『量と重さが比例しないもの(短編)』作者:ゆうら 佑 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
バイトでスーパーのレジに立つあたし。ソフト部の引退試合を控えた同級生のユーコが、今日も来た。重そうなエナメルバッグを肩にかけて。いつもと同じジュースを買っていく。「インターハイに行くのは100パー無理」ってユーコは言う。それから、初めて会うきみも来た。どうしてみんな、大切なものを軽く扱うんだろう。
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原稿用紙約10.8枚
 

 量と重さが比例しないもの、なーんだ?

 そういうなぞなぞが思い浮かんだ。でも、ちょっときみには難しいかな。
 多くても軽いものなーんだ、少なくても重いものなーんだ、って言ったほうがわかりやすいかも。
 そのなぞなぞを思いついたのは、バイトでスーパーのレジに立ってたとき。小さな地元のスーパーは、いろんな人が買いに来る。おばちゃん、子連れの若いお母さん、ちゃらい男の子たち、カップル、陰気な人、子ども、おじさん、エトセトラ。たまに高校の同級生。
「みっちゃんお疲れー」って声を掛けてくれる子もいるし、気まずそうに、目を合わせようとしないで、さっさと帰っていく人もいる。
 あたしはだれに対しても「お待たせいたしました」「何円になります」「またお越しくださいませー」ってマニュアル通りの言葉を連発して見送る。あたしまじめだから。別にレジ部リーダーの安藤さんがこわいわけじゃなくて。
「みっちゃんお疲れー」
 いつもみたいにユーコが言って、ジュースを一本買っていく。こんなのコンビニで買えばいいのに、わざわざスーパーのレジ並んで待つのめんどいじゃん、っていつか言ったら、
「だってほかんとこより安いしー」って言われた。あたしはジュースなんかめったに買わないから、どこでどういう値段で売られてるのかは全然知らないんだけど。どこもおんなじようなものじゃないの。
 青いエナメルバッグと白いシャツを光らせて、ユーコは6月の夕方の中に出ていく。梅雨まっただなかで、ぶ厚い雲が出てて、もう7時ってこともあって外はやたら暗くて、しかもむし暑い。あーあ、また雨降るなあ。あたしが帰るまでもってよー。
 ソフトボール部のユーコは、最後の大会が近い。クラブを3年生まで続けてきた人たちは、だいたいこの時期の大会で引退する。インターハイに行けたらもっと長くなるけど、100パー無理だし、って言ってユーコは笑ってたことがある。
 絶対ウソ。
 あんな必死に練習して、100パー無理とか、思ってるわけないじゃん。って、スポーツをやったことのないあたしは思う。ほら今日も、あんな汗だくになってたし。髪濡れたままだし化粧落ちてるし。けど、そういうもんじゃないんだって。ユーコに言われた。
 そういうもんじゃなくても、そんな軽く、無理とか言わないでよ。
 あたしひそかにあんたのこと尊敬してるんだから。行けるかもしれないじゃん、インターハイ。って思う。でも言わない。あたしが言ったって、何の意味もないから。
 ずっとあこがれてた、ユーコの重そうなエナメル。あの中にはユーコのジャージとタオルとグローブと、それからあたしにはよくわからないスポーツグッズがいろいろ入ってる。一回見たことがある。でもあのカバンにはそれだけじゃなくて、ユーコの3年間の思い出とか努力とかも詰まってるから、それで実際よりもっと重く見える――わけないか。でもあたしの薄っぺらい学生カバンよりかは、ずっと重そうで、カッコよく見える。

 量と重さが比例しないもの、なーんだ?

 ユーコとか、バスケ部の河ちゃんとか、生徒会長の美紀なんかを見てると、あたしって何なんだろうなあって思う。あたしの3年間って何だったんだろうなあって。正確にはまだ2年と2か月しか経ってないけど。でも、みんなが引退引退って騒ぎだすと、自分まで、もう高校時代をほとんど終えちゃったみたいな気持ちになってくる。
 なんにもしてないのに。
 スーパーでレジ打ってただけ。ユーコがノックしてるときも、美紀が文化祭の準備で忙しそうにしてたときも、野球部の宮下くんが去年の夏の大会で逆転サヨナラのヒットを打った時も、あたしはレジ打ってただけ。ユーコの時間は試合の結果になるし、美紀の時間は思い出になるし、宮下くんは……
 でも、あたしの時間はスーパーのカゴと一緒に出ていって、二度と戻ってこない。
 なんかあっという間だったなあ、高校生活。小学校とか中学のときって、こんな短かったっけ。

 量と重さが比例しないもの、なーんだ?

