『絢劇爛舞 1〜2』作者:レサシアン / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 神秘の息づく大陸、"央原(おうげん)"。広大な大陸に動乱の世を駆け抜けた人々が紡ぐ物語。  第一章【嵐の産声】:央原を統べる"帝国"の北方辺領に位置する、小国"イルレイユ"。 隣国の侵略を受け存亡の危機に瀕する傾国から、それぞれの命を賭し闘う人々の物語が始まる。
全角43518文字
容量87036 bytes
原稿用紙約108.8枚



   序


 青年は初めて、人の命というものを奪った。
 名も知らぬ男の胸に剣を当て、一息で肋の間隙に無理矢理刃を突き入れると、その脈動する臓腑を穿った。
 短い断末魔の後、鮮やかな赤い血がどっと溢れ出し、男の服を朱に、次第に黒く染め上げる。
 男の顔は怒りと恐怖、苦痛と絶望に歪み、しかし青年に焦点を合わせていた双眸はみるみる意志の光を失っていく。
 剣が胸を貫くその瞬間、柄を通して肋を削る硬い感触と、届いた刃の伝える心臓の鼓動が微かに感じられた。だがそれも鋭い剣尖がその心膜を破ると同時に、悲鳴を上げるような痙攣に変わる。
 青年の両腕をがっちりと掴み抗っていたその手が弛緩し、踏み荒らされた草地に力無く落ちた。
 狂ったように全身を震わせ、肺腑を突き破られたせいで溢れ出た泡立った赤黒い血が行き場を失くし、先程まで獣のような荒い呼吸をしていた口腔から零れる。
 驚くほど簡単に、また瞬く間に男は絶命した。
 亡骸に剣を突き立て馬乗りになった青年はそこから一向に動けない。それまでの苦痛や疲労も忘れ去り、余りに膨大な感情が溢れ、身が凍り、脳髄が思考を放棄している。
 間も無く戦いが勝利に終わり、味方が亡骸から引き剥がすまで青年はそこに固まり放心し続けていた。
 ようやく正気を取り戻しても、血に濡れた剣を握りしめ小刻みに震える青年の十指は石のように固まり、麻布を巻いた柄に縋るように張り付いて離すことができなかった。

 それが家族を守る為、生き残る為に剣を取った青年の、初めての戦果となる。
 
 
 
 
 
 
 
   1.【傾国の兵】


      一


 帝国属領北方辺境の夏は短い。央原の北限に位置するそこは土地柄冬が長く、したがってその他の季節は足早に過ぎてしまう。
 北の壁とも呼ばれるクォルプス山脈の大山塊は一年を通して溶けることの無い雪の冠を頂き、麓に清涼な風を送っていた。
 山脈に連なる山岳地帯を覆う、鬱蒼とした針葉樹林の森を切り拓いた農耕地は深緑の季節を迎え、黒麦畑の花を結んだばかりの穂先が夏の陽光を受け、風に揺られる様はまるで深碧に輝く水面のようだ。
 その黒麦畑を貫くように赤茶けた古い街道が一歩、延々と走っている。
 央原各地を繋ぐ煉瓦造りのそこに列を成して行軍するもの達がいた。
 二列縦隊の先頭にはこの地を治めるイルレイユ王家を象徴する、鷹の頭と翼を持った獅子の刺繍が施された群青の旗が風に揺らめいている。続くもの達も群青を基調とした防具や衣服を身に付け、手に手に剣や槍、盾を持って、疲れ切った様子で歩みを進めていた。
 彼らは国を護る為、国中から徴集された兵達だ。農民などが主立ち、年齢を問わず様々な男達が一様に武装し兵役に就いている。
 先の戦闘で一応の勝利を飾ったが、しかしその足取りは重い。
「おい、"案山子"大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
 行軍を続ける兵達の中でも特に疲労のひどい青年がいた。十代後半ほどのその青年は周囲より少しばかり遅れている。
 ぼさぼさに伸ばされ、砂埃と皮脂で汚れてくすんだ金髪はまるで藁頭の"案山子"のようだ。
「大丈夫です。 何でもありません」
 そうは言うが顔色は優れない。泥に汚れた顔を疲労で曇らせた青年は今回初めて戦場に立ち、その手で初めて人を殺めた。ともすれば、それは無理からぬことだ。
「もうすぐ砦に着く。 それまでの辛抱だ」
 そう前を歩く男に励まされ青年は足取りを速める。武装は腰に下げた一振りの直剣だけだが、その分今回の戦闘で獲た敵軍の鹵獲品を持たされた青年の疲労の度合いは大きい。だがそれ以上に初陣の経験が応えているようだった。
 他も似たようなもので、急場を凌ぐ為掻き集められた即製の兵達は、未だに体験したばかりの経験を消化できずにいる。戦の経験のある者はまた違った想いから渋面を浮かべていた。
 そんな士気の上がらない部隊にあって、先陣を行く若い指揮官だけが初陣の高揚と勝利の愉悦に酔いしれていた。

