただけには読んでほしいです、書いた原稿』
「新手の嫌がらせですか、それ」
『そうじゃないんです、あなたの知らない永月静があると思って』
 お決まりの文句だ。鼻で笑ってやった。
「あの人についてこれ以上知りたくないし、知る必要もない」
『そうでしょうか』
 急に小牧は真面目な口調になった。
『私は永月静のファンでした。ファンなんて生やさしいものじゃなかったです。熱烈な、大ファンでした。だからこそ永月さんが自殺した時も、その死後に色んなことが暴露された時もすごくショックだったんです。だからこのインタビューをした時、すさまじい衝撃があったんです。ただの特別企画だったはずが、知らない間に広がりを見せていく。あなたの知らない永月静もきっとそこにいます』
「知って何になる」
 俺はついに声を荒げた。
「知って何になるんですか。ただのゴシップ記事と変わり無いのに」
『真実を知ったとき、その人が感じるものは様々だと思います。当然批判は覚悟の上です。もし掲載すれば私も上司に潰されるかもしれません。でも……本当の永月静を見たからこそ、さらにその人を愛せるような気がするのですが』
 俺はしばらく考えてから言った。
「……あなたが見てるのは永月静の虚像です。永月静は、究極の詐欺師です」
『そうかもしれません』
 小牧は動じなかった。
『原稿を読んで、気に入らなかったらUSBごと捨ててください。それ、私の原稿データとインタビュー資料が入っていますから。それを捨ててしまえばこのインタビューはなかったことになります』
 そう言われても、そんなもの初めから信用などしていなかった。
「これで勝手に掲載したら、訴えますから」
『あなたの了解を得られない限り掲載は絶対にありません』
 小牧ははっきりとそう言った。
『よいお返事を待っています』
「……」
 俺は通話を切った。たった数分の会話だけだったのにすごく疲れた。
 テーブルの上の原稿の束に目をやった。
 捨てるのも面倒だった。


「ほい、宿題は、っと……」
 奏から渡されたノートに手際よくマルをつけていく。
「やったじゃん、全部合ってるよ」
 えー?マジ?と喜ぶと思ったら、無反応。ダルそうに頬杖を突いてぼーっとしている。
「あ、あと今日こそ面談行けよな。さすがに次はないぞ」
「……」
 いつもはおしゃべりな奏が今日は珍しく無口だ。
「奏ちゃん?」
 奏は頬杖をついたままつまらなさそうに息を吐いた。
「……大人って嫌だ」
 奏は言った。
「自分に嘘ついてさ、やりたくないことやって、嫌なことも平気なフリして。自分が本当にどうしたいのかわからなくなってくじゃん。そういうの、嫌だ」
 多分面談をさぼったのがバレて家でもめたのだろう。大人になれだの何だの説教されたに違いない。思春期だな、と聞き流していたら、急に奏がこっちを向いた。
「ハヤトさんはどうなの。先生って、そういう仕事でしょ。どんなに嫌な生徒受け持ったとしても、仕事は仕事だからって割りきらなきゃいけない。そうでしょ?」
 突然の質問には面喰ったが、俺はちゃんと冷静に答えた。
「んー、まあ、そうだな。でも、それって自分に嘘つくことと必ずしもイコールじゃないよ?」
「そうかな」
 まだ訝しげな奏に俺はとうとうと説明してやる。
「やらなきゃいけないことはやる。それだけだよ。料理面倒だからってやらなかったら、いつまでたっても飯が食えないのと一緒だ。待ってれば誰かが飯作ってくれるっていうのは子供までで、自分で料理して作るのが大人ってことだよ」
「ハヤトさんはあたしのこともそう思ってる?」
 言葉に詰まったその一瞬を奏は見逃さなかった。
「仕事だから、お金のためだから教えてるんでしょ?」
 グサリと突き刺さる鋭い一言。射抜く目。
 何も答えられなかった。
 短い沈黙の途中で奏は自分が何をやったか気づいたようで、慌てて俺に謝った。
「……ごめんなさい、ひどいこと言った」
「別に、気にしてないけど」
「……」
 急にしおらしくなる奏を横目で見ながら、まあそれも本当のことだから否定できないんだよな、とバレないように溜息をついた。
「ハヤトさんごめんなさい」
「いいって」
 奏は拗ねたように顔を背けるとボソッと呟いた。
「……嘘くさ」
 しおらしくなったんじゃなくて、ただ憮然としていただけのようだ。そういう横顔がちょっとだけ昔の彼女に似ていた。少し動揺した。
 だが、所詮十五年しか生きていない甘ったれの箱入り娘。そんなのにやられる俺ではない。俺はそう思いつつ教科書を開いた。
「よし、いい加減やるぞ」
「えー」
 口を尖らす奏。もうその表情はありふれた中学生のそれに戻っていた。


 家に帰ると俺は携帯の着信履歴から友香を呼び出した。
「……ったく八時はまだ授業中だって言ってもまた忘れるんだから――もしもし、友香?」
『ハヤトー、ちょっと聞いてよー』
「何、泣いてんの?」
『うん』
 友香は一気にまくしたてた。
 会社での小さなミスの積み重ね。理不尽な要求ばかりの取引先。同僚だって表面上は優しいけれど本心では絶対嫌っているに決まっている。こういう時は思ったことをどこかにぶちまけたくなる。こんな夜は一人で泣くには寂しすぎる。
「……そだな」
 適当に相槌を打っていくうちに友香もだんだん落ち着いてきて、最後は『まあ、今日寝たらすっきりするよね。今日みたいな日もあるってことで明日また頑張ればいいよね』と自己完結し満足して通話を切った。
「……」
 携帯をベッドに放り投げた。
 友香だって本当はもっとしっかりした人だ。ただ、慣れない会社勤めで心が折れるのかたまにこうなる時がある。頼られるとかわいい時もあるけど、やっぱり……女ってめんどくさい。
 要は、かまってほしいだけだ。ダストシュートに感情の澱を捨てたいだけだ。お互いそうしてきたけれど、時々重い。
 ソファーに体を投げ出しふーっと息を吐いた。疲れに任せてそのまま寝てしまいそうになる。
 なけなしの理性で起き上がり風呂を沸かしに立ち上がると、ちょうど視界にあの原稿とUSBが入った。昨日から置きっぱなしだ。
 風呂が沸くまでの間、ちょっとだけなら読んでもいいか。そう思って俺はバスルームへと向かった。


永月静没後十年記念インタビュー

・相良メイ(歌手)

 今回私は永月静さんの名曲「水面の月」をカバーさせていただいたんですが、私は生前の永月静さんにお会いしたことはありませんし、永月さんが生きていらっしゃる間に永月さんの曲を聞いたこともありませんでした。ただ、母が昔ファンだったみたいで、すごく有名ですばらしい才能の方だったと聞いただけです。だから実は没後十年記念の「水面の月」のカバー依頼を受けた時も、「私みたいな新人歌手でいいのかなあ」、と。一度はお断りしました。でも、大村社長から何度も電話をいただきまして。しつこいぐらいに。うふふ。多分プロデューサーの血が騒ぐんだと思います。
 それで社長さんと一回お食事に行って……すごいですよね!? これはよほどなんだろうなあと思っていたら、社長が永月さんとの思い出話をしてくださって。すごく貴重でした。本当に永月さんはすごい人だったんだなあって。それだけでファンになっちゃいました。社長さんの作戦勝ちってことですね。
 そしたら社長さん、最後にテープを聴かせてくれてくれたんです。「水面の月」のデモ音源。びっくりですよね!? 本当に、スタジオの音も全部入っていて……で、聞いたらものすごく感動して……感動っていうか、何て言うかこう……うまく言えないんですけど、響くんです、心に。歌のフレーズがひとつひとつ体に沁みていく感じがするんです。それを社長さんに言ったら、「どうかその気持ちを静に聞かせてくれないか」と。「今の君と静がこれを歌った歳が一緒なんだ」と。それで結局引き受けることになりました。


 午後十時半。今日は夕飯を作るのが面倒だったので近所の牛丼屋で買って済ませた。特製ネギ盛り牛丼の大盛りのネギ抜き。昔からネギもタマネギも嫌いだ。
録画した深夜アニメを観るべくテレビをつけつつ、オープニングの間にインスタントスープを作っておく。それが出来上がる頃にはCMも終わり本編が始まる。ぱきっ、と割り箸をきれいに割り、テレビの前に胡坐をかいて万全の態勢。味の濃い牛肉をかきこむ。
「ネギ抜きって言ったのにネギの味がするし……しっかり煮込みやがったなこいつ」
 一人でぶつくさ言ったところでどうせ誰にも聞こえない。
 一人暮らしを始めて三年。塾の講師を始めて二年。本当はもう少し割のいい仕事もあったはずなのだが、あまり個人を詮索しないこの職場の同僚たちが気に入っているから他のバイトを探そうとかは今は思わない。でも、俺大学出たらどうやって稼ごうかな、とは考える。
 名前が大きく出るような職は嫌だ。あまり大きな会社も怖い。俺の素性がバレた時が大変だ。となると、どうする俺。
 匿名の誰かになりたい、とふと思う。だがその一方で何で俺こんなビクビクしてんだろう、と思ったりもする。俺は何も悪くないのに、何でこうなったんだか……
 アニメの前半が終わりCMが始まるのを見計らって、俺は戸棚の引き出しから通帳を引っ張り出してみた。塾からの給与振り込みと生活費の引き出し、その間に父親からの振り込みが挟まる。――そして、レコード会社からの振り込みが四カ月に一度ずつ。
 レコード会社の名前を見ながら、これが無ければ生きていけない自分がふがいなかった。今だって何とか独り立ちしようとしているけれど、やはりお金だけはどうにもならない。バイトだってそこまで稼げるわけじゃない。
 アニメの後半が始まった。通帳を引出しにしまう。
 通帳だけは携帯みたいにベッドに投げられない自分に気がついて、皮肉な気がした。

