『メロンさん』作者:小松パラ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
嘘はついてないよ。ただ、ちょっと隠してただけで。
全角2320文字
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原稿用紙約5.8枚
 気になる。とにかく、気になるのだ。
 多分、恋愛とかそういうのではない。「気になる」としか言いようがないのだ。
 私とメロンさんはただの塾の生徒と先生、それだけである。メロンというのはもちろんあだ名で本名は相模悠という。だが私は一度もそう呼んだことはない。塾の先生はあだ名で呼ぶこと、それがこの塾のルールなのだ。おかげで先生と生徒の距離が近く、何でも質問しやすい環境なので私も居心地がいい。
 でも、私も高校三年生になったからこそ見た目でわかるのだが、この「先生」たちのほとんどが大学生のバイトだ。学生としての自分と先生としての自分を区別し切り替えるためにあえてこうしたルールがあるのではないか、と私は思っている。
 この個別指導塾に通い始めて四ヶ月。当初から私はずっとメロンさんに習っているのだが、一向にメロンさんのことがわからない。それが問題なのだ。
 塾には常に色んな先生が出入りしていて、ほぼ毎日自習に通っている私は全員と何かしら会話したことがある。今食べていたパンの話からお互いの好きな食べ物の話に発展したり、大半はたわいのない世間話だ。でもそんな会話からその人の意外な一面を知るのが私の楽しみなのだ。例えば彼女がいるとか、かわいいものが好きとか。
 ただ、メロンさんだけはそういうことを一切教えてくれない。全くと言っていいほど「相模悠」が見えないのだ。身長一七〇センチ。好きなものはメロン、氷砂糖、ようかん。毎朝英字新聞を読むのが日課――私がメロンさんについて確かに「知っている」と言えるのは、メロンさんが私に初めて授業をした時に言ってくれた自己紹介たったこれだけなのだ。
 もともと人と接するのが苦手なのかもしれない、初めはそう思った。なぜなら目が合わないから。授業中じろじろ見るのは失礼だとは思ったものの、さすがに初回の授業で一度も目が会わなかったというのは驚きだった。
 色々と考えてみる。長い前髪で目が隠れているのは自信のなさの表れだろうか。しかしよく見るとメロンさんの目は伏し目がちで眠そうな感じはあるものの、本当は大きくはっきりしていることに気づいた。それにびっくりするぐらい肌が白くて綺麗だ。はっきり言おう、綺麗だ。ともすると美形。少なくとも「自信がない」と思うほどのルックスではないと思う。
「……」
 ようやく前髪越しに目が合った。訝しげにこっちを見ている。薄い唇が動いた。
「解けた?」
「いや、もうちょっと――」
 慌てて手元の問題に目を落とす。やっぱりわからない。
 前にメロンさんに数学を手伝ってもらったことがある。その時「メロンさんは理系なんですか?」と訊いてみたら、「どっちなんだろうね」といつものようにはぐらかされた。そこまで隠さなくても。嘘をついてくれた方がよっぽどましだ。
 メロンさんがどんな人なのか、すぐ隣にいるのにわからない。四ヶ月も一緒にいるのに。
「わかんないです」
「そっか、よし」
 メロンさんがこっちに半身乗り出し、一つの机を分け合う形で私たちは問題集を見る。解説のページをめくりながら饒舌に語るメロンさん。ただし、これは授業の時だけ。メロンさんが休み時間に口を利くことはほぼない。いつだってメロンさんは他人と注意深く距離を取っている。誰にも知られずに。
「電子辞書貸してもらってもいいかな。今日は家に置いてきてしまった、申し訳ない」
「いえ」
 私の白い電子辞書を手渡す。指は触れないし、視線も交わらない。そのかわりいつも私はその手を見ることにしている。白くて大きな手。ちょっと深爪かなと思うだけ。
 秘密が多ければ多い程知りたくなってしまう。いつもそうだ。
「そうだ、ここだ」
 同じ画面を覗き込み、
「これ」
 メロンさんが指をさす。近い。いつもならこうならないはずが。距離、十センチ内。
 授業中だから仕方ないとはわかっていても不思議な気がした。しかもこれがまんざらでもないからなお悪い。その低めの声に耳を傾けつつ、私は文字を追う白く長い指を見ている――


 授業後も私はたいてい自習室にいる。薄い仕切り一つ隔てて隣は先生たちのロッカーだ。会話も聞こえるし誰かがこっそり買ってきた唐揚げの匂いもわかる。その中でもメロンさんはやはり無口で、何か言ったとしても次の授業の話が関の山だった。
 他の先生からメロンさんの私生活を聞いたことがある。休日は遊びにも行かず部屋から一歩も出ない。ずっとパソコン漬けで引きこもり同然らしい。でも授業はいたって真面目で補講もしてくれる。そうなるとますますメロンさん、いや相模悠さんが気になってしまう。休日他に何をしているのか。一体何を考えているのか……。詮索好きは生まれつきと諦めているが、ここまで一人に執着するともはや恋だ。いや、そんなことはない。恋なんかじゃない。ただ気になるだけなんだ……


