『Days Over』作者:トレイスフォード / ~Xe - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
突然襲われた滝川レミ。彼女を襲ったのは彼女自身も知らない外人。何故、彼女が襲われたのか? それはすぐに答えが出た。滝川レミが恐ろしい別人に変わったのだ。恐ろしい残虐な事件とともに次々と隠された真実が紐解かれていく。今までにないスタイルの残虐小説。
全角105417文字
容量210834 bytes
原稿用紙約263.54枚
 二〇四〇年四月七日の午前三時を過ぎた頃。
妙に生温い風が生き物のように駆け抜ける真夜中、東京港区ではサイレンを鳴らしながら数台のパトカーが蛍のように赤い光を発光して走っていた。それらの赤い光は中心街から離れたところにある、閑静な住宅街を横切るように延びた国道へ吸い込まれていった。
ほんの数分前に、国道沿いにある倉島温水プールで女性がシャワー室で襲われたと麻布警察署に通報が入ったのだ。
麻薬取締りの為、ゴロツキどもを相手に中心街を走り回っていた村岡と有村が現場に到着したのは連絡を受けてから二十分後のことである。
 安眠を妨害された近隣の住民たちは眠い目をこすりながら、何があったのだと言わんばかりの表情で現場周辺に集まってきていた。だが、カメラを持った報道記者という名のハイエナ達の姿はまだ見えないようだ。
警官数名はプール周辺で住民が立ち入らないように警備している。
「一体何があったんですか?」
「捜査上のことは話せません」
 住民たちを掻き分け、村岡と有村は場内へ入っていった。入口から事務所の横を通って、通路の奥にある女性用更衣室に向かう。事件現場では鑑識が数名、既に鋭い目付きで周辺の指紋や髪の毛などを採取していた。
「ガイシャはどこですか?」
「はい、第一発見者の友人で滝川レミさんです。今は首を絞められたショックで意識を失っており、丸橋総合病院に救急車で搬送しました」
「身内への連絡はしましたか?」
「いえ、所持していた携帯から身内らしき男性の番号がわかりましたが、命は助かっているわけですから、真夜中ということもあり、まだ連絡はしていません。連絡先はこれです」
番号が書かれたメモを受け取った。
「なるほど、では俺の方で連絡します。第一発見者はどこですか?」
「今、休憩室で休ませています」
警官の一人が通路の向こうに視線を向けた。突き当たりに休憩室らしきものが見え、中に女性が座っているのが見える。
「それで事件の概要は?」
「はい、ガイシャがシャワーを浴びているときに何者かに首を絞められたそうです。友人の水沢奈美さんがそれを目撃して悲鳴をあげたので、犯人は逃走し、一命を取り留めたようです」
「進入経路は入口からしかなさそうですが、事務所では気付かなかったんですか?」
「はい、夜間は客も少ないので、従業員は他の事務作業をしていたそうです。それ以外については事務所で事情聴取しています」
「ホシについてわかっていることはありますか?」
「はい、第一発見者の話ではホシは女性で、しかも外国人のようです」
「外国人か……。有村、彼女を署に連れて行って、事情聴取をしてくれないか?」
「えぇ、わかったわ。村岡さんはどうするの?」
「俺は事務所で担当者から話を聞いてみる。その後病院に向かって、ガイシャの回復を待ってみる。大丈夫だとは思うが、ホシが再び彼女を狙ってこないとは言えないからな。それと身内には俺から連絡しておくよ。色々と聞きたいこともあるからな」
それだけ言うと、村岡は事務室へ向かった。
 有村は奥にある休憩室へ向かった。小さな自動販売機と二人掛けの長椅子がひとつ置いてあるだけの小さな休憩室である。腰を下ろしている警官の隣には細身の女性が見える。二十代前半ぐらいだろうか。その女性は下を向いたまま泣いているようだ。室内から話し声が聞こえてきた。彼女を気遣うようにそっと扉を開けて入っていく。話していた警官が有村に気付いたようだ。
「お取り込み中だったかしら?」
「いえ、大丈夫です。雑談していただけですから」
警官は有村が座れるように席を空けた。彼女を見つめながら、ゆっくりと腰を下ろす。
「あなたが友人の水沢奈美さんですね。私は刑事課の有村といいます。これから署で事情聴取させて欲しいの。協力してくれますか?」
有村の優しい声に反応するように彼女は黙ってうなずいた。
「彼女を署に連れて行きますので、あとのことは宜しくお願いします」
彼女を連れて外に出ると、入口付近に停めてあった車に乗せて麻布警察署へ向かった。
 一方、村岡は事務所にいる担当者から事件発生時のことを詳しく聞いていた。
「……ということは発生当事の状況としては、声をかけられるまで窓口に出ることはないということですね」
「ですから、溜まっている仕事もありましたので処理をしていたんですよ。客数が少ない夜中ということもありましたし……、それでも時々は不審なものがいないかを見回りしていたんですよ」
四十代半ばぐらいのその男は弁解するような口調で答えた。それでも、何かしらの自責を感じているのだろう。言葉の端々が震えていた。
「事件発生当時、客は何人いたんですか?」
「彼女達だけでした。大体は午前〇時前後には帰りますからね。今では夜中の営業をやめようかとの話が持ち上がっているくらいですから……」
「ところで、どうして防犯カメラをつけないんですか?」
「それは社長が判断することですから、俺には何とも言えません。でも、他の従業員からつけた方がいいと言われていた最中だったんですよ」
「そうですか。ここの入口は一箇所だけですか? 例えば従業員専用の入口とかはないですか?」
「いえ、そこだけです」
「最後にひとつだけお伺いしますが、外人女性客が来ることはありますか?」
「どうでしょうね。私が担当している日は一度もありませんが、他の担当者の時は来ていたのかもしれません」
これ以上の進展は見込めないと判断した村岡は事務所を出ると車で病院へ向かった。

翌朝六時を過ぎた頃。村岡は滝川レミの身内へ電話をかけた。
「はい、滝川ですが……」
電話の向こうからボソッとした冴えない声が聞こえてきた。
「麻布警察署の村岡と申しますが、滝川レミさんのご家族でよろしいですか?」
「はい、レミは私の妹ですが、何か……」
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「私は滝川雄二と申しますが、妹に何かあったんでしょうか?」
「えぇ……、実は昨夜、東麻布にあるプールのシャワー室で妹さんが何者かに首を絞められましてね。一緒に泳ぎに行った友人がそれを目撃して大声を上げたそうです。犯人がその声で逃走した為一命をとりとめたのですが、襲われた時に精神的なショックを受けましてね……。今は意識が回復するまで丸橋総合病院で保護しています。とにかくこちらまで来てもらえませんか。詳しい事はそこでお話しします」
「わかりました。すぐ、そちらに向かいます」

それから一時間ほど過ぎてから彼が現れた。警官の一人が急ぎ足で二階の病室前にいる村岡に向かってくる。
「滝川さんのご家族が見えました」
看護婦の後についてくるメガネをかけた細身の男性は軽く頭を下げた。
「滝川雄二さんですね。先程電話でお話した村岡と申します。妹さんはこちらで安静にしています」
特に病人というわけではないのだが、警察の要請で個室に入っていたのだ。看護婦が扉を開けると、ぐっすり眠っている妹の姿が見えた。彼はベッドに横たわるレミを見つけると駆け寄った。彼女に顔を近づけて声をかけた。
「レミ……」
レミは何もなかったかのように優しい顔つきで熟睡していた。レミを見下ろす雄二の顔に少し開いた唇から漏れる寝息がかかる。首筋には絞められたときの痕らしきものが見えていた。雄二はその首筋を軽く手で触れた。
「何で、レミがこんなことに……」
妹を見つめる雄二の心を察したかのように看護婦がささやく。
「もう少しここで安静にしておいた方がよろしいでしょうね」
掛け布団からレミの華奢な肩口が見える。
雄二は看護婦に軽く会釈をすると病室を出た。腕を組み、背中を壁にもたれるようにして立っている村岡の姿が雄二の視界に入る。雄二の中には、抑えきれないような、どうしようもない怒りが込み上げてきた。
「刑事さん、何でレミがこんな目に……。刑事さん、レミを苦しめた犯人を早く捕まえてください!」
雄二はいつの間にか、怒りの矛先を村岡に向けていた。
「もちろん、必ず犯人を捕まえて見せます。それで昨夜の事件についてお話ししますが、ちょっとここでは話せませんので別室へ行きましょう」
二人は別室に移動した。そこは小さな事務室で、中央に簡易机と椅子が二つ置いてあるだけの部屋である。壁には院内用の掲示物が貼られたままになっている。
「ここなら他の誰かに聞かれることはないでしょう。どうぞお掛け下さい」
雄二が腰を下ろすと、村岡刑事は一瞬ためらいがちに視線を机に落として、咳払いを一つ。それから雄二に視線を合わせると言葉を選ぶように話し始めた。
「昨夜遅くに友人と二十四時間営業している倉島温水プールに行ったらしいのですが、先に泳ぎ終えた彼女がシャワー室に入っていたときに後ろから何者かに首を絞められたようです。後から更衣室に入って来た友人の水沢奈美さんがシャワー室の扉が開いていることに違和感を感じて、シャワー室に近づくとレミさんが何者かに首を絞められている現場を目撃したようです。すぐに大声で叫んだので、犯人は彼女を突き飛ばして逃げたそうです」
「そ、それで、犯人の目星はついているんですか?」
「それについてはまだ捜査中ですが、彼女の友人の話では襲ったのは金髪の外国人女性らしいです。もちろん顔をはっきりと見たわけではないので、確証はありませんが……。妹さんが接触しそうな外国人とか、何か心当たりはないですか?」
雄二はしばらくの間、レミが外国人に関係することはないかと記憶の糸を辿ってみた。
「そうですね、私が知る限りは特に無いと思います。ただ、しばらく離れて暮らしていたので、最近の交友関係についてはわかりませんが……」
雄二は頭を掻きながら答えた。
「そういえば妹さんは外国人のような顔立ちをしていますよね? 失礼なことをお伺いしますが、ご両親のどちらかがハーフで、そのどちらかの連れ子ですか?」
不思議そうな顔で問い掛ける村岡に、雄二は深い溜息をつく。
「そう言われても仕方ありませんね。兄と妹という関係にありながら、顔は全然似ていませんからね。これは私が小学校に入学した日の夜ですが、レミの母親が突然家に訪ねてきましてね。多額の謝礼を払うので彼女を引き取って欲しいと言ってきたんです。さすがに無理と断ったらしいのですが、どうしてもと頼まれて渋々引き取ったそうです。それ以降は兄妹のように両親が育ててくれました」
レミの母親の姿は当時小さな雄二にも忘れる事ができないほど、必死で娘のことを思い、引き取ってもらえるように懇願していた。幼い雄二はそれを陰からそっと見ていたのである。雄二は重々しい口調で話すと瞼を閉じた。
「そうでしたか……。それ以外に何か変わったことはありませんでしたか?」
「それ以外にですか……。あっ、そうそう、今回のこととは関係ないかもしれませんが、以前に外国人に掃除機を盗まれたことがあります」
「掃除機ですか? また、何で?」
「それが、私にもよくわからないんですよ。なぜ、掃除機なのか……」
「そうですか。色々とご協力有難うございました」

 同日午前九時半頃。
 麻布警察署の有村の携帯電話が鳴る。村岡からである。
「目撃者の事情聴取はどうなった?」
「えぇ、今終わったところよ。星は全身黒ずくめだったそうよ」
「そうか。それじゃあ、外国人ということ以外は手掛かり無しということか」
「そうでもないみたいよ。先程、米国警察から滝川レミを保護しろと連絡があったわ」
「何だって? 何で米国から? ということは米国警察では何か知っているんじゃないのか?」
「私もそうだと思う。ねぇ、村岡さん。私、思うんだけど、この事件って何か臭うと思わない?」
有村の直感が匂いをかいだ。
「あぁ、確かに普通の事件とは事件の質が違うな。第一、面識が無い国外の者が彼女を狙ってきたんだ。それで、今後の方針は?」
「まずは事件関係者の安全を優先させた方が良いということになってね。しばらくは自宅に戻らずにホテルに泊まってもらうことになったわ。滝川レミさんとお兄さん、友人の水沢奈美さんの三人よ。そして、私も村岡さんと同行して、ホテルに泊まることになったわ」
「残りはホシの捜査ということか……」
「そういうことになるわ。ところでそっちは何かわかったの?」
「まぁな。雄二さんからの話では彼女が訳ありの養子だということだ。もしかしたらその辺りのゴタゴタが絡んでいるのかもしれない。それはいずれはっきりするだろう。そうだ、ひとつ頼まれてくれるか?」
「私に出来る事なら……」
「以前に滝川雄二の家に空き巣に入ったことがあるらしい。その家は今はないということだが、その時に警察に被害届けを出しているらしいんだ。その書類をコピーして持ってきて欲しい」
「ちょっと、ただせさえ個人情報保護法でうるさい世の中なのよ! それを私にしろっていうの? そういう頼みなら、高くつくわよ」
「頼めるのは君しかいなくてさ。そのうち、ステーキでもご馳走するからさ、頼むよ……」
「しょうがないわねぇ。はいはい、わかりました」

雄二はレミの目が覚めるのをベッドの隣で待っていた。
「あっ……、た、助けて……」
レミが寝言で助けを求めている。
「レミ! レミ!」
目が覚めるのを待ちきれず、身体を揺さぶった。レミは寝ぼけ眼で雄二を見た。
「ん……? お兄ちゃん?」
「レミ、俺だ! 雄二だ! 大丈夫か!」
襲われた時のことを再び夢で見たのだろう。
「ハァ、ハァ……、助かったのね……」
「シャワー室で誰かに首を絞められているところを友人が発見して助けてくれたようだ」
雄二は村岡刑事から聞いたことを話した。
「それで奈美は?」
「今頃は警察で事情聴取を受けているはずだよ。それより、首は何ともないのか? 随分強く締められたみたいじゃないか」
雄二の目にもはっきりと映るほど首筋には紫色に鬱血したアザが残っていた。
「少し痛むけど、それほどでもないよ……。でも、奈美がいなかったら、私、きっと殺されていたんだよね……」
レミの大きな瞳から涙が溢れてきた。

 同日同刻。
 大阪某所の地下軍事施設では早朝からタケル・バードナーが格闘訓練をしていた。
ここにはタケル専用に特別に用意されたトレーニングルームがあり、四方の壁に空いている数十箇所という穴から一斉に飛び出す槍を格闘術で打ち払い、体に刺さらないようにするのだ。当然のことながら高い運動神経が要求される。
トレーニングルームの上部四方には監視カメラがついていて、上階ではトレーニングの様子を監視しながら槍の発射をしている。いつ、どの方向から飛び出してくるかわからない槍を待つ緊張感とタケルは闘っているのだ。
最初は槍を棒にして訓練していたのだが、持って生まれた格闘技術の高さなのか、たとえ体に当たることがあっても急所に当ることは全くないのである。そこで、刺さっても死ぬことはないとすぐに槍に切り替えられたのだ。
「フン! ハーッ!」
ガラガラガラガラ……!
一瞬の早業で槍をよけるのと同時に、よけられない槍を手足で打ち返す。
その反射神経とスピードは、既に常人のレベルを超えていると言っても過言ではないだろう。
スピーカーから声が聞こえてくる。
「タケル、上出来よ! 今日はこれくらいにしましょう!」
タケルの軍事教官であり、恋人のような存在であるシンディの声が聞こえてくる。いや、恋人という意識はタケルの方にはないのかもしれない……。
タケルは息遣いが荒いまま、トレーニングルームからエレベーターで上階の戦略室に上がる。
 エレベーターの扉が開くと、シンディ・ウエハラが大きなタオルを片手にタケルに抱きついた。無駄のない肉付きで大きなバストと締まりのよいヒップの彼女はタケルより八つ年上であり、誰が見ても申し分ないスタイルの女性である。
「お疲れ様〜! タケル、愛しているわ!」
 タケルの視線は彼女よりも先の人物に向けられた。
「お熱いところ申しわけないが、それどころではなくなった」
タケルの育ての親であり、関西米軍基地の司令官を務めるデニム・ガンプスが現れた。
「シンディ、タケル、すぐに関西米軍基地に向かう準備をして欲しい。話はそこでする」

 同日の午前十時頃。
 有村は水沢奈美を連れて村岡がガードしている丸橋総合病院に到着した。
玄関ロビーに待機している警官に問い掛ける。
「村岡さんはどこですか?」
「二階の奥に行くといるはずです」
「有難う」
奈美は心配そうに有村に声をかける。
「ねぇ、レミは目が覚めたかなぁ?」
「そうね。そろそろ目が覚めていてもいい頃だと思うよ」
エレベーターを使って二階に上がると、通路の奥にある長椅子に腰を下ろしている村岡の姿が目に映った。
「村岡さん!」
二人は小走りで駆け寄った。
「彼女の様子はどうなんですか?」
「彼女は先ほど目を覚ましたばかりだ。そちらは第一発見者だったかな?」
「えぇ、第一発見者の水沢奈美さんよ」
彼女は軽く頭を下げた。
「中に入っても大丈夫だよ。今、お兄さんが来ているよ」
「はい、有難うございます」
彼女は扉を開けて中に入っていった。
「ところで例の書類は持ってきたか?」
「バッチリよ!」
バッグから書類が入った封筒を取り出すと村岡に渡した。村岡はさっそく書類を確認した。
「確かに、雄二さんの言うとおり掃除機だけが盗まれていたんだな」
「でも、その書類よく見て。米国警察が介入していたことが記載されているわ」
「また米国警察か……。何だこれは? 掃除機のゴミを持ち去ったというのか?」
「そうなのよ。返却されたときに、まだ捨てていないはずのゴミがきれいに無くなっていたということなのよ」
「鑑識のものが清掃したんじゃないのか?」
「でも、それならわざわざゴミについての記録を残すかしら?」
「それもそうだな……」
水沢奈美が部屋から出てきた。村岡は書類を封筒に戻しながら話題を切り替えた。
「有難う。それで、ホテルは?」
「シングルを五つ予約してあるわ」
村岡の視線が有村に移った。
「ちょっと待って! どうしてシングルを五つも予約したんだ?」
「だって五人いるからじゃない……」
「五人がそれぞれの部屋に入ったら、誰がそれを監視するんだ。相手が素人とは限らないぞ。プロなら一人の時を狙って入るのは簡単なことだ」
「ごめんなさい……」
「せっかく用意してくれたのに申しわけないが、ツインを二つに変えてくれないか。ただし、一つはさらにベッドを一つ増やして欲しい」
奈美が口を挟んでくる。
「刑事さん、多分、男性と女性を分けるので二つにしたんですよね?」
「その通りだよ」
「それなら、私はレミと一緒に寝るのでツイン二つで大丈夫ですよ」
「わかったわ。ツインを二つに変えてくるね」
村岡に駄目だしをされた有村は少しだけご機嫌斜め。村岡に見えないように、舌を出してベーと言ってやった。

同日同刻。
関西米軍基地内の一室で、デニム司令官、シンディ、タケル、それにFBI捜査官であるアンディ・トーレスが密談を行っていた。
中央には大きな会議用の長机がある。その机は奥から手前に向かって縦に置かれていた。奥にデニムが座り、シンディとタケルは左側、アンディは右側に座る。
「今回集まってもらったのは、米国で不穏な動きがあるとの報告を受けたからだ。それについて二人に詳しく説明してくれないか」
デニムはアンディに視線を向けた。
「承知しました。実は今から三十年ほど前に米国はある研究を民間の研究者に依頼したことがある」
「ある研究というのは具体的に何のことですか?」
シンディが口を挟む。
「申しわけない。それは国家の最重要機密になっているので、この場でお二人にはお話することはできない。だから、理解できる範囲で受け止めて欲しい」
「わかりました」
返事はしたものの、なぜそんな機密に関わる話をしようとするのか二人には理解出来なかった。アンディは話を続けた。
「ところが彼らは依頼したことについては十年後に成功しているにもかかわらず、別の方法からも依頼に応えようと試みた」
「何で、成功したのにそんな余計なことをするんだよ。俺には理解出来ないよ」
タケルは両手を拡げた。
「つまり、形としては成功していても、さらに効果や利点がある成功を期待できると感じたからですか?」
シンディは冷静に話を受け止めようとしている。
「いえ、そこまでは何とも言えない。しかし、シンディが言うように彼らにとっては何かしらの利点があったんだろう。ただ、それが原因なのかはわからないが、ある日突然研究所から人影がなくなり、研究者の誰一人とも連絡を取ることが出来なくなったんだ」
「成功に向かっていたと考えるならば成功したから姿を消したか、もしくは成功したことにより生じた弊害があったと考えるべきじゃないかしら」
「ちょっと待てよ。もし、成功したのなら、姿を消す前に依頼主である米国に成果を報告するんじゃないのか?」
「確かにそうなるわ。ということは後者が原因ね」
「さすがだな。まさにその通りだと思うよ。続きを聞いてくれ。それから十八年後、つまり今から二年前のことだ。東京に住んでいた滝川夫妻がマンハッタンに旅行中に交通事故にあって死亡したんだ。その時の加害者についてなんだが、米国人で調べていくうちに突然姿を消した研究員であることがわかった。しかも、それだけじゃない。交通事故に見せた殺人ということまで判明したんだよ。ただ、このことは日本の警察には報告していない」
「つまり、その交通事故は何かしらの国家の最重要機密に関係した事件だからということなの?」
シンディには今ひとつ呑み込めないものがあった。滝川夫妻と国家の機密の接点が全く見えないからだ。
「断定は出来ないが、その可能性は極めて高い」
デニムが立ち上がって、再び口を開いた。
「そこで、君達をここに呼んだのは東京にいる滝川レミのガードをして欲しいのだ」
「ボディガードぐらいなら、日本の警察でも事が足りるでしょう?」
「確かにボディガードだけならば、タケルの言うとおり日本の警察で十分だ。しかし、報告があった不穏な動きから察すると、それだけでは終わらないだろう」
「俺にはさっぱり理解できない……」
第一、何を根拠にそれだけでは終らないなんてセリフが出てくるのか、タケルには理解出来なかった。
「急で申しわけないが、明日東京に行ってもらえないか? ただ、ひとつだけ注意事項がある。ボディガードで近づいたということは伏せて欲しい」
「それならどうやって近づけというんですか?」
「それは君達に任せる。金がいるなら、連絡をくれればいくらでも送金する」
二人は心の中に何かしらのわだかまりを抱えたまま、上からの命令に従うしかなかった。

 同日午前十一時。
 村岡達は有村が手配した都内のシティホテルに入った。ホテルは十八階建てで、最上階がバーラウンジとレストラン、十七階がロイヤルスイートルームとスイートルームになっている。
村岡達はそのすぐ下の十六階で、一六一五号室に村岡と滝川雄二、一六一六号室に有村、滝川レミ、水沢奈美が宿泊することになった。
部屋はツインルームということもあり、とても広々としていた。部屋に入って、正面には大きな窓ガラスが片面全体に広がっていて、その前にはテーブルとソファーが置かれている。ドアを開けてすぐ右側にはバスルームがあり、奥に行くと、右側にベッドが二つ並んでいる。左側には大きな液晶テレビが置かれていて、ベッドからでも、ソファーからでも楽しめるようになっていた。
村岡は捜査上の打ち合わせをする為、一時的に雄二を彼女達の部屋に行かせて、有村を一六一五室に呼んだ。
「前回の掃除機の件と今回の事件が関係しているってことは考えられないかしら?」
「それは少し無理があるんじゃないかな。第一、前回との接点は犯人が外国人ということだけだろう。でも、何でゴミを盗んだんだ?」
「そうよね……。何かゴミの中に星が欲しいものがあったのかしら」
「その可能性は否定できなだろうな。何か、吸い込まれるほどの小さな重要なものとか……。でも、そんなに重要なものなら掃除機に吸われるようなことはしないだろう。でも、掃除機を狙ったってことは滝川さんの家にはゴミ同然に置かれているのを知っているってことだろ?」
村岡は腕を組んで頭を悩ませた。
「ねぇ、そんなに悩む必要はないんじゃないかしら」
有村は立ち上がると、大きな窓ガラスから外を眺めた。
「どういうことだ?」
「あっ、村岡さん。あそこにきれいな虹が見えるわよ」
村岡は有村の隣に立って、視線の先を見た。ホテルの中庭にある大きな噴水に光が反射して虹がかかっているように見えるのだ。
「空にかかる虹と同様に人工的に発生する虹もきれいだ。景観を良くする為にあちこちで日常的に使われている手法だ。なるほど、そういうことか!」
村岡は突然笑い始めた。有村は不思議そうに村岡を見る。
「えっ? 何なの? 何かわかったの?」
「君は素敵な女性だよ!」
そう言いながら、まだ笑っている。
「え〜、何よ? ずるいわ、村岡さんだけわかって」
「どうしても聞きたいか?」
村岡はわざともったいぶって見せた。
「聞きた〜い!」
「じゃあ、こっちへ……」
有村は内緒話でも聞くように顔を近づけた。村岡の両腕が彼女の背中にまわる。
「あっ……」
そして、彼女の唇に村岡の唇を重ねた。
「随分、卑怯な手を使うのね。もう、許さないんだから……」
彼女は村岡をソファーに押し倒して唇を重ねる。そして舌を絡ませた。
「君を愛している……」
「いつからなの? 今まで一度も言ってくれたことないじゃない」
「君が捜査一課に来た時からさ」
「実は私もよ。初めて村岡さんを見た時から、貴方しか見えてなかったのよ。今まで言わないなんて、意地悪……。ねぇ、龍也って呼んでいいでしょ?」
「あぁ、構わない。俺も君を裕美って呼ばせてもらうよ」
そして、長いキスを交わしてから村岡は起き上がった。
「それで、さっきの話の続きを教えてよ」
「つまり、星が狙っていたのは極めて日常的なものということさ。俺達は盗まれたとなると何でも重要視したがる。そこが盲点だったのさ」
「でも、日常的なものに限定するとなると、紙くずとか、チリ、ホコリ、髪の毛ぐらいしかないわよ?」
「それだよ! 髪の毛だ! 滝川レミの髪の毛が狙いだったんだよ!」
村岡は有村に滝川レミの髪の毛を採取して、都内の遺伝子研究所に分析を依頼するように言った。さっそく、彼女は隣の部屋にいる滝川レミから髪の毛をもらうと、新宿の遺伝子研究所に連絡をしてから速達での郵送手配をした。

 同日午後二時。
 雄二はベッドの上に寝そべっていて、今にも重たい瞼が落ちそうになっている。レミと奈美はソファーに座って、学生時代の話をしていた。
「学生時代のレミって、何かさ、暗かったよね」
「え〜、そんなに暗かった〜?」
「だってさ。今だから言うけど、レミはいつか自殺するんじゃないかって思うほど暗かったよ」
奈美は首吊りのポーズを見せた。
「また、奈美ったら大げさなんだから」
レミは笑っている。
「でも、私以外によく話す友達っていなかったでしょ?」
「そうだね。そう言えば、ひとりでいる時の方が気が楽っていうのもあったせいかな。奈美以外とはそんなに話してなかったね……。ただ、奈美はすごく話しやすかったんだよね。何て言ったらいいかな、気を使わずに何でも話せる感じかな……」
奈美は照れくさそうに笑っている。
「なんかそう言ってくれると嬉しい。でも、私に言えないこともあったんでしょ。私が病気で学校を休んでいた時、随分酷いイジメにあったらしいじゃない」
「えっ、どうして奈美は知ってるの?」
レミは驚いた。イジメられたことを奈美には話していなかったからだ。もちろん、話す気もなかった。いつも必要以上に心配してくれる奈美に心配かけたくなかったからだ。
「私がいなかったらレミは狙われるでしょ。だから、他のクラスの吉沢さんにはレミが何かあったら必ず教えてねってお願いしていたのよ」
なぜ奈美が狙われないかというと、三人組の恋心は奈美の兄に向けられていたからだ。だから、奈美の兄に嫌われないようにするために彼女には手を出さなかったのだ。
「吉沢さんて、私の家の近所に住んでいる吉沢悠子さんのこと?」
「そうよ、その吉沢さんよ。彼女ね、レミのこといつも気にしていたらしいの。だから、お願いした時はすぐ引き受けてくれたわ。そして、レミの後をずっとつけてくれていたの。レミが陰でイジメを受けているところを見ていたんだけど、助けたら自分もやられるかもって脅えて、助けられなくてゴメンって私に泣いて謝ってた……」
「吉沢さんが……、そこまで私のこと……」
レミの目に涙が滲んできた。
「そろそろ私に本当のこと話してくれてもいいんじゃない?」
「わかったわ……」