 現在、この山岳地帯を治める小国"イルレイユ"は戦争状態にあった。隣国"ギュラストル"による突然の軍事侵攻を受け、反攻の体制も整わぬイルレイユは開戦から一ヶ月の間に国土のおよそ四割を失う。
 央原の"帝国"統治による泰平の世にあって、両国の領主主導での国境沿いの僅かな国土を巡る程度の小競り合いは繰り返されてきた。しかし、お互いに土地も貧しく、経済的に豊かといえない弱小国同士大きな衝突も無く、平穏な日々を送っていた。
 だが一月前、何の前触れも無くイルレイユ王室にギュラストルから全面的な宣戦を告げる書状が届く。それと同時にもたらされたのはギュラストルと領地を接し、永くその地と国境を守護していた領主の謀反と、国境警備の要であった砦の陥落を告げる報せであった。

 砦を目指し行軍を続ける一団が丘陵に続いた街道を登りきると眼前に巨大な断崖が現れた。
 神代の時代、地殻変動により隆起したクォルプス山脈を東西に横切るラ=ギエタ大断崖が地平線いっぱいに続いている。街道はまっすぐ大断崖に延びており、その先には大断崖を縦に引き裂いたような大きな谷が大断崖の向こう、山脈の麓に続いていた。
「砦が見えたぞぉ!」
 街道を進む彼らの前に砦がその姿を現した。遠く大断崖の裂け目に灰色の巨大な建造物が見た。深い堀と堅牢な城壁に囲まれ、装飾を排した武骨な石造りの城が断崖を背に佇む。
 敵からみれば魔境へと続く門のような不気味さを持っていた。大断崖の裂け目にはめ込まれるように建設されたこの砦は、大断崖を城壁に、砦自体を門にみたてイルレイユの首邑の防衛を図る天然の要害だ。
 側面を断崖に阻まれ、攻勢側は前面部の城壁からしか攻めようが無く、迂回しようにもイルレイユの街道は、一度全てこの地に集結するよう敷かれている。
 迂回路が無い事もないが断崖絶壁を行く急勾配の側道である為、大軍の行進には不向きであり、なお且つ常に落石と滑落の危険が付きまとう。
 この地における守りの要、"ラ=ギエタ城塞"が彼ら一団を待ち受けていた。
 彼らが堀の前に辿り着くや否や、帰還を察知していた物見番が開門を知らせる大太鼓を打ち鳴らした。上げられた大きな跳ね橋が内から人馬の力によって下げられる。ズン、と跳ね橋が降りきると鋼材で補強された厚く重々しい主門がゆっくりと開かれた。
 四頭仕立ての大型馬車でも悠々と行き交えるだけの大きさの門を潜ると、砦の中庭に出た。
 そこでは大勢の兵達が将官の指揮の下で戦闘教錬に励み、はたまた兵糧や樽詰めの葡萄酒、軍馬の飼い葉や武器、塩など様々な輜重品を積んだ荷駄が行き交い、庭の端に備え付けられた鍛冶場で職人達が剣や槍の穂、矢じりや蹄鉄などの修理、鍛造に槌を振っている。
 雑然とした中庭を突っ切り、天守のある城の前まで進むと若い指揮官は勝利と祖国を称えた短い演説をぶった後、部隊に解散を告げ、騎乗していた馬を従士に任せて報告の為に城の中へと引っ込んでいった。
「あの阿呆め、やっと解放されたぜ」
 若い指揮官の演説を鼻白ばんだ様子で聞いていた男が閉ざされた扉に向かってこぼした。やれ愛する国の為に決死の覚悟を持ってだの、戦場で散るは武人の誉れだの、こと戦死に意義を見出したような指揮官の話は、生き残る事が第一の兵達にしてみれば見当違いもいいところだ。
 この砦にはあの指揮官のような、小家の次男、三男や、領家の家督争いの末に放逐された者、政治闘争に敗れた者、宮廷から爪弾きにされた変わり者など、左遷された者ばかりが将官として派遣されていた。
 この時、宮廷は砦を時間稼ぎの犠牲として見捨てることを内密に決定している。反攻の体制が整うまでの殿役、十対一という絶望的な戦力比からすれば生還は夢物語の様なものだった。
 それで捨て駒にするならば損失しても不利にならない人物が密かに選出された。それは同時に体の良い厄介払いにもなる。しかし、密かにとはいったもののその編成を見ればその意図は明らかなのだが。
 開戦直後から怒涛の進撃を見せたギュラストルの大部隊は国内各地に分派し、その地を守護する領主達に組織立った抵抗を許さぬまま、彼らの領地と領民、そして彼ら自身を蹂躙した。野火の如く戦火を拡げ、開戦から二週間という驚異的な早さで占領地を国土の四割までに拡げた。
 そんな強軍と対峙する、イルレイユ守備部隊に与えられた任は"ラ=ギエタ城塞の絶対死守"。見積もりでは三ヶ月以内に陥落されるものと予想されていた。しかし、その予想を遥かに超える事態となるのだが。
 しかし、少しでも聡い者ならば、自分達に待ち受ける絶望的な将来は直ぐに分かる。嬉々として戦に臨むあの指揮官は果たして自分の置かれた状況を理解しているか、定かではなかった。

