『ジャングル・サバイバル』作者:しすたん / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
10月、緑ヶ丘高等学校2年5組の生徒46名を学校恒例の勉強合宿のために乗せた5番バスが突然の衝撃に襲われた。浜島達郎(男子17番)らが目覚めた場所は異形な生物が大量に住む悪夢のようなジャングルだった。散り散りになった高校生46人の死のサバイバルが幕を切って下ろされた――
全角19039.5文字
容量38079 bytes
原稿用紙約47.6枚
 生徒名簿―S市立緑ヶ丘高等学校 2年5組

【男子】

 01番(理系) 赤谷 輝義 (アカタニ テルヨシ)  

 02番(理系) 阿南 達也 (アナン タツヤ)    

 03番(理系) 榎本 亮 (エノモト リョウ)        

 04番(文系) 岡田 章磨 (オカダ ショウマ)       

 05番(文系) 小野 純平 (オノ ジュンペイ)     

 06番(理系) 木村 遼太郎 (キムラ リョウタロウ)    

 07番(理系) 財前 響 (ザイゼン ヒビキ)        
 
 08番(理系) 佐藤 昌平 (サトウ ショイヘイ)     

 09番(理系) 神宮寺 馨 (ジングウジ カオル)    

 10番(理系) 須藤 誠 (スドウ マコト)         

 11番(文系) 辰巳 慶 (タツミ ケイ)    

 12番(理系) 辻 修平 (ツジ シュウヘイ)     

 13番(文系) 中城 順輔 (ナカジョウ ジュンスケ)

 14番(理系) 中込 優輝 (ナカゴミ ユウキ)       

 15番(理系) 西島 圭一 (ニシジマ ケイイチ)   

 16番(文系) 野元 直樹 (ノモト ナオキ)      

 17番(文系) 浜島 達郎 (ハマジマ タツロウ) 

 18番(理系) 原田 智文 (ハラダ トモフミ)      

 19番(文系) 宮島 和幸 (ミヤジマ カズユキ)   

 20番(文系) 森田 拓也 (モリタ タクヤ)     

 21番(文系) 藪 慎一郎 (ヤブ シンイチロウ)

 22番(文系) 若王子 匠 (ワカオウジ タクミ)     

 23番(文系) 和合 公平 (ワゴウ コウヘイ)

【女子】

 01番(理系) 今村 舞 (イマムラ マイ)

 02番(文系) 伊藤 美羽 (イトウ ユウ)

 03番(文系) 榎並 真千佳 (エナミ マチカ)

 04番(文系) 加藤 由紀 (カトウ ユキ)

 05番(理系) 川村 彩菜 (カワムラ アヤナ)

 06番(文系) 岸辺 夕菜 (キシベ ユウナ)

 07番(理系) 黒住 麟 (クロズミ リン)
 
 08番(文系) 寒川 美奈子 (サムカワ ミナコ)

 09番(文系) 白州 雛乃 (シラス ヒナノ)

 10番(文系) 清宮 美沙都 (セイミヤ ミサト)

 11番(理系) 曽根井 樹 (ソネイ ミキ)

 12番(理系) 鷹島 涼子 (タカシマ リョウコ)

 13番(理系) 田中 あいみ (タナカ アイミ)

 14番(理系) 谷口 亜里沙 (タニグチ アリサ)

 15番(文系) 新名 朋江 (ニイナ トモエ)

 16番(文系) 錦織 千尋 (ニシキオリ チヒロ)

 17番(文系) 平沢 時雨 (ヒラサワ シグレ)

 18番(理系) 藤原 蛍 (フジワラ ホタル)

 19番(理系) 松井 さやか (マツイ サヤカ)

 20番(理系) 的場 日向 (マトバ ヒナタ)

 21番(文系) 御子柴 悠 (ミコシバ ユウ)

 22番(文系) 雪藤 詩歌 (ユキトウ シイカ)

 23番(文系) 龍造寺 玲朝 (リュウゾウジ レイ)


 1.初秋

「では、自分の荷物に名札が付いているか確認して、私に渡して下さ〜い」
 明るい口調の乗務員 (バスガイドと言った方がいいのだろうか) が、手を振って呼び掛けた。
 浜島達郎(男子17番) は、その明るい口調に答えることができないような表情でバスガイドに荷物を渡し、足を早々と進め、バスに乗った。
 目線を足元から前方、座席の方に移し、空席を探すと、丁度バスの真ん中辺りにぽつぽつと人が座っていない席があったので、再び足を進めると、自分を呼んでいるかのような手振りをしているのが目に入った。
 雪藤詩歌(女子22番) だった。
 ここ最近、仲良くなった――まぁ、2年になってから、ちょくちょく話す仲だったが、3ヶ月くらい前の文化祭の時、『ある事』がきっかけでお互いの自宅に行き来するくらいまでの仲になった。
 浜島はバスケ部の、雪藤はバトミントン部のキャプテンでお互い話の合う関係だった。
「いえ〜い」
「何がいえ〜いだよ」
 浜島は笑みを浮かべながら隣に座ると、ふぅと溜息交じりの息をついた。
「どうしたの? なんか元気ないじゃん」
 浜島は少し間を置き、話そうか話さないか迷ったが、結局正直に言うことにした。
「別に元気がないって訳じゃないけど、やっぱり一番後ろの席見ると、ちょっとね」
 浜島は『ある事』がまだ心残りだったらしく、少しだけ言いづらい所があった。
「まだあの事引っ掛かってるの?」
「まぁね――」
 浜島はそう言って、カバンの中からブドウ味のグミを取り出すと、
「食べる?」
 と少し明るい口調で言った。
「ありがと」
 雪藤は軽く礼を言い、一粒口へ頬張ると、自分のバックを広げて見せ、
「私も沢山ではないけど、お菓子持って来たよ〜」
 と笑った。
 それを確認すると、浜島は笑みを浮かべ、座席に深く腰を掛け直し、正面を見るとデジタル時計が目に入った。

