『彼方の昴 18話『お披露目』』作者:鋏屋 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
異世界カレン界で死を迎えた少年アインノール。だが、今まさに臨終を迎えた瞬間、彼は奇跡的にも蘇る。その身体の内に日本人、藤間昴《トウマ スバル》の魂を宿して…… 生き返ったアインノールの持つ、現在のカレン界より数百年進んだ彼の知識は、やがて世界を変えていく…… 現代の地球の科学技術者、藤間昴の記憶を持った男の娘王子様が繰り広げる異世界転生ロボット活劇!
全角86644文字
容量173288 bytes
原稿用紙約216.61枚
 
1.プロローグ

 人生は退屈だ……
 
 これは藤間昴《トウマ スバル》が常々考えていることである。
 昴は好奇心が強く、勉強すること自体嫌いでは無かったので、小学校、中学校、高校、大学と、世間一般で言う『名門』の学校を卒業、就職した。就職先は外資系の産業ロボットを開発する会社だった。
 ロボットの開発と言っても、やることと言えばすでにある物に修正を当てていくだけとか、新しい機能を追加するとかばかりで、昴の好奇心を満たす物では無く、退屈な日常が永遠と続く未来予想しか立たない日々であった。

 だがそんなある日、彼は事故を起こす。
 いつもの駅からアパートまでの帰り道。愛車の原付で軽快に坂道を下っていた時だった。横あいの路地から、林檎が転がってきた。それも一つや二つではない。何十という林檎が昴の進行方向の路上に転がってきたのである。昴が路上を覗くと、運送トラックが荷崩れを起こしており、その荷台のダンボールから大量の林檎がこぼれ落ち、運転手が半ばパニックになりながらこぼれた林檎を拾っていた。
 一方昴は、突然前方の路上に大量に転がっている林檎を避けようと必死にブレーキを掛けハンドルを操ったが、転舵した先にはガードレール。そしてその先は八メートル下には線路という状況だった。
 けたたましいブレーキ音を響かせ、路上に黒いタイヤのブレーキ痕を残しつつ、昴は原付ごとガードレールの向こう側に放り出された。
 ここに、藤間昴の三五年の人生は幕を閉じた……


「――――今、その御霊は在りし日の盛期を持って御前に召された。静謐の喪をもって悠久の安らぎを与えるものなり……」
 厳粛な空気のなか、初老の男の声が、豪奢な天幕付きのベッドの周りに居並ぶ数名の耳を撫でる。王族と、それに伴う側近の従者達が頭を垂れる中、中央のベッドには目を閉じ、今まさに黄泉へと旅だった幼子が横たわっていた。
 少女の様な顔立ちをしているが、この国の第二王子である。その名をアインノール・ブラン・デルフィーゴという。
「うぐ……っ、殿下……っ!?」
 ベッドの周りに立つ大人達の後ろで、片膝をついて下を向き、腰に吊した剣の柄を握りしめながら涙を流す者…… アインノールの小姓である女剣士ミファ・トラファウルは嗚咽をこらえきれ無かった。
 彼女のトラファウル家は、代々デルフィーゴ王家に使える武門の家系で、彼女は歳も近いと言うこともあって幼い頃からアインノールと一緒に育ち、小姓でもあるが幼なじみでもあった。
 このデルフィーゴ王国は、約三〇〇年前に広大なカルバート大陸を統一した『サンズクルス聖帝』の属領で、しかも東の外れにある辺境の貧乏弱小国である。その国のしかも第二王子と言うこともあってか、有力諸国の大貴族ほど身分の差を感じずに二人は育ってきた。そんな彼女だったので、アインノールの突然の死は幼い彼女には受け入れがたかったのである。
 アインノールは元々体が弱かった。良く体を壊し、ベッドで休むといったことを繰り返していたが、四日前の昼頃、急に胸の痛みを訴え床についた。そして王宮付き医師達の必死の看病もむなしく、先ほど息を引き取ったのである。
 享年九歳の、それは余りにも早い死であった……

「さあミファ…… 悲しみもわかるが、アインに最後のお別れをしておくれ……」
 アインノールの実母でもある王妃マイアール・ブラン・デルフィーゴにそう声を掛けられ、ミファは頬を伝う涙拭き、美しい糖蜜色の髪を手櫛で直しつつ顔を上げた。
(いくら親友であったとは言え自分の主だ。いや、親友であったが故に、最後に無様な姿は見せられない……っ!)
 彼女はそう心の中で自分を叱咤し、ベッドに眠るように目を閉じているアインノールの顔を見た。そのとき、彼女は奇妙な違和感を感じた。
(……あれ?)
 涙ににじむ視界の向こうで横たわるアインノールの唇が、微かに動いた様に見えたからだった。ミファはもう一度両の手で涙を拭いアインノールを見た。すると今度は、わずかだが喉も上下に動いている様に見える。
「アイン…… 生きてる……」
 ミファの口から思わずそんな呟きが溢れた。
 いくら幼なじみとは言え、典型的な封建社会の主と従者の関係で主の名を略称で呼ぶなどはあってはならないが、彼女はアインノールと二人だけの時は幼い頃と同じくお互いを愛称で呼んでいた。
『アインノールが生きている!?』
 その驚きから、思わず自然と愛称で呼んでしまったのである。
 そんな彼女の言葉に、大人達はそれを咎めるより先にアインノールの顔をのぞき込んだ。その時、アインノールの目がパチリと開いた。
 その時の大人達の反応は全員がギョっ!として半身を引いた。続いて……
「げほっ! ごほごほっ、ごほごほっ! うえっほっ! げっほ……っ!!」
 ベッドから半身起き上がり、目に涙を浮かべて少女のような顔をゆがませて咳き込むアインノールの姿に驚愕の表情でベッド脇から飛び退いた。臨終を確かに看取った医師などは腰を抜かしてその場に崩れ落ちる始末だった。
「げほ……っ! マジで死んだ、ぜって-死んだ……っ! つーか超痛かったつーのっ!!」
 居合わせた一同が声も無く唖然とする中、アインノールは咳をしながらそう叫んだ。そしてようやく咳が落ち着いたところで周囲を見回し首を傾げた。そして傍らに立つミファと目が合うと恐る恐ると言った様子で訪ねた。
「あ、あの…… ここどこ?」
 そんなアインノールの言葉は、ここに居る人間が誰一人として聞いたことがない言葉だった。
「あれ? 日本語通じない? Can you speak english? 」
 今度は英語でそう聞いたが、やはり一同驚いた顔で自分を見つめるばかりで答えてはくれない。
「い、生き返った…… アインが生き返った……!」
 ミファの瞳には再び涙があふれた。だが先ほどとは違い、今度は嬉し涙だった。しかし当のアインノールには、彼女が何を言っているのかさっぱりわからない。
 そう、彼には言葉が通じていなかったのである。
 ミファはそんなアインノールに、周囲の目などかまうこと無く抱きつき、大声で泣き始めてしまった。アインノールはこの状況がさっぱりわからないと言った様子であたふたしていた。
 それもそのはずなのである。
 それまでのアインノール・ブラン・デルフィーゴは、確かに先ほど息を引き取り黄泉へと旅だった。
 では、ここでミファに抱きつかれ、状況が理解できないであたふたしている者はいったい誰なのだろうか?
 もちろん、デルフィーゴ王国第二皇子、アインノール・ブラン・デルフィーゴその人である事には違いない。外見だけは……
 だが、その記憶と意識は日本人、藤間昴のものだった。
 あの日、ガードレールを跳び越えて宙を舞った彼の意識は時空を超え、ここカレン界で臨終を迎え、今まさに魂が離れたアインノールの肉体に収まってしまったのだ。
 こうして藤間昴は三十五歳にして九歳という奇妙な第二の人生を歩み始めることになる。それも、それまで過ごしてきた世界とは全く別の、未知の世界で……


2.王子と従者

 五年後、デルフィーゴ王国、王都デルフ。
 王都の西門から王城であるデルフ城に伸びる目抜き通り『バラケッソ通り』の一本隣の裏通り、通称職人街の一角に、一際混雑した食堂『眠り山羊亭』があった。
 昼食時を過ぎても尚、店の中は客でごった返し、店外まで客が二、三人並んでいる。そんな眠り山羊亭の列に奇妙な二人組の姿があった。
 前に並ぶ一人は紺色の賄い服、いわゆるメイド服の出で立ち。肩まで伸びた綺麗な栗色の髪がよく似合う女の子。そしてもう一人は白いシャツに藍色のズボン、そして革のブーツを履いている。襟元を獅子を形どった飾りのついたリボンで締めており、腰には片手用の細身直剣を吊しており、いかにも騎士と言った感じである。
 颯爽とした騎士然といった出で立ちだが、こちらもまた蜂蜜の様な綺麗な金髪が似合う女の子だった。どちらも歳の頃は十四、五歳といった感じで顔に幼さが残る。
「あのさぁ…… いつも言うけど、その服はなんとかならないの?」
 列に並んでいた栗色の髪の娘が振り返り、小さな声で金髪の娘に話しかける。
「あのですね殿下、私は騎士です。この服装はいわば騎士の証…… 変えるわけにはいきません」
 そう答える金髪の娘に、栗色の娘は慌てて「しぃっ!?」と口元で人差し指を立てた。
「だから殿下はダメだって……っ! バレちゃうじゃん!!」
 そう言われ、金髪の娘は慌てて口を押さえ周囲に視線を走らす。そんな彼女の姿に、栗色の髪の娘はため息をついた。
「まったく、ついてくるんならもうちょっと『お忍び』って意味考えた服にしてよ。せめて僕みたいに女の子っぽいスカート履くとかさ」
「無理です、似合うわけがないです」
 そう即答する金髪の娘。
「いや大丈夫だって、ミファなら僕より似合うって。本当に女の子なんだから」
 そう言って栗毛の娘はスカートの裾をすっと持ち上げてフリルのついた紺のスカートを広げて見せた。その姿にミファは目の前の女の子が、本当は男の子である事を本気で疑いたくなった。その姿は明らかに本当の女である自分より『清楚で可憐な女の子』だったからだ。抱きついて心ゆくまで頬ずりしたくなる衝動をぐっと抑え、両拳に力を込めた。
 そしてミファは思う。目の前でこのスカートを広げて笑う可憐な少女が、実はこの国の第二王子、アインノール・ブラン・デルフィーゴその人であるとは誰も思うまい、と。
 そもそもアインノールは幼少の頃から病気がちで、国民の前にはほとんど姿を見せていなかったので、その容姿について知るものは少ない。知られてない上に、その容姿はどう見ても女にしか見えず、むしろそこら辺の女の子よりも女っぽい顔をしているので、女の出で立ちをしていたら、まず王子だとは気づかれないだろう。しかもこの美貌ですっぴんなのだから恐れ入る。
 そんなアインとは対照的に、ミファは武門の家として名高いトラファウル家の長女で、幼少の頃から女だてらに剣の修行に勤しむ毎日であった。その甲斐あってか、父である現当主のマウディーに「将来は歴代最高の剣士になる」と言わしめるほどの剣の冴えを持つ剛の者になったが、女としての作法や出で立ちは全くと言って良いほど学ばなかった。故に男の騎士としての格好が板に染みついてしまったのである。
 彼女が女であることを捨てて剣の道に進んだきっかけは、ひとえに病気がちな幼なじみであり主君でもあるアインを守る為だった。
「この十数年着たことも無いのに、似合うとどうして言えるのか、理解に苦しみます」
 そんなミファの言葉に、アインはヤレヤレと言った様子で肩をすくませた。そんなことを言ってる間に列は進み、アイン達の番が回ってきた。すると店の店員が小さな木の板を片手に近づいてきた。
「じゃ、お次の方、ご注文を先に…… ってなんだ、アインちゃんにミファさんじゃないっスか。声かけてくれれば並ばなくても優先して席作ったのに」
 そう言う店員にアインは首を振って答えた。
「いやいや、これは並んで食べるから良いんです。私はバリカタ、濃いめ、油少なめ。あと顴骨鶏《ケンコッケイ》の味卵トッピングで」
 アインがにこやかに言うと、定員がスラスラと持っていた木の板にチョークで書き込んでいく。
「私はハリガネ、普通、野菜マシマシで」
 アインに続いてミファも常連っぽい注文を告げると、その定員は同じように板にチョークを走らせる。
「お後『ら・めーん』二丁、バリ、濃メ、ブリ小一つ。ハリガネ、マシマシ一つ〜!」
 そんな定員の声に、奥のカウンターから「あいよー!」と景気の良い答えが返ってきた。そんな声を聞きながら、満員の店内から漂う臭いをかぎ、アインが「う〜ん、お腹空いてきた」と嬉しそうに笑う。
「それにしてもノルさん、相変わらずすごい人気ですね……」
 満員の店内を眺めながら、ミファはそんな言葉を漏らした。この店が少し前には店じまい寸前だったとは想像出来ない人気ぶりだった。
「ええ、おかげさんで俺も職を失わなくて済むッス。これもアインちゃんが教えてくれた『ら・め〜ん』のおかげッスよ。店長もむちゃくちゃ感謝してるッスよ!」
 ノルのそんな言葉にアインは「いやいや、そんなことないよ〜」と照れながら笑っていた。
 アインは以前、今日のようにお忍びで王都をブラブラしていた折に、たまたま通りがかったこの食堂に入って食事をした。その時はアインとミファ以外にお客は無く、しかもアイン達が五日ぶりのお客だったらしい。
 料理の味は不味くは無いのだが、特別上手くも無いといったところで、ごく平凡な大衆食堂だった。しかしこの裏通りは他に、最近聖都で人気の『好きな物を好きなだけ取って食べる』というビッフェスタイルの食堂が支店を出したため、客足が一気に減ったらしく、店長はとうとう店をたたむ決心をしたのだとアイン達に語ったのである。
 そこでアインは、店長にある料理を教えたのだ。そのある料理とは、アインこと藤間昴が前世で生活していた異世界の料理『豚骨ラーメン』だった。 
 昴は以前異世界に住んでいた折に、ラーメンが大好きで色んな店を食べ歩きブログに載せ、さらにはその店の味を自分の家で再現できないかを研究していた時期があった。その頃の知識を使って、この世界でそれを再現できないかと考え、この店の店長と一緒に試行錯誤した結果、前世で食べた豚骨ラーメンにきわめて近い味を再現することに成功したのである。
 ちなみに名前の『ら・めーん』は、昴が何度も『ラーメン』と言っているのだが、この国の人間の発音技法では『ら・めーん』と妙なアクセントがついてしまうらしく、結局そのまま『ら・めーん』と呼ぶことにしたのである。
「私が食べたいから作ってもらったんだもん、感謝される事なんてなんにも無いんですよ。こうして食べたいなぁって思った時に食べられるのが幸せです」 
 アインはそう言ってにこやかに微笑んだ。そんなアインの笑顔を見たノルはぽ〜っとなり「け、結婚して欲しいッス!」とアインの両手を掴んだが、即座にミファの剣が電光石火で喉元に突き出され動きを止めた。
「ノル殿、冗談が過ぎますよ?」
 額から尋常ではない汗を吹き出しながら、「で、ですよね〜」と言いつつノルはアインの両手を離して万歳のポーズを取り、ノルの手から滑り落ちた木の板とチョークが床に当たり、水を打ったように静まり返った店内に乾いた音をたてた。恐るべき事に麺を啜る音すら聞こえない。全員ノルを睨み、肌を刺すような殺気すら伺える。
「もう、ノルさんったら冗談ばっかり〜」
 というアインの声で再び店内はガヤガヤとした喧騒に包まれた。ミファも何事もなかったかのように剣を鞘に戻した。アインはこの『眠り山羊亭』の常連客達にとっては有名人で、その容姿もあってか隠れファンが居る始末である。
 そうこうしているうちに席が空き、アインとミファが席に着くと、程なくして『ら・めーん』が着丼した。湯気の立つ丼からはこってりとした濃厚な臭いが鼻孔をくすぐり、同時に食欲をそそる。アインとミファはその臭いを十分に堪能してからアインは箸を、そしてミファはフォークを手にした。
 この世界に豚は居ないが、大型の『ムーラ』という外見がバクのような獣がおり、その骨を煮込むと豚骨スープのようなコクのある良い味が出るのである。豚骨ならぬ『獣骨ラーメン』と言ったところだ。
「くぅ〜っ! 旨しっ!! また腕を上げましたね、サンドウさん」
 スープを一口啜ってアインがカウンター向こうの中年男にそう声を掛けると、この眠り山羊亭の店長トリアジ・サンドウがニヤリと口元をゆがませた。
「さすがだね、わかるかい? ブリット香草をちょっぴり入れてみたのさ。味に深みが増したろう?」
「うん、この細麺にスープが絡んで超美味しいよ! ね、ミファ?」
 アインはそう言いながら隣のミファを見るが、ミファは何かにとりつかれたかのように麺を啜っていた。そして着丼からわずか二分程度で麺が無くなり「ご主人、替え玉、ハリガネで!」と、まるで戦果報告のように告げた。今にも敬礼しそうな勢いである。
「いつ食してもすばらしい…… しかも麻薬的な中毒性のある味だ。まさに神味……」
 主君であるはずのアインの言葉にすら反応せずに『ら・めーん』に集中するミファ。替え玉が待ちきれないのか、スープを飲みたいのをフォークを握りしめて我慢している姿が何とも可愛らしいが、アインは「どんだけハマってるんだよ……」とぼそっと呟いていた。
 そんなアインも、麺一玉をぺろりと平らげ替え玉を注文していた。
「あ〜あ、でも来週からは聖都に行かなきゃなんないし、この味とも暫くお別れかぁ……」
 アインがそうぼやくと、すでに二玉目を平らげ、三回目の替え玉を待つミファも「ですね……」と悲しげな表情をしていた。
 アインは来週から宗主国であるサンズクルス聖帝の首都、聖都ノルマンの帝立ドルスタイン上級学院に留学することになっている。そしてミファもまたアインのお供として同じく学院に留学することが決まっていたのだ。
「ああ、ミファさんは帝都の学校に入学して、アインちゃんもお供で帝都に行くって言ってたもんなぁ…… 寂しくなるぜ。でも、仲の良い二人で一緒に帝都に行けるんだから、良かったじゃねぇか」
 そんなことを言って笑うサンドウに、ミファは「ええ、まあ……」と愛想笑いを返す。ミファはトラファウル家の見習い女騎士として有名で、アインはトラファウル家に仕えるメイドという仮の肩書きを伝えてあった。
「サンドウさん、聖都に支店出せば良いのに。きっと聖都でも大人気だよ。そしたら聖都でもラーメン食べられるのになぁ……」
 丼に替え玉を入れてもらいながら、アインはそうぼやいて見せた。そんなアインの言葉にミファも「うんうん」と強く頷いた。
「いやいや、ウチはついこの前まで店じまい寸前だったんだぜ? ら・めーんもなんとかこうして軌道に乗ったけど、聖都に支店なんて無理だ。そりゃあ俺だってそんな夢見たいけど、やるにしたってまだずっと先だよ」
 サンドウの言葉にアインは「だよねぇ……」と落胆して呟いた。ミファも同じように肩を落とす。
 だがこの眠り山羊亭の『ら・めーん』は数年後聖都で大人気となるのだが、それはまだ先のことである。
「そこでだ、コイツを用意したんだよ」
 サンドウはそう言って落胆する二人の前に大きめの瓶と包みを置いた。二人が首を傾げているとサンドウがニヤリと笑った。
「ウチのら・めーん用のスープを濃縮したスープの素だ。コイツを湯で戻して煮ればスープになる。で、こっちが麺を乾燥させた乾麺だ。前にアインちゃんが言ってた製法を試してみたんだよ。二十玉分ぐらいだけど…… 最悪麺の材料は聖都でも手に入るだろう? 餞別代わりと言っちゃあ何だが、持ってけよ」
 そんなサンドウの言葉に、アインとミファは目を輝かせた。
「いいの? やったー!!」
「ご主人、かたじけない。この恩は生涯忘れない……」
 大喜びするアインと、仰々しく頭を下げるミファ。最もミファの場合、最近は週一回ら・めーんを食べないと禁断症状が出るほどなので無理も無かった。
「なぁに言ってんだよ。こんなに繁盛するようになったのも二人のおかげなんだ。礼を言っても言い切れないのは俺の方だぜ。ホント、助かったよ」
 サンドウが頭の手ぬぐいを脱いで二人に頭を下げた。そんなサンドウにアインとミファは「そんなことないですよ」と謙遜しながらも、照れながら麺を啜っていた。
 結局アインは三玉、ミファは五玉も替え玉を繰り返し、スープの素の入った瓶と乾麺の包みを大事そうに抱え、ホクホク顔で店を後にしたのだった。


3.異世界の恩師

 王城に戻った二人は、正門を横手に見ながら城壁を迂回して騎士団伝習場がある裏門に回った。
 西側を向く城の正門は、基本的に王族や大貴族達が使用するもので、数名の衛士達が出入りする者を監視しているが、裏門は出入りの商人や下働き、そして伝習所が近い騎士達が使用しており、守衛の数も正門の半分ほどである。
 ミファは門に居る守衛達に軽く挨拶をし、アインもにこやかに愛想笑いを浮かべて挨拶しながらミファの後について門をくぐった。アインの微笑みに照れながらも小さく手を振る守衛を見ながら、ミファは軽くため息をついた。
(彼女が男だと知ったら…… それもアインノール殿下だと知ったら、彼らはどのような顔をするだろうか…… しかし何だ、この残念で悔しい気持ちは?)
 そんなことを考えながら拳を握るミファ。本物の女である自分が、男であるアインノールに女の魅力で負けていることがちょっぴり残念だったのである。しかしそれが女の本能である事に全く気づいてない彼女であった。

 ミファはそのまま騎士伝習場横の宿舎に行くというので、アインは眠り山羊亭のサンドウからもらった瓶と麺の入った堤をミファに渡して分かれた。さすがに自室のある王族達の住む棟『紅玉の塔』に持ち込めないので、ミファに帝都に行くまで預けることにしたのである。
 アインはメイド姿のまま、王宮の回廊を歩いていたのだが、ふと立ち止まった。
「あ、そうだ、老師《せんせい》に挨拶してこよう」
 そう言うとアインはくるりと振り向き、歩いてきた回廊を戻った。数回角を曲がり、城の東にある広大な庭を横切って行くと、東の城壁にほど近い外れに小さな小屋があった。アインはその小屋の扉の前で立ち止まると胸元から赤い石が取り付けられたペンダントを取りだし、それを右手で握りしめ、左手をドアのノブに掛けながら何やらぶつぶつと言葉を並べ始めた。すると握った右拳から赤い光が漏れ出した。
「接続《リンクェルト》」
 アインが言った瞬間、右拳が一際大きく光り、直ぐに光が消滅した。アインは光が消滅したペンダントを再び胸に仕舞い、ゆっくりとドアを開いて中に入った。
 今アインが行ったのは『結晶術』というもので、この世界の生物が生まれながらに持っている『エナ』と呼ばれる生体エネルギーを『結晶石』という媒体を使って増幅させる事によって起こす超物理現象の事である。アインノールはこの結晶術を、彼の前世である藤間昴が住んでいた世界で『魔法』やら『魔術』と呼ばれていたものと解釈している。
 ただし、この結晶術はその現象を操る為にいろいろな条件や準備、及び技術を必要とし、複雑な術を使おうとするなら、より高度で大がかりな準備と、厳しい条件が課せられる。それに人間が元々内包している『エナ』はそれほど多くなく、しかも操れる現象がそれほど大きくないので、現在のカレン界における人間社会ではほとんど使われていなかった。
 しかしアインは、前世の世界では存在しなかった技術体系であったこともあり、この失われつつある結晶術に興味を持ち、こちらの世界で知り合ったある人物から様々な術を伝授されていた。今彼が使った術も、その人物が扉に施した結晶術に干渉するための物だった。

 中に入ると、そこは外からは想像出来ないほど大きな空間が広がっており、二階家ほどありそうな本棚がいくつも並び、その棚にはびっしりと本が詰まっている。
 本の背表紙には、このカレン界に伝わる文字の物もあるが、そのほとんどが見たことも無い文字で書かれている物で、アインには解読不能だった。上を見ると、そこに天井は無く、無数の宝石をちりばめたような星空が広がっていた。
 しかしアインは別段驚いた様子も無く、慣れた様子で周囲を見回した。
「さてと、どこ行ったかな…… 老師〜っ! アインノールです〜っ!! 老師〜っ!!」
「そんなでっかい声で叫ばんでも聞こえるわい……」
 叫んだ直後に真後ろからそう声がかかり、アインは「うわぁぁぁっ!?」びっくりして飛び上がり振り向いた。するとそこには、アインと同じくらいの背格好の老人が立っていた。
「い、いきなり真後ろはビックリするのでやめてくださいよ、老師」
 未だに激しく鼓動する胸を押さえながらそう言うアインに、その老人は「体と一緒で肝っ玉の小さい奴じゃのう」とぼやいた。
 背は小柄なアインと同じくらいで、日本の着物のような服に、これまた日本の下駄のような物を履いている。子供のような体躯の首から上は、確かに皺の多いが、どことなく幼い印象で何ともアンバランスな感じだ。老師が軽く白髪を掻きあげると、人間で言うこめかみのあたりに、顔とは別にもう一つ目があった。それがきょろきょろと動く様は、なまじ他が普通の人間と変わらないだけに、一際奇怪に見えるのだった。
 このアインが老師《先生》と呼ぶ人物は、その名をアウシス・ペコリノと言い、この帝国領では高名な大賢者である。彼はアイン達人間とは違う『ファンダル族』と言う種族である。
 カレン界には人間の他に様々な生き物が住んでいる。中でも知的で文明を持つ物の代表がアイン達『人間』と、獣のような体を持つ『マキア族』という亜人種。そしてアウシスのような小柄で目を四つ持つ『ファンダル族』だった。
 人口比率は半分が人間、四割がマキア、残り一割がファンダルとなっている。
 一番人口の多い人間は町や村を作りそこで生活するが、マキア族は遊牧生活を好み、家畜と共に移動して生活している。そしてファンダル族は、主に森をその住処として森林の奥深くに自分たちのコロニーを作って生活しており、あまり他の種族と関わりを持たない。
 ファンダル族の特徴は、小柄で目が四つあることの他に、知に長けた者が多く、このカレン界で様々な現象を操る『結晶術』という不思議な術を使う。それと非常に長寿で、人間やマキア族の平均寿命が七〇から八〇歳なのに対して、ファンダル族は八〇〇歳から、中には一〇〇〇歳を超す者も少なくなかった。
 アウシスも現在一千歳を超えているが、歳を数えることが愚かしいと考えているため、自分でも正確な年齢を把握してはいないのである。
 アウシスは一五〇年ほど前、この国の先々代の王と知り合い、個人的な友誼からこの城の一角に自分の拠点を置かせてもらう代わりに、代々国の政について王に助言を与えてきたのである。それで今回『生き返った』とされるアインに興味を持ち、アイン専属の先生を引き受けていた。彼に結晶術を教えたのもこのアウシスだった。
「それで、今日は何の用じゃ? 来週から聖都に行くのであろう? 支度はいいのか?」
 アウシスがそう言うとアインは「ええ」と頷いた。
「これから出発前に色々支度するから、今のうちに老師に挨拶しておこうと思って。この五年間、マジでお世話になりました」
 そう言って頭を下げるアインに、アウシスはふうっとため息をついた。
「マジ…… ふむ、確か『本当に』という意味だったかの? まあお前は人間の中では優秀な教え子だったわい。もっとも、お前の魂はこの世界の理の外にその初源を置くのだから、この世界の人間と同じ尺度で測るのは間違いじゃがな……」
 アウシスはそう言いながらアインを奥に誘った。本棚の回廊の奥には大きめの作業机があり、その周りに椅子が並んでいた。上を見上げると星空しか無いはずなのに、何故かその机には光が当たっており、机の上に置かれた本や洋紙などがよく見える。
 アウシスはアインに椅子に座るように勧め、自らも自分の椅子に座ってアインに向き合った。
「儂はお前にこの世界で生きていく上で必要な知識を与えた。まあそれ以外にも色々教えたがの。特に結晶術はお前の好奇心もあったので普通の人間以上に深い造詣を得ただろう。あの日、儂に『この世界で生きる』と言ったその日から、お前はこの世界では特別な道を歩むことを撰んだ」
 アウシスのそんな言葉にアインはゆっくりと頷いた。
「もう儂からお前に教えるべきことはほとんど無いが、一つだけ忠告しよう。お前の中にあるその知は、この世界では非常に歪な物だ。この地でアインノールとして生きたこの五年間で培った知識では無いぞ? 藤間昴として生きた三五年の元の世界の知識のことだ。
 お前が持つその知識は、この世界では異質な物じゃ。なにしろこの世界の数百年先を行っておるからな。そもそも文明とは知識と経験に積み上げられ、磨かれていかなくてはならん。その課程を飛ばして一気に数百年先の知識だけを得ることは、本来はあり得ないことなのだ。だからアインノール…… いや、藤間昴よ。その知がこの世界どのような影響を及ぼすのか予想が付かない。予測の付かぬ力は、得てして世の理を曲げる事が多いものだ。この儂の言葉、頭の隅に置いておけ」
 そんなアウシスの言葉にアインは「はい」と頷いた。

