『時止』作者:風間新輝 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約10.88枚
とうに日が落ちた商店街を僕は一人走り続けていた。シャッター街と言えど、まばらに人は歩いている。既に酒が入っているだろうサラリーマン、買い物帰りの主婦、人々は日常を生きている。そのような日常の最中にある人々は、息を切らして必死の形相で走る僕を胡乱げに見ている。人目につかないように着たはずの黒い服も、僕の様子からは逆効果でしかないだろう。
商店街から一本小道に逸れ、僕は一息ついた。正確には息があがり、走るどころか歩くこともままならないのだ。道の脇の排水溝にしゃがみ込む。焼けるように胸が熱い。息を吸い、吐く。そして、胃の中身をすべて吐き出す。
よろめく足で僕はゆっくりと自身のアパートへ向かう。アパートを見て、僕はほっとした。いつも通りの錆かけた手すり、いつも通りの立てつけの悪い扉、いつも通りのアパートだ。錆かけた手すりに体を支えさせ、二階へと上がっていく。上がったところで救いも何もないことはわかっていた。それでもほっとしたのだ。震える手で鍵を取りだし、扉を開けるようとするが、なかなか開かない。漸く扉を開き、室内に入り込み、そのまま玄関に倒れこむ。僕の意識は徐徐に薄れていった。

 あれは「僕」だ。僕は地上のはるか高くから5ヶ月前の「僕」を見ていた。これからの高校生活と初めての一人暮らしに緊張と興奮に体を硬くしていたことを思い出す。傍から見てもわかるほど、緊張していた。始業式が厳かに始まり、校長の挨拶があった。当時の「僕」は真面目に聞いている。そんな「僕」が今の僕には輝かしくも、愚かしくも映る。
 
 記憶は徐徐に進む。
 始業式の後、一人で探険と称して学校のあちこちをまわっていたことを思い出す。僕の記憶とシンクロして、「僕」はまだ築2、3年の大きな体育館に近づいていく。
 行くな! 思わず、声をかけるが、届くはずもない。体育館の中を覗き、遂には体育館裏へと「僕」は歩いていく。
「早く、金を出せよ」
 目つきの悪い不良が、体が小さく、気の弱そうな男の胸ぐらを掴んでいる。
 不良のほうも決して筋骨隆々なわけでもない。茶色に染め上げた髪を後ろに流し、髑髏のシルバーアクセ、派手なスタッズベルト、学生服をだらしなく着崩している。すべてが自身を大きく見せようとする虚栄でしかない。
「吉田さん、もう、お金がないんです。勘弁してください」
 涙ながらに訴えている。
「親の財布から盗ってくればいいだろうが。ふざけてんのかよっ」
 吉田は回し蹴りを脇腹にいれる。
「止めろよ!」 
 「僕」が吉田の肩を掴んだ。吉田は「僕」の手を払いのけ、「僕」を睨みつける。気の弱そうな男は何も言わず、「僕」を悲しげに見ている。彼にはきっとわかっていたのだ。「僕」の行動が如何に愚かで、如何に無意味かということを。吉田が「僕」の右頬を殴り、のけぞった「僕」のみぞおちに蹴りをいれる。「僕」は悶絶している。吉田は更に背中を蹴りつける。吉田はうずくまる「僕」をよそに「僕」の鞄から財布を取り出し、現金と学生証を抜く。
「山田優太か。名前と顔は覚えたからな。明日、あいつが持ってくるはずだった5万を持って来いよ」
 吉田はうずくまる「僕」の横っ腹を蹴りつけ、去って行った。

