『蒼い髪 27話 惑星キュリロス前編』作者:土塔 美和 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 ネルガル皇帝と神と契りを結んだと噂される村娘の間に生まれたルカは、神の子と言われながらもその地位は他の王子より低かった。そのためルカは政略の道具としてボイ星に婿入りする。ネルガルの狙いはボイ星の攻略。そして戦闘。ルカはボイ側に立って戦うもののその戦力の差は明らかだった。敗戦。だがルカの実力を認めた軍部は、軍に協力することを条件に妻シナカの戦犯の罪を許す。ルカは自分の意思にかかわらず戦場に立つことになった。そして惑星キュリロス、鉱物の宝庫。海賊に奪われたこの星の奪還に向かう。
全角64257文字
容量128514 bytes
原稿用紙約160.64枚

 登場人物

 ネルガル人
  ルカ   ギルバ帝国王子 14歳 別名 エルシア
  リンネル・カスパロフ・ラバ  大佐 ルカの侍従武官
  レイ・アイリッシュ・カーリン 少佐 リンネルの片腕
  カロル・クリンベルク・アプロニア  クリンベルク将軍の三男

 ボイ人
  シナカ  ルカの妻 ボイ代表者(国王)の娘 24歳 特技 刺繍
  キネラオ  宰相の長男  特技 建具
  ホルヘ   宰相の二男  特技 銀細工
  サミラン  宰相の三男  特技 建築
  ルイ  シナカの侍女 特技 料理

 マルドック人
  アモス  商船ボッタクリ号の船長
  イヤン  商船ボッタクリ号の副船長

 イシュタル人
  アツチ  白竜 エルシアと一魂性双生児
  ニーナ  アツチの侍女

 四次元生物
  ヨウカ  三次元での姿は白蛇 魂に潜む寄生虫





「キュリロス星からの援軍要請です」
「キュリロス星? どこから攻撃を受けているのだ」
「どうやら相手は宇宙海賊シャーのようです」
「宇宙海賊だと、あそこには隕石粉砕砲があるではないか、あれを使えば海賊の千や二千、物の数ではなかろう。何をやっているのだ、キュリロス星の奴等は」


 M12星系第4惑星キュリロス。そこは宇宙開発に必要な鉱物の宝庫だ。そのため多くの貧民たちが新天地開発のため移住させられた。彼らを支配するのは一握りの貴族。移住に当たりネルガル星より、よりよい生活を保障されていたのだがその実態は、奴隷同様の扱いだった。働けど働けど貴族に全て搾取され、その日食っていくのがやっとという有様。それでもネルガルで餓死を待つよりもはまし。


 ネルガル中央情報局。ここには全銀河の情報が集まって来ていた。今彼らを悩ませているのは宇宙海賊によるネルガル植民惑星への襲撃。ここのところ一段とその頻度が増え、星間警察だけでは手に負えなくなってきていた。度重なるネルガル正規軍の出動の要請。そして今ここに、新たにキュリロス星から援軍の要請が入った。
「どうしますか、閣下」
「援軍を送るしかなかろう」と、サントベック将軍は吐き捨てるように言う。
 隕石粉砕砲、惑星キュリロスはM12星系の4番目に位置し、過去に惑星と惑星の衝突でもあったのか、キュリロスの軌道のすぐ外側に小惑星帯が存在する。否、よくよく観察すればキュリロス自体も小惑星の一つなのかもしれない。ただ小惑星と呼ぶには余りにも大きすぎるだけで。そのため常備小惑星の衝突に悩まされていた。それさえなければ気候風土はネルガル星と余り変わりなく、ネルガル星から持ち込んだ植物もよく育ち、ネルガル星以外の惑星としては住みよい分類に入る。問題は常備降り注ぐ小惑星(隕石)。それで開発設置されたのが隕石粉砕砲。その威力は一発で大抵の隕石なら地表に届く前に燃え尽きてしまうほどに砕くことが出来る。
「それだけの兵器を持ちながら海賊などに遅れを取るとは、あいつ等は何をやっているのだ」
 サントベック将軍は舌打ちせざるを得ない。それでなくとも捕虜収容惑星は襲撃されるは、輸送船団は襲撃されるはで、軍部も休む暇がない。あげくに殖民惑星までもが発起しそうな勢いである。
「ここら辺でガツンと、ネルガルの力を知ら示す必要がありますな」と言ったのはバロキウス将軍。
「2個艦隊も派遣したらいかがです、敵の倍ですから物量的にも充分ですし、粉砕砲もあることですし」と、実践的な数値を出したのはフリシウス将軍。
 大した軍議も調査もされず2個宇宙艦隊がヤンセ少将の下、キュリロス星へ派遣された。

 そして数ヵ月後、
「全滅だと、どういうことだ!」
「そっ、それが」と、言いよどむオペレーター。
 オペレーターに責任はない。だがもろにサントベック将軍の怒りをかったオペレーターは、縮こまるしかなかった。
 早急に会議が開かれる。だがそこで示された資料は惨憺たるものだった。
「辛うじて帰還した者の話によりますと」
 隕石粉砕砲が海賊たちにではなく自分たちに向けられたとのことだ。
 隕石粉砕砲から発せられた白く輝く巨大なビームが通り過ぎた後には、艦隊の中央に穿かれた虚構があるのみ。
「一体、キュリロス星はどうなっているのだ?」



 宇宙海賊襲撃前のキュリロスでは、労働者や学生による格差是正、生活改善のデモが連日のように行われていた。
「我々も人間だ。お前たちだけが人間ではない」
「もっと人間らしい生活を」と、訴えるプラカード。
 デモは日が立つに連れその規模を増し、次第に窃盗や打ち壊しなどという破壊的な行動を取るようになっていった。
 それを見かねた貴族たちが身の危険を感じ、自衛のために作った地上軍を市民に向けて出動させたのが泥沼化の始まり。軍の下層部は平民で構成されている。一旦蹴散らかされたかのように見えたデモ隊は軍の下層部を味方に付け、その勢力を大きくしていった。貴族たちは次第に追い詰められて行く。それに追い討ちをかけたのが宇宙海賊シャー。そもそも彼らはネルガル軍の兵隊崩れ。今のネルガル帝国に反感を持つ者たちの集団だ。彼らはキュリロスのデモ隊と内々に通じ、惑星キュリロスに君臨している貴族たちを一掃しようと企てたのである。地上の住人たちにとっては搾取する貴族がいなくなれば生活が楽になる。そして海賊たちにとっては、キュリロスを宇宙港にできれば宇宙船の燃料に困ることはなくなる。ここに双方の利害の一致を見た。
 隕石粉砕砲、管理しているのは貴族だが、実際に操作しているのは平民兵たちだった。最初にクーデターが起きたのは惑星キュリロスを隕石から守るために三つのエリアに設営された隕石粉砕砲の制御室だった。いっきに流れ込んできた兵士たちに上官たちは誰何の声もあげることなく、その兵士たちの銃弾に倒れた。上官の兵士たちに対する常日頃の行いがものを言ったのだろう、兵士たちの間に手加減という言葉を思い出す者は一人もいなかったようだ。
 地上から、三台ある隕石粉砕砲を全て手中に収めたという連絡がシャーのもとに届いてからの彼らの動きは早かった。援軍として派遣されたヤンセ少将率いる二個宇宙艦隊を一台の隕石粉砕砲の射程内に誘き出し、壊滅させたのである。そしてその勢いに乗じキュリロス星へと流れ込む。地上でデモ隊や下級軍人と手を組み、貴族の生活しているエリアを次々と襲撃していった。男たちは皆殺しにし、女、子供は捕虜にした。後々未知の惑星へ奴隷として売り渡すためだ。倫理や善悪を度外視して商取引(貨幣主義)は成り立っていく。金のためなら自分の魂すら売りかねない。
 やっと貴族の一掃が終わり、これでキュリロス星にも自由で平等な平和が訪れたと誰もが期待した頃、新しい事件が起こるべくして起きた。どんなに科学力に優れ銀河を駆け回っているようでも精神は鶏以下、つまりここに鶏小屋の原理が働いてしまったのである。鶏小屋は一番強い雄鶏を締めると次のボスが出来るまで賑やかである、時には死者まで出るほどに。特に臆病な動物ほど攻撃に手加減がないようで、死んでまでも突かれる。これが熊や狼なら尻尾を捲けばそれ以上の攻撃はないのだが。そして次のボスが決まってやっと小屋の中は静寂に戻る。キュリロス星も鶏と同じだった。貴族と言うボスがいなくなったキュリロス小屋は、デモ隊と軍部と海賊の主導権をかけた三つ巴の戦いが始まった。臆病な動物は手加減を知らなかった。敵を一箇所に封じ込め部外者まで巻き込んだ殲滅作戦に出る。まるで死んだ仲間を突っつき続ける鶏のように。そうでもしなければ勝ったところで枕を高くして眠れないからだ。そして鶏よりたちが悪いのは、やたら無駄な知恵があるため、それを史記として書き残し未来永劫恨みとしてこりかためてしまうことだ。鶏のように三歩あるいて忘れてしまえばよいものを、何度も繰り返しそれを読むことでその恨みの記憶を刷りなおしていく。これが知恵を持つことを許された動物の性。
 内戦はそう長くは続かなかった。最初に没落したのは軍事力を持たないデモ隊だった。そして軍と海賊の一騎打ち。だがやはり、戦いに慣れている海賊に勝機があったようだ。制空権を握っていた海賊シャーが優位に立ちキユリロス星を手中に収めたのである。内戦が終わった頃には、その惨状はまるで数十個の隕石が一度に落下してきたようなありさまだった。この時点で自衛のための軍隊は壊滅状態だ。

 キュリロス星の旗の代わりに、宇宙海賊シャーの旗印である死神の釜がキュリロスの空に大きくたなびく。
「俺がキュリロスの初代皇帝だ!」
 叫んだのは宇宙海賊シャーの頭首ゲーベル。元ネルガル兵士、階級は大佐だった。
 キュリロス皇帝、万歳。の声が響き渡る。
 そして非道の限りを尽くして来た宇宙海賊シャーに支配されることになったキュリロス星の住民は、今まで以上の困窮した生活を強いられることになった。身の保障も安全もない生活。街は次第に崩壊していった。
「これならまだ、業突く張りの貴族の方がよかった」と、悔やむ平民たち。
 だが一部の本能に素直な(過去のデーターに基づいて書き込まれた史記(DNA)に忠実な)女性は、この男ならよりよい子孫を残せるだろうとゲーベルに媚を売る。これはほとんど本能の領域、女性自身意識することもなく。
 ゲーベルはそんな女性たちに囲まれ、不平を連ねる平民たちを嘲笑う。
「お前等、知らなかったのか。貨幣主義は別名、合法弱肉強食主義とも言うのだ。決してそこに自由だの平等などという言葉はない。あるとすれば、勝ち残った奴だけにだ」




 だがネルガルは、ギルバ王朝以外の皇帝の存在を決して認めることはない。
「キュリロス星の皇帝だと、誰だ、そんなたわけた事を風潮している奴は」
「オネス・ゲーベルです、閣下」
 オペレーターはまたサントベック将軍の雷が落ちるのではないかとびくびくしながら答える。
「オネス・ゲーベルだと、聞いたことがないな。平民風情が身の程も知らずに」
「第10宇宙艦隊の前の司令官ではなかったかな、確か階級は、大佐だったか?」
「ゴクレニウス将軍は、お詳しいですね」
 ゴクレニウスは苦笑すると、
「以前陛下より、第10艦隊を宛がわれまして」
「あのやくざ艦隊をですか、それはお気の毒に」
 フリシウス将軍の言葉にゴクレニウスはより一層の苦笑を浮かべ、
「あれは酷い艦隊でした、何をやらせようにもこちらの言うことを一つも聞かない」
 ほとほと手を焼いたという感じにゴクレニウスは言う。いくら数のうちとは言え、あのような艦隊なら付けてくださらない方がよかったとまでに。
 ところがその艦隊が、
「今は随分と様変わりしたようですな」と、言い出したのはバロキウス将軍。
「丹念に訓練をしているとか」
 どの艦隊より規律がよくなってはいるものの、相変わらず上官の命令にだけは素直に従わない。
「なんやかんやと作戦に口を出し、納得しないと従わないそうです」
「平民風情が。そもそも平民などろくな教育も受けておらないくせに、何が出来るというのだ。我々に任せておけばよいものを」
 将軍たちは頷きあった。
「本題にもどろう。キュリロス星をどうするかだ」
「そうだったな」
「隕石粉砕砲が敵の手にあるとなると」
 将軍たちは腕を組み考え込む。



 丁度その頃、幾度目かの出撃を終えルカが凱旋してきた。ルカの実力を認めた軍部はルカを遊ばせてはおかなかった。今やルカは地上に居るより旗艦トヨタマに居る方が長くなった。旗艦トヨタマはルカが十三歳の時、レウィー空域での会戦で凱旋を収めた時の褒美としてネルガル皇帝(父)から直にいただいたものである。
「お前のものだ、好きなように建造するがよい」と。
 ルカは父(ネルガル皇帝)に言われたようにその宇宙船を好きなように建造していった。豪華な内装にこだわるデザイナーをあさっての方に押しやり、戦うための装備に重点を置く。
「御身をお守りになるためには、まずバリアの強度を」と申し出る技術者に、
「攻撃こそ最大の防御です」と言い張り、バリアに回す出力を武器の方にも使えるように設計しなおしさせる。
 ルカには仲間を見捨てて逃げる気など毛頭ない。いざとなれば敵と切り結んでも仲間のために退路を確保するつもりだ。司令官が最初から逃げ腰では部下が付いてくるはずがない。そのためルカは艦船の推進力や兵器、制御システム等に関しては出来上がるまで、幾度となく足を運び注文をつけていたが、事内装に関しては無関心だった。しかし宮内部からの再三の要請もあり、しかたなくシナカに一任することにした。しかしこれに納得いかなかったのは宮内部から派遣されたデザイナーたち。
「これではあんまりだ」と、デザイナーがルカのもとへ相談に伺えば、
「外壁の材質意外は相談に来ないでください」と言う有様。
 他の王子の船の内装を担当したことのある者たちはルカのこの態度に驚く。
「他の王子様たちは内装にこそこだわり、他の事はその専門家に一任していたようですが」
 ぼやくデザイナーたちの腹をルイのお手製のスィートが満たす。小さな花柄で縁取られたボイの皿に上品に盛り付けられたスィート。それはデザイナーたちの目を喜ばせ、香りは鼻をくすぐり、最後に舌まで喜ばせたものだから、デザイナーたちは目の前のボイ人に視線を集中させることになった。
「いかがですか、ボイから連れて来た私の侍女が作ったものなのです。お口にあえばよろしいのですが」
「菓子といい、お茶といい、こんなに美味しいもの、今までによばれたことがありません」
 おいしい食物はいっきに異星人間の距離を縮めた。以後の打ち合わせは思ったよりスムーズに運んだ。ルイの作戦勝ちである。始めはボイ人とのやりとりに戸惑っていたネルガルのデザイナーも、幾度かの打ち合わせの中で彼女の洗練された美的センスに共鳴し、次第に彼女の注文を受け入れるようになった。最終的には実物を見てみないことにはと言うシナカの注文に、シナカも艦船まで同行させることになった。ルカは猛反対したのだが、
「あなたも一緒ですし、一度あなたの乗る艦船を見てみたかった」と言うシナカの言葉に押され、ルカは同行を許した。
 シナカを館外に出すのはこれが初めて。ルカは万全な警備を引いた。だが現場に行けばルカは相変わらずシステムの方に気が行き内装にかかわっている暇はなかった。そこでルカはレイを中心に精鋭を数名シナカの護衛に付けた。片時も離れるな。と言いつけて。
 打ち合わせもほぼ済んだ頃、シナカはレイに声を掛ける。
「レイさん、少し休まれたらいかがですか」と、シナカはレイに椅子を勧める。
 レイはいつもシナカの背後に直立不動で控えていた。
「そのように気を張っておられては体を壊してしまいます。いざルカが必要なときに」
「いいえ、私の心配でしたらご無用です」と、レイはシナカの勧めてくれた椅子を辞し、
「殿下は私の腕を見込んで、ご自身の命より大切な奥方様を私に託してくださったのですから、それに答えないわけには参りません。今が、殿下が一番私を必要としている時なのですから」
「そんな、命より大切だなどと、大げさすぎます」
 レイは静かに首を横に振ると、
「少しも大げさではありません。殿下にとって奥方様は何にも替えがたいお方なのですよ。もしあなた様の身に何かありましたら、殿下は人ではなくなってしまいます。それこそドラゴンにすら成りかねません」
 ドラゴンはネルガルでは最強の悪魔とされている。
「まさか!」と、驚くシナカに対し、
「本当にそうかもしれませんね」と、ルイはレイに同意した。
「殿下にとって妃様はこの銀河で唯一の存在ですもの」
 シナカはボイ人特有の朱の肌をいっそう赤くして俯く。
 レイはボイ星での敗戦を思い出す。今では出陣すれば必ず勝って来るルカも、ネルガル軍とボイ軍の戦力の差は埋めがたかった。議父母を戦犯として処刑され廃人同様になっていたルカを支え続けたのはシナカだった。ご自分の父母が処刑されたというのにネルガル人である殿下を恨む事無く。あの時シナカ様がおられなければ今の殿下は存在しない。そして今の殿下はあの時以上に力を付けてきた。まだ子供だが元服する頃には。このまま行けばおそらくその評判はクリンベルク将軍をしのぐかもしれない。その時軍部は、宮内部は、そして皇帝は、どう思われるだろう。力強い味方を得たと喜ばれるだろうか、それとも始末に悪い敵ができたと。それによって以後の殿下のお立場が。殿下に悪気はない。しかしその思想が既に危険視されている気配はある。常勝を続けるルカの背後に控えながら、レイはリンネルと共にそれを憂えた。
 シナカ様を守るため殿下は軍部と取り引きをなされた。軍には協力を惜しまない。その代わりシナカを収容所から出してください、そして私のもとへと。
 シナカ様を守るのに力を付けるのはよいが、それが仇にならなければよいが。
「どうなさいました、急に黙り込まれまして」
「いいえ、なんでもありません」と、レイは微笑むと一つ提案をした。
「打ち合わせがお済のようでしたら、殿下のご様子でも見に行かれませんか」
「そんなことしたら、邪魔だと言われますわ」
「そうでもありませんよ。先程ケリンさんと連絡を取ったところ、丁度あちらも一段落付いたようですから。たまには館外でお二人でお食事でも、ただし味はネルガル風ですが」
「それはいい提案ね」と、真っ先に喜んだのは侍女のレイ。私達にもおこぼれをと。
 しかし貴族専用の高級レストランには異星人は入れない。それでルカはシャトルでいったん地上に戻ると、以前ボブを連れて行ったレストランへシナカたちを案内した。平民相手のレストランだが味はまあまあだし何より雰囲気がいい。異星人の姿も見かける。だがボイ人は珍しいと見え異星人ですら振り返る。ボイ人はそもそも自給自足の民族。これだけの技術力を持ちながらそれを星外に売ろうとはしなかった。そもそも貨幣という概念がない。共同生活の中で必要なら作る。どうせ作るならよりよいものをと試行錯誤した結果が今の技術水準。売るために無駄に大量生産するという概念はなかった、少なくともネルガル人と接触するまでは。