 アウシスはこの目の前に居る少年が、真にこの世界の住人であったアインノール・ブラン・デルフィーゴではない事を知っている。臨終の折に、再び息を吹き返したアインノールは、何故かそれまでの記憶を何一つ覚えておらず、また言葉すら忘れてしまっており、意味不明な言葉を喋り続けていた。そこで困った国王はアインノールにアウシスを引き合わせたのだった。
 アウシスはアインノールと手振りで数回意思の疎通を行い、アインノールが喋っているのは、何かしらの言語である事を理解し解読をしていった。そしてアインノール自身の口から、自分は別の世界の住人で藤間昴という名前なのだと告白された。
 正直アウシスも信じられなかったが、彼の口から語られる異世界の話は、この時代の人間では想像すら出来ない物ばかりであり、彼が語る『科学』と言う技術体系はこの世界の物理法則にも則ったとても理にかなった理論だった為、アウシスはアインノールの言葉を信じた。これは膨大な知識を内包する大賢者アウシスだからこそと言えるだろう。
 それ以来アウシスはアインノールこと藤間昴の生きた異世界の文明の話を聞く代わりに、この世界の言葉や文化、学問などをアインノールに教えていったのである。つまりアウシスは、このカレン界でアインノールが異世界人『藤間昴』の意識と記憶を持つことを知るただ一人の存在なのである。
 
「しかるに藤間昴よ、お前はその異界の知恵で何を成す?」
 するとアインは少し考える仕草をする。そして何かを思い当たったのか手をパチンと合わせて頷いた。
「世界をもっと楽しくします」
 その答えは漠然としすぎていてアウシスは首を傾げた。
「前の世界での僕の人生は、毎日が退屈で仕方が無かった。大学でロボット工学を研究し、就職した会社は産業ロボットの開発。でも新しい物を作り出すことも無く、既存の機巧の改良やシステムの修復、プログラムのアップデート…… 新しいアイデアを打ち出して図面や企画書を提出してもチャレンジさせて貰えない。来る日も来る日も似たような毎日の積み重ねが死ぬまで続いて、その中に埋もれて、そのうち『それでも良いか』って考えてしまいそうになる……
 でもこの世界に来てからは、毎日が楽しくて仕方が無いです。毎日新しい発見が溢れてる。この世界にこれた僕はラッキーです。この世界は可能性に満ちてる、まさにフロンティアスピリッツを形にしたような世界ですよ! 僕はこの僕の中にある知識を使って、この世界をもっと楽しくしてみたい」
 アインノールは目をキラキラ輝かせて力説した。アウシスはヤレヤレと言った様子で肩をすくませた。
「道楽の為に世界を変えるか…… そんな贅沢な道楽につきあわされる世界もたまった物では無いのぅ…… まあどちらにしても、その知を使って事を成すのなら、この世界でいずれお前の名前は歴史に刻まれることになるじゃろう。それが大賢者としてなのか、それとも史上最悪の悪魔としてなのかは、後の世の人が評価を下すことじゃ。今はその若さと希望を胸に進めば良い」
 そう言ってアウシスはアインに右手を差し出した。
「確か『しぇいくはんど』と言ったかな? 戻ってきたら聖都での馬鹿話でも聞かせてくれ」
 アインはそう言うアウシスにちょっと困ったように眉を寄せた。
「馬鹿話はないでしょう…… まあでも了解です。楽しみにしていてくださいね。行ってまいります、老師《せんせい》」
 アインはそう言いながらアウシスの手を握った。その手には前世でも居なかった、初めて心から尊敬できる恩師への感謝の気持ちが詰まった握手だった。


4.聖都ノルマン

 カレン界最大の大陸カルバート。
その大陸の西側は西邦と呼ばれ十の国があり、その十の国を統べるのがサンズクルス聖帝と呼ばれる大国家である。
 今から三〇〇年前、西邦統一を成し遂げたルーンという国の王フェン・ドルイル・サンズクルスは、十の国を従属国として統治し現在の聖帝という一大国家を作り上げた。それから三〇〇年の統治を今に続けている。
 しかし人の命が永遠で無いように、国家もまた永遠の繁栄を時の神に約束された物では無い。
 建国の祖であるフェン・ドルイル・サンズクルスは『人の思想は国家に結ぶ』との言葉を残し、当時としては革新的な治世を敷き、様々な法を用いて自分の死後も盤石の統治体制を確立したのだが、長い平穏の世の中で、国家中枢の貴族は権力闘争に明け暮れ、建国当初の無敵を誇った聖帝軍は弱体化し、聖帝は徐々にその力を失いつつあった。
 従属国の中でも有力諸国の王達は、宗主国である聖帝にかつての力は無いことを感じ取っていたが、それでも未だに強大な兵力を有する聖帝に表立った反抗の意志を示してはおらず、いずれ訪れるであろう内戦に向けて、自国の力を増強する事を主眼においてなりを潜めていた。
 表向きには平穏の世のように見えるが、水面下では戦乱の時代へと、静かに走り出していたのである。
 それが善か悪か、あるいは賢行あるのか愚行であるのか。
 その審判を時の流れに委ねつつ、世の中は新しい時代を迎えようとその胎動を始めていた。
 そんな中で、その身の内に異世界の魂を秘めた少年、アインノール・ブラン・デルフィーゴが歴史の表舞台に登場するのはまだ少し先のことであった……

 時に大陸歴一六二〇年、聖歴二九六年、季節は花の蕾が開く頃を迎えていた。


 聖帝領の東の果てであるデルフィーゴ王国から聖都ノルマンまでは早馬で半月、馬車で一月ほどかかる距離だった。
 聖都までの道は、スグレと言う交易路があり、それをたどって聖都に向かう。かつて初代サンズルクルス大帝が大陸西邦統一を果たした『統一戦争』時に、その補給路として整備したのがこの交易路《スグレ》の始まりである。その後は広大な版図の連絡路として使われたため馬車や馬が通りやすいよう石が敷かれ、各所に関所を設け、聖帝軍によって警備、管理をするよう定めた。
 戦乱が過ぎた後も軍による警備が行われる街道のため、交易路《スグレ》の周りは治安が良く、旅商人達の交易路として使用され、それに沿って街や村ができあがっていったのである。
 デルフィーゴ王国の第二王子アインノール一行も、護衛騎士と馬車でこのスグレを旅していた。
 そして国元を出立して約一月後、一行は目的地である大陸最大の都市、聖都ノルマンに到着しようとしていた。

「うっわ、でか〜っ!」
 馬車のガラス窓を開けて身を乗り出しながら聖都ノルマンの城壁を眺めて、アインがそんな声を上げた。まだ若干肌寒いが、心地よい風がアインのさらさらした栗毛を巻いた。
 馬車の前方に見える城壁は、まだかなりの距離があるのにその偉容さを誇っていた。
「人口約一八万人、大陸最大の都市、聖都ノルマン…… やっと着きましたね、殿下」
 馬車から身を乗り出すアインに馬で近づいてきたミファがそう声を掛けた。
「一八万人…… 確か帝国末期のローマ市が一二、三万人ぐらいだったよなぁ……」
 アインのそんな呟きにミファは首を傾げる。アインは無意識に日本語で呟いていたので、ミファにはアインの言ってる事が理解できなかったのだ。
「あれ? でも姫大将は聖都はこれが初めてじゃねぇんじゃなかったっけ?」
 そう言ってアインとミファの会話に割り込んできたのはミファの後ろで馬を寄せてきた若い騎士だった。若いと言ってもアインほどでは無く、青年と言ったぐらいだ。
「マウザー卿、王子である殿下に向かって『姫大将』は無いでしょう。聖都では慎んでいただきたいですね」
 ミファがそう苦言を吐くと、その若い騎士は笑いながら肩をすくめた。
「堅いこと言うなって、殿下だって別にかまわないって言ってるんだし……」
 するとアインはその言葉に「う〜ん、別にいいんじゃない?」と答えると、男は「ほらな?」とミファに言った。
「良いわけないですっ! 殿下ももう少し考えてください!」
 とミファが咎める様に言い返すと馬上の男は肩をすくめアインを見た。アインもその視線に「怒られちゃいましたね」と言いつつ愛想笑いを返した。
 彼の名前はオリビトン・マウザー。一応王国騎士団の一〇〇人隊長も務めている騎士である。
 粗暴で軽い感じの男だが剣の腕は一級品で、以前聖都で行われた武道大会で個人優勝を果たし、皇帝陛下直々に準男爵の位を与えられ『焔の騎士《リッデル・ザン・フレイメス》』という二つ名を持つ剣士でもある。
 準男爵は領地や家臣を持たない、言ってみれば名誉爵位なのであるが、それだけに自己の実力のみで得た称号である為、騎士としてはとても名誉な事であると言えよう。
 本来はデルフィーゴ王宮の筆頭騎士として国内外にその名を知られる男なのだが、元来あまり堅苦しいことが苦手であり、剣士ではおよそ最高の栄誉である『王宮指南役』をも辞退するような、いわゆる規格外の男だった。そんなオリビトンだったが、少々王族としての自覚に欠けるアインノールとは妙に馬が合った。そんなわけで今回も聖都に行くアインの護衛を買って出ていたのである。 
「僕には五年前以前の記憶が無いからね。前に来たことがあっても覚えてないんだ。だから今の僕にとってはこれが初めての聖都行きって言っても良いんだよ」
「ああ、なるほどね……」
 そう答えるオリビトンの横で、ミファはわずかに俯き、少し悲しそうな表情をした。
 五年前、アインノールは一度亡くなったと思われた。その臨終に立ち会ったミファの心は、その時一気に奈落の底に落とされたような絶望を味わったのである。
 しかし、死んだと思われたアインノールだったが、程なく息を吹き返した。ミファはそのことに心から喜び、同時に生まれて初めて奇跡という物が本当にあるのだと実感した。アインノールが生きていたことが、ミファは本当に嬉しかったのである。
 しかしそれ以降のアインノールは、今彼が言うように以前の記憶を全て失っていた。息を吹き返した当初は自分が誰なのかもわからないほどの状況だった。確かに病気がちだった以前に比べて今のアインノールは元気になったし、大きな声で良く笑うようになった。それはとても良いことだと自分でも思う。
 だが、小さい頃から一緒に育ってきたミファにとって、幼い頃の二人だけの大切な思い出をアインノールが何一つ持っていないのが寂しかった。なぜなら、ミファはアインノールのことが好きだったからである。
 同じ乳母の乳を飲み、姉弟のように育ったミファにとって、アインノールはひ弱な可愛い弟だった。それがいつの頃からか一人の異性として意識し始め、いつの間にかそれが愛情に変わっていたのだった。
 だが自分はたかだか男爵家の娘で、アインノールは自分の家が代々仕える王家の王子である。幼い頃はあまり意識しなかった身分の違いは、歳を重ねるにつれてその差を大きく感じることになっていった。ミファはアインノールの記憶が消失したのをきっかけに、アインノールとの関係に一線を引くようにしたのである。
(たとえ鉢に花が咲かずとも良い。家臣として生涯そばで彼を支え続けよう……)
 ミファは幼い頃の二人の思い出とアインノールへの想いを自分だけの心の奥に仕舞い、生涯アインノールの剣となり、盾となる事を心に誓っていたのである。
 一方アインノールこと、藤間昴はミファの気持ちを知らない。もっとも姿形はアインノールではあるが、中身は異世界人の藤間昴なのでミファとの思い出など持っていない。アインノールとして目覚めたときからすでにミファは自分の小姓としての立ち位置を崩さない姿勢を見せているので知りようもなかった。
「でもミファは覚えてる? 昔僕と一緒に聖都に行ったってトラファウル卿から聞いたよ」
 そんなアインノールの言葉に「ええ、まあ……」と曖昧に頷くミファだった。
「そっか〜 その頃のミファってどんな女の子だったんだろう? 今より女の子っぽくて可愛いかったんじゃない? 覚えて無いのが残念だよ」
 そんな言葉にミファはドキッとして俯いた。アインの言葉は偶然にも自分の心の奥底にある気持ちを知っているかのような物言いだったからだ。 
「も、もうずいぶん昔の事ですし、本当に幼い頃なので良く覚えておりません。私のことなどどうでも良いことですので……」
 するとアインはちょっとむくれたように文句を言う。
「どうでも良くないってば。せっかくの幼なじみなんだし。そんなミファと過ごした記憶が無いのは、僕はとても残念だなぁって思っているんだ。こうやってさ、前に来たところの昔話が出来ないのは、やっぱりちょっと寂しい気がするよなぁ」
「殿下……」
 アインの言葉にミファは仄かな喜びを感じていた。二人の思い出を失ってしまったその事に、アインが寂しいと感じてくれていることが嬉しかったのだった。
「だから今度は忘れられない思い出を作ろうよ、あの街で。きっと楽しい事がいっぱいあるよ」
 そう言ってアインは風に舞う栗毛を抑えながら、前方に見える聖都ノルマンを眺めていた。ミファも、そのアインの視線を追うように聖都を眺めて「ええ、そうですね」と微笑みながら呟いたのだった。


5.聖都領事館

 聖都に着いたアイン一行は、そのままデルフィーゴ国の聖都領事館へと向かった。
 聖帝領と呼ばれる西邦の一〇カ国は、すべからくこの聖都ノルマンに領事館を置いている。領事館には領事事務官が常駐しており、自国民の保護、査証の発行、証明書の発行、他国の情報収集、友好親善といった外交業務を行っている。
 領事事務官には、本来聖帝で定める子爵、または準子爵の爵位を持つ者が赴任するのが一般的だが、デルフィーゴ国のように辺境にあって、しかも弱小と言ってもいい国力の国は男爵クラスの人間が領事館の館長を務めていた。ましてやデルフィーゴ国は国王であるアイバン・ブラン・デルフィーゴは齢六八歳と高齢であり、聖帝子爵を持つ第一王子のノイン・ブラン・デルフィーゴがその補佐を行っているので国元を離れることが出来ず、聖帝準子爵のアインノールに至っては現在一四歳である。そう言った人員の不足もあって聖都領事事務官は最低限、聖帝男爵を持つ者が派遣されていたのである。
 アイン達一行が領事館の門をくぐると、下働きの者達と一緒に、背の高いひょろっとした男がアインの乗る馬車に近寄ってきた。そして馬車のドアを開きながらお辞儀をする。
「遠路はるばるお疲れ様でございました、殿下」
 男はそう言ってアインに手をさしのべた。本来これは婦人に対して行う礼であり、王子であるアインにとっては不要な事である。場合によっては無礼ととる貴族も少なく無い。現にミファはその行為をいぶかしみ苦言を言おうと口を開き掛けたが、当のアインは軽く「ありがとう」と和やかに笑ってその手を取り馬車を降りてしまった。
「ふぁ〜 やっと着いた。お久しぶりですね、モンブラン卿。変わりはありませんか?」
「ええ、おかげさまで。一昨年の冬に帰国した際にお会いして以来ですから…… 二年ちょっとですかね。殿下の御成長に驚いております」
 そう言ってマルコーニ・モンブランは片膝をついてアインに笑いかけた。
「そうですか? でも残念なことに背はあんまり伸びてないんですよね」
「いえいえ、そんなことはありません。久方ぶりにお会いした私だからわかるのですよ。でも私が言っているのは内面的な部分ですよ。以前お目にかかったときは、御病床から回復されても、未だ心ここにあらずといったご様子でしたが、今の殿下には明確な意志と言いますか、目的意識みたいなものを感じます」
 マルコーニがそう言うとアインは少し照れたように「そうかな」と呟いた。そして「それにしてもモンブラン卿……」と言いながらアインは片膝をついたマルコーニを見る。
「てかマルコーニさん、なんか似合わないですね〜 あなたのその堅苦しい口調」
 と一転して軽い口調でアインが笑い出す。するとマルコーニも「そうですねぇ」と言いながら立ち上がり、喉元のネクタイを緩めてボタンを外した。
「久々にちっとはキチンとした感じで出迎えようかと思ったんですが、ま、殿下がそう言うなら私も気が楽ですねぇ。こっちの方が性に合ってますし」
「ですよね〜 僕もなんだか気味が悪くて……」
「殿下、気味が悪いって酷くない? ねえそれ超酷くない?」
 マルコーニがそう言うと、アインがおかしそうに笑い、ミファ以外の人間が皆そんな二人の会話に失笑していた。一方ミファはマルコーニのアインに対する礼を欠いた物言いに憮然とした表情をしているが、当のアインが、そう言った身分の違いから来るかしこまった対応をあまり好んでいない事もあって文句を言うのを控えていたのである。
 マルコーニはデルフィーゴ国では有力貴族の一つであるモンブラン家の跡取りで、現当主であるマルンデス・モンブランは議会への発言力も大きく、国政への影響力のある人物だ。しかしその息子であるマルコーニは元来面倒くさがりな上に、のほほんとした感じの男で扱いにくく、王宮での評価は低かった。
 そう言った事もあって、修行の一環として聖都の領事事務官として派遣された男だった。もっとも、デルフィーゴ国は辺境の弱小従属国であり、外交と言っても大して重要な仕事も無いとの判断から、体の良い左遷と言った方が正しいと言えた。
 そんなマルコーニだが、アインの身分の差を感じさせない気安さが気に入ってか、国元に戻った折には必ずアインと会い、聖都での出来事などを自分の考えを含めて話していた。
 アインもまた、マルコーニの話を聞きつつ、彼がもたらす情報が中々に興味深く、考え方が非常に国際的なことと、またこの時代の貴族の概念に縛られない思想を持っていることなどを感じていて、王宮貴族達の評価とは逆に、彼の能力を高く評価していたのである。

「ところで、最近聖都でおもしろいニュースは無いの?」
 領事館内の応接室に通され、出された茶を啜りながらアインはマルコーニにそう聞いた。荷物は下働きの者がアイン達が使う部屋におのおの運んでいる。ミファの荷物はアイン同様下働きや館の職員に頼み、オリビトンの荷物は一緒に連れてきた部下の騎士に任せているので、二人ともこの席に同席していた。
「そうですね、聖都は平穏そのものって感じです。そりゃもう退屈すぎるくらいに。ま、表向きはって感じですけどね。なんで耳に挟むのはどれも大しておもしろくも無いネタばかりですね……」
 そう言ってマルコーニは手にしたカップをテーブルの皿の上に置いた。
「ああそうだ、そういえば最近ドミター大公閣下とレムザール宰相閣下の仲がさらに悪くなったって耳にしたかなぁ……」
 マルコーニが思い出したようにそう言った。
「あそこは前からじゃね? 大公派と宰相派で宮廷が割れてるつー話は俺も良く耳にするよ」
 オリビトンがそう言うとミファも「ええ、私も以前聞いたことがあります」と頷いた。
 ドミター大公は聖帝領の北に位置するマルゴーン王国を納める国王で、現在のサンズクルス皇帝である、デリムト・マキアヌス・サンズクルスの娘婿にあたる親戚筋であり、一方レムザール宰相は爵位こそ伯爵だが、齢七〇の高齢で床に伏せがちである皇帝より、宰相の役を仰せつかり、また皇太子であるアスラム親王が現在一〇歳と言うこともあって、皇帝直々に後見人という大役も受けている人物である。
 またデリムトにはもう一人、今年一六歳になるソフィーという娘がおり、現在幼い弟の代わりに社交界等、宮廷の公式行事に出ていた。
 ドミター大公は元々聖帝領の中でも大きな領地を所有している有力諸侯でもあり、さらに皇帝の第一皇女を娶っている為、数ある諸侯の中でも頭一つ抜けていて強大な力を持っている。
 レムザール宰相は自身もマスカル国という国の第一王子であり、今年で四〇歳になる。元々聖帝軍で参謀職を勤めていた人物で、聖帝軍の弱体化を憂い、軍の立て直しに尽力していたところ、皇帝にその手腕を買われ宰相に抜擢された経緯を持つ。
 軍に居た頃も部下からの信頼の厚い好人物ともっぱらの評判だった。
 そんな男なので、大公の権力に真っ向から正論でぶつかってくるレムザール宰相は、ドミター大公には煙たい存在だった。ましてや皇帝より直々にアムラス皇太子の後見人という役を預かり、宮廷内での発言力も大きいとあっては、大公にとっては目の上のたんこぶ以外の何物でも無く、早くから不仲説が流れていた。
「まあ確かに今更っていう感もありますがね、今回はそれに拍車が掛かったってところですかね」
 マルコーニはそう言って肩を竦めた。

 マルコーニの話では、事の発端は、聖帝領北部周辺で最近頻繁に報告される凶獣の被害であった。
 凶獣というのは、このカレン界に生息する体長、高六フィメ(約三メートル)以上の獰猛な大型獣のことである。現在聖帝で凶獣指定されている生物は二八種類あり、最大級では二〇フィメ(約一〇メートル)に達し、村や小さな街などは、襲われたら壊滅してしまう程の危険な生物だった。
 レムザールは宰相権限で議会を招集、聖帝軍五〇〇人の兵員を派遣しその調査に当たることを決め、軍調査隊は、聖帝領でも一位二位を争う大国であるマルゴーン王国に調査本部を設置し、その調査隊への補給をドミター大公に依頼した。
 しかし大公は軍調査隊の駐屯には異論を唱えないものの、補給に関しては難色を示したが、そのことにレムザールは議会上で異議を唱えた。
 軍事は兵では無いにしろ、聖帝議会にて可決された軍事行動の一環であり、いかに大きな領土を有する聖帝領内の有力大国なれど、従属国である以上聖帝軍への支援は義務である。そもそも凶獣被害の報告が上がってる地域にはマルゴーン王国領もあると説明し、議会での賛同者も得てドミターの補給拒否を正面から退けた。それによりドミターは渋々と言った様子で軍の調査駐留部隊に補給を行う事になった。
 だがしかし、いざ聖帝軍が駐留し始めると、補給が少なかったり、情報連絡が遅れたりと、マルゴーン側からの援助に不手際が目立つようになった。それがドミターの嫌がらせである事は明らかだった。
 そんな理由と、元々神出鬼没な凶獣を相手に、広大な北部方面の調査地域全部をカバーするには、本来なら千単位のへ人員が必要なのも確かで、そんな人員不足の原因もあって調査予定日程の半分を消化したにもかかわらず調査の方はほとんど進展しないまま今に至っているという。
 レムザールとしても、ずるずると時間ばかりを費やす愚を犯したくはなく、人員を増やして片付けたいところではあったが、現在聖帝軍は再編成中であり、しかも聖帝の弱体化を良いことに属国の有力大国が、来たるべき戦乱に備えて戦備を増強しているなどという不穏な噂がまことしやかに囁かれているとあっては、レムザールとしても現状以上の人員を割くわけにはいかなかったのである。

