『群神物語〜閃剣の巻〜3前半【微修正】』作者:玉里千尋 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
これは、神と人の世が混じり合う物語……。※登場人物、キーワード説明を『あとがき』に記載しております。
全角68925.5文字
容量137851 bytes
原稿用紙約172.31枚
三 『共鳴 一』
(一)
                         ◎◎
 白圭(はくけい)二十七年(西暦二〇一五年)、八月二十九日の真夜中。上木美子(かみき みこ)は、胸を震わせながら熊本県内の菊池渓谷にいた。
 一年前の八月十日と、渓谷は何もかも同じようだった。滔々と流れゆく渓流とそれを映し出すまぶしいほどの月の光。美子は川岸で靴を脱ぎジーンズの裾をまくると、水の中に足を踏み入れた。清流が心地よく足を洗ってゆく。ふと後ろを振り向くと、河原でたたずむ霊孤と目が合った。
「ふーちゃん。ちょっとそこで待っていてね」
 霊孤は少し目を細めた。美しく輝く金色の毛皮の中で、彼の両の目は二つの優しい月の影のようだった。
 美子はすっかり落ち着いた気分になり、川の真ん中にまで進んで大きな黒い岩の前に立った。それを見上げ胸にかかっている赤い石を握りしめる。
 この時、この場で、どんな秘文を唱えたらいいのか。美子はこのひと月の間色々考え、いくつもの秘文を準備してきたが、今この瞬間がきてみるとふさわしい言葉はたった一つだけだという気がした。
 すうっと息を吸ったあと、大きな声で呼ぶ。
「お母さん」
 波のようにすべてが高まり満ちてゆく。月の光が岩の上で凝縮し赤い石がそれにいのちを吹きこむ。そうして、なつかしい優しい姿がかたちになる。
「美子」
 サクヤヒメだ。
「来たわ」
 美子は待ち焦がれた人の前で何だか照れくさくなって、泣き笑いのように言った。サクヤヒメは一つ微笑むと、岩の上から降りて美子と同じ水の中に立った。
「よく来てくれたわね」
 そう言ってしっかりと美子を抱きしめた。美子は母の胸の中で子供のように泣いた。こんなに甘い涙を美子は今までに知らなかった。母は美子がすっかり泣き終わるまで最初と変わらない強さで抱いてくれていた。
 やがて美子がにっこりとして顔を上げると、サクヤヒメは美子の手を引いて岸に上がった。
「朝まではまだたっぷり時間があるわ。二人でゆっくり話をしましょう」
 河原の大木のわきにある古びた石のベンチに、美子は母と並んで座った。初めは何を話していいのか分からなかった。あまりに母がいない時間が長すぎたからだ。しかしサクヤヒメに、
「高校生活はどう?」
と訊かれたとたん、美子の口からとめどないおしゃべりがあとからあとから出てきた。
「今、萩英(しゅうえい)学園に通っているの。お母さん、知ってる? 仙台の高校よ。ほんとは涌谷高校に行く予定だったんだけれど変更になったの。
 なんでかというとね、お父さんが穴の中に落ちていなくなっちゃったでしょう。そうしたら龍一が涌谷にやって来たの。龍一って、この間お母さんも会った、あの人よ。東北の守護主なの。
 でもあたしは、お父さんが守護者だということも、上木家が涌谷を守る守護家だということも、東北の結界のことも、何にも知らなかったから、龍一に初めて色々聞かされてすごく驚いちゃった。お父さんたら、あたしに何にも教えてくれていなかったんだもん。ただの大工だとばかり思っていたんだから。
 それでね、お父さんは自分に何かあったときは、あたしのことを龍一にお願いしてあったそうなの。だから龍一はあたしのことを迎えに来たの。あのときは、お父さんが落ちた穴の正体も分からなかったし、どっちにしても涌谷の家は穴の中に消えてなくなって、あたしは住む場所もなくなっちゃっていたから。
 今は躑躅岡天満宮の宿舎を借りて住んでいるのよ。それで、そこから近い萩英学園に通うことにしたの。萩英ってね、龍一が理事長をしているのよ。だから、入れたってこともあるのよね。だってほんとはあたし、入学試験も受けていなかったのよ。あ、これは友達にも内緒のトップシークレットだけどね。
 秘密っていえば、龍一が萩英の理事長ってことも秘密なんだって。だから入学式なんかの行事には、築山さんっていう天満宮の庭師の人が代わりに出て挨拶したりするのよ。面白いでしょ。
 お母さん、築山さんって知っている? あたしは二年前に初めて会ったと思っていたら、違うんだって。ずっと前に一度、お父さんに仙台に連れられて来たときに会ったことがあるそうよ。そのときはお父さんが天満宮に用事があったから、築山さんの奥さんに預かってもらったんだって。築山さんの奥さんたら、あたしのおしめをとり換えた話もするんだから恥ずかしかったわ。あたしは全然覚えていないんだけど、でも二歳くらいだったらしいから仕方ないよね。
 築山さんも築山さんの奥さんも、とってもいい人たちよ。築山さんは庭師だけど料理がとっても上手なの。あたしも少しずつ習ってだんだんうまくなってきたわ。お父さんも料理が上手だったけど、築山さんのはほんとプロ級なの。自分では料理は趣味だって言っているけど、でも天満宮で出す食事は全部築山さんが作ってきたんだって。
 今でも龍一に出す食事は必ず築山さんが作るの。もちろん築山さんがお休みのときもあるけど、そのときは築山さんがあらかじめ用意しておくか、料理屋に出前をとるかするのよ。龍一って、すごく好みがうるさいみたい。あたしも一度龍一に作ってあげたいけど、まだそこまでいかないわ。
 でも料理をしているとほかの人に作ってあげたくなる気持ちがよく分かるの。築山さんはあたしが天満宮に来て、食べてくれる人が増えて嬉しかったんだって。それにしても龍一が、あんまり量を食べないので今でもよくぶつぶつ言っているわ。料理って、一人分作るのも二人分作るのも手間はおんなじなのよね。
 あたしは朝や休みのときは自分の分は自分で作るの。でもいっつも多めに作りすぎちゃって困るわ。そんなときは、ふーちゃんがご飯を食べられたらいいのにって思うの。
 あ、ふーちゃんって、あそこにいる子よ。とってもきれいでしょ。前は手のひらに乗るくらい小さなケサランパサランだったの。涌谷の家に開いた穴の近くで会ったのよ。そうよ、龍一がやって来た日にふーちゃんに会ったの。あのあとすぐに仙台に行っちゃったから、一歩間違えばふーちゃんに会えずにいたかも知れなかったのよね。ほんとに会えてよかった。
あのね、ケサランパサランって女の人の幸運の印なんだって。精霊の一種だから何も食べないの。それでも二年であんなに大きくなったの。不思議よね。本当はケサランパサランって大きくなったりもしないんだって。
 ふーちゃんって本当にケサランパサランなのかなあ。でも霊孤の一種には違いないでしょ。ケサランパサランは霊孤の尻尾から分かれた精霊だっていうから、やっぱりふーちゃんもそうなのかもね。
 圭吾君は、この調子でいけば牛くらいに大きくなるんじゃないかって言っていたけど、一年前からはあんまり大きさは変わっていないわ。ふーちゃんは普通の人には見えないけど、やっぱりあまり大きすぎても困るものね。
 あ、圭吾君も、去年一緒にここに来た人よ。津軽守護家の初島家の二男なの。実は今日も一緒にここに来ているのよ。真夜中に独りじゃ危ないからってついて来てくれたの。入口の駐車場で待っていてくれているわ。
 あのね、今、圭吾君と組んで退魔の仕事をしているのよ。この春から始めてだいたい月にいっぺんくらいのペースでしているかな。そう、お父さんと同じ仕事をあたしも始めたの。まだ上木家の当主でも守護者でもないけれど、龍一が秘文や退魔のやり方を教えてくれているの。
 最初はやっぱりとても緊張したわ。だって龍一なしで退魔をすることなんてなかったから。でもだいぶ慣れてきたわ。といっても退魔っていつも相手も状況も違うから、完全に慣れるっていうことはないと思う。龍一が退魔は下調べが一番大事だって、いつも言っているわ。自分が納得するまで調査をしてから退魔に臨めって。
 退魔は、月に一度、満月の晩にするんだけど、準備はその二、三週間前から始めるの。一度は必ず現場に下見をしに行かなくちゃいけないし、周りの人たちに話を聞いたり、ときにはその地方の伝説を調べるのに図書館に通ったり、それからその相手にふさわしい秘文や方法を考えたり、けっこう大変よ。あたしは平日は学校があるから、昼間は休日しか動けないしね。だから圭吾君がいるからこそやれているかなとは思うわ。あたしは車も運転できないんだもの。でも報酬は半分こずつなのよ。何だか悪い気がするんだけど、龍一が決めたことだから文句は言えないわ……」
 サクヤヒメはところどころで相槌をうちながら微笑んで美子の話を聞いていた。
 美子と別れたのは、美子が二歳の時だったので、こうして学校や日常の話を聞いてやることもできなかった。時の流れというのはなんと偉大なものだろう。あんなに小さかった美子が、今は自分と変わらぬ背丈をして目の前にいる。
 サクヤヒメは、美子が自分をこんなにも愛のこもった目で見つめてくれるのを奇跡のように感じていた。幼子を捨てるようにして去った自分は、責められ憎まれても仕方ないと思っていたのだ。
(親の愛は海よりも深いなんていうけれど、子供が親を想う気持ちに比べたらどうということもないわ。親は授かった命を守り愛するだけよ。子供が親を愛するこの純粋さ、この強さはどうかしら。それはまるで植物が太陽を求めるように、理屈のない本能的なものなのだわ。親は親だというだけで、一人の人間の心の中で永遠に特別な位置を占めることができる。このためだけにでも自分の命を投げ出す価値が充分にあることなのよ)
「……それでね、そのアカネっていうあたしの友達がつき合っている人が、ヒムラさんっていうの。ヒムラさんって『HORA‐VIA(ホラ・ウィア)』っていうバンドをやっている人よ。ええと、ベース担当なんだって。あたし、いっつもギターとベースの区別がつかなくなっちゃうのよね。
『HORA‐VIA』のメンバーって、四人全員、萩英出身なのよ。去年卒業して今はプロとして活躍しているわ。すごいよね。あたしもアカネに連れられて、何度かライヴを観に行ったことがあるけど、なかなかいいバンドよ。
 ヒムラさんってね、すごく面白い人なの。ライヴではムードメーカーで、曲の合間にコントみたいなおしゃべりを必ずするの。実は音楽じゃなくてお笑いをやりたかったんだって。あんまりみんなを笑わせるから、ヴォーカルのタニグチさんが『俺たちは、コミックバンドじゃないぞ』って怒るんだけど、それが実はいつものオチなのよ。アカネが言うには、クールな顔をしているけど、ほんとはタニグチさんもお笑いが大好きなんだって。アカネはスタッフとして『HORA‐VIA』の裏方の仕事を手伝っているのよ……」
 徐々に東の山の向こうが明るくなってきた。月の光が力を失い、代わりに太陽がその地位をとり戻す時間が近づいてくる。
 美子は話を続けながら何度も目をこすった。母の輪郭がぼんやりしてきたのは時間がきたせいではない。自分の涙のせいだ。そう言い聞かせていた。
 しかし母は言った。
「さあ、美子。そろそろお別れよ。あなたの顔をもっと見せて」
「うん」
 美子は、母に自分の一番いい顔を覚えていてほしかったので、精いっぱい目を開いて母を見つめた。
 サクヤヒメは美子の髪を撫でた。
「あなたは昔から髪の毛がとてもたっぷりしていて、素敵だったわ」
「多すぎて嫌になっちゃう」
「年をとったらそれがいいのだと思うようになるわ。髪は女の命よ」
「あたしもお母さんみたいに髪を伸ばそうかな」
「あら、その髪型も、お母さん、好きよ。今は髪を切る技術が色々あるのね。まるで二枚の翼が生えているみたい」
「お母さん。また、会える?」
「もちろんよ。一年後にまた会いましょう。同じ時、同じ場所で。その赤い真珠が、私たちを引き合わせてくれるわ。美子こそ約束を忘れないでよ。それとも今度は孫の顔も見られるかしら」
 美子は真っ赤になった。
「そんなわけないじゃない」
「あら、私が美子を産んだのは、美子と同じくらいの年だったのよ」
「うっそ――!」
 美子はびっくりして母を見た。サクヤヒメはくすくす笑った。
「祥蔵さんは私の年なんて気にしなかったから知らなかったかもね。でも昔は、そのころにはたいてい結婚したものよ」
「ふうん」
 サクヤヒメは美子の手をとって優しく撫でながら、話した。
「世の中の風習が変わっても、人の心と体の仕組みは変わらないわ。女が男の人を好きになって、その人の子供を産むことは、水が流れるように自然なこと。女はね、自分の欲求に素直に生きるようにできているの。その点、男の人は不器用ね。いつも理性と欲望のはざまで悩んでいるわ。描く理想が高く大きすぎて、自分自身がついていかないのね。
 美子。なによりも自分に対して誠実に生きなさい。善いもの、美しいものは、あなた自身の中にあるわ。それをみつけ出すことが生きるということなのよ。だから生きることは自分との苦しい戦いであると同時に、自分にしか手に入れることのできないたった一つの宝ものをみつける旅でもあるの。
 女はね、男よりもずっと強いのよ。男ほど生を恐れているものはないわ。何故なら彼らには、死というものがそれが近づくまで分からないからなの。死を知らなければ生を本当に理解したことにはならない。彼らが死に引きよせられようとするのは、本当は生きたいがためなのよ。
 でも私たちは自分自身の中に、すでに生と死をもっている。月の死と再生は私たちの中にある。命は私たちの中に入りこみ、そこで死んだり生まれたりを繰り返している。深遠なる命の秘密はすべて私たちの中に備わっている。人が感じることのできる、もっとも大きな苦しみも喜びも私たちのもの。男は社会、女は自然、男は意志、女は無意識。
 世界は大きな渦を巻き続けている。陽の意志はその流れの方向を決めようとするけれど、それを運命づけているものは陰の水の性質なの。陽と、陰。どちらが優れて、どちらが重要ということもない。分かっているのは、それぞれがまったく別の存在なのに相手なしでは存在すらできないということ。私たちは違う時の流れの中を生き、そしてときに同じ歌を奏でている。
 ああ、美子。私の感じるままをあなたにどうやって伝えたらいいのかしら。言葉とは何て不完全なものなのでしょう。それでも人は言葉を使うしかないのだわ。想いは伝わらなければないも同然。想いを相手の心に映し出す鏡が言葉なのよ。あなたには伝えたいことが無数にある。だけれどすべてを伝えることなどしょせんできないわ。でも想いが光だとしたら、その光がたとえ少しであってもあなたの心を温める種火になるかも知れない、そう思いたい。
……美子、時間がきたわ。さようなら。誰よりもあなたを愛しているわ」
「私もよ。お母さん、ありがとう、さようなら」
 サクヤヒメは朝日の中に溶けるように消えていった。
 美子は手のひらを眺め、その中の光を今まであった母の温もりと同じもののように思った。そして、そっとまた、それを握った。
 ふーちゃんがゆっくりと近づいてきた。優雅で美しい足どりで。その姿は、朝のきらきらした太陽の光にも負けないほどに、強く、確かだった。
 美子は前脚を膝にのせてきた彼を抱きしめた。
「ふーちゃん」
 ふーちゃんが一つ大きくあくびをした。美子は思わず笑った。
「一晩中起きていたからね。ほんと、あたしも眠くなってきちゃった。つき合ってくれてありがとう。さ、戻ろうか。圭吾君も待っているわ」
 ふーちゃんがまぶしそうに枝葉の向こうの空を見上げた。
 カナカナカナカナ……、というセミの鳴き声が起こっている。
 美子は立ち上がった。
「夏も終わりね」
 季節はゆっくりとすぎ去っていくけれど、同じようにまためぐってくるはずだ。

(二)
                         ◎◎
 ひどく、暗い。
 龍一は、北上の神淵(かみふち)神社のご神体である『淵』の前に立っていた。
 暗いのは今夜が月のない晩だから、というわけではない。淵の周りはいつもこうなのだ。
 龍一の背後には、だいぶ離れて沢見邦安が控えていた。一時間ほどもこうしているが、その間一度も物音一つたてずに気配すら感じさせないのはさすがであった。
 神淵神社は、守護五家の一つである沢見家がもつ神社で、淵を守るために作られた。神社の創建は土居家の歴史と同じくらいに古いが、沢見家の歴史はそれよりももっと古い。淵はヒタカミの時代からその存在を知られ、恐れられてきた。沢見家の祖先はそれと名のるずっと以前から、淵を守るものとしてこの地に住む一族であった。
 岩手県北上高地の南部を東西に横断する県道沿いに『上淵神社』はある。『かみふち』と読みは同じだが、神淵神社と一文字違いだ。この二つの神社双方ともに沢見家が宮司を務めている。
 上淵神社は一見すると何の特徴もない、ごくあたりまえの神社のようだ。巨大な鳥居があり、これをくぐるとなかなか立派な社殿が正面にある。しめ縄や鈴緒(すずお)、賽銭箱も飾られ、訪れる人はこれが拝殿だと思うだろう。しかしこれは拝殿ではない。
 神社の由来書にはもっともらしい説明が連ねてあり、それを読むと、上淵神社のご神体は北上高地最高峰の早池峰山(はやちねさん)であり、上淵の名は神社境内にある池からきているという。
 確かに社殿のわきに大きな池がある。池は早池峰山からの伏流水がこの場所に湧き出たもので、神社ではこの池を早池峰山の分身神と考え同じように大切に祭っている、とある。池の水は自由に飲むことができ、長寿万病に効くというので参拝客の人気を集めている。
 しかし沢見家が唯一守り敬い続けてきたのは、淵たった一つであり、早池峰山でも池でもない。躑躅岡天満宮も表向きは菅原道真のみを祭り、竜泉の存在を一般に明らかにはしていないが、竜泉を守る上社は同じ躑躅岡にあり、一定の客には境内への訪問を許しているし、下社で菅原道真を祭っているのも嘘ではない。
 だが沢見家は、もっと積極的に真の祭神を隠そうとした。つまり淵を人の目から避け守り通すため、上淵という一つの神社を作り上げたのだった。つまり上淵神社全体が大きなフェイクなのである。であるから、そこにある拝殿は本物の拝殿ではなく、祭神は祭神ではなく、宮司は宮司ではない。
 しかし鳥居だけは本物だった。鳥居とは、俗世間から神域をきり離すための結界の役目を果たしているものだが、いわば上淵神社そのものが鳥居であり、結界なのである。
 神淵神社への入り口は、上淵神社の社殿の地下にある。そこから先は、沢見家と守護主である土居家当主しか入ることはできない。
 地下通路は非常に広く立派に造られている。四方がすべて厚い板でおおわれているが、換気に工夫がされているので、灯りの火を燃やしても大丈夫なほどに空気は新鮮に保たれている。そして通路はところどころ折れ曲がりながら延々と長く、ひたすらに下りながら伸びている。その間、いくつもの部屋がわきにつけられている。つまりこの通路全体が神淵神社なのだ。
 神淵神社が地下に設けられた理由は淵への道を隠すためでもあるが、淵自体が地下にあることがもっとも大きな理由である。淵は地底湖だった。
 ヒタカミの時代には、淵がある場所はたとえヒタカミ国主であっても知らされず、沢見の一族のみがそれを知り見ることができたという。国主は淵の様子を彼らから聞いて報告を受けるだけにとどまっていた。
 沢見の一族は淵を守り見る役目を果たしていたがゆえに、ヒタカミ国のあまたある部族の中でももっとも高い地位を誇っていた。ひと握りの領土も持たず一人の治める民も持たない者たちであったが、ヒタカミ内では国主に次ぐ畏敬を受けていた。それはとりもなおさず淵に対する恐れと同一になっていたのである。
 なぜこの淵が『恐れられてきた』のか。淵には神としての名前がない。これは非常に珍しいことである。日本の神々のすべてには名前があり、そのほとんどが人格神だ。そして出生や活躍についての固有のものがたりをもっている。人は、名前とものがたりによって、その神の性格や働きを知ることができる。しかし淵にはその古い歴史にもかかわらず、ものがたりすらなかった。ただ『淵は、もっとも深い場所につながっている』と伝えられているだけである。
 淵にまつわるこれらの話を、龍一は思い返していた。そして自分のすぐ足もとにまで迫っている淵の水を見た。一部分が赤く燃えるように揺らめいているのは、洞窟の中の唯一の光源であるたいまつの明かりを映しているせいだろう。しかし炎はあまりに小さく弱いため、自分自身すら満足に照らすことができずに淵に力の大部分を吸いとられてしまっているようだった。そのせいでそのほかの部分がいっそう暗く引きたっているようにさえ感じられた。
 龍一は上を見上げたが、そこには親しい空の星星は一つもない。ただ永遠のように果てなく広がる闇のみである。洞窟の天井がどれほど高いのか、そして淵の底はどれほど深いのか、誰も知らない。
 龍一は大きく息を吸った。ひどく息苦しかった。淵の水で冷やされた空気が肺の中いっぱいに入ってきたが、いくら酸素をとりこんでも苦しさは治まらなかった。余計に胸のつまりが大きく固くなるだけだった。
 それと同時に得体のしれない不安感が体を蝕んでいく。
(淵が恐れられてきたわけは、それが、まったく説明のつかないものだからなのだ)
 龍一は思った。そして自分も過去の人々と同じように淵を恐れているのを感じた。淵に関しては慣れるということがまったくない。いや、訪れるたびにさらに圧迫感が増すようだった。
(邦安は淵をどう感じているのだろうか)
 龍一は、温厚で陽気なこの淵の守護者にいつも訊ねようと思いつつ訊きそびれているのだった。もしかするとこれほどまでに淵を恐れている自分を知られたくないせいかも知れない。
 唾を呑みこむと自分の喉仏がごろりと動くのが分かった。躑躅岡に戻りたかった。竜泉のあの清らかな水に手を浸したかった。
 自分と同じ名前をもつ二つの泉は、初めて会った日から龍一にとって親しいものだった。竜泉は龍一のすべてを受け入れ、様々な場所や時を惜しげもなくみせてくれた。龍一は天満宮の丘を長くは離れられない。それが菖之進が龍一に遺した言葉であり掟なのだ。そして、竜泉もまた龍一と同じく丘にしばられている。
 しかし竜泉はその場に居ながらにして、あらゆるすべてのものにつながっているのだ。それが可能だということを竜泉は教えてくれた。竜泉をのぞくたびに龍一の力は強くなっていった。しかし竜泉と天満宮の丘のそばにいる限り、龍一は護られているのだ。
 そうだ。龍一が淵が怖いのは、ここがあまりにも竜泉から遠い場所だからだ。竜泉でみることができない唯一のものが淵なのだ。淵をみるにはこの場所に自らをもってこなければならない。
(淵の守り人である沢見の一族もまた、この場所にしばられているということか)
 二千年もの間、淵という得体のしれない存在に運命づけられることを考えただけで、龍一はぞっとした。
                         ◎◎
 邦安は、龍一の背を見つめながら考えていた。
 龍一の着物の襟には二つの丸い紋が染めぬかれている。それは土居家独特の紋で『八紘陰陽蛇の目紋(はっこういんようじゃのめもん)』という。

