『LIFE』作者:TAKE / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
何でもない生活を過ごす私達が気付かないところでの、人と人の繋がりを描いてみました。
全角5400文字
容量10800 bytes
原稿用紙約13.5枚
 またどこかの高校生がイジメを苦に自殺したらしい。
 ニュースを見た自称詩人は、命について考えた。こんな事が起こるのは、学校というごく小さなコミュニティの中だけなのに。社会に出てから享受するはずだった小さな幸せを、彼は全て投げ捨ててしまった。
 やりきれない思いを彼は言葉にしたためた。

 生きて 生きて 死にたくても生きて
 そこに意味を 今は見出せなくてもいいから

 7連に渡って綴った文章を、誰も自分の顔を知らないネットの世界に投稿した。

 路上ミュージシャンとして活動する彼は、インスピレーションを求めて詩の投稿サイトに目を通していた。
 ミュージシャンという呼称が彼は苦手だ。なんだかナルシストになったみたいで。まあ人前で歌を歌うなんて、ある程度のナルシシズムを持ち合わせていないと出来ない事かも知れないけれど。歌い手や、歌うたいといった方がしっくりくる。
 一つの詩が目に止まった。ある人の死と、同時に遠いどこかの国で生まれる生。ただ生きるという事の大切さと、真正面に向きあった言葉だった。
 彼はギターを抱え、その詩をアレンジしてリズムを付けた。もっと誰かに伝わらなければならない言葉だと思った。
 翌日駅前に行き、いつものように機材を広げ、歌を唄った。降り始めの雨のように、ポツポツと人が立ち止まり、彼の声を聞いた。
 しばらくすると、本当に雨が降ってきた。傘を持ってきていなくて、あわててアンプに上着をかぶせた。路上ライブは中止だ。
 最初から立ち止まってずっと聞いてくれていた、リクルートスーツの女性がビニール傘を差し出した。
「よかったら、そこのコンビニまで行きましょう」
 二人は並んで街を歩いた。
「どうも。助かりました」
「いえ。……あの新曲、すごくよかったです」
「ありがとうございます」
「応援してます。頑張ってください」
 そんな言葉を交わし、彼らは別れた。

 下宿に帰ってくると、ポストに封筒が届いていた。先週採用選考を受けた中学校の面接結果だ。
 スーツのジャケットを脱ぎ、彼女は封筒を開けた。
〈残念ながら今回は、不採用とさせて頂きます〉
 溜め息をついた。
 自分が誰にも必要とされていないような感覚に襲われる。

 自分が生きてる意味って何だろう?

 気がつくと、路上で聞いたあの歌を口ずさんでいた。一度聞いただけでワンコーラス覚えている自分に少し驚いた。
 化粧を落とそうと、鏡を見る。肩まで伸びた髪を後ろでまとめた、無個性な女がそこにいた。
 3分ほどその姿を見つめていた彼女は、髪をほどいて私服に着替えると、財布だけ持って部屋を出た。
「10cmぐらい切ってください」
 近くの小さな美容院で、ハットをかぶった美容師に彼女は言った。
「いいの? 伸ばすって言ってたのに」
「いいんです。気分変えたくて」
 美容師は納得顔でうなづいた。「失恋?」
「いえ、そんなんじゃないです」
「じゃあ就活だ」
「……はい」
 美容師は彼女の黒い髪を、ためらいなく切り始めた。

 閉店時間の7時を過ぎて、美容師は床に散らばった髪を箒で掃いていた。
「レジチェック終わりましたー」
 今日一人だけシフトに入っていた、女性の美容師が言った。
「おつかれ。じゃあ閉めるか」
 箒を仕舞ったその時、ポケットの携帯が震えた。地元の宮城で暮らす母からだった。
「はい、もしもし」
〈もしもし? 私。そろそろ店が終わる頃だと思って〉
「もう帰るとこだけど、何?」
〈あのね……お父さん、帰ってきたの〉
「それって――」
 震災で家が壊れ、未だ仮設住宅に住んでいる母は、2年前に津波で流され行方不明になった父の、服と胴体の骨が見つかったのだと言った。
「……そっか」
〈今度、いつ帰ってくる?〉
「ちょっと……分からないな。明日も店あるし」
〈そう……なるべく早くお願いね〉
「分かった」
 電話を切ると、女性の美容師が怪訝な顔をして電話の内容を訊いてきた。
「実家からだよ。父さん、見つかったって」
  彼の事情を知っていた彼女は、顔色を変えた。
「すぐ行ってあげてください」
「でも、仕事休めないだろ。行くとしたら月曜になってから――」
「明日は誰か他の人召喚しますから。優先順位を考えてください」
 有無を言わせぬ目に押され、彼は里帰りをする事にした。一旦帰宅し、着替えと煙草とミントガムを携えて車に乗り、ガソリンスタンドへ寄ってから東北自動車道を飛ばした。

