『蒼い髪 23話』作者:土塔 美和 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 ネルガルの皇帝を父に、神と契りを結んだという村の娘を母に持つルカは、ボイ星の姫と政略結婚をする。ネルガルの罠にかかったボイ星は、ネルガル帝国軍と戦い敗退する。ルカは密かにボイの復興を願い、妻とその側近の助命を願い出てかなえられるが、ネルガル星へ連れて来た彼らを待っていたものは、政治犯専用の収容所だった。妻をそこから救い出すためにルカは、今、ネルガル宇宙治安部隊が手を焼いている海賊と戦う。
全角70410文字
容量140820 bytes
原稿用紙約176.03枚
「ご無事でなによりでした。また、ネルガル星までの旅、随行できますことを光栄に存じます」
 ここはネルガル皇帝のお召し宇宙船のハッチ、挨拶したのは三年前、ルカをやはりこの船でボイ星まで送り届けた時の艦長、エルナン・プラタ・リオスだった。後に彼はルカの旗艦の艦長となるのだが。
「これはプラタ艦長、お久しぶりです」
「覚えていてくださったのですか」
「その節はお世話になりました。またよろしくお願いいたします」と、ルカは車椅子の上から丁寧に頭を下げる。
 ルカの左足は複雑骨折した骨は付いたものの、思うように動かなくなってしまった。ヨウカに言わせれば、わらわに任せておけば完治させたものを、お前等が余計なことをして気を乱すから。動かなくなったらしい。真意の程は定かではないが。
「こちらこそ、至りませんが、よき船旅になりますよう精魂込めて」と挨拶しつつ、ルカの車椅子を押している人物を見る。
「妻のシナカです」
 そう紹介されて艦長は一瞬、反応に困った。だがその隣に佇むデルネール伯爵の姿を見て、
「奥方様であらせられますか、お目にかかれて光栄です、艦長のエルナン・プラタ・リオスと申します」
 丁寧に挨拶をした。デルネールと前もって打ち合わせをしていた、少なくともこの艦内では、彼らを罪人として扱わないと。ボイ人はルカ王子におかれましては、大切なご友人であらせられますから。
 ルカは艦長のその態度に好意を抱いた、そして、
「艦長、覚えていますか、サミランです。三年前、同船していた」
 そう言って一人のボイ人を紹介されたが、プラタには見覚えがなかったというよりも、確かにあの時ボイ人はいた。だが今こうやって数人のボイ人の中からひとりを指し示されても見分けが付かない。よくよく見れば肌の色が微妙に違うような気はするが。
 ルカはプラタの心を察したのか、
「全員、同じに見えますか」と、微かにほほ笑む。
「実は私も、最初の頃は見分けが付けられなくて困りました」
「はぁ?」と艦長はどう答えてよいか迷う。
 今ここで全員の名前を紹介されても、相手がネルガル人なら二十人ぐらいの名前と顔、すぐに一致させる自信はあったのだが、ボイ人ではまさに見分けが付かない。
「ネルガルに着くまでに、暇があったら覚えてやってください」
 ルカは強制はしなかった。おそらくボイ人の方も、全乗員の名前と顔を見分けることはできないだろうから。
 その後に続くルカの親衛隊たち、この数は三年前の半分以下になっていた。そして軍部と宮内部と治安部の事務官が数名。特に宮内部と治安部の者たちにはデルネールは釘をさしていたようだ。そしてカロルとその仲間達。
「やぁっ、エルナン、元気か」
 そう二等兵に軽く肩をたたかれ、艦長は首を傾げる。
 プラタは貴族、少なくとも平民などに知り合いはいない。まして名前で呼ばれるほど。
「俺だよ、俺」と、その平民は自分の顔を自分の指でさし示す。
 その二等兵の顔をまじまじと見れば、
「カ、カロル坊ちゃま!」
 プラタの驚きの声に、一同が振り向く。
 カロルは自分で艦長を驚かせておいて静かにするように、人差し指を立てて唇にあてた。
 クリンベルク家の三男坊は、これで軍人の間ではちょっとしたマスコット的存在なのかもしれない。さりげなく気にかけられている。
 プラタも、彼が将軍から勘当されているということは耳にしていた。
「どうなされたのですか、そのお姿は」
 艦長は声を潜めて問う。
「二等兵だ、似合うだろう」と、胸を張って軍服を自慢げに見せるカロルに、
「坊ちゃん、今度は何をやらかしたのですか? ネルガルに着きましたら、私が一緒に謝ってさしあげますから」
 カロルの恰好を見るなり、何かプラタ艦長は勘違いをしたようだ。
 ルカは笑いを堪えきれず小さく吹き出していた。


 部屋は、ルカはシナカと一緒に、他のボイ人たちは二人ずつ客室に案内された。
 キネラオとホルヘはソファで寛ぎ、部屋の中を見回す。
 さすがは銀河を支配するネルガル皇帝の船。ビス一本とっても何処の星の宝石で作られているのかと思わせるほどのものだ。無駄に豪華だとは、カロルさんの言葉だっただろうか。今、それを理解したような気がする。
「こりゃ、俺たちより豪勢な部屋だ」と言いながら入って来たのはハルガンとケリン。
 彼らは来る時同様、従者専用の部屋に押し込められた。
「落ち着かれましたか」と、ケリンは二人を気遣って。
「さすがはネルガル皇帝の船だけあると感心していたところです」
「クラークスの計らいだ。お前たちが人として扱われるのもこの船の中だけだ。ネルガルに着けば」
「わかっております。ネルガル人は自分たち以外の星人を人とは思わないというのは、この銀河に住んでいる者たちで知らない者はおりませんから」
「それは、光栄だな。銀河の隅々まで悪名が轟いているとは思わなかったよ」
「まぁ、それを知らないのはネルガル人と曹長だけですか」と、ケリン。
 ハルガンはケリンの思いっきり顔を近づけると、
「そういう言い方されると、俺はネルガル人じゃないように聞こえるが」
「そうですね」と、肯定したのはキネラオだった。
「少なくともボイに婿に来られた方とその一行は、私達が聞き及んでいたネルガル人とは、かなり違っておりました」
「しかし、デルネール伯爵はかなりの力をお持ちのようだ」と、話題を替えたのはホルヘ。
「クラークスに力がある訳じゃない。クラークスが仕えている人物に力があるんだ」
「ジェラルド王子ですか」
「しかし、そのお方は気がふれていると」
「だが、皇位継承権は一番、二番手と大きく差をつけて。これがネルガルだ、能力より血筋を重んじる」
「そういう意味では、ハルメンス公爵も。下手な王子よりも遥かに今の皇帝に血筋は近い」
 皇帝の叔父を父に、姉を母に持つ。ルカとは従弟になる。
「それにキングス家はデルネール家より格は上なのです。ただその家門を代表する人物の品格が」
「何が言いたい」と、ハルガンはケリンを睨み付けた。
 ケリンは首をすくめて黙り込む。
 本来ケリンの身分では、ハルガンと言葉を交わすのも恐れ多いことなのだが、ハルガンにはそのような雰囲気はない。デルネール伯爵とは気安く口を利くには抵抗があるが。
「ちょうどいい機会だ、ここで一言忠告しておく。ネルガルに着いたらまず、血筋を理解しろ。さもないと酷い目にあう」


 一ヶ月近い船旅は、あっと言う間に終わった。ルカやシナカ、ボイ人にとってはこの一月余りが一番幸せな時間だったかもしれない。ネルガル星では囚人としての日々が待ち構えていた。
 ネルガルの宇宙港に着岸したルカの船を待っていたのは、華やかな報道陣の群れではなく、二台の護送車だった。ボイ人は男と女に分けられそれぞれの車に乗せられた。腕に枷こそかけられなかったが、周りを取り囲む警官の姿は物々しかった。ルカはただそれを見送るしかなかった。ルカが宮内部に掛け合って、やっと取り付けることが出来たのは、彼らの身の安全だ、それですら宮内部との誓約、当てにはならない。
「彼らは、何処へ?」
 ルカの問いに答えたのはハルガン。
「おそらく、あの川岸にある第二収容所だろう、あそこは政治犯がおもだからな」
「第二収容所って、あそこに入ったら生きては出られないと噂のある」
 政治犯は釈放しても後々面倒を起こす。よって闇から闇へと葬り去られることが多い。
 ルカは唖然としてしまった。彼らを処刑するためにネルガルへ連れて来たわけではない。
「それでは約束が違う。宮内部も治安部も軍部も、私が連れて来たボイ人には手出しはしないと言ったはずだ」
 騙されたかと考え込むルカに、
「お前のやりようさ。クリンベルク将軍はお前を恐れている。それを利用しない手はない」
「クリンベルク将軍が、私を?」
「ああ」と、頷くハルガン。
「それより、これからの宮内部の出方が見ものだぜ。お前はボイ人の手にかかって殺されたことになっているんだからな。だから報道陣をここへ呼ぶわけにはいかなかったのさ。なにしろ葬儀まで挙げちまったからな。さて奴等、どう繕う気だか」と、ハルガンは楽しそうに顎をさすりながら笑みを浮かべる。
「そんなの、いくらでも手がありますよ。例えば、殺されたのは私の影武者だったとか。現にそうでしたけど」
 ただし、殺したのはボイ人ではない、ネルガル人だ。
「あっ、その手があるか」と納得し、つまらなそうな顔をするハルガン。


 ルカは宮内部が用意してくれた館、と言っても以前ルカが住んでいた館なのだが、そこでまた暮らすことになった。それはルカが希望したと言うよりもは、以前この館に仕えていた者たちの希望。殿下は必ずここに戻られる。その言葉を合言葉に、この三年間、一日もかかさず館の掃除をしたり庭の手入れをしたりしてきた。何時戻られても直ぐに使えるようにと。ただし館の中の調度品は一つもなかった。ルカがこの星を発つ前に全て換金し、使用人たちの報酬にしてしまったから。そこへ宮内部の命令で、以前のような調度品が運ばれてきた。揃えたのはルカの教育者だったナンシー・ブラッド・アルムージ。彼女の貴族としてのセンスは桁外れだ。豪華なだけではない、そこにはボイ人顔負けの品格が漂っている。
「お帰りなさいませ」
 エントランスに整列してルカを出迎えたのは、懐かしい顔ぶれ。
「あなたたちは」と、驚くルカに、
「即行で仕事止めて、来ちゃいましたよ」
「クリンベルク将軍には?」
「無論、断ってきました」
「否、断る前に星間通信で、坊ちゃんに首だと言われましたから」
 ルカはやれやれと言う顔をすると、
「後でクリンベルクの館に、お詫びとお礼に伺わなければなりませんね」
「んっなことより殿下、無事のご帰還、おめでとう御座います」とルカに飛びつくと、後は我先にという形になってしまった。
 びっこを引いて歩くその姿は痛々しそうだったが、それ以後は歩くなどという動作ができない。替わり番に抱っこしたりおんぶしたりで、重くなったの大きくなったのと大騒ぎ、よほどボイ星の食べ物はよかったと見える。結局そのままの体勢でパーティー会場まで運ばれてしまった。背後に控えていたリンネルは取り残されたまま。そこに後から到着したルカの親衛隊たち、何の騒ぎかと思うほどだ。
「本当に、本当に、無事でよかった」と、泣き出すものまでいる。
「どんなに心配したことか」
「すみませんでした、心配かけまして」
「殿下が、謝ることじゃないんだよ」と、鼻水をすすりながら。
「お前等、よく殿下を守ってくれた。ありがとう」
 ルカに同行した者たちに、土下座をして床に頭を擦り付ける有様。
 ルカと共にボイへ行った者たちも、土下座をしている者に覆いかぶさり、あるいは男同士抱擁しあい、生還の喜びを分かち合う。
 一頻りの騒ぎが収まると、
「あれ、奥方様は、ご一緒では?」
 カロル坊ちゃんからは、ご一緒だと聞いていた。
「その話は、後で」と言ったのはケリン。
「今は、生還を喜ぼう」と、トリス。
 料理が運ばれ酒が運ばれてきては、難しいことを考えている余裕はなくなる。だがルカは、親衛隊の中にハルガンの姿がないことに気付き、ケリンに尋ねる。
「ハルガンでしたら、治安部の奴等が」
「何処へ?」
 さぁ? と首を傾げるケリンに、
「独房です」と言ったのはオリガーだった。
「独房? 何故? 戦後処理は既に済んだはずだ」
 一部の指導者の処刑によって。
「どうやら上層部は、あの作戦、ハルガンの立案だと思っているようです」
 ハルガンの指導による戦争。そうでもなければネルガルの宇宙軍が、あんな無様な姿をさらすはずがない、たかだか辺境のボイ人相手に。そうとでも思わなければプライドが許さなかったのだろう、ネルガル人はネルガル人以外の者に負けるはずがない。それほどにこの戦い、ネルカル宇宙軍に大打撃を与えた。
「それでは、ハルガンの身が」
「否、自分の身は自分でどうにかすると言っておりました。それより殿下は、シナカ様のことを。曹長にはデネルール伯爵もついておりますから」
「そうですね、兄上が」
「それにキングス家ともなれば、上層部も迂闊に手は出せないでしょうから」
 ハルガンの家門はそれほどのものだ。もう少しハルガンがしっかりしていれば王族との縁組だって難しくはない。
「そうですね、ハルガンには悪いのですが、今は自分のことで精一杯です」
「それでいいのです。だから曹長は私に、自分の身は自分でどうにかするから。と託けたのだと思います」
 ルカはそれで納得するしかなかった。とにかく今はシナカたちを助け出すのが最優先。
「殿下、何そこでこそこそと?」
 酔った一人が千鳥足で近付いて来る。
 ルカは慌てて話題を替えた。
「調度品ですよ、誰が?」
「ナンシー婦人ですよ」
「やはりそうでしたか、それでセンスが。彼女は? 姿が見えませんが」
「彼女だったら、某家のご子息の家庭教師をしているはずだ」
 ルカがこの館を出て三年、彼女は別の館に家庭教師として雇われている。
「そうでしたか」
「殿下が帰ってくるというのを聞いて、一時休暇をもらい、調度品を揃えてくれたのです。俺たちじゃ、わからないから」
 それは至れり尽くせりだった。家具類や装飾品を始め、衣装から食器類まで。事細かに彼女の指示がいきとどいているようだ。
「そうでしたか、では彼女にも、帰還した挨拶をしておかなければいけませんね」
 ルカはそう言うと立ちだす。
「どちらへ?」
「疲れたので、先に休ませてもらいます」
 間取りは以前と同じ。ルカは杖を突きながら二階に上がると、自分の寝室へと姿を消した。
「一人にしておいて、大丈夫なのか?」
「私が、様子を見てきます」と、ケリンが慌てて後を追う。

 ルカは寝てはいなかった。窓辺に座り込むと、じっと夜空を見ている。
 ここは王宮の一画、下町とは違い木々に覆われ無駄な街灯はなかった。そのため夜はほとんど月明かりだけになる。
 背後に人の気配を感じたルカは、振り返りもせず、「ケリンか?」と問う。
 ケリンは静かに答えた。
「ボイの夜は、こんなに暗くなることはありませんでしたね」
 月が五つもあるボイ星では、五つが全て見えることはなかったが、最低でも二つは必ず出ている。そのため夜でも結構明るかった。
「こんな暗闇では、シナカはさぞ心細がっていることだろう」
 しばらくじっと外を見ていたルカが振り返る。
「ケリン、コンピューターを用意してください」
「そう仰せになると思いまして、既に手配はしておきました。明日にも機材が到着する予定です。データーの方は、この通り」と、ケリンは自分の義手をはずすとその中からチップを数枚取り出す。
 そのチップ、何処から得たのかルカには知るよしもないが、
「帰りの検問はなかったのですか」
 ネルガルを発つ時は、とことん調べられていたようだが。
「そうみたいですね」と、他人事のように言う。
「手回しがいいですね」
「私もあれがないとお仕えが出来ませんから」
 そこへリンネルが、やはりルカを心配してやって来た。
「お体の調子でも?」
「リンネル、明日、シナカを帰してもらうように宮内部に掛け合います」
「少し、休まれては」
 だがルカは首を横に振った。
「私の中では、まだ戦争は終わってはいない」
 戦後処理は済んだと言いながら、ルカの心の中はいまだ戦闘中だった。ボイ王朝を復興するまでは。


 シナカを凱旋の戦利品にすると言い出した宮内部と、ルカは真っ向から対立した。
「どういうことですか、それでは約束が違う」
 ルカは軍部への全面的な協力を申し出た。それと引き換えにボイ人たちのネルガルでの生活の保障。
「そう仰せになりましても、あなたの実力がどの程度のものか」
 軍の上層部はもとより宮内部もルカの実力を疑っていた。おそらくあの作戦は、キングス伯爵のものだろうと。十歳にも満たない子供に、立案できるものではない。
「どうしたら、信じてもらえるのですか」
 ルカのその言葉に軍部と宮内部は一つ課題を提案した。


 その頃、軍の上層部では、今回の戦争、本当の立案者はルカ王子なのか、それともキングス伯爵なのかで揉めていた。ネルガル宇宙軍に多大な犠牲を払わせたのはどちらか。
 犯人を処刑するなどという狭い考えはネルガル軍部にはなかった。それよりもはその者
を参謀本部に抜擢したい。そして今後の銀河征服に大いに貢献してもらう。これが軍部の考え。有能な人材なら身分、善悪の経歴を問わず欲していた。
「まだ王子は十歳ですよ、十歳の子供に」
「やはりキングス伯爵だろう。彼は元参謀本部に籍を置いていた」
 余りの不遜な態度と女性問題でその籍を追われたのだ。
「やはり、敵に回す相手ではない。ここはうまく抱き込んで」
 その才能を利用するに限る。
「クリンベルク将軍、先程より黙られておりますが、閣下のご意見は」
 目を閉じて黙り込んでいたクリンベルクが重たそうに瞼を上げ、またまた重たそうに話し出した。
「私の不肖の息子の話によれば」
 クリンベルクの三男坊が二等兵の姿であの戦いに参戦していたことは、今では誰もが知るところとなっている。
「あの作戦、立案したのはやはりルカ王子だそうだ」
 一瞬、会議室は空気の流れが止まったかのように静まる。
「その情報は何処から得られたものなのでしょうか」
「王子の親衛隊から。王子の見張り役として、私の部下を数名付けてあった。彼らが言うのだ、間違いはなかろう」
「ではどうしてキングス伯爵ともあろうお方が、自分が立案したなどという嘘を」
「おそらく、ルカ王子が第一級戦犯として処刑されることを避けるためだろう」
 自分が立案者ならルカ王子には何の責任もない、まして王子は子供だ。
 誰もが黙り込む。
 頭がよい王子だとは聞いていた。だがそれは世間一般の常識的な範囲内のことで、物静な態度と容姿の美しさがそれに輪をかけていたのだと。
「一度、試してみますか」
 そう言い出したのは参謀の一人。
「試すとは?」
「キングス伯爵抜きで、一度宇宙軍を動かしてもらうのですよ。そうすればその実力のほどがわかります」
「なるほど、それはいい考えだ」
「しかし、もしただのデマだったらどうします。ルカ王子に与えた宇宙軍は、壊滅状態になりますよ」
 なにしろ子供が指揮をとるのですから。
「ですから、どうでもよい艦隊を」
 言うなれば軍のくずのような艦隊を。
「しかし、それでは」
「本当に実力があるのなら、使いこなせるのではありませんか」
 どの将軍も使いこなせない艦隊を、少しばかり実力があっても使いこなせるはずがなかろうと、クリンベルク将軍は思ったのだが、口にはしなかった。
「丁度よくルカ王子よりボイ人の助命を求めてきております。その条件として」
「ゲリュック群星より、海賊の退治の依頼がきておりましたな」
 随分星間警察がてこずっている相手だ。二、三度軍を出動させたのだがうまくはいかなかった。一時は散るのだが、また何処からともなく集まって来る。
「その宇宙海賊を退治してもらうというのはいかがでしょう」


 その頃ルカは、シナカに面会することも許されず、朝夕、暇をみては第二収容所の見える対岸に行き、笛を吹く日々が続いていた。
 あれ以来、宮内部からも軍部からも何の連絡もありません。他にあなた方をそこから出せる方法がないか模索中です。もう暫く辛抱してください。
 そんな思いを込めながら笛を吹き続けていると、何時しか、何故かそれがシナカにだけは伝わるようだった。それと同時にシナカの方からも、カロルさんがときおり顔を出してくださいますので、心配には及びません。という思いが返って来る。おかげで今シナカたちがどのような生活をしているか薄っすらだがわかるようになった。
 カロルが、面倒見てくれているのか。
「妃様、また殿下の笛の音が」
 ボイ語でそう言ったのはシナカの侍女ルイだった。
 ええ。とシナカは頷くと、
「私達をここから出す方法を考えているそうです。もう少し待ってくださいって」
「えっ! この笛の音、そう言っているのですか?」
「私には、そう聞こえますけど」
 ルイは不思議そうな顔をして他のボイ人たちを見る。だが、誰も首を横に振った。どうやらそのように聞こえるのは妃様のみ。何か二人の間で、特別な暗号でもかわしてあったのだろうか。


