『電車が来るまで』作者:木の葉のぶ / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約6.44枚
 びっくりした。
 人気のない駅のホームのベンチに座って、過去の記憶の中にいる、とある人物のことを思い浮かべていたら、その人自身が目の前に突然やってきたときの驚きといったら。
「久しぶり」
 そう言って微笑む少女は、中学の同級生の鳴海さんだった。
 僕はちょうどそのとき彼女のことを考えていた。というより、そうするほかなかった。このベンチに座ると、どうしても彼女のことを思い出してしまう。
「なんか、変わってないね」
 ひとつ開けて腰掛ける彼女も、以前と同じだった。強いて言えば、少し髪が伸びたぐらい。背も雰囲気も、懐かしい面影そのままだった。
 冷える指先をこすり合わせる。雪でも降りそうなくらい寒い。僕はふと頭に浮かんだ疑問を彼女に投げかけた。
「なんでこの駅に?」
「中学の部活の後輩に指導を頼まれたの。ほら、今でも楽器続けてるのって、同期じゃ私だけだから」
 鳴海さんは中学では吹奏楽部だった。僕は中高一貫で隣接しているうちの学校にそのまま進学したが、彼女はここから少し離れた別の高校へ行った。だから彼女が中学の最寄り駅であるここを使うことはないはずだったが、最近になって母校の吹奏楽部へ教えに行っているらしい。彼女が僕の前に現れたのはそういうわけだった。
 話をするうちに、あの頃の感覚が戻ってきた。高校のこと、中学のこと、全然行われない同窓会のこと。話すことは昔と違っても、会話のリズムやテンポは変わらない。電車が来るまでの間、僕は鳴海さんと人のいないホームで話をしていた。

 中学三年の夏、ちょっとした事件があった。
 男子というのは、くだらないことをしょっちゅう思いつく。その中のひとつに僕は巻き込まれた。カードゲームか何かをしていたとき、負けた者は『罰ゲーム』と称してクラスの女子に告白しろと誰かが言い出したのだ。で、僕が負けた。そのとき何故鳴海さんを選んだのか、はっきりとした理由は今でもよくわからない。学級委員を一緒にやっていたからか、クラスの女子の中では一番、惹かれる存在だったからか。この際嘘という体裁でいいから言ってしまおうとしたのか。とにかく、当時の僕は馬鹿だった。
「好きです、付き合ってください」
 僕の正面に鳴海さん、その後ろには成り行きを見届けようと様子をうかがう友人たち。半ばやけくそで僕が言ったら、数秒の沈黙のあと彼女は顔を真っ赤にした。そしてしどろもどろに、少し考えさせてとだけ言うと、踵を返して走り去ってしまった。ぽかんとする僕に、影から顔を出した友人の一人が尋ねた。
「お前、嘘だって言ったのか?」
「言ってない」
「……それやばいんじゃね?」
 声をかけあぐねて数時間、気づいたときには授業が終わり、鳴海さんは教室を出ていた。その日の放課後僕は担任に呼ばれ、教材を運ぶのを手伝わされた。終わった頃には、教室に誰も残っていなかった。学校を出て、駅に着くと、ホームのベンチに鳴海さんがぽつんと座っているのを見つけた。そのとたん、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。彼女は僕を見つけると、何事か言おうと立ちあがった。それを遮るように僕が言う。
「あのさ、さっきの……ごめん、あれ嘘なんだ」
 鳴海さんが一瞬固まる。そのあと、なーんだ、やっぱりねと言って笑った。ひとつ開けて座った僕と彼女の間には、いつもの空気が戻った。普段と変わらなかった。ただ一つ、隣にいる間ずっと、彼女が膝の上で二つの手をぎゅっと握り締めていたことを除いては。
 電車が来た。僕の住む駅の手前が終点の、鳴海さんがいつも乗る電車だった。電車に乗り込んだ彼女は、ドアに背を預けて立っていた。その後ろ姿は僕を責めているようにも、泣いているようにも見えた。

 あの事件のあとも、僕と鳴海さんの距離は変わらないように見えた。それでも、僕の中でこのことは黒いもやのようにとどまり続け、忘れられない記憶へと姿を変えた。この駅のベンチに座るたびにそれを思い出しては、後悔がぐるぐると頭の中で渦を巻く。
「あのこと、覚えてる?」
 僕が鳴海さんに嘘で告白したやつ。思いついたように聞いてみると、彼女はしばらく考えたあと思い出したように笑った。両手を膝の上でぎゅっと握りながら。
「ああ、あれ? 全然気にしてないよ。むしろ言われるまで忘れてたくらいだし」
 そのとき、駅にアナウンスが流れた。
『まもなく、二番線に電車が参ります』
 僕が乗らず、鳴海さんだけが乗る方の電車だった。彼女が立ち上がる。
「待って」
 彼女を引き止めると、冷静な頭でもう戻れないなと思った。