※次の二つの丸紋が白紋を上に一部重なりあっている。
白紋:◎(白輪の中が十字で四つに区切られ、右上、左下がそれぞれ塗りつぶされている)
黒紋:◎(黒輪の中が×で四つに区切られ、上と下がそれぞれ塗りつぶされている)※

 白紋は陽と四方、黒紋は陰と四隅を現し、この二つで宇宙万物の事象を意味する。そしてこれらすべてをとり囲み、みすえているのが蛇の目とする。同心円は蛇の目を表現した文様である。
(菖之進様は、龍一様に蛇の目が備わっている可能性があるとおっしゃっておられた。蛇の目を開くことによってヒタカミの鏡を真にみることができるようになるのだと。ほかの守護者には言わず、私にのみこのことを教えてくださったのは、ほかならぬこの淵の存在のためだろう。何故なら淵を真に理解できるのは、やはり蛇の目をもつもののみと伝えられているからだ)
 沢見家には大昔から伝わる不文律がある。それは『淵について考えてはならない』ということだ。淵の意味について考え始めたら、必ずや精神の迷宮に入りこみ二度と日のもとに戻ってはこられない。事実、過去に何人もの沢見家の人間が正気を失いそのまま完治することなく悲嘆のうちに死んでいった。彼らは、みな、霊力・知力ともに優れ、そして真剣にものごとと向き合おうとする人々だった。そんな人間にとって常に目の前にある巨大な謎について考えるなというほうが無理というものかも知れない。
(しかし世の中には人の身ではけして理解できず、またけしてふれてはならないものというのも存在するのだ。その一つがこの淵なのだ。沢見家の長い歴史はただその一点を伝えるためだけにあるといってもよい)
 邦安は正気のままでいたかったし生き延びたかった。だから沢見家の掟を忠実に守ってきたのだ。
(龍一様の中に蛇の目が備わっているとしても、それはまだ目覚めてはいない)
 邦安は蛇の目をもつ可能性があるからこそ、龍一と淵について語ることを避けて通ってきた。淵の存在が蛇の目を開かせるきっかけとなるかも知れない。邦安はそうなってほしくはなかった。
(蛇の目も、淵も、龍一様を幸せにすることに役にはたたない)
 そう確信していたからだ。
(ヒタカミの鏡などみえなくともよいのだ。蛇の目など眠ったままにしておけばよい。ましてや淵などはこのまま永久に不可思議な謎として放っておくべきなのだ。なによりも大事なのは人の心が安らかなままにあり、日々ささやかな喜びを感じながら生をおくることだ。小さな温かさの積み重ねの中こそ人を幸福と満足に導くよすがが、ある。
 理想高く煥発(かんぱつ)な若い人ほど、ともすればそれが分からず無明の闇に自ら足を踏み入れてしまうものだ。確かに未踏の領域を発見し一人理解するのは偉大なことだろう。そのことにより周りの私たちも大いなる光の恩恵を受けることができるかも知れない。しかし闇の中から光をもちかえる人はどうだろう。感謝はされるかも知れないが、けして受け入れられず孤独のままであるに違いない。何故なら人は理解できないものは輪の中に入れようとしないからだ。そして孤独とは人間を不幸にするもっとも大きな原因の一つなのだ)
 土居家の二つ円の紋を背負った時点で、すでにそれは孤独の始まりである。邦安は龍一の痛々しいまでに大きく輝く霊力の光を感じていた。それは何千年もの間淵をとり囲む濃い闇にも負けないほど強いように邦安には思われた。淵について考えないようにしていても、現実に邦安は神淵神社の宮司であり淵の守護者であるのだ。ほど近くにいるだけで、淵は人の心と体を少しずつ蝕んでゆく。しかし龍一に会うたびに、邦安は長年にわたって傷つけられてきた自分自身が優しく癒されるのが分かるのだった。それは龍一の心が霊波にのって邦安の中に届けられるからだ。人の苦しみと温かさの双方を知る魂が、邦安を包んでくれるからだ。
(龍一様はこのままでよい。すでに人として守護主様として充分な境地に達していらっしゃる。龍一様に必要なものは蛇の目でも淵でもない。もっと小さくて温かなもの、そう、家族だ)
 邦安は自分の家族を思い浮かべわずかに頬をゆるませた。おしゃべりで世話好きな妻、すでに自立しているが同じ岩手県内に住む二人の子供たち。長男は盛岡市内で役所勤め、長女は宮古の漁師に嫁ぎ、どちらも二人ずつ計四人の孫をもうけている。平凡といえば平凡。しかしこれほどの幸福をほかにいったいなにが与えてくれるというのか。これらを手に入れるため、邦安は半世紀以上の歳月と営々たる努力をひたすらに積み重ねてきたのだ。そして六十六歳になった今、
(これ以上を望めば罰があたる)
 そう思えるようになった。自分の人生を振り返れば、確かに愚かで不完全な部分もままあった。しかしそれでも誇りを感じることができるのは、温かで確かなものを自分の力で築き上げてきたのだと誰に引け目を感じることもなくいえるからなのだ。
『正気と誇り』
 これが、人が生きる上でもっとも必要なものだというのが、邦安が自分の人生において得た結論であった。
                         ◎◎
「淵の水は、一年前よりもさらに増したように見えるな」
 龍一が口を開いて邦安ははっとして顔を上げた。龍一の声はひどく低かったが、無音の中に拡声器を使ったように大きく響いた。
「はい。ここ何年間も水位は徐々に上がってきております」
 龍一は淵から一歩下がった。水はふちから盛り上がるほどにたたえられ、今にもあふれて足を濡らさんばかりだった。
「淵の水がこれほどまでに多くなったのは、正確にいうと何年前からだ?」
「ご存じのとおり、淵の水の量は一定ではなく、ある期間は次第に少なくなってゆき、その後増加し続けるということを繰り返してきております。その年数は、その時代時代によってまちまちではありますが、ここ数百年間はおよそ六十年を周期として安定しておりました。
 私が沢見を継いだ四十年前はちょうど減少期の初めにあたっておりまして、それ以来水位は徐々に下がっていっておりました。本来はまだ減少期のはずですが、三年前の秋、正確に申しますと、私の記録では白圭二十四年十月二十三日に減少がとまりました。その後、水位は一貫して上昇し続けております」
「そして、その増え方は今までにないほどだ、というわけだな」
「さようです」
 龍一はまた沈黙の中に沈んだ。淵の変化が何を意味するのかを龍一は邦安に問おうとはしなかった。沢見家はただ淵を守り見続けるのが仕事である。判断するのは今も昔も土居家の役目なのだ。
 淵がなにであるかは古来謎とされてきたが、それが見せる現象についてははっきりしたことがいえる。淵は我々の世界とつながっている。淵もまたもう一つの『鏡』であるのだ。淵の奥底はとうてい入ることのできない混とんとした世界だが、その表面をみるだけでも得るものは多い。だからこそヒタカミはこの淵を重要視してきたのだし、それを土居家も引き継いだのだ。
 龍一は淵の全体をもう一度み渡した。たいまつの火が届かない場所が大部分だが、龍一の視線は淵の向こう岸までをゆっくりと這っていった。淵の水面は均一ではなく、あるところでは盛り上がりが大きく、あるところではむしろへこんでいる。水の動きはまったくない。黒い水銀のようにその面はなめらかなまま静止している。
 淵をみるときは考えてはならない。何故なら淵はみるものの考えをよみとり、その形状を変化させるからだ。ただ己を空にし無の中に有を感じとる態勢をとらなくてはならない。言葉にすれば難しいが、龍一にすればたいして困難なことではない。毎日の竜泉による霊場視を応用したようなものだ。ただ淵のほうが竜泉よりもずっと不親切であるというだけだ。辛抱づよく対峙していれば淵の側から折れてくる。ただ淵に対する恐怖を我慢し続けられる時間との勝負なのだ。 胸のかたまりは相変わらず内部から押し続けていたが、それで自分が即どうにかなるわけではない。もうこれはそういうものだと、あきらめてしまえばよいのだ。
 そうやって龍一はいつもどおり、淵に対する恐怖、疑問、あきらめ、という順路を経て、淵を客観的にみることができる立ち位置を探し出すことができた。位置がみつかればあとは早いものだ。
 そして龍一はちょっと眉をひそめた。やっぱり、という思いと、まさか、という思いが交差する。しかし淵からみとれるものはすべてみた。どちらにしてもこれ以上の長居は無用である。
 くるりときびすを返し、さっさと淵から離れた。邦安もそのあとから続く。その息づかいから邦安もほっとしているのだろうと龍一は思った。淵のそばに長時間いたい者などあるわけがない。
 神淵神社の通路の中に戻ると、邦安はすぐに淵との間の分厚い扉を閉め、厳重にかんぬきをかけた。すると通路の中は真っ暗になったが、次の瞬間には反対側の頭上にほのかな光が現れた。それは淵のそばの赤黒く冷たいたいまつの火と違い、ほっとするような温かい光だった。初めは細い線のようだったのが、次第に厚みを増し、やがて半円となり、最終的には真円となる。それはまるで日が昇るさまに似ていた。
 今、龍一と邦安がいるのは、神淵神社の長い通路の一番端、淵との境目の部屋で『はしの間』と呼びならわされる場所である。
 淵に行く場合は、この、はしの間に入り、通路との境の扉を閉め、それから淵への入口を開く、という手順をとる。淵から戻る場合はその逆である。淵との境と、通路との境の戸を、同時に開くことはけしてない。しかし淵から帰ってきたあと、すぐに通路への扉を開くと、通路に点された明かりと淵の周りの闇との落差で目がつぶれる恐れがあるので、光に慣れるための仕組みが考えられた。それが向こう側の通路との間に設けられた円形の窓で、これを少しずつ開けていくことによって、はしの間に明るさをとり戻し、光に身を慣らすのである。窓にはヒノキ板がはめられていて、光はまずそのうすい板を通してやってくる。だから実際には本当にわずかな光量であるはずだが、淵から戻って来たばかりだと、それも目を射すほどのまぶしさに感じられる。
 沢見家ではこの窓のことを『ひ』と呼んでいたが、さもあらん。永遠の闇が支配する淵のそばから帰ってきた者にとっては、この地下奥深くに点る人工の光さえも、まるで大いなる太陽の恵みのように感じられるのだ。この向こうには確かに地上に通ずる道があることを思い出させてくれるためだ。
「そろそろ、ひの板を開けます」
 邦安は龍一がうなずいたのを確認したあと、下から操作してヒノキの板をゆっくりと開けた。さらにまぶしい光が、はしの間を照らす。龍一と邦安は互いの顔を見ながら目をしばたたかせた。
 龍一はにこりとした。
「今回はいつもに増して光が目にしみるな」
 邦安は板の紐をとめ具にくくりつけたあと、自分の涙をぬぐい、ちょっと笑った。
「確かに。なにせ、ゆうに二時間は淵のそばにおりましたからな」
「そんなにいたか?」
「おそらく」
 龍一は自分の目じりをさわった。そして珍しいもののように自分の指先をじっと見つめた。
「それほど時間が経っていたとは気づかなかった。お前には悪いことをしたな。であればお前をはしの間に待たせておくのだったが……」
「何をおっしゃいますか。私はこう見えましても、淵を二千年間守り続けてきた沢見の末裔でございますよ。二時間やそこら淵のそばにいたからといってまいるような身ではございません。今でも日に一度は、必ず淵に行くのですから」
「先日、お前の孫が初めて淵に行ったと聞いたが」
「曜介(ようすけ)のことですな。ええ、長女の二番目の息子です」
「何歳だといったか?」
「十二でございます。私の四人の孫の中でも一番小さい子でして」
「そんな幼い子供に淵を見せたのか?」
「むろん短時間ではございますが、しかし私の係累の中ではあれがもっとも霊力が高いとふんでおるのです。いずれは曜介にこの神淵を継がせようと考えておりまして、その下準備でございます」
「お前の子供たちは継ぐ気はないのか?」
 邦安は陽気に笑い声をたてた。
「あの子らは今の自分の生活のほうが気に入っているようなんですよ。どうも自由に育てすぎたようで。まあ、あと十年は私も妻も淵を守り続けられるでしょう。その間に曜介が成長してくれればと期待しているのでございます。今のところ曜介も神淵に興味をもってくれているようですから」
「そうか。後継者選びにはお前も苦労するな」
「そのとおりでして。沢見を途絶えさせてはならぬことははっきりしておるのですが、さてそれを誰に託すかということになると難しい問題でございます。それでも盛岡の長男などは、今、私に万が一のことがあった場合は仕方ないと覚悟を決めておるようですが、あれも少し頼りないところがございましてね。どうしたものかと迷っていたところ、曜介が生まれたので少しは希望が出てまいりました。曜介の母親もあの子の霊力は認めておりますので、私に子供を託すことを了承してくれました。
 それで曜介は、来年の春から私どもの家に来ることになっております。本当に沢見を継ぐなら、やはり若いうちから教えこまなくてはなりませんから。そうなれば一番に守護主様にお目通り願うつもりでございます」
「楽しみにしているよ」
「ありがとうございます」
 邦安が通路との扉を開けたので、はしの間いっぱいに明るさが戻った。しかしもう目が痛むことはない。
 龍一と邦安は神淵神社の長い通路を歩きながら話を続けた。淵のあとから戻ったあとは、誰しもがいつもより饒舌になる。とはいえ邦安は普段から話し好きなのだが。
「……しかし守護五家の中で、現在、跡継ぎについて深刻に悩んでいるところがとりあえずないというのは幸いでございますな。初島家は長男の正見君が立派に育っておりますし、蜂谷にも二人の子がある。白河の隆士さんはまだお若いですし、涌谷はいずれ娘さんがお継ぎになるでしょう」
「そうだな……」
 涌谷の上木家の当主を誰にするかは、土居家当主、つまりは龍一の判断にゆだねられているため、邦安は遠慮してそれ以上は口を閉じた。
 それにしても、該当者がいるにもかかわらず三年近くも守護者の一人が空席のままというのは異常なことだと、ほかの四家の中では話題の種となっていた。このまま上木は廃家になるのではないかという意見もあったくらいだった。しかし邦安はそうとは考えなかった。何故なら上木祥蔵の一人娘は霊力に優れていて、祥蔵が亡くなった直後から飛月を預かるほどであったことを知っていたからである。
 しかし上木廃家説に終止符をうったのは、津軽の守護者、初島正道だった。正道の二男である初島圭吾が、上木美子と一緒にすでに退魔の仕事を始めているというのだ。
 正道は言った。
『今の守護主様は、先代様よりも、より慎重なご性格だ。また祥蔵は守護家のことを娘に何一つ教えていなかったらしい。そのため、まず天満宮に引きとり、徐々に守護家のことを教えていきながら、娘の中に潜在する霊力を引き出していこうとされているのだろう。
 娘に高い霊力が備わっているのは疑いない。でなければあの若さで飛月の護持者となれるわけがない。私の息子によれば、飛月を使った退魔にもそつがないという。退魔という実践を積むことで守護者となる準備をさせていらっしゃるのだ。結局のところ、守護主様のやり方が、一番上木家にとって万全かつ早道であったということだ。あの娘が高校を卒業すれば、涌谷に戻って上木家の当主となることに疑いの余地はないだろう』
 これを正道から聞いたのは数か月前の春先のことだったが、そういわれてみれば今年の正月のことがあらためて思い出され納得がいくのだ。
 例年正月四日には、躑躅岡天満宮に守護者全員が集まり、守護主へ年始のあいさつをすることになっている。むろん今年も現任の守護者四名全員が躑躅岡に集まったわけだが、その席上、龍一から上木美子の紹介が守護者に対してあったのだった。
 それは『上木祥蔵の娘、上木美子』というだけの簡略なものだったが、美子という娘が天満宮に引きとられてから二年以上も龍一から何の言及もなかっただけに、これに何の意味も感じない者はいなかった。
 その後、正道の二男と組んで退魔をし始めたと聞くに及んで、いよいよ上木家当主の空席も埋まるだろうという正道の意見は、まず順当なものだとみんなが考えるようになった。
(今の龍一様の口ぶりでは、やはり美子さんの来年の当主就任は間違いなさそうだな)
 邦安は淵から数えて五番目の角を曲がりながら、思った。
 龍一がふと口を開いた。
「万道の二人の子供は、どんなものたちだ?」
 邦安は慌てて答えた。
「あ、あの双子の姉弟でございますね。なかなかの能力を秘めていると思われます。名は、姉のほうが冴(さえ)、弟が優(すぐる)と申しまして、年は確か今年で十七歳になるはずです」
「そうらしいな」
 邦安は内心で万道にも困ったものだと苦々しい思いになった。万道の二人の子供たちはそのどちらかが次の守護者候補になることは間違いないのだから、幼いうちに何度か天満宮へ連れて来て守護主に挨拶をさせておくのが本来であるのに、何を思っているのか万道はまだ一度も龍一に冴と優を見せていなかった。
 龍一の口調には特に変化はなかったが、邦安の両のわきには冷汗が流れ始めた。邦安に対しこの話題を振った時点で、龍一が言わんとしていることが分かったからである。
「今月も、万道はお前に報告の代理を頼んだな」
 邦安の顔からもいっきに汗が噴き出てきた。
「申しわけございません。次からは必ずや天満宮に伺わせますので……」
「久しぶりに顔を見たいと万道に言っておいてくれ」
「は、はい」
 邦安は恐縮して深々と礼をした。龍一は神淵神社の通路の終わりから段を上ってゆく。邦安が手動のハンドルを回すと、上淵神社の社殿へのぬけ穴がその前にぽっかりと開いた。そこを通ればようやく地上へと帰ってくる。
「ここまででいい。あとは一人で帰るよ」
「万道へは、きつく言っておきますので」
 龍一はちょっと歩みをとめて、邦安を見た。
「まあ、あまり大げさに言う必要もない。万道の言うように体調がすぐれないのだろう。無理をさせたら可哀そうだ。どちらにしてもまた正月には会えるだろう」
 邦安は言葉も出ずにただひたすらに頭を下げるしかなかった。
                         ◎◎
 龍一が自分の車に乗って上淵神社を去るのを見送ったあと、邦安の妻が太った体を揺らし自分たちの住まいにもなっている社務所から息をきらせて出てきた。
「あなた。守護主様は、もうお帰りになりましたの?」
「お前か。ああ、たった今お帰りになった」
 妻はがっかりした顔になった。
「まあ。せっかくお夕食を準備していましたのに……」
 それから夫が珍しく難しい顔になっているのを見とがめた。
「どうなさったんです。苦虫をかみつぶしたような顔をなさって」
「万道のことだよ」
「万道さんって、出羽の?」
「そうだ。お前も知ってのとおり、守護家は何かあった場合に互いに補完しあう関係のもの同士があらかじめ決められている。津軽の初島家は白河の中ノ目家と、そして我が北上の沢見家は出羽の蜂谷家と対になっているのだ。だから蜂谷家がどうしても自分の仕事を貫徹できない場合は、我らが責任をもって蜂谷の代わりをせねばならんのだ」
「それにしても、どうしてその組み合わせなんです? 私たちは津軽と組んだほうが地理も近くて便利ですし、出羽も白河のほうが行き来がしやすいでしょう」
「だから、だよ。地理的に近い者同士は黙っていても関係も密になる。これは守護者の視野が偏ったり、狭くなったりするのを防ぐ役目もあるのだ」
「上木家には対となる家はないのですか」
「上木家は全守護家の補完をする役目を負っているのだ。守護主様が守護家全体をみ渡したとき、不足があったり気になる点をみつけられた場合、まずはその守護者本人や、対(たい)の守護家に直接お訊ねになることももちろん多いが、それでもなお修正が難しいような場合は、上木家に動くよう命じられるのだ。いわば上木家は守護主様の代理を務める家柄なのだよ」
「でも、今、上木家の守護者は不在ですわよね」
「だからここ二、三年は、守護主様自らが退魔をおこなったり、築山が簡単な結界修復の作業をしたりしてきたのだ。しかしこれらは本来、上木家がおこなうべき事柄なのだよ」
「それで守護主様は、蜂谷について何とおっしゃっておられたんです?」
「万道と万道の子供たちはどうしているか、と言われた」
「それだけですの」
 邦安は社務所の玄関口で草履を脱ぎながらため息をついた。
「それだけだから問題が大きいともいえるのだ。守護者は、最低でも毎月一度は守護主様のもとへ伺って、報告をしたりご指示を仰いだりせねばならんのだが、万道はそれをもうふた月も怠っている。また、もうだいぶ大きくなった二人の子供にいたっては、まだ一度も天満宮へ挨拶にすら連れて行っていない。守護主様が不審に思うのも無理ないのだ。つまり、出羽はいったい全体どういうことになっているのだ、と言われたのだよ」
「どういうことになっているんです?」
 邦安は憮然とした顔になった。
「万道は体調がすぐれないとの一点ばりだ。しかし二人の子供と行っている山ごもりも別に中断しているわけではなさそうだ。それで守護主様のもとに伺うことだけできないなどとは理屈が通らんよ。出羽の霊場には今のところ重要な問題は起こっていないが、それにしても、ここ一、二年の万道の仕事ぶりには目が余るものがある。守護主様は私の立場をおもんばかってか、これまで何も言ってこられなかったが、ここにきてついにお訊ねがあったわけだ。もうこうなったら一刻も無駄にしてはおれん。明日にでも万道を天満宮に引きずっていくさ」
「出羽の唯一の問題は、出羽の守護者というわけですわねえ」
 邦安は妻の言葉にげんなりしたように、うなずいた。