 それから数日後、ルカのもとに軍部から呼び出しがあった。
「殿下」
 緊張する親衛隊たち。
「やっと来ましたね」と言って、ルカは杖を片手に立ち出す。
「リンネル。車を用意してください」


 案内されたのは第三会議室。そこにはクリンベルク将軍を始め現在参戦していない主な将軍と参謀本部の顔が揃っていた。それに部屋の片隅にだがクロラ司令官とパソフ中尉の顔も、場違いだという雰囲気をたたえてテーブルに着いている。
 ルカが入室すると同時に全員が立つ。いくら皇位継承権が最下位とは言え、ルカは王子である。身分からすればこの部屋の中にいる誰よりも高い。会議室の奥、少し高い位置に豪華な椅子とテーブルが用意されていた。ルカがその席に着くのを見届けて、全員が着席する。
 最初は自己紹介から入った。だがルカは既に、ケリンの手によりこの会議の出席者全員の細かなデーターを入手している。
 一通りの挨拶が終わると、いよいよ本題に入った。
「今日、殿下にお越しいただいたのは」
 あなたの実力を試すためなどとは言わずに、美麗な言葉を並び立てさり気なく告げる。
「つまり、その海賊を退治すれば、シナカを私のもとへ返してくれると言うことですか」
「まあ、早い話がそういうことになりますか」
 遅くとも同じ意味だと思いながらも、
「わかりました、その任務、引き受けましょう」
 ルカは即答した。なぜなら、これこそ、待っていたことなのだから。
「では、詳細な資料は後日」


 ルカの帰りを待っていたのは親衛隊の面々。
 レイが心配そうに尋ねる。
「軍の御用向きは、いかがなものでしたか」
 ルカは侍女たちに配慮し、
「二階へ」と、彼らを誘う。
 二階の突き当たりの広間で、後にここがルカの作戦会議室になる。ルカは親衛隊の各々の顔を見回しながら言う。
「宇宙海賊を退治してくれと言われました」
「宇宙海賊を」と、トリスが突拍子もない声を出す。
「それで、お引き受けに?」
「受けるしかないでしょう、シナカと引き換えですから」
 レイは暫し黙り込む。
 これで殿下の実力がわかれば、軍がほっておくはずがない。奥方を餌に、
「殿下、修羅の道を歩むことになりますよ」
 この方に、それが耐えられるだろうか。
「わかっております。シナカを守るためなら、私は鬼にでも蛇にでもなれます。人の姿をなくし、あの世で国王夫妻にお見せできないような姿になっても、シナカを守れなかったと言う言葉だけは言いたくありません」
 ルカの強い意思。
「今、レイが指摘したように、これからは戦いの連続でしょう、私は皆さんにそれを強制する気はありません。降りたい方は、今のうちに降りてください」
 一瞬、部屋が静まる。
 その静けさを破ったのはトリスだった。
「殿下、何をいまさら。俺たちはネルガル正規軍を相手に戦ってきた仲じゃないですか。ネルガル正規軍に比べれば宇宙海賊など、へのかっぱだ」
「そうですよ、何、水臭いこというのですか」と、口々にトリスに同調する。
「海賊とは言え、元は軍人だろう。言わば俺たちと同じ」と、ロン。
「ロン、俺たちと同じとはどういう意味だ?」
「つまり、俺たちもこの館に仕えていなければ、海賊になっていただろうと言うことさ」
 貴族の仕切る今のネルガル軍に嫌気がさして軍人を辞めていった者たち。
「ちがいねぇー」とトリスは笑う。
 ロンはボイ星での戦いで下半身を失った。そのロンがここまで快復したのはひとえにルカの一途な思い。ロンが快復するまでルカは度々ロンを見舞った。一介の兵士のもとに、王子が直々に見舞いに来るということは、病院中の噂になったほどだ。ロンは自分の主であるルカ王子のことを、ここぞとばかりに自慢した。この方に会わなければ、俺も貴族を憎んでいただろう。奴等(宇宙海賊)の仲間になっていたかもしれない。俺は、最後の最後に主に恵まれたのだ。
「殿下が鬼になるなら、俺達も」
「そうですぜ、地獄の果てまで、否、宇宙の果てまで、殿下が来るなって言っても、俺達、付いていきますぜ」
 歓声があがる。全員の覚悟も決まったようだ。否、はなから決まっていた、ボイ星へ同行する時から。こんなに部下思いの主人もいない。どうせ死ぬなら、自分を思ってくれる人のために。
「わかりました、それでは遠慮はしません」
「当然だ、何なりと言いつけてくれ」
 ルカは頷くと、
「それではケリン、ゲリュック群星に出没する海賊のデーターを、大至急集めてください」
 ケリンは軽く敬礼すると、その場を去る。
「ゲリュック群星! 軍部の奴等、最初から偉いところを持って来たな」
 ゲリュック群星とは、幾つもの小惑星が連なっている空域で、その近辺では各方面のワームホールが頻繁に開く。そのため銀河の物資は、全て一旦ゲリュック群星を通るとまで言われている。それほどの流通の拠点、そこは生き馬の目を抜くとまで言われる商人の星。
「はっきり言って、あそこの商人の半分以上は海賊まがいなことをやっているぜ」
「てっ、言うより、元は海賊だったなじゃねぇーのか」
「ですが、彼らからの訴えだそうですよ」
「どうせ縄張り(商圏)争いだろう、俺たちの出る幕じゃないぜ」
「そうは言うものの、もう、引き受けてしまいましたから」
「まぁ、うまくいきゃ、報酬はいいかもな」
 などと言っているから、かなり高額な金額を要求してくるのかと思えば、
「あそこに千年夜という娼館があるんだよな、一晩でいいから泊まりてぇー」
 情けないような要求だった。
「では、うまくいったら」と、ルカは約束する。
「ほっ、ほんとか!」
 リンネルがさり気なく咳払いをする。
「私は嘘は付きませんよ」
「やったぁー!」と、拳をあげて喜ぶトリスたち。
 もう、泊まったような気になっている。
 喜び勇んで出て行くトリスたちを見送り、リンネルは嘆息した。

 それから数日後、軍部からゲリュック群星に関する細かいデーターがルカの元へ送られてきた。だが既にルカは、それ以上のデーターをケリンの手によって入手している。
 そのデーターによると、海賊の船の数は大小合わせると三百から四百、軍隊で言えば約一個艦隊に相当する。その頭領の名前はエル・メディコ、元ネルガル軍人、大佐まで上り詰めている。
「海賊もここまで大きくなれば海賊とはいえませんね、軍隊だ。これでは星間警察が手を焼くのもむりはない」と、ケリンが感想を述べる。
 現に星間警察どころか軍も出動して失敗している。
 コンピューターの前に座り込みディスプレーを見詰めながら、
「さて、どうしますか」と、ルカは呟く。
 自分に声を掛けられたのではないことを知っているケリンは黙っていた。
 ディスプレーにはゲリュック群星の小惑星の配置とそれぞれの惑星の特徴、磁気の流れと一般的な航路が描かれている。
「やはりここは、誘き出して一網打尽というのが、手っ取り早いですか」
「それは軍部が、どのぐらいの艦隊を貸してくれるかによりますね」と、ケリン。
 ルカは椅子をぐるりとケリンの方に向けると、
「その前に、キネラオたちを解放してもらいます。さっそく学んでもらいませんと」
 ルカにとっては海賊退治よりも、キネラオたちに戦術を教えるほうが重要なようだ。既にこの段階で、ルカの思考の中では海賊は退治されているのかもしれない。

 翌日、ルカは軍部から送られてきたデーターを手に、さっそく軍の執務室へと向かう。
「リンネル、すみませんが、車椅子を押してもらえませんか」
 何事も自分でやるルカ、特に電動の車椅子は横着になるからと杖を使って歩くようにしている、その殿下が車椅子を押してくれなどと不思議だと思いつつも、リンネルはルカの車椅子に手をかけた。
「それでしたら私が」と、クリスが気を利かせてルカの車椅子を押して地上カーまで誘導しようとすると、
「今回はリンネルと私だけで行ってきます。他の方はここで待っていてください」
「護衛を、誰も付けないのか」と問うトリスに、
「ここは、ネルガルの王宮ですよ」と、ルカは微笑む。
「だから、危険だ。と俺は言っているんだ」と、トリスははっきり言う。
「トリス、そこまで言っちゃ」と仲間の声。
「俺は、ネルガル人を一番信用していないんだよ」
「心配はいりませんよ、どのぐらいの艦隊を貸してもらえるのか、聞いてくるだけですから」
 ルカはリンネルを促し車へと乗り込んだ。
 トリスはその姿を心配そうに見送る。
 いつも影のように従いルカを守っていたレスターの兄貴はもういないんだぜ、少しは身の回りに気を配ってくれ。


「これはルカ王子」
 さっそく接待に当たったのは一人の事務官。歳は四十前後、軍人と言うよりもはデスクワーク専門の神経質そうな人物だ。彼はさっそくルカをゲリュック方面の軍務担当の者のところへ案内した。
「こちら、エルナン・プラタ・リオス中将です」
 プラタ中将は立ち上がると敬礼をした。こちらは列記とした軍人らしく、背が高くがっしりとした体躯をしている。歳はリンネルと大差ないようだ。
「初めまして、ルカ王子。殿下とお呼びいたしましょうか、それとも少将と」
「どちらでもお好きな方で」と、ルカは答えた。
 ルカの階級は少将。王子は最低が少将からである。何の功績もなくいきなり少将の階級を与えられることに、プラタも少なからず反感を抱いている者の一人である。
 こんな子供に。プラタの目はそう訴えていた。
「どうぞ、お掛け下さい」と、プラタはソファをすすめた。
 だが車椅子のルカにはその必要はなかった。
「いえ、私はこのままで」
「では、私は失礼して」と、プラタはソファに座る。
 秘書が気を利かせて、お茶と子供向けの菓子を持って来た。
「御御足、治療なさらないのですか」
 今のネルガルの医学なら、たかが複雑骨折、骨折したのがわからないほどに完治できるはずだ。あんな辺境のボイとは違う。
「治療している暇がないもので」
 否事を言う、遊んで暮らせる身分が、と思いながらも、プラタは用件を聞く。
「海賊退治にあたり、どのぐらいの艦隊をお借りできるのかと思いまして」
 一般に王子は軍を持っていない。持っているとすればそれは私兵である。出陣する時は、皇帝から艦隊を借り受けるという形を取る。それが内乱を避ける手段。
 皇位第一継承者のジェラルドですら、一見クリンベルク将軍の軍隊を自由にできるように見えるのだが、実際はクリンベルク将軍の長男マーヒルが指揮を取っているのであって、ジェラルドの軍隊ではない。マーヒルがジェラルドに仕えているので彼の身に何かあれば、マーヒルの軍が動くのである。
「どのぐらい、ご入用ですか?」
「包囲して殲滅させるとなると、敵の三倍もしくは四倍は必要かと、空域の広さにもよりますが」
「なるほど、四倍とはいきませんが、倍か、三倍ぐらいはご都合いたしましょう」
「有難う御座います」と、ルカは丁寧に頭を下げると、
「それとは別に、もう一つ、お願いがあるのですが」
「何でしょう」
「今、幽閉されているボイ人を、二、三人、釈放していただきたいのですが」
「ボイ人を? 釈放?」
 訝しげな顔をするプラタに、ルカは納得してもらうように説明する。
「車椅子を押してもらわないとなりませんので。大佐にこのようなことをさせるのは申し訳ありませんから」
 見ればリンネル大佐が車椅子を押してきたようだ。
「それでしたら、下僕をお使いになられればいかがですか」
「今更、新しい下僕を採用する気にはなれないのです。彼らでしたら既に三年の間、私に仕えてきたのです。私の視線一つで、私が何を要求しているのかわかるほどに。それに口の軽い下僕などに当たったときには、作戦が筒抜けになってしまいます。その点彼らでしたら、口の堅いのも確かですし」
 するとプラタの背後に控えていた事務官が、
「殿下、それでしたら悪いことはいいません。まずお体を完全になされてから、それからでも海賊退治は間に合います。海賊はいくらでもいるのですから」
「私は別にこの体で不自由はしておりません。それより私にとってシナカが居ないことの方が不自由なのです」
「シナカ、と申しますと?」と、聞き返す事務官にたいし、もう一人の事務官が彼のわき腹を肘で軽く小突く。
 シナカとは、ルカ王子のお妃だと言うがばかりに。
 突っつかれた事務官も、はっとした顔をして慌てて俯く。
 ルカはそれには気付かなかった振りをし、
「凱旋すれば、褒美がいただけると聞いております。私の望みは、私がネルガルへ連れて来たボイ人全員の釈放です」
 ルカは凱旋した時の褒美も要求した。
「わかりました、その件は、会議にかけてみましょう」
「二、三人のボイ人の釈放は?」
「どなたを、ご要求ですか」
「二人ならキネラオとホルヘ、三人ならそこへサミランと言う人物を」
「そちらも、担当の者に伺ってみましょう」
「よい返事を期待しております」
 ルカは用件だけ話すと、リンネルに車椅子を押すように合図する。
「もう、お帰りですか」
「用件は済みましたので」
「お見えになると伺っておりましたので、おいしいお菓子を用意させておいたのですが」
「仕事が終わったら、ゆっくりよばれます」
 ルカは軽く礼をすると、プラタの執務室を出て行った。
 プラタは敬礼してその後姿を見送りながら、
「どう思う?」と、隣の事務官に問う。
「十歳とは思えませんな」
「まんざらあの噂は、嘘ではないのかもしれませんな」
 ボイ・ネルガル戦、ボイの策士はルカ王子だ。
「キングス伯爵を上回ると?」
 キングス伯爵ですら、敵に回したくない相手なのに。
「さあ、それはどうでしょう」


 エントランスまでの長い通路、リンネルはルカの車椅子を押しながら、
「こういう訳だったのですか」と、今更ながらに納得したように呟く。
「申し訳あれません、車椅子などおさせて」と、ルカが電動のスイッチを入れようとした時、
「この館を出るまで、もう暫くこのままの方が」と、リンネルはルカの手を押さえる。
「クリスでもよかったのですが、あなたの方が周りに与える印象が強いと思いまして」
「クリスでは押して当然でしょうから」と、リンネルは苦笑する。
「これで釈放してもらえると思いますか?」
「あなたの実力を見たければ、釈放するのではないですか」
 軍部は今、確実な実力のある者を欲している。それが身内なら、尚の事。後は皇位争奪戦だけ警戒すればよい。だがこればかりは実力が伴わなくても起こること。ならいっその事、実力のある者が王になれば、ネルガル帝国は安泰。
「そうですよね、私もそこに付け込んだのです」


 その頃軍部の会議室では、ゲリュック群星への今後の対策が打ち合わされていた。そこへプラタ中将。
「中将、ルカ王子は何と?」
「まさか、断りに来たのではなかろうな」
「それでしたら、御自ら出むいて来ることもありますまい」
 リンネル大佐にでも言付ければよいことだ。
「ルカ王子は、艦隊の数の確認にお見えになりました」
「ほっ、それは随分と早いことだ」
 ゲリュック群星のデーターを届けたのは先日。
「それで、どのぐらいご所望かな」
「敵の三倍ないし四倍です」
「なるほど、確実なところだな。リンネル大佐の入れ知恵でもあるかな」と、将軍や参謀たちは口々に言う。
「大佐も、ご一緒でした」
「そうか、それではますますその線が強いな」
「それでこちらはその件に関して」
「二倍から三倍と答えておきました」
「まあ、そんなところだろう」
 ネルガル帝国の相手は、ゲリュック群星の海賊だけではない。
「承諾したのか」
「そのことに関しては何も仰せにはなられませんでした」
「そうか、では承諾したとみなそう」
「ですが、しかし」
「他に何かあるのか?」
 まだ作戦も立てていないのに。作戦が決まれば次に必要なのが予算。
「ボイ人を数名、釈放して欲しいとのことです」
「ボイ人の釈放?」
 何のためにと訝しがる将軍たちに、
「身の回りの世話をしてもらいたいそうです」
「それなら、下僕がいくらでもいるだろう」
「私もそのように勧めたのですが、なにしろ彼らとは三年もの付き合いになり、気心が知れているとのことで」
 将軍や参謀たちは各々顔を見合わせる。
「とりあえず、車椅子を押すものと鞄を持つものとで三名ほど、釈放して欲しいとのことです。残りの者は海賊を退治してから、正式に釈放を要求するそうです」
「それが、条件と言うわけか」
「そのようです」
「なかなか隅におけませんな」
「ところで、その三名の名は、当然言ってきているのだろうな」
「はい」と、プラタ中将はメモを見ながら、ボイ人三名の名前を挙げた。
 どうする。という感じにおのおの顔を見合わせていたが、
「必要だと言うのならば、釈放してやったらどうだ」と、将軍の一人。
「しかし」と、警戒する参謀。
 ここは王宮、彼らに不穏な動きがあったら。
「何と言ったから、ボイの王女。彼女さえこちらの手の内にあれば、奴等も下手には動くまい。それよりも王子の実力を見てみたいものだ。いかがですかな、クリンベルク将軍」
 今まで黙って聞いていたクリンベルクのもとに、いきなり話が振られた。
「そうですな、とにかく、実力の程を知らぬことには」
 ボイ人の処分も決まらないというところだろう。
「殿下に実力がなければ、彼らを奴隷にするなり見世物小屋に売るなりこちらの自由に出来ますが、殿下に実力があるとなれば彼らを質に取るのが一番かと存じます」
「これは、否事を」と、一人の参謀が言う。
「私は、てっきり閣下は、ルカ王子ひいきかと思っておりましたが」
 クリンベルクは苦笑すると、
「ひいきなのは我が息子であって、私は実力のないものをひいきするほど甘くはない」
 あくまで自分は実力主義だと主張した。例え相手が王子だろうと、我が息子だろうと、実力のない者に興味はない。
「息子が少しばかり世話になりましたもので、それなりの礼を尽しただけのこと、変な勘ぐりはよしていただきたい。私の願うのはギルバ王朝の安泰、ギルバ王朝あっての私ですからな」
 ギルバ王朝があっての将軍だ。
「ギルバ王朝に害をなすものは、例え王子であっても」
「閣下のお考えは、よくわかりました」
 参謀はクリンベルク将軍の言葉を遮った。その先は腹で思っていても口にしてはならない。
「なるほど、そうすることによって、殿下の力をこちらの思うように使えるということですか」と、別の参謀が感心したように言う。
 もしルカ王子に、我々が想像する以上の実力があるとなれば、現にボイ星での戦闘、凡人ではできない。あれをルカ王子が立案、指揮したとなれば、今後ルカ王子の力が巨大化する前にその力を封じ込める檻が必要だ。それこそギルバ王朝を安泰にするために。
 ボイ人に関しては、三人の釈放が認められた。そして艦隊に関しては、
「第十、十一、十四、十五艦隊」
「暫し、お待ち下さい」
 異議を唱えたのはクンベルク将軍だった。
「それではいくらなんでも」
 掃き溜めと言われている艦隊だ。言うなれば逆らったりやる気がなかったりで、どうにも使い道がないため、どの将軍も持て余している艦隊である。言うなれば、そのような艦隊しか今このネルガルの宇宙港には残っていないのである。
「相手は、海賊ですからな」
「そうは言え、我が方は、再三敗退しているではないか」
「誰も海賊相手に、本気にはなれないのでしょう、得るものも少ないことですし」
 惑星の一つも勝ち取れば、後の利権の分配は多大なものだ。しかし海賊では、その財産はたがか知れている。
「しかし、それにしても」
 そのためクリンベルクは自分の配下の第六艦隊をルカ王子のために割くことになった。
「まともな艦隊が、一つぐらいなくては、その実力を評価することはできなかろう」