 部活しないんだったら、勉強したらよかったのかな。進路のために。将来の夢、いちおう小学校の先生。入りたい大学、いちおう地元の教育大。でも、本気にはなってない。本気になってるふりしてるだけ。
 もういっかい高校生活をやり直せるとしたら、とか考えちゃう。完全にカワイソウな子じゃんあたし、って思う。でも考えちゃう。部活入ってがんばるかな。勉強がんばるかな。もっといいバイト見つけるかな。何にしても、「いらっしゃいませー」と「ありがとうございましたー」っていう薄っぺらい言葉を何百回も何千回も積みかさねる事だけはしなかったと思う。これは確実。
 ユーコ。
 ユーコの出ていった6月の夕暮れを、店のガラス越しに見る。そろそろ外の景色の代わりに、あたしの顔が写りはじめてる。さえないやつ。ユーコの颯爽とした姿と比べちゃう。それでちょっとウツになる。あんたともうちょっと早く知りあってたらなあ。あたし、たぶん、あんたと一緒にソフト部入ったよ。たぶんね。
 そしたらあたしは今日のさっき、ユーコと一緒に、重たいエナメルを光らせて、化粧してないけどきらきらした顔で、あの超すっぱそうな缶入りオレンジジュースを買いに来てたのかな。そんなことを想像して、ユーコと一緒にいるバリバリ体育会系のあたしを想像して、心の中で爆笑した。
 でも、妄想を続けても、どんだけ想像をふくらませても、大きくしても、それは現実にはならなくて、まぼろしのまま消えてっちゃう。

 量と重さが比例しないもの、なーんだ?

 小学校低学年くらいの男の子が、ひとりでスーパーに入ってきた。
 子どもが来るのってめずらしいから、何か目にとまる。で買っていくのはいかにも子ども向けのちっちゃいスナック菓子とかで、あーこんなのあたしも食べてたなあとか思うけど、今はぜんぜん食べたいって思わないものばっかり。何であんな添加物だらけなもん食べてたんだろ、って思う。
 今の子どもも、子どものときのあたしと同じもの食べてるのって、ふしぎ。子どもってそういうふうにできてるのかな。DNAかな。
 じゃああたしは大人になれたってことかなー、なんて。なれてないのはわかってる。でも、もう子どもじゃないってことは言える。あんまり自信はないけど。
 そんなこと考えてたら、さっきの子どもがレジに来た。菓子パンをひとつ持って。五〇円引きのシールが貼ってある。期限間近の商品に貼られるやつ。
 はいはい五〇円引きねーってなにげなくレジを通そうとして、何となく消費期限を見たら、三日後だった。
 まだまだじゃん。
「あの」マニュアルにない言葉をしゃべるの、今日は初めてかも。
「このシール、初めから貼ってましたか?」
 ガキでも一応お客サマなので丁寧な言葉づかいで。男の子はすぐに「はい」って言った。元気な声で。
 うそつけ。
 でも、あたしはそれ以上何も言えなくて、まあ、はいって言われちゃしょーがないよなー、お客サマだしーって自分を変にごまかして、五〇円引きで売ってやった。男の子が下を向いてなんかつぶやいてたけど、聞いてやらなかった。
 男の子が帰っていった。
 はあーってため息。
 きみは多分、あの「はい」っていう二文字の言葉の重さを、まだ知らないんだろうな。別に「はい」っていう言葉自体が大切ってわけじゃなくて、あたしの質問に「はい」って答えたことが。
 親はどんな教育してるんだ、って一瞬思ったけど、止めてあげなかったあたしも同罪かな。うそはだめだよって言って、パンを取り上げることもできたのに。
 あたしが将来親になったら、絶対子どもをあんなふうには育てないんだ。もし小学校の先生になって、クラスにあんな子がいたら、きちっと叱ってやるんだ。
「お待たせいたしました」「失礼いたしました」「ありがとうございましたー」
 薄っぺらい言葉を積み重ねながら、あたしは思う。
 それでいいのかな。なんか違う気がする。わかんないけど。
 でも、きみはいつか知ってくれるかな。あの二文字が、国語の時間に朗読、いや音読だっけ?してる長い文章よりも、ずっと重くて、大切で、重要で、なんていうかこわい言葉なんだってこと。
 先生にあてられて「はい」って言うときの「はい」とは、全然意味も重さも違うんだっていうこと。
「お待たせいたしました」「失礼いたしました」「ありがとうございましたー」
 きみも、こんなふうに言葉を軽く使うようになるのかな。
 ユーコみたいに、軽く思ってもないこと言っちゃうのかな。
 ――そうなったら、遅いんだよね。
 親になったらじゃなくて。先生になったらじゃなくて。
 今伝えなきゃ。
 さっききみがいった言葉の重さ。
「お客様ー!」
 またマニュアル通りの言葉を言いながら、スーパーの外に出てみる。これならたぶん、レジ部リーダーの安藤さんもごまかせる。たぶん。うす暗い道をきょろきょろする。もう遠くに行っちゃったかな。
 あ、いた。横断歩道の前で、信号待ちしてる。さっき買ったパンを左手でぶらぶらさせて。