 二○三六年の夏のある日。
 授業が終わると、レミは帰る支度をしていた。
「あら、レミさん。もう、お帰りなのかしら?」
高峰聖羅が声をかけてきた。彼女は校内でも極悪三姉妹と恐れられている三人組の一人である。
「ちょっとついて来てくれるかしら」
(冗談じゃないわ。この女達に関わるのはもうイヤよ……)
「いやよ。私はもう帰るのよ」
「そんなこと言っていいのかしら」
彼女はレミの鞄を奪い取ると、三階の窓から外へ放り投げた。
「ちょっと何するのよ!」
周囲にいた生徒達はいつの間にか教室から消えていた。誰も、彼女達には関わりたくはなかった。いつ、どんなことをされるからわからないからだ。男子生徒でもいれば何とかなったのかもしれないが、レミが通っていた高校は女子高だから男子生徒はいない。
 聖羅は背中にカッターナイフを突き立てると、レミの腕を引っ張り、用具室に連れて行く。レミは周囲の生徒に助けを求めるように目で訴える。
(お願い、誰か助けて!)
もちろん、周囲の生徒はその光景を見ている。だが、それをチクったら、自分が同じようなことをされる運命なのだ。だから、誰もそれを止めるものはいない。
「あー、来た来た! 聖羅、待ってたよ」
煙草をくわえながら君瀬翔子が声をかける。
「そうよ。この女をイジメることが今のあたし達の楽しみなんだからさ」
三人組のボス、城ヶ崎玲華が不敵な笑みを浮かべながら話す。彼女は留年して一つ年上なのだ。
「じゃあ、聖羅、翔子。この女の服を剥ぎ取りな」
「あら、玲華姉さん。そんなひどいこと出来ないわよ」
口ではそう言いながら、ポケットから取り出したカッターナイフで制服を切り裂いていく。
「いやぁ! やめてよ!」
「静かにすんだよ!」
レミがどんなに叫んでも、二人がかりではどうすることもできない。レミは下着一枚を残してあっという間に裸にされてしまった。続けて、玲華が指示を出す。
「手足を縛って、吊るしてしまいな。暴れると困るからさ」
「きゃあ〜! いやぁ〜! 誰か助けて〜!」
玲華が鞭を取り出す。
「静かにしねぇと、あんた帰れなくなるよ!」
ビシャー!
鞭がレミの裸体に襲いかかった。
「いた〜い!!」
「翔子、ライターで少し優しくしてやりな。あたいは見る方が楽しいからさ」
「じゃあ、玲華姉さん、お先に楽しませてもらうわ」
翔子はライターを取り出して、着火するとその火をレミの肉体に近づける。
「ほら、温かくて気持ちいいだろう」
レミは何も言わない。
「何とか言えよ、このクソ女!」
翔子の鉄拳がレミの腹部に入る。
「うううっ……」
(苦しい……。やめて……)
「翔子。もう少し優しくしてやんな。レミ、あたいの教育が行き届いてなくて悪かったね」
翔子はライターの火をレミの乳首に近づけていく。
「熱い! やめて、熱いよ!」
だが、翔子はやめない。そのうちに肉が焼けるような臭い匂いがしてくる。
「いやぁーーー! やめてーーーー!」
玲華の鞭が翔子のライターを飛ばした。
「全く、翔子は手加減ってものをしらないのかい。しょうがないね。こいつを使いな」
ビンに入ったものを翔子に投げた。翔子は受け取るとビンの中身を不思議そうに見る。
「玲華姉さん、これは一体何さ?」
「それはさ。あたいが調合した拷問用のものさ。練りからしと練りわさびを混ぜてあるのさ。レミの為に作ってきたのさ。嬉しいだろう?」
「いや〜ん! 玲華姉さん、そんな楽しいものを持ち歩いていたのね」
聖羅が楽しそうな顔をしている。翔子はビンの中に二本の指を入れて、たっぷりと取るとレミの口にもっていった。
「さぁ、口を開けな」
(言うとおりにしていれば、すぐ終るはずだわ。もう少しの我慢ね……)
レミが口を開けると、翔子の指が口の中に入ってきた。舌に擦り込む。
「さぁ、きれいに舐めるんだよ」
鼻につーんとくる刺激臭が襲いかかる。レミの舌はとてつもない辛さで麻痺してきた。鼻だけではなく、呼吸器系全てにその刺激臭が浸透していく。我慢出来ず、咳き込んでしまった。三人が爆笑している。口の中にあったものが飛んで、玲華の高そうなブランド物の靴に付いた。途端に玲華の表情が変わる。
「あたいの靴を汚すなんていい度胸してるわね」
玲華は片方の靴を脱ぐと、それをレミの口に近づけた。
「あんたに汚されたからね。きれいにしな」
レミは舌を出して、口から出したものを舐めた。
「まだだよ。ここだけきれいになってもおかしいじゃないか。全部きれいにするんだよ」
レミの口に靴を押し付ける。
「そんな……」
再び、舌を出して、汚れた靴底まできれいに舐めた。想像を絶するほどの気持ち悪さが胃の中を襲う。そして、胸焼けして、今にも吐きそうだった。
「そうだよ。きれいにするとはこういうことさ。じゃあ、あたいの特製を全部召し上がってくれなくちゃね。あんたの為に作って来たんだからさ」
レミの目頭が熱くなる。
「お願い、もう無理です……」
レミは両目から涙が流れた。
「上の口がダメなら、下の口に入れてしまいな……」
レミは自分の下半身で何が起こっているのかを見ようともしなかった。涙が溢れてくる状況の中で、三人が爆笑を繰り返している。
「さて、次は聖羅。この長い針で遊んであげな」
「まぁ、玲華姉さんたら、そんなので遊ばせてくれるのね。嬉しいわ」
長さは十センチはあるだろうか。聖羅は右手で受け取ると、レミの太腿の内側に刺した。
「痛い!」
「そうね。最初は痛いのよ。この針、どこまで入っていけるかしら……」
ズブズブ……
「いたーーーーい!!」
「あ〜ら、結構、入っていくのね。楽しいわ〜」
聖羅は笑っている。そして、この後も同じようにレミの体中で繰り返されたのだ。

「そんなにひどいことをされたの! 何で、今まで話してくれなかったの?」
「だって、奈美に心配かけたくなかったのよ」
「じゃあ、これからは何でも私に話してね。約束よ!」
レミは黙ってうなづいた。
 一方、村岡は捜査がどこまで進んでいるのか気になって、ソファーに座って捜査状況を電話で確認していた。テーブルには飲みかけの冷めたコーヒーが並んでいる。
 もちろん、有村は隣で村岡に寄り添っている。
「わかりました。有難うございます」
村岡が電話を切ると間髪入れずに彼女は問い掛けた。
「ねぇ、龍也。どうだったの?」
「あぁ、捜査線上に疑わしい外国人女性の名前が出てきたそうだ。彼女の名前はエトゥカ・ムフーマト、三十二歳。チベット人でネクロマンサーという職業をしているそうだよ」
「ネクロマンサーって、体に霊体を憑依させる人だよね?」
「そうらしいな。三年前に都内の新興宗教財団ゾハールからの依頼を受けて在日しているそうだよ。ただ、それがどこにあるのかはわからないらしい。よほどの秘密集団なんだろうな」
「ゾハールねぇ……。龍也、コーヒー注文するけど飲む?」
有村はコーヒーカップを持ち上げた。
「あぁ、頼むよ」
立ち上がると、内線電話でフロントにルームサービスを頼んだ。
「そう言えば、今思い出したんだけど、ゾハールって聞いたことがあるわ! 確か、昔、光輝の書とかいうのをゾハールと呼んでいて、それにちなんで創られた宗教団体だわ!」
有村はベッドに腰掛けた。
「光輝の書? それは何だよ?」
「さぁ、私もその辺りは詳しくないんだけど、以前にマクレガー・メイザースとかアレイスター・クロウリーという有名な魔術師が所属していた秘密結社ゴールデン・ドーンが教義で使っていたらしいわ。でも、その外国人がなぜ捜査線上に出てきたの?」
「夜中に現場付近をうろついていたところを近隣の住民に目撃されていたらしい」
「それって、散歩してだけじゃないの?」
「あぁ、俺も同じことを言ったさ。でも、滝川レミと水沢奈美が夜中にプールを利用している日付とエトゥカが目撃された日付が毎回ほぼ一致しているらしい」
「ということは極めて黒に近いということね」
「それで、ここに送ってもらった画像があるので、彼女達に確認をしてくれないか?」
「そうね。私が行って聞いてくるわ。龍也はどうするの?」
「コーヒーを飲んだら、少し寝かせてくれ。俺は眠くてたまらんよ」
「私だって眠いのよ。ずる〜い、龍也だけ。いいわ、そのかわり夜の見張りはお願いよ」
そう言うと、彼女は部屋を出て行った。

 同日午後三時二十分を過ぎた頃。
 関西米軍基地ではデニム司令官は軍事会議で会議室に行っており、アンディ捜査官は別室でテレビを見ながらくつろいでいた。
突然携帯が鳴る。懐の携帯に手を伸ばす。
「アンディ、デニムから何かわかりそうか?」
同僚のブライト捜査官からだ。
「日本人女性のことなら、こちらの者達を向かわせる予定だよ」
「そっちの話じゃない、例の件だ」
「いや、まだだ。だが、デニム司令官が以前にエリア五十一にいたことは内部の者から確認が取れたよ」
「やはり、そうか……。何かわかったら報告してくれ」
「了解。ところで研究員の行方はどうなった?」
「あぁ、ラスベガスに潜伏しているらしいことがわかった。そう言えば、彼らの研究所もエリア五十一からそう遠くないところにあったよな……?」
「俺の記憶に間違いがなければあったはずだ……」
「それと、日本に逃亡している研究員がいないとも限らん。見つけたら、必ず確保してくれ」
「わかった。確保したら、すぐ連絡する」
 エリア五十一では以前から不穏な動きがあったのだ。米国政府のトップクラスだけが知っている極秘の研究開発らしい。ただ、ラスベガスの民間人が突然行方不明になる事件があって、基地内で人体実験が行われているのではないかという噂があったのだ。
 情報を入手しようとしても、CIAが情報経路を全てシャットアウトしている。だからこそFBIの中で極秘にチームを結成し、真実を探っていたのだ。
「それと、君に会いたいという女性がいてね。匿名で何者かはわからないが……。日本時間の午前中には到着しているということだ。大阪の阪急梅田駅の一階で午後五時に来て欲しいとのことだ。心当たりはあるか?」
「いや、皆目検討もつかない。どういう経路でその連絡が入ったんだ?」
「さぁ、彼女は俺達の極秘チームをどこで知ったのかはわからないが、二日前にバードンがラスベガスで酒を飲んでいる時に接触してきたそうだ」
「その時、その女は何か言ってたか?」
「いや、バードンの話ではメモをポケットに押し込まれて、すぐに消えたそうだ。とにかく一度行ってみてくれないか」
「わかった。何かあったら連絡する」

 同日午後四時を過ぎた頃
 有村は寝ている雄二を起こさないようにしながら、画像の女性についての確認をしていた。
「じゃあ、奈美さん。この女性に間違いないのね」
「そうよ。右目の下のホクロが特徴的だったので覚えているわ」
「ところで、雄二さんはぐっすり寝ているようね」
「兄のことなら、全然気にしなくても大丈夫ですよ。一度、熟睡に入ると、ドンチャン騒ぎをやっても起きない人ですから」
「へぇ〜、そうなんだ。それってある意味スゴいよね」
三人は爆笑した。

 同日午後五時。
 アンディ捜査官は梅田まで来ていた。阪急梅田駅の紀伊国屋前の人込みの中を茶屋町方面に向けて歩く。正面から背の低い日本人に混じって、背の高いブロンドの女性が歩いてくるのが見える。サングラスをして顔はわからない。
アンディとすれ違い様に彼女がアンディのポケットに何かを押し込んで通り過ぎて行った。
ポケットから押し込まれたものを取り出す。小さく折り畳んだメモだ。
内容はこう書かれていた。
“信じられないでしょうが、私は未来からきたジェスタリア・キムです。デニム・ガンプスの子孫、アンジェリカ・ガンプスの親友です。タケル・バードナーのことも知っています。極秘なお話をしたいので、今夜八時に心斎橋のティアドロップに来て下さい”

 同日午後六時を過ぎた頃。
 シンディとタケルは心斎橋のアメリカ村に来ていた。三角公園に向かってウィンドウショッピングしながら歩いている。
「滝川レミのガードをしろって、突然言われてもね。私達にしてみれば、それが何なのよって感じだよね」
シンディはご機嫌斜めのようだ。
「何だ、シンディにしては珍しく、ボヤいているのか?」
「だってさ、私達米軍アーミーとは直接関係ない女性でしょ? 仮に百歩譲って、私達と関係があったとしても、情報量が薄すぎると思わない?」
「それは考え方の問題さ。関係があるから依頼してきたのか、それとも危険度が高いから依頼してきたのか。それだけの違いさ。情報が薄いということは、それだけ危険度が高い可能性があるってことさ。ただ、俺だって別に納得したわけじゃない」
「そんなふうに考えられるなんて、タケルは大人よね。私にはそんな割り切った考え方なんで出来ないわ」
タケルの視界にまさかと思うような人物の姿が入ってきた。タケルは自分の目を疑うように突然立ち止まった。
(まさか、そんなこと有り得ないはずだ。でも、あの姿は間違いない)
「どうしたの?」
「ここで待っててくれ。ちょっとヤボ用だ」
タケルが向かった先には背の高いサングラスをかけたブルネットの女性がこちらを向いて立っている。近づいていくと、ジェスタリアに間違いなかった。俺が渡した六芒星のネックレスをしている。
「ジェス!」
「よくわかったわね」
「そんなに背の高い女性は米国でも滅多にいないさ。どうやってこっちの世界に来たんだ?」
「エリア五十一がタイム・サーフィン・システムを完成させてしまったのよ。それを利用させてもらったわ」
「通称TSSと呼ばれているあれが完成したのか! こっちに来たって、もう戻れないのにどうするんだよ?」
「そんなことはないわ。設計図を拝借したから、戻ろうと思えば戻れる。それよりもこれからタケルがよく知っているアンディ捜査官と会うの。彼には未来から来たと伝えたけど、多分信用していないと思うわ。タケルが一緒にいてくれたら助かるけど……、見たところデート中のようね? 彼女?」
「あぁ、こっちの世界の彼女だ」
ジェスタリアが吹き出した。
「妙な言い方をするのね。彼女を紹介してくれないの?」
「そう言うなよ。今だから言えるが、向こうの世界では君を愛していたんだ」
「それ、本当なの?」
「あぁ、本当だ。第一、向こうにいた頃は戻ってこれるなんて思いもしなかったからな。そういうわけで、今はシンディには気付かれたくない……。そうだ、アンディに会うならこいつを持っていくといい」
タケルは関西米軍基地専用のゲートキー・カードを渡した。
「これは?」
「俺が所属する米軍基地に入る為のゲートキー・カードだ。アンディと会った時に返してくれると助かる」
「米軍基地? タケル、米軍は嫌いじゃなかったの?」
「あの一件以来、今でも嫌いさ。でも、こうするしかエリア五十一に近づく方法がないからね」
「じゃあ、あれが起こる前に終わらせるつもりなのね?」
タケルは返事をするかわりに、ジェスタリアに背中を向けて右腕を後ろに回し、親指を立てた。
「ごめん、待たせたね」
「さっきの女性は誰なの?」
「あぁ、古い友人でね。まさか、こんなところで会うとは夢にも思わなかったよ」
「それなら、紹介してくれれば良かったのに……」
シンディは少しばかり妬いていた。

 同日午後七時十五分
 村岡達は一階のガラス張りのレストランで食事をしていた。
「ねぇ、龍也。こんな大衆がいるところで大丈夫なの?」
有村が心配そうに村岡に問い掛ける。
「あれ? 有村さん、龍也なんて呼んだりして、そんな関係だったの?」
奈美が間髪入れず突っ込む。有村は少し顔を赤らめながら、開き直った。
「そ、そうよ! 龍也とはそういう関係なのよ! 何か悪い?」
村岡は今にも吹き出しそうなのを必死でこらえている。
「いいえ、そんなことはないですよ」
「あぁ、それなら、いっそのこと俺はレミ達と寝ますよ」
「お兄様、来てもいいけど、変なことしないでよね!」
奈美が冷たい視線を雄二に向ける。
「それは大丈夫よ、奈美。それぐらいのことが出来るんなら、今頃は彼女がいるはずでしょ?」
「あ〜、そうかぁ。それもそうだねぇ。お兄様も大変だぁ」
レストランということを忘れて、ついに大爆笑してしまった。
「ねぇ、龍也。もし犯人がこの近くにいたら、このホテルにいるよってアピールしているようなじゃない? 大丈夫なの?」
「それは心配ないだろう。どこにいるかなんて犯人にはわかりはしないさ。第一、外人がすべてのホテルを把握しているわけないだろ」
村岡は会話をしながら、有村が注文したスパイシー・チキンにフォークを伸ばす。
「あっ! 龍也、それ、私のチキンよ! もう、油断もスキもあったもんじゃないわね……」
雄二が思い出したように口を開いた。
「外人か……。そう言えば、昔、レミに届いた見知らぬ外人からの手紙があっただろ? あれはどうした?」
「あぁ、あれね。どうしたかな……。でも、捨ててないはずだから、マンションに行けばあるはずだよ。それがどうかしたの?」
雄二は村岡と視線を合わせてうなづいた。
「いや、ちょっと見せて欲しくてね……」
「それなら、どうせしばらくここから動けないんだし、お兄ちゃんが取って来てもいいよ。はい、これマンションの鍵。場所はわかるよね?」
「確か、東麻布の桜田通にある大きなマンションだったよな?」
「そうそう。でもさ、滅多に来ないのによく覚えているんだね」
「まぁ、俺は記憶力だけはいいからな」
「それはわかってますよ〜! 私がお酒を飲みすぎて、顔を蒼ざめてリバースした回数と日付けまで覚えてるくらいだからね!」
「へぇ〜、レミのお兄様って、そんなことまで覚えてるんだぁ。でも、どうしてお兄様は普段レミに会いに行ったりしないんですか?」
「蒲田にいると中々行く暇がなくてね。しかも、仕事は川付近で夜遅くまでしているからね……」
「何をしているんですか?」
「釣りですよ」
「何を釣っているんですか?」
「まぁ、色々だよ」
「えっ? 色々って、どんなのを釣ってるんですか?」
「それはさ、例えばアメーバとかさ……」
「いやぁ〜! アメーバって、魚じゃないし〜〜! そんなの釣らなくたって普通に採れるっしょ!」
そんなくだらない会話をしながら楽しい夕食を終えた。

 同日午後八時。
 アンディは心斎橋にあるティアドロップというショットバーの扉を開けた。
もちろん、未来から来たというジェスタリア・キムという女性に会う為である。
店は小さなショットバーで恋人同士と思われる男女が一組がカウンターで飲んでいた。彼女は奥の席で飲んでいた。ショートカットのブルネットの髪にブルネットの大きな瞳、そして、細く延びた眉。黒い皮ジャンにジーンズ。いかにも行動的な女性を象徴する姿だ。
「遅れて申し訳ない」
いや、正確に言うならば遅れたわけではない。客人を待たせるのはアンディの性格上嫌いなのだが、交通渋滞に巻き込まれた為、三十分前に到着する予定がジャストに店に入っただけのことである。
「気にすることないわ。時間の正確さはさすがに軍人ねと誉めるべきかしら」
細い指先で包み込んだカクテルグラスを口元に近づける。彼女の目はまるで、黒い女豹のように獲物を狙っているようだ。だが、その卵型のような顎のラインをした小さな顔がアンディにはたまらなかった。まさに好みのタイプと言うべきだろう。
「そう言ってくれると助かる」
アンディは彼女の瞳を見つめながら正面の席に腰を下ろした。
「ご注文は?」
バーテンダーがカウンターから声をかける。
「あぁ、ブランデーを頼む。貴女は?」
「私はこれと同じのを……」
「では、ブランデーとキス・オブ・マンハッタンですね。かしこまりました」
「初めまして、アンディ・セイクリティスです」
握手を求めた。
「私は初めてではないけど……、ジェスタリア・キムよ」
彼女はそれに応じた。白く細い指先がアンディの手に絡みつく。
「なぜ、私を指名したのか、俺にはさっぱりわからないんだが……」
アンディは両手を広げた。
「貴方が一番信用できるからよ。少なくとも、未来では貴方には随分世話になったわ」
「未来でですか……。私には、貴女が未来から来たというのが今ひとつ信用できなくてね……」
「当然よ。私だって、タケルがこの時代から未来に来たと言った時は信じられなかったわ。女を口説く為に使うジョークのひとつだとしか思わなかったわ」
「タケル? 私にも知り合いにタケル・バードナーというのがいるが……」
「そうよ、そのタケルのことよ」
彼女はポケットから、タケルから預かったゲートキー・カードをアンディの目の前に置いた。
「これはタケルが持っているはずの米軍基地のゲートキー・カード! これをどこで?」
「さっき、バッタリ出あったの。これを見せたら信用してくれるはずだって言ってくれたのよ」
「ということは、タケルは本当に未来に行ったのか?」
「本当にご存知なかったのね。私にはよくわからないけど、白く光るスモッグが襲ってきて、気が付いたら私達の時代に来ていたという話よ」
「わかりました。貴女が未来から来たことについては信じましょう。それで、今回のお話というのは?」
彼女は周囲を見回した。少しづつ客が混み始めてきたようだ。彼女はバーテンダーに合図をした。
「何でしょうか?」
「例の場所を少しの間だけ使わせてもらえないかしら?」
「わかりました。グラスはそのままお持ち頂いても結構です。今、鍵をお持ちします」
「例の場所とは?」
「ついてくればわかるわ」
彼女は鍵を受け取ると、マスターの後ろを通ってカウンターの奥の扉を開いた。アンディが入ると、すぐに扉を閉めた。階段が上に続いている。上がると、屋上に出た。周囲は壁に囲まれていて景色は見れないが、そのかわり、不思議なアートが壁全面に描かれていて、下から淡い青色のライトアップまでされていた。上方から入る心地良い風が吹き抜けていく。
「こんな所があったとは……。貴女は何故この場所を?」
「未来の貴方が私に教えてくれたのよ。機密情報は漏れやすいがこの場所なら大丈夫だってね」
「でも、盗聴器を仕掛けられてたらどうするつもりだ?」
「それは大丈夫よ。タケルから貰ったこの時計には盗聴器から発信する周波を探知できるようになっているの」
彼女は時計を見せた。モダンなアナログの時計だが、小さなグリーンの光がいくつか点滅している。そのひとつが盗聴器を発見するものだとすると、それ以外は他の機能についての信号だろう。
「未来はそこまで進んでいるのか……」
「そういうことよ。これから話すことは絶対に漏れてはならない話なの。だから貴方もそういうことを理解した上で話を聞いてくれる?」
「わかった。機密情報として取り扱おう」
アンディはブランデーを一口、口に含んだ。
「アンジェリカ・ガンプスと私は親友で、彼女はデニム・ガンプスの子孫だということまでは話したわね。まず話をする前にどれくらい未来から来たのかを教えておかないと混乱するかもしれないわ。私はこの時代から四十年先の未来から来たの」
「ということは、貴女は四十年後の私を知っているのかい?」
「知っているどころではないわ。窮地に立たされる度に貴方は私達に適切な情報を与えてくれたのよ。私達はエリア五十一の陰謀をやめさせる為に特殊部隊を組んで戦っていたの」
「そのメンバーの中には未来に行ったタケルもいたんだね?」
「もちろんよ。だって、彼が結成した特殊部隊だから。彼がいなかったら、私達のいる未来はもっと大変なことになっていたかもしれないわ。彼とは作戦途中までは一緒だったわ。でも、終盤近くになって、このまま作戦を進行しても何も変わらないことに気付いて、タケルはこの時代に戻ったの」
「では、その後は君達だけで作戦を進めたのかい?」
「そうじゃないわ。やめるしかなかったのよ。これ以上、特殊部隊から犠牲者を出すことは出来なかったから……。それは私達レジスタンスにとっては、とてもつらい選択だったわ」
「だから、この時代に逃げてきたと……」
「それについては半分半分というところかしら。逃げてきたという解釈も間違いではないわ。あそこにいても未来はなかったし。特に私達レジスタンスにはね……」
「ということは、その未来では時代を行き来することが可能なんだね?」
「いえ、まだ開発途中の段階での試運転を利用してタケルはタイム・サーフィンに挑んだの。だから、正直言うと、この時代に無事に来れるとは思わなかったわ」
「無事に来れる?」
「そうよ。未来の貴方からこの時代の貴方に会うようにと言われたから、この時代に設定しただけよ」
「では、タケルに再会する為にこの時代に来たのではないということか? でも、なぜこの時代に?」
「それはエリア五十一を根本から潰すためよ。貴方にエリック・バードナーのことを話すようにと……」
「エリック・バードナーと言えば、確かバードナー遺伝子研究所の創始者だな」
「そうよ。タケル・バードナーの産みの親よ。いや、製造者という呼び方の方が適切かもしれないわね」
「タケル・バードナーの産みの親だって? 俺が聞いていたのは確か、幼い頃にタケルの両親が事故で亡くなったので、デニムが育ててきたとしか聞いていない」
「えっ? じゃあ、デニム・ガンプスはタケルの育ての父なの?」
「そうだ。ただ、タケルにはデニムがエリア五十一にいたことを話していない。もちろん、デニムからの指示だ」
「その方がよさそうね。タケルが真実を知ったらなんて考えたら……、とても可愛そうだわ……」
ジェスタリアの顔が少し暗くなった。
「エリック・バードナーとタケルの関係のことを知ったのは、タケルが未来から消えてすぐのことだったわ……。特に、タケルの出生の秘密についてはね」
「その秘密というのは?」
「今はそれを最初から話している時間はないわ。この後、研究所のメンバーが関わってきたり、恐ろしい出来事が起こるかもしれないけど、デニムには決して過去の研究について漏らしたらいけないわ。これだけは絶対に守ってね!」
「わかった、約束するよ。それと君達がそこまでして戦うエリア五十一の陰謀がどうも気になる。追々でいいからエリア五十一で何が起こっているのかを教えてくれないか」
「わかったわ。明日、USBメモリに入れて渡すから、阪急梅田の一階にある紀ノ国屋の前に午後六時に来て」

 同日、午後九時十五分。
 アンディは米国のブライトに電話をかけていた。
「今、例の女性と会ってきたところだ」
「それで、話の内容は?」
「そうだな。俺は信用できると思っているが、ブライトには難しいだろうな」
「それは信憑性という問題からか?」
「いや、現実では考えられない話から切り出された内容だからだ」
「例えば?」
「そうだな……。以前にマンハッタンで白く光るスモッグの騒ぎがあったのを覚えているか?」
「あぁ、覚えているよ。建物や家の人や動物が消えてしまった怪奇現象だったよな……。確か昔、バミューダの魔の三角地帯でも過去に同じようなことが起こってたな。それがどうかしたのか?」
「それらの人々がほかの時代に移されたと言ったら信じるか?」
「信じるしかないだろ。以前に文献を読んだことがあるが、確か消失寸前に、『ああっ、見ろ! この世界は!』と叫んだ記録もボイスレコーダーに残っていたそうじゃないか。あれは少なからずも別の世界が存在するっていうことだろ? それと関係があるのか?」
「実は、この米軍基地にいる若者がその時の白く光るスモッグに襲われて、未来に飛ばされたらしい。そして、再びこの時代に戻って来たそうだ。それだけではない。例の女性はその若者が未来に行った時の知りあいで、今回はある目的の為に未来から来たらしい」
「おい、それ本当の話なのか?」
「そう言うと思ったから、ブライトには難しいと言ったんだ」
「俺に水になれということか……」
「水になる? 何の例えだ?」
「かつての格闘家、ブルース・リーが言ったことだ。コップに水を注げば、中の水はコップの形になる。ティーポットに水を注げば、中の水はティーポットの形になるということさ」
「あぁ、そういうことか。少なくともこれから話すことはそういう柔軟性が必要だということだ。それと、これから話すことは機密性が高い内容だが、この電話で話すのは安全だと思うか?」
「ちょっと待ってくれ! 突然、現れた女性からそんなレベルの高い話をされたのか?」
「あぁ、彼女は未来の俺に世話になったから信用できると言っていたよ」
「よくわからないが、そういうことならこの電話ではやめた方がいい。俺が直接そっちに行くよ」
「そんな急に来れるのか?」
「心配ならご無用! 俺はしばらく休暇を取ってなくてね。だから、長期休暇をもらっていくさ」

同日午後十時
タケルとシンディはバーボンが入ったグラスを片手に話をしていた。
「さっき会った人の名前くらい教えてくれてもいいんじゃない」
シンディはとても気になっているようだ。
「あぁ、彼女はジェスタリア・キムだ」
「どういう関係の人?」
シンディと同じくらい愛した女性などとは口が裂けても言えないだろう。
「昔の友人だよ……」
「本当にそうかしら? 何か、恋人同士という雰囲気があったよ」
疑いの視線をタケルに向けた。女性特有の直感でも働いたのだろうか。
「それに近い信頼関係は確かにあるかもしれないな」
タケルはバーボンを飲み干した。
「ねぇ、タケルって若いのに時々すごく年上に感じることがあるんだけど、なぜかしら……」
タケルの空になったグラスに氷を入れて、バーボンを注ぐ。
「それは今まで色々あったからだろう……」
今のシンディにはそう答えるしかなかった。
「色々と言ったって、ずっと軍人だったのなら限界はあるんじゃないの?」
グラスをタケルに渡すと、シンディはバーボンを口に含んだ。
「軍人じゃない時もあったのさ」
「嘘よ、そんなの……。確かに、一ヶ月ぐらいマンハッタンに行ってたことは知ってるよ。でも、それはハイスクールを出てすぐのことでしょ? 戻ってからは米軍にすぐ入隊したじゃない」
「たった一ヶ月だったのか。向こうでは一年経過するところだったのに……」
ボソッとつぶやくように吐いた。
「えっ? タケル、何の話をしているの? 向こうって?」
彼女にはすべてを話してしまった方がいいのかもしれないとタケルの中で何かが脈を打つ。
「信じてもらえないかもしれないが、俺は米軍に入隊する前は未来で生きていたんだ。今から七年前にあった白く光るスモッグの話は覚えているかい?」
「えぇ、確か、新聞で読んだわ。突然、マンハッタンを襲ったスモッグが去った後、そこに住む人々、動物全てが消えてしまったという怪現象のことよね?」
タケルは立ち上がって、窓からネオンの明かりを見る。
「そうさ。マンハッタンにいる時に白く光るスモッグに包まれて、気がついたら別の空間にいたんだ」
「それが未来だったの? タケル、今の話は冗談でしょ?」
タケルはシンディにどう説明してよいかわからないまま、部屋を歩きながら話を続ける。
「俺も冗談だと言いたいさ。でも、真実なんだ。俺は未来のエリア五十一の中にいた。そこである内部秘密を知って、逃げながら米軍と戦闘を繰り返していたのさ」
「でも、未来で米軍と戦闘していたなら、どうして戻ってから米軍に入隊したの?」
「父が最初からそう決めていたらしい。それに、その方がエリア五十一に近づくためには都合がいいのさ。だから父の方針に従ったまでだ。首謀者を突き止めて、すべてを終わらせるためにね……」
「タケルが私の知らない世界で生きていたなんて……。そのうち、タケルが私から離れてしまうような気がして恐いわ……」
タケルはシンディの肩をそっと抱き締めた。
「俺の心はいつも君の隣にいる。どこにも行きはしないさ……」

 同日午後十一時。
 シャワーを浴びた有村は濡れている長い髪をドライヤーで乾かしていた。ベッドに横たわっている村岡にバスルームから声をかける。
「ねぇ、龍也。二人きりになれたのは嬉しいけど、レミの見張りは雄二さんに任せて大丈夫なの?」
「彼なら心配ないよ。ただ、何かあったら必ず報告するように伝えてある」
ドライヤーの音が止まると、バスタオルを体に巻いた有村は仰向けになっている村岡の隣に横たわった。
「ところで、エトゥカの捜査はどうなってるの? 何か連絡あった?」
「あぁ、彼女は行方をくらましたらしい。ここにも接触してくる可能性は十分にある。だからホテルの従業員には不審人物のチェックをお願いしておいた」
「それなら、当面は安心ね。ところで……」
有村は何か言いたそうだが、そこで言葉が途切れた。
「ところで何だよ?」
村岡が途切れた言葉を引き出そうと問い掛ける。
「ところでさ……、昼間私に言ったことは信じていいの?」
「何だ。そのことか……」
「だって、いきなりの愛の告白だったから。まだ、信じられなくて……」
「俺は不器用だからな。冗談でそんなことを言えるようなタイプじゃない」
村岡は有村の体からバスタオルを取った。そして自分の体を重ねると、愛情を確かめ合うように二人の不謹慎な甘い夜が始まっていった……。