 この軍議での決定がルカの手元に届けられたのは、その日のうちだった、三人のボイ人と共に。
 ルカは三人を見るなり、いきなりホルヘに飛びついた。
「ホルヘ、元気でしたか」
 三人の中でも、特にホルヘと気が合うようだ。身分を気にせず、気軽に意見を述べるホルヘの態度が気に入っていたようだ。そのため時折り意見が対立することもあった。
 それからキネラオとサミランを見、二人にも声をかける。怪我はないか、酷い目に合わされなかったかと。
「食事は、きちんと出してもらえているのですか」
「ええ、カロルさんの取り計らいで、衣食住は」と、キネラオ。
「では、食事はネルガル式ですか。味はしつこいな」
「はい。少し油がきついのが」と、ホルヘ。
 ホルヘはキネラオより遠慮がないので、ルカは好きなのだ。やはり自分が思ったことは、遠慮せずに口にすべきだ。これがルカの考え。
「では、カロルにそのことを言えばよかったのに」
「カロルさんにはもう十分尽していただいておりますので、これ以上のわがままを言っては」
 申し訳ないと言うところなのだろうが、ルカは、
「言って改善してもらえるのなら言ったほうがいい、何も我慢することはありません。奴等、私があなた方をネルガルへ連れて行くと言った時、監禁するなどとは一言も言っていなかったのだから」
 キネラオは笑った。
「殿下も、随分とお口が悪くなられたこと」
「あんな奴等、奴等で充分です」
 ルカも頭に来ると言葉が悪くなる。ただボイ星では気をつけていただけ。
 ルカは黙り込む。
 監禁されると最初から知っていれば、連れてこなかっただろうか? それでもやはり、連れて来ていただろう。どうやってもボイ人に、ネルガル人を理解させたい。あんな甘い考えではネルガルとは戦えないことを。
「味付けの件、私からカロルに言っておこう」
「殿下、その前にカロルさんにお礼を言ってください。おかげさまで私達は」
「わかっている」
「本当にわかっておいてですか」
「それは、どういう意味だ?」と、ルカは訝しげにホルヘを見る。
「殿下は、他の方には丁寧に頭をお下げになられるのに、ことカロルさんには」
 存外な態度を取る。
 ルカは苦笑しながらも、
「それは、私の心の奥底に、彼にだけは頭を下げたくないという気持ちがあるからです。頭をさげると、何故か知りませんがとっても負けたような気になるのです。他の人にはこのような感情は抱かないのですが」
 ルカのその言葉を聞いて、ホルヘたちは可笑しくなった。理性的な方かと思えば、まるで子供のように、実際子供なのだが、感情的な反面を持っている。
 久々に笑ったような気がする。一通り笑いが収まるのを待ってルカは、本当に訊きたかったことを訊く。
「シナカは?」
「元気でおられます。殿下がときおり吹いてくださる笛の音を、楽しみにしておられます」
「そうか、聞こえるのですか?」
「はい、よく」
 話しは尽きないようだ。それを見かねた侍女の一人が、
「こんな所では何ですから、中へどうぞ」と彼らを促す。
 そんな侍女たちにルカは三人を紹介する。
「キネラオさんとホルヘさんは、以前この館へお見えになったことがあります」
「では、あの時の」と、侍女たちの顔がぱっと明るくなった。
「ご無事でしたか、心配しておりました」
 これは事実だ。彼女たちは以前ここへ来たボイ人たちの安否まで祈った。彼らがネルガルでルカを大事にしてくれていることをルカの手紙から知っていたから。
「そしてこちらはキネラオさんたちの弟のサミランさんです」
 こちらは初めてだった。
「初めまして」と、丁寧に頭を下げるサミラン。
「どうぞ、気を楽に。ボイ星では随分と、殿下がお世話になったそうで、こちらでは私達がお世話をさせていただきますので、ご自分の家だと思ってなんなりと」
 侍女たちはボイ人をサロンへと通す。
 ルカもボイの気候に慣れたていたのか、肌寒さを感じ、侍女に言う。
「室温をもう少しあげてもらえませんか」
 常温にセットしていた侍女たちは驚く。
「寒いですか?」
「ボイ星はネルガル星より暖かかったもので。それと湿度はもう少し低めに」
 これがボイ星の気温だった。
「畏まりました」と、室温を調整しようとした侍女に、
「そんなに気を使っていただかなくとも結構です。徐々にこの温度に慣れませんと、暫くこの星に居ることになりますから。それに寒いようでしたら、一枚羽織れば済むことですし」
 重力がボイより弱いため、一枚ぐらい羽織ったところで重さには感じない。
「収容所の室温はどうなっているのだろう」
 ここでは自由に服も脱ぎ着できるが、与えられた枚数しかなければ。寒い思いをしているのではないだろうか。
「それでしたらカロルさんが、高めに設定してくださいました」
「カロルが!」と、ルカは驚く。
 意外だった。
「原生林で育った野生児かとばかり思っていました。そんな繊細な感覚を持っているとは。超新星の出現より驚きました」
 侍女たちは噴出した。
「そんなこと、言ってよろしいのですか。後でカロルさんに言いつけますよ」
 侍女たち全員が頷いた。どうやらここに私の味方は一人もいないと悟ったルカは、これ以上のカロルに対する中傷を止めた。
「奥方様も、早くお見えになられるといいですね」と、侍女の一人が思わずもらす。
 この話題には触れないようにと、侍女たちの間で示し合わされていたのに、つい楽しさの余り触れてしまった侍女がいた。その侍女を隣の侍女が軽く小突く。突っつかれた侍女は、しまった。と言う顔をしたが既に遅い。
 だがルカはそれには気付かなかった振りをし、
「シナカは、直ぐにここに来ます」と言った。
「本当ですか?」
 顔に万遍の笑みを浮かべて問い直す侍女たち。
「今回の海賊退治が終了すればね」
「海賊退治ですって!」
 目が飛び出さんばかりに侍女たちは驚いた。殿下たちが自室で何やらやっているとは思っていたが、まさか海賊退治の相談だとは。
「殿下は、やっとネルガルへ戻られたばかりなのですよ。そんなこと、他に暇な将軍が」
 いくらでも居るではないかと。
「これは、私から申し出たことです」
「どうしてですか、まずはそのお体を治してから」
「この体でも不自由はしていません、シナカさえ傍にいてくれれば。私は海賊を退治するのではありません、シナカを取り戻すのです。海賊退治はそのための手段に過ぎない」
 侍女たちは訳がわからないという顔をした。
「まさか奥方様は、海賊に」
 連れ去られてしまったのだろうか、このネルガルへ来る途中で。
「殿下」と、心配そうに声をかける侍女。
「心配はいりません、必ず取り返しますから。私の妻なのです、夫の私が守らなくて、誰が守るのですか。さっさと妻を取り戻さないと、ハルガンに笑われます」
 ハルガンはボイでの戦争責任を取って、独房に入れられている。
 話題が一通り済んだのを見極めてキネラオは、思い出したかのように、軍部から渡された小さなケースを取り出す。
 侍女たちとの楽しい団欒も、このケースによって終わった。
「いよいよ来ましたか」
 ルカはそう言うとキネラオからチップの入ったケースを受け取り、ケリンに渡した。
「私の部屋へ」
「よろしいのですか」
「あなたがたにも見てもらいたい。それと、クリス。リンネルとレイに、直ぐに私の部屋に来るように伝えて下さい」
 ルカは左足を庇うように杖に体重をかけ、立った。新たな一歩のために。

 ケリンはやっと出来上がったコンピューターシステムに、件のチップをセットした。メインディスプレーが輝き出す。
 最初に映し出されたのは参謀本部の一人、ドン・レンベルト・ヴイヤ少将。中肉中背でこれといった特徴はない。鋭い目のせいだろうか、肉体労働より頭脳労働の方が向いているという印象を受ける。階級はルカと同じだが年齢は、ルカより二十は上だろう。だがこれが一般的だ。例え貴族でも少将までになるにはこのぐらいの年月は必要。まして平民ならこの倍は確実にかかる。
 皇族に対する深々とした礼を取った後、映像が話し出した。
『ドン・レンベルト・ヴイヤと申します。後方支援を担当になりました。ご入用のものが御座いましたら、何なりとお申し付けください』等の挨拶が済んだ後、ルカ王子のために軍部が用意した艦隊が列挙された。
 それを見るなり、
「これは!」と仰天したのはレイだった。
 リンネルはただ苦虫を潰したような顔になり、ケリンは言葉もなく呆気に取られた。
 ボイ人たちは何もわからず、ただ彼らの反応を眺めている。何故、彼らがこのような反応をするのかと。
「軍部は、我々に死ねと言うのですか」
 学者肌で何事にも冷静なレイが、ここまで感情を出すのは珍しい。
 既にルカの守衛の一部は、ルカが奥方(シナカ)を宮内部から取り返すために早々に出撃することを知らされていた。休むまもなくすまない。とは言っていたが、殿下の寂しそうな顔を見ているぐらいなら、戦争をしていた方がましかとも思えるほど、ルカの顔から笑顔が消えていた。出撃するには艦隊が必要だ、しかも殿下の意のままに動く。それで現在ネルガルに残っている艦隊の質と特性を調べておいたのだが。
「あの、失礼ですが、何かまずいことでも?」と、訊くホルヘに。
「まずいもなにも、屑だ」と、言ったのはケリン。
「これじゃ、使い物にならない。宇宙軍の吹き溜まりともゴミ箱とも言われている艦隊だ、特に第10艦隊など」
 その後の言葉は続けられないと言う感じにケリンは大きく腕を広げ、ため息交じりに首を振った。
「吹き溜まりですか。そう言えばこの館に来た最初の守衛たちも、そんな風評があったような記憶がありますが」と、ルカは改めてケリンを見る。
 ケリンはルカの視線を散らすかのように顔の前で大きく手を振ると、
「質が違うんです、質が。俺や曹長やレスターと奴等とは」
 ケリンは自分たちが上官たちの厄介者だったことを認めた上で、それでも彼らとは格の違いを訴えた。
「違うって、何処がですか?」
「何処って、殿下、今まで付き合えば」
 自ずとわかるだろう。とケリンは言いたい。
「私はまだ、あの第10艦隊の人たちとは付き合ったことがありませんから」
「付き合わなくともわかります。奴等は、軍人の屑だ。いくら相手は海賊だとは言え、既に何度もネルガルの正規軍を蹴散らしているのですよ。下手な装備で戦ったのでは命にかかわります」
「私もケリンの意見に同感です。これでは作戦の立てようがありません。艦隊を替えてもらった方がよいかと存じます」と、冷静な判断をくだしたのはレイ。
 リンネルは黙っていた。
 ルカは微かに笑うと、
「ケリン、彼らはあなたにだけは屑呼ばわりされたくないのではありませんか」
「だから、さっきも申した通り、奴等と俺とでは」
「ネルガルに対するポリシーが違うといいたいのでしょうけど、たぶん同じだと思いますよ。とにかく彼らに会ってみましょう。使えるか使えないかは、それから私が決めます」
 やれやれと言う感じにケリンは肩をつぼめる。
「殿下、お言葉を返すようですが、やはりここは、艦隊の変更を申し出られた方が。この中でまともに使えるのはフリオ・メンデス・コルネ少将が率いる艦隊のみです」
 今回のレイは煩い。せっかく助かった命、無駄にしなくともという思いがあるようだ。
 ルカは親指の爪を噛みながら、各々の艦隊司令官の履歴を見る。
 フリオ・メンデス・コルネ少将、三十一歳。現在マーヒル・クリンベルク少将の指揮下に入っている。その彼が何故?
「クリンベルク将軍が見かねて、マーヒル様の配下から回してくださったのでしょうか」
 そう言ったのはクリス。素直なものの取り方だ。だが他の者はそうは取らなかったようだ。
 おそらくルカの力量を内側から測るため。誰も口にはしなかったが、内心そう見たようだ。
「まあ、クリンベルク将軍は、殿下思いですからね」と、ケリンが皮肉交じりに言う。
「では、将軍に頼んで、艦隊をもう少し分けてもらっては」と、クリス。
 お前は何処まで能天気なんだ。とケリンは内心で罵声を吐きながら呆れた顔をする。頭脳は明晰だ。後、もう少し人を疑ってくれれば、殿下のよき相談相手になるものを。
「そうですね」と、ルカは素直にクリスの提案に返事だけは返した。
 ルカの爪を噛む動作が止まった。作戦が決まったようだ。どうやらこのメンバーを使って本気で行動を起こすつもりのようだと、リンネルは見た。
「とにかく、彼らに一度会ってみましょう。それから作戦を立てます」
 否、作戦の最終段階だろうと、リンネルは踏んだ。後は微調整のみ。それはレイもケリンも同じようだ。長年仕えていれば主の癖はわかる。我が主がその気ならば、こちらも覚悟を決めなければ。
 それからルカは、確認するかのようにゲリュック群星のそれぞれの星の配置を見直す。
 ふと、ディスプレーから視線をはずすと、
「情報が、足りませんね」
「何がですか」
 ルカの情報担当と勝手に自負しているケリンには、聞き捨てならない言葉だ。
「統計的なデーターは完璧なのですが」
 レスターが持ち込んできたような情報がない。こうなると彼の存在は、今更ながらにその大きさが思い知らされる。彼の代わりになる者を探さなければ、作戦を完璧にするために。
「どのような情報でしょうか」
「感覚的なものです、その場の」
 これはデーターの分析では不可能だ。その場に行ってみないことには。
 そこでドアがノックされた。
 ケリンは慌ててディスプレーの映像を風景に切り替え、ムード曲を流す。皆でゆっくりお茶でもしているかのよに。
 クリスがドアのところへ行こうとするのをリンネルが片手で制し、自ら立ち上がりドアを開ける。
 すると一人の侍女が飛び込んできた。
「お客様です、どうしても殿下にお会いしたいと」
「今は、取り込み中だ。後にしてもらいなさい」と、リンネル。
「私達もそう申しましたが、どうしてもと聞かないのです。エントランスホールに座り込んでしまいまして。会わせてくれるまでは、ここを動かないと」
 それを聞いてリンネルたちはやれやれという顔をした。
 侍女もほとほと困ったという顔をする。
「どなたですか?」と問うルカに、
「マルドック人です」と侍女は答える。
「マルドック人?」
 王宮に異星人は入れないはずだが?
「ハルメンス公爵の通行許可書を持参しております」
「もしかしてそれは、アモス船長では、ボッタクリ号の」と言ったのは、キネラオ。
「はい、そうですが、ご存知だったのですか」
 ボイ人たちは顔を見合わせた。
「ボイの国王が、頼みごとをしていたはずですが」
「そうは申してはおりませんでしたが、何でもさる偉い方に言付かったものをお持ちしたとか。是非とも殿下に直接お渡したしいと言って、動かないのです」
 ボイ人たちには意味がわかったようだが、ルカたちにはわからない。何だろうと思っていると、
「彼らを、ここへ通してもらえませんか」とキネラオ。
「それはかまいませんけど」と、侍女はルカを見る。
「ここでは何ですから、居間へ」
 義父からの託を持って来た者を無下にはできない。
「いえ、ここで結構です。否、ここの方が」と、キネラオ。
 どうやら人目を避けたいようだ。
 ルカはわかったという感じにボイ人たちに頷くと、侍女にこの部屋に連れてくるようにと指示した。
「畏まりました」と、侍女は一礼すると部屋をドタバタと飛び出す。
「もう少し上品には振舞えないのか」と、リンネルは嘆く。


 ボッタクリ号のアモス船長は、戦場を必死の思い出切り抜けネルガル星へと向かった。気付いた頃には、最初一緒に出航した仲間の船も、今は何処にも見受けられない。途中で撃破されたのかそれともはぐれたのか、生きているのか死んだのかもわからない状態だ。生きていればそのうち知らせがあるだろうということにして、アモスたちは先を急いだ。ぼろぼろになにながらも、アモスの船ボッタクリ号はどうにかネルガルの宇宙港の一つに着岸することが出来たのは、ボイ星を離れて二ヵ月後。ボイの国王に頼まれた(今では遺言になってしまった)ことを果たすため、ルカの無事の帰還をじっと待っていた。だが、ただ待っていても時間の無駄。商人とって時間は金、粗末には出来ない。その間に次の商売の情報を集めたり、なにより船の修理。それとこれはついでになるが、一緒に出航した仲間の安否の確認。等々、結構忙しい時間を過ごしていた。そんな中、
「ボイは降参したようですね」
 ボイの降伏は、アモスたちのもとにも届いた。
「殿下は、ご無事でしょうか」
 そして三ヵ月後、国王夫妻を始め数人の戦争犯罪者の処刑。
 だがそのリストにルカの名前がないのを確認したアモスは、ネルガルの酒場をアジトにルカの帰りを待つことにした。
「本当に、ご無事なのでしょうかね」
 時間ばかりが過ぎ、焦りを感じて始めていた頃だった。吉報が入る。
「どうやら、殿下が戻られたようです」
 ネルガル政府からの公式発表はなかった。
 酒場の隅でテーブルを囲み、こそこそと胡散臭そうな儲け話をするマルドック商人を演じながら、アモスたちは王宮に入る方法をいろいろと考案した。
「王宮に入るには、許可書が必要ですぜ」
「奴のところへ行ってみるか」
「奴って?」
「ハル公(ハルメンス公爵)だよ。そもそも奴が、いい儲け話があるって言って、俺たちをあのボイ星へ呼びつけたんじゃねぇーか」
 儲け話につられてのこのこ出向いた自分たちの行動の浅はかさは棚に上げ、
「そうだよ、責任取ってもらわなくちゃな。船はおしゃかになるし」
「でもよ、奴隷はちゃんと運んでその代金はいただいちまったしな」
 それで今回の仕事の精算は済んだことになる。おかげで船を修理することは出来たが。
 多額の現玉を目の前に詰まれると、前後の見境もなく、うん。と言っちまうのが俺たちの悪い癖だ。後でよくよく考えればもっと吹っ掛けられたものを。
「とにかく奴の娼館に行ってみようぜ、許可書ぐらいは出してもらえるだろう」
「逆に吹っ掛けられるんじゃないか、足元見られて」

 ハルメンス公爵は直ぐに許可書を書いてくれた。ただし調度品をルカの館に届けることを条件に。
「手ぶらで行っては、かえって怪しまれるだろう。こうすれば私の使いだと言えば、誰も怪しまない」
 それもそうだと思ったアモスたちは、ハルメンス公爵の用意した進物を地上カーに積み込み、ルカの館へと向かった。
 ボイ国王から渡された品。既に運賃はもらっているのだが、
「あれじゃ、安すぎるよな」と言ったのは、アモスの片腕であり副船長でもあり経理担当でもあるイヤン。
 ボイの所得からすればかなりの金額なのだろうが、ネルガルの所得からすれば雀の涙。
「殿下のところへ届ければ、もう少しもらえるだろう」
「しかしな、既にもらっちまってるし、今回は遺言になっちまったしな」と、アモス。
 ボッタクリ号と名乗っているわりには、この船の船長は変なところに同情し、ただ働きをする性癖がある。
「船長、いつもそんなことを言っているから、儲け時を逸するのですよ」
 まだアモスが何も言っていないうちから、イヤンはまるで読心術でも持っているかのようにアモスの心を見抜いた。
「あのな、俺はまだ何も」
「相手が払えるとみたら、もらえるものはもらうべきです。それなりの損失は被っているのですから」
 誰も戦争が始まるボイ星に留まっていろとは言っていない。自分で好きで留まり戦争に巻き込まれ、船が壊れたのまでルカのせいにしては、とアモスは思うのだが。
「わかった。今回はちゃんと請求する」
「口だけでは困りますよ」
 船員の前で威張っても、肝心な相手の前では、
「わかっているよ、うるさいな」
 物の値段は相手を見てから決める。金があると見た奴には吹っ掛けろ。これが商売の基礎。