 更に記憶は現在へとゆっくり近づいていく。
「山田く〜ん。黙って帰ろうとはいい度胸してるね」
 吉田が声をかけると同時に「僕」の腹に拳を叩き込む。不意を衝かれた「僕」がその場にかがみこむ。「僕」は吉田の仲間に髪を引っ張られて顔を歪めている。「僕」が腕を振り回して必死に抵抗するが、手慣れた感じで吉田の仲間は「僕」の腕を掴み、ねじり上げる。
「さすがにここでは人目につくからよ。加藤、トイレまで連れてけ」
腕をねじり上げられた「僕」はなす術なく、加藤に引きずられるようにトイレまで連れて行かれる。トイレに着いた途端、加藤が「僕」の腕を離し、背中を蹴りつけた。勢いよく「僕」が前のめりに転ぶ。吉田が「僕」に近づいていき、髪をつかみ、脇の便器に顔を突っ込む。頭を打ったのか、「僕」はそのまま動けないでいる。吉田は下卑た笑いを浮かべ、ズボンのファスナーを下ろした。一物を取り出し、「僕」に目がけて放尿をする。
 客観的に見ることしかできない僕は、悔しさに唇を噛み締める。記憶通りに時間が進んでいくのを見るだけなのだ。
「明日、金を持ってこなかったら、殺すからな」
 吉田が立ち去った後、「僕」は泣きながら、立ち上がる。僕にはその「僕」の姿がもの凄く惨めに見える。

 更に記憶は進む。
「今日も、持ってこないってのはどういうことだぁ。殺されたいのか!」
 教室で帰り支度をしている「僕」は突然、蹴り飛ばされ、椅子と机を倒しながら、倒れ込む。吉田はその「僕」の髪を掴み、無理矢理立ち上がらせる。クラスの奴らも先生も見て見ぬふりをしている。吉田は理事長の息子で、逆らうものなど誰もいなかった。金のためではなく、自分が暴れたいから、こうやって脅しているのだから、質が悪い。吉田は煙草に火をつけ、「僕」の頬に押し付ける。熱さに顔を背けようとする。でも、それすらさせてはもらえない。何回も何箇所も煙草を押し付けられた。当時の「僕」は歯向かう気力もなく、完全に無気力状態になっていた。毎日増える痣、毎日濃くなる痣。助けを求める人が誰もいないという絶望。毎日がただただ苦痛だった。自殺を何度考えたかわからない。それでも、ここで死んだら僕の負けだといつも自分に言い聞かせて堪えていた。

 記憶は一気に飛躍する。
 これは今日の記憶だ。
「お前の妹、霊城学院に通ってるらしいな。連れてこいよ。皆で可愛がってやるからさ」
 吉田は下品に唇の片側を歪め笑う。霊城学院は県下トップの成績を誇るお嬢様学校だ。散々殴られて立つ気力もなかったことを覚えている。それでも「僕」は怒りを原動力に立ちあがり、拳を吉田の頬に叩きこんだ。唇が切れ、うっすらと血がしたたる。
 予期せぬ反撃に吉田は一瞬怯んだ。しかし、吉田は唇の血を拭うと、顔を真っ赤に紅潮させて「僕」を蹴りつけた。散々殴れた後の「僕」にそれ以上抵抗する体力はなかった。
「そんなに妹が可愛いのか? お兄ちゃんよ〜。お前の妹、お前の目の前で輪姦してやるよ。調べようと思えば、すぐわかるんだぜ。俺に歯向ったんだから、覚悟はできてんだろぉがよ」
 吉田は更に俺を蹴りつける。動かなくなった「僕」に唾を吐きつけ、立ち去った。
 あの時の「僕」には明確な殺意が芽生えていた。「僕」はアパートに帰り、電話帳で吉田の電話番号を調べ、電話をする。
「今、持っているお金をすべて渡しますから、妹は勘弁してください。どうか勘弁してください」
「そうかよ。なら、今から体育館裏まで金を持ってこい。額によっては許してやるぜ」
 吉田が勝ち誇ったように楽しそうに話す。何をされても金を払わなかった「僕」がついに屈したと思ったのだろう。