 その夜遅く、午前二時のこと。
 夜中に奈美がテレビの音で目を覚ました。
「誰なの。こんな遅くにさぁ……」
眠たい目をこすりながら、背中を向けて座っている誰かに声をかける。しかし、返事が返って来ない。近眼の奈美はコンタクトを外していたので、誰が起きているのかまではわからない。テレビから悲鳴が聞こえてくる。どうやら、見ているのはホラー映画のようだ。奈美はコンタクトをつけてみた。すると、テレビを見ているのレミの後ろ姿が目に映った。
「あれ? レミって、ホラー映画嫌いじゃなかったの?」
奈美の声が聞こえたのか、無言のままレミが振り向いた。すると、レミの両目が青白く光を放っているではないか!
「いや、そんな……、レミ、一体どうなってるの……? 変な冗談ならやめてよ……」
「私に言っているのか?」
その声は明らかにレミの声ではない。別の女性の声だ。
「きゃあぁぁぁぁ〜〜!」
レミが不気味な声で問い掛けてくる。
「お前は何者だ?」
「いや、レミ! やめて……!」
奈美は全身を震わせている。雄二に助けを求めたいが、熟睡していて起きそうもない。
「この私に向かってレミなどと、無礼者!」
レミは立ち上がって、ゆっくりと奈美に近づいていく。
「いや、来ないで……、お願い、やめて……」
逃げ出したいが、奈美の体が硬直して動かない。そのうち、声も出なくなってきた。レミの両手が奈美の首に向かって伸びてくる。
(誰か助けて! 雄二さん、早く起きて!)
レミの両手が奈美の首を包み込む。ゆっくり力が入っていく……。奈美の唇が開き、苦しみ始めた。
(苦しいよ……。誰か、助けて……)
突然、レミの両手の力が抜けた。そして、レミはそのまま倒れてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
奈美は自分の体が動くようになると、内線電話で村岡にコールした。
すぐ村岡が出た。
「どうした?」
「レミが、レミが……」
「レミさんがどうかしたのか?」
返事が返ってこない。
「今、すぐ行く!」
村岡がドアを開けると、ベッドの上で唇をガクガク震わせている奈美の姿と、奈美のベッドの近くで崩れ落ちるようにして横たわっているレミの姿が視界に入ってきた。
「一体何があったんだ?」
奈美は震えた声で村岡に全て話した。
「そんな馬鹿な……。じゃあ、彼女は何者かが憑依したようになったというのか?」
奈美は黙って、こくりとうなづいた。
「とにかく彼女はこっちで預かって様子を見る。だから、安心して寝るんだ。いいね?」
村岡はレミを抱きかかえると、部屋を出て行った。

 四月九日、午前八時四十分。
 シンディとタケルは関西空港でデニムからの話を聞いていた。もちろんアンディも同行している。
「切符はこれだ。それと身分証明を求められた時の為に偽造の身分証明書を渡しておく」
デニムが二人に手渡した身分証明書には、ゼータ健康食品株式会社と書かれていた。しかも、ご丁寧に二人の顔写真まで貼り付けてある。
「ゼータ健康食品って何なの?」
シンディが問い掛けた。
「滝川レミが働いている会社の関連会社だ。ただ、電話番号だけは本来のものとは変えてある。そこに記載されている電話番号にかけると、担当者がその会社名を名乗るようにしてあるからだ。そして、これが彼女の住所だ。くれぐれも任務を忘れるな」
その時、一瞬、デニムの眼光が鈍く光ったのをアンディは見逃さなかった。
「父さん、俺が必ず守ってみせるよ!」
タケルの目が輝いた。
「タケル、お前を育てた俺を失望させるなよ」
デニムの一言にタケルはうなづく。それから数十分後、飛行機は東京に向けて飛び立った。
米軍基地へと走らせるリムジンの中でデニムはアンディに問い掛けた。
「あの二人はうまくやってくれると思うか?」
「えぇ、必ず任務を遂行してくれるでしょう……」
「ところで最近の君は、時々私の心情が届かないと感じるときがあるが、私に何か問題でもあるのかね?」
「いえ、そんなことはありせん。私が至らぬだけです。以後、気をつけます」
今のアンディにはそう答えるしかなかった。
「そうか、君には期待しているのだ。頼む」
米軍基地に到着するまでに二人が交わした会話はこれっきりだった。

 同日午前八時半。
 村岡は目を覚ました。いつの間にか寝てしまったらしい。有村は隣でぐっすりと寝ている。
「寝てしまったのか……。でも、おかしいな。彼女をこの部屋に運んでからの記憶がない……」
村岡はレミを寝かせたベッドを見た。しかし、レミの姿がない。
「おかしいな。ベッドから落ちたか……」
彼女が寝ていたベッドに近づいた。しかし、彼女の姿はどこにもないのだ。
(きっと、バスルームだろ)
すぐにバスルームに向かった。でも、そこにもいない。
(じゃあ、部屋に戻ったのかもしれない)
内線をかける。雄二が出た。
「村岡さん、おはようございます」
「そっちにレミさんはいる?」
「え〜と、ベッドには見当たらないなぁ……。ちょっと待って下さい。バスルームかもしれません」
確認をしにいった雄二からの返答がくる。
「おかしいですね。いないです。館内を散歩してるんじゃないですか?」
「確認してみます」
村岡は電話を切った。でも、何となく胸騒ぎがする。すぐにフロントに内線をかけた。
「おはようございます」
「そちらのロビーに滝川レミはいませんか?」
既に事情を説明してあるので、こちらのメンバーのことは名前を言えばわかるようになっている。
「こちらには見えませんが、何かありましたか?」
「いえ、それならきっとすぐに戻るでしょう。有難う……」
ホテルの従業員にとって、この時間が忙しいことぐらい村岡にもわかっている。それにレミを見つけたらと言いたかったが、従業員すべてがレミを知っているわけではない。村岡は顔を蒼ざめながら、有村を起こした。
「裕美、大変だ! 起きろ!」
有村は目をこすりながら目を覚ます。
「あぁん、龍也……、もう起きていたの……」
両手を伸ばして抱きつこうとする。だが、村岡がそれを静止した。
「裕美! レミが消えた!」
「えっ? レミさん、部屋にいないんですか?」
彼女はやっと平常心を取り戻したようだ。起き上がると形の良い二つ乳房が現れた。
「きゃっ!」
有村は裸のまま寝ていたことに気がついた。昨夜の熱い時間を思い出した彼女は、あわてて胸を両腕で隠す。
「とにかく起きてくれ。それに昨夜のことを話したい。俺は二人を呼んでくる」
「えっ? ちょっと、昨夜のことって何よ?」
村岡は顔を蒼ざめて部屋を出て行った。

 同日午前九時。
 村岡は昨夜起こったことを雄二と有村に話していた。
「じゃあ、レミさんは今、不安定な状態で館内をうろついているんじゃない?」
「そうなんだ。そこで、早速だが、館内を手分けして探したい。万一のことを考えて、二人づつのペアで行動してほしい」
雄二が先に口を開いた。
「それじゃあ、俺は奈美さんと探すということでいいかな」
「えぇ、お願いします。では、二人は上層階から探してください。俺達は下層階から探していきます」
そして、四人は二手に分かれてレミを探しに行った。

 同日午前十時二十分。
 シンディとタケルは滝川レミが住んでいる東麻布まで来た。
「確か、この辺りのマンションだったよね……」
近くにそれらしき大きなマンションを見つけたが警官が立っている。
「とにかくあの警官に聞いてみましょう」
二人が近づくと警官が鋭い視線を向けてきた。
「すいません。このマンションを探しているのですが……」
「それならここのマンションで間違いないが、訪問先の住人からロックを外してもらわないと中には入れないよ」
「実は、滝川レミさんに会いに来たんですが……」
「失礼ですが彼女とどのようなご関係ですか? 身分を証明できるものはあるか?」
「俺達は彼女が勤める会社の子会社のものです」
タケルはデニムから受け取った写真付きの身分証明を見せた。
「ゼータ健康食品ですか……。一度確認させて頂きますので、そこでお待ちください」
警官は少し離れたところで携帯電話で確認をした。
「……そうですか、わかりました」
携帯を懐に入れながら戻ってくる。
「確認が取れました。彼女は芝公園にあるクライスラーホテルにいるから、そちらに行ってください。こちらからも話を通しておきます」

 同日午前十時半を過ぎた頃。
 村岡と有村、雄二と奈美は点在するホテルスタッフ達の協力を得て、館内の隅々までチェックしていた。しかし、どこにもレミの姿は見つからない……。
村岡は唇を噛み締めた。
 再び、二組はホテルの宿泊階のエレベーター前で合流した。
「ダメだ! どこにもいない! レミのやつ、どこに行ったんだ?」
雄二がボヤいた。
「こうなると、館内にいる可能性は極めて低いわ。ねぇ、龍也。私、例の宗教団体を探ってみるわ。こうなった以上、ここで黙っていても解決しないわけだし……」
「そうだな。気を付けて行って来いよ。何かあったら必ず連絡しろ、いいな!」
「わかったわ」
有村はエレベーターに乗ると下へ降りていった。
「村岡さん、レミはこのホテルにはいないような気がします。それに、今朝の話からは何かレミの体の中で変化が起こっていると考えた方がいいかもしれません。それよりも一度、レミのマンションに行きませんか。手紙のことが気になります」
「手紙って、何のことですか?」
何も知らない奈美が問い掛ける。
「レミ宛に昔届いたエアメールのことだよ。しかも、レミの知らない人だ」
「あぁ、そのことならレミから聞いたことあるよ。確か、私は滝川家の家族じゃないとか何とか言ってたような……」
村岡と雄二は驚いた。
「奈美さん、その手紙の内容を知ってるの?」
「いえ、レミはそれしか言わなかったので、あとはわかりません」
「そうか。とにかく知っているならレミさんのマンションへ行きましょう。雄二さん、案内して下さい。お願いします」
三人はレミのマンションへと向かった。

 同日午前十一時に差し掛かる頃。
 シンディとタケルはホテルに到着した。まっすぐフロントに向かう。タケルがフロントに声をかけた。
「すいません。滝川レミさんに会いたいんですが……」
滝川レミの名前を出した途端に、フロントがざわつき始めた。
「恐れ入りますが、どのようなご関係の方ですか?」
「警官から連絡入ってませんでしたか? 同じ会社系列の者なんですが」
「さようでございますか。実は滝川レミさんが行方不明になってしまいまして……」
「いつからですか?」
シンディが口を挟む。
「それが今朝から行方不明のようです……。ご一緒にお泊まりの方が館内を探したのですが、いまだに見つかっていません」
「わかりました」
二人は、すぐにホテルを出た。
「タケル、私はデニムに連絡するわ!」
シンディは携帯電話を取り出した。デニムにかけるとすぐ電話に出た。
「どうした?」
「大変よ! 滝川レミが行方不明になったわ!」
「どういうことだ?」
「わからないわ……。来てみたら、行方不明になっていると言われたのよ。どうするの?」
「今、レミのマンションか?」
「違うわ。ホテルにいると言われたので、クライスラーホテルに来ているわ」
「わかった。そのホテルのロビーで待機していてくれ。こちらで確認するまで指示を待て」

 同日午前十一時二十分。
 有村はゾハールの所在地に到着した。以前に情報として知っていたのだ。外観は普通の家と変わらないようだが、ゾハールと書かれた看板がかかっていた。
中に入っていくと信者達が何か怪しげなことをしていた。
「すいません。ちょっとお話を伺いたいのですが……」
男性の信者のひとりが有村に応対した。
「失礼ですが、貴方は?」
有村は警察手帳を見せた。
「なるほど、それで警察が何か?」
「実は、こちらと関わっていたエトゥカさんを探しておりまして、ご存じないですか?」
「そう、彼女を探しているのですね……」
その信者の口元が不気味な笑みを浮かべた。次の瞬間、後頭部に強い衝撃を受け、さらに腹部に重たい衝撃を受けた。有村はその場で崩れ落ちた。
(あっ……、どうしてなの……)
有村の意識がだんだん遠のいていく……。

 同日午前十一時三十分。
 ホテルで待機中のシンディの携帯電話が鳴る。
「シンディ、タケルと力を合わせて、滝川レミを捕獲しろ! 決して、殺してはならん!わかったな!」
それだけ言うと切れた。シンディは不可思議な暗号を聞かされたような顔を見せた。タケルがその表情をみて問い掛ける。
「父さんは何と言ってた?」
「ちょっと待って……。私の頭が混乱してきたわ。今、デニムは変な事を言ったのよ」
シンディの思考回路がデニムの言葉を解読しようとしている。
「父さんはどう言ったんだ?」
「滝川レミを捕獲しろ。決して殺すなって……」
シンディは両手を広げた。
「捕獲はわかるさ。でも、殺すなって、どういう意味なんだ? 第一、俺達には彼女を殺す理由が無い。とにかく探し出せばいいんだろう?」
「まぁ、そういうことだわ。でも、顔を見ていないから、彼女を探しようがないわね」
「とにかくマンションに行ってみるか。写真ぐらいあるだろ」
「でも、どうやって入るの?」
「行ってから、考えるさ」

 同じ頃、村岡達はレミのマンションで探しものをしていた。
「レミの書類って、何でこんなに沢山あるのよ。ゼータ健康食品って何だろ?」
奈美が首を傾げながら書類を見ている。
「レミが勤務している食品会社の系列会社だと聞いたことがある……。しかし、見つからないな……」
「滝川さん、もしかしてこれじゃないですか?」
村岡がエアメールらしきものを見つけた。
「そう、それです! それに間違いないです!」
「差出人は……、ガルマ……、スプリ……、申し訳ない、英語は苦手なんですよ……」
「封筒の中も英語の文書かな……?」
「ちょっと待って……」
村岡は既に開けられていたエアメールから、一通の手紙を取り出した。もちろん、全て英語で書かれている。
「これじゃあ、さっぱりわからないな……。英語が読める人を探して来ようか?」
そんな時、入口のインターホンが鳴る。誰かが訪ねて来たらしい。雄二が出る。
「はい、どちら様でしょうか?」
「ゼータ健康食品のタケル・バードナーと申します。滝川レミさんにご相談があってお伺いしたのですが……」
村岡と奈美が顔を見合わせて拍手をしている。今の彼らにとっては、外国人は救世主的な存在なのだ。
「レミは不在ですが、せっかく来たのですからこちらまで上がって来て下さい」
しばらくして、ドアをノックする音が聞こえた。雄二が扉を開けると、外国人が二人入って来た。
「初めまして、ゼータ食品株式会社のタケル・バードナーです」
「私はシンディ・ウエハラです」
「私は滝川レミの兄、滝川雄二です。実は……」
雄二と村岡は今までのことを二人に話した。
「そうですか……。それなら私達にも協力させて下さい」
「是非、そうしてくれると助かります。それで、来て早々申し訳ないのですが、この手紙が読めなくて困っています。助けてくれませんか?」
雄二はレミ宛のエアメールをタケルに渡した。
「差出人は誰なんですか?」
「はい、ガルマ・スプリングフィールドからです」
「手紙の内容を読んでもらえますか?」
「わかりました……」
タケルが読んだ手紙の内容は次のように書かれていた。
“私はバードナー遺伝子研究所の創始者であるエリック・バードナーの相棒であるアラン・スプリングフィールドの息子、ガルマ・スプリングフィールドです。貴女の母親である早瀬咲紀は私が愛した最高の女性でした。しかし、婚約中に不慮の事故に巻き込まれて亡くなってしまわれたのです。
私はどうしても彼女との子供が欲しくなって、研究用に採取した卵子と私の精子を受精させて出来た子供が貴女なのです。そして貴女には、もう一人、双子の兄がいました。そこで、まずはその兄の受精卵を先に咲紀と親友だった研究員に代理出産させて、貴女の受精卵については冷凍保存することにしたのです。代理出産が無事に終り、その研究員は生まれてきた貴女の兄をとても可愛がっていたのですが、ある研究のデータを取る為に彼女から取り上げてしまったのです。
数年後、どうしても返して欲しいと泣き叫ぶ彼女に対して、このままでは研究を阻害されかねないと判断した私は彼女を解雇することにしたのです。すると彼女は激怒して、冷凍保存してある貴女を持ち去って姿を消してしまったのです。でも、どこかで出産したのでしょう。そうは言っても、レミさんもその兄も、咲紀や私が養育権を持つ一般的な子供ではないのです。米国という国がある研究の為に創らせていた受精卵から生まれた子供ですから、いわば米国が養育権を持つ子供なのです。
ただ、何故そうなのかについての詳細は教えられません。米国の国財を盗んだ罪人として追われる身になった彼女は、その赤ちゃんを連れて逃走しているうちに自分の限界を感じたのかもしれません。せめて咲紀と同じ日本で静かに生きるようにと、そちらの家に託したのかもしれません。彼女が逮捕されて、死刑が執行される日にそちらの家にいることを私に話してくれたのです。私は、このことを早く伝えたかったのですが、こちらの都合で今まで隠していたことをお許しください。
バードナー遺伝子研究所所長ガルマ・スプリングフィールド“
タケルが読み終えると、奈美がすぐに問い掛けた。
「そうすると、お兄さんは今も生きているってことですか?」
「その可能性は否定できないな……」
村岡が渋い顔で話す。
「私達でそのことを調べてみてもいいですか?」
シンディが口を挟む。
「そうしてくれると助かります。それなら私に連絡して下さい」
村岡は自分の携帯の番号をメモして、シンディに渡した。
「お二人はどこかのホテルに泊まるんですか?」
「いえ、東京に着いて、まっすぐこちらに来たので、まだ決めていません」
「それなら、クライスラーホテルに泊まって下さい。レミさんが行方不明になった今では、もうホテルに泊まることはないですし、それにレミが消失した部屋に泊まってもらえれば何か気がつくことがあるかもしれませんから」
「わかりました。そうさせてもらいます。それと、会社から言われて来ただけで、レミさんとは面識がないので、彼女の写真を一枚頂けませんか?」
「ちょっと待って下さい。え〜と……、これでいいですか?」
最近撮ったらしい写真を一枚手渡した。
「有難うございます」
「奈美さんも、もう自宅に帰っていいよ。あまり、仕事を休むわけにはいかないよね」
「じゃあ、雄二さん、後で見つかったら教えて下さい」
シンディ、タケル、奈美の三人は村岡と雄二を残して、マンションから出て行った。
「私は有村と合流する予定ですが、雄二さんはどうしますか?」
「私は、レミが帰ってくるかもしれないので、もう少し待ってみます」

 同日午前十一時四十五分。
 デニムは基地内の司令官室の椅子に腰を下ろして、パソコンを使って秘密裏に入手した情報を見ていた。
 そこにはエリア五十一に関する情報が表示されていた。デニムは、かつてエリア五十一に配属された経験があるのだ。そこで初めて地球外生命体の存在を知った時は、すぐにでも逃げ出したいと思った。
 だが、彼らの高度な文明にいつの間にか魅せられてしまったのだ。石油や天然ガスなどの公害物質を使わなくても、それよりもパワーがあるエネルギーを作り出す技術。
かつて、ケネディ大統領はそれを公表しようとして暗殺されてしまったのだ。
そこは、米軍基地と呼ぶよりも、米国が生み出した黒い要塞という呼び方がふさわしいかもしれない。
 デニムがまだ若い頃、エリア五十一にいた頃の任務は部外者を基地内に近づけないことであった。米軍以外で基地を出入りしているのは大統領とCIAだけである。何かが故障して、修理にくる技術職には絶対に基地内のことは漏らさないという文書にサインをさせるが、基地から離れた後、すぐにCIAが抹殺してしまうのだ。それは秘密裏に行っている研究を外部に漏らさないためだ。
 一般的にはUFOの開発を行っているとの情報が飛び交っている。だが、これも米国が仕掛けたトリックなのだ。時々、米国の国旗をつけたUFOを上空で飛ばし、ごく一部に人間が見えるようにする。当然、そのUFOの発着場がエリア五十一だとわかると、その研究をしていると思うだろう。
 しかし、内部でやっていることは、米軍UFOの開発などではないのだ。生物実験を積み重ねながら、恐ろしい人体実験を繰り返しているのだ……。
以前に多発していたキャトル・ミューティレーション、ヒューマン・キャトルミューティレーションと呼ぶ、UFO内に生物や人間が連れ去られてしまう事件は、その発端に過ぎなかったのだ。
 デニムは、以前にエリック・バードナーが行っていた研究を極秘文書の流出で既に知っていた。また、今回の滝川レミの件も、現在の所長であるガルマ・スプリングフィールドの実験から生まれたということも知っていたのだ。だから、デニムは彼女の人体をチェックできれば、その報告書をエリア五十一に提出することで、自分の存在価値の重さを認めてもらい、米軍内での地位を上げたいと思っていたのだ。
そんなデニムにとっての唯一の救いは、シンディ達が自分の奴隷のように動いてくれているということだ。
 デニムの携帯電話が鳴る。
「デニム、私に隠れて何をコソコソやっているのだ」
米国大統領スレッガー・ネイルからだ。
「いえ、大統領。私は貴方に忠誠をしていますから、隠す事は何も有りません」
「そこまで言い切るか……。まぁ、いい。ラスベガスでの用事が終わったら、君にいいものを見せてやろう。エリア五十一まで来たまえ!」
それだけ言うと電話は切れた。
 かつてエリア五十一にいた頃、同僚に言われたことがある。大統領からいいものを見せてやろうと言われたら、それは死の宣告に等しいと……。
 デニムは蒼ざめた顔で、すぐにある男に電話をかけた。
「私だ。大統領は不要のゴミだ。片付けろ!」
「わかりました!」

 同日午後十二時十分。
 六本木で働いている高峰聖羅は昼食を取る為に、どこで食べようかと六本木ヒルズ周辺を歩いていた。
 そんな時に建物の間から、女性のすすり泣きが聞こえてくる。
(何よ? どこで泣いているのよ? あそこね……)
建物の間を入っていくと、女性が背中を向けてうずくまっているのを見つけた。
「随分苦しんでいらっしゃるようだけど、大丈夫ですか?」
振り向くと、聖羅の知っている女性だった。
「あら、貴女、元気で生きていたのね……」
すると、その女性の両目が突然青白く光を放った。
「な、何なのよ……。いや〜〜〜!」
建物の影、誰にも気付かれることはなく、聖羅は悲鳴とともに消えていった。

 同日午後十二時十五分。
 シンディとタケルは奈美に同行してもらって、フロントに事情を説明して、レミが消えた一六一五号室に宿泊する手配をした。その後、奈美は自分の手荷物を部屋から取ってくると、三人でレストランに入った。
詮索好きな奈美は二人のことについて色々と質問攻めにしていたのである。
「え〜っ! そうなの! どう見ても恋人同士にしか見えないですよ!」
「私はタケルのことが好きだけど、タケルは別の女性の方が気になってるみたい……」
シンディはタケルにわざとらしく微笑んだ。
「まだ、言ってるのか……。あれは、古い友人だって……。ところで、奈美の身内にケイスケ・ミズサワという人はいないかい?」
「えぇ、はい。それは、きっと二つ年上の私の兄ですが、兄を知っているんですか?」
「いえ、名前だけ聞いたことがあったので……。ちなみにお兄さんはどこにいるのですか? 米国ですか?」
「はい、米国でジャーナリストの仕事をしているらしいですが、行方不明なんです……」
タケルはそれを聞いて、古い記憶を思い出した。

 二〇七五年の夏の某日。
 タケルが未来のエリア五十一内で発見されて、米軍として従事するようになってから三ヶ月が過ぎた頃。エリア五十一の休憩室でタケルは仲良くなった水沢啓介から話を聞いていた。
「俺の妹は、いまだにジャーナリストをやっていると思っているらしい」
「本当のことを話さないんですか?」
「そうだな、デニムの意志を引き継いだ仕事が終わったら、すべてを話すよ。当分、先の話になりそうだがな……」

(あの時の妹がこの娘だったのか……)
「きっと、お兄さんは元気でいますよ……」
「シンディさんのご家族は何人いるんですか?」
「私はひとりよ。母は私を産んですぐに亡くなったし、父は何だかの研究所に行ってたんだけど、突然、行方不明になってしまったし……」
「連絡はないんですか?」
「一度だけ、携帯電話に電話があってね。俺は追われる身になってしまったから、俺のことは忘れてくれって……」
「シンディ、そんなこと俺には一度も話さなかったじゃないか」
「特に話すほどのことではないし、タケルもそれについては聞かなかったじゃない」
「ちなみにシンディさんのお父様の名前は何て言うの?」
「ジョージ・ウエハラよ」
タケルの記憶がその名前を思い出せた。
「……なぁ、シンディ、その人ってさ、人違いだとは思うけど痩せ型で背が高くて、眼鏡かけている人かい?」
「そうよ! タケル、パパを知ってるの?」
「いや、ちょっと一緒に酒を飲んだだけだよ」
まさか、未来にいた頃の上官で、後にタケルと敵対する運命なるなんてことは、口が裂けてもシンディには言えない。
「あぁ、美味しかった! さて、私は上司のお説教を聞きに会社に戻りますかね」
「こんな騒ぎがあった後なのに、もう仕事なの? 日本人はよく働くよね」
「シンディ、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。俺達も仕事にとりかかろうぜ」
 レストランを出ると、奈美と別れた二人は滝川レミがいた部屋に行ってみることにした。

 同日、午後一時五分。
 アンディはFBIから届いた情報を見ていた。もちろん、デニムに関する情報である。
『デニムのプライベート情報
本名:デニム・ガンプス、ロサンゼルス生まれ
生年月日:一九八七年八月十二日生まれ
大学を卒業後、米軍に入隊。空軍に配属されF−二十五戦闘機に乗る。
三年後、グレーム・レイク空軍基地(通称:エリア五十一)に配属。
そこで、実績を残し、大佐にまで昇格する。
その後、大統領から声がかかり、大統領の腹心として動くようになる。
二十年後、日本の関西米軍基地の基地司令官として配属。以後、現在に至る』
『ブラック・ブリットについて
デニムには秘密裏に動く部下がいるらしいです。米軍では、彼らのことをブラック・ブリット(黒い銃弾)を呼んで、恐れているそうです。
彼らがやっていることは米国のCIAと酷似していると言えば、おおよその内容は検討がつくでしょう。
ブラック・ブリットについて調査したところ、彼らは民間人であることが判明。極秘捜査をした結果、それらしき二人の人物が浮上してきました。
一人は、ジョージ・ウエハラという米国人。もう一人はケイスケ・ミズサワという日本人です。
ジョージ・ウエハラは米国のニューヨーク出身で、シンディ・ウエハラという妹がいるようです。また、ケイスケ・ミズサワは日本の東京出身で、ナミ・ミズサワという妹がいるらしいです』
(何? シンディ・ウエハラだって?)