 
・大村一征(元プロデューサー、現Jプロダクション社長)

 静とはね、上野駅で会ったんですよ。山手線のホーム。見た瞬間光るものがあったね。それで即ナンパ。笑っちゃうでしょ。でもね、当時はそういうのもありだったんだよ。時代だね。で、喫茶店でおごってあげたの。それで喋ってみたらかわいい声してて。だからアイドルやってみない? って。初めは断ってたけど最後はうんって言ってくれた。いやあ嬉しかった。その時から僕は永月静のファンだったってわけ。永月静のファン一号。
 静は普通の女の子にしては何かが違う感じがしたんだ。歌がすごく上手いわけでもなく、びっくりするような美人でもない。でも、あの子ににこっとされると忘れられないんだよ。何でかわからないけど。もったいないのはデビューしたての二年は普通と同じ曲を歌わせてしまったこと。だから人気はそこそこ止まり。それじゃまずいと思ってね、一か八かで新人作曲家の赤松君に頼んでみたんだ。それが「水面の月」。すごいことになったね、ほんと。まさかああなるとは僕だって思ってなかったんだから。
 そこからはあっという間。出す曲全部が大ヒット。その年のうちにはレコード大賞の新人賞。CMには何本出たかな? とにかく誇らしかったねえ。これからどこまでいけるかな、って、こっちでも怖いぐらいだった。
 そしたらさ、例のカミソリ事件。静のファンレターにカミソリが入ってたんだよ。お前には才能なんかないくせに調子に乗って、かわいくも上手くもないくせに、みたいな内容で。ひどいよね。それで静がうっかり手を切った。静としては大したケガでもなかったのにマスコミ巻き込んでの大騒ぎになったから、慌ててこっちで軽井沢のホテルとって休暇を取らせた。 落ち着いたらまた仕事します、なんて静は笑ってたんだけど、静、軽井沢から帰ってきたら、私女優になります、って。びっくりしちゃったよ。本人はカミソリ事件のせいじゃないって言い張ってたけど、ほんとは傷ついてたんじゃないかなと僕は思うよ。あの子何でもないふりして繊細な子だったからねえ。
 女優に転身して大丈夫かなと思ってたけど、またそれがヒットしたでしょ、「落日」。彼女なりのリベンジだったんじゃないかな。もうその頃には静は僕の見てた静ちゃんじゃなくて、大人の女性になってた。でもやっぱりいくつになってもあの不思議な魅力は変わらなかったね。ミステリアスで、爽やかで、にこっと笑うとこっちまで嬉しくなるような。
 だからねえ、亡くなった時は……今でも思い出すと辛いんですよ。何で逝っちゃったんだろうって。引退後の結婚生活に幻滅して自殺しただとか色々言う人いるけど、僕はね、静は疲れちゃったんだと思うんですよ。あの子いつも笑ってるでしょ。多分ね、あの子は色んな悲しいことをぐっとこらえて笑うんだろうね。僕らには何にも言わない。でもね、そうやって儚げに笑う顔が一番きれいだったんだよ。悲しいことにね。それに気づいたのはあの子の葬儀の時。葬儀の死に顔だってきれいだったもの。僕がスカウトした時のまんま。
 永月静は伝説ですよ。「水面の月」、「落日」。もう二度とない、静にしかできない作品でしたから。今の子に同じものは出来ません。
 今でもね、街を歩けば静を超えられるような何かを持ってる子を探しちゃうんですよ。けどなかなか見つからない。それにね、気がつくと探してるんですよ、静を。それじゃだめなんですよ。でも探しちゃう。それに気づいた時の切ないのなんのって……
 静が生きてたらなあ、って今でも思っちゃう僕は、やっぱり彼女のファン一号なんですよね、きっと。


「こんちはー」
 午後三時。一番乗りだぜ、と塾に着いてみたら靴箱に室長以外の靴が二足あるのに気づいた。ローファーとパンプス。そのローファーには見覚えがあった。奏だ。
 教員用の靴箱に自分のスニーカーを突っ込み、そーっと面談室の前を横切る。奏とその母親と室長の面談の様子がガラス越しに見えた。真面目な顔で室長と話を続ける母親の隣で奏は眉間に皺を寄せ、ふてくされたような顔で俯いている。への字に曲がった口。何も見なかったことにして、俺はロッカーへと向かった。この時期はあんなのばっかりだ。自分の時はどうだったかな、と思い返してみる。
 とにかく自立したかった。誰にも頼ることなく、一人で。それがかっこいい大人だと思っていたが、中学生には早すぎた。大学まではちゃんと行け、金は出す。父親がそう言ってくれなければどうにもならなかった自分が悔しかった半面、そう言ってもらえることをずっと期待していたのも確かだった。散々迷惑かけたくせに、今こうしてちゃんと大学にまで行かせてもらっているんだから父親にはまったく頭が上がらない。
 二十歳過ぎた今だって俺、大人になれてねえよなあ。ロッカー室で俺は一人溜息をついた。
 予鈴が鳴った。一気に騒がしくなる教室の片隅で一人、スイッチを三崎隼人からハヤトに切り替える。たとえ俺自身が大人になれていようとなかろうと、生徒の前では俺はまごうことなき「大人」なのであり、そういう対応が求められるのであって。それがわからないほど俺だってもう「子供」でもないのだ。
 次の授業の担当誰だっけ、と時間割を確認すると中島奏だった。面談の後だからへこんでいることだろう。十分ぐらいは雑談で潰れるな、と先に覚悟を決めておく。
 そうして授業に向かったはずだったのだが、ブースの入り口でぎょっとした。奏が一人で大泣きしている。
 しばらくその場で動けないでいると、奏が気づいてこっちを向いた。
「……」
 睨みつけるようなすさまじい目つきだった。何とか冷静さを取り戻して言う。
「……大丈夫か、お前。とりあえず顔拭けよ」
「ほっとけ」
 かなり荒れているのでしばらく放っておくことにした。今しなくてもいいファイルの整理をし、プリントの整理をし、シャーペンの芯を足した。
 俺がブースに入って二分たった。ようやく奏が言った。
「わかんないんだよ、自分がどうしたいのか」
 来たな、と思ったとたん奏は一気にまくしたてた。
「未来とか将来なりたいものとかさ、わかってるならとっくになってるよ。目標を持てとか言うけどさ、もうそんな可能性みたいなもの信じられるような年頃? 将来のためにいい学校入れとか親は言うけど、将来のため将来のためって言ってたらいつ『今』を楽しむわけ? 中学は高校に入るため、高校は大学に入るため、大学はいい会社に入るため。そしてそこであたしは社畜としてベソかきながら働くんでしょ。あたしは何を楽しむためにこうまでして頑張らなきゃいけないの? こうまでして自分に嘘つかなきゃいけないの? いい子なんてクソくらえ」
「じゃあお前はどうしたいんだよ」
「んなもんわかってたらこうも悩むわけないでしょうが馬鹿!」
 だよなー、と頷きながら、めんどくせえなー、と副音声。身も蓋もない言い方をするならば、奏は辛いから現実逃避したくてこんなことを言っているだけに過ぎない。ただ俺が思うに、誰だってこういうめんどくさいものを抱えて生きていく気がする。
「……大人になりたくない」
 奏が鼻をすすった。
「生きたいように生きられない大人って生きる価値ない」
 やれやれ。こういうの柄じゃないが、久しぶりにお説教してやるか。俺は営業用の高い声ではなく、普段の低い声で言った。
「あのなあ。生きたいよう生きていける奴なんかこの世に一握りだぞ。じゃあ言うけどさ、自分の思うようにいかなかったら何でもやめていいのか」
 奏は黙った。
「奏ちゃんはさ、今が大事だって言ってるけど『今』なんてこれからいくらでも何度でもあるんだよ。『これから』を見つけたり作ったりする方が今を楽しむことよりも難しい。それを 奏ちゃんのご両親は知ってるから、いい高校に入ってもらいたいと思ってるんだ。その方が選べる選択肢は広いから」
「だからって、今まで清く正しく生きてきましたみたいな寒い嘘を作文するの?虚しいよそんなの」
「虚しい虚しくないは自分のありようだろ。あくまで受験は手段であって、それが自分の全部を決めるわけじゃない。こういう時の嘘なんて必要悪だ。みんな本音だけじゃ生きていくのは難しいから建前とか嘘とか使うだけ」
「ハヤトさんも?」
「そうだよ」
 もはや開き直ることにした。
「いつも全力でいたら疲れるからな」
「……」
 奏の目はもう泣き腫らしたそれではなかった。何も見逃すまいと見開いた眼だった。
「自分に嘘つくの、辛くない?」
「俺は自分には正直だよ。ただ、時々ちょっとずるくなる」
「そういうの、よくわかんないな」
「かもな。でも就活とかしてみればいつか奏ちゃんもわかるよ」
「……大人ってやだなー……」
 俺はその暗さを吹き飛ばすように笑った。
「とか言いつつ、いつかみんななるんだぜ、知らないうちに。焦ってなるようなもんでもないさ」
 最後は自分に向けていったつもりでもあったが、正直今の言葉は誰が言ったのかわからない。少なくとも、三崎隼人にそんなこと言えるわけがなかった。言ったとしたら、俺じゃなくてハヤトだ。
 自分をどこからか俯瞰している自分に気づく。俺が三人いる。全部俺だけど。
「よし、ぼちぼちやるか」
「……うん」
 ありったけ膿を吐き出した奏は半ば放心状態だった。
「宿題出して。マルつけからな」
 奏からノートを受け取りさっさとマルつけを済ませる。目が疲れたので窓の外に目をやった。隣で教科書のページをめくる奏の手が少し止まる。
「ハヤトさん、どうしたの?」
「空が綺麗だ」
 空? 奏が窓の外を見やる。空をオレンジ色に溶かしながらビル群の隙間に潜っていく夕日。ビルの輪郭がセピアから濃紺に冷えていく。何色でもない夜がまた来るんだろう。
「……」
「ハヤトさん?」
「あ、ごめん。今日はここからだったよね、単元」