「なるほどね…… しかし大公さん、子供と変わらないね」
 話を聞いていたアインはニヤリと笑いながらそう言ってカップに口を付けた。それはとても一四歳の少年が見せる表情では無く、ミファはそんなアインを意外そうに見つめていた。
 今の話を聞いて、アインはほぼ正確に両社の立場と性格を理解していた。一四歳という年齢を鑑みれば、それは異常なほど早熟した思考だが、何せアインの中身は前世の年齢を足せば四〇歳であるわけで、当然と言えば当然だった。
(ようは議会で宰相がカマし、実務面では大公が仕返ししてるって訳ね。にしてもドミターってのはケツの穴がちっさいやっちゃな〜 あっちの時の会社の役員にも似たようなのがいたっけな……)
 心の中でそんなことを考えつつ、アインは手に持ったカップをテーブルに戻した。
「まあ、僕らにはあんま関係ない事だし、なるべく首を突っ込まないようにしよう。もっとも、辺境の我が国が大公閣下や宰相閣下と直接面識を持つ事なんてほとんど無いだろうけど」
 アインがそう言うと、一同は頷いた。
「でも、大公派と宰相派の溝がさらに深くなったのは事実ってわけか。両陣営の軋轢がさらに悪化すれば、最悪内乱なんて事にもなりかねーな?」
 オリビトンがそう言うとマルコーニは首をすくめた。
「まあ確かにこのまま進めばそうなってもおかしくは無いかもね。今すぐって訳じゃ無いだろうけど」
「でも本当にそうなったら、どっちに付くかだよな。勝ち馬に乗り損なったら目も当てられない。国が無くなっちまうぜ」
 そんなオリビトンの言葉にミファははっとした表情になった。今まで国元で剣の修行に励んでいた自分にとって、考えた事もなかったことだったからだ。
 確かに戦に負ければ国は滅ぶ。それはミファにもわかっている。しかし国元に居た頃には聖都をはじめ、諸国の情勢など知りもしなかったし気にもしなかった。しかし今日明日では無いにせよ、宗主国である聖帝を二分するような事態が現実になるかもしれないと言った状況が、自分たちにでも容易に想像出来るところまで来ている事に、ミファは少なく無いショックを受けていたのだった。
「そう、そこなんだよ〜 そのことを国元の父上、兄上、それに家臣の貴族達もあまり危機意識を持ってないんだよね……」
 そう言ってアインノールはため息をついた。
「僕はマルコーニさんから届く手紙を読んで知ってるんだ。マルコーニさんの手紙って、おもしろおかしく書いてあるんだけど、結構ポイントが押さえてあって中々興味深い内容の情報が多いんだよね」
 とアインがマルコーニに笑いかけると、マルコーニも「そりゃどーも」と返した。
「殿下に送る手紙とほぼ同じ内容の報告書を送ってるんですけどねぇ…… 内容がちゃんと読まれてないって思うと、ちょっとやる気が下がりますね」
 そう言ってマルコーニは頭を掻く。そんなマルコーニにアインは「まあまあ」と声を掛けていた。
「けどね、『どっちに付くか』って…… 問題はそこじゃ無いんじゃ無いかな?って、僕は思うんですよ」
 そんなアインノールの言葉に一同はそろって首を傾げた。そんな皆の顔を見て、アインノールは意外そうな顔で言葉を続けた。
「大公派と宰相派の仲違い、何となく、そんな単純な話じゃないような気がするんですよね……」
「そりゃあ単純じゃ無いでしょう。聖帝が二つに割れるかもしれないだから」
 そう返すオリビトンにアインノールは首を振った。
「違うよ〜 僕が言いたいのは『それで誰が得をするのか』って事だよ〜」
 そのアインの言葉に、一同はさらに疑問の表情を濃くした。アインは「あのね……」と前置きして自分の考えを話し始めた。
「大公派と宰相派がもし本当に戦争を始めたとする。でもどっちが勝ってもお互いそんなに益の無い結果になると思うんだよ。宰相派が勝ったとしても、相手は聖帝領でも大きい国だ。聖帝軍は再編中な上に戦えばそれなりに損害が出る。他の有力諸国に対する為の軍再編を進めている宰相閣下には大きな痛手になる。逆に大公派が勝ったところで現皇帝を除くなんて出来ないだろうから、アムラス親王を擁立した今の宰相に取って代われるかどうかってところでしょう? お互いそんなに旨味のある話じゃ無い。だとすれば、じゃあいったい誰得? ってこと」
 アインノールのここまでの話を、一同は黙って聞いていた。ミファは別にしても、大の大人が一四歳のアインノールの話に飲まれているのである。
「この状況を一番喜んでいる人物が居るとしたら、それは誰か……」
 その言葉に一番最初に反応したのはマルコーニだった。
「南の大国、バインドール王国国主、アルシュタイン公爵……」
「うん、そうだね。僕は会ったこと無いけど伝え聞くところの気性や性格から考えれば、たぶんあの王様は喜んでるだろうね。もしかしたら裏で絵を描いてたりして」
 アインノールはそう言って再びカップのお茶を啜りクスッと笑った。顔に似合った可愛らしい笑顔だったが、その話の内容とのギャップに一同は驚いて声も出ない。
「ただ、もし大公派と宰相派が本当に戦争しちゃったら、もう一つ大変な問題があるんだよ。僕はむしろそっちの方が心配なんだ」
「もう一つの問題?」
 ミファがそうオウム返しにアインに聞くと、アインは「うん、我が国にとって、ね」と頷いた。
「従属国の一つが正面切って聖帝に反抗したっていう事実がさ、他の国々に与える影響を考えるとちょっとヤバイ感じがするんだよ。で、『ウチもウチも!』って感じで各国がこぞって戦争始めて、聖帝領全体で戦乱になったら、ウチみたいな辺境の弱小国なんてあっという間に食われちゃうよ……」
 三人はアインの言葉を聞きながら息を飲んだ。アインの話は、決してそう遠くない未来に起こり得る状況だったからだ。
「僕が心配なのはそこなんだ。これがもし僕が言ったように、アルシュタイン公爵が描いた絵なら、すごい戦略だよね。だって自分は全く損しないで望んだ状況を作り出せるんだもの。まあ、今のところこれは僕の想像であって、あの王様がそこまで考えてるかは微妙なとこだけどね」
 そこまで話してアインは一同を見回すと、全員水を打ったよう静まり返ったままアインを見つめていた。
「ど、としたのみんな。僕、なんかおかしなこと言った?」
「いいえ…… 驚いて声も出なかったんですよ。殿下の見識の深さと洞察力に……」
 マルコーニはそう言って背もたれに背中を預けてため息をついた。
(正直本気で驚いた。初めて会った時から不思議な魅力があったが、俺の手紙と今の話で聖帝とそれを取り巻く各国の状況ほぼ正確に把握している。さらにアルシュタイン公爵の件は俺ですら想像外だった……)
 そんな事を考えながらマルコーニはアインを見つめて口元を緩めた。
(想像力と先見性、そして鋭い洞察力…… こいつは化けるかもしれないな。これまで退屈な人生だったが、この王子とツルんでるとちょっとは面白い人生になるかもしれない)
 マルコーニは自分の中でのアインに対るす見方を大幅に修正した。後にマルコーニはアインノールの政権内でその外交手腕を発揮し『妖精王の脇差し』と呼ばれ、大陸中を飛び回る事となる。
 一方ミファもまた、アインの話に衝撃を受けていた。主とはいえ自分より年下のアインが、自分より遥かに先を見た見識を持っていることに……
(戦乱の時代が到来した時、アインのこの時代の先を見通す目こそが、我が国を滅亡から救う道標になるのではないか……?)
 そんな予感めいた事を考えながら、隣に座るアインの少女のように可憐な横顔を見た。今まで、何処か弟の様に感じていたアインが、とても大きな存在に見えた。
(私はもしかしたら、希代の王になる人に仕えているのかもしれない)
 ミファもまたアインへの見方を変えていこうと思ったのだった。


6.伯爵令嬢

 応接室でくつろいでいた一行は、不意にドアの向こうから下働きの娘に声を掛けられた。
「あの、失礼します。これはどちらに運べば良いのでしょう?」
 彼女はそう言って、自分の後ろで手伝いの男が持つ大きな箱を指した。
「あ、それは僕の荷物なんです。僕が使う部屋に運んでください」
 アインはその箱を見てそう言った。するとマルコーニが「あれは何ですか?」とアインに聞いてきた。
「あれは『風力発電機』っていう『機械』です。風の力を使って『電気』を作るんです」
 そんなアインの言葉にマルコーニは首を傾げる。彼はアインの言ってる事が理解できなかった。もっとも、元々現在のカレン界の文明レベルでは『電気』という物の存在を観測できないので無理もない。
「キカイ? デンキ……? 何ですか、それ?」
 そんなマルコーニの質問にアインはちょっと困った顔をした。
(ミファに初めて話した時と同じだな……)
「機械というのは、いろいろな部品を組み合わせて様々な事をするための道具…… と言えば良いかな。それで電気というのはこの自然界に存在する『電荷』という原子が移動する際に起こる物理現象のことを言います。あの発電機という機械は、その電気を生み出す道具ですね」
 アインはそう言いながらも眉を寄せるマルコーニの顔を見ながら(たぶん解ってないだろうな……)と心の中で呟いた。
「本来電気は目に見えない物ですから、よくわからないかもしれませんね。まあ、研究すれば便利に使える結晶術のようなものって思ってください」
 そんなアインの説明に、マルコーニは「はあ……」と曖昧に呟いた。アインが何を言っているのかほとんど理解できなかったのだ。

 数日後、アインとミファは聖都に来た最大の目的であるドルスタイン上級学院に入学した。
 帝立ドルスタイン上級学院は、第三代皇帝ドルスタイン・バル・サンズクルスによって創設された、主に貴族の子供達を教育する修学施設である。
 貴族のといっても、最近では豪商などの裕福層の子供なども通うようになっており、聖帝領において最も有名な名門学校であった。もっとも入学金も一流の名に恥じないもので、各国の王族の子供や貴族、それに豪商の子供でないと入学出来ないといったものであった。 
一般修学の他に、政治学、経済学、戦史・戦術学、魔法力学、鉱物学等々、様々な学術の研究機関でもあり、地球で言うところの高等学校と大学をまとめたようなものである。
 修学課程は四年で、さらに細分野研究に進む事もこともできる。入学年齢の制限は特に設けられておらず、入学自体は一定の学力水準に達していれば可能だが、一般的には一三歳から一五歳程度の入学者が多かった。
 アインは今年一四歳。ミファは一五歳であり一般的な入学年齢であった。また二人とも入学、修学にかかる費用は全て国元の国庫から出ている。これは、アインはまあ当然であるが、ミファは本来実家であるトラファウル家が出すのが当然なのだが、今回、アインの護衛兼学友という理由でアインが父でアル国王にごり押ししたためであった。そんなわけで、今回二人は同級生として学院に入学したのである。

 入学式当日、アインとミファはマルコーニの用意した馬車で学院の正門まで送ってもらった。
 アインが馬車から降り立ち、続いてミファが降りたのだが、どうもミファは落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「どうしたの、ミファ?」
 アインがそう声を掛けると、ミファは少し赤い顔をして俯いていた。
「あ、あの、この制服がいささかその…… ふわふわしすぎてると言いますか……」
 そう言ってミファは制服のスカートの裾を押さえている。どうやら普段履いたことの無いスカートがどうも落ち着かないようだった。
「どうにも落ち着きません。そ、そもそも私は騎士を志す身であって、こんなフワフワした物を履いて剣は振るえません」
 そんなことを言うミファに、アインは苦笑する。
(あっちの世界じゃ、その姿で斬られたヲタクは『ご褒美です』とか言いそうだけどな)
 と心の中で妙なツッコミを入れていた。
 ドルスタイン上級学院は聖都に制服制を採用しており、生徒は全員制服着用が義務づけられている。
 制服は男子がインナーにワイシャツとベスト。上着は白地に薄い青の縦縞ブレザーで下はグレーのスラックス。女子は柄が一緒のブレザーに、腰のあたりが仕舞った形の細身のブレザーとグレーのスカート。そして紺色のハイソックスと皮のローファーだった。それと女子には襟元にブルーのリボンが付いてる。
 その姿はこの世界では中々無いファッションで、この制服が生徒達にはドルスタイン上級学院の生徒出ある事の証といったある種のステイタスじみた感覚を植え付けていたのだが、アインにはその白地に青の縦縞が、異世界である日本にあったコンビニエンスストアの制服に見えてしまい、正直微妙な感覚なのだった。
 が、しかし、ミファの制服姿は、彼女が普段男装っぽい出で立ちであるので新鮮であり、また素材の良さも手伝って可愛らしかった。
「出来れば私も殿下のようなズボンが良かった……」
 恨めしそうな目で見るミファにアインは「無理言わないの」と答えた。
「でもミファってば、よく似合ってるよ〜」
 そう言うアインに「か、からかわないでください!」と赤い顔で返すミファだったが、密かに想っているアインに『似合っている』と言われるとやっぱり嬉しいようで照れてしまっていた。そんなミファをアインは可愛いなぁと思うのだが、はっきり言ってアインは彼女を恋愛対象として見てはいない。
 現在ミファはアインの一つ上の年齢なので、実際には年齢的にも似合いの男女だが、アインの中身は、前世の年齢を合わせれば四〇歳である。日本で言えば二回り以上違うわけで、しかも日本なら犯罪になりかねない年齢差なのだ。つまりミファを見るアインの胸中は、叔父が幼い姪っ子を可愛く想うそれに近い心境なのであった。
「で、殿下も良くお似合いです」
 かろうじてミファはそうアインに言う。するとアインは「そう?」と良いながら両腕を広げてその場でくるりと回って見せた。少し長めの栗毛がふわっと浮き上がり、日の光を浴びて光っている。小柄なせいか、若干大きめに見える男物の制服と可憐な少女の様な顔のギャップが妙な空気を周囲に振りまき、ミファは一瞬声を詰まらせてしまった。
 そもそもこの二人、制服を逆転させてもなんの違和感が無い。アインは小柄で少女のような容姿を持ち、ミファは女ではあるが、元来騎士志望で普段の立ち振る舞いは男のそれである。制服で正門前に立つ二人は、端から見ればどちらが男子で、どちらが女子なのか解らなくなってくるのだ。その証拠に、登校してくる生徒達は全員二人に不思議な視線を送っていたのだった。

 そんな微妙に居心地の悪い視線を浴びつつ二人は入学式の行われる講堂へと向かった。
 学園内は二人と同じように入学式に出席する新入生で溢れかえっており、二人はそんな混雑した人をよけながら歩くのに苦労していた。
「新入生ってこんなに居るんだ……」
 人をよけつつ前を進むアインが呆れたようにそう呟いた。周囲は真新しい制服を着た生徒とその家族や、そのお供の騎士や下働きなどが連なり、ちょっとしたお祭りのような様相を呈している。
 アインも小国とはいえ一応王族なので、本来ならお供の騎士や下働きの者を連れてくる身分であるのだが、元々そう言う貴族然としたノリが好きでは無く、たかが入学式でお供なんていらず、警護もミファのみで充分と言って身辺警護騎士であるオリビトン達や、荷物持ちの下働きの者達を領事館においてきていた。
(まったく、たかが学校の入学式にそんなにお供引き連れてきて…… お前等いったいここで何するつもりなんだ?)
 アインは心の中でそんな呟きを漏らしながら、共を一〇人以上連れて顔見知りと話し込んでいる貴族の子供に呆れたような冷ややかな視線を投げかけならが通り過ぎていった。
「で、殿下、済みません、もう少しゆっくり歩いていただけませんか? 見失って仕舞いそうで……」
 と後ろを歩くミファから声がかかる。前を行くアインはスイスイと人を避けながら進んでいく。もっともこれは東京のラッシュ時の駅などで自然に身についたスキルである。それに加え小柄なので人混みに紛れてしまうと見えなくなってしまうのだ。ミファはアインを見失いまいとついて行くのだが、どうも制服のスカートが気になってしまい思うように動けなかったのだった。
「ああ、そっか。ゴメンゴメン」
「――――あっ!?」
 アインは立ち止まって振り返り、そう言ってミファの手を握ると、またスタスタと歩き出した。それは突然の事で、ミファは頭の中が真っ白になってしまった。
「あ、ああ、あの、て、てて、手が、で、でで、殿下、あの――――!?」
 自分でも何を言っているのかよくわからず、自分の手を握るアインの手の温もりが、鼓動を爆発しそうなほど高めていく。結局動悸が早すぎて何一つ言葉にならないミファは、顔を赤く染めながらアインに引きずられるようにして歩いて行くのだった。

 しばらくそんな調子で歩いていると、そんな二人に掛かる声があった。
「そこのお二人さん」
 アインがその声に気付いてそちらに振り返ると、そこには長い黒髪を後ろで束ねた女生徒が立っていた。アインに手を握られ、心ここに在らずと言った様子で顔を赤くして引きずられる様に歩いていたミファだったが、この時はアインの手を離して、その女生徒からアインを隠すようにして彼の前に立った。反射的に腰に手が行きそうになるが、学園内では帯剣は御法度なので慌てて右手を広げ自身が盾になるようアインを庇う。
「あらあら、さしずめ『姫を守る騎士《リッデル・デラ・フローレス》』と言ったところかしら?」
 彼女はミファのその対応を見てクスっと笑いながらそんなことを言った。ちなみに『姫を守る騎士《リッデル・デラ・フローレス》』というのは有名な芝居演目に登場する騎士の事で、騎士を『リッデル』と呼ぶのも少々古風な言い回しである。
「でも両方美しいとなると、女騎士《リッディリア》ってのも中々に絵になるものね。ふむ…… 今年の演劇部の演目ネタにしようかしら……」
 その女生徒はさらにそう言って腕を組み考え込むような仕草をする。
「失礼ですが、何かご用ですか? 『高貴なるお嬢様《フロイラス・ゼ・プラウゼ》』」
 そんな彼女に、ミファもまた相手に合わせてか古色を帯びた言葉で、少々芝居ががった言い回しをした。するとその女生徒は右手を口に添え、おかしそうにまたクスクスと控えめに笑った。
「ここは聖都の帝立ドルスタイン上級学院。サンズクルス聖帝陛下のお膝元であり、聖帝最高学府である学舎に不穏な振る舞いを行う者などおりませんわ」
 そんな彼女の言葉にミファは少しばかり肩の力を抜く。するとそんなミファを見ながら、その女生徒は優しい微笑みを投げかけた。
「こんにちは、新入生さん。私は聖法科四年、ミスリア・シャル・レムザールと言います」
 彼女のその言葉にアインは気になる性を聞いて考える。
(レムザール……? ああ、なるほど。この方があのレムザール伯爵の……)
「これは伯爵令嬢とは知らず無礼な振る舞い、申し訳ありません。私はデルフィーゴ国の騎士一門、トラファウル家当主、マウディー・トラファウルが娘、ミファ・トラファウル準騎士と申します。我が主のアインノール王子の小姓を務めます我が身なれば、主の学友兼近衛騎士として入学いたした次第でございます」
 ミファも相手が何者であるかに気づいて慌てて膝を折り、ミスリアに対してそう恭しく口上を述べた。
「ふふ、ミファさん? そんなかしこまらなくても良いわよ。ここではただの先輩、後輩だもの。まあ中には爵位持ちで身分や家格を鼻に掛ける生徒も居るけどね。私のことはミスリア先輩って呼んで」
 そんなミスリアの物言いにミファは少々面食らって「はあ……」と答えていた。
「……ん? あれ? ちょっと待って。ミファさん、貴女さっき王子の小姓って言った?」
 不意にミスリアは形の良い眉を寄せて跪くミファの後ろに立つアインを見る。そしてアインの制服姿を上下に見直し、徐々に驚きの表情になっていった。
「うそ? うそうそ!? あ、あなたもしかして男の子なのっ!?」
 口元を両手で覆い、ミスリアが驚いた声を上げると、アインは少し困ったように愛想笑いをしながら丁寧に腰を折りお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。デルフィーゴ王国第二王子、アインノール・ブラン・デルフィーゴと申します。見知りおき願います、|お嬢様《フロイラス》。いや、ミスリア『先輩』でしたね」
 そう言って微笑むアインの笑顔は、まことに可憐な少女のそれであった。


7.入学式

「なんとまあ、お姫様じゃ無くて王子様だったなんてね」
 そんなことを言いながらミスリアは近寄ってアインの顔をまじまじと見つめた。
「つまり『姫を守る騎士《リッデル・デラ・フローレス》』じゃなくて『王子を守る女騎士《リッデリア・デラ・マルス》』って訳ね。ふむふむ、なるほど…… でも性別逆転ってのだと物足りないわね……
そうだ、いっそのこと王子と騎士の男同士の愛なんてどうかしら? あれ? けっこうイケてない? ちょっと良いんじゃないかしらこの設定? よし、今年の演目はこれで行きましょう! ああでもなにこの背徳的な胸の高鳴りは……!?」
 そんなことをぶつぶつと呟きながらミスリアは考え込んでいる。一方完全に置いてけぼりを食らった感のあるアインとミファはそんなミスリアを見ながらポカンとした顔をしていた。
(だ、大丈夫なのかこの娘? そのうち『ホモが嫌いな女子は居ません!』とか言い出しそう……)
 アインが心の中でそんな妙なツッコミを入れていると、見かねたミファがミスリアに声を掛けた。
「あ、あの、ミスリア…… えっと、せ、先輩? それで私たちに何のご用だったのですか?」
「え……っ? あ、ああ…… そうね」
 ミスリアはそこでハッと我に返り、コホンと咳払いをして続ける。
「あなたたち入学式に出るのでしょう? 入学式が行われる講堂はこっちじゃ無くて、その三号館って校舎の横の道を行くの。つまりあなたたちは反対方向に向かっていたので声を掛けさせてもらったのよ」
 ミスリアはちょっと先に見える建物を指さしてそう言った。そして改めてアインに向き直った。
「改めまして、こちらこそ初めまして、アインノール殿下。ご入学おめでとうございます」
 そう言ってミスリアは貴族の令嬢に相応しい作法で柔らかくお辞儀をした。その堂に入った優雅な仕草は、幼い頃からの聖帝婦女子としての教育を受けていた何よりの証と言って良く、先ほどの妙な言動の者とはまるで別人と思えるような完璧な淑女ぶりを見せ、ミファなどは小さくため息をつくほどだった。 
「私のこともアインと呼んでください。ミスリア先輩」
 アインがそう言うと、ミスリアも「ええ、そうさせてもらうわ、よろしくねアイン」と言って笑った。
「校舎の横の道をまっすぐ行くと講堂が見えてくるわ。近くに行けば学生会の先輩達が案内してくれるから迷わないと思うわ。それじゃ、また後でねアイン、ミファ」
 ミスリアはそう言ってその場を去って行った。アインとミファはミスリアが教えてくれた道を行き、程なく入学式が行われる講堂が見えてきた。二人が上級生の案内で講堂内に入ると、そこには大きな講堂に所狭しと並べられた椅子に、沢山の新入生達が座っており、式が始まるまでの一時を思い思いに近しい者と雑談していた。
「まだ少し時がありますが、結構な人数ですね」
 講堂内に座る生徒達を眺めながらミファがそんな感想を漏らした。アインもそのミファの言葉に頷き、自分とミファが一緒に座れそうな席を探していた。後ろの方の席にまだ若干の空席がある事に気づき、二人は壇上から見て後ろの方に移動した。
「あ、あそこの列、まだ二人しか座ってないよ。あそこにしよう」
 アインは最後列に並んで空いている席を見つけ、ミファを伴って並ぶ椅子の列に入っていった。

 席に着いたアインは、隣に座る男子生徒二人に「こんにちは、ここ、良いですか?」と声を掛けた。するとアインが掛けようとする席の隣の少年が、びくっとして顔を上げた。
 体つきはアインとほとんど変わらない。少々赤みがかった髪は緩いウエーブを描いて流れている。目鼻立ちは整っているが、大きめの瞳には怯えに似た色が浮かんでおり、その頬は薄く紅が差していた。
「え? あ、ああ、ど、どうぞ……」
 そう言う少年に、アインはニコリと微笑んで「ありがとう」と礼を述べると、その少年は耳まで真っ赤にして下を向いてしまった。アインが「?」と首を傾げていると、その少年の隣に座る、髪の短い少年が声を掛けてきた。
「彼、すごいあがり症みたいだな。あんたみたいなべっぴんさんに声かけられたんで照れてるんだよ」
 その短髪の少年はそう言って片手を挙げて笑った。
「俺はガッテ・マルルースってんだ。国はトルーカスの外れで地方領主やってる男爵家の……って、あれ? あんたその征服……」
 その少年、ガッテはアインの姿を見て話を中断した。そんなガッテにアインも慣れたもので「うん、僕はこう見えても男なんだよね」と笑って答えた。すると先ほど赤い顔して俯いた少年も「うそ……?」と呟きながらアインを見た。
「おい、ま、まさかそっちの女子も実は男子なんて言わねえだろうな?」
 とガッテは恐る恐るアインに聞いた。隣の少年も『まさか?』といった表情でミファを見る。
「いやいや、彼女は正真正銘の女の子だよ。だって制服ちがうし」
「そっか…… 良かった〜」
 と二人ともホッと胸をなで下ろした。そんな話で落ち着いたのか、隣の少年がアインに向き直り挨拶した。
「ぼ、僕はレント・マクファイン。実家は商人の家なんだ」
 するとアインの隣からミファの声がかかった。
「マクファイン? ひょっとして貴殿はあのマクファイン商会の縁の者なのですか?」
「あ…… え、ええ。ルカルド・マクファインは私の祖父です」
 するとガッテは「ほう……」と呟いた。
「あの旅商人から一代で聖都有数の大商会を築いたっていう……」
 アインは素直に関心していた。豪商ルカルド・マクファインの名は聖帝領では有名で、彼を目指す若い商人も大勢居る、商人の中では生ける伝説とまで呼ばれる人物である。アインも彼の自伝を老師の『星降る書斎』で読んだことがあった。
「僕はアインノール・ブラン・デルフィーゴって言います。アインって呼んでよ。で、こっちはミファ・トラファウル。僕の幼なじみなんだ」
 アインはそう言って右手を差し出す。すると二人ともその右手とアインの顔を見比べて首を傾げる。そう、この世界に握手という習慣は無いのである。
「ああ、ゴメン。えっと…… これは『握手』って言ってね、友達とか親しい人と交わす挨拶なんだ。お互いに手を握り合うんだよ」
「へぇ…… 変わった習慣だな」
 とガッテは呟きつつアインの右手を握り替えした。続いてレントも同じくアインの手を握る。ミファも「私もミファで結構。よろしく頼みます」と言いながら同じように握手をする。ミファも当然、異世界の習慣など知らないのだが、アインの握手を何度かやっているので知っているのである。
「でもなんだか良い気分だよ。なんかお互い手を握ると『仲間』って感じがする……」
 レントはそんなことを言いながら、握手した右手の手のひらを眺めて嬉しそうに笑った。
 この時、この四人が交わした握手が、やがて『友情・友好の証』として聖帝領全域に広がることとなる。
「あれ? でもちょっと待てよ? デルフィーゴって言やぁ、トルーカスの隣の国の名前だぜ? じゃああんたもしかして……!?」
 ガッテはそう言って驚いて目を見開いた。レントも同じように目を丸くしている。
「ええ、この方はデルフィーゴ王国の第二王子、アインノール殿下にございまして、私はその小姓兼護衛役を務める準騎士です」
 驚く二人に少々誇らしく語るミファだった。主を誇るのは騎士の誉れと考える時代である為無理も無いであろう。
「こりゃたまげた。隣の国にあんたみたいな綺麗な顔した王子様が居たなんて知らんかった」
 とガッテが言う。するとレントが「あれ? でも良いのかな……?」と呟いた。その言葉にアインが首を傾げる。
「いや、だって国の王族なんでしょう? 王族や有力貴族はもっと前の席に座るみたいだよ。僕の家は商人だから、こんな後ろの席なんだ」
「ああ、なんかそうらしいぜ? 俺も実家は田舎の男爵家だからな。ま、別に全然気にしないけどよ」
 そんな二人の言葉にアインとミファは前の方の席を眺めた。すると確かに前の方の席には、着飾った貴族の親やお供といった取り巻きを引き連れた生徒達が、式が始まるまでの時間を談笑しているのが見える。
「へぇ…… でも別に前じゃ無きゃダメって訳でも無いだろうし、僕もそう言うの気にしない方だからここでいいや。だいいちウチの国だって辺境の小さい国だもの、見栄張ったって仕方が無いよ」
 アインはそう言って椅子に深く腰掛けた。ミファも頷いてそんなアインの隣の席に腰を下ろした。
「それに、ここの席に来たから二人と知り合えたんだし、これも何かの縁だよきっと。お互い同級生として仲良くやってこうよ」
 そう言うアインにガッテとレントも笑いながら頷いた。それから四人は暫く雑談をして過ごし、そのうちに入学式の始まりを告げる鐘の音が講堂内に鳴り響いた。