「あのとき、なんで僕が鳴海さんにあんな悪ふざけをしたのか、今ならわかる気がするんだ。嘘ということにしておけば、逃げられると思った。自分の本当の気持ちなんて、伝わらなくてもいいと思って言ったんだ」
 鳴海さんの目が大きく見開かれる。いまこれを言ってどうするんだ。そんな思いも、もう後悔したくないという気持ちには負けていた。
「あの時は嘘って言ったけど、本当は違う。僕は本当に鳴海さんが好きだった」
 ああ、言ってしまった。電車の音にかき消されないように大声で言ったせいで、とても恥ずかしいことになった。ここが田舎の、人がいない駅でよかったと心底思った。後退りをするようにして鳴海さんは電車に乗った。その表情は、苦い薬を飲んだあとのようにも、わめきちらしたいのを我慢しているようにも、笑いをこらえているようにも見えた。口をもごもごと動かしたのち、ドアが閉まる直前に彼女は僕に言った。
「ばか」
 がちゃんとドアが閉まって、電車は鳴海さんを乗せて去っていった。僕はぽかんとしてホームにたたずんでいたが、次の電車が来るというアナウンスがされたころに、ポケットのスマホが震えた。見ると、メールが一件来ている。鳴海さんからだった。そうだ、昔は彼女と、学級委員の仕事のことでメールしたりしたっけ。かじかむ手で画面をタッチする。
『でもありがと』
 それだけ書かれているのを見た瞬間、力が抜けると同時になんだか笑いがこみ上げてきた。寒いホームで僕は一人、マフラーに口元を隠してくすくす笑った。
 なんだよ、「でも」って。
2013-12-29 16:02:28公開 / 作者:木の葉のぶ
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■作者からのメッセージ
はじめまして、もしかしたらお久しぶりです。木の葉です。
規定は2000〜2500字で、与えられたテーマは「嘘」でした。自分としてはすごく納得がいかない出来なのですがいかんせん締切が……
感想などありましたらぜひお聞かせください。
この作品に対する感想 - 昇順
ちょっと文章がぎくしゃくする感じ(例えば初めの二行目三行目)とか、状況が分かりにくい感じ(二人は高校生なのか大学生なのか、中学生時代の二人の乗る電車は同じホーム同じ路線のようでいて別の電車?)などがありましたが、最後の一行がきいていて、青春の甘酸っぱい雰囲気がよかったです。
たとえば、中学時代の夏の季節の描写がもっとあると、現在の冬との間の時間が一気に縮まる、というふうになるのではないかと思ったり。……すみません、単なる思いつきです。
しかし、テーマも題名も上手くまとまっていて、読みやすかったです。
2013-12-31 17:33:13【☆☆☆☆☆】狐ママン
 作品を読ませていただきました。
 字数制限がなかなか厳しいですね。テーマはわりとオーソドックスでしょうか。木の葉さん自身、この話に納得がいっていないということですが、個人的には良い話だなと思いました。僕もこんな青春したかったぜ……。
 個人的な感想になります。最後の下りを強調するのなら、全体的にちょっと書きすぎているかなと感じました。この掌編小説の主題は嘘。ですから、語り部である『僕』の嘘はともかく、鳴海さんの嘘はもっと印象的にすべきでしょう。『両手を膝の上でぎゅっと握りながら。』『鳴海さんの目が大きく見開かれる。』この辺はもっと隠しても良いかもしれません。これらの文章を読むことによって、読む人は作品の肝である鳴海さんの心情が手に取るように分かってしまうのです。彼女はあくまで『全然気にしてない(作中の彼女の発言より)』のですから、そこらへんにギミックを仕込んでいくべきではないでしょうか。読者には彼女が本当に覚えていないのだと思わせ、最後で『でもありがと』。なんだ、覚えてないって嘘だったんじゃないか、とため息を吐かせる(読み手さんに)。あとは、そうですね、鳴海さんはとても素直な方のようですが、同時に他人を思いやる優しさも持っていますので、これら彼女の美点をうまくアピールするというのも腕の見せ所でしょう。電車のドアが閉まって、携帯が鳴る。『僕』は文面を見て、思わず顔を上げる。扉の向こうに、はにかんだような表情を浮かべている鳴海さんが見えて、次の瞬間電車がゆっくりと動き出す。で、『僕』は力が抜けると同時に『なんだよ、「でも」って』と呟く。
 掌だからオチが必要だとか、驚きが必要だとか、そういうのはないと思います。でもお題が嘘で、この字数ですから、どこで読者さんに楽しんでもらえるかが悩みどころなのですよね。
 繰り返しますが、僕は改稿などせずとも、これはこのままでも良いのではないかと思います。何より素直な流れが口あたり爽やかなのです。青春万歳!