 AM 7:27

 黒いバックに緑の文字。典型的なバスのデジタル時計。
 付け足して言えば、午後表示は24hでなく、PMで示すのは少しだけ珍しい。
 集合時間は7時30分で、バス出発時刻は7時35分。
 さっき、バスの入り口で出席を取っていた先生がまだ乗車していないという事は、まだ誰か来ていないという事だろうか……
 そこまで考えると、浜島はふと周りを覗いてしまった。
 一番後ろの5人掛けの席には、宮島和幸(男子19番)と清宮美沙都(女子10番)、曽根井樹(女子11番)と鷹島涼子(女子12番)と御子柴悠(女子21番) が楽しそうに話しながら座っていた。
 いつも仲の良い5人組で、中に男が宮島ひとりだけっていうのも何だか妙な話だが、清宮と付き合っている以上、誰も文句は言わないだろう(ハーレムってのは実に羨ましいが)。
 まぁ、清宮の席の前には木村遼太郎(男子06番)もいるし、その隣には彼女の藤原蛍(女子18番)と続いて、
 もうひとつその前の席には谷口亜里沙(女子14番)と松井さやか(女子19番)が時々、宮島達の方に顔を向けながら、小刻みに頭が上下するのが目に入った。
 通路を挟んで、その横の列には、生徒会長の川村彩菜(女子05番)と岸辺夕菜(女子06番)、寒川美奈子(女子08番)がトランプ(多分、ババ抜き)をしていて、何やら騒がしく、その騒がしさに笑いながら、丁度自分の横に座っている、今村舞(女子01番)、田中あいみ(女子13番)、新名朋江(女子15番)が少し大きな声でふざけていた。
「誰探してるの?」
 雪藤が浜島の行動を不思議に思ったらしい。
「いや、誰を探してるって訳じゃないけど、誰がまだ来てないのかなぁって。だって、先生がまだ外にいるって事は、まだ誰か来てないって事だろ?」
 雪藤は少し眉間にしわを寄せ、間を空けた。
「あ、ツッチーとか来てないんじゃない?」
 雪藤が閃いたといった表情をした。
 『ツッチー』とは、辻修平(男子12番)の愛称で、みんなからそう呼ばれている。
 辻はかなりの遅刻魔で、3日に1回はSHRに顔を出さない。
 夜中にバーデンでバイト(校則でバイトは禁止)をしているらしく、そのせいでいつも寝る時間が朝の6時なのだそうだ。
 ただ、そのバイトのせいで、ダーツ投げは神がかかっている。
 そう考えてる途中に雪藤が付け足した。
「だって、優輝くんとかが前にいるじゃん?」
 雪藤のその声が中込優輝(男子14番)の耳に入ったらしく、浜島の座っている前の席の中込が、
「ん?」
 と口に出しながら顔を上げ、それにつられて原田智文(男子18番)も振り向いた。
「あ、ゴメン。何でもないよー」
 惚けた口調で、雪藤が謝ると、
「おいおい、勘弁してくれよ。こないだの試合はマジで膝が痛かったんだって」
 と勘違いした中込が少し唇に笑みを作った。
 中込は雪藤と同じバトミントン部だ。
 浜島は雪藤に試合で中込のヘマであえなく一回戦敗退したのを知っている。
「はいはい、お次はがんばってね」
「う、冷たい」
 中込が頭を下げてがっくりとした。
 そんな中込に慣れている雪藤はスルーして
「で、原田くん、響くん、佐藤くんに須藤くん……」
 財前響(男子07番)は本来なら同じ軽音部の遅刻魔の辻とつるんでいるのだが、当然まだ来てないので、中込と中川の前に座ったらしかった(ただ、中込や原田とも仲がよく、常時後ろを向いている)。
 その前の佐藤昌平(男子08番)と須藤誠(男子10番)と西島圭一(男子15番)の3人は、いつも仲が良い。
 野球部で体育会系のこの3人はなにかと一緒にいることが多い。
 それにつられて神宮寺馨(男子09番)と中城順輔(男子13番)が座ったという感じだ。
 神宮寺と中城はふたりとも陸上部所属だが(ハーレム男の木村も)、特に仲が良いというわけでもない。
 成り行きで座ったって感じだ。実際、中城は早速爆睡しているし、神宮寺はなにやら携帯ゲームのようなもので遊んでいる。
 長髪で結構モテる神宮寺が携帯ゲームで遊ぶってのも妙な話だが。
 だがその疑問はすぐに解決した。
 その列をはさんだ向こうに座っている、伊藤美羽(女子02番)と平沢時雨(女子17番)も同機で遊んでいるのが見えた。
 浜島はそういえば、伊藤も平沢も外見に似合わず、陸上部員だったことを思い出した。
「うぎゃ! ヨッシー速過ぎ!!」
 平沢が小さい身体を揺らした。
「時雨ったらまたバナナで滑ってやんの」
 伊藤がスクスク笑った。
 その光景はまるで小学生の妹をお姉ちゃんがあやしているみたいだった。
「馨くん! 次はヨッシーじゃなくてクッパ選んでね!! クッパ!!」
「おい時雨、何回キャラチェンジしないといけねーんだよ。これで5回目だぜ? いちいち部屋も立て直さないといけないし」
「わたしが勝つまで!!」
 平沢がうーっと唸った。
 まるで毛が逆立った子猫だ。
 なるほど、あれはマリオカートか。浜島も持っているが、今はない。
「あれが赤谷くんと阿南くんだよね」
 雪藤は前を指さした。
 前のほうに赤谷輝義(男子1番)と阿南達也(男子2番)が座っている。
 このふたりは剣道部(学年でたった3人)で、何かと一緒にいることが多いが、太った赤谷とスラリとした阿南では未だにアンバランスな気がしてならない。