 入学式は学園長であるアラン・ド・ポースマン伯爵による挨拶から始まり、担当教師の紹介、学園生活や新生活に向けての説明、注意などという忍耐力を必要とする退屈な話が長時間に渡って続けられ、新入生達の表情に疲労が見え始めてくる。
(どこの世界でも、こういった式の長話はお約束なんだな…… 退屈すぎて死にそうだよ)
 とアインもすでに忍耐の限界に近づいていた。隣のレントとガッテの顔にも苦痛の表情が見て取れた。が、反対隣のミファは背筋を伸ばした状態で、まるで彫像のように動かず壇上を凝視しており、アインは正直ちょっと引き気味だった。
 とはいえミファも退屈である事は確かなのだが、彼女の場合王宮の式典や警備任務時には、門や部屋の前で彫像のように長時間立ちっぱなしである事が少なく無いため、こういった事には慣れているという事もある。だが実はミファは、こういった場所での緊急事態を想定し、どうやって主人であるアインの安全を確保できるか、様々なケースを頭の中でシュミレーションしているのである。なので見た目は確かに生真面目に話を聞いているように見えるが、壇上での教師達の話など一切聞いていなかった。

 新入生達の忍耐の限界が切れる頃、ようやく教師達の話が終わり、壇上には制服を着た一人の女生徒が上がっていった。突然壇上に上がった黒髪の美しい女生徒に、新入生達は目を奪われて静まりかえった。
 アインはその顔に苦笑しつつ、ミファもこの時ばかりは脳内シュミレーションを中断し、隣の席のアインと顔を見合わせた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私はこの帝立ドルスタイン上級学院、学生会会長を務めております、聖法科四年ミスリア・シャル・レムザールです。皆さん、どうぞよろしく――――」
 そう、その女生徒は先ほどアイン達に講堂の場所を教えてくれたミスリアだったのである。
(なんとまあ、なるほどそういうことですか…… しかし大丈夫なのかその学生会って組織……)
 壇上で喋るミスリアの話を聞きながら、アインは心の中でそう呟いていた。


8.夢のはじまり

 入学式は午前中で終了し、昼食を挟んで午後は学科ごとに教室に行き今後の細かい説明などを受けることになっている。アインとミファはガッテとレントを連れ立って学食であるカフェテリアに向かった。
 カフェテリアは先ほど見た三号館の一階で、貴族様式らしい手入れの行き届いた中庭に面した場所にあって、今日のように晴れて暖かい日などは、スライド式のガラスを全開にして、外のテーブルも解放している。かなり大きなスペースになっており、食事以外の休憩や読書、談笑なども出来るようだった。そんな大きめのスペースだが、やはり昼食時ということもあって沢山の学生で賑わっていた。
 アイン達は運良く中庭が見える大きなガラス窓の隣に六人掛けのテーブルを陣取り食事をしていた。

「ところで、みんなは選択学科はどの科を撰んだの?」
 食後のカフィエという、聖都では一般的なお茶を飲みながらレントが言った。
 このドルスタイン上級学院は一般教養の他に選択学科というものがあり、むしろこっちの方が授業の割合が多い。選択学科は単位制を採用しており、生徒は自分の好きな科目を選択できる仕組みになっている。
 選択科目数は制限が無く、好きなだけ選択可能ではあるが、行われる授業の時間には限りがあるため、全ての選択科目を修学する事は物理的に不可能で一般的に一つ乃至二つというのが限界だろう。
「俺はもちろん騎士学科。やっぱ聖帝男子たるもの目指すは普通騎士だろ? 『焔の騎士《リッデル・ザン・フレイメス》』と呼ばれるマウザー卿が俺の目標だ」
 とガッテが真っ先に答える。彼の言うマウザー卿とは、もちろんアインの聖都行きに警護として同行しているオリビトン・マウザーのことだ。彼は三年前、この聖都で行われた剣術大会で居並ぶ剣豪達を倒して個人戦優勝を成し遂げた。当時全くの無名だったが、彼のトレードカラーである深紅の鎧で戦う姿は鬼気迫るものがあり、勝ち進んで行く度に身体から吹き出る闘志が赤い鎧と混じり、まるで炎のように揺らいでいたと語られることから『焔の騎士《リッデル・ザン・フレイメス》』と呼ばれている。
 無名の剣士から、剣の腕のみで『準男爵』の爵位を得、しかも皇帝直々に宝剣を授かったというその生き様に多くの若い騎士達が憧憬の念を抱いており、聖帝領ではかなりの有名人でデルフィーゴ王国の名前は知らないが『焔の騎士』こと、騎士オリビトン・マウザー準男爵の名を知らぬ者はまず居ないと言われるほどであった。
 しかしアインとミファは素の彼がかなりいい加減なことを知っており、ガッテの言葉を聞いて顔を見合わせ苦笑いをするのだった。
(本人に会ったらがっかりするんじゃないか、じっさい……?)
「そっか…… でも僕は商業科にするつもり。まあ、実家の事を考えれば当たり前だけどね。アインとミファは?」
「私は戦術科を選択しようかと思っている」
 とミファが答える。ミファの場合はすでに実家にて騎士の教育を受けており、すでにデルフィーゴ王国より正式に騎士の称号を得ているため、騎士科の授業は選択しなかったのだ。代わりに戦術の勉強をしてみたかったのだった。さらに「戦で我が主を守るのに少しは役に立つかと思ってな」とミファは理由を添えた。
「ミファらしいな。考えるの好きじゃ無い俺には向かねーな、たぶん」
 とガッテはまるで他人事のように言った。
「アインは?」
 とレントは今度はアインに聞いた。
「う〜ん、出来れば二つ選択したいんだけど、実は決めかねてるんだよね……」
「二つも選択するつもりなのか?」
 アインの答えにガッテが呆れたように言い、アインは「うん」と軽く答えた。
「一つは絶対錬金科なんだけど、もう一つをどうしようかと…… ここの結晶術科ってのがどのぐらいのレベルなのかなぁ……?」
 そう言いながらアインは腕を組み考え込む。
(――――っていっても、人間レベルじゃ授業は無意味だしな……)
 アインの場合、この世界、少なくとも聖帝領内では最高の賢者であるアウシス・ペコリノ老師の教えを受けている。
 また、藤間昴としても元々前の世界では名門大学を卒業し、中でも電子工学、ロボット工学などはかなりの成績を残している秀才であり、その知識がそのままに一四歳のアインノールの中に入っている。
 結晶術もその頭脳もあってか、アウシスから学んだ結晶術に自分なりのアレンジを加える事までやっており、もはや低レベルな現在の人間の結晶術などから学ぶ事は何も無いのであった。
「なんでまたそんな頭が溶けちゃいそうな学科を好んで撰ぶんだよ…… 俺は絶対無理だ。一般教養でさえ死にそうなくらい憂鬱なのに……アインって自虐指向派なのか?」
 考え込むアインにガッテは顔をしかめてそう言った。学問嫌いな彼にとってみれば、アインのその行為をそう受け取っても無理は無い。
「錬金科は何でなの? 王族なのに」
 そう聞くレントにアインは頷いて説明する。
「うん、ちょっと作りたい物があってさ。このドルスタイン上級学院錬金科にある大型結晶炉を使いたいんだ。国元の結晶炉じゃちょっと心許なくてさ」
「ふ〜ん、でも大型結晶炉なんて使って、いったい何を作ろうってんだ?」
 するとそのガッテの質問に嬉しそうに答える。
「大型の電気増幅装置です。僕は便宜上『電磁エンジン』と呼んでいます」
 目を輝かせてそう言うアインに、三人は首を傾げる。アインの口から聞いた事の無い言葉が飛び出したからだ。
「でん…… え? 何だって?」
「電 磁 エ ン ジ ン !」
 しかしガッテは「えんじぃ?」と繰り返すので、アインは再度顔を近づけて「エンジン!」と念を押した。ガッテも「お、おう、えんじ…… 『えんじん』ね……」と動揺しながら繰り返した。
「そもそもエンジンとは燃焼物を燃焼させて、熱エネルギーを動力に変換する『熱機関』なんですが、僕の考える物はあくまで電気を何倍にも増幅させる装置だから、厳密に言うと『ブースター』の類になるんですけど…… 『動力を得る』って意味であえて『エンジン』と呼称します」
 このアインの説明に、ガッテとレントはポカンと口を開けたままアインを見つめていた。ミファは国元にいた頃からアインのこういった話に付き合わされていたので、涼しい顔をしてカフィエを啜っていた。
 しかし彼女とて、アインが言っている言葉の意味をほとんど理解してはいない。
「――――ああ、なんだ、その…… えっとさ、『えんじん』ってのは何をする物なんだ?」
「だーかーらー、言ってるでしょ? 『電気』を『増幅』させる『機械』なんです。これまで世界中が頭を悩ませてきたエネルギー問題が一挙に解決してしまう、そりゃもう夢のような画期的な機関なんですよ」
 そう熱っぽく語るアインに、ガッテとレントは顔を見合わせ「お前解る?」「いーや全然」と言い合い、ミファは相変わらずすました顔で茶を啜り、時折カップの横に置かれた焼き菓子をつまんでいたりする。
 今まで電気や機械という概念が存在していなかった世界で、そんな単語を連発したところでわかるはずが無いのだが、アインはこの手の話になるとそのあたりの事が思考から抜け落ちる傾向があった。そもそもエネルギー問題で悩む頭はこの世界では無い……
「まあ今は電気も機械もエンジンも解らなくても良いです。使い方によっては結晶術みたいに使える便利な物って思っててください」
 現段階での細かい説明をしたところで理解は不可能と悟ったアインは、そう言ってこの話を打ち切った。
 実はこの時、アインは既に今語った『電磁エンジン』のプロトタイプを本国で完成させている。しかしそれは両手の平に収まってしまうほどの小さな物で、出力も微々たる物だったが、デルフィーゴ王国にある鋳造炉では、その大きさが限界だったのだ。
 今回アインがドルスタイン上級学院に入学する最大の目的が、先ほど言った錬金科が所有する大型の結晶炉を使い、大型の電磁エンジンを制作する事にあった。
 だが、アインの計画には続きがあった。
(実用化に耐えうるエンジンの作成は、俺の計画の最初一歩だ。プログラム第一段階と言ったところ…… そしてもし俺の理論が正しければ、前世では到底実現できなかった俺の『夢』が形になる)
 アインの頭の中で、前世の藤間昴の記憶と知識がある物を形作っていく。それはこのカレン界はもちろん、前世の世界にも無い『機械』だ。
 それは藤間昴のエンジニアとしての血が見させている麻薬のような夢であったが、後に彼の思い描いたその夢の機械は、この世界を席巻することになる。

 後世の歴史家達がこの時代と、その中心人物たるアインノールを語る際に欠かせないのが、この帝立ドルスタイン上級学院である。後の機械による様々な変革は全てはここから始まったとされる。
 そしてもう一つ、後世の歴史家が口をそろえて言う台詞がある。

 この時、この学園にかくも優秀な若者が集まったのは奇跡以外の何物でも無い。
 故にそれは、世界が望んだことであろう―――― と。


9.異世界の技術

 入学式から3日程は学園内の施設案内やオリエンテーションなどがあったが、四日目からは本格的な授業が始まった。
 授業は一般的教養の必須課程で、選択学科とは異なり、ごくごく一般的な修学内容だったが、この世界の数百年先を行く異世界の知識を持つアインにとっては退屈極まりない内容だった。
 中でもアインがもどかしく感じたのは算術をの授業だった。
 カレン界の算術は文明のレベルに比べて非常に遅れている。もっとも、科学という概念が存在しないので、その根本を司る数学が発達しないのも無理は無いといえる。
 この世界の算術は自然数の整数で表され、基本的な算術は地球で言う原始的な合同式であり、典型的な商業算術のみが聖帝領では広く使われていて、初学年の一般教養授業もその算術方法を教えている。
 学年が上がり算術の上位学科である高等算術科を選択すれば、より数学的な研究をする事も可能であるが、それですら科学解析術の根本である微分法及び積分法すら発見されておらず、地球の歴史で当てはめるなら十二世紀頃のレベルの数学技術であった。しかも今のところその分野は何ら生産性が無く、応用が利かない学問とされており、研究者がきわめて少ないという状況も数学が発展しない要因の一つであろう。
 そんなわけで、異世界で藤間昴が学んだ近代数学の知識を持つアインにとっては、地球上の数学史の成り立ちをリアルタイムで見るような感覚なのである。
(そのうち俺がニュートンやライブニッツになって、微分積分法や三次関数なんかを広めたら、多少は数学史の針が進むかな……)
 アインはそんなことを考えつつも、日々の授業を受けていた。

 さらに数日後、選択科目授業がスタートした。
 アインは悩んだ末に、もう一つの科目は結局結晶術科を選択した。
 選択科目である結晶術科の授業は、さほど期待してはいなかったが、一般教養授業よりは退屈では無かった。元々前の世界には無かった結晶術という技術には興味があり、これを操ること自体は好きなので実技実習時などはそれなりに楽しかった。
 しかし授業を教える講師より高度な結晶術を操ることが出来るアインにとっては、結晶術論理の授業はレベルが低すぎてあまりまじめに参加しては居なかった。そんなアインは論理授業中は講義を聴いているフリをしながら、自分の理論をノート代わりの羊皮紙に書き写したり、浮かんできたアイデアの図などを描いたりして過ごしていた。

 そしてアインは、もう一つの選択科目の事業で、お待ちかねの大型結晶炉と対面を果たした。
 錬金科は一般授業とは異なり、色々大型の器具を使うので別棟の校舎棟をまるまる一つ使った『錬金棟』を使って行われる。
 授業に先立って、アインは授業の講師であるアーノルド・ベルハート子爵に、自分の理論と大型結晶炉を使った、電磁エンジンの外殻綱作成の説明をした。
 すると彼はアインの理論に興味を持ち、放課後に彼の立ち会いの下での炉の使用を許可した。
「つまり、その『デンキ』という物を増幅すれば結晶術が使えない人間でも、オイルランプを使わずに暗がりの部屋を昼間のように明るく照らす事が出来ると言うんだね?」
 そう聞くアーノルドにアインは強く頷いた。
「ええ、でも電気の利用法はそんなランプなどよりも、もっと色々な事に利用できますよ、先生。これはきっとこの世界の歴史に残る革新的な技術になるでしょう」
 アインは自分の書いた論文の羊皮紙の束を軽く叩きながらそう言った。そんなアインにアーノルドは再び頷いた。
「よし、やってみたまえ、アインノール君。私も協力しよう」
 実際のところ、アーノルド自身、アインが言う電気について理解はしていなかったが、アインの論文の内容が中々興味深かった事と、学生の積極性を重視する、この時代きわめて希な教師だった事がアインの幸運と言えた。そんなわけで、彼は同じ学科の仲間数人と『電磁エンジン』の開発に着手した。

 アインがいう電磁エンジンは、その触媒に『純ゲルベミウム』という結晶石の素になる鉱物を使う。この鉱物が、アインの国元であるデルフィーゴ王国の特産である事も、彼がこのエンジンを作成する際の幸運と言えた。
 アインは国元で数回の実験を繰り返し、この純ゲルベミウムに電流を流すと電磁増幅反応が起こり流入電気の数十倍から数百倍の電気エネルギーを放出する事が解った。しかし純ゲルベミウム単体では、増幅暴走が起こって崩壊して仕舞うため、アインはその周囲を新しい金属で覆うことにした。
 その新しい金属は、結晶術を使うときに触媒としてしばしば用いられる、幻象反応鉱《ティカクロム》という鉱物を結晶炉を使って溶解・圧縮して生成する物で、アインはそれを『幻象反応金属《ティカナイト》』と名付けた。
 このティカナイトは非常に強度が高く、しかも結晶術の術力伝導率が高いという性質を持っており、アインはこの特性を利用して、結晶術による重力操作で純ゲルベミウムの電気増幅暴走を『異種エネルギーの縮退効果』で押さえ込み安定させる事に成功した。これにより増幅された電気を安定して取り出すことが可能となる。これがアインの考えたエンジンの原理である。
 アインは国元でこのエンジンの高出力タイプを作成しようと考えたのだが、貧乏なデルフィーゴ王国の国力では大型の結晶炉を持つことは不可能だったため、大きなティカナイトの外装殻を作ることができなかったのであった。
 アインは早速、聖都に来るときに一緒に国元から持ってきた一抱えはある大きな純ゲルベミウムを持ち込みエンジン作成を始めた。

 アインは同じ科の生徒に加え、ミファやガッテ、レントにも声を掛け、手伝ってもらうことにした。ミファは言わずもがな、ガッテとレントも快く引き受けてくれた。
「でもアイン、その『えんじん』で『でんき』ってのを増幅させるって言うけど、そのエンジンに最初に流す『でんき』はどうやって作るの?」
 放課後、錬金科の教室でアインの説明を聞いたレントが、アインにそう質問した。
「うん、良い質問だね。それにはこのバッテリーを使うんだ」
 とアインは自分が腰掛けてる黒い金属の箱を叩いた。
「これには鉛と電解液という酸性水が入っていて、その化学反応で電気を貯めておく装置なんだ。エンジンの起動電源はこれを使うつもり。エンジンが回り出したら、発生した電気をまたこれに貯めておくんだ」
 とアインが答えるが、やっぱりレントはアインの言っている意味がよくわかっていないようだ。
「このバッテリーには、僕の作った発電機で充電する」
 とアインがレントの話を締めると、今度は立ち会いをしている講師アーノルドが質問する。
「一つ疑問があるのだが、その、純ゲルベミウムの増幅暴走を押さえる為の結晶術は、アインノール君が術を行使し続けるのかね?」
 そのアーノルドの質問にアインは首を振った。
「さすがに『重力制御』なんて複雑な結晶術をそこまで連続行使させる事は僕にも出来ません。その代わりにこのような物を作ってみました」
 アインはそう言って純ゲルベミウムと一緒に運んできた荷物の中から銀色の一枚の板を取りだして見せた。板そのものは薄い鉄板のようだが、表面には小さな結晶石が何個も並べられて埋め込まれており、それそれ細い線で繋がっている。質問をしたアーノルド、手伝いをしてくれる数人の錬金科生徒や、ミファ、ガッテ、レントを含めた皆がそろって首を傾げる。
「これは、僕が作った『結晶回路』という物です」
 アインはそう言って一同を見た。しかし一同の表情は全く理解していないことを物語っている。そんな皆に、アインは気にした風も無く「――と言っても解らないですよね」と満足げに笑いながら頷いた。
「結晶術に使う結晶石は、実は結晶術の術式を記憶することができるんです。この術式が記憶された石に電流を流すと、その記憶された術式が展開され術が発動します。ただし、あまり複雑な物や複数を同時に発動するには、術式を細分化して複数の結晶石に細かく術式を記憶させなくてはならないので、仕掛けが大きく複雑になります。ですが各々の単純な現象を持続させるためだけなら大して複雑な仕組みはいりません。それを可能にするのがこの結晶回路です」
 アインはそこまで説明し、その表面に埋め込まれた結晶石を皆に見せる。
「この結晶石一つ一つに、電気増幅暴走を封じる為の重力制御持続に必要な術式を細分化して記録してあります。で、この石同士をティカナイトで作った細鋼線で繋いであります。この結晶回路に通電すると順番に配置された結晶石に通電されていき、記録された術式が自動展開されます。電気が通電される限り、回路は同じサイクルを繰り返して術式を展開し続けるので、誰でもこのエンジンを動かすことができる仕組みです」
 するとアーノルドは重ねて質問する。
「ちょっと待ちたまえ、では何か? 例えばその結晶回路とやらにそれ相応の術式を記憶させれば、誰でも色々な結晶術を簡単に発動させることが出来ると言うことかね?」
 するとアインはニコリと笑いながら頷いた。
「ええ、理論上は可能です。ただし、術式を発動させる為に必要量の電気を通電させる必要があります。それと結晶術の発動には、生物が発生させる生態力、『エナ』が必要ですから、発動時には術者と回路が接触している必要があるでしょう」
 アインの説明にアーノルドをはじめ、その場にいた一同全員が驚いて声も出なかった。
 結晶術は本来、非常に高度な技術であり人間の身ではその複雑な術式を組み上げるのに、高い知能と技術、それに時間が必要とされてきた。しかし、今アインが説明した彼の理論が正しければ、電気とこの結晶回路を使えば、誰にでも簡単に術を使えることになるのだ。
「すばらしいよアインノール君、これは画期的な技術だ。驚いて声も出なかった。まったく、君はいったい何者なんだ? どうしてこんなまねが出来るのだ?」
 アーノルドがそう質問するが、アインは答えに困っていた。何せこの結晶回路も前世の地球にあるプログラム基板の配列をヒントにしているし、電気も前世での知識を使って作り出しているのである。
(さすがに『実は僕異世界から来たんだよ、わっはっは〜』なんて言えるわけないもんなぁ……困った)
 とその時、ミファが横合いから口を挟んだ。
「アインノール殿下は、高名な大賢者アウシス様の直弟子でございます。国元で長きにわたり、一〇〇〇歳を超すかの御仁の知の教授を受けた殿下なれば、造作も無いでしょう」
 するとミファの言葉に一同が「おお……!」と感嘆の声を漏らした。大賢者アウシス・ペコリノの名は、その数々の神のごとき奇跡の技と共に聖帝領内全土に知れ渡っていたのだった。
「なんと!? あのファンダル族の大賢者、アウシス殿の直弟子であったか!? うむむ、ならばその知識も頷ける。いやはやこれは驚いた。アインノール君、私は研究者として君を心底うらやましく思うぞ!」
 アーノルドはそう言って腕を組み、何度も大きく頷いていた。この一件の後、アインが大賢者アウシスの弟子という話が学園中に広がり、彼の授業の教鞭に立つ講師達を恐々とさせることになる。


10.少年達の時代

 製作開始から約一ヶ月後、幻象反応金属《ティカナイト》製の外装殻で覆われた電磁エンジンが完成し、アインは早速試運転に取りかかった。
「現状考え得る最高の硬度で作ったが、どこまで例の増幅暴走に耐えられるのか、正直やってみなくちゃ解らんぞ?」
 組上がった結晶エンジンに手を掛けて運転に向けての最終チェックをしているアインに、錬金科のアインの先輩であるログナウ・バーンがそう声を掛けた。
 ログナウはアインの二年先輩で、現在錬金科三年生である。彼も一応貴族ではあるが、実家はガッテと同じように、西のガルード国の地方領主で、貴族としては大して位が高くない。それほど裕福な家では無かったが、学園入学のための資金はガルード国が出している。
 ガルード国は若い人材育成に力を入れているようで、そう言った金銭的理由から学業をあきらめなければならない学生に対して、条件さえ合えば資金援助を行う、地球で言うなら『奨学金』のような制度を実践している聖帝領でも数少ない国であった。
「増幅暴走自体は結晶術で縮退させますから、外装殻の硬度はプラズマ反応に耐えられれば問題ありません。でも最初は出力を絞って運転してみて、徐々に上げていく方向で試してみましょう。あの電圧計で三二〇〇キロワットから三五〇〇キロワットで安定出来れば目的達成です」
 アインはログナウにそう言ってエンジンの横に置いた電圧計を指した。この電圧計もアインが作った物だが、現在の技術では正確なデジタル計測器など当然作ることが出来ないので、即席でアナログ計を作ったのだが、その精度にはアイン自身若干の不満があった。
「その電力を安定して作り出せれば…… お前の考えたアレが動くんだろ?」
 ログナウはアインにそう言って、エンジンの試運転に数人の生徒が忙しく動き回ってる大きな倉庫のような実習室の奥で、布に覆われたこれまた大きな物体に視線を向けた。
「ええ、駆動系とその制御方法のアイデアは頭にあります。動力さえ得られれば、理論上は動くはずですよ」
 アインも同じく実習室の奥に置いてある布に覆われた物体に視線を投げた。
 この一ヶ月、エンジン作成とほぼ同時に作っているソレの計画を初めて聞いたとき、ログナウは驚き、それと同時に胸が高ぶるほどの昂揚を味わった。いや、ログナウだけではない。この実習室に集まった数人の生徒はアインからその計画を聞かされており、ログナウと同じ感情を味わったのだ。
 もし本当にアインの言う通りソレを完成させられたなら、俺たちは歴史に残る代物を作り上げることになる……
 そんな途方もない夢への期待と希望に突き動かされ、少年達はアインの計画に賛同し協力している。その痛々しいほどの昂揚ぶりが理解できなければ、この時ここに集まった者達の行動原理を察する事は不可能だろう。そしていつの時代も、そう言った幼い情熱が世界を新しい段階へと導くのである。

「では、これより『昴弐号型結晶電磁エンジン』の起動試験を開始します」
 アインのかけ声と共に、数人の生徒達が計測器やバッテリーにへばりつく。因みにエンジンの名称はアインが付けた。彼が国元で作った小さいエンジンが壱号型で、その次ということで弐号型という。しかし日本語であるため、他の生徒たちはさっぱり解らない。

「バッテリーからの起動用電源入力開始」
「純ゲルベミウム、電気増幅開始」
「ティカナイト外装殻問題無し」
「結晶回路、術式展開確認」
「縮退反応確認、電圧上昇中……」
 
 かねてからの予定手順通り、担当生徒からの声が上がり、電磁エンジンの内壁で増幅反応が起こり実習室にキューンと言った鳥の鳴き声に似た音が響き出す。

「エンジン内出力上昇、まもなく目標電圧に達します」
「ティカナイト外装殻に異常認められず」

 アインは結晶回路に手を添えながら粛々と読み上げられる報告に耳を傾ける。するとレントが隣で読み上げられる経過を羊皮紙に記録していった。
「入力電圧を徐々に上げていきます。計測班は5秒ごとに出力を読み上げてください」
 そんなアインの言葉に計測班の生徒が「了解」と返した。すると先ほどの音が徐々に甲高くなっていく。

「出力上昇、現在三三〇〇キロワット…… 今三三五〇を超えました」
「入力電圧上昇停止、外装殻観測班、異常は無いですか?」
 そんなアインの声に、エンジンの周囲を観察していた生徒達から「異常なし」との報告が上がった。
「エンジン内の純ゲルベニウムに変化なし。プラズマ発光も縮退による安定がみられるぜ」
 そう声を上げたのはガッテだった。ガッテはエンジン上部に取り付けられた小窓から内部の様子を観測する役をやっていた。
「アイン、どうだ?」
 一通り各班の状況を見て回ったログナウは、アインの側までやってきてそう聞いた。
「出力は三四〇〇キロワットで安定してます。エンジン外装殻内壁のプラズマによる変形や溶解もない。結晶回路がちゃんと機能してるみたいですね」
 アインはエンジンに取り付けられている結晶回路にティカナイトで作られたワイヤーで繋げられた起動パネルに手を置きながら頷いた。
「完成です、先輩!」
 そのアインの言葉にログナウは力強く頷き、こみ上げる達成感に笑いをこらえきれなかった。そしてそのログナウの笑い声が合図となり、広い実習室に生徒達の歓声が響き渡った。
 ここに、世界初の電気増幅反応機関、通称『電磁エンジン』が誕生した。