 幾度とないネルガル人デザイナーとの打ち合わせの結果、宇宙船の内装はできあがった。時にはキネラオやサミランにも同行してもらうこともあった。彼らの本職は建築だ。家具の見立てや内装の材質などは彼らにはかなわない。だがどんな高級家具も彼らの目からすればまだ詰が甘いところがあったが、彼らはそれを口にはしなかった。こんな所でネルガルの職人といざこざを起こしたくはなかったから。


 こうやって出来た艦船は機能に関してはネルガルの科学力の粋を尽くしたものになった。そして内装は、ネルガルともボイとも言えない新しい空間が出来上がっていた。
「気に入ってくださるかしら」と、見回すシナカに、
「絶対気に入りますよ」と、ルイは太鼓判を押す。
 案の定、ルカは大変気に入った。寝室といいソファといいとても寛げる。軍艦なのに個人用の浴槽まであるのはやはり王族という身分ゆえ、ルカが特に気に入ったのは狭いながらも取り付けられた書斎。その棚に真っ先に置いたのはハルメンス公爵からいただいた数冊のイシュタル星の書物。
「よろしいのですか、このようなものを置いて」と、心配したのはルイ。
「心配いりません。これらは元々ネルガルの昔話として子供の頃から読み継がれてきたものなのです。そのイシュタルバージョンです。ただ少し内容が違っているところもありますが」
 そもそもイシュタル人とネルガル人は祖先を同じにする星人。たまたま思想の違いにより二つの星に別れて住むことになってしまった。思想の違いだけでこれだけ憎み合えるものなのだろうか。少なくともネルガル人はイシュタル人を馬鹿にしながらも心の底では恐れている。ではイシュタル人はネルガル人をどう思っているのだろうか。
 イシュタルの書物を手で弄んでいるルカに、
「イシュタル星のことがそんなに気になりますか?」と、シナカが声をかける。
 ボイ星でもイシュタルの書物が手に入ると時間を忘れたように読みふけっていた。
 ルカは書物を丁寧に棚に戻すと、
「母の村で祀る神、そしてあなたの星で祀っていた神、どちらも竜神です。そしておそらくイシュタル星が竜神発祥の地」
「何もイシュタルとは限りません。液体は生命発祥の源ですからどの星でも祀るのではありませんか」
「確かにそうかもしれませんが、神の姿が同じというのは不思議ではありませんか」
 若干の違いはあるが白い蛇に角と脚が生えたような姿で描かれている。だがルカが気になるのはそんなことではなかった。社会構造だ。母の村もボイ星も貨幣を持たず高度に優れた文明を築き上げている。
「確かにそう言われればそうかもしれませんが、水があるところには雨も降るものです。ボイでもまれですが雨は降ります。雨雲があれば空中放電もおこります」
「つまり雷ですか」
「ええ、それをあのような姿に描いたのではありませんか」
「イシュタル人とボイ人と一部のネルガル人がですか」
「そう考えるのはおかしいですか」
 ルイが咳払いをした。
「内装を見に来たのですから、そういう難しい話はやめにしませんか。それよりこっちこっち」と、ルイはサイドボードの方にルカを案内すると、
「この食器、私が選んだのです。素敵でしょ」と、だれも気付いてくれないから自分から言う。
「ええ、ルイさんらしいです」
 ルイは誇らしげに照れる。
 テーブルクロスはおそらくシナカの手作りなのだろう、刺繍が素晴らしい。
「艦橋を見てみませんか」と誘うルカに、シナカは静かに首を横に振った。
 こちらは内装よりも機能重視。戦闘の時ルカが指揮を取る場所だ。
 今は海賊退治がおもな任務のため皆から感謝されているが、何時かは勢力拡張のため罪もない星に攻め込まなければならないような指示が出されるだろう、その時この人はどうするのだろうか。それに戦いだって次第に激しくなってくる。いつまで勝ち続けられるか。
 ルカはそんなシナカの心を察したのか、シナカの手をぐっと握り締めた。以前は自分の手を覆ってしまうほど大きかったシナカの手も今は自分と大差なくなってきている。それだけ自分の体が成長したのだ。ルカは両手でシナカの手を覆うと、
「心配いらない、私を信じて欲しい」
 でも指示に従わなければ。などとは口には出来なかった。誰が聞いているかわからないから、それこそ謀反などと言われては。
「そうならないように努力する。そして必ずあなたのもとへ帰って来ます、どんな姿になっても、あなたを一人にはしない」
 シナカを守れるのは私だけなのだから。
 シナカはぐっとルカを抱きしめた。まだ微妙にシナカの方が大きい。だがもう直おいつける。
 今までだって幾度も出陣し必ず帰って来た。おそらくこれからも、だってこの人は今やクリンベルク将軍に継ぐ常勝将軍ですもの。



 そしてその頃クリンベルク将軍の館では、重厚な調度品に囲まれた一室で、
「やはり親父の見立て通りだったな」と、カロルが感心したように言う。
 今やルカの実力は兵士たちの間でも噂になっていた。
「いよいよ実力発揮というところですか」と、兄のマーヒル。
 数日後にルカの軍艦トヨタマの進水式を迎えるに当たり、クリンベルク将軍とその子供たちは式の段取りの最終チェックをしていた。なにしろその式場の護衛に当たるのがカロルだったから。ちなみに進水式とは過去の遺物の言葉。そもそも新たに建造した艦船をドックから大海原に出す儀式。宇宙船はロケットでもないから打ち上げ式ともいかない。なにしろ宇宙船は宇宙港で建造されるため、そのままの状態で空気と重力のない宇宙の海に放たれる。ドックから出すという意味合いでその言葉がそのまま残り使われるようになった、水もないのに。
「どこまで強くなるものなのか」と言ったのはもう一人の兄のテニール。
 ルカは徐々に軍人たちを引き付けつつあった、特に上官になびこうとしない下級士官たちを。軍を掌握するものは国を掌握する。これは古今東西を問わず史記が物語っている。おそらくルカ王子に意識はない、あの方の持って生れた性格なのだから。だが次期皇帝の座を狙っている者たちにしてみればこれほど危険な人物はいない。うまく立ち振る舞わなければ大変なことになる。
「不思議だな、神とは。戦いを欲するものにはその力を与えず、戦いを嫌うものにその力を与えるのだから」
 ルカが戦争を憎んでいることをカロルは誰よりもよく知っている。


 そして進水式当日、カロルは配下の者達を整列させ最後の指示を出すはずだったのだが、
「整列!」
 カロルの部下たちは宇宙港の広場に整列し司令官カロルの登場を待っていた。そこへカロルがルカからもらった剣を帯刀しさっそうと現われたつもりが、いきなり剣が腰からはずれカロルの足に絡みついた。
「なっ?」と思う間もなくカロルは部下の前で大々的に横転。
 剣はまるでそんな無様なカロルを笑うかのようにカチカチと音をたてた。
「何だお前、俺を馬鹿にするのか」と、手を伸ばして剣を掴もうとするが、剣はそのカロルの手をするりと抜けるとまた馬鹿にしたように音をたてる。
「貴様!」と言いつつカロルは剣に跳び付く。
 だが剣はさっと身(剣)をかわした。
「なっ? この野郎、何ふざけてんだよ」
 また手を伸ばして掴もうとするが剣は逃げる。
「いい加減にしろよ、時間がねぇーんだ」
 要人が現れる前に準備を整えておかなければ。
 カロルは掴むのが無理なら足で踏みつけて押さえ込もうと剣にそーと近付き、おもいっきり右足を剣の上に下ろしたつもりが、足が踏みつけたのは宇宙港の床だった。それもかなり思い切って。痺れが足の裏から背骨をつたい脳天まで達した。
「いっ、痛てぇー!」
「しっ、指令か。何をなされているのですか先程から」
 忠実な部下がカロルに声を掛ける。
 カロルは必死で剣と格闘しているつもりなのだが、傍から見ている者たちにはカロルが自分の足に躓き横転し、剣と何か話しをしているようにしか見えない。確かにあの剣は普通の剣ではない。戦場で幾度となくあの剣に命を助けられたのはカロルだけではなかった。部下たちも同じ。時にはロープのように伸びてみたり網のように広がってみたり、幕のように広がり銃弾を防いでくれたこともある。最初は誰もが我が目を疑ったが、目の錯覚だと自分を納得させるしかなかった。戦場の疲れが見せる幻覚。だが命を助けられたのは確か。よくよく考えれば気味が悪いが自分たちに利益になればその存在を認めざるを得ない、気味が悪いところは目をつぶって。しかし今の司令官の姿を他の隊の連中に見られたくはなかった。どう見てもあれでは頭がおかしいとしか思われない、あの剣の不思議さを知らない限り。
「こっ、こいつが」と、カロルはやっと捕まえたという感じに部下の前に剣をかざした。
「司令官、そろそろ要人の方々が」
 カロルは舌打ちし、そして急かすように部下たちを配置に付かせた。それからおもむろに剣を腰に配すると剣に向かい、
「いいかおとなしくしていろよ、さもないと部屋に置いてくるぞ」

 そしていよいよルカたちの登場となった。カロルの隊はそのメインストリートの両サイドに整列していた。ルカが通るにつれ最敬礼をしていく。丁度カロルの前に差し掛かったとき剣がルカの足元に飛び出した。それを追ってカロル。だが傍から見ていた者たちには、カロルが自分の足にけつまずいてルカの前に転がり出たように見えた。器用といえば器用なことだが。
 慌てて剣を押さえ込むカロル。だがそれより早くルカはその剣を拾い上げていた。
「無礼者!」と内務の役人が怒鳴った時、ルカはそれを軽く制してカロルに剣を差し出す。
「愛用してくれていたのですか」
 そう言うルカを見上げてカロルは背が伸びたなと思った。あんなチビだったのに。
「ああ、すまない。こいつが勝手に飛び出して」
 まるで剣に意思があるような言い方をする。
 ルカは首を傾げ、
「カロル、悪いことは言わない。一度きちんと頭を見てもらった方がいいですよ」と、真剣な眼差しで心配してきた。
「どこか打ち所が悪かったのではありませんか」
 カロルも戦場を潜ってきている身。時には流れ弾ということもある。
 ルカに本気で心配されカロルは返す言葉をなくした。
「ああ、わかった、そうする」
 ルカはほっとした顔で微笑むと、
「あなたも随分苦労したようですね、素直になりました」
「なっ!」
 言い返そうとするカロルに、
「無謀なことはしないでください。シモンさんが心配しますから」
「それは俺の台詞だ。姉貴は俺のことよりお前のことを心配している」と、場所もわきまえず何時もの調子で言うと、
「ではお互い様ということで、シモンさんに何時までも美しくいてもらうために心配かけさせないように」と、ルカはカロルに剣を返す。
「生意気に、俺の方が年上なんだぞ」
「私の方が階級は上です」
「そっ、そりゃ、お前は王子だからな」
 王子は少将から始まる。
「早く追いついてください、待っていますよ」
「おめぇーに言われなくともそのつもりだ、否、追い越してやる」
 そこでリンネルの咳払い。
「殿下」と、先を促す。
 ルカは剣を握るカロルの手を一瞬強く握ると顔をあげ、自分の艦トヨタマに向かって歩き始めた。
 ルカは知らない、だがエルシアは知っている、あの剣の秘密を。
(アツチ、彼を頼みます。守ってやってください)
(誰がお前の頼みなど)と思いつつも、カロルの性格をアツチは気に入っていた。




「今日のアツチ様は楽しそうですね」
 ここはネルガル星から一万光年離れたイシュタル星の王宮の一室。
「どことなく笑っているように見えるのは私の気のせいなのかしら」
 ベッドの上に横たわる我が子を見ながら。王妃の傍らには元気にはしゃぐアツチの妹がいる。アツチも本来ならそろそろ他の子供たちと一緒に義務教育を受ける歳なのだが、その体は起き上がることすらできない。否、起き上がるどころか表情もなくただ仰向けに寝ているだけ。
「ねっ、お母さん。お兄ちゃんが目を開けたよ」
「あらほんと」と、王妃はアツチの顔を覗きこむ。
「私のこと、見えるのかしら?」と問う妹に、ニーナは軽く首を横に振る。
「いいえ、アツチ様の目に映られているのはこの部屋ではありません。ここから数万光年彼方の光景です。アツチ様はこの部屋に居りながらこの部屋の光景を一度も見たことは御座いません」
「数万光年?」
「ええ」とニーナは頷く。
「彼方の見ておられる光景がアツチ様の見ることのできる光景です」
 アツチの目に映っているのは、とあるドッグの広場、今進水式が執り行われようとしている。
「彼方はつつがなくお過ごしなのでしょうか?」
「ええ、おそらく今のところは」
「どうして来てくださらないのですか?」と、問う幼い少女に、
「喧嘩なされておりますから」
「けんか?」
 ニーナは少女と視線を同じにするため少女の前にしゃがみ込むと、
「王女様は喧嘩などしてはいけませんよ、寂しくてつまらないですから」
 少女はこくりと頷く。




 進水式は速やかに執り行われた。ルカはそのまま試運転に出る。
 そしてカロルは大役を果たしたのだが自分としては納得のいくものではなかった。館に戻るや、今や従者のように付きしたがっているエドリスと風呂に入る。ただし剣は脱水所においたまま。
「お前のせいで俺は、奴の前でえらい恥をかいた。今日は風呂になど絶対に入れてやらないぞ」
 剣を脱水所の柱にくくりつけると意気揚々と風呂場に向かう。
「いいんですか、あいつ風呂好きですぜ」
「だから罰として今日は入れてやんないんだよ」
 あんなことしていいのかな、後で祟られるのでは。などと柱にくくりつけられている剣を思い浮かべながらエドリスはカロルに従って風呂場に向かうと、広い浴槽、既に湯船に人影。否もとい、剣影。しかも風呂の縁によりかかり柄を湯船から出しその先にタオルまでのせている。鼻歌まで聞こえそうな雰囲気だ。
「なっ!」
 カロルはいきなり湯船に飛び込むと剣の前に真っ裸で立ちはだかる。
「何でおめぇーが俺たちより先に入ってんだよ!」
 剣は目の前で怒鳴り散らすカロルを涼しげな目で見上げると(目があればの話だが)、プイという感じに横を向く。まるでわめき散らすカロルの存在を無視するかのように。
 エドリスがさり気なくカロルの腕を引き洗い場の方へ連れて行く。
「あいつ、怒っているぜ。絶対」
「何が怒るだ、剣の癖に生意気だ。だいたいあいつのせいで俺は、奴(ルカ)に白眼視されたんだぞ。奴どころか館に戻れば兄貴たちまでに」
『何も懐かしいからってあんな場所で飛び出す馬鹿がいるか』
『下手をすると暗殺者と間違えられかねない』
『そうだ、その場で手打ちになっても』
 カロルはあの時の兄たちの言葉を思い出し腹が立った。俺が飛び出したのではない。こいつ(剣)が飛び出したのだ。
 だがまさに兄貴たちの言うとおり、SPが駆けつけてくるはで一時は騒然となった。ルカがうまく振る舞ってくれなかったらと思うと、しかしそれにしても奴(ルカ)の親衛隊は何をしていた。ただニタニタ笑いながらながめていただけではないか。否、それよりこの剣をどうしてくれようか。
 カロルは一度に複数のことを考えたことがないため混乱しながらも、とりあえず恥をかかせてくれた仇をとることにした。
 カロルは肩越しに剣の様子を伺うと、
「錆びちゃえ」と小さな声で呟く。
 エドリスは慌てて声を潜めるとカロルに忠告した。
「カロル、そんな事言って剣に聞こえたら」
「聞こえるはずねぇーだろ。だいいちあいつに耳はない。剣に耳が付いていたらちゃんちゃらおかしいだろう」と、カロルは剣にロバの耳や人間の耳が付いているところを想像して笑う。
 だがエドリスは、剣を警戒していた。
「おいカロル、あいつ、こっち見てるぜ」
「気のせい気のせい」とカロルは顔の前で手を軽く振る。
 だがその刹那、何処からともなく聞こえる声。
(かゆくなっちゃえ)
 はぁ???
 だがこの声はエドリスにも聞こえたようだ。
「お前、今何か言ったか?」
 かんぶりを振るエドリス。その刹那、カロルが騒ぎ出す。
「かっ、かいー、かいー」
 背中に手を回すがとどかない。かと思いきや脛をかき始め下腹をかき、脇腹、肩、首、頭と全身をかきむしり始めた。
「かいー、かいー」
 とうとういたたまれず湯の中に飛び込む。それでもかゆみはおさまらず、また洗い場に這い上がり転げまわる。
「かいー、助けてくれ」
 その内また声が聞こえた。
(冷水をかければおさまる)
 エドリスは慌てて桶に水を汲みカロルにぶっかけた。
「ちっ、ちみてぇー」
 くしゃみをして鼻水を垂らすカロル。だがかゆみはどうやらおさまった。
 やっと落ち着いたところで振り返れば、剣はゆうゆうと湯船につかっている。
「あっ、あの野郎。絶対許さねぇー」
「カロル、よそうぜ。あいつ、ただもんじゃねぇーから」
 それは誰もがわかっていた、少なくともカロルと戦場を走り回っている仲間たちは。剣が助けたいのはカロル司令官。俺たちはついでだということも。
 その内剣はすっかりのぼせたのか、とろけて湯船の中に沈み始めた。カロルは慌てて剣を湯の中から掴みあげると、自分が裸であることも忘れて脱水所のバスタオルの上に剣を寝かせ団扇で扇ぎ始めた。
「おい、大丈夫か?」
 心配そうに剣に問う。
 そこへ兄たち。
「何をしているのですか?」
「剣がのぼせた」
「お前、刀を風呂に入れているのか?」
「こいつ、風呂好きなんだよ」
 二人の兄は不思議な生き物でも見るかのようにカロルを見る。
「大丈夫か、熱でもあるのではないか」と、上の兄が心配そうにカロルの額に手を伸ばしてきた。
 カロルはその手を交わすと、
「熱はない」
「では一度、医者に診てもらえ」と下の兄が言う。
 ルカと同じようなことを言う。カロルはこの二人の兄にこの剣の謎を話しても無駄だと思い、バスローブを身につけ剣を掴むとさっさとその場を後にした。これ以上居ると精神病院にでも送られそうだから。
 エドリスが「鞘」と叫びながら、鞘を抱えてカロルの後を追う。





「今日は楽しそうですね、お友達でもできましたか」
 ニーナはアツチに流動食を流し込む。ここのところやっと流動食が入るようになった、飲み込むことはまだできないが喉の奥まで管を通せば。少しずつでも食べるようになって下されば。





 久々に地上に降りやっと足の底が地上の土になじみかけた頃、軍部より次の指令がきた、キュリロス星奪還の。最新鋭の軍艦を作ってやったのだからと言わんがごとくに。
「帰還して一ヶ月も経っていないのに次の指示かよ」
「人材がないわけじゃなかろー。どうして俺たちだけこんなにこき使われるんだ?」
「それ、殿下に聞いてくれ。何か、恨み買ってるんじゃねぇーのか」
「宮内部の奴等が夜這いかけてきたところをぶちのめしたとか」
「殿下ならやりかねねぇーな」
「馬鹿言え。そんなの当然だろう。俺だったらぶっ殺してやるさ」
「過激だな、俺だったらそんな乱暴なことはしないぜ。真っ裸にして公園のアトラクションにでも吊るして置くよ。自然に死ぬのを待つ」
 どっちもどっちだと言うようなことを肴にしながらルカの親衛隊たちは酒を酌み交わしていた。そんなことでも想像しなければやりきれないほどの出陣の多さだ。だが実際ネルガルは人材が不足していた。銀河の至る所で反ネルガルの勢力が育ちつつあるのだ。