(三)
                         ◎◎
 翌日の朝早く、邦安は妻に言ったとおり出羽へ向けて出発した。
 行き先は万道の自宅がある山形県の鶴岡市だ。
 蜂谷家の守護地は出羽である。出羽とは羽前(うぜん)と羽後(うご)の双方を指す。羽前は現在の山形県、羽後は現在の秋田県にほぼ相当する広大な地域だ。
 蜂谷家の創始者は飛鳥時代に生きた蜂子皇子(はちこのおうじ)だといわれている。
 以下は蜂谷家の伝承によるものだ。
 蜂子皇子は祟峻(すしゅん)天皇の子であり、聖徳太子の従兄弟にあたる高貴の生まれであった。が、父の祟峻天皇が蘇我馬子により暗殺されると、身の危険を感じた蜂子皇子は都を脱出し船で北へ向かった。何故かといえば、当時北にはいまだヒタカミ国が厳然としてあり、ヤマト朝廷と勢力を二分していたからである。いや、ヤマトは度重なる権力争いで朝廷人心ともに疲弊しており、温存された国力からいえばヒタカミのほうが大きいかも知れなかった。ヤマトの権力者である蘇我家から目をつけられた蜂子皇子は、ヒタカミに庇護を求めるため北を目ざしたのであった。
 艱難辛苦を乗り越えやがて皇子がたどり着いたのが、現在の山形県鶴岡市の海岸である。ヒタカミは蜂子皇子を受け入れヤマトの追捕から守ってやった。というよりも、蜂子皇子一人のためにヒタカミの奥深くにまで追手を派遣するほどの力が、当時のヤマトにはなかったというほうが正しいだろう。
 その後蜂子皇子は周辺の山々を歩き回り、豊かな自然にやどる大いなる力を体得するため修行を続ける。
 蜂子皇子は山岳信仰の拠点である出羽三山を開山したことで有名だが、各地に神社を興したあともけしてひとところにとどまることはなかった。
 ある晩、いつものとおり山中で瞑想にふけっている皇子の前に、一人の美しい乙女が現れた。二人は結ばれほどなく子供が生まれた。乙女はやがて子供を残して皇子のもとから去ったが、皇子は自分が得たすべての奥儀をその子に教えこみ、蜂谷家を創建して後の世にまで伝わるようにしたとされる。
 皇子が伝えた奥儀がどのようなものであったのかは、蜂谷家当主のみに相伝されるため、たとえ土居家当主であってもそれを知るすべはない。
 だが蜂谷家が現在に至るまで社(やしろ)をもたないのは蜂子皇子の命によるものだという。
 邦安が万道に聞いたところによると、蜂谷家の祭神は出羽にあるすべての山々であり大自然である。晩年の皇子が開いた境地とは、本殿とはその山々を包むいっさいの天と地であり、拝殿とはそれをみる自身の中にあるというものだ。心の弱い者はそれを支える神社という形を必要とするが、修行を積んだ者にそのようなものは不要であり、むしろ邪魔なものである。また山とは動かざるもののようにみえるが、実は一瞬一瞬たゆみなく流転する性質をもっているので、それと同化するためには自身も常に動いていなくてはならない。静止はよどみと停滞をまねく要因となる。
(まったく、蜂子皇子もはた迷惑な教義を残したもんだよ)
 鶴岡市内に向かって車を走らせながら、邦安は心の中でぶつぶつとこぼした。
 万道をつかまえるのはいつも至難の業だ。蜂谷家の決まりに従い、万道は一年を通してほとんど山におり、ふもとにはめったに降りてこないためである。邦安は万道にうるさく言って、最低でも月に一度は神淵神社へ連絡をよこすよう念を押していた。そうでないと対の守護家としての連携がまったくとれないことになってしまう。しかしそれは万道からの一方通行であり、こちらから連絡をとろうと思う場合にはこうして直接足を運んで探しに行くしかない。万道の自宅には一応電話はついているが、かけても誰かが出たためしはない。
 むろん、緊急の場合の手段がないわけではない。それは竜泉を通じて万道の意識に語りかけることだ。しかしそれは当然のことながら守護主にしかできない業であり、まさか守護家同士の連絡のため、交換手よろしく守護主を便利に使うことなどできるはずもなかった。
 妻にはすぐにでも天満宮に万道を連れて行くと言ったが、
(さあて、今回は二日かかるか三日かかるか)
 邦安は半ばあきらめの気持ちを抱きながら北上を出てきたのであった。
 まずは万道の自宅に行き家の様子をうかがう。長い間閉めきっているふうであれば近々帰って来る確率も大きい。また近所での聞きこみで現在どこの辺りを回っているのか推測できる場合もある。しかし邦安はこの年になって出羽の山中をうろうろするのは、できれば御免こうむりたかった。万道のいる場所は登山道からも外れた道なき道と決まっている。
 万道の自宅に着き駐車場で車を降りた邦安は、おやと思った。玄関先が掃き清められ人の気配がする。
 チャイムを鳴らすと万道の子である双子の弟、優が中から出てきた。
 邦安は、ほっとして肩がすっと下がる気がした。
「やあ、優君。お父さんは在宅かね?」
「いいえ。でも間もなく戻ります」
「そうか! そりゃ、よかった。何時ころ帰ることになっている?」
「明日の朝の予定です」
 邦安は内心がっかりした。蜂谷家の『間もなく』という観念は通常とは少し異なるらしい。
 それでも邦安は家に上がって待たせてもらうことにした。ここまで来て帰るわけにもいかない。また一日で万道に会う算段がついたことだけでも吉とすべきだろう。
「お姉さん……、冴ちゃんは学校かい?」
 優の淹れたやけに酸味のあるお茶をすすりながら邦安は訊いた。
 優はちょっと言いよどんだあと答えた。
「姉さんは父上と一緒です」
「一緒って、冴ちゃんも山に行っているっていうことかね」
「ええ。私たちはいつも父上と一緒です。私はたまたま先に戻って来ていただけです。鶴岡に用事があったものですから」
 邦安はちょっと驚いた。
「いつも一緒って、じゃあ、学校はどうしているんだね」
 優はきっと顔を上げた。
「学校には行っていません。私たちには、必要ありませんから」
 邦安は目をぱちくりさせた。しかし、
「なるほど」
と言うだけにした。
 そうしてその日は優にひいてもらった布団に寝た。じっとりとかび臭い匂いは気にしないことにした。人間、こんなものだと思えばたいていのことは我慢できるものである。
 翌朝、優の言ったとおり万道は姿を見せた。双子の姉、冴も一緒である。
 邦安は勇んで言った。
「さあ、万道さん。これから一緒に天満宮へ行ってもらいますよ」
 しかし万道は邦安の顔を見てもうっすら笑うだけだった。
「何かご用事ですかな、邦安さん」
 邦安はさすがにむっとした。
「ご用事も何も、あなたはもうふた月も守護主様のもとへ伺っていないでしょう。いったい、ご自分の守護者としての役割をなんと心得ておるのですか。我々が第一義的におこなうべきは、守護者としての仕事であり守護主様の命なのですぞ。それはけして代理で簡単に済まされるようなものでないことは分かっているでしょう。あなたは体調がすぐれないから守護主様への定例報告を代行してくれと、先月も今月も私に言いましたが、今見るところ、しごく健康そうじゃないですか。一昨日、守護主様が神淵神社にいらっしゃったとき、あなたのことをだいぶご心配されておりました。私は蜂谷家の対家(たいけ)として、こうしてあなたの様子を確認しにまいったのです。これ以上、守護主様にご心配をおかけしないためにも、今日は何が何でもあなたを天満宮へ連れていきますからね」
 万道は細い目を光らせた。
「ほう。守護主様が神淵神社へ行かれたとはお珍しい。それは何のためにですか。淵になにかあったのですかな?」
「話をそらさないでもらいたいですな、万道さん。もしどうしても知りたいのなら、守護主様に直接お訊きになったらいいでしょう」
 万道は軽く笑い声をたてた。
「いや、すみませんでした。淵に関しては沢見家と守護主様の専権事項。たとえわたくしであっても、うかがい知ろうとすることは控えるべきであるのは分かっております。……天満宮にはこれからすぐに向かいましょう。しかしわたくしが体調を崩していたというのは、嘘でも何でもないのですよ。事実つい一週間前まではひどい熱を出しておりましてね。わたくしは山にいるほうが気分がいいのです。出羽の山の精気がわたくしの心身を癒してくれますので。それでつい山から降りるのが遅くなってしまいました。邦安さんにもご迷惑をおかけしてしまったようで、本当に申しわけありませんでした」
 万道はぺこりと頭を下げた。それで気のよい邦安はすぐに機嫌を直した。
「体調が戻られたのは結構でした。では参りましょうか。私の車で行けばよろしい。それからせっかくですから、冴ちゃんと優君も一緒に連れて行ってはどうですかな。まだ守護主様にご覧いただいていないでしょう。二人とも霊力に優れた子たちのようだ。会えば守護主様もお喜びになると思いますよ」
 邦安は蜂谷家のためを思って言ったつもりだったが、万道は首を振った。
「残念ですが、二人にはこれから南陽市に行ってもらわなけりゃなりません。実は祓いの仕事が一件入っておりましてね。たいして難しいものでもありませんが、前々からの約束ですし、昔からのお客様ですので、たがえられません。本来なら私が行くべきなのですが、こうして守護主様のもとに急に行くことになりましたでしょう。先方も代理が行くことにご不満でしょうが、わたくしとて守護主様のほうを優先したいですからね」
 なんだか恩着せがましい言い方だったが、邦安は我慢して今回は、万道だけを連れて行くことにした。
 邦安と万道は、冴と優に見送られながら家をあとにした。
 バックミラーに映る双子の姿が角を曲がって、えなくなったのを確認したあと、ちらりと隣の万道を見る。万道はじっと目をつむっていた。もともと日に焼けた男だったが、今では前よりももっと黒くなっている。
 車を運転しながら、邦安はとりとめもなく考えをめぐらせた。
(あまり健康的な黒さではないな。病気だったというのも、あながち嘘ではないようだ。この男の愛想の悪さは今に始まったことではないから、別に腹もたたない。子供たちは残念だったが、まあ、また次の機会もあるだろう。そうだ、それこそ次の年始に挨拶に行かせればよいのだ。そのときは、うちの女房にも手伝ってもらって、前日からでも鶴岡に行って、あの子たちの晴れ着の準備からしてやろう。冴と優の恰好はひどいものだ。いつ洗たくしたかも分からんような代物だった。確かにあんな身なりで天満宮に連れて行くわけにはいかないな。うちの子たちの晴れ着は、うちのやつがみんなちゃんととっておいてある。あのうちのどれかを冴と優にみつくろって着せてやろう。きれいな服を着せればずいぶん違って見えるだろう。あの子たちも可哀そうに。母親が生きていれば、あの子らの面倒も、まだいき届いたものになったはずだが)
 いや、それこそ自分たちがもう少し目配りをしてやる必要があったのだと、邦安はすぐに反省した。
(冴か、優、このどちらかが出羽の守護者になるのであれば、それは沢見とも無関係ではない。守護主様と守護者、そして対の守護家同士の連携が将来も滞りなくいくよう、今から次代のあの子らのことも考えておいてやらなくてはいかんのだ。それが曜介のためにもなることだ。そうだ、我らの時代はそろそろ終わる。未来は若い人たちのものなのだから)
 邦安は、龍一の若々しく美しい顔を思い出して、胸いっぱいに喜びが沸き起こるのを感じた。
(近い将来、曜介をあのお方のもとにつかせられるとは、なんと幸運なことだろう。あのお方なら、曜介を間違いのない方向に導き、育て、護ってくださるに違いない。そうだ。祥蔵が一人娘を龍一様に託したのはまったく賢明なことだったのだ。龍一様ほど誠実で責任感のある方はいないのだから)
 あと十年もすれば、龍一のもとに綺羅星のごとく各守護家の優れた若者たちが集ってくる、その様子を想像するだけで邦安は誇らしさでわくわくした。
(能力のある若者で、龍一様に敬意を抱かぬ者があろうはずはない。百聞は一見にしかず、だ。冴も、優も、龍一様に一度でもお会いすれば、すぐにその素晴らしさを感じとるだろう)
 邦安は大きな輝く星のもとに向かうような晴れやかな気持ちで東に向かう道の先を見つめた
                         ◎◎
「……と、いうわけでございまして、出羽の地、六百十六ヶ所の道祖神すべて、異常はございません。直接のご報告が遅れまして大変申しわけございませんでした、守護主様」
 一時間もの単調な報告のあと、蜂谷万道は畳に手をついた。龍一はそのつるりと剃り上げたごつごつした頭を見つめながら言った。
「ごくろうだった」
 万道は再度顔を上げ、無言で正面の龍一の顔に目を据える。龍一もその視線を受けとめ、室内は異様な緊張感に包まれた。
 邦安はその様子をななめ後ろから、はらはらしながら見ていた。
 ここは躑躅岡天満宮の宮司舎内の中の間。五十畳ほどもある大きな畳敷きの和室で、守護者が守護主と面談する場合はたいていここを使うことになっている。今は龍一と万道、そして邦安しかいず、部屋の中はひどくがらんとしているが、それでも邦安はじっとりと額に汗をかいていた。
(愛想が悪いにもほどがあるぞ、万道)
「それではわたくしはこれで……」
「これから真っ直ぐに出羽に戻るか?」
「はい。特に何のご用事もなければ」
「出羽の山々は、今どんな具合だ?」
 万道は龍一の顔から視線をそらし、ななめ上に向かって答えた。
「平穏でございます。紅葉もまだ始まってはおりません」
「紅葉を見に行くには、出羽だとどんな場所がいいかな?」
 万道はもう一度龍一の顔を見た。邦安も少し驚いて龍一を見た。龍一はゆったりと座って微笑んでいる。
 万道は今度は反対側に視線をずらした。
「紅葉狩りでしたら、秋田の仙北(せんぼく)市などよろしいのではないでしょうか。田沢湖の景色も見事ですし、角館(かくのだて)は小京都ともいわれて風情もあり、旅館や食べ物屋もそろっております」
「山形ではどこがいいだろうか」
「そうでございますな。お車でしたらやはり蔵王(ざおう)連峰をおすすめします。宮城からの道路の便もよく、ぬけたあとは温泉地にそのまま宿泊することもできますので」
「このごろお前たちはどこの山にいるのだ?」
 万道の頬がぴくりと一度震えたあと、わずかに笑みのようなものを作った。
「わたくしどもはあくまで修行のため山歩きをしておりますので、今言ったような観光地とは無縁でございます。先ごろまでは白神の辺りをめぐっておりましたが、現在は主に朝日連峰に場を移しております」
「朝日連峰も名山が多い。景色を真に楽しむならそのような場所こそいいのかも知れぬな」
「はあ。……守護主様も登山をお考えですか」
 龍一は、にこりとした。
「私は田舎育ちで、子供のころは山が遊び場だった。こちらに来てからは仕事で山をめぐることは多いが、ゆっくりと景色を楽しむことはついぞなかった。先日ふとそんなことを考えてね。人里離れた深い山の中で何にもわずらわされることなく、美しい自然とのみ対峙し、のびのびと羽を伸ばす、そんな時をもつのもよいなと夢想したんだよ」
 万道はちょっと返事に困ったようだった。
「そうでございますか。山でしたらそこらじゅうにあります。思いついたときに行かれて、存分にお楽しみになればよいのではないでしょうか。……出羽内でしたら、わたくしどもが案内申し上げてもよいですし」
 龍一はさっと扇を振った。
「いや。東北の山に入れば結界のことなどが気にかかって、結局は休まる時などないだろう。どうも私は小心者で、ゆったりとした大人(たいじん)の境地にはとうてい到達できそうもない。自然を自然として愛で、在るがままを楽しむ、そんなふうになれればいいと思い続けてきたが、日々の仕事に追われ、自身の修行はついおろそかになっているうちに、こんな年になってしまった。ああこれは愚痴だね。忙しいなどというのは言いわけだ。
万道、そして邦安。今日は大変ご苦労だった。私はたまたま守護主という立場にあるが、年も経験もお前たちより下だ。守護五家に支えられてきたからこそ、先代が亡くなったあとの天満宮を継いでこられたのだと思っている。私にも様々欠点はあろうが、気づいたことは遠慮なく言ってくれ。そしてこれからも私を助けてくれないか。頼む」
 そう言うと龍一は扇をすいと閉じて、二人の前に手をついた。
 邦安は驚いて慌てて平伏した。万道もそれに倣う。邦安は必死に言った。
「守護主様。どうかお顔をお上げください。そのようにされましたら、私どもはどうしてよいか分かりません。守護主様は確かにお年は少ないですが、経験、力、ともにそのお立場にふさわしい優れたものであることは、誰よりも私ども守護者全員が知っております。守護者は、守護主様をお支えするのが、先祖伝来の務めであることはむろん、私どもは、土居龍一様という一人のお方にめぐり会えたことを誇りに思っているのでございます。
 あの亡き上木祥蔵は、あなた様を千年に一人のお方と申しておりました。今では守護者全員がその認識を共通にしております。思えば祥蔵は、菖之進様に次いであなた様の真の価値をいち早くみぬいていたのですな。祥蔵は妻をあのような形でなくしてから、涌谷に引きこもりがちになって、仕事以外で我々と交わることもめったになくなりました。特に一人娘に関しては、ひどく警戒心を強くして守護家につながるものいっさいと係わらぬようにしておったようでございます。しかし、その祥蔵が、自分に万が一のことがあった場合は、娘をあなた様にすべてお任せするという遺言をのこしていたことからも、守護主様に対する信頼がいかほどのものであったか分かるというものでございます。
 祥蔵は、正直で、なにより人をみる目がありました。あれが言ったことで間違っていたことはありません。今となってつくづくそう思います。祥蔵は常々言っておりました。龍一様にお仕えできることこそ自分の誇りだと。そしてそれは、私ども全員が感じておることに間違いございません。守護家のあなた様に対する忠誠は、揺るぎなく真実です。ですから守護主様。守護主様は守護主様らしくお顔をお上げ下さい」
 龍一は体を起こすと晴れやかに笑った。
「今日はお前たちに繰り言を聞かせて、心配をかけてしまったようだな。悪かった。私は粛々と自分のやるべきことをおこなうだけだ。その結果に起こることは、すべて私の責任だ。それについてくるのも、ついてこないのも、それはお前たち一人一人の自由な判断。少なくとも私はそう思っている」
 そう言って立ち上がり、龍一はふすまを開け内廊下へと消えていった。それを邦安と万道は深く礼をしながら見送った。
 邦安がふすまが閉まったのを確認して頭を上げると、万道はまだ手をついていた。しかし、その目は、じいっと前方にとまったまま何かを凝視しているようだった。
 万道は、邦安が声をかけるまでぴくりとも動かなかった。
                         ◎◎
 三日月の沈むのは、早い。
 ようやく辺りが闇に溶けこんだばかりのように思えるのに、西の間からはその細い姿は竹林の向こうに隠れ、もう見えない。
 龍一は開け放した障子の外へ目をやりながら、ゆっくりと盃を口もとに運んだ。それから膳に箸を伸ばし、つややかな黒豆をつまんで、一つ、食べた。黒豆は栗と一緒にほの甘く煮てある。吸い物は、ゆば。そのほかに焼いた秋サバ、がんもどきなどが並んでいる。龍一はちょっと考えて微笑んだ。
(そうか、豆名月か……)
 ここ十年、天満宮で月を見るといえば、それは三日月のことだ。
 豆名月は十三夜、つまり旧暦九月十三日の月のことで、ひと月前の十五夜と並び、一年の中でもっとも美しい月とされている。このときちょうど収穫時期である豆や栗を供えるため、豆名月や栗名月ともいうのだ。しかし、満月や、それに近い月の晩は、たいてい天満宮は忙しい。月の力が高まるときを狙い、退魔や重要な霊場視をすることが多いからだ。満月の光がどんなに美しくとも、それは愛でる対象ではなく、どれだけそれを自分の中にとりこみ、相手と対峙する力とすることができるか、いわば武器としての輝きである。今年の十三夜は、九日後の十月二十五日だが、その日は重要な霊場視をおこなうつもりだった。やはり名月を鑑賞するようなのんびりした時間にはならないだろう。
 築山の膳にはいつも言葉がある。それは優しさという言葉だ。しかし龍一はいつもその膳を見るだけで、もう腹がいっぱいになる気がするのだった。築山が龍一に食べさせようとあれこれと気遣いをしてくれていることが分かれば分かるほど、それで身を養い腹を満たすことに、漠然とした不安を感じてしまう。そのため築山には悪いと思いながらも、食は相変わらず進まない。そしてそれを酒でごまかしている。
 龍一はため息をついて箸を置いた。
(俺は考えすぎるのが悪いのだ)
 そして耳を澄ます。天満宮はいつもにもまして静かだ。
 築山はもう家に帰っている。境内の東端の宿舎には美子がいるはずだが、龍一のいる宮司舎の西の端まではその物音は届かない。しかしまったくの無音ではない。人間が鳴りをひそめている分、風や虫や、樹木たちが、生き生きと活動している様が、辺りを満たしているのが分かる。夜は普段目にみえないものたちが姿を現し、あからさまになる時間なのだ。
 築山が三日月の晩の膳に工夫を凝らし早く家に帰るのにはもう一つ大きな理由がある。
 築山がいつからそれを知るようになったのか、龍一は分からなかった。しかし霊力がなくとも、人は色々なことを察する能力をもっているのだ。そうだ。三日月の晩に龍一がなにかを待っていることを、築山はずいぶん早くから気づいていた。
 そして今夜も、龍一は待っている。弓月という女を待っている。この十年間、弓月は三日月の晩には一度も欠かさず龍一のもとを訪れてきていた。だから龍一はゆっくりと酒を飲みながら、待った。この時の、この酒が、一番うまい、そうも思った。
 月が地平線に隠れると同時に彼女はやってくる。やってくるのは必ず西からと決まっていた。まるで本当に天から降りてきた月のように。
 長く伸びる一本一本の竹の隙間が、ひとすじ白く浮き上がったかと思うと、弓月がほんの少し前ついそこで生まれたばかりのように姿を現し、こちらへ歩いてきた。だがその身のこなしは、どんなに長く生きた女よりも優雅で、その目はあらゆるものをみてきたかのように落ち着いていた。
 龍一は彼女の姿を見つけると、立ち上がって部屋の端まで行って出迎えた。
 弓月は土のついていない素足のまま濡れ縁に上がり、龍一を見上げた。
「また来ましたわ。龍一様」
 龍一は弓月の目の奥を見つめ、そして抱きしめた。弓月の体が柔らかにしなり龍一の体にしだれかかった。それで龍一はさらに腕に力をこめた。どこまでも押していったなら、ついには女の体は壊れてしまうだろうか。いや、大きくたわみはしても折れることはないだろう。彼女の体はそういうふうにできているのだ。龍一を受け入れるためにつくられた器、それが弓月という女なのだ。それで龍一は安心して弓月の中に入っていった。
                         ◎◎
 弓月とひとときをすごしたあと、龍一は枕を抱えてぼんやりと庭を眺めていた。
 リー、リー、という虫の音が鳴り始めていた。濡れ縁にぽつんと落ちているものがある。
「あれは、なんだろう」
 龍一の前に酒を満たした盃を置いて弓月は振り返った。
「あれは萩の花ですわ。わたくしが向こうから参ったときに、ついて落ちたものでしょう」
「萩が咲いているのか」
「ええ。竹林と森の間にひとむら。小さな花が次々と咲いては散り、散っては咲き、なかなか可憐な花ですわね。ひと枝折ってまいりましょうか?」
「いや……。萩は折らないでくれ」
 龍一は酒を含んだあと、つぶやくように言った。
 弓月は微笑んでうなずいた。
「そうですわね。一時のこころにまかせて花を折ることは罪でございますね。せっかく待っていた花が咲いたのですから、少しでも長く愛でたいものですわ」
 龍一も弓月を見上げてにこりとした。
「そういえば、秋萩待ちの歌があったな。人麻呂の歌だ。『にほいに行かな遠方人(おちかたひと)に』……。まさしくお前は遠方人だ」
「あら、わたくしにとってはあなた様のほうが遠方人ですわ」
「待っているのは俺のほうだよ」
「あなた様に待っていただいているうちは、わたくしもこちらに参ることができます」
「お前を待って酒を飲んでいる間に思い出した歌があるんだ。『秋の夜 月を待つ 纔(わづ)かに山を出づる清光を望む 夏の日 蓮(はちす)を思ふ 初めて水を穿(うが)つ紅艶(こうえん)を見る』というのだ。美人を待つ歌だよ」
 弓月はほっと息をついた。
「まあ……、わたくしにはもったいない歌ですわ」
 龍一は起き上がって弓月を引きよせた。女の体は抵抗なく龍一の中に入ってくる。その顔をじっくりと眺める。
「いや。お前ほど美しい女はこの世にけしてないよ」
「お上手ですこと」
 弓月は軽く笑った。それは弦をはじいたあとのように宙をふるわせた。龍一はその余韻をきくかのようにちょっと耳を澄ませた。
「嘘ではない。初めてお前を見たときからそう思っていた。今でもそう思っている。お前を……、本当に愛しかけたんだ」
 弓月の目はじっと夜を見つめている。
「それでも、そうはならなかったのですね」
「ああ……」
 龍一は気がついたように弓月の顔をのぞきこんだ。
「俺は、お前を傷つけたか?」
 弓月はにっこりとした。
「いいえ。わたくしはけして傷ついたりしませんわ」
 龍一は深いため息をついた。
「そうだな。お前はけして傷つかない。だから俺はお前と一緒にいるんだ」
 一陣の風が部屋の中に吹きこんできた。龍一は弓月をすっぽりと抱いてやった。自分の腕の中で女の体がまた次第にはりつめていくのが分かった。闇の中で白く浮き上がる線をなぞると、弓月の吐息が音を奏でたいかのように震えながら龍一の胸に濡れかかった。
「龍一様……」
「うん」
「もう、今宵は、おしゃべりはおやめになって。秋は夜長とは申しますが、わたくしにとってはほんの一瞬ですぎてしまいます」
 そう言って弓月は本当に龍一の口を自分の唇でふさいだ。それはいつものとおりひんやりと冷えていた。龍一はそれを飲むように味わった。
 どれだけ飲めば自分の中の熱が永遠に静まるのだろうか。