 そして今、エントランスホールに座り込んでいる。
「こちらです、どうぞ。ただし、全員と言うわけには参りませんので、二、三人」
 それでアモスとイヤン、それにダンが代表で行くことになった。後の者は居間へと通される。
 ルカはアモスを見るなり、開口一番、顔に万遍の笑みを浮かべて、
「ご無事でしたか」
 アモスはルカのところへ駆け寄ると、
「そりゃ、こっちの台詞だろー。よく生きてたな、チビ」と、ルカの頭に手を乗せるとぐいぐいと下に押す。
「少し見ないうちに、でかくなったか?」
 ハルガンといいアモスといい、何故か知らないが人の頭に手を乗せて下へと押す。まるで人が成長するのを妨げるかのように。
 ルカはその手を払いのけ、
「こういうことをする人がいなかったおかげで、少し身長が伸びました」
「そうか、そりゃ良かったな。早く奥方に追いつかないとな」
 ルカが一番気にしていることをずけずけと言う。
「ところで、奥方は?」と、アモスは聞いて、はっとした。
 確か収容所に監禁されているという噂を耳にしていた。
 おずおずとルカの顔を覗きこむように見ると、
「ご存知の通りです」
「ご存知ってな、俺は何も」 何も言っていない。
 こいつにしろイヤンにしろ、どうやら俺の心は読みやすいようだ。もう少し鍵をかける工夫をしなければ。などと考えていると、
「商人は耳が早いと聞きました」
「そりゃ、そうだ。人より情報に疎いと儲け損ねるからな」
「ではやはり、あの噂は本当でしたか」と、イヤン。
 ボイでの仲睦ましいというよりもは、姉弟のような関係を知っているだけに、心が痛む。
「これから、どうなさるおつもりで?」
「助け出す」
「どうやって?」と、アモスは驚いたように訊く。
 まさかまた、ネルガル軍相手に戦争を起こすつもりか。しかしここは、ネルガル星だぜ。
「それより、何か私に用があって来たのではないのですか?」
 ルカは話を逸らした。
「あっ、いけない、忘れるとこだった。お前の顔を見たら、ほっとしちまってな」
 まさか、生きているとは思わなかった。死んだとは聞いていなかった。それがせめてもの救いだったのだが。
 アモスはダンに預けておいた箱を受け取ると、ルカに差し出した。
「ボイ国王からだ。確かに渡したぜ」
 ルカはそれを受け取りキネラオたちの方を向いた。彼らには箱の中身がわかっているようだ。
「それは、あなたのものです、朱竜様」
 そう言われて、ルカも箱の中身が何であるか悟った。現在ルカが持っているのは宝石を抜き取ったペンラント。このペンラントは十二のコロニーの代表者つまり王がそれぞれ持っているものなのだが、今、その各々のペンラントの中央にあった宝石は、一つのペンラントに集められている。と、ボイの敗戦の時に病室でホルヘに聞かされた。そしてそれを持つことが許されているのは朱竜。朱竜はボイ星の独裁者でもある。これはボイ星に無増の危機が迫ったとき、力を一点に集中させるための政治的仕組みのようだ。そして今回の朱竜に選ばれたのはルカ。これはルカたちネルガル人が知らないところで決定された。ボイ人でもないルカが何故? それは疑問だが、話し合いで決まったことに従うのがボイ星の掟。たいした法律もない星なのに、慣習だけは数千年の年月を経ても守り続けられている。
 ルカは恐る恐るその箱の蓋を開けた。中には地下の書庫で見た件のペンラントが収められていた。書庫で見たペンラントは中央に一段と大きな宝石、そしてその周りには滅んでしまった二つのコロニーの宝石がはまっているだけだったが、今は十二の宝石が一つの大きな宝石を取り囲んでいる。
「瓦礫の下に埋没してしまったと思っておりました」
 ルカはじっと中央の石を見詰める。
 持つべき者が持てば、竜の姿が浮き上がってくると義父(ボイ国王)から聞いていた。
 暫く眺めていても何の変哲もない。
「やはり、私ではありませんね」
 この所有者は別にいる。いつかはその者の手に渡るのだろう。それまで私が預かることになるのかもしれない。その者にボイを復興するだけの力が付くまで。
「ところで、あの書庫は無事でしょうか?」
 ルカは誰に訊くともなく言う。
 ネルガル人の手によって荒らされたくない。
「その石が各々のペンラントからはずされた段階で、各々の書庫は地下深く封印されることになっております。また書庫を開けるには、今度はその石が必要となります」
「そうなのですか、しかし」
 ネルガル人のブラックホールなみの貪欲は、どんなものでも破壊し、中に納められている物を欲せざるには置かない。あの中に財宝はない。あるのは、面々と続いた数千年に渡るボイの歴史と慣習の記録。慣習の中には時代に往事で廃れてしまったものもあるが。それでもボイ人にとっては何よりもの宝。
「荒らされなければよいが」
「私達の技術力が、ネルガルの科学力を上回っていることを願うしかありません」
「そうですね」
 あの書庫へ行くまでにも、かなりの迷路になっていた。通路を知ってしまえばそれまでだが、知らなければ。
 ルカはそのままそっと箱の蓋をし、テーブルに置く。
 このペラントの意味を知っているのはボイ人と一部のルカの親衛隊のみ。他のものは知らない。それでいいとルカは思った。私がこのペンラントの真の持ち主でないのは事実なのだから。
 ルカは改めてマルドック人たちを見ると、
「義父の形見、確かに受け取りました」
 イヤンが咳払いをする。それが合図かのようにアモスが渋々切り出した。
「それで、話があるのだが」
「何でしょうか?」
「すげぇー宝石だよな、盗むつもりなら盗めた」
 戦乱の中を脱出して来たのだ。途中で奪われたと言っても通用する。
 ルカは微かに笑うと、
「幾ら、欲しいのですか?」
 さすがネルガル人、話が早い。
 アモスが金額を提示しようとした時、
「既に運賃は支払ってあるはずだが」と言ったのはサミラン。
「それは、そうなんだが」と、アモスは頭をかきかきバツ悪そうに、
「船は大破しちまったし」
 予想以上の損出だった。
「それを覚悟で、引き受けたのではないのか」
 取り引きは既に終了していると言い張るボイ人。ルカはそんな彼らを宥めながら、
「わかりました、新しい船が欲しいわけですね」
「いっ、いや、そこまでは求めない。船は、直せば使えるし」と、アモスが言いかけた時、それを制するかのようにイヤンが口を出した。
「買っていただけるなら」と、体を前に乗り出す。
「ええ、宇宙船の一艘ぐらい、かまいませんよ。ただし、私にはどのような船が使いやすいのかわかりませんから、一緒に見に行きませんか」
 マルドック人たちは顔を見合わせた。余りにも話がよすぎる。船の修理代を出すというならともかく、船一艘とは。うまい話には裏がある。
「まさか、後ろからズドンなんてことは」と、アモスはプラスターを構えるような仕種をする。
「あなた方を殺して、私に何の得があるのですか、たかだか船一艘で」
「船一艘って言うが、貨物船は」
「宇宙戦艦より、安いと思いますが」
 そう言われてしまえば、それまでだが。話のうまさに合点のいかないマルドック人。
「ボイ星では、いろいろとお世話になりましたから、そのお礼も含めて」
 まっ、そういうことにしておくか。とマルドック人たちは納得した。
 キネラオがルカに耳打ちする。
「殿下、既に運賃はかなりの額を支払っているのですよ」
 受取人(ルカ)が生きていなかった時のことを想定して。無駄足にならないように。
「それは、ボイの金額ででしょう。おそらく危険の割には少なかった。そうですよね」と、ルカはアモスたちに確認を取る。
「さすがネルガル人、話がわかりますね」と、イヤン。
 ルカはにっこりする。
 イヤンも相槌を打つかのように声なく笑った。
「今夜はこの館に泊まりませんか。冒険談など聞きたいし、明日早々に、船を見に行きましょう」
 信じられない速さで、商談は進んだ。何か裏があること間違いない。
 まあいいか、その時はその時だ。新しい船が手に入るのだ、少しの危険ぐらい。


 ルカの館の朝は早かった。以前はこうではなかったのだが、ボイ星から戻って来てから、守衛たちが変わった。この館の主ことルカ自身も、早起きになった。以前は何度起こしてもなかなか起きなかったのに。そして守衛たちが朝からまじめ腐って庭の掃除をする姿など、世にも奇妙な生き物、否、見てはいけないものでも見てしまったような、そんな感覚に囚われている侍女たちに、
「ボイ星でよい習慣を付けていただきました。おかげで規律が整います」と、背後からルカの声。
 侍女たちは慌てて振り向くと、
「もう、お目覚めでしたか。お着替えのお手伝いもいたしませんで」
 だがルカはナオミ夫人の教育で、幼い頃から自分のことは自分でやるようにしつけられていた。他の王子のように服を着せてもらうまで待っていることはない。
「ボイ星の習慣ですか」と、侍女の一人が感心したように言う。
 そう言えば昨日来たボイ人も、さっそく部屋の掃除などを手伝ってくれている。
「私はてっきり宇宙時差ボケで、頭が変になったのかと思った」
 中には口の悪い侍女もいた。
 まだネルガルに来て日が浅い。いくらここが故郷だとは言え、三年の月日は長い。ホルモンバランスの狂いは、生活し始めて数日経ってから出てくるものだ。
「しかし、ここにハルガンの姿がなかったのは残念ですね」
 彼の掃除する姿を、一度彼女たちに見せてやりたかった。
「えっ! あのハルガン曹長もですか、信じられない」
「ほんと、ハルガン伯爵が箒を持った姿なんて、想像もつかないわ」と、何を想像したのか侍女たちはくすくすと笑う。
 だが掃除もそう長くは続かなかった。何時しか箒は剣の代わり、塵取りは盾の代わりになっている。
「やれやれ、あれがなければ」と、ルカ。
「結局、ボイ星でもああだったのですか?」と、侍女。
 掃除の最後はいつもチャンバラごっこ。そしてこの習慣を、ボイの子供たちの間に広めてしまったのだ。
「お恥ずかしい」
 侍女たちは大いに納得した。
 あまりにも彼らが真面目に掃除をしていたら、きっと神が驚いて流星群をこの星に散らすでしょう。そしたら大地は焼け野原になってしまうわ、ほどほどで止めてもらわないと。それほどまでに昔の彼らを知っている侍女たちの目には、彼らが掃除をする姿は奇態に映ったようだ。

 掃除が済み朝食を取ると、さっそくルカはボイ人たちを連れて船の下見に、宇宙港にある宇宙船のショールームへ行くことにした。出来るだけネルガルをボイ人に見せたい。その科学力も技術力も人間関係も。護衛にはクリスとルカそっくりのケイトが付くことになった。子供とはいえケイトの腕は確かだ。どうやらハルメンス公はケイトをルカの影武者としてだけではなく、いざとなれば自分の身は自分で守れるようにあらゆる武術を仕込んでいたようだ。そして肝心なルカも腕は立つ。
「くれぐれもお気をつけ下さい」
 自分が護衛の任から外されたことに少なからぬ戸惑いを感じながらも、リンネルはルカたちを送り出す。
「あなたが傍にいては、私の身分がばれてしまいます」
 ルカは中流貴族の装いをしていた。守衛たちの提案で、ケイトの方により高価な服を纏わせた。そうすれば誰が見てもケイトが主。ルカは反対したがそれを認めない限りこの館から出さないと言われてしまっては、認めざるを得なかった。これで変な一行が出来上がった。ボイ人三人にマルドック人五人、操縦士のジルとメカにうるさいベネフが加わる。そしてネルガル人三名。内二人は子供で残る一人は年端も行かない若者。だがネルガル星の宇宙船のショールームはあらゆる星人でごったがいしており、あまり目立った存在でもなかった。
「すごいですね、何十隻あるのですか?」
「一つ一つ見て歩いては、日が暮れてしまいそうですね」
 ボイ人たちは在庫の多さに感心する。
「あのな、パンフレットで選ぶんだ、パンフレットで。いちいち見て歩く奴がいるか」と、マルドック人は呆れたように言う。
「全然見ないのですか?」と、ルカ。
 実物がせっかく展示されているのだから見たほうが。
「最終段階で、確認を取る」
 そう言うとマルドック人たちは勝手知った自分の家のごとくショウルームの中を自由に歩き回り、ある装置の前で立ち止まった。
「ここは、貨物船専用なんだ。戦艦が欲しければあっちだぜ」と、アモスは右手奥の方を指し示した。
「いや」と、ルカは首を振る。
「じゃ」と、操作パネルに近付くと、パネルが光り出す。
「予算は?」
「一般的にどのぐらいなのですか、船は買ったことありませんから」
「そう言われてもな」と、アモスはイヤンを見る。
「中の上ぐらいのところで選べば」
 さすがにイヤンも少し遠慮したようだ。
「それより、先程横を通って来た船は」と、ルカ。
「あれは、駄目だ」
 即答したのはベネフだった。
「やはり買うのなら、クラムかメンツかトミタだろう、他のメーカーじゃ」
「やっぱり買うんならこの三大メーカーに限るよな。技術のクラムに外壁が丈夫なのはメンツ、故障が一番少ないのはやっぱりトミタだろう」
 そう言って、その三大メーカーの貨物船をディスプレー上に映した。その中の一つをクリックすると、実物の千分の一の立体映像が現われる。
「いいぞな、この船」と、その立体映像をあらゆる角度から眺めたあげく、別の映像をだす。
 立体映像とともに船の性能が表示される。結局、次々とピックアップしていくうちに、値段より性能に傾くのは致し方ない。気が付けば最高級の船の立体映像が浮かび上がっていた。
「この船もいいよな」
 価格を見て大きな溜め息。
「だが俺たちには、高嶺の花だ」
 うっとりと眺めるマルドック人たち。
「どうせ買うなら、いいのがいいよな」
 半分夢でも見ているかのように呟く。それを現実に戻したのはルカの声。
「そうですね、後で悔いが残らないようなのが、その方がこちらも買ってやったという気がしますから」
「あのな、幾らだと思っているんだ、幾らだと」
「戦艦買うよりもは安いですよ」
「そりゃ、そうだ」と、呆れたように言う。
 マルドック人たちは現実に引き戻されたかのように、もう少し安い船を物色し始めた。
 幾つか見たあげく、
「ここら辺が、無難か」
 どうやら妥協したようだ。だがルカは、
「さっきの船ではまずいのですか?」
「あのな、予算が」
「予算って、支払うのは私ですよ。これでも私はネルガルの王子です、あのぐらいのお金なら」
「どうにか、なるのか?」
「なります」と、ルカはきっぱりと言った。
「では、商談に入りましょう」
「ちょっ、ちょっと待った」
「何か?」
「いや」とたじろぐマルドック人。
 商人だけあって、金の価値は誰よりも知っているつもりだ。ただより高いものはない。と言うことも。
 ルカは不思議そうな顔をし、
「まだ他に、よい船があるのですか」
「いや、あの船でいい」
「では、どうすれば買えるのですか」
「本当にいいのか?」
 今度は逆にマルドック人たちが訊いてきた。
「あなた方さえ気に入ってくれれば、私はどの船でもいいですよ。私が乗るのではないのですから」
 そりゃ、そうだ。とマルドック人たちは心の中で毒づいた。必要な奴にはそれを買うだけの金がなく、要らない奴のところに金は転がるものだ。さてと、ここは腹をくくるしかない。ハル公の手口を思い出す。美味い物をたらふく食わせた後で。これだけの物だ、ただでは済まないだろう。
「よし、じゃ決まりだ。あの船にする。やっぱり総合的に判断して、トミタがいいだろう」
 アモスは腹を据えた。パネルを操作して、ブローカーを呼び出す。
 ルカも満足げに頷いた。
 ブローカーは直ぐに飛んできた。
「お決まりでしょうか」
 姿勢はあくまでも低い。だがその目は鋭い。
「この船が欲しいのですが」と、ルカは立体映像を指し示す。
「まずは実物を見せていただけませんか」
 ルカの提案で実物を見ることにした。ついでだからと他の二大メーカーの実物もみせてもらい比べる。
 最終的な決定は、
「一長一短だな」
「見れば見るほど悩む」
「見なければよかった」などと、アモスたちはかえって頭を抱えるはめになってしまった。
「殿下、ものがものだからな、二、三日、考えさせてもらえないか」
「何か、不満でも?」
「いや、不満はない。ただ、皆で決めたい、俺たちだけじゃなく」
「わかりました、では三日まちましょう、私の気の変わらないうちに」
「そっ、それもそうだな」
 マルドック人は焦った。後になって、やっぱりあの話はなかったことにしてくれなどと言われては。
 マルドック人たちは離れて行った。
 ブローカーは彼らの背を視線で追いながら、困ったような顔をする。
「あのー」と、どうやらこの中の中心人物であるらしい足の不自由な子供に話しかける。
「商談は三日後だそうです、彼らから連絡がありしだい、あなたのところに連絡いたしましょう。連絡先は?」と問うルカに、ブローカーは名詞を差し出した。
「失礼ですが、あなた様は?」
 ジェラルド王子やアトリス王子、ネルロス王子と違い、ルカはまだ一般の市民には知られていなかった。彼が一般市民に知られるようになるのは、この海賊退治が終わってからのこと。
 ルカは軽く苦笑すると、
「三日後に、こちらから連絡します」と、ルカも一旦この場を離れた。
 銀河を股にかけているマルドックの商人が選ぶ船だ。貨物船としては申し分ないだろう。この船と引き換えに、ルカはアモスの現在ドック入りしている船をもらうことにしていた。これで今回の作戦の下準備はできた。
「どうせですから、戦艦も見てみますか?」と、ルカはボイ人たちを促す。

 アモスたちからの返事は三日も待つ必要はなかった。次の日早々に通信が入る。
「殿下、アモス船長からです」と、ケリン。
 どうやら、私の気が変わらないうちに。と言う言葉が効いたようだ。こんな事で時間を取りたくなかったルカは、さり気なくアモスたちを急かした。
 ちなみにケリンにも貨物船を買うならどれがいいか訊いてみたところ、アモスたちと同じような意見だった。ただメカにこだわるケリンは、トミタよりクラムを勧めた。
 ルカはさっそく昨日のブローカーに連絡を取る。彼はショウルームの入り口でルカたちの一行を待っていた。ルカの足を配慮してか、室内カーを用意して。一行がそれに乗り込むと、ブローカーは彼らを商談室へと案内した。
「どうぞ」と、中へ案内される。
 中は落ち着いた色合いで高級ホテルの個室を思わせる。ここは商船専用の商談室だから開けた感じだが、これが軍用艦ともなると、もっと厳重で密室的になるのかも知れない。もっとも軍用艦など買う人は自ら出向くこともないだろうが。
 ルカを中心に、一行はソファに身を沈めた。
 ブローカーはルカの前に対峙すると、深々と礼を取った。
「失礼ですが、ルカ王子様で」
「調べたのですか」
「申し訳御座いませんが、身分の確認を取らせていただきました」
 隠しカメラに映っていたルカの映像から身分を割り出した。最初、豪商の息子で検索を入れたが該当者はいなかった。王族まで範囲を広げた時、直ぐに出てきた。左足が特徴だ。ボイ星での戦闘で負傷したと。
 ルカに席を促され、初めてルカの前に座る。やはり相手が王族と知っては、例え子供でもきちんとした礼をとる。アモスたちのようになれなれしい口は利かない。
「貨物船がご入用なのですか?」
「私がではなく、彼らがです」と、ルカは隣にいるアモスを指し示した。
「ボイ星でお世話になりましたから、そのお礼に」
「さようですか、それで、お決まりになりましたか」
「やはり、先日の船で」
 ブローカーは既に見積書を用意していたとみえ、ルカの前のテーブルが輝き出すと、そこに見積書が表示された。
「このぐらいになります」とブローカー。
「わかりました」と、ルカが卓上のパネルを操作して、何処かに連絡をし支払おうとした時、アモスがその手を止める。
「殿下、こういう時は、値引くものだ。言い値で支払う奴がどこにいる、まして一括払いでろー。後は俺たちに任せてくれ」
 ルカを押しのけマルドック人たちが交渉にあたった。だが既に買うと決めてしまった以上、足元を見られたも同然、交渉はなかなかうまく行かない。他の店の値段をだして、やっとの思いで負けさせた。ルカたちはとっくの昔に呆がまわり、室内にあるコンピューターで別の船(軍用艦)のカタログを見ていた。軍用艦についてはカロルの影響か、ルカも詳しい。いろいろとボイ人に説明していると。
「決まったぜ」
 やっと交渉成立のようだ。
 マルドック人は席を空け、ルカを座らせる。
 ルカはブローカーの前に座ると、
「高速巡洋艦も欲しいのですが」
「なんだ、やっぱり目的は軍用艦だったのか」と、アモス。
「いや、王子様でしたら、宮内部の方で用意すると思いますが」と言ったのはブローカー。
「私が欲しいのはエンジン(推進装置)だけなのです。それも最新型の」
 これは既にケリンから、どれが一番力があり性能かいいかということは聞いていた。
「それでは」と、ブローカーは幾つかを卓上のモニターに映し出す。
 その中からルカは一番馬力のあるものを指し示した。それともう一隻、同じ貨物船を所望した。それで値段の交渉に入る。先程マルドック人たちが交渉したのとは訳が違い、いっきに負けてきた。やはり軍用品はもうかると見える。あげくの果てにルカは、同型の貨物船を二隻にしたことで、アモスたちが値引かせた額よりさらに値引かせた。
 こっ、こいつ、はなからこのエンジンとセットにして値引かせるつもりだったのか。今更ながらにマルドック人はルカの腹の内に気付かされた。
 まったく、可愛くねぇーガキだ。
 商談が成立するとルカはあるところに通信を入れた。すると直ぐに卓上のモニターに、軍服姿の三十前後の青年が現われた。
「御用でしょうか、王子」
 心ではそう思っていなくとも、形式上は王子と呼ぶことにしたようだ。彼らが王子として崇めるのは、皇位継承権三位までの人物。後は居ても居なくともよい存在。
「貨物船二隻に、推進装置一式を買いました。今、そちらに請求書を転送しますので、支払っておいていただけますか」
 畏まりました。と言いたいところだが、念のためにその目的を尋ねた。遊びで軍費を使われては敵わないから。
「今回のためにです」とだけ、ルカは答えた。
「貨物船一隻とエンジンの方はそちらで受け取ってください」
 それから支払いの段取りが二人の間で取り決められ、ブローカーは満足げな笑みを浮かべた。
「貨物船の方はいつから?」と、ルカが尋ねるのに対し、
「今日中に手続きはいたしましょう。明日には」
 引き渡せるということらしい。
 ブローカーは契約書を差し出す。
 ルカはそれを受け取るとアモスに差し出した。だが、アモスがそれを受け取る前に、
「一つ、お願いがあるのですが」
 やっぱり、来たか。アモスは心の中で呟く。こいつハル公に随分教育それているようだからな。
「何を、しろと?」
「しろと言うのではありません。今まであなた方が乗っていた船をいただければと」
「あの船、当分は動かないぜ。エンジンもいっちゃってるし」
「ええ、知っております。ですから私の玩具として」
「つまり、この船と交換ということか」
「嫌ですか」
 アモスは考え込んだ。ボロ船だ。いつかは買い換えなければとは思っていた。だが長い付き合い、言ってみれば親友のようなもの。随分と危険の縁から救ってもくれた。今回だって、あの船が頑張ってくれたからこそ、俺たちはこうしてネルガルの地に脚をつけることができたのだ。
 黙り込んでしまったアモスに、
「船長、そろそろ買い替え時ですよね、あの船」
「わかってる」
「今回修理したところで、動くかどうか」
「それも、わかっている」
「やっぱりこれからは、このぐらいの船じゃないと、お客も」
「うるさいな、少し黙っていろ」
 もう限界だ。ということはわかっていても、あの船との付き合いはながい。木っ端微塵になったのなら諦めもつくのだが。
「船長!」
「わかった」と言うと、アモスは引ったくるようにルカの手の中からその契約書を取る。
「いい潮時だろう、あの船には。だが、まだ動くんだ、大事にしてやってくれ」
 ルカは頷く。ルカが欲しかったのはアモスの船だったのだ、今後の作戦のために。
 そして数日後、ボッタクリ号の中にあった私物を全部運び出すと、ボッタクリ号はどこへともなく運ばれていった。
「何か、寂しいですね、いくら最新型の船があるとは言え」
「でも、二つはいらねぇーし、維持費も大変だ」
 確かにそれはそうだ。とアモスも諦めた。