 そしてここにもルカ王子の傘下に入るように指示された艦隊がいた。
「奴等、休む暇なく出撃だな」
「しかしよ、出陣しちゃ勝って来るんだからな、すげぇーよな。それも圧勝だ。これじゃ何回出撃しても楽だぜ」
 負け戦ほど疲れるものはない、それに接戦で勝つ戦も。次の出撃の体力まで全て使い果たす。
 第10宇宙艦隊の兵士たちはゲリュック群星での戦いを思い出していた。あの時は軍艦レースをしているうちに勝ってしまった。戦ったような気がしない。それどころかあまりに楽すぎて勝った気すらしなかった。何時戦いが始まっていたのか? そして何時終わったのか? 記憶にない。気付けばゲリュック群星の人々に戦勝を祝されていた。
「苦労しているのはルカ王子だけかもしれねぇーな。味方の被害を少なくするために」
「ちげぇーねぇーな。ところでどうですか、顔合わせする前に挨拶に伺っては」
「また組むことになりましたってか。嫌な顔されるぜ」
 ゲリュック群星での会戦ではほとんど見せ場のなかった彼らだ。それどころか被害といえば敵の砲撃より味方同士の接触、衝突。見苦しいことこの上なかった。密集戦なためルカもある程度それは予測していたようだが、こんなに酷いとは思わなかったようだ。
「今度は、ボイ人の方が艦隊運動がうまいとは言わせないさ」
「ああ当然だ。これだけ練習したんだからな」
「それによ、あのルカ王子が首っ丈だという奥方の顔も見てみてぇーし」
「おいおい、そこら辺の女郎とは訳が違うんだぞ。相手はボイの王女だ。俺たちが会いに行ったところで会わせてもらえるかどうか」
「そうだよな、俺たちみてぇーな野蛮人じゃ館にも入れてもらえねぇーかも」
 自分たちで蛮族だと認めているのでは世話がない。
「なにしろボイ人は礼儀正しかったからな」
 ルカの背後に控えていたボイ人、下手なネルガルの貴族よりはるかに品格があった。

 そして数日後、第10宇宙艦隊司令官ロブレスは、言いだしっぺのリガルドとミゲルを連れてルカの館を訪ねる。そして館の前で、やはり思考パターンが同じなのか、同じことを考えて反対側からやって来た奴らがいた。
「あっ!」
 目ざとく見つけたのはミゲルだった。
 向こうからも同じようなロサレスの声。
「何だお前ら、どうしてこんな所に居るんだ?」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「なにー!」
 親分が競い合っていれば子分まで。お互い顔を突き合わせれば一言揉めてからでなければ始められない。彼らが角突き合わせているところにタイミングよく表れたのはボッタクリ号のアモス船長とその副船長イヤンたちだった。
「これはこれは第10艦隊のロブレス司令官と第14艦隊のバルガス司令官ではありませんか。その節(ゲリュック群星)は大変お世話になりました」
 アモスが商人らしく丁寧に腰を折って挨拶した刹那、
「いやみか」と、リガルド。
 世話した覚えはない。逆に足を引っ張った覚えはあるが。
 アモスは一瞬言葉を失う。そう言われては返す言葉がない。
「これは商売人同士の挨拶なもので、大目に見てください」と気まずい隙間を埋めたのはイヤン。
「それより皆さんお揃いでどちらへ?」
「ここまで来て何処もくそもねぇーだろ、ルカ王子に挨拶に来たのにきまってら」
「そうですか、それでは私たちと同じですね、一緒に参りましょうか」と、イヤンは誘いたくない相手を誘った。
 一緒に門を潜る。
「何のチェックもないのか?」と、怪訝に思うロブレスたち。
 王子の館である。セキュリティーはかなり厳しいのではないかと思っていた。
「この館は他の館と違い一度チェックされている人物の出入りはわりと自由なんだよ」
「一度チェック? 俺たちは一度もチェックされた覚えはない」
 マルドック人たちは笑った。
「あのな、殿下に接触する前に既にチェックを受けているんだよ。この館の親衛隊をそこら辺の護衛官と一緒にしない方がいいぜ」
「子供の頃と言っても殿下はまだ子供だが、毒を盛られたことがあるんだ。それ以来この館の親衛隊は、殿下に接触する人物は殿下に接触する前にとことん調べ上げるようになったんだよ」
「毒を盛られた?」
「俺たちが殿下と知り合う前のことだからな、俺たちも詳しいことは知らない」
「まあ俗に謂うあれだよ、出る杭は打たれるってやつだ」
 なるほどと、バルガスたちは納得する。
「つまり俺たちは危険人物のリストからはずされているということか」
 何を基準にそう判断したのかとやくざ艦隊の連中は首を傾げた。今まで危険視されたことはあっても自慢じゃないがそのリストからはずされたことはない。
「まあ、完全にはずれてはいないだろーが、少なくとも門前でビーム砲が光を放つほど危険な人物ではないということだろう」
「ビーム砲!」と、首をすくめてあたりの様子をうかがう兵士たち。
「馬鹿、奴らにその気があったらとっくの昔に眉間に風穴があいているぜ」
「つまり奴らは」
「既に俺たちを出迎えている。奴らの管理室のモニターには俺たちの姿はしっかり映しだされている。面倒くさいから挨拶に来ないだけさ」
 そう言いながらマルドックの商人たちは勝手知った自分の家のように館の奥へと歩んでいく。あわててロブレスたちは彼らの後を追う。アモスたちはエントランスには向かわず直接庭へと向かった。そこで数名の人たちがお茶をしている。見れば中にボイ人の姿もちらほら。
「あっ! ホルヘ」と、リガルドが声をかける。
 ボイ人と言えばホルヘの名前しか知らない。
「馬鹿、奥方様だ」と、アモスがリガルドの脇腹を小突いた。
「奥方様って、ルカ王子の?」
「あたりめぇーだろ、ここはルカ王子の館なんだぜ、他に誰の奥方がいるんだよ」
 兵士たちは一斉にその場に跪いた、今まで誰にも進んで跪いたことのない連中が。
「これは、失礼いたしました」と素直に頭を下げる。
 人は相手の力を認めると自然に頭が下がるらしい。このお方があの司令官の奥方様なのか。その思いが無頼漢として名を轟かせているバルガスに何のためらいもなく自然に頭を下げさせた。
 シナカも彼らの噂は聞いていた。特にルカよりトリスたちから。当然トリスの口から出た彼らの評価は惨憺たるものだった。まさか。と思いながらも何度も繰り返され聞かされるとそうなのかもしれないと思ってしまうのが不思議なものだ。いざ本人たちを目の当たりにすると、何と声をかけたらよいものか。
「その節はルカがお世話になりました」と頭を下げてから、
「とにかくお立ち下さい。そのようなことをされても困ります。ボイ星には跪くなどという行為はありませんでしたから」
 会釈という行為はあった。だが相手と話をするのに跪くという行為はなかった。これではお互いの顔が見えない。
「ではボイ星では国王に対しどのような挨拶をすればよろしいのでしようか」
 やくざ艦隊らしからぬ敬語。
「ただ頭を下げればいい。俺たちが町ですれ違った時にするように」と、答えたのはアモスだった。
「そもそもボイ星には平民だの貴族だの国王だのという身分差別はない。ボイの国王は平民から選ばれた言うなれば平民の代表者みたいなものだ。任期もあってそれを満了すると次の国王が平民から選ばれる。もっとも選挙があるわけでもないが」
 そこらへんはどうやって選ぶのかマルドック人のアモスにはわからない。
「代表者?」
「そう。国王も平民なんだよ。俺たちのイメージする国王とボイ人のイメージする国王とは呼び方は同じでも中身が全然違う」
 一般的にネルガル人や俺たちがイメージする国王は絶対的な権限があって、だがそれを言うならボイの国王も同じだが、何かが違う。そう、言葉では言い表せない何かが。
「そんなことより、あちらに新たに席を用意いたしましたから、一緒にお茶でも飲みませんか」と声をかけたのはシナカの侍女のルイだった。流暢なネルガル語である。
 そうしましよう。と言うことで皆が席を移ろうとした時、
「ところで殿下は?」と、アモスが聞いてきた。
 姿が見えない。その疑問だけでよしておけばよかったもののアモスは一言多かった。
「また、やったのか?」
 その言葉に敏感に反応したのはシナカの忠実な侍女のルイだった。
「またとは何ですか、またとは! 失礼な」
「そうですよ、喧嘩をなされたのはあの時以来で」と、ルイの味方にネルガル人の侍女たちが付いたから一大事。
 侍女たちの態度に一緒にお茶をしていた庭師たちが肩をすくめる。
 初めてこの館を訪れたロブレスやバルガスたちは、いきなり侍女たちが徒党を組んでアモスたちに食って掛かる意味がわからず、ぽかんとした顔で成り行きを伺っていると、マルドック人の一人が耳打ちしてきた。
「気をつけろ、ここの館は女が強い。まごまごしていると張り倒される」
「ダンさん、今何かいいました?」と、耳敏いネルガル人の侍女に名指しされたダンは、
「いや、なんにも」とあわてて口をつぐむ。
 昔から言う。その家(国)の住人が幸せかどうかを知るにはその家の女性や子供の生活を見ればよいと。女性が威張っていて子供がよく笑うようなら、ほぼその家(国)は円満だ。この館の使用人たちはどこの館の使用人たちよりも幸せなのだろう。
 果樹園の小屋の前に茶席が用意されていた。以前よりここでお茶を飲むのが習いだったようだ、取り立ての果物や野菜をお茶菓子にして。
 ロブレスたちは奥方と一緒にテーブルに着く。ネルガルの社会ではありえないことだ、王族と平民が同じテーブルに着くなど。そういえばルカ王子もこういうことをあまり気に掛ける方ではない。我々に気安く声をかけてくださる。あれはボイ星でお育ちになられたために身についた習慣なのだろうか。
 ボイ人の奥方。やはりネルガル的な美人の評価からは程遠いがこうやって言葉を交わせばかわすほどその知性の深さを思い知らされる。なるほどな、あの殿下にしてこのご夫人か。誰もが納得した。これだけの人間的教養のある婦人をネルガルでさがすとなると、ロブレスは考え込んだ。
 そんなロブレスに侍女の一人が声をかける。
「どうなさいました?」
「席の数があまりにも正確なもので、我々の来ることをご存じだったのかと思いまして」
「それでしたらケリンさんから連絡がありましたから」
「ケリン? ああ、あの情報屋か」とリガルド。
「ええ、たちの悪い連中が来るがたいして害はない。しかしあまり見苦しいようなら叩き出してもかまわないと」
 えっ! と言うリガルド。
「やっ、やだぁー。ルイさんのところにはそういう風に連絡があったの。私のところには、適当にあしらって速やかに帰ってもらえ。って」
 そう言いながら携帯のメールを開いて皆に見せた。
 では、と誰もが思う。妃様のところにはどのようなメールが来ていたのかと。皆がシナカを見て、
「奥方様のところにはどのようなメールが?」
 シナカは困った。ルイのところほどではないが、それでも人に見せられるようなものではない。シナカがためらっていると、
「そう隠すところをみると、そうとう過激なことが」
「そんなことないわ」
「じゃ、どんな連絡が?」
 シナカは仕方なくメールを開いて見せた。
『客人あり、重要度0 暇でしたら会ってやってください。ただし自分の趣味をつぶしてまで会う必要なし。追伸、お茶を濁すぐらいの知能あり』
「ひっ、ひでぇー!」と叫んだのはミゲルだった。
 どうやらこの手のメールが館の全使用人に行き届いているようだ。
「御免なさい」と謝ったのはシナカだった。
「ケリンさんに悪気はないのです、ただ言葉が」と、ケリンを庇おうとする。
「奥方様、悪気が無いどころではないですよ、これは悪気そのものだ」
 奥方に謝罪され恐縮しながらもミゲルは言う。
「でも、ケリンの情報は正確よ。よく相手の特徴をとらえているわ」
 侍女たちにもわかりやすく表現している。
 そしてそれはロブレスやバルガスも認めるところだった。
「まあいいじゃないか、まだ人間扱いされているだけ、俺たちなんか」とマルドック人。
「それより、さっきの話しなのだが」と、アモスは切り出す。
「何ですか?」とルイは優しく訪ねたのにアモスはびくつく。
「そっ、その、殿下」
「何か、ルカに御用ですか」とシナカ、早く話題を変えたくて。
 どうもアモスたちにとってシナカを守ろうと意気込んでいるルイは怖い存在のようだ。アモスはシナカが声をかけてくれたことにほっとして、
「殿下はどこに?」と、殿下の居場所を尋ねた。
「ルカでしたら、軍部に向かわれました。何でも相談したいことがあるとかで。夕食までには戻ってくるそうなので、よろしかったらご一緒に召し上がりませんか」
「相談?」
「戦後処理についてです。いくつか提案があるとかで」
「戦後処理って、まだ戦ってもいないのにか」
「あら」と、ルイ。
「殿下はいつも、必ず戻ってくるから待っていてくれ。と言われてこの館を出られるのですよ。殿下は仲間を見捨てて逃げ帰るようなお方ではありませんから、ここに戻ってくるには勝しかないでしょ」
「そっ、そりゃそうだが」
「だったら戦後処理も考えて当然でしょ」
 ルイの理論は非の打ちようがない。
「まあ、理屈的にはそういうことになるわな」と、軍人たちは納得せざるを得ないが、現実はそう計算したとおりに行かないということも経験で知り尽くしている。
「理屈的ではありません、現実的にです」
「ううん、つまり勝つことが前提で戦に臨んでいるということか」
「当然です」と、ルイの確信は揺らがない。
「今までもそうだったのですか」と、訪ねてきたのはロブレスだった。
「今までは戦後処理の詰めが甘かったそうです、ですから今回はしっかりと詰めたいと」
 既に戦術は詰め終わりその後のことを。ロブレスは腕を組みうなずく、一体、あの方の頭の中はどうなっておられるのかと。
「じゃ、一緒に夕飯食うか」とアモスは深く考え込むロブレスとは対照的だ。
「殿下にどのような御用?」とルイが軽く問うと、
「いや、別にたいしたことじゃないのだが、ここまで来たからな、たまには顔でも見ていくかと思って」
 実際はとても重要なことだった。だが奥方様の前では戦争に関する話は一切しないというのが取引の条件。
「あなた方が来ると、ろくなことないのよねぇー」
「そうね、ここはやはり、速やかに帰っていただいてもらったほうが」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」と、アモスが侍女たちの言葉を遮った時、ルカが数人の青年貴族を引き連れて表れた。
 シナカはあわてて、
「申し訳ありません、出迎えもいたしませんで」
「いいのですよ、楽しそうですから。ルイさんたちの声がエントランスの方まで聞こえました。それでこちらだとわかりました」
「やっ、やだー、私たち、そんなに大きな声出していましたか」と、侍女たちは顔をほんのり赤くして。
 ルカの背後にいる貴族たちがほほ笑む。いつ来てもこの館の女性は溌剌としている。
 貴族と言っても彼らの身分はたいして高くはない。せいぜい男爵がいいところだ。爵位を持っていないものがほとんど。それでも彼らには若さがあり瞳には未来が映っていた。
 どうやら彼らとともに軍部に掛け合いに行ったようだ、練りに練った政策を引っ提げて。『制圧するのはよい。だがまた反乱されたのでは意味がありません。いかかでしょう、戦後処理を我々に任せてはいただけないでしょうか。あの惑星の鉱物は、安定的に供給していただかないと我々軍も困りますから』
『殿下、失礼ですが、あなたならそれができると』
『できるできないではありません。しなければなりません。私の手であの町を壊すのですから、私の手で再生したいと思います。否、しなければあの町の住人に申し訳ありません』
 軍の上層部の者たちは暫し黙り込む。その中の一人が少し時間をいただきたい。と言いだしルカたちは控室で待つことになった。待つこと暫し、最終的に上層部は戦後処理を一任するという答えを持って現れた。
 軍部からの帰り際、青年貴族たちは訊く、殿下はお幾つなのでしょうかと。交渉の巧みさ、政策の現実性、どれをとっても十四歳前後の子供が考えつくようなものではない。

 侍女たちの親しみやすい態度に比べロブレスたち軍人は、ルカの姿を見るや飛び跳ねるような勢いで椅子から立つと、直立不動の体勢をとり最敬礼で出迎えた。場の雰囲気がいっきに緊張した。侍女たちは驚く、これが軍人なのかと。こんな姿、親衛隊の人たちは一度も私たちに見せたことはない。いつでもだらしなげににやけていて、これで本当に殿下の身を守れるのかと不安になるぐらいだ。するといつの間にか親衛隊の姿がちらほら、どうやら青年貴族たちを警戒しているようだ。殿下はあやしい者たちではないと仰せだが、彼らは頭があるだけにロブレスたちとは違う。いまいち何を考えているのかわからないところがある。
 ルカも彼らの存在には気づいていたが、館の警備をすべてリンネルに一任している以上警戒の必要はないと思いつつも、彼らのやることに口出しはしないつもりでいる、よほど客人が不愉快な思いをしない限りは。
 そしてルカと共にいた青年貴族たちも改めて、この方の身分の高さと今やクリンベルク将軍に次ぐ常勝将軍なのだということを思い知らされた。殿下が高ぶらないことをいいことに今まであまりにも気安く口を利きすぎたような。そしてこの方は大艦隊を率いて銀河を駆け回っておられるのだ、ネルガルのために自分の命を懸けて。それが他の王子と違うところだ。他の王子は艦隊を率きいても前線に出ることはない。だが他の王子を軽蔑するなら我々も同じようなものだ。我々も戦争の何たるかも知らずして、ただ卓上で理論を振り回しているだけなのだから。
 ルカはいかにも困り果てたように頭をかき、
「困りましたね、自分の館に戻ってまでこのような挨拶をされては、気が休まりません。それにご婦人方が驚いております」