「で、窓に寄り掛かってるのが玲朝ちゃんで、隣は麟ちゃん。前はちょっと見えずらいけど、由紀ちゃんと雛ちゃんがいて……」
 と続け、また頭を元の位置に戻した。
 龍造寺玲朝(女子23番)と黒住麟(女子07番)はともに吹奏楽部だ。
 龍造寺はその長い髪とかわいらしい外見とは裏腹に非常におとなしく、あまり喋らない子だ。
 反対に、黒住は活発で何かと物事をはっきり言うタイプで、その上文化部所属のクセに恐ろしく運動神経が良いのも特徴だ。
 野球部で100m走ダントツの須藤と同じタイムだというのだから驚きだ。
 このふたりは性格が真反対ということもあってか、何かと一緒にいることが多い。
 その前にいる、加藤由紀(女子04番)と白州雛乃(女子09番)も同じ吹奏楽部だ。
 小学生並みの身長の時雨と大して変わらない大きさの雛乃は意外にも吹奏楽部の部長で、その横の加藤が副部長だ。
 雛乃はその天然っぽい性格から男子どもにやたらに人気がある。
「真千佳ちゃんたちに囲まれてるのって森田くんだよね」
 その前で森田拓也(男子20番)が榎並真千佳(女子3番)と錦織千尋(女子16番)、的場日向(女子20番)に囲まれるかたちで座っていた。
 森田はサッカー部でやたらにもてているが、彼女は今いないと聞いたことがある。
 同じサッカー部の榎本亮(男子3番)も近くで一緒に騒いでいる。
「……あれ?」
 雪藤が間抜けな声をあげた。
「前の方ポッカリと開いてるね」
 見ると運転席の後ろあたりの席には誰も座っていない。
「あーアイツらも来てねーんだ」
 浜島はちょっと安心した。
 アイツらというのはワルぶった、この学校にしては珍しいタイプの不良グループだ。
 金髪で耳にピアスをして、背丈は190cm近いという恐ろしい体格の和合公平(男子20番)を首領として何かと問題を起こしている連中だ。
 高校は義務教育ではなく、進学校におけるこういう輩は大抵入試を受けれなかったり、あっけなく退学にされたりするものだが、なぜか和合たちはそうはなっていない(我が緑ヶ丘高校の偏差値は65)。
 聞いた話によると他校と喧嘩をしまくり、果てにヤクザとも接しているとの噂だがどれも確証はないらしい。
 誰かが見たっと口コミが流れるだけで実際に教師や職員が見たわけでもないし、その系統の連絡もないのだ。
 かといって、確証もないのに先生に言うヤツもいない。
 なんと不合理な話だか、それでも進学校へ来ただけあって和合たちは普通に良い成績なので、学校では半ばこのことに対しては放置状態だ。
 ついこの間、ロン毛の小野純平(男子04番)が下級生の女子にちょっかいを出して、生徒指導室へ呼ばれたが翌日からは何事もなかったかのように登校してきた。
 反省文1枚書かされただけで済まされたらしい。
 他にも金髪の岡田章磨(男子03番)はコンビニでよく万引きしているとの噂を聞いたことがある。
 ただ、そのことは教師たちの耳には届いていないらしく、今のところ呼び出しもされていない。
 実は浜島はついこの間、駅前のカフェテリアの前で岡田が辰巳慶(男子10番)とタバコをふかしているところを目撃していた。
 だが岡田たちは特に驚いた顔もせず、そのままカフェの中へと入っていった。
 おそらく岡田たちは進学校における生徒の面倒ごとには巻き込まれたくないという心情がわかっているのだろう。
 浜島自身もこのことは誰にも話していない。話したところで証拠も何もないのだ。
 浜島はこうして真実が単なる噂に変わるというメカニズムを理解したのだ。
 ただ、浜島にはなぜこの不良グループに藪慎一郎(男子18番)と若王子匠(男子19番)が入っているのかが理解できなかった。
 藪は目つきは多少悪いものの、小野や岡田たちのように妙な噂もなければ、接しにくいというわけでもなかった。
 若王子にいたっては茶髪の猫毛で見た目は男のクセにかなりかわいらしい外見で(実際浜島も初めて会ったとき、男か女か皆目見当がつかなかった。若王子が男から女と勘違いされてラブレターを貰ったという伝説はあまりに有名)、不良とはおよそ縁のないヤツだろうと浜島は思ったのだ。
 最近になって浜島は藪と若王子は和合と出席番号が近いため成り行きで一緒にいるのではないかと考えはじめた。
「和合くんたちとツッチーがまだ来てないんだね」
と、雪藤の声が聞こえ、浜島の思考が途切れたのだが、その通りだ。
 雪藤が席に座ったので、つられて浜島も席に着いた。
「別に全員の名前を言わなくてもいいだろ」
「いや、わたし、何でも数えるのが癖だって、前にも言わなかったっけ?」
 雪藤は不思議そうな顔をした。浜島は少し雪藤の顔を見つめ、考えると、確かに前に一度聞いたような気がしたのだが、思い出せなかった。
「いや、聞いてない」
「そうだっけ?」
 雪藤は手前の椅子の背もたれに付いている飲み物置きに置いてある、ペットボトルの中身を口に含んでから続けた。
「私って、小さい頃から物を数えるのが好き……っていうか、癖でさ。お菓子の中身を食べながら、中の個数を数えたり、 中間テストの時とか、期末テストの時とかも、問題解く前に、問題数を数えちゃったりしちゃうんだよね」
 思い出した。そうだった、そうだった。確か、その時オレはこういったんだった――
「変な癖だな」
「悪かったね」
 どうやら向こうもすでにこのことを伝えていたことを思い出したらしい。