 その頃ルカは、第一回の作戦会議を開いた。もっともこれは最初で顔合わせというところだ。だが既にケリンを通して情報戦は始めていた。かなりの財宝が某惑星に運ばれると。これに海賊が喰い付いてくれればよいのだが。それはケリンの腕に任せるしかない。それよりこっちは、まず艦隊をまとめなければ。

 第五会議室には、ルカの軍旗が掛けられその前には立派な御座が設けられていた。暫くの間この部屋が、ゲリュック群星方面の宇宙海賊退治の作戦室になる。
 各艦隊の指揮官クラスの者がこの部屋に入ってまず最初に驚いたのは軍旗。真紅に白竜、その金色の目に見据えられた途端、一瞬、体内に旋律を覚えた。今、目が動かなかったか? 誰もがそう感じたが、口にはしなかった。だが背筋を走る悪寒、一体これは何なのだ?
 暫しの間だが、誰もが軍旗の前で黙り込んだ。
「すっ、すげぇー、迫力だぜ」
 その気持ちを隠すかのように、一人の感嘆の声。
 その声が、場の緊張をほごした。
「でも、今度の司令官は王子だと聞いている。王族なら紋章は猛禽類のはずだが」
 誰もが疑問を持ちながら、各自の席に着いた。
 こそこそと話が始まる。
「おい、聞いたか、今度俺たちを指揮するのはガキだそうだ」
「いくら王子とは言え、軍のお偉方も何考えているのやら」
 レンベルトの姿を捉え、宛て付けがましく言う。
「馬鹿にされたもんだな」
「俺たちもいよいよお仕舞いか、まいったな」と、冗談に頭をかく。
 すると一人の者が一段と声を潜めて、
「それより聞いたか、この間の大捕り物、大敗だったらしいぜ、壊滅だとよ」
「ブーサック中将が率いたのにか」
「そんなの相手に、ガキで大丈夫なのかよ」
「俺たちは隙を見て、さっさと逃げるぜ」
「俺もだ」
「指揮するのはカスパロフ大佐だろ、お子ちゃまは遥か後方で高みの見物だろうよ」
「違げぇーねぇー」
「しかしガキが何しゃしゃり出てくるかなぁー。王宮の奥深くで、ママのパイパイでもしゃぶってりゃいいものを」
 先程の水をうったような静けさとは裏腹に、会議室はざわめいていた、軍人らしからぬ言葉で。
 そこへ咳払いとともに、司令官の入室が告げられる。
 全員がその場に立って出迎えた。
 一瞬の静寂   と驚愕。
 ネルガル宇宙軍の軍服(無論肩章には軍旗の紋章)に身を包んだルカは、一人のボイ人に車椅子を押させ、二人のボイ人を両サイドに従えて入室したのだ。それ以外の供はいない。
 真っ先に我に返ったのは軍の上層部からルカの後方支援を担当するように言い付かったレンベルト少将だった。
 ルカをさっそく御座へと案内する。しかしルカはそこには座らず、みんなと同じテーブルに着いた。
「王子、王子様のお席は、こちらで御座います」と言うレンベルトに、
「私は、司令官です」と、呼び方を訂正させた。
「司令官、そこでは」とレンベルトが言い直した時、
「ふざけんじゃねぇー」と、怒鳴った者がいた。
「ガキの戦争ごっこじゃねぇーんだ」
 確かに、とサミランは思った。彼の反応はわかる。自分もボイ星でルカ殿下が指揮を取ると聞いた時、同じ反応をしたのだから。しかし殿下はそれに対し、何も言わず実力で答えた。おそらく今回も。真の実力のある者だけが成せる業。
 ルカはその者をはたと睨み付けると、
「名前は?」
 静かに問う。
 一瞬、その者はたじろいだが、
「第14宇宙艦隊指揮官補佐、フリオ・ダニール・バチェロです」
 ルカはにっこりすると、非礼を責めるでもなく、
「バルガス中将はおもしろい部下をお持ちだ。覚えておきましょう、ダニール大尉」
 一瞬、会議室は静まり返った。
「皆さん、座ってください」
 だがさすがにルカはまだ子供、体が小さいためそのままではテーブルに隠れてしまう。ホルヘたちに頼み御座の台を一つ持って来てもらい、車椅子の下に差し入れた。
「これでいいですね」と、改めて一同を見渡す。
「それでは改めて、自己紹介から始めますか」
 自己紹介と室内はざわめく。
「私は、ルカ・ギルバと申します」
 王子が二十人以上もいては全員の名前と顔を覚えろという方が酷である。
 名前が二つということで、またざわめいた。平民の血を引く王子がいると言う噂は聞いたことがあるが、この王子か。しかしそれにしては美しい。よくよく見れば品の良い顔立ちをしているのだが。今はそんな鑑賞に浸っている場合ではない。指揮官が無能が故に流さずに済んだ血が流れたという話は、腐るほどある。
「特技は、不器用なことです。ボイ人に言わせれば超を冠するほどだそうです」
 そう言われて、ボイ人は焦った。
「しばし、暫しお待ち下さい、殿下。私達は何もそうは申しておりません。ただ不器用なのも個性のうちと申しただけです」
「どこが、違うのですか?」
「大いに違います」と、弁明しようとするボイ人。
 ルカは首を傾げると、
「私には同じに聞こえますが。ロブレス大佐、あなたはどう思います?」
 ルカはロブレス大佐が細かいことにこだわらない性格だと知っていて、あえて指定した。
 いきなり話を振られた熊のように大きなロブレスは、
「俺にも、否、私にも同じように聞こえますが」
「だっ、そうだ」と、ルカはボイ人たちを見る。
「しかし」と、言うボイ人の言葉を遮断し、
「ネルガル人の耳には同じに聞こえるようですね」と、ルカはまとめてしまった。
「趣味は水泳」
 それを聞いたとたん、ボイ人たちは吹き出しそうになった。辛うじて笑いを堪える。なにしろルカは、水を見ると直ぐに真っ裸になって泳ぎたくなるという性癖。これはルカの属性による。
「この他に、好きな食べ物、好きな女性のタイプでもかまいません。あっ、女性の方は男性でも」
 中に、女性の姿も数人見受けられた。
 集まった司令官たちは内心毒づく。十歳のガキの前で、そんな話できるかと。
「なかなか物わかりがよさそうだな」と、ロブレス。
「よい方だと、自負しておりますが」
 ロブレスはルカのその言葉に対し、苦笑で答えた。
「では左端から」と、ルカが促した時、
「その前に殿下、一つお聞きしたいことがあるのですが?」
「司令官です、メンデス少将」
 ルカは既にこの会議室にいる全員の名前と顔を知っていた。
「失礼いたしました、司令官」
「何でしょうか?」
「カスパロフ大佐はどうなされたのでしょうか」
 これはこの部屋にいる全員が聞きたいことだった。
「カスパロフ大佐には用を頼みましたので、今留守にしております。会議に間に合えば出席するとのことです」
「こんな大事な会議をすっぽかすとは、非常識にも程がある」と、誰かが怒鳴った。
「私が言い付けたのです」
「この会議より重要なことなのですか」
 リンネルは今回囮に使う貨物船の荷主になってくれるように、ハルメンス公爵の館へ交渉に行ったのだ。荷に信憑性を持たせるには、それなりの荷主が必要。ハルメンス公爵なら申し分ない。艦隊があてにならない以上、戦う前に勝てるだけの準備をしておかなければならない。そのためにルカの館の者たちは飛び回っていた。既にルカの近辺では戦いは始まっている。
「今回は、顔合わせだけですから」
「しかし」と言うメンデス少将を後に、
「それに今回の指揮を取るのはリンネル大佐ではなく、この私ですから」
 一同が唖然としてしまった。
 十歳の子供が指揮を取る。いくら相手は海賊だとは言え。
「それにこれが軍の目的でもある、そうですよね、レンベルト少将」
 いきなり振られたレンベルトだが、だんまりを通した。
 軍の目的? と誰もが首を傾げたがルカはそれを無視して自己紹介を進めた。一通りの自己紹介が済むと、今回の打ち合わせは終了となった。作戦立案に対しては何の話も出ない。
「それでは皆さん、作戦が出来ましたらもう一度召集をかけますので、それまではゆっくり寛いでいてください。ただし船の整備と体調管理だけはしっかりしておいてください」
 そう言うとルカはボイ人に車椅子を押させ、退室した。

 ルカが去った後、会議室はブーイングの嵐。
「俺、降りるぜ」
「俺もだ、やってられるか」
 中には帽子を床に叩きつけている者もいた。
 荒れる会議室に、静かなメンデスの声。
「軍法会議ものですな」
「俺たちが、軍法会議ぐらいでびびるとでも思っているのか」
 この艦隊は他の艦隊からの掃き溜め的存在、特にロブレス率いる第10宇宙艦隊とバルガス率いる第14宇宙艦隊はそのたちの悪さで有名だった。

 一方ルカの方では、
「どう見ましたか」と、会議の感想を三人のボイ人に聞く。
「彼らの気持ちもわかります」と、言ったのはサミラン。
 ルカは軽く苦笑すると、
「そんなに私は、弱そうに見えますか」
「はい、外見は」
 少女と見間違うほどの線の細さ。
「仕方ありません、この容姿は生まれつきですから」
 どう見ても外見は色の白いひ弱な少年、否、下手をすればボーイシュな少女、にしか見えない。だがその外見に騙されると。
「どうにか、使えそうですね」
 これがルカの感想だった。
「作戦はこのまま継続します」
 彼らがどうしても使いものにならない時には、艦隊の変更の要請も考えていたのだが、どうやらその必要はないようだ。

 ルカの館では、我が主の帰りを今か今かと首を長くして待ちかねていた。
「殿下のお車が!」
 道を見下ろせる屋上に登っている下僕が怒鳴る。
 レーダーを使えば即座に居場所がわかるというご時勢に、何故かやることが原始的。人は待ち遠しい者を待つとき、現在も古代も変わらないようだ、自分の目で直に確認しないと納得がいかない。
 皆がエントランスへ集まる。
 殿下に万が一のことがあったら、ただじゃおかねぇー。倍どころか百倍にして返してやる。何がやくざ艦隊だ。俺たちだって元をただせば。まるで今から出入りでもあるような勢い。
 だがそこに現われたルカは、出かけた時と寸分変わらぬ姿。それを見てほっと胸を撫で下ろす親衛隊たち。
「殿下、お怪我は?」
「心配致しましたぜ」
 会議室でもそうだが、ここでも雰囲気はかわらなかった。ただここのやくざは、ルカの味方。
 ルカはやれやれと言う顔をしながらも、
「私の身に何かあったら、地上戦が始まりかねませんね」
「そうですよ、だから護衛をちゃんと付けるようにと。奴等の安全のために」
 数はあちらの方が遥かに多いのに、それでも勝つ気でいるルカの親衛隊。
「そうですね、彼らの身の安全を思えば、私はもう少し自分の身に気をつけた方がよさそうですね」などと、部下たちと話を合わせながらも、ルカはその中にケリンとリンネルの姿を認めると、さっさと自室へと向かった。
 扉を閉めさせると、
「どうでした?」と、彼らの守備を問う。
「荷主の件は承諾を頂きました。丁度姪御さんの婚礼があるようで、その荷を運ぶということで」
「そうですか」
 ルカはケリンに合図する。
 ケリンはハルメンス公爵の名前を前面には出さないが、さり気なく匂わせるように情報を流す。
「商人たちの協力は得られるのですか」と、リンネルが心配そうに問う。
 作戦に、非軍人を使うということが、リンネルには納得しがたい。いざとなれば彼らは逃げ出す、命欲しさに。だがそれを言うなら、軍人も同じか。特に今回の艦隊、どれだけ当てに出来るものか。
「それは、アモス船長に任せるしかありませんね。後は、船がいつ仕上がるかです。船が仕上がりしだい、作戦を実行します」
 それまでルカもやることがなかった。ルカはボイの服を着、笛を腰の帯に挟みこむと、河川へと出かけた。ここは一般市民の憩いの場となっている。しかも対岸に第二収容所が望める。午後の一時そこで笛を吹くのがルカの日課になっていた。出撃する前に、一目でいいからシナカに合わせてくれるように、宮内部に申し出てはいるものの、いまだに返事はない。シナカが収容されてから、ネルガル暦で二ヶ月が経とうとしている。
 ルカは笛を吹く、心を込めて。
(シナカ、聞こえますか。今日、クリスが柿木に登って落ちてしまいました。幸い骨に異常はなかったのですが、全治十日だそうです。今、私と同じようにびっこを引いております。実は、この柿、とてもおいしいので、あなたに食べてもらいたくて私が取ろうとしたら、クリスが代わりに取ってくれると登ったのですが、柿木は折れやすいからとあれほど注意したのに、意外にそそっかしいのですね。その柿、送ったのですが、あなたの手元に届いたでしょうか)

 ここは収容所の中。
「妃様、笛の音が」と、侍女のルイ。
「ええ」と、シナカは微笑む。
「クリスさんが怪我をしたそうです」
「クリスさんが、大丈夫なのですか」
「たいした事はなさそうです。柿木に登って落ちたそうですよ」
「まっ、妃様みたい」と、ルイは笑う。
 ルカとの最初の出会いは、垣根から落ちた時だった。スカートはめくれるは、すり傷はできるはで、散々だった。
「もう、いつまでそんなこと覚えているの」と、シナカは脹れながらも、
「あの人の代わりに、この柿を取ろうとしてですって」
「そうだったのですか」
 柿は先程カロルが持って来てくれた。ルカの庭になった果物だと言って。果物の名は柿と言うらしい。とても甘くっておいしい。
 シナカは目を閉じると、ルカの笛に答える。
(先程いただきました。とてもおいしかった)と。
(そうですか、ではまた届けます)
 たわいもない会話だった。だがこの一時が、今の二人には一番幸せな時でもあった。
(もう少し我慢してください、必ず)
(無理はしないでね)


 出撃の準備はしたものの、何時になっても召集がかからず待ちくたびれたロブレスは、幕僚と川岸を散歩していた。
「あの王子、逃げちまったんじゃねぇーのか」と、幕僚の一人リガルド。
「さあ、それはどうかな」と、ミゲル。
 第14艦隊のダニール大尉が食って掛かった時のあの手答え、只者ではないと感じた。
 それはロブレスも同じなのか、幕僚の言葉に何も反応せず、黙々と川岸を歩いている。何か当てがあるわけではない、酔った時など、よくここをふらつくのだ。そんな折に、一度だけ過去を話してくれた事がある。昔、あの収容所に親友が監禁されたことがあると。親友は廃人と化して釈放されたと。そこに昔の姿は見る陰もなかったと。
 押し黙って歩くロブレスに、
「大佐、笛の音ですね」と、ミゲル。
「まただぜ、しけた音だ」などと、けちを付けるリガルド。
 どことなく物悲しいその笛の音は、ここのところしばしば聞く。
「ちょっと、あなたたち、静かにしてくれる」と、見たからにこの公演の掃除婦らしき女性が三人、箒を持っておもいおもいに寛いで笛を聴いているようだ。
「文句があるなら、他で言いなさいよ。私達、聴いているのに」
「誰が吹いているのか知っているのか?」
「知らないわよ。ただ見るからに良い所のお坊ちゃんて感じね」
「最初は女の子かと思った」
「そうそう、色白で線が細くて、服装が変わっているのよね、異星の服かしら」
「そう言えば、同じ服を着た異星人を供に連れてあるっているわね」
「この星の子じゃないのかしら。でもネルガル人には間違いないわよね、髪は朱色だし、瞳はグリーンですもの」
 朱色の髪にグリーンの瞳はネルガル人の憧れ。
「足が悪いのか、びっこを引いているわね。それが痛々しそうで見てられないわ」
「美しいから、余計にそう思えるのかしら」
 ここまで聞けば、ロブレスたちには心当たりがあった。
「きっと、足を治すためにこの星へ来たのかもしれないわね」
「でもあの子、いつも収容所が一番よく見えるところで、収容所に向かって笛を吹いているのよね。まるであの中の知人でも居るみたいに」
「こんな美しい笛の音を聞かされれば、罪人も心を洗うかもしれないね」
「それより前に、あの建物が収容所だなんて知らないのかもしれないよ」
 などと、三人の婦人は思い思いのことを口にしている。
 ロブレスは二人の幕僚に目配せをした。行ってみるかと。

 近付くにつれ、ルカの姿がはっきりとした。ボイ星の服を纏い収容所に向かって笛を吹くルカ。そして二人のボイ人。一人は読書を、もう一人は何やら細工物を作っているようだ。
 声を掛けるかどうかと迷っていると、
「もう少しお待ち下さい」と、背後から声を掛けてきたのは、
「カスパロフ大佐」
 リンネルは静かにという感じに合図をする。
「一曲終わるまで」と、リンネルが言いかけた時、
「やぁ、殿下、探したぜ」
 何処から現われたのか数人のマルドック人。
「館に行ったら、ここだって言うから」
 静けさもムードもあったものではない。
 どやどやと集まって来たかと思えば、
「奥方は、元気か」 などと問う。
 ルカも笛を吹くのを諦めたらしく、近くのベンチへと腰掛けた。
 それをマルドック人たちが取り囲む。
「船の調子はどうでした?」
 試運転をすると聞いていたルカ。
 マルドック人は何も言わずに親指を一本立て、ウインクをして見せる。
「最高だぜ、絶好調」
「それはよかったですね、買って差し上げたかいがあります」
「それでよ、ただもらっちゃ悪りぃーと思って、ちょっくらボイまで行って来たんだよ」
 ボイという言葉を聞いたとたん、二人のボイ人が寄って来た。
「奥方の荷物でも運んでやろうかと思って」
「全部、灰になってしまっていたでしょう」
 ルカはコロニー5の衛星写真を見て諦めていた。
「それがよ、意外に残っていた。従者たちが空爆が始まる前に地下へ持ち出したようだ」
「ウンコクって言ったかな、そのおっちゃんが、俺たちの顔を見たら、これを殿下のところへ運んで欲しいって、ネルガルの官吏の目を盗んで、俺たちの船に奥方の荷を担ぎ込んだんだよ。船賃は? て言うから、殿下にもらうからいいって言っといたよ。あれじゃ、船賃どころか一日の生活にも事欠くんじゃないか」
「そんなに、酷いのですか?」
 ボイの生活の様子は殿下には知らせない約束だった。今殿下は、それどころではないだろうから。
 マルドック人は慌てて両手で口を塞いだが遅かった。
「ウンコクがよくまとめているよ。私達は殿下の言うことを聞かなかったから、天罰が当たったんだと言って。時が来れば必ず朱竜様が助けに来てくれるとも言っていた。それまでの辛抱だとも」
「でもよ、この期に及んで白竜だの朱竜だのと、ボイ人はもう少し現実を見たほうがいいぞな」
「ボイ人は現実主義者ですよ、少なくともマルドック人やネルガル人より遥かに」
 マルドック人は怪訝な顔をした。俺たちの何処が現実主義じゃないというんだ。金こそ神と崇拝している俺たちの。
 だがルカは、その心を見透かしたかのように言う。
「金を崇拝していること自体、既に非現実的です。お金は人が作り出したもの。この宇宙を相手にした時、相手がネルガル人を知っていない限り、その貨幣は通用しません。それよりもは人と人との絆、助け合いです。お金などなくともその心さえあれば、未知の宇宙を旅し続けられます」
「そりゃ、確かにそうだけど」
 その考えこそ、非現実的だとマルドック人たちは思う。
 それに、とルカは心で思う。マルドック人は航宙の無事を銀河の神に祈る。ネルガル人は戦争の勝利をアパラ神に祈る。だがボイ人はそんなことはしない。ただただ自分たちの技術に頼る。
「彼らは、白竜とは言わなかったはずです。彼らが頼りにしているのは朱竜。そして朱竜は実在する」
「えっ!」と、マルドック人たちは驚いた。
 彼らは自分たちが運んできたペンラントの真の意味を知らない。
「殿下までそんなこと言って、熱でもあるのですか」
「朱竜は実在します。そして朱竜はボイ人を決して見捨てない」
 これはアモスたちへというよりもは、キネラオたちに言った言葉だ。
「まぁ、殿下がそう言うなら、そういうことにしておこう。殿下は嘘は付かない人だからな」
 ボイ人たちもそれに頷いた、マルドック人たちよりももっと深い意味で。
「それより、ゲリュック群星の商人たちの件はどうなりました?」
「そうだった、それを知らせに来たんだ」と、アモスは自分の額を軽く叩いておどけて見せる。
 シナカの荷が意外にあったことに感激し、肝心なことを忘れるところだった。
「OKだ」と、自慢げに親指を立てた。
「奴等、いつも海賊に襲撃されているから、それなりの準備はしているらしいぜ」
「海賊を一掃してもらえるなら、いくらでも手を貸すってよ」
 ゲリュック群星の商人たち、個人的に動くから力にならない。これをまとめて指揮する者が居れば、それなりの力になっていた。