 晩餐は中庭に面した中広間に用意されていた。中庭は外庭が青一色の雑草のような花に覆われているのに対しオレンジ系の大輪の花が咲き乱れていた。
 変わった花だ、見たことがないと思いつつロブレスは、
「外庭と中庭ではずいぶん趣が異なりますが、この花は何という花で?」
「ボイの花です、中庭でしたら温度調節が簡単ですから」と答えたのはルカ。
 中庭なら敷地全体をドームで覆う必要はない、庭の上を蓋をするようにすればそれで済む。屋敷全体の四季は保たれる。母(ナオミ)はあくまでも自然な気候の移り変われを大切にしていた。しかし中庭とはいえ王子の館の中庭である。その広さは一般の貴族の比ではなかった。いくらルカの館が他の王子の館に比べ見劣りするとは言え、他の王子の館が桁がはずれているだけだ。
「ボイの花ですか、どうりで見かけない花だと思いました。しかしそれにしても対照的だ」
 ロブレスは貴族の館にも出入りしたことがある。上流貴族とは言いがたい館でも、もう少し華やかな花を植えている。このような雑草をはやしている館は思い当たらない。
「失礼ですが前庭の雑草は?」
 花と訊くつもりが思わず心に感じたままを口に出してしまった。
「矢車草です」と、答えたのは侍女の一人。
「私が生まれる前から私が好きだとされている花です」とルカ。
 はっ???
 ロブレスは答えに弱り黙り込んでしまった。
 確かにこの花が咲き乱れ庭一面を青く染めた時には、ルカは思いを銀河の果てに飛ばした。誰かの髪の色に似ている。そう思った瞬間、胸が締め付けられるような切なさを感じる。
「どういう意味でしょうか」とロブレスが訪ねてもルカは何の反応もしなかった。
 ルカの代わりに答えたのは先ほどの侍女、ロブレスを席の方に案内しながら。
「大奥方様がそう仰せになりました。この子が好きな花だからと、まだ殿下がお腹の中にいる時からこの花の種を庭一面にまいたのです。殿下が生まれた時に咲きそろうようにと。ちなみに殿下は水も好きなそうです。本人は否定しておりますが」
 それもナオミ夫人の言葉だった。館よりも池の配置を気にしていた。出来ることなら建物の一部を池の上に作って欲しいと。
 なるほどとロブレスは感心する。ロブレスのこの館に対する第一印象は巧みに水を使っているということだった。中庭はもちろん、部屋の中まで水を引き込み、これでは下手な妨害電波よりよほどいい。小声で話せば他人に聞かれることはない、水のせせらぎが声をかき消してくれる。
「それは当然のことです」と話に入ってきたのはルイだった。
「当然って?」
「竜神様は水の神様ですから」
「竜神様って、殿下は」
 ルカがその手の話を否定しているのは誰でも知っている。
「殿下は竜神様ではありませんよ、竜神様は私たちと会話をすることはできませんから」
 それはボイ星での言い伝え。
「竜神様と話ができるのは紫竜様だけなのです」
「じゃ、殿下が紫竜だって言うの?」
「それも違うと思いますよ、紫竜様は結婚しませんから」
「どうしてだ?」と、バルガスも話に加わった。
「竜神様はとても焼きもちやきだそうです。紫竜様が他の女性など愛するようなことになったら、それこそその町は湖底に沈んでしまいす」
「そっそうなの」と、驚く侍女に対し、
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」と、ストップをかけたのはバルガス。
「俺は頭が弱いから話がよく見えないのだが、少なくとも殿下は人間だぜ、ドラゴンの姿はしていない」
「紫竜様は人の姿で現れるのです。ネルガル星にならネルガル人の姿で、ボイ星ならボイ人の姿で」
「そっ、そうなのか」と、バルガスはわからずとも納得するしかなかった。
「私が思いますのに、おそらく殿下は竜神様の恋人なのでしょう」
「恋人? 今、竜は結婚はしないって」
「それは紫竜様のことで、竜神様のことではありません」
 そこへルカが現れた。
「ルイさん、あまり変なことを風潮しないでください。それでなくとも私は皆さんから変な目で見られているのですから」
 よい意味でも悪い意味でもルカは目立つ。既にその容姿自体が群を抜いて美しい。
「それよりお客様を席に案内して食事の用意をお願いします」
 侍女たちはルイを残して逃げるようにその場を去った。
「殿下はそろそろ認めるべきです」
「何をですか?」
「ご自身が竜神様に愛されているということをです。その笛が何よりの証拠です。竜は自分が愛した人に自分の紋章の入ったものをあたえるそうです」
 ルカの笛には白竜の紋章が刻まれている。
「ルイさん、いい加減にしてください」
 ルイはやれやれという感じにロブレスたちを席に案内した。
 丸テーブル、既に青年貴族たちは席に着いていた。空いている席にロブレスとバルガンそれにフレオ・ダニール、リガルドやミゲルははずされた。
「どうして第14艦隊は二人なのに俺たちの艦隊はロブレス大佐だけなんだ?」と、ミゲルがブーイング。
「それはしかたありません、殿下の指示ですから」
「ルカ王子の?」
 ルカが身分や階級で相手を差別しないことは以前司令官と仰いで一緒に戦ってよく知っている。では何故、俺たちが外されたのか?
「柄が悪いからでしよう」と言ったのはダニール。
「お前に言われたくないな、大尉」
「申し訳ありませんが、あなた方の席は隣のテーブルになります」
 ミゲルたちはしぶしぶそちらに移動した。
「テーブルの配置はボイ式にセットされているそうだ」と、ロブレスたちが席に着くと青年貴族のひとりが説明した。
 ボイ星では一定の間隔で集会場があり食事はそこで全員が一緒に取るらしい、身分に関係なく。もっともネルガルのような身分はないらしいが。国王がお着きになられるテーブルにはと言っても、その国王のイメージが我々とはずいぶん違うようだ。どちらかと言えば我々の感覚からすると代表者と言った方がイメージ的にはあう。国王と同席できる人物はその時の話題の人や国王に話のある人と言うことになっている。もっとも前もって申し出る必要があるらしいが。
「へぇー」と、その貴族の話を不思議な世界の話しでも聞かされているような感覚でダニールたちは聞いていた。
「それって、一般平民も国王と一緒に食事ができるのか?」
「だからさっき言っただろ、ボイ星には身分がないと。つまり貴族という感覚がないのですから平民も存在しない」
 バルガスは訳が分からないと首をひねる。少なくともネルガルでは皇帝と一緒に食事などできない、俺たちの身分では会うことすらできない。ただ出陣するとき数十万の兵士の一人として防弾ガラスで覆われた壇上に立つ皇帝を仰ぎ見るだけだ。
 バルガスがどうにか頭の中を整理しようとしているところに、ルカとシナカが現れた。服を着替えてきたようだルカはボイの服を着ていた。そしてバルガスの向かいの席に着く。ルカの隣にはカスパロフ大佐とケリン、シナカの隣にはアイリッシュ少佐とボイ人のホルヘが着席した。
 ちょっと待ってくれ。混乱する頭を必死で整理しようとするバルガス。隣に落ち着き払って座っているダニールを横目で見ながら、こいつはいい、端くれとはいえ貴族なのだから、だが俺やロブレスは平民だ。平民が王子と同席して食事を取るなんて、どんな星に行ったってあるはずない。だいいちどんなうまいものが出てきても何を食ったかわからなくなるではないか。否、これは夢だ、夢に違いない。俺は何処でこんな非現実的な幻覚を見るほど飲んだ? この館へ来るまでアルコールを口にした記憶がないのだが。
 バルガスの体は緊張で固まっていた。それはロブレスやダニールも同じだったのだが。
「バルガスさん、お嫌いですか」とシナカに声をかけられバルガスは我に返った。
 テーブルの上を見ると既に料理が運ばれていた。皆が箸を付けているのにバルガスだけはじっと動かない。
「いえ、大好きです」
 あわてて口の中にかき込む。あまりの下品さにダニールがバルガスの脇腹を小突く。
「大佐、もう少し落ち着いて食べてくださいよ、それでは常日頃何も食べていないようではありませんか」
 青年貴族たちが笑う。
 バルガスはほおばったまま顔を上げるとシナカと目があった。シナカもほほ笑んでいる。否、ほほ笑んだように見えた。
「一人ぐらいがむしゃらに食べてくれる人がいた方が、皆さんの食欲も増すのではありませんか」とルカ。
 人は不思議なもので隣でうまそうにパクつかれると、食べたくないものですら取られまいと思うのか、食欲が増すものである。
「そうですね」と一人の青年がルカの言葉に賛同すると皆が一斉に食べ始めた。
 そして本題に入る。話は戦術のことより事後処理のことだった。
 キュリロス星は元々ネルガルで困窮した生活を送っていた者たちが移住した惑星である。いわば俺たちと同類とバルガスは思っていた。仲間を殺すには抵抗がある、貴族ならかまわないが。
 ルカもそこはよく理解していた。指揮官は貴族でも兵士の大半は平民、それもスラム出身が多い。機会さえあったなら彼らがキュリロス星に移住していたかもしれない。否、彼らの親、兄弟は移住している可能性はかなり高い。
「速やかに制圧したら敵味方の区別なく、怪我人を一定のところに収容し治療させます。そのためには艦隊もさることながら医療チームを充実させるつもりです。それでロブレスさんとバルガスさんに頼みがあるのですが」
「頼み?」
「何でしょうか」
 ルカはバルガスとロブレスの顔を見ると、
「あなた方の部下に、無抵抗な者に対する殺生をしないように徹底してください。戦後は治安の方を任せたいと思っておりますので」
 治安? 治安という次元に一番遠い位置にある宇宙艦隊を地上の治安維持部隊に使うとは、何を考えているのだ。と言いたくなったが、これほど効率の良い方法もないと思い直した。一番治安を乱す奴らを治安の番人にするのだから、既にその段階で半ば治安が保たれたことになる。自分が検挙する側に立って悪いことはできない。
「畏まりました」と、テーブルの上に深々と頭を下げるバルガス。
 ルカは驚いて、
「バルガスさん、そんなに畏まらなくとも。少し肩の力を抜いて食事をしましょう。それでは何を食べているのかも」
 既にバルガスはわからなくなっていた。否、バルガスだけではない、他の艦隊の仲間
たちも食材が高級すぎて何を食べているのかわからない状態だった。こんなもの、食べたことがないというのが本音。
 それから話題はキュリロスの社会体制へと入っていった。どのような政治体制を取れば大多数の者が幸せになれるのか。青年貴族たちとの議論が白熱する。ここらへんになるとバルガスには付いて行けなかった。代わりにこの議論に口を出したのはバルガスの幕僚の一人ダニールだった。ルカの狙いは最初からバルガスより彼にあったのだろう、これから自分たちがどのような覚悟でキュリロス星を制圧するのか。そこら辺をはっきりしておかないとただの略奪戦になってしまう。
 議論が落ち着いた頃にはテーブルの上の料理もすっかりかたづいていた。
 シナカは溜息をつく。
「作った方々の身にもなってやってください」
 これではせっかくの料理も何を食べたのか誰の記憶にも残らない。
 ルカはきれいになった皿を見て、
「申し訳ないことをしました。帰ってきたらもう一度作ってもらいましょう。同じ仲間で、今度はゆっくりといただきます」
「そうしてやってください」とシナカ。
「ご馳走様でした」と言う青年貴族たちも、お腹はいっぱいなのだが料理が甘かったのか辛かったのか記憶になかった。否、肉を食べたのか魚を食べたのかすら、おそらく両方を食べたのだろうが、覚えていない。たぶんまずくはなかったと思う。
 席を立ち際にバルガスは言う。
「いくらこっちが熱心に下地を作ってやったところで、向こうさんが受け入れなきゃ、何の意味もないと思うが」
 俺だったら絶対に受け入れない、とバルガスは思った。他人に強要されることが一番嫌いだからな。そのくせ軍人に属しているのだから上官との衝突は避けがたい。
「受け入れさせるさ、これなら皆が幸せになるのだから」と、強気に出たのは青年貴族。
 彼らは自分の考えに間違いはないと思っているようだ。
「受け入れざるを得ないだろう」とバルガスの幕僚のダニール。
「彼らは敗北するのだから」
 敗者は勝者に従うのが習わし。ネルガルはそうやって他の惑星を支配下に置いて来た。
「問題は、向こうにこの政策を受け入れ実行できるだけの人材がいるかどうかだ」
「それは問題ないと思います」とルカ。
 ルカは政策を強要する気はない。理解して同意してもらうつもりでいる。
「リュリロス星の住人も人間なら私たちも人間です、考えに大差はありません。私たちが考えることは彼らも考えています」
「では何故、そうしなかったのですか?」と青年貴族の一人が問う。
「その人たちに権力や軍事力がなかったからです」
 おそらくそうしようとしたのだろう、その度に迫害された。世の中を乱す政治犯として。もしくはただの狂人として。既に権力を持ち特権階級に居るものは、その特権を手放そうとはしない。よって今の社会体制を守ろうとする、その社会が孕む負の面を見て見ぬふりをして。その負の面を見るのは中間層で何の力も持っていない人たち、彼らに力を貸してやれば社会はよい方へ歩みだす。我々がこのような政策を持ち込まなくとも。
「そのようなものなのでしょうか」
「まあ、やってみればわかることです」
「それはそうですが」と、青年貴族たちは歯切れが悪い。ルカの考えに同意できないようだ。
 そもそも彼らにはまともな教養がない。そんな者たちを相手に政策がどうの福祉がどうのと言ったところで無意味ではないのか。彼らをそのような状態に追いやったのは一部の突出した特権階級の贅沢によるものだということが、青年貴族たちの念頭にはない。
 このお方はこういうお考えだったのかと、ロブレスは改めてルカを見直した。ただの同情で病室を見回っていたのではない、我々を自分と同格にとらえておられるから。まるで自分の身内を心配するかのように。そしてその眼は今、キュリロス星の住人に向けられている。彼らの未来を本気で心配しておられるのだ。
「それに、ただ押し付ける気は毛頭ありません。これを下地に再考してもらいます」
「まだこの上議論するのか?」と、バルガスは呆れたように言う。
 ガツンと一発のバルガスは議論ほど無意味なものはこの銀河に存在しないと思っている。既にこの下地を作るにあたっても、かなり貴族たちと議論をかわしたようだ。戦術の方はどうなっているのだ戦術の方は。とバルガスは問いただしたくなる。
 食事が済んだ頃にはすっかり外は暗くなっていた。
「泊って行かれますか」と言うシナカの言葉に、
「いえ、今日のところは失礼させていただきます」と、ロブレスは紳士的に今日のもてなしに対しお礼の挨拶をしたのに対しバルガスは、すっかり緊張もとれたせいか、
「これ以上この館に居たら、頭がおかしくなりそうだ」
「無理もないな、バルガス中佐は首から上は使ったことないから、いつも脊髄反射で事を済ませているから」
「てっ、てめぇー」と言って拳が飛ぶ。
 それを上手くかわすリガルド。
 侍女たちは笑う、「まるで誰かさんみたいですね」と。
「誰かさんとは?」
「カロルさんですよ、クリンベルク将軍の三男坊」
 たとえられた相手がクリンベルク将軍のご子息ではバルガスも悪い気はしない。三人の子息もそれなりに実力を発揮している。ただクリンベルク将軍の名声があまりにも高すぎるためそれに隠れてしまっているのだ。

 客人が去ると館は少し静かになった。少しといったのはまだ一番うるさい客人が居座っているから。ルカは話の場を自室の居間に移すと、さっそくマルドック人から今のキュリロス星の内情を聞き始めた。さすがはマルドック商人、どんな臨戦態勢の星でも自由に出入りしてくる。
「奴らも最新の兵器と情報は欲しがるからな」
「つまり奴らにこっちの内情を話しているということか、今ここで言っていたようなことを」
 アモスはトリスの顔をまじまじと見つめると、
「トリス、口は災いの元って言う。一言多いがために命を落とす奴だっているんだ」
 商人には得てしてそのような人生をたどるものがいる。
「今回は大目に見てやるが、ものには言っていいことと悪いことがあるぜ」
 トリスは悟る。
「すまなかった」とトリスにしては珍しいほど素直に謝った。
 ここに居るのはプロの集団。こと自分の仕事に関してはプライドが高い。ここまでのプロになると、雇い主が彼らを選ぶのではない、彼らが雇い主を選ぶのである。いったん選べばその雇い主のために徹底的に働く。ルカに情報を売ると決めたマルドック人、ルカを護衛すると決めた親衛隊。どちらもルカが選んだのではない。相手がルカを選んで近づいてきたのだ。
「一般市民を隕石粉砕砲から遠ざけることができるでしょうか」
 まずは、あの隕石粉砕砲を破壊しない限りあの惑星に着陸することはできない。
「それは無理だな、キュリロス星もネルガル星と同じで、ネルガルがまず中心に鷲の宮がありその外側に貴族の館、その外側に平民という住み分けがあるように、キュリロスは中心に貴族の館、その周りに平民となっているようだ。今貴族の館には宇宙海賊シャーの仲間が住み着いている」
 ルカは腕を組み椅子に寄り掛かる。
「住み分けがなされているとは言え、今回はピンポイントで狙い撃ちするようなわけにはいきません」
 かなりの犠牲を覚悟しなければならない。ルカは爪を噛む。もっと良い方法はないのかと。




 その頃キュリロス星では、
「誰が攻めてこようと、我々に隕石粉砕砲がある限り怖いものはない」
 海賊たちは連日連夜のパーティー三昧。
「鉱物は腐るほどある」
 その鉱物が欲しくて銀河のあちらこちらから声がかかる。労働力はタダ同然。採掘すれば採掘するほど金になった。海賊たちは働くことも戦うことも忘れ喧嘩三昧の日々を送っていた。
 一方キュリロス星の住人たちは海賊の機嫌を伺いながら声を潜めて日々の生活を送っている。朝早くから夜遅くまで採掘場で働き家にはただ寝るだけに戻ってくる。数人が集まり少しでも海賊たちの悪口を言うものならその場で銃殺。女たちはその容姿が少しでも海賊の目に留まれば夫がいようがいまいが容赦なく館に連れて行かれた。この惑星の女で海賊たちの手のついていない女はいないとまで言えるほどに。
 ある娘が自殺した。コロニーでも評判の気立てのよい娘だった。結婚式もまじかだったというのに。
 自殺した娘の前で父親は呟く。
「地獄だ」





 いよいよ宇宙港に向かう前夜、
「眠れないのですか」
 シナカに寄り添われて床に就いたものの
「何か、もっとよい方法はないかと思いまして」
 まだ自分の作戦の不甲斐なさを諦めきれないでいる。
 じっと天井を見詰めるルカ。
 ここはナオミ夫人(ルカの母親)が使っていた部屋だ。寝室はボイ風に改築してある。小さなつる草をモチーフにしたモスグリーンの壁にボイの動植物や風景が描かれた絵が、その時の雰囲気に合わせてかけられている。そして右手には襖があり開ければ座敷をぐるりと回っている回廊がある。そしてその先に池。時折床に就いて静かにしていると魚の跳ねる音が聞こえた。ボイの建物の作りと母の村の建物の作りはよく似ている。
 ルカは布団の上に起き上がると、
「戦う前に降伏を促してみようかと提案してみました」
「そうですか」と、シナカも起き上がりルカの話を聞く。
「でも、ケリンさんに笑われました。無駄だと。隕石粉砕砲がある限り、彼らは負けることはないと思っているだろうと」
 生半可、少しばかり頼りになる道具があると人はそれに全面的な信頼を寄せる。まるでそれが神ででもあるかのように崇める。
「このままではキュリロス星は壊滅してしまう。せめて一般住民だけでも」
 いまだに諦めきれないようだ。
「迷いは味方を死地に追いやることになりますよ」
 シナカのその言葉にルカははっとする。
「そうなのです、隕石粉砕砲は舐めてかかれるような兵器ではない。一歩間違えばこちらが全滅する」
 ヤンセ少将の二の舞になってしまう。
 シナカはそっとルカを抱きかかえた。
 私を信じて付いて来る者たちを死地に追いやるわけにはいかない。
「吹っ切らなければ」とシナカの腕の中でルカは呟く。
 シナカは薄いナイトドレスを通して冷たいものを感じた。この人の涙、これから犠牲になる人々に対する、これから自分がやらなければならない非情さに、心が付いて行けないでいる。
 人前では絶対に見せない弱さ。シナカだけが見ることを許されている。
 この人は本当に戦争が嫌いなのだ。
 シナカは強くルカを抱きしめた。