【残り46人】


 2.衝撃

「あぶねー! あぶねー!! あぶねー!!」
 突然少し遠くの方から明るい声が聞こえた。――辻だった。
「うわ〜、ギリギリだし! ってか、座席ねぇぞ。響!」
 本当に興奮しているらしく、財前を呼ぶ声も大きかった。
「ホントねーなー」
 少し暗いながらも、透明感のある軽音部独特の財前の声がした。
 すると、その後ろに和合、岡田、小野、辰巳と続き、藪と若王子がペッタリとついてきた。
 ――こいつらも結局来るのかよ。
 浜島は頭を落とした。
 しかし、和合がこの勉強合宿にくるとは思いもしてなかった。
 授業はほとんどサボっているし、たまに出たかと思いきや携帯をいじっているだけのコイツがだ。
 ただ、頭のほうは恐ろしく賢く、勉強しているわけでもないのに定期テストはいつも一番だ。
 いつも全教科満点のため、授業にほとんどでていなかった和合が進級できたのはここにあったのだ。
 しかし、それでも勉強合宿などと和合から言わせればお遊びに過ぎないこの行事になぜ参加したのだろうか。
 実際、今年の体育祭もでてこなかったし、去年の文化祭も出てこなかったらしい。
「なんだよ、前しか空いてねェのか」
 小野が軽く舌打ちをした。
「和合はどこに座りたい?」
「お前らのスキにしろ」
「へっへ〜じゃあ俺は窓側な」
 辰巳が先に空いていた席に座った。
「僕はこっちでいいや。藪もこっち来なよ」
 若王子が続けて座ると藪もその横に腰を下ろした。
「なあ和合、どーして合宿なんか行く気になったんだ? 俺はてっきりこんなもんスルーとばかり考えてたのに」
 岡田が和合に向かって声をかける。
「別に」
「別にってなんだよ、お前が行くって言うから雀荘も結局――」
「えー、皆さん」
 岡田の言葉を遮り、担任の乙井が運転席前で声を張り上げた。
 6人の後に少し遅れてバスに乗って来た、金髪頭の少年が乙井の横にいた。
 誰だ? 転校生か?
「さあ、野元くん。ここへ」
 浜島の横にいる雪藤が驚いた。いや、その場の全員が。
 驚くのも無理はない。何らかの理由で学校に来ない――いわゆる、不登校児の野元直樹(男子16番)がやってきたのだ。
 さらに驚くのはその外見。
 以前までのあのオタク風の外見がだ。
 金髪で耳にピアスをつけていて、白かった肌は黒に焦げている。
 野元はそのまま岡田たちの前にドサリとバッグを置いて座りこんだ。
 ヤツに何があったんだ?
 バスガイドにマイクを渡され、乙井が繰り返した。
「えー、皆さん。おはようございます」
 何か返事を期待していたのか、皆、自分と同様に少しボーっとした表情で乙井を見ていたので、さっきまで話しをしていた生徒達も、誰も喋らなかった。
「緊張しているのか、まだ眠気が覚めていないのかわかりませんが、今日から3日間、勉強合宿として大阪に行く訳ですが……遊びに行くわけではないので、その点はくれぐれも間違いのないように」
 乙井は口元からマイクを離し、バスガイドと少し会話を交わすと、
「では、全員揃ったそうですので、出発です」
 と言って、マイクをバスガイドに返し、少しだけニヤリと笑い(乙井は教師の中では優秀で、あまり笑顔を見せないはずなのだが)、一番前の席に座った。
 浜島はふとデジタル時計に目をやった。7:35。予定通りだった。
 相変わらず、佐藤と須藤、西島は何やら先週オープンしたスポーツ用品店について大声で話していた。
 それがキッカケで周りのみんなも少しずつ話し始めた。
「ねぇ、文系は2日目、どこに行くんだっけ?」
 それにつられて雪藤が話し掛けてきた。
「えーと確か――」
 浜島が答えようとした瞬間だった。
 揺れた。身体が突然グラリと。
 いや身体どころではない。
 バス全体がだ。
 そのアナログ腕時計は、7:41を指していて、出発から6分弱しか経っていなかった。

 ドガガガガッ
 ドドドドドドッ
 ズズ――ンッ

「うわあーッ」
「ああッ」
「ヒィッ」
 あちこちで悲鳴が上がる。
 上に置いていた荷物やら旅行バッグやらが次々に雨のごとく降りかかってきた。
「いってェェ」
「きゃーッ」
 浜島自身、状況が全く把握できていなかった。
 バスはジェットコースターさながらの動きをして、生徒たちをさらに混乱させた。
「達郎くん!」
 雪藤が浜島の胸に飛び込んできた。
 雪藤の年齢相応の胸が浜島にあたるがそんなことを気にかけれる状況ではなかった。
「詩歌、落ち着け! 大丈夫だ!!」
 浜島は雪藤に半ばそう叫び、揺れるバスの中誰かの大声を聞いた。
「おい、何だアレ!!」
 誰の声かは荷物が暴れまわる轟音で把握できなかったが、その意味だけは浜島はしっかりと捉えることが出来た。
 浜島は無意識に窓の外を見た
 そこはさっきまで走っていた地元の街ではなかった。
 暗く、渦に巻かれた、何にも比喩できない気持ち悪い世界――
 ……どくんどくんどくんどくんどくん。
 心臓が高鳴り始めた。
 それは浜島自身の心臓の鼓動であるが、外から聞こえるものと錯覚してしまった。
 高鳴り始めたのにはワケがあった。
 浜島と雪藤が座っている席の窓からこの奇妙な世界とともに、また新たなモノが蠢いていた。
 いままであんな生物はこの目で見たことはない。
 頭が3つ、足は6本、羽も生えていて、おまけに触手の様なものまで――
 いつだったか映画でケルベロスというものを見たことがある。
 あえて比喩するならそれが一番だったが――
 仮想世界で見るのと現実世界で見るのとではワケが違う。
「ギャーーッ」
「イヤアァアーッ」
 突然何かが割れる音がした。
 バスの窓以外にはないだろう。
 突然浜島の目の前を何かがニュッと通っていった。
 そして次の瞬間、その何かはひとりのクラスメイトとともに割れた窓――すなわち浜島と雪藤の席の窓から飛び出していった。
 そのクラスメイトは先ほどまでババ抜きで騒いでいた、でもそのグループの中ではおとなしめの新名朋江(女子15番)だった。
 それが本当に新名だったのかと問われれば浜島はおそらく自信はなくなるだろうが、この時点ではハッキリ確信していた。
 新名はそのまま外に飛ばされたまま、浜島の前に二度と姿を現すことはなかった。