 今日の奏は比較的真面目に授業を受けてくれた。ひとしきり泣いてすっきりしたからだろう。三年生最後の期末テストが近いから当然と言えば当然なのだが。今の成績だと蓬芽高校にギリギリ入れるか入れないか微妙なところで、この期末テストでどれだけ伸ばせるかがカギになってくる。やろうと思ったから馬力の出せる子だから、あとはゲームに逃げてくれなければいいのだが……
「ハヤト」
「ん?」
 休憩時間中にロッカー室でお茶を飲んでいると、水田が同じく給水にやってきた。水田は俺と同時期に入ったのでたまに一緒に遊びに行ったりする仲だ。――ただし、俺の秘密についてはまだ打ち明けたことがない。
「奏ちゃん、結構ハヤトになついてるな」
「んー、ぶっちゃけめんどい」
 二人で顔を見合わせて笑う。水田は夏期講習中に臨時で奏に数学を教えたことがある。
 水田が言った。
「気をつけろよ、あの子。意外と攻めてくる」
「わかってるよそのぐらい。意外でも何でもない」
「いや、何ていうか……」
 水田が珍しく説明に困っている。普段はすぱんと物を言うタイプなのだが。
「……潰されるなよ?」
「は?」
「精神的にだ。結構えぐってくる」
「お、おう」
 そんなのしょっちゅうだって、と思うし、水田だってそれはわかっているはずなのだが、水田はまだ何か言いたそうだった。
「説明が難しいんだよ、奏ちゃんの破壊力って」
 水田がそう唸っている間に予鈴が鳴った。
「ごめん、また今度話すから」
 水田はプリントの準備があるのか教科書を数冊持ってコピー機のあるラウンジへと去っていった。
 何か腑に落ちないような気がしながら、俺は自分のファイルを抱えた。次の授業は小学生の女の子だ。


・岸誠(映画監督)
 アイドルから女優に転向って言ったからさあ、どんなもんかと思ったわけ、最初は。今の映画もそうだけど、そういう子って大したことないでしょ。だからJプロから頼まれた時はこれは広告宣伝映画だと思ってやることにしたんだ。
 で、初顔合わせ。そしたら意外とあの子アイドルっぽいところ無くてさ。でしゃばったところもない。ファンレター一つでアイドル辞めるような子って感じもしなかったけどね。
礼儀正しかったことは認めるね。一番初めに楽屋入りして、下っ端だろうと何だろうとスタッフには気遣いを忘れない。普通なら「よくできた子だ」って褒めるとこだけどさ、俺は何か好きになれなかった。俺ひねくれてるから。
 あんまり良くできた子ってさ、たまに気味悪いような気がするんだよ。出来すぎて。あの子素直なんだよ。何か言われたら「はい」、演技も要望通り。たまににこって笑う顔はすごくかわいいんだけど、どうも気に食わなかったね。
 人間真っ白に生きていけるわけないじゃない。白く見える人ほどどす黒いものを持ってる。あの子、普通そうに見えるけど何か普通じゃないなと思った。普通に見える人っていうのはさ、ある程度下品だったり間が抜けてたり、ダメなところがあるから「人間味がある」ってわけで。彼女の場合はそれにしちゃ品が良すぎるんだよ。
 ネコかぶりやがって、と腹立ったね。俺があの子に酷く当ってたのはそういう理由。俺はね、映画っていう虚構を作るのに命を懸けてるわけだけど、その材料に嘘が交じっちゃいけないと思ってるの。どこまでリアルを追求しながら壮大な嘘をつくか。最近の映画って女優の頬をツーッと伝う涙がCGだったりするでしょ。ああいうの大嫌いだね。やるなら背景も人物もオールCGか、自分で泣くかどっちかにしろよっていうの。
 どこまでネコかぶれるか試してみたわけ。これで最後まで俺を欺けたら、オールCGなあの子の勝ち。一瞬でも本性を見せたら俺の勝ち。そう思ったらもう映画も本気で勝負しようと思ってね。それが結果的に「落日」になったんだけど。見ての通り完敗だったよ。
 一回あの子を本気で怒らせたらどうなるんだろうと思った時があってね。皐が幸彦を刺し殺すシーンあったでしょ、その時にね、やってみたんだよ、それを。ずっとダメ出し。俺が怖くて漏らすぐらいの狂気を見せろ。刺した後は蕩けるように笑え。お前の演技は作為的だ。――そんなところだね。俺、性格悪いだろ。
その時に泣くような子なら、それでも良かったんだよ。泣きながら幸彦をメッタ刺しにする、それでも良かったんだ。精神的にむき出しになった時の人間てのは凄惨な美しさがあるからね。
 それをあの子は全部やってのけた。いや、それ以上だった。撮ってて鳥肌立ったよ、怖くて。こんな綺麗な女見たことないってね。
 そのカットが終わったら何か彼女すっきりした顔してたな。俺も何かスカッとしちゃった。こりゃ本物の女優だと。そこからの撮影は早かった。簡単に言えば、俺があの子の才能に惚れたってことだけど。
 「落日」の打ち上げした時のことなんだけどさ。いや、その二次会だったと思う。ちっちゃいビルの中の飲み屋貸し切ってみんなで飯食って、酒飲んでて。あの子はトイレに行ったか何かでいなくて誰も気にしてなかったんだけど、あの子がいなくなってから俺もちょっと煙草吸いたくなってきてさ。たまたまだよ。それでビルの非常階段か屋上で吸おうと思ってその場を抜けたんだ。屋上ってさ、普通鍵かかってるだろ。俺そういうのこじ開けるの好きだからわざわざ俺は屋上に行った。
 そしたら鍵はかかってなかった。変だろ?で、誰かいるのかと思ってそーっとドア開けたら、あの子がいたんだよ。コンクリの床の上に大の字に寝そべってた。死んだみたいに。
 俺には気づいてないみたいだった。ほんと、それでよかったよ。声なんかかけられたらどうしようかと思ったからね。怖かった。撮ってるときに思った怖いとは違うんだよ。何ていうか、人形が死んでるような感じがしたんだ。人間性の全部が死んで空っぽになった、そういう顔してたんだよ、あの子。
 結局俺は煙草なんか吸わずに帰った。その後であの子も来たよ。いつもみたいににこにこ笑いながら。わけわかんなかったね。俺は見ちゃいけないもの見ちゃったんだとはっきりわかった。俺が惚れたのはそういう人間だったんだと。俺が「落日」以降映画撮らなくなったのは、そういう人間に惚れた自分が怖くなったからっていうのもあるかもしれない。
 あの子が死んだ理由? 知るかよ。いや、今のは冗談。俺が思うに、あの子は結婚して、離婚して、自分の空虚さに真正面から向き合っちゃったんじゃないの。鏡見続けてたりすると、だんだん変な気分になってくるだろ。あんな感じ。別にあの子がおかしくなったって言いたいんじゃない。誰だってみんなそういうものを持ってるんだから。ただ、人間そういうのとは面と向かって向き合わないようにしてるんだ。あの子はそれをはっきり見ちゃったんだろうね、かわいそうに。
 岸誠は永月静のことが大嫌いだって言ってる人がいるけど、俺は別にあの子のこと嫌いなんかじゃない。むしろ惚れてるぐらいだ。あの子ほどの女優はいないよ。
 ただね、あの子は幻みたいなもんだった。あの子自身が映画だよ。虚構の産物。幻は幻のまんまだから美しいんだ。それも散っちゃったんだから、世の中儚いもんだよ。