「まったくあいつ等、ムードもへったくれもあったもんじゃねぇーな」
 私服の姿で物陰から現われたのはトリスだった。
「せっかく人が気を利かせて気付かれないように護衛してりゃ」
 何処かに座り込んでいたのだろう、尻の塵をバタバタとはらい落としながら。
「あの収容所にはどなたが?」と問うロブレス。
 ロブレスも敬語は使える。ただめったに使ったことはないが。
「奥方様です」と、答えたのはトリスの背後に現われた侍女。
 どうやら二人でアベックを装っていたようだ。
「奥方様と申されると、ご母堂?」
「違いますよ、奥様のことですよ」
「奥様って、まさかあの若さで、結婚されて!」と、リガルドは突拍子もない声を出した。若さなどではない、まだ子供だ。
「あら、知らなかったのですか?」
 侍女は怪訝な顔をする。ルカ王子がボイ星に婿入りしたことは誰もが承知のはず。
「どんな方なのかしら、シナカ様って」と、侍女は半分夢見心地のように空を仰ぎ、
「きっと素晴らしい方なのでしょうね、殿下があんなに愛されるのですもの。早くお会いしたい」
「そりゃ、超ベッピンだぜ。強いて言えば、ナオミ夫人に似ているかな」
「大奥方様に」
 うん。とトリスは頷く。
「せっかくお連れしたのに、まさか収容所に入れられるとはな、何のためにお連れしたのか」
 リンネルは黙っていた。
「占領下のボイでは酷い生活が待っているからな、自分の手元に置きたかったのだろう。ネルガルなら人並みの生活をさせてやれると思ったから、それなのに」
「やるしかないだろー」と、トリスの肩を叩いたのはロン。
「ゲリュック群星の雑魚どもを退治して、真の海賊からシナカ姫を救い出すのだ。これこそナイトの仕事だ」と、ロンは腰のサーベルをすらりと抜くと、王宮の方に剣先を向けた。
「俺たちの敵は宇宙海賊にあらず」
 その後を言いかけた時、トリスが慌ててロンの口を塞いだ。
「近頃お前、過激だぞ。誰かに聞かれたら」
「殿下を苦しめる奴は、全て俺の敵さ」
「やれやれ、完全にいかれてるぜ」
 トリスはロブレスたちの方を見ると、
「陽気のせいで、完全にこっちがいかれちまってるんだ。気にしないでくれ」と、トリスは自分の頭をさしながら。
「それよりロン、そんな物騒なもの、どうしたんだよ?」
「ボイ人に作ってもらったんだ。なかなか切れ味がいいんだぜ」と、振り回す。
「こら、やめろ、危ねぇーじゃねぇーか」
 ロンが剣を収めるのを見届けて、
「しかし、どうする気だろう、殿下」
「何が?」
「海賊退治だよ」
「心配ねぇーだろう。敵の百分の一の戦力で、あれだけの戦いをしたんだぜ。今回はこっちの方が火力じゃ優っているんだから」
「だがよ、その艦隊が屑で当てにならねぇーていう話じゃねぇーか」
 ロブレスがその艦隊の一人だと言うことをトリスたちは知らない。そのため本人を目の前にして堂々と言う。
「心配ねぇーだろー、殿下のことだから。人殺しの方法ならいくらでもあるって、以前、言ってただろう。本当に難しいのは平和的にもめ事を解決することだって」
「そりゃそうだけど、負けたら奥方はどうなっちまうんだ?」
「負けるはずねぇーだろ、俺たちが付いているんだ」
「ロン、お前、人格、かわったな」
「下半身をなくしてから、性格が強くなった気がする。否、殿下の誠意を知ってからかな。何か俺、レスターの気持ちがわかるような気がする」


 一方ルカの方では、
「囮! おめぇーがやるって!」
 マルドック人のでかい声。
「なっ、何だ?」と、トリスたちは慌てて駆けつけた。
「どうしたんだよ、いきなりでかい声張り上げて」
 マルドック人たちはトリスたちの顔を見るなり、泣きつくように、
「聞いてくれよトリス、こいつ」
 ルカに対して敬意の念がない。あげくに肩越しに親指で指差すと、
「自ら囮になるって言うんだぜ、何処の星に、総大将御自ら、囮を買って出る馬鹿がいる」
「ルカ、ほんとかよ、それは」
 これまた家臣という雰囲気はない。
「おめぇーが囮やって、指揮は誰が取るんだよ」
「リンネルがおります」
「逆だろう逆、囮なら、俺たちがやるよ」
「そんな、危険なこと」
「あのな」と、トリスが説得に入ろうとした時、トリスの胸を押さえつけるようにしてアモスは一歩踏み出すと、
「確かに総大将の代わりは幾らでもいる。船長の代わりが幾らでもいるようにな」
「だが、夫の代わりは。シナカ姫があそこから出て来て、誰を頼ればいいんだ。そりゃ、俺が身請けしてやってもいいが」
 バシッツ、バシッツ、トリスとロンからパンチが飛んできた。あげくの果てに蹴りまで、ボガン。
「痛てぇー」と、アモスはわき腹を押さえながら。
「冗談に決まってんだろーが、何も本気で蹴らなくとも」
「冗談にも程があるぞ、アモス」
 アモスは蹴られたわき腹をさすりながら、
「て、言うことだ。囮は俺たちがやる。船はボッタクリ号だろう。長年使い込んだ船だ。体に馴染んでいるからな、なっ、お前等」と、アモスは仲間に承諾を取る。
「これも、乗りかかった船か、仕方ない」と、諦め半分ダンが承諾する。
「ただし運賃はきちんといただきますよ、危険手当つきで」と言ったのはイヤン。
「決まりだな」と、トリス。
「こいつらにやってもらえ。貨物船の運行はこいつらの専売特許だから」
 ルカは黙っている。
「シナカ姫のためだ、おめぇーのためじゃない。後でシナカ姫に泣き付かれたんじゃ、たまんねぇーからな」と、トリス。
 だがルカは何も答えてこない。
 トリスはいらいらしながらダメ押した。
「こいつらを見殺しにしなければいいんだろ、俺たちが護衛に付く」
 ルカは渋々ながらに承諾した。
「その代わり、お前は自分の身は自分で守ってくれよ、俺も体は一つだ、あっちもこっちもと言うわけにはいかないからな」
 それからリンネルの方に振り返ると、
「大佐、こいつがあんまり表にしゃしゃり出ねぇーようにしてくれ」
 戦闘が始まったら艦隊の中央の方へこいつの旗艦を持っていってくれ。せいぜい味方の発砲に注意すれば済むようなところに。実際戦闘では、後ろの味方の船が放ったビームに当たり撃沈されたという話もよくある。

 大声で話すトリスとマクドック人たちの会話は、少し離れて聞いていたロブレスたちに筒抜けだった。
「あっけらかんな奴等だ」
「あれじゃ、秘密保持は不可能だな」
 言葉こそ悪いが、誰もがあの少年を思ってのことだというのははっきりしている。一体あの少年のどこに、これだけ人を引き付けるものがあるのだろうか、ロブレスは少し関心を持ち始めた。
「しかし、真の海賊は」と、ミゲルは王宮の方を見る。
「とは、どう言う意味だ?」
「そこら辺は、あまり追求しない方がいいな」
 旧友のようになりたくなければと、ロブレスは心の中で呟く。

 強引に囮の座から引き摺り下ろされたルカは、
「アモス船長」と、改めてアモスを呼ぶ。
「何だ?」
「ボイは、そんなに酷いのでしょうか?」
 先程アモスたちが少し口を滑らせた話、もう少し詳しく知りたい。
 マルドック人たちは顔を見合わせた。ウンコクからは口止めされていたのだが、隠しても仕方ない。
「ネルガル人に占領された星は、何処も同じだぜ。ボイだけじゃない」
 ルカもそれは重々承知だ。だからこそ、どうにか和平条約を、不平等でもいいから結びたかった。植民地よりもはましだから。
 ルカはマルドック人たちの話を聞けば聞くほど、やりようもない怒りを覚えた。同じ感情を持つ人間ではないか、何故そこまで貶めなければならないのだ。いくら少数民族が多民族を支配する手段とはいえ、あまりにもえげつない。
 笛を握っているルカの腕がぶるぶると震えていた。見ればルカは下唇を強く噛みしめたまま微動もしない。
 ルカの異様な雰囲気を察したのか、「殿下」と、キネラオが声を掛けた。
 ルカは一点をじっと見詰めたまま、
「すまない、今の私には何もしてやれない」
 金か地位か力のどれかを身に付けなければ、ここネルガル星では何も発言することはできない。だがこの三種は、不思議とまとまってくる。
 キネラオは首を軽く横に振り、
「仕方ありません。自分たちで選んだ道なのですから」
 負ければどうなるか、予想は付いていた。植民星と化した星の現状の様子は、商人の口を通して幾らでも入ってきていた。ただ予想が付かなかったのはネルガル宇宙軍の力。これを完全に見抜いて忠告してくれたルカの言葉をボイ人は無視した。
「それはウンコクも重々承知です。十年や二十年などとは言わないでしょう。せめて自分の目の黒いうちには兆しでも見えればと思っているはずです」
 破壊はほんの一瞬。だがそれを修復するには長い年月がかかる。ましてその怨念をなくすにはより長い年月が必要になる。だがボイはまだそのスタートラインにも達していない。まずは殖民星からの脱出。


「怒っているようですね」と、青年。
 侍女に案内されてここまで来たのだが、ルカの今の姿を見て立ち止まった。
「怒っているって?」と、尋ねたのは先程トリスと一緒にいた侍女。
 彼女はロブレスのところに一人取り残されていた。
「滅多に怒りを面に表す方ではありません。私の記憶でも一度だけ、今から十五、六年前になりますか」
「ちょっ、ちょっと待って、まだ、殿下は十歳ですよ」
 青年はにっこりすると、
「ルカ様の前世のお話です」
「前世? もしかしてレーゼとか?」
「よくご存知ですね。ルカ様の前世のお名前はレーゼ様です。私はレーゼ様にはかわいがっていただきまして」
「て、言うことは。あんた、もしかして、殿下を迎えに来たの?」
「おい、庄屋様に向かって、あんたとはなんだ、あんたとは」
「ヤガリ」と、青年はよしなさいという感じにヤガリの言葉を遮った。
「しかし、庄屋様」
 庄屋と呼ばれた青年は静かに首を横に振ると、
「ルカ様を大切にしてくださる。それたけで私は充分です」
 自分のことは何と呼ばれようと。
「ねっ、今、十五年ぐらい前に一度怒ったことがあるっていたけど、それって何が原因」
 侍女たちの庄屋様に対するなれなれしい態度に、ヤガリは嫌な顔をした。
「それは、ですね」と、青年は過去を思い出すかのように宙に視線を漂わせ、
「ある人物を、差別してしまったことです」
「差別?」
「はい、実はカムイさんなのですが」
「カムイって、本当は殿下の父親になる人ですよね」
「よくご存知ですね」
「一度、館でお会いしました。なんか他の村の人たちとは雰囲気が違うようで」
 村人は穏やかでのんびりしているのに対し、少し怖いという印象を受けた。
「やはり、わかりましたか。実はカムイさんは村の人ではないのです。村の外から来た人なのです。私達の村には、外から来た者は災いを持ち込むと言って、嫌う傾向があります」
「そうなのですか」
「ただの迷信なのですが」と、青年は言いよどむ。
「わかるような気がします」と、侍女。
「知らない者には誰でも警戒心を持ちますから」
「そう言ってくださると助かります。迷信と知りつつも、言われ続けると信じてしまうものです。レーゼ様は理不尽なことがお嫌いで、特に言われもなく相手を差別するようなことは」
「それって、殿下も同じね」
 青年はにっこりすると、
「それはそうですよ、ルカ様はレーゼ様の生まれ変わりなのですから」
「そこで、そうなるわけ」と何となく理解不能だが、侍女も納得せざるを得ない。
 青年はにっこりするとおもむろに侍女たちに視線を向け、しかしその視線はとても優しい。
「最初はお連れするつもりでした。でも、あのようなお姿を拝見しては、今ここで、私どもが何を言っても、お耳を貸しては下さらないでしょう」
 青年はレーゼの気性をよく知っている。よって彼の生まれ変わりであるルカのことも。おそらく今お抱えになっておられる問題が片付くまで、何を言っても無理。
 青年はルカやボイ人が着ているのと似たような服を着ていた。ただ彼らよりも粗末、装飾が少ないと言うべきなのだろうか。その懐から一通の手紙を出すと、
「これを、ルカ様に。私の手から直にお渡ししたかったのですが、お気を煩わせては申し訳ありませんから、今日のところは引き返します。後日、日を改めましてもう一度お伺いいたします」
 そう言うと手紙を侍女の手にしっかりと渡し、青年は彼女たちの前から去ろうとした。
「庄屋様、少しお待ち下さい。このまま帰られては、村の者たちには何と」
「まだ、時機早々でしたと」
 そう言って歩き出す青年を男は慌てて追う。
 青年が立ち去ると、ロブレスは侍女に問う。
「奴等は何者だ」と、
「大奥方様の故郷の人たちです」
「レーゼとは?」
 侍女は困ったような顔をして、
「何て説明したらいいのかしら。殿下の前世の名前というか、私にもよくわからないのですけど、彼らは輪廻転生という死生観を持っていまして、人は死ぬとまた生まれ変わると信じているのですよ。それで殿下はそのレーゼという人の生まれ変わりだそうです」
 説明している当の本人がわからないのだから、聞いている方は、尚更わからない。
「なんだ、それは?」と、リガルド。
「何だといわれてもね」と、侍女はますます首を傾げた。
 これ以上の説明のしようがない。
「つまり、奴等は何しに来たのだ?」
「殿下を迎えに来たのよ、村へ連れて行くつもりだったのではないかしら。て、言うことは、この手紙」
 侍女は手紙を裏返しにした。そこにはナオミのサイン。差出人が大奥方様以外の人だったら、取り次ぐつもりはなかったのだが。
「大奥方様からだわ!」
 侍女は慌ててその手紙をルカのところへ持って行く。

「殿下、殿下」
「また、騒々しい奴の出現か」
 自分のことを棚に上げてトリスは言う。
 ルカはその手紙の字を見て驚く。
「これは」 母上の字。
「この手紙を持って来てくれた人は?」
「帰りました」
「帰った!」と、突拍子もないトリスの声。
 トリスが駆け出そうとしたのを見て、
「何処へ?」と、ルカ。
「追うんだよ、追えば、まだ間に合う」
 ルカは首を軽く横に振ると、
「せっかく気を使っていただいたのです。それを無碍にしては」
「あっ?」と、トリス。
「会ったところで、今私は村に帰るわけには参りませんから」
 ルカは手紙を解いて読み出す。通信でも済むことだ。それをあえて手紙にした。こちらの思いをより強く伝えるために。
 ルカは丁寧に二度読み返した。母の意図を読み違えないために。
「何て、書いてあった?」
 トリスは不躾に訊く。
 リンネルが止めるように咳払いをしたのだが間に合わない。
「村に戻らなくともよいと。それに私に弟ができたそうです。異父兄弟ですか」
 はぁ? それだけにしては文が長いような気がするが、まあ、要約すればそうなるのか。とトリスは納得する。
「彼の行為に甘えて、暫くは村のことは忘れましょう」


「たぶん、ここだと思った」と言いながら、もう一人の侍女がサミランと一緒に現われた。
 またうるさいのが来た。と、トリスは心で呟く。
 侍女はトリスの顔を見るなり、
「トリス、居ない、居ないと思ったら、こんな所にいたの。さっさと館に戻って、奥方様の荷物、運ぶの、手伝いなさいよ」
 いきなりの命令。
「おっ、俺は」と弁解しようとするトリスに、
「問答無用。さっさと行って手伝いなさい。ぐずぐずしていると」
 平手が飛ぶ構え。
 トリスは慌てて両手で頭を押さえて走り出した。
 なっ、なんなんだ。と、心の中で叫ぶ。何故、この館の女性は強いんだ。トリスなど完全なお手上げ状態。唯一、彼女たちと互角に戦えたのはハルガンぐらいだった。そのハルガンですら二回に一回は負ける。
 なんでこうも強い女ばっかり集まって来るんだ、この館は。
 さっさとトリスを追っ払うと、侍女は改めてルカに問う。
「奥方様のお荷物、どういたしましょう」
 館の改装はほぼ出来上がっていた。サミランに頼み、母が使っていた部屋をボイ風に改築させていた。
「ほぼ、部屋はできあがりました」と、サミラン。
「そうですか、ご苦労様でした」と、労うルカ。
「いいわね、ボイ人て。何でも自分たちでやってしまうのですもの」
 侍女たちは彼らの装飾の繊細さに驚かされていた。
「たまたまです。私は設計が専門ですし、兄は大工ですし」
 大工と言ってもキネラオは建具が専門。
「とても素敵な部屋よ」と、侍女は部屋の装飾を思い出してうっとりする。
「それに奥方様の調度品も。あんな細工のこった品々、ネルガルで探しても決してないわ」
 嫌味のない繊細さとでも言うのだろうか、ネルガルのように威風堂々として威圧的でない、どちらかといえば上品で控えめな趣がある。
「ボイの人は皆、手に職を持っているのです。私も何かと思ったのですけど」
 ルカが後を続ける前に侍女は言う。
「殿下ではご無理でしょう、不器用ですから」
「それ、誰に聞いたのですか?」
「誰にも聞きませんよ、ただ小さい頃のご様子を見て、器用そうな指をしているのにと、誰もが悲しんだものです」
 余りの不器用さにとは、あえて付けなかった。
 侍女たちの間では、ルカが不器用なのは当然の事実だったようだ。知らなかったのは本人と護衛たちだけ。
「私の不器用は、生れた時からなのですか」
 ルカはがっかりとした感じに言う。
「まあ、気にしない気にしない」と、侍女は慰めるようにルカの肩を叩き、
「自分のではない事は、他人にやってもらえばいいのです」
 これはもともとルカの考えでもある。出来ないことは何も自分で無理せず、他人にやってもらう。ただその人がやりやすい環境は整えてやる、それがやってもらうための条件。おそらく自分が不器用なことは無意識に感じていたのだろう。それでこのような考えを持つに至ったのだろうが、意識した時は情けなかった。
「そっ、そうですよね」と、ルカ今更ながらに納得する。
 そこへタイミングよく、
「出来ました」と、ホルヘの声。
 先程から一生懸命に何を作っているのかと思えば、
「間に合いましたね」と、ホルヘはその侍女に作品を差し出す。
「ほっ、本当に作ってくれたの」
 侍女は興奮のあまり手が震えていた。
「きっ、きれい」
 侍女は惚れ惚れとするようにその細工物を眺める。
「挿しましょうか」と、ホルヘ。
 それは髪飾りだった。結い上げた髪の根元に挿して留める。
 侍女はポケットから手鏡を取り出すと、眺める。
 陽光にきらきらと輝く髪飾り。侍女の動きに合わせてその輝きがゆれる。
「すてき、いいの、いただいて」
「ええ、約束ですから」
 ホルヘが一生懸命作っているのを見て、彼女は冗談で言ったつもりだった。出来上がったら頂戴と。まさか本当にもらえるとは。
「ちょっと、ずるいじゃない、あなたばっかり」
 他の侍女が集まって来た。
「私にも作って」
「私にも」と、きりがなくなる。
「こら、ホルヘは忙しいんだよ」と言ったのはルカ。
 ホルヘたちをこの星に連れて来た真の目的は、ネルガルの軍事力を教えるため、銀細工をさせるためではない。これはルカとボイ人たちの間の秘密だが。
「殿下、だって」
「先に言った人が勝ちですよ。後は、ホルヘが暇になったら」
「ええ、わかっているわ。今すぐとは言わないわ。そのうちでいいわ」
「何年先になるかわかりませんよ」と、ルカ。
「そんな」と、侍女は言いながらも、
「気長に待つわ」と言いつつ、約束を取り付けた。