【残り45人】

 
 3.ジャングル

 浜島達郎(男子17番)の席の窓は新名朋江(女子15番)が奇妙な触手と共に放り出された後、外から生あたたかい風が吹き込み、浜島が抱いている雪藤詩歌(女子22番)も何とか外へ放り出されずにすんだ。
 バスの揺れは収まり、中は閑散としていた。
 揺れ始めてからどれくらい経ったのかは浜島には皆目見当がつかなかった。
「な……何だったんだ? 今の……」
 揺れが収まってしばらくして佐藤昌平(男子08番)の声を皮切りにバス内の生徒が騒ぎ始めた。
 浜島の横の席では木村遼太郎(男子06番)と藤原蛍(女子18番)が浜島と雪藤と同じように彼女を抱きかかえた状態になっていた。
「……達郎くん、ごめん」
「いや、無事でよかった」
 浜島は雪藤に怪我がないか探ったが、特に異状はないようだ。
 浜島は安堵のため息を漏らした。
「なあ、事故だったのか?」
 佐藤と同じ体育会系の西島圭一(男子15番)が前方に向かって叫んだ。
 だが返事をするものはいない。
「おい、先生も運転手も、バスガイドも……みんなどこに行っちまったんだ?」
「新名みたいに外へ飛ばされたとか……」
 前の方でそんな会話を浜島は耳にした。
 浜島は立ち上がって前を見たが、一番前に座っているはずの乙井も、その横で立っていたバスガイドも少し見えにくいがどうやら運転手も本当にいなかった。
 いや、それどころではない。クラスメイトもほとんど消えうせていた。
「何なのよ……ここいったいどこなのよ」
「何で? 何で何で……」
 浜島は蛍の困惑する声を聞いて、反射的に外を見た。
 窓は見事に割れていたが、なぜがこちら側に破片がひとつもなかった。
 だが驚くのはそこじゃなかった。

 ――ジャングル?

 身の毛もよだつ密林だった。
 高校の地元にこんなところあったか――?
 浜島は試行錯誤するが思い当たらなかった。

【残り45人】


 4.サイレン

「駄目だ、どこもかしこもジャングル……建物なんてありゃしねェ」
「人の気配もな」
 遅刻魔の辻修平(男子12番)と辻と同じ軽音部の財前響(男子7番)は首を横に激しく振る。
「いったい……いったい何がどうなってんのよ!」
「おっ落ち着いてよ、涼子ちゃん」
 あの宮島和幸(男子19番)のグループのひとりの鷹島涼子(女子12番)が身を乗り出した。それを必死に止めるのは同じグループの御子柴悠(女子21番)だ。
「……ケータイも通じねェし、とりあえずバス探すか」
 辻の呑気な口調に鷹島がさらにイラついた。
「俺ら5人だけじゃ心もとない。バス見つけりゃ他の奴らもそこにいるだろうよ」
「バスなんか見つけれる保障あんのかよ」
 あの騒ぎが起きる前まで爆睡していた陸上部の中城順輔(男子13番)が心配そうな顔をした。
「でっでもわたしたち5人だけがこんなことにいるのも妙な話だよね。他のみんなもこのジャングルのどこかにいるんじゃない?」
「おい、大声は出すな」
 御子柴が手を口にあてた瞬間、中城がそれを制した。
「……なんで? 中城くん」
「お前ら見なかったのか? バスが揺れているときに」
「……何の話だよ中城」
 中城はため息を漏らした。
 アレを見たのがこのメンバーの中で自分だけだったからだ。
 中城は同じ陸上部の神宮寺馨(男子9番)の隣で寝ていたのだが、あの揺れで目を覚ました。
 混乱の中、窓側の席だった中城が見たものは、この世ならざる恐るべき怪物だった。
 あの怪物があの新名朋江(女子15番)を外に引っ張り出し、喰らったのだ。
 中城はその光景をまるで以前見たカナダのスプラッター映画(名前は忘れた)のようだと感じた。
 新名の肉片は中城の目の前に飛んできた。
 ただそれは窓に付着し、なんとかじかに触れることだけは回避したが。
 それ以後の記憶はあいまいで気がついたらここにいた。
 同じ状況に陥っている仲間が4人もいたのは心の安らぎにはなったが、何も解決しちゃいない。
 あの新名を喰らった化け物、このジャングル……。
 中城は他の4人にあの怪物のことを告げ、頭がおかしいのではと思われると考えたが、状況が状況なのでそのまま4人に伝えることにした。
 中城はきっと自分は笑いものにされ、信用されないだろうと覚悟したが、驚くことにだれひとり例外なく、中城の話を信用した。
「へへ、どーやらとんでもねーのに巻き込まれちまったな俺たちは」
 辻は青ざめた顔でつぶやいた。
 そのときだった。

 ウー、ウー、ウー、ウー、……

 5人はビクッと身体を反応させた。
 どこからか聞こえてくる。
 それは、消防車がよく鳴らしている音、サイレンだった。

 中城たちがサイレンを聞いた同時刻、同じようにこのサイレンを聞いていた者たちがいた。
 それはサッカー部でクラスでもかなりもてている茶髪の森田拓也(男子20番)と、取り巻き女子の榎並真千佳(女子3番)と錦織千尋(女子16番)、的場日向(女子20番)であった。
 が、中城たちとはまるで状況が違っていた。
 先ほどまで一緒にいた森田と同じサッカー部の榎本亮(男子3番)が新名を喰らったのと同様の怪物に襲われたのだ。
 榎本が喰われたところはこの4人の誰も見ていなかったが、木々の向こうから聞こえる狂った人間らしき悲鳴と肉が千切れる音や骨の擦れる異様な擬音により榎本が喰われたことを確信していた。
 森田は榎本を助けようとナイフで後ろから怪物を突こうとしたが、怪物から飛び出してきた触手(どこからは暗くてわからなかった)が、森田の腹に直撃したのだ。
 後ろから不意をついたはずが、怪物にはなぜかばれていた。
 森田はこのことについて考える暇もなく、他の女子3人が悲鳴を上げて逃げたのを見て、森田も一目散に榎本を見捨ててここまで逃げてきたのだ。
 ――草むらの中で震えながら隠れている4人が耳にしたのは怪物の足音ではなく、このサイレンだった。
 泣いていた的場がこの音に軽く悲鳴を上げたが森田が瞬時に口を押さえ、何とか声が怪物に聞こえることはなかった。

