『人魚の黒髪』作者:のんこ / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
都会の大学に進学した真は、一際美しい幸子という少女と知り合い、ある日幸子にカメラマンである叔父、恭助を紹介される。しかし叔父である彼は、それと同時に幸子の想い人でもあった。かなわぬ恋を追い続ける幸子と、それをあしらいつつも決して拒絶をしない恭助、そしてそんな二人の関係を見つめる真。それぞれの想いは一体どこへ。」8月18日 加筆修正しました
全角35929文字
容量71858 bytes
原稿用紙約89.82枚
 涼やかな春の季節が終わり、生温い風が暑い夏の訪れを感じさせる季節だった。真は都会で二度目の夏を迎えようとしている。
 大学の講義を終え、八月に開かれる展示会への出展についての説明を受けにサークルへと顔を出した、その帰りであった。遠い空は橙と紫とを混ぜ合わせたような不思議な色合いに染まり始めているが、闇に紛れるにはまだ早い時刻である。
 サークルで受けた説明を頭の中で復唱しながら歩いていると、不意に通り過ぎて行く家々の庭に咲く見事な紫陽花が目に付いた。
 紫混じりの青や赤をした色鮮やかなその花は、夕暮れ時特有の眩さを受けて普段とは違う顔色を見せている。雨の日のどこか物憂げな、さめざめと泣く女を感じさせる侘しい姿ではなく、どこか淫靡なものに感じられた。そんな普段とは顔色の違う花を見つめながら、どうしてか真は胸の内が奇妙にざわめくのを感じた。
 地方の田舎町出身の真は、地元の高校を卒業後、現在通っている都会の国立大学への進学が決まって一人暮らしをすることとなった。
 しかし私立では授業料が払えないから、という理由で国立への進学を余儀なくされた彼が、田舎町より何倍も土地代の高い都会で立派な部屋を借りられるはずもなく、そのため今現在彼が借りている部屋は築十数年は優に超えているだろうと思われる、木造建築の古い二階建てのアパートの一室であった。それでも十畳程度の一間に風呂、トイレ、台所に押し入れがついているその部屋は家賃も他に比べると格段に安い。
 アパートは大学から徒歩二十分程度の場所にある。しかし狭くて古い場所に人を招く気にはあまりなれず、そのため真の居住先を知る者はほとんど居なかった。恋人も居ないため、家で帰りを待つ者も居ない。
 しかしその日はいつもと様子が違った。
 アパートに到着し、錆の浮いた鉄の外門をくぐった真は、見覚えのある女が自分の部屋の前の石段に蹲って座っていることに気が付いた。そしてその瞬間、先ほど奇妙に胸がざわついたのは紫陽花のせいなどではなく、自分の中の何か特別な勘がこの光景を予知したからなのだろうかと考えた。
「……幸子」
 部屋の前で蹲るこの幸子という女の姿を見るのは、何も今回が初めてのことではなかった。むしろ彼女がこうして自分を訪ねてくることに真はすっかり慣れてしまっていた。しかしその度に溜息を吐きたくなるのは変わらず、今回も真は呆れる思いを隠すことなく俯く旋毛に声をかけた。
 緩やかに波打ちながら撓垂れる長い黒髪が、夕日を受けて輝いていた。濡れたカラスの羽のように、艶やかな漆黒の髪である。
真の呼びかけに、幸子は膝の間に埋めていた顔をゆっくりと上げた。すぐに顔を上げないのは彼女の細やかな反抗心の表れである。機嫌の悪さが窺えた。
 顔を上げた際に彼女の長い黒髪がはらりと揺れ、日に焼けていない白い頬が露わになった。その顔に表情はない。しかし明度の高い猫の様な瞳が、挑むような視線で真を射抜いていた。
 強さを宿したその瞳は、何か言いたげな、まるで真を咎めているような色をしている。しかし今更それにたじろぐような律儀な心は真にはなかった。
「いつからそこにいたんだい」
 睨み付けるその眼差しを躱してそう問いかけると、憮然とした、しかし良く通る管楽器のような声音で「講義が終わった後から」と答えられ、予想通りの返答に真は肩を竦めた。
 岩凪 幸子という名の彼女は、真と同じ大学に通う学生である。二人は学年も専攻も同じで、一年時の基礎演習のクラスで出会った。しかしこうして幸子が真の家に押しかけてくるようになったのは、知り合ってから数か月経った秋頃のことである。
「呼び止める前にあなたが居なくなってしまったから、二時間近くここで待っていたのよ」
 この日幸子とは五講目の講義が一緒であった。普段それほど好みが合うわけでもない二人だが、学問の上ではどことなく興味対象が似ているため、講義が被ることはよくあることであった。
 そうして講義終了後に短い言葉を交わして別れるのが二人の常であったが、この日サークルの会議に参加しなければならなかった真は彼女に声をかけることなく教室を後にしてしまっていた。
 そのため幸子が自分に用があったことなど知りもしなかったし、当然のことながら彼女が家の前で待ち伏せしているなど思いもよらないことであった。
 自分を睨み付けてくる幸子に対し、不可抗力だと思いつつも、暮れていく空の下一人みすぼらしいアパートの前で自分の帰宅を待っている幸子の姿を想像して切なさがこみ上げてきた真は、途端に彼女に対して申し訳なさを抱いた。
「待たせてしまったようで、悪かったね。君が俺に用があるとは思わなかったんだ。八月に文化会館で展示会をするんだよ。それに出展する生徒は説明を受けに行かなければならなかったんだ」
「……展示会? あなたも作品を出すの」
「ああ。今まで一度もそう言った活動には参加していなかったからね」
「そう。じゃああなたの写真が初めて人の目に触れるっていうことね」
「まあ、そういうことになるね」
 理由を説明するなり、途端に幸子の表情は和らいだ。それを見ながら、遅れた理由がサークルのことで良かったと真は安堵していた。もしアルバイトや友人との長話が原因だったとすれば、彼女の機嫌はもうしばらく直らなかったに違いない。
 待たせてしまったことを素直に申し訳ないと感じつつも、写真に関してのみ寛容になる彼女の心理を理解した上でこのような言い訳をした自分を、真は幾らか狡いなと感じていた。
 立ち上がった幸子の脇を抜け、扉の前に立つ。視界の端で、幸子の着ている薄紫色のワンピースが揺れていた。布地は暮れ時の眩さを受けて奇妙な具合に光を反射させている。それを見ながら、真は先ほど見た紫陽花を思い出していた。
 紫陽花のような女だなと、そう思いかけて考えを払う。それではあまりにも幸子が不憫だった。雨に打たれる姿が似合うと言われて喜ぶ女はいないだろう。しかし彼女が雨の中寂しく佇む姿がありありと想像出来るのも事実だった。
「どうぞ」
「……お邪魔します」
 母親の教育のおかげで、真の家はいつも大抵片づいていた。しかし整頓されていると言うよりは、室内を飾る物が少ないだけなのかもしれない。一間には冷蔵庫に洗濯機、本棚とテレビ、そして卓上があるのみである。布団や衣類は押し入れの中に収納していた。
「そう言えば、これ。来る前に買ってきたの。学校の近くに最近出来たお弁当屋さんなんですって。あなたも夕食はまだでしょう」
「ありがとう。今飲み物の支度をするから、君は座っていなよ」
「ええ。……ごめんなさい、急に押しかけて来て」
 家に招き入れるなり、途端にしおらしくなった幸子に、ああこれだと、毎度のことながら真は体から力が抜けていくのを感じていた。そうして手渡された弁当の包みと幸子を交互に見ながら、溜息を吐きたくなるのを懸命に堪えていた。
 いつだってそうなのだ。連絡もなしに彼女が家に押しかけてきた時、顔を合わせたその瞬間はまるで人間に傷つけられた動物のように荒ぶる心を剥き出しにしている。
 絶えず疼く痛みに耐えきれなくなって助けを求めにやってくるくせに、彼女の中に存在している自尊心が自身の弱さを曝け出すことに躊躇いを覚え、そうしてやたらと頑丈な鉄壁の虚勢を作り上げるのだ。そうして手負いの獣のように、手を差し伸べる相手にすらも牙を向ける。眼差しで、声音で、真を威嚇する。
 しかしそれを理解した上で、こちらが余計なことなど一切聞かずに受け入れる姿勢を取ると、途端に幸子は安心したように肩の力を抜く。
 そして幾らか冷静になった頭で数分前の自分の振る舞いに呆れ、しかしどうすることも出来ないのだと頼りなさ気な表情を浮かべながら、見捨てられることを恐れる子供のように小さくなるのだ。
 そんな彼女の変貌ぶりを見ながら、狡いなと、真はそう思う。毎度のことに面倒くささを感じつつも、普段弱さなど見せない彼女が自尊心などかなぐり捨てて自分に縋りついて来たのだと言う事実は、真にとっては少しばかり誇らしく感じられることでもあったのだ。
 そしてそう感じさせるのは他でもない彼女の美しさが原因である。綺麗な女に縋られて嫌な気持ちになる男などいないのだ。しかしそれを、真は狡いなと、そう感じるのだった。
 基本的に面倒なことを嫌う性質である真は、幸子の外見が人より秀でたものでなかったとすれば、とっくの昔に彼女のことなど見限っていたに違いなかった。
「テレビはどうする。つけない方が良いかな」
「……つけても構わないわ。あなたの好きなようにして」
 真が飲み物の用意をし終えたところで、二人は卓上を挟んで向かい合う形で座りながら幸子が買ってきた弁当の包みを開いた。
テレビをつけるか否かの判断を委ねられた真は、結果的に静寂を選ぶことにした。一応尋ねては見たものの、彼女がテレビになど興味を示さない事は初めから解っていたことだった。
 他人からしてみれば、今現在の幸子の状況は幾らか情緒不安定ではあれどそれほど取り乱しているようには見えないに違いない。しかし特段心を乱した様子のない彼女が、実のところ危機的とも言えるほどに切羽詰まった状態にあるのだということを真だけが理解していた。
 そしてこんな状態の彼女には、各地で起こる大なり小なりの事件を取り上げている余裕などないのである。今の幸子にとっては胸の中で渦巻く激情を鎮火することこそが最重要事項であるに違いなかった。
「……ねえ」
 食事を初めてほんの数分の後、とうとう堪えきれなくなったらしい幸子が口を開いた。言いにくそうな、どこか含みのあるその声音に予感を抱きながら顔を上げれば、予想通り心苦しげな表情を浮かべてこちらを見つめる幸子と目があった。
 といっても、相も変わらずその表情には大きな変化は見られなかった。普段から表情の変化に乏しい幸子は、大きな悩みを抱えている時であってもそれらを露骨な形で表すことはしない。しかし途端に変わった空気や、遠慮がちな声音の中に含まれた僅かな震えを感じ取った真にとってその変化は明白なものであった。そのため今回も予想通りの展開だなと小さく苦笑した。
「女の子って、好意を寄せている男の人の前ではいつだって可愛くあろうとするでしょう。家庭的で、献身的で、面倒くさい素振りなんて見せようとしないの。実際ほとんどの男の人が、恋人にするなら料理が出来る人が良いだとか、男の秘密に必要以上に深入りしない物分りの良さだとか寛容さだとか、そんなことを求めているのよね。疑り深い女や面倒な女は最も嫌われる存在なのよ」
 それまでのしおらしさなど嘘のように、淡々と放たれた幸子の言葉に真は静かに耳を傾けていた。互いに箸を動かす手は止まっている。このような空気の中で饒舌になる幸子の姿も、それを黙って聞く自分自身にもすっかり真は慣れてしまっていた。
 今回幸子が買ってきたのは、二人が通う大学から駅の方へと少し歩いた先に出来た、農薬を使わずに育てた野菜を主流に扱う店の弁当である。
 甘だれのかかった山菜の天ぷらに味の染みた煮しめ、漬物、野菜以外では厚焼き玉子と焼き魚の入ったその弁当は、無農薬が売りなだけあって味付けも控えめである。
 しかし決して薄いと言うのではなく、普段口にするスーパーの惣菜のべったりと舌に纏わりつく濃い味とは異なる口当たりの軽さと素材の味が活きた逸品だった。
 普段の真では手を出し難い金額であるに違いないその弁当を、出来ることなら何に胸を煩わせることもなく美味しく頂きたいものであったが、幸子がこうして差し入れを持って自分の元を訪ねて来た時点でそれが叶わぬことであるのだと言うことは承知していた。
 というのも、今の真にとってやるべきことは一つしかないのである。そしてそれは当然のことながら、美味い弁当を何の気兼ねもなく食べることではなかった。
 そうして目の前の幸子へと向き直ると、人より色素の薄い眼が縋り付くような弱さを湛えながら真っ直ぐに自分を見つめていた。
 普段人に弱さを見せることをしない彼女がこうして自分に捲し立てる時、心の中で荒れ狂う感情というのはその言葉や声音、表情よりも瞳の中に映るのだと言うことに、真はつい最近気が付いた。
 押し留めていた内側から次から次へと溢れ出す感情に、幸子の瞳が絶えず揺らいでいる。まるで音もなく揺れる水面ように、静かに彼女の感情は流れていた。
 その目を見つめながら、真はゆっくりと唇を開いた。
「面倒くさいことを嫌うのは、男も女も同じことだと思うよ。女だって、みみっちくて情けない男のことなんか嫌いだろう。それと同じことさ。……だけどそうだな、決定的に違うことと言えば、女は面倒なことをどうしてかいつだって感傷的に捉えようとするってことだろうね。そこにロマンスを求めるんだ。どんなに苦しんでも傷ついても、それが人に語れるものになれば勝手に思い出に変えてしまう。君にだって、覚えがあると思うけど」
 漏れ出た幸子の本音に真摯な思いで応えようと思いつつも、かといって真の口から出るのは傷ついた女を慰めるための優しい言葉ではなかった。
 皮肉とも取れるその言葉達に、幸子は口を噤む。しかし困惑したように目を伏せているだけで、怒りに任せて遮二無二反論するようなことはせず、かといって特段落ち込んだ様子も気分を害した素振りも見せなかった。ただ静かに俯き思案するその姿は、必死に真の言葉を噛み砕き消化しているようでもあり健気だとすら思う。
 どんなに勢いよく捲し立てようとも、決して感情的になることをしない彼女の冷静さが真には好ましかった。
 例えば、先に述べた長ったらしい言葉達を幸子が涙ながらに語っていたとしたら、それこそ世間一般でいう面倒くさい女に部類されるに違いない。そしてその様な女を真はもちろん一般の男達が好いていないことも事実であった。
 しかしそうではないからこそ、真は面倒だと思いながらも彼女の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすための犠牲になってやろうと、そう思えるのだった。
 そうしてしばらくの間幸子を見つめていると、どうやら言葉が見つかったらしい彼女は先ほどとは違い、勢いのない冷静な口調で言葉を続けた。
「……別に私は恭助さんとのことをロマンスにするつもりなんてないわ。だって、私たちの間にはロマンチックなことなんて一つもありはしないんだもの。私が言いたいのはね、そういうことじゃないの。ただ、女の子が男の人に気に入られるためにする涙ぐましい努力や忍耐っていうものは、私にとっては一切合切が無駄なんだっていうことに対する虚しさなのよ。何をしたって、あの人は私に見向きもしないんだもの」
 幸子の呟きに、思わず真は肩を竦めた。
「それでも君は変わらずあの人を想い続けるんだろう。だったら幾ら悩んだところで無駄なことじゃないか。……本当に、なんだって叔父さんになんか恋したんだろうね」
 真の言葉に、幸子は自嘲気味に笑った。
 幸子の故郷の町は、都会から少し離れた海に面した土地にある。真の故郷よりは都会に近く、そのため幾らか都市化が進んではいるが、それでも地方の町らしい素朴さを残した小さな町である。
 彼女の父方の家系は古くからその地で町医者として働いていた。曾祖父の代に本格的に構えられた病院は、今では町一番の病院として信頼されている。
 病院を継ぐのは代々長兄の役目とされており、今現在は引退した幸子の祖父に代わって、三人息子の一番上である幸子の父が院長を任されていた。
 次にその後を継ぐとされているのは、去年医療大学を出て現在岩凪病院で助手として働いている幸子の兄、智博であった。幸子にとっては神経質で付き合い難い存在であったが、名前の通りに賢い人物であるため、父も祖父も彼を次期院長にすることに一つの疑いも抱いては居ないようだった。
 いつだか幸子が淡々とした声音で真に語ったことがあった。
「兄が居て良かった。私は病院を継ぐなんて絶対にごめんだもの。私にはこの家の名前は重すぎる。それに永遠縛られなければならないなんて、そんな人生は耐えられないわ」
 表情を変えずにそう言った幸子に対し、なんだってそんなにも自分の家系に対して否定的な態度を取るのだろうと真は疑問を抱きつつも、しかし岩凪家の事情を聞いていくうちに、幸子が悪態をつく理由が解った気がした。
 話によれば、何よりも家名を重んじる岩凪家では、その姓を背負って生まれた者には優秀であることが一番に求められるのだと言う。事実一族の中にはありふれて平凡な会社員などは唯の一人もおらず、皆年収を聞けば驚くような大層な職に就いている人物ばかりであるらしかった。
 言われてなるほど幸子の優秀さにも納得し、まるで昔の貴族のようだねと真が言うと、貴族そのものよと吐き捨てるように幸子は言った。
 しかし古い貴族制度を引きずる岩凪家の中で唯一人、特異な人物が居た。それが他でもない、幸子の叔父であり想い人でもある恭助であった。
「……初めは純粋な憧れだったのかもしれないわ。生い立ちが関係しているのかもしれないけれど、あの家には珍しく、とても自由な人だったから。厳しいばかりの親戚や家族と違って、あの人はただ優しかった。あの家でそんな風に優しく振る舞えることが、羨ましかった」
 恭助は三兄弟の中で唯一、母親が違っていた。次男を生んでしばらくの後に祖父の最初の妻であった人は病で逝ってしまい、その数年後に娶った若い妻との間に出来た子供が彼なのである。
 後妻は美しく、生まれた子供も目を見張るばかりに愛らしかった。そしてその愛らしさはそれまで厳しさこそが教育であると信じて疑わなかった人物に甘さを与え、恭助は岩凪の家には珍しく、厳しさ以上の寵愛を受けて育った唯一の人物であった。
そのような環境が恭助を岩凪の人間らしからぬ生き方に導いたのか、家を出て地方の高校に入学をした彼は、勉学よりも昔からの趣味であったらしいカメラに本格的な熱をそそぐようになった。そうして卒業後はカメラマンになるのだと言って都会の街に移り住み、皆を驚かせた。
 渋々ながらも息子の選んだ道を受け入れた両親と異なり、幸子の父を含め他の親族は恭助のことをあまり良くは思っていないらしかった。岩凪の家には珍しく当主に愛されて育った彼は、厳しさ以外知ることなく育った者たちにとっては幾らか疎ましく思われる存在であったのだろう。
 しかしそんな彼に、幸子は幼い頃から魅かれ続けていたのである。
「憧れだったはずの想いが気付けば恋心に変わっていたなんて、出来の悪い悲恋小説にありがちな設定だ。それが姪と叔父の関係ともなれば尚更だね」
 思わず呟いた真の皮肉に、幸子が堪え兼ねた様に息を吐いた。唇が僅かに震えている。
「……解っているのよ、馬鹿なんだって。普通でないことも解っているの。だけど仕方がないのよ、どうしようもないの、いつだってそんな自分に呆れながらも、私はあの人のことを追いかけることを止められない。だから繰り返し頭を抱えるの。どうして振り向いてくれないのって。あの人は何一つ、間違ったことなんてしていないのに」
 静かに語られるその声音を、もう何度耳にしたのか解らなかった。泣くでも喚くでもないその響きは、どうしようもないことを目前にした時に人間が悟る虚無感の表れだった。
 それを聞く度に真は「ならもういい加減諦めなよ」と言いかけて言葉を飲み込み、しかし代わりの言葉を見つけることも出来ずに、ただただ俯き震えるその睫毛を眺めるだけに終わってしまう。
 未だかつて、幸子の心をほんの少しでも軽く出来る正しい言葉を見つけられたためしはなかった。恐らく一生かかっても見つけることなどできないのだろうと、そう思う。彼女の言うどうしようもないことは、他の誰が聞いてもどうしようもないことなのだ。この国の法が変わらない限り、それか大昔の、優秀な血同士を重ねることこそが正しいとされていた時代に戻るより他に方法がないのである。
 国立大学に通う頭のある幸子は、当然のことながら伯父と姪の関係が血を結ぶことが出来ないことを知っている。そのため彼女の恋心を知りつつもいつだってさらりと躱してみせる恭助を幸子が責めたことは一度もなかった。
 しかしそれでも好きなのだと、愛しているのだと、彼女は言う。その果てに訪れる苦しみが誰かにぶちまけなければならない程のものであると知りながら、いつだって幸子は愛を貫くことを選ぶのだ。
 表向きには勉学のためと言うことになっている幸子の大学進学も、その実恭助の住むこの都会の街へとやってくるための口実に他ならない。親族に疎まれている叔父に誰にばれることなく会いに行くために、彼女はこの街で一人暮らしがしたかったのである。
「……想いを手放せたら楽なのに。だけどきっと、それが出来る日なんて一生来ないんだわ。どんなにあの人が私の手を振り払おうと、この想いに苦しもうと、それは他の誰のものでもない、私のものだもの。捨てられないのよ、永遠に」
 そう言い俯く彼女にかけるべき言葉は、今回も一つも浮かばなかった。