「出撃の用意が整いました」
 ここはルカの旗艦トヨタマの艦橋。今回ルカに動員されたのは十個宇宙艦隊、一惑星を制圧するには多すぎる数だが、一星系を制圧するには少なすぎる。無論この中にはロブレス率いる第10宇宙艦隊とバルガス率いる第14宇宙艦隊が含まれている。それにやはり以前一緒に組んだことのあるメンデス率いる第6宇宙艦隊。
「また、随分中途半端な数を」と言うケリンに対しルカは、
「隕石粉砕砲を警戒しての配慮でしょう。前回は全滅でしたから」
「数が多ければいいというものでもなかろう。また足手まといになるだけでは」と、ケリンはモニターに第10宇宙艦隊と第14宇宙艦隊を映し出して言う。
 ケリンの辛辣な言葉にリンネルは苦笑した。
「その心配はいりません。もう彼らは以前の彼らではありませんから」と、ルカはロブレスたちを庇う。

 最終チェックがルカの艦内で行われた。ルカはあいさつ程度の作戦会議しか持たない。最終チェックだと言うのに艦隊を二つに分けただけ。一つはメンデス少将が指揮を執る。実質的にはメンデスの旗艦に同乗するレイが執るのだが。そして残りはルカが。
「私に付いてきてください」と言われても、相手は十五歳にも満たない子供。王子でもなければ相手にもしないと思っている提督たちが大多数なのだが、既にルカの実力を知っているロブレス大佐やバルガス中佐は黙ってその指示に従った。宇宙正規軍の爪弾きとされている彼らが、まるで借りてきた猫のようにおとなしいのを見て他の艦隊の司令官たちが驚く。
「こう申しては失礼ですが、これで本当に大丈夫なのでしょうか」と、ルカの作戦の単純さを警戒する。
「何しろ一度全滅しているからな」
 提督たちが声を潜めてささやきあう。
「相手が王子でなければ怒鳴りつけている」と意気込む提督まで出る始末。
「そうだ、あんな子供に何ができるというのだ。犠牲を増やすだけだ」
 その中に自分も含まれていることが気に入らない。
「ですが、負け知らずだとも伺っておりますが」
「それはカスパロフ大佐の手腕だろう。それが今回はルカ王子の背後に控えていて一言も口をださない。これでは」
 この提督は以前某王子の初陣に同行しひどい目にあったことがある。
「とにかく卓上の戦術しか知らないで武勲を立てたがるのだから始末に悪い」
「それは、ルカ王子に関しては当てはまらない」
 凛とした声が背後から響いたので提督たちはあわてて振り向いた。
「これはメンデス少将。そういえば貴殿は一度、ルカ王子の指揮下で」
「はい。ゲリュック群星での戦いでご一緒させていただきましたが」
「あれは圧勝だったようですな」
「まぐれだろう」と茶々を入れる提督。
 メンデスはその言葉を無視して、
「あれは全てルカ王子が立案したものでした。あのお方は、石がレールの上を転がるように戦争を進めていかれます」
「どういう意味でしょうか?」
「あのお方が出撃と合図された時には、その戦いの行方は既に見えているというのでしょうか、そこまで準備なさらないと出撃の命令を発しないように思われます」
「つまも、この戦争の結果は」
 メンデスは頷く。既に見えていると、少なくともあのお方には。
「馬鹿な、戦ってもいないうちから」
「失礼ですが、メンデス少将は作戦の全容をお知りなのですか」
「いいえ」とメンデスは残念そうに首を横に振る。
 まだそこまでルカ王子に信頼されているわけではない。
「おそらく知らされているのは極一部の人だけです。先ほども言ったように知らなくとも石がレールの上を転がるように、この戦いは決められた終点に向かって動きます。それがあのお方の戦術。そのために我々がここでこのような暇をしている間もあのお方は独り、作戦の準備を整えておられます。我々に苦労をさせないために」
 ルカ王子の指揮下、苦労したという話は聞かない。もっとも戦争である、苦労をしないはずがない。ただ他の戦場に比べて。
 提督たちは黙り込む。
「そう言えば、ヘカタイ星系での会戦でも、ルカ王子はまるで結果を知っていたような節があると、ラカーユ提督などは仰せでした」
「今回も?」
「そうだ、お前らさえドジらなければ」と、背後から提督たちの話しに乗り込んだのはトリス。
「想定外という言葉は言いたくないからな。だが、ゲリュック群星の戦いはひどかったな。奴らの艦隊運動は下手だとは聞いていたが、あそこまでひどいとは想定外だったぜ。おかげで予想以上の被害が出た。お前らの艦隊は大丈夫なんだろーな。味方の艦が邪魔で発砲も旋回もできないなどということはないだろうな。あんな無様な戦いは、もうご免だからな」
 誰もが圧勝と称賛した戦い。だが実際に戦った者たちは満足していないようだ。
 トリスは酒瓶を片手に怒鳴る。その言葉は呂律が回らずかろうじて意味がとれる程度だ。おまけに歩行もままならないと見えクリスが懸命にトリスの体を支えている。
 そのため提督たちは最初何を言われたのか解らず反応が遅れたが、意味が解るや否や、反応が遅れた分、怒りが噴き上がるように脳天に達した。
「きっ、貴様! 誰に対してそんな口をきいていると思っているのだ」と、提督の一人が柄に手をかけた。
「お許しください、酔っているのです。ここは大目に見てやってください。正気ではありませんから」と低頭するクリス。
 せっかくのクリスの低頭も、
「俺は正気だ!」と言うトリスの言葉で何の役にもたたなくなった。
「きっ、貴様! そこへなおれ。その首、たたっ切ってやる!」と意気込む提督。
「なおれと言われてなおる馬鹿がどこにいる」と怒鳴るトリス。
「お許しください」と、そのトリスの頭を下げさせようとするクリス。
 某休憩室はてんやわんやになっていた。そこへ、
「やめておけ、怪我をするぞ。こいつ等はお前らの手におえる相手ではない」と、提督たちに忠告したのはバルガス。
 バルガスは数人の幕僚を引き連れ提督たちの背後に現れた。さすがにやくざ艦隊、凄味の入った幕僚を背後に控えさせたバルガスはどこぞの組長という感じだ。見るからに近寄りがたい。
「やぁ、バルガスじゃねぇーか」
 そんな雰囲気のバスガスにトリスは気安く声をかけた。
「噂をすれば影か」と、トリスは薄ら笑いを浮かべる。
 それから目をこすりバルガスの顔をまじまじと見詰めると、妙なことを言いだした。
「ところでどうしたんだ、阿修羅像じゃあるまいし、顔が三つあるぞ」
 トリスは完全に酔っていた。
 バルガスはトリスの前に仁王立ちになると、トリスの胸ぐらを鷲掴みにする。
「トリス、よく覚えておけ。二度とあんな失態は繰り返さない。殿下にもそう伝えておけ」と言うなり、トリスをクリスの方に突き飛ばすように放した。
 そして「行くぞ」と、背後の幕僚たちに合図する。
 トリスはバルガスたちの後姿を視線で追うと、また薄笑いを浮かべた。
「これでよし」と、近くに居たクリスにだけ聞こえるぐらいの小さな声でトリスは頷いた。



 戦争の前祝として兵士全員にささやかなアルコールが振る舞われるといよいよ出撃の号令が発せられた。先陣の栄光を得たのはバルガス率いる第14宇宙艦隊だった。
「野郎ども、位置につけ。何時までも馬鹿にされてたまるか。今度こそ、俺たちの真の実力を見せつけてやろーぜ」
 バルガスの号令の下、第14宇宙艦隊の士気は一気に高まった。


 出撃前の各艦の様子を悪趣味で盗聴していたケリンは、ヘッドホーンをはずしながらトリスに問う。
「どんな起爆剤を注入した?」
 第14宇宙艦隊の士気が過剰なほどに高まっている。
 トリスはおどけた格好で酒瓶を高々と掲げると、
「アルコールを一本、多めに配給してやったのさ」
「お前じゃあるまいし」
「死地に向かう人間はそんなものさ」
 この中のどれだけの人数が、また生きてこの地を踏めるのか。その人数の多さによって指揮官の価値が決まる。勝たない限りは生きては戻って来られない。
 トリスは後ろを振り向いた。その視線の先、指揮シートの中でじっとスクリーンを見つめているルカの姿がある。まだルカの体より指揮シートの方が大きい。だが今回の出撃、帰還するころには元服を迎える。
 早いものだ、俺がお前に会ったのはお前がよちよち歩きの三歳の時だ。幼児のくせに生意気なガキだというのが第一印象。それは今でも変わらない。
『発進の用意が整いました』
 オペレーターの声が環境に響き渡る。
 ルカは静かに頷く。
『旗艦トヨタマ、発進します』
 旗艦トヨタマは滑るように格納庫の中を動き出す。だが体には推進装置の振動も加速による重圧も感じない。ただ宇宙を映し出していたスクリーンの一部が格納庫内を映し出し、その映像が動き出したことによってそれと解るだけ。
『ゲート、開きます』
 その頃にはかなりの速度になっていた。
 旗艦トヨタマは一気に宇宙に滑り出した。

 集合宙点には既に他の宇宙港から出撃した艦が集結していた。今回ルカの指揮下に入るのは十個宇宙艦隊、一宇宙艦隊は約五百隻の軍艦からなり各軍艦は二百機以上のコマンドを搭載している。それらのコマンドが搭載艦から全て発進した時の光景は、まるで小さな銀河見るようだ。宇宙軍艦を中心にその周りをコマンドが飛び交う。
 旗艦トヨタマの会議室、ルカは最初に軽い挨拶を交わすと宇宙艦隊を六個艦隊と四個艦隊に分け、ルカは四個艦隊の方を指揮することにした。
「ちょっ、ちょっと待て」
 それに意義をとなえたのはトリスだった。
「何でお前が、少ない方を指揮するんだ」
 提督たちの前でトリスはルカ王子をお前呼ばわり。これには提督たちは青い顔になった。いくら格の低い王子とはいえ現ギルバ皇帝のご子息。本来なら畏れ多くそのご尊顔を拝顔することすら許されないと言うのに。だが既にこの光景を見慣れていたバルガスやロブレスたちだけは平常心を保てた。
「殿下は実力主義ですから、あまり形式にはこだわらないようです」と小声で言ったのはバルガスの幕僚ダニール。
「しかし、それにしても」
 提督たちのざわめきの中、気品のあるルカの声が静かに流れる。
「主星を攻略するには六個宇宙艦隊が必要とされています。ちょうど私に与えられたのは十個艦隊、四個艦隊引いたところで六個艦隊残ります。敵の目をくらますには十分すぎる数です」
「それでは俺の答えになっていない。お前が六個艦隊を率いて時間稼ぎをすればいいだろ、危険な方は別の奴らにまかせて」
「これは私が立てた作戦です。この作戦が成功するもしないも、この四個艦隊にかかっているのです。立案者の私が指揮するのが当然でしょう」
「あのな、お前の身に何かあったらどうするんだ」
「その時は、すぐさまネルガル星へ引き上げてください。作戦を継続する必要はありません」
「そういう話ではない」と、トリスは思わず立ち出しテーブルを叩く。
「指揮官を失ってまで戦う必要はないと私は言っているのですが、どこが違うのですか」
 トリスがルカに口では勝てずにイラついているのを見てメンデスが、
「我々の力を信じてはいただけないのでしょうか」
「信じております。ですからこそあなたに、六個宇宙艦隊を任せるのです。そしてロブレス大佐やバルガス少佐の力を信じるからこそ、連れて行くのです」
 ルカのその言葉にバルガスは感無量となった。
「あなたなら六個宇宙艦隊をうまくまとめてくれるでしょう、皆さんもメンデス少将に協力してやってください。私たちの行動を敵に悟られないように、お願いします」と、ルカは提督たちに頭を下げた。
 提督たちはルカの旗下に入り始めての経験である。指揮官が命令ではなく頼むなど。そもそも王子ともあろうお方が壇上ではなく我々と同じテーブルに着かれている。それだけでも、どう対応してよいかわからずにいる提督たちを置いてバルガスが叫ぶ。
「トリス、殿下のことは俺たちに任せろ。例え俺の体が粉々になろうと殿下にはかすり傷ひとつ付けない」
「あのな、お前の体が粉々になるってことは、艦が粉砕したということだ。そんな状態で殿下だけが生き残れるはずがなかろう。お前の頭の中には脳みそが入っているのか?」
 最後のその言葉、トリスにだけは言われたくなかろうと、ルカの親衛隊たちは内心思っていた。
 会議の解散前に、
「ご指示を」とメンデス。
 指示といわれても任せた以上、ルカは口出しはしない。やりかたはそこの責任者に任せる。
「私たちが来るまで、敵と適当に渡り合っていてください。ただしくれぐれも隕石粉砕砲には気を付けてください」
 決して隕石粉砕砲には近づかないようにとのルカ王子の言葉である。隕石粉砕砲の陽動も覚悟していたメンデスには意外な言葉だった。
「適当にですか」と深く考え込むメンデス。
 ではどうやって、あの兵器を黙らせるのだ。
 その時、ルカはレイの方に視線を移す。
 アイ・コンタクト。
 それを察したメンデスは、後はアイリッシュ少佐に任せておけばよいか。ゲリュック群星では、彼はでしゃばることなくさりげなく補佐をしてくれた。今度もおそらくそうなるだろう。彼はこの作戦の全容を知っている者のひとりだろう。頭の切れる人物だ。ルカ王子の周りにいる個性豊かな人物たち。殿下は彼らの個性を殺すことなくうまく使われておられる。そう思いながらメンデスはトリスを見た。殿下以外の指揮官では使いこなせない人物。
 会議が終了し会議室を出る間際、ルカの侍従武官リンネルは誰かに呼び止められたような気がして振り向く。
 まだ司令官たちが残る会議室の片隅、そこに、上半身は人間そして下半身は白い蛇の姿をした女が佇んでいた。その女はリンネルに妖艶に微笑みかける。
(ヨウカ殿)
 リンネルは驚いたようにその名を心の中で叫んだ。
(久しいのー)
 リンネルは慌てる。これから決戦に入ろうというのに。
(心配はいらぬ。戦いが終わるまで手は出さぬ。なんなら手伝ってやってもよいぞ。空間はわらわの専売特許じゃきにのー)
 ルカを自分の餌だと豪語する化け物。正確には四次元生物。エルシア様は彼女の存在をご存じだがルカは頭ごなしに否定している。
 殿下が成人するまでは待つと言っていたが、そういえば殿下はこの戦いのさなか元服を迎えられる。ここで騒ぎを起こされては全滅だ。殿下には戦いに集中してもらわなければならない。
「どうしたのですか、リンネル。何か忘れ物でも?」
「いえ、何でもありません」と、ルカの背後に付き従うリンネル。
 もう一度振り返ればヨウカが艶めかしく手を振っていた。


 キュリロス星救援宇宙艦隊は速やかに二手に分かれ、その内の一手、フリオ・メンデス・コルネ少将率いる六個宇宙艦隊がキュリロス星へと直行した。




 キュリロス星ではネルガル正規軍の出現により、迎撃の準備が急ピッチで進められていた。
「また、証拠にもなく現れよって」
「また隕石粉砕砲の餌食だ。成層圏外に粗大ごみが増えて困るぜ」
 キュリロス星を支配している海賊たちは笑った。
 ここは宇宙海賊シャーのアジト。正確にはキュリロス防衛本部。
『ネルガル艦隊接近、数約十個宇宙艦隊。現在ワームホールを抜け、星系外縁部に集結中です』
 オペレーターの緊張した声。
「十個宇宙艦隊とは、これまた随分揃えてきたものだ」
「それだけ我々を恐れているということでしょう」
 海賊たちは勝利でも得たように喜ぶ。
『このままのスピードで接近すれば、数時間後には我が惑星軌道上に到着します』
「数時間後か、半日もあれば隕石粉砕砲には十分過ぎるほどのエネルギーを充填することができる」
 別のオペレーターが叫ぶ。
『ネルガル宇宙艦隊、二つに分かれました』
「なっ、何! どういうつもりだ」と、慌てる海賊の一人。
「ほっとおけ、どうせ回り込んで背後から突くつもりだろう。だが隕石粉砕砲は一つだけではない。それより今度の指揮官の名前は?」
『それか、子供です』
「子供だと!」と、激怒するゲーベル。
「俺たちも、随分なめられたものだな」
『それが、お名前が』と急に改まった口を利くオペレーター。
「どうした?」
『ルカ王子です』
 ルカ王子。その名前はここキュリロス星にも知られるようになっていた、クリンベルク将軍に次ぐ常勝将軍として。戦いの女神と勝利の女神から愛されている王子として。
「美しい王子らしいですぜ」
「おもしろい。生け捕りにして愛玩として飼ってやろう。地下牢にでも繋いでおけばわからんだろう」
「親分、飽きたら俺たちにも回してくださいよ」
 海賊たちは下卑た笑いを浮かべた。
「よし、作戦が決まった。王子以外は全て隕石粉砕砲の餌食にしてやれ。隕石粉砕砲にエネルギー充填開始」
 その時だった。
『通信が入っております』
「誰から?」
『ルカ王子からです』
 噂をすれば影。
「ルカ王子だって! 本人か?」
『はい。回線開きますか』
 海賊たちは唾を飲んだ。まさか本人が直々に通信してくるとは思っても見ない。
「開いてくれ」
『回線、開きます』
 キュリロス防衛本部の司令室、メインスクリーンに映し出されたのは、噂以上の天使。シミ一つない白い肌に整った顔立ち、王子と聞いていなければ女性と見間違うほどの線の細さ。こいつ、本当に男なのか? 誰もがそう思っているのだろう、司令室は暫し静かになった。
「こいつが、ルカ王子」
「本当に、男なのか? 男装した乙女という感じだな」
「俺のタイプだぜ」と、冷やかしに海賊の一人が口笛を吹く。
 話しかけてきたのはルカの方からだった。
『初めまして、オネス・ゲーベル大佐』
「殿下、知らなかったのですか、俺はとっくにネルガル軍をやめているのですよ」
『ええ、知っております。ただ、また復帰する気はないかと思いまして』
「復帰、ばかばかしい。あんなところ、誰が戻るか」と、ゲーベルは吐き捨てるように言う。
『そうですか、それは残念です。ところで今回の戦いですが、降参する気はありませんか。今ならまだ、悪いようにはいたしませんが』
 これにはゲーベルを始め、司令室に居たすべての海賊が驚いた顔をした。だが次の瞬間、怒りが込み上がってきた。いくら可愛い顔をしているからと、戦ってもいないうちに、生意気にも程がある。
「さすが深窓の美姫、何も知らずにお育ちのようだ」
 余裕のある海賊はそう言って笑う。だがゲーベルは、
「馬鹿かお前は!」と怒鳴った。
 馬鹿にされたと思ったゲーベルは頭に血が上った。元々気が長い方ではない。
「戦ってもいないのに降参する馬鹿が何処の星にいる!」
『戦いが始まってからでは遅いので申し上げているのです』
 ルカはあくまでも冷静に忠告する。それが一層ゲーベルの怒りを掻き立てる結果になった。こんなガキに。
 血走る視界の中ゲーベルはルカの背後に控えているロブレスの存在に気付く。
 映っていないと思っているようだが丸見えだ。ゲーベルはにんまりとすると、その怒りを元自分の副官だったロブレスに向けた。
「お前、いつから帝国の犬に成り下がった」
 ルカは背後のロブレスを見ると、
『説得していただけますか』と頼む。
 ケリンからの情報によりルカはゲーベルとロブレスの関係を知っていた。
 ロブレスは軽く首を横に振ると、
『それは無理です』と断る。
 艦橋の会話はすべてゲーベルの方に流れるように設定してある。
 ロブレスは彼の性格をよく知っていた。補佐官がいる。一緒に来ないかと誘われた時、それがゆえに断った。散々臆病者だと罵られたが、お前と私では求めるものが違った。
「あたりまえだ。誰が戦う前に負けを認める。こっちには隕石粉砕砲がある」
 それが一番危険だと、戦う前に殿下は仰せになられた。まさに今のゲーベルは殿下の仰せになられた状態になっている。兵器への過信。その兵器さえ取りはぶけば、おそらくろくな戦術も立てていないはずだ。
「よろしいでしょうか」と、ロブレスはルカに通信の許可を取ると、ルカの代わりに通信機を握った。
 説得する気はないが、話したいことがある。
『私は犬に成り下がったのではない。私が求めているものとこのお方が築こうとしているものが同じような気がしたから、協力しようと思っただけだ』
「なっ、何? 同じだと。協力だ?」
 ゲーベルは大笑いをした。
「それこそが、臆病者の言い訳」
『ゲーベル大佐、あなたがこの星で行ったことは何だったのですか。これでは今のネルガルと何ら変わるところがない。悪いことは言わない、この戦い、おそらく大佐の負けです。今のうちに』
「煩い、黙れ!」
 ゲーベルは怒鳴った。
「戦火を交えぬ前に何をごたごた言っている。そんなにキュリロス星が欲しいのなら、力ずくで奪えばいい」
『では、そうさせていただきます』
 ルカはあっさり答えた。
『全員、戦闘配置に付いてください』