 ウー、ウー、ウー、ウー……

 およそ1分ちょっとだろうか――そのサイレンはすぐにやんだ。
「……ねぇ、今のって誰かいるってことかな?」
 錦織が目を赤く腫らした顔をしていた。
 つい今まで泣いていたのだろう。
 気持ちは森田にも痛いほどわかった。
 森田も的場のように号泣したかったが、自分がそうなってはどうしようもないと、とりあえずは我慢した。
 涙の元凶は榎本の死による悲しみによるものではなく、怪物への恐怖そのものだった。
 森田は正直これほどの恐怖を感じたのは生まれてこのかた17年間、初めてのことだった。
 どんなに恐ろしいホラー映画でも女をひきつけるエサだとしか考えていなかった森田は自分には怖いものなどなかったと考えていた。
 だが、あまりにも予想外の形でこの思考は破綻することになった。
「どーしよう……わたしたちわたしたち……」
 森田の隣で榎並が発狂しかけていた。

【残り44人】


 4.裏

「あは、あはははは……」
「おい真千佳! しっかりしろ、気を持て!!」
 森田拓也(男子20番)はなるべく小声で榎並真千佳(女子03番)を正気に戻そうとした。
 するとそれが実ったのか、口ぶりほんの少し戻ったような気がした。
「真千佳! しっかりして!!」
 横で錦織千尋(女子16番)も榎並の心配をしていた。
 的場日向(女子20番)は相変わらず泣き続けている。
「……見られてる」
「え?」
「目に見張られている。わたしたち……」
 森田は榎並が突然口走った事を理解するのにそう時間は要らなかった。
 おそらく榎並は直感で感じたのだ。
 まだあの怪物が俺らを狙っている……
 森田はそう決めつけた。
「……」
 榎並の言葉に錦織は黙り込んだ。
 おそらく恐怖からだろう。
 無理もない。あの榎本亮(男子03番)を喰らった怪物が自分たちを狙ってるとすれば――
 ガサガサ……
 前方の草むらから草をかき分ける音がした。
 ……畜生、きやがった。
「そっそんな、うそでしょ……」
 錦織がへたれこんだ。的場は相変わらず泣いている。
 この状況に気づいているのかどうかは判断しづらかった。
「お前ら……屈んどけ」
 森田は先ほど奇襲に失敗したナイフをもって草むらに向かって構えた。
 このナイフはあのバスでの揺れのときに偶然拾ったものだった。
 その後の記憶はあやふやで気がついたらこんなとこにいた。
 おそらくこのナイフはあの不良グループ――和合公平(男子23番)の一派のうちの誰かのものだろうがそんなことは今はどうでもよかった。
 ザサザサザサ……
 さっきより格段に近づいてきている。
 森田は何を思ったのか、音のする茂みの中に向かって思いっ切りナイフを投げた。
 さっきの奇襲のこともあり、一か八かの奇妙な賭けに出たのだ。
「ぎゃあっ」
 それに答えたのか、森田が投げたナイフには確かな手ごたえがあった。
 その瞬間、茂みの中から何かがドサリと身を崩した。
 それは左胸を抑えたまま昏倒しピクリとも動かなくなった。
 森田は賭けにでた自分を呪った。
 投げたナイフが命中したその先は――あのハーレム男、宮島和幸(男子19番)のグループの少女のひとり、曽根井樹(女子11番)だった。

 曽根井が無残な最期を遂げた頃、同じハーレム男の取り巻きの鷹島涼子(女子12番)と御子柴悠(女子21番)は同じ状況の財前響(男子7番)と辻修平(男子12番)、中城順輔(男子13番)らと共に、サイレンのした方向へと草をかきわけていた。
「それにしても、さっきのサイレンの後に聞こえた悲鳴はなんなんだ?」
 財前が心配そうな顔をして誰かに返答を求める。
「……中城の……新名を襲ったっていう化けモンの話がマジならソイツの仕業だろうよ」
 辻があっさりと答えた。
「さっきのバスの話、見間違いってことはないの?」
「あれが幻覚なんてのはありえねェ。俺はこの目で間違いなく見たよ。新名が喰われるとこ」
 御子柴がうっと吐き気をもよおした。
 同じ列にいながら、財前も辻も気づいていないのだから、見間違いなんて可能性もまだ残っているには残っていたが……
 御子柴は中城の話がにわかに信じられないわけじゃなかった。
 事実、この状況がすでにありえないのだ。
 街の中を走っていたバスが突然地震にでもあったかのように揺れて、気がついたらどこかもわからないジャングル――密林の中。
 はじめは夢や天国かとも思ったが、意識がハッキリしていくうちにそういう陳腐な発想はすべて頭から飛んでいった。
「とりあえず、サイレンのした方向にきっと人がいるだろうよ」
「頼りないわね」
 鷹島はツンとした。
 もともと鷹島はお嬢様育ちで、宮島和幸(男子19番)にへばりついているのも特に理由はない。
 確かに宮島もかっこいいと思っていたが、別段大好きというわけでもなくむしろ話が合うただの友達という印象しかなかった。
 だが、今はその宮島や、同じグループの曽根井にも無常に恋しくなっていた。
 話し相手の御子柴がいたのは鷹島にとっては幸運そのものだった。
「涼子ちゃん、ちゃんと前見たほうがいいよ。結構枝とかあるし」
「え、あぁうん」
「それにしても頭がどうかなってしまいそうだ。こんなことって」
 財前が自嘲気味に笑った。力が入っていない笑いだ。
 そのとき、
「……おい、なんだアレ」
 と中城が空に向かって指差した。
 他の4人も驚愕した。
 太陽――いや、それは似たような形をした別のモノだった。
 丸い円形のその星はどす黒い緑色をしていて、太陽と呼べるような代物ではなかった。
 5人は少なくともあんな緑色の星は見たことがなかった。
 それはむやみに世界の終焉みたいなものを感じさせた。
「太……陽じゃないよね、アレ」
「ここは本当にどこなんだ?」
 怪物、ジャングル、そして緑の太陽――
 5人の心に何か不吉なものを予感させた。