 その日の夕方からは、錬金科の実習室でそのままちょっとしたパーティーが催された。電磁エンジンの完成祝いである。エンジンの製作に携わった錬金科の一部の生徒はもちろん、手伝いで参加したミファやガッテ、レント達と、アインが発案した結晶回路の実用化を目指すことになり、エンジンの試運転を見学に来た数人の結晶術科の生徒達。さらに立ち会いの錬金科講師であるアーノルドに結晶術科の講師、ミルストーン女史まで参加して大盛り上がりとなった。
 本来学園内では飲酒は禁止されているが(カレン界では得に飲酒についての年齢制限は無い)、祝いの席ということもあり皆に果実酒が配られ乾杯した。
 そんな中で、ログナウが集まったみんなに注目を呼びかけた。
「それでは、この計画の発案者であるアインノールから発表がある。みんな聞いてくれ」
 そんなログナウの声で、一同は彼の隣に立つアインノールに目を向ける。元々背が低いので、即席で果実酒の入っていた木箱をお立ち台にしている。
「はい、皆さんのおかげで、電磁エンジンを完成させることが出来ました。手伝ってくれた人たち、本当にどうもありがとう」
 アインはそこまで言ってペコリと頭を下げ、その後顔を上げてにっこり微笑んだ。
 美少女と見紛うアインの容姿に当てられ、男子生徒達は拍手喝采で歓声が上がる。集まった中には女生徒もいて本来プライドが高い貴族の女子であり、同姓に対しての対抗心や嫉妬心などを少なからず抱くのであろうが、アインが男である為か、そのあたりの感情が払拭されているようで可憐に笑うアインに妙な色の歓声を投げていた。
「この電磁エンジンの完成を経て、僕は計画を第二段階へと移行しようと思います。と言うのも、電磁エンジンはこの第二段階に移るための下地のような物でした。言うなればここからが本番です」
 そんなアインの言葉に、数名の生徒達がニヤリと笑い、残りの生徒達が首を傾げる。その理由は、この中の数人の生徒達が、既にアインの言う計画の第二段階に携わっているからだった。
「電磁エンジンは僕が国元で試作品を作っていたので、今回の完成はさほど疑ってはいませんでした。『理論上必要な出力まで安定して出せるかどうか?』という点だけ確認したかったのです。今回の試運転で僕の予想通りの出力を得られることが解ったので、計画を次のステップへと移行させることができるのです」
 そこまで話したアインは、集まった生徒達の反応を見る。計画を知っている生徒達はワクワクとし、知らない生徒達は近くの者と憶測を喋っている。
「僕の次なる計画…… その一端を皆さんにお見せします」
 アインがそう言うと、アインの後ろにある電磁エンジンのさらに後ろに置いてある布の被った大きな物体にスポット照明が当たった。このライトは電磁エンジンで蓄えられたバッテリーを電源にしている。もちろんアインが作った物である。
 照明が当てられた物体の布が、数名の生徒達の手によって取り除かれていく。そしてその下から現れた異形の物体に集まった生徒達は言葉を失った。
 それは巨大な人の形をしていた。いや、正確には人体の骨格のように見えた。
 そう、それは確かに骨格だった。ただしその骨格は全てが黒光りする鋼鉄で出来ているように見える。その鉄の骨格は両膝を地に着け、両の手も床に着いた、ちょうど腹這いの状態で静止している。
 その腕には人間と同じく五指を備えた手があり、肩の上には人間を模したと思われる頭があって、人間で言うところの目に当たる部分がぽっかりと穴が空いている。
 両の足で立ったなら、おそらく一八フィメ(約九メートル)はあると思われ、それがあまりにも人間に似ていることが、見た者の恐怖をかき立て言葉を失うほど驚愕せしめている。それは聖帝領で凶獣認定されている巨人生物、『タイトゥーヌ』の骨格を連想させた。
「これが僕の考えてる機械、鉄の巨人『電磁甲冑機兵』別名『バストゥール』と言います。エンジンと同時に作成してて、昨日ようやく内部骨格が組み上がりました」
 と、どや顔で説明するアイン。とても嬉しそうな顔である。
 ちなみに、彼が名付けた『バストゥール』とは、カレン界の古代の言葉で『バス』が『強大な』『巨大な』という意味で、『トゥール』が『戦士』もしくは『兵士』という意味がある。
「これはまだ中の骨組みだけの状態です。これにいま開発中の鋼線筋肉繊維と駆動器、及びそれらを制御する結晶回路を組み込み、本日完成した電磁エンジンを搭載動力にし、内部に人が乗り込んで動かします」
 アインの説明が続く中、一同は静まりかえってその話を聞いていた。
「この巨人に人が乗って動かすのか?」
 と結晶術科の聖都が質問すると、アインは「ええ、そうです」と頷いた。
「馬のように操れって事かよ」
 と今度はまた別の生徒が言う。しかしアインは首を振った。
「いいえ、電磁甲冑機兵《バストゥール》はこんな外見をしていますが生き物ではありません。操縦系は結晶回路による結晶術で搭乗者の身体行動イメージを読み取って駆動系に伝えるようにしますから、おっきな鎧を『着る』様な感覚に近いと思います」
 と言うアインの説明に一同は首を傾げる。言っている意味が良く理解できないようだった。
「実際は動かしてみなければ解りませんけど、僕の算術上では、一七乃至一八フィメ級の大型凶獣とも互角以上に戦えるのではないかと推測します」
 アインのその言葉に、皆が口々に「すげぇ!」「本当かよ!?」といった声が上がった。大型凶獣は、その対処に一応軍隊の対応が取られてはいるが、人間の兵千人、いや二千人でもまともに戦ったら全滅してしまうほどのもので、人の力が及ばない地震や嵐、洪水と言った災害のそれと変わらない。その大型凶獣とまともに戦える兵器となれば、生徒達が興奮するのも無理は無い。
「確かにこれもでっかいけど…… 本当に大型凶獣に勝てるのかよ?」
 そんな中で、こういった懐疑的な質問も出てくるのは当然だった。
「実際に僕は大型凶獣を見たことがありませんから、無条件に『勝てる』なんて言えませんよ。ただ文献からこれまでの記録を調べた事を考慮して立てた予想を素にした、あくまで机上の算術ですけど。でも生身の人間が戦うよりは遙かに撃退の可能性があると思います」
 アインのその回答に、皆は思い思いの思考を巡らしていた。
 確かにこの骨格のサイズを考えたら、凶獣とさほど変わらないサイズになる。それにもしこの鉄の巨人が凶獣を撃退できるのなら、それはとてつもない力を持った兵器となる。きっとどの国も欲しがるだろう。それは世界を変えるほどの力になる。そんな思いがみんなの心に広がっていった。
 この日から錬金科と結晶術科は、この電磁甲冑機兵《バストゥール》の制作に本格的に着手する事になる。


11.鉄巨人目覚める

 人型巨大ロボットを製作するという、アインノールこと異世界人である藤間昴の夢に当てられ、帝立ドルスタイン上級学院の錬金科と結晶術科の生徒達は、期待と希望を胸にアインと共に電磁甲冑機兵《バストゥール》の制作にのめり込んでいった。
 しかし、いかに数百年進んだ異世界の知識を持つアインといえど、人型巨大ロボットを製作する事など未経験であり、その開発にはいくつもの失敗があり、苦難の連続であった。
 それでも少年達の得も言われぬ情熱は、時として大きな力を持つことは、どこの世界でも同じである。彼らは純粋にその途方も無い夢に向かって日々を積み重ねていった。
 そんな日々が続き、季節は秋にさしかかっていた。

「トラファウル、左腕を持ち上げてくれ」
 錬金術科の大きな実習室にログナウ・バーンの声が響き渡った。すると天井から鎖で吊された骨格むき出しの鉄の巨人の腕がゆっくりと持ち上がり、それを見ていた数人の生徒達が歓声を上げた。
「右腕も同じように。それから肘と手首、あと五指の可動域も確かめたい」
 そんなログナウの声に、これまた剥き出し状態の操縦席に座るミファが両腕で操縦桿を握り、ログナウの要求に応えようと操作する。すると鎖に吊された鉄巨人、バストゥールの両腕が上がり、肘を曲げ、手首を回し、両手の指を開いたり握ったりして見せた。ログナウはその動きの具合を見て頷いた。
「よ〜し、とりあえず大丈夫みたいだ。トラファウルも降りてきてくれ」
 ログナウがそう声を掛けるとミファが座席のベルトを外して操縦席から飛び降りた。それと同時に、操縦席の下に埋め込まれた電磁エンジンから鳥の鳴くような音が収まった。エンジンが停止した合図だ。
「一昨日より関節周りの動きがスムーズになってる。殿下が言っておられたように関節部の支点を増やして正解でしたね」
 ミファは自分の右腕の肘や手首を曲げながらそう言った。バストゥールの動きは操縦者の動きのイメージを結晶回路で読み取り、ダイレクトに鋼線筋肉繊維や関節駆動器に伝えるので、ミファは自分の身体の動きを確かめていたのだった。
 ミファは正式に準騎士の称号を持っており、身体も騎士としての鍛錬のおかげで並の成人男性よりも身体能力が高いので、そのままバストゥールの試験操縦者をやっていた。放課後は毎日こうして実習室に顔を出して手伝っていた。
「腕周りは今の感じで概ね大丈夫だろう、やはり問題は足だな……」
 ログナウはそう言って鎖に吊されたバストゥールに目をやる。バストールの足は現在、鋼線筋肉繊維を外された、骨組みである内部骨格だけの状態だった。
 ティカナイトで作った鋼線筋肉繊維を人工の筋肉として組み込み、結晶回路にてその動きを制御するというアインのアイデアは良かったのだが、現在の筋肉繊維の出力では自重が支えられないという問題が浮上し、目下その対応策に悪戦苦闘中だった。
「その…… 筋肉の総量を増やすのはダメなんですよね?」
 とミファはログナウに聞いた。
「いや、ダメというわけでは無い。単純に考えて量を増やせばそれだけ力が出る。しかしそれだと下半身に重量が偏ってしまい、今のエンジンの出力では歩くことは出来ても『走る』までの電力サイクルが追いつかなくなるらしい」
 そのログナウの答えに、ミファは「なるほど……」と呟いた。
「アインが今、筋肉繊維をさらに細くして編み込むように束ねる方法を試している。この方法だと単純に繊維の量を増やすより重量が少なく、さらに耐久性と伸縮性が増すらしい。ちょうどこのロープのような要領だそうだ」
 ログナウはそう言って骨格によじ登るための縄ばしごを手に取りミファに見せた。
「見た目は一本のロープだが、これは細い紐を何十本も編み併せて一本にしている。こうすることによって伸縮性に富んだ耐久性の高い丈夫なロープになっている」
 ログナウはミファに説明しながらロープを両手でギュっと引っ張ってみせた。
「全く、アインは…… トラファウルの殿様は凄いよ。こんなアイデアがわんさか溢れてくるんだ。なあ、ミファはアインと幼なじみなんだろ? 昔からあんなだったのか?」
 そう言うログナウにミファは微笑を返した。ログナウはそのミファの笑顔に一抹の寂しさを感じた。
「幼い頃の殿下は、身体があまり丈夫ではありませんでした。よく床に伏せておいででしたよ。でも五年前、ご病気でご危篤あそばされ、あわやと思われましたが、奇跡的に回復なさって…… それから、まるで人が変わったように元気になられました」
 ミファはそう言いつつふと視線を上げた。その視線の先には、実習室の大型結晶炉の前で数人の生徒と議論を交わしているアインの姿があった。
「本当に、人が変わったようです…… 私が知っている殿下は、あの日を境に居なくなってしまったのかもしれません……」
 そう言いながら遠い目をするミファを見つめながら、ログナウはそんなミファを美しく思った。それと同時に、ログナウの心に切ない感情がわき上がった。そんなログナウはハッと我に返り、慌ててミファから目を逸らした。
「そ、それでもトラファウルはアインに尽くすのか? その…… 人が変わってしまったと、しても」
 そんなログナウの言葉に、ミファもまた我に返ったようにハッとして振り向き、ログナウを見た。
 実習室の天窓から差し込む夕日に照らされて、ミファの金色の髪がオレンジ色に染まっていて、ログナウはその神秘的な美しさに息をのんだ。
「無論です、先輩。私は殿下の剣であり、盾なのですから」
 そう力強く頷くミファの笑顔には、先ほどの寂しい色は微塵も感じられなかった。そんなミファにログナウは「そ、そうか」と言ってそばを離れた。自分の意志に反して激しくなる鼓動の音がミファに聞こえてしまうのではと思ったからだった。

 そうして編み込み仕様で作った改良型の鋼線筋肉繊維を内蔵したバストゥールが、ついに起動試験にこぎ着けたのはさらに二ヶ月後の事だった。
 この頃には骨格と筋肉繊維を覆う下地装甲が施され、外見がより人間らしくなっていた。
 操縦席も正面を透影装甲板という、内側から向こう側が透けて見える金属装甲が施されている。これは地球で言うマジックミラーのような金属板を数枚重ねて作った物である。重ねるので若干透過性が悪くなるが、それを結晶回路を利用した簡単な『透視』の術式で補強しており、透影度と高強度を両立させていた。
 実習室の天井梁から吊されていたバストールは今や皆が最初に見た腹這い状態で静止しており、操縦者は背中の金属蓋を開けて操縦席へ潜り込む様になっている。

 腹這いになっているバストールの周りには計画に携わっている生徒達が、機体を囲うようにして並んでいる。そしてアインが騎士の鎧甲を改造して作ったヘルメットを被ってバストゥールの腹の下まで来た。
「ミファ−! 準備は良い−!」
 そう叫ぶアインの声が、既にバストゥールに乗り込んで待機しているミファの耳に届いた。ミファはエンジンを稼働させ、続いて天井の右隅にあるラッパのような形をした拡声器のつまみを回した。
『はい殿下、準備は出来ています。いつでもどうぞ』
 ミファの声はバストゥールのアゴ下に取り付けられたスピーカーから周囲に響き渡った。
「よーし、いくぞ〜 みんな離れてくださ〜い!!」
 とアインは嬉しそうにそう叫んでその場を離れた。周囲を取り囲んでいた生徒達も、その言葉を合図にわらわとその場を離れていく。
 一方操縦席のミファは目を動かし周囲の状況を確認する。
 正面のパネルは透影板なので地面しか写していないが、その上部に操縦席を囲うようにして多角的に取り付けられた小型パネルには、ミファの首の動きに従って景色がぐるぐると動いている。
 これはバストゥールの眼球に埋め込まれた『眼球水晶』という結晶石で作った人工眼球でとらえた映像を幻象反応金属を磨いて作った透影パネルに結晶術で映し出している映像である。いわばバストゥールの目が見た景色である。
 現在は部屋の中に居るため、光量が足らないせいか映像が暗くてぼやけている。
「今後の課題だな……」
 ミファはそう呟き、かろうじて見えるその映像から周囲に生徒が居ないことを確認して操縦桿を握り直した。そして深呼吸をして意識を集中させる。すると自分の手足に新たな血が通っていくような奇妙な感覚を感じて身震いをした。
 ミファは何度か操縦席に座る度に、この奇妙な感覚を感じておりアインに話したことがある。するとアインは「操作系は完全に結晶術に依存しているので、人間の脳や精神に干渉するからそのせいだろう」と答えていた。
 ミファは、まるで自分の手足が拡大したような感覚を味わっていた。以前アインが皆に説明する際に『乗る』と言うより『着る』と言ったが、その表現はあながち間違っていないとミファは思った。

『では、行きます』
 拡声器で増幅されたミファの声がスピーカーから響き、バストゥールはゆっくりとその上体を起こしていった。それと同時に右足を前にずらし、ちょうど人間で言う片膝をついた状態になった。
『このまま立ち上がりますが、殿下、天井は大丈夫ですか?』
 そんなミファの声にアインは「大丈夫だよ〜!!」と叫んでいる。その声を聞き、ミファは操縦桿と両足のペダルを操作しながらバストゥールを立ち上がらせていった。
 正面の透過装甲板から透けて見える景色がゆっくりと下に流れていき、座席の下からキィーンと甲高い音がその音階を上げていく。
「お、おおお……っ!」
 ミファの口から、思わずそんな声が漏れた。今や完全に立ち上がったバストゥールの操縦席から見る景色に、ミファの心は躍っていた。まるで本当に自分が巨人になったような感覚に感動していたのだ。
 一方、その足下では、アインを中心にして生徒達が大歓声を上げていた。中には感極まって泣き出す生徒も数人に居る。それでも皆の顔にははち切れんばかりの笑顔と達成感があった。
 未だに所々鋼線筋肉繊維と内部骨格が露出し、その姿は決して勇ましい物では無かったが、それでも開発に携わった生徒達の目には、薄暗くなりかけた実習室のライトに照らされた鉄の巨人は、ことさら力強く映ったことであろう。 

 時に大陸歴一六二〇年、聖歴二九六年。
 この年は転換期として後世の歴史に刻まれる。
 熱気さめやらぬ実習室の外では、冬の到来を予感させる秋深まりし風の吹く頃の事。
 人類は新たな力を手に入れた。
 後に数々の戦場を駆け抜ける鋼鉄の巨人が、静かにその産声を上げた瞬間だった。


12.その名は『疾風』
 
 一応の完成を見たかに思えた鋼鉄の巨人兵、電磁甲冑機兵《バストゥール》であったが、直ぐに欠陥が見つかった。それは全身の駆動に使用している鋼線筋肉繊維の発熱現象であった。
 バストゥールが初めて立ち上がった稼働試験のあの日、バストゥールはそのまま歩いて実習室を出てグラウンドに出た。そこで引き続き走行試験に移ったのだが、五分と経たずに体から煙を立ち登らせ、崩れるようにして腹這いになりながら止まってしまったのである。
 原因は鋼線筋肉繊維に流れる電流と術式によって伸縮稼働を繰り返すことによる発熱で、鋼線筋肉繊維そのものが熱疲労で溶解してしまったのである。
 ようやく立ち上がって大興奮の後の失敗で、流石に生徒達の落胆も大きく、結局その日はレバージャッキを使い、数人がかりでバストゥールの膝や手、足などの下に鉄台車を突っ込み、その場に居た生徒全員でバストゥールを実習室へ運び込んで解散となった。

 数日後、アインは実習室の黒板に新たな機構を組み込んだ新しい鋼線筋肉繊維と、それに伴う機器の配置変更を盛り込んだ図の書かれた羊皮紙を数枚貼り付け、皆に説明した。
「――――これが僕の考えた発熱対策です」
 一通り説明をして、アインはみんなの様子を伺った。アインの説明を聞いた一同は納得したように頷いていた。
 アインの思い付いたアイデアは、鋼線筋肉繊維を覆う下地装甲(後に一次装甲と呼ばれる)を二重構造にし、その空間に水を封入して、その水をポンプで循環させて筋肉繊維を冷やすという方法だった。
 生徒達はアインの方法を試すために早速作業に取り掛かった。
「冷却装甲は関節部で分ける様にしましょう。接続部には自動弁と補助ポンプを設けます」
 アインのその言葉を聞いたログナウとレントが首を傾げた。
「なんで? 全部一気に繋げて循環させた方が良くない? メインポンプ一個で済むし」
 とレントが言う。彼もこの十ヶ月で随分と積極的に話すようになった。とはいえ、未だに初対面の相手には緊張するらしく、顔を赤くしてたりする。
「ああ、俺もレントの意見に賛成だ。腕や足に補助ポンプを入れるスペースもない」
 とログナウもレントの意見を弁護する。ログナウはすっかりバストゥール制作の現場指揮者の役に収まっている。地球で言うところのチーフメカニックといったところである。
「では、両肩と両脚の付け根に入れましょう。全部で四ヶ所。脚の補助ポンプは肩より少し大きくなりますが、あそこなら外部装甲をわずかに膨らませるだけで、稼動域を阻害せずに済みます」
 とアインは即座に代案を出す。
「一括循環にしてしまうと、例えば腕が何らかの損傷を受けて外れた場合、それだけで冷却水が漏れて行動不能になってしまします。弁と補助ポンプを付けておけば、最悪損傷部位を破棄しても、他の部位の稼働を妨げません」
 そんなアインの考えにログナウとレントは「なるほど」と頷いた。
「どうせなら、今後手足の筋肉繊維は封密構造《パッケージング》にしましょうか。必要に応じて分離可能なら損傷時の交換や整備の効率が良いですから」
 アインのこのあたりの考え方は、前世である藤間昴の産業ロボットエンジニア時代の知識である。摩耗したパーツを交換する際、可能な限りラインを動かしたままにしておく日本の工業系企業の考え方だった。
 そうしたアイデアを盛り込み、改良を重ねていくと同時に、アイン達は他にもう二台同型の電磁甲冑兵《バストゥール》を組み立てていた。これは別の改良を施す上で、一台だけでは効率が悪いというアインの判断で、このあたりも前世の世界の考え方であった。
 そんなわけで、大きかった錬金科の実習室は大型の結晶炉に加え、三体のバストゥールを格納し手狭になっていった。
 三体のバストゥールには一号機から三号機と機体番号が振られ、ついでにアインが独断で型式番号と愛称を付けた。

 形式:昴ロ-イ式  愛称:『疾風《しっぷう》』弐型

 それがアインの付けた機体名称だった。そのネーミングの由来は、藤間昴時代にパソコンで遊んでいた一九四〇年代のオンラインフライトゲームでの、旧日本帝国軍機の命名式を参考にしていた。
 全て日本語である為、当然アイン以外は全く理解できなかったが、この計画の発案者であり設計者でもあるアインが「これはアウシス老師から教わった大昔の神聖言語なのだ」という大ボラを吹き、皆がそれを信じて賛成してしまったという顛末である。
 ちなみに、最初の『昴』はエンジンの名称で『昴型結晶電磁エンジン』を表し、その二番目のエンジンと言う意味『ロ』。次の『イ』は骨格順で、一番目の骨格を意味する。最後の『弐型』は初期の機体に冷却機構を持たせた二番目の改良機体という意味である。
 番号が『四七進イロハ記数法』だったり、漢数字では無い『大字』だったりするあたり、前世藤間昴のこだわりの美学があったのかもしれない。
 また各『疾風』には、それぞれ担当試験操縦者が正、副二名づつ撰ばれた。
 一号機は正にミファ、副にガッテ。二号機は正にラッツ(騎士科二年)、副にミランノ(騎士科二年女子)。三号機は専属担当操縦者が決まっていなかった。
 バストゥールの操縦席には、衝突、転倒時に自動で『衝撃緩和』の結晶術が展開する仕組みになっている。もっとも人間が転んだり、何かにはね飛ばされたりするときに『身を固くする』または『受け身』と言った無意識の脊髄反射行動に反応して術が発動する仕組みであり、操縦者の意識が無い場合は反応しない(そもそもエンジンが止まる)ので完全な自動とは言い難い。
 その衝撃緩和術が展開しても、人間の五倍弱の背丈と、数百倍の質量のバストゥールが転倒するときの衝撃はかなりの物があり、安全を考えて騎士科の生徒が試験操縦者として撰ばれていた。

 ともかく、その冷却機構を持たせた改良鋼線筋肉繊維を実装するため、機器の再配置の見直しを図ったり、同時に結晶回路を改良などを行い。最初に起動試験を行った壱型の改良版である『疾風』弐型の起動試験が行えるようになるには、さらに一ヶ月半の時を要した。その間季節は秋を過ぎ、冬になっていた。

 新型の筋肉繊維を実装した一号機は、難なく立ち上がり、そのままグラウンドを歩き、それから疾走テストに移った。
 操縦席でミファは自分が走る気持ちで足下ペダルを踏み込むと、座席の下の電磁エンジンが唸り、新しく組み込んだ冷水循環ポンプが、まるで大きな心臓のように規則的な振動音を放ち始めた。
 ミファはさらにペダルを踏み込み、それに応じて脚の稼働スピードが上がるが、前回の様な止まる気配は全く感じられなかった。
 一気にグランドの端まで走って、ミファは急制動から腰を捻り、くるりと機体を反転させる。疾風はミファの考えたとおりの動きをし、再びスタート地点に戻ってきた。

 一方、その姿をグラウンドのベンチで眺めていた生徒達は、また止まってしまうかもしれないと言う気持ちでハラハラして一号機の動きを見ていたのだが、いっこうに止まる気配を見せない一号機の姿に、徐々に喜びの声が上がっていった。
 そんな生徒達の声に反応したミファが、ここでサービス精神を発揮する。
 ミファは一号機をグラウンド倉庫に歩かせ、倉庫裏に寝かせてあった競技会用の看板支柱に使う長い丸太をつかませると、それを剣に見立てて演武を披露したのである。
 ミファの実家であるトラファウル家の剣の流派は、剣撃による突戦では無く、その刃の摩擦で『斬る』事を追求した流派であるため、その極意を身体で覚えさせるために様々な技の『形』が存在する。
 盾を必要としないその剣技の形は、実に無駄の少ない、見ようによっては優美とも取れるような流れる動きであり、夕日に照らされた疾風が、あたかも人間のように舞う姿に生徒達は大歓声を上げていたのだった。
「すげえな、先輩。まるで人間の動きじゃねぇか」
 ガッテがログナウの隣に寄ってきてそう声を掛けた。するとログナウは夕日を背に優雅な演武を披露する一号機を見つめながら「ああ、本当に……」と呟いた。
「本当に、美しい演武だ……」
 そんな事を呟くログナウにガッテは首を傾げ「ま、どっちでも良いけどね」と言って再び一号機に目を向けた。もしかしたらログナウには、一号機がミファに見えていたのかもしれない……
 結局その後疾風一号機は一時間ほど全力運転で稼働し続けたが、懸念された筋肉繊維の発熱で停止することも無かった。アインは暗くなってきたので、耐久試験は後日として改良鋼線筋肉繊維の稼働試験を終了したのだった。 
 
 その夜は居合わせた生徒全員で完成パーティーを行った。前回は立ち上がって五分と経たないうちに煙を上げて止まってしまい、興がそがれて仕舞ったが、今回は例のミファの演武もあってか、皆大盛り上がりだった。
 そんな中、アインとミファが一緒に料理して皆に『ら・めーん』を振る舞うことにした。アインが国元から持ってきた材料では全然足りないので、材料を聖都で買い足し、数人の生徒に手伝って貰いながら全員分のら・めーんを作ることにした。
 アインは実習室の片隅から、手引き車を改造したらしい屋台を引っ張り出してきた。どうやら以前に造っておいたようで、得意げに「本格的だろ?」とどや顔でミファに自慢しているのだが、ミファは異世界の屋台ラーメンを知るわけが無いので首を傾げるばかりであった。

「これが『ら・めーん』という食べ物か?」
 ガッテが妙な顔をしてフォークで丼の麺をつつき、ログナウは湯気の臭いを嗅ぎ、レントは箸をも持ちながら首を傾げていた。そんな中ミファとアインもテーブルに着き、ミファはガッテに「ああ、神の料理だ」と答えていた。
「は〜、お腹空いた、いただきま〜す!」
 そんなアインの声と共に、みんな一斉にら・めーんを啜り始めた。