同日午後一時二十分。
午前中から何度電話しても有村と連絡取れない村岡は、クライスラーホテルを起点にして、半径二キロ範囲の通行人やお店に目撃情報を聞いていた。しかし、滝川レミを目撃したという情報は何一つ得られていない。
(レミは一体どこに消えたんだ)
村岡は少し苛立っていた。
(裕美に連絡してみるか。そろそろ繋がるだろう……)
しかし、留守電のままで出ない。
(もしかすると、署に戻っているのかもしれない)
署に連絡を入れたが、有村からの連絡は入っていないとのことだ。
(裕美の奴、どこで何をしているんだ。連絡ぐらいくれたっていいのに……)
彼女のことが気になって、滝川レミの捜査に今ひとつ集中できずにいた。村岡は集中出来ない時には必ず決まってすることがあった。それは、手帳に事件が解決した時の自分へのご褒美について書くのだ。そうすると、早く事件を解決したいという気持ちが解決へのキーワードを生み出すこともある。
 村岡は集中する為にポケットの手帳に手を伸ばした。
(あれ? 手帳が二冊ある)
取り出してみると、一冊は有村の手帳だった。
(どうして裕美の手帳が俺のスーツの中に……?)
村岡は有村の手帳を開いてみた。手帳の後ろのメモ欄にキーワードらしきものが走り書きしてある。
(ゾハール、羽田、ニオファイト、五芒星の小儀礼……。何だこれは?)
手帳を見ていくと、以前にそこに所属していたらしいことがわかってきた。
(なるほど、そうすると羽田というのは所在地のことだな!)
村岡はすぐにタクシーで羽田に向かった。

同日午後二時過ぎ。
アンディはデニムについての情報を整理していた。突然、アンディの携帯がなる。相手はブライトからである。
「今、日本に到着したところだ」
「随分早いな」
「あぁ、あの電話の後、すぐに出発したからな。まずはそっちまでの道案内を頼む。今、羽田空港にいるよ」
ブライトは降りる空港を間違えていた。
「何? 羽田に行ったのか? 俺と会いたいなら関西国際空港だ」
「おっと、俺としたことがドジ踏んだか……。じゃあ、そっちへ向かうよ」
「いや、そのままいて欲しい。そこで頼みたいことがある。今、手が離せないから後で電話する」
「了解!」
 同じ頃、有村は意識を取り戻した。しかし、目隠しされているようで目を開けることができない。体を動かしたいが、手足を縛られていて動かせない。
「ここはどこなの?」
「やっと、気が付いたようだね。ソロール有村」
冷ややかな男の声が耳に入ってきた。
「その声はフラター神崎…………?」
「よくわかったね」
有村は以前にゾハールで修行をしていたことがあった。この宗教団体が新興宗教というのは表向きで、実は魔術結社だったのだ。魔術師仲間を呼ぶ時は、女性をミス、ミセスの代わりにソロール、男性をミスターの代わりにフラターと付けて呼ぶのだ。神崎は、かつて有村と同じチームで修行していた仲間だった。
「仲間の声を忘れたことはないわ。とくに才能がある貴方のことはね……。こんなことをするなんておかしいわ! どうしてこんなことをするの?」
同じ修行仲間だけあって、少し感情的な話し方になる。
「ここはかつて君がいた頃のゾハールではないんだよ。魔術とネクロマンシーを融合させて、新しい何かを生み出そうとしているのさ。その為にはエトゥカさんの協力が必要なんだよ。それと君達警察は誤解しているようだが、エトゥカさんが滝川レミを始末しようとしたのは正しい判断なんだよ」
「人を殺すことが正しい判断なんて、貴方は間違っているわ!」
「ほう、そうですかね。それじゃあ、殺人鬼に無惨に殺された遺族の気持ちを考えたことがありますか? もしも、その人間が裁判で無期懲役の結果で終ってしまったら、残された遺族はどういう気持ちになるか考えたことがあるんですか? ソロール有村」
「それは……、まぁ、死刑にならないなら殺したくてたまらないでしょうね……」
「つまり、そういう方々の為に結局は誰かが粛清をしなければならないんですよ」
「でも、滝川レミは殺人鬼なんかじゃないわ!」
「いいえ、彼女は殺人鬼も同じです!」
「えっ? その声は誰なの?」
「警察が血眼で捜しているエトゥカよ」
「滝川レミを殺そうとしたエトゥカさんなのね? どうして、彼女をそんな風に言うの?」
「そんなに知りたいのなら、いいわ、教えてあげるわ」
エトゥカは有村に理由を話し始めた。
 同日午後二時二十分
 シンディとタケルはホテルの部屋で滝川レミを探す為の計画を練っていた。ソファーに腰を下ろして、コーヒーを飲みながら二人は真剣な表情で話している。
「タケル、滝川レミはバードナー遺伝子研究所で生まれたんだよね?」
「あの手紙の内容ではそうらしいな。あそこの研究所には何かあるのかな……」
シンディはあの手紙の差出人のラスト・ネームがタケルと同じなのが気になっていた。
「そう言えば、タケルのラスト・ネームのバードナーよね? 関係あるの?」
「さぁな、多分関係ないだろう。俺は生まれてからすぐにニューヨークで育てられたらしいけど、父からそんな話を聞いたことはないな」
突然、シンディの携帯電話が鳴る。
「シンディ、実は良いニュースがある」
アンディからだった。
「どんなニュース?」
「FBIから情報を入手したんだが、ジョージ・ウエハラがラスベガスにいるという話だ」
「ラスベガスで? ジョージ兄さん……、生きていたのね……」
「どうする? ラスベガスへ行くか?」
シンディの心の中では、兄に会いたい思いと滝川レミを探さなければならない使命感が葛藤している。タケルが口を挟んだ。
「シンディ、ここは村岡さんに任せよう。せっかくの機会を逃したら、逢えないかもしれないじゃないか」
「わかったわ。ラスベガスへ行くわ」
「了解した。デニムにはうまく言っておくから、タケルと一緒に行くといい。それと、頼みがある。もし、ジョージに逢えたら、ケイスケ・ミズサワという日本人も一緒かどうかをお兄さんに気付かれないように探って欲しい」
「ケイスケ・ミズサワですって? それは奈美のお兄さんだわ!」
「もしかすると、妹のナミ・ミズサワのことか?」
「そうよ! 行方不明と言ってたわ!」
「それなら、彼女も連れて行くか?」
「それは無理よ。仕事で忙しいはずよ。でも、連絡は取ってみるわ」
「もし、行けなければ、お兄さんの写真をもらえるか聞いてくれないか?」
「わかったわ。でも、私の兄とナミの兄がどうかしたの?」
「いや、ちょっとFBIの捜査線上に二人の名前が浮上してきてね。二人が行動を共にしているとの情報があったので、確認して欲しいんだよ」
「わかったわ……」
「それと、レミの写真はあるか?」
「はい、持っています」
「それなら、羽田空港の入口付近で米国から到着したブライト捜査官が待機中だから、彼にそれを渡してくれ。あとは彼に引き継いでもらうことにするよ」
「ブライト捜査官とは面識がないのよ?」
「米軍のジャケットは持っていったか?」
「もちろん、いつでも持っているわ」
「それならば、それを着ていってくれ。彼には米軍ジャケットを目印に見つけてもらうように伝えておくよ」
「わかったわ」
電話が切れると、すぐに村岡に電話をした。忙しいのか、留守電になっている。メッセージを入れておいた。
「シンディです。私達は急用で一端、米国に戻らなくてはならなくなりました。レミさんのこと、宜しくお願いします」
シンディとタケルは荷物を持ってすぐに部屋をでた。

 午後二時三十分
 有村はエトゥカからバードナー研究所で何が行われていたのかを聞かされた。それは、まさに想像を絶するような内容であった。
「それで、レミさんを殺そうとしたのね……」
「それだけじゃないわ。そのおかげで父はCIAに殺されたのよ!」
エトゥカは涙声で叫ぶように吐き捨てた。
「CIAに殺されたですって? その証拠はあるの?」
「そんなものあるわけないじゃない! JFKが殺された時だって、そうだったでしょ!」
確かにエトゥカの言うとおりだった。オズワルドをはじめ、様々な人物に犯人としての刃が向けられたが、最終的にはCIAに暗殺された説が一番有力だった。有村は彼女に何て言ってあげたらよいのか、言葉が見つからなかった。
「今、滝川レミを殺さなかったら、きっと大変なことになるわ。いや、もう始まっているのかもしれないわね。彼女はどこで保護しているのか教えなさい!」
「彼女はいないわ……。ホテルで保護していたのに、突然姿を消したのよ……」
「何ですって! あんた達警察は何をやっているのよ! じゃあ、彼女を呼び出す餌を用意しないといけないじゃないの! その餌のひとりは貴女よ! 警察としての責任を取ってもらうわ」

同日午後二時三十分。
ブライトはアンディからの電話を待っている間、羽田空港の中を物色しながら歩いていた。
 突然、携帯が鳴る。
「ブライト、あと一時間ぐらいで、そっちに米軍の正装をしたシンディとタケルが到着するはずだ。彼らには入口付近にいると伝えてあるから、時間になったら彼らと接触してくれないか?」
「アンディ、一体何の話をしているんだ?」
突然そんな切り出し方をされてもわかるわけがない。
「今は詳しい話をする時間がないんだ。申し訳ないが彼らから話を聞いてくれ。それと、デニムの下で動いている人間がわかった。そっちに行くシンディの兄で、ジョージ・ウエハラ。それと、日本人のケイスケ・ウエハラだ。シンディはこれから兄を探しにラスベガスに行くが、デニムの部下ということは伏せてある。聞かれても、言わないでくれ」
「なんだって! そういうことか、わかった! じゃあ、一時間後、入口付近に待ってるといいんだな。でも面識がないから見つけられないかもしれないぜ」
「二人の画像を携帯に送っておくよ。それと、もうひとつ頼みがある。ラスベガス行きのシートを二つ予約して欲しい。金はこっちで支払う。君の口座に入れた方がいいか?」
「あぁ、そうしてくれ。どうせ送金してくれるなら少し色をつけてくれると助かる」
「もちろん、そうするつもりだ」

 同日午後二時四十分
 シンディは奈美に電話をした。奈美はすぐ電話に出た。
「どうしたの?」
「実は、どうしても伝えたいことがあるのよ」
「何ですか?」
「奈美のお兄さんが私の兄と一緒にラスベガスにいるらしいの」
「えーっ! 本当ですか? どうやってそれを知ったんですか?」
「まぁ、色々とね……。それで、これからラスベガスに行くのよ。一緒に行ってくれるといいんだけど、仕事だよね?」
シンディは控えめに話した。
「そうね。今は休憩中だから電話にも出れたけど、仕事が山積みになっていて手が放せない状況なのよ。行きたいけど、ちょっと無理だわ……」
予想通りの答えが返ってきた。
「それで、お願いがあるの。お兄さんの画像をメールで送ってくれないかな」
「わかったわ。仕事が終ってからになるけど、それで良ければメールするね」
「それでいいわ。有難う。見つけたら必ず連絡するわ」
「いいえ、こちらこそ! では、連絡を待ってるね。気を付けて! いってらっしゃい!」

 同日午後三時を過ぎた頃
 村岡は有村が残した手帳の走り書きをもとに羽田周辺を歩き回り、それらしき建物を発見した。外観はごく一般的な五階建てのビルなのだが、オフィスビルというような雰囲気ではない。時折、我々には理解出来ないようなものを手にして入っていくものがいる。きっと、宗教的に何かの儀式に必要なものなんだろう。
(ここだろうか……。この辺りで怪しい建物と言えば、この建物しかないだろう。しかし、何か胸騒ぎがする。裕美が無事でいてくれたらいいが……)
一階のエントランスホールに入ると、壁には大きく五芒星が入った不思議な紋章が見えた。どうやらここで間違いないようだ。エレベーター前に若い女性が一人立っている。誰かを待っているのだろうか。
 村岡がエレベーターに乗ろうとすると、その女性に呼び止められた。
「修行している方なら、手順どおりやってもらわないと困るわね」
彼女は自分の胸の前で小さく、宙に、五芒星を描いた。村岡にはそれが何を意味しているのかわからない。とにかく、彼が描いたとおりに村岡も真似てみた。
「貴方はここの者ではないようですね。私と同じ書き順で五芒星を描けるのは、このビルには二人しかいません。それ以外の者がこの五芒星を描く事は許されていません」
そう言うと、村岡に向かって微笑んだ。
「パパ、やっと来たわね。待っていたのよ」
突然の言葉に村岡は困惑した。見知らぬ女性からパパなどと言われたら誰でもそうなるだろう。
何人か、またビルに入ってきた。
彼女の前で、それぞれが始点が違う五芒星を描くとエレベーターに乗っていった。どうやら、五芒星を書き始める始点や書き方によって、それぞれの階級がわかるようになっているらしい。
彼女は村岡を連れて一端ビルの外に出た。彼女は近くの萩中公園に向かった。村岡は黙って彼女の後をついていく。公園に到着すると、周囲を気にしながら村岡に向き直った。
「ここなら、何とか話せるわ。自己紹介が遅れたけど、私は村岡詩瑠美亜(ムアオカ・シルビア)よ」
名乗ると同時に欧米式に右手を出す。母親の影響が強いのだろう。村岡はそれに応じ、右手で彼女の手を握りながら話す。
「俺は村岡龍也。ところで、パパって……、誰か人違いをしているのではないのかい? それに俺は独身だ」
「そうよね。いきなり、こんなことを言われたら誰でもそうなるわ。でも、私は間違いなく貴方の娘よ。この事態を知っていた未来の貴方の妻、つまり私のママから貴方に協力するように言われたのよ」
村岡の頭のなかで益々困惑の渦が広がっていく。
「俺の妻って誰のことだ?」
「村岡エミリーのこと。エミリー・クラウディアのことよ」
そんな女性との繋がりは無い。第一、村岡が思い描く幸せの構図には有村裕美以外の女性は記載されていないのだ。
「いや、そんなはずは……。もし、俺が結婚するなら……」
そう言いかけた村岡を遮った。
「あのビルの上で監禁されている彼女だって言いたいんでしょ?」
「彼女は上にいるのか!」
「えぇ、いるわ。でも、残念だけど彼女はパパと結婚出来ないわ。可愛そうだけど……、そういう運命なの。それでもいいと言うならパパに協力するようにと、ママに言われてきたのよ」
「運命って、どういうことだ? 裕美に何かあるのか! 教えてくれ!」
「それは……、今は言えないわ……。でも、もうすぐその意味がわかると思うわ」

 同じ頃、有村は神崎から色々と聞かされていた。
「そう言えば君の国籍は日本だけど、米国で生まれて、日本の施設に預けられたそうだね」
有村の顔が少し蒼ざめた。その話は今まで誰にも明かさなかったことだからだ。
「どうしてそれを貴方が……」
神崎は不気味に笑っている。
「その発言は一緒に修行した者の意見としては不適切だとは思わないかい?」
「魔術で知ったのね」
「そうさ。汝、意思するところを行え。これこそ法のすべてとならん。かつての偉大な魔術師、アレイスター・クロウリーがそう言っていたじゃないか。当時、俺は君こそが愛を捧げるにふさわしい女性だと思っていた。いや、もっと正確に言うならば、今でもそう思っている」
有村は少し複雑な感情になっていた。神崎はとても頭の切れがよく、魔術の基礎を学んだだけで、幅広い応用の論理を導き出せるほどの理解力があった。その神崎に当時の有村は好意を抱いていたからだ。
「どうして、その時に術を使わなかったの?」
神崎は声を出して笑った。
「俺はそれほど鈍感ではないよ、ソロール有村。君の気持ちに気づかないとでも思ったのかい? 愛情にはタイミングも必要なのさ。動物的な本能で、感情の赴くままに愛情を深めても、その先の未来が見えていなければ、ただのお遊びで終ってしまうのさ。当時の俺はまだ若かったし、収入も安定していない状態だったからね。将来的に空中分解が見えた状態で君を愛することは俺自身のプライドが許さなかったのさ」
まさに神埼らしい表現だった。有村は、そこまで考えてくれていた神埼の言葉に胸中が熱くなっていくのを抑え切れなかった。いつの間にか、涙が頬を伝っていた。それは、村岡が愛をささやいてくれた時とは違う何かが彼女の心に響き渡ってきたからだ。
「時には、本能的になることだって必要なのよ……」
神崎は彼女の気持ちを受け入れてあげた。彼女の唇に自分の唇を重ねた。そして、軽く吸った後、また話し始めた。
「君は男の本能を知っているかい? 男はイイ女を見ると抱きたくなるものさ。性的欲望としてね」
「それなら、押し倒してでも私を抱いてくれたらよかったのに……」
「俺にも少なからずその欲望はある。もし、その行動に出たら、自分の理性に対する抑制も出来なかっただろう。そして、肉欲に溺れる日々に明け暮れたあげく、ガキを作ってしまってからどうしていいかわからなくなる。俺はそんな輩と一緒にして欲しくない」
「愛情があるなら、子供が出来ても受け入れるんじゃない……?」
「それに俺は、君とはそんな無粋な関係にはなりたくはなかった。熟成したワインをじっくりと味わうように、君とは時間をかけて愛情を深めていきたいと思っていたからね……」
 その時、扉をノックする音が聞こえた。上層部の人間ならば、鍵を持っているのでノックなどいらないはずだ。神崎は声をかけた。
「誰だ?」
「私です。詩瑠美亜です」
「何の用だ? この階に上がることは許されていないはずだろ」
「はい、エトゥカさんが事故にあって、貴方を呼ぶようにと……」
とっさに思いついた嘘が口に出る。
「何?」
神崎は扉を開けた。その瞬間、村岡が扉から入る。
「こら! ここに勝手に入ってくるな!」
「そうはいかなくてね……。俺は警察だ。同僚の有村を返してもらいにきた」
村岡は警察手帳を見せた。神崎は村岡の目を見た。
「あんたが彼女の恋人か……。連れていきな……」
「本当にそれでいいのか? 実は、さっきの話、全部聞いていたんだよ。さすがに俺は負けたと実感した。裕美、この男は本気だ。俺も本気だが、ここまで君の事を考えられる人間はいないだろうな」
「私って、本当に幸せね……。こんなに素敵な男性二人に愛されてるんだから……。でも、無理なの。こういう状況になった時、私どちらも愛せなくなるのよ。龍也、ごめんね……。神崎さんも、ごめんなさい……」
 神崎は有村の目隠しを外すと解放して、村岡に渡した。ほんのひとときだけでも心を奪われた神崎の姿はとても輝いてみえた。
「今の俺はエトゥカ・ムフーマトの下で動いている傭兵みたいなものだ。気が変わらぬうちに俺の前から消えてくれ……」
村岡には刑事としての職務上、聞かなければならないことがあったし、また彼を逮捕しなければならない立場なのに、あえてそうしなかった。同じ女性を愛したものとしての尊敬の意が職務を邪魔してしまったのだ。

 同日午後三時二十分
 シンディとタケルは羽田空港に到着した。
「アンディの話ではブライト捜査官は入口付近にいると言ってたけど、私達のことがわかるのかしら……」
二人は私達を見ているような、それらしき人物がいないかを見回した。
シンディの視界の中でニヤニヤしながらこちらを見ている男がいることに気が付いた。
「まさかね……」
シンディがその男に近づいていくと、男は右手を高く上げて手を振った。
ビンゴだ。彼がブライト捜査官のようだ。
「酷いわ。気付いていたなら声ぐらいかけてくれたっていいじゃない。どうせアンディから画像をもらって知っていたんでしょ?」
ブライトは笑っている。
「ごめんごめん。画像よりも美しい女性だったから、声をかけずらかったんだよ。ブライト・リーゲルだ、宜しく」
「まぁ、ご冗談がうまいのね。私はシンディ・ウエハラよ、宜しく」
「俺はタケル・バードナー」
「何? バードナーだって? もしかしてあの研究所と関係があるのかい?」
「そこまではわかりません」
軽く両手を広げる。
「そうか……。まずはこれを渡しておくよ」
ブライトはシンディに封筒を渡した。シンディは不思議そうな顔つきで封筒の中身を取り出すと、そこには午後四時三十分発のサンフランシスコ経由、ラスベガス行きのチケットが二枚あった。
「これはラスベガス行きのチケットじゃない!」
シンディは驚いて、大きな瞳でブライトに視線を向ける。
「あぁ、気にするな。アンディから受けた仕事の一環だ」
「仕事って?」
「君達がやっていたことを戻るまで俺が引き継ぐということだ」
「そういうことだったのね。内容は聞いているの?」
「君達から聞くように言われているよ。出発までは時間がある。喫茶店にでも入ろうか?」
「それは、まずいわ。日本の警察でさえも、公表していない話もからんでくるから……」
「そうだ。空港内に新しく出来たカラオケボックスに行こう。そこなら防音設備もしっかりしているし、大丈夫だろう」
タケルの妙案で三人はカラオケボックスに入った。室内に流れる音量を小さくすると、二人はブライトに今までの一部始終を話した。
「何だか、怪奇的な内容だな。でも、ホシはエトゥカとか言ってたな。日本の警察はフルネームでは教えてくれなかったのか?」
「いえ、ファースト・ネームだけよ。何か心当たりでもあるの?」
「まぁ、ちょっとな……。わかった。それで、この写真の女性を探し出せばいいんだな。俺に任せておけ! 君達が戻る頃には解決しているさ」
「実は、私も聞きたいことがあるの」
「ジョージ・ウエハラについてだろ?」
「どうしてそれを?」
「アンディから聞いたよ。多分、聞いてくるだろうってね。俺達がやっているチームとは別のチームが動いている情報なので、詳しいことはわからないんだよ。ただ、内部情報として定期的に伝わるだけだ」
「でも、捜査線上に浮上してきたって言ってたわ」
「仮に何かあったとしても、今はまだ捜査の段階だ。日本の警察もそうかもしれないが、捜査上のことは口外できない規則なんだよ。ただ、これだけは教えられる。ジョージ・ウエハラは間違いなくラスベガスにいる」
「わかったわ、有難う。じゃあ、私達はそろそろ行くわ」
「あぁ、気を付けてな。テロに襲われないようにしろよ!」

同日午後四時十分。
村岡、有村、詩瑠美亜の三人は、ゾハールからそう遠くない所にある喫茶店に入っていた。
「龍也、ごめんね。こんなことになって……」
「いいさ。ほんのひとときでも君と恋人同士の関係になれたからね。それだけでも満足してるよ。この件が片付いたら、君には神崎の元に戻って欲しいと思っている」
自分の気持ちを押し殺した謙虚な言い回しをした。
「そう……。有難う、考えてみるわ。それより、そちらの方は?」
有村は詩瑠美亜に視線を向けた。
「自己紹介まだでしたね。私は村岡さんの娘で、村岡詩瑠美亜といいます。信じられないかもしれないけど、私は未来から来たの。宜しくね」
愛くるしい笑みを浮かべた。
「み、未来ですか……。私、今日疲れているのかな……。きっと、冗談を言っているんだよね? いや、変な夢を見ているのかも……」
有村は頭を抱え込んでいる。
「裕美、これは冗談でも、夢でもないらしい。現実の話だ。まだ、そうだと言い切れる確証はないが……」
「いえ、いいんですよ。信じてもらえないことぐらいは覚悟してましたから……」
「でも、ここに来ても帰れる補償はないかもしれないのに、どうするつもりなの?」
有村は今後の彼女のことを心配した。もちろん、未来から来た話を信じているわけではないが、少なからず身寄りがないということは容易に推測できたからだ。
「それが、タケル・バードナーとかいう人に逢えって、私には意味がわからないんです」
「あぁ、それならレミさんのアパートに来たから面識はあるよ。今はラスベガスに向かっている」
話の途中で突然、村岡の携帯が鳴る。
「刑事さん、私、奈美です!」
かなり興奮気味な声だ。
「何かあったのかい?」
「番組中に流れたテロップのことなんです!」
「テロップ?」
村岡は店内のテレビを探した。席から離れたところに見える。有村にテレビを見るようにジェスチャーした。
「はい、今、高峰聖羅が六本木で行方不明なったというテロップが出たんです!」
「それは六本木警察署の管轄だけど、それが何かあったのかい?」
「彼女はレミが西五反田高校に通っていた頃にイジメを受けていた三人組のひとりなんです。もしかして、レミはその時の復讐を……」
奈美の話を遮るように村岡が話す。
「そんなことは間違ってもない。彼女の性格なら、俺達が一緒にいて知ってるよね?」
「でも、刑事さん。その可能性も視野に入れておいた方がいいんじゃないですか? 可能性は全くないと言い切れるなら別ですが……」
「考えたくはないが、一理あるな。ちなみに他の二人の名前はわかるの?」
「はい、わかります」
「それなら名前と漢字も知りたいから、俺の携帯にメールしてくれ。アドレスは……」
「わかりました。すぐにメールします」
電話を切って、一分も経過しないうちにメールが届いた。
“ひとりは城ヶ崎玲華(じょうがさき れいか)。もうひとりは君瀬翔子(きみせ しょうこ)です”
「俺と有村は捜査に戻るけど、詩瑠美亜はどうする? ゾハールはあんな状態だから戻っても無駄だろう」
「でも、神崎さんの考え方も知ったから、しばらくは彼をサポートしていこうと思っています。また何かあったら連絡してください」
「あぁ、わかったよ」
「パパ、お仕事頑張ってね!」
詩瑠美亜は店を出て行った。有村は狐につままれたような顔をしている。
「龍也、今、パパって言ってたけど、どういうこと?」
「さぁな。未来では俺は外人と結婚したらしい。そして、俺達から生まれたのが彼女ということだ。未来がどうであろうと裕美を愛していることに変わりはないさ」
村岡は有村から視線を外した。未来の状況が変わるからといって、彼女を愛している気持ちが今の俺から消えることなど有り得ない。
「それよりも、まずは西五反田高校に行ってみよう。学校に行けば卒業アルバムがあるから、顔もわかるだろう。それと、実家の住所を教えてもらえたら、現在の彼女達の住所もわかるかもしれない」

同日午後四時二十分、関西米軍基地の司令官室。
デニムは電話で米国のジョージ・ウエハラと話していた。
「エリック達の動きはありそうか?」
「今のところ、気配すら感じられません。今夜、情報屋と接触する予定です」
「その情報屋は確かなのか?」
「クラウザー・ジェルビーという男に覚えはありませんか?」
「そうか、あの男か……。俺がエリア五十一にいた頃に内部情報を掴もうとして、CIAに消されそうになった男だな。まだ、生きていたのか。奴なら、きっと何か持っているかもしれんな。それと、もうひとつ調べて欲しいことがある。FBIの中に私を潰そうとしている連中がいるらしい噂を聞いた。調べて欲しい」
「わかりました」

 同日午後五時を過ぎた頃。
 ブライトはレミが住んでいるマンションに到着した。訪問したいが、ブライトは英語しか話せない。
 そこで、まずは通訳を見つけることにした。しかし、今回は捜査がからんでいる。通訳が出来れば誰でもいいというわけではない。
 アンディに電話をかけた。
「アンディ、話は聞いたが、ひとつ頼みがある」
「何だ?」
「俺は日本語がわからない。誰か、通訳出来る人で、しかも信用出来る人物を紹介してくれないか?」
「それなら俺が行く。これからジェスタリアと会うことになっているので、終ったら、すぐ東京へ行く。クライスラーホテルのツインを取っておいてくれ」
「了解!」

 同日五時二十分。
 村岡と有村は西五反田高校に到着した。車を降りると、職員室へと向かう。
「どちら様でしょうか?」
先生のひとりが声をかけてきた。村岡は警察手帳を見せる。
「麻布警察署の村岡と申します」
警察と聞いて、少しばかりうろたえているようだ。
「また、我が校の生徒が何か問題でも起こしましたか?」
西五反田高校は問題児ばかりが集まっている高校で、万引きや煙草で補導される生徒が絶えないのである。以前はそんなことはなかったのだ。これもひとつの時代の流れなんだろうか。村岡はそう感じていた。
「いえいえ、そういうことではないです。今回は古い卒業アルバムを見せて頂きたくて参りました」
「古い卒業アルバムですね。何期生のでしょうか?」
「何期生かはわかりませんが、平成三十年生まれですから、平成四十九年の卒業生です」
「平成四十九年卒業ですと三年前ですから、二十一期生ですね。ちょっと待って下さい」
 奥の棚から一冊のアルバムを抜いて持ってきた。
「こちらですね」
「有難うございます。それと、ご実家のご住所がわかるものはございませんか?」
「それなら文集がありますよ。ちょっと待って下さい」
村岡はアルバムを開いて、城ヶ崎玲華と君瀬翔子の顔を確認した。奈美が言っていた通り、二人とも美女だった。
「これは確かにモデルになっても不思議ではないほどの美人だ……」
「すご〜い! 高校生の頃から美人なのね。うらやましいわ」
先生が文集を持ってきた。
「こちらの最後の方に生徒さんのご住所が書かれています」
「お手数をおかけしました。しばらくこの二冊をお預かりしても宜しいでしょうか?」
「やはり、何か事件ですか?」
「いえいえ、捜査の参考に使わせて頂くだけです」
「わかりました。校長には私から伝えておきます」

 同日午後五時五十分。
 アンディは阪急梅田の一階、紀ノ国屋の前に到着した。ジェスタリアからUSBメモリを受け取る為である。相変わらず紀ノ国屋前のフロアは混雑している。だが、その方がある意味都合が良いかもしれない。
(少し早かったかな)
 紀ノ国屋の上部壁面に取り付けてある大スクリーンには、米国大統領爆死のことが報じられていた。大勢の日本人がいる中、スクリーンを見ながら涙を流す米国人もいた。
 しばらくして、一際背が高くて、サングラスをかけている女性が歩いてくるのが見えた。間違いなく、ジェスタリアの姿である。
彼女はアンディ近づくと、ポケットにUSBメモリを押し込んだ。
「あの爆死は事故じゃないわ」
それだけ言うと、通り過ぎていった。
アンディはポケットに手を入れ、USBメモリが入っているのを確認すると、ヨドバシカメラへと向かった。米軍基地内でこれを見るわけにはいかないし、そうかと言って、ネット喫茶で見るのも無用心である。それなら、ノートパソコンを買って、安全な場所で見るのが一番良いと考えたのだ。

 同日午後六時少し前。
 ブライトはクライスラーホテルに到着して、フロントでツインルームを予約した。
「ホテルはいいね。英語が通じる人がいて助かるよ」
フロントの女性は笑っていた。
「何かお困りのことでもありましたか?」
「業務上、日本語が話せないと不便でね……」
「私でよければお力になりますよ。七時で仕事が終りますから……」
「有難う。協力を頼みたいはヤマヤマだが、極秘任務だからな……。まっ、いいか。えーと、お名前は……?」
「ユウコ・シラタニです」
「じゃあ、ユウコ。仕事が終ったら、一階のレストランに来てくれ。俺は先にコーヒーでも飲んでるよ」

 同日午後六時を過ぎた頃。
 関西米軍基地内は非常に騒がしかった。大統領がラスベガスで爆死したという情報が入って来たのだ。
 しかし、そんな中で涼しい顔をしている人間がひとりいる。デニム司令官だ。まさか、彼が策謀した張本人だとは誰も思わないだろう。
彼は基地内のアーミー達を集め、粛々と哀悼の意を述べた。
「諸君、我々にとって米国の偉大なるスレッガー大統領がラスベガスのボルケーノで行われた祭典に出席中に不慮の事故による爆死でこの世を去りました……。こんな悲しい最期を遂げた英雄はジョン・F・ケネディ以外には私は知りません……」

 同日午後六時十五分。
 城ヶ崎玲華は宇田川町での仕事が終わって、恋人と待ち合わせをしている渋谷駅に向かって歩いていた。
「すいません、この辺りの者ではないので、ちょっと道を教えて欲しいんですが……」
少し暗い感じの若い女性が近づいてきた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「そこの小道の電柱に書いてある場所なんだけど……」
人が通らないような電柱に貼りつけてあるポスターを指した。玲華は確認するために小道の電柱に近づいていった。
「あぁ、ここのビルなら……」
突然後ろから強い衝撃を受け、玲華はその場で気を失ってしまった。

 同日午後六時二十二分。
 ゾハールの神崎にエトゥカからの連絡が入る。
「有村を五反田まで連れてきて!」
「彼女はもういない……」
「どういうこと?」
「彼女は関係ない人間だ。だから、解放した。それだけだ……」
「何てことをするのよ! レミを呼び出すための餌を逃がすなんて……。まぁ、いいわ。彼女を泳がせておく方が都合がよいかもしれないからね。とにかく、こっちへ来て。貴方にも手伝ってもらうわ」
「場所は?」
「西五反田高校の前よ」

 同日午後六時半を過ぎた頃。
 村岡と有村は中目黒にある城ヶ崎玲華の実家に向かっていた。
「この辺りだな。この家かな?」
「あっ、そうね。表札には城ヶ崎と書いてあるわ」
二人は車を降りると、インターホンを鳴らした。
「はい、どちら様でしょうか?」
母親らしき声が聞こえてくる。
「麻布警察署の村岡と申します」
「ちょっと待って下さい」
玄関のドアが開く。
「どのようなことでしょうか?」
「はい、ちょっと玲華さんのご住所をお伺いできないでしょうか?」
「えっ? ウチの玲華が何かしたんでしょうか?」
「いえいえ、ちょっと捜査上の情報を直接お伺いしたいのです」
「はぁ……、捜査上のね。でも、玲華はここにはいないのよ」
「では、今はどちらにいますか?」
「玲華なら品川にいますよ。住所は……」
「わかりました。有難うございます」
二人は早速、品川へと車を走らせた。
 それから間もなくのこと。急に車の中の空気が重くなっているのがわかった。それはまるで心霊スポットに出かけた時の感じに似ていた。
「裕美、何か空気が重くないか?」
「えぇ、私もそう思っていたところよ……。何か、気味が悪いわ……」
そんな話をしている最中、突然、バックミラーに滝川レミの姿が映った。
「レ、レミさん!」
村岡は車を止めようとブレーキを踏んだ。しかし、ブレーキが効かない。
「な、何だ? どうなっているんだ!」
「そのまま車を走らせるんだよ」
レミの声が変わっている。まるで、別人のような声だ。
「きゃあああ!」
有村の喉元にナイフが突き立てられた。
「レミさん、やめるんだ!」
「貴様、誰に口を聞いているのだ!」
その声にはなぜか威厳が感じられた。
「黙って私の言うとおりにしなければ、この女の命はないよ! 五反田の西五反田高校に行くのよ!」
「そこは、レミさんが……」
そう、レミが通っていた高校で、レミにとっては屈辱的な日々を送った所だ。豹変した彼女はその復讐をしようとしているのだろうか……。
「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと行きな!」
有村の喉元にあるナイフに力が加わる。刃先が喉元に四分の一ほど吸い込まれていった。ドクドクと濃い血が流れていく。首筋の動脈を切られたようだ。
「いやぁぁぁぁ!」