 それから数日が経ち、すっかり立ち直った様子の幸子はこの間の弱気な姿など嘘のように、落ち着き払った態度で真に声をかけてきた。
「今晩、恭助さんのところへ行こうと思うんだけど。あなたも来る?」
 感情の起伏のない問いかけに、真も同じようにほとんど表情を変えずに頷いた。
 互いににこりともせずに言葉を交わしている様子は、他人が見ると幾らか奇妙な光景として映るに違いないが、自分と幸子の関係においては温度の低いこの関わり方こそが自然なものであるような気がしていた。
 約一年前から始まったこの関係を、果たして何と形容したら良いのか真は未だに解らずにいる。幸子のことをその他の友人と同じ枠で括ったことはないが、かといって恋心などと言う甘い感情を抱いたこともない。淡泊であるに違いないが、無関心というのとも違った。互いに曖昧な立ち位置に居るのだと、そう思う。
「うん、行くよ。俺も恭助さんに用があったんだ」
「写真の現像をさせてもらうの?」
「それもあるけど。こないだ言っただろう、八月に展示会があるって。それに出展する作品について、色々聞こうと思ってさ。仮にも相手はプロのカメラマンだしね」
 次の講義の準備をしながら言う真の言葉に、ふうんと、何か思うことでもある様な口ぶりで幸子が相槌を打った。
 想い人がカメラマンと言う職に就いているせいか、こと写真に関しては大いに関心を示す幸子であったが、基本的に彼女は他人に対して無頓着なことが多い。
 そのため友人らしい友人はおらず、こうして立ち止まって話をする相手といえば真くらいである。
 それにしたって二人の会話は特段面白味のあるものではなく、友人同士が気安い冗談を言って笑いったりする当たり前の光景が、二人の間には全くと言っていいほどなかった。
 そのため、先日のようなことがない限りいつだって真の話など興味なさ気に聞き流している幸子が、平常時に彼の言葉を気に留めるというのは幾らか珍しいことであった。
 それを不思議に思い彼女を見やると、ガラスでも埋め込んだような明度の高いその目が真っ直ぐに自分を見つめており、思わず真は息を飲んだ。
 時折真は、この目の前の相手が自分と同じように当たり前に息をしているのだと言う現実に戸惑うことがあった。
 それほどまでに幸子の顔立ちは美しいのだ。左右対称に整ったその顔は、どこか非現実的であり一種の神聖ささえ感じられる。物語に出てくる絶世の美女や神々などは恐らく彼女のような顔立ちをしているのだろうと、そんなことさえ思う。
 例えば童話の中の白雪姫などは彼女の容姿にぴったりと当てはまるのかもしれなかった。彩らずとも瑞々しい赤い唇に、くすみのない白い頬、そしてカラスの濡れ羽のような黒髪、その全てを幸子は兼ね備えている。
 しかしそこまで考えて、ああ違うなと、真はそんなことを思った。何が違うのかと言えば、純真無垢に小人と笑いあっている様子でもなければ林檎の毒に侵されて倒れる姿でもなく、ただ王子と共に幸せに暮らすその結末である。不毛な恋を追う彼女の姿は、どうしたってめでたしめでたしで終わる物語の幸福な姫君の姿からはかけ離れていた。
 幸せと言う字を背負って生まれて来たのに、悲壮さが最も似合うのがこの女である。
 視線を交わしながら思わずそんなことを考えた真に対し、幸子は唐突に唇を開いた。
「人物を撮るなら、私をモデルに起用したらどうかしら」
 思いもよらない彼女の提案に、真は一瞬何を言われたのか理解することが出来ず、数度瞬きを繰り返した。
 しかしそんな真の戸惑いなど気にした様子もなく、幸子は変わらず表情のない瞳を向けているだけだった。意外なその提案が単なる思い付きであるのか、それとも何か意図があるものなのか、それを探ろうとガラス玉の目を見つめてみたが、平生の彼女の眼差しからは何一つ読み取れはしなかった。
「……君を撮ってもいいの。俺が」
「駄目だなんて、言ったことはなかったと思うけれど」
「……確かに、言われたことはないな」
「あなたが撮りたいって言うなら、幾らでも協力するわよ」
 それなりのものは撮らせてあげられると思うけど、という彼女のその言葉は、決して自分の容姿に対する高慢さや自尊心の表れではない。
 他人が彼女を見て美しいと感じるのと同じように、幸子自身もまた自分自身の容姿を肯定的に見ているだけのことに過ぎなかった。それでも人によっては嫌味だと捉える者もいるのかもしれないが、彼女のその潔さが真は嫌いではなかった。美しいものを美しいと感じるのは、正しい感覚である。
 それに彼女は、自分の美しさを自覚しつつも、特段ひけらかすようなことはしなかった。かと言って頓着がないわけではなく、その活かし方はきちんと心得ている。同年代の女子に比べて薄い化粧や控えめな色柄のワンピースなどは、彼女の外見上の魅力を覆い隠さずにいつだって引き立たせていた。
 そしてその整った容姿を自分のために惜しまずに使ってくれると言うのなら、真にとっては有難いことに違いなかった。
 普段彼は花や空や景色ばかりをシャッターに収めていたが、人物を撮りたいと思ったことが一度もないわけではなかった。むしろ写真を教わった人物の影響のためか興味はそちらに向いていたのだが、今までそうしてこなかったのはただ単に撮りたいと思う相手が居なかったために他ならなかった。
 周りの友人を撮ったところで特段楽しみは感じられないし、道行く人々を見ていても頼み込んでまで撮りたいと思う程魅力的に感じられる人物は居なかった。
 そこまで考えて真は、これまで自分が幸子を撮りたいと思ったことがなかった事実に気が付いた。さんざん観察してきたくせに、被写体として見たことは一度もなかったのである。
 しかし自分を撮ればいいと言われた瞬間に彼の心は高ぶった。切り取られた四角形の中で彼女はどのように映るのだろうと、自分は白黒の世界の中でどのように彼女の姿を生かすことが出来るのだろうと、そんなことにばかりに思考が傾く。
 じゃあ放課後にまた、と言って幸子と別れた後も、ただただ真は彼女の姿をフィルムの中に収めることばかり考えていた。