「「――――――っ!!!?」」

 一瞬、全員の動きが止まり、次の瞬間、皆猛烈な勢いで麺を啜り始めた。
「うおおおおっ! うっっっめぇぇぇぇっ!!」
「なんじゃこりゃぁぁぁっ!」
「か、神だ、お、俺は神を見たぞっ!?」
「ス、ス、スープいけスープをよぉぉぉっ!」
「い、生きててヨカタヨ、ママン……」
 と訳のわからない怒号と共に、皆あっという間にスープまで平らげてしまった。ミファはそんな彼らの横で麺を途中まで食べ、スープには手を付けずにアインに言った。
「殿下、私は替え玉をしたいのですが、麺はまだありますか?」
「うんあるよ〜、ちょっと待ってね〜」
 とアインはいそいそと屋台に戻って麺をゆで始め「硬さは〜?」と聞いた。
「恐れ入ります、では、ハリガネで」
 ミファの言葉にアインは「あいよ〜」と答え、程なくしてお椀にゆであがった麺を入れて戻ってきて、ミファのスープが残った丼に麺を入れた。
 一方、その一連のやりとりを見ていた他の生徒は驚きと悔しさで地団駄を踏んでいた。
「お、おまっ、ちょ、ちょっと待て、なんだよ今のは!?」
 とガッテがミファに聞いた。するとミファは「初心者は……」とため息をついて説明し始めた。
「替え玉という『ら・めーん』の上級技だ。この技は『スープを飲み尽くしたい!』という衝動を鋼の精神で抑えられた強者だけが使える。
 ちなみに『ら・めーん』の上級者になると、スープの濃さ、油の量などを好みで変えて貰う。麺の硬さも好みで変えて貰う。『ヤワ』『普通』『カタ』『バリカタ』『ハリガネ』『コナオトシ』の順で堅くなるが、私のおすすめは『ハリガネ』だな」
 と、まるで何かの達人のような言葉使いで皆に説明するミファである。大好きな『ら・めーん』には、彼女なりの敬意とこだわりがあるらしい。
 そしてミファは二玉目もペロリと平らげ「やはり、神味……」と満足げに頷き、二回目の替え玉をアインに頼んでいた。

「くっそぉぉぉ! そんな裏技があったなんて!?」
「あ、アイン、もう一杯くれ、今度は替え玉するまでスープは死んでも飲まん!!」
「あ、馬鹿、俺が先だぞ!」
「何よあんた、私か先でしょ!?」
「おい! スープそんなに無いってよ!」
「何だとそこをどけぇぇぇ!」

 と大騒ぎになり、数分で麺もスープも無くなりお開きとなった。
 これ以後、ドルスタイン上級学院の生徒達の間ではデルフィーゴ王国には『神味ら・めーん』と言って凄まじく旨い伝統郷土料理があるらしいと言う、微妙にズレた噂が広がることとなった。

 そんな大騒ぎの後、数日して聖帝領は聖歴二九七年を迎えた。


13.哲人宰相

 年が明けた聖歴二九七年。
 新年を祝う行事があちこちで開催される中、アインはミファと連れて聖都を歩いていた。年始の授業のための教材を買うためだった。学校は年末年始と言うこともあって休校中だった。このあたりはどこの世界も変わらないようである。

 学校の授業のための教材はかなり多いので、アインはお店の人に、デルフィーゴ王国の領事館に届けて貰うように頼んでいたので、買い物をしているとはいえ手ぶらであった。ほぼ一通りの物を買ったころ、アインは「あ、そうだ。アレ出来てるかな?」と呟いた。
「何ですか、殿下?」
 ミファがそう聞くとアインは「え? ああ、ちょっとね」と答えをはぐらかした。
「年末にちょっと頼んでいた物があってさ。もう出来てる頃だなって思って」
 アインはそこで少し考え込み、「ま、いいか」と言って頷いた。
「ちょっと寄りたいところがあるんだ、付き合ってくれるかい?」
 とアインはミファに聞いた。ミファは久しぶりにアインと二人で居ることが嬉しいので断るはずも無いが、そこは小姓である。そんな感情は微塵も出さずに「かまいません」と冷静に答えたのだが……
「よし、じゃあ混んでるから手を繋いでいこう」
 とアインはミファの手を掴んで歩き出したので、たちまち仮面が崩壊してしまった。
「え? あ、あ、は、はいっ!」
 とやっぱり赤面で答えつつ、アインに引きずられるようにして路地を歩いた。
 ミファはアインよりも年齢が上だが、背もアインより頭一つ高い。と言ってもアインがちょっと背が低いので、一般的な同年代の少女達より少し高い程度だ。だがその長身が普段着である騎士服がよく似合い、芝居女優のような容姿になるのだ。そしてその手を引くアインの容姿もまた美少女と言ってよい顔をしており、どう見ても年頃の男女とは見えないのが、ミファには悲しいところである。

 そんな感じで歩いていると、横合いから二人に声がかかった。
「アインく〜ん!!」
 振り向く暇も無くドタタっ!と派手な足音がしたかと思うと、ガバッと一人の女性がアインに抱きついてきた。その瞬間ミファはハッと我に返り、抱きつかれているアインの腰を思いっきり抱きしめ引っ張った。その瞬間「ぐえっ!?」っとぐもったアインの声が上がったが、ミファの耳には届いていなかった。
「うっひゃ〜 ほっぺやわらか〜! 女の子みた〜い!」
 とアインに頬ずりするのはなんと、レムザール令嬢こと、ミスリア嬢であった。
「ミスリア先輩!? 何故ここに?」
「あらミファちゃんも居たの?」
 このミスリアの言葉に、ミファは少々カチンときた。せっかくのアインとの二人っきりの時間を邪魔されたことも手伝って気が立っていたのである。
「もちろんです。私は殿下の小姓ですから。殿下とは常に行動を共にするのが小姓の役目です。ご存じないのですか?」
 すると、そんなミファの少々トゲのある言葉に、ミスリアも癇に障ったのかピクっと眉の端が上がる。
「もちろん知ってるわよ。私を誰だと思っているの? それに先輩に対してその物言いは少々礼を欠くのでは無くて? ミファ”騎 士 様”!」
「これは失礼いたしました。公衆の面前でいきなり男子に抱きつく様な振る舞いをするような婦女子が、よもや”レ ム ザ ー ル 令 嬢 様”だとは夢にも思わなかったもので!」
 一方はアインの頭を、もう一方はアインの腰を力一杯抱きしめながら、超至近で睨み合うミファとミスリア。しかもお互い美少女という事もあり、道行く人も足を止めて二人の様子を眺めている。
(悪い気はしないが、これはマジで痛いぞ、つかやべえっ 息がマジでやべぇ……!)
 アゴ下に完全にミスリアの腕が入り込み喋れないどころか、若干酸欠気味なアインは両手を振ってジタバタともがいている。そんなアインを酸欠から救ったのは別の声だった。
「ミスリア、学校の友達か?」
 その声が響いたとたん、ミスリアはぱっとアインを放すと、すました顔をして「ええ、学校の後輩ですわ」と答えながら振り向いた。その振り向いた先には、コートにハットと言った紳士然とした姿の男が立っていた。
 鬢には若干の年相応の白髪があるが、若い頃から鍛えていたのであろう体躯は羽織ったコートの上からでも解り、歳を感じさせない貫禄があった。そして精悍な顔つきとそこに刻まれた皺が、これまで悠々自適で楽な暮らしをしている貴族にはない、苦労の跡がうかがえた。全体的に質実剛健なイメージを持つ紳士だった。
(なるほど、この人が聖帝宰相、トルヌス・シャル・レムザール伯爵か……)
 アインは心の中でそう呟きつつ、そのコートの男に視線を預けながら居住まいを正した。
「紹介するわ、私の父、トルヌス・シャル・レムザールよ。それでお父様、こちらが……」
 そのミスリアの言葉を遮り、アインはスッと腰を折り、聖帝貴族の礼に則った形で挨拶をする。
「はじめして宰相閣下。私はデルフィーゴ王国第二王子、アインノール・ブラン・デルフィーゴと申します。お会いできて光栄であります」
「お、同じく私はアインノール殿下の小姓を務めます、準騎士、ミファ・トラファウルと申します」
 ミファも慌ててアインノールの後ろで跪き頭を下げた。
「おお、貴殿がアインノール殿下か。ミスリアから聞いて居た。何でも学園では色々と面白い物を造っておられるとか……」
 レムザールはそう言ってアインに向け破顔した。だが、アインは自分の名前が出た瞬間、この目の前の紳士から強烈なプレッシャーを感じていた。
 歳だけを考えるなら、異世界の藤間昴の年齢を合わせればアインはトルヌスと変わらないはずであるが、昴が地球の日本という平和な国で育ったのに対し、トルヌスは軍人であり、人の命のやりとりをする戦場で実戦も経験している。その経験値の差が、見えない重圧となってアインにかかっているのである。
(こりゃ…… さすがは『哲人』と言われる人物だ。すげえ貫禄だぜ!)
 アインは心の中でそんな事を呟きながらも、トルヌスの視線を自分の目で受け止めていた。そんなアインノールの反応にトルヌスは興味を抱いたようだった。
(見た目は少女のようだが…… この者、何か得体が知れぬ)
 トルヌスはアインの中に得も言われぬ妙な違和感を感じ取っていた。たったこれだけの会話とも取れない言葉の交わし合いでそれに気づいたトルヌスは、さすがと言えよう。
「ええまあ、確かに面白いと思います。閣下も是非一度我々の成果を見にいらしてください。新しい時代の力をご覧に入れましょう」
「ほほう、新しい時代の力とな……? 確かにこれは楽しみだ。近々伺うとしようか。では、我らはこの辺で失礼するが、これからもミスリアと仲良くしてくれると嬉しい」
 トルヌスはそう言うと軽くお辞儀をして、ミスリアを伴い去って行く。トルヌスの行く先に、数人のマントを羽織った騎士がおり、その騎士達がすぅっとトルヌスとミスリアをアイン達の視界から隠すようにして歩き去って行った。
「で、殿下……」
 ミファもプレッシャーを感じていたようで、ホッとしたようにアインにそう呟いた。
「アレが、哲人と呼ばれるレムザール宰相閣下か。それにしても凄い迫力だったね」
 とアインが軽く言うと、ミファは目を丸くして答えた。
「殿下は何故あんなに冷静なのか…… 私は思わず腰に手を持って行くところでした」
「いやぁ、冷静なんかじゃ無いよ〜 でもなんか、話のわかるようなおじさんだったよね」
(楽天的な貴族達とは違う、叩き上げの役人って感じだよなマジで…… 会社じゃ上司にしたい人ベストスリーに入るタイプだな)
 そんな場違いなことを考えながら、アインは再びミファの手を取り「そんじゃ、僕らも行こうか」と歩き出した。もちろんミファは再び赤い顔で引きずられていくのは言うまでも無い。

 アインはミファを引き連れて一件の武器・防具店に入った。そしてスタスタと店のカウンターまで行き、店員に名前を告げると、店員は頷きながら店の奥に入っていった。
 アインは普段、こういった剣などの武器にはあまり興味が無い。剣術自体苦手で、稽古も少しだけ、軽く汗を流す程度でやめてしまう。元々身体が弱かったせいもあるが、そう言った肉弾戦には性格的にも向いていないのである。
 そんなアインが、こんな店に入るのがミファには不思議でならなかったのだった。
「あの、殿下…… いったい何を注文したのですか?」
 とミファは聞いたが、アインはにっこり微笑んで「直ぐに解るよ」と嬉しそうに言った。
 程なくして、先ほど奥に入った店員が細長い木箱を持って戻ってきた。アインはそれを受け取ると、木箱を開けた。中には一振りの剣が鞘に収まった状態で入っていた。
 しかし、その剣はミファの持っている細身の剣よりさらに細く、刀身は少し弓なりのように反り返っている。それはミファがこれまで見たことも無い形の剣だった。
 アインは木箱からその剣を木箱から取りだし、ミファに渡した。
「……殿下?」
 ミファは意味がわからずアインに聞いた。
「これは幻象反応金属《ティカナイト》を鍛えて造った刀《カタナ》っていう剣なんだ。これは他の剣と違って、この片刃の摩擦で対象を『斬る』事を目的として造られた専用の武器でね、慣れればたぶん鉄でさえ真っ二つになるよ。ミファの太刀筋には相性が良いかなって思って、ミファ専用に造ったんだよ」
 そう言って差し出すアインの手から、ミファはその刀を受け取った。手にずしりとした重みを感じる。柄には紫の紐が規則的に巻かれており、その柄尻には獅子をかたどったトラファウル家の紋章が刻まれていた。ミファはその紋章に感極まりながらも、ゆっくりと刀を鞘から抜いた。
 ティカナイト独特の、漆黒の刀身が露わになる。まるで吸い込まれそうな鈍い光を放っていた。
「形が同じで、バストゥール用の刀も造ってるんだ。真っ黒い刀身だから、名前は……『影光《カゲミツ》』ってのはどう?」
 アインの言葉にミファは「カゲミツ……」と呟いた。当然日本語なのでミファには意味が解らない。
「古代語でね『影《ダーケ》』に『光《フライシュ》』って意味なんだ」
「影光《ダーケ・フライシュ》…… カゲミツ…… 良き銘です。で、でも何故こんな……?」
 するとアインは少し照れたように俯いて鼻を掻いていた。
「一日早いけどさ、誕生日のお祝いだよ」
 そのアインの言葉にミファはハッとした。ミファ自身忘れていたからだった。幼い頃はよくアインからお祝いの品を貰ったりしたのだが、騎士になってからはそう言う事を自ら断って仕舞ったので、あまり自分の誕生日など思い出さなくなっていたからだ。
 しかしアインが覚えてくれていたことがミファにはとても嬉しかったのだった。
「もっと女の子っぽい物をと思ったんだけどさぁ、これしか思いつかなかったんだよね。無粋な贈り物でちょっとアレだったかな……」
 まあ、世間一般から見れば、男の子が女の子に送る物としてはだいぶズレていると言って良いだろう。しかしアインを守る騎士としての道を志すミファに取っては、この上ない贈り物だった。
「い、いえ、私のためにこんな……」
「そう? 良かった〜 喜んでくれるなら僕も嬉しいよ。この街に来たとき言ったじゃん? 楽しい思い出作ろうって。去年も色々あったし、今年もまた色々あると思う。だからその初っぱなにミファに贈り物が出来たって事は、楽しい思い出だろ?」
 そのアインの言葉で、ミファの涙腺は崩壊した。
「し、しょうがい…… ひっく、だいじに、ひっく…… づかわせて いただぎまずぅ……うう」
 流れてくる嬉し涙を必死に拭くミファだったが、いくら拭いても止まらなかった。そんなミファの頭を、アインは少し背伸びをして撫でるのであった。

 彼女、ミファ・トラファウルはこの時の言葉通り、この愛刀景光を生涯使い続け、戦場で幾度となく主であるアインノールの危機を救ったとされる。そしてその黒い刀身は、彼女の意志の強さを象徴するかのように、彼女の墓に収まるまで一度も刃こぼれしなかったという。


14.お金が無い

新しい年が始まり、帝立ドルスタイン上級学院も授業が始まった。
 アインは相変わらず一般教養の授業はアイデアを羊皮紙に書く時間に費やし、選択学科からそのまま放課後まで錬金科の実習室で過ごすというサイクルを繰り返す毎日だった。
 バストゥールは、年明け早々の休校日に、耐久試験と称して、グラウンドをひたすら走り続けるという、スポ根アニメじみた試験を敢行し、通常六時間、全力稼動で四時間という結果が出た。
 アインはこの結果が不満だったようで、通常稼動で最低でも八時間の稼動が必要として、冷却水を冷やすためのファンを増設し、更に稼働時間を通常十時間、全力六時間まで伸ばすことに成功した。
 そしてこの時点で一次装甲の上に、外殻装甲としての鎧を装着させ、『疾風』四型とした。以後、これを正式に『疾風』と呼ぶようになる。

 三機の疾風に外殻装甲を被せ、益々人間の騎士の様な姿になったバストゥールは、今や錬金科の看板作品となっている。
 最近ではその疾風同士での模擬戦などを行うのだが、運動系部活動の活動を妨げる為、グラウンドを使うことが出来ず、疾風の稼働場所をアーノルド講師に相談したところ、アーノルドが校長に掛け合って、今後生徒が増えた時の為に空けておいた新規校舎建設予定の空き地を使わせて貰えることになったのだ。
 そこでアインはその場所に簡単に撤去出来るような仮設の整備場を建て、電磁甲冑機兵《バストゥール》用演習場としたのである。
 整備用家屋はアインの発案で、ボルト、ナットで支柱と梁を繋ぎ、壁や屋根は同じ形の大パネルを作りしておき、現地で組み立てるという、プレファブもしくはパネルハウスの工法を採用した。もちろんこれは異世界人である藤間昴の知識に基づいた技法である。
 組み立てには疾風を使用し、きわめて短時間での設営を可能にした。バストゥールは人間と同じ五指を備えた手を持っているので、こういった重量物の組み立て作業には向いており、作業重機としての活用も実証できたのである。
 また、この仮設整備場には小型の電磁エンジン一機と複数の大型バッテリーが設置されており、整備場内の照明は電気照明、作業用滑車や重量部品の吊り込みガッチャなどは電動式を採用するなど、近代的な施設となっていた。これらの設備は、後に聖帝軍で戦闘時の野営陣地設備として採用される事になる。

 寒空の中、地鳴りのような音と共に地面が震動し、『錬金科・電磁甲冑機兵《バストゥール》野外演習場(仮)』と書かれた大きな立て札が小刻みに震えている。
 そして時折、コーン、コーンと、大木に斧をぶつける様な音が辺りに響き渡る。知らない者なら、こんな学園の敷地内で、木を切る木こりが居るのかと首を捻るだろう。
 しかしその音の原因をその目で確かめた者ならば納得がいくだろう。いや、知らない者ならば、たとえ自分の目で見たことでさえ、にわかに信じられない思いであろう。
 なぜなら、この寒空の下でその音を鳴らしていた者達は、身の丈一八フィメ(約九メートル)にもなる鉄の巨人なのだから。

『もらったぁぁぁっ!!』
 と右肩に『弐』と書かれた鉄巨人、電磁甲冑兵《バストゥール》『疾風』が拡声器で増幅された大きなかけ声と共に、右手に握った巨大な木剣を横凪に振るった。それに対し、同じく右肩に『壱』と書かれた疾風が、その必殺の間合いで放たれた一撃を間一髪で交わし、しかも腰を捻って無理な姿勢から左手に装備された盾の先で、なんとその木剣を握った手を打ち付けた。その衝撃で握っていた木剣は、その手から離れ、くるくると回転しながら後方へ飛んでいった。
『はい、それまでっ!!』
 野外に建てられたテントから、拡声器で増幅されたミファの声が響き、二体の疾風は動きを止めた。そして『弐』と書かれた疾風は後ろに転がった木剣を拾い、両機ともそろってテントの前まで来たところで、腰を折り、膝を地面について腹這いになった。どことなく肩を落としてがっくりとうなだれてるようにも見える少々情けない姿だが、この姿勢がバストゥールの駐機姿勢である。
 この姿勢になると、バストゥールが頭をもたげるようになり、ちょうど人間で言うところの延髄に当たる部分にある操縦席への乗り込み口からの乗降の際に、頭が足かけになって降りやすくなるのだった。
 キューンと言う、渡り鳥の鳴き声の様な音が静まり、肩に『弐』と書いてあった疾風の搭乗口の蓋が開いて、中から学院の制服を着た女生徒が出てきた。
 頭には羊の皮に綿を仕込んだ、首筋近くまである帽子を被り、肩と胴、そして肘や膝、拗ねの部分にも同じような綿を仕込んだ皮の鎧のような物を制服の上から着込んでいる。
 その女子生徒は、首をもたげた状態の疾風の頭に足を掛けて、ひょいと地面に飛び降りた。その際にふわりとスカートの裾がまくれ上がるが、中には膝上まで身体にフィットした黒い下履きを履いているため、下着が露出することは無かった。
 すると、隣に駐機した、肩に『壱』と書かれた疾風からも同じような格好をした生徒が出てきて、同じく地面に降り立ち、頭に被った帽子を取った。騎士科一年で、疾風壱号機の副試験操縦士であるガッテだった。
「く〜っ! ミファには解るけど、あんたにまで負けるなんて…… 不覚を取ったわっ!」
 そう言いながら帽子を脱ぐ女子生徒は、騎士科二年のミランノ・マイセンだった。彼女は疾風弐号機の副試験操縦士である。
「最後のはちょっと焦ったけど、疾風の慣熟じゃ、俺の方がまだ上ですね、せ ん ぱ いっ!」
 とガッテは外した手袋をぷらぷらさせながらミランノに笑いかけた。そんなガッテの仕草にミランノは「くやし〜っ! あのどや顔っ!」と地団駄を踏んだ。するとそんなミランノにミファが駆け寄って声をかける。
「先輩も惜しかったですよ。ただちょっとガッテに一日の長があったって事ですね。ですがかなり乗りこなせてると思います」
 そう言うミファにミランノは苦笑する。
「そりゃ、このところ毎日乗ってるからね…… しかしミファには及ばずとも、先輩としてあの一年坊には勝ちたかったぁ〜!」
 ミランノはそう言って両手で頭の赤毛をかきむしった。肩までの綺麗なウエーブがかかった髪が台無しである。しかしミランノは気を取り直し、頭に被ってた皮の防護帽子を肩に引っかけ、目の前で駐機姿勢を取る疾風を見上げた。
「でも、面白いよコレ! ホントに自分がおっきな巨人になったようでさぁ。すっごい力持ちになれるし、こんなおっきいのに馬より早く走れちゃう」
 そう子供のようにはしゃいだ声で言うミランノにミファも同意して頷いた。自分の身体に身につけた剣技が、自分の身体にきわめて近い動きで鉄の巨人に再現される実に素直な操作性。それはまるで自分の身体が巨大化したような一体感を生み出す感覚で、一度体験すると病みつきになるのだった。
「一騎当千って言葉があるけどさ、この疾風なら本当に千人の兵隊を相手にしても負ける気がしないよ」
 ミファも確かにそう思う。この電磁甲冑機兵《バストゥール》というキカイは、これからの戦の概念を一変してしまう可能性を秘めている。
「でもたった三体ってのは少なすぎるよね。あ〜あ、一〇体くらいあれば、もっといっぱい乗れるのになぁ…… ねえミファ、アインノール君は、その辺りどう考えてるのかな?」
「さあ、私には何も…… 私は殿下について行くだけですので」
 とミファは答える。実際にミファも、アインがこれからどうするのかを、何も聞かされていなかったのである。そんなミファの答えにミランノはため息をついた。
「そっか、ミファも聞いてないのかぁ…… 増やしてくんないかなぁ、疾風」

 そのアインは、演習場の整備場で模擬戦の様子を眺めていた。そこに、結局疾風の機体整備長をやることになったログナウがやってきてアインに声を掛けた。
「なあアイン、とりあえず疾風は完成したけど、これからどうすんだ?」
 するとアインは「ああ、バーン先輩……」と答え、少し渋い顔をした。
「そのことなんですが、実はですね、昨日アーノルド先生に呼ばれまして……」
 と話を切り出し、事の次第を説明し始めた。
 昨日アインは錬金科講師であるアーノルドに呼ばれ、彼の執務室を訪れた。その理由は、錬金科の予算に関することだった。
 実は今年の錬金科の年間予算が、もうほとんど残っていないらしいのである。その原因は、もちろんこれまで電磁甲冑機兵《バストゥール》開発にかかった費用であり、その費用総額は科の年間予算の実に九割に上ってしまっているらしい。
 今期は何とかアーノルドが校長に頼み込んで増額して貰ったが、来期の予算では、電磁甲冑機兵《バストゥール》三体の整備費用に充ててしまったら、通常実習が出来なくなってしまうとのことだった。
 アーノルドとしても、今回の結晶回路や電磁エンジン、そして電磁甲冑機兵と、革命的な技術を生み出した成果を校長に説明し、予算増額をお願いしたのだが、現在学園の経営も中々難しく無い袖は振れないとのことで据え置きとなってしまったのだそうだ。

「――――つまり、お金が無いので何も出来ないのですよ……」
と、アインは演習用仮設整備場に集まった生徒達に事の次第を説明し、ため息をついた。
「ある程度予想はしていたが、そこまで切迫していたとは……」
 ログナウはそう言ってうなだれる。他の生徒達も皆同じように「はぁ……」とため息をついていた。
「私も父上にお願いしたいところなんですが、エンジン四機と結晶回路用に純ゲルベミウム綱石を横流しして貰うために『必殺おねだり券』付きの手紙をもう二回も送ってしまったので、そろそろ…… いや、でももう一回ぐらいは……」
 そのアインの告白を聞いてミファは目を丸くした。
「で、殿下! 鉱物採掘は我が国の数少ない財政源の一つ。そ、それを国王に自ら横流しさせるなど…… 言語道断です。御自重くださいっ!」
 アインの父、デルフィーゴ王国現国主であるアイバン・ブラン・デルフィーゴ八世は何かとアインには甘い。幼少の頃から病気がちであり、一時は危篤となり宮廷医師から臨終を告げられるも、持ち直した事も原因の一つであるが、それに和を掛けてアインも、その少女のような容姿でおねだりをするので、激甘な溺愛ぶりになっている。
「あ―――― 怒られちゃいましたね。まあ、そういうわけで、僕ももう囓る脛が無いのです」
(確かにパパりんは何とかなりそうだけど、ママりんはそろそろマジでヤバそうだしな)
 と心の中で呟くアインだった。
「けどさ、このまま行くと、錬金科そのものがやばくない? 僕は商業科所属だからあれだけど……」
 とレントが言う。すると結晶術科の生徒も「ウチもヤバイかも……」などと呟きだした。結晶術科も、アインが国元から送って(横流し)貰った純ゲルベミウムを結晶術用の結晶石に加工して貰う為に、加工屋に出しているのだが、その量が尋常では無く、かなりの加工費がかさんでいたのだった。
「このままでは実習が出来ずに単位が取れないという自体になりかねませんね」
 アインのその言葉に、錬金科と結晶術科の生徒達は響めいた。そのほか、レントや、手伝いで来ている騎士科の生徒も気の毒そうにしている。
「う〜ん、確かに責任の一端は僕にもあるわけだし……」
 と呟くアインに、集まった生徒全員が『一端どころじゃ無えだろうっ!!』と、心の中でツッコミを入れる。
「ここは、奥の手を使いましょう」
 とアインはパンと手を叩いて言った。そんなアインに嫌な予感がしたミファがすぐさま予防線を張る。
「殿下! 国元はダメですよ!」
「ううん、違う違う――――」
 とミファのツッコミにアインは首を振った。
「この電磁甲冑機兵《バストゥール》を売りに出しましょう!」
 そう言ってアインはにっこりと可憐な笑顔を披露したのだった。