 通信を切ってからルカは大きなため息を吐いた。
「やはりご存じだったのですか、ゲーベルと自分のことを」と、気落ちしているようなルカにロブレスは問う。
「私にはケリンが付いておりますから」
 ロブレスは苦笑する。ネルガルきってのハッカー。そもそも最前線に送り出されたのが軍の超極秘事項を盗み出したからだという噂。
「何でもお見通しと言うわけですか」
「必要なことだけです。それ以外は興味ありません。ただ他人に迷惑をかける場合はその限りではありませんが。しかし他人に迷惑をかけないということは、なかなか難しいですよね。人間、一歩歩いただけでも昼寝をしていた人の上に、うっかりすると自分の影を落とすこともあります」
 面白いことを言う方だと、ロブレスはルカを見る。
「少しでも戦争を回避できればと思ったのですが、私の態度がよくなかったのでしょうか、かえって怒らせてしまったようです」
「ゲーベルは教養や学歴に対する劣等感を持っておりますから。ほとんど学校には行っていないのです。独学と実践であそこまで上り詰めたものですから」
 ゲーベルも裕福な家庭の子ではなかった。所詮独学は独学。だがいざとなれば下手な学歴よりはるかに価値があるのだが、世間はそれを認めない。ゲーベルは軍の昇格試験もかなり不利な位置からのスタートだった。ひもじさも身に染みていたはずなのに、自分が裕福な側に立つとそれを忘れてしまっていた。
「だからこそ、欲しい人物だと思ったのですが」
 世の中の汚点を知っている人物。それを一つ一つ直していけば必ず住みよい世の中になるはずです。
 ロブレスは驚いた顔をした。この方は、敵の大将であるゲーベルにも価値を見出している。おそらくゲーベルのことを調べているうちに。
「さっ、戦闘開始です。余計なことに気を奪われているととんだしっぺ返しを受けます」



 メンデスは隕石粉砕砲の射程外に見事なまでの陣を敷いた。
「さて、適当にと殿下は仰せだったが」
 どうしたものかとメンデスはレイと、その隣に控えているボイ人サミランの顔を伺う。
「相手の神経が休まらない程度に攻撃をしかければよろしいのではないですか」
 意味のない戦闘をルカは嫌う。そういう意味では戦争自体をルカは望まない。言葉という道具があるのですから、どうして言葉を使って解決できないのですか。これがルカの主張だ。
 だがまだネルガル人はそこまで言葉を操れるほど、言葉の歴史が古くないのだろう。言い換えれば言葉を使うようになって日が浅い。その点ボイ人の方が進んでいるのかもしれない。少なくとも彼らは、戦争を会議を持って回避することができたのだから、ネルガル人が侵略するまでは。
「相手の出方を伺ってはどうでしょうか」と、進言したのはレイ。
「そうしますか。急ぐこともないし」
 これだけの宇宙艦隊に対峙されては、元大佐だったゲーベルにはネルガル軍の強さを知っているだけに、かなりのプレッシャーがかかっていることだろう。
「それでもよいのですが」と、進言したのはメンデスの幕僚の一人。
「殿下としては犠牲をできるだけ最小限度に抑えたいのでしょうから、いかがでしょう、一般通信網に数時間後にこの地が戦場になることを流してみては。それまでに速やかに避難するようにと。一般住民だけでも町を離れてくれれば犠牲者の数をかなり減らせると思いますが」
「そううまくいくでしょうか。彼らは隕石粉砕砲をかなり過信しておりますから」
「しかし上空で隕石を砕いたところで、その破片はかなり地上に降り注ぐと思われますが、それを避けるには」と、考え込むサミランに、
「どこへ逃げろというのですか」と、別の幕僚が後をつなぐ。
 提案した幕僚は、うむ。と言って黙り込む。
「しかし、やってみて無駄ということもないでしょう。出来るだけ殿下の望む状況にしてさしあげれば、殿下も喜ばれることでしょう」
 どんな状態にしても戦争自体を喜ばれる方ではないのだが。
「そうですな。殿下の話しでは眼下の町は瓦解するとのことでしたから」
 メンデスたちは未だにルカから作戦の全容を知らされていない。



 キュリロス最大の都市オネスでは、元は某貴族の門名を冠していたこの都市、今はゲーベルの名前を冠している。そのはるか上空にメンデス率いる六個宇宙艦隊は布陣していた。
「さー、来い。何時でもお見舞いしてやる」と、宇宙海賊の一人は隕石粉砕砲の発射ボタンに指を置き待ち構えている。
 海賊たちは意気込んで構えていたが、何時になっても動こうとしないネルガル宇宙艦隊に対し、そろそろしびれを切らし始めていた。
「臆病どもめらが、向こうが動かないのならこっちから」
 はるか頭上とはいえ、頭の上を何時までも塞がれていては気持ちのいいものではない。
『通信が入っております』と、オペレーター。
「何、またあの小生意気な王子からか」
『いえ、違います。今回は一般家庭用の回線を使っております』
 一般家庭用の回線? ゲーベルは一瞬首を傾げたが、
「どんな内容だ?」
『通信をそのまま流します。
 キュリロス星の住人に告ぐ。一日だけ時間の猶予を与える。この都市より逃げられるだけ逃げよ。さもないとあなた方はこの都市と共に宇宙の塵と化すだろう。第6宇宙艦隊提督フリオ・メンデス・コルネ』
「なっ、何!」
「こんなものを家庭に流されたのでは町は混乱する」
 案の定、スラムから飛び出してきた住人は路地を右往左往し始めた。
「馬鹿な奴らだ。この都市に居れば上空をバリアで覆うこともできる。例え砕けた艦体の破片が落ちてこようとも上空のバリアが防いでくれるものを」
 だがそのバリアも都市の全てを覆うわけではなかった。元貴族たちの館を中心とした一画だけである。
「妨害電波を流せ。これ以上住民を混乱させるような通信は流させるな」




「どうだ、効果のほどは。かえって家の中に閉じこもってしまったのではないか」
「それが」と、オペレーターはヘッドホーンを外してメンデスの方に振り向くと、
「荷物をまとめて都市を離れるものが続出しております」
「どうしてだ?」
 都市に居た方が安全だと考えるのが普通だろうとメンデスは思っていた。なぜなら隕石粉砕砲を作動させたとき、隕石の砕けた破片が都市に落ちないように何らかの工夫がされているはずだから。さもなければ五十年に一度は大都市を壊滅させてしまうほどの隕石が降り注ぐこの星で、生活していけるはずがない。
「それが、前回の戦闘の時、砕けた艦体の破片が町に降り注ぎその町は壊滅状態だったそうです」
「バリアは?」
「それが一部の裕福な貴族の館に取り付けられてあるだけで、一般市民たちは」
「そうか」
「今回も真下に居ては危険だと判断したようです」
「今回は貴族も平民もありません。おそらくバリアは何の役にもたたないでしょう」とレイ。
「殿下は、何をするおつもりなのですか」
「それは、もう直わかります」



 都市の住人たちが逃げたのには訳があった。ネルガル宇宙艦隊がキュリロス星に現れる数日前から、マルドック商人による情報工作が始まっていた。
「よっ、今度のネルガル正規軍はかなりの数らしいぜ」
 商談をしながらマルドック人はさりげなく喋る。マルドック商人にしても長年の取引先を失うのはかなりの損失につながるから、できれば助けてやりたいという下心からの親切心である。
「ネルガル宇宙軍がなんぼ来ようと、俺たちには隕石粉砕砲があるからな」
「それがよ、今回はそんなものでは防げないらしーぜ」
「馬鹿言うな、あれに敵うものはない」
「本当だ、今回ばかりは」と、隣で商談していたマルドック人がその話に加わる。
 一人より二人、話の信憑性が増す。
「今回指揮を執るのはルカ王子らしい」
「ルカ王子? 聞いたことないな」
「何だ、お前ら知らないのか?」と、別のマルドック人がまたその話に加わってきた。
「ルカ王子と言えば今やクリンベルク将軍に次ぐ常勝将軍だ、それを知らないとは」
「いや俺は、クリンベルク将軍をしのぐと聞いたが」
「本当か?」
「本当だ。今やネルガル人で知らない者はいないぜ」
「体格は俺たちよりでかくってよ」
 マルドック人と言えば宇宙人の中でもガタイの良い方に入る。そのマルドック人より大きい。
「色は浅黒く、腕力といい知略といい、今やギルバ王朝に右に出る者はいないと言われているぐらいだぜ」
「なんせ、あだ名がドラゴンだからな。ありゃ、絶対次期皇帝だぜ」
 ドラゴンと聞いただけでネルガル人たちは宇宙最強の悪魔をイメージする。
「今のうちに媚び売っておいた方がいいんじゃないか」
 知らぬが仏、マルドックの商人たちはキュリロス星の商人たちがルカのことを知らないのをいいことに、あることないこと法螺を吹いた。なんせ、敵は強そうに語るに越したことはない。ルカ王子の実際の容姿と年齢を言ったのでは、それこそ信憑性を損ねるというものだ。だがドラゴンの生まれ変わりと言う噂があるのは事実だし、頭がいいのも確かだ。全部が嘘なわけでもない。
「そっ、そんな王子がいたのか」と、キュリロス星の商人たちはビビる。
 ネルガル人なのに俺たちは知らなかったという顔をキュリロス星の人々はした。
「まあ、ルカ王子が出馬してきちゃ、ゲーベル閣下も年貢の納め時だな」
「しぃー」とキュリロス星の住民は口を指で塞いだ。
 この星でゲーベメの悪口を一言でも口にすれば、そこに居合わせた全員が処罰される。
 マルドック人もそこはわかったと頷くと、ゲーベルの名を出さないようにして話を進めた。
「ところで、ルカ王子のやり方を知っているか?」
「知るわけなかろー。だいたいルカ王子の名を聞いたのは今日が初めてなんだからな」
「それもそうだ。じゃ、教えてやる。奴のやりかたは、単刀直入、無駄なことは一切やらないという感じかな」
「なっ、なんだそれ?」
「つまり、奴がキュリロス星に砲撃してくるとすれば、どこもここもない、ゲーベルの居るこの都市オネスさ。他の都市には目もくれない。だからこの都市からさえ離れれば助かるってことさ」
「それ、ほんとか」と、疑わしげに問う。
「ああ、今まで奴のやりかたを見た俺が言うんだ、間違いない」と、そのマルドック人は胸を張る。
「俺も、そう思うな」と、別のマルドック人が答える。
「それに上空でドンパチ始まれば艦の破片が降ってくるんだろ、前回もそれでかなりの被害が出たっていうじゃないか」
「そうなんだよ、ここにはバリアがないからな」
「海賊どもに高い袖の下握らせてバリアの中に入れてくれって頼むより、今のうちに他の都市へ避難しておいた方がいいんじゃないか。それなら引越しの費用ぐらいで済む」
「それもそうだな」
「本当に他の都市は砲撃されないのか?」
「ああ、されない」
「どうしてそう言い切れる」
 彼らはルカから今回の作戦を聞かされていた。それでできるだけこの都市から住民を移動させてくれと頼まれたのだ。だが作戦の内容を明かすわけにはいかない。後は彼らの判断に任せるしかない。
「それは俺たちが今までルカ王子の戦い方を見てきて感じた、言うなれば勘かな」
「勘ね」
「信じろ。昔から、信じる者は救われるって言うだろ」
 その時だった。
「そこで何、こそこそ話をしているのだ」
 いかにも海賊の子分のようなものが言いがかりを付けてきた。小遣いでも欲しいのだろう。マルドック商人は商人らしい愛想のいい笑顔を作ると、
「いえね、商談の金額が折り合わなくてね、ついひそひそとなってしまったのですよ」と言いながら、なにがしかの金銭を握らせた。
「そうか」と、納得するチンピラ。
「あなたのお力で、もう少し安くするように言ってやってくださいよ」
 チンピラはキュリロスの商人に向かい、
「あんまり欲かくな」と言い残して去っていった。
「何が欲かくなだ。俺たちの利益を吸い上げているのはお前らなのに」
「まあ、そんなに怒るな。今にルカ王子が一掃してくれるさ」
「その次はその王子に支配される番か」
「俺たちにとっちゃ、今までと何ら変わるところはない」
 貴族の代わりに宇宙海賊が、そして今度は王族が、このキュリロス星の資源を狙い俺たちを搾取する。
「まあ、そういうことになるかな」と、マルドックの商人たちはキュリロスの住人たちの言葉をあえて否定はしなかった。
 本当はそうはならないことをマルドックの商人たちは知っている、ルカ王子の為人は知り尽くしているから。だが今はそんなことを言っている場合ではない。今ここで下手にルカ王子の味方をして、今までの話しの信憑性を下げたくはなかった。とにかく今は彼らにこの都市から避難してもらいたいのだ。それが先決。そのために少しぐらい殿下の評判が下がったところで、殿下なら必ずこのぐらいのマイナス、直ぐに取り返す。その前に容姿のマイナスがかなりあるのだが、既にマルドック人の念頭からは消え失せているようだ。
「まあ、悪いことは言わない。少し考えろ。もっとももう余り時間がないが。まず生きていないと次のことは始まらないからな」
「どうしてそんなに俺たちのことを」と訝しがるキュリロス星の商人。
「俺たちも取引先を失いたくないものでよ。また新たにこれだけの関係を築くのは骨だしな」
「なるほど、それでか」と、やっとキュリロス星の商人たちは納得したようだ。
「どんなことがあってもこの星の地下資源は欲しいということか」
「まあ、そういうことさ」
 彼らが死ねば、また別の商人と契約し直さなければならない。その時、今より有利な条件になるとは限らない。
 商人たちは笑う。やはり金が絡んだ方が無条件の親切心より信じやすいようだ。





『艦隊です。右辺前方、距離50』
 急にメンデスの率いている宇宙艦隊は忙しくなった。
「戦闘準備」
 警報が艦内に鳴り響く。
 どちらが先に撃ち始めたのかはわからないが、撃て! という合図で一斉に艦隊方が発射された。ここは惑星と宇宙の狭間、数千本の光の筋が宙を交差する。艦隊戦の始まりだった。
「まさか、相手から攻めてくるとは思わなかったな」
「隕石粉砕砲に気を付けろ。決して射程内にはいるな」
「しかし、敵と一緒なら」
 だがその考えは甘かった。
『隕石席粉砕砲、エネルギー反応あり、砲撃してきます』
「まさか、味方もろとも撃つつもりか」
「各戦艦に、戦闘を止めて直ちに非難するように指示しろ」
 だがその刹那、紳士的なメンデスには珍しく舌打ちする
「間に合わない、各自自分の判断で回避しろと伝えろ」




「おい、奴ら逃げるぜ。それもてんでんばらばらに、艦列もなにもあったものではない」
「今がチャンスだ、迎撃しろ」
 慌てふためいて逃げるネルガル正規軍を宇宙海賊が追う形になった。
「まったく、ネルガル正規軍が聞いてあきれら。意気地のないことこの上ないな」
 勝ち誇ったように豪語する司令官。だが次の瞬間、
「親分、隕石粉砕砲が」
「なっ、何?」
 レーダーを見れば隕石粉砕砲のある地点に巨大なエネルギー反応。
「撃ってきます」
「ばっ、馬鹿な。俺たちがいるのにか」
 船橋、その威力を知っているだけに誰もが青い顔になった。
「にっ、逃げろー!」
 誰かが叫ぶ。
「全員、回避しろ!」
 漆黒の闇に眼がくらむほどの白銀の矢。
 かろうじて海賊のリーダーの船は隕石粉砕砲から放たれたエネルーをよけた。白く輝く巨大な光の束が船すれすれに通る。その振動で船がきしむ。そして逃げ遅れた仲間はその餌食となった。見る間に仲間の船が光の中に溶けていく。
「ばっ、馬鹿な」
「うっ、嘘だろう」
 船橋、誰ともなく呟く。
 だが時間がたち状況が飲み込めると怒りが湧き上がってきた。
「ゲーベルの奴、俺たちを」
 見れば仲間の大半が消え失せていた。
 そもそも宇宙海賊シャーはいくつもの海賊がネルガル艦隊に対抗するために寄り集まってできた、いわば海賊の集団である。隙あれば他の海賊を蹴落とそうとするのは日常茶飯事。キュリロス星は海賊同士の抗争事件の絶えない星でもある。
「ただじゃ、おかない!」





「被害状況は?」
「4艦、回避が間に合わなかったようです。3艦破損、航宙は可能のようですが戦闘は無理なようです。他は戦闘に差し支えないとのことです」
「そうか。敵は?」
「壊滅状態です」
「まさか、味方もろとも撃ってくるとは予想だにしてなかったのだろう」と、唖然とする幕僚の一人。
「どうやらゲーベルという人物、血も涙もないようだ」