(四)
                         ◎◎
 竜泉のしずくは十三夜の月の光でほどよく冷えて龍一の体に振りかかり、冬が近いことを教えてくれた。しかし秋がすぎ去る前にやらなければならないことがある。
(さあ、竜泉よ。出羽の道へ導いてくれ)
 淵ははっきりと出羽に異常があることを示していた。竜泉と龍一が気づく前から淵は知っていた。そしてそれは三年前からすでに始まっていたのだ。
(三年前といえば万道の妻が亡くなったころだが……)
 その死因に別段不審な点はない。万道の妻は昔から病弱で特に双子を産んでからは体調を崩すことが多く、一年の半分以上は病院で暮らしているような状態だった。万道は愛妻家だったが、最後にはその死を覚悟していたふうだった。
『もうこのごろでは、あれを楽にしてやるには死を望んでやるしかないのかも知れないと思うようになりました』
 龍一は万道のそんな言葉を聞いたことがある。春に亡くなった万道の妻に対する龍一の鎮魂祭祀を万道は断った。
『守護主様の祭詞に耐えられるだけの心丈夫さが、まだわたくしにも二人の子供たちにも具わっておりません。妻の生涯は苦痛の連続でございました。そんな中で妻はわたくしと子供たちに命を与えてくれました。妻の遺言は、ただいつまでもわたくしたち家族と一緒にいたい、というものでした。ですから、妻はほかには誰にもみせず出羽の山中に埋めてやります。そうすれば、ずっとわたくしたちはともにいられますから。出羽の山に花が咲けばそれは妻を飾ることになりますし、出羽の山が雪をまとえばそれは妻の着物になるのです』
 そしてこうも言った。
『今では祥蔵の気持ちがよく分かります』
 そうして前にも増して山の中にこもるようになった。
 龍一は万道の悲しみを感じることができたし、自分に対して相変わらず無愛想なままであることも気にならなかった。
(しかしそれとこれとは別だぞ、万道)
 蜂谷家の山籠りはもともと羽後よりも羽前のほうに力点がおかれていたが、今ではほとんど羽前のみに集中していた。それも朝日連峰内にひんぱんに行っているようである。
 このことに龍一が気づいたのは一年ほど前だった。
 沢見邦安から、万道が以前にも増してつかまりにくくなったと聞かされ、竜泉で出羽を霊視する際気をつけるようになった。守護家の者の霊波についてはすべて把握しているので、その居場所を探しあてることは造作もない。万道のものも当然よく知っているし、実際には会ったことがないが万道の二人の子供、冴と優についてもそれとすぐ判別できるくらいには分かっていた。であるから、冴と優の二人がなかなかの霊力をもっていることは、龍一は邦安に言われずともとっくに知っていたのである。
 さて、ひと月ほどかけて万道の動きを追っていくと、確かに妙だった。
 万道とその子供たちは昼間は連峰内の各山々を渡り歩いているが、夕方以降は必ず祝瓶山(いわいがめやま)の山中でじっととどまっているのだ。
 むろん連日祝瓶山だけにいるわけではない。蜂谷家の守護地は山形県と秋田県にまたがる広域であり、その中には結界の要所である道祖神だけで六百十六ヶ所もある。これらに常に目を光らせておくのも守護者としての役目であって、万道は定期的な巡視もきちんとおこなっているようだった。
 しかしその場合でも冴か優のどちらかは祝瓶山にいることが多い。万道は子供たちへの修行には厳しいようだったが、数年前までは山にいるのにけして彼らを手もとから離すようなことはなかったはずである。しかしそれはあくまで蜂谷家内部における修行の方針であると言われれば、うなずくしかない。
 また淵の水位が異常までに上昇し続けていると邦安から報告を受けてもいたが、それがなにを意味するのか、そのときは龍一にも分からなかった。
 しかし一年経って、淵の水はかつてないほどに高まり、そしてかつてないほど明らかになにかを訴えている。少なくともそれはここ二千年間でもっとも淵が己を開示しようとしている姿であるのは間違いなかった。
 淵は龍一に語りかけた。それは人の身ではひどく耳障りで聞きづらいものだったが、確かに言葉の一種だった。
『出羽をみよ』
 そう淵は言っていた。それは脅迫といってもいいほどに強い言葉だった。
 あるいは淵は、龍一がみたがらないことを知っていたのかもしれない。本当は一年前、あるいは三年前にでも、もっときちんとみるべきだったのだ。兆候はいくらでもあった。いつの間にか自分のみたいものだけをみるようになってしまっていたのだろうか。そのようなことはしないようにと務めていたはずだが。
(あきらめろ)
 龍一は自分にいい聞かせた。どれだけ目をそむけても在るものが無くなりはしない。真とは自分をいったんあきらめたところからみえてくるものだ。
 そうして白圭二十七年、十三夜の美しい月の光の下、龍一は陰のほうの竜泉に向かい出羽を仔細にみていた。
 俯瞰図を徐々に細かくしていくようにして万道たちの居場所を探してゆく。
 彼らはやはり祝瓶山にいた。祝瓶山の西の中腹付近だ。三人がひとところに固まってじっとしている。寝ているのだろうか。いや、一人が少し離れた場所にいる。優だ。ほんの百メートルほどだが万道と冴とは離れた場所にいる。
 優のそばには光がある。これは焚き火のようだ。そこから少し山頂に近づいた場所に父と姉がいる。彼らは何をしているのだろう。
 龍一はもっとよくみようと思い、意識を集中していった。
 とたん、巨大な目がぎょろりとこちらを振り返り、一瞬、龍一の目と合った。
 龍一はぎょっとして慌てて榊の枝を払った。竜泉の水面がさざ波をたて、たちまち大きな目も出羽の山々も目の前から去っていった。
 龍一は息を整えながら、今みたものを考えた。完全に相手にもこちらがみていたことを知られてしまったらしい。しかしあれは断じて万道ではなかった。もちろん冴や優でもない。
(一つの大きな目をもつなにかが、あそこに住まっている)
 万道は一つ目のなにかと一緒に祝瓶山にいるのだ。しかもその一つ目の影に、もう一つ大きなものが龍一にはちらりとみえた。何よりもショックだったのが、こうしてみようとするまでそれらの存在にまったく気づかなかったことだった。
 あれらはいつからあそこにあるのだろうか。少なくとも万道は龍一が知る前からあれの存在を知っていたのだ。出羽は万道の本拠地であるから、龍一が知らないものも知っていておかしくはないのだが。
 龍一はもう一度出羽の霊視を再開したかったが、やめたほうがいいだろうと考え直した。何故なら一つ目は振り返ったとき、明白な意志を龍一に投げてよこしたからだ。
 それは、
『みるな』
と言っていた。
 龍一はため息をついた。自嘲気味につぶやく。
「みるな、と言われても、俺はみるのが商売なんだ」
                         ◎◎
「珍しく、愚痴をこぼしているな」
 龍一ははっとして振り返った。そうして正座に座りなおし、手をついた。
「ニニギ様。お久しぶりでございます」
 ニニギが陽の泉の上に立っていた。相変わらず不敵な表情をし、堂々たる姿だった。それもそのはず、彼はこの国の創始者ともいうべき偉大な神のひとりなのだ。
 ニニギはぐるりと周囲を見わたした。あごひげをしごく仕草ももとのままだ。それでも彼には月の影よりも陽の泉のほうがふさわしい。
 十三夜の月の光にも負けないような煌煌たる光をまとうニニギを見て龍一は思った。この光は月の光ではない。日の光だ。『日の皇子』という名こそ彼に冠されるべき名なのかもしれない。
 そんな龍一の心の内を知ってか知らずかニニギは機嫌よさそうな笑みを浮かべた。
「なかなかよい場所だな、ここは」
「ありがとうございます」
「ここにはずいぶんいろいろなものたちがいるな。住んでいるものあれば、ときおり訪ねてくるだけのものもいる」
「そのとおりです」
「お前は住んでいるほうだ」
 何がおかしいのかニニギはくすくす笑った。
「そうでございますね」
「それ、それ。お前のそのとり澄ました顔が見たかったのよ」
 龍一はちょっと眉を上げたが、またもとに戻した。
「こんな顔でよろしければいつでもご覧にいらっしゃってください」
「ははは。まあ、では、そうさせてもらおう。しかし今夜はその顔色もあまり冴えないようだな」
「そうですか」
「出羽をみていたのだろう」
 龍一はニニギの目を見た。ニニギの目は生き生きと燃えるように輝いている。肉体が滅んでから二千年たってもなお彼の魂は生きることをやめようとはしない。
「ニニギ様。なにかご存知でいらっしゃるのですか」
「うむ。それをお前に教えてやりにきたのだ。……天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は出羽の地にある」
 龍一がはっと息を呑むのをニニギは面白そうに見た。
「心あたりがあるか」
 龍一は手の中の榊の枝に目を下ろしながら答えた。
「ないわけでもありませんが……」
「まだ自分でみたものを疑っている、か」
「私がみたのはあくまで影です。確かに大きな剣の姿にもみえたのですが、一瞬でしたし、その前に大きな一つ目が立ちはだかっていて全体を把握することはできませんでした」
「一瞬であっても部分であっても、お前にはそれが剣に思えたのだろう」
「はい。ただ、それが天叢雲剣なはずはありません。天叢雲剣は千三百年も前にヒタカミの手で完全に破壊されたと聞いております」
 ニニギは後ろの柳の古木によりかかるようにした。幹はニニギの光で燃えるように沸きたち、その手にふれると枯れかけた枝からは若芽が次々と萌え出した。ニニギはそれを楽しそうに眺めていた。
「ヒタカミの手でというのは、実際には誰の手だ?」
 龍一は無意識に榊の枝葉を撫でながら答えた。
「土居家に伝わっているのはこうです。
 ヤマトから三種の神器が渡ってきたとき、ヒタカミはそれらを破壊することに決めました。時代は神器というかたちを求めてはいないと判断したためです。しかし神器の力はあまりに強く、一度に一人が三つを破壊することは困難だったため、ヒタカミ国内でもっとも霊力に優れた三人が一つずつを担当することになりました。
 つまり、八咫鏡(やたのかがみ)は当時のヒタカミ国主自身が受けもち、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は現在の沢見家の祖先であった北上一族の当主が、そして天叢雲剣は出羽の蜂谷家の者が破壊したのです」
「天叢雲剣は本当に破壊されたと思うか?」
「破壊されなかったという根拠がありませんので」
「己が今みたもの以外は、な」
 龍一は黙った。
 ニニギは話を続ける。
「龍一。己が感じたものを簡単に捨てるな。出羽に剣の影をみてそれを天叢雲剣だと直感したのは、その歴史のためばかりではなくお前自身の中にあるもう一つの神器がそれと自然に共鳴したせいであるはずだ。しかし俺はお前にさらなる根拠を示してやろう。俺ほどに神器について語る資格をもつものはいないはずだ。
 俺は黄泉の中でさまよい続けながらも神器の行方を常に追っていた。お前も一年前にみたあの女、ククリヒメとの取引により、俺は神器がある場所を突きとめることができた。なんとそれは俺自身の子孫の手に渡っていたのだ。しかしそれはよくよく考えれば当然のことであった。俺が死んだとき、俺はすでに三つの神器すべてを手に入れていた。それを俺の子孫が数百年間引き継いでいただけなのだ。
 俺は当初喜んだよ。俺の子孫はずいぶんと繁栄していた。ヤマトという大きな都をつくり、大勢の民を支配していた。残念ながらヒタカミを滅ぼすまでには至っていなかったが、それでもオホヤシマの半分はヤマトのものだった。
 だがさらによくみてみれば、その大きな都に収まっている人間たちはどれもこれも野心ばかりが大きく、身内同士で争い続けるような奴らばかりだった。まあ子孫といっても何十代もあとになれば血もうすくなり、俺も系類としての意識はほとんど湧いてこない。どちらにしても奴らは神器の本当の価値も意味も分からず、ただ先祖伝来の宝物と思って後生大事に抱えこんでいるだけなのだ。神器があろうがなかろうが、奴らの生き様になんの影響も与えるわけでもない。そもそも神器はすべて俺のものだったのだ。それを俺がとり返したところで別にかまわんだろう。俺はそう考えた。
 しかし俺はすぐに神器を手に入れようとはせず、しばらく様子をみていた。何故ならやはり自分の子孫がつくった都をみるのが物珍しかったということもあるし、またヤマト朝廷の中で一人だけ注目に値する者がいて、そいつをしばらくみていたかったからだ。
 そいつの名は厩戸(うまやど)といった。厩戸は大王(おおきみ)の座にはなかったが、当時の朝廷の人間の中ではずばぬけて能力の高い人間だった。政治家として優れていただけではなく、霊力という面でもたいしたものをもっていた。そして厩戸は神器の本当の価値にも気づき始めていたようだった。
 俺は興味をもって厩戸のことをみていた。厩戸が神器をどう使うか確認したかったのだ。数百年間眠り続けていた神器の力が、厩戸の手によって目覚めるかもしれぬという期待があった。
 そのうち厩戸は都からだいぶ離れた斑鳩(いかるが)という場所に自分の宮を建てそこに移り住んだ。俺はその仔細を眺め驚いた。厩戸はその斑鳩宮にひそかに三つの神器を運びこみ隠したのだ」
 龍一はさすがに驚いたようにニニギを見た。ニニギはうなずいた。
「当時、神器は単なる祭祀の道具になっていたとはいえヤマトの国宝中の国宝。むろん、なくなったと分かれば大騒ぎになる。だからあらかじめ厩戸は精巧な複製を作っておき、それと本物をすり替えたのだ。厩戸には中原国(ちゅうげんこく)やカラから渡来した腕のいい職人たちとのつながりがあったし、その職人たちは斑鳩宮の建設作業場に紛れこんで神器の偽物づくりに精を出していたというわけだ」
 ニニギはむしろ嬉しそうに語り続けた。
「俺は、さては厩戸のやつ、本物の神器を手中にし、その力と権威でもって自分が大王になる気だな、と思った。
厩戸は根っからの政治家だった。政治家の哲学はただ一つ。自国が国としてかたちを成し続けるためにはなんでもする、ということだ。その点、厩戸は徹底していたよ。
 当時の最先端の文化といえば、すべて中原国のものだった。中原国の建築様式、中原国の政治形態、中原国の風俗、厩戸は文字や宗教まで輸入した。自前で作り上げるには時間も費用もかかるから、ともかくいったんすべてそのままをとり入れたんだな。
 当然これには国内で相当の反発があった。特に宗教というのは、普通は国の思想の核となる部分だよ。いわば厩戸は頭のすげ替えをしようとしたわけだ。しかもその頭は外国産なんだからな。しかし厩戸はそこまでしないと、この国は生き延びることができないと考えていた。あるいはそこまでしてもこの国は生きられると信じていた。
 ヤマトを含むこのオホヤシマという国は一つの宿命を負っている。それは文化的・地勢的な大国とどう関わっていくかという命題だ。この大国というのが、つまりは中原国のことだ。これをヤマトで一番初めに意識し政策に反映させたのが厩戸だった。
 それまでのヤマトの外交の中心はカラだった。しかしカラの背後には常に中原国の存在がある。このことに厩戸は気づいたのだ。オホヤシマの外交戦略の要(かなめ)は中原国との距離をどう図っていくかという一点に尽きるといってもいい。この問題はオホヤシマが浮かぶ位置が変わらぬ限り、いつの時代になってもこの国の政治家に突きつけられ続けるだろう。
 ただオホヤシマにとって幸いであるのは中原国と陸続きではなく間に海をはさんでいることだ。これによって中原国の直接の支配を免れ一応の独立国家としてのかたちを保ち続けてこられたのだ。
 大国というのは傲慢である一方、寛容でもある。中原国にとってオホヤシマというのは、文化的にも地理的にも辺境の蛮国という認識だ。ところどころで恭順の意を示していれば、おすそ分けもしてやろうという気でいる。しかしあまり力が弱いとみれば、たちまち自国に併合しようともしてくるだろう。大国は常に膨張する傾向にあるからだ。また逆にその力が大きくなりすぎて中原国をおびやかすほどになれば、大国の面目にかけてこれを排除しようとするだろう。オホヤシマは中原国よりも大きくもならず、さりとてとりこまれるほどに弱くもならず、ほどほどの国力を維持することが必要なのだ。
 厩戸はこの国の力と立場の微妙なつり合いを測ることに長けていた。そして厩戸のみるところ、オホヤシマ、特にヤマトの国力は補強すべき時にきていた。その手段において厩戸は国の独自性を保つことをあっさりと捨てた。これには時間の節約という面ももちろんあったが、中原国に対する一種の便法でもあった。
 すなわち、中原国の文化をどしどし輸入することで、ヤマトが中原国を高く評価していることを現すとともに、その対価が中原国を潤すことになるわけだ。相対的にヤマトの国力が上がったとしても、中原国としてはそのような国を即座につぶそうとは思わないだろう。むろん厩戸はヤマトを中原国そっくりに作り替えようと思っていたわけではない。頭や服をとり替えても、ヤマトの心は失われないと信じていたからこそ改革を推し進めていったのだ」
「ヤマトの心とは、いったい、なんです?」
 龍一は訊いた。
「さあてな。これほどあやふやで、しかも強固に長く生き続けているものはないのではないか。もしかするとそれは、俺たち一人一人の心の中でそれぞれに違うものなのかもしれん。それでも俺たちはそれがあると信じているし、厩戸も信じていた。
 厩戸は仏教を広めたが、それは朝廷と民衆を一つにまとめ、オホヤシマの文化や生活を向上させるための手段としてしか考えていなかった。つまり仏教というものには優れた建築技術や文字、進んだ論理思考といったものが含まれていたので、そのほかの物と同じように輸入を決めただけなのだ。
 俺は思った。厩戸が考えるヤマトの心こそ神器の中にある。だから、厩戸が自分の手もとに神器を引きよせたのは、いずれ神器を使って、ヤマトの心と力で国を治めるためなのだと。しかしそれはどうも違ったようだ」
 龍一はじっと耳を傾け、ニニギの言葉を聞いていた。
「厩戸はいつまで経っても神器を使おうとはしなかった。宮の奥深くに扉のない塔をつくり、その中に神器を厳重にしまいこんで誰にもみせず、どころか自分でもふれようともしなかった。
 厩戸は神器の使い方を知らなかったわけではない。俺は一度厩戸が八咫鏡をのぞくのを見たことがあった。厩戸ははるか海の向こうの中原国の様子をみていた。かの国では今もっとも何が尊ばれ、何が流行っているのか。中原国をみることはオホヤシマの将来をみるのと同じだった。これは政治家にとって何よりの武器になる。厩戸はそのあと八咫鏡でみた情報を有効に使って、ほかの政敵よりも一歩先んじた手をうち、これによって大王の摂政という地位を獲得することができたのだ。しかしこれ以降厩戸が神器を使うことは結局なかった。
 俺は正直がっかりしたよ。これでは宝のもちぐされという点では今までとなんら変わりはない。厩戸は神器の力は認めつつも、これを使わないという選択をしたのだ。朝廷に偽物を置いたところをみると、将来にわたって神器の力を発現させないと決意したらしい。
 まあ厩戸の選択はよしとしよう。俺とて神器を手に入れたいのは個人的理由からだったのだからな。そう思い、俺は厩戸から神器をとり返すことにした。使わぬものを奪っても、問題はあるまい。そもそも厩戸とて朝廷から盗んできたのだ。
ところが、なんとしたこと。神器がしまわれている塔の中にどうやっても俺は入ることができなかった。むろん扉がないことが理由ではない。非常に強力な結界がその塔全体にはりめぐらされていたのだ。
 その塔は八角形の不思議な構造で、厩戸は中原国の仏塔を参考にそれをつくったようだ。厩戸は神器を使うことではなく神器を隠すために己の霊力のすべてをその塔にそそぎこんでいた。そして俺はそれに手も足も出なかった。ちょうどお前の中の八咫鏡に今でもふれられぬようにな」
 そうしてニニギはじろりと龍一を見た。龍一は平然として見返した。
 ニニギはすぐににやりとした。
「いつの時代にも強き意志と力のもち主はいるものよ。俺はそんなやつらが嫌いではない。が、それはそれ。俺の邪魔をするなら容赦はせん。
 俺は業を煮やして、ある晩、厩戸の前に姿を現し神器を渡すよう要求した。が、厩戸はこれを突っぱねた。あいつはこう言った。
『わたしの目の黒いうちは、たとえあなたでも神器をお渡しすることはできません。神器は心の幼い者心の弱き者を惑わし国の方針を狂わせるもとだと、わたしは考えております。神器は使わずともそこにあるだけで強き波動を周囲に発し、大なり小なりすべての者になんらかの影響を与えます。神器は真です。しかし善ではありません。真を理解しないものに、真を使わせてはならぬのです』
『俺はこの国をつくった神だ。神にも真を渡してはならんと言うのか。俺に真が理解できぬとでも言うつもりか』
 俺の言葉に厩戸は不遜にもこう答えた。
『失礼ながら、あなた様も真への理解にはまだ到達されておられないと、わたしはみております』
 俺は思わず笑ってしまった。
『ではお前は理解しているというのか。俺には神器をもつ資格がなく、お前にならあると?』
『いいえ。わたしにもその資格はございません。ですからこうして神器を日のもとに出さぬよう、十重二十重に結界をはりめぐらしておるのです。わたしも弱い人間のうちの一人ですから、神器をみればそれを使いたいという誘惑に負けるかもしれません』
『ばかな。神器とは使ってこそその効力を発揮するもの。なんのためにあれらが鏡や玉や剣の形をしていると思うか。神器は道具だ。使わねば形としての用をなさぬではないか』
『古代の人々が神器をつくった理由はわたしなどには分かりかねることです。
 いみじくも神器は道具と申されましたが、道具とは使い方次第で善にも悪にもなるものでございます。大きな道具は、大きな善にも大きな悪にもなり得ます。しかし人間とは元来、大善にも大悪にも向かぬというのがわたしの考えです。小善小悪の間を揺らぐ姿こそ人間の本性。この振り子の範囲からはずれるような事柄は、必ずや個人としては不幸になり、国としては滅びの道に通じます。
 神器のような素晴らしき道具をつくり出したのは確かに神といってもよいような偉大な人々だったのかもしれませんが、今はその姿はどこにもありません。この世に生きているのは、そのほとんどが小さな器の小さな人間たちです。
 わたしは政治家です。ひとにぎりの偉大なもののためではなく、その他大勢の民を生かすための国作りをする使命を負っているのです。民に必要なのは神器ではありません。安寧と食べ物なのです。神器は振り子を大きく揺らすもの。ですから神器を使おうとするあなた様にはお渡しすることはできません』
 俺は腹がたって厩戸を殺そうとしたが、考え直した。厩戸を失えばヤマトはたちまち瓦解し、ヒタカミに隙をみせるだけでなく、混乱に乗じた中原国などの大陸人に侵略を許すことになりかねない。それだけ当時のヤマトにとっては厩戸の存在は大きいものだった。
 それにこのときの俺にとっては、とりあえず神器の在り場所をみ失わぬことが重要であり、手に入れることにはそんなには固執していなかったというのもあった。
 俺はいったん引き下がった。俺は不死、厩戸の生は有限。厩戸が死ねば塔の結界も弱まり、神器を手に入れる機会も生まれよう。
 ……その後、厩戸は天寿を全うして死んだ。己のすべてを国に捧げたあっぱっれなやつだった」
 ニニギはなつかしむように遠い目をした。
「斑鳩宮で俺たちはしばしば語り合った。厩戸は研究熱心なやつで、この世のあらゆることに興味をもっていた。特に歴史というものに多大な関心があった。
『ヤマトの将来を考えるには、ヤマトの過去を知らねばなりません。ヤマトの姿をみ極めるには、ヤマトの周囲の国々のことをはっきり知らねばなりません』
 厩戸はそう言った。俺がこの国へ仲間たちとともに来たときのことやオホヤシマの当時の様子を教えてやると、厩戸はとても喜んだ。
『私はこれまでこの国のことを知るため、様々な地方の多くの人々に話を聞いてきました。今、あなた様からはるか上(かみ)つ世のお話をうかがい、ようやく点と点がひとつづきに結ばれた気がします。御礼にあなた様が黄泉へゆかれたあとのこの国の様子を私が調べた限りお話しいたしましょう』
 そうして厩戸は俺に俺がいなくなったあとのこの国の出来事を話してくれた。