 いつ行けるか分からないと言ったのに、息子は翌朝帰ってきた。
 2年振りの再会を彼は喜べず、ただ涙を流した。
「どんな形であれ、帰ってきてくれてよかった」母はそう言って笑った。「久しぶりに家族が全員揃ったわね」
 隣の部屋に住んでいる女性と、高校2年生になる娘の親子が、菓子折りを持って訪れた。
「見つかったんですね」骨壷を見て、母親は言った。
「お陰様で。これだけ時間が経っていたのに」
 母は急いでお茶を出し、彼女達はお互いのこれからの生活を話した。
「娘が2学期を終えたら、実家の埼玉へ引っ越す事にしたんです」
「あら、そうなんですか」
「はい。兄夫婦もいますので」
「私はもうしばらく、ここでの生活が続きそうですねぇ。土地が元に戻る目途もまだ立たないですし」
 少し離れたところで、息子は娘さんの話し相手をしていた。
「看護士になりたいの」少女は将来の夢を語った。
「そうなんだ。……助かるはずの命を、もう見過ごしたくは無いもんね」
 彼がそう言うと、彼女はうなづいた。
「お兄さん、今東京で頑張ってるから、埼玉からたまには遊びにおいでよ。散髪代割引してあげるから」
「本当?」
「本当」

 冬休みが終わる頃、少女は名取市を離れ、埼玉の高校へやってきた。
 住み慣れた家はとっくの昔に無くなっていたので、郷愁は感じなかった。ただ親友や、ひそかに好きだった彼との別れが、彼女の胸を締め付けた。
「最初に自己紹介をしてください」メガネをかけていて、爽やかな印象を感じる男の先生が、初めての登校日に教室で言った。
 彼女は名前を言い、宮城から来た事を言い、震災を経験した事を言った。
「出来れば、ロング・ホームルームでその経験を話して欲しいんだ。皆に真実を伝えて、社会を見つめる目を持ってもらいたい。構わないかな?」
 彼女はうなづき、毎週金曜日の6時間目に、自らの経験を話した。家が壊れた事、津波で流されかけた事、水浸しの町を歩いていると死体が流れてきた事、父を失った事。
 その現実に生徒は驚き、口を押さえる者もいた。彼らは自分の生活とかけ離れた経験をした彼女に接する事を、ためらうようになっていた。
 1日中誰とも口を利かない事も、珍しくなかった。まだ仮設住宅で暮らしていた方が幸せだったと思い、彼女はそれを母に訴えた。
「私も新しい職場ではかわいそうな人だって見られる事はあるの。そういう時は自分からコミュニケーションを取りに行かなきゃ」
「それが出来たら苦労しないよ。今になって話しかけに行ったら、無理してる感じがして余計かわいそうな人に見えるじゃない」
 彼女は先生にも相談した。
「確かに、みんな君の事を腫れものを扱うみたいに接しているな。どうしたもんかなぁ……」
「ちゃんと輪の中に入りたいんです。助けてください」

 生徒から深刻な相談を受けた帰り道、彼は解決策のヒントを求めて本屋へ立ち寄った。教師向けと見られる教育本を2冊に、心理学の本も一冊携えて、レジへ向かった。
「5260円です。……あの、学校の先生なんですか?」
 支払いを済ませようという時に、突然大学生風の店員から質問を受けた。
「私、今就活で学校の面接をいくつか受けてて。もし良ければアドバイスなんかして頂けたらって思うんですけど……」
「あー……」
「あ、すみません。迷惑ですよね。私、もうすぐ上がりで、お客さんも少なかったからつい」
 少し考えた後、これはいい機会なんじゃないかと思った。
「僕が答えられる範囲でなら。その代わりって言うとアレなんですけど、今こっちも生徒の女の子の事で悩んでて……意見を聞かせてもらえます?」
 そう言うと、彼女は何度も頭を下げて礼を言い、あと5分で上がるから時間を潰していてくださいと頼み、次に来た客の対応に移った。
 店先で待っていると、服を着替えた彼女が出てきた。
 向かいの喫茶店でコーヒーを飲みながら、彼は彼女の質問に答え、自分の経験を含めたアドバイスをした。
「本当にありがとうございます。それであの、そちらの相談って何ですか?」
 彼は宮城から来た生徒の事を話した。自分が悲惨な経験を話させたせいで、他の生徒から疎外されていると。
「あー。私は大した原因が無いんですけど、似たような事はありました。何かグループを作って対抗する事をしたらいいんじゃないですか?」
「グループか……」
「はい。ほら、そうなると必然的に話さなきゃいけないじゃないですか。私も大学でなかなか友達が出来なかったんですけど、ゼミでチームを組んでプレゼン発表するっていうのがあって、それで仲の良い友達が出来たんです」
「なるほどねー」
「だから、その子がチームにいれば有利になるような対抗戦をして、コミュニケーションを取らせれば」
「いい事聞きました。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。無理を聞いて頂いてありがとうございます」
 その週のロング・ホームルームで、彼はクラス内でのディベート大会を行った。チームはくじ引きで決め、少女がこれまで話した経験から、被災地を復興させるにはどうすればいいかというテーマで議論をさせたのだ。
 結果は少女の入ったチームが、被災地に本当に必要なものを次々と挙げて勝利し、彼女の周りは仲のいい生徒で溢れるようになった。
「ありがとうございます」少女は彼に言った。
「いや、僕は何もしてないよ。友達が出来たのは、君自身の力だ」