「今のエネルギー反応は?」と、ルカは心配そうにオペレーターに問う。
「隕石粉砕砲のようです」
「始まってしまったようですね、やはり、待ってはもらえなかったようです」
「殿下、誰もやられるのを指をくわえて待っている者はおりませんよ」と、幕僚の一人。
「そうですね、急ぎましよう。ケリン、軌道の計算は?」
「完璧な座標を割り出しました。ここに火力を集中させれば」
「ただちに各艦にその座標を送信してください。準備が整い次第、砲撃を開始します」
 いよいよお前らの専売特許、荒っぽい仕事の始まりだ、後は任せた。ケリンはそう呟いて標的の座標を各艦に送信した。
 ここはキュリロス星のすぐ外側に位置する小惑星地帯。ここから軌道をはずれた小惑星が隕石となってキュリロス星を襲うのだ。その小惑星の大きさによってはキュリロス星に巨大な被害をもたらす。そしてルカの今回の作戦は。ルカはこの位置に残りの四個宇宙艦隊を展開していた。その位置はケリンの緻密な計算による。
「目標、目の前の巨大小惑星」
 キュリロス星の半分もあるかと思われるほどの小惑星だ。
「斉射」
 ルカの合図で四個宇宙艦隊が一斉に発砲した。その迫力はまるで超新星爆発を思わせるかのような光の渦。
 だが小惑星はびくともしなかった。
「一回では、無理か」
 ルカはメインスクリーンに映し出されている小惑星をじっと睨める。
「もう一度砲撃します。全艦」と、ルカが指示を出しかけた時、
『小惑星、動き出しました!』
 驚いたように叫ぶオペレーター。艦砲で少し砕けたとはいえ、その大きさは我が艦隊を優に隠せるほどだ。本当に動き出すとは思わなかった。
 無限に隕石が浮遊している地点、最初にこの地点に集結した時、バルガス中佐が問う。
「ここで俺たちは何をするのだ」と。
 ルカは答えた。
「隕石粉砕砲、本来の目的のために使ってもらうのです」と。
 一点集中砲火したのが功を奏したのか、艦砲のエネルギーを得た小惑星は周回軌道をそれ始めた。それが隣の小惑星とぶつかる。それからは次々と連鎖反応のように巨大隕石がぶつかり合い、そのエネルギーで多くの隕石が堰を切ったように周回軌道をそれ始めた。
「しっ、しまった。少しずれた」とケリン。
 小惑星同士の衝突による軌道のずれも計算には入れてはいたものの、そう人間の計算通りには自然は動いてはくれない。
「仕方ありません、少しのずれは」
「しかしキュリロス星に到着するまでにはかなりのずれになるぞ」
 ルカは考え込む。
「反対側から斉射しては如何ですか」とホルヘ。
「やってみますか」
「今、計算してみる」とケリン。
 その時である。隕石の流れが明らかに変わった。
「なっ! 何かあの空間にあるのか?」と驚くケリン。
 ここら辺一帯はかなり厳重に調査したつもりだ。自分としては計算外をあまり認めたくはないが、未だに科学で証明されていないものは山ほどある。
 だがリンネルだけはその意味を知っていた。巨大な大蛇が隕石を抱え込んでいる。
(心配するな、わらわがお前たちの望むところにこの石ころを転がしてやる。なんせ美味しいご馳走が待っちょるからのー)と、舌なめずりしているヨウカの姿を見てリンネルは頭を抱え込みたくなった。
 これで隕石の流れの心配はなくなったが、この戦争が終結してからが問題だ。
 隕石の流れが計算した軌道に乗るとルカは即座に指示を出した。
「私に続け!」と。


「あの隕石群、どっ、何処へ向かっているんだ」と問うバルガスに、
「キユリロス星に決まってんだろうが」とトリス。
「キュリロス星って」 じゃ、あそこの住人は? と訊こうとしたバルガスに、
「お前、隕石粉砕砲とタイマン張るつもりだったのか」
 そんなことしたって勝ち目はない。
「そっ、そりゃー」 犬死はしたくないが。
 しかしこの数が全てキュリロス星へ降り注げば、いくら隕石粉砕砲があるとはいえ。
「心配するな、これら全部がキュリロス星の大地を叩けるわけではない。小さいのは地上に着くまでに大気圏で燃え尽きるそうだ」と、バルガスと同じことをロンに問い、子供でも知っているとばかりに馬鹿にされた。
「そうか」と、ほっとするバルガス。
 しかし燃え尽きるといっても、今ではその数は馬鹿にならないほどになっていた。
「要は残った大きい奴だが、それもいくつかは隕石粉砕砲で砕かれる。その残りを盾に俺たちは地上に着陸するという戦法だ」
「それが、今回の殿下の作戦か」
「そうだ」と、トリスは頷く。
 ルカとしてはあまり気乗りのしない作戦だった。これでは住人への被害が大きすぎる。だがこちらはほとんど被害をこうむることはない。
 小惑星(隕石)が流れ出すとルカからの指示が流された。
『前艦に告ぐ、隕石とともに惑星キュリロスへ向かう。各艦、隕石粉砕砲に砲撃されても大丈夫だと思われる隕石の陰に隠れて行くように』
「何ていう指示だ、もう少しかっこよく指示できないのかよ」と嘆くトリス。
「しかたありません、頭の悪い人たちが相手なのですから、わかりやすく指示してやらないと」と、余計なことを言ってしまって怒鳴られる羽目になったクリス。
 トリスはまじまじとクリスを見詰めると、
「誰が頭が悪いって! てめぇーはてめぇーの仕事を黙ってやっていればいいんだ!」
「すっ、すみません。つい本当のことを」と謝るクリス。
「てっ、てめぇー」
「すっ、すみません。つい、うっかり」
「つい、うっかり、今度はなんだ!」と、怒鳴るトリス。
 ビビればビビるほど本音が出てしまうクリスだった。


 賑やかなバルガスの艦橋はさておき、こちらは第10宇宙艦隊ロブレスの艦橋。
「なるほど、こういう戦術だったのか」
「しかし、よく隕石の軌道が」と感心する幕僚。
「ケリン・ゲリジオ伍長が付いているからな。もっとも殿下も科学は得意なのか?」
 ロブレスは配下の艦にいくつかの隕石をピックアップし指示を出した。




『提督、五時の方向より隕石が、それもかなりの数です。迫ってきております』
 メンデスはレイを見る。
「やっと来ましたか」
 既に艦隊戦は始まっていた。始まっていたとはいえ被害が出たのは最初だけだった。あれからは敵はこちらを隕石粉砕砲の射程内に誘導しようとし、こちらはその手に乗らないようにと気を付けていたせいか小競り合いが続いていただけである。最初に被害をこうむった海賊の一味は、あれ以来鳴りを潜めている。
『隕石、接近。このままではぶつかりますが』
「その隕石に乗じてキュリロス星へ攻め込みます」とレイ。
「既に隕石の陰には殿下の旗艦がおります」
「そういうことか。隕石の軌道を算出しろ」
『それが送信されてきております』
「ではそれに基づいて回避しろと、前艦に伝えろ」
『了解』
 メンデスは直ちに二個艦隊をさくと指示をだした。
「隕石が通過後、直ちに殿下の旗艦を追いキュリロス星へ向かえ」
『了解』
 メンデスは手元に残った艦隊を制宙権を確保するために、衛星港から出撃してくる宇宙海賊船に備えて陣を引き直した。
 さすがに殿下がこの人に六個宇宙艦隊を預けると仰せになっただけのことはある。みごとな機転のきかせようだ。とレイは感心した。
 隕石群がまるで巨大な滝のようにキュリロス星へ落ちて行く。あの中のどれだけが空中で燃え尽きるというのだ。





 一方地上では、警報が鳴り響いていた。
『巨大隕石、接近。数』と言ったきり次の通信が入らない。
『数、信じられない数です』
「どういう意味だ?」
『そっ、それが』と言いよどむオペレーター。
 オペレーターを問い詰めてもらちが明かないと悟ったゲーベルは、てきぱきと指示を出した。今までネルガル宇宙艦隊に照準を合わせていた隕石粉砕砲を直ちに本来の目的に使うように指示する。それと同時にバリアを作動させる。主な地点にバリアが張られた。だがバリアの外にいる住民は逃げ惑うしかない。都市全体がバリアに覆われるわけではなかった。まして都市郊外など守備の眼中に入っていない。隕石の落下地点は直ぐに計算できる。後は隕石が落ちるまでにできるだけその地点より遠ざかるしかない、バリアの中に入れなかった者たちは。だが今回だけは、入れなかった者たちの方が幸運だっただろう。バリアの中に避難した者たちはひとまず安心しきっていた。後は隕石粉砕砲が砕いてくれれば、破片はバリアがどうにか受け止めてくれるはずだ。巨大隕石が一つや二つならそうなるはずだった。だが今回は一つや二つの話しではない。しかも隕石粉砕砲が三台あるとはいえ、一台は完全に都市の裏側になっていた。結局、二台で防ぐしかない。隕石粉砕砲の巨大なエネルギーの束が上空へと向かう。そして成層圏、キュリロス星と宇宙の狭間で隕石を砕く。だが、発砲してからエネルギー充電の間に隕石は次々と大気圏へ突入してくる。大半は粉々になり燃え尽きるが、巨大な隕石は燃えながらもその輪郭を留めた。
『隕石、落下してきます』
 最初は小石のような飛礫がバリアにあたる。だがそれらを物の数ともしなかったバリアも、さすがにその直径が三メートルにも五メートルにもなってくるとバリアもきしみ始めた。
「どうした、隕石粉砕砲はどうなっている」
「稼働しております。しかし、如何せん数が」
 多いのか少ないのか支離滅裂である。ある者は多いと言い、ある者は少ないと言う。隕石は多い、それに対抗する隕石粉砕砲は数が足りないと言いたいのだろうが、司令室は単語だけが飛び交っていた。
「大佐、ここは危険です」と、ネルガル軍に居た頃からゲーベルに仕えてきた部下の一人が、ヒビが入り始めたバリアを映し出しているモニターから目を離さず言う。否、燃え盛る炎に目が釘付けになるがごとく、少しずつヒビが長くなっていくバリアから目が離せなくなっているのだ。今度大きな隕石が来たらひとたまりもない。
「他の惑星に待機している艦隊はどうなっているのだ? なぜ、救援に来ない?」
「それが、制宙権を取られたようでして」
「なつ、なに?」
 彼らはたいした艦隊戦も挑まず、
「逃げたのか!」
 もともと一つの組織としてまとまっていたわけではない。力があったが故にゲーベルは君臨できたのだ。今その力がないことが解り、海賊たちは我先に逃げ始めた。
「あいつら、ただじゃおかない、覚えていろ」
「大佐、バリアが!」
 大量の隕石の襲撃を受けたバリアは、とうとう耐え切れず崩壊し始めた。
 逃げ惑う住人。だがその隕石の流れを止めることは、ルカにもできなかった。

 ルカは指揮シートの上で手を合わせて祈る。出来るだけ多くの罪なき住人が隕石の襲撃から助かりますようにと。
 ケリンはそんなルカの姿を見て、この後の指揮が執れるのかと危惧する。これ以上の指揮が無理なら、大佐に代わってもらうか。だがケリンのその心配は稀有に終わった。
「殿下」と、声をかけるリンネル。
「ああ、わかっております」
 ルカは大きく深呼吸をすると気持ちを入れ替え、スクリーンを睨みつけた。そこにはバリアが崩壊していく様子がありありと映し出されていた。地上の阿鼻叫喚が聞こえるようだ。戦後処理をきちんとすることで、彼らに許しを請うしかない。死んでいったものが許してくれるとは思えないが。ルカは意志を強く持とうと拳を握りしめる。今ここで逃げてしまえば、すべてが意味を失う。
「通信士、ロブレス大佐とバルガス中佐を呼び出してください」
 すぐさまメインスクリーンの一角に二人の姿が映し出された。
『何ですか、殿下。今、忙しいんですよ』
 戦闘中だ、くだらない要なら後にしてくれと言わんがごとくのバルガス。
「ロブレス大佐とバルガス中佐で隕石粉砕砲を掌握してください」
「掌握? 破壊じゃなくてか?」
「破壊したら、私たちがキュリロス星を制圧した時、天然の隕石が落ちて来たらどうするのですか。隕石粉砕砲は必要だから設置されているのです。迎撃に使うために設置されたものではないのです」
「うっ、うむ」と頷くバルガス。
 バリアも壊れてしまった今、頼れるのは隕石粉砕砲しかない。
「破壊するのは自分たちの身に危険が迫り、やむを得なかった場合にのみに限ります。ロブレス大佐は一号機を、バルガス中佐は二号機をお願いします」
『畏まりました』と『わかった』と言う返事が重なった。
「残りは私に続いてください。大気圏に突入し惑星キュリロスへ着陸します」
『ちゃっ、着陸って、ちょっと待て』
 止めたのはトリス。
『お前が先陣切って、どうするんだよ。そういうのは他の奴らに』
「ここに居ても危険なのは同じです。もうじき他の惑星からの援軍で艦隊戦が始まります」
『艦隊戦!』
 各艦の艦橋がざわめく。退路を断たれては。
「心配には及びません。メンデス少将がうまくやってくれます」
 見ればメンデスはルカから預かった四個宇宙艦隊を使い、見事な陣形をひいていた。
 ルカの旗艦の動きは早い。巨大な無数の隕石と共にキュリロス星へとなだれ込む。後れを取るなとばかりに他の艦船もキュリロス星の大地を目指す。
『殿下、もう少し速度を落としてください。まずは我々が偵察に入ります』と通信を入れてきたのは、今回初めてルカの旗下に入った第23宇宙艦隊の司令官フレッド・リメル・アーカロ少佐。
 彼は貴族だった。貴族と言っても名ばかりの。だがその軍事的才能は群を抜いていた。二十二歳と言う若さで一個艦隊を任されるほどの立場になっていた。そしてその能力を買われある王子の先陣を務めたのだが、その時リメルが実感したことは、何の能力もないのに王子という肩書が付いただけで少将か。と言うことだった。だが今回の王子は違った。どうやらあの噂は本当だったようだ。ボイ星で異星人を守るためにネルガル正規軍と戦い、提督たちの心胆を寒からしめたというのは。そして何時もルカ王子の背後に控えている異星人。彼らがあの時ルカ王子と一緒に戦ったボイ人だ。ネルガル人に出会うまで戦争が何たるものかも知らなかったという。てきぱきと指示を出し、こちらがまごまごしていると自ら先陣を切る王子。ギルバ王朝にもまだこんな王子が居たのか、捨てたものでもないなと、リメルは笑む。だがリメルを何より驚かされたのはその第一印象だった。少女か? 男装しているのか?
 スクリーンに映し出されたルカ王子の姿を見て、やっぱり少女だ。とリメルは確信する。
『リメル少佐、先陣をあなたに任せます』
「畏まりました」と、リメルはスクリーンに向かい深々とナイトの礼を取る。
 これであのじゃじゃ馬も背後で少しはおとなしくする気になったか。


 隕石の降り注いだ地上は惨憺たるものだった。リメル率いる第23宇宙艦隊は抵抗らしい抵抗もなくキュレロス星の海洋に着水した。隕石粉砕砲は地上を狙うことはできない。結局地上まで来てしまった隕石を砕いたところで被害が拡大するばかりで意味がないからだ。そのため空中戦は一般的な地対空砲が主力となるが、それらのほとんどは隕石によって破壊されていた。
 リメルは着水の前に地上の様子を伺うために無人偵察機を数台放つっていた。それらから送られてきた都市の映像は悲惨なものだった。
「妃殿下は、都市がこうなることを考慮されておられたのだろうか」
 あまりの破壊の惨さにリメルは、ルカの作戦に異を唱えるようなことを思わず口走ってしまった。
「少佐、ルカ王子は男性です」と、幕僚の一人が忠告する。
 リメルはその幕僚の方へ振り向くと、
「本当にそう思うか、ヒューギル」
「違うのですか? しかし親衛隊の方々は皆さん、ルカ王子のことを殿下とお呼びしているようですが」
「私の目にはどう見ても少女にしか見えないがな。何か訳ありで男装しているのではないのか」
「訳と言いますと?」と聞き返すヒューギル。
「それが解れば、こんなに悩まない」
「それで先程から独り言を」
 リメルの癖である、考え始めると独りでぶつぶつと呟くのが。これでは作戦まで漏れてしまうと常日頃心配しているヒューギルだった。
「もしルカ王子が男なら、私は女を見る目に自信をなくしそうだ。そうだ、この戦いが終わったら誘ってみよう」
 リメルもハルメンス公爵ほどではないがプレーボーイとして社交界を賑わせている。
 やれやれ今は戦闘中だというのにこの方は。と思いながらもヒューギルはもっと肝心なことを忠告しておかなければと口を開く。
「少佐、都市は壊滅状態ですが我々の方の被害は今のところゼロに等しい」
「わかっている。ある提督が言っていたな、あの王子の下で戦うのは楽だと。確かにこれで終わりなら」
 こんな戦い今までに経験したことがない。戦闘らしい戦闘もせずに勝利を掴んでしまうなど。
『少佐、ルカ王子から通信が入っております』
「ルカ王子から? つないでくれ」
『着陸はうまくいきましたか』
「これと言った抵抗もなく無事に着陸できました」
『そうですか』
 王子の顔が一瞬曇ったように見えたのは気のせいだろうか。
「直ちに制圧に向かいます」と言ったリメルに、
『制圧しだい、都市の治安と怪我人の収容に重点を置いてもらえますか。逃げる者はこちらに危害を加えない限り放置してかまいません』
「了解」と言ったものの、リメルは幕僚のヒューギルの方に振り向くと、
「一体、どういう意味だ?」と問う。
「おそらく捕虜を取る必要はないということでしょう、相手が攻撃してこない限り」
「怪我人の収容と言われても、敵を艦に乗せるわけにはいかないだろう」などと話し合っているうちに、巨大な医療船が降下してきた。
『医療船団が降下して来ております』
「なっ! 誰が降下を許可したのだ。まだ制圧も済んでいないのに」
『医療船より通信、入っております』
 今回特別にルカが編成した医療船団だった。その数五隻、そのリーダーはユージン・オリガー・シューメーカーだった。
『こちら医療船団の団長ユージン・オリガーです。着水したいのですが位置を提示してください』
「オリガー軍医、こちらフレッド・リメルです。まだ制圧が済んではおりません。もうしばらく後方での待機をお願いいたします」
『それは無理です。既に降下しておりますから』
「失礼ですが、誰の許可を得て」
『殿下のです』
「殿下の!」
 リメルは驚いて幕僚の顔を見た。医療船がなんだってこんなに早く降下してくるのだ、ルカ王子は何をお考えなのかと問いたくて。ヒューギルもリメルの問いを察したのか、困り果てた顔をした。
「オリガー軍医、まだこちらは偵察中で出撃もしていないのです」
『私は医者です。戦闘のことは解りませんが、怪我人を助けるには一秒でも早い方がいいことだけは知っております』
「そう言われますが、まだキュリロス星が我々の手に落ちたわけではありません。身の安全は保障しかねますが」
『かまいません。位置を指示してください』
 まだ制圧も済んでいないのに気の早い連中だ。とリメルは舌打ちしつつも、ルカ王子の許可を得ているのではと、戦闘の邪魔になせない安全な位置に彼らを誘導した。
「巨大な船ですね、我々の倍ではきかない」とヒューギル。
「何のための医療チームかと思っていたが」
 戦闘に死傷者は付きものだ。そのためどの艦にもそれなりの医療設備はある、わざわざ医療船を引き連れてくる程のものではない。これでは走行の邪魔になるだけだ。補給用の貨物船を同行させるだけだって、その護衛に数艦はさかなければならないのに。
「ルカ王子にしてみれば、最初からキュリロス星の惨状を念頭に入れての作戦だったのですね」
 相手側にかなりの犠牲が出ることを計算した上での作戦、そのために医療船団を用意していたというのか。
『司令、これからどうするのですか』
 次の指示の出が遅いのを気にした副司令官が、通信を入れてきた。
「上陸する。制圧しだい住人の救出を優先させる」
『了解』