 そこへまた一人、今度は地上カーで乗り付けてきた。従者を従え、車から降りてくると、
「殿下、宮内部の方がお見えです」
 今度の侍女は今までの侍女と格が違うようだ。侍女ではなく執事なのだろう、凛とした雰囲気を漂わせていた。
「いよいよですか」
 ルカは大きく一呼吸すると、
「シナカの荷物は?」
「まだ、エントランスホールに」
「では、暫くそのままにしておいてください。船長、いいタイミングで荷物を届けてくれました、感謝します」
 そう言うとルカは車の方へ杖を付きながら歩き出す。


 アモスはびっこを引きながらボイ人たちを従えて車に乗り込むルカの後姿を見送る。
「何で、足、治さないんでしょうかね。ネルガルの医学なら、元通りにできるだろうに」
「たぶん、治さないぜ」
「えっ、どうしてですか、船長」
「私も、そう思います」と言ったのはイヤン。
 答えがわからずアモスとイヤンの顔を交互に見るジルに、
「ボイ星をネルガルの手から取り戻すまではな」
 そっ、そういう事か。とジルは納得した。
「そう言えば殿下、戦犯の名簿を見て、私の名前がないとお偉方に食って掛かったらしいな。処刑するなら、まず私からやれと」
「大佐が、なだめるのに大変だったとか」
「そう言えば、見た目に騙されるなって、カロルが言っていたな」
 ルカの気性の激しき。マルドック人たちは沈黙した、ルカの真意を知って。
「いよいよ本当の戦いの始まりだな」
「殿下にとって海賊など、ちょろいものだ」
「それは、どう言う意味だ」と、アモスたちは背後から声をかけられ、慌てて振り向く。
 背後に熊のような大男。とは言え、マルドック人は全体的に背が高い。ネルガル人にすれば大男でも、マルドック人にしてみれば平均身長。
「お前、誰だ?」
「グスマン・ロブレス大佐だ。お前等知らないのか」と、リガルド。
 荒くれ者の総大将として有名だ。そしてその子分を気取る第10宇宙艦隊。
「ロブレス大佐? そんな奴、知らねぇーな」と、アモスは聞いたこともないという顔をした。
「せっ、船長」
 慌ててダンが意気込むアモスの袖を引っ張る。
「あの第10宇宙艦隊のロブレス大佐じゃないですか、たちの悪い」
 たちの悪いは一言多かった。だが酒代は踏み倒すは、女と見ると見境がないは、挙げ句の果てに店は壊すはで、商人の間でも評判は悪かった。だがこれは、ロブレスがと言うよりも、その子分の仕業。
「たちが悪りぃーとは何だ、たちが」と、食って掛かろうとするリガルドをロブレスは押さえつけ、
「お前等、ルカ王子とはどういう関係なんだ」と問う。
「そりゃ、こっちが聞きたいな。何でお前等のようなやくざ者が、昼日中にこんな公衆の聖地をうろついてんだ?」
 体格差から引けを取らないマルドック人は強気に出た。増してここは公衆の面前、いくら奴等が荒くれ者だろうと、こっちの縄張りである以上、そうは直ぐには手を出すまい。と踏んだのだが。
「お前等は路地裏でたむろしているのがお似合いだ」
「てめぇー、こっちが下手にでてりゃ」と、リガルドは袖をまくり始めた。
 喧嘩か。と思いきや、
「よせ、アモス」
 止めに入る奴がいた。
「なんだ、ケリンじゃねぇーか、殿下なら帰ったぜ」
「私が用があるのはあなた方だ」
 はぁ? と言う感じにアモスたちはケリンを見詰めた。
「その前に紹介しておくよ、こんど一緒に組むことになった第10宇宙艦隊のグスマン・ロブレス大佐だ」と、ケリンはロブレスの方に手を差し延べアモスたちに紹介した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。組むって?」
「一緒に戦うってことだ」
 アモスたちは唖然とした顔をする。
「一緒に戦うって、仲間ってことだよな」
「まあ、そういうことになりますか」
「クリンベルク将軍が艦隊を貸してくれるってことじゃなかったのか」
「ええ、確かに一個艦隊は貸してくださいましたが」
「話が違う!」と、アモスは怒鳴った。
「話が違うって?」
「俺は、クリンベルク将軍の艦隊を殿下が指揮するって聞いたぞ。だから囮になっても安全だと。必ず将軍の艦隊が守ってくれるから」
「誰が、そんなことを?」
 マルドック人たちは顔を見合わせた。
「騙されたー」
「だから言ったじゃないですか、話が出来すぎてると」
 うまい料理をたらふく食わせた後、さて、と言う。これがハルメンス公爵の手口だった。それはわかっていたのだが、その料理が馬鹿にならない。何しろ銀河中の珍味だ、今回は女まで付いて。しかもネルガル人とマルドック人の綺麗所だ。俺たちが一生かかっても味わえないような極楽を味わってしまった。もうこの世に未練がないほどの。
「じゃ、今回の出撃の艦隊は?」
「第10、11、14、15、それにクリンベルク将軍がお貸しくださった第6艦隊です」
「ちょっ、ちょっと待て。第11と15は知らないが、第10と14と言えば、ごろつきの集まりで有名だ。情報を扱うお前が、知らないわけねぇーだろー。何で殿下に忠告しなかったんだよ」
「忠告はしましたよ。そしたら何と言われたと思います?」
 マルドック人たちは顔を見合わせた。
「何て言われたんだ?」
 殿下もある意味、奇人。想像もつかない。
「我々と同じだと」
 そう言えば確かこいつらも、軍人のはみ出し者。
「そう言われては、返す言葉がありませんでしたから」と、真面目に答えるケリン。
「確かに、そうだ」と、アモスは納得して笑う。
 ハルガンを始めこいつらも、確かそんな噂があった。もう五、六年前のことだが。
「船長、笑っている場合じゃないですよ。囮になった俺たちを、誰が守ってくれるんですか、当てになりませんよ、こいつ等じゃ」と、ダンははっきりとロブレスたちを指差した。
「確かに、俺たちにはお前等を守る義理はないからな」と、リガルドはニヤニヤしながら。
「畜生、だから言ったんだよ、話がうまいって」
「断ったらどうですか、敵にやられなくとも、こいつ等に撃たれますぜ」と、ジル。
 ケリンは唇の端をかすかに歪めると、
「あれ、マルドック人とは、一度引き受けた仕事は命に代えても成し遂げるのではなかったのですか。それに自分の力しか信じないとも聞いておりましたが、他人に助けを請うなんて。自力で逃げ切ればよいではありませんか」
「あのな、騙された場合は、話が違う」
「ハルメンス公爵は騙してなどいませんよ。確かにクリンベルク将軍は殿下に艦隊を貸してくれました、一個艦隊ですけど」
 それを勝手に拡大解釈したのはアモスたち。
 暫しの沈黙。
「わかった」と、アモスはケリンの言うことを納得した。
「ですが船長、自力で逃げ切れというが、相手はエル・メディコ率いる宇宙海賊だぜ、言わば、あれこそ銀河のならず者の集団だ。そう簡単に逃げ切れますか。だいたいネルガルの宇宙正規軍だって」
 手玉に取られているじゃないか。
「よせ、ダン」
 ダンの言葉を遮ったのはアモスだった。
「商人が一度引き受けたもの、そう簡単に断れるか。ハル公の野郎、覚えていろ。無事に戻ってきたら、ただじゃおかねぇー」
「でも、何でハル公、殿下が囮の志願者を探しているって言ったのかな、殿下、自分でなるようなこと言ってたじゃないですか」
 言われればそうだ。
 アモスは目の前のケリンをじっと睨み付けた。
「きっ、貴様か、ハル公に」
「私はただ、誰か囮になってくれる人がいないかなって言っただけですよ、そしたら公爵、心当たりがあると言うもので、頼んだだけです」
 ケリンはいけしゃあしゃあと言う。
「そうか、お前等、最初から組んで」
「さもないと殿下自ら囮になるような雰囲気でしたからね」
 まんまとしてやられた。アモスたちは黙り込んでしまった。
「船、見に行きませんか、修理が済んだようですから。試運転など」
「あのな、元々あの船は俺たちの船だ。いまさら試運転など」
「一度、やる価値はあると思いますよ」
 マルドック人たちはまた顔を見合わせた。
「見てくるか」

 マルドック人たちが去って公園は静かになった。残されたのはロブレスたち。
「何なんだ、奴等は」
「ハル公って、ハルメンス公爵のことか。何かと噂のある」
「公爵を、あんな気安く呼ぶ奴等は、何者だ?」
 疑問だけが残ってしまった。
 ロブレスはじっと川向こうの収容所を見詰める。
「あの中に、ボイ人の妻が幽閉されているか」と、ロブレスは一人呟く。
 だが、あの中からまともな姿で出てきた者は、未だいない。かわいそうだが。
「大佐、飲みなおしますか?」
 すっかり酔いが醒めてしまった。
「否、お前等だけで行け」とロブレスはコインを投げ与えた。
「俺は、久々に友に会って来る」
 すっかり人が変わってしまった親友だが。



 ケリンはここ数日、パネル操作に忙しかった。ここはルカの私室なのだが、何時の間にかケリンの仕事部屋に成り果てていた。背後にルカの気配を感じると、くるりと椅子を回し、ルカと対面する。
「準備は全て整いました、殿下」
「そうですか、ご苦労様」
 ルカはケリンの脇に立つと、コンピューターのパネルを操作し、チェックする。
「OKですね、出撃は十日後ぐらいでしょうか」
「了解」
「数時間で、かたを付けます」
 ケリンはニタリする。
「レンベルト少将に連絡してください。明日の午後、作戦会議を開くと」
「了解」
 リンネルと三人のボイ人は、この流れをルカの背後で黙って聞いていた。


 その頃シナカは、近々、夫(ルカ)が出撃するとカロルから聞き、必死で刺繍を仕上げていた。
「妃様、そんなに根をお詰めになられたら、お体を壊しますよ」と、ルイが忠告するのもきかない。
「どうしてもあの方に着て行ってもらわなければ。無事に戻られますようにと、一針一針願いを込めて刺したのですから」
 ルカの軍服の襟ぐりと袖ぐり、決して派手な色使いではないが、繊細な柄は見るものを唸らせる。
「もう少しなのよ、どうか神様、これが仕上がるまでは、あの方の足を引き止めて置いてください」


 第二回目の作戦会議の招集を受け、
「あれから何の音沙汰もないから、もう戦争ごっこは止めにしたのかと思っていたぜ」
「今から準備して、出撃は来年か」
 相変わらずの陰口に、第6艦隊のメンデスは言わずもが、今回は第10艦隊のロブレスも加わらなかった。
「どうされたのですか、ロブレス大佐、今日は静かではありませんか、お体の調子でも」と、ダニール。
「飲みすぎたんだろうぜ、暇を持て余して」とバルカンは、椅子の上で大きな背伸びをした。
 海賊退治だというから、久々に大暴れできると思って、いつでも出撃できるように準備していれば、何時になっても何の指示もない。いい加減、飽きが回っていた。
「これで止めるなどと言われた時には、俺たちいい笑いものですね」と、レオニ。
「臆病風でもひいたか」と、シルバが笑うと、会議室にいた者たちが一斉に笑い出した。
「王子に何が出来るというんだ、後方で戦争見物でもしていればいいんだ」
「そうだよ、後は俺たちに任せて。下手に口など出された時には、ピクロス王子の二の舞だぜ」
 ピクロス王子の初陣では、王子が侍従武官の言うことを聞かず勝手に指揮を取ったため、惨敗の憂き目を見た。奴等はそれでいいが、奴の下で戦った艦隊は壊滅だった。
「俺たちも、ああなるんじゃ、たまんねぇーな」
「お偉方さんはせいせいするんじゃねぇーのか、俺たちがいなくなってよ」
「結局、俺たちを一掃するために」
 誰もが一瞬、黙り込む。その静寂を破るかのように、
「さっさと王宮の奥深くに逃げ込んでくれりゃ、申し分ないな」
「ママ、助けてーか」と、哄笑が響き渡る。
 その笑いを制したのは今まで押し黙っていたロブレス。
「奴は逃げない」
 あっ? と、全員がロブレスを見た。
 その時だった、ルカ王子の来場の知らせが入ったのは。
 扉が開き、三人のボイ人を従え、だが今回は二人のネルガル人も一緒だった。その内の一人はカスパロフ大佐。ルカの侍従武官だ。
 彼を見た瞬間、会議室内の者たちは思った。やっぱり大佐が指揮を取るのかと。彼は過去に宮中主催の武闘大会で優勝したことがある。身分の低い貴族や平民が皇帝に目通りできるのはこの大会しかない。よってこの大会には銀河中の腕に自慢のつわものどもが集まってくる。そんな中での優勝だ。それだけに優勝者の名は銀河に轟き渡る。
「カスパロフ大佐だ」
 尊敬の念を込めたささやきが、会議室に静かなうねりとなってざわめきが立つ。
 そしてもう一人はケリン・ゲリジオ。情報操作では右に出るものはいないと言われているが、こちらは知る人ぞ知るという感じだ。
「ケリン、用意してください」と、ルカはケリンに指示を出すと、時計をチェックし、
「丁度時間ですので、始めます」と、挨拶もなく本題に入った。
 まだ休憩ムードの抜けない提督たちは慌てて、椅子に腰掛ける。
 会議室のスクリーンに、ゲリュック群星の星図が浮かび上がった。
 ルカはケリンのセットしてくれた卓上のパネルを操作しながら話し始める。
 ルカの作戦は、至ってシンプル。星図の上にカーソルを出すと、
「こちら側から追い込み、こちら側で捕らえます」
 はっ ???
 その作戦を聞いた瞬間、会議室は水を打ったように静かになった。
 たった、それだけ?
 だが、つぎの瞬間、
「ふざけんじゃねぇー、子供の喧嘩と訳が違うんだ。相手は海賊とは言え、一つ間違えれば全滅だ」
 過去にそういう憂き目にあっている。とは言うものの、ここに集まった者たちは、例え隣の奴が死んでも、俺だけは死なないと思っている奴ばかりだ。何の根拠があってそう思うのかは、理解不能だが。
「そんなやり方で、奴等を一掃できると思っているのか」
「殿下、お言葉を返すようですが、過去に幾度となく失敗しているのですよ」
 言葉こそ丁寧だが、その裏には、何も知らない素人がという思いが滲み出ている。
 怒涛のごとくの罵声。
 リンネルが止めようとした時、ルカはそれを制する。
「言うだけ言わせておきましょう。言えば少しは気がはれますから」
 サミランは苦笑する。ボイでもこの手を使われたような気がする。
 ルカは会議室が落ち着くのを待って、
「彼等を一掃できるかできないかは、やってみないことにはわかりません」
「俺たちを馬鹿にするのか。その作戦は、何度も経験済みだ」と、テーブルを叩いて立ち出す者までいる。
「お前等、落ち着け」
 会議室の騒ぎを抑えたのは熊のようなロブレス。
「確かに、やってみないことにはわからない」
「ロブレス大佐、過去にもこの作戦は幾度かためされているのですよ。そして、全て失敗に終わっております」
「それは、やりかたが悪いからです」と、ルカは堂々と過去のやり方を否定した。
「私はあなた方を馬鹿になどしておりません。あなた方の力を信じたからこそ、立てた作戦です」
 力はあるが頭はない。と、ケリンは会議室を見回し苦笑する。
 そこで立ち上がったのがロブレスだった。
「よかろう、殿下が我々を信じてくれるなら、我々も殿下を信じよう」
「ロブレス大佐、本気か?」
「それが信義というものだろう」
 ロブレスは深々と椅子に腰掛けると、
「それで、待伏せするのはどの艦隊の役目だ?」
 やっと本題に入れた。
「それは、メンデス提督にお任せいたしましょう。ただしレイ・アイリッシュを同乗させてください。細かい指示は彼が」
「畏まりました」と、メンデスは素直にルカの指示を受領した。
「なるほど、妥当な選択だな。では、追い込む方は?」
「それはそちらに任せますので、話し合いなりくじ引きなりじゃんけんなりで、決めてください」
 はっ ???
 暫しの沈黙。その沈黙を破ったのはルカ。
「本来でしたら、私が先陣を引き受けたいのですが、カルパロフ大佐に猛反対されまして」
 案の定、リンネルはルカを怖い顔で睨んでいた。
 当然だろう。と提督たちは頷く。
「よって私は、二番手につきますので、後はご自由に」
 そう言われても。提督たちは顔を見合わせた。
 最初に名乗りをあげたのはやはりロブレスだった。
「右翼を任せてもらおうか」
「ロブレス大佐が右翼じゃ、俺が左翼だろう」と、バルガス。
 何故か知らないがこの二人は競い合う。良いことで競うならよいが、悪いことに関しても良いこと同様、徹底的に競い合うから始末が悪い。
「では、残りは先陣と殿ですか」
「私が先陣を引き受けよう」と、言い出したのはレオニ。やはり若いだけのことはある。
 残るはシルバ中佐、自ずと殿ということになる。
「では、決まりましたね。出撃は、今から十日後あたりを予定しております。行動は艦隊ごとにお願いします。最初は偵察という形で各々好きな方向に出航し、次第にゲリュック群星へ近付いて行ってください。敵が餌に食らい付いたら、即、攻撃に入ります。作戦名は『鬼ごっこ』 通信は彼が担当します」と、ルカはケリンを紹介する。
「ケリン・ゲリジオです」と、ケリンは頭を下げた。
 ケリンは余計なことは言わない。元々が口数が少ない方なのだが、ルカの館では黙っていると何をさせられるかわからないので、ついつい自分を主張せざるを得なくなる。
「何か、質問は」と言われても、余りにもシンプルすぎて質問も出なかった。
「では次は、皇帝の御前にて」と言って、ルカはこの会議を解散させた。
 会議はものの二時間足らずで終わった。その中の圧倒多数の時間が、彼らのブーイングと雑談に費やされていたのは言うまでもない。


 いよいよ出陣を前にルカたちは、皇帝に挨拶するために王宮に参内した。
 厳格な謁見の間で待つこと暫し。
 皇帝が姿を現すと一斉に敬礼した。ルカとカルパロフ大佐は提督たちより遥か前方で、跪いて迎える。
 皇帝は壇上の玉座に重々しく掛けると、一同を見回す。そしてルカの上に視線を落とすと、微かに笑む。
 生きておったのか。やはりこやつ、人ではないのか。ルカは我が子ながら、神の生まれ変わりという噂を持つ。
「立つがよい」
 許可を得てルカは立ち上がる。
「暫く見ないうちに、大きくなったな」
 ルカはボイから戻って以来、まだ皇帝とは顔を合わせていなかった。
 皇帝のその言葉で、今まで好き勝手なことを言っていた提督たちは思い知った。こいつ(ルカ)は、ギルバ帝国皇帝の息子なのだと。こちらの非礼を咎められる事の無いまま今まで、言いたい放題だったが、本来ならあれだけの非礼な振る舞い、とっくに不敬罪で首が飛んでいてもおかしくなかった。
「陛下もご壮健で、なによりです」
 皇帝は一つ小さく頷くと。
「ところでその足、治さないのか」
 ロブレスはルカが足を治さない理由を知った。
「よい医者を紹介しよう」
「いえ、それには及びません」
 皇帝は苦笑すると、
「私の差し向けた医者では、信用ならんか」
 ルカは一度、御殿医に毒を盛られたことがある。
「いいえ、そのようなことは御座いません。ただ、船に乗るにはこの足でも不自由はありませんので」
「そうか、では、好きにしろ」
 皇帝はまた一通り周りを見渡すと、
「話は変わるが、凱旋すると褒美がもらえるのは知っておるか」
「はい、存じております」
「そうか、では、何が望みだ」
 ルカは暫し間をおくと、
「彼らの昇級を」と、ルカの遥か後方で控えている提督たちの方に視線を移した。
 ほー。と皇帝はルカと共に出撃する者たちの顔ぶれを眺める。どのものも身分が低いと見え、記憶にある者はいなかった。
「よかろう。だがそれは、凱旋すれば彼ら自身が手にすることの出来る栄光だ」
 常日頃の行いがよければ。よくないからこそ、強調しなければならない。
「して、おまえ自身の望みは」
「願わくば、私の妻と妻の従者を、私の手元に帰していただきたい」
 暫しの沈黙が会場に流れた。
 ルカ王子の妻。最初誰もが失念していたようだが、あの異星人かと思い当たると、広間にざわめきが起きた。王宮の外ならいざ知れず、ここネルガルの王宮で、そんなこと許されるはずが無い。第一、この鷲宮に異星人がいること自体。
 ルカが異星人を連れて歩っていること自体、宮内部はもとより軍部も防衛の関係上、快くは思っていない。
「わかった、よかろう」
 皇帝は、それをあっさり許した。
 驚愕のどよめき。
「有難う御座います」
 ルカは深々と頭を下げる。
「ところで、年は幾つになった?」
「十歳になりました」
「そうか」
 十歳ではまだ、夫婦愛など理解できまい。子供の恋愛ごっこに過ぎぬ。この者に実力があるならば、元服した後、血筋のしっかりした娘を正室に迎えればよいこと。その頃には、異星人など取るに足らぬ存在だと気づくであろう。それまでは好きにするがよい。
「武勲を期待しておるぞ」
「ご期待にそえるよう、全力をつくします」
 皇帝は玉座から立ち上がる。皇帝の退出を見届けた後、ルカたちは謁見の間を後にした。