(五)
『ヤマトがこの地方に初めて都をつくったのは、今から五百年ほど前と伝えられています。当時は現在の飛鳥の地よりももう少し北の橿原(かしはら)に都があったようです。
 初代国主の名はヒコホ王といい、おそらくこれがニニギ様とサヰ殿の御子でしょう。ヤマトは周辺の勢力を吸収しながら次第に大きくなっていきました。クマソやイヅモという大国が滅び人々は従うべき主を探していました。オホヤシマのうち西方に住む者の多くはヤマトに従いました。しかし中には従わぬ者もおりました。特にイヅモの民でヤマトに汲みすることを是としない者たちはひそかに国をぬけ出し、その少なからずがヒタカミに入国したといわれています。クマソの民は別の道を選びました。しばらくはヤマトに従うとみせかけ独立性を保ちつつ国力を磨いていったのです。結果的にイヅモはヤマトに吸収され、クマソは形を変えてながらえ、ヒタカミだけが古代からの手つかずのまま残りました。このほかに国という枠組みにしばられることを拒否し、定住地を決めずオホヤシマ中を常に移動しながら生きていくという生活様式を貫く者たちもいました。現在サンカやセブリと呼ばれる者たちがこれです。
 ヒコホ王は橿原から東に領土を広げることをやめました。北のヒタカミは強大で、南のクマソは表向き恭順ですが油断なりません。いったん膨張をとめ国としての形を整えて国力を磨くことが必要だと判断したのです。
 ところで私がこの国の歴史を研究しようと思いたったのは、国の外交方針に迷ったことに端を発しているのです。
 今、我が国の外交上の大きな懸案事項の一つが任那(みまな)問題です。任那とは、海を越えたカラの地にある土地の名です。現在カラには三つの国があり、北半分をコマが支配し、南半分をシラギとクダラが東西で分け合っている状態です。このシラギとクダラの間にカヤと呼ばれる地方があり、ここはまだ正式にはシラギにもクダラにも属していません。任那とはこのカヤの一都市で我が国の支配圏でした。ところがこの任那は五十年ほど前にシラギに奪われてしまいました。任那は良質な鉄の産地でしたので、これは我が国にとって大変打撃でした。これ以降、任那の権利をとり戻すということがヤマトにとって、継続的な外交問題となっているのです。
 そもそもカヤの地というのはカラの中でも常に紛争の種となってきた場所で、ヤマトやシラギ、クダラはむろんのこと、コマや隋――つまりは中原国の既得権が複雑に絡み合っているのです。そして何故このようなことになってしまったかは、オホヤシマ、さらにはカラの歴史をひも解いてみなければ、分からないことなのです。
 さて、このようなきっかけで歴史の研究に着手したものの、これには非常に困難を伴いました。わが国には統一的な歴史書というものがなく、朝廷の記録すらそのときどきの必要に応じたもののみ分散的に残っているだけです。さらに時代をさかのぼれば、それは文字ではなく口伝としてのみ記憶されており、しかもそれは人々の立場や出身地によって、内容が少しずつ異なっているという有り様です。私は貴賤地方を問わず、できるだけ多くの人々から話を聞きました。話を聞いた人の数は数百にもなりましょう。話には共通する部分もあれば、しない部分もありました。しかし異説だからといってきり捨てるべきものでもありません。少数の人々が記憶している事柄にこそ真実が隠れている場合もあるからです。
 前おきが長くなりましたが、私の研究の主眼の一つがヤマトとカラとの関係にあることがお分かりいただけたかと思います。
 さて、任那の歴史はヒコホ王の時代にまでさかのぼることができます。当時のカラにおける勢力図は現在とは少し違っておりました。カヤの地にはカヤ族と呼ばれる人々が住み、シラギやクダラとは独立した位置におりました。カヤは良質な鉄の産地であり、温暖な気候の豊かな土地柄です。また良港に恵まれ、昔から各国貿易の中継地点として栄えてきました。そのためカヤ族は開放的で自由を愛する民でした。彼らは争いを好みませんが、大国に属することも拒否してきたのです。しかし豊かなカヤの地を狙う国も多く、単なる平和主義では早晩滅びてしまうと考えたカヤ族は一計を案じました。つまり周辺諸国の圧力を逆に利用し、その緊張の均衡を保つことにより結果的にカヤの独立性を保とうというのです。
 カヤはまずシラギとクダラに話をもちかけました。具体的には、カヤの中にシラギ人とクダラ人の居留地を設け、軍の駐留すら許しました。シラギとクダラは古来犬猿の仲です。むろんカヤをめぐる争いでも一歩も譲らぬ敵同士でした。カヤは、東のシラギ西のクダラから常に国境を侵され続けてきたのです。この前虎後狼ともいうべき両国に対し、カヤは思いきって扉を開いたのでした。実に危険な賭けです。しかしそこには綿密な計算がありました。まず両国のいるべき区域は互いに離れてはいるが向かい合う位置に定めました。しかし武器さえ携帯しなければ、シラギ人もクダラ人も居留地以外でも出歩くことができることとしました。そして彼らにはカヤ内の市場や港を開放し自由に商売をさせました。つまり、シラギとクダラを檻や綱でしばり互いにけん制させつつ、利益という餌を与えることにより飼い馴らそうとしたのです。この方法はしばらくはうまくゆきました。カヤは、カラ、オホヤシマ、中原国間における中立地帯、経済交流地帯として繁栄しました。何より、この方法は貿易で生きてきた海洋民族カヤ人の気質に合っていたのです。
 しかしシラギとクダラの国力の均衡が崩れると、カヤ国内にも不穏な空気が流れ始めました。現在もそうですが、クダラには優柔不断なところがあり、その代ごとの王により政策がぶれることが多いのです。北カラの雄コマは南に領土を広げようと定期的にシラギとクダラに戦いをしかけてきます。その戦いが常にシラギとクダラへの外圧になっているのですが、シラギはその機ごとに国力を増すのに対し、クダラは徐々に疲弊していくのは、国の方針に統一感がない上に決断が遅いためです。シラギはあるときはコマと結びクダラを攻めることもしました。そして自国の力を背景にクダラよりも大きい権限をシラギに与えるようカヤ族に対して要求するようになったのです。
 カヤは危機感を覚えました。そこで力の均衡をとり戻すために別の国の力を借りようとしました。しかしこの第三国の選択は慎重にしなければなりません。シラギとクダラを抑えるだけの力をもち、しかもカヤを戦場にせず経済的利益だけで満足するような国でなければならないのです。同じカラの地にあるコマは話になりませんでした。コマはカラ全土統一の野望を隠していません。カヤに一歩足を踏み入れた途端、機を逃さずに支配者に収まろうとするでしょう。その奥の中原国は大国すぎる上に、地理的に離れていてカヤのさし出す利益に魅力を感じてくれないでしょうし、また、広大な地域をめぐる覇権争いが激しくて政情も不安でした。
 カヤが当初考えた相手は、オホヤシマのヒタカミでした。ヒタカミは貿易を通じて昔からカヤと良好な関係を築いてきましたし、武力よりも経済力に重きをおく点もカヤと共通していました。しかしヒタカミはカヤの申し出を断ったようです。ヒタカミという国は争いごとを極端に嫌う傾向があり、領土や勢力を拡大することにも関心がありません。だいたいにして、長年の同盟国で、しかも同じオホヤシマ内のクマソやイヅモがヤマトに攻められたときでも結局のところ見殺しにしたくらいですから、ましてやもともと関係のない海の向こうの国々の争いに首を突っこみたくはなかったのでしょう。
 カヤが次に狙いをつけたのがヤマトでした。ヤマトは新興国でしたが、クマソとイヅモを吸収し勢いがありました。地理的にも狭い海峡をはさんで向かい合っており、無関心になるほどに遠くもなく、さりとてカヤの領土支配に執着するほども近くもない。また文化的に進んでいるカヤに対して敬意と憧れをヤマトが抱いていることも知っていました。さらに、カヤがヤマトを同盟国として選んだ理由をニニギ様より伺ったお話の中にも一つ見つけることができました。ヒコホ王の祖父であり、当時ヤマトの最大の実力者であったと思われるコヤネがカヤの出身者であったということです。つまり、カヤとヤマトは親戚同士ともいえるわけです。
 こうしてヤマトに目標を定めると、カヤは部族の代表としてツヌガという者を派遣しました。ツヌガは最初、対馬に着きました。対馬はカラとオホヤシマの中間にある島で、いわばオホヤシマへの玄関口です。ツヌガはここで新たな支配者であるヤマトへの案内を乞おうと思ったのです。
 何日も待たされたあげく、ようやくツヌガは長門(ながと)に連れていかれました。長門はクマソとイヅモの間にある海峡に面した港町です。
 ツヌガが待つ場所に現れたのはイツツヒコという人品卑しからぬ男でした。年は二十歳を少し超えたころでしょう。ツヌガは丁寧に礼をして名のりました。
?わたくしはツヌガと申しましてカヤから参りました。貴国との同盟についてご提案がございます。ぜひ国主様にお会いさせていただきたいのですが?
?国主とは、どの国のどの王を指しておられるのかな??
?むろんヤマトの国王様でございます?
 イツツヒコは苦笑いをしました。
?ここはイヅモの地であり、私はクマソの王だ?
 ツヌガは真っ青になりました。カヤに伝わる情報が誤っており、イヅモもクマソも滅んではいなかったと思ったのです。であればツヌガはヤマトの敵国のただ中に飛びこんでしまったのでしょうか。ツヌガは床に這いつくばって詫びました。
?大変、失礼をいたしました。わたくしに教えた者の言葉に齟齬があったのでしょう。またクマソの国主様とは知らず、ご無礼を働きましたことをいく重にもお詫びいたします。どうかお許しください?
?カヤはヤマトと同盟を組みたいと考えているのか??
?は……?
 ツヌガは全身にびっしょりと汗をかいていました。敵国と同盟を組みに来た使者をクマソがこのまま生きて返すとも思われませんでした。
 ところがイツツヒコは笑って言いました。
?そうか。それはご苦労。ではさっそくヤマトへあなたを送る手はずを整えよう?
 ツヌガは仰天して、礼儀に反してイツツヒコをまじまじと眺めました。
?不思議そうな顔をしているな?
 イツツヒコはツヌガを立ち上がらせました。そうして椅子をすすめ、わけを話し出しました。
?カヤに伝わった話に間違いはない。オホヤシマにかつてあった三つの国のうち、クマソとイヅモはヤマトに滅ぼされ今はもうない。現在残るクマソやイヅモという名は、ヤマト国内の一地方の名称にすぎない。私はヤマト朝廷からクマソ地方を治めることを許された地方王なのだ?
?そういうことでしたか?
 ツヌガはほっとして出された茶をすすりました。イツツヒコの目が光りました。
?今のところは、な?
 ツヌガの背にまた緊張が走りました。
?と、申しますと??
イツツヒコはさらりとした口調で続けます。
?なに、言葉どおりよ。今のところはヤマトに従っているまで。近い将来は分からぬ、ということだ。今はヤマトの力がクマソに対してわずかに上回っている。それだけのことだ。
 ツヌガ殿。海を越えてはるばるやって来られたあなたに、せっかくだからこのオホヤシマの実情を詳しくお教えしよう。現在のヤマト王はヒコホというが、ヒコホの父ニニギ王は私の父でもある。つまり私とヒコホは腹違いの兄弟なのだ。さらにいえば、ヒコホの母親はニニギの側近であったコヤネの娘であり、私の母親はこれまたニニギの側近のウズメだ。コヤネとウズメは、ともにニニギ王の寵を争った同士で、その実力は伯仲していた。ちなみに私とヒコホでは、私のほうが一日だけ年長だ。
 そういうわけで、ニニギ王のあとを継ぐ資格に関せば、私もヒコホと同程度にあるのだ。ニニギ王は私やヒコホが生まれるのと前後して亡くなった。それから十数年間、ヒコホを擁しヤマトという国号を名のるコヤネと、クマソに基盤をおく私の母ウズメとの間で、激しい後継者争いが続いた。一時はクマソが優勢だった。しかし九年前に母上……ウズメが病死したことにより形勢はいっきに逆転してしまった。クマソはヤマトに降伏せざるを得なくなった……?
 イツツヒコの目が真っ赤になりツヌガからそれました。
?私の成長がもう少し早ければ、ヤマトなどに頭(こうべ)をたれることなどなかったのだが。母上はしかし私に言った。生きよ、と。ヤマトの靴を舐めてでも、生きていればいつかきっとクマソに独立の機会もあるのだと。だから私はあえて屈辱の道を選び、我が弟であるヒコホの前に膝をつき、自身とクマソの民の命乞いをしたのだ?
 イツツヒコの目が今度はぎらぎらと輝きました。それからふとツヌガの顔に目をとめました。
?ツヌガ殿。顔色が悪いようだが??
 ツヌガはイツツヒコがうす気味悪くなりました。他国人の自分に対しこのようなことまで話すイツツヒコの真意が分からなかったのです。
?いえ。なんでもございません。あのう、ところで、いつころヤマトへ出発させていただけるのでしょうか?
?今日はもう遅い。宿と食事を用意させているので、今宵はゆるりと休まれよ。明日船を出させるので、それに乗られればよい。船ならば二日もあればナニハの港に着くだろう。そこからヤマトの都があるカシハラまでは歩いても二、三日の道程だ?
?……ありがとうございます?
?あなたはヒコホに会ったら、今私から聞いたことを話すかね??
 ツヌガは慌てて手を振りました。
?いえ。めっそうもございません?
 イツツヒコは声をたてて笑いました。
?ははは。それは困るな。私はヒコホに伝えてほしいがために、あなたにお話ししたのだが?
?ええっ??
?もしあなたが今の話をヒコホにしたら、ヒコホはきっと笑うだろう。何故ならヒコホは、私に叛意があることなどとうに知っているからだ。知っているからこそ東のヒタカミに手を広げることをやめ、国力の増強に努めているのだよ。ヒコホと私は互いをよく知りつくしている。互いの性格も、国力も、な。ヒコホは慎重で臆病なほどだが、けして馬鹿ではない。父王からの宿願であるヒタカミ侵略をあきらめ、せっせと都作りに精を出しているのは、クマソが心からヤマトに従っているのではないことを知っているからだ。東のヒタカミに軍を出せば、たちまちクマソに後ろを突かれると分かっているのだよ。まずはクマソに有無いわさぬほどの圧倒的な国力をつけなければ、安心してヒタカミ征伐などできるものではない。私はヒコホと違って短気だからな。それに、今も昔もクマソの民が第一だと考えている。ヤマトには年に一度、定められた朝貢(ちょうこう)を納め、労役にも応じているが、もし朝廷が無理難題を言ってきたら、いつでも体をはって拒絶するつもりでいる。そのためにもヤマトにクマソを軽く見てもらっては困るのだよ。
 ツヌガ殿。ヒコホに伝えてくだされ。クマソのイツツヒコは相変わらず油断ならぬ曲者ですので、ゆめゆめ警戒を怠りなさるな、とな?