 同日午後六時四十分。
 アンディはヨドバシカメラでノートパソコンを購入してから、ブライトに電話をかけた。
「ブライト、今からそっちに向かうよ。九時前ぐらいには、ホテルに行ける」
「オーケー、わかった。待ってるぜ、相棒!」
「何だよ、随分とご機嫌じゃないか」
「あぁ、どうしても今日中にレミのマンションに行ってみたくなってね。通訳してくれる人を探していたら、適任の女性を見つけたのさ」
アンディはブライトとの長い付き合いの中で、彼が適任の……と発した後で、その適任者が男だったことは過去一度もなかった。吹き出しそうになるのをこらえた。
「まさか抱いた女か?」
「ホテルのフロントさ」
「なるほどね……。レミが宿泊していたホテルのフロントだな。ところで信用できるのか?」
もちろん、アンディはわざと言ったのだ。
「俺の目に狂いがなければ大丈夫さ。それにレミのマンションで聞きたいのは、ごく一般的なことだ」
ブライトに質問して、今まで大丈夫以外の返答を聞いたことがない。しかし、彼の女を見る目はいつもパーフェクトだった。アンディの認識は、女とはベッドの上での付き合いがなければ、そこまで断言できる確証はないということだ。だからこそ、抱いてもいない女を信用するブライトが理解出来ないのだ。
「FBIとしてマンションに行くのか?」
「それ以外に近づく方法があるのか? 確かに別の方法も考えたさ。でも、FBIとして近づく方が、アンディも今後何かあった時に話しやすくなるんじゃないのか?」
「まぁ、確かにそれもそうだな。じゃあ、ホテルに着いたら色々と話すよ」
「デニムには何て説明してくるつもりだ?」
「ちょっとトラブルが発生したとでも言っておくよ」
「奴は鼻が利くから気をつけろよ。じゃあ、待ってるぜ」

 同日午後七時二十五分。
 村岡達は西五反田高校の近くに到着した。有村の喉元からは血が流れたままになっている。有村の顔がだんだん蒼ざめていく。彼女の白いブラウスは流れた鮮血で真っ赤に染まっていた。
「これ以上、出血多量で死にたくなければ、その男の腕を縛りな」
「ちょっと待ってくれ! その前に、彼女の治療をさせてくれ!」
レミは不気味に笑っている。
「残念だが、それはダメだね。さぁ、さっさと縛りな!」
「でも、ハァ、ハァ……、ロープなんて……」
車にはロープなんて積んでいないはずだ。
「こいつを使いな!」
レミは数本の三十センチ程度に切ってあるロープを投げつけた。
「いつの間に……、こんなものを……」
有村は意識が朦朧とする中で村岡に視線を合わせた。その目は死を覚悟した目でもあった。村岡はどうすることも出来ない感情から唇を噛み締めたまま、有村に背中を向けて、両腕を後ろに回した。有村は力が入らない手で村岡の手首にロープをかけて結んだ。
「あんたは私に背中を向けて、両腕を後ろに回すんだよ」
言われた通りにした。レミは有村の手首を固く縛った。

 同じ頃、クライスラーホテルでは……。
「遅くなってごめんなさい……」
引き継ぎなどで遅くなった白谷は丁寧に謝罪した。
「いいえ、とんでもない。こちらこそ無理言って申し訳ない。まずは食事をしよう」
二人はそれぞれ料理を注文すると、プライベートな話で盛り上がった。
「じゃあ、別れたばかりならユウコは今、彼氏はいないのかい?」
「あら、私を口説いているの?」
「こんな素敵な女性を目の前にしたら、男ならそうするさ」
ユウコは少し照れた。
「どうせ他の女性にもそう言って口説いているんでしょ?」
「そういう言い方はないと思うぜ。俺だって……」
そういう会話で盛り上がっている時に料理が運ばれてきた。
「おおっと、とてもうまそうな料理がきたぜ。まずは食べよう」
二人は食事をしながら、白谷は本題に戻した。
「ところで私に協力して欲しいことって何ですか?」
「あぁ、実はさ、初対面の日本人に会いにいくんだけど、英語が通じないかもしれないから君に頼んだのさ」
「ちなみにお仕事は何をされているんですか?」
「俺はFBI捜査官だよ」
「えーっ! それって、私が介入しても大丈夫なんですか?」
白谷は驚いた。第一、今までFBI捜査官となんか話したことがなかった。もちろん、国内に出入りはしているのかもしれない。しかし、私はFBI捜査官ですと名札を付けているわけではない。関わりがなくて当然なのだ。
「大丈夫だ。捜査上の話は持ち出さないし、少し話を聞くだけだよ」
「そうして下さいね。ヘタなことまで知ってしまって、後で殺されるのはイヤですからね」
ユウコは笑いながらも顔を引きつらせて話した。
「おいおい、CIAの連中と一緒にするなよ」
そんなことを言いながら二人は食事を済ませて、レミのマンションに向かった。

 米国のラスベガス、午後二時。(日本時間:午後七時五十五分頃)
 ジョージ・ウエハラと水沢啓介はバードナー遺伝子研究所のメンバーを探してノース・ラスベガスを徘徊していた。
「奴らは一体、どこに潜伏しているんだ……」
ジョージは愚痴をこぼしながら、コーヒーが入った紙コップを口元に近づけた。
「でも、このラスベガスにいることは確かな情報だ。そういえば、この先のワイルド・ダイアモンド・アベニューの通りに裏情報には詳しい爺さんがいるはずだ」
水沢の記憶が言葉を発した。
「そいつは?」
「クラウザー・ジェルビーという爺さんだ。かつて、エリア五十一の内部情報に深入りして、CIAから消されそうになった男だ」
「わかった。行ってみよう」
 二人はラディアント・ルビー・アベニューから西のノース・エル・キャピタン・ウェイまで出て、そこから北上していく。そして、ワイルド・ダイアモンド・アベニューまで北上し、そこから右折して歩いていく。するとパワーストーンを売っている小さな店を見つけた。店の名前はジェルビーと書かれていた。ジェルビーという名前に二人は反応した。
「ジェルビー? もしかしてここじゃねぇのか。とにかく入ってみよう」
 ジョージが言葉を発するのと同時に扉を開ける。水沢は後に続いた。中には十七、八ぐらいの女の子がひとりいるだけだ。彼女がこの店の店員だろうか。ネーム・プレートにはエリカ・スプリングフィールドと書かれている。
「すいません、ここにはクラウザー・ジェルビーさんという人はいませんか?」
ジョージは若い彼女に優しい声で問い掛けた。
「店長の……、お爺様のこと……ですね」
エリカにとってジョージは理想のタイプといわんばかりに、頬をほんのり紅く染めながら、恥ずかしげに答えた。
「エリカ、誰か尋ねてきたの?」
バックヤードから声が聞こえてくる。
「はい、お客様が店長のお爺様に会いたいと……」
ショートカットで瞳が大きく、二十代前半と思われる女性がバックヤードから姿を見せた。少し野性的な匂いがする彼女に、ジョージは紳士的な大人を演じた。
「お忙しいところ申し訳ない。クラウザーさんに会いたいが、いらっしゃいますか?」
ハイスクールに通っていた頃からこういうことをやっていると、イヤでも情報が欲しい人かどうかは会っただけでわかるようになる。
「情報が欲しいのね。私は孫のレイディア・ジェルビー。おたくらは?」
二人を流し目で見る。
「俺はジョージ・ウエハラ、こっちは水沢啓介」
「そういえば、あたしがロスにいた頃、ウエハラというラストネームの仲の良かった姉さんがいたよ。確か、え〜と……、そうそう思い出した。シンディとか言ってたかな。タケルとかいう彼氏がしばらく旅行に言ってるとかボヤいてたよ」
「シンディは俺の妹だ。妹を知ってるのか?」
「でも、二ヶ月ぐらいの付き合いだったよ。すぐこっちに来たからね。ちょっと待ってて、祖父を呼んでくるよ」
彼女が奥のバックヤードを通って二階に上がっていく音が聞こえた。
 その間、ジョージは所狭しと並んでいるパワーストーンを眺めていた。ケイスケは外で煙草を吸っている。
「あ、あの……、パワーストーンに興味あるんですか?」
エリカはさりげなくジョージの側に近寄る。
「あぁ、悪運をどうにかしたいのと、恋愛運を上昇させるようなものがあるかなと思ってさ」
愛に飢えているジョージにとってはエリカは格好の獲物だった。どうやって口説いてやろうかと思考回路がフル回転する。既にエリカが興味を示しているとも知らずに……。
「それなら、ブレスレットを作ってあげましょうか?」
「すぐ出来るのかい?」
「もちろん、すぐ出来ますよ! 悪運を退けたいならブラックオニキス、恋愛運を上昇させたいならラピスラズリ、それに水晶を入れると美しいですよ!」
「じゃあ、それで頼むよ」
エリカはシリコンゴムに二十二個のパワーストーンを通すと、ジョージの手首に合わせる。
「これくらいかな……」
彼女はいつも以上に気を使っている。まだ幼さが残る表情に、ほんのり大人の恋が芽生えていくのがわかる。
「別にこいつに頼らなくても、君ならいつでも大歓迎なんだがね」
エリカは顔を少し赤らめた。
「私も貴方なら大歓迎だわ。ちょっとまってね」
エリカは気づかれないように、水晶の一つを特注で作らせた自分のフルネーム入りの水晶と入替えた。そして、ブレスレットにキスをする。彼に対するささやかな愛情を示した。
「はい、出来上がりよ」
「有難う! いくらだい?」
「二十五ドルよ」
「意外と高いんだな」
「私の愛情が入っているからね」
「エリカ……、言ってくれるじゃねぇか……」
ジョージはエリカを抱き寄せ、ケイスケがこちらに背を向けて煙草を吸っている間に長いキスを交わした。
「そのうち君のご両親にも会わせてくれるかい?」
「それは……」
突然、彼女の笑顔が消えてしまった。
「ごめん、何か聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ」
「いいんです。父は逃亡生活に巻き込ませたくないと、私の前から消えたんですから……」
そんな話をしている時に、レイディアに支えられてクラウザーが奥から現れた。
「ワシがクラウザーじゃ。情報が欲しいそうじゃが、どちらにしてもここで話すことはできん。ワシが持っているのは、そういう情報ばかりだからな。今夜、九時にダウンタウンにあるブルーデザイアというショットバーに来てくれ。場所はすぐ調べられるじゃろ」
「わかりました。それでは今夜九時にダウンタウンのブルーデザイアでお待ちしています」

 同日午後八時五分。
 ブライトとユウコはレミのマンションに到着した。インターホンで呼び出す。
「はい、滝川ですが、どちら様でしょうか?」
「白谷優子と申します。FBI捜査官のブライトさんと一緒に来ています」
「FBI捜査官ですか? わかりました。どうぞ、こちらに来て下さい」
エレベーターで上がっていくと、雄二が扉を開けて待っていた。
「初めまして、白谷優子と申します。こちらのブライトさんがどうしてもお話をお伺いしたいとのことで、通訳として一緒に来ました」
雄二には彼女と初めて会ったような気はしなかった。
「貴方はどこかで見たような気がしますが……」
「はい、クライスラーホテルでフロントをしています」
「なるほど、そうでしたか。まぁ、中へどうぞ」
ブライトとユウコは家の中へ入った。
「私は滝川レミの兄で滝川雄二です」
ユウコが同時通訳をしている。
「俺はブライト・リーゲルです」
「わざわざFBIがいらっしゃるなんて、何があったのですか?」
「実は、バーナード遺伝子研究所の件で捜査をしていたら、こちらのお嬢さんのことが捜査線上に浮上してきたのです。実は、同僚の捜査官が日本にいましてね。彼とシンディは付き合いがあるものですから、紹介をして頂いて、彼女から詳しい話は聞いています」
「ということは、内容は既にご存知なんですね。今回はそれ以外のお話ということでしょうか?」
「はい、実はバーナード遺伝子研究所からレミさん宛に届いた手紙を見せて欲しいのです」
「あぁ、それなら、ここにあります。これですよ」
雄二はブライトに手渡した。
「この手紙、差し支えなければ頂いてもよろしいですか?」
「えぇ、内容はわかっていますから、どうぞ……」
ブライトはスーツの内ポケットの中に入れた。
「有難う。貴方に会えて助かりました。これで私もレミさんの捜査に力を入れることが出来ます」
「そうですか。それはよかった。それなら、同じ件の捜査をしている村岡さんに会ってみてはいかがでしょうか?」
雄二にとって、妹を探してくれるなら誰でもよかった。
「ムラオカですか?」
「麻布警察署にいます。これが連絡先です」
雄二は麻布警察署の電話番号をメモに書いて渡した。
「有難う」
お礼を言うと二人はマンションを出た。
「ユウコ、助かったよ。有難う!」
「いえいえ、この後はどうするんですか? 電話をかけるんですよね?」
「あぁ、それなら、もうすぐ日本語が出来る同僚がホテルに到着するから、あとは大丈夫だとは思うけど……。あっ、そうだ! もしもの時の為に君の電話番号を教えてくれないかな?」
「素直じゃないのね。まぁ、いいわ……」
ブライトの気持ちを知ったユウコは照れくさそうにメモに携帯電話の番号を書いて渡した。
「有難う、またね!」
「は〜い! じゃあ、頑張ってね!」

 同日午後八時十五分。
 神崎はエトゥカが待っている西五反田高校に到着した。エトゥカは車を見つけると、路地裏の方に誘導した。そこには何やら布切れに覆われている物体が見える。
「神崎、早くこいつを車に乗せるんだよ」
神崎はその物体を持ち上げようとした。手に伝わる感触から、それが人間であることがわかった。
「エトゥカさん、これは?」
「レミを呼び出すための餌さ。かつて、彼女をさんざんイジメた女だよ」
「なるほど、そういうことか」
神崎はその女を抱きかかえると、車の後部座席に乗せた。
「これで、レミは現れるのか?」
「もちろん現れるわ。あとはレミが問題を起こしてくれれば、私の容疑が晴れるというわけね。あとは車の中で待つだけよ」
エトゥカがほっと一息をついたのもつかの間、突然、重たい空気が周囲に立ち込めた。彼女のネクロマンサーとしての霊感が敏感に反応した。滝川レミが近くにいると直感した。
「まさか……」
「私も随分となめられたものね」
一体どうやって、どこから姿を現したというのか。背後からエトゥカの首筋にナイフが突き立てられた。
「な、なぜ私なの……?」
「教えてあげるわ。貴方が一番私をおこらせたからよ。この女を助けたければ私の言うとおりにしな!」
「もう、こんなことはやめるんだ!」
村岡と首を赤く染めた有村が現れた。有村の顔は死人のように蒼く、命が残り少ないことが神崎にもわかった。
「ソロール有村!」
「フラター神崎……さん……」
有村はそのまま倒れた。神崎が駆け寄って、有村を抱き上げた。
「貴様……!!」
「彼女はもう使い物にならないようね。フ、フ、フ……」
レミが笑っている。
「神崎! 早く、出血を止めてやってくれ!」
村岡が叫んだ。神崎は有村の首筋に上着の端を破いて止血した。
「裕美! 裕美! しっかりしろ! 裕美!」
有村は目を開けて神崎を見た。
「か……、神崎さん……」
意識はまだあるようだ。
「神崎、ロープを切ってくれ」
神崎は村岡のそばに近寄った。
「神崎、彼女を頼む」
レミに気づかれないように携帯を神崎に渡すと村岡は横たわる裕美の血色の薄い顔に視線を落とした。
「俺に任せておけ」
言葉を発しない神崎の声が村岡に伝わってきた。村岡はうなづいた。
「ぐぁぁぁぁぁ……」
突然、村岡が両手で首を押さえたまま苦しみ始めた。
「勝手なことをしてもらっては困るんだよ! 誰がロープを切っていいと言ったんだ!」
「やめてくれ! ロープを縛り直せばいいんだろ!」
神崎がほどいたロープで再び村岡の両手を縛ろうとした。
「まぁ、いいさ。とにかくあたしの指示に従ってもらうよ! 大崎公園まで運転するんだよ!」
村岡は言われたとおり、運転席に向かった。
「村岡さん!」
「あんたは黙って、その死体でも片付けな!」
「うるせぇ! 裕美はまだ死んでねぇ!」
「フ、フ、フ……、わかってないねぇ……。さぁ、さっさと車を出すんだよ!」
村岡はエトゥカと滝川レミを乗せた車を走らせながら思考をめぐらせた。
「大崎公園には何があるのよ……」
「小娘、黙って一緒に行けばわかるよ」
「私は、あんたの正体を知っているのよ」
「それは面白い子だね……」
エトゥカの喉元につきつけてあるナイフに力を入れた。
「あっ……!」
首筋から血が流れ出した。

 三人を乗せた車が走り去った後、残された神崎は携帯を取り出して救急車を呼んだ。そして到着するまでの間、命の火が消えることがないようにと神崎は魔術師としての力を尽くすことにしたのだ。そこには彼女の対する愛情があった。
「そこで俺の力を感じるといい……」
 神崎は東を向いて精神統一をすると、暗黒神殿建立儀式を始めた。短剣の代わりに右手の人差し指と中指を立てる。
「ここは混沌の砂漠の中央にそびえる神殿なり。形なく、姿なく、生まれなき闇の勢力たちよ、我に耳傾けよ。我こそ汝らが主、汝らが支配者、我こそ神なり」
立っている所を中心として東に進み、地面に向かって空中に五芒星を描き、唱える。
「ヤハーウェー!」
南へまわり、同様に地面に五芒星を描き、唱える。
「アードナーイ!」
西にまわり、同様に地面に五芒星を描き、唱える。
「エヘーイエー!」
北にまわり、同様に地面に五芒星を描き、唱える。
「アーグラー!」
再び東に戻り、そこから中央に戻り、東を向いて立つ。右手を頭上に突き上げ、唱える。
「わが頭上に八芒星!」
ケイオスと呼ばれる形をそう呼んでいる。小さな円から八方向に延びた矢印があるマークをイメージして、それを頂点とする見えないピラミッド形のバリアーが生じたと強く想像する。そのイメージを保ちながら、二本の指を立てた右手を胸の前におろす。
「高貴なる暗黒の神殿はここにそびえたり。我こそ神殿の主、王子にして祭司、第2の太陽なり。我は神なり。形なき、姿なき、生まれなき者どもよ、我に耳傾け、聞き従うべし」
魔術を行うときに自分の近くに浮遊している霊がいると、パワーをその霊に吸い取られてしまう。だから、結界を張って霊が入り込まないようにするのだ。そして、有村に治癒の術を行った。
彼女の血色が少しづつ戻り始めた頃、救急車が到着した。運ばれていく有村に神崎も同行した。

 同日午後八時四十分頃。
 車を走らせてから十分ほどで到着した。
「公園の北側に地下に降りる階段がある。あんたは後ろにいる女を抱いてそこへ行くんだよ」
「後ろにいる女?」
村岡は言葉の意味が理解できず聞き返した。
エトゥカが村岡に説明した。
「そうさ……。この女を呼び出すためにゾハールが拘束した城ヶ崎玲華のことだよ」
「そんな子供だましでこの私を釣ろうとするとは、随分となめられたものだね」
村岡は言われた通りに車から手足を縛られている彼女を抱き上げると公園の北側に向かう。すると、茂みの中に下り階段があるのが見えた。
「さぁ、降りるんだよ」
階段を下りると地下通路が見えるが、暗くて前方がよく見えない。村岡はキーホルダーに付けてあった小さな携帯用のライトを付けた。何も見えないよりはましな程度の明かりだ。
「そこを進むんだよ」
村岡がゆっくり進む後を、喉元にナイフを突きつけられたエトゥカとレミがついてくる。しばらくして扉の前に到着した。
「さぁ、扉を開けな。すぐ開くはずだよ」
扉には鍵はかかっていないようだ。扉を開けると、いくつかの部屋らしき空間があった。どの空間にも、特殊な装置らしきものが置いてある。
「ここは、何だ?」
「拷問のアトラクションさ。楽しそうだろ?」
そう、ここは二十年程前にアトラクション用に秘密裏に建造した拷問部屋なのだ。だが、国民には刺激が強すぎるとの指摘を受け、市からイベントの許可が下りず、そのままの状態で残されていたのだ。
すぐ左側には高峰聖羅と君瀬翔子が手足を縛られたまま横たわっていた。
「まずその女をすぐ左側の部屋に下ろしな。ついでにこの女の手足もさっさと縛るんだよ」
「縛って、どうするつもりだ!」
「どうしようとあたしの勝手さ! あんたには少し黙っててもらうよ!」
そう言い終わると、レミの両目が突然光った。すると村岡はそこで気を失って崩れ落ちるように倒れた。レミはホルマリンを染み込ませたガーゼを彼女達四人の口の中に無理矢理押し込んだ。
「いや、何するのよ! あっ……」
彼女達はすぐに意識が遠のいていく……

 同日、午後八時五十分。
 ブライトが部屋でテレビを見ながらくつろいでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。扉を開けると、アンディが入って来た。
「待ちくたびれたぜ」
「まぁ、そういうなよ。たっぷりと情報を持って来たからさ」
「それは楽しみだ! その前にアンディに見てもらいたいものがある」
ブライトは到着早々、アンディに滝川雄二から預かった手紙を手渡した。彼は手に持っているパソコンをテーブルの上に置くと、手を伸ばしてそれを受け取る。
「これは?」
ブライトに視線を向ける。
「とにかく、それを読んでみてくれ」
「わかった」
アンディはソファーに腰掛けると、封筒の中から手紙を取り出して読み始めた。そして読み終えると、深い溜息をついた。
「これは、もしかして以前に米国で起こった事件と関係があるのか?」
「俺も、それを読んで、そんな感じがしてきたよ」
「でも、研究所はもうないはずだろ?」
「あぁ、表向きはな……」
ブライトが意味ありげに答える。
「何だよ。ということは、まだあるのか?」
「あくまでもチームの中での噂だがな。次はそっちの情報を教えてくれ」
「そうだな。多分、聞いた瞬間に腰を抜かすぜ、きっとな……」
アンディはもったいぶったように話す。
「そんなに凄い情報なのか?」
「まぁ、そう慌てるなよ。コーヒーぐらい飲ませてくれてもいいんじゃないか」
「あぁ、悪かった。それなら、ブランデーでも頼もう」
ブライトはルームサービスに注文した。アンディはその間、買ってきたばかりのノートパソコンの電源を入れた。
「その前に、驚くべき事実を伝えておくよ」
「何だよ、その驚くべき事実とは?」
ブライトは両手を拡げた。
「君が既に逢っているタケル・バードナーは未来に行って、この時代に帰ってきたんだよ」
「本当なのか?」
「それだけじゃない。タケルには出生の秘密があるらしい。その情報とエリア五十一に関する情報がこのUSBメモリに入っている」
内ポケットから小さなUSBメモリを出して見せた。
「それは例の女から渡されたのか?」
「あぁ、そうだ。お前が見たら、一目惚れしそうなイイ女だったよ」
「本当か!!」
「おいおい、ここのフロントの女とうまくいってたんじゃないのか?」
「いや、それは……、まぁまぁってところだな……」
アンディはブライトがシャイな性格であるのを知っていた。これから恋が始まるという時に何も言えなくなる性格なのだ。だが、そういう性格を見抜いていながら女性達がブライトについてくるのは、彼自身が持つ魅力がそうさせるのだろう。
ドアをノックする音が聞こえた。ルームサービスが来たようだ。アンディが扉を開ける。
「ご注文のブランデーをお持ちしました」
ルームサービスのボーイがテーブルワゴンで氷が入ったアイスペールの上にのせたブランデーと二つのブランデーグラスを持ってきた。
「有難う。そこのテーブルに置いてくれないか」
冷えたブランデーとグラスを二つ置くと、一礼をして出て行った。
「まずはお互いの仕事を祝して乾杯しよう」
アンディはそれぞれのグラスに大きな氷を入れると、三分の一程度のブランデーを注いだ。
「俺達の仕事に乾杯!」
二人はブランデーを口に含んだ。
「やっぱり、こいつは最高だぜ。それじゃあ、お楽しみのそれを見せてくれよ」
「あぁ、わかった。ちょっと待ってくれ……」
アンディはUSBメモリをセットした。そしてマイコンピュータを開き、リムーバブルディスクをクリックした。すると、ファイルが二つ現れた。ひとつはファイル名がバードナー遺伝子研究所、もうひとつのファイル名はエリア五十一となっていた。
「どっちから見る?」
アンディが問い掛ける。
「そうだな。まずはエリア五十一から見ていこう」
「了解!」
内容はこう書かれていた。
『《UFO墜落事件》アダムスキー型のUFOが墜落。乗っていた宇宙人は生きているようだが、とても人前にさらせるような姿ではない。こんな姿を民衆にさらせば世界中で混乱を招くと判断。この時に捕らえた宇宙人は土星から来たリトル・グレイという種族。宇宙人はエリア五十一にて保護。米国政府は人々の恐怖心を取り除く為に、小人の宇宙人の模型を作り、CIAに写真を撮らせる。既に世界中が知っているあの有名な写真はCIAによって演出されたもの。周囲にいた人間は、すべてCIAがマスコミに扮装したもので、その偽物のマスコミが写真を撮ったように見せて報道した』
『《宇宙人との密約》アイゼンハワー大統領にリトル・グレイの指導者が仲間を返すように通信。大統領はその宇宙人との密談を依頼。ホワイトハウスにて土星人との密談が実現。その時に地球上の生物全ての採取及び研究をエリア五十一にて許可する代わりに、UFOなどの高度技術を米国に教育する密約を交わす』
『《JFK暗殺》ジョン・F・ケネディ大統領は土星人との三時間にも及ぶ会談により、石炭、石油、天然ガスを使用しなくても高度エネルギーを生み出すことが可能であることを知る。JFKは大統領就任の演説でそれを世界中に知らせようとしていた。しかし、軍事開発費用の大半は石炭、石油、天然ガスで富を得ている者達からの資金援助によって成り立っている為、もしそれらが不必要と認識されれば米国は大打撃を受けることになる。そこでCIAに暗殺を命じる。米国政府の為にケネディに対して惜しまない協力をしてきたマフィアに対して麻薬撲滅政策を推進したことは、恩を仇で返されたのも同じこと。そのことを知っていたCIAは米国からの正式な暗殺依頼として米国マフィアとしては大きな組織の一つであるジアンカーナ・ファミリーに依頼。但し、条件として、暗殺者が誰か特定不可能な形で行う事』
『《新人類開発》高度科学技術を持つ宇宙人との共同研究により、様々な生物の長所を取り入れた新人類を生み出す研究に着手。また、リトル・グレイを地球人化して、両種族から生まれた子孫を繁栄させる計画にも着手』
『《降霊術による軍事兵器人間開発》バードナー遺伝子研究所が行った、神を冒涜するような行為によって生まれた遺伝子から恐るべき人類が誕生したことが発覚。その誕生方法を元に、さらなる軍事兵器人間の開発に着手』
「この内容によると、今もエリア五十一に宇宙人がいるってことになるよな?」
「どうやら、そうらしいな。今までUFOの開発だけだと思っていたが、時々、エリア五十一付近を飛んでいたのは、UFOの開発を秘密裏に行っていることだけを強調する為のカムフラージュだったということか……。ただ、これは未来から来たジェスタリアからの情報だ」
「そうすると、この情報にはこれから起こる内容も含んでいるのか。それで、その軍事兵器人間というのは何だ?」
「もうひとつのファイルを見ると何かわかるかもしれないな」
アンディはバードナー遺伝子研究所と書かれたファイルをクリックした。
内容は次の通りである。
『《米国がバードナー遺伝子研究所に依頼した内容》軍事強化の為に人間そのものからの軍事強化を図りたい。そこで、遺伝子レベルからの軍事兵器となりうる人間開発の研究をして欲しい』
『《軍事兵器人間誕生》エリック・バードナーとアラン・スプリングフィールドは様々な挌闘家、戦略家遺伝子から挌闘素質が高い遺伝子を造り出す研究を二十年かけて実現。その遺伝子から生まれたのがタケル・バードナー。ただし、実験的数値データ上での成功が証明されただけで、事実上の証明は彼の育成データを見るしかない。米国はその研究報告書と遺伝子のサンプルを受取り、研究の終了を告知。しかし、研究所で働いているアランの息子、ガルマ・スプリングフィールドが更に別の視点からの研究を始める』
『《ガルマの新遺伝子研究》精子と卵子に偉大なる霊を憑依させることにより、新たなイエス・キリストが生まれるという理論に基づき、偉大なるネクロマンサー、カンディ・ムフーマトに精子、卵子に降霊させる術を研究するように依頼。数年後、それを可能にする術を開発。ガルマはカンディに、精子にはイエス・キリストを、卵子にはマリア様を降臨させるように依頼』
『《新遺伝子誕生》ガルマ・スプリングフィールドの精子にイエス・キリスト、研究員の早瀬咲紀の卵子にマリア様を降臨させ、受精卵を二つ誕生させた。ひとつは冷凍保存し、もうひとつを早瀬咲紀の友人である日本人の研究員の卵巣に着床。出産した子供は研究データを取る為に、所内で育成』
『《受精卵盗難事件》胎児を取り上げられた研究員が逆上して、保存してある受精卵を持ち出し逃走。後に日本人に預けたとのことが判明』
『《新遺伝子から生まれた子供が豹変》胎児、男の子が高校生になった頃、目を光らせて奴隷にする術を使用することが判明。同級生を奴隷にして、破壊と殺戮を繰り返す事件が発生。また、研究所が彼らに破壊される。その事故に巻き込まれて、エリック・バードナーが死亡。その子の行動からヒトラーが誕生した事が判明。不思議な妖術で身を護っている為、銃殺も不可。米国はエリア五十一に駆除を依頼。宇宙人から得た高度技術により彼を殺害』
『《バードナー遺伝子研究所の研究員抹殺命令》米国は神をも冒涜するような遺伝子研究をして、米国の一部の人間を恐怖に陥れたことは死刑に値すると、CIAに彼らを抹殺するように命令』
「これは凄い内容だな! ん? ちょっと待てよ? もしかして、盗まれた受精卵というのは……」
「あぁ、俺も同じことを考えていた。多分、滝川レミのことだ」
「そうすると、その女も化け物に豹変する可能性があるということか?!」
「そういうことになるな。でも、なぜイエスやマリアを降臨させようとしたんだ」
「せいぜい、聖人君主を掛け合わせれば、この世を救う救世主が誕生するとでも思ったんだろう。ところがフタを開けると、そうじゃなくて別の者を降臨させてしまったってことだろ」
「つまり、開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったってことか」
「まぁ、そういうことだな。でもよ、それなら俺達もすぐに探さないとマズイだろ」
「そう、慌てるな。どこにいるかもわからない人間を暗中模索することもないだろう。今頃は日本の警察が動いているはずだから、そこから情報を頂く方が早い」
「なるほど、確かにそうだ。おっと、忘れるところだった。村岡という刑事にコンタクトを取ってみるようにと、滝川レミの兄からアドバイスがあったよ。これが連絡先だ」
「俺がかけてみよう」
アンディは麻布警察署に電話をかけた。