 疲れ切った兵達は砦の武器庫から借り出した武器を戻し、各組ごとに散っていく。青年も持たされていた鹵獲品を鍛冶場に置き、早々に自分の属する組へと戻っていった。日はすでに西へ傾き、空が橙に染まり始めている。
「"案山子"か、異常はなかったか?」
 よく通る声が耳朶に響く。案山子と呼ばれた青年、名をリディアといった。元は農夫だったが今回の戦で故郷を焼かれ、家族共々逃げ延びた。そして逃げ延びた先で行われていた募兵に志願し、この砦に配されていた。
 本来は領主の徴集に応じ、兵役につかねばならぬのだが、リディアが逃げ延びた先の街では領主がすでに逃げ出していたため、募兵という形をとっていた。
 そして募兵に応じたものには国から支度金が支給され、無事生還した場合には更に報奨金が与えられることになっている。幼い頃に父親を失った彼の家は母子家庭であり、更に住んでいた土地と家財を失った彼にはこうする他、今年の冬を乗り切る手立てが思い浮かばなかった。
 彼は宿舎である場内の隅にある小さな天幕に戻っていた。そこには一足先に戻っていた男達が顔をそろえている。
「はい、大丈夫です」
 砦の倉から引っ張り出した油布の天幕は、前後に支柱を立てた三角型だ。その支柱から二本の張り綱を伸ばし、木杭で留めていた。裾も同様に木杭で留め風が吹いてもめくれ上がらないよう工夫されている。
 中は男五人がやっと横たわれるだけの空間があり、立てば腰を曲げていないと頭が天井に擦ってしまう。剥き出しの地面には藁を敷きつめていた。日差しで蒸された中の空気を排すために前後の入り口が大きく開けられている。
 それが敷地内に整然と並んでおり、リディアはその中の一つに入る。天幕の中には男が四人、車座になって座っていた。リディアは一番奥、丁度正面に座る男へ報告を済ます。
「よし、これで一先ず全員が無事に帰ってこれたわけだ」
 奥に座った男が座るよう促した。それに従って藁の敷かれた地べたに座り、リディアは改めて男達を見まわす。
 一番奥、正面に座り無精ひげを生やした三十絡みの男がリディア達の所属する五人組の"組頭"と呼ばれる、先任者だ。組頭は五人の中でも唯一戦場働きを経験しており、正規の守備兵だった事から先任者として配置されている。経験に裏打ちされた言葉には重みがあり、仲間を引っ張っていく頼もしい兄貴分であった。
 その隣に"木こり"と呼ばれている男が座る。木こりは常人の一回りも大きな体躯をもった偉丈夫である。人並みであるリディアの頭一つ分は飛び出ている。生来寡黙な性質なのか、滅多に口を開くことはない。この辺りの山村の出自でやはり以前は木こりを生業としていた。そのためか彼の二の腕は子供の胴程の太さがあり、新兵ながらその寡黙さも相まってただならぬ迫力を備えている。
 木こりの正面には対照的に線の細い小男が、リディアよりも更に疲れた様子で項垂れていた。元は工兵隊に属していたことから"大工"と呼ばれていた。原隊より人手不足を理由にこの五人組へと飛ばされた男だ。小胆者で今回の戦闘では怯えるばかりでまるで役に立たなかった。しかしながら工兵隊に属していたことから手先が器用であり、思いのほか頭の回転も速い。
 最後に"根暗"と呼ばれる男が周りから少し距離を置いて座っている。年の頃はリディアと同じ十代後半といったところで、イルレイユでは珍しい栗色の長髪を一房に束ね、鼻先まで伸びた前髪が表情を隠していた。この組が編成され一週間が経つがリディアはこの男が喋ったところを見たことが無い。寡黙さでは木こりにも引けを取らない。しかし部隊においても、組においても馴染む様子の無い彼を周りは変わり者扱いしていた。確かに時折覗く双眸には剣呑なものがあり、どこか異様な雰囲気の男であった。