 年が明けた。年末と三が日を挟み十二月末から一月あたままではずっと冬期講習中だ。一月末には推薦入試が始まるから生徒にとってはここが正念場。朝から夜までぶっ通しで授業が続く。
 授業が終われば帰れる生徒たちはまだいい。先生である俺たちは生徒の誰より早く来て生徒の誰よりも遅く帰るのだから体力の消耗が激しい。その日の終わりには授業のし過ぎで声が枯れる先生も少なくない。さらに教室は熱気と暖房のせいで乾燥するし、またインフルエンザと風邪が蔓延する季節なので体調管理には十分気をつけなければいけない。
 特に昼前が一番辛い。お腹は空く上喉は乾くし、その辺りから授業を入れる生徒が多いので部屋が暖まってきて蒸し暑い。
ロッカー室で汗を拭いていると、宮脇さんが入ってきた。宮脇さんは俺よりも先に入った英語の先生で、冬期講習中は俺の代わりに奏の担当をしている。
 宮脇さんが参考書の山を漁りながら言う。
「ハヤト、多分ハヤトもわかってると思うけど」
 宮脇さんがこっちを向き、「かなで」と口の形だけで言った。それだけでよくわかった。
「……あれか」
 俺の呟きに宮脇さんはゆっくり頷いた。言われる前に先にこっちから言う。
「あいつ、最近ちょっと危なくないですか?」
「だよな。ハヤトがわかってるならいい」
 「あれ」というのは最近奏が妙に俺に接触してくることだ。どんな小さな問題でつまづいても必ず俺に聞いてくる。「ハヤトさんが解いてくれた方が早いから」とか、「ハヤトさんに教えてもらうとわかりやすいから」とか。本人は隠しているつもりだろうが、ただ単に俺としゃべりたいだけとしか思えない。そこまで気に入られるようなことをした覚えは全く無いのだが、いつの間にかこうなっていた。冬期講習の担当を代わってもらった理由はそれもある。
「何でまた俺なんですかね?」
「さあね」
 宮脇さんがおどけて肩をすくめる。
「距離置いたのは正解だったかもよ」
「時間が合わなかったんですよ」
 あくまでそう主張しておくが、宮脇さんも俺の本音は十分わかっている。宮脇さんがにやりと笑った。
「まだ中学生だけど、そういうところだけは一丁前に女だからね」
 俺はつい吹き出してしまった。
「何ですかそれ」
「いや、もしかしたらあるかもよ」
「嫌ですよそんなの」
 二人でこっそり苦笑した。


・荒巻ヒロ子(元付き人)

 あの人が死んだって聞いて、私、「嘘でしょ?」って初めは気にも留めなかったんです。薄情って色んな人からバッシングされたり、私自身暴露本書くようなことをしたりでもう私なんかと思ってたんですけどね。あの人について語れと言われると……やっぱり前みたいになっちゃいそうで怖いんですが。
 あの人の付き人になったのはちょうどあの人がデビューしたての時で。その時はもう私はベテランで鳴らしてましたからね。社長が「ぜひ君に」なんて言うからどんな娘だろうと思って行ってみるとね、すごく可愛い子がそこに座ってるんですよ。可憐って感じなのに目が静かに澄んでてね。浮わついたところのない子で。不思議な子なんですよ。でもすごく魅力的でね。社長がファン一号なら私が二号です。絶対に。
 この子ならスターになれるって自信がありました。自慢でしたよ。絶対に人を惹き付ける魅力がある。他にも歌の上手い子とか、ずば抜けて美人の子とかいるはずなんです。それでも彼女の前だと霞んでしまう。天賦の才です。
 「水面の月」が出て、レコ大をとって。もう鼻高々でした。でもね、そのあたりから私に驕りが出てきて。もうその時点で付き人失格ですよね。付き人は影であり、彼女のサポートを万全にしてこそ付き人なんですよ。
 膨大なファンレター。あれ、全部彼女が読むんじゃないんです、私が読んで、仕分けして、彼女の手に渡る。彼女が読むとは限りません。私はそれを一回怠りました。それがあのカミソリ事件です。大騒ぎになりましたよ。私クビだなと覚悟しました。でもね、彼女「いいの、いいの」って笑うんです。泣きたくなりました。結局彼女のお陰で私の首の皮はつながりました。それで彼女は休養も兼ねて大げさな休暇を取ったんです。目が覚めたのはその時です。必死でファンレターの仕分けをしてました。何度かカミソリで手を切りました。でも私は休むなんて許されない。何かヘンだなと。でも仕事だからと割りきりました。そしたら急に色んなものが目につくようになって。
 あの子のファンレターにね、一通変なのが交じってたんですよ。「あの子を止めろ」みたいな。普通なら名前も書いてないはずなんですけどね、しっかり書いてあるんです、住所まで。会いに来てくれみたいなことまで書いてある。後で知りましたが、彼女の小学校時代の友人が書いてたんです。
 彼女の過去のことがたくさん書いてありました。彼女には虚言癖があるって。天性の「女優」だって。
 あの子、永月静は本名だってみんなに言ってましたけど、手紙によるとそうじゃないんです。菅原静子。それだとパッとしないから風流な名前つけようと思ったんでしょうね。それからあの子は北海道生まれで両親が早くに亡くなって、親戚を転々としながら育ったって言ってましたがあれも嘘です。本人は黄金町で育っていました。私も調べて確認した時には唖然としましたよ。
 あの子はその人が望む「永月静」を完璧に演じる能力があるんです。時代は清純派アイドルに飽食気味だった。だからあの子は「少し影のある」アイドルを演じた。自分のためには手段を選ばない。名前も出自も自分を演出するためです。社長は上京したてのあの子をたまたま見つけたなんて言ってましたが、社長がよく上野駅でスカウトやってることはアイドル目指してる子なら当時だいたい知ってましたよ。「水面の月」を作詞したのは実は赤松さんじゃなくてあの子だって言われてるでしょ。あの子が日記に書いたフレーズをたまたま赤松さんが目にして、それをもとに「水面の月」を書いたんだって。あれも彼女の仕業です。私、あの子と長くいましたがあの子がその日記帳を持ち歩いている所なんてその日以外に見た事ありませんでしたから。むしろ「日記とか三日坊主で飽きちゃうから」なんて言ってるぐらいでしたよ。
 だからこそカミソリ事件はこたえたんでしょうね。「作為的」だなんて、まさにそうです。軽井沢にいる間どう復讐してやるかずっと考えてたんでしょうね。私はその時例の手紙の内容を検証していた時でしたから彼女には別のスタッフがついてましたが、その時の様子は想像するに及びません。
 あの子が女優になるって言った時、全ての真相を知っていた私の気持ちはとっくに冷めてました。勝手にすればいいと。私はもう彼女の付き人を辞める覚悟がついていました。
 必死に引き止めましたよ、彼女。どうして辞めたりするの、これからも私にはヒロちゃんが必要なんだよ、と。でも私にはわかっていました。彼女は私のことが好きだからこう言ってるんじゃない。私の能力が必要だからこう言っているだけ。赤松さんに曲を書いてもらえるように奔走したのは私です。彼女が売れないのは曲のせいだと社長に直訴したのも私です。テレビ出演のスケジュールを全て管理したのも私です。そう、私が彼女に一番惚れていることをあの子が一番わかっていて、だからこそあの子はそれを利用したんです。自分のために。
 そう思うと何だか腹立ってきましてね。全部ぶちまけちゃったんです、あの手紙のこと。彼女の過去の真相のこと。全部調べはついてるのよって。そんなにして芸能人やりたいならすればいい。ただ、あんたには何もない、と。頭に血が上っていたのもありましたが、何より裏切られたような気がしていたんです。私が誰よりあの子のことを尊敬し、愛していたんですから。
 そこまで言ったらあの子、もう何も言いませんでした。私はそのままあの子の下を去りましたが、あの時の彼女はもう抜け殻みたいでした。ぞっとするぐらいに感情がないというか。あんまり思い出したくない。さすがにその瞬間だけはすさまじい罪悪感がありました。
 そのあと「落日」で女優になり、人気の絶頂で一般男性と結婚、引退。最後まであの子は「永月静」としての名声が欲しかったんでしょうね。結婚だって話題作りのためにしてみたかっただけだと思います。すぐ離婚したのもそう。だから自殺したのもそういうことなんじゃないかと初めは思ってました。そこで奇跡の復活でも遂げてたら今度は慈善家として活動してたかもしれません。感動話とか悲劇のヒロインとか、そういうのが彼女の好みでしたから。ほら、マスコミってみんなそういうの好きでしょ?
 でも、いざ葬儀に行ってみたら……ああ、いなくなっちゃったんだなあ、って涙止まらなくて。だってあの子の死に顔とっても綺麗だったんだもの。もしかしたら私があの時言った言葉がずっとあの子の中に刺さっていたのかもしれないと思うと、本当にかわいそうなことをしたなって……あの時永月静を壊したのは私なんですよね。
 あの子の名前が今でもちゃんと呼べません。怖いんです、あの頃みたいに呼んだら、きっと自分の中の何かがあふれて止まんなくなっちゃうんだろうと。思い入れが強すぎて自分でも整理がついてないんです。
だ から今は、あの子の冥福を祈ってますとしか、私には言えません。