 授業終了のチャイムと一緒に私は大きく伸びをした。隣のメロンさんはファイルを整理している。
「そうだ、次の授業は別の先生が担当するから」
「メロンさん休むんですか?」
「うん、結婚式出なきゃいけなくて」
 メロンさんが自分から、しかもそういう話をするのは珍しい。私は飛びついた。
「へえ、友達のですか?」
「いや、私の」
 私が一瞬呆気にとられた間にメロンさんはスカートを翻し逃げるように去っていった。
 相変わらず視線が交わることはなかったが、去り際、ほんの少し赤い頬に本当の相模悠が見えた気がした。

                 終
2014-04-12 11:56:16公開 / 作者:小松パラ
■この作品の著作権は小松パラさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして。小松パラと申します。最後まで読んでいただきありがとうございました。
テーマは「嘘」、字数制限は2000字から2500字でした。私としてはかなり難しかったのでアイデアで勝負してみたのですが、いかがでしたか?
自分ではあまり納得がいかない作品なので、どこを直したらいいのかヒントが欲しくて投稿した次第です。
感想や批評などいただければ幸いです。

2014.4.12 書き直し
この作品に対する感想 - 昇順
 読みました。
 嘘をついていたのは作者、という趣向なのでしょうか。それがちょっとわかりにくかったのですが、そうだとすれば……メロンさんの性別を疑う材料が多すぎてラストが効いてこないですし、結婚式=女性とはならないと思うので、「ん?」という感じで終わってしまいます。
「そうだ、次からの授業は別の先生が担当するから」
「メロンさん休むんですか?」
「うん、赤ちゃんの世話しなきゃいけなくて」
 メロンさんが自分から、しかもそういう話をするのは珍しい。私は飛びついた。
「へえ、友達のですか?」
「いや、私の」
 私が一瞬呆気にとられた間に、メロンさんは少し大きくなり始めたおなかを隠すようにして去っていった。
 ではどうでしょうか? だめかなあ……。
 あ、あと個別指導型の塾を舞台にしているようですが、実際に通った人でないと場面をうまく想像できないかもしれません。ぼくは昔通っていたので、ありありと目に浮かんで懐かしかったのですが。「個別指導」の語を入れるだけでずいぶん違うと思います。
2014-01-30 18:33:34【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
[簡易感想]
2014-02-02 19:12:53【☆☆☆☆☆】小松パラ
すみません、間違って簡易感想の方を押してしまいました……

ゆうら 祐さん、コメントありがとうございます! 登竜門投稿して初のコメントなので感激です。
>嘘をついていたのは作者、という趣向なのでしょうか。
そうですね、私としては「誰も嘘はついていないけれど、嘘をつかれたような気分」を感じてもらえたらなあ、と思って書きました。そのために「なるべくメロンさんを男性だと思わせる、けど嘘は書かない」をルールにして描写したのですが、曖昧だったようですね。うーん、精進します。
それに、具体的なアドバイスまでありがとうございます。確かにゆうらさんの方がメロンさんが女性だとはっきりわかりますね。でも、メロンさんは大学生なので、結婚はギリギリセーフだと私は思いますが、さすがに妊娠と出産まで行くとちょっとまずいんじゃないでしょうか……?
それか、思い切っていっそのことこの設定ごとなくして、メロンさんの年齢設定を上げた方が文全体ももう少しすっきりしますか?
あと、「個別指導」のご指摘ありがとうございます。この語はマストでしたね。字数調整しつつ入れようと思います。

本当にたくさんのアドバイスありがとうございます! まだまだ未熟者ですが次回もお付き合いいただけると幸いです。
2014-02-02 22:12:51【☆☆☆☆☆】小松パラ
 そうですねえ。ぼくの知り合いの知り合いで、大学在学中に出産した女性もいますので(相手の方は社会人だそうです)、それほどありえないことではないかと思います。もちろん良くないことだと思う方もいらっしゃるかもしれませんけれど……。とはいえメロンさんが大学生であるという設定は、今のままではあまり目立っていないように感じられるので、単に「若い人」ということにしても差しつかえないかと思いました。アイデアは良いと思うので、あとはメロンさんの描写が工夫のしどころですね。では、これからも頑張ってください。
2014-02-03 23:54:06【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
[簡易感想]しんみりしました。良かったです。
2014-05-30 13:42:40【☆☆☆☆☆】Ahmed
 拝読いたしました。
 本宮晃樹と申します。わたしはほとんど短編専門なので、逆にいろいろと勉強になりました。
 こういうていの作品って、わかりやすくしすぎると意図が透けて見えるし、ぼかしぎるとひとりよがりになってしまい、難しいですよね。
 文体がよいと思います。次もがんばってください。
2014-07-25 13:01:54【☆☆☆☆☆】本宮晃樹
計:0点
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