 リディアを含めた彼らが組織における最小の編成単位"五人組"の仲間達だ。寝食を共にし、全ての行動をこの五人組を基準に行う。部隊編成に置いてもこの組が幾つも集まり、五十人隊や百人隊といった部隊となった。
「今日はもう休みで、明日は武術演錬だそうだ」
 組頭が明日の予定をざっと告げた。出陣がないと分かりリディアは内心、胸を撫でおろす。初陣の衝撃は大きく、人を手に掛けたという事もあり、まだ気持ちの整理がついていない。ともすれば城内での訓練はまさに福音だった。
「あぁ、よかった」
 それを聞いて大工も同じ気持ちだったのか顔を綻ばせている。木こりも初陣のはずであったが肝が据わっているのか、表情一つ変えず黙したまま頷くだけであった。
「安心するのは早いぞ、大工。 急遽、出陣することだってあり得ない話じゃあない」
「そんなぁっ!」
 安心した大工を見て組頭が冗談めいて脅かした。無精ひげを擦りながら演技がかった剣呑な笑みを浮かべている。
 それを聞いて安心しきっていた大工は、ネズミの様な顔を歪ませて竦み上がった。溜め息をつく大工を見て組頭は愉快そうと笑う。
「だが、安心しろ大工。 敵の本営は数十里も先よ、だいたい一週間ほどは今日の様な小勢ばかりだろう」
 現在ギュラストル軍は分派した主力部隊と後発の輜重を携えた荷駄部隊を集結させている。そしてその後に攻城に向けた編成を取りなおしているのだ。リディアらイルレイユ軍の守るラ=ギエタの砦、そしてその後に続く山岳地帯は騎馬の活躍の場ではない。従来通りの歩兵主体の編成にならざるを得ない。
 そのため今日の様な偵察を目的とした小勢の尖兵部隊を送る程度に留めているのだ。しかし、集結し再編が完了すれば、それ以降敵との本格的な衝突が起こるだろう。そう組頭教えられた大工はまったく気が重くなった。
「暗い顔をしていたって始まらない、さっさと夕飯にして早々に寝ちまおう」
 組頭が沈みかけていた天幕の空気を変えるため、夕食の準備を指示する。天幕の前に石を積んだだけの簡素な竃があり、木の枝で組んだ鍋掛けに使い古された鉄鍋がぶら下がっていた。
 木こりがその大きな身体を丸め、取ってあった種火を藁に移し竃に火を入れる。調理の準備はいたって簡単だった。水桶から水を汲み、持合いの食材を鍋に放り込む、それだけで調理のほとんどは終わったようなものだ。
 正直、リディアは気が重かった。初めての戦場と殺人の体験が彼から食欲を根こそぎ奪っている。なにせ戦闘が終り、正気に戻った途端に盛大に戻しており、今でも水くらいしか身体が受け付けなかった。
「食が進まんとは思う。 が、食わなきゃこの務めはやっていけん。 多少無理してでも胃に流し込め」
 組頭は口調こそ厳しいが、それは部下を気遣ってのことだ。無理に笑顔を浮かべて応えたが、リディアの顔はむしろ痛々しい表情になってしまった。
 半刻(約一時間)程で夕食が出来上がる。鹿の干し肉と炒った黒麦の粥だった。味付けは塩で済ませた簡単なものだが、干し肉から出た旨みが効いていてそれなりの味である。
 それを平等に五人で分け、皆黙々と粥を掻きこんだ。木製の器に分けた粥をリディアは持て余している。他の四人は苦も無く、または苦しみながらスプーンで粥を口に運んでいる。
 ちらりと組頭がこちらに視線を向けた。
「いいから食え。 それも仕事だ」
 そう叱りつけ組頭は再び食事に没頭する。
 意を決してリディアは粥を口にする。
「…………」
 そしてまた一口。
「…………、――っ!」
 次の一口に移る前に、しかし喉の奥から酸っぱいものが耐え難い衝動を持って、込み上げてきていた。