【残り43人】


 5.着地

 揺れのせいで半分大破しているバスは深い密林の中でその形を歪ませていた。
 今ここにいるのは総勢7人。たった7人だった。
 揺れが収まったとき、浜島はもっといるような感じがしたのだがバスにいたのは7人だけだった。
 浜島の目の前で食い千切られた新名朋江(女子15番)を除く他の38人のクラスメイトも、教師の乙井やバス運転手共々消えていたのだ。
 残っているのは浜島達郎(男子17番)と雪藤詩歌(女子22番)、木村遼太郎(男子06番)と藤原蛍(女子18番)、体育会系の野球部の佐藤昌平(男子08番)と西島圭一(男子15番)、それに天然の吹奏楽部部長の白州雛乃(女子09番)だった。
「おい、佐藤。そっち、どうだ」
「全然駄目だ。こんなんでどうやって降りろってんだよ」
 本来ならこのふたりにもうひとり須藤誠(男子10番)がいるのだが、あいにくその須藤は他のクラスメイト共々行方不明だ。
「畜生……いったいなにをどーすりゃこうなるってんだよ」
 実はバスは地面にあるわけではなかった。
 密林の中のひとつの大樹に引っかかっていたのだ。
 高さはどう見積もっても15mはある。ここから飛び降りればまず骨折は必死だ。
「さっきのサイレンって……消防車でもきたのかなぁ」
 白州が呑気な顔して呟いた。
「消防車ならありがてェ話なんだがな」
「あのハシゴで助けてもらえるしね、ナハハ」
 この状況で笑っていられる白州の神経を浜島は疑った。
「それにしても学校の近くにこんな森なんてあったか」
「学校の近くとかもうそういう次元じゃねェよこりゃあ。佐藤、お前も見たろ。あの怪物。もうここは日本でも何でもねェんだよ」
「西島、あいにく俺はファンタジーは嫌いでな。どーせもうすぐ助けがくるさ、消防車もきてんだろきっと」
「だが、消防車にしてはあのサイレンはかなり不気味だろ。変な間隔で1分ぐらい鳴らしといて、そのあげくに距離感もまるでなかった。近づいてもなかったし遠ざかってもなかった」
 浜島は正直西島の言っている事に一理あると思った。
 本当にその通りだったからだ。あのサイレンは不気味だ。
「だがよ、西島――」
 佐藤がそういいかけた途端、突然バスが揺れた。
 だがさっきの揺れとはまるで違った揺れだった。何かに押されたみたいな……
「おっおい、なんだよ今の揺れ」
 浜島はさっきのとうにとっさに雪藤を抱いた。
 横を見ると木村遼太郎が藤原蛍に同じことをしている。
 だが、突然その藤原が叫びだした。
「いやああああああ!!」
「おっおい、どうしたんだ! 蛍!!」
 その場の全員が藤原のほうを向いた。
 だが、藤原は前を指差すだけだった
「あ……っあれあれ……」
 運転席の前にいた佐藤と西村がその指差す方向を向いたが、特に何もなかった。
「……えっなっ何?」
「??」
「蛍! 何があったんだ!?」
 その木村の声を皮切りに突然バスが前方に傾きだした。
 ガタガタガタガタッ
 ものすごい勢いでバスの中は揺れ始めた。
 まだ金網の中に残っていた荷物がバサバサ落ちてくる。
 バスの中にいた7人も困惑する。
「なっなんだなんだなんだ!?」
 西島が叫んだ。
 バスは前方の運転席を下にして、まるで滑り台のように傾いた。
 その角度の大きさで運転席に大量の荷物やら空き缶が集まった。
 その場所にいた西島と佐藤は滑ってくる荷物を蹴りつつ、浜島たちがいる最後部座席へと移動しようとした。
 だがそれは無駄に終わった。
 運転席部分が突然パックリとひらき、あの――浜島が目にしたあの何にも比喩できない怪物があの3つの頭を突っ込んできた。
 佐藤と西島は悲鳴を上げた。
 その瞬間、頭のうちのひとつが西島の足を捕らえた。
 西島はなすすべもなく、運転席部分から外へと吸い込まれていった。
「うわァアアアア!!」
 その光景を見た佐藤は必死の形相で浜島たちのいる後頭部座席へ上ってきた。
 その瞬間、ものすごい衝撃がバスを襲った。
 ただでさえ傾いてアンバランス状態のバスがここまで衝撃を受ければ耐えられるはずがない。
 6人を乗せたバスは運転席を下にして垂直落下した。
「きゃァアアアア!!」
「うぎゃァアアアア!!」

 ズドンッ

 鈍い音と共に落下したバスがようやく地面に横倒しになった。
 さらにそれだけではなく、バスの席と席の間が狭まっていった。
 怪物が圧力をかけてバスを潰しているのだ。
 その圧力に耐え切れず、まだ割れていなかった窓もすべて粉々に砕け散った。
 その砕け散った窓からあの怪物がグロテスクな触手を突っ込んできた。
 その触手が捕らえたのは木村が抱きかかえている藤原蛍だった。
「いやァ――!!」
「蛍――!!」
 木村の必死の抵抗も空しく、藤原蛍は触手と共に外へと吸い込まれていった。
 浜島はこの光景を見て自分の目の前で同じように触手に連れて行かれた新名朋江(女子15番)を思い出した。
「畜生!!」
 木村が蛍を追いかけて、その蛍が吸い込まれた穴に飛び込んだ。
「おっおい! よせ、木村!!」
 浜島の怒号は木村の耳にも間違いなく届いたはずだが、木村はそのまま蛍を追いかけ、穴の中へと消えていった。
 その穴の向こうでは、耳を追いたくなる悲鳴が聞こえた。