「しかし、驚いたな。自分のことより俺たちの昇級を先に要求するとは」と、ダニール。
 他人の武勲ですら横取りする上流貴族が多いというのに。
 バルガスは苦笑する。
「お前も、相手が子供だと随分甘いな」
「甘いとは?」
 ダニールはむっとして自分の上官であるバルガスを睨む。ダニールは馬鹿にされるのが人一倍嫌いな性分だ。
「昇級は、俺たちへの餌に過ぎない。昇級させてやるから俺のために働けとな」
「まさか!」と、ダニールは驚いた顔をする。
 あんな可愛げな子供が。
「まあ、そこまで考えて、皇帝に進言したとなると、末恐ろしい子供だ」
 バルガスは苦笑いを浮かべる。
 この戦い、なかなかおもしろいかもしれんな。


 謁見が終わったばかりのメンデスに、ピクロス王子の旗下、デモンストレーションが済んだ提督が近付いてきた。
「これからですか、大変ですな」
 その挨拶の裏には、王子の子守はと言う言葉が、暗黙のうちに隠されている。
 王子の率いる艦隊は、遭遇戦でもない限り、ほぼ戦いになることはない。その遭遇戦ですら、こちらから仕掛けない限りほぼ百パーセントの確率で相手が避ける。今のネルガル正規軍にはそれ程の力があった。
「ピクロス王子も、随分大人になられたご様子で」
 提督は苦笑する。
「初陣が、かなりお堪えになられたようだ」
 相手が避けようとしていた遭遇戦を、わざわざこちらから仕掛けて退廃した。
「まあ、おとなしくしていて下されば、例え遭遇戦になろうとも、我々の力でどうにでもなるのですがね」と、提督はまた苦笑した。
「しかし陛下も、何をお考えなのか、あのような幼子を」
「陛下には陛下のお考えがおありなのでしょう」
 我々凡人にはわからない、とメンデス。
「メンデス少将は、相変わらず生真面目ですな」と、提督は一礼すると謁見の間へと続く回廊を歩き出す。
 メンデスはその後姿を見送りながら、我々の出陣は、ただのデモンストレーションではないのですよ、閣下、と呟く。


 謁見の間へと続く控えの間、これより先はそれ相当の身分や階級がなければ入れない。この控えの間ですら、平民などは尊い身分の者の従者としてでもなければ足を踏み入れることは出来ないほどの所なのだが、この控えの間の片隅、彫刻の台座の横で、この部屋には到底似つかわしくない恰好で酔いつぶれている軍人がいた。軍服の前は開けっ広げ、おまけにシャツのボタンも半ばはめていない。胸肌を露わにして酒瓶を仰ぐ。既にその目は据わっていた。
 バルガスの部下であるロサレスは足を止めた。
「どうした、ロサレス」
 ロサレスの視線の方を見て、バルガスとダニールは呆れ返る。
 高級仕官のしかも上流貴族の多いこの場所で、自分たちですら場違いだと思っているところに、あのような飲んだくれが、だが警備の者は誰も彼を追い出そうとはしない。
「知り合いか?」
「私の記憶に間違いなければ、あいつは」
 ロサレスはすたすたとその男に近付くと、男の前に立ちはだかり、確信を持った。
「トリスじゃないか」と、声を掛ける。
 トリスは焦点のあわない目で、ロサレスを見上げる。
「誰だ、お前?」
「ロサレスだ、忘れたのか。ラランド星の地上戦では一緒に戦った仲じゃねぇーか」
 ラランド星?
「忘れたなー」
 ラランド星の地上戦は地獄だった。指揮官の優柔不断な指揮が、味方を死地に追いやった。後にトリスはその指揮官に抗議し独房行きになったのだが、トリスがスラム街で鍛えた知恵と罠がなければ、あの部隊は全滅していただろうと囁かれた。
「生きていたのか!」
 トリスは自分の両足を確認すると、
「両足は、まだ付いているぜ」
「ここで、何しているんだ?」
「主待ち」
 それは当然のことだ。平民が、単独でこの部屋に入れるはずが無い。ではこいつの主とは、一体誰だ。これだけの醜態をさらしても誰にも文句を言わせないだけの力のある主とは。しかもこいつは、誰にも尾を振らない一匹狼だったはずだ。
「主?」と、疑問を持ちながら、ロサレスは肌蹴た軍服の肩章を見ると、そこには白竜の家門。これは今、我々が目にしている真紅の軍旗。
「まさか、お前の主って」
「これだ、これ」と、トリスは肩章を指差す。
「王子のくせに、猛禽類じゃねぇーんだから変わっているよなー、うちの親分は。帰りがあまり遅せぇーんで、先に始めさせてもらったんだ」と言いつつ、トリスは酒瓶をあおる。
 バルガスとダニールは呆れたような顔をして、その様子を見ていた。
 そこへ、
「お戻りになられましたよ」と、何処に居たのかボイ人が二人現われ、トリスに声を掛けた。
「立てますか?」と、手を貸そうとするボイ人の手を払いのけると、
「俺は、まだ酔っていない。殿下に大事な報告をするまでは」と、立ち出す。
 そしてバルガスに向かって敬礼をし、
「お待ちしておりました殿下、暫く見ないうちに大きくなられて、否、ごっつくなられて」
「トリスさん、その方は違います」と、ボイ人たちはトリスを連れ出す。
 ルカもボイ人たちの姿を見止めてやって来た。すっかり出来上がっているトリスに、やれやれとため息を漏らす。
 リンネルは咳払いをしたが、もうこうなってはどうにもならない。
 そんな状態でもトリスはルカに対し敬礼をすると、
「全て、完了しました」と、報告する。
 だが言い終わると同時に、これで俺の仕事は済んだとばかりに鏡のような石の床の上に突っ伏し、そのまま大いびきをかきだした。こうなっては担ぐ以外に動かしようが無い。
「ホルヘさん、すみませんが」
 そこに現われたのがネルロスとピクロスの兄弟。偵察(軍事的牽制)とでも言えば体裁がよいが、王子の暇にかこつけた外遊。皇帝にその報告にあがって来たのだ。
「臭い臭いと思ったら」と、ピクロス王子が鼻を摘みながら言う。
「王宮にまでペットを持ち込むとは」と、ここぞとばかりに聞こえよがしに言う。
「大体、卑しい者の血を引いているようなやからがうろついているから、このような様になるのだ。親父も、何をお考えなのだか」
 だが、酔って肝心なことは聞こえなくとも、余計なことは聞こえたようだ。トリスはがばっと起き上がると、
「ペットはどっちだ、この穀潰しが。何もできもしねぇーくせにワンワン吼えて餌だけねだりやがって。誰が食わせてやってんだと思ってんだ、てめぇーらを」
「トッ、トリス」
 ルカは焦った。大事の前、ここでもめ事を起こされたくは無かった。
「なっ、何だと、もう一度言ってみろ」
「耳まで悪りぃーのか、てめぇーは」
 バルガスたちが不敬罪だなどと思っているのとは、桁違いだった。
 ピクロスは柄に手を当てる。
 ルカはトリスとピクロスの間に割って入った。
「どいてろルカ、怪我するぞ」と、トリスがルカを払いのけようとした時、誰かがそれより早く、ピクロスの手を押さえた。
「ピクロス王子、大人気ないではありませんか、相手は子供、それにペットですよ。ペットはワンワン吼えるのが仕事です」
「こっ、これはハルメンス公爵」
「ここは私に免じて、ルカ王子にはペットのしつけはきちんとするように、よく言っておきますから」
 ネルロスは相手が悪いと見て取ったか、弟を従えすごすごとその場を去って行った。
 今回のルカの出陣、表向きは軍事的デモンストレーションと言うことになっている。これもルカの作戦。王子が物見優山に戦艦を動かして遊ぶと。これならば先程のピクロス王子と何ら違いはない。提督たちにとってはまったく迷惑な話だ。だが真の目的を知っている者は、上級仕官のみ、下士官ですら知らない。まして部外者など知る由もない。敵を欺くには、まず味方から。
「まったく親父も物好きなものだ、あんな奴に軍事パレードをさせるとは。もっと相応しい王子はいくらでも居るだろうに」
「兄さん、生きていたということをアピールするためではないのですか」
「その必要はなかろう。どうせまた、何処かの星に婿入りさせるのだろうから」


「助かりました、有難う御座います」
「礼にはおよびませんよ、たまたま通りがかっただけです。しかし、ペットのしつけは、もう少しきちんとなされたほうが」
 だがトリスは礼を言うどころか、
「うるせぇーな、お前さえいなければ、もう少しであいつをぶん殴れたところなのに」
 リンネルは咳払いをした。
 ハルメンスは穏やかに笑うと、
「まだ噛み付きがたりなかったと見える」
「途中で止められちゃ、足りるはずがなかろう。それより、何しに来たんだ」
「ここへ来れば、殿下に会えると思いましてね。私の荷を守ってくださると言うので、お礼方々ご挨拶に」
 ボイ星での戦闘以来、ハルメンスと直に会うのは今日が初めて。
「ご無沙汰しております。ボイ星ではいろいろとお世話になりました」
「ご無事でなによりでした」
 ハルメンスはまじまじとルカを見ると、
「その軍服は、シナカ妃のお手製ですか」
「ええ、わかりましたか」
「妃は刺繍の名人だそうですね、これは見事だ。今度私にも、一着、是非にとお伝え下さい」
「会えるようでしたら、伝えておきます」
「どうですか、お茶でも」と言いかけて、ハルメンスは言葉を断った。
 ハルメンスの視線の先に見知った顔。
「どうやら先客が、おられたようですね」
 先客? と思いつつ、ルカはハルメンスの視線の先を追った。その視線の先に居たのは、ジェラルドとクラークス、そして、
「ハルガン」
 呼ぶより早く、ルカは駆け出していた。だが足がもつれて、鏡のような石の床の上に、
「痛っー」
 肘で上体を起こそうとした時、頭上から、ここ数ヶ月聞くことのできなかった声が。
 レスターを喪い、この上ハルガンまで、その思いは強かった。私の身代わりに処刑させてたまるか。
「大丈夫か、だから足、治しておけと言っただろう」
 その声の懐かしさに、思わず涙が浮かんだのだろう、ルカが上げた顔を見て、その男は言う。
「転んだぐらいで泣くな、男だろー」
 こんな顔をいつまでも見られたくなくて、ルカはしゃがんでこっちを覗き込んでいる男の胸の中に飛び込んだ。そしてそのシャツで涙を拭く。
「おい、俺の服で鼻水を拭くな」
 男はわめいたが、ルカはか細い腕で男の体を掴み離さない。
 男はその上から大きく覆いかぶさってきた。
「心配かけたな」
 ルカは大きく首を左右に振ると、
「兄上を信じておりましたから」
「持つべき者は、力(権力)のある友だな」

 トリスは床にしゃがみ込み、じっとその様子を見ていた。
「あんなに殿下が心配していたとは、思ってもみなかったな。だって曹長のこと、一言も口にしなかったじゃないか」
「ロンの体を労わっていたのと同じぐらい、曹長のことも気に留めていたのさ。ただ口にしなかったのは、口にしてもせん無いから」と、ケリン。
「そうだよな、殿下は優しいもの」
 ケリンはボイ人に言う。
「デルネール伯はご存知ですね。彼の隣におられるのがジェラルド王子です」
 バルガスたちは目を見張った。彼らの身分では、決して会うことのできないお方。その方が、少し距離はあるとはいえ、目の前におられる。
 どうしてこいつらは、ジェラルド王子を知っているのだ。そうか、ルカ王子の護衛だからか。いくら皇位継承権が最下位とはいえ、王子は王子だ。
「ボイ星でのこと、お礼に言ったほうがよろしいでしょうか」と言うキネラオに、
「止めた方がいいですよ」と、ケリン。
「ジェラルド王子にもしものことがありましたら、あなた方のせいにされます」
「私達のせいに」と、ホルヘが怪訝な顔をする。
「あの方が死んでくれればと思っている人は沢山おりましてね、このネルガルには。継承権最下位の殿下ですら毒を盛られるぐらいですから、ジェラルド王子に至っては、それが日常茶飯事」
 信じられないという顔をするボイ人に、
「この鷲宮とはそういうところなのです」と、ケリンは声を潜めた。
 王子の護衛とは、外の敵も然る事ながら内の敵にも注意を払わなければならない。
 王子が生まれるたびにその権利が下がる王子でも。


 ルカは気持ちが落ち着くと、ジェラルドとクラークスに丁寧に礼を述べた。
「お礼には及びません。キングス伯は、私の友人ですから。あまり公に言いたくはありませんが」
 声を潜めて言うクラークス。
 ルカは微かに笑った。
 ハルガンはそんな三人を置いて、守衛を呼ぶとバケツ一杯の水を用意させ、トリスのところへ行く。
 ハルガンの行く手を見ながらクラークスはルカに言う。
「殿下、ハルメンス公爵とはあまりお付き合いなさらない方が」
 ルカは苦笑した。
「もう、遅すぎます。背に腹は替えられませんでしたから」
 ボイ星での一回戦、地下組織の戦力を借りなければ、ああはいかなかった。
「ですがそこで、私はハルメンス公爵より恐ろしい人物に会いました」
「と、仰せられますと」
「イシュタル人です。しかも彼らが俗に力のあるというイシュタル人です。彼らは地下組織に潜り込んでおります。それを公爵はご存知なのかと思いまして」
 クラークスは不思議そうな顔をすると、
「どうして殿下はそれをお知りになられたのですか」
「彼らの方から正体を明かしてくれました。でなければ私には」
 イシュタル人とネルガル人とは祖先は同じと言うだけのことはあって、外見は見分けが付かない。
「どうして、彼らの方から?」
「実は、レスターに」
「レスター?」
 クラークスは暫し視線を漂わせたが、思い出したかのように、
「レスター・ビゴット・リメルさんですね、人間魚雷とか言われていた」
 ルカは苦しそうな顔をした。
「本当に、そうなってしまいました」と、唇を噛みしめる。
 だが、その思いを振り切るかのように、
「彼らはレスターに接近してきたのです、イシュタル人と間違えて」
「それは、どうしてですか?」
「レスターの能力です。訓練すればかなりのものになると。イシュタル人でもレスターほどの能力を持っている者は少なく、アヅマから声がかかるだろうと。ちなみに彼らの能力ではアヅマの仲間には入れないそうです。能力が低すぎて」
「能力とは?」
「私にもよくわかりませんが、どうやら彼らは四次元を操ることが出来るようです。そう言えばレスターも、脳を掻き回されたせいか、変なもの(幽霊)が見えるようになったと言っていました」
 クラークスは腕を組み考え込む。
「彼らの目には異空間が見えるのではないでしょうか。それに私達はワームホールの出現をあらかじめ予測してそれを利用することしか出来ませんが、彼らはワームホールそのものを作ることができるようです。異空間を利用して、何処にでも自由に移動できるようです。そして何処に現われるかは私達には予測できない。レスターは彼らと同じ能力を持つせいか、出現する位置を的確に把握していたようですけど。もし彼らに艦隊を引き連れて異空間を移動されたら、今の私達には打つ手がありません。それにもう、この部屋にもネルガル人を装って」
 ルカはここで言葉を切った、
 もし彼らが私達を暗殺しようと思うなら、容易いなはず。
 その時、大変なことが起こった。

 守衛は、バケツに水? と首を傾げながらもその指示に従い、バケツ一杯の水を持って来た。
 トリスを見るなり、
「トリス、何だその様は」と、怒鳴る。
 酒の臭いがプンプンして近づけないほどだ。
「やることはやったぜ、だから先に祝杯だ」
「まったく、殿下が甘やかすから何時になっても規律が」と言うハルガンに、ケリンが怪訝な顔をして問う。
「曹長、独房はかなり寒かったのですか」
 はっ? 不思議がるハルガン。
「風邪をひいて、熱でもあるのかと」
「何でだ?」
 ケリンの不思議な問いにハルガンは首を傾げる。
「正気とは思えない」
 ケリンのその言葉にハルガンの性格を知っている者は噴出す。ボイ人ですら顔を隠して笑っていた。
 やることさえきちんとやれば、後は好きにしてよい。と教えたのはハルガンだった。
「曹長、これは曹長が見本を示したんですぜ。みんな、曹長に右―習いしただけで」
 これが凡人なら何も言えなくなるのだろうが、ハルガンは違った。
 守衛からいきなりバケツをひったくると、頭から水をかける。

 ルカはそれを見て、慌てて駆け出そうとしたが、その手を引くものがいた。
「兄上」
「係わらない方がよろしいかと存じます。ハルメンス公爵もおられることですし」と、忠告したのはクラークス。
 公爵がうまくその場をつくろってくれるだろうと。

「なっ、何するんだ」
 怒るトリス。
 鏡のような床は水でびしょびしょ。
「さっさと軍服のボタンをしめろ」とハルガンはトリスに輪をかけた声で怒鳴る。
「以後、鷲宮での飲酒は禁ずる」
 ハルガンが本気なのを見て、トリスの酔いはいっきに醒めた。
 ケリンはにこやかに笑いうと、助け舟を出した。
「曹長、これからどうするのですか」と、話題を変える。
「ダモアゾー星系勤務だそうだ」
「ダモアゾー星系、また随分と辺境なところへ飛ばされましたね」
「俺が王都に居ては、お偉方さんもおちおち枕を高くして眠れないというところだろーよ」
「しかし、ダモアゾー星系とはね、あなたをそのような所に飛ばすとは、軍部にしても大そうな損失ですね」とハルメンス。
「心にもないことを言うな」と、ハルガンは苦笑いを浮かべる。
「否、君の私生活はあまり感心しないが、戦略には一目置いておりましたが」
 ハルガンは微かに頬を歪めて、
「どんな名刀も持ち主によるさ。結局使えないのならば、そこら辺の錆びれた剣と何ら変わりない。そしてこの名刀を使いこなせる者は、このネルガルではただ一人だ。そいつの傍にいなければ、俺は何処に居ても同じだからな。まあ、ダモアゾー星系にも、綺麗な女と美味い酒はあるだろうから」
 他人に禁酒を命じておいて自分では。

 そこにルカが戻って来た、ジュラルドと暫しの別れの挨拶をして。
「ダモアゾー星系勤務だそうですね」
 ルカは情報が早い。
「ああ、せいぜい錆びないようにどっぷりとアルコールに浸しておくから、その内、引き抜いてくれ」
 ルカはどういう意味か? とケリンを見る。
「ダモアゾー星系の酒は美味いそうです。その内飲みに連れて行ってください、殿下」
「そうですね」と、ルカは意味もわからず答える。
「トリス、こいつにもしものことがあったら、てめぇーらただじゃおかねぇーからな」
 ハルガンは肩越しにルカを指しながら言う。伯爵とも思えない言葉で。
「曹長、野暮なことは言いっこなしですぜ。そんなこと、百も承知だ」と、誇らしげに言う。
 ハルガンはニタリとすると、ルカの頭の上に大きな手を乗せると、
「じゃあな、でかくなれよ」と、頭を押さえつける。
 人として、この銀河を支配するネルガルの皇帝として。そしてこの俺に見せた涙を、この銀河の全ての者に。お前なら、出来る。
「そうやって押し付けるから、私の背がなかなか伸びないのです」と、ルカはハルガンの手を払いのけた。
 ハルガンは笑うと、そのまま歩み去って行く。
「しかし曹長が、あんなに子供好きだとは思わなかったな」
 トリスはハルガンの背に声をかけた。
「曹長、そろそろ身をかためたらどうです、よい親父になれますぜ」
 言った刹那、靴が飛んできた。ハルガンの奥義。
「痛っー」と、頭を抱えるトリス。
 皆が笑った。
「そろそろ、私達も行きますか」
「今度は、奥方様の番ですね」
「うん」と、ルカは答えた。

2011-06-05 23:56:51公開 / 作者:土塔 美和
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■作者からのメッセージ
 お久しぶりです、本当に。震災、直接の被害はなかったのですが、物流の方でほとほと困り果てました。しかし、それもやっと軌道に乗り、またのらりくらりと書き続けることが出来るようになりました。お付き合いくだされば幸いです。コメント、お待ちしております。
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