 冬期講習が終わり、今日から通常授業だ。今日は講習最終日に受けたはずの志望校別模擬テストの見直しから始めることになっている。二月の入試本番まであと少し。最後のチャンスだ。
「……」
 奏が無言で突き出した成績表に俺は唸った。思ったより伸びていない。合格圏内にあと一歩のところで届いていない。これはあきらめるには惜しいが、かといって今から頑張れば行けるのかと聞かれても何とも微妙だった。
 奏も自分の置かれた立場がよくわかっているようで、仏頂面のままただ押し黙っている。今ストレスに潰されそうな中、必死で自分を保っているのだろう。
 マイナス思考のままではいい結果が出るはずもない。俺は笑顔で言った。
「ほら、ここ見るとさ、ほとんどがケアレスミスだ。落ち着いて解けばいつもの奏ちゃんなら絶対解けるはずなんだ」
「……」
「あとは時間配分に気をつけることだな。先に問題見れば優先順位つけて落ち着いて解けるだろ」
「……」
「奏ちゃん前に過去問解いた時はちゃんと点取れたじゃん。ほんとは出来るんだよ。もう少しリラックスしたらきっと取れる。あとは毎日英単語やるのを忘れないこと」
「……」
 それでも奏の顔は固かった。机の上の一点を睨みつけたまま動かない。
「あんまり思いつめるなよ、その真剣さは大事だけど」
「あたし嘘つく人嫌いなの」
 奏は鋭く俺を見た。
「だから嘘で固めたハヤトさん、嫌い」
 突然の「嫌い」という言葉はあまりにも衝撃的だった。通り魔的な犯行に思考が止まる。奏は続けた。
「ハヤトさんの言ってること、どこまでホントのハヤトさんなの? あたしはね、ホンモノしかいらないの。お世辞とかその場しのぎとかいらない。どんな傷つくようなことだってそれが本当のことならそれが欲しいの。これ、ワガママ?」
 息を吸い、吐く。それでも俺の呼吸は浅かった。
「ワガママじゃない、多分」
「多分って何よ。ハヤトさん、本当はどう思ってるの?」
「奏は蓬芽高校に行けると思う」
「嘘つき。あたしを騙そうったってそうはいかないから。ハヤトさんの嘘つき」
 奏は完全に冷静さを失っていた。ストレスで自分を追い詰め過ぎて八つ当ることしかできないのだ。
 いつもの自分ならそう思えた。だが、今は完全に動揺していた。とめどなく直接叩きつけられる言葉に逃げることすらできない。水田が俺に伝えたかったことはこういうことだったのかと今更思ってももう遅い。
「ハヤトさんも室長も、親だって誰だってあたしのこと期待してないし信じてないことぐらい、わかってんだから!」
 奏は拳を机に叩きつけた。
「……ハヤトさんならちゃんと言ってくれるって思ってたのに。そんなの優しさじゃないんだから。ずるいよ、そういうの。だから大人って嫌いなんだよ」
 もはや奏は我を忘れて叫んでいた。奏の怒声に周囲が静まりかえる。
「ハヤトさんの嘘つき。大っ嫌い。嫌われるからとか、傷つけちゃうからって理由で平気で嘘つくとか、そこら辺の偽善ぶったぺらっぺらの大人と同じじゃんか。最っ低」
 この間の会話が蘇る。嘘なんて必要悪だ。みんな本音だけじゃ生きていくのは難しいから建前とか嘘とか使うだけ――奏のあの時の表情の意味を知った。
「ハヤトさんは傷つけたくないから誰かに嘘つくんじゃない。傷つきたくないから自分に嘘つくんだ。そうやって上手いことやって、あたしから逃げるの? あたしはね、そんな偽善者のハヤトさんを気に入った覚えなんかない。ハヤトさんは他の大人とは違うと思ったからあたしは信用してたのよ。何これ。あたしもうハヤトさんの言うこと信じらんないよ。偽物の優しさとか慰めとかいらないって言ったでしょ。だったら結局はハヤトさん、ただの嘘つきじゃんか!」
 それは俺じゃない。奏の目に映る俺は俺じゃない。奏は誤解している。そうはっきりわかっているのに、奏の言葉はその音とは別の意味を持って俺の中で乱反射していた。
 嘘つき。偽善者。悲劇のヒロイン。偽物。虚言癖。かわいそうな子供。空っぽな人間。
 ――お前、永月静の息子なんだってな。
「……違う」
「違くない」
 俺は違う。そんなじゃない。俺は、あの人とは違う。
 じゃあ奏の目に映った俺はどんな俺だ? それが『本当の俺』だと?
 違う。本当なんかどこにもないんだ。あるのは、あるのはただ、――
 ――行き場のない怒りだけだ。
 はっ、と我に返ると奏が怯えた目で俺を見ていた。無意識のうちに膝の上で固く握りしめていた拳に気がついた。
 奏に何と声をかければいいのか一瞬戸惑った。
「……ごめん、今――」
「いや……あたしが悪いんだ」
 奏は今にも泣きそうだった。俺は今までとんでもなく怖い顔をしていたに違いない。自分に振り回されて生徒まで巻き込むなんて、先生失格だ。罪悪感でいっぱいだった。
「怒ってごめん」
「何でハヤトさんが謝るの。違うでしょ」
 奏はそう言うと頭を下げた。
「怒らせるようなことしてごめんなさい」
「……奏ちゃんは悪くないよ」
「違う。違うから」
 頭を下げたままの奏の肩が小刻みに震えているのがわかった。
「……何でだろう」
 スカートの上にぽたぽたと涙が落ちた。
「奏ちゃ――」
「優しくしないで」
 奏の声は鋭かった。
「そうやって気遣わせてるあたしが、一番嫌いなんだよ……!」
 奏はパーカーの袖口で乱暴に顔を拭ったが、拭ったそばからぼろぼろと大粒の涙が流れ落ちていった。
「授業して」
 ぐちゃぐちゃの顔を必死に歪めて、奏はいつもの冷静さを取り戻そうとしていた。涙で濡れたページを慌ただしくめくる。奏は震える唇でこう呟いた。
「このままで終わるなんて絶対に嫌だから」
 また泣きそうになる奏を見ないようにして、俺は静かに参考書を開いた。
 一緒に俺の中でどこかの傷口が開いたような気がした。


 俺はあの人とは違う。そう信じそう行動することで俺は俺を守ってきた。俺が俺であるために。でもそんな自分が一番わかっていた。俺には何もないことを。
 小さい頃はみんなからちやほやされて育った。それが普通だと思っていた。自分が永月静の息子だと知るまでは。
 小学校の頃ぐらいからどうやら自分の母親が有名人らしいということに気づいた。たくさんの同級生からサインをせがまれた。母親に聞くと、「ちょっとだけね」と苦笑いしていくつか書いてくれた。母親のそういう顔を見るのが好きだったし、そんな母親を持てたことに誇りを持っていた。サインを持っていくとみんなが喜ぶのも嬉しかった。
 状況が変わったのは中学に上がってからだ。あいつの母親は永月静らしいということが噂で一気に広まった。おかげで友達が増えたような気がしたが、本当はそうではなかった。常に母親と比較される。外見も能力も、関係のないところですら比較の対象になる。一番辛かったのは音楽の授業だった。俺はあの「永月静」の息子のはずなのに音痴だったからだ。合唱祭の練習の時にいつもパートリーダーから怒られたが、これだけはどうしようもなかった。どうしようもなかっただけに恥ずかしかった。陰でひそひそ言われるのも苦痛だった。どんなに「俺は俺らしく」と思っても偏見が付きまとう。いつだって自分は「永月静の息子」として見られ、誰も「菅原隼人」としては見てくれなかった。
 合唱祭の時、うちの中学に永月静の息子がいる、と誰かがリークしたらしく、週刊誌の記者が大量に押し掛けた。俺が歩けばフラッシュがたかれる。油断すると囲まれそうになる。俺は恐怖のあまり舞台に上がれなかった。それじゃクラスのみんなに迷惑がかかる、と勇気を振り絞ってみんなと壇上に上がったものの、まばゆいフラッシュに目を潰され歌うどころの騒ぎではなかった。大混乱の会場の中、誰かが「永月静だ!」と叫んだ。客席に母親がいた。記者も保護者も母親に夢中になり、俺たちは歌うこともできずただ呆然と舞台に立ち尽くしていた。
 それを境に俺はクラスで孤立した。中には仲良くしてくれた友達だっている。でも、どうしても自分は永月静の子供として見られているんじゃないかという気持ちは拭えなかった。かわいそうだからつき合うのか。永月静の子供だからつき合うのか。どちらにせよ嫌だった。
 家の空気もだんだんと重くなってきていた。サラリーマンの父親はパパラッチに追いかけられる生活にうんざりして海外出張をよく入れるようになり、同時に心も母親から離れていった。そして、顔を合わせば父親も母親も喧嘩するようになった。お前は主婦としての自覚がないとか、メディア露出が多すぎるとか、いつもそんなことが原因だった。
 母親も不安定になっていった。パパラッチを避け家にこもるようになり、さらに父親がいない代わりに俺を溺愛するようになってきた。一人で出かけようとしても常に一緒にいようとする。これがおいしいと言うと何日でも飽きるまで同じ料理を出す。明らかにおかしかった。
 父親もさすがにそこまで来ると心配して何度も母親を病院に行かせようとしたが、そのたびに母親は言った。「私は永月静なのよ。病院に行ったら大変なことになるわ」。父親はそれを聞いて呆れかえり、もう僕には君がわからないと言って家を出た。父親は俺も一緒に連れて行こうとしたが、母親が泣いて譲らなかった。母親にすがりつかれた俺にはなすすべもなかった。
 今思えば、母親は映画監督の岸誠や元付き人の荒巻ヒロ子の言うとおり、自分から「永月静」を取ったら何も残らないという事実にぶち当たってしまったのだろう。永月静として生きることをやめたら自分には何が残るか。永月静としての栄光にあまりにも執着するあまり、母親は「菅原静子」としての人生を歩くことを放棄したのだ。
 そして同様に俺も、自分が「永月静の息子」だということをあまりにも意識しすぎて「菅原隼人」であることに臆病になっていた。永月静の息子としてこうしなければならない、こうしてはいけない、そんなことばかりに気を取られて本当は自分はどうしたいのかすらも見失っていた。そんな自分を見たくないから、「俺は永月静の息子だから」という手頃な理由をつけて自分の弱さを見ないようにしていたのだ。
 中学二年にもなると過熱報道も下火になり、永月静は完全に過去の人になった。その頃には俺は自分で料理を作ることを覚え始め、自立を視野に入れて生きることを目指していた。あと少しで義務教育が終わる。あと少しで今の学校から離れられる――そう思っていた。
 ある日学校から帰ってくると、母親がテレビの前に正座をして、じっと画面を見つめていた。懐かしの名曲集と銘打った番組で、母親は何度も同じシーンを巻き戻しては再生していた。永月静の「水面の月」だった。
 無視すればよかったのかもしれない。けれど、その時の俺にはどうしてもそれが許せなかった。
「もう終わったことだろ。いい加減にしろよ」
 つい言葉が口を突いて出た。
「いつまでも過去にしがみついて、俺のことはどうでもいいのかよ!」
 俺はテレビの前に立ちはだかり、母親の握りしめていたリモコンを奪い取った。背後で画面の中の永月静が停止する。母親は俺の肩越しに止まったままの残像を見ながら言った。
「どうでもよくなんかないわ、隼人。私、隼人のためにできることなら何でもするもの」
「ふざけんな。味噌汁からタマネギ抜くことだけが親の愛か。心配だからってどこまでもついてくるのが母親か。そうじゃねえだろ。俺が学校でハブられてるの、全部母さんのせいなんだぞ。父さんが出てったのも、母さんのせいなんだぞ」
 母親は何も言わなかった。
「……あんたのせいでこっちがどれだけ迷惑してるか」
 何も言わない母親に、俺は最後に言い放った。
「――あんたの息子なんかに生まれてこなければよかった」
 しばらく沈黙が続いた。母親の表情からは何も読み取れなかった。母はただ「そう」とひとつ呟いて、こう言った。
「ごめんね」
 それが最後に交わした会話だった。
 翌日、家に帰ってくると置き手紙があった。「ちょっと夕飯の買い物してきます」。日が落ちても帰ってこないのでおかしいなと思ったら警察から電話がかかってきた。母親は近所のスーパーからの帰り道にある石段から転落して死んでいた。皮肉なことに、目撃者は誰もいなかった。
 その後俺は父親のもとに引き取られ、「三崎隼人」となった。引っ越し先の新しい中学で最後の一年を迎えたので俺が永月静の息子だと知る人は一人もいなかった。高校も地方の子が多く集まる私立の学校を選んだので噂とは無縁だった。母親がいなくなってようやく俺は個人になれた気がした。残酷な事実だった。