 本屋で出会った教師のアドバイスを心に留めて、彼女は最終面接に臨んだ。膝の上で拳を握り、首筋に汗をかきながらも、アドバイスを生かした言葉を繋いで好感触の反応を得た。
 1週間後、下宿のポストを見ると、また封筒が入っていた。今度こそ、と下唇を噛みしめ、一呼吸おいてから開封した。
〈厳正なる選考の結果、弊校は貴殿を採用する事となりましたのでご連絡致します〉
「やった……!」
 彼女は封筒をベッドに放り投げ、ガッツポーズをした。同じ拳でも、面接の時と今とでは、全く違う人の手に見えた。
 記念に髪を少し染める事にした。
「何かいい事あった?」美容師は笑顔を浮かべる彼女に言った。
「はい」
「内定取れたんだ?」
「はい!」
 おめでとう、と言いながら彼はその髪をグシャグシャと撫でた。
「実は俺にもあったんだ」
「何ですか?」
「あのね」そこで言葉を区切り、彼は囁き声になった。「彼女できたの」
「本当に? ていうか、彼女いなかったんですか」彼女も囁き声で返した。「誰なんですか?」
「向こうでオッサンの髪切ってる子」
「聞こえてますよー」女性の美容師は言った。
「俺まだ32だよ。君と3つしか違わないじゃないか」髪を切られている常連の男性が言った。
「すんませーん」
 その時、有線放送から、聞き覚えのある歌が流れてきた。
「あ、この曲……」
 彼女は呟いた。

 生きて 生きて 幸せをつかんで
 それが僕らに ただ一つ出来る事かも知れないから

「知ってるの?」
 美容師が訊くと、彼女は一層大きな笑顔を浮かべた。


 それから4年が経ち、結婚した美容師達には新しい命が宿っていた。
「はい、もしもし」
 客足が途絶えてレジの整理をしていたその時、携帯に電話がかかってきた。結婚を機に東京へ引っ越し、妻を病院で見守っている母からだった。
〈もしもし? あの子、陣痛始まったみたいよ〉
「え……マジで?」
 彼は装具を外し、シフトで入っているもう一人の美容師に事情を説明し、店を飛び出した。
 分娩室の外でその時を待ち、3時間が過ぎた。
 産声が響き渡り、少しだけ涙を流した彼は、それからまた30分ほど病室の外で待たされた後、母親と共に部屋へ入った。
「元気な男の子ですよ」付き添いの看護士は、猿のような顔をした生まれたての赤ん坊を彼に渡した。
「ありがとうございます」彼はようやくその手に抱いた我が子をじっと見つめた。
「あの……覚えてます?」看護士は言った。
「え?」
「あら、あなた!」母親が気付き、驚きの声を上げた。
「……もしかして?」
 4年前の夢を叶えた彼女は大きくうなづき、笑顔を見せた。
「今度お店に行かせてもらいます。約束通り、ちゃんと割引してくださいね」



Fin.
2013-08-04 23:33:14公開 / 作者:TAKE
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■作者からのメッセージ
去年大学のゼミの合宿で、仙台へボランティアに行きました。
音楽活動で震災の3日前に、その出来事を予知するかのような曲を書いた事もあって、そこで見た事の全てが強く印象に残っていました。
この作品に対する感想 - 昇順
TAKE様の心の覚書として、たいへん瑞々しく、涼やかに拝読いたしました。
覚書、という表現をするのは、小説としてまだ充分に成立していないと思われるからで、たとえばラジオドラマのシナリオとしてなら、声優さんの声、音楽、効果音等の演出しだいで、佳作となることも考えられます。
これらの情景を、頭と心の中でもうちょっと発酵させると、たぶん数十枚くらいの、好短編になる気がします。
2013-08-12 02:20:46【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
計:0点
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