 同日午後九時二十分。
 救急病院で手当てを受けて一命をとりとめた有村は集中治療室に移された。担当医が神崎の前に現れた。天才的な神崎でも心の中は動揺していた。しかし、それを悟られないように冷静を装って問い掛けた。
「先生、彼女の容態は?」
「傷自体はたいしたことはありません。しかし……」
言いかけて、神崎を見つめたまま深い溜息をついた。その深い溜息は神崎の心をさらに乱した。
「しかし、何ですか? 何か問題でもあるんですか?」
神崎の口調が少し興奮気味になっている。
「お話する前にお伺いしますが、彼女のご家族とは連絡は取れますか?」
「彼女には両親も身内もいません……」
そう、有村は孤児院に預けられ、そこでの生活を乗り越えて刑事にまで登りつめたのだ。それを知っているのは、ゾハールの中で唯一心を許せる存在だった神崎だけだった。
「そうですか、わかりました。では、話しましょう。彼女は白血病に冒されていたようです」
「そんな、馬鹿な! 彼女は今まで一度も血を吐いたりしなかったはずだ!」
「多分、誰にも心配かけたくないという気持ちから、血を吐くところを見せなかったのでしょう」
「意識は戻っているのですか?」
「もう、戻っているはずです。行ってあげてください」
神崎は有村のもとへ走った。集中治療室の扉を開ける。そこには、再び血色を失いかけている有村が横たわっていた。入ってきた神崎の姿に気付いたようだ。
「神崎さん……」
弱々しい声で名前を呼ぶ。神崎は有村が横たわるベッドのそばで腰を下ろした。
「医者から白血病のことを聞かされた。なぜ、俺に隠していた?」
「貴方に……、迷惑をかけたくなかったの……」
「馬鹿な……。この俺がその程度のことを迷惑と感じるような男に見えたのか……」
神崎は有村の手を両手で握り締めた。
「俺の話を聞いて欲しい」
「何ですか……、神崎さん……」
「これからは俺と共に同じ人生を歩んで欲しい。君が傷付くなら、俺もその傷を受けよう。これからは君一人が苦しむことはない……」
「神崎さん……、それって……」
「俺と結婚してくれ。俺の中の迷いは消えた。今の俺はあの時の俺とは違う」
「でも……、私は病気なのよ……。それも、いつ死ぬかもわからない病気なのよ……」
「そんなことを気にしているのか。人には誰でも幸せになる権利がある。病人が幸せになってはいけないということは決してない。神は常に平等だ。そうは思わないか?」
「神崎さん……、現実を見て下さい……。それに……、そんな無理なことは出来ない……。貴方は私に同情しているだけよ。同情から生まれた愛情なんて……、長続きしないのよ……」
「この俺が同情で君を愛したなどと……、君にはそんな男に見えていたのか。情けない……」
「いえ、そんなつもりは……」
「それなら君のそばにいても構わないか?」
「有難う……、神崎さん……。例え現実にはならなくても……、その気持ち嬉しいわ、有難う……」
彼女の両目から溢れた涙が頬をつたう。しかし、その後、握り締めた彼女の手の力が抜けていく。次第に脈拍が下がっていく。神崎は慌てて呼び出しブザーを押した。
すぐに数人のドクター達が部屋に入ってきた。
「そこをどいて! AEDをセットしろ!」
彼女の上半身を裸にすると電極パッドを胸に貼り付けた。ドクター達が見守る中、チャージと電気ショックが繰り返された。
「駄目です! 回復しません!」
ドクターはAEDを止めると、彼女の胸を両手で規則正しく圧迫を始めた。
しかし、それもむなしく、それから数分後……。ドクターの手が止まり、腕時計を見た。
「九時四十七分。死亡の確認をしました……」
彼らは彼女の前で手を合わせると、二人を残して部屋を出て行った。神崎は部屋の電気を消した。自分にとっての光を失った今、闇の中で静寂を保ちたかった。
 他界して冷たくなっていく彼女の前で神崎の頬は涙で濡れていた。何年も思いを寄せていた彼女と、たとえ僅かな時だとしても同じ空間での生活が出来ることに喜びを感じていたからだ。もう少し、もう少しでそれが現実になりかけていたのに……。
 もしも、彼女と一緒に暮らす事が出来たなら、どれほど素晴らしい生活になったであろうか……。神崎は思いつく限りの彼女との結婚生活の想像をめぐらせた。そのうちに彼の涙が彼女の上半身に一粒、一粒落ちていく。月明かりが二人を祝福するように照らしている。その月明かりを浴びて、彼女の上半身の上に落ちた彼の涙が星屑のように光り始めている。
「裕美、俺は君に何もしてやれなかった。無力な俺を許してくれ……」

 同日、午後九時三十分。
 アンディは麻布警察署にFBI捜査官であることを伝えた上で、村岡と連絡を取りたいことを告げた。
「実は、たった今、神崎と名乗る男から村岡、滝川レミ、エトゥカが大崎公園に向かったと連絡が入ったところです」
「わかりました。大崎公園ですね。面識がないので村岡さんの画像をメールで送ってもらえませんか。メールアドレスは……」
それから数分後、アンディの携帯に村岡の画像が送られてきた。
「ブライト、急がないとマズイかもしれない! 大崎公園に行くぞ!」
「じゃあ、バケモノ退治に行きますか。ところで大崎公園はどっちだ?」
「フロントで聞けばわかるだろう」
早速、フロントまで行き大崎公園の場所を問いかけた。
「はい、大崎公園なら山手線の五反田駅のすぐ近くです。場所はここになります」
ご丁寧に地図をプリントアウトしてくれた。
「有難う! 助かるよ!」

 同日午後九時五十分を過ぎた頃。
 滝川レミの姿をした豹変した化け物は、彼女達の口の中からガーゼを抜き取った。既に妖術で奴隷にしたゾハールのメンバーを待機させていたのか、奥にいる彼らに命じた。
「彼女達の衣服を剥ぎ取り、壁に張り付けにするんだよ! さっさとしな!」
 彼らは高峰聖羅、君瀬翔子、城ヶ崎玲華、エトゥカを裸にして、壁に取り付けてある上下の突起物に手足を鎖で縛りつけた。その後、レミは装置のスイッチを押すと、下からそれぞれの前に、筒型の先に押しボタンが出ているものが現れた。
 レミは高さ調整のつまみを操作して、彼女達の顎と平行になるように調節した。そのボタンは、口元から約一センチほど離れている。
 そして、再び装置に戻り、別のスイッチを押すと上から壁が四枚、それぞれの真正面に降りてきた。そしてその壁から五寸釘を少し太くしたような長い針がいくつも飛び出した。そう、まるで、アイアンメイデンのように……。
「さぁ、そろそろ目を覚ますんだよ!」
 彼女達は目を覚ますと、自分達が全裸になっていることに気付き、騒ぎ始めた。
「静かにしな! これから楽しいゲームを始めるよ!」
「ゲームって何よ!」
「やめて、家に返してよ!」
「うるさい子達だね! あんた達はこの滝川レミをさんざんイジメてきたんだろ! だから、おしおきするのさ。今回はスペシャルゲストが二人いるようだけどね。ははははは!」
「それで、何よ、このボタンは? 手足が縛られているから押せないじゃない!」
「誰も手足を使うなんて一言も言ってないよ。今回は舌を使うのさ。目の前の壁は少しずつ前に迫ってくる。そのボタンを舌で舐めるように何度も押して、一分間に規定回数以上押すと壁は戻っていく。でも、もしも、規定回数に満たないときは、壁が少しずつ迫ってくるのさ。あの壁の針は急所を外してあるからね。肉体を貫通しても激痛の中で生き続けるのさ! まずは、最初の犠牲者が出るまでだ。さぁ、ゲームの始まりだよ!」
 滝川レミの姿をした化け物は装置のスイッチを押した。すると、壁が彼女達へ向かって動き始めた。
“ズ、ズ、ズ、ズ……”
壁は秒刻みで迫ってくる。
「いや! やめて!」
彼女達は必死で舌を動かし始めた。ボタンを押す回数が秒速を上回れば押し戻していく。しかし、少しでも舐めるのが遅くなれば、アイアン・メイデンの壁が迫ってくるのだ。

 同じ頃、アンディとブライトが大崎公園に到着した。
「誰もいないようだな……」
「あそこに男がいるぞ! あいつに聞いたらわかるかもしれん!」
二人は公園の真ん中に立っている男に近寄った。
「すいません。ここにこの男は来ませんでしたか?」
「あなた方は村岡さんを探しているんですか?」
「そうです。私達はFBI捜査官で、日本の警察から協力を依頼されました。私はアンディ・トーレスです」
「俺はブライト・リーゲル」
「そうですか。俺が警察に通報したんです。来るのを待っていました。でも、確かに三人はここに来たはずなんだが、どこにも見当たらないんです」
その時、アンディの携帯が鳴った。
「日本の警察からだ」
「何かあったのか?」
ブライトがこんな時にという表情で声をかける。
「アンディさん、大崎公園は以前、拷問のアトラクションを作っていたことがわかりました」
「拷問のアトラクションですか? でも、それらしき建造物はないですよ」
「それが地下に作られたようです。地下に降りる階段があるかもしれません。探してみて下さい」
「わかりました! 地下に降りる階段を見つければいいんですね!」
ブライトと神崎はすぐに動き出した。
それぞれが散ってから、十分近くが経過した……。
「ここだ〜〜!」
神崎が階段を見つけた。北西の茂みの中に階段があった。
アンディとブライトは神崎のもとに集まり、三人は階段を下りていった。中は暗くてよく見えない。
「これじゃあ暗くて何もわからないな……」
「このライトを使ってくれ」
神崎は携帯用のライトをアンディに渡した。さっそく照らすと先が見えるようになった。
「これなら大丈夫だ! とにかく急ぐんだ! 走るぞ!」

 アイアン・メイデンの壁は、彼女達のすぐ目の前まで近づいてきていた。彼女達の裸体には汗が流れ始めた。もう、舌を動かすのに疲れが出てきたのだろうか……。
“ズ、ズ、ズ、ズ……”
長い針が段々近づいてくる。少しでも押し戻そうと彼女達は必死にボタンを舐める。
 君瀬翔子の乳房に長い針が触れ始めた。彼女の目が血走ってきた。荒い息遣いをしながら必死にボタンを舐める。少しづつ離れては、また肉体に触れるという一進一体を繰り返している。
「くしょん!」
翔子がくしゃみをした瞬間、長い針の先端がゆっくりと乳房に吸い込まれていく。
“ズブズブズブ…………”
「いやぁ〜〜〜〜!!!」
彼女の肉体にいくつもの長い針が突き刺さっていく。君瀬は叫び声を上げると、そのまま気を失ってしまった。滝川レミは笑いながら、装置を止めた。
「一回目の処刑が終ったので、少しの間、舌を楽にさせてやろう。口の中からペンチで舌を引きずり出すんだよ!」
彼らはペンチを持って彼女達のところに向かった。
「いや、やめてよ!」
「そうかい、じゃあ、装置をまた動かすかい?」
三人は渋々口を開けた。ゾハールの者達はペンチで舌を引き出した。
「では、針でマッサージをしてあげよう。今回は、このマッサージで意識を失ったものが出たら、その者には処刑のご褒美をさしあげよう。ははははは……」
彼女達の舌をペンチで掴んでいるゾハールの者達には、それぞれ十三本の針が渡された。
「では、次のゲーム開始よ! はい、一本目を縦に!」
三人のピンク色の舌に針を縦に刺しこんでいった。彼女達の悲鳴が響く。
「気絶しているものはいないようだね。では、二本目を斜めに!」
こんな処刑ゲームが続けられていった……。

 地下道を走ること二十分。アンディ達はまだ先が見えないことに苛立ちを感じていた。神崎が愚痴をこぼす。
「ここはどこまで続いているんだ!」
「とにかく進むしかないだろう!」

 滝川レミは楽しそうに号令をかけている。
「さぁ、最後の十三本目を横から!」
舌の横を針が貫通していく。城ヶ崎玲華が失神して意識を失った。
「フ、フ、フ、やっと気絶したようだね。ん? どうやら、ネズミが入って来たようだ! 彼女達三人を連れて、別のところに行くよ!」
ゾハールの奴隷達は彼女を連れて、滝川レミと共に奥の通路から出て行った。串刺しになった君瀬翔子を残したまま……。

「ここだ!」
「よし、開けろ!」
扉を開けると、滝川レミの姿がない。
「うわっ! 何だ、これは!」
ブライトが君瀬翔子の串刺しになった姿を見つけた。彼女の意識はもうない。
「これはすげぇ! アンディ、この女は生きているのか?」
アンディが脈を確認する。
「彼女は生きているぞ! 装置を動かしてこの壁をどうにかできないか!」
神崎が装置の電源を入れ、リバースのボタンを押そうとするのをアンディが止める。
「今、抜いたら、出血多量で死んでしまうぞ! 救急車と鋼鉄を切るものが必要だ!」
「アンディ! こっちに男が倒れているぞ!」
二人はブライトが叫んだ方に駆け寄る。
「村岡さん!」
アンディは携帯の画像と照合してみた。確かに村岡刑事に間違いないようだ。
「ん……、どうしたんだ俺は……」
村岡の意識が戻ったようだ。
「そうだ! レミは?」
「村岡さんが意識を失っている間に終わってしまったようです……」
「神崎! なぜここに? 有村は?」
「残念ですが……」
「何てことだ……」
「でも、死因はあの怪我じゃないです。彼女は白血病でした」
「そ、そんなバカな……。裕美が……」
「それと、これが裕美が持っていた警察手帳です。きっと必要だと思ったので、村岡さんに会ったら渡そうと持っていました」
神崎はポケットから有村の警察手帳を取り出して渡した。
「すまない、助かる……」
村岡は神崎の隣にいる外人達に視線を向けた。
「ところで、そちらの方々は?」
「こちらの二人はFBI捜査官でアンディ・トーレスさんとブライト・リーゲルさんです」
村岡は立ち上がった。
「私は村岡龍也です」
「貴方を探していました。滝川雄二さんから村岡さんと連絡を取るように言われて探していました。とにかくここを出ましょう!」
四人は出口を探し始めた。それから十分後……。
「アンディさん、こっちに出口があります!」
神崎が出口を見つけた。
「あんたは捜索の天才だよ!」
ブライトが驚きの声をあげた。
「俺はここに残る。三人は救急車の手配をお願いします!」
「神崎、すまない。でも、救急車が到着するまで俺は上で待っている。彼女に聞きたいこともあるからな」
三人は神崎を残して地上に出ると、そこは戸越公園だった。村岡はすぐに救急車の手配をした。
「アンディさん、二人は滝川レミを追ってくれませんか?」
「でも、どこへ行くのか検討もつきません」
「村岡さんは、レミはどこへ逃げると思いますか?」
「レミといっても、あの肉体に入っているのは明らかに別人です。多分、レミが高校時代受けたイジメを記憶から引き出して、三人の処刑を思いついたのでしょう。そうなると、次もレミの記憶を利用した復讐を企てることはほぼ確実だと思います。だとすれば、次のターゲットを狙うとするならば生みの親かもしれません」
「つまり、米国へ飛ぶ可能性が強いということですか?」
「そうです。しかし、この時間ではそれも無理でしょう。ゾハールで休んでいる可能性が強いです。しかもそこなら空港に近い。待てよ……、マズイ! 詩瑠美亜が狙われる!」
「私達が向かいます! 場所はどこですか?」
「羽田です。地図でいうと……」
村岡は携帯の地図で二人に場所を説明した。
「わかりました! 必ず詩瑠美亜さんを助け出します!」
二人はタクシーを拾って向かった。

 その頃、ゾハールのビルでは……。
「そう、あんたが村岡の娘かい……」
ビルの五階ではすでにレミが詩瑠美亜を拘束していた。夜中の魔術儀式の最中にレミに襲われてしまったのだ。
「お願い……、助けて……」
詩瑠美亜はレミに懇願した。目の前には舌に針が刺さったままの三人の女性がいる。もちろん、手足を縛られている。
「じゃあ、言うとおりにしたら助けてあげよう」
「お願い! 言うとおりにしますから……」
「そうかい、じゃあ彼女達の舌に刺さっている針を十分以内にすべて抜き取りな!」
詩瑠美亜は城ヶ崎玲華の舌の針を抜き始めた。
「あぁ〜〜!」
玲華が涙目で彼女を睨みつけた。
「あっ、ごめんなさい……」
詩瑠美亜はゆっくりと抜いていった。一本抜くのに二分かかっている。
「そんなにトロトロしてていいのかな、フ、フ、フ……」
抜くスピードを上げた。一気に抜き取っていく。
「あっ!」
「ごめんなさい、許して……」
だが、二人目の途中で時間切れだ。
「残念だったね。お仕置きだ。あんた達、あの女を裸にしな!」
「いや! やめて! 何するのよ!」
“ビリッ、ビリッ”
「きゃあぁぁぁ、やめて〜〜!」
詩瑠美亜は一分足らずで全裸にされてしまった。周辺には破かれた服が散らばっている。
「さぁ、そこで四つん這いになりな!」
「お願い! 許して……」
「言うことを聞かないと、その首がなくなるよ」
詩瑠美亜は渋々、四つん這いになった。そのとたんレミの目が光った。
「あっ、体が動かない……」
彼女の体は硬直して、自分の意志で動かすことは出来なくなった。だが、その後、恐ろしいことが起こり始めたのだ……。
 コンクリートの床がまるで溶けたかのように、両手、両足が沈み始めた。そして、何もなかったかのように床が固まると、両手両足がコンクリートと同化してしまった。
「いやぁ〜〜〜!」
彼女の自由が奪われてしまった。
「さて、ゲームをしよう。何か面白いものはないのかな……」
その部屋は広さが十畳ぐらいで、東側に祭壇が置かれ、その祭壇の上にはローソク、御香、アサメイ(短剣のこと)、ワンド(魔術用につくられた棒)、そして金属製の円盤(上には五芒星が書かれている)が配置されていた。また、長い鎖などの小道具も用意されている。詩瑠美亜は部屋の中央で動かなくなっている。
「まずは人が入ってこないように細工をしないといけないね」
レミは鎖を取り、片方をドアと反対側(北側)の窓がある壁に取り付けてあるフックに片方を縛り付けた。そして、詩瑠美亜の首に一回巻いてから、もう片方をドアノブに縛り付ける。
「こんな感じかな」
レミが少し扉を開くと、詩瑠美亜の首が絞め付けられ苦しみだした。
「く、苦しい……」
「フ、フ、フ、これくらいでいいようだね。ドアを開けようとすると、あんたの命はないというわけだ。さて、本格的なゲームに入ろうか。さぁて、何をしようか。まずは月並みだが、ローソクの服でも着せてやろう」
レミはローソクを詩瑠美亜の裸体に垂らし始めた。体中がローソクで染まっていく。
「熱い……、いや、熱い……」
「これくらいのことでわめくなんて、うるさい女だねぇ。少し、お仕置きしてあげよう」
レミはその小さくなったローソクを窓側に縛り付けた鎖の下に立てた。鎖はローソクの熱で熱くなっていき、やがて詩瑠美亜の首に巻きつけている鎖に伝わっていく。

 アンディはタクシーの中で時計を見た。午前零時を過ぎている。
「なぁ、ブライト。お前がもし滝川レミだったら米国のどこへ行く?」
「そうだな。滝川レミといっても中身は違うだろ。一概にこうだとは言えないが、滝川レミの記憶をもとに復讐を企てるとしたら、最終的なゴールはバードナー遺伝子研究所だろうな。でも、それがレミの中にいる別人の感情かレミ本体の感情かはわからんが……」
「ということは、滝川レミも逃亡中の研究者を襲う可能性も否定できないな」
「研究者はラスベガスにいるらしいことは聞いたことがあるぜ」
「じゃあ、ラスベガスにいるバードンならわかるかもしれないな」
「それもそうだな。でも、その前に詩瑠美亜を助け出してからだな」
タクシーを走らせること約一時間。羽田のゾハールに到着した。ビルの上階の一室から明かりが見える。
「どうやら、ここのようだな。五階建てのビルか……」
「どうする? 二手に分かれるか? それとも二人で一緒に行くか?」
「相手は普通の人間じゃないからな。一人では太刀打ちできないだろうし、そうかと言って二人ともやられたら、このミッションは失敗に終わってしまう」
「じゃあ、コインで決めようぜ! 表が出たら二人で行く。裏が出たら分かれていく。それでいいか?」
「そうだな。それでいい」
ブライトはコインを取り出して空中に投げた。右手でキャッチして、握った手を前に出す。
「どっちだ?」
手を広げた。コインは表だ。
「よし、行こう!」
「エレベーターと階段、どっちで行く?」
「こんな夜中にエレベーターの階数表示が変わったら怪しまれるだろ。階段で行こう」
「それもそうだな……」
拳銃を構えながら、ゆっくりと足音を立てないように五階まで上がった。

 レミは誰かがビルの中に入ってきたことに気付いていた。
「さて、だんだん面白くなってきたね。あっ、何だ! お前はひっこんでろ! 詩瑠美亜さん、ごめんなさい……。あ〜〜! くそ、小娘め! このままでは小娘に体を奪われてしまう!」
レミ本体が持つ心が、受精卵に降霊した時の者達をはじき出そうとしているのだ。レミは窓からロープを伝って、洗脳したゾハールの者達と闇の中に消えていった。

「あの部屋の明かりはここからじゃないのか?」
「そうだな。ドアは開くか」
アンディはドアノブを回してみた。
「ん? 開きそうだ!」
アンディはドアを開けようとしたが、弾力性の手ごたえがあって開かない。
「く、苦しい……、やめて……」
若い女性が苦しむ声が聞こえる。
「何だ、鍵はかかっていないのに開かないぞ! 中にレミがいるのかもしれない! きっと苦しめられているんだ!」
「どうする? 一気にドアを開けて、拳銃で始末するか?」
「待て、押しドアなら何かが置いてあるのかもしれないが、引きドアで開かないのは変だと思わないか?」
「お願い、助けて……」
「さっきの女性の声だ! でも、レミの声は聞こえないぞ! よし、もう一度引いてみよう!」
アンディは少し力を入れて引いてみた。また、弾力性の手ごたえがあって開かない。
「苦しい……」
きつく絞めつけられて、か細い声しか出ない詩瑠美亜の声などアンディには届かない。
「だめだな。でも、レミはいないようだ。窓から侵入できないのか?」
「よし、その線でやってみよう!」
 二人は一階まで降りて、窓側に向かった。すると、窓が開いていて、ロープが垂れ下がったままになっている。
「何てことだ! 俺達がビルの中に入ったとき、レミはまだいたんだ! とにかくあのロープで上がろう!」
 アンディを先頭にロープを伝ってビルを上っていった。そして、到着したときにアンディは不思議な光景を目にしたのだ。同時に肉が焼けたような匂いがしてくる。
「何だ! これは!」
「どうしたんだ? 何があったんだ?」
アンディが窓から入ると、両手両足がコンクリートの床に埋め込まれた四つん這いの若い女性の近くに寄った。ブライトもそれに続いて入ってくる。
「こういうことだったのか! この女、生きてるのか?」
意識を失って垂れている首を持ち上げ、鎖を外そうとした。
「熱い! 何だこれは?」
ブライトは上着を脱いで手に巻きつけると、彼女の首から鎖を外した。首には焼け爛れた痕がしっかり残っていた。
「大丈夫だ! 息はあるようだ! とにかく応援を呼ぼう!」
アンディは救急車を手配した。

 米国、午後八時五十七分。(日本時間:午前二時三十分を過ぎた頃)
ジョージ・ウエハラと水沢啓介はダウンタウンのブルーデザイアでクラウザー・ジェルビーと会う為に店の前まで来た。店はカジノホテルやカジノ施設があるカジノ街から少し東に離れたカーソン・アベニューの通りにあった。
入口は階段を上がって二階にある。店に入るとフロントから予約をしているかと問い掛けられた。どうやらこの店は完全予約制の店のようだ。
ジョージはクラウザー・ジェルビーと会う約束をしていることを話すと、既に予約を入れてくれていたのか、すぐに案内してくれた。
ここのショットバーは一風変わった造りになっている。フロントから奥に進むと、大きな円形の外周通路がある。中心は吹き抜けで、下を見下ろせるようになっている。
ライトダウンした店内の一階の中央に大きな噴水があり、その噴水の水は様々な色でライトアップされて、幻想的な雰囲気を楽しむ事が出来るのだ。
また、周囲には外壁に沿うように八つの部屋が円形に繋がっており、各部屋から噴水が見えるように内側はすべて大きなガラス張りになっている。しかも普通のガラスではなく、万一を考えて防弾ガラスになっているのだ。
だから二階の外周通路から見下ろすと、大きなドーナツが置いてあるような感じに見える。それだけではない。各個室はシークレットな会話が出来るように防音設備が施されているのだ。
 案内されたエリアの部屋に入ると、既にクラウザー・ジェルビーとレイディア・ジェルビー、エリカ・スプリングフィールドが来ていた。
 さすがにクラウザーひとりでは無理なので、ジェルビーに連れてきたもらったのだろう。密談中はきっと席を外すように言われるはずだから、その間は寂しい思いをさせないという配慮からエリカも同席させたと推測ができる。
「お忙しいところ、無理を言って申し訳ない」
「いえいえ、構わんよ。まぁ、かけなさい。ところで何を飲むのじゃ?」
二人はそれぞれ酒を注文した。
「ところで今回の情報料はいくら支払えばよいですか?」
「その前にひとつだけ言っておこう。ワシが持っている情報はその辺に転がっている安っぽい情報とは違う。時には命がけで駆け引きをしながら情報をもらう時もあるのじゃ。それを踏まえた上で、それに見合う金額をワシの口座に振り込むことを約束してくれるなら、知っていることは何でも教えよう。ワシからは金額の指定はしないつもりじゃ。後は振り込まれた金額を見て、今後の付き合い方を考える。どうじゃ?」
 足元を見て話す人間は多くいるが、こうも明瞭に足元を見るとはっきり言ってくる人物は滅多にいないだろう。
 ジョージはクラウザーという人物が思ったことを裏表なくさらけ出す人物であることを知り、この人なら信用できる人物だと直感で感じ取った。
「わかりました。その条件で結構です」
「では、交渉成立じゃ。中には、この時点で交渉が決裂するケースもあるからのう。シラけないように数人で来るようにしているのじゃ。では、情報提供に入ろう。ジェルビー、エリカ、すまんが、しばらく席を外してくれんかのう」
「わかったわ。二階に行ってるね」
彼女達が出て行くと、クラウザーは鍵を閉めるように指示をしてきた。
水沢がすぐ鍵を閉めた。
「これで、いいじゃろう。それで、聞きたいことは何じゃ?」
「俺達はバードナー遺伝子研究所の人間を追っている。ラスベガスに潜伏していることまでは情報を掴んだのだが、一向に見つからないんです。ご存知ないですか?」
「教えるのは簡単じゃ。問題はそれを知ってどうするかじゃ。彼らを消してしまうというのであれば、教えることはできんのう……」
「いえ、そうではありません。俺達はデニム・ガンプの指示に従って動いています。デニムからは消すようにとは指示されていません」
「デニム・ガンプ? どこかで聞いたことがある名前じゃ……。おお、そうじゃ! エリア五十一にいた男じゃろ!」
「ご存知ですか?」
「もちろん、知っているとも。そうか、あの男の下で動いておるのか……。まぁ、いいじゃろう。エリック・バードナーの意志を継いだ一人息子のデビッド・バードナーはある事件に巻き込まれて、数年前に亡くなった。じゃが、エリック・バードナーの片腕であったアラン・スプリングフィールドの息子、ガルマ・スプリングフィールドが数人の部下と共にラスベガスにある遺伝子研究所にいたのじゃが、追ってに嗅ぎ付けられそうになって別の地域に移っておる。政府内では米国の罪人と騒がれていながらも潜伏して研究を続けているということは、やはり何かあるんじゃろう。そうそう彼の娘がエリカじゃ」
「でも、なぜこうなってしまったのですか?」
「その原因はおそらく、ガルマが神の領域に着手したからじゃろう……」
「それはどういう意味ですか?」
「あの遺伝子研究所はエリア五十一から依頼された研究をしていたことは知っているかね?」
「えぇ、もちろん、デニムから聞いています」
「その依頼されたことについては、本来ならば研究データ上から既にクリアになったのじゃ。じゃが、あの男が欲を出して、その上を目指してしまったのじゃ」
「その上と言いますと……」
「つまり、生命の論理に反した神をも冒涜するようなことに手を出したのじゃよ」
「それはどんなことですか?」
「ここからの話は極めて入手不可能な情報に近いから、そのつもりで聞くのじゃ」
「わかりました」
「彼らは降霊術という技を使って、この地に再びイエス・キリストとマリアを誕生させようとしたのじゃ。その研究結果としての遺伝子から出来た受精卵が二つ出来たと聞いておる。ひとつは確か日本人の研究員が持ち去ったと聞いている。もうひとつは彼らの研究員に産ませたのじゃ。じゃが、その子が大きくなった時に大事件が起こったのじゃ。大体、霊格が高いものがそう簡単に降臨するわけがないじゃろう」
「すると、イエスでもマリアでもない何が復活したというのですか?」
「その子は男の子だが、高校生になった時にそれが具現化し始めたのじゃ。とても恐ろしい男じゃ。誰だと思う?」
「まさか、ヒトラーでは……?」
「その通りじゃ! こともあろうにヒトラーが復活したのじゃ。しかも、不思議な妖力まで持っている魔物としてじゃ」
「その魔物は退治したのですか?」
「退治はしたが、それを退治したのはエリア五十一の科学技術を使ってのことじゃ。つまり、宇宙人からの知恵がなければ退治することは不可能だったということじゃ」
「それが原因で米国は怒って、CIAを使ってまで、研究所の人間を消そうとしているのか……」
「そうじゃったか。やはりCIAも動いておったか。彼らが恐れるのも理解できるわい。そうは言っても身から出た錆じゃ。エリア五十一の力が無ければ、今頃は世界は大混乱に陥っていただろう。それでもそこは研究者のクソ魂なのかのう。どこかにその研究データを保管してあるというが、ワシの調べたところではどこにもなかったのう」
「それで、エリカの父は今どこにいるのですか?」
「ウィンチェスターにいるはずじゃ。確か、シルバー・メサ・ウェイの通りのどこかの地下に遺伝子研究所を作ったという情報が入っておる」
「有難うございます。ちなみに日本人が持っていった受精卵はどうなったのでしょうか?」
「もし、日本にいるとすれば、今頃は大変なことになっているはずじゃろう。そうそう、情報筋から名前を聞いていた。確か、レミ・タキカワとかいう名前らしいのう。実家は東京にあるらしいがのう」
「えっ? レミ・タキカワですか?」
「知ってるのか?」
「確か、妹の友達がそうだったはずだ。どことなくハーフの顔立ちをしていた」
「妹さんが巻き込まれていなければいいがのう……」
「妹とは連絡取っているのか?」
「いや、あいつまで巻き込みたくないからな。今でも俺は消息不明の状態になっているはずだ」
「お二人さん、随分、危ない橋を渡っておるんじゃのう。デニムか……、わかっておると思うが奴は危ない奴じゃ」
「そうかもしれません。しかし、時には毒も必要です。ところで、なぜ大統領はエリア五十一と癒着しているのですか?」
「デニムは何も教えてくれないのかのう。いいじゃろう、地球にUFOが飛来するようになったのはアイゼンハワー大統領の頃なんじゃ。その時、一機のUFOが落ちたのじゃ。多分、地球の重力計算をした飛び方をしていなかったのじゃろう」
「ほら、はるか以前に写された二人の人間が小さな宇宙人を連れて歩いている写真があったじゃろ」
「はい、はい、確かにありました」
「じゃが、実はあの宇宙人は精巧に作られた人形じゃ。それにあの写真を撮った時、周囲にいたのはすべてCIAの人間じゃ」
「あれは、マスコミが撮ったものではないと……」
「もちろんじゃ。あれが人形だとわかったら大変なことになるじゃろう」
「それでは宇宙人は?」
「とても人間の視線にさらし出せるような姿ではなかったのじゃ。じゃが、その宇宙人はかろうじて生きておった。それをエリア五十一で秘密裏に保護したのじゃ。当然、仲間のUFOが飛来してきた。その時に、アイゼンハワー大統領はある密約を交わしたのじゃよ」
「ホワイトハウスの上空にUFOが多数現れたとの記録があります」
「そう、それじゃ。アイゼンハワー大統領と宇宙人の密約を中継で彼らにも見せていたのじゃ」
「その密約とは?」
「宇宙人は地球の生物の生命力に興味を持ったのじゃ。つまり、だんだん寿命が長くなるように進化している。彼らはその進化の秘密に興味を持ったのじゃ。そこで、生物実験の研究をさせてもらうかわりに、米軍にUFO開発技術を教える密約を交わしたのじゃよ」
「この情報はエリア五十一内部の情報ではないですか?」
「もちろん、ワシはCIAに追いかけられても、欲しい情報は必ず掴む男じゃ」
「有難うございました。今回の謝礼は弾ませて頂きます」
「それじゃ、孫達を呼んできてもらえんかのう。噴水でも見ながら楽しく飲みたいのでのう」
水沢は部屋を出て、彼女達を呼びに行った。そして、彼女達が来ると、その後は噴水を見ながらたわいのない話で盛り上がった。