15.悪女(?)のウインク

 アインの衝撃発言から一夜明けた翌日の放課後、錬金科の実習室で新たな試作品の図面を引いていたアインは、一人の騎士科女子から襲撃を受けた。

「ちょっとどういう事よアインノール君! 疾風を売るなんて私は絶対反対よ! 納得できないわっ!」
 と言いながら、アインの前でバンバンと机を叩くのは、騎士科二年の女子生徒、ミランノ・マイセンだった。
 彼女は昨日私用で、疾風を格納した後、直ぐに帰って仕舞ったのでアインの話を聞いておらず、今日になって同じ科の生徒からその話を聞き飛んできたのである。
「あちゃぁ……」
 形の良い眉を寄せて顔をしかめるアインに「あちゃぁ、じゃないわっ!」と更にババンっ! と一際強く机を叩いた。赤い髪がまるで燃えているように見えるのは気のせいだろうか?
「そりゃあ、あたしは騎士科だし、乗るぐらいしか手伝えないけどさ、でもあの子にかける愛情は、錬金科や結晶術科の生徒に負けないつもりよ。みんなで一緒にここまで育ててきたんじゃない! アインノール君はあの子達を生み出した親も同然でしょ? それなのに簡単に売るだなんて、愛が足りないんじゃないの!?」
 と、えらい剣幕でまくし立てるミランノに、周りの生徒はそぉっと席を離れていく。
(なんか、途中から離婚調停の夫婦みたいな会話になってなかったか?)
 とアインは彼女の剣幕に引きつりながらも、そんな呑気な事を考えていた。
「ま、まあ先輩、まず落ち着きましょう」
「これが落ち着けるわけないでしょ!? やっぱり男なんていつもそうよ! 喜ばすだけ喜ばして、面倒になったら直ぐにポイ…… あの子達も作るだけ作っておいて、お金がないからって…… あなた、あたしとあの子達を捨てるのね!」
「ちょ、ちょっと待ってください先輩? いったい何の話をしてるんですか!?」
 なんだか妙にリアルでおかしな方向に暴走しつつある話に、アインは慌てて軌道修正を図る。
(機体を擬人化するのはパイロットには良くある話だけど、内容が妙に生々しくて嫌すぎるっ!)
 そのうちミランノは「あたしはどうなってもいいから、あの子達を売らないでよ〜」と超絶に人聞き悪い台詞を大声で叫びながら泣き出してしまい、困ったアインがあたふたしていた。
 それを目撃した生徒は、後日に『夫婦の痴話喧嘩にしか見えなかった』と証言している。

「それで…… 売るけど売らないってどういう事よ?」
 アインは泣いて大騒ぎするミランノに必死に説明し、どうにか落ち着いたミランノがハンカチで目元を拭きながらアインにそう聞いた。アインはヤレヤレと言った様子でため息を吐きながら説明し始める。
「流石に僕も今すぐあの機体を手放したりしませんよ」
 その言葉にミランノはジト目をアインに向けた。
「だって、あたしはそう聞いたんだもん……」
 するとアインは「ええまあ……」と頷いた。
「維持するお金すら厳しいのは事実なので、売るには売ります。でも僕はですね、あの三体の疾風を手元に置きながら、さらにもっと色々なバストゥールを沢山作れるぐらい、お金が入って来ないかなぁって考えているんですよね……」
 そう言って薄く笑うアインにミランノは「はあ?」と首を傾げた。
「それが出来たら最高だけど…… そんなの無理に決まってるわ。品物が手に入らないのに、お金だけ払う奴なんているわけないじゃん」
 まるで禅問答の様なアインの答えに、ミラノンは訳がわからないといった様子だった。
「僕が売ろうというのは、このバストゥールの技術です」
「技術……?」
 ミラノンはそうオウム返しにアインに聞き返す。するとアインは「ええ」と頷き微笑んだ。極め付きに可愛く、可憐でとろけそうな笑顔だが、その笑顔はこの少年が何かを企んでいる時の顔だということを、ミラノンはこの数ヶ月で学んでいた。
「バストゥール単体単価なんてたかが知れてます。しかも我々には数を揃える設備も人員もない。だったらそれより製作ノウハウを売った方が遥かに効率的かつ合理的、でもって高く売れます。まあ僕的にはせいぜい吹っかけるつもりですけどね、ウフフフっ……」
 以前どこかで『悪女の笑みほど人を惹きつける』と聞いたことがあるが、それは「男」にも当てはまるなと、ミランノはアインのその笑顔を見ながら改めて思った。
「で、でも売るって言ったって、いったい何処に売りつけるのよ?」
 するとアインは「そうですね……」と呟き、少し考える仕草をしてからミラノンに言った。
「あれはこれからの戦争のあり方を根本から変えてしまいますからね。その力がはっきりすれば、どこの国も欲しがるでしょうけど、僕が考える最有力はもちろん聖帝軍です」
 この答えにはミラノンも薄々は予想していた。順当に考えたらそうだろう。しかし――――
「そんなに上手くいくかしら…… 聖帝軍は今再編中みたいだし、忙しくてそれどころじゃ無くて相手にして貰えないんじゃ無い?」
 するとアインはフフンっと鼻を鳴らして微笑んだ。
「僕は再編中だからこそ食いつくのでは? と思ってます。僕の算術では、電磁甲冑機兵《バストゥール》は一体で人間の兵なら大隊規模の戦力に匹敵すると予想していますから、弱体化して戦力が低下している聖帝軍には手っ取り早く戦力を補強できる切り札になると思うんですよ」
 この時代、基本的な最小戦闘単位は歩兵であり、剣や槍で攻撃する生身の人間である。アインの言った大隊規模というのは、これらの戦闘可能な兵員が約五〇〇人から六〇〇人程度の戦闘集団を意味する。
 聖帝軍はこの大隊を八隊程度に、補給、経理、調査等の支援部隊を合わせ、それらが独立して軍事行動を行える戦闘集団を師団(約一万人)と称しており、聖帝直轄軍はこの師団を四師団保有している。つまり直轄軍だけでも約四万人の兵がいることになり、通常『聖帝軍』というのはこの『直轄軍』を指す言葉である。
 最も兵数を保有しているとされている有力諸国でも二万から二万五千人ほどである事を考えれば、単純に兵力だけなら聖帝軍の兵力は聖帝領最大の戦力であり、有事の場合にはこの直轄軍に加えて各国の派遣軍が合流するのでその数は十万ほどになるのである。
 弱体化したとは言え未だにその単独動員兵員数は侮れず、各国も単独での反旗は不利と考えなりを潜めていると言ったところで、その聖帝軍の兵員数が抑止力となっているのだった。
 アインの算術が確かなら、電磁甲冑機兵《バストゥール》を一〇〇機もそろえれば、単純計算で現在の聖帝軍を凌駕する兵力になると言うことになる。それは同時に、この戦力バランスを崩す事を意味している。
「僕としても現在の危うい軍事均衡を考えるなら、他国に売るのは危険だと考えてます。聖帝軍には是非とも抑止力として各国に睨みを効かせて貰わないといけませんからね。でないと我が国もあっという間につぶされてしまいます」
「でも、そしたらアインのところのデルフィーゴ王国が作れば良いんじゃないの? バストゥールが何機もあれば他国が攻めてきたってへっちゃらじゃん?」
 そう言うミランノにアインは苦笑いをして首を振った。
「出来ればそうしたいのは山々ですけど、あれを増産する国力は我が国にはありませんよ。それに国元の重鎮達は頭の固い連中ばかりですし、現在の聖帝領の軍事均衡がいかに危ういかを国王ですら知りません。財政を傾けてまであれを作ったら内乱が起こっても不思議じゃ無いです」
 アインのその答えにミランノは納得する。ミランノも実家はガッテと同じトルーカスの一領主である。トルーカスも歴史の古い国で、昔の風習を色濃く残しており、割と革新派である自分の父も『上は何も解っておらぬ』と良くこぼしているのを耳にするほどで、アインの言うことにも頷けるものがあったのだ。
「ですからなんとしてでも聖帝軍にはこの技術を買っていただきたい。でもただ同然では僕の次の発明に使う資金が得られない。なので出来るだけ高く買って欲しい。それも色々と色を付けて…… その辺りの交渉に他国を臭わせるのはありでしょう」
 そう言ってアインはまたクスっと微笑んだ。そんなアインを見てミランノは眉を寄せていた。
「ねえアインノール君、君今とってもいや〜な顔して笑ってるわよ? とても一四には見えないわ……」
 そう言うミラノンにアインは「うそ? それは怖いなぁ、ホントに?」と言って両手で頬を揉む。そんなアインは本当に可愛い少女のようだった。そのギャップにミランノは肩をすくめてみせた。
「でも聖帝軍と交渉って…… 具体的にはどうやるつもりなの?」
 するとアインは「ああ、それはですね……」と前置きしてミランノを見る。
「コネを使います。コネは使ってこそコネなのです」
「はぁ? コネって……?」
 するとアインは人差し指を立てて頷いた。
「幸い本校には、とても都合の良いことに聖帝軍に最高のコネを持つ方が在学しておられます。持つべき者は、コネのある先輩ですね」
 そのアインの言葉に、ミランノはピンときて驚きの声を上げた。
「あ、あなたまさか!?」
「ええ、もちろん本校学生会の会長にして、現聖帝宰相トルヌス・シャル・レムザール伯爵閣下のご息女、ミスリア・シャル・レムザール嬢です」
 アインはそう言ってミランノに極上の笑顔でウインクを送ったのだった。


16.ネゴシエーション

「――――ってマイセン先輩には言ったものの、どうにもねえ……」
 と、アインは歩きながら呟いた。
 数日後、アインは放課後になってからミファと共に学生会本部に赴いた。もちろんミスリアに会うためである。
 だが、アインはミスリアに会うのは正直微妙だった。彼女のキャラが少々苦手だったからである。
(あの娘のノリは正直疲れるんだよな。若干腐女子っぽいし…… 池袋とか連れて行ったら狂喜乱舞するんじゃねえかマジで)
 と、異世界で見かけた特殊な趣味の娘達と、その聖地とも呼ばれる街を思い出していた。
 一方ミファもまた、彼女に会うのはちょっと抵抗がある。どうも彼女は、アインに好意を持っているようで、会えば思わせ振りな言葉を投げ、触り、抱き付いたりするのでミファにはどうにも油断ならない相手なのである。しかもそんなミファの気持ちに気付いているフシが見受けられ、変に自分に見せつけようとしている気がしてならないのだった。
「気が進まなければお会いにならなければよろしいではありませんか?」
 と言うミファの言葉に若干のトゲを感じたアインは軽く首を傾げた。
「う〜ん、でもレグサーム宰相閣下と直接交渉するには、ミスリア先輩に頼むのが一番手っ取り早いんだよな…… ってねえ、なんかミファ怒ってない?」
「いいえまったく!」
 そう即答するミファにどうも釈然としないアインだったが、何が原因かわからないアインは「そうかなぁ?」と呑気にこぼしながら歩いて行くと、程なく学生会本部のドアの前に着いた。
 アインは一瞬躊躇い、はぁと溜め息をついた後ドアをノックした瞬間、「ああっ! アイン君だ〜!」と言う声と共に、後ろからスリーパーホールドを掛けられ、アインは「ぐえっ!」と呻いた。もちろんミスリアである。
 そこにすぐさまミファが「な、何やってるんですかっ!?」と叫びながらミスリアを引き剥がし掛かり、アインはまた首が決まった状態でジタバタもがいている。
(た、たんまミファ! チョークだチョーク! マジで決まってるってぇぇっ!?)
 薄れゆく意識の中で、アインはそう心の中で絶叫していた。

「ゴメンね、せっかく来てくれたのに待たせちゃって。ちょっと演劇部に顔を出していたから……」
 本部内に二人を招き入れたミスリアは応接用のソファに二人を座らせ、そう言ってカフィエを淹れて二人の前に置いた。室内にカフィエ独特の上品な香りが漂う。
 二人はミスリアに礼を述べ、カフィエを啜ると、まず先にミファがちょっと驚いた様な声を漏らした。ミファはこの聖都に来て以来、このカフィエにハマっており、毎日飲んでいるのだが、それは学園のカフェテリアで出されるものとは比べ物にならない程美味しかった。
「これは、美味しい……!」
 するとミスリアはフフっと微笑みながら「でしょう?」と言って自分も一口啜ってカップを置いた。
「ダンブルはジャストン産の最上級茶葉よ。ダンブル国から直接送ってもらってるの。私はこのまろやかな味わいが好きなのよね」
 そういうミスリアにミファは力強く頷き、ハっとして軽く首を振った。
(イカンイカン、相手のペースに乗せられるところだった……!)
 とミファは改めて心の中で呟いた。因みにミファは基本食べ物、飲み物で釣られやすい。
「先輩は演劇部も掛け持ちしてらっしゃるのですか?」
 とアインが聞くとミスリアはちょっと苦笑しながら首を振った。
「掛け持ちって程じゃないわ。ただ、私はお話を作るのが好きでね、脚本の助っ人を頼まれてるのよ」
 それを聞いたアインは、その脚本の内容はあまり触れないようにしようと思った。なんだか妙に胸騒ぎがしたのである。
「それで、今日はいったい何の用だったの?」
 するとアインは改めてミスリアを見つめ、話を切り出した。
「実は先輩に折り入ってお願いがありまして……」
 そんなアインにミスリアは形の良い眉を寄せた。
「私に? 何かしら?」
「先輩のお父上、レムザール伯爵にお会いしたい。それも出来ればこの学園で…… 先輩にはその取次ぎをお願いしたいのです」
 アインのその言葉に、何を勘違いしたのか、ミスリアはチラリとミファを見て、急に頬を染めて俯いた。
「そ、それは随分急な話ね。それに、私は十七歳だけど、アインノール君はまだ十四歳でしょう? まあでも、こ、こ、婚約って言うなら構わないのかも……」
 そのミスリアの言葉に、ミファはカフィエを飲み誤り思い切りむせてしまった。
「ごほごほ……っ、こ、ここ、婚約っ!?」
 するとミスリアは少し意外な顔をしてミファに言う。
「あら、聖帝貴族なら良くある事よ? 良縁なら一桁でも婚約することだってあるもの」
 ミスリアの言葉に、ミファは目の前が真っ暗になっていた。確かに聖帝伯爵家の令嬢、しかも現当主が聖帝宰相を務める聖帝の重鎮中の重鎮となれば、デルフィーゴ王家にとりまたとない良縁であることは間違いない。
 ミファの頭の中に『婚約』『良縁』の二文字がグルグルと回り、自分の想いと王家に対する忠義とが壮絶なバトルを繰り広げはじめ、思考能力が一気に失われてしまった。
(やっぱりこの娘はちょっと疲れるわ……)
 と心の中で呟きながら、アインは溜め息をついてミスリアに言った。
「何を勘違いしているのかわかりませんけど、僕が宰相閣下にお願いしたいのは、僕ら錬金科と結晶術科で作った電磁甲冑機兵《バストゥール》の件についてですよ?」
 その瞬間、ミスリアの表情が固まり、続いてみるみるうちに赤くなっていった。
「あ…… そ、そうよね、や、やだもう、冗談よジョーダン! 本気にしちゃったかな〜? アインノール君には、ちょっと大人な冗談だったかな〜? おほほほほ……っ」
(結構痛い天然だよな、この人……)
 アインとミファに背を向け、左手を腰、右手を口元に持っていき、乾いた高笑いで誤魔化すミスリアにアインはそんな事を思った。
 一方先ほどのショックで意識が石化しているミファは、ミスリアの言葉が全く聞こえていなかった。

「えっと、それで私は父にどうしろと?」
 と、一転して宰相令嬢の顔に戻ったミスリアが真面目にそう聞いてきたので、アインはその切り替えの速さに舌を巻いた。
「年始にお会いした時に、近いうちに伺うと仰られてましたし、そろそろ如何かなって思って。見に来て頂けないものかと……」
 するとミスリアは苦笑した。
「ははぁん、さては父に売り込もうと言うのね。でも果たして上手くいくかしら? 父はああ見えてなかなか老獪よ。あんな鉄の人形に軍がお金を出すとは思えないわ」
 ミスリアの言葉に、今度はアインが苦笑する。
「さあ、どうでしょうね。あれの価値がわかる目を持っているならば、欲しがるとは思いますけど?」
 正直ミスリアはバストゥールが実際に稼動しているところを見たことがなく、アイン達のバストゥールがそれほど価値があるとは思えなかったのだ。
「僕としては、聖帝軍で量産配備が出来れば良いと思ってますし、先輩にもお世話になっているので先に声を掛けたのですが、ダメならそうですね……」
 とアインは少し考えるそぶりをした。そしてミスリアをチラッと見てからこう言った。
「マルゴーンのドミター大公閣下のところにでも持ちかけましょうか」
 アインの言葉は、その可愛らしい声と笑顔とは裏腹に部屋の空気を一瞬で凍り付かせた。その雰囲気に、さしものミファも正気に戻る。
「あ、アインノール君、それが何を意味するのか…… この私を脅すつもり?」
 そう言うミスリアには、先ほどまでの天然なお嬢様の姿はどこにも無く、聖帝貴族、それも実質その中枢にある宰相家の令嬢たる憮然とした気配を身にまとっていた。
 アインはそんなミスリアを見ながら、わずかに微笑する。
(なるほど、虎の子は小さくても虎というわけね。お父さん譲りのプレッシャーはたいしたもんだ。これでまだ日本じゃ高校生なんだから恐れ入るよマジで)
 とアインはミスリアを心の中で賞賛する。だがアインの次の言葉は、さらに度肝を抜く物だった。
「はは、まさか。あくまで僕の独り言です。そもそも『密書の内容を使者に相談するほど愚か』じゃありませんからね」
「で、殿下……っ!?」
 思わずミファはそう呻き、ミスリアはこの言葉を聞いた瞬間椅子から立ち上がり、アインを睨みながら両の手の拳を握りしめた。
 つまりアインは『あんたじゃ話にならんから、さっさと親父を連れてこい』と、暗にミスリアに言ったのである。自分より三つも年上であり、学園の先輩であり、そして聖帝宰相の娘であるミスリア相手に、それは非常に無礼な事である。
 だがアインは、涼しい顔をしてテーブルのカップを手に取り、カフィエを啜っていた。
 一方ミスリアはそんなアインを見ながらワナワナと肩を震わせていたが、暫くしてゆっくりと再び席に着いた。実際に見たことは無いが、騎士科の生徒達からはアインの電磁甲冑機兵《バストゥール》の噂は耳にしている。中には一体で千の兵と渡り合えるなどと言う大言壮語な話も聞いた。しかしミスリアは眉唾物だと想っていた。
 だが、ドミター大公の名前を出されれば、レムザールの家の者としては無視できない。ミスリア自身には軍事的な知識は皆無である上に、判断を誤れば取り返しの付かないことになるかも知れない。悔しいが自身で判断が出来ないミスリアは父を呼ぶしか選択肢は無いのである。
 三歳も年下の後輩にやり込められる悔しさ、それが少なからず好意を抱いてたアインだった事、そしてそのアインを見込んでいた自分の目を誇る気持ちとがない交ぜになって、少し冷静さを取り戻したのである。
(アインノール…… おそろしい子!)

「わかったわ、父に話してみましょう。でも私が出来るのはそこまで。父を頷かせるかどうかはアインノール君次第よ。といっても、君なら何とかしちゃうんでしょうね」
 そう言ってミスリアは呆れたように言った。
「ところで、私への見返りもとーぜんあるのよね? アインノール君?」
 そう言うミスリアに、アインは「まあ僕に出来ることでしたら……」と答えた。その答えにミスリアは笑顔で大きく頷いた。その笑顔を見た瞬間、アインは少し後悔した。
「では、アインノール君とミファちゃんには、今年の学園演劇会の主人公とヒロイン役をやってもらいます。騎士役はミファちゃん。お姫様役はアインノール君ね」
「「はあぁっ!?」」
 とアインとミファは二人同時に声を上げたのだった。

 そして数ヶ月後の演劇会にて二人は不本意ながらも舞台に立ち、性別逆転の劇を見事に演じきり、観客から絶賛されることになる。
 


17.凶獣襲撃事件

  聖帝領のあるカルバート大陸は、北に行くほど暖かく、南に行くほど寒い。このことから考えても、このカレン界が惑星であり、カルバート大陸は太陽の通る赤道から南半球に位置する事が推測できるのだが、このカレン界の文明水準ではそれを推測することすら出来ない。
 そもそも、海洋航行の技術が未発達であり、南に海を望む周辺諸国も近隣海域での海洋漁業のみで、外洋への長距離航行能力を持っておらず、外洋への調査は手つかずになっているので、カルバートと呼ばれるこの大陸以外に大きな大陸が存在するかどうかも全く解っていないというのが現状である。
 その聖帝領北部に位置する大国マルゴーン王国は、暖かな北風の吹く肥大な緑の恵み多き国で、サンズクルス聖帝の属国の中でも指折りの豊かな国でもある。
 しかし、この恵まれた北の大地にはその自然の恩恵の代償としてか、他には無い災害が存在する。それが、『凶獣』と呼ばれる、大きい物では体長高二〇フィメ(約一〇メートル)を超える巨大生息生物により引き起こされる被害、『凶獣災害』である。
 現在、聖帝内でこの『凶獣』認定されている生物が数種類存在するが、その生物が活発化する時期には独特のアルゴリズムがあるようで、種によっては一〇年〜一五年周期で大量発生、及び活発化するものなどもあり、その生態調査は古くから行われている。
 因みに、この凶獣は北部にしか棲息が確認されていない。これまでの生態調査から、凶獣は体内での熱の生成とその蓄積器官が余り発達しておらず、寒冷地ではその活動が極端に低下することがわかっている。棲息分布域が北部に偏っているのも、その辺りが理由と考えられていた。
 その中でも凶暴な種類である『タイトゥーヌ』と呼ばれる巨人種の活動が今年は活発化する年であった。
 タイトゥーヌは体高一六〜二〇フィメ(約八〜一〇メートル)の人型生物で、顔には口や鼻、耳は存在するが眼球が存在せず、大木を棍棒代わりに使うなどの単純な道具は使えるが、基本的に人間のような高度な知能はない。
 しかしその巨体から発する攻撃力は見た目からの想像以上に強力であり、討伐にあたる兵員数が大隊規模の数を持ってしても討ち取れるかどうかと言ったところで、人類から見れば非常に危険な災害生物であった。
 しかも当然のように肉食で、活発期には村や町を襲い人を食らうのである。その食欲は旺盛で、一体のタイトゥーヌに一回の食事で人間二〇〇人が食われたと言う記録も残っており、小さな集落などは、襲われれば三時間ほどで食い尽くされてしまう。
 昨今、聖帝では北の諸国から、このタイトゥーヌの多数の目撃情報が寄せられており、現在は聖帝軍から調査班約五〇〇人が派遣され調査に当たっていた。

 その夜は、冬のこの時期であっても北部特有の緩やかな北風の吹く、寒さが和らいだ夜であった。
 国境から北にはカレート大樹海と呼ばれる巨大な森が広がっており、その向こうには、大陸を隔てるカレー大連峰の峰々が月明かりに照らされ黒い影を落としている。
 カレート大樹海は未だ人類の手が入ってない手付かずのカレン界の自然が残っており、数多くの凶獣が棲息しているとされ、別名『凶獣の箱庭』とも呼ばれていた。
 凶獣は基本的にこの森からはあまり出てこないのだが、活性期に入ると森から出て近くの村や町を襲うのである。
 聖帝軍の凶獣特別調査第四隊は、このカレート大樹海にほど近いノルダと言う村に連絡用ベースを置き、五十人程の小隊で調査を行っていた。
 この場所で調査を始めてから約一月が経つが、今日までこの隊では、足跡などの痕跡は発見するものの、未だ凶獣を目撃してはいなかった。
 もっとも、今は季節は冬であり、もともと凶獣が寒さに苦手ということも原因だろうと思われるが、元々この辺りは調査前の報告でも目撃例が上がってない地域で、隊を預かる騎士であるクローブ・アミツミスも、週明けの明後日にはベースを次の調査地に移動しようと考えていた。
 そんな状態であった為、隊員達の気も緩んでいたことは事実だった。

 一早くその異変を察知したのは厩に居た馬たちだった。そしてその馬が急に嘶き、それを聞いてクローブは妙だなと思った。
「何だ?」
 オイルランプの灯りで羊皮紙に調査記録を付けていたクローブはそう呟き、寝台の横に立て掛けていた剣を持ちながら立ち上がった。
 野生の馬ならばともかく、調査で使っている馬は軍馬として訓練されており、それが厩で嘶など、そうあるものではない。しかも一頭だけではなく厩で休んでいる馬がすべて一斉になどあり得ない。
 クローブは調査のため村長から借りている屋敷を飛び出し厩へ急いだ。
 厩では、今夜の当番であった若い兵が馬たちをなだめようと悪戦苦闘していた。クローブはその当番の若い兵に訳を聞いた。
「何の騒ぎだこれは? 何があった?」
 だが若い兵は首を振った。
「わかりません。自分も何が何やらさっぱりです。こんなに怯えたのを見たのは初めてですよ」
 その兵の答えにクローブは首を捻る。
「馬が怯える……?」
 クローブがそう呟いた瞬間、足元の地面が微かに振動したように感じた。クローブはその振動にハッとして、急いで外に出た。
 村の住民達はすでに床に就き寝静まっている。雲ひとつ無い静かな夜空に綺麗な満月が浮かんでいた。そのおかげで辺りはそれなりに明るい。
 クローブは視線を自然と大樹海の方に向ける。するとまた、あの振動が今度はもっと大きく、そしてハッキリと感じた。
 クローブは舌打ちを一つしてから、若い当番兵を呼んだ。
「敵襲だ、今すぐ隊員達を叩き起こせ! 起き次第戦闘装備でこの場所に集合。急げっ!!」
 その指示に若い当番兵は放たれた矢の如く屋敷に飛び込んで行った。しかしクローブの声は良く通る。その声を聞いてか、屋敷にはもう既にいくつかの明かりが灯っていた。
 彼はレグサームが軍にいた頃、直属部隊の部下だった。レグサームからは『なんだその虫の鳴く様な声は! 指揮官を目指すなら戦場での指示は腹から声を出せ!』と良く怒られていたクローブだったが、その教えが、こういう緊急時に生きてくる。
 クローブの良く通る力強い声に、部下たちは勇気を得、また励まされるのだった。
 