 
 奏とのあの激しいやり取りの後も、受験本番までの間俺たちはごく普通に授業をやってのけた。あの日のことはなかったことになっていた。が、口にせずともお互いに気にしていることも薄々わかっていた。その日以来奏が俺にべたべたすることは一度もなかった。
 二月十四日、合格発表の日。その日塾には次々と合否の連絡が入り、備え付けの電話はずっと鳴りっぱなしだった。俺は中一の男の子に授業しつつ、奏はどうなったんだろうと静かに心配していた。最後に授業をした時の感覚では手ごたえはあったのだが、本番どうなるかはまさしく神のみぞ知るところだった。
「先生」
 そう呼ばれて我に返る。
「答え合わせしたいんですけど」
「お、早いね」
 持ってきたファイルの中から解答のコピーを探していると、授業中だというのに室長が慌てた様子でブースにやって来た。
「ハヤト、奏ちゃんから今連絡来た。蓬芽高校合格だって」
「まじっすか!」
 つい素が出てしまい慌てて口を押さえる。室長は吹き出した。
「今からこっちに来るって。その授業終わったら会ってやって」


 奏はダッフルコートの肩に雪を積もらせ顔を真っ赤にしてやって来た。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫なわけないでしょ、ウン十年ぶりの大寒波なんだから」
 奏は寒そうに鼻をこすると、通学カバンから携帯を取り出して写真を見せた。
「ほら、ここ。二〇三〇八番」
 合格者の張り紙の中に、しっかりとその数字があった。
「すっげえじゃん! よくやったな!」
「うん」
 奏を見ると奏の顔は濡れていた。
「涙拭けよ」
「泣いてない。これ雪だから。今外すんごい寒いんだよ」
 そう言いつつも奏は室長からティッシュを渡されると盛大に鼻をかんでいた。奏流に強がっていた。
 次の授業の予鈴が鳴った。
「ハヤトさん、次授業でしょ。あたしもう帰るから」
「え、もう?」
「帰るったら帰る。寒い」
「ここでゆっくりして温まってから帰ればいいのに」
「嫌だ」
 奏はカバンからルーズリーフを二、三枚取りだすと四つ折りにして俺の手に押し付けた。
「家帰ったら読んで」
「何これ?」
「うるさい」
 奏は仏頂面で続けた。
「さっき電車の中で書いたから字が汚いけど許してね」
 室長が茶化す。
「まさかラブレターじゃないだろうな」
「ばーか」
 奏はそう言い放つと俺に背を向けてさっさと帰ってしまった。
 また厄介なものもらっちゃったなあと思う反面内容が気になる。とりあえず服のポケットにねじ込んで、俺は次の授業へと向かった。
 
 
 今日の授業は雪がひどいため八時で終了となった。家に帰れなくなる恐れがあるので生徒も先生も帰宅してくれとの室長のお達しだ。奏の言った通り塾の外は異常に寒かった。雪は今はもう降っていないものの、代わりに肌を刺すような冷たさが襲ってくる。ダウンにマフラー、耳あてに手袋までしているが顔面だけはどうも防ぎようがなく、鼻が取れそうなぐらいに寒い。
 塾の最寄り駅に着いてみると、降雪の影響で電車が十五分遅れだった。ホームで電車を待つ人の列の一番後ろに立ってみたものの、電車が来る様子は全くない。さらなる遅延を告げるアナウンスにどこからともなく言いようのない溜息が溢れる。
 寒いな、とダウンのポケットに手を突っ込むと乾いた感触がした。奏のルーズリーフだった。シャーペン書きの文字が紙面をびっちりと埋め尽くしている。読むのに骨は折れるがいつ来るともわからない電車を待つ間の暇つぶしにはなりそうだった。


 ハヤトさんへ

 この間あたしがハヤトさんに言ったこと覚えてますか? 「ハヤトさんなんて嫌い」。あの時は本当にごめんなさい。高校受かったから今更謝るとか調子乗ってるかもしれないけど、とりあえずこれだけは言っておく。それから、今までいっぱい迷惑かけたことも重ねて謝ります。ごめんなさい。
 今日は本当のことを言おうと思ってこれを書いてます。面と向かって言うのは苦手だからこうして書いてます。先に言っとくけど、ラブレターじゃないから。あたしの思うところをそのまま書きたいだけ。
 ハヤトさんのこと嫌いだなんて嘘です。嫌いになれたらきっとラクだっただろうに、やっぱり嫌いになれなかった。
 あたしはね、どんなハヤトさんであろうと、たとえそれが嘘で塗り固めたハヤトさんであったとしても、あたしの目の前にいたハヤトさんが好きだったってことは確かだと思うんだ。
 あたしはハヤトさんの全てのことを知ってるわけじゃない。ハヤトさんの嫌なところがないってわけでもない。それでも、人間として……何だろう、loveじゃなくてlikeみたいな感じ。人間として、好き。そうだな、ハヤトさんはfavoriteってところ。わかるかな?わかってくれると嬉しい。
 あたしはあたしの目の前にいる、三崎隼人が好きでした。
 うん、それだけ言いたかったんだ。だってハヤトさん、たまに何にも感じてないふりするでしょ。傷ついても平気なフリ。腹が立っても別に、って顔。あたしハヤトさんのそれが一番嫌いだった。それっていわゆる自己防衛なんでしょ。
 でもさ、この間のハヤトさんを見て思ったんだけど、よく考えたらハヤトさんのそういうところ、あたしの中にもあるんだよね。何でもない振りしてみたり、興味あるけど無関心装ったり。だからなおさら嫌いだったのかも。今はそう思う。
 あたし思うんだ。ハヤトさんが自分に嘘つく理由。それはね、傷つくような自分が自分で嫌いだからだよ。
なりたい自分ってあるじゃん。優しい人になりたいとか、いい人でいたいとか。その目標に近づくためにみんなその「なりたい自分」を演じてるわけでしょ。演じてくうちに本物になれると信じて。
 ハヤトさんはそれが上手すぎる。いっぱい使い分ける。それってなりたい自分が多すぎるってことじゃないのかな。ありのままがいいなんて言う人いるけど実際そんなのどこにもなくて、なりたい自分に向かってもがいてる自分全部が自分なんじゃないのかなと。それを認めてあげるってことが「ありのまま」ってことで、なりたい自分を追ってる自分に気づかない限りは自分のことを本当の意味では愛せないんじゃないかな。
 だからハヤトさんの代わりに言ってあげる。傷つくのが怖いのはハヤトさんもあたしも誰だってみんな一緒なんだよね、きっと。いいじゃん、弱くても。あたしはそういうハヤトさん嫌いじゃないよ。
 時々嘘つきでズルい大人のハヤトさんへ。
 そんな自分を愛してあげて。