 西の山々に日が沈みかけ、丘陵地帯は全て黄昏の赤に染まっていた。平原部から送られる粘ついた温い風が、山地からの涼やかな風に変わり始めている。夏虫の歌声と、草木が風に撫ぜられる音が辺りに満ちていた。
 恰幅の良い壮年の男が小高い丘を登ってくる。群青の鎧姿は焼けるような夕陽を藍色に反射していた。
 丈の短い草地を行く足取りは悠然としている。一歩一歩、何かを確かめるように踏みしめ、丘の頂上を目指していく。その度に鉄となめし皮の鎧と、腰に差した鋭剣ががちゃがちゃと擦れ合う。
 丘の頂上まで辿り着くと、彼は少々息を上げていた。禿げ上がった頭に残る髪には白いものが混じっている。
 丘の上に佇んだ男は眼を閉じ、深呼吸をした。鼻腔一杯に広がる青々しい緑と生命溢れる土の香り。
 それは夏の香りだった。男が愛した故郷の香りだった。
 草原のさざ鳴りを乱すように、丘の下から蹄を蹴る音が聞こえてくる。それは段々と近づき、そして彼の後ろで止んだ。
 馬の嘶き、その後に若い男の声が彼を呼ぶ。
「閣下、兵どもはすでに配置に着きました。 皆、あなたの事を待っております」
 若い男は彼を二十ほど若くしたような精悍な顔立ちだ。腹は出ていないが顔つきには血筋を感じさせるものがある。
 「先達が愛し、私が愛した景色だ。 お前が小さかった頃はよく遠乗りに連れてきたものだが」 
 壮年の男は振り返らず、愛おしむように、懐かしむように言う。馬から降りた若い男が彼の隣に並んだ。
「覚えております。 あの頃は鞍の硬さが嫌でたまらなかった」
「よく尻が痛いと言って、泣いておったものな」
 壮年の男は遠い昔を懐かしみ、微笑む。どこか気恥かしそうに笑いながら、しかし胸を張り、誇るように若い男は応えた。
「私も愛しております。 この景色も、そしてそこに住む人々も」
 遠く丘の向こう、起伏に富んだ丘陵地帯一面に緑の畑があった。山脈からの風を受け、さわさわと波打っている。そこには小さな集落が幾つも点在していた。
 しかし、それは今や黒煙を上げている。未だ赤い炎が燻る所も見て取れる。黒い筋は丘陵の向こうからも無数に立ち上っていた。
 それを見た壮年の男の目に深い悲しみの色が滲む。
「行きましょう、父上。 もうすぐ奴らはここへ来ます」
 笑みを打ち消し、切迫した表情でもう一度、父と慕った男を促した。
「愛した故郷を今一度、目に焼き付けておきたかったのだ」
 壮年の男は踵を返す。丘の下には群青の軍隊が彼らを待っている。自らも馬に跨り、その最前列へ駆け出る。若い男もその後ろに付き従い、その手には群青の旗がなびいてる。
 壮年の男は鋭剣を腰から抜き払い、天に向け掲げる。先程の穏やかな声とは打って変わり、腹の底から響くような大声で彼の臣たちに叫ぶ。