 次回作、お待ちしています。ピンク色伯爵でした。
2014-01-02 16:27:16【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
お久しぶりです^^ 作品を読ませていただきました! 
読んだ瞬間にそのわかりやすい内容に惹かれ、主人公に感情移入できました。青春の清々しい雰囲気がよく出ていたと思います。二人がすれ違う様子などに切ない感じがあって、個人的にはすんなりと入り込める、興味をそそられたストーリーでした。主人公が感じたどこか胸を締め付けられるような想いや、彼女に嘘をついてしまったことへの後ろめたさ……そのようなものが伝わってきました。最後、どのような展開になるのだろう、と思いながら、すらすらと読むことができました。
テーマは「嘘」ということで、私はお題に沿って書くということをあまりしたことがないのですが、字数制限があると、思う通りに書けなくて、なかなか骨が折れそうですね……。
気になったところは、最後電車に乗って鳴海さんが去っていく際に、彼女の心情をストレートに伝える表現がさらにあったら、グッときたんじゃないかと思います。読解力がない所為か、大したアドバイスができずにすみません。
最近あまり感想を書くことができずにいた為か、参考になるような感想も書けなくて……(汗)次回作が出ましたら、是非読ませていただきたいと思います。それでは、また。
2014-01-03 18:44:53【☆☆☆☆☆】遥 彼方
狐ママン様
はじめまして、感想ありがとうございます!
冒頭の数行、文章がぎくしゃくしているというのは自分でも書いていて思いました。状況がわかりにくいと感じさせてしまったのも、おそらく序盤で説明がうまくできていないせいですね(一応私のなかでは二人は高校生という設定だったのですが、説明不足でした。おっしゃるとおり中学生時代の二人の乗る電車は同じホーム同じ路線で別の電車です)。ご指摘いただいたことで、この作品に対して自分が納得していない部分、問題点がはっきりしました。ありがとうございます。
夏と冬の描写は、字数制限がなければ絶対入れたいと思っていました(泣)次回作はもっと丁寧につくりこんでいきたいです。
青春な感じや最後の一行を褒めていただけて嬉しいです。題名は迷うことなく決めたので、これで良かったなとほっとしています。「嘘」というテーマをどのように物語にいかすか、ずっと悩んでなかなか書き上げられなかったので、ちゃんとテーマに沿った作品と言っていだけて良かったです。よみやすさ、はいつも心がけていることなので、これからも精進しようと思います。
丁寧な感想をありがとうございました。よければ次回もお付き合いしてくださると嬉しいです。

ピンク色伯爵様
こんにちは!読んでいただきありがとうございます。
納得が行っていない点は狐ママン様にご指摘いただいた点そのままです。字数制限との戦いでした……。
鳴海さんの嘘をもっと印象的にする。これは考えていませんでした。私は逆に、ラストで互いが互いのことを好きだったと種明かしする前に、伏線としてお互いが好き合っていたことを伝えておかないと、唐突過ぎて「え?そうなの?」となってしまわないように気をつけなくては、とばかり考えて書いていました。嘘というテーマは「嘘告白」によって消化してしまったものと思い込んでいて、二人の心情の見せ方にはあまり重きを置いていませんでした。最後まで鳴海さんの心情を隠し続け、読者をあえて裏切ったほうが面白いですね。
伯爵様の書いてくださったラスト、とても素敵です。鳴海さんのいいところが存分に発揮されていると思います。むしろこっちでいいんじゃないでしょうか(笑)私は、ラストで「あ、彼女は気遣い屋なだけじゃなくて、こういう可愛い一面もあるんだ」みたいなのが出せたらいいなと思ってああいう風にしました。
この話には「『僕』の嘘=鳴海さんのことが本当は好きだった」と、「嘘告白事件」と、「鳴海さんの嘘=気にしていない、覚えていない」の三つ(もしくはそれ以上?)があるので、それをうまく作中で見せていくのが難しくもあり、見せ方が重要でもあったなと、伯爵様の感想を読みながら改めて思いました。
本当は、字数など気にせず、改稿してもっと長くしたものをこちらに載せようかとも思いましたが、このままでも良いと言っていただけたので残しておこうかと思います。ぶっちゃけ、爽やかな青春を憧れや幻想として書いてしまっているところがありますね……(笑)こういうのいいなー、っていう。
よければ次回もお付き合いください。ありがとうございました。

遥 彼方様
お久しぶりです!感想ありがとうございます。
わかりやすい内容を心がけていましたので、すんなり読んでいただけて嬉しいです。『僕』の鳴海さんへの思いがきちんと伝わっていたようで安心しました。青春いいですよね!