 講義を終えた真は大学を出たその足で駅へと向かい、そこで幸子と合流した。そうして幸子と二人、恭助の住む町まで行く電車へと乗り込む。並んで座席に腰を下ろしたものの、二人の間に会話と言う会話はなかった。 
 しかしそうして訪れた沈黙に居心地を悪くするということも最早なく、むしろ心地の良いものとして捉えながら、真はしばらくの間意味もなく車窓から見える景色を眺めていた。そうして不意に、幸子や恭助と関わり合いになるに至った経緯を思い出した。
 基礎演習が同じであったこともあり、幸子と知り合った時期は割合早かった。かといって今現在のような関係がすぐに築かれたわけではない。
 しかしそうして改めて記憶を辿ってみると、出会った際に挨拶を交わす程度であったはずの関係が変わったきっかけは、実に奇妙なものであった。
 ある日いつものように講義を終えて教室を出た真は、自分の少し前を歩く人物が幸子であることに気が付いた。
 しかし声をかけたところで特にこれといった用もなく、またその頃には幸子があまり人付き合いを得意とする性質ではないことにも気付き始めていたので、声はかけないでおこうと、そう思って僅かに歩く速度を落とした、その瞬間であった。
 不意に、彼女の持っているファイルの中から何か紙のようなものが落ちた。一瞬見て見ぬふりを仕掛けた真であったが、いやはや流石にそれは薄情だろうと考え直して足元のそれを拾い上げ、早足で幸子の後を追いかけた。
これ、落としたよ。そう言いながら手渡したそれは、一枚の白黒写真であった。
 そこには一人の少女が写っていた。小学校高学年くらいの、美しい顔立ちをした少女である。特にこれと言ったポーズも取らずに、何処かの家の窓際に立ってただはにかむように微笑んでいた。日の高い時間に撮られたものなのか、あたりは白く眩んでいる。光の中で微笑むその少女は、幸子に良く似ていた。
「……これ、君の幼い頃の写真?」
 そう問うと、幸子は僅かに躊躇うような色を浮かべながら控えめに頷いた。
 それまではりついたような無表情以外見たことのなかった真は、そんな彼女の細やかな表情の変化に何度か瞬きを繰り返しながらも、自分の手の中にある写真と目の前の彼女を見比べた。
 自分の幼い頃の写真を持ち歩くことには果たしてどのような意味があるのだろう。
 そんな疑問を抱きつつも、しかしカラー写真がすっかり定着した今の時代では白黒のそれはやけに目立っていて、その写真自体に何か意味があるのだろうと思わされた。
 しかし幸子の様子を見てあまり深く追及すべきではないと感じた真は、ただ短く「良い写真だね」と答えるに止めた。写真について興味などなかった当時の真にとっては、その言葉はあくまでも見たままの感想に過ぎなかった。社交辞令であったと言っても良い。そのため、何気ない自分の言葉に弾かれたように顔を上げた幸子の反応に、真の方が驚かされた。
「これ、私の叔父が撮った写真なの」
「叔父さん?」
「そう。カメラマンなのよ」
 身近でそのような職に就いている者の話などそれまで聞いたことがなかったため、そんな人も居るのかと幾らか関心しつつも、しかし思う程興味を抱いたわけではなかった。そのため「叔父に会ってみる?」と言ってきた幸子に対し、何故自分が頷いたのか解らなかった。
 恐らくは気まぐれであったのだろうと、そう思う。そして自分のほんの気まぐれが多難な人生を背負った二人と出会うきっかけを作ったのだ。
 思い出した事実に思わず苦笑しつつも、しかし煩わしいとは思わなかった。面倒なことに首を突っ込んでしまったとは思うが、後悔もない。
 ただぼんやりと、そういえばあれ以来幸子の写真を見ていないなと思った。
「おお、よく来たな。入れ入れ。ついこないだ良い写真が撮れてな。それを見せたくてうずうずしてたんだ」
「本職の写真なら遠慮するけど」
「安心しろって、普通の写真だよ」
 電車を降り、少し歩くと既に見慣れたと言っても過言ではない家に到着し、呼び鈴を鳴らしたところで上機嫌の家主に出迎えられた。しかし現れた恭助のその出で立ちに思わず真は肩を竦めてしまった。
 仕事を終えて寛いでいたせいもあるのかもしれないが、裾の擦り切れたジーンズに皺だらけのシャツを素肌に羽織っただけのその姿は、とても優秀な家系の血を引いている男の佇まいとは思えなかった。
 おまけに伸び放題の襟足からちらりと見えたその首筋に何やら見てはいけない赤い華を見つけ、真は見なかったことにしようと視線を逸らした。
 実際のところ、恭助のその四十間近とは思えない子供じみた所作も出で立ちに対する無頓着さも、そして漂わせる女の残り香でさえも見慣れたものになりつつあった。
 しかしそうして理解を示す自分の横で、見え隠れするその痕に気付いたらしい幸子が途端に目を伏せ口数を減らすその様子には未だに慣れることが出来ずにいる。
「……しかし相変わらず古い家だ。台風が来たらきっと一発で吹き飛んでしまうよ」
 一瞬訪れた気まずさを払拭するためにわざと真がおどけてみせると、それに恭助が「家主に似て根性があるから大丈夫だ」と歯を見せて笑ったので幾らか安堵した。この二人と同じ場所に居ると、嫌でも真は気遣いを覚える。
 恭助の家は、二人が通う大学から地下鉄で数駅乗り継いだ先にあった。都会の中心地から幾らか離れたそこは、時代の変遷とともに新しいものを取り入れて発展していった近代的な町並みとは異なり、どこか故郷を思い出させる懐かしさがあった。
 背の高い商業ビルなどはほとんどなく、立ち並ぶ家々は古い木造建築ばかりである。来る途中には昔ながらの酒屋や駄菓子屋もあった。
 恭助の住む家も小さな木造の古い平屋建てであり、初めてその家を見た時、自分が想像していたカメラマンという職に就く人の住む家とは到底結びつかずに首を傾げたのを覚えている。
 写真で生計を立てている人間の暮らしぶりなどこれまで一度として考えたことはなかったが、少なくとももう少し煌びやかな世界の住人なのだと思っていた。
 加えて恭助が普段仕事場として使っているスタジオはここから車で三十分はかかる中心街のビルの中にあるため、いつだか何故わざわざこんな辺鄙なところで暮らしているのかと問いかけたことがあった。
 しかし返ってきた答えは「暗室用に水場を設置できる部屋が必要だったんだ」という実に味気ないものであったため、幾らか肩透かしを食らった。借家の場合は床を汚すことはもちろん、好き勝手に使うことがあまり出来ないのだと言う。
 しかしそう言った後で「女を呼ぶのにもこちらの方が都合が良いのだ」と、幸子に聞こえぬよう小声で耳打ちされ、ああなるほどなと先の理由以上に納得した。それと同時に幸子に対して憐憫を抱いたが、かと言って恭助を責めることも出来なかった。
「ほら、見ろよこれ。よく撮れているだろう」
 少し待っていろと言われ、十畳程度の居間で幸子と二人卓上を囲んで座っていると、数分も経たぬうちに奥の部屋から恭助が現れた。そうして卓上に何枚かのカラー写真が広げられ、得意気な顔で見下ろされる。
 宝物を見せびらかすようなその仕草に呆れつつその中の一枚を手に取ると、隣で幸子が僅かに息を吐いた。
「へえ。結婚式の写真か。恭助さんにもこんなまともな依頼が来るんだね」
「お前、言うようになったじゃねえか。……って言ってもまあ、あれなんだよ。新郎が高校時代のダチなんだ。カメラマンになったとは言ってあったけど、具体的な仕事内容までは言ってなかったからさ」
「それで知らずに結婚式の写真を頼まれたわけか。だけどほんとによく撮れてるね。二人とも幸せそうだ」
「ああ。花嫁さん、綺麗だったぜ」
 満足そうに微笑みながら言った恭助の言うとおり、純白のウエディングドレスを身に纏った花嫁が朗らかに笑っているその姿は何よりも目を引くものであった。腰から下にかけて緩く膨らんでいるドレスのデザインは、どうやら流行の最先端であるらしい。
 顔の造形でいえば当然のことながら幸子には敵いもすまいが、これから先の明るい未来と愛を信じて笑う女は顔立ちに関係なく眩く、そして見惚れてしまう程に美しかった。絵に描いたような幸福の形である。
「……素敵な夫婦ね。羨ましいわ」
 しかしそれまで黙り込んでいた幸子が不意に写真を見つめながら意味深に呟いたのを耳にして、真は僅かに身体を強張らせた。
幸福な人間を羨むのはいつだって心に傷や侘しさを負った者である。溜息のように漏れた幸子の呟きには、彼女の叶わない恋への落胆と、幸せを手に入れた女への羨望が含まれていた。
 気まずさを抱きながらもちらりと恭助に視線を向けると、姪のそんな呟きなど気にした様子もなくただじっと写真を見つめているだけであった。その様子にこの男も大概狡い人間だなと思いつつも口にすることはせず、ようやく真は身体から力を抜いた。当事者以上に緊張している自分が馬鹿らしく思えた。
「だけどさ、恭助さん。こういうまともな写真見る度にいつも思うんだけど。いい加減、独立した方がいいんじゃないの。大変だろうけど、成功すればそっちの方がずっと稼ぎもいいだろうし」
 とりあえず話題を変えようと、もう何度言ったか解らない言葉を投げかけたところで、真面目に思案しているのかいないのかよく解らない曖昧な返答が返って来ただけであった。
 カメラマンと一言で言ってみても、撮る対象によって職種は様々である。雑誌や新聞などに載せる物を専門的に撮る者もいれば、芸術性を求めて作品として撮る者もいる。写真館を経営して個人的な依頼を受け持つ者もいるし、中には戦場カメラマンなどと呼ばれながら危険を伴う環境の中命懸けでシャッターを切る者もいた。
 その中で言えば恭助は一番初めの部類に当てはまり、そして彼の撮った写真の一枚一枚が一冊の雑誌を形成していることに違いはないのだが、そうして出来上がった内容を目にするのはごく一部の限定された者達だけであった。
 というのも、彼が撮る写真は人間の欲望を、もっと言えば男の欲望を掻き立てるような、あまり声を大にして言うことの出来ない如何わしい物であったからである。要するに恭助は、所詮グラビアやポルノと呼ばれる雑誌に載るような、決して一般向けとは言えない対象を専門的に撮るカメラマンなのである。
 出会ったその日に「これは俺が撮ったんだ」と手渡されて開いた雑誌の中のあられもない女性の姿に、当然のことながらそんな物を撮っているとは思っていなかった真は驚かされたが、しかし目の前の好色そうな人物を見ていくうちになるほどなと妙に納得したものだった。
 しかし職種はどうであれ、恭助の写真の腕は確かなものであった。情欲をそそる女の表情を捉えることが上手いのはもちろんのこと、何気ない風景の断片や、意図を持って撮られた人物や風景まで、その全てに奇妙な魅力が秘められているのだ。
 白黒にせよカラーにせよ、その四角い中に収められた小さな世界には確かな息遣いがあった。花であれば花の、鳥であれば鳥の、人であれば人の、それぞれ微かな生命の躍動を感じる。流れる水でさえも、彼の手にかかれば呼吸をしているように感じられた。シャッターに収められた瞬間の世界に、彼は永遠の命を与えることが出来るのである。
 それまで写真になど興味を抱かなかった真が、中途半端な時期に大学の写真部に入部する気になったのは、そんな恭助の撮る小さな世界の一つ一つに魅せられたからに他ならなかった。
 自分も彼のように移ろい行く世界の一瞬を永遠の物として捉えることが出来たら良いのにと、柄にもなく夢を抱いたのだ。
そのため真にとって恭助は、知り合いの想い人であるのと同時に師でもあるのだが、如何せん捉えどころのない人物であるため、彼の撮る作品以外に敬意を払ったことはそれほどなかった。
「稼ぎねぇ。まあ、金はあるに越したことはないけどな。別にカメラマンとして有名になりたいってわけじゃないからな」
 しかしその確かな腕前を、どうしてか恭助自身は大層なものとして扱おうとしないのである。そのため毎度気のない返事をしてはぐらかされて終わってしまうのだった。
「じゃあどうしてカメラマンになることを選んだんだい。写真を撮るのが好きなだけなら、趣味としてでも出来たじゃないか」
 そう問いかけた真に対し、恭助は一瞬眉を顰めた。その表情はすぐにいつもの飄々としたものに変わったが、変化を見逃さなかった真は自分が触れてはならないことに触れたのだということに気付かされた。
「……どうして、か。あれじゃないか。お堅い家に少しくらいゆとりを作ってやろうっていう優しさだよ。俺みたいな奴が居たら、今後生まれてくるかもしれない優秀じゃない子供が安心できるだろ。勉強以外で何か一つくらい自分にも特技があるかもしれないってさ」
 そう言って笑った恭助の姿に何か影のようなものを感じつつも、これ以上踏み込むべきではないと悟った真はそうだねと肩を竦めた。
 隣に座る幸子へと視線を向けると、彼女は相も変わらず幸福な夫婦を見つめていた。物憂げなその様子を見つめながら、堪えきれずに真は溜息を吐いた。
 本来良い血統に生まれついたはずの二人は、どうにも困難の中を生きていく性質にあるようだ。それが彼ら自身の選択であったのか、それともそうあるしか他に道がなかったのかは解らない。ひょっとしたらそのどちらもなのかもしれない。生まれついたこの世界が、彼らにとって幾らか息苦しさを伴うものであることはまず間違いないのだろう。
 恭助が作った簡単な食事で夕食を済ませた後、真は先日訪れた際に現像しておいたネガの焼付け作業のために暗室へと向かった。
 真が恭助の家を訪れる一番の目的は、なんといっても気兼ねなく使える暗室の存在であった。大学にも暗室の設備は整っているが、後に他の部員が控えている場合は慌ただしくやらねばならないので落ち着かなかった。
 暗室として使われている部屋は、居間に隣接された三部屋のうち一番小さな四畳半の和室である。他二部屋は、一つは恭助の寝室として使われており、もう一つは撮った写真を収納しておくだけのコレクション部屋と化している。
 客間のない家であるため、真と幸子はいつも終電前には家に帰された。恭助の家に泊まることを許されているのは彼と寝床を共にする女達だけである。
「そういえば、八月にサークルで展示会をすることになったんだ」
 光を遮断した暗い部屋の中、引き伸ばし機を用いてフィルムの上の像を印画紙に投影しながら、真は傍らで作業を眺めている恭助に話しかけた。
 ここ数か月の間で現像と焼付けの工程をすっかり覚えてしまった真は、初めの頃のように作業の度に恭助の助けを借りる必要はなくなっていた。
 にもかかわらず、作業をする自分の横で何をするでもなくただ佇んでいるだけの恭助が何を思ってそうしているのか、真はいまいち解らずにいる。
 案に幸子と二人きりになることを厭うているのだとすれば、初めから呼ばなければいいだけのことである。しかしその疑問をわざわざ口にするようなことはしなかった。なんとなく、恭助に対して幸子の話を振るべきではないと感じていた。
「展示会か。俺も高校の写真部時代に参加したな。コンクールなんかもあるんだろう」
「あるよ。確か十一月だったかな」
「ふうん。お前は去年出なかったんだっけ」
「うん。恭助さんに写真を教わるようになったのが十月だからね。それからすぐ入部したけど、いきなり入ってコンクールに出展っていうのもね。なんだか気が引ける話だよ」
 そう言いながら、真は初めて恭助に頼み込んだその日のことを思い出していた。
 あんたみたいな写真を撮れるようになりたいんだけど、と言った真の言葉を、恭助は二つ返事で了解した。
 じゃあ教えてやるよと、まるで子供の宿題にでも付き合うような軽さで言ってのけた恭助に対し、断られることを念頭に置いていた真はしばらくの間信じられない思いで彼を見つめていた。
 そして更に数日後、幸子と共に恭助の家を訪れたところで、ほれ、と手渡されたずっしりと重いそれに先日の比ではない程に驚かされた。
 使っていいぞ、と言われたそれは何やら年季の入っていそうな一眼レフで、とても「はいありがとう」と言って受け取れるような代物ではなかった。そのため慌てて自分で用意するよと言うと、幾らするか解っているのかと現実問題を突き付けられ返答を見失った。以来渡されたそのカメラを真は大切に使っている。
「何を撮るかもう決めたのか。ただの展示会だったらテーマは自由だろ。今の時期ならそうだなぁ。海なんか良いぞ。夏の前のな、夜の海が静かでいいんだ。きっといい写真が撮れるぞ」
 他にも花やら鳥やらどこどこの山だのと様々な提案をしてくる恭助の言葉を聞きながら、真の頭の中には居間で一人、静かに写真のコレクションを見ているであろう幸子の姿が過ぎった。展示会用の写真に彼女を撮ることは、真の中では既に決定事項になりつつあった。
「……今回は人物を撮るって決めてるんだ」
 そう言った真を、恭助は一瞬ちらりと見やって、それから珍しいなと呟いた。
「今まで人なんて撮ったことなんてなかったよな。撮りたいと思う人が居ないだかなんだか言ってさ。なんだ、いいモデルが見つかったのか」
 その問いには答えず、真はただ小さく笑った。現像液に浸された印画紙には、春に撮った桜の花が写っている。「なかなかよく撮れてるな」と言う恭助の賛辞を耳に入れつつも、しかし撮るべき対象が定まった今、納得いく出来映えであるはずの花の写真への満足感はほとんどなかった。
 恭助の家を訪れたその日の帰り道、改めて真は幸子に写真のモデルを依頼した。相も変わらず気落ちした様子の幸子であったが、それでも真の頼みごとには小さく頷いた。それ以降二人の間に会話はなかった。