(六)
                         ◎◎
?イツツヒコ様。カヤの客人はいかがでしたか?
 ツヌガが去ったあとの部屋に白髪交じりの頭をした壮年の男がすっと音をたてずに入ってきて、イツツヒコに訊ねました。
 イツツヒコは男ににやりと笑って答えました。
?オシヒか。カヤ人は狐につままれたような顔をしていたよ?
 オシヒもにやりとしました。
?そうでございましょうな?
?まあこれで、今年分のヒタカミとの約束は果たせたといえるだろう?
?ヤマトに両側から圧力をかけ動揺させるという、ヒタカミとの密約ですな?
?そうだ。ヤマトが東のヒタカミを攻めようとすればクマソがヤマトの西をつき、ヤマトがクマソのほうを向けばヒタカミが背後で騒ぎを起こす。結局のところヤマトはどちらも攻略できず、右往左往しながら動けない。だいたい一年交代でヤマトをつつく役目をクマソとヒタカミが負うことになっているのだが、今年はクマソの番だった。いつも民の一揆を扇動したり、兵の不平分子が独立運動を起こしたように見せかけたりと細工に苦労するが、今回は一兵も動かすことなく得をしたな?
?ヤマトを本気で怒らさず、さりとてクマソ王の力を過小評価させない、このさじ加減がむずかしゅうございますからな?
?そのとおり?
?さっそく結果をヒタカミに伝えてやりましょう?
 イツツヒコはうなずきましたが、すぐに真面目な表情になりました。
?オシヒ。カヤの使者がもってきた話をどう思う??
?シラギとクダラの咬ませ犬にヤマトがなるかどうか、でございますか??
?なかなか辛辣だな。しかし犬には餌が与えられるぞ?
?食いなれぬ餌で腹をくださねばよろしいのですが?
?腹くだしだけで済めばよいがな。なにせ今、ヤマトとクマソの体はつながっておる。下手をすれば咬まれるのはクマソの部分で、腹を満たすのはヤマトのみ、ということになりかねん?
 オシヒの顔も暗く沈みました。
?確かに、カヤに近いのはクマソのほうです。カラに出兵となれば十中八、九、クマソに命令がくるでしょう?
?ヒコホはこれをクマソの力を削ぎヤマトを富ませる、一石二鳥の機会と考えるかも知れんな?
 オシヒの目がぎらりと光りました。
?使者殿をヤマトに行かせぬようにしますか??
 イツツヒコは少し黙ったあと、こう答えました。
?カヤからの使者が来たことは、対馬の役人を通じてすでにヤマトに漏れているはずだ。それを殺したとなれば、ヤマトにクマソを詰問させる無用な理由を与えてしまう。力で劣っているからこそ、常に理は我がほうにあるようにせねばならん。またカヤ人からも恨みを買ってしまうだろう。それこそ下策。不利を有利に変えるのが策というものだ。カヤに出陣させられたなら、その利を生かして大いに甘い汁を吸ってやろう。少なくともそのようにヤマトに思わせることが肝要だ。ヤマトがうらやましがって、代わりに海を渡りたいと思うようにな?
 オシヒはくすくすと笑いました。
?我が君は、奸智に長けておられる?
 イツツヒコは忠臣にちょっと片目をつむってみせました。
?善人では王は務まらぬよ。それはどこの国でも同じ。あのヒタカミ王とて聖人ぶってはいるが、相当の曲者だぞ。そもそもヤマト両面攻略の密約をもち出してきたのはヒタカミ側だからな?
?そうでしたな?
?それにしてもカヤ人も大変だな。東と西にはシラギとクダラ。北からはコマの圧力もある。南は海で逃げ場がない?
?カラは中原国に陸続きという影響のせいか、勢力争いがことに厳しい土地柄のようですね。コマが南に領土を広げようとするのも、中原国から常に押されているためと聞いております?
?ヤマトは気づくかな?
?なにを、でございますか??
?カヤとヤマトの相似だよ。どちらも東西と北からの圧力を受けている?
?東と西は分かりますが、北はどこですか。カラですか?
?違うよ。もっと大きな国だよ。大きすぎて目に入りにくいが、その力は確かにヤマト、いやオホヤシマ全体に影響を与え続けている。そもそも、もともとのクマソ国やイヅモ国が滅んだのは、何故だと思う。ニニギ王が故郷の平原を出奔し、コヤネが新天地を求めてそれに従ったのは、何故だと思う。そして今でも、カラからオホヤシマへ多くの難民が住む地を求め毎日のように海を渡って来るのは、何故だと思う。中原国だ。中原国に押し出されて、あぶれた者たちがオホヤシマに行きつくのだ。しかしオホヤシマより東には、もう土地はない。人間は大海に住むことはできん。我々はこれ以上はどこにも行けないのだ。だから何としてもこの地を死守せねばならんのだ?
 オシヒはうなずいてイツツヒコを見つめました。イツツヒコの首には国母ウズメから受け継いだ、三つのヒスイが輝いていました。これこそ真のクマソ王の証であり、オシヒが唯一忠誠を誓う主の証なのでした。
                         ◎◎
 結局ヤマトはカヤへの駐屯を決めました。カヤはその見返りにカヤの鉄鋼山から精製される鉄の三割をヤマトに与えると約束しました。
 鉄はヤマトが喉から手が出るほど欲しがっていたものでした。しかし当時のヤマトには製鉄技術がなかったため、鉄はすべて大陸からの輸入に頼っていたのです。それまでオホヤシマで使われていた金属といえば銅がほとんどでしたが、大陸ではすでに鉄が主流となっていました。むろん銅よりも鉄のほうが優れています。鉄剣は銅剣よりも斬れ味が鋭く、また農具に使用すれば作業の効率が倍にもなり収穫高を飛躍的に伸ばすこともできます。まさに鉄を制すれば国を制する、そういっても過言ではないのです。オホヤシマでヤマトと覇権を争っているヒタカミには、古代より築き上げられてきた貿易網により、すでに多くの鉄製品が輸入されていました。新興国のヤマトもできるだけ早く、鉄を安定的に輸入する道すじを確立する必要があったのです。
 さらにヤマトには別の目論見もありました。それは、いずれは鉄を自国で生産できるようにする、という大目標です。砂鉄や鉄鉱石から鉄製品の材料となる錬鉄をとり出す方法は、どこの国でも門外不出の秘術とされていて、いまだオホヤシマには伝えられていませんでした。しかしカヤにはその技術がすでにあったのです。カヤとの交流を深めれば、その技術をヤマトに導入する機会も訪れるだろう、そうヒコホ王は考えたのでした。そのため、カヤにはヤマトの兵士のほか、現地での便のためと称し、官僚や技術者も大量に駐留させました。少しでもカヤの進んだ技術や文化を学ばせるためです。ですからイツツヒコが心配したようなクマソ兵に対する出動命令は、当初出されませんでした。ヤマトの計画をできるだけ漏らしたくなかったのです。しかしあとになってクマソがヤマトに完全に屈するようになると、クマソからも多くの人が渡航するようになりました。
 カヤに?伽耶?という字を最初にあてたのはシラギのようです。そのころオホヤシマにもようやく大陸から文字というものが渡ってきておりました。それまでのオホヤシマ古代三国に文字が存在したかどうか、ということですが、まったくなかったというわけではないようです。しかしそれは王や神官といった限られた者たちが、限られた場合にのみ使う暗号のようなものであり、その数も少なく規則性もないものでした。ヤマトが成立したのは、ちょうど中原国発祥の漢字が周辺国にも次第に広まり、各国共通の意思疎通手段として使われ始めるようになっていたころでした。
 伽耶というのは?突端の土地?というほどの意味です。また、ヤマトが当初、駐留地としてカヤから与えられたのが?ミマナ?という名前の土地でした。これに?任那?という漢字をあてはめたのはヤマトですが、その意味するところは?赴き先の、かの地?でしょうか。そのうち任那はある特定の場所を指すのではなく、カヤにおけるヤマトの権益全体をさす言葉としても使われるようになりました。
 さてヤマトは多くの時間と人員と労力をカヤに注ぎこみました。そのおかげでカヤ国内の治安は、一定時期保たれました。しかしそれはやはり危うい均衡の中でのことでしかなかったのです。シラギとクダラがカヤを狙う意思を捨てることはなく、これにヤマトが加わり、三つ巴の様相を呈してきました。
 ヤマトはあるときはクダラと組み、あるときはシラギと和睦し、その場その場をしのぎながらなんとか任那を経営してゆきました。ヤマトにはカヤ全土を支配するという欲求は当初ありませんでした。オホヤシマに加え、遠く離れたカラの地を治める余力がなかったためです。しかしカヤからもたらされた鉄やそのほかの富がヤマトの国力を押し上げてくれました。その結果、ヒタカミやクマソといったオホヤシマ内の反ヤマト勢力を封じこめることに成功するようになったのです。特にクマソに対しては数度の大きな内乱を経て、ほぼ完全にヤマトがこれを掌握することとなりました。ヤマトのカヤ派遣は、その意味で、大きな目的の一つを果たしたといえます。
 ヤマトはその国力を背景に、次第にカヤの政治にも口を出すようになっていきました。表向きはカヤの主権をシラギやクダラから守るためと称していましたが、その真意はシラギやクダラの支配欲と変わらぬものでした。当然、カヤ人の中からもヤマトに対する反発が起こります。しかしこのころには、カヤの政治、軍事、経済のすべてに、シラギ、クダラ、ヤマトが介入し、国家としての独立性はほとんど失われてしまっていたのです。カヤという国は瓦解し、活路を求めて他国に出てゆくカヤ人も大勢いました。カヤ人は全体として、進取の気性に富み、最新の技術や文化に通じ、多国語を操る、優れた人々が多かったので、新地でも生きやすかったのです。このどこでも生きられるという自負が、カヤ人を故国に執着させず、カヤという国の滅亡を進めた一助となってしまったのは、皮肉といえば皮肉です。
 カヤ人はむろん、オホヤシマへもたくさん移住してきました。このころのヤマトは移民を積極的に受け入れていました。そもそもヤマト自体が移民によってうちたてられた政権だったわけですから、他国人に対する拒否反応というものもなかったわけです。他方、ヒタカミは移民受け入れに消極的でした。これは、オホヤシマの古代国家二つまでもが移民国家ヤマトに滅ぼされ、自国もまさに存亡の危機に直面していることから考えれば当然といえるでしょう。
 ヒコホ王の時代から二百年ほど経つと、カヤはもう地名としてしか残っていませんでした。カヤ人は、カラ、中原国、そしてヤマトと、山や海を越えて四方に散らばりました。カヤ人は国なき民となったのです。カヤ人は、各国の中にその国の人間として溶けこみ、そのなごりはもうその者の中に流れる血としてしかなくなりましたが、それすらも普段は当人にすら意識されずにいたでしょう。
 我がヤマトの歴史にもカヤ人は少なからず関わっております。たとえばヒコホ王は、カヤ人を母にもち、その意味でヤマトはカヤの傍流の血統だといってもいいでしょう。
 実のところこの私、厩戸もカヤの血を色濃くひいているのです。私は二代前の豊日大王(とよひのおおきみ)の長子ですが、この豊日大王も、そして私の母の間人(はしひと)も、その祖父は同じ蘇我稲目(そがのいなめ)という人物です。稲目は、現在の大臣、蘇我馬子(そがのうまこ)の父ですが、稲目の祖先はスクネという渡来カヤ人といわれております。
 それではこのスクネにまつわる伝承もお話しましょう。スクネという一人のカヤ人の強靭なる意志が、時を越え、いまだに目に見えぬ力で我が国の政策をしばり続けている、そう私は考えるからです。

(七)
                         ◎◎
 スクネがオホヤシマに流れついた経緯は明らかではありませんが、その時代は今より三百年ほど前、場所は対馬か筑紫付近と思われます。カラから船で来れば自然その辺りにたどり着きますから。
 いったいに?スクネ?という名前自体が渡来人であることを表しております。諸説ありますが、?ス?や?ソ?は?こちら側?に対する?そちら側?、つまり異国を意味する言葉です。つまり?スクネ?とは異国から来た者、?ソガ?とは異国の、という意味なのです。
 スクネがなにゆえオホヤシマにやって来たか。表向きはほかの渡来人と同様、単なる移住を装っておりましたが、実はスクネはコマが派遣した密偵でした。コマは自身の南下のため、シラギとクダラの弱体化を図っていました。直接この二国に戦いを挑むことも再三でしたが、水面下でも様々な工作をおこなっていたのです。その策の一つが、ヤマトをしてシラギとクダラの力を削ぎ、自分は漁夫の利を得るというものでした。もしかすると、かつてのカヤのやり方を参考にして、このようなことを考えついたのかも知れません。この策を遂行する人間にカヤ人を採用したという理由も、その辺りにあると考えることもできるでしょう。
 コマにとっては、特にシラギが強敵でした。できればヤマトとシラギを争わせ、シラギが疲弊したころにいっきに叩き潰したい、そう考えていたのです。しかしヤマトは遠方のせいか、任那の支配もなおざりになりがちでした。国に余力があるときには任那派兵も盛んにしますが、国内に内乱や飢饉が起こると、とても任那どころではない、というふうになるのを繰り返していたのです。また念願だった鉄の自国生産も、徐々にではありますが始まっていました。わが国でもっとも大きな出雲鉄鉱山もこのころ発見され、試行錯誤ではありましたが製鉄の実験が開始されつつあったのです。鉄の大部分は相変わらず輸入に頼っていましたが、こうした製鉄技術の取得も、ヤマトのカラ国土に対する関心を低下させる大きな理由の一つでした。さらにいえば、ヤマト政権が安定してきて、オホヤシマ内での戦争の回数が減ったことも影響しています。クマソはヤマトに屈し、ヒタカミとの争いも、とりあえずは沈静化して小康状態でした。鉄製の武器を量産する必要性がうすれてきていたのです。
 スクネに与えられた使命は、どんな形でもヤマトが戦争に参加するよう仕向ける、というものでした。
 スクネはこの重大な任務をどうやって果たすべきか悩みました。おそらく数年はオホヤシマの各地を回って、調査に徹したでしょう。そのうち大王が代替わりしました。新しい大王はタラシヒコという名でした。スクネは内心喜びました。タラシヒコは先王よりも武を好み、領地支配にも熱心でした。このような人物こそ戦争向きであるのです。
 スクネはまずクマソに向かいました。クマソはイツツヒコの子孫が引き続き治めていましたが、それはあくまでヤマトから任官された豪族の長というにすぎませんでした。さらに男子ではなく女子継承の決まりでした。これはクマソがヤマトに完全に忠誠を誓った際に約束したことです。二度とヤマトに背かない証として、クマソ王は女性がなり、その性格はあくまでも祭祀主としたのです。実際の領地経営は朝廷から派遣されたヤマトの役人がおこなっていました。
 当時のクマソ王はミハカシヒメという女性でした。
 スクネはミハカシヒメに面会を求めました。実は過去にも何度かミハカシヒメには会ったことがあったのです。スクネナは将来のことを考え、ヤマトに入国後、様々な人間と親しくなるよう努めてきましたが、ミハカシヒメもそのうちの一人でした。スクネは、ヤマト内ではシラギの貿易商人と名のっておりました。実際貿易業もおこなっておりましたが、その軍資金はコマから出ている部分も多いのでした。スクネは見栄えもよく男性らしい風貌で、異国の土産といっては珍しい貴重品を気前よくクマソ国内にもばらまいていましたので、ミハカシ周辺の女性たちにも大変受けがよかったのです。ミハカシヒメ自身は、まだ十五歳の少女でした。
?ミハカシヒメ様。ご機嫌はいかがでしょうか?
 うやうやしくお辞儀をするスクネに、ミハカシヒメも愛想よく答えました。
?ありがとう、息災ですわ。スクネ殿。ずいぶんご無沙汰でしたね。このころはどちらに行かれていたのですか?
?ヤマトの都に行っておりました。シラギとの交易のうち合わせがあったものですから?
?まあ、そうでしたか。わたくしはまだ行ったことがありませんが、どんなふうですの、都の様子は?
?大変なものですよ。私は大陸も含めた色々な都市を数多く見て回っておりますが、中でもヤマトの都の発展ぶりには目をみはらされます。行く度に町並みが変わっていくのですからね。昼夜をついで槌の音が絶え間なく響き、次々と新しい建物が完成してゆきます。大通りにはオホヤシマ、カラ、中原国を問わず様々な出身の人々が行き交い、市場には物があふれています?
 ミハカシヒメはほうっと息をつきました。スクネは嘘をついたわけではありませんでした。ただ同じ都の道ばたには物乞いをする乞食が大勢うずくまり、さらに少し郊外に出れば、食べる物がなく行き倒れた人の死骸がそこかしこに投げ捨てられて、カラスや野犬の餌食となっている。そんなヤマトのあたり前の風景にはふれなかっただけなのです。
?都の人たちは、みんな豊かに暮らしているのですね?
?まあ、すべての人々がそうとは限りませんがね。それでもタラシヒコ王のご権勢はたいそうなものですよ。今、都に建てられている屋敷のほとんどが、タラシヒコ王とその御一族がお住まいになるためのものといいますから?
?タラシヒコ様は、そんなにたくさんのお屋敷をお持ちなのですか?
 スクネはにやりと笑ってみせました。
?なにせご家族がおおございますからな。妃(きさき)だけでも十の指では足りぬくらいですし、ご愛人ともなりますと、これはもう数えきれません。まあ、英雄色を好むとでも申しましょうか?
 ミハカシヒメはおぼこらしく顔を赤らめました。スクネはちらりとそれを見ると、少し視線をそらしながら続けました。
?子孫が増えることは末広がりで結構だとはいえ、これが一国の王ともなりますと日嗣(ひつぎ)争いの問題が出てまいりますので、手放しでめでたいとはいえぬところもあります。今のところ次期大王として名が挙がっておりますのはヲウス様という方ですが、どうもタラシヒコ王と気が合わぬようで、ひと波乱ありそうな気配です。どちらにしてもタラシヒコ王は、まだ三十を一つ、二つ超えたばかりの若さ。健康で精力に満ちておられるので、自分が亡くなったあとのことはまだお考えになれないのでしょう。さらに多くの美人を集めるよう、各方面の役人どもに号令をかけているとも耳にします。大王も罪作りなことで。しかしこればかりはもって生まれたご性分なのでしょうなあ?
 ミハカシヒメはうつむきながら言いました。
?ヤマトの役人が、昨日、わたくしのところに参りました?
?…………?
?タラシヒコ様にわたくしがお仕えする気はないか、というのです?
?なんと?
 スクネは驚いてみせましたが、その実、ミハカシヒメが美貌のもち主だという噂を都にばらまいたのはスクネ自身なのです。しかしそれを毛ほども見せず、スクネはしぶい顔をして言いました。
?そのようなことになるのではないかと心配はしておりました。なにせタラシヒコ王は美人と聞けば、それが人妻だろうが、神にお仕えする巫女だろうが、斟酌をするようなお方ではないですから?
 ミハカシヒメの手は椅子のひじを持ったままぶるぶると震えていました。スクネはたたみかけるように続けました。
?しかしまさか、ミハカシヒメ様がクマソの地を離れるわけにもゆきますまい。なにせミハカシヒメ様は、クマソの唯一無二の女王でいらっしゃるのですから?
 ミハカシヒメの声は絞り出すようでした。
?わたくしが大王のもとにゆかなければ、来年からクマソの朝貢を年に二回にすると、ヤマトは言ってきているのです?
 スクネは今度は本当に驚いてミハカシヒメを見ました。ミハカシヒメの顔は横を向いていましたが、真っ青になっておりました。
?ここ数年、クマソには大きなノワケが何度も上陸して、作物がだめになることが多いのです。今年の朝貢も国内からかき集めて、なんとか秋にヤマトに納めたばかりです。それと同じ量を春にも納めなければならぬとしたら、今度は種芋や種籾を出さねばなりません。そうすればいったい何を植えればよいのでしょうか。今でもクマソの民は、畑から実るものはいっさい口にしておりません。山の木の根をかじり、浜でわずかな貝をとって、その日の飢えをしのいでいるのです。そうして来年こそは実りの秋を迎えたいとがんばっているのです。わたくしはそんな民たちに、これ以上の要求をすることはできません?
《タラシヒコのやつ、本当に見境のない男だ》
 スクネは呆れて内心で舌うちをしましたが、しかしこれはスクネ自身の意図したところにほかなりません。無理難題をヤマトからクマソに出させ、クマソとヤマトとの間にふたたび戦火を開かせる。それこそスクネの計画の第一歩だったのです。
《今でもクマソ人の女王に対する敬慕の念は大きい。その女王がヤマト王に犯されたとあっては恨みも深かろう。その上、近年の不作だ。ヤマトが課す負担も年々大きくなってきている。ともかくタラシヒコの贅沢がヤマトの財政を圧迫しているのだ。ヤマトとしては税を上げるしかないところまできている。ミハカシヒメの件は口実の一つにすぎないだろう。早晩クマソの朝貢は増やされる運命なのだ。ところが民の負担はもうぎりぎりいっぱいのところまできている。反乱か、飢えか。クマソの民が選ぶのはどちらの死かな。さて、中からしぼりとれないとしたら、次は外からもってくるよりほかはない。その矛先はヒタカミか、カラか。そろそろヒタカミの情報も小出しにして、朝廷の目を東に向けさせる準備もしておいたほうがいいな。そうだ。コマに言って腕のよい鍛冶職人を何人か手配してもらおう。今ヤマト朝廷に倒れられては困るのだ。よい武器をもたせ、クマソやヒタカミに勝って戦争のうま味を知ってもらわねば。地道に働くより奪いとったほうが、何倍も楽に多く富むのだと分かりさえすれば、あとは中毒のように戦争から離れられない。要は、人間一人の命と、ひと振りの剣を、等交換できればそれで折り合うのだという、思考さえでき上がればよいのだ……》
?スクネ殿?
 ミハカシヒメに声をかけられ、スクネは慌てて顔を上げました。
?なんでしょうか?
?スクネ殿は朝廷に出入りもなさって、タラシヒコ王にも面識があるそうですね?
?え、まあ。とはいっても、大王に目通りしたのは一度だけですよ。むろん朝廷内に知り合いは何人かおりますが。都には私の故郷のシラギ人が大勢働いておりますからね?
?よかった。それではスクネ殿にお願いがあるのです?
?ミハカシヒメ様のお頼みでしたら、なんなりと?
?ヤマトの役人と一緒に都に行ってくださいませんか?
?なんのために??
 ミハカシヒメは一瞬言葉を途ぎれさせましたが、すぐに続けました。
?わたくしがタラシヒコ王からのお申し出を承知申し上げたということを、伝えていただきたいのです?
?えっ。それはまことですか?
 スクネナは思わずまじまじとミハカシヒメを見つめました。ミハカシヒメは、今はもう真っ直ぐにスクネを見ていました。
?はい。まことです?
 その毅然とした態度に、スクネはどきりとして目を下ろしました。
?それはクマソの民のためですか?
 スクネは小さい声で言いました。
?そうです。そしてヤマトの民のためでもあります?
 ミハカシヒメの声は美しくスクネの胸に響きました。
?ヤマトの民??
?ええ。クマソの朝貢が倍になれば、クマソはクワやスキを武器に持ち代え、ヤマトに立ち向かわなくてはなりません。これに相対するのはヤマトの各地から集められた、やはり農民上がりの兵士たちです。結局、傷つき死んでゆくのは、すべて罪もない民なのです。そして戦争が起これば、畑は荒れ、飢え死ぬ者もさらに増えるでしょう。わたくしの身一つで、そんな事態が少しでも避けられるものなら安いものです?
?しかし、ミハカシヒメ様が犠牲になられることをよしとしないクマソ人も大勢いるでしょう?
?クマソの民には、わたくしから説明いたします。それにスクネ殿にこの件をお頼みするのには理由があるのです。スクネ殿はクマソの実情もよくお分かりですし、朝廷側からでない見方もおできになるはず。ですからわたくしがクマソの地を離れることはできないことを、タラシヒコ王によくご説明していただきたいのです?
?しかし大王の妃におなりになるのでは??
?それは承知いたしますが、その場合はタラシヒコ様にクマソに来ていただきたいのです?
 スクネはびっくりしました。
?大王にクマソへ来いというのですか??
?ええ。それが唯一の条件です?
?お言葉を返すようですが、それは無理というものではないでしょうか。都とこことは何百里も離れているのですよ。古来、男が女のもとに通うということはありますが、それにしても遠すぎます。ましてや相手はヤマトの大王なのですから?
?スクネ殿。あなたもさきほどおっしゃいましたわね。わたくしは唯一無二のクマソの女王であると。今わたくしがこの場を離れればクマソの民は動揺し、それはすぐに乱へと発展するかもしれません。わたくしはクマソという玉をつなぐ一本のひもなのです。そのひもが切れれば、玉はばらばらになってしまうのです?
 スクネは少し考えて、うなずきました。
?分かりました。女王のお言葉は、必ずやタラシヒコ王にお伝えしましょう?