 午前三時十七分。
 君瀬翔子は救出され、荏原にある井坂救命救急病院に運ばれた。針を抜いて、手当てをしなければならない。時間がかかるとのことだ。
 村岡と神崎は彼女が意識を取り戻すのを待つことにした。
「どうしてこんなに被害が出るんですか? おかしいじゃないですか? 裕美さんが彼女に何をしたっていうんですか?」
「確かにそうだな。その前にレミのことを詳しく説明しよう……」
それから約三十分ほどかけて、レミのことや裕美、詩瑠美亜のことなどプライベートなことまで話した。
「そういうことだったんですか。でも、米国のバードナー遺伝子研究所が彼女を創りあげたとしたら、矛先は向こうに向けられるのが筋じゃないですか?」
「確かにその通りだ。レミの記憶から処刑しなくてもいいはずだな」
「ということは、米国へ飛ぶつもりなんじゃないですか? それより、詩瑠美亜さんについての連絡が遅いですね」
その直後、村岡の携帯のバイブが振動する。
「アンディです。詩瑠美亜さんを見つけましたが、既にレミの処刑にあったようでした」
「何だって? 第一、詩瑠美亜はレミに対して何もしていないはずです!」
「そのお気持ちはわかります。ですが、ここまで関係者以外にも被害が及ぶということは見境無く襲い始めたといってもいいでしょう。とにかく今は詩瑠美亜さんの救出が先ですが、ホラー映画の中で起こるようなことが現実に起こってしまったのです」
「それはどういうことですか?」
「実は……」
アンディは現在の詩瑠美亜の状況を説明した。そして、すぐに救出できなことを告げた。
「そうすると、ビルを一部取り壊さないと救出できないということですか?」
「そうなんです。でも、取り壊しの関係者は深夜ですから、どこにも繋がらないんです。とにかく、救出されるまではここにいます」
それだけ言うと、電話は切れた。
「どうかしたんですか?」
「あぁ、詩瑠美亜知ってるよな」
「はい」
「彼女がレミにやられた」
「本当ですか?」
「あぁ、それがコンクリートの床に両手両足を埋め込まれて、解体業者が目を覚ますまで救出できないそうだ」
「それなら、俺が行きます! 二人には米国に飛んでもらった方がいいでしょう!」
会話の一部始終をそばで聞いていた神崎が口を挟む。
「度々、迷惑をかける。こっちが落ち着いたら、すぐそっちへ行く」
神崎はうなづくと急いで病院を出た。
「アンディさん、今から神崎がそっちに向かいます。到着したら、二人は米国へ飛んでもらえますか?」
「そうですね。実はここに来る途中、そうしようと二人で話していたんですよ」

その頃、タケルとシンディは機内でくつろいでいた。
「どうせなら高速の方にしてくれれば良かったのに、まったく……、退屈だぜ」
「せっかちなタケルらしいセリフね。ところでレミのことだけど、確か手紙ではバードナー遺伝子研究所で受精されたって書いてあったよね?」
「あぁ、そう書いてあったよ。差出人はガルマ・スプリングフィールドだったな」
「デニムがレミに対する扱いって、何か秘密めいた感じがしないかな?」
「そうだな。殺すなとか言ってたからな」
「ねぇ、これは私の直感なんだけど、デニムとバードナー遺伝子研究所って何かあると思わない?」
「そう思っているのは君だけじゃないさ。実は俺もだ。向こうに行ったついでに少し探ってみるか?」
「そうね、そうしましょう!」

 午前四時半を過ぎた頃。
 神崎はビルの五階に到着した。そして、部屋を開けると……
「何だ! どうしてこうなるんだ? 魔術を使ってもこんなことにはならないはずだ!」
「レミの仕業ですよ。それだけ彼女が持っている妖力が脅威ということです」
「そうですか……。とにかく、ここは俺が引き受けます。お二人は米国へ飛んでください」
「あぁ、遠慮なくそうさせてもらうよ」
二人は神崎を残してビルを出た。

 午前八時十二分。
 村岡は井坂救命救急病院で君瀬翔子の意識回復を待っていた。二人は極度の疲れからか、長椅子の上で熟睡していた。ドクターが村岡を揺すって起こした。
「あ……、すいません……。すっかり寝てしまいました。それで、彼女の容態はどうなんですか?」
「君瀬翔子さんですが、針の抜き取り作業が終って、その後の処置も無事終了しました。幸い急所は全て外れていたので、命には別状はありませんが、麻酔が切れる頃に激しい痛みに襲われる可能性があります。しばらくは、安静が必要ですが、ご家族の方への連絡をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。それで、話が出来るのはいつ頃からになりますか?」
「そうですね。あと二、三時間もすれば意識も戻るでしょう。麻酔が切れると激しい痛みが襲ってくるかもしれませんが、鎮痛剤を打っておけばお話出来るでしょう。ただ、長くは話せません。三十分が限度です。その後は睡眠薬で眠らせて、激しい痛みを感じさせないようにしなくてはなりません」
「どれくらいで、麻酔が切れますか?」
「あと六時間ぐらいですから、早めにお話をされるのであれば麻酔が切れる前にはお話も終わるでしょう」
「わかりました。有難うございます」
村岡は一旦、朝食を取るために病院を出た。

 午前九時十五分。
 詩瑠美亜を救助する為に解体業者が数人、ビルの五階まで上がってきた。
「どうなってんだよ、これは! まるでホラー映画の世界だな!」
「どうする? 本体の周囲を切ってそれから砕いていくか? それとも本体を残して周囲を砕いていくか?」
判断を所属長に確認しているようだ。
「そうだな、凸型に周囲を砕いても、結局は本体を抜かないといけないからな。本体をベルトで吊っておいて、本体の周囲を切って砕く方向でいくぞ! 足場を組んでくれ!」
足場は三十分足らずで出来上がった。その後、彼女の体を毛布で巻いてからベルトをかけ、上から太いロープで吊るすような感じになった。床を砕いたときに落下しないようにする為である。約一時間ほどの作業で無事救出された。それから手足の部分をノミを使って、丁寧に砕いていった。
 救急病院に搬送されたのは結局、二時間後のことだった。検査の結果、命には問題ないとのことだ。ただ、火傷の跡がケロイド状になっているため、治療しても残るようだ。彼女が目を覚ますと、神崎がそばにいることに気付いた。
「神崎さん……。私、助かったの?」
そばにいた神崎が答えた。
「あぁ、助かったよ……。何で、あんな遅くまでいたんだ」
「だって、私、決めたの。神崎さんのサポートをしていくんだって……。だから、戻るまではいなきゃって……。でも、レミが来て……」
神崎はそんな詩瑠美亜を抱いた。そして、その後、村岡さんに彼女の意識が戻ったことを伝えた。

午後十一時三十分を過ぎた頃。
ブライトは目を覚ました。
「あぁ、よく寝たぜ!」
「おはよう」
「何だよ。アンディ、先に起きてたのか?」
「まぁな。チケットの手配もしていたからな。朝食を持ってこさせよう。その間、シャワーでも浴びてすっきりしてこい」
「すまないな。じゃあ、そうさせてもらうよ」
ブライトがバスルームに入ると、アンディの携帯が鳴った。
「私だ。デニムだ。今、どこにいる?」
「今、ホテルですが何か?」
「ひとりか?」
「友人と一緒ですが、彼は今、バスルームです」
「そうか、それなら大丈夫だろう。極秘の話だが、すぐにラスベガスへ飛べ! そしてバードナー遺伝子研究所へ向かえ! 場所は到着したら指示する!」
「はい、実はレミが米国へ飛ぶ可能性があるので、同じ便で行くつもりです」
「何? レミも一緒に乗るのか?!」
「いや、あくまでも推測です……」
「そうか、それは都合がいい……。じゃあ、頼むぞ!」
不気味な笑いと共に電話が切れた。
「何かが動き始めたのか……。多分、そうだろう……」
ドアをノックする音が聞こえた。
「ルームサービスです」
「あぁ、すまない。今、開ける」
サービスワゴンにはトーストとコーヒーを乗せてある。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「あぁ、有難う」
「それから、先ほどジェスタリア・キムという女性がフロントに来まして、この手紙をアンディさんに渡すように言われました」
アンディは手紙を受け取った。
「彼女はどこへ行くとか言ってたか?」
「いえ、ただ奇妙なことを言っていました。レントゲンを使わずにインプラントを見つける方法があったらいいわねと……」
「レントゲンを使わずにインプラントを見つける? 何のことだ。まぁ、それはこっちで考える。有難う」
ルームサービスがチップを受け取って出て行くと、ブライトがバスルームから出てきた。
「おぉ、うまそうな朝食!」
「ブライト! 動き始めたぞ!」
「何の話だ?」
「レミを取り巻く周辺の話だ。急がないと、やっかいなことになりそうだぞ。それとジェスからの手紙が届いた。今、読んでみる……」
その手紙にはこう書かれていた。
“バードナー遺伝子研究所はネクロマンサーと完成させた精子、卵子への召喚術を強化させる実験を行っていたようです。その記録は誰にも見つからないところに保管してあると聞いています。この話はアンジェリカ・ガンプスから聞いたことなので、恐らくエリア五十一のメンバーやデニム司令官が持っている情報だと思います。未来で極秘に調査したときに異次元と繋がる可能性がある危険度とありました。滝川レミがその実験をされた傾向が強いので気を付けて下さい”
「こいつはすげぇ! そうなると俺達が行っても捕まえるのは無理なんじゃねぇか?」
「その実験の記録が見つかれば、対処方法がわかるかもしれない」

同じ頃……。
村岡は君瀬翔子から話を聞いていた。
「じゃあ、舌を使って舐めるようにボタンを押せと言われたんだね。しかも、秒速を超えないと壁が迫ってくると」
「そうです。でも、疲れてきて舌の動きが遅くなって……。こんな目に遭うなんて、もう絶対に死んだと思いました……」
「君達が過去に彼女にしたことの復讐のつもりだったんだろう」
「でも、私達はあんなことしたくなかったんです」
「じゃあ、どうして彼女に酷いことをしたんだ?」
「外人の男の人が現れて、彼女を徹底的にイジメたらお金をやるっていわれたんです。でも、内容があまりにも酷いのでイヤだって断ったんだけど、あいつ断ったら君達も実験のモルモットにしてやるって脅されたんです」
「何だって? それはどんな実験か聞いてるかい?」
「はい、確か玲華が問いかけたら、イブを卵巣に召還する実験とか言ってたような……」
「研究所については何か言ってなかったかい?」
「いえ、あとは裏切ったら天然の氷付けにしてやるって……」
「天然の? 一体何の話だ……」
話の途中で看護婦が入ってきた。どうやら時間のようだ。
「村岡さん、そろそろ時間です。退出お願いします」
「わかりました。有難うございます」

米国、午前八時を過ぎた頃。(日本時間:午後一時五十五分頃)
ジョージとケイスケはどこで泊まったのかもわからないほどクラウザー達と飲んだ。
ジョージが先に目を覚ました。
「ここは……、どこだっけ……?」
見慣れないベッドの上で、隣にはケイスケが寝ている。ベッドの近くには、コンドームが置かれている。
おぼろげながら、思い出したようだ。泥酔に近い状態で、二人は近くのホテルに行ったが追い返されてしまったので、モーテルに泊まったのだ。
「おい、ケイスケ、起きろ……」
「ん……。ヒトミ、早く、○△※●……」
「おい、何言ってんだよ。朝だ、いくぞ!」
ジョージはケイスケを叩き起こして、モーテルを出た。
「あぁ、よく寝た……。これからウィンチェスターに行くのか?」
「その通りだ! さっさと見つけないとな」
突然、ジョージの携帯が鳴る。
「バードナー遺伝子研究所が見つかった! エリア五十一からの極秘情報だから間違いないはずだ!」
デニム司令官からだ。
「どこですか?」
「カジノ街の地下にあるようだ! とにかく早く見つけろ!」
「了解。それとデニム司令官、ウインチェスターにガルマ・スプリングフィールドが潜伏しているらしいことはわかりました」
「何? ガルマ・スプリングフィールドだと? 奴がそこにいるんだな! わかった!」
それだけ言うと電話は切れた。
「今の電話はデニム司令官か?」
「その通りだ。先にバードナー遺伝子研究所を探せとのことだ。相当急いでいるみたいだな」
「何かあるんじゃないのか? 例えば例の女が来るとか……」
「可能性は無いとは言えないな。かなりヤバそうな女だからな、早く仕事を終わらせよう!」
二人は、カジノ街に向かった。

 同日、午後二時。
 村岡は色々と調べていくうちに、今まで見えなかったものが次第に浮き彫りになってくるのがわかった。その鍵を握るのが滝川雄二であると感じ、すぐにレミのマンションに向かった。車で十分ほどで到着した。雄二さんはまだいたようだ。
「……そんな大変なことになっていたんですね。親族の方に何てお詫びをしたらよいのか……」
「それよりもお伺いしたいことがあるんです」
「何でしょうか?」
「レミさんが学生時代の頃になりますが、その頃は雄二さんもご一緒だったんですよね?」
「はい、そうですが、それが何か……」
「実は、色々調べていくうちに矛盾が出てきたのです。貴方の話では子供の頃にレミさんんの母親が彼女をご両親に引き取ってもらったと伺いました。しかし、本来、居場所がわかるはずもないレミさんの学校周辺に、彼女をイジメる目的で外人が現れたことが調査でわかりました。きっと、過度なイジメから自殺に追い込もうとしたんでしょう。でも、なぜレミさんが通う高校がわかったのか。不思議だとは思いませんか?」
「た、確かにそれはおかしいですね……」
雄二の表情が少し変わったのを村岡は見逃さなかった。
「そこで、私はどこかに内通者がいると考えました。でも、よく考えたら、滝川さんのご家族以外にその内通者が存在しないんですよね。そこで家系を調べさせてもらいました。すると、滝川さんに男の子はいなかったんですよ。今まで私達をだました貴方は一体誰ですか?」
「とうとう見抜かれてしまいましたか……。私はバードナー遺伝子研究所の現職員、鳴瀬茂です。村岡さんのおっしゃるとおり、滝川さん夫妻には子供はいません」
「どういうことか説明してくれませんか?」
「わかりました。すべてをお話しましょう。これは早瀬咲紀さんが受精卵を持ち出したときの話に遡ります。実は早瀬咲紀さんがいずれ日本に向かうことを予期していた父は、先に日本に戻って、いくつもの網を張って彼女を待ち受けていたんです。なぜかというとあの受精卵はとても危険度が高いことを知っていたからです。空港で彼女を捕獲した父は、大親友である国内在住の米国人女性、ソフィア・クラウディアに代理出産をお願いしたんです。もちろん、早瀬さんの意志を尊重してあげたいと言う気持ちからです。彼女は快く引き受けてくれました。しかし、夫のランス・クラウディアは気がすすまなかったようです。それもそのはず、二人には子供が出来ずに悩んでいたところへ、代理出産という見せつけがましいことを頼まれたのですから。でも、ソフィアさんは体内に受精卵を受け入れ無事出産したのです。その後、友人である滝川さんにお願いにいったのですが、やはり子供が生まれないことに悩んでいたらしく、条件として私も引き取ると言ってきたんです。父は極秘で研究を引き継ぐものとして私を大事に育ててくれていたので、どうしても養子にすることが出来なかったんです。それで、戸籍上は鳴海雄二のままで滝川家に入ったのです」
「それなら何故最初に話してくれなかったんですか?」
「今、米国ではバードナー遺伝子研究所の者達を処刑しようと血眼になって探しています。今、処刑されるわけにはいかないんです」
「それはどういうことですか?」
「これは極秘として扱われている米国での事件になりますが……」

同日、午後二時。
羽田空港に到着したアンディ達は予約したチケットを受け取って、喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「アンディ、離陸したらレミを探すのか?」
「いや、それはやめた方がいいだろう。下手に刺激をして墜落させられたら困る」
ブライトの視界に見覚えのある女性の姿が映った。こちらを見ている
「ちょっと待っててくれ。知り合いがいる」
ブライトはこっちに来るように合図をした。アンディはブライトの視線の先にいる女性を見た。
「誰だ? でも、どこかで見たような気がするな……」
「こんにちは、白谷優子です。ご一緒してよろしいですか?」
アンディが座るようにジェスチャーをした。
「ブライトとはどんなご関係ですか?」
「以前に仕事のお手伝いをさせてもらいました。クライスラーホテルに勤務しています。アンディさんですね?」
「そういうことだったんですね。今日はどちらへ?」
「はい、長期休暇を頂いたので、これからラスベガスに行くところです」
「本当か? それなら俺達と一緒だ! 席が一緒だと嬉しいが……」
お互いの座席を確認したところ、中央座席で一緒の席だった。
「偶然だな。楽しい旅になりそうだ」
「でも、滝川レミさんの件はもういいんですか?」
「えぇ、日本の警察にお任せすることにしました」
アンディはわざと真実を隠した。万一、一緒だと告げた後に問題が生じないとも限らないからだ。ブライトもアンディに合わせた。
「やっぱり、俺達凡人には解決出来そうにもないからな。ハ、ハ、ハ、ハ……」

米国、午前八時三十五分(日本時間:午後二時半)
ジョージとケイスケはカジノ街に到着した。こんなに朝早くからオープンしているカジノは無い。
「あ〜、頭が痛い。二日酔いだな……」
「普段、飲まないジョージが飲みすぎなんだよ。ところで、カジノ街といっても広いし、どの辺なんだよ……」
「どっちにしても地下があるところを探せばいいわけだろ」
「そう、簡単に言うけどさ。この辺りのカジノは皆、地下があるぞ。もちろん、お得意様専用だろうけどね。でも、店が開いてないんじゃ調べようがない。どうする?」
「まずは歩いてみて、変わった所がないかをチェックしていこう。先は長そうだが、人が混んできたらやりにくくなるからな」
「了解!」

 同日、二時半
 村岡は米国で起こった事件、そしてそれをエリア五十一が処理したことを鳴海茂から聞いた。
「ということはレミさんのことは最初からわかっていたということなんですか!」
「正直に申し上げるとそうです。しかし、それでも研究の成果として成功した部分と失敗した部分の切り分けを明確にする為に育成データを記録する必要があったのです。父が何者かに殺されてからは私が研究員となり記録していました」
「誰に殺されたのですか?」
「私にもわかりませんが、研究所の話ではブラック・ブリットと呼ばれる暗殺組織ではないかと言われています」
「そのブラック・ブリットとは国際マフィアのようなものですか?」
「いえ、そうではないようです。私が聞いたところでは……」

 同日、午後三時を過ぎた頃。
 ラスベガス行きの高速型ジャンボジェット機が離陸体制に入っていた。
高速型ジャンボジェット機とは米国の高速戦闘機の原理を取り入れて開発されたジャンボジェット機で、数年前に日本が一機だけ購入したのだ。
 通常であれば十二時間かかるところを、わずか六時間で行くことが出来るのだ。
 滑走路を駆け抜け機首を持ち上げる。離陸した!
「ユウコ、寝ていくのかい? 疲れているだろ?」
「いえ、そうでもないわ。お二人のお話でも聞かせて欲しいな」
「アンディ、俺達の話を聞きたいってよ。何か、話せることあったか?」
「ブライトのことなら山ほどあるだろ。ほら、過去の女性関係についてとかさ……」
「わぁ〜! それ、すごく興味ある!」
そして、三人はブライトのプライベートの話で盛り上がった。レミが持っている特殊能力で三人の動きを監視されていることも知らずに……。

 米国、午前九時を過ぎた頃(日本時間:午後二時五十五分頃)。
 ジョージとケイスケは隈なく歩き回ったが、朽ち果てたカジノが一軒ある他は怪しいところはなかった。
「やっぱり、さっきのところじゃないのか?」
「あぁ、そうかもしれないな。行ってみよう」
十分もかからず到着した。二つのカジノビルの間に少し奥まった建物があり、シャッターが閉められていた。
「でも、この地下ってどこから行くんだ?」
地下に降りる階段はなさそうだ。マンホールの蓋があるだけだ。
「例えば、そこのマンホールが実はダミーで降りると、研究所があるとかじゃないのか」
「そんなバカな発想、普通するかよ!」
そう言いながらも、次第に二人は気になってきてマンホールの蓋を開けてみた。
「なぁ、俺の気のせいかもしれないが、マンホール独特の異臭がしてこないと思わないか?」
ケイスケは臭いを嗅いでみた。
「確かにしないな。降りてみよう」
下まで降りると、入口らしき扉が見える。そこにはパスワード解除になっていて、パスワードを入力しないとロックが解除されないしくみになっている。
「どうする? パスワードなんてしらないぜ?」
「まぁ、任せとけって……」
ジョージのパス破りの手腕の見せ所だ。約二十分ほどしてロックが解除された。
「まぁ、こんなもんよ! 入るぞ!」

同日、午後三時十分。
村岡はブラック・ブリットがデニム・ガンプスの配下であること。そして、今は関西の米軍にいるらしいことを聞いた。
「では、滝川ご夫妻が旅行中に亡くなったというのも、そのブラック・ブリットの仕業ですか?」
「それは違うようです。そう言えば、掃除機が盗まれた話はしましたね」
「はい、外国人に盗まれたと……」
「今だからお話しますが、あれはランス・クラウディアがやったんです。彼は米軍への内通者だったのです。レミの髪の毛を米軍に送り、滝川家にいることを知らせたのです」
「でも、それなら本来は研究員である貴方も危ないのではないですか?」
「それは大丈夫です。彼が知っているのは父だけでしたから、私とは面識がありませんので、滝川家の人間としか思わないでしょう」
「わかりました。では、そろそろ核心の部分をお話して頂けませんか? なぜその受精卵が恐ろしいものになっていったのかを」
「では、当初、バードナー遺伝子研究所が行っていた話からしなければなりませんね」

 同日、午前九時三十五分(日本時間:午後三時半)を過ぎた頃
 ジョージとケイスケは中に入ったのだが、研究員が誰もいないどころか、クモの巣が張っていて、使っている形跡さえないのだ。
「何か、報告できそうなものはあるか?」
「駄目だ! 動物実験の資料ばかりで何も役に立たん! クソッ! 奴らは一体どこへ行ったんだ?」
「それなら、ウィンチェスターのガンプ・スプリングフィールドのところへ行くか!」
「デニムに報告しなくていいのか?」
「あぁ、そうだな。地上に戻って、報告するか……」
二人はさっさと地上に出て、デニムに報告をした。
「何? 誰もいないだと? 関連資料は無かったんだな」
「はい、有りませんでした。これからガンプ・スプリングフィールドの所にいこうと思ってます」
「それは不要だ。既にこちらで処理した。それよりも奴は面白いことを言っていた。極秘資料のありかを言わぬとガキを始末するぞと脅したところ、殺したら二度と見つからないだろうとな。いいか、奴の子供を捕まえて日本に連れて来い! わかったな!」
「はい、わかりました」
「何だって?」
「エリカを日本に連れてくるようにとのことだ」
「それなら簡単じゃないか。どうせ、あの女、ジョージに惚れているんだろ?」
「だから、余計にやりにくい……」
「よく言うぜ。色男!」

 同日、午後三時四十分。
 村岡は研究内容について聞かされていた。
「ということは、それは成功したということなんですか?」
「もちろん、成功です。私は随分芝居をしてきましたが、ここに現れたタケル・バードナーがそうなんです」
「えっ? じゃあ、タケルさんが米国の研究で創られた人物なんですね! 本人はそれをご存知なんですか?」
「そんなこと口が裂けても言えないでしょう。当然、本人は知らないはずです」
「でも、いつかは教える必要があるんじゃないですか?」
「そうですね。ところが研究所では米国の研究終了の指示を無視して、降霊術による過去の霊を精子と卵子に降霊させる研究を始めたのです。多くの実験により降霊させることは成功したんですが、ある時期が来ると霊が受精卵から離れてしまうことがわかったんです。そこで、新たなる試みとして、磁場を創りだして捕獲する方法に切り替えたのです。プラス・ガンマ磁流波を浴びせた精子とマイナス・ベータ磁流波を浴びせた卵子に降霊させることで、二次覚醒後に霊が離れて素人に戻ることを防ぐ実験をしました」
「ちょっと待ってください! 二次覚醒って何のことですか?」
「十歳から十五歳ぐらいに最初の覚醒があり、降霊した霊の能力が目覚めるようになります。そして、二十歳を過ぎると二次覚醒として、降霊した霊の意思が反映されるようになるんです。しかし、今回は予想をはるかに裏切った成果になってしまったのです。二次覚醒のときに降霊した霊の意思が本人の意思を押さえ込んで現れるようになり、また超能力めいたものまで覚醒してしまったのです。これが三次覚醒すると、本人の魂が消滅して降霊した霊に支配させるようになる可能性が強いです」
「その降霊した霊を追い出すことは出来ないんですか?」
「今のところ、その方法は解明されていません。しかし、極点で磁場を狂わせることで霊を退散させることが出来るのではないかという研究が出ています」
「極点ということは、例えば北極か南極へ連れて行くということですか?」
「そういうことになります。現在、バードナー遺伝子研究所は南極にあります。それをレミに伝えることが出来れば、きっと南極に行くはずです」
「有難うございました。貴方はこれからどうするんですか?」
「私は彼女と生活してから、彼女を密かに愛しています。もちろん、本人には言ってません。しかし、いずれは私の正体もバレるでしょう。その前にどうにかしなければなりません」
「そうですか、私の助けが必要な時はいつでも携帯を鳴らしてください」

米国、午前九時五十五分(日本時間:午後三時五十分)。
 ジョージとケイスケはジェルビーの店の近くまで来た。
「二人で入るのはマズイな。俺が連れてくるから、ケイスケはここで待っててくれ」
「うまくやれよ!」
「おう、任せとけ!」
店の外から店内を覗くとエリカが見えた。店内には客はいないようだ。
ジョージは外からガラスを軽く叩いた。エリカが不思議そうにこっちを向く。
沈黙のサインを唇に押し当てながら、外に出てくるように合図をした。彼女は微笑みながら出てきた。
「何で、入ってこないの?」
「ちょっと話しにくい相談があってさ。ちょっとついて来て!」
「どうしたの? クラウザーさんに渡すお金が用意出来ないの?」
エリカは心配そうにジョージの後についてきた。ケイスケが見えるところまで来ると、ジョージはエリカの方に振り返って、腹部に重たい拳を入れた。
「あっ……!」
エリカはそのまま気絶してしまった。ブレスレットも切れてしまった。エリカが作ってくれたブレスレットのパワーストーンが地面に散っていく。仕事の為にエリカとの恋を粉砕したのだ。
ケイスケがニヤニヤしながら近づいてくる。
「野蛮人だねぇ……」
「こうする以外におとなしく連れて行く手段が見つからなかったんだよ。まぁ、文句言うなよ!」
方法が無かったとはいえ、ジョージの胸中には少なからず痛みが襲ってきた。
「じゃあ、さっさと担いでいこう! レイディアが出てきたら、面倒なことになる!」
ケイスケは路上駐車してある車を見つけ、それを頂いてきた。気絶したエリカを車に乗せ、トランクにあったロープで手足を縛る。
「さて、米軍基地に行こうぜ!」