 間も無く、調査隊の面々が屋敷前に集合する。皆まだ若いが、レグサームによる軍の再編計画と組織改革で、以前よりはだいぶ練度が上がってきているが、まだ戦場を知らぬ初陣前の兵たちである。しかし皆再編中の新しい軍の中にあり、若い兵の意識改革も進めているせいか、士気も高かった。
 クローブには、まだまだ教えたい事が多い、誰も死なせたくない部下達だった。
「これより、我が第四隊は村民の避難作戦を敢行する。厩から馬を引け、コルの班は村の連中を起こして回れ。ランゲルの半は村の住民の避難誘導、コッパーの班は南側の出入口付近の警戒、残りは俺に続け、敵の注意を引いて避難の時間を稼ぐ!」
 とクローブがそこまで離した瞬間、大樹海の方から、山鳴りの様な咆哮が幾つも響き渡り、続いてまた再び地面に振動が伝わってきた。恐らく行く手を塞ぐ大木でも薙ぎ倒しているのだろう。
「た、隊長殿、敵とは?」
 コッパーと呼ばれた班長がクローブにそう聞いた。他の兵も黙ったままクローブの答えを待つ。
「まだ何とも言えんが、恐らくはタイトゥーヌだろう。吠え方からして三体はいる……」
 そのクローブの言葉に全員が息を飲んだ。
「我々の任務はあくまで調査だ。討伐ではない。しかし村人を放って逃げるわけにはいかん」
 すると先ほどの当番の若い兵が不満そうな顔をして言う。
「でも村からの支援もなく、我々の調査にも非協力的でした。マルゴーン国からの補給品も、きっと自分達で隠し持ってますぜ? あの村長。そんな連中、放っておいたって良いんじゃないですかね」
 彼のその言葉は、ここに集まった調査隊全員の本心を代弁しているものだった。
「それでもだ、つまらんことを言うな。マルゴーニの民も、同じ聖帝領の民。民を保護するは我ら新生聖帝軍の誇りとなせ! それがいずれ、我らの力となる!」
 そのクローブの恫喝に、隊員達は雷に打たれたように心に響き襟元を正した。レグザームの軍の改革は、まずこういった若者の意識改革から始められている。それがようやく浸透し始めてきているのだった。
(良き若者達だ。こんなところで死なせたくは無いな……)
 クローブはそう心の中で呟きながら、先ほど不満を言った当番兵を呼んだ。
「貴様、名はなんと申す?」
「はい、ウェイカー・マットスですっ!」
 ウェイカーは不満を言ったことに怒られるかと思い直立不動でクローブに向かった。しかしクローブの口から放たれた言葉は叱責では無かった。
「よしウェイカー、貴様は馬で直ちにここを離れ、ラグマーンの調査本部に向かえ! 力の限り走って少しでも早く本部へこのことを伝えるんだ。行けっ!!」
「はっ!!」
 クローブの言葉に元気よくそう答え、ウェイカーは厩に向かって走って行った。その後ろ姿にクローブは「頼むぞ……」と小さく呟き、再び隊員達に向き直った。
「何をぼさっと突っ立ってる!? さっさと行動しろっ!!」
 そのクローブの言葉に、隊員達は飛び上がり一目散に同じように厩に走って行った。それを確認した後、クローブは再ぶ大樹海の方から聞こえるうなり声を聞き、そちらに視線を移す。すると月明かりに照らされた平地の向こうに見える樹海の端に、ぽつんと小さな数個の影を見た。まだかなり距離があるが、それらは確実にこちらに向かってきていた。
 その影を睨みながら、クローブは「化け物どもめ……」と呟き、自分も厩に向かっていった。

 この夜、聖帝軍凶獣特別調査第四隊は、凶獣『タイトゥーヌ』三体に遭遇した。
 ベースに使用していたノルダ村を襲撃されるも、隊長クローブ・アミツミスの早期判断と指示、それに大意による決死の陽動が功を奏し、村民の大部分が脱出に成功した。
 一部の村民が財貨などを運ぼうとして逃げ遅れ犠牲となったのと、陽動攪乱をしていた数人の隊員に負傷者を出すも、村に火を放ってタイトゥーヌを足止めすることに成功し、隊員の死者は一人も出さず脱出した。
 この後二日後、ほとんど休憩無く走り続けたウェイカーがマルゴーンの主要都市の一つであるラグマーン城塞都市の調査本部にたどり着き『凶獣襲撃』の報告をした。それからその知らせが五日後に聖都ノルマンに届く事になる。
 この日を境に、北部では次々とタイトゥーヌ出現の報が増えていくのだが、それはアインとミファがミスリアとの話をした日から、丁度一週間前の出来事であった。
 この『凶獣襲撃事件』がアインの計画を次の段階へと移行させるきっかけとなるのだが、アイン本人は知るよしも無かった……


18.お披露目

 ミスリアとの交渉(?)の後、数日後レグザーム宰相から学園に視察訪問の知らせが届いた。視察の名目は、若い人材育成におけるドルスタイン上級学院の修学状況の確認とのことだったが、いつもは文部官による定例視察であるのに対し、今回は予定日より三ヶ月も早く、しかも宰相自ら視察に来ると言うことで、明らかにアインによるミスリアへの打診が物を言った形である事は明白だった。
 急なその知らせに学院側は大慌てだったが、アインは一人ご満悦と言った様子で、その日に合わせて仮設演習地での、錬金科、結晶術科、騎士科合同主催による電磁甲冑機兵(バストゥール)模擬戦大会なる物を企画し、学園側に企画書を提出していた。
 学園側の校長を始め、職員達は初めは難色を示していたが、アインが説明した『補助金獲得計画(仮)』を聞くと一転してその態度を好変し積極的に協力するようになり、その日は全校上げての観戦日として通常授業をお休みとしてしまったのである。
 もはや、当初の視察名目である『学院の修学状況の確認』などはガン無視状態で、各科で出店などまで用意するというお祭り騒ぎと化してしまっていた。

 そして当日、馬車から降りたレグザーム宰相以下、政官、文官、それに武官の一行は、門の上に堂々と掲げられた『歓迎、視察訪問御一行様!』と『祝、第一回電磁甲冑機兵(バストゥール)模擬戦大会』と書かれた看板に面食らいながらも、錬金科野外演習場(仮)に急遽設営された『円形闘技場(コロシアム)』に案内され、『特別迎賓席』に座らされたのである。

「何が始まるのかね……? んっ!? そなたミスリアか!?」
 何故か猫耳を頭に付け、少々短いスカートのメイド姿の女生徒からカフィエを受け取ろうとしたトルヌスは、その女生徒がミスリアである事に気づき驚いた。
「これから、ちょっとした催し物が始めるんですよ、お父様。先日私がお話しした例のバストゥールなる鉄の巨人を使って」
 ミスリアはそう言ってカフィエを父の前のテーブルの上に置いた。
「催し物……? それはいかなる物か?」
「さあ、私もバストゥールの模擬戦としか聞いておりません。あ、そろそろ始まる様ですわ……」
 ミスリアはそう言って奥に下がってしまい、トルヌスは首を捻りながら円形の闘技場に視線を移した。すると、闘技場の真ん中に、一人の生徒が現れ、ペコリとお辞儀をした。それと同時に、彼の後方にある大きな扉が開き、そこから全身に鉄の鎧を纏った大きな鉄の巨人が二体、ゆっくりとした足取りで現れたのである。
 それを初めて見た生徒達は響めき、開発に携わった生徒達からは大きな歓声が上がっていた。
 トルヌス以下、聖帝官達もその偉容な姿に驚き思わず席を立っていた。
 その巨人達は、アインの領隣に立ち、アインの右手側に立った巨人がしゃがみ込み、アインの前に左手をさしのべた。アインがその手に乗ると、鉄の巨人再び立ち上がりつつ、アインを右肩に乗せた。アインは右肩にあらかじめ備え付けていた拡声器のマイクを手に取り、喋り始めた。
『お集まりの皆さん、僕は錬金科一年、アインノール・ブラン・デルフィーゴと申します。この鉄の巨人、電磁甲冑機兵(バストゥール)と言うのですが、これの発案者で、開発主任です。本日はあちらにレグザーム宰相閣下もご同席されております。閣下、並びにお歴々の方々、本日は大変ご苦労様でございます』
 とアインは迎賓席に向かって深々とお辞儀をする。すると面食らいながらも、トルヌスが大容に右手を挙げそれに答えた。そこで大きな拍手が起こる。

『ではこれより、そのバストゥールのお披露目といたしまして、模擬戦をご覧に入れたいと思います。模擬戦の操縦者は本校の騎士科選抜生徒によって、トーナメント形式にて行われます。試合は一本勝負とし、初めに有効打を打ち込んだ方を勝者とします。
 判定は三機あるバルトゥールのうち、一機を審判機としまして、本校在学生徒で唯一騎士称号を持つ、戦術科一年のミファ・トラファウルが乗り込み、審判いたします。
 それでは早速始めたいと思いますが、まずはこの電磁甲冑機兵(バストゥール)なる物がどれだけ動けるのかを皆様に見ていただきたいと思いますので、初めに本日の審判を務めますミファ・トラファウルによる剣の演武を披露し、それから試合となります。それでは、第一回電磁甲冑機兵(バストゥール)模擬戦大会を開催いたします!』

 そのアインの宣言の後、左肩に『壱』と書かれたバストゥール『疾風』壱号機が肩からアインを降ろし、同じく左肩に『弐』と書かれた疾風弐号機が脇に退き、片膝をついて座りその動きを止めた。アインが後方の扉向こうに行ったのを確認すると、壱号機だけが再び立ち上がり手に持った丸太のような大きい木剣を正眼に構えた。操縦席に座るのは、もちろんミファである。
「さあ、始めようか」
 操縦席の中で、ミファはそう疾風に話しかけた。するとそれに答えるかのように、運転席の下の電磁エンジンから発せられる稼働音が高くなり、回転数が上がったポンプが、高鳴る人間の鼓動のような振動を足の裏に伝えてきた。
 ミファはふぅっと息を吐き、両手の操縦桿を握りしめ、足下のペダルをゆっくりと踏み込んだ。
天人流(アファーマル・ソリドゥーン)初形、『月水鏡の形(マフィライノス)』……参る」
 操縦席の中で、静かに流派とその形名を呟き、ミファは剣術の形に入った。
 ミファの乗った疾風壱号機は、ミファの形の動きのイメージをトレースし、その動きを機体に再現させていく。その動きは、まさに人間そのものの動きに見え、まるで操縦者の呼吸すら再現しているかのように見えた。
 ミファの壱号機が時に素早く、時にしなやかに剣を振るう度に、巨大な木剣が空気を斬る音がするが、これだけのスピードで剣を振るっているにもかかわらず、剣風圧がほとんど起こらないのは、彼女の剣が『斬る』事を追求している剣技であり、文字通り『空気を斬っている』からだった。
 その舞踊のような剣の舞に、あれほど騒がしかった観客は声も立てず、その優美な壱号機の姿に見とれていたのである。
「これは見事だ……!」
 その舞を見ながら、トルヌスはそう感嘆の呟きを吐いた。自分も軍に身を置き、剣の腕を磨いた覚えがある彼は、その空気を斬るミファの技術と、その動きを再現する疾風に感心していたのである。
 一通りの形が終わり、ミファの駆る壱号機は木剣を腰に納めると一礼し、闘技会場の中央を空けるようにして弐号機と向かい合い、腹ばいとなった。この形がこのバストゥールの乗降姿勢である。
 程なくして、背中の鉄蓋が開き中から操縦用防護具を付けたミファが出てきて、先ほど壱号機の礼と同じように頭を下げ背中から飛び降りた。
 その瞬間、会場内は割れんばかりの拍手喝采が鳴り響き、ミファは少し照れつつも後方の大きな扉の向こうへと消えていった。

 一方、迎賓席のトルヌスの横に座る政官達も総立ちでミファと壱号機に拍手を送っていた。
「いやはや、良く動く物ですな。まるで生きているようでしたな、閣下」
 そう言ったのは聖帝軍の軍官のデルゴル・バン・オズマイル将軍だった。彼は北部方面の第二師団を預かる将軍である。
「ああ、あの天人流(アファーマル・ソリドゥーン)は技が独特な上、習得に時間がかかる難儀な剣術だが、よくもまあ、あの動きをあのように上手く再現できるかと感心して見ておったところよ」
 そう言うトルヌスにデルゴルは大きく頷いた。
「誠に…… あのバストゥールなる鉄の巨人武者、相当な力があると見ましたが、乗りこなすのにどれだけかかるのでありましょうや?」
 やはりデルゴルは武人である為、早くもその武具としての有用性に目が行くようであった。
「さあな…… だが、あれを操るは年端もいかぬ学生であるからに、そう難しい物でもあるまい。ひょっとしたら馬などよりも簡単やもしれぬ」
 そう言うトルヌスの洞察眼は正しい。さすが聖帝宰相と言えるであろう。
「確かに。しかしながら、このような物をその年端もいかぬ学生達だけで作ってしまうとは…… あの先ほど娘子の様な顔をしたアインノールとか申す者、何者でありましょう?」
「私にもよくわからん。知っているのは東のデルフィーゴ王国の第二王子である事ぐらいだ」
 トルヌスがそう言うとデルゴルは少し首を傾げた。トルヌスのいうデルフィーゴという国がどうにも思い出せなかったのだ。
「東の辺境にある、鉱山以外には特別秀でた物が無い小国故に、貴公が知らぬのも無理はあるまい。実のところ私も娘から聞くまでよく知らなかったのだからな」
「なるほど……」
 するとトルヌスはアインについてもう一つ聞いた事を思い出した。
「そういえば、あのアインと申す者、幼き頃よりあのアウシス・ペコリノの教えを受けたそうだ。あの者の知恵も、アウシス殿の教えなのかもしれんな」
 トルヌスの言葉に、デルゴルは驚いていた。大賢者アウシス・ペコリノの名前は、聖帝領では知恵者の代名詞であったからだった。
「なんと? あの大賢者アウシス殿か!? 確かにかの大賢者殿から直接教えを賜ったとなれば、たかが学生と見るのは浅はかでありますな…… しかし、誠にたいした物よ」
 トルヌスの話を聞いたデルゴルは、アインノールにも興味を示し始めていた。
「お? そろそろ模擬戦とやらが始まる様だ」
 トルヌスがそう言って闘技場に視線を戻したので、デルゴルも話をやめて闘技場に目を戻した。その視線の先にはバストゥール模擬戦第一試合が始まろうとしていた。

 模擬戦は順調に試合を消化していき、決勝はミランノとガッテの対決となった。当初はガッテが優勢だったが有効打が上手く入らず、ガッテの猛攻にじっと耐えていたミランノが、一瞬の隙を突きガッテ機の右手を打ち、木剣を落としたガッテ機の頭にすかさず有効打を打ち込んでミランノが勝ちを収め優勝した。
 巨大な鉄巨人の剣術戦は、見るのも聞くのも初めての者がほとんどで、その迫力は人間同士の戦いとは比べものにならず、模擬戦試合は終始大盛り上がりでその幕を閉じた。
 試合後は、迎賓席のトルヌスを初めとする政官達も闘技場に降りてきて、バストゥールを間近で見学していた。デルゴルやトルヌスは実際にバストゥールを操るなど、体験会じみたこともやっていた。
 
『おお、これは凄い! まるで自分が巨人になったようだ!』
 疾風弐号機に乗り込んだデルゴルは、まるで子供のようなはしゃいだ声を出し、疾風弐号機を歩かせていた。トルヌスも審判機で使用していた参号機に乗り込み、木剣で軽い素振りなどをして操作性を確かめていた。
『バストゥールは、閣下の頭の中の【動きの感覚】を読み取って動きます。なので慣れれば操縦桿やペダルの操作は小さくなっていきます』
 参号機の隣で、壱号機のミファがトルヌスにそうアドバイスする。
『なるほど、確かに自分の手足のように動く…… これは中々痛快だ』
 トルヌスはデモンストレーション用に用意した、バストゥールの拳大の大きさの岩を手に持たせ、それを握り潰して握力などを確かめながら答えていた。
(確かにこれは使える。これを聖帝軍に配備できたなら、現在の弱体化問題など払拭して余りある物となろう。ミスリアの言う通り、これが我が聖帝軍に配備される前に大公や、ましてやバインドール王国のアルシュタイン公爵の手に渡ったりしたらそれこそ一大事だ。しかし……)
 トルヌスはそんな事を考えながら、正面の透影板に移る、闘技場の端でこちらを眺めている小さな人影に目をこらす。すると透影板の上に操縦者を囲うように配置された小型の透影パネルがトルヌスの意志に反応し、バストゥールの眼球水晶に映した映像が映し出された。眼球水晶にはめ込まれたガラスレンズが、アインの顔を若干拡大して映している。
「そんな少女のような顔をして、とんでもない物を造ったものよ。さて、どうするか……」
 拡声器で拾えないほどの小さなこえで、トルヌスはパネルの向こうで可憐に笑うアインにそう声をかけたのだった。
 

 
2014-12-10 14:04:09公開 / 作者:鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましての人は初めまして。
毎度お馴染みの人は毎度どうも。
鋏屋でございます。

いや〜 随分とインターバルを空けてしまいました(汗)
お久しぶりでございます。取りあえずまだ生きてましたw
半年以上ロストしたのは初めてでした。ええもう全然書けなくなってました……(乙
まあ、またぞろこっそり更新しようと思っております。
こんなしょーもないお話しですが、誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいですw

では、恒例の次回予告

〜次回予告〜
電磁甲冑機兵を聖帝宰相であるレムザールにお披露目したアインは、早速今後の開発費を援助して貰うべく交渉を開始する。哲人宰相と呼ばれる人物相手に、異世界の知識に加え、40歳の強かさと14歳の幼さを駆使した交渉術を披露し、有利に進めるアインだったが、最後に哲人宰相から条件課題が出された。果たして、レムザール宰相がアインに提示した条件とは?

次回『彼方の昴』第19話、『宰相閣下の課題』 こうご期待!!

鋏屋でした。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは。
 まだプロローグしか読んでないのですが、異世界ファンタジーの導入って難しいなあ……と感じました。この鋏屋さんの作品の場合だと、内容に関してはおもしろそう! と思わせる導入に仕上がっていると思います。ただ表現の方法として、場面描写と世界観の説明(または人物関係の説明)とが交互にはさまってくるのは読みにくいと感じました。アイン復活の場面をもっと丁寧に描写してほしいなと思うのですが、それを各種説明が邪魔をしている感じです。書き手が淡々と説明してくれている感がどうにも場面とマッチしないので、そうした説明は最初に固めてしまうか、あるいは導入部分では台詞の中に織り込んでおくくらいにして、徐々に明かしていくのが良いかと思います。ゲド戦記なんかでは冒頭の重厚な説明に面食らった記憶がありますが、そんなのもありかと思います。ハリポタは「普通の世界」出身のハリー目線なのでうまく物語の世界に入っていけました。昴さんも言ってみればハリーポジションなのでそのあたりを上手く生かしてみたら……と思ったのですが次の章ではもう馴染んじゃってますね……。ライラの冒険シリーズは説明なしに始まったと思いますが、その分かりにくさにつられてページをめくっていたような気がします。思い出話ばかりになりましたが、お役にたてれば幸いです。カレンといえば舞カレンのほうも楽しみにしています。ぜひぜひ完結させていただきたいなあ……。
2014-02-27 18:24:22【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
>>ゆうら殿
お久しぶりです。感想どうもです。
どうも久しぶりに三人称を書くので少々戸惑っていますw でもなるほどそうか、三人称の書き方になると、どうも私は説明文になってしまう傾向にあるようです。う〜ん……
ただ、ハリーポジション(?)なのはたぶんプロローグだけです。一気に5年進みましたので大丈夫かと……(おそるおそる)
この世界は地球で言う12,3世紀頃のヨーロッパをイメージしています。そんな世界でアインノールこと昴が、現代の科学の知識を使っておもしろおかしくやっていこうっていうお話しです。
今はなんだかゆっくり物語が進んでいますが、アインが入学してからは、アインの周りだけ技術が一気に数百年進み、お話しも進んでくるかと思います。
まあ相も変わらずしょーもないお話しですが、またお付き合いくだされば嬉しく思います。

あ〜…… 舞カレン…… ですね。あれから少し書いたのですがドスランプはまってしまい全く続きが浮かんでこないのです。何とか頑張って書こうとか思っているのですが、今はコッチを書いてる方が楽しくて……(汗っ)
でもまた書き始めますので、その時はまたお付き合いください。
鋏屋でした。
2014-03-01 14:10:23【☆☆☆☆☆】鋏屋
 こんにちは、鋏屋様。上野文です。
 お久しぶりです。御作を読みました。
 面白い導入でたいへん心惹かれたのですが、作中の設定に若干ちぐはぐさも見受けられ、惜しいとも思いました。

 まず冒頭ですが、辺境の貧乏弱小国で客商売可能な単価のラーメンを作るのは、(地球史的な中世史観では)ちょっと無理があります。
 穀物、野菜はそのまま食べられますが、出汁に使う鳥・豚は成長するまで大量の穀物や野菜を飼料として消費するからです。また常温保存可能な濃縮スープを作るのにも、相応の科学力が・・・
 にも関わらず、作中の科学・数学水準は12世紀相応だと設定されている。12〜13世紀といえば、比較的平和な日本でも源平合戦から鎌倉幕府、荒っぽいCHINAでは宋を経てモンゴルが台頭、血みどろの欧州に至っては国同士が相争い、十字軍とイスラム圏がヒャッハーしていた暗黒時代です。ひょっとして、めちゃ資源と自然に恵まれて食料があり余ってる国なの? と迷ってるうちに、(様々な技術水準が未熟なはずなのに)エンジンつくった! バッテリー作った! 特殊装甲もOK! ロボットも完成!! …あっという間に、21世紀ぶち抜いちゃった!?

 異世界ものである以上、ある程度は「魔法(結晶術)だZE!」「魔法なら仕方がNAI!」で無茶を通せます。
 物語を盛り上げる為なら、少々の問題点は「ミノフスキー粒子だ!」「プラフスキー粒子だ!」「波動エンジン! 光子力! ゲッター! イデ! NINNJYA!」で解決します。
 が、そういう”日常外”のガジェットを生かすためには、やはり日常としての”基本世界設定の確立”が必須だと思うのです。

 恐縮ながら――たとえば、ですが。
 作中の科学技術水準を最低でも産業革命以降に引き上げ、舞台を貧乏弱小国から工業・農業に長じた先進国なりに設定すれば、矛盾点も少なくなり、展開も容易になると思います。
 色々と失礼しました。続きを楽しみにしています。
2014-03-23 09:20:07【☆☆☆☆☆】上野文
>>文殿
お久しぶりです。お元気してましたか? 私は元気…… だといいなw
感想どうもですw
いやもう、文殿からはこういうツッコミ来るだろうな……って思ってました(オイ! あと甘木殿とかねw
まあ色々問題がある設定なのですが、そのあたりは生暖かく見守ってくれると嬉しいです(マテコラ!
技術水準については迷いました。科学技術が完全に未発達で、そもそも科学という概念が存在してないです。機械も無い状態で一気に何百年もすっとばした物が出てきます。
産業革命か…… う〜ん、ちょい考えてみますね。
鋏屋でした。
2014-03-31 20:10:13【☆☆☆☆☆】鋏屋
 今回更新分はラーメンで燃え上がる学生たちが青春していて良かったと思います。

 個人的に凄く惜しまれるのが、色々な失敗エピソードを盛り込む予定だったのに、話が進まないのでボツにされたということ。
 私がこの小説をはじめて読んだときに衝撃を受けたのが、中世相当の科学力しかないのに、ロボットを作ろうと主人公が立志したところです。
 普通に考えたらできませんよね? 21世紀現代ですら存在しないのですから、ものすごく苦労するはず。解決策には魔法とか関わってくるんだろうけど、材料素材、製作手段、利害関係者とのすりあわせ、何より”科学的な基礎技術が存在しない”こと。これらの問題をどう埋めるのか、いろいろ想像して盛り上がりました。
 でも、(量産は近代になるはずの)鋼を使った鋼線筋肉繊維とか駆動器とか、自動弁とか補助ポンプとか、製作機械もないのに、どっから出来たの? とか、ラーメンの出汁とるムーラの安定供給はどうしてるの? とかすっごく美味しい部分が放置されているように見えて…

 プロジェクトxではありませんが、主人公たちが失敗や困難を必死で乗り越えるところにこそ、物語としての華、旨みや盛り上がりがあると思うのです。
 ひょっとしたら鋏屋様は、開発は早めに切り上げて本格的なロボットバトルに入りたいのではありませんか?
 でも、もしガンダムで「アムロがニュータイプに開花してからが本番だから」と、シャアがWBを追撃せず、ルナツー司令のワッケイン氏がフツウに良い人で、ガデム補給や大気圏突入戦もなく、ジャブローにあっさり到着! 北米からオデッサ、ベルファストに至る道筋をカットして順調に旅が進んだら。……味気ないと思いませんか?
 科学技術が完全に未発達にも関わらず、一気に何百年もすっとばした物が出てくるということは、設定として矛盾を孕みますし、物語構成としても惜しまれます。頑張ってください。
2014-04-03 06:47:08【☆☆☆☆☆】上野文
>>文殿
感想どうもですw いやもう放置して済みません(汗っ
ちょいちょい色々あったのでなかなか上手いことレスが書けずにホント申し訳ないです。
やはり製作過程での失敗談を削ったのは失敗だったかも知れませんね。

『ひょっとしたら鋏屋様は、開発は早めに切り上げて本格的なロボットバトルに入りたいのではありませんか?』

ってのはその通りなのかもw ホントは異世界ロボット戦記ものを書きたくて始めたお話しだったのですが、色々味付けしたらこうなっちゃいました。別の世界に元々あるロボを現代の知識でいじくり回していく話だったのですが、どうせなら作っちまえつー乱暴な事をやってしまったら、色々都大変なことに……
この後も色々デタラメな装備が出てくるんですが、ちょいちょい軌道修正していくつもりです。
鋏屋でした。
2014-04-21 19:20:34【☆☆☆☆☆】鋏屋
 こんばんは、鋏屋様。上野文です。
 いえいえ、何かと忙しい時期ですし、どうかお体を大切に。
 御作の続きを読みました。
 お金がないのは、首がないのと一緒ですよね。なにもできない(遠い目

 って、製作ノウハウ売るんかい!?

 マズいよーな気がしますが、今後の展開を楽しみに待ちます。

 整備用家屋にプレハブ工法を使うのは、いいですね( ´▽`)
 中世技術でも再現不可能じゃないはずだし、私もアイデアをお借りするかもしれません。
 ミファとミスリアの修羅場や、ミランノの衝撃発言など和気あいあいとして面白かったです。
2014-04-21 20:58:55【☆☆☆☆☆】上野文
〉〉文殿
毎度の感想どうもですw
いやはや、パネル工法で納得されてホッとしました。とはいえボルトナットの加工技術を突っ込まれたらどうしようかと……(汗っ)マテコラ!
異世界物は何でもありかと思いつつ、書いて見て色々考えなきゃならないことが多くてビックリです。下手したら現代物の方が遥かに楽かも……
でもまあなんと書き続けようかと思います。
鋏屋でした。
2014-04-22 21:01:20【☆☆☆☆☆】鋏屋
 こんばんは、鋏屋様。上野文です。
 御作の続きを読みました。
 さ、さすがにボルトナットの加工技術抜きでロボットを作るなら、そっちの方がハイレベル(>_<)
 個人的な主観になりますが、異世界やファンタジーの方が舞台設定を作るのがずっと大変です。世界一個でっちあげるんですもの。でも、作り上げてしまったら、その後は現代物より無茶が効く分楽になります。
 更新部分の交渉ですが……。別にミスリアに喧嘩売る必要なかったような気がします。アインからすれば自分の実質年齢が高すぎて「子供じゃ話にならんのよ」かもしれませんが、学園の生徒としては、どうなんだろう?
 やきもちを焼くミファが可愛かったです。続きを楽しみにしています。
2014-04-27 19:22:38【☆☆☆☆☆】上野文
[簡易感想]文句無しのおもしろさです。
2014-05-30 14:23:45【☆☆☆☆☆】Sarah
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。