(八)
                         ◎◎
 タラシヒコは、クマソ行きを案外あっさりと了承しました。
?ミハカシヒメの申すことももっともじゃ。それに余はまだクマソの地に行ったことがない。どちらにしても一度は領土見分に行かねばならんと思っていたところじゃ。それに美人見分もついているのなら、なおのこと結構じゃ。なあ、スクネ?
 タラシヒコはそう言って、王座の上から床の上のスクネに向かって笑いました。スクネは頭を床につくほどに下げつつ、奏上しました。
?大王の寛大なるご配慮に、クマソの女王も感激なさるでしょう?
?まあ、いつの世も男は美人に弱いものよ。スクネ。ミハカシヒメはそんなにも美しいか??
?クマソ一の美しさといわれております?
?お前の見たところは、どうじゃ?
 スクネは顔色を見られないよう、じっと床を見ながら答えました。
?女王は十重二十重に女官たちにとり囲まれておりますので、なかなかご尊顔をまじまじと拝することなど私のような者にはできかねますが、しかしちらりと見たところでは、大変お若く、お美しい方と思われました?
 タラシヒコは満足そうに笑って酒を一口飲みました。
?そうじゃ。ミハカシヒメはまだ十五歳だったな。ヲウスよりも一つ下だ。……スクネ。お前はまだ太子のヲウスに会ったことがなかったな?
?はい?
?余がクマソに行っている間、都の留守はヲウスに任せることになる。スクネ、お前はこのまま都にとどまり、あれに色々教えてやってくれ。お前は多くの土地を渡り歩いて、世情にも通じておろう。……特にヒタカミへ通じる道について詳しく教えてやってくれ?
 スクネははっとしました。
?ヒタカミ、と申しますと……?
 タラシヒコは声をひそめました。
?他国から来たお前も知っておろう。ヒタカミのことを?
 スクネは慎重に言葉を選びながら言いました。
?はい。王に従わぬ者たちが北方にいるとか?
?うむ。いまだに木のうろや土穴に住む蛮族だ。かつてはオホヤシマ中におったが、ヤマトの勢いに押され北の寒い地方にまで追いやられている。が、ときどき里に下りてくる猪のように、都の近辺にもそのうすぎたない姿を見せるのでな。民も怖がっているのじゃ。それに人とけものの中間のようなやつらとはいえ、ヤマト朝廷に従わぬ者たちがいるというのも、周辺諸国に聞こえが悪かろう?
?ヒタカミは、名だけはカラや中原国にも伝わっております?
?やはり、そうか。どんなふうに話されている??
?オホヤシマには二つの国があり、それはヤマトとヒタカミである。ヒタカミのほうが古い歴史をもっている、と?
 タラシヒコは、どんと叩きつけるように卓に盃を置いたので、辺り一面に酒が飛び散りました。
?ヒタカミは国などというものではない。原住民族のよせ集めよ。そやつらがいまだ大昔からの生活方法を変えたがらず、新文明になじもうとしないのじゃ?
?すると朝廷は、北の蛮族にもついに王風のお恵みを分け与えようとご決断なされたわけでございますね?
 タラシヒコは大きくうなずきました。
?そのとおりじゃ。ヒタカミはとかく傲慢でな。ろくに朝貢ももってこぬ。そんな余分な作物などないというのじゃ。それでいてヤマトの進んだ農業のやり方を教えてやろうとしても、必要ないの一点ばり。そのためオホヤシマの半分の土地が、あたら耕されもせずに、いまだ荒れ放題のままなのじゃ?
?中原国の周辺にもそのような未開の民が多くあって、それらを手なずけるのに皇帝も苦労されているようです?
?中原ほどの大国の王も蛮族には苦労されているのか?
?はい?
 しかし中原国のいう?蛮族?に、カラやヤマトも入っているとはスクネは言いませんでした。代わりにこう言いました。
?中原国では、皇帝とは天からその地を治める資格を与えられた、選ばし者と考えられております。そのため皇帝を別名、天子と申すそうです?
?ほう?
?聞き及ぶところによりますと、大王の祖先で、ヤマト朝廷をお開きになったヒコホの大王のご尊父は、天の国からいらっしゃったとか?
 タラシヒコはひげをしごきながら言いました。
?う、うむ。そのように聞いておる。ヒコホ王の父、ニニギ様は、天に父、母がおられる、天津御子(あまつみこ)だったという?
?そうなりますと、まさにニニギ様は天子、ヒコホ様は天孫ということになりますね?
?天孫……?
 タラシヒコはあごに手をやったのを忘れたようにそのままの形のまま、じっと宙を見つめました。
?天とは、万物の命をつかさどる太陽と、世界の初めから終わりまでの時を支配する月の、二つまでが住むところ。そのような天からこのオホヤシマにいらしたご一族は、やはり、この国のすべてを治められるよう運命づけられた方々なのでしょうね?
?おい、スクネ。お前、いったいなにが狙いだ??
?狙いなどと……?
?このタラシヒコの目はふし穴だと思うか?
?まさか?
?お前はシラギから来たなどと吹聴しているようだが、実際にはどこから来た? 本当のことを言え?
 スクネは冷汗をかきました。
?本当のことと申されましても。私は正真正銘、シラギから参りましたので?
?だから、シラギの前はどこにいたのだ?
?…………?
?お前、カヤ人だな?
 スクネは、がばっと床に伏せました。
?あたったか?
?あたりましてございます?
?話せ?
 スクネは顔を上げました。
?大王のおっしゃいますとおり、私はカヤ人でございます。しかしご承知のとおり、カヤはシラギとクダラに長年にわたって攻め続けられた結果、すでに国としてのかたちはなく、カヤ人は祖国にいてさえ借り物のように肩身をせまくして暮らしております。さらにカヤ人の多くはカヤの地を追われ、他国でしか生きることができない状態にあるのです?
 スクネは涙ぐむようにして言いました。
?ふーむ。カヤ人はそれほどの窮状におるのか?
?はい。私の両親は、私が幼いころ私と妹を連れ、カヤからシラギに移りました。それというのも、私たちの家があった場所を、シラギの軍隊が駐留地として使いたいからという理由で強制的にたち退きさせられたのです。新しい家を用意するからといわれシラギに行きましたが、そこはもとの土地の十分の一ほどの狭さで耕す農地もございません。私たち家族は、シラギ人から与えられる半端仕事をこなしながら、ようやく糊口をしのいで生きてゆきました。いつかはまたカヤに戻れる日が来ると信じて。しかしカヤの政情はますます悪くなる一方。私は幸い交易の仕事でいささかの成功をおさめることができ、こうして各国を飛び回る生活を送っておりますが、故郷の地がもっとも危険な場所で商売もままならぬという情けない状況をいかんともすることができません。しかし世界中に散らばった多くのカヤ人が、半ばあきらめの気持ちでじっと故国の様子を静観しているのです?
?お前はカヤの内情に詳しいのか??
?詳しいというほどではございませんが、十の年まで住んでいた場所ですので、もちろん土地勘はございます。それにカヤはカラとヤマトを結ぶ重要な交易の拠点。仕事で年に一度はまいります。しかしそれは港の周辺のみです。港町を一歩出た内陸側は、シラギやクダラの軍が小競り合いを繰り返す無法地帯ですから、我々のような民間人はとても足を踏み入れることはできません?
?任那、任那の様子はどうか?
?おお、それこそ大王のほうがよくご存知なのではないですか?
 タラシヒコは苦々しい顔になりました。
?ここ四、五ケ月、任那の役所からの報告が途絶えておるのだ?
?そうでございましたか。いや、それもいたしかたないことかも知れません。私が最後にカヤに行ったのは半年ほど前ですが、そのときですら任那の詳細を知る者は現地にもおりませんでした。どうもシラギ軍が港と任那の道を分断して、任那は孤立しているらしいのです。任那には大きな鉄の精錬所がございますが、そこからとれる鉄はどこに流れているのか、煙は上がっているので作業は続けられているようですが、港に運ばれてくることはありません。シラギが横どりしているのでは、というのがもっぱらの噂です?
 タラシヒコは怒りで顔を真っ赤にしました。
?なんと、シラギがそんな勝手なことを? 任那はヤマトの直轄地と、数年前にもシラギとクダラとの間で確認したばかりだぞ?
?まあ、これはあくまで噂にすぎないのですが……?
?いや、しかし、お前の言うことにはいちいち思いあたる。先ごろシラギは我が国に一つの申し出をしてまいった。任那からとれる鉄を両国で分け合おうというのだ。その代わり任那周辺の護衛をシラギ軍が責任をもっておこなうというものだった。任那近郊の治安は日ごとに悪化しておったし、海の向こうに大量の兵を派遣し続けるのは我がほうにとっても大きな負担だったので承知したのだ。半年に一度、シラギが責任をもって任那の鉄の半分をヤマトに届けることになっていた。半年後シラギは約束どおり運んできたが、それは半分というにしてもわずかなものだった。こちらが文句を言うと、鉄の採掘量が減っただの、途中で海賊の襲われただの、理由をつけておった。その後もなんのかんの言いわけをしておざなり程度の量しか持ってこぬ。さらに鉄の代わりといって、珍しくもないシラギ産の布や石でお茶を濁そうとする始末だ。それでもカヤの治安が落ち着くまではと、我慢しておったのだが?
?その治安を乱しているのが、ほかならぬシラギ自身ということも考えられますな?
 タラシヒコはそれ以上なにも言いませんでしたが、じっと考えこんでいるふうでした。
 スクネはタラシヒコの玉座の前から下がったあと、ふんと鼻を鳴らしました。
《ヤマトも、シラギも、クダラも、同じ穴のムジナよ。他国を侵し、搾取するだけ搾取し、それを当然の権利とすら思っている。三国とも餌をとり合って、しまいには互いの咬み傷で血を流しながら、死んでしまえばよいのだ》
 スクネはしかし、カヤを復興させようという考えももっていませんでした。国の盛衰もまた、時のさだめと思っていたのかもしれません。スクネは現実主義者で、冷徹な考えのもち主でした。過去を振り返らず、ただ今の時を生きぬくことがスクネの処世観でした。スクネの今の生き方とは、コマから与えられた密命を果たすことなのです。そしてそれは着々と成果を上げているのでした。

(九)
                         ◎◎
 ヲウスは、スクネの見るところ、頭も悪くなく体躯も立派で、次期大王としての資質を充分に備えているように思えました。タラシヒコの多くの息子たちの中でもっとも年長でもあり、なぜ跡継ぎとしての地位が不安定なものなのか不思議でした。
 しかしヲウスの教育係としてしばらく朝廷内にとどまるうち、スクネにもその理由が分かってきました。
《要は、母方の力関係によるものなのだ》
 当時、朝廷では、ヲウスの代わりにワカヒコという皇子(みこ)を太子に推す動きが有力でした。ワカヒコはヲウスよりも二つ年少でしたが、富裕な豪族出身の母をもち、その一族は朝廷内でも重要な地位を多く占め権勢を誇っていたのです。大王の地位はその個人的な資質や年齢で決まるのではなく、背後の勢力図でおのずと決まってゆく。これは現在でも変わらぬ構造で、ヒコホ王の時代から継承される我が国の伝統ですが、そのことをスクネも学んだのでした。
 ヲウスの母親はすでに死亡しており、その実家も豪族の一つとはいえ、ワカヒコの母のものとは比べものにならないほど力の弱い人々だったのです。ヲウス自身も、そのことをよく分かっているようでした。
?私は、近々ワカヒコに太子の座を譲ろうと思っている?
 ある日、ヲウスはこうスクネに言いました。
?今クマソへ行っておられる大王がお帰りになったら、太子の称号を返上し、それからすぐにヒタカミへ向かうつもりだ?
 スクネは黙ってうなずきました。前々から予想していたことですし、今さら引きとめる言葉もおざなりになると分かっていました。
?この一年、お前に世の中の様々な話を聞けて私の知識も広くなった。ありがとう?
?そんな……。私こそ、ヲウス様のお世話をさせていただき光栄でございました?
 スクネが一番恐れているのは、ヲウスからヒタカミに一緒に行ってくれと言われることでした。そのようなことにならないよう根回しはしているつもりでしたが、ヲウスから面と向かって命ぜられれば、教育係という立場上断るのは難しくなります。
《いざとなれば仮病でも何でもつかって、ヒタカミ行きだけは避けなければ》
 都を離れ北の奥地になど行っていては、朝廷の動きを知ることなど不可能になってしまいます。それではスクネの使命などどうやっても果たすことはできなくなるでしょう。
 しかしヲウスは言いました。
?私の留守中は都のことをよろしく頼む。特に新しい太子のことを?
?ワカヒコ様のことでございますか?
?ああ。今度はワカヒコに色々教えてやってくれないか。私にしてくれたように。大王には新太子の教育係としてお前を推すつもりだから?
 スクネはちょっと目を上げましたが、すぐに深々と頭を下げました。
?もったいないお言葉。私にその力があるかどうか自信がございませんが、ほかならぬヲウス様のご命令とあれば一身を賭して務めさせていただきたいと存じます?
 ヲウスは最後にこう言いました。
?お前なら、ワカヒコとうまくやっていけるだろう?
                         ◎◎
《まったくヲウス様は聡明なお方だ》
 スクネは心からそう思っていました。ヲウスの太子としての地位にはやばやとみきりをつけ、ワカヒコ側ともぬかりなくつながりを深めているスクネのことを、ヲウスははっきりと見透かしているようでした。
《いや。あの方は産まれ落ちた瞬間から朝廷内の複雑な権力争いを見続けてきたのだ。人というものは権勢の強いほうになびくのが世の当然の習いだと、悟っているのだろう》
 ヒタカミ征伐の総大将と言えば聞こえはいいですが、結局のところヲウス及びその一派を権力の中枢からはずすというあからさまな朝廷の意志にほかならないのでした。ヒタカミ人は自らは討って出るようなことはありませんが、けしてヤマトの下につく気はありません。国境を侵されればその度に強硬に反発をします。ヒタカミ人の戦士は勇猛で命を惜しまぬことで知られており、ヤマトは数百年間かかってもヒタカミ側に領土を広げることがどうしてもできないでいたのでした。
《戦いなれたヒタカミ人に対し、征ヒタカミ軍は農村からかき集めた雑兵ばかり。なによりヒタカミ人には自分たちの土地を守るという熱烈たる気概がある。どうあってもヲウス様に勝ち目はない。つまりはワカヒコを太子とするためには都にヲウス様がいては目ざわりなため、ていのいい厄介払いということだ。まあ島流しみたいなものだな。本来、権力欲のうすいヲウス様のような方こそ、ヤマトの民にとってはよい大王になるのかもしれないが……》
 スクネは肩をすくめました。
《しかし俺には関係のないことだ》
 長い廊下をわたった先の宮殿の奥棟にまでたどり着いたスクネは、扉の前を守る顔見知りの女官に軽くうなずくと、躊躇なく一つの部屋に入りました。そして入口近くでひざまずき挨拶をしました。
?イリビメ様。ご機嫌うるわしゅう?
 イリビメは部屋の奥にすえられた寝台に寝そべっていましたが、すぐに体を起して手招きをしました。
?おお、スクネ。待ちかねましたよ。さ、さ。もっと近こう?
 スクネが奥に進むのと反対に、周りにいた女官たちがさらさらと衣ずれの音をたてながらいっせいに部屋を出ていきます。
 扉が閉まると同時に、イリビメはスクネの首に腕をまわしました。スクネは慌てて体を離して辺りを見回しました。
?少しお待ちください。まだ人が近くに残っているかもしれません?
 イリビメはスクネを強く引きよせながら言いました。
?心配せずともよい。部屋には誰も近づかぬよう采女たちには言ってある。たとえ人がいたとしても、すべてわらわの身内ばかりじゃ?
 スクネはうなずいて体の力をぬきました。そのまま二人は寝台の上に倒れこみました。
?ああ、スクネ。早く……。なぜ、もっとひんぱんに来てくれぬのじゃ。前の訪れから七日もたっているではないか?
 スクネは苦笑いしました。
?これでも太子の教育係ということで、なにやかにやと雑用が絶えませんので。今もヲウス様のもとにおよりしてから、こちらに伺ったのです?
?なんの、ヲウスなど。まもなく都からいなくなる人間ではないか?
 スクネは答えませんでした。イリビメに口をふさがれてものが言えなかったのです。
《ヲウス様はすでに過去の人間か。朝廷中がそのことを周知の事実として考えているのだ。大王がクマソから戻ったら、すぐにでも太子交代の詔(みことのり)が出され、ヲウス様は征ヒタカミ将軍として北へ向かい、ワカヒコが新太子に任命される。そしてワカヒコの母、つまりこのイリビメが皇后の宣旨(せんじ)を受ける……》
 そしてスクネは未来の皇后を、大王の留守をいいことに盗んでいるということになります。
《大王にばれたら死罪はまぬがれないだろうな》
 スクネはにやりとしました。
《しかし大王とてクマソでよろしくやっているのだ。そもそも誘ってきたのはイリビメのほう。空閨のわびしさを大王のいない間だけ埋めてやっているだけだ。いわばご奉仕というわけさ。タラシヒコには感謝してほしいくらいだね》
 イリビメはほうっと息をつくとスクネの胸に顔をうずめました。くぐもった声がスクネの体に直接響きました。
?大王はいつころお戻りになるのじゃろう?
?クマソからの先ぶれが一昨日着きました。大王ご自身もあと十日ほどでお戻りになられるでしょう?
?大王がお帰りになれば、こうしてお前と会うことも難しくなろうな?
?そうですな。私もいくらなんでも、大王と同じ屋根の下で皇后様を盗むまでの勇気はございません。ワカヒコ様のお相手だけで満足することにいたしましょう?
 イリビメは声をたてて笑いました。
?わらわが、皇后?
?はい。そしてワカヒコ様は未来の大王。さすればイリビメ様は、未来永劫皇太后としてヤマトの歴史に名を刻み、敬われ続けるのでございます?
?それもこれも、お前がヲウスのヒタカミ行きを大王に勧めてくれたおかげじゃ。感謝しておるぞ?
?いえ。大王にはもともとヒタカミ征伐のお考えがあったのです。私は自分のもっている知識を、ヲウス様にお伝えしただけでございます?
?しかしそれでヒタカミを倒す作戦が具体的に進むことになったのじゃ。特にお前が見つけ出してきた、ナナツカというもとヒタカミ人の協力がなければ、今回の遠征計画は成りたたなかったであろう?
?ナナツカは、ヒタカミの都ツガルまでの道を知る数少ない者。そもそもはヒタカミ国主のそば近くにも仕えたこともある名家の出でしたが、あらぬ咎を着せられ死罪になるところを、家族全員が命乞いをして国外追放となったということです?
?わらわも一度遠目から見たことがあるが、ひどく恐ろしい顔をしていた。ヒタカミ人とは、みなあのような姿をしているのか?
?いえ、あれは拷問の痕だそうです。顔一面が赤くただれているのは高温に焼いた鉄棒を押しつけられたためです。ナナツカの着物をはいでみれば全身に同じような火傷があります?
 イリビメはちょっと眉をひそめました。
?蛮族のすることは残酷よのう?
 スクネはこれより残酷な古今東西の拷問方法をいくらでも知っていましたが、何も言いませんでした。
?ではナナツカはヒタカミを恨んでいるのじゃな?
?そうでしょうな。ナナツカに着せられた罪というのは、二年前、ヤマトの軍をヒタカミ内部にまで手引きをした、というものです?
?おお、あの二年前の戦いか。あれはなかなかの勝利であった。ヒタカミの村五つまでもをヤマトがぬいたのじゃった。途中で冬がこなければ、山越えをしてもっと多くの勝利を得られたであろうに?
?あの敗北はヒタカミにとって大きな衝撃だったようです。その敗因を探る中で、ヒタカミ国内にある村の位置を内部の者が漏らしたのではないか、ということになり、ナナツカに白羽の矢がたったのです。ナナツカは対ヤマトの交渉の任を負っておりましたが、以前から二国間の融和政策を唱えていたらしいのですな?
?ではあれは、本当にナナツカの手引きによるものだったのか??
?いいえ。ヒタカミの村の位置をヤマトに教えたのはサンカですよ?
?サンカ??
?サンカとはヤマトにもヒタカミにも属しない流れ者たちの総称です。季節の移り変わりにともない、オホヤシマの北から南をわたり歩き、山の獲物をとったり里で物々交換をしたりして生計をたてているのです。ヒタカミも、ヤマト人を警戒はしてもサンカを気にしたりはしません。これはヤマトも同じですが。つまりやつらは山のけもののようなもので、いることは認識するが、互いになんの関わりもない存在と思っているわけです。しかしそのサンカから情報を得ようと考えついたヤマトの軍部の方々は、さすが慧眼でございますな?
?ではそのサンカから、ツガルへ通じる道も聞けばよいではないか?
?むろん軍はそうしたかったのでしょうが、どうもそうはいかなかったようで。ヒタカミの村を教えたそのサンカは、それより奥のことは知らなかったようです。それにサンカは拘束されるのを極端に嫌がりますからな。少し強く問いつめようとしたら、たちまちどこかに逃げてしまったということです。どちらにしてもサンカは全般にあまり信用のおけない者たちですから、ヒタカミの奥深くにまで連れて行かれたあげくに寝返られたりしては全滅の憂き目にあってしまうと、軍部のほうは二の足を踏んだようですね?
?ではナナツカはサンカよりも信用がおけると、軍は思っておるのだな?
?さあ。軍の考えは分かりません。たぶんヒタカミ人のいうことなど、結局はサンカと同じようなものだと思っているのじゃないでしょうか?
?しかし、ナナツカを案内人として遠征軍をヒタカミに送ることを決めたではないか?
?ヒタカミに行くことを直接お決めになったのはヲウス様ですよ。軍は終始及び腰なのです。ですから、ヲウス様が率いるのは正規のヤマト軍ではありません。今回のために特別に募った臨時兵なのです?
?ヲウスは勝算があるのか??
?ヲウス様も、まさか死にに行くわけでもございませんでしょうから。しかし私はヲウス様の作戦の詳細まで知っているのではありません。私は、ヒタカミがカラや中原国とどのような交易をしているか、外国でヒタカミやヤマトがどう評されているか、などをお話ししただけです。ナナツカを見出したのも偶然ですよ。ワカサ湾にナナツカが流れついて倒れていたのを、私の部下が発見したのです?
 イリビメはそれ以上スクネに訊きませんでした。ヲウス軍の遠征がたとえ失敗に終わっても、朝廷にたいした損害を与えないことが分かったからです。イリビメの関心事はもっと別なところにありました。
?ところで、のう、スクネ。クマソのミハカシヒメが産んだ子供のことじゃが?
?はい。女のお子様だそうで?
 スクネは、ゆっくりと言いました。イリビメは固い口調のまま続けました。
?今回の帰京にあたり、その赤ん坊を一緒にタラシヒコ様が連れて帰られるという噂があるが、お前はどう思う??
 スクネは首を横に振りました。
?さあ。そのような噂があることは私も耳にしておりますが、真偽のほどは分かりかねますな。事実としましても、イリビメ様がお気になさるようなことにはならないのではと思います。つまり、この度ミハカシヒメ様がお亡くなりになったことによって、ついにクマソのハヤツ家は廃家となりました。これでハヤツの血を引く者は、ミハカシヒメ様のお産みになったお子様一人ということになったわけです。そしてそのハヤツの血をクマソという地に残しておく危険性をタラシヒコ様はご憂慮なされた、そういうことではないでしょうか?
 ハヤツ家とはミハカシヒメが属していた一族のことです。ウズメノミコトより三百年間、一時はヤマト朝廷とも権勢を争った由緒正しきクマソの家柄も、ここで断絶することとなったのです。ミハカシヒメは女の赤ん坊を産んだあと産褥の経過がおもわしくなく、ひと月ほどで亡くなったのでした。一年余りもクマソにとどまっていたタラシヒコが、都に戻るきっかけがミハカシヒメの死であったのは間違いのないことでしたでしょう。口さがない朝廷の人々は、タラシヒコ王があまり熱心にミハカシヒメを愛したので、若くかよわい女王は初めてのお産に耐える力を奪われてしまったのではないか、などと噂していました。
 スクネはいらいらしてイリビメを乱暴に抱きました。
?痛い!?
 イリビメが声を上げました。スクネが左手の小指にはめていた指輪がイリビメの髪にひっかかったのです。スクネは慌てて謝りました。イリビメはスクネの指輪に目をとめました。
?珍しいな、お前が装飾品をつけるとは。金製か??
?安物でございます?
 スクネはそっけなく答えました。確かにそれは何の彫刻も石もついていない簡素なものでした。宝石好きのイリビメはそれでもう指輪に興味を失ったようでした。
 実はその指輪は、以前スクネがミハカシヒメに贈ったものでした。ミハカシヒメの死の報せを最初にスクネにもたらしたのは、スクネの忠実な部下、シチでした。シチはスクネの目耳手足となって、カラやオホヤシマ中を飛び回っているのです。
 シチはミハカシヒメの最後の言葉をスクネに伝えました。
?シチよ。これをスクネ殿にお返ししておくれ。スクネ殿には様々な宝物をいただいたけれど、これのほかはクマソの民の腹を満たすため、そしてハヤツ家を保つため、すべて売り払ってしまいました。もうわたくしの命も長くありません。わたくしが死ねばハヤツ家も終わりです。始祖のウズメ様から続いたハヤツを、わたくしの代で途絶えさせてしまったことは我が先祖にいくら詫びても詫びきれませんが、タラシヒコ様は来年からはクマソをヤマトに次ぐ重要地とみなして、朝貢の高も減らしてくださると約束してくださいました。そのお言葉をいただけただけでも、数ならぬこの命が最後にクマソの何かの役にたったのだと思えて死ねます。
 ただ一つ心残りは生まれたばかりの娘のことですが、あの子のことについてもタラシヒコ様はいいようにしてくださるとのこと。もうこうなっては、小さな命のことは大王のお慈悲におすがりするしかないと心を定めました。とはいえ幼子を一人世の寒風の中におき去りにし、母としての役目を果たせぬまま立ち去らねばならぬこの身の罪は、たとえ命が尽きても消えることはないでしょう。あの子は将来、きっとわたくしをとても恨むでしょうね。
ああ、スクネ殿に、よくお礼を言っておいてください。クマソから一歩も出たことのないわたくしにとって、スクネ殿が話してくださる他国の珍しい話が、どんなにか楽しく心躍るものだったでしょう。それはどんな美しい玉石よりも価値のあるものだったのです。……スクネ殿は、非時果実(ときじくのかぐのみ)を食べたことがあったのですって? それならスクネ殿は、不老不死になったのかしら。であれば黄泉の国でもう一度お会いすることもかないませんね……?
?ミハカシヒメ様はこの指輪を、お亡くなりになる間際までご自分の指にはめておいででした?
 シチの報告を聞いて、スクネはたまらない気持ちに襲われました。
《ミハカシヒメ様! 私は死んでも、あなた様と再会することなどかなわぬのです。どうして私が、ミハカシヒメ様と同じ世界になどいくことができましょうか。このような罪深く、穢れた私が? あなた様を死に追いやったのはタラシヒコでも病でもなく、ほかならぬこの私なのですよ……》