「ねえ、まだなの」
「うーん。もう少し。あ、その角度。そのまま視線を上げて。そうそう。……ああ、やっぱりなんか違うなあ……」
「……そんなことを言って、どうせシャッターを押すつもりはないんでしょう。それならこれ以上続けたって無駄なんじゃないかしら」
 そう言って芝生の上に座っていた幸子は立ち上がり、ワンピースの裾に着いた砂埃を払った。その度に彼女の黒髪が風に靡いた。
 二人はこの日、大学の講義が終わるなり示し合わせて近場の公園に来ていた。青かった空が夕暮れの橙に染まった今、遊んでいた子供たちは皆既に帰宅しており、公園内はただ静かな風の音と虫の声で満たされているだけだった。
 豊かに葉をつけた木々を背景に撮影は行われていた。遊具に乗らせてみたり、夕焼け空を仰がせてみたり、脇に生い茂った芝生の上でくつろがせてみたりと色々な場面を提案してきたが、彼女の言うようにこれまで真は一度もシャッターを切ってはいなかった。
 そしてそんな不毛としか言いようのないやり取りをかれこれもう一時間近く続けているのだから、苦情が出るのも無理もないことであった。彼女の言い分は最もであるし、いつまでたってもシャッターを切ることが出来ない自分に真自身呆れていた。
「そう言うなよ。こっちだって撮るからには良い物が撮りたいんだ。初めて人物を撮るんだしね。だけどどうにも撮りたいものが見つからないんだよ。だって君ってば、どの場面でも全く表情が変わらないんだもの」
「そんなこと言って、私が満面の笑みで笑ってみせたって、それは違うって言うんでしょう」
「確かに。そんな姿は想像も出来ないな」
 承諾を得て以来、真は幸子を見かける度に呼び止めてはカメラを向けていた。人のいなくなった教室の窓際で、大学構内の階段の踊り場で、駅の構内でと、実に様々な場面の中で彼女を捉えようとしてみたが、しかしいつだってシャッターを切る前に「これじゃあ駄目だ」とカメラを下げた。
 意気込みはあるはずなのに、撮りたい場面は定まらなかった。それがとてももどかしく、真に僅かな焦燥を与えていた。
被写体の存在を意識して写真を撮るようになってからは、ただの一度も人物を撮ったことはなかった。
 それ以前であっても、人物を撮った記憶と言えば高校時代の修学旅行でクラスメートの女子数人に頼まれて、使い捨てカメラのシャッターを押した時くらいである。それにしたって、その時はただ全員がきっちり狭い四角形の中に納まるかどうかということしか考えてはいなかった。
 写真を覚えた以上は、意味のあるものを撮らねばならないと思う。
 花を撮るにしても昼の顔を撮るのと夜の顔を撮るのとでは大きく印象は異なるし、当然雨に濡れた花と晴天の下で撮る花ではその表情は変わる。何を撮るのかを決めた後は、どのような姿を撮るのかを考えなければならない。そしてそこには何らかの意味が含まれていなければならない。
 そうして思う。
 自分はあの女の、何を撮りたいのだろう。
 自問自答を繰り返しながら、こうしてあらゆる場面の中に幸子を立たせてカメラを構えるが、どうにも違和感ばかりを覚えてしまう。「そんな姿を撮りたいのか」と、誰かにそう問われている気がするのだ。そしてその問いに、真は繰り返し「そうではないのだ」と答えてしまう。
 そう感じるのは、決して幸子の変わらない表情が原因ではなかった。無表情であるからと言って、何も伝えられないわけではないのだ。それを意味のあるものとして表現することが出来ないとすれば、それは幸子ではなく演出する側であり撮り手でもある自分の責任であるに違いない。
 真は自分自身の未熟さを痛感していた。そしてそんな時頭の中に浮かぶのは、いつだってたった一度だけ見た恭助が撮った幼い頃の幸子の写真であった。
 柔らかな光の中で微笑む幸子の姿が脳裏に蘇る。あの写真は安らぎと幸福で満ちていた。しかし自分が撮ろうとする写真からは、何の感情も伝わらない。それは自分が幸子の内面を何一つ捉えられていないからに違いなかった。それが真は歯痒かった。
「……君の笑顔を撮りたいわけでも、泣き顔を撮りたいわけでもないんだ。だけどそれなら一体、俺は君の何を撮りたいのだろう」
「……」
「今の状態でシャッターを押したところで、そこにはただ綺麗な女が写るだけだ。そんな写真って意味がないだろう。だから意味のあるものを撮りたくて模索するんだけど、どうにも上手くいかない。俺は君の、何を撮りたいのかな」
 そう言った真を、幸子はただ静かに見つめていた。このガラス玉の目はいつだって何かを物語っているはずなのだが、今の真は読み取ることが出来ずにいる。