【残り41人】


 6.見捨て

 半分潰されたバスの中で浜島は困惑した。
 外にはあの怪物がいる。
 かといってこのままでるのは間違いなく自殺行為――
 浜島の胸の中で雪藤は震えていた。
 浜島のすぐ近くで佐藤も唸ったまま顔を上げていない。
 ――あれ?
 このバスには7人いたはずだ。
 西島は喰われて、蛍を追いかけて木村もここにはいない。
 浜島は恐怖のこともありなかなか誰がいないか思いつかなかった。
 そうだ、白州がいないんだ。あの天然の――
 浜島は狭くなったバスの中を見回したが、どこにも白州はいなかった。
 さっきの衝撃で下に落ちた? それとも――
 浜島は運転席のほうを見て、気がついた。
 西島を襲ったあの運転席がポッカリと口をあけている。
 怪物は間違いなく、浜島がいる壁の向こうにいる。
 おそらく蛍たちを喰っているのだろう。
 グシャバキグチャグチャと恐ろしい音がそれを物語っている。
 ――逃げるなら今しかない。
「詩歌、佐藤! あの運転席まで走れ!!」
 浜島は詩歌の手を強く握り、運転席まで猛ダッシュした。
 だが、浜島に佐藤はついてこなかった。
 いや、ついていけなかったのだ。
 見ると、佐藤の足がジーンズごと大きくパックリと割れており、そこからおびただしい量の血液が溢れ出ていた。
 西島が襲われたときか、下にバスが落下したときか定かではないが、とても歩けるような状態ではなかった。
 すぐ目の前で佐藤は怪物の頭の影により見えなくなった。
 怪物はまだあの蛍を襲った穴からしつこく頭を突っ込んでいる。
 どうやらこちら側の、運転席の穴には気づいていないらしい。
「うぅ……」
 浜島は心を鬼にして、詩歌と共に運転席から外へと飛び出した。

 暗い。
 自分はどこにいるんだろう。

 佐藤昌平(男子08番)の意識は薄暗い深海へと沈んでいた。

 今自分はどこにいるんだ?
 家か?
 今日は朝練あったっけか。
 だが、目覚ましがなっていないってことはもう少し寝ていいよな?
 それにしても変な夢だ。
 同じ野球部員の西島圭一(男子15番)がへんてこりんなベロみたいなものに襲われて、それからその西島が自分の足に必死でしがみついてきた。
 尋常じゃない様子で。
 そのせいで俺の腿はパックリきれた。
 かなりでかい。
 以前、試合で相手チームの打者に左足を思いっ切りスパイクされたのを思い出した。
 あれは痛かった。
 だって血がどんどん出るんだもん。

 ドクドクドクドク……

 あの時俺は左足を13針も縫う大怪我をした。
 そこに西島がしがみついてきた。
 だが西島はなすすべもなくそのまま穴の中(いや外か)へと消えていった。
 いたた。
 どうやら古傷がひらいたらしい。
 せっかく縫ったのにまただ。
 いたいいたい。
 西島にきちんと謝ってもらわねェとな。
 今度できたスポーツ用品店でグローブでも――

 その瞬間、怪物は昌平の首に思いっきり噛み付き、一瞬にして足と同様パックリとひらいた。
 ただ、少し違うのは白い健康な骨がその部分からグチャリと飛びだしてきたことだった。
 昌平の意識は暗い淵に引きずり込まれた。
 それは拒絶感のようなものだった。
 昌平は二度とその淵から抜け出すことはなかった。

【残り40人】


 7.後悔

 浜島達郎(男子17番)と雪藤詩歌(女子22番)は息が切れるまで走り続けた。
 ふたりはバスの方を見ることはなかった。
 誰がクラスメイトが喰われている様を見たいと思うだろうか。
 あのバスには少ないとはいえ、浜島たち以外に5人も人間がいた。
 こんな不気味なジャングルでこの人数はとても心の安らぎとなっていた。
 だが――
 一瞬にして分散――いや、全滅してしまったのだ。
 体育会系の野球部の佐藤昌平(男子8番)も西島圭一(男子15番)も、木村遼太郎(男子06番)も藤原蛍(女子18番)も。
 ただ唯一行方がわかっていないとすれば吹奏楽部の白州雛乃(女子09番)だが彼女だってわかったもんじゃない。
 浜島の見ていないところで喰われていたのかもしれない。
 どれくらい走っただろうか――
 詩歌の息切れが激しくなってきた。
 いくらバトミントン部の部長といえども、この状況では疲れがあったらしい。
 それは浜島も同じだった。
「……少し、休むか」
 浜島と詩歌は大きな木の木陰に腰を下ろした。
 浜島は実は後悔していた。
 やっぱり、あのとき佐藤を救うことは出来たんじゃないだろうか。
 あの頭に向かってバスケで鍛えた足での蹴りの一発でもくらえば怪物は昏倒していたのかもしれない。
 木村だってもっと説得――いや、しがみ付いてでもすれば……
 そんな後悔が渦を巻いて浜島に襲いかかる。
「達郎くん、落ち込まないで」
 詩歌がやさしい声で浜島に話しかけた。
「あの状況じゃどうしようもないよ。どっちを選んでもあたりもハズレもないと思う。佐藤くんもきっとわかってくれてるよ」
「……ごめん」
「謝りたいのはこっちだよ。全然役に立てなくて……震えてばっかで……わたし」
 詩歌の声が泣き声になってきた。
 あのバトミントン部の主将の詩歌がこんな――
「……後悔ばっかしても仕方ないよな」
「……え?」
「……きっとどっかにいるはずだ。先生だって、みんなもきっと」
「…………」
「いつまでもクヨクヨしてても何にも始まらない」
「うん、そうだよ」
 ふたりの顔色が少し和らいだ。
 とはいえまだ不安や恐怖のほうが心を圧倒的に支配しているのは事実だ。
 だが、まだ互いに心を通わせる相手がいたのもまた事実だ。
 ふたりは今後の動向について話し合い始めた。

【残り40人】
2012-03-11 22:26:59公開 / 作者:しすたん
■この作品の著作権はしすたんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうもです。
残酷な描写を含むのでそこらへんはご了承を。
最初に退場しちゃった生徒たちはともかく、生徒みんなにそれ相応の活躍をさせたいと思っておりますのでよろしく。
あとカウントダウンは正確です。
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