つづく
2012-01-29 08:06:37公開 / 作者:玉里千尋
■この作品の著作権は玉里千尋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
【現代編】
◎登場人物◎
★上木美子(かみき みこ):萩英(しゅうえい)学園高校三年三組在籍。十八歳。O型。宮城県遠田郡涌谷町の自宅がなくなってしまったため、仙台市内の躑躅岡(つつじがおか)天満宮宿舎に居候中。特技は年齢あてと寝ること。
★ふーちゃん:ケサランパサランから成長した、金色の霊孤。現在は大型犬サイズ。美子の心のオアシス。
★サクヤヒメ:もとは古代国家クマソの巫女であったが、現代に咲子としてよみがえり、上木祥蔵との間に美子をもうける。
★上木祥蔵(かみき・しょうぞう):美子の父親。前上木家当主。美子の中学三年の春休みに死亡。享年四十六歳。
★結城アカネ(ゆうき・あかね):萩英学園高校三年三組在籍。美子の親友。B型。好奇心旺盛な女の子。
★田中麻里(たなか・まり):萩英学園高校三年三組在籍。美子の親友。AB型。将来の夢はバイオリニスト。
★HORA−VIA(ホラ・ウィア):売り出し中の人気若手バンド。メンバーは全員萩英学園軽音部出身。タニグチ(ヴォーカル兼ギター)、ミヤマ(ギター)、フウジン(ドラム)、ヒムラ(ベース)。
★土居龍一(つちい・りゅういち):生まれながらに強い霊力と特異な能力をもったため、うつしよに生きる苦しみを多く与えられている。土居家第三十九代当主。躑躅岡天満宮宮司。萩英学園高校理事長。
★東北守護五家の当主たち
 津軽(青森):初島正道(はつしま・まさみち)、北上(岩手):沢見邦安(さわみ・くにやす)、出羽(山形):蜂谷万道(はちや・まんどう)、白河(福島):中ノ目壮士(なかのめ・そうじ)、涌谷(宮城):現在空席。
★築山四郎(つきやま・しろう):躑躅岡天満宮庭師。
★ニニギ:二千年間、己の真の魂を探すためにオホヤシマ(古代日本)に伝わる三種の神器を求め続け、天皇家の始祖神でありつつ祟り神の側面もあったが、一年前(白圭二十六年)のサクヤヒメとの再会により鎮まる。

◎キーワード◎
★守護主(しゅごぬし):古代国家ヒタカミの流れを汲み、今なお東北に強力な結界をはり続ける土居家当主のこと。
★竜泉(りょうせん):土居家が躑躅岡天満宮本殿にて護り、毎日の霊場視に使っている霊泉。陽と陰、二つの泉からなる。
★飛月(ひつき):伊達政宗が名匠国包に造らせた稀代の霊刀。三百年間土居家が護ってきた。守護家の中では上木家のみが使用を許されている。
★東北守護五家:守護主を支える五つの一族。津軽に初島家、北上に沢見家、出羽に蜂谷家、涌谷に上木家、白河に中ノ目家があり、それぞれの当主を守護者(しゅごしゃ)と呼びならわす。当初は四家のみだったが、四百年前に、土居家から上木家が分家され、五家となった。
★秘文(ひもん):魂の力を引き出すための言葉。唱える者の力量により神に匹敵するほどの力を呼ぶこともできる。
★鏡(かがみ)・鏡の種(かがみのたね):土居家が千年以上護り伝える霊鏡。
★蛇の目(じゃのめ):これをもつ者のみが土居家の鏡に映し出される真実をみることができると伝えられる。土居家の二つ丸紋は蛇の目を表している。
★淵(ふち):北上の沢見家が本拠の神淵(かみふち)神社内にて護るもの。

【古代編】
◎登場人物◎
★厩戸(うまやど):ニニギの子孫であり、飛鳥時代のオホヤシマ(古代日本)における強国ヤマトの摂政。優れた政治家であり、見識、霊力ともに優れたヤマト随一の人物。ニニギ神との対話の中で、オホヤシマの歴史を語る。
(1)
★ヒコホ王:ニニギの実子で、ヤマトの初代国王。母はカラ出身でニニギ亡きあとのヤマトの実力者・コヤネの娘サヰ。
★イツツヒコ:ニニギの実子で、クマソを治める地方王。母はニニギと同じく平原出身のウズメ。
★オシヒ:イツツヒコの忠実な腹心。
(2)
★スクネ:厩戸の祖先。渡来カヤ人。使命を帯びてヤマト政権に近づく。
★ミハカシヒメ:イツツヒコから数代後のクマソ女王。
★タラシヒコ:ニニギから数代後のヤマト大王。

◎キーワード◎
★オホヤシマ:古代日本の名称。主要国としてはヤマトとヒタカミがある。
★任那(みまな):オホヤシマと海峡を挟んだカラ半島における、ヤマトの駐屯地。ヤマトがカラ内に主張する権益そのものを指す場合もある。
★カヤ:周辺国から自国を守るためヤマトと同盟を結び、国内に任那駐屯地をつくった。国としての形はスクネの時代には滅びている。
この作品に対する感想 - 昇順
どうも、鋏屋でございます。続きを読ませていただきました。
てっきりまた過去の話だと思い込んでて、最初は「あれ?飛ばしたか?」とちょっと焦りました。でも美子ちゃんの元気な姿を読めて満足ですw
お母さんに会えて良かった。でも、お母さんは歳をとらないのかな?つーかサクヤヒメはてっきり美子の中に転生してるもんだと予想していたのですが…… となると、美子の役割ってなんなんだろう?ところで、この世界でも地震は起こったのだろうか?
今回はサクヤヒメの「子が親を想う気持ち」のくだりが響きましたw 私にとってとても良い話でした。
しかしこのお話は引き込まれます。読まされるといった方が良いかもしれませんね。今回も楽しませていただきましたwww
ここからまた現代の話が続くんですかね? いずれにしても、次回更新も楽しみに待っております。
鋏屋でした。
2011-07-25 07:44:28【★★★★☆】鋏屋
うわー、一回入れた感想がきえてしもうた!!!
遅ればせながら拝読しました。水芭蕉猫ですにゃーん。
うぅ、あれからどれほどたったろうか……。しかし読み始めたら一気に読まされてしまう心地よさ。すごいです。前回までの龍一の話ですが、龍一も一人の人間らしくて非常に嬉しかったです。ずっと万能風? に描かれてきたので、おお、龍一も人間だったのねと素直にうなずいている自分が居たり。
あと今回の美子ちゃんですが、こちらも相変わらず一気に読まされますね。ただ、個人的にはもうちょっとお互いの会話があると大変好みかもしれません。が、面白かったです。
では、次回はあまり間をおかないうちに読めることを祈って!!
それではにゃ。
2011-07-29 23:03:15【★★★★★】水芭蕉猫
>鋏屋様。コメント&ポイントありがとうございます。
 いや、分かりにくくてすみません。そうですよね、急に飛んじゃいましたよね(汗。
 あれ、そういえばサクヤヒメって何歳なんだろ? もしかして美子と同じくらい? 一応神様なので見た目は若いのですが、生まれてからは二千年くらいたっているしなあ。まあ千年女王という感じでしょうか(逃げっ
 美子の役割は、生まれてきたことで果たされているんですよ。少なくともサクヤヒメにとってはそうです。
 この世界では地震も津波も起こっていません。実はリーマンショックも起こっていません。というのはこの小説の構想があの直前から起こされたものだからなのですが。
 群神の世界では、現在の元号も同じHの頭文字ながら平成ではなく白圭となっております。
 それにしても現実のほうがハードになってきてどうしようという感じです(涙。
 子供というのは本当に不思議な存在ですよね。親子関係というのは群神の大きなテーマの一つなので、これからも探っていきたいと思っています。
 ありがとうございました!

>水芭蕉猫様。コメント&ポイントありがとうございます。
 またもやこの長話につきあっていただき感無量です。
 龍一は神様のニニギにすら「本当に人間か?」などと言われてしまうヤツですが、ちゃんと人間ですとも! ええ、今までは人間らしさや内面を出さないように抑えておりましたが、この巻ではそれを解禁いたしました。
 美子の部分は、自分が小学生の時、学校から帰って来て、その日一日のことを母親に一生懸命しゃべっていたことを思い出して書いたのですが、美子の今の状況説明の意味もあると言っても、やっぱりしゃべりすぎな気がしますよね……(汗。自分でもここはいかんなあと思う個所です。もっと考えなくちゃいけませんね。
たとえば龍一×可南子、美子×祥蔵という組み合わせだと精神的な親近感が大きいので雑談形式にできるのですが、龍一×美子、美子×サクヤヒメだと、どうしても一方的な会話になってしまう。美子も慣れてくればサクヤヒメとは雑談できるようになると思うのですが、龍一相手だと会話のキャッチボールがなかなかうまくいかないんですよねえ。
ありがとうございました!
2011-07-31 07:46:06【☆☆☆☆☆】玉里千尋
拝読しました。水芭蕉猫ですにゃん。
おお、今回は守護者パートなのかしらん? 淵というのは、なんだろうかな。こっちから覗き込むと、あっちからも覗き込んでいるから注意しなくちゃならないものなんですよね。確か。
人が生きる上で最も大事なことの言葉が凄く頷けてしまいます。正気も誇りも半分くらい失いかけておりますが、それでもやっぱり手放しちゃダメなんだろうな。特に誇りだけは正気を失ってもどうにか手の中に入れておきたいものだと思ってしまいます。
で、次回あたり出羽サイドが出てくるのかしら? たのしみにしておりますね。
2011-08-10 22:15:40【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
ぱいれ>水芭蕉猫様。コメントありがとうございます。
 なるほど、淵とはこちらからもあちらからものぞくものとな。そうかも知れませんねー。
「正気と誇り」は私自身の座右の銘でもあります。そうしたら「パイレーツ・オブ・カリビアン」に同じようセリフが出てきてビックリした覚えがあります。
いや、正気もやっぱり失っちゃだめですよ。人に迷惑かけちゃうから(笑)
そうなんです、龍一の過去話も一段落ついたので、そろそろ守護者サイドにスポットを当てようかなーと思っております。
ありがとうございました!
2011-08-20 07:54:37【☆☆☆☆☆】玉里千尋
どうも、鋏屋でございます。続きを読ませていただきました。
相変わらず読みやすくて安心します。たぶん私は1回スルーしてるので二回分の投稿を読んだ気がしますが、疲れは全く感じず、逆に読み足りなさまで感じる始末ですねw
今回は私の好きな弓月さんも登場してますが、なんといっても万道さんの不可解さが気になって仕方がない。釈明もいささか奇妙ですし、なにより龍一を怖れて無いように思う点が気になります。う〜ん、考え過ぎだろうか……
今回の章で一つわからないと言いますか、掴みかねているのはテーマというかポイントの押さえどころ。今までの章では読んでいてある程度わかってきたのですが、今回はそれがいまだにわかりません。いや、私の読解力不足ってことも多分にあるとは思いますが……(汗)
この章に限り読者に伝えたい情報がいまだに見えないのが、私には逆に興味深く感じています。これも考え過ぎかな?
何はともあれ、今回も十分楽しめましたw 次回も期待せずにはいられませんwww
鋏屋でした。
2011-08-22 08:20:15【☆☆☆☆☆】鋏屋
>鋏屋様。コメントありがとうございます。
読みやすい、安心すると言っていただけホッします。
さあて、万道がなにを考えているか、不可解と注目していただけたということは、まずは成功と思ってよいのでしょうか。
そうですね、この更新部分は一言で言ってしまうと北上と出羽の紹介ということなのですが、どちらも今後の話へのプロローグ的なものなので「ん、なんだ?」と思っていただければそれでよし、という程度のものでございます。
本当は弓月のエピソードは次回に回そうと思っていたのですが、なんだか堅苦しい話が続くのもなんだなあという姑息な計算があって、色気で締めてみました(笑。
ありがとうございました!
2011-09-04 20:41:09【☆☆☆☆☆】玉里千尋
 こんばんは、玉里千尋様。上野文です。
 御作を読みました。
 任那を無かったことにしたい外国人や、ノイジーマイノリティが大手を振るう中、ちゃんと舞台設定に取り入れた英断に感服しました。
 ニニギ亡き後の世界を描くことで、より一層世界観も深まったと思います。
 ただ、…厩戸編以降特に顕著に見られますが、物語のあり方が「神話」じゃなくて「歴史」になってきているのが、結構あぶないんじゃないかと危惧しています。おいおい七鍵書いてる奴がそれを言うか、と思われるかもしれませんが、アレは一応北欧神話的ファンタジーで、似た過程を辿った「別世界」というのを前面に出してます。玉里千尋様も、「現代と異なる世界」というのは同じように強く意識されてると思うのですが…、舞台が日本であり、登場人物に実在した歴史人物の名前があるというのが、その境界を曖昧にして、物語に不要なノイズが生じているのではないかと、少し心配になりました。
 なんといいますか、「クメン星」で小悪党指揮官が虐殺ヒャッホウしようと、「アザディスタン」でキレた戦争屋がモヒカンしようと、読み手は『物語』を意識しますが、舞台を「ベトナム」「アフガニスタン」と書いてしまうと、やはり読み手は受け取り方を少し変えると思うのです。ましてや舞台が日本なら、ペンギンが輪るシュール系ファミリーアニメでちょっと”地下鉄サリン事件を匂わせた”だけで大反発、以後、数回にわたってギャグ回挟んでバランスとって…なんてことになります(左で例にあげた話は構成上、視聴者の反応を読んだ上で配置していたのだと思いますが)
 玉里千尋様の臨場感の盛り上げ方はたいへん巧みです。ですが、巧みであればこそ、娯楽小説の線引きにはご留意ください。私自身が綱渡りしてる部分あればこそ、気にかかりました。とはいえ、今回も面白かったです。続きを楽しみにしています。
2011-11-03 18:19:01【☆☆☆☆☆】上野文
>上野文様。コメントありがとうございます。レスが遅くなり申し訳ありませんっ!
ニニギ編は古事記をベースにしていましたが、厩戸編は日本書紀を主に下敷きにしています。任那も日本書紀に出ているから使っているだけで、実のところあまり深い考えはございません(おい。任那が史実上はどうだったかのか、などというムツカシイ問題はよく分からないっす! 
確かに特に厩戸の言葉には色々托しているものは大きいのですが、それは「考え方」の部分であって、歴史問題を云々しているわけではありません。でも日本書紀自体、時代が下がるにつれ歴史書的になっていく関係上、その材料を使うとなると、色々に読まれても仕方がないかも知れませんね。
設定をまったくの異世界にすれば、自由度はもっと上がるのでしょうね。でもフィクションながら現実の地名や歴史を題材にすると、説明を省略できる部分が大きくて楽ということもあります。平原、中原、カラ、オホヤシマの位置関係なんて、そんなに説明しなくてもいいかなとか(笑。
七鍵の作者様にこの話を読んでいただけるのは本当に嬉しい限りです。そっかー、上野様も一応気を使ってマイルドに書いておられたのか(おい!
ありがとうございました!
2011-11-19 08:44:33【☆☆☆☆☆】玉里千尋
 こんばんは、玉里千尋様。上野文です。
 たいへん遅くなって申し訳ないです。御作を読みました。
 古事記も日本書紀も神代は面白いけど、十代天皇から後は歴史だよね…。とテンションダウンした学生時代を思い出しますw 実は、そっから政争やら悲恋やらの盛り上がる場所が待っていたですが^^
 さて、本当に上手く感想を書けなくて申し訳ないのですが、厩戸編は世界観を深めるためには興味深いのですが、「主人公不在」がネックになっていると思います。
 厩戸による「歴史語り」になってしまい、美子ちゃん、龍一くんと言った主要人物の流れから、区切られてしまっています。ニニギを主役に置くにも、今のところ聞いてるだけですし。
 ここからどのように展開されるのか、不安でもあり、また待ち遠しくもあります。続きを楽しみにしています。
 ……七鍵はアレで気を使って書いてますよー♭ モデル通りに書いたら西部連邦人民共和国なんて邪悪過ぎて、読み手が引いちゃいますもん><(北崎水滸伝や子供用水滸伝のファンが原典水滸伝を読むと…、ってなノリですねorz)
2011-12-04 21:16:48【☆☆☆☆☆】上野文
 こんばんは、玉里千尋様。上野文です。
 昨夜は見苦しい感想を書いてしまい、申し訳ないです。

×待っていたですが^^
○待っていたのですが^^

×北崎水滸伝
○北方水滸伝

 です。誤字脱字、御無礼、ご容赦くださいm(__)m
2011-12-05 19:57:44【☆☆☆☆☆】上野文
>上野文様。コメントありがとうございます。
うーむ、主人公不在ですか……構成失敗したかな。厩戸編部分は「別冊・群神物語」みたいにしたほうがよかったかなあ。時が離れすぎていますので、さすがに龍一・美子は出せないですし。
実は私がやりたかったのは、まさに「語り」としての物語なんです。それが神話にふさわしいんじゃないかと。で、厩戸に語り部になってもらったわけです。書いてみるとこれは確かに普通の三人称とはやや違う視点になりますね。三人称の上に一人称があるみたいな。
記紀に限らず昔の物語って、そんなふうだったんじゃないかというイメージがあったものですから……。しかしどちらにしても読者を惹きこめないのは私の力不足以外の何物でもないです;;
えー、とはいえ今後はしばらく厩戸は出張らず、スクネ中心に物語は進んでいく予定ですので、引き続き見守って頂ければ大変嬉しいです。
そういえば、水滸伝は学生時代に読みかけて気持ちが悪くなって以来、手を出していません(笑)
ありがとうございました!
2011-12-17 15:53:35【☆☆☆☆☆】玉里千尋
 こんばんは、玉里千尋様。上野文です。
>「別冊・群神物語」みたいにしたほうがよかったかなあ。
 それ、”アリ”だったと思います。群像劇って、難度が跳ね上がるんです>< 複数のキャラを立てなければいけない上、視点が分散します。
 以前のニニギの時は、押しも押されぬラスボスの過去、でしたから、「うおー」と盛り上がりましたが、「厩戸さんが語る昔話」だと、龍一くん美子ちゃんどこ行ったの? 黙って聞いてるニニギさん実は礼儀正しいよね? という、イヤン、これ感想やない>< と書き方も悩ましく。
 さて、スクネ主人公と割り切って見れば(BADENDは確定済みといえ…)、ヤマトタケルの時代、国家間のつば競り合いに引き込まれ、一歩はなれてみるスクネの分析もなかなか興味深いです。ミハカシヒメだけではなく、皆レッツカタストロフなのが悲しいなTT
 さて、今更庇うなよ、と思われるかもしれませんが、「主役陣は賊軍かつ悪党」「血生臭い」のを覚悟すれば水滸伝も面白いですよー。北方水滸伝は「頑張ろう!共産革命!」でキャラ造形が一新されてまるきり別物ですが、アレはアレで^∀^
 続きを楽しみにしています。ではでは、また〜♪
2011-12-17 22:30:37【☆☆☆☆☆】上野文
>上野文様。コメントありがとうございます。
 ううむ、すべてつながった物語というところに固執しすぎたのかも知れません。実力がないのに設定に懲りすぎるのも悪い癖ですね。し、しかし今さら引き返せないのでこのまま突き進みます(おい!)
 しかしさすが上野様。スクネ、ヲウスでさっとヤマトタケルが出てくるとは。建国時代なので一方で滅びゆく者も出てきてしまうんですよね。そしてスクネは亡国と建国の両方を背負っているんです。
 水滸伝はどうもあの血生臭さがね……。いやむしろそれが現実に近いのかも知れませんが。
 ありがとうございました!
2011-12-30 06:19:41【☆☆☆☆☆】玉里千尋
計:9点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。