 「僕」は電話をきると、箪笥から普段着ることのない黒の厚手のジャケットを取り出し、袖を通した。そして、台所に向かい、引き出しから包丁を取り出す。包丁をズボンのベルトに挟み込み、ジャケットで完全に隠れることを確認する。ゆっくりと「僕」は歩き出し、徐徐に闇を帯つつある街を抜け、学校へと向かう。今から人を殺すというのに妙に落ち着いた気分だったのを覚えている。「僕」は学校につき、体育館へと向かう。すでに吉田は来ていた。
 吉田は体育館の舞台上に腰をかけている。「僕」に気づくと早くこっちにこいと言わんばかりに顎で指図する。
 「僕」はゆっくりと舞台に上がる。
「ほら、はやく金を出せよ。」
 吉田は立ちあがり、「僕」に手を伸ばす。「僕」はゆっくりと吉田に近づいていく。
 世界がすごくゆっくりと動く。窓があいているのか、カーテンがゆっくりとたなびく。
 「僕」が包丁を引き抜いた。吉田は現状を理解できず、惚けたような表情を浮かべた。しかし、それも一瞬のことだった。すぐに顔が青ざめ、慌てて後ずさる。もう二人は舞台上に上がっているのだ。
「さようなら……」
 「僕」は自らの体重を吉田に預けた。さも愛しい人に体を寄せる少女のように。驚愕、絶望、憤怒、それぞれが入り混じった表情を浮かべ、吉田の動きが硬直した。「僕」は吉田の胸から一気に包丁を抜いた。血が噴き出す。吉田の動きは硬直したままだ。そして、吉田の時は、命は止まった。


 僕は目を覚ました。口元が笑っていることに気づき、自身に驚く。時計に目をやる。10時30分だった。とても喉が渇いていた。台所に行き、コップに水を注ぐ。一気に飲み干し、一息つく。コップを流しに置こうと手を伸ばし、ベルトに包丁が差し込まれたままだと気付いた。包丁を抜く。黒みがかった赤が視界に入る。僕は吉田を殺した。人を殺した。人を殺したのだ。包丁を持った手から力が急速に抜けるのを感じた。包丁が手から抜けた。包丁が床に落ちる。同時にわずかに痛みが走った。包丁を落としたときに指を切ったのだ。
 洗面所に行き、タオルで傷を押さえる。血が熱い。そう、僕は生きている。生きているのだ。僕は天井を見上げ、大きく息を吐きだした。視線を戻すと、洗面所の鏡が目に入った。
「うわっ!?」
 鏡の中に吉田がいる。死んだはずだ。僕は生きていた。おまえは死んだのだ。振り返るが、誰もいない。かなり速くなった鼓動をなんとか落ち着ける。そう、吉田は死んだ。僕が殺したのだ。
 もう一度、鏡を覗く。吉田が唇を限界まで歪め、こちらを見ている。
「うわぁああ」
 僕は腰を抜かし、そのまま後方のドアまで下がる。洗面所を飛び出し、ドアを閉める。中には誰もいない。吉田は確かに死んだのだ。僕はそう自分に言い聞かせ、深呼吸をする。
 どれくらい動かずに座っていたのだろうか。部屋に陽が差し込んできた。寝れないままに僕は座り続けていたのだ。
 少し寝よう。僕が目を閉じようとした瞬間、突然に吉田が目の前に現れた。「消えろ! お前は死んだんだよ! 自業自得だ」
 吉田が僕の首を絞める。僕の意識は遠のいていった。

 コツコツと玄関の扉を叩く音が聞こえる。確かに聞こえている。僕は生きている。目が覚めて自分が生きているという実感が沸いた。扉を叩く音に慄きながら近づいていく。
「警察です。少しお話を伺いたいのですが……」
 僕は扉を開ける。そう、吉田は死んだ。僕は確かに生きている。
2013-11-10 01:17:05公開 / 作者:風間新輝
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■作者からのメッセージ
以前投降した作品を久方ぶりに読み返しました。
読み返すとどうにもこうにも内容が薄い。(今もか)
というわけで、ストーリーの骨子は一緒ですが、序盤からラストまで改変してみました。
メッセージ性があるような、ないような。
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