「……ねえ」
 午後の講義が終わり、帰り支度を進めていた時のことであった。
 あれ以来すっかり煮詰まってしまっていた真は、ここ数日の間幸子にカメラを向けることを止めていた。幾ら構えたところで今はまだ納得のいくものは撮れないのだろうと、そう思っていた。幸い展示会まではまだひと月以上あるので、それまでにゆっくりと模索すればいいと、そう考えていた。
 そんな折、先ほどまで同じ教室で講義を受けていた幸子がやってきて声をかけてきた。その声音が平生とは幾らか違っていたので「ああ今日もまた何事かをぶちまけられるのだろうか」などと思いながら真は返事をした。
「どうしたんだい」
「今日は、何かあるの」
「……特に何もないよ。何かあるなら、付き合うけれど」
 彼女の意図を汲み取り自分の方からそう言ってやると、幸子は静かに頷いた。受け入れられてどこかほっとしたように息を吐くその姿は、我儘の一つも言えない気弱な子供が見せた精一杯の勇気のようで切なさが募る。こんな時真の胸中には幸子に対する情が沸いた。
「うちに来るかい」
 会う約束をしたところで、大抵いつも幸子の話を聞いて終わるだけである。それならばわざわざどこかの店に入るよりも、近場で好きなだけ居座ることの出来る場所の方が良いだろうと言うことで、真の家が使われた。
 恐らくは今回も同じような要件だろうと思い、真の方から提案をしたのだが、どうしてか幸子は首を振った。
 それにはて、と首を傾げると、いつも通りの声音で「うちに来て」と言われて驚いた。
「君の家に? 俺が?」
「見せたいものがあるの。わざわざあなたの家まで持っていくのは面倒だもの」
 臆すことなくそう言ってのけた幸子に一瞬躊躇いつつも、ああそう言えば初めて彼女が自分の家に来ることになったのも同じような話の流れ出会ったなと、真は思い返していた。
 初めて恭助に会ってからしばらくの後に、唐突に「聞いてほしいことがあるんだけど」と言われ、それに対して真がじゃあ何処かに行こうか、と問いかけたのに対し、別にあなたの家でも構わないわよと今とさほど変わらぬ調子で彼女は言ってのけたのだ。
 そんな幸子を見つめ返しながら、恐らく彼女にとって自分は男として認識すべき対象ではないのだろうなと、そんなことを思った。
 悩み苦しむ彼女にとって、堪えきれない激情をほんの少しでも吐き出せる受け皿があればそれで良かったのだ。そして友人すらも選ぶことの出来ない彼女には、縋る相手の性別など気にしている余地はなかったのだろう。
 幸子の中で男として明確に括られている人物は恭助一人であるに違いなかった。彼女の心を捕える男も彼女の心を傷つける男も全て、あの奇妙なまでに魅力的な中年の男でしかないのだ。
 そう考えて、随分と自分は損な役回りをしているなと思いつつも、決して嫌になったりもどかしく思うことがない自分自身を真は疑問に思った。
 そうして真は、ひょっとすると自分も同じように幸子をあまり女としては見ていないのかもしれないなという考えに行きついた。異性だという認識はあるが、どうしたってそれは色めきたったものではないのだ。
 それは迷子になって不安げに辺りを見渡している子供を見守る大人の感覚とよく似ているのかもしれない。縋り付いてきたのなら、少しでもその心を軽く出来れば良いのにと思う。だから自分は彼女の傍に居るのだろと、そんなことを思った。

 幸子の住むマンションは真のアパートとは反対方向の、大学から十分ほど歩いた先にあった。
 マンションと言う響きにも幾らか辟易していた真であったが、連れてこられて見上げたその高さに更に驚かされた。自分が暮らしている木造の背の低いそれに比べて、コンクリートで出来た壁は奇妙なほどに無機質で異質なものにさえ感じられた。
 ホテルのエントランスを思わせる小奇麗な内装もさることながら、十二階まであるエレベーターを見てああこれが境遇の違いなのかとしみじみ感じてしまう。
 そうして改めて幸子の厳しいながらも裕福な家庭環境を思い出し、どうして道を違わずに生きることが出来なかったのだろうと疑問に思った。しかしもし彼女が不毛な恋などせずに真っ当に生きていたとしたら、こうして関わり合いになることなどなかったに違いない。
 一際不幸な女との出会いを喜ぶべきなのか、それとも出会えなかった幸せな女を思って落胆すべきなのか、果たしてどちらの方が自分にとって良いことであったのだろう。幸子自身が望んだ運命はどちらであったのだろう。
 そんなことを思いながら彼女の後をついて行くと、エレベーターは七階で止まり、そうして数歩歩いた先の扉の前で彼女は止まった。
「上がって」
「……お邪魔します」
 玄関の扉を開け、短い廊下を真っ直ぐ進んでもう一つ扉を開けると、そこは八畳程度の居間になっていた。台所は三畳程度の大きさで、カウンターテーブルによって居間と仕切られている。向かって正面に大きな窓があり、穏やかな橙色の光が差しこんでいた。明かりを灯さなくとも十分な明るさである。
 どうやら居間の他に二つ部屋があるらしい。一つは寝室だとして、もう一つの部屋が何に使われているのかは謎である。小ざっぱりとした居間を見る限りでは、それほど場所を取るようなものがこの家にあるようには思えなかった。
 外観と同様に内装も洋装らしく、床はフローリングである。居間には白地に小さな花柄の絨毯が敷かれ、中央に足の長いテーブルと椅子が置かれている他はテレビと本棚しかなかった。
 一切の無駄を省いた室内を幸子らしいと感じつつも、それならばこんなにも広い部屋を借りる必要はなかっただろうにと疑問を抱いた。
「それで、見せたいものってなんだい」
 席に着きながら真がそう問うと、少し待っていてと言い残して幸子は隣の部屋へと消えた。一体何なのだろうと思いながら閉じられた扉を見つめていると、ものの数分も経たぬうちに何やら一冊の分厚い本のようなものを持って幸子が現れた。
 真の向かいの席に腰を下ろしながらテーブルの上にそれを置き、中を見るようにと促されて真は革の表紙に手をかけた。色褪せたそれに年期を感じる。何か重要なものなのだろうかと思いながら表紙をめくり、そうして驚いた。
 見せられたそれは、本ではなくアルバムだった。
「これって……」
「……恭助さんが撮った、私の小さい頃の写真よ」
 生まれて間もない赤子であった頃、ようやく歩けるようになった頃、玩具に夢中になっている姿に、涙で顔を汚している姿から無邪気に歯を見せて笑っている姿まで、凡そ今の幸子の姿とは結びつかないような写真ばかりがそこにはあった。
 脳裏に焼きついて離れなかった一枚と同じように、写真は全て白黒である。小さな世界の中から幼い少女の息遣いが僅かに感じられる気がした。
「……いい写真ばかりだね」
 ページをめくっていくごとに少しずつ成長していく幸子の姿に、恭助の姪の成長を喜ぶ気持ちが表れている気がした。色のない世界だからこそ幼い少女の表情一つ一つが何よりも際立っていた。シャッターを切る瞬間の恭助の想いすらその写真には現れている気がした。
 愛されていたのだと、そう思った。あの男は、多くの女と関係を持ち、凡そ愛になど執着したことなどないであろうあの男は、確かにこの瞬間、幼い姪に穏やかな愛情を注いでいたに違いない。
 それは一体いつまで? そう疑問を抱いたところで、すぐに答えは見つかった。というのも、アルバムは幸子がセーラー服を着て僅かに微笑みを見せているその一枚を最後に真っ白になっていたからである。
「……このころから、君は恭助さんへの気持ちを自覚し始めたんだね」
 真の問いに、幸子は小さく頷いた。俯いた視線からは、その心が読めない。
「……お盆とお正月の時期に帰ってくる恭助さんは、その度に私の写真を撮っていたの。幸子、こっちを向いてごらんって、優しい声で私を呼んでいたわ。それが嬉しくて、私はあの人に写真を撮られることが大好きだった。……だけどある日、いつものようにカメラを構えられて私が顔を上げた途端、恭助さんは撮るのを止めたの。カメラの調子が悪いみたいだ、また今度にしよう、なんて言って。だけどそれ以来、あの人が私を撮ることはなかった」
「それは君の目に、恭助さんへの想いが表れていたからなの」
「……きっと、そう」
 僅かに頷き、しかし幸子は強い声音でだけど、と続けた。
「それなら、気付かせたのは恭助さんの方よ。だって私、その頃恋なんて知らなかったもの。昔から恭助さんは私にとって特別な人だった。だけどこうして彼のことを考えるようになったのは写真を撮られなくなってからよ。なんで撮られなくなったのかしらと思ううちに、また撮られたい、私を見て欲しいって、そう思うようになっていったんだもの」
 幸子の言葉を聞きながら、真は恭助のことを考えていた。
 幼い姪の姿を見る度に、カメラを構えていた男。彼にとって小さなその少女にはどのような意味があったのだろう。幸子の兄も含め、可愛がるための幼子であれば他にもいたはずである。
 一人の少女の成長を追い続け、そうして幼かったはずの少女が少女の面影を残しつつ女であることを自覚し始めた時、恭助は彼女の瞳の中に何を見たのだろう。二十近く歳の離れた、恋すらも自覚していなかったその目に、何を恐れたというのだろう。レンズ越しに見た幸子の姿は、彼に何を与えたのだろうか。
「気付かせたのはあの人よ。だけど逃げ出したのもあの人だった。でもそれなら、置いて行かれた私はどうすればいいの。だから私は追いかけているの。ねえ、だけどきっと、これっておかしいのよね。きっと恋なんかじゃないのよ。呆れるほどに醜い、執着なんだわ」
「……」
「だけど、それを手放せない。手放したくない。一緒に落ちてしまえたらって、そんなことばかり考えてしまうの。恭助さんの幸せなんて願えないわ。あの人の人生の中に、いつだって私が居ればいいのにと思う」
「それが君の幸せなの」
「幸せなんて、ここにはないわ。このアルバムの中に置いてきたのよ。あの人が、恭助さんが、私にこのアルバムを渡した日に。お前にあげるよ、なんて言いながら、あの人は私一人に押し付けようとしたんだわ。私への愛情も、私の恋心も、全て。あなたのそのカメラだってそうよ」
「カメラ?」
 反芻しながら、傍らに置いていたカメラに視線をやった。幸子も同じように、それを見つめている。そうして彼女は吐き捨てるように言った。
「そのカメラであの人は私を撮っていたのよ。それなのに、あの人は手放した。私にまつわるもの全て。あの人の傍らにはもう、私の残り香一つない」
 俯く幸子の肩は僅かに震えていた。それでも涙一つ流さない彼女が、声一つ荒げない彼女が、果たして強いのか弱いのか解らない。恐らくそのどちらもなのだろう。しかしそんな姿を見ながら真は、ああこれかと、この姿だと、そんなことを思った。
 恋とも執着ともつかない狂おしいほどの情念に身を焦がすその姿こそが、彼女の本当の姿に違いない。古いアルバムの中に穏やかな幸福も笑みも涙でさえも置いてきたという彼女には、もうそれしか、心の中に静かに激しく燃える炎しか残ってはいないのだ。
 そうして真は、口を開いた。
「俺が撮るよ。君の姿を。君の全てを俺が写し出してみせる」
 その身に宿る狂気的な恋心に、執着心に、永遠を与えてみせよう。誰よりも真実を捉えることが得意なあの男が、思わず息を飲みたじろぐ程の瞬間を、激情を、自分がこの世に残してやろう。そしてそれに心を揺さぶられると良い。小さな四角い世界に思わず手を伸ばしてしまう程に、手放した女を口惜しく思えば良い。手放したもの全てに、思いを馳せれば良い。
 決して結ばれることのない二人がどのような結末を迎えるのか、真はそればかりが気になっていた。