 米国、午前十時十五分(日本時間:午後四時十分)を過ぎた頃。
 ノース・ラスベガスのジェルビーには客が訪れていた。
「すいません! 誰もいないですか?」
奥からレイディアが出てくる。
「はい、何でしょうか?」
「こちらのアクセサリーなんですが……」
接客に追われて三十分が過ぎた。
(エリカ、一体どこへ行ったのよ!)
レイディアは客が店を出た後、店の周辺を探してみた。少し離れたところにパワーストーンが散らばっている。
(あれ? これは……)
レイディアは店では売っていないエリカのフルネーム入りの特注の水晶を見つけた。その近くにエリカの服のボタンが落ちている。ジョージがエリカの腹部に重たい拳を入れた時に取れたのだ。
(これは、確か、ジョージのブレスレットだ。それに、エリカの服のボタン……)
エリカは過去一度も黙って店を開けることはなかったのだ。彼女の直感が何かを感じさせたのだろうか、すぐに店に戻るとクラウザーがいる二階へ駆け上がった。
「おじいちゃん、昨日、彼らに何を話したのよ! エリカがいなくなったわ!」
「まさか……」
クラウザーの顔が蒼ざめてきた。

 米国、午前十一時十二分(日本時間:午後四時七分)。
 ジョージとケイスケはラスベガス米軍基地に車を止めた。
 エリカをトランクから降ろす。
「ジョージ! お願い、やめて! 助けてよ!」
「ジョージ、やめて、だってよ」
相棒のケイスケが笑っている。ジョージの心の中はどうしようもない怒りで満ち溢れていた。相棒でなかったら、仕事でなかったら、嘲笑うケイスケを殴っていたところだ。
 ケイスケはナイフをエリカの喉元に当てた。
「ジョージ、これは何かの冗談でしょ?」
「とにかく黙っていう通りにしてくれれば命の保証はしてやろう」
米軍の人間がゲート出てきた。どうやら、将軍のようだ。
「貴様らは何のようだ?」
「デニム司令官に言われて、エリカ・スプリングフィールドを連れてきた!」
「なるほど、その女がそうか。よし、女を確保しろ!」
彼の一言で、数人の兵士が泣き叫ぶエリカを連れて行った。
「よし、ご苦労だった。実はデニムからこうも言われている。用が済んだら始末しろとな」
「な、何だと……?」
「撃て〜〜!」
“ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ……”

米国、午後十二時四十五分頃(日本時間:午後六時四十分頃)。
シンディとタケルはラスベガスに到着した。
「これからどこへ行くつもりだ?」
「わからないわ。ラスベガスにいると言われただけだから……」
「この辺りに詳しい人は知らないのかい?」
「そんなの知らないわよ。ここは初めてなのよ。とにかくストリップ中心部のフォーコーナー周辺を歩いてみましょう」
 空港からイエローキャブでフォーコーナーまで行く。到着すると、大勢の人々で混雑していた。
「そう言えば、大統領が事故で亡くなったのはこの近くじゃなかったか? 機内のモニターでこの辺りが映っていたよな?」
「そうだわ。確か、ここから北の方じゃなかったかな……」
「行って見ようか」
シンディの目に一枚のチラシが目に映った。
「あれ?」
「どうした?」
「いや、このチラシだけど、この名前に覚えがあるのよ」
そのチラシはジェルビーの広告だった。場所はノース・ラスベガスのワイルド・ダイアモンド・アベニューの通り。店主の名前はレイディア・ジェルビーと書かれていた。
「レイディア・ジェルビー?」
「そうよ。ほら、タケルがマンハッタンに行ってた頃があったでしょ。その頃に仲の良かった友達よ」
「それなら、その友達に聞いたらわかるんじゃないのかい? 連絡先は?」
「書いてあるわ。ちょっと待って……」
シンディは携帯を取り出した。その番号にかけると聞き覚えがある声が聞こえた。
「レイディアなの?」
「えっ? 貴女は誰なの?」
「私よ! シンディ・ウエハラよ!」
「シンディなの? ちょうど良かったわ、すぐにこっちに来て! 話したいことがあるのよ!」
「話したいこと? わかったわ、今、ラスベガスに貼ってあるチラシを見ているんだけど、住所はノース・ラスベガスでいいのね?」
「いいわ! 急いでね!」
すぐに電話が切れた。
「レイディアで間違いがないけど、急ぎで話したいことがあるっていうのよ」
「とにかく、急いで行った方がいいな。これからは足が必要になるな。レンタカーを借りてこようか?」
「いや、それよりも車を買いましょう。その方が早いわ!」
二人は近くのカー・ショップで赤いシボレーを買って、ノース・ラスベガスへと走らせた。ジェルビーの店には四十分ほどで到着した。
「レイディア、お久し振り!」
「シンディ、お久し振り!」
「それよりも急ぎの話って何なの?」
「信じられないかもしれないけど、シンディのお兄さん、ジョージが来たのよ」
「ジョージ兄さん来たの? 今、どこにいるの?」
「それを一緒に探して欲しいのよ」
「ちょっと待って、話が全く見えないわ」
「あっ、そうよね。えーと、いいわ。順序よく話すわ。ところで、そちらは?」
「俺はタケル・バードナーです」
「バードナー……?」
レイディアの顔色が変わった。
「私の彼よ。どうかしたの?」
「ちょっと待って、おじいさんを呼んでくるわ。その間に、申し訳ないけどクローズの札を掛けてきてくれる?」
「わかったわ」
シンディはクローズの札を店の外にかけた。しばらくすると、クラウザーとレイディアが現れた。
「わしは、レイディアの祖父で、クラウザー・ジェルビーじゃ。ラスベガスに到着したばかりだというのに、孫が急がせてしまって申し訳ない」
「私はシンディ・ウエハラです」
「俺はタケル・バードナーです」
「そうか、君達二人は既にここに来る運命だったのかもしれんのう。とにかく、今は説明するよりも、ジョージ・ウエハラとケイスケ・ミズサワを探す事が先決じゃ」
「ジョージは私の兄ですが何かあったんですか?」
「そうじゃったのか……。彼らはデニムの手先じゃが、ワシが知っていた頃のデニムとは変わってしまったのかもしれん。先日、バードナー遺伝子研究所のガルマ・スプリングフィールドの居場所を裏情報として教えたのじゃ。その後、ここにいたエリカ・スプリングフィールドが誘拐されたらしいのじゃよ。多分、その二人の仕業じゃろう。でも、彼らは本心から悪に染まっているわけではない。先日、一緒に酒を飲んだときにそれがわかったのじゃ。とにかく二人を追いかけて欲しい! まずは、シルバー・メサ・ウェイのどこかにいるガルマ・スプリングフィールドを見つけるのじゃ! それと、タケルじゃったかのう……」
「はい、何ですか?」
「良い瞳をしている。君はこれから大きな運命を受入れなければならないかもしれんのう……」
「それはどういうことですか?」
「今にわかるじゃろう……」
「わかりました。シンディ、行こう!」
「シンディ、お願い! エリカを助けて! お願いよ!」
「わかったわ!」
シンディは店を出ると、アンディに電話をかけた。電源が入っていないというアナウンスが流れて留守電に切り替わった。
「私、シンディよ。すぐに電話して」
二人はウィンチェスターに向かった。

 米国、午後三時(日本時間:午後八時五十五分)。
 アンディとジョージが乗った高速ジャンボジェット機が着陸した。二人は降りると急いで入国審査を受け、滝川レミの姿を探した。
「一体、どこに雲隠れしているんだ?」
アンディの携帯が鳴る。
「あれ、シンディから留守電が入っている」
すぐに電話をかけた。
「どうした?」
「何やってたのよ! ジョージ兄さんとケイスケ・ミズサワの居場所がわかったのよ!」
「そうか、実は今、ラスベガスに到着したんだ」
「どうして? 滝川レミは?」
「彼女が豹変して、こっちへ来た可能性があるんだ。しかも同じ便でね」
「どうして捕まえないの?」
「それが、俺達では手に負えないんだよ。今、彼女が降りたかどうかを探している。どこにいるんだ?」
「ウィンチェスターのシルバー・メサ・ウェイの通りよ! こっちも命がかかっている大事件なの!」
「何があったんだ?」
「バードナー遺伝子研究所のガルマ・スプリングフィールドに絡んだ事件なのよ! 終ったらすぐ来て!」
電話が切れた。

 米国、午後三時二十分(日本時間:午後九時十五分)。
 シンディとタケルがガルマ・スプリングフィールドの居場所をやっと探し当てたとき、彼の息は既に絶えていた。
「畜生! 一体誰がやったんだ!」
「タケル、ちょっと見てよ! ここに落ちているバッジはどこのかな?」
タケルの顔が青くなった。そのバッジはタケルがよく知っているエリア五十一のバッジだったからだ。
「エリア五十一の奴らにやられたのか……」
アルバムや資料が並んでいる。タケルはアルバムを一冊手に取った。
「こ、これは……、俺じゃないか!」
そこには大きなガラスの水溶液に入っているタケルの姿があった。下には実験成果有りと記されている。
「えっ? どういうことなの? 実験成果ありって……。それってもしかして……」
タケルは笑うしかなかった。
「ハ、ハ、ハ、ハ、俺は米軍のモルモットだったってことだ!」
タケルが壁に拳を叩き付けると、壁は崩れ落ちた。
「俺の運動神経が高いのも、こんな力があるのもすべては実験の成果なんだ! デニムは俺の本当の親父じゃなかった! 俺はこいつらに創られた人間だったのさ! 笑えよ、シンディ! ハ、ハ、ハ、ハ、ハ……」
タケルは気が触れたように騒ぐと、床の上で大の字になった。
「俺は人間じゃないのさ。レミと同じバケモノだ……」
シンディはタケルのそばに腰を下ろした。
「そんなことないわ。タケルは人間よ。だから、そんな悲観的なこと言わないで……。愛してるのよ……」
「すまない、シンディ。でも、少しだけ気持ちの整理をする時間が欲しい。一人にしてくれいないか」
「わかったわ……。先にレイディアのところに戻っているから……」
シンディが外に出ると、アンディ達の姿が見えた。
「遅かったわね。ガンプ・スプリングフィールドは消されたわ」
「そうか。タケルは一緒じゃないのか?」
「中にいるわ。過酷な真実を知って、気持ちの整理をしたいと……」
「そうか。とうとう知ってしまったのか」
「えっ? じゃあ、アンディは知っていたの?」
「あぁ、まぁな……。それでどこへ行くつもりだったんだ?」
「友人が近くにいるのよ。そこでタケルを待っていようかと……」
「それがいい。俺達もそうしようぜ、アンディ。奴ならきっと立ち直ってくれるさ」
「そうだな。それよりもレミの行方が気になる」
三人はレイディア・ジェルビーのところへ向かった。

 一人残ったタケルは何か研究所に関することはないか物色し始めた。
「ん? 何だろう?」
本の間から手紙が出てきた。手紙には血の指紋が付着している。きっと、息絶える直前に書いたのだろう。手紙にはこう書かれていた。
“タケル、俺を許してくれ。すべては娘と南極に”
それだけが書かれていた。
「娘と南極? 何のことだ?」
「そういうことだったのかい! 来て正解だったようだね!」
そこに立っているのはレミだった。
「お前はレミ! やっと見つけたぞ!」
「残念だけど、貴様と遊んでいる暇は無いのだ!」
「逃げるのか? 待て!」

 その頃、シンディ達は……
「なるほど、そういうことが起きてしまったのか。ワシが奴らに情報提供したのがそもそもの間違いじゃった……」
クラウザーは泣いている。その時、電話が鳴った。店の電話のようだ。
「はい、ジェルビーです。……わかりました。今、変わります。おじいちゃん、電話よ」
クラウザーは受話器を取った。
「ワシじゃ。おお、どうしたのじゃ? 何? ……何故、その二人が? なんじゃと! うむ、やはり……。それならヘリが必要じゃな。そうか、それでいいじゃろう。助かる、すまんのう」
「どうしたの、おじいちゃん?」
ジェルビーはエリカに何かあったのだろうかと不安だった。
「悪い知らせじゃ。ジョージ・ウエハラとケイスケ・ミズサワが殺された。米軍の仕業じゃ。エリカを米軍に届けた後、用済みで殺されたようじゃのう」
シンディが真っ先に反応した。
「お兄ちゃんがエリカさんを米軍に届けたってどういうこと?」
「言いにくいことじゃが、二人はデニム指揮下の暗殺組織、ブラック・ブリットのメンバーだったようじゃ」
「そんな……、お兄ちゃんが暗殺組織のメンバーだったなんて……」
大好きな兄を探しに来たシンディにとって、兄が死んだことよりもブラック・ブリットのメンバーであったことの方が衝撃が大きかった。
「とにかく、デニムが本格的に動き始めたということかもしれない。俺も奴の動きを探る為にブライトと極秘に動いてきたんだ。シンディやタケルには話していなかったがね」
「シンディ、こんなことで負けないで! 私、力になるから何でも言ってね」
「レイディア、有難う……」
そこに息を切らしているタケルが現れた。
「シンディ! ん? アンディさんも来ていたのか。ちょうどいい!」
「どうしたんだ?」
「すべての謎を解く鍵がわかった。ガルマが死ぬ直前にメッセージを残していた。彼の娘、つまりエリカと南極が解く鍵だ! だが、悪い事にそれをレミに知られてしまった!」
「レミがそこに現れたの?」
「あぁ、俺が彼の手紙を読んでいたときにな」
「レミは日本人女性二人とチベット人女性一人を虐待しながら連れているんだが、彼女達はいたか?」
「いや、現われたときは一人だけだった」
「そうか。では話を戻すが、エリカ誘拐の真意を推測すると米軍が既にその情報を入手していた可能性がある。エリカはおそらくデニムのところに運ばれるだろう。今、日本でデニムの所に行けそうな人物は村岡と神崎がいるが相手は米軍だからな。米軍は常に特殊訓練をしているので彼らでは阻止できないだろう。大勢を相手にするにはタケル並みじゃないと無理だろうな」
「レミは南極に直行するじゃろう。話からすると、南極に遺伝子研究所があると捉える方が正しいかもしれんのう。そこを利用するのか、始末するかはわからんがのう」
「どちらにしても時間がかかりすぎる。軍用の音速ヘリでもあればよいが……」
「それなら大丈夫じゃ。二人乗りじゃが、軍用の音速ヘリ一機なら用意できておる。クルサード競馬場の跡地に隠してある。場所はここから南へ十キロほど行ったところじゃ」
「じゃあ、俺とシンディでエリカを助ける! その後、南極へ向かう!」
「そうしてくれるか。どちらにしても俺達では歯が立たんからな……」

午前零時二十分……
デニムの前に連れて来られたエリカは拷問にあっていた。
「いい加減に吐いたらどうだ? 研究記録は一体どこにあるのだ?」
「知らないものは答えられないわ!」
「ええい、まだ隠すつもりか! 父が貴様に託したはずだ! 答えろ!」
デニムの鞭がエリカに襲い掛かる。
“ビシッ! ビシッ!”
「いた〜〜い! やめて〜〜!」
エリカの体は幾度と打たれた鞭の痛みで麻痺していた。体中がミミズ腫れになっている。
「必ず吐かせてやる! この女を監禁房にブチ込んでおけ! クソッ! こんな時にアンディは一体どこへ行ったんだ?」
部下は地下の監禁房に連れて行った。
「そこで、おとなしくしていろ! ……ぐあっ!」
兵士が崩れ落ちるように倒れた。そこには長身の美女が立っていた。エリカにはその長身の美女が何故、助けてくれるのかわからなかった。
「貴女は……」
「話はあと、とにかくここを出るのよ!」
その女性には既にその施設を知り尽くしているような感じであっという間にいくつかのゲートで兵士を倒すと外に出た。基地内では警報が鳴り響いている。
「急いで! 捕まると面倒よ!」
そこは海上に孤立している拘留用の米軍基地なので、ヘリでなければ陸地には行けないのだ。米国から飛んできた音速の軍用ヘリに乗り込んで、飛び立った。
「デニム司令官! エリカが何者かに連れ去られました!」
「何だと! クソッ、もう一息というときに……。何としても追いかけろ!」
数機の米軍ヘリが追いかけた。

 彼女達のヘリは米国へ向かって飛んだ。
「貴女は誰なんですか?」
「私はジェスタリア・キム。未来から来た。もうすぐ、タケルがこっちに来るはずだから、彼とランデブーするよ。何?」
「どうしたんですか?」
「追っ手が来たようだ! 少々、荒っぽくなるが少しの間我慢しな!」
追っ手のヘリはスピードを上げ、すぐ後ろまで近づいてきた。ジェスは少しずつ機首を上げていき、大きく後方に転回した。今度はジェスが敵機の後方についた。すかさず機銃を発射して打ち落とした。
「さすがぁ〜〜!」
しばらくして、暗闇にヘリの点灯ランプが見えてきた。未来でタケルと行動していたときに味方ヘリを知らせる方法があった。それは、犬が尻尾を振るようにヘリの後部を左右に振るのだ。もちろん、これは高等テクニックでよほど慣れた操縦士でなければできない芸当だ。ジェスは後部を振った。タケルはすぐに相手がジェスとわかったようで、後部を振ってきた。さすがは未来で共に行動した仲間というべきであろう。
「こちらジェス、彼女は救出した!」
「こちらタケル、このまま南極へ飛ぶ!」
「こちらジェス、燃料ギリギリだが同行する!」

二機の音速ヘリはそのまま南極に直行した。それから数時間後……。
南極大陸が見えてきた。
「こちらタケル、昭和基地に降下する!」
「こちらジェス、了解!」
米軍を敵に回してしまった以上、今、頼れるのは日本の昭和基地だけだった。四人はヘリから降りると、昭和基地に入っていった。
「こらこら、一般人が立ち入れる場所ではない!」
タケルは日本語で事情を説明するが、基地のメンバーは信用してくれないようだ。
「そんなSFのような話、誰が信じるというのだ!」
「では、せめて日本の麻布警察署の村岡刑事に連絡を取ってください! 電話番号はこれです! お願いします!」
「何? 村岡刑事だって? 面倒くせぇなぁ……。ちょっと待ってろ」
村岡刑事に電話をかけている。
「こちらは南極の昭和基地です。タケル・バードナーという者を含めた四人の米国人がこちらに来ているんだが、話がよく見えないんだよ。貴方にかければわかると言われて電話をしたんだが……。はい……、なるほど……、事情はよくわかりました。はい? いえ、ヘリで来たようです。はい……、そうですか、では、貴方もこちらに向かっているのですね。はい、了解……」
約三十分ほどの電話のあと、その方はここにいることを許可してくれた。
「有難うございます!」
「よくわからんが、村岡さんもこっちに向かっているようだ。米国からそのまま来たのか? 何をするにしてもそれでは寒いだろう。今、防寒着を出してやるからそれを着なさい」
とにかく言葉が通じないのではどうにもならないのだ。
「シンディ、ジェス、エリカ、よく聞いてくれ。俺の直感だが、レミは既に到着していると思う。ガルマ・スプリングフィールドが残したキーワードはエリカと南極だ。ここには何かがあると思っている」
「そうよ、タケル。ここにはバードナー遺伝子研究所があるのよ。誰にも知られないところにね……」
「あの女は特殊能力があるから、その場所を見つけるのは簡単だろう。そうなると、何をするにしても捕まっている彼女達が邪魔になってくるはずだ。それに、エリカを狙ってくる可能性もある。それにしてもエリカ、君には一体何があるんだ? デニムが血相変えて見つけようとしているのは何だ?」
「それが私にもわからないの……」
「教えてあげましょうか。彼女の体の中には受精卵に降霊する方法や研究の記録をマイクロチップにしてあるものが埋め込まれているのよ」
突然、空気が重くなった。
「フ、フ、フ、そうだったのかい? それは面白い事を聞いた」
扉のそばにレミが立っていた。
「レミ!」
「気安くレミなどと呼ぶな! 私は下等な者ではない!」
「一体、貴様は誰だ?」
「下等な貴様らにもわかるように教えてやろう。外へ出てみな!」
四人は外へ出た。昭和基地の前に停めてあった二機のヘリのプロペラには、四人の女性が裸体で縛られていた。一機には城ヶ崎玲華と高峰聖羅。もう一機にはエトゥカ・ムフーマトと白谷優子。
「助けてよ! 何で私がこんな目に遭うの!」
ラスベガスに到着してすぐに誘拐された優子が助けを求めている。
「何てことを!」
「どうだい? 美しい眺めだろう! フ、フ、フ、この寒さの中でプロペラを回転させたらどうなるだろうね。すぐに凍り付いてしまうだろうさ」
「すぐに降ろさなければ!」
タケルがヘリに向かうと、レミは特殊能力でタケルを吹き飛ばした。
「あたしの処刑の楽しみを奪う事は許さないよ!」
「タケル、こんな恐ろしい事が出来るのは過去に一人しかいないわ!」
「西太后か!」
「よく、わかったわね。では、少しだけ彼女達の体を暖めてあげるわ」
ヘリのそばに立っているゾハール達に合図をした。二機の大きなプロペラの上には数匹の蛇をのせた。蛇は寒さに弱く、寒くなると穴を探して冬眠する習性があるのだ。蛇が彼女達に向かって進み始めた。
「いや、やめて……、来ないで!」
蛇は彼女達の肉体の上を縦横無尽に這いずり始めた。レミは笑いながら見ている。その答えはすぐに出た。
「あっ、イヤ、そんなところ……」
とうとう一匹の蛇が城ヶ崎玲華の恥部の中に入っていったのだ。頭をくねらせながら卵巣に向かって入っていくと、彼女は喘ぎ始めた。それはきっと極上の快楽なのだろう。体中がとろけるほどの快感に体中が熱くなっていく。しかし、次の瞬間!
「いやぁ〜〜! いた〜〜い!」
そう、蛇が彼女の卵巣を食べ始めたのだ。その悲鳴を聞いた三人は何とか振り落とそうと体をくねらせている。だが、残りの蛇も容赦なく三人の恥部に入り込んだ。
そして、しばらくしてから四人の口の中から蛇が出てきたのだ。
「フ、フ、フ、フ……、最高に楽しいショーだろう!」
「なんて酷いことをするの!」
“ブロロロロ……”
ヘリが一機飛んできた。
「また、邪魔者が来たようだね!」
降下すると中から村岡と鳴瀬が現れた。
「畜生! 遅かったか!」
「タケルさん、エリカを守ってください! 彼女が奪われたら手遅れになります!」
「残念だがそれは無理なんだよ! 私には貴様ら下等な人間にはないパワーがあるのだ!」
レミはシンディ達を特殊能力で吹き飛ばすと、エリカを奪ってゾハールの者達と消えた。「こんな酷いことをするなんて許せないわ……」
ヘリの大きなプロペラから彼女達の死体を降ろすと昭和基地へ運んだ。
「彼女達の為にもあの女を始末しなければ……。でも、どうやったら勝てるんだ?」
鳴瀬が詳しく説明した。
「もうすぐ、この極点にいることで霊体を捕獲している体内の磁粒子が狂ってきます。しかし、研究データが入ったマイクロチップにはそれを回避する方法が入っているのです。それを施されたら、二度と霊を退治することは出来ません。それに彼女の三次覚醒も始まっています。異次元の力が覚醒したら科学的な方法では倒すことは出来なくなります」
「さすが雄二さん!」
「実は、私は滝川雄二ではありません。バードナー遺伝子研究所の研究員、鳴瀬茂です。それよりも今は一刻を争うときです! 早く、研究所を見つけましょう!」
「場所はどこなの?」
「私もこの大陸にあること以外、詳しくはわかりません」
「ヘリで探せば見つかるだろう! 手分けして探そう!」
シンディとタケル、ジェスタリア、村岡と鳴瀬の組み合わせで三機のヘリが飛び立った。

 その頃、バードナー遺伝子研究所では、突然現れた侵入者に驚いていた。扉は研究員しか入れないはずなのだ。
「貴様は誰だ? どうやって入ったのだ?」
「フ、フ、フ……、そんなこと下等な貴様らにはわかるわけがないわ」
所内に冷たい空気が流れ込んでくる。
「貴様、扉を壊したのか!」
「私が誰だかわからないのかい? パパ達!」
「何がパパ達だ! ふざけるな! ま、まさか、持ち去られた遺伝子から生まれたのか?」
「フ、フ、フ……、やっと気付いたようね。ここで……、あっ、何だ? 早く、逃げて! ここから逃げて……、こ、小娘、邪魔しおって……。うっ、何だ? 体が変だ……」
「まずいぞ! この女の三次覚醒の兆候が始まっている!」
「所長! でも、極点にいれば磁気が狂ってきますから、霊体が離れるはずです!」
「ぐはぁ……! これを回避する方法はこの女の体に入っているのさ……。必ず、見つけてやる!」
「まずいぞ! 前所長の娘が女の所に……」
研究員数名がレミを捕らえようと近づいたが、特殊能力で吹き飛ばされてしまった。
「とにかく、その子をそこの机の上に乗せて、手足を縛りな!」
ゾハールの者達はすぐに彼女を縛り付けた。
「いや、やめて! 何するのよ!」
レミは彼女の衣服を切り裂いた。
「埋め込んだ所には手術の痕があるはずだ……。フ、フ、フ……」
レミはナイフの先でエリカの肉体をなぞっていく。首筋から乳房、心臓、そして腹部……。
「いや、お願い、やめてよ……」
消えかかっているが腹部に手術の痕が見えた。しかもナイフで刺したほどの小さな痕だ。相当腕の良い外科医が埋め込んだのだろう。
「ここにあったのかい! フ、フ、フ……」
しかし、残虐なレミはそんな気遣いなど無用とばかりに、ざっくりとナイフを刺した。
「いやぁ〜〜〜〜!」
大きな悲鳴とともに彼女の腹部から大量の血が吹き出した。エリカが苦しめば苦しむほどレミは楽しくてたまらないようだ。ナイフを抜くと、レミは指を中に入れた。エリカの内臓を引っ掻き回している。
「いやぁ〜〜! やめて〜〜〜!」
「ええい、研究データはどこにあるのだ……」
数分後、何かをつまんで指を抜いた。ついにレミはマイクロチップを見つけたのだ。
「やっと、見つけたよ! さぁ、早く、こいつをチェックして……、磁力を回復する方法を調べるんだよ。いえ、そんなことしなくていいの! ……また、小娘、邪魔しおって……」

その頃、三機のヘリは研究所を必死で探していた。パーマーランド付近を飛んでいたジェスタリアの視線が小さな煙を見つけた。
「きっと、あそこだわ! こちらジェス! パーマーランドでそれらしきものを見つけた!」
ヘリを降下させると、地下から湯気が出ている。何らかの事情で室内の空気が漏れているのだろう。ジェスタリアは他の者達にわかるように目印を付けると中に入った。
「レミ! いや、西太后! そこまでだ!」
ジェスタリアが銃を構えた。
「どこまでも邪魔しおって! ならば、これで貴様らも終わりじゃ!」
しかし、その瞬間、不思議なことが起こった。レミの腹部から異次元からの得たいの知れない触手が伸びていく。
「しまった! 三次覚醒が始まっているのか!」
それはジェスタリアを狙った。
「こんなバケモノ! えい!」
とした。すると、腹部から新たな触手が伸びてくる。
「ジェス! 危ない!」
タケルが入ってくると、その触手を切り落とした。シンディはその光景が信じられなかった。
「どうして、こんなことが起きるの……。あっ! いや!」
新たな二本の触手が、一本はシンディを、もう一本は再びジェスタリアを狙った。
「く、苦しい……」
シンディの首を絞め始めた。タケルが外そうとする。しかし、別の触手がタケルを狙って現れた。もう、駄目だと思った瞬間、タケルの眼光が蒼く光った。
「天の君主とその申し子ミカエルの力により、悪しきものを退け、浄化せよ! テトラグラマトン、イシュティオン、ヴァイケオン……」
触手はレミの体の中に戻っていった。そればかりではない。西太后の霊体がレミから離れた。
「ぐぉぉぉ……!」
タケルの術の力によって、苦しみながら消えていったのだ。そして、彼女に操られていたゾハールの部下達はその場で意識を失って崩れ落ちた。
「タケル! 有難う!」
「これで終わったか……」
村岡は安心したように言葉を吐いた。タケルは何かを思いつめたようにレミを見つめている。
「鳴瀬さん、レミはもう大丈夫なんでしょうか?」
彼は首を横に振った。
「えっ? どうしてよ! だって、西太后は消えたじゃないですか!」
「降霊受精卵から生まれたものは、霊があっての肉体なんです。霊が消えるということは、彼女の肉体も正常な状態を保てずに滅びていく運命なんです……」
レミは今まで見せたことがないような美しい表情をしている。
「いいのよ。私が……、生まれたこと自体……、神への冒涜に等しいものだったのよ……。これですべてを終わらせることが出来るなら……」
レミの肉体の皮膚が破け始めた。胸、腹、背中、腕、太股などのあらゆる部位で皮膚が破け、大量の血が噴出し始めた。
「あぁぁ〜〜〜!」
そのまま崩れ落ちるように大きな肉の残骸と化した。
「レミーーー! 俺は君を愛していたのに、必ず救えると信じていたのに……」
鳴瀬は声をあげて泣いた。
「どうしてなの? どうしてこんな目に遭った彼女を救えないの?」
シンディの中ではどうしても理解が出来なかった。ジェスタリアはすぐにエリカの応急処置を始めた。
「エリカ、大丈夫!」
「だ、大丈夫です……。もう、何も起きないですよね……」
「大丈夫。もう、何も心配はいらないから、安心してね」
ジェスタリアは優しく声をかけている。
「タケル、これで何もかもすべて終わったのね。遺伝子研究所が引き起こした問題は……」
「いや、まだ俺には最後の仕事が残っている……」
「何よ? 他に何があるというの?」
タケルはシンディが止めるのも振り切って、外へ出た。そして、持っている力をすべて出し切って走り去った。その速さは、まるで弾丸が飛んで行ったような速さだった。
「タケル〜〜〜! どこへ行ったのよ〜〜! お願〜〜い! 戻ってきて〜〜!」

そして、数分後、遠くで二発の銃声が鳴った。それは冷たい空気を走る悲しい響きだった。
タケルは自然の法則を冒涜するかのような遺伝子操作によって生み出す実験が許せなかったのだ。
そして、それによって生み出された自分自身が生きていることにも……。
「嘘! そんなの嘘よ! どうして、タケルが……」
シンディはその場で泣き崩れた。その答えは彼女の髪を優しく撫でる冷たい風だけが知っている……。
「タケル、貴方はいつも私から消えていくのね……」
ジェスタリアはエリカの治療をしながら、誰にも気付かれずに涙を流していた。

そして、その事件が終わったことは、村岡からアンディ達に伝えられた。もちろん、タケルのことも……。

翌朝、タケルの遺体を回収するための捜査が行われたのだが、不思議なことに遺体は見つからなかった……。



………………END…………

2012-09-18 11:36:32公開 / 作者:トレイスフォード
■この作品の著作権はトレイスフォードさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
この作品は、今も尚新人賞を目指して改稿を続けています。皆さんからのアドバイスを頂ければ幸いです。
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