 ――――遠く、地を震わすような蹄の音が響いている。

「蛮族共は直ぐそこまで迫ってきておる! これが最後の戦よ! せめて最後に一つ、一矢報いて死に花を咲かせ、イルレイユ人の意地を彼奴めらに見せつけようではないかっ!」
 五十人にも満たない隊列から雄叫びが上がる。壮年の男の鼓舞に合わせ何度も上がり、そして彼らは前進を開始した。

 ―――幾多もの蹄の音は次第に大きくなっていく。

 雄々しく前進する彼らの前に長い傾斜の続く丘が待ち受けていた。

 ――夏虫の鳴く声が止んでいる。蹄の音は今や大気を震わせるほど轟々と響いていた。

 丘の頂上に砂煙が上がった。それに続くように幾つもの赤い軍旗が現れる。

 今や蹄の音は大地を、大気を震わせていた。そして、昏く藍に染まり始めた東の空の下、丁度彼らが目指す丘の頂に焼けつくような赤い鎧を纏った騎馬が一斉にその姿を現した。
「突撃にぃ、かかれぃっ!!」 
 蛮声を張り上げ彼ら親子と兵達は丘を駆け登る。錆びついたような赤い人馬の群れを目指し、彼らはひたすらに駆けた。雄々しく、勇ましく、地を蹴った。
 赤い群れは臆する事も無く、彼らの突撃に応じる。怒涛の勢いを持って丘を駆け下る。蹄に巻き上げられた草が土が宙を舞い、もうもうと土煙を上げた。その勢いは彼らにとり絶望的だった。
 五百騎にも及ぶ騎兵の群れはちっぽけな青い塊に襲いかかった。両軍の蛮声と幾多の蹄の音とが黄昏の丘陵に響き渡る。
 そして彼らは衝突した。
 悲鳴にも似た蛮声が上がり、群青の軍隊は瞬く間に赤い暴力の奔流に呑み込まれる。
 赤い人馬の群れは止まらない。嵐の様な暴力が全てを蹂躙する。草花も大地も、そして人も、何もかも全て。

 赤い騎兵の群れが丘を降りきる。そこでようやく勢いが衰えた。彼らが踏みしだいた大地は黄昏と、血と、肉とで赤く染まっていた。
 そこに群青をたたえる姿は、――無い。
 一団の先頭を行く騎馬が騎槍を掲げる。そこにはイルレイユ南部地方、丘陵地帯の一角を治めた大貴族、モリア・ダブデ伯爵とその嫡子オデロ・ダブデの首級が共に揺れていた。
 彼らは止まらない。この国全てを蹂躙し、幾多の死を撒き散らすべく、宵闇に染まり始めた丘陵からギュラストルの軍勢は再び前進を開始する。