「こんな夜中に呼び出して、一体何のつもりなの。それにこの車は?」
「友達に借りた。こんな時間じゃ電車も動いていないからね」
「何処へ行くつもりなの」
「海だよ。夏の前の、真夜中の海さ」
 幸子の家に行った日から、かれこれ一週間ほど経過していた。
 その間、真はただひたすらに彼女の内面を引き出すための場面についてばかり考えていた。そのためここ最近幸子とはろくに顔を合せていなかった。大学の講義にもほとんど行かず、アルバイトも休んで図書館と家を往復するだけの日々を送っていた。
 そうしてようやく撮るべきものが決まり、今日の昼間に学校で出会った幸子に、夜十一時にうちに来るようにと伝えたのである。ろくに説明も受けず、半ば一方的に約束を取り付けられた幸子は腑に落ちないといった様子であったが、約束の時間丁度に彼女は現れた。恐らく呼ばれた理由に見当はついていたのだろう。
「……写真を撮るの」
「うん」
 この都会の街に海はない。あるのは立ち並ぶビルの群れと、ほんの僅かに残る過去の名残のみである。
 真の故郷の方面へ一時間ほど車を走らせたところにある町が、毎年夏の時期になると海水浴の場になった。今はまだ海開きには早いため、訪れる者はほとんどいない。夜中であればなおさらである。恭助の助言に関わらず、真にとってもそれは好ましい状況であった。風が少なく気温が高いのも好都合である。
 予定通り、海に着いたのは日を跨いだ頃であった。濃紺の夜空には満月が浮かんでいた。それを囲むようにして星々が輝いている。僅かに明るい闇の中、波音だけが静かに響いていた。
「……夜の海なんて、初めて来たわ」
「静かだね。波も穏やかだ。思う通りの写真が撮れそうだよ」
「水面に月が写ってる。とても綺麗ね」
 波打ち際に佇みながら、しばらくの間二人はただ海を眺めていた。闇に染まった水面は月明かりを反射させながら、ただ穏やかに揺らいでいる。幸子の言うとおり、心が震えるほどに美しい光景であった。
 そうして海を見つめているうちに、真は浜辺から海の中へ数メートル程進んだ先に目的の写真を撮るのに良さそうな岩場があるのを見つけ、撮影の準備に取り掛かった。
「……どこで撮るの。海に入る?」
「うん。っていうか、脱いでくれる?」
「え?」
「服」
「……裸を撮るの?」
「いいや。人魚を撮るんだ」
 人魚? 訝る声に、真は頷いた。
 ここ数日、図書館にて真は海に関するありとあらゆる資料を読んでいた。
 海を撮った写真集を眺めるのはもちろんのこと、海を題材にして書かれた小説やら詩やら、仕舞には魚に関する本までとにかく手当たり次第に読み漁っていた。
 海を撮ることを決めたのには、恐らくは恭助の助言があったからに違いない。しかしこれまで海に対して必要以上の関心など抱いたことのなかった真には、恭助の言う夏の前の静かな夜の海の良さは解らなかった。
 そこに類いまれな感性を持つ写真家と未熟な自分の差を垣間見た気がしてどうにも悔しくなった真は、それならば彼とは違う良さをそこに見出そうと躍起になった。
 地上の七割を満たす海面。全ての生き物の命の源。母なる海。美しい海。時に大波を起こし大地を襲う海。
 自分はどの海を捉えたいのだ。いいや、違う。美しくも愚かしい恋に生きるこの綺麗な女を、どうやってこの海の中に生かせばいい。人は海に何を感じるのだ。揺れる水面の中静かに佇む美しい女に、人は何を見る。彼女の想いはどのように表れる。
 そうして辿りついたのは、遠い昔に読んだ、人間に恋をした一匹の憐れな人魚の物語であった。声を捨て、足の痛みに耐え、それでもなお恋に破れ、命を絶った人魚の一生の中に、幸子の姿を僅かに垣間見たのだ。
 かといって真は、悲しくも美しい人魚の恋と幸子の恋を重ねた訳ではなかった。純粋な愛のために死を選んだ人魚の清らかさを幸子の中に見たでもない。ただただ不幸な結末を予想してもなお愛を追ったその一点にだけ、その姿を重ねて見たのだ。
 そもそも真にとって、健気な人魚と幸子を同一視することは難しいことであった。というのも、幸子が人魚と同じように愛のために命を投げ出す姿など想像もつかなかったためである。
 痛みも苦しみも愛憎も全て、他の誰でもない自分のものなのだと彼女は言っていた。それらを捨てることなど出来るはずもないと言った言葉に偽りはないのだろう。
 そんな彼女が物語の中の人魚であった場合、果たしてどのような行動に出るのかは解らない。渡されたナイフで迷うことなく王子の喉元を掻き切り、そうしてすぐに自分もその後を追うのかもしれない。もしくは隣で眠る何も知らない幸福な姫君の命を奪うのかもしれない。
 何にせよ、不幸な末路を知りつつも叶わぬ恋に身を投じる美しくも愚かなその姿は、自分が永遠の物として収めたい一瞬の儚さであるに違いなかった。
「……随分幻想的な物を撮るのね。そういうの、展示会ではあんまりうけないんじゃないのかしら」
「別にいいよ。評価されたいわけじゃないんだ。それに、君の笑顔や泣き顔の方が俺にとってはよっぽど幻想的だよ」
「酷い言いようね。……だけど、そうね。人魚。ああ、そうね。私にぴったりかもしれないわ」
 相変わらず表情を変えずに呟くその姿が、月明かりに照らされてただ美しかった。
「……脱いだらこれを腰に巻いて、あの岩場の上に座ってほしい」
「この布、尾ひれにするの? どうやって巻いたらいいかしら」
「とりあえず足が全て隠れるように巻いてくれたら良いよ。後は座ってから調整しよう」
 真が説明を終えると、解ったと言って幸子は服を脱ぎ始めた。その間何も注意を受けなかった真は、目を逸らすことなく黙ってその様子を眺めていた。
 ブラウスを脱いで現れた上半身は驚くほどに薄い。体型的な女性らしさが肩や胸、そして腰の丸みのことを言うのだとすれば、幸子の身体つきは魅力的と称すには些か無理があるに違いない。
 事実一糸纏わぬその姿を見ても、真はほんの僅かな欲望も抱きはしなかった。
 申し訳程度に膨らんだ乳房も細い腰も、ただただ折れてしまいそうなほどに儚い。そうして真は、何か目に見えないものを捉えてしまったような、ただただ不思議な感覚に陥った。改めて彼女の非現実的なまでの美しさに触れた気がした。
 手渡した布は、昼間のうちに手芸屋で購入したものである。淡い海色をした光沢のあるそれは、月明かりを受けて奇妙な艶を放っていた。
 それを腰に巻きながら、幸子は静かに波間を掻き分けていく。海に飲まれていく後姿を見ながら、捉えるべき一瞬を想像して真は鼓動が早くなるのを感じた。
 陸に上がった人魚が海へと帰っていく。狂おしい情念を手放せぬままに。その光景の何と愚かしく、美しいことだろう。静かな波の音が絶えず真の心を駆り立てていた。
「……水、冷たい?」
「少し。あの岩場に行けばいいの」
「うん。滑らないように気を付けて。身体に傷のある人魚なんて撮るつもりはないよ」
「だけど、心の傷は大歓迎なんでしょう」
「違うよ。心の傷を撮りたいんだ」
 悪趣味ねと呟きながら、目的の岩場へと辿りついた彼女は再び陸に姿を現した。そこに辿り着くまでにすっかり濡れてしまった布は、まるで彼女の肌そのものであるかのように身体の輪郭に沿っていた。より一層艶やかさを増したそれは、真が想像した通りの役割を果たしている。
「……髪の毛は右に寄せて、前に垂らして。両手は右に。もう少し、背筋を反らせて。足は閉じて、軽く曲げて。そう、そのまま」
「……」
「君は人魚だ。手の届かない相手に恋をして、家族も声も捨てる覚悟でここまでやってきた。僅かな期待を抱きつつも、先にあるのが痛みなのだと言うことを知っている。それでも君は愛を追ってきた。痛みばかりの、この世界に」
 呪文のように唱えながら、真は静かにカメラを構えた。
 空に浮かぶ月と水面に反射するその光があれば、フラッシュは必要なさそうだった。人工的な光で浮き彫りにするよりも、薄暗い世界に浮かぶその姿の方がその存在は際立たつ。幻想的であるのならばどこまでも幻想的であった方が良い。ただ一つ、内に秘めた真実を表すことが出来ればそれでいいのだ。
「……痛みばかりのこの世界で。情念を携えて生きる君は、何を想うの」
 静かに幸子が視線を上げる。レンズ越しに目があった。揺れる瞳に、強い思いが宿っている。物言わぬ瞳の奥には、狂おしいほどの情念が潜んでいた。それに息を飲む。胸の奥底がざわりと沸き立った。鳥肌が立つ。人魚の瞳が、強く静かに自分を射抜いていた。
 ああこれだと、この姿だと、そう思いながら眼差しに宿る一瞬の狂気を、真は移ろい行く世界の中から切り取った。
 シャッター音が、やたらと響く。まるでカメラの中の忘れられた記憶を手繰り寄せているような気分になり、真は夢中でシャッターを切った。撮る度に、痛いほどに心が震えた。人魚の瞳に映る真実は人の心を狂わせる。込み上げてくる何かを、真は必死に嚥下した。
「今回の展示会の作品は評価されることはないの」
 撮影は一時間ほどで終了した。展示会に出展する作品は一人三作品までだが、その全てを真は今撮った数十枚の写真の中から選ぶつもりでいた。
「投票があるらしい。だけど、君も言った通り、俺の作品はあまり評価されないだろう。注目は浴びるだろうけど」
 人物を撮った作品を出展する者は多く居るが、それでもここまで人工的なテーマに沿ったものを捉える者はほとんど居ない。それが現実に存在しないものの姿であるとなれば尚更である。
「でしょうね。人魚なんて、馬鹿馬鹿しいもの」
「違いないな。でもそれで良いんだよ」
 馬鹿馬鹿しいと感じながらも、多くの人が切り取られた世界の中で生きる人魚に魅せられればそれで良いのだ。真っ直ぐに見つめるその目の中に、ほんの一瞬でも足を止める者が居れば良い。人魚の恋を思って焦燥に駆られればいい。そしてそれを与えられるだけの写真を撮ることが出来たと、真はそう感じていた。