字数制限には本当に悩まされました。テーマに沿って書くというのも初めてだったので苦労しました。テーマからずれたり外れたりしないような物語を考えるというのは難しいものだなと痛感しています。
ラストで鳴海さんがもっとストレートに心情をと良いとのこと。そうですね、それもありだと思います。きちんと互が互いの思いを伝えあえた、という幸せ度がさらに増したラストになりそうです。でも、あえ直接的には言わず、「でもありがと」とだけ伝えるのも良いかなと思ったのは、鳴海さんがここではっきり言ってしまうと少しくどくなってしまうだろうか、すっきりした後味するのにはこれぐらいが一番いいかなと思った次第であります。ラストをどうするかに作者の個性が現れるのかな、とも思ったり。うまく返せなくてごめんなさい、貴重なアドバイスありがとうございます。
感想をいただけるだけで本当に嬉しいです!彼方さんの作品も読ませていただこうと思います。それでは、よければ次回作もお付き合いくださいませ。ありがとうございました。



今回の作品、実は学校の文集(年に一回でるもの)に載る予定のものなんです。「やる!」と引き受けてみたものの、他にも何人かの同級生の小説が乗る予定なので、自分のだけ見劣りしたらどうしようと焦ってばかりいて、全然書けなくて大変でした。でもここで暖かい感想をたくさんいただけて、まあこれで良かったかなという自信が持てました。いろいろな感想をいただけて本当にありがたいです、励みになります。
2014-01-03 21:57:27【☆☆☆☆☆】木の葉のぶ
 こんにちは。学校の文集っていうのは文芸部の文芸誌とはまた違うものなんですか? でもテーマが決まっているということはそういう類のものですよね……? 何にせよがんばってください。文芸誌は高校生の時、教室に置かれていたのをちらっとのぞいてみて色んな意味でびっくりさせられたことがあります。
 さて作品の感想ですが、ほかの方がおっしゃっているように改善点は多くあるかと思われますが、ぼくの好みにはぴたっとはまったのでポイントを付けさせていただきました。駅でぼーっとしていて知り合いのかわいい女の子に声をかけられるというシチュエーションは何度か経験しているので(もちろん恋は成就しませんでしたが)、つい昔を思い出しながら読んでしまいました。もう最後どうなるかどきどきでしたが、ラストのメールの一言は大変よかったです。
2014-01-07 19:50:20【★★★★☆】ゆうら 佑
ゆうら 佑様
返信が大変遅くなってしまい本当に申し訳ありません!感想ありがとうございます。
学校の文集、というのはちょっと語弊がありました、すみません。この一年の学校の様子や行事やなどが書かれた年鑑のようなものです。その中に創作部門(生徒が書いた小説や絵が載る場所)のようなものがあり、そこに載せてもらうことになった次第です。文芸部は私の学校にはないですね……あったら入っていたかもしれません。
この掲示板に来て初めてポイントをいただきました……!光栄です、ありがとうございます。こういう「青春」なシチュエーションっていいなあと思って書いたので、好みと言っていただけると嬉しいです。ラストは、書いているうちにふと、「こうしたらどうか」というのが思い浮かんでそのまま書いたものなのですが、自分でもなかなかうまくいったのではないかと思っています。
それでは、良ければ次回もお付き合いくださいませ。読んでいただきありがとうございました。
2014-02-11 22:45:00【☆☆☆☆☆】木の葉のぶ
[簡易感想]続きも期待しています。
2014-05-29 22:00:16【☆☆☆☆☆】Sara
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。