 量と重さが比例しないもの、なーんだ?

 そう聞いてやろっかな。でも絶対これじゃ難しいから、少なくても重いものなあに、とかにしとこうかな。
 まだ信号は変わらない。車が走る音がうるさい。すぐ後ろにあたしが立っても、きみは気づかない。「こらっ」とか、きつく言うつもりだった。泣かせるくらいのつもりで。
 でも言えなかった。
 だってもう泣いてるんだもん。
 きみは左手に、離したくて離したくてしかたないみたいにパンを持って、泣いてた。
 あたしはきみのちっちゃい肩に手をおいて、しゃがんで、きみの顔を見あげた。そっと言った。
「量は変わらなくても、重くなったり軽くなったりするものなーに」
 きみは泣き顔のまま、手に持ったパンを差し出した。
「そ、正解」あたしは笑った。
 あたしの今の五文字の言い方、そんなに軽くはなかった、よね。

 男の子を見送って、スーパーに走って戻りながら、明日ユーコに言ってやろうって思う。行けるかもしれないじゃん、インターハイ、って。超真剣に。意味もなく。言葉とおんなじくらい重々しく。変かな。でも、あたしは本気で思ってるから。



おわり
2012-05-16 23:13:10公開 / 作者:ゆうら 佑
■この作品の著作権はゆうら 佑さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
おひさしぶりです。またふらりと立ち寄らせていただきました。
最近は短いのしか書いていませんが、それでも小説って難しいですね。
でも書いてると楽しいです。
お読みいただきありがとうございました。よければご意見、ご批評もお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
羽付です♪ 拝見いたしました(*^_^*)
 時間を戻せたらって、誰でも一度ぐらいは考えるのかもしれませんね。私なんかは、今だにしょっちゅう考えてますけど(゚∀゚ ;)
 みっちゃんは、きっとレジ打ちのバイトを続けたからこそ、気付けた事も一杯あったんじゃないかなと思いました。ユーコや友達の事や、少年しかり。無駄に過ごしたと思っていても、本当に無駄なことなんで無いのかもしれませんね……だけど違う場合も、あるのかなぁ(;^ω^)
 短編の物語として、すっと入ってきて良かったです♪
であであ( ̄(エ) ̄)ノ
2012-05-27 16:49:51【☆☆☆☆☆】羽付
>羽付さん
 おひさしぶりです。感想をいただいていたのに、返事が遅くなってしまってすみません。
これを読んで何か考えていただけたのなら嬉しいです。
 最近は小説を書こうにもあまり筆が進まず…という感じです。小説を書くことは好きなのですが、好きなことを続けるのって意外と難しいですね。ぼちぼちやっていこうと思います。
 感想、本当にありがとうございます。
2012-07-20 13:01:50【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
計:0点
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