 撮影を終えた次の日、真は家主に連絡を入れることなく朝から一人恭助の家を訪れた。
 カメラマンの仕事の時間帯など解らないため、家を出た時から家主が不在である可能性も考えていたのだが、呼び鈴を鳴らしてすぐにぼんやりとした様子の恭助が現れた。眠りを妨げたらしく、いくらか不機嫌である。
「……真? なんだ、こんな時間に。まだ九時だぞ。お前講義があるんじゃないのか」
「今日一日さぼるつもりでここに来たんだ」
「さぼる? ……っていうか、お前が一人で来るなんて初めてだよな」
「うん。昨日、展示会用の作品を撮ったんだ。それでフィルムを現像したくてね。暗室を貸してくれる」
「良いけど……俺午後から仕事あるぞ」
 それに構わないと頷くと、どうもいつもと様子が違う真に一度恭助は何か珍しいものでも見るような目を向けたが、特に深く詮索することもなく室内へと招き入れた。
「つーかお前が居るなら俺もっかい寝るわ。二時間たったら起こしてくれ」
 そう言いながら寝室へ消えて行く恭助の背中を見送りながら、真は暗室へと向かった。
 現像作業はそれほど時間がかからない。しかし水洗いしたフィルムの乾燥には一時間ほど必要なので、いつもその後の焼付け作業は後日訪れた時にやっていた。
 しかし今回はそれを待つことが出来ず、迷惑を承知で朝早くから押しかけてきたのだが、恭助の仕事が午後から入っているのであれば彼が家にいるうちに作業が終わるかどうかは微妙なところだった。
 フィルムの乾燥を終え次第、写真部の暗室を借りて焼付け作業をすることも出来るが、なんとなく展示会の前に部員たちに写真を見られることに抵抗があった。
(……頼み込んでみようかな)
 いつも無償で暗室や薬液を使わせてもらっている真は、月に一度謝礼として酒瓶を恭助に渡しているのだが、それをいつもより少しばかり上等なものにすると言えば案外簡単に留守の間も作業を続けることを許してくれるかもしれない。
 そう考えた真は、濡れたフィルムを干し終えると暗室を後にした。恭助が起こしてくれと言った時間まではまだ一時間以上ある。その間に交渉に使う酒瓶を近くの酒屋に買いに行くつもりであった。
(……写真を見て、あの人はどんな顔をするのだろう)
 写真の出来映えを確認したいと言うのはほとんど建前で、フィルムの現像を急ぐ一番の理由はこの写真が幸子と恭助の関係にどのような影響をもたらすのかということを確かめたいからに他ならなかった。
 執着でも恋慕でも、およそ普通ではない感情を幸子が恭助に抱いているのは揺るがぬ事実である。しかし真は、未だに恭助が幸子をどのような目で見ているのか判断出来ずにいた。
 歳の離れた姪の恋心など、普通であれば軽くあしらうものである。一度言い聞かせて、それでも熱が冷めないようであれば後は放っておけばいい。煩わしく思うのであれば関わらなければ良いのだ。
 しかしそうして一度は遠ざけたはずの幸子を恭助は容認しているのだ。断ることが出来るのに受け入れ、かといってまともに取り合うこともせず、あまつさえ他の女の香りをちらつかせて逃げ道ばかり作っている。
 それを恋愛においては大人の狡さだと言うのかもしれないが、それならば使う相手を間違っているに違いない。恭助にとって幸子はただの子供ではないのだ。それが理由で彼女の心を受け入れられないのに、それならば何故一般的な恋の駆け引きなど用いているのだろうか。
 曖昧な態度を取り続ける恭助の心の内こそ、真にとっては解き明かしたい謎であった。今までは幸子と恭助の関係に自ら進んで立ち入るべきではないと考えていた真であったが、瞳で語る人魚の写真を撮った今、捉え所のない男の本音を知りたい思いでいっぱいだった。
「ん? ああ、別に居座っても構わないぞ。だけど仕事は十四時からだからな。今から始めればそれまでには終わるんじゃないのか」
 起きてきた恭助に頼み込むと、彼は二つ返事でそれを了承した。あまりに簡単に事が進んだので、わざわざ高い酒を買う必要はなかったかと思いつつも、酒瓶を受け取った恭助が満面の笑みを浮かべたのでそれほど惜しい気はしなかった。

 許可が出るなり真はすぐ様焼付け作業に取り掛かった。
 慣れてしまえば焼付け作業はそれほど難しいものではない。ネガをネガキャリアに挟んで引き伸ばし機に差し込み、イーゼルにセットした印画紙へと露光していく。そうして露光の終わった印画紙を現像液の入ったバッドに浸し、その後停止液と定着液に浸して水洗いをすれば、後は乾かすだけである。
 一時間と少し経った頃には暗室の中は白黒の写真で満たされた。初めに作業を終えた写真は既に乾き始めている。真は洗濯挟みに挟んで吊るされた写真の一枚を見つめながら、予想以上の出来映えに満足していた。
 その時であった。暗室の向こうから、声がかかった。恭助である。作業は順調かと問われ、一瞬迷った後に丁度終えたところだと答えると、躊躇いもなく暗室の扉が開いた。それに「あ、」と思う間もなく、吊るされた写真へと恭助の視線が注がれる。瞬間、その目が僅かに見開かれた。
「……、」
 しばらくの間、暗室内には沈黙が訪れた。室内の気温の高さと独特の空気感も相俟って、真は息苦しさを覚えた。
 僅かに鼓動が早い。奇妙なほどに緊張していた。まさかこんなに早く写真が恭助の目に触れることになるとは思わなかった。しかし身動きひとつせず写真に見入る恭助の目からは、何の感情も読み取ることは出来ない。
 そうして数秒、数十秒の後に、恭助が呟いた。
「……人魚か」
 抑揚のない短い呟きに、思わず真は「それだけ?」と言葉を漏らしていた。
一目見ただけで自分の作品のコンセプトが伝わったということに対する喜びはほとんどなかった。
 ただ、それだけなのかと。この写真を見て、あんたはそれだけのことしか思わないのかと、拍子抜けした気持ちになる。それと同時に、言いようのない焦燥を覚えた。
「……随分と幻想的な物を撮ったな。人を撮りたいと言っていたのに、人魚だなんて。この手の作品っていうのは、恐らくだがあまりうけは良くないぞ」
 そう言いながら、まるで興味を失くしたとでも言いたげに暗室を出て行った恭助の後姿を見つめながら、しばしの間真は呆然としていた。しかしすぐにハッとして、乾いていた一枚を取り外し、暗室を出た。
「恭助さん、あんた、言いたいことはそれだけなのか」
 居間へと向かう恭助の背に語りかける。幾らか冷静さを欠いた自分の声音に真自身が驚いていた。
「あんたが撮ることを止めた女を、俺が撮ったんだ。それなのにあんたは、何にも思わないのか」
何故だか心が荒ぶっていた。それは予想以上に淡泊な恭助の反応に対する落胆であったのかもしれないし、息を飲むような姿を晒しているにも関わらず見向きもされなかった幸子への憐憫であったのかもしれない。ひょっとしたら、そのどちらもなのかもしれない。
 もう一度名を呼んでみても、恭助は振り返らなかった。それに焦れて手を引き、無理矢理向き合う形にさせる。しかしそれでも、視線は交わらなかった。焦燥ばかりが駆り立てられる。沈黙を続ける恭助に、まるで自分の作品が取るに足らないものであると言われた気がして悔しくなった。
「なあ、この写真を見て、幸子の目を見て、あんたは何も思わないのか」
「……」
「幻想的だと言ったな。その通りだよ。人魚なんて、馬鹿馬鹿しい。だけど俺は真実を撮ったんだ。あんたが手放したカメラで、あんたが手放した女の心を。だけどあんたには何にも見えやしないのか。俺が撮ったものは全くの無意味なものなんだって、そう言うのか。誰よりも真実を捉えるのが得意なあんたに、俺の写真じゃ何も伝えられないのか」
 恭助の腕を掴む真の指に力が籠る。俯くその表情が僅かに歪んだ。それは痛みのためか、それとも内に潜む吐きだせない心の表れなのか解らない。真実を隠してばかりの男を真はただ見据えた。
「……真実なんて、何になるっていうんだ」
 掠れた声が、小さく響いた。初めて聞くその声音に、真の身体から僅かに力が抜けた。掴んだ指先から、微かな震えが伝わる。震えているのだ。いつだって何を考えているのか解らない、捉え所のないこの男が。
「あの家の中で生きてきた俺の気持ちなんて、お前には解らないさ。べたつく愛情も憎しみの混ざった羨望も、どれも吐き気がするほどに嫌いだった。だから道を外れたんだ」
「……、」
「きっと写真じゃなくても良かった。過保護な父親がカメラでない他のものを寄越していたら、それを選んでいたんだろう。カメラはあの家を出るきっかけでしかなかった」
「……好きで選んだことなんじゃなかったの、」
「選んだことなんてなかったさ。愛されていようと、俺があの家の一員であることには変わりなかったんだ。父親の愛情は所詮押しつけだ。それに耐えかねて逃げ出したのに、向こうはそうは思っていない。だから何かある度に俺を呼び出して、平気な顔してお帰りなんて言うんだよ」
 呟く声が、まるで悲鳴のように聞こえた。
「皆嫌いだった。父も母も親戚も兄も、その子供たちも。生まれた瞬間から、あいつらはおりこうさんだったからな。毛色の違う俺を察知したのか、それとも俺の悪意を肌で感じ取ったのか、誰一人として懐かなかった。だけどあいつは違った。窮屈な籠の中で、窮屈な家から逃げ出した俺にあいつは笑いかけたんだ。まっさらな笑顔で。その瞬間、俺は心の底からあいつに同情した」
「……同情だって?」
「ああそうさ、同情だった。憐れんでいたんだ。お前も俺と同じような人生を辿るんだろうなって、その耳元に囁いた。だけどそんな俺の憐れみに気付かずに、あいつはいつだって嬉しそうに笑っていた。親しみを込めて、俺の名前を呼んでいた」
 震える声音が、静かに脳に浸透していく。それに共鳴するように、真の心は震えた。手を掴むその指先からはすっかり力が抜けていた。ゆっくりと、その手を放す。
「……真実だって? そんなもの知って何になる。ただ頭を悩ませるだけだ。手遅れになる前に手放して何が悪い。傷つく前に逃げ出して何が悪いんだ。それともなんだ、一緒に落ちてしまえって、お前はそう言うのか」
「恭助さん……、」
 途端に捲し立てられるようにそう言われ、真は狼狽した。自分を見つめる恭助の目に、息を飲む。その目には見慣れた狂気があった。幸子の目に映る情念と同じ色が、自分を射抜いていた。
「あいつが好きだ。それが俺の真実さ。馬鹿な話だろう。女にもなっていない、娘程に歳の離れた子供相手に恋をしたんだ。だから離れた。離れなければならなかった。それなのに近づいてきたあいつをどうすれば良い。何もかも手放したのに、それを拾って集めて持ってきたあいつを、他の誰よりも愛しくてたまらないあの女を、どうすれば良いって言うんだよ」
 教えてくれと、そう言って静かに目元を覆った恭助に、真は言葉を失った。かける言葉など一つもなかった。そうして初めて真は、自分の生みだした一枚の写真が思いもよらぬほどに目の前の男を傷つけたのだと言うことに気が付いた。
 この男もまた、心を悩ませていたのだ。狭い世界の中、唯一巡り会えた小さな理解者相手に、抱いてはならない想いを抱いたことに。情であったはずのそれが、愛に変わったその瞬間から。だから彼は長い間見て見ぬふりを続けてきたのだ。
 叶わぬ恋を追い続ける女と、その綺麗な女に触れることすら出来ない男とでは、果たしてどちらの方が不幸なのだろう。恐らく量ることなどできはしないのだ。彼らの痛みは彼らのものでしかない。他人が触れるべき問題ではなかったのだ。
 それでもと、そう思う。
「このカメラは、俺が持つべきものじゃない。だってこれは、他の誰のものでもない、あんたの痛みなんだから」