 中島奏


「…ったく、ガキが」
 ホームにいるというのについ俺は笑ってしまった。わかったような口を利きやがって。何にも知らないくせに。何が「愛してあげて」だ。まだ恋に恋するお年頃、恋だの愛だの語れる程に生きてないだろうが。俺だってまだそんなのわからないっての。
 俺は一体何なんだ。その質問に答えはない。タマネギと一緒で、剥けば剥くほど小さくなって、最後は何もない。人間なんてそんなもの。けれど。
 お前に言われなくても、俺は愛してるよ。空っぽな俺でも、今ここにいる俺は、紛れもなく俺だから。どこにいようと何をしてようと演じてようがいまいが全部ほんとの俺だっつーの。
 そう毒づきながらも思う。それでも、奏が見た俺は奏にとっては間違いなく本物の俺なんだろう、と。真実なんて一つじゃない。どんな出来事も目撃者の数だけ真実がある。
 俺はその場において最も正しい「俺」であることを自分に要求し続けていた。それが演じることだとわかっていたし、別に何も感じなかった。でもそれが俺の無意識を、それこそ無意識的に抑圧していたのだとしたら? 奏はそれを無意識的に見抜いていたのか?……さすがにそんなことはないだろう。
 ようやく電車が来た。奏からもらった手紙をポケットにねじ込み、自分も半ば押し潰されるようにして車体に詰め込まれていく。四方を人に囲まれてかなり息苦しい中、強引に扉が閉まった。一拍遅れてのろのろと走り出す電車。大量の乗車人数に反して車内はとても静かだった。耳を澄ませば誰かの心臓の音でも聞こえてきそうだった。
 人の頭と頭の間越しに窓が見えた。冷たく凍った窓に雪が霜のように張り付いていた。
 それをじっと見ながら、俺は自分の心音に耳を澄ませた。


 電車を降りた時にはもうとっくに月が出るような時間だった。バスが運休なので仕方なく駅から家まで歩いて帰ることにする。この川を渡ってしばらくもすればもう自宅のあるアパートだ。
 あたりはひっそりと静まり返っていた。まあ、この寒さだから仕方ない。よほど大事な仕事でもなければこの時間まで外出なんてしないだろう。
 橋の中腹で俺はふと足を止めた。たまたま川の真上に月が南中していた。少し端の欠けた月が、凍りついたようにそこにあった。
 俺は奏の手紙をポケットから出した。手袋を取り、かじかんだ手で折り始める。山折り、谷折り。シャーペン書きした奏の言葉が折り畳まれ、文字がかすれていく。
 俺は出来上がった紙ヒコーキを橋から月に向かって飛ばした。月に永月静のイメージが重なっていく。永月静。俺の母親。今はもうここにいない過去の人。
 月になんて届くわけもなく、紙ヒコーキは頼りなくヒラヒラ舞ってからあっさりと川に落ちた。水面に映った月が波紋で乱れた。
 小さな岩に引っ掛かっていた紙ヒコーキもだんだん濡れて重くなり、最後には端から千切れ始めた。
 川の流れに押されてぐちゃぐちゃになっていく奏の手紙を見ながら、俺の思考もまた川の流れと同じようにぐるぐると渦巻き、何でだか俺は泣きそうになっていた。わけもなく切なかった。
 それを全部寒さのせいにして、俺は再び歩き出した。今の気持ちをかき消すように頭の中を今日つくる夕飯の献立で埋め尽くす。温かいものが食べたい。そうだ、冷蔵庫に野菜残ってたよな……
 とりあえず今日は野菜のスープであったまろう。そう結論づいた時にはもう俺は家の鍵を開けていた。


 こんな夜に俺は台所で一人、黙々と野菜を切っていく。ニンジン、ジャガイモ、キャベツ。もう俺は一人で作れるんだよ。誰にも頼らずに。大人になるってのは、そういうことだ。一人で立って歩けるってこと。めんどくさいことも、まあしょうがないかって受け入れてあげる心の広さのことだ。
だから奏。それから逃げてるお前は青すぎる。
 キャベツに刃を入れた。さくっ、とみずみずしい手応えがして、すとんと刃がまな板を打った。二つになったキャベツ。鍋に入れると一枚一枚がバラバラになってスープの中に沈んだ。
 出来上がったスープは冷えた体によく染みた。コンソメと胡椒だけの簡単な味つけの中に、野菜の旨みが溶けている。
 ――隼人は野菜もよく食べて、偉いね。
「……」
 スープをすくう手が止まった。どうして急に思い出してしまったんだろう。風邪をひいた日。火照った額に当てられた冷たい手。ニンジン、芽キャベツ、ジャガイモ――
 おいしかったな、あれ。もう二度と食べられないけれど、と苦笑しながらまた一口すくった。そして気づく。なんとなく、味が似ているかもしれない。あの人の――母さんの味に。
 一度も料理なんか教わったこともないのに。何かを与えてくれたこともないのに。ずっと、嫌いだったのに。
 どうして今になって、会いたくなるんだろう……
「……今日は冷えるな」
 当たり前のことを、俺は一人呟いた。それが自分でおかしくて一人で笑って、一人でそっと涙を拭いた。


 永月静はアイドルであり、女優であり、狡猾な詐欺師だった。でも、誰に何と言われようとも俺にとって永月静は唯一無二の母親だ。それだけは変わらない。どんなに憎んでも。どんなに愛しても。
 素顔なんてどうでもいい。俺があの人の息子であることに、変わりはないのだから。