 一方ロブレスとバルガスは隕石をうまく利用し、各々指定された隕石粉砕砲の死角へと着艦した。地上用装甲車に乗り換える。隕石粉砕砲近辺は隕石の直撃は受けなかったものの、それでも司令本部の破壊は命令系統に大打撃を与えていた。既に中央からの指令が途絶えた今となっては、自分の身は自分で守るしかない。お互いの連携が取れず散発的な防御をするしかなくなっていた。
「第一次防衛線、突破されました。このままではやられます」
 隕石粉砕砲の制御室に駆け込んできた海賊の一人。
「味方は、どうなっているのだ」
 こうなった時を想定して宇宙港に仲間を待機させておいたはずなのに。
「それが衛星軌道上で足止めを食っているようです」
「否、大半が逃げた」
「なっ、なんだとー」
「そもそも烏合の衆だ、いざとなれば役には立たない」
 自分たちだって船に乗ってさえいれば、さっさと逃げていたことだろう。そもそも宇宙海賊とは数隻の仲間と共に宇宙を荒らしまわっているのが本職で、惑星に足を付けることはない。惑星に足を付ける時は船の燃料の積み込みと自分たちの生気を養うため。長すぎたのだ、惑星に足を付けておく時間が。
「地上の味方はどうしたんだ、地上の」
「こちらも逃げ去ったようです」
「俺たちだけでネルガル正規軍を相手に戦えというのか!」
 二号機を任されているツビッキーは怒鳴る。
 場の緊張感が一気に増す。そこに、
「だから言っただろー、降伏しろって」
 場違いなほど、のどかな声。
「煩せぇー、てめぇーは黙っていろ。隕石粉砕砲が見たいと言うから、昔のよしみで見せてやれば」
「だから俺も、昔のよしみで忠告してやってんだ。まだ死んでねぇーんだから、今ならまだ間に合う、降伏しろ。戦ったってどうせ勝てねぇーぞ、死ぬだけだ。死んでからじゃ降伏したって間に合わねぇーぞ」
「煩せぇー。それ以上しゃべると、その舌、ひっこぬくぞ」
 その時だった。
「親分、敵から通信が入っております」
「通信? つなげ!」
『こちら第14宇宙艦隊ブルゴルネ・バルガス。中に居る全員に告ぐ。武器を捨てて直ちに投降しろ。さすれば身の安全は保障する』
「だとよ」
「煩せぇー、こいつを縛り上げておけ」
 ツビッキーの子分たちに取り囲まれた。
「ちょっと待ってくれ。痛てってててー」
 子分の一人が恐怖で真っ青な顔になって言う。
「嘘だ。ここから出たとたんに蜂の巣にされるぞ」
 自分たちは今までそうしてきたし、そうされてきた。投降した者を助けたことはない。それが宇宙海賊のルール。投降したものは八つ裂きにされるか奴隷として売られるかだ。弱いものは宇宙の屑だと叩き込まれてきた。
「嘘じゃない、投降しろ。ここで死んでもつまらないだろう」
「煩い、それ以上無駄口きいたら、命はないぞ」
「だそうだ、船長。だから俺は」
 ここへ来るのを反対したのに。と情けなさそうにイヤンは言う。
「まあ、そう言うな」と、イヤンのことを慰めながらアモスはツビッキーに話しかけた。
「なんだったら俺が交渉してやろうか、奴とは知り合いだ。昔のよしみだ、安くしておくぜ」
「そうだったのか、お前の狙いはそれか。さすがマルドック人、自分の命より商売が大事か」
「そりゃ、お客は大事さ。死なれちゃ元も子もないからな。まだまだお前さんは儲けさせてくれる」
 ツビッキーはムカッとしながらも、
「幾らだ?」と訊いてきた。
「一人当たり、100か」
「100! そりゃたけぇーな」
「馬鹿言え、成人男子一人当たりの奴隷の値だ。100で自分を買ったと思えば安いものだろう」
「俺、一口乗った」
「俺もだ」と、子分たちの方がこの話に乗るのは早かった。
「100でいいんだな、100で」と言いながらポケットから金を出す。
「だったらまず、この縄をほどけ。これじゃ交渉できないじゃないか」
 子分たちは急いでアモスとイヤンの縄をほどきにかかった。
「こら、てめぇーら」と、子分たちをどやし付けたが、
「親分、悪いが俺、命は欲しい」
 誰だって命は欲しい。とツビッキーは心の中で毒づきながらも、こいつをそこまで信用してよいものかと迷った。こいつが奴らの犬だったら、俺たちはまんまと罠にかかったことになる。
「ツビッキー、お前はどうするんだ」とアモス。
 ツビッキーも仕方なく100をアモスの手に握らせた。
「そうこないとな」と、アモスは嬉しそうに手の中の金を数える。
 そもそもここで商売をする気はなかった。ここへ乗り込んできたのは殿下のために無益な戦闘を避けさせるのが目的だったのだが、やはり人間、金が絡んだ方が信用がでるようだ。
 アモスは金をズボンのポケットにぐっと押し込むと、
「通信士、回線を開いてくれ。バルガス中佐とは、俺が交渉する」
『回線、つながりました』
 メインスクリーンにバルガスの上半身が映し出される。筋肉で盛り上がった肩、分厚い胸板、見るからに格闘家を思わせる。そして相手側のメインスクリーンには、
『アモス、どうしておめぇーがそこに居るんだ』
 聞き覚えのある声。
「あっ、トリス。おめぇーこそ、なんで?」
『これは、殿下の率いている宇宙艦隊だ。俺が居て当然だろう』
「ああそうだっけな、お前がいることをすっかり忘れていた」と言うのは嘘だった。アモスはバルガスよりトリスと交渉するつもりでいた。
『てっ、てめぇー、俺様を忘れるとは、ただじゃおかねぇー』
「殿下の腰巾着まで覚えていられるか」
『てっ、てめぇー』と、烈火のごとくに怒り出すトリス。
「それより、投降したい」
『投降? だったら武器を捨ててバリアを解除しろ』
「そんなこと言って、バリアを解除したとたん、討ち入ってくるんじゃねぇーだろうな」
『誰に向かって言っているんだ。俺がそんな卑怯なことすると思っているのか』
「いや」
『だったらさっさとバリアを解除しろ。お前らこそ、背後から狙ってくるんじゃないだろーな』
 お互い疑心暗鬼の中、隕石粉砕砲の制御室の明け渡しが始まった。



 一方一号機の方は、元ロブレスの配下の一人ルースが指揮を執っていた。
『ルース、俺だ』
 ロブレスの方から呼びかけた。
『今すぐバリアを解除し、投降しろ。悪いようにはしない』
「しっ、少佐!」
 ルースがまだロブレスの配下だった頃、ロブレスの階級は少佐だった。オネス・ゲーベルが仲間を引き連れて第10宇宙艦隊を脱走して暫くした後、ロブレスが大佐となってこの艦隊を率いることになった。
「否、今は大佐か、第10宇宙艦隊を率いる。ご苦労なことだ」とルースは笑う。
 どうせ屑の集まりだ、宇宙艦隊のごみ箱、これが第10宇宙艦隊の別名だった。
『ああ、そうだ。それで話がある。どうだ、また私の下で働かないか』
「俺に、戻れと」
『そうだ』とロブレスはスクリーンの中で頷く。
 ルースは苦笑した。
 艦隊を抜ける時、ルースはロブレスに引き留められた。ゲーベルの性格を見抜いていたロブレスは俺に忠告してくれた。だが俺はその手を振り切ってゲーベルを選んだのだ、今更。
「俺は第10宇宙艦隊を脱走したんだぜ、戻れるはずなかろう。脱走兵がどうなるか」
 軍規を正すために、脱走兵は見つけ次第処刑される。海賊狩りがそのいい例だった。海賊の大半が元軍人である、皆殺しにしても罪には問われない。
『それが戻れる。今の我々の司令官はそんなことにはこだわらない』
「いくらその司令官が個人的にこだわらなくとも、軍規を曲げるわけにはいかないだろう」
『それが、曲げてはいないが抜け道というものを知っておられるようだ』
「抜け道?」
『ガーニー、こっちへ』とロブレスはガーニーをメインスクリーンの前に立たせた。
『ルース少尉、お久しぶりです』
「ガーニー、お前!」
 一緒に脱走した仲間だった。だがガーニーは途中でゲーベルのやり方に異議を唱え、行動を別にした。別の仲間と組み、やはり俺たちと同じく宇宙海賊をして食っていると噂には聞いていたが。
「お前も海賊に」
『ああ、ゲリュック群星をねぐらにあっちこっち荒らし回っていた』
 輸送船を専門に襲っていた。どうせ豪商の貨物船なのだから一隻や二隻なくなったところで困ることもなかろうと。だがその船で働いている者たちは一介の貧しい労働者だった。それを思い知らされたのはある仕事が済みいつものように酒場で飲んでいた時のことだ。おそらくあの少年は俺たちの話を聞いていたのだろう。俺たちの後を付けて来て小石を投げつけてきた。俺は石の当たり所が悪かったと見え眉間を大きく切る怪我をした。仲間が少年を取り押さえる。その時少年が叫んだ声が今でも耳に残っている。
「父ちゃんを返せ、この人殺し」
 俺の両親も盗賊に襲われ殺された。それからの生活は惨めなものだった。親戚は寄ってたかって親の財産を奪い合い残された俺は一文無しになった。俺と同じ子供を作ってしまった。否、作っていたのだ。そう思うようになってから海賊業にも嫌気がさしてきていた。そんな矢先だった、ゲリュック群星での戦闘は。完敗だった、見事なほどの。上には上が居るものだとつくづく思い知らされた。だがこの戦闘を指揮した司令官を見た時、唖然としてしまった。こんな子供が? 親の仇をとられたのだ、あの時の少年に。
『ルース少尉、戻ってきてください。ロブレス大佐にはあなたのようなブレーンが必要だ』
「俺のようなブレーン」と、ルースは自嘲的な笑いを浮かべた。
「海賊の間でなら通用するが、本物の軍人には通用しない」
 これがルースが今回の戦いで学んだことだった。
「お前らはほとんど損害がないのだろ。こっちは壊滅状態だが」
『ああ、せいぜい操縦ミスで隕石にぶつかって破損した奴がいるくらいだ。まあ、どこにも馬鹿はいるからな』
 またルースは自嘲した。
『ルース、俺のところへ戻って来てくれないか。今の司令官に付いていくには俺の頭だけでは無理だ。俺はもっと彼の役に立ちたい。俺たちのような屑をまともに扱ってくれたのだから。それにはこちらもそれなりの幕僚を揃えないと。俺の下へ来ないか』
 ルースは暫し考え込む。
「もし投降したとして、俺以外の連中はどうなる?」
 俺だけ助かっても後味が悪い。
「ここには俺以外にも脱走兵は沢山いる」
『投降したものは全員、その罪を免除してもらうように掛け合う』
「そんなこと、できるのか」
『今の司令官にならできる。ゲリュック群星でも投降した者は全員、脱走兵の罪を免れているからな』と、ガーニー。
『現に俺以外にもその時の仲間がこの艦隊には何人もいるだ、時間さえあれば引き合わせる』
『そういうことだ、ルース。そこに居る仲間とも話し合って』
「少し時間をくれ」
 ルースは決意したようだ。仲間の説得にあたることを。
『そう長くは待てない』
 ルースはスクリーンの前で頷いた。
 それから間もなく、バリアが解除された。



 地上に降り立ったリメルは唖然としてしまった。衛星画像は目にしていたが実際足元に広がっている光景はそんなものではなかった。無数の隕石の襲撃を受けた都市は大きくえぐられたように陥没していた。爆弾どころの騒ぎではない。やはり自然の力は恐ろしい。もともとキュリロス星はクレーターだらけの星だった。それでも植物は逞しい、そんな星にも青々と茂っていた。そこへネルガル人が鉱物を目的に住み着いたのだ。隕石粉砕砲を設置してからは隕石の衝突も少なくなったが、キュリロス星は隕石の衝突する回数が多い星だけあって鉱物は多種多様だ。まるで銀河の形成を見るがごとくに。
「これでは、制圧も何もあったものではない。生きている者すらいないだろう」と感慨に耽っているリメルを尻目に、大軍を編成して進んで行く者たちがいる。
「どこの軍隊だ、命令も待たずに」
「それが、先ほどの医療船の」
 見ればいたいたげな針の鋭い注射器を描いた旗を掲げ、猛スピードで崩壊した都市へ向かう。
「とっ、止めろ! 襲撃されても知らないぞ」
 だが敵は反撃するどころではなかった。生き延びた者たちはよろよろと立ちあがり、仲間を瓦礫の下から救い出すので精一杯。もしくは放心したようにその場に座り込んでいた。
 そんな中彼らは救援を開始した。装甲車を巧みに操り瓦礫の下から人命を救いだす。
「ここは彼らに任せて我々は、とりあえず司令本部に向かいましょう」とヒューギル。
 そこがまだ健在なら。
「それもそうだな」
 大軍を組み瓦礫の中を装甲車で進んで行くと、あちらこちらから助けを求める声。敵も同じネルガル人、それらの声を無視するわけにはいかないが。
「ここで人数を割いたら、敵の司令部が健在だったとき、こちらがやられます」
 ヒューギルの言うことも確かだった。無視して前進するしかない。



 二台の隕石粉砕砲を掌握したという知らせを受けてルカもキュリロス星へ降り立った。これで隕石粉砕砲による攻撃はなくなった。後は地上を制圧するのみ。
 キュリロス星の大地に降り立ったルカは唇を噛みしめた。予測はしていた。
 ルカは瓦礫の下から出ている白い腕を見た途端、既視感に囚われた。瓦礫の下からのぞく白い腕、朱色の腕が見る見る白くなっていくのをルカは記憶している。自分の身より、その手が白くなっていくことを。ボイ人にとって白は死を意味する。
「嫌だー!」 ルカは思わず叫んでいた。
 葬り去られた記憶がよみがえる。倒れてくる制御装置類、誰かに突き飛ばされたような気がする。そしてハルガンやリンネルに受け止められた。私を突き飛ばしたあのボイ人は、助かったのだろうか。あの装置の下からのぞいていたボイ人の腕は。
「殿下」
 動かなくなったルカにリンネルが心配そうに声をかける。
 ルカは必至でそのボイ人の名前を思い出そうとしていた。おそらく精神の自己防衛のために失っていた記憶。
 ルカは錆び付いた人形のようにリンネルの方に振り向いた。
「パルマ、パルマは生きているのですか」
 今頃になってやっと思い出した、自分の命の恩人の名を。
「リンネル、パルマは」
「殿下」
「パルマー!」
 ルカは叫んでその腕に駆け寄る。
「ルカ、しっかりしろ。ここはボイ星ではない」と、ルカの行動を止めたのはケリンだった。
「ホルヘ、殿下を頼む。大佐、代わりに指揮を執ってくれ」
「パルマは?」と、必要以上に聞いてくるルカにケリンは、
「死んだ」と一言。
 唖然とするルカ。涙が頬を伝わる。
「どうして、どうして今まで教えてくれなかったのですか」
「お前が、聞かなかったからだ」
 失っている記憶をわざわざ思い出させることもないと思っていた。
「ホルヘ、連れて行け。後は俺たちがやる。ルカ、ホルヘから詳しく聞け。そしたら少し休め」
 聞いたら休めるはずもないだろうが、それでも少し横になれば。
 ルカはホルヘに促されるまま装甲車へ戻って行った。自分でも立っているのがやっとなことが解る。全身の緊張が抜け、今は何も考えられない。このまま指揮を執ったのでは皆に多大な迷惑をかける。ルカはホルヘに抱きかかえられるようにして旗艦へと戻って行った。
 指揮がカスパロフ大佐に代わったという知らせ聞いた途端、親衛隊たちは騒ぎ出した。
『殿下は、殿下はどうしたのだと』
 各艦から通信が入ってくる。それに答えたのはケリンだった。
「殿下は貧血を起こされ、今休まれている」
「貧血ってよ、怪我したのか」
「否、ただの疲れだ。少し休めば元気になる」
 だが親衛隊たちは気づいていた。
「まあ、装置の下敷きになって死にはぐったことがあるからな」
「あの惨状を見て、思い出したのだろう」
「あいつも人間だったということか」と、トリスなどはかえってほっとしたように言う。
 この惨状を見て何も感じず理性で指揮を執られたら、それこそ空恐ろしい。
 だがここに一人、別な取り方をした者がいた。
「ほら見ろ、ヒューギル。やっぱりルカ王子は女だったのだ。この惨状を目の当たりにして貧血を起こされた。生意気なようだが、かわゆいところがあるではないか」
 白い顔が一層白くなり花弁が舞うように倒れていくルカの姿を脳裏に描き、リメルは独り喜ぶ。ここは敵の司令本部を急いで制圧し、見舞いに伺わなくてはと。
「少佐、何が嬉しいのですか」
 つい顔がにやけてしまったようだ。リメルは顔を引き締めると、
「何でもない、急ぐぞ」
 長らくリメルに付き合ってきたヒューギルはその下心を知り尽くしていた。やれやれと思いながらも目下のところ目の前の敵を片付けなければ。
「まあ、相手にされないのでは」と呟くヒューギル。
「何か、言ったか?」
「いえ。もうじき都市中心部に入ります」と、業務に専念しているふりをする。

 隕石は都市中心部を直撃していた。まるで照準を合わせて打ち込んだかのように。上空から町を見た時、町全体が巨大なクレーターの中に納まっているように見えたが、都市中心部に近づくにつれてそれがはっきりとした。このクレーターは都市の中心部に落ちた隕石によって今しがた作られたばかりなのだということが。隕石がぶつかった時の熱と爆風によって、都市の中心部を中心に同心円を描くように建物が焼き崩れなぎ倒されていた。隕石が直撃したところは数キロにわたり粉々になって石ころが転がり何も残ってはいない。
「これでは生きてはいないな。死体を見つけ出すことすら困難だ」
「地下シェルターにでも逃げ込めば」
「だが、かなり深く掘らないと」
 町の中心部はかなり抉られている。まるで火口にでも降り立ったようだ。傾斜がなだらかだったからここへ来るまであまり感じなかったが、実際この位置に立って見回すと周りをぐるりと山に囲まれたような錯覚に陥る。これで雨でも降れば巨大な湖が誕生する。
「シェルターをチェックしろ。逃げ込んだところでこれでは直に酸素と食料が足りなくなるだろう」
 だがいくら探してもシェルターらしき痕跡はなかった。どうやら隕石粉砕砲とバリアで十分だと過信していたようだ。
「何もありませんね、生きている者もいないようです」
 生きている者は既にこの場から逃げ去ったのだろう、それで途中であれだけの怪我人に出くわしたのか。
「総司令官に報告いたしますか」
「そうだな」

2012-05-21 23:09:13公開 / 作者:土塔 美和
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