「……恭助さんが?」
 講義が終わって、帰り支度を進めている時のことであった。近寄ってきた幸子に恭助のことを聞かされ、幾らか驚いた。
 幸子の話によれば、恭助はそれまで所属していた事務所を辞め、カメラマンとして独立することを決めたらしかった。
 それは真自身随分前から望んでいた形であったが、手放しで喜ぶことが出来なかったのは彼にそのような心変わりをさせた理由の幾らかが自分にあるように思えたからに他ならなかった。
 恭助の心の内を知ったあの日から既に幾日か経過していた。しかしその間目に見える変化は一つもなかった。それまで通りの日常が過ぎている。あの日のことを、真は幸子に伝えていなかった。
「……独立か。これからあの人は、どんな写真を撮るんだろうね」
 恭助にとってそれまで撮ってきた写真が本意であったのか不本意であったのかは解らない。しかしいつだって、撮りたいものは別にあったはずである。彼の心が自分の撮ったあの人魚によって変わったのだとしたら、これから彼は何を撮ると言うのだろう。どうすれば良いと、教えてくれと、掠れた声で叫んだ心はどのような選択肢を導き出したのだろう。
「ねえ、あなた、恭助さんにカメラを返したのね」
 しばしの沈黙の後、戸惑いの表情を隠しもせずに幸子がそう言った。
「……まあね。だけど別に君が気にすることじゃないよ。実を言えば、前々から気になっていたカメラがあってね。もう少ししたら買う予定なんだ」
 それらしい理由をつけてやんわりとごまかしてみたものの、尚も幸子は曖昧な表情を浮かべたままだった。それを不思議に思い首を傾げると、彼女は一呼吸置いた後、唇を開いた。
「……恭助さん、独立の話をした後に、あのカメラを私に向けたの」
「え?」
「シャッターは押さなかった。だけど小さく笑って、もう少し待っていてくれって、そう言ったの。どういう意味だと思う」
 その言葉を聞きながら、真は自分が安堵したことに気付き、それと同時に信じもしない神に祈りを馳せていた。
 もう一度恭助があのカメラで幸子の姿を捉えることが出来たとき、せめて二人が幸せであれば良い。この先ずっと、目の前のこの美しい女が泡になって消えることがなければいい。たとえ結ばれることのない運命であろうとも、心を寄せ合って生きていくことはできるはずである。
 闇夜に輝く人魚の眼差しが、ただ頭から離れなかった。
2012-08-18 19:56:58公開 / 作者:のんこ
■この作品の著作権はのんこさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
美しい少女が恋に苦しむ姿が大好物です。だけどハッピーエンドが一番好きです。ご指摘はオブラートに包んで下さるとありがたく思います。
この作品に対する感想 - 昇順
 のんこ様。
 御作を読ませていただきました。ライトノベル物書きのオレンジ色辺境伯です。お、おぶらーと! 僕ではまともな感想が書けないかもしれませんが、精一杯感想します(なんだこの日本語;)。よろしくお願いします。
 終盤の人魚の写真を撮るくだりはとても美しかったです。描写等もこのシーンは他と比べて緻密であり、最初からこのシーンを書くつもりで前半をお書きになったのだろうと思いました。ただ、悲哀を連想させるには少し弱いように思いました(当該シーンが問題ではないと思います)。
 貴方は写真や絵画を鑑賞されてそれを詳細に説明されるのがお好きなのではないでしょうか。映像と言うよりは静止画専門といった方なのかな? 僕はシーンと言うか、描写が多い方が好ましいかなと個人的に考えております。
 さらに個人的な感想を。冒頭は自然な感じで入られているのですが、帰ってきたら自分の部屋の前に女が一人座っていて、そのあとの描写なりシーンなりで二人の関係を明かしていく構成の方がより効果的ではないかと思いました。そうすれば物語の随所にちりばめられている幸子と主人公の説明を削り、他の描写を増やすこともできたかもしれません。ちなみにライトノベルなら、自分の下宿先のドアに女の子が座っていて、こっちを見とがめると満面の笑顔で駆け寄ってきて「お帰り、おにいちゃん! 実は私おにいちゃんの義妹なの!」みたいなことを言って話が始まります(←どうでもいい)。
 僕の好みになりますが、もうひとつ。カメラをサブで扱っているのですから、機種くらいは明記した方が良かったかもしれません。舞台は大学街とのことですから、レンズ越しに幸子を撮るシーンがあっても良かったかもしれません。というか海で撮る描写はすごく良かったので、僕としてはもっと写真撮るシーンを増やしてほしいと思ったわけであります。
 あと国公立大学という言葉に違和感を覚えました。国立と公立は別のもので、前者は国が、後者は地方公共団体がかかわり合いを持つものです。国公立大学に通っている、と記述されると、「どっちなんだよ!w」ってなっちゃいました。気になってしまったので書かせていただきました。
 なんか調子に乗って色々書きましたが、すごく良いお話だと思いました! 作者様はとても女性に対して紳士的なのだと思いました。崇めたてまつる、なんて言って良いのか分かりませんが、とにかくそんな感じ! 次回作、頑張ってください!!
2012-08-06 19:23:03【☆☆☆☆☆】オレンジ色辺境伯
>オレンジ色辺境伯さま

ご感想とアドバイス、ありがとうございます。この掲示板にしては長いほうである作品を最後まで読んで下さったということですら喜ばしいのに、更には色々と考えさせられるお言葉までいただいてもうなんとお礼を申し上げてよいのかわかりません。

人魚の写真を撮るくだりを褒めていただいてまず安心しました。人魚というものがとにかく好きでして。なんかもう、ほんと、人魚を生み出すためだけにこの作品を作り上げたといっても過言ではないかもしれません。
悲哀が足りないですか。ううん、難しいですね。というか、こんなこといったら「え?」と思われるかもしれませんが、私はあまり悲哀についてこの作品では意識していなかったように思います。なんというか、ただただ「どうしようもない世界の中を、苦しみを覚悟で生きるその姿」を書きたかったのです。その姿は愚かしくて憐れではあるけど、悲しいわけではないというか……なんだろう、いや違う、きっとこれは私の表現力が乏しかったのだと思います! 色々見直して書き足して行こうと思います。笑

そしてご指摘の通り、どうにも私は堅苦しい表現というか、説明調の文章を好む傾向にあるらしく。オレンジ食辺境伯さまのおっしゃる通り、描写に乏しいのかもしれません。くどくど書くのが好きなんですよね。そのせいで字数がかさんでいく笑
そして一度説明したものを描写であらわすというのは途方もなく骨が折れる作業で(私にとって)、ご感想をいただいてからかれこれ数時間パソコンに向き合っていますが、どうにもこうにもです。足したいものはいくつもあるのに、どこを削ればいいのか全く分からない笑
原稿用紙百枚以内で書かなければならない作品でしたので、ほんと切実にいろいろ削ってより効果的なシーンを加えたいのですが、未熟者故撃沈しています。

そしてカメラについてなのですが……正直私、カメラについて全く知識がないのです。そのため現像作業も必死に調べて、実際に写真を撮るシーンも完全なる想像で出来上がったのです。機種もさっぱりわかりません……。せいぜい一眼レフという単語をしっているくらいなものです。お勉強しなければですね。
そして写真を撮るシーンについてですが。確かに、そうかもしれません。実際にシャッターを切るのは人魚の下りまでとっておくにしても、あの表情でもないこの表情でもないと真が悩むシーンではレンズ越しに幸子の姿を捉えていてもいいかもしれませんね。うまく組み込めたらと思います!(そのためにはたくさん文章を削らなければならない……きゃあ。)
国公立に至ってはもうなにも言い訳できません笑 私一応大学生なんだけどな……苦笑

本当に、最初から最後まで参考になるご感想をありがとうございます!近々書き直して更新したいと思います。その際またアドバイスをいただけたら、何度でも直させていただきます。
女性に対して紳士的なのは私自身が女性で、男性よりも贔屓目に女性を見てしまっているせいなのかもしれません。(といっても決して男性に対して否定的なわけではありませんのであしからず)

こちらこそ長くなってしまいましたが、ありがとうございました!精進します。
2012-08-06 23:03:51【☆☆☆☆☆】のんこ
 初めましてのんこ様、レサシアンという者です。
 御作拝読させていただきました。

 100枚以内なのにしっかりと、そして美しく描かれており非常に楽しませていただきました。確かに説明調で、人を選ぶ作品ではあるかもしれません。しかし冗長では決してなく、むしろ丹念に描かれた情景や心情の描写はこの作品を支える雰囲気作りに大変貢献していると感じました。
 主人公の視点から語られる物語は淡々と進みながらどれも緻密ではっとするほど綺麗な描写多く、魅せられまた参考になります。
 物語の結末もハッピーエンドかバットエンドか、というような極端なものではなく、読後に余韻を持たせるような構成でそれも良かったと思います。
 随所に散りばめられた幸子の美しさを表す描写や撮影のくだりの心の傷を撮りたい、という部分が非常に気に入りました。
 ただ幸子に対する真の気持ちをもう少し熱っぽく描いた方が良かったような気もします。深く幸子に関わっているのにその動機付けが少々物足りなく感じました。そのせいでちょっと最後の恭助を質す場面に違和感を少し覚えたので。まぁ、自分の読解力が足りないだけかもしれまん……。

 自分は堅い表現、くどくどした描き方が結構好きで自身挑戦しているのですがなかなかこうまで上手く纏まりません。なので大変参考になりますし、楽しめました。
 またここまで人の内面を描くのも苦手なので更に憧れます。
 
 駄文が過ぎました、素敵なお話本当に有り難うございました! 次回作も期待しております!
2012-08-07 10:07:39【★★★★☆】レサシアン
レサシアンさま

初めましてこんにちは、ご感想とアドバイスをありがとうございます。沢山のお褒めの言葉、ほんとうにうれしかったです!

今回ご感想を見て、やはり私の作品は説明調が強いのだと実感いたしました。そのため必然的に文章が固く重くなり、ライトノベルの読者の方や若い方には読みづらいのかもしれないなと思いました。(しかし私は21歳……頭の固い若者なのかしら笑)
しかしその短所を雰囲気づくりとして作品に活かせているとのお言葉をいただき、うれしく思いました。今後は説明調を私の作品の個性として活かしつつも、かつ読みやすい作品を書けるよう精進したいと思います。

私としても主人公の視点からほかの二人の関係を描く、というのは初めての試みでした。いつもたいてい女性目線で、もう少し葛藤に満ちた作品を書いているのですが、初めての試みを褒めていただけたのでほっとしました。
しかしあくまでも視点を当てているのは幸子と恭助であり、そのため私にとって真はあくまでも傍観者でしかなかったのです。
なのでどうしても真の幸子への想いを熱っぽく描くことは出来なかったのですが、それにしても私自身後半の真と恭助のくだりには少なからず違和感を抱いていたので、少し形を変えてみました。
真の幸子への想いも、子を見守る親のような、それに近しい感じで後方からさりげなく見守る形にしてみました。いかがでしょうか。

表現の仕方というのは実に難しいですね。こういった書き方に慣れてしまうと、どうしてもライトなものは書けなくなってしまいます。参考になっただなんて、恐れ入ります。お言葉を糧に精進します!

改めて、ご感想ありがとうございました^^
これからまた加筆修正をしていくかもしれないので、その際お時間がありましたら目を通していただけると嬉しいです。

2012-08-07 22:44:59【☆☆☆☆☆】のんこ
[簡易感想]続きも期待しています。
2014-05-30 14:12:37【☆☆☆☆☆】Talel
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。