              終
2014-03-27 22:12:01公開 / 作者:小松パラ
■この作品の著作権は小松パラさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 前作から読んでいただいている方、お久しぶりです。今作からの方、はじめました。小松パラと申します。
 前作に引き続き個別指導塾が舞台です。私は集団も個別も両方通っていたのですが、その時の先生たちとの会話に着想を得て今作を書きました。生徒が求める「先生」というのはあくまで虚像であって、それはファンが求めるアイドルの形とよく似ていると思います。他人から向けられる「こうであってほしい」という願望が「自分」というものを作っていく。それはもしかしたらみんな同じなのでは? と……
 なかなかヘビーな話になりましたがいかがでしょうか? もしよろしければ感想等いただけると嬉しいです。
 次はいい加減塾の話題から離れて別のものを書こうと決めています。また次回もお付き合いいただけると幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
 作品を読ませていただきました。
 作者様はドラマとかがお好きなのかな? 主題や一つ一つのシーンの構想など、しっかりイメージして書かれているところがあるように感じました。『最後まで読んでネタが分かって、もう一度最初から読むとよく分かる』という構成を意識されているのかな? 試みは面白いと思いました。また作品全体に漂う青臭さは、貴方ならではの武器になるのではないかと思います。一方で、主題が分散している、個別学習塾という小道具をうまく使いきれていないという負の印象も受けました。
 この作品のテーマは、主人公と主人公の母親である永月静との関係、およびそれに起因する主人公のパーソナリティの問題(こんなふうに書くとパーソナリティ障害みたく読み取れますが、そこまで深刻じゃないですね。もっと青臭い何かです)でしょう。究極的には個別学習塾とは関係が無いわけです。この作品において、塾の存在の意味っていうのは、主人公の問題を解決するツールである奏と出会うための道具なわけです。道具の道具、すなわち、メインではない、小道具です。こいつに意味を持たせるためには、個別学習塾の問題児である奏ともっと自然に交流していく中で主人公が気づかされるというふうにしないと取ってつけた感が出てしまうと思うのですよ。「別に塾やなくてもいいやん?」って思ってしまうわけです。
 分かりやすい流れを作るなら、まず冒頭で主人公の問題についての描写があり、そこから個別学習塾で奏と出会い、仲良くなって、助ける側から諭される側に回るという形式をとるという方法があると思います。いきなり奏と出会って、そのあとに主人公の問題の一端(ある程度提示する必要があるのに、情報を開示していない)を晒すだけでは読者の視点が迷子になっちゃうと思うのです。学習塾のシーンから始めるなら、最低限主人公に視点を集めるべきで、奏メインだとややトリッキー過ぎるかなと思います。
 また、途中で出てくる静の関係者の小話はとてもよくできているのですが、いきなりこいつを挿入されても最初はわけわかんないわけですよ。だから、記述する前に、読者に永月静について少しばかり理解させて、焦点を合わせてもらわないといけない。彼女が何者かを明かせというわけではないです。彼女の素性を隠しながら静に視線を集める。その状態で小話を挟めば、ミステリィ風味も効いてきて面白いと思いました。ただ、こいつはちょっと難しいかなと思います。
 あと、これはこの作品の武器でもあるところですが、少々主人公たちの台詞に作者様の主張が混じり過ぎているきらいがあります。多分、貴方は言いたいことを考えて書かれていると思うのですが、それを素直に吐かせ過ぎているのです。このくらい率直な方がナウなヤング(死語)にウケるとは思うのですが、読む人が読めば鼻につくかなと。奥ゆかしさとでも表現すればよいのでしょうか、素材をそのままぶつけ過ぎないようにすれば、また違った味も出てくると思います。
 台詞に関して更に言えば、どこかで聞いたようなものが多く、『作り物』感がはんぱないです。人物について記号として捉えるのではなく、実際にいる人間として作りこめば、会話の幅が広がるのではないかと思いました。キャラクターに関する作者様の情報がやや少ないため、このような弊害が出ているのかもしれません。
 結末に関しても、主人公ならでは行動が欲しかった。問題提起→作者の主張をそのまま奏に喋らせる→主人公が納得する→ラストシーンという悪い意味で淡白な展開をしてしまっているため、重みも何もなく、ありきたりなものを形だけ模倣したようなラストになってしまっている。主人公にも主人公なりの考えがあるはずですから、そこをもっと作りこまないといけない。例えば、『何者にでもなれる主人公』と『仮面を嫌う奏』という対比をして戦わせるとかです。何者にでもなれるというのは便利な能力です。それを持っている主人公から見れば、奏は不器用で馬鹿な子なのです。でも自分には無い物だから、不思議と心惹かれるのです。理性で考えれば必要の無い物だけど、本能的に求めてしまうものが奏にはある――主人公はそれに対してどう落としどころをつけるか。その結果、母を思い出しながら作った野菜スープはどのようなものになるか、それを克明に描き出すという具合にです。あくまで一例ですが。簡単に言いますと、様々な要因(前述のものも含めた)が重なって、主題がぶれてしまっているのです。作品を通して描かれる軸が不明確な状態なわけです。
 最後に、これが一番の問題なのですが、主人公を『何者にでもなれる人間』に描き切れていないように感じました。この主題を選ぶ以上、会話の端々、ちょっとした動作、行動から、読者に主人公を『大人』だと感じさせないといけない。年齢的にはまだまだガキなのですが、これはちょっと子供として描きすぎている。一考の余地があると思いました。
 色々書きましたが、これ、一冊のラノベにしたら面白いだろうなと思います(僕がラノベ物書きということもありますが)。奏ちゃんが僕の中では超絶美少女なのです。萌えです。萌えなのです!(強調) でも僕は別に萌え豚じゃありません!(謎) 断じて! ええ!
 次回作、頑張ってください。ピンク色伯爵でした。
2014-03-30 20:48:41【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
 こんにちは。前回の掌編から一転して作りこまれた中編ということで、ちょっと意外に思いつつ読ませてもらいました。やっぱり制約とかなしに自分の好きなように書くのが一番ですよね。
 さて序盤の記者の訪問によって提示された謎、それが永月静と主人公の関係に収束していく過程に引き込まれ、一気に読みました。とくに関係者のインタビューで徐々に情報を出していく構成がおもしろかったですし、個々のインタビューにリアルさが感じられたことが、またこの小説の質を上げているのではないかと思います。ただぼくは芸能関係にうといので、ほかの人がリアルと感じるかどうかはわかりませんが……とにかく記者の原稿が魅力的なスパイスになっていたと思います。こういうのが書けるってすごいですね。欲をいえば、原稿が隼人に与えた影響なんかをもっと書いてほしかったと思います。結局あの原稿どうなったんだろう? という疑問も残りますし。
 しかし隼人は大人ですねー。というのは、やっぱり嘘だのタテマエだのを、なかなかここまで割り切って生徒に諭せるものではないと思うからです。内心どう考えて、どう苦しんでいるにしても。これがもし小松パラさんの考えを反映しているのだとしたら、小松パラさんも大人ですね……ぼくも見習いたいと思います。どっちかというと奏のほうに感情移入してしまいました。大人になります(泣)
 この作品はもっと議論の対象になってもいいと思うのですが。十分におもしろかったと思いますから。次回作品も楽しみにしています。
2014-04-10 20:27:17【★★★★☆】ゆうら 佑
 まとまった時間がとれず、返信がここまで遅れてしまい非常に申し訳ないです。せっかくいただいたコメントなのでゆっくり時間をかけて返信したかったんです。(言い訳ですね、すみません。)

 ピンク色伯爵さん
 私の中ではピンク色伯爵さんはここの常連さんだと思っていたので、まさかこんなド新人にまでコメントを下さるとは……!と感激しつつびっくりしつつで、どうやって返信しようとうんうん唸っている間にこうなってしまったというのもあります(笑)
 作品についての指摘も本当にありがとうございます! 実に的確で勉強になります。
 >あと、これはこの作品の武器でもあるところですが、少々主人公たちの台詞に作者様の主張が混じり過ぎているきらいがあります。多分、貴方は言いたいことを考えて書かれていると思うのですが、それを素直に吐かせ過ぎているのです。
 これは読んでくれる私の友人たちによく言われることなので反省しております(汗) 私が意図して言わせているところもあれば無意識にそうなってしまうところもあって、何だか悩ましいところです。私は今までに経験した物事やその時に得た気持ちや感情を出発点に書くことが多いので(この手法自体が幼いかもしれませんが)、登場人物たちのセリフについつい作者の主観が入ってしまうのかもしれません。でも、そこをいかに上手く表現するかが文学であると思うので、もっと技術を磨こうと思います。伯爵さんのおっしゃる通り「奥ゆかしさ」が圧倒的に足りないですよね!(笑)
 >結末に関しても、主人公ならではの行動が欲しかった。
 ……実のところ、恥ずかしい話ですが主人公が最後どう動くのかだけはどうしても私にもわからなかったんです。私ならどうするかと何度考えても答えが出なくて。捨てるような勇気も、大事に取っておく優しさも、主人公の中ではどちらも行動を起こせるほど強くはないと思ったんです。だったらどうするのか。……どうするんでしょう(泣) 私にはわかりませんでした。人生経験の浅さゆえですねえ……
 >これが一番の問題なのですが、主人公を『何者にでもなれる人間』に描き切れていないように感じました。
 本当に大問題です。これは登場人物に対する描写の少なさによる弊害、どころの話ではないですよね。これを書かずに何書いたんだお前は! と自作を読み返して猛省した次第です。この作品は多分あと原稿用紙50枚以上必要だと思ったので今度書きなおすことにします。
 >奏ちゃんが僕の中では超絶美少女なのです。
 すみません、それまでいただいたコメントをすごくまじめに読んでいたのですが、ここで噴いてしまいました(笑)全然そんなこと考えてもみなかったです! それも含めて今度書きなおすときには奏ちゃんの描写にかわいいところ増やしてあげようかなあ……他の方からも需要があれば考えておきます(笑)
 未熟な作でしたが丁寧なコメント本当にありがとうございました。励みになるのでよろしければ次回もご指導いただけると嬉しいです!


 ゆうら祐さん
 前作に引き続きコメントありがとうございます!
 それから、ここでする話ではないのかもしれませんが、ゆうらさんが作品のあとがきで私とテーマがかぶったかもしれないとわざわざ気にかけてくださっていたんですよね。すみません、なかなかお礼が言えなくてこのようなかたちとなりました。お気づかいいただきありがとうございます。どうやら最新話が公開されたようなのでまた読みに行きます! 感想は気長に待っていただけると嬉しいです。いかんせん遅筆なものでして……
 >個々のインタビューにリアルさが感じられたことが、またこの小説の質を上げているのではないかと思います。ただぼくは芸能関係にうといので、ほかの人がリアルと感じるかどうかはわかりませんが……とにかく記者の原稿が魅力的なスパイスになっていたと思います。
 ありがとうございます。ただしあんまり褒めると調子に乗るので気を付けてください(笑)
 私も芸能関係は疎いので昔のアイドルの話を色々調べて参考にしました。でも本格的に調べたわけではないので「なんちゃってリアリティ」だと思います。
 >欲をいえば、原稿が隼人に与えた影響なんかをもっと書いてほしかったと思います。結局あの原稿どうなったんだろう? という疑問も残りますし。
 やっぱりそうですよね……ピンク色伯爵さんの所でも書きましたが、主人公は最後原稿をどうするのかがどうしても思い描けなくて。
 >しかし隼人は大人ですねー。というのは、やっぱり嘘だのタテマエだのを、なかなかここまで割り切って生徒に諭せるものではないと思うからです。
 隼人のモデルになった人は、あっさり「あ、この性格キャラだから」「いつも全力でいたら疲れるからな」と私に言いました(笑)確かに言われた時は衝撃的でしたが、その経験が今作のきっかけになったんです。モデルになった人と比べたら、私はなかなか大人になりきれていません。
 またしばらくしたら書きなおそうと思っていますが、もしかすると先に次の作品をアップするかもしれません。今度はもっとヘビーな長編の予定なので、もしよろしければ次回もお付き合いください。
2014-05-11 20:09:54【☆☆☆☆☆】小松パラ
[簡易感想]後味が悪い感じがしました。
2014-05-30 16:31:50【☆☆☆☆☆】Mirna
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。