      二


 央原北西部に位置するクォルプス山脈に連なった山岳地帯を治めるイルレイユは貧しく小さな国だった。
 寒冷な気候と険しい山々は農業に適さず、黒麦や芋類など作れる作物も限られていた。
 地下資源もまともなものは鉄鉱脈ぐらいで、神金"オリハルコン"や聖銀"ミスリル"など希少金属鉱床は無いに等しく、金や銀、銅など他の鉱床も乏しい。畜産においても土地と気候上の問題から盛んではない。少しばかりクォルプス杉材を主とする林業が盛んな程度だ。
 少ない国力と短所ばかり目立つ風土から、建国から大きな戦乱に巻き込まれることも無く、歴史の長さと平和だけが取り柄の田舎である。
 近年になり、国境に近い丘陵地帯が開墾され生産力が上がっているがそれも僅かばかりなもので、隣国ギュラストルとの領土問題もあり農地拡大も頭打ちになっていた。
 ラ=ギエタ大断崖はイルレイユを二つに分ける境目だ。大断崖より南、丘陵地帯と北限特有の針葉樹林の森に覆われた南部地方は、近年の農地拡大が功を奏し国内では豊かであった反面、ギュラストルとの国境問題に頭を悩ませている。
 北部はクォルプス山脈の山岳地帯に面し、険しい山々は国の発展を妨げていた。しかし、自然は豊かなもので央原を走る大河の源流が流れ、手つかずの原生林が広がる山々には国旗にもある鷹頭有翼の獅子"グリフォン"や光り輝く一角馬"ユニコーン"など、他ではめっきりとその数を減らしてしまった幻獣、魔獣が未だ数多く生息している。
 首都であるイレーナは人口二千にも満たない小さな都市だった。イルレイユ北部地方の更に北に位置し、クォルプス一の大山塊を背にした山腹に、階段状に整備された街が区画ごとに広がっている。
 首都、王家の膝下にあってもその発展度は些か控えめであった。イルレイユにおける経済の中心が南部に移ってからは、その様相は酷くなる一方だ。王族が住まうその城下であり、政の中心であることが重度の過疎と荒廃を防いでいる。
 イレーナの最も上部に佇む王城、オーロ=レディヌ城はその背後に見えるクォルプス山脈の威容にも劣らぬ、荘厳な佇まいで城下を睥睨していた。
 遠景からは白磁の如く輝く白煉瓦の城壁は、夏の日差しを浴びて更に白さを際立たせていた。左右対称に四棟の塔が立ち並び、中心には一際大きな天守がそびえ立ち、山中にあるそれを王の居城たらんと誇示している。
 正面に広がる庭園には、高所より引き入れた雪解け水が噴水を通して宙に飛び出し、輝いている。グリフォンを象った彫像や、専属の庭師によってよく手入れされた樹木など辺境の小国にしてはそこそこのものであった。
 普段静かな城内はその日、どこか浮き足立っていた。玉座の置かれた謁見の間では数十人もの家臣団、各地を統べる大貴族達が集まっている。
 磨り硝子によって柔らかくなった陽光が大理石の柱が並ぶ、格調高い宮廷様式の広間を明るく照らしてた。しかし、そこを満たした空気は重苦しく騒がしい。
 イルレイユ王家の象徴たる神聖な獣、グリフォンの描かれた巨大なタぺストリーが壁に架けられ、濡れたように光る大理石の床の中央には、群青の絨毯が玉座に向かって伸びている。その両側に大貴族、それに家臣達が控えていた。
 厚みのある絨毯が伸びる数段高くなった位置、王族と限られた者だけが立つ事の許されるそこに、大きな青壇の玉座と共に至高の冠を戴く王の姿があった。
 歴史を物語る、長い間使われた調度品だけが持つ独特の艶の滲む、鷹頭有翼の獅子を象った王座にイルレイユ国主、オディール・ド・フォビア・イルレイユはもたれかかり瞑目していた。
 腺病質な青白い顔を更に暗くし、今日何度目になるかわからない深い溜め息をつく。
 彼は頭を痛めていた。齢七十を超えた老王は連日開かれる会議にいい加減辟易している。議題は分かりきっている。現在イルレイユの直面する危機、侵攻したギュラストルへの対策についてだった。
 しかし、その結末も彼は知っていた。
「打って出るべきだ! 失われた誇りを、苦しむ国民を救う為にも!」
「それは貴殿が領地を取り戻したいからであろう? 最初から民草を率い、立ち向かえばよかったではないか」
「貴様こそ敵国相手に密通しようと画策しているそうではないか。 さっそく保身に走るとはやはり北の穴熊らしい。 姑息さだけが貴様らの取り柄よ」
「貴様、何を証拠にそんな世迷言を! 侮辱する気か、敵を前に領地も領民も見捨てて逃げ出した南部の臆病者がっ!」
「和議を、ギュラストルに今一度、和平を求める使者を。国土の四割を失った今、我が国に大規模な抗戦をするだけの国力は残っておりません。 南部の難民が城下に溢れる今、国庫を解放しなければ暴動が起き、抗戦どころの話ではなくなりますぞ。 今は和平を実現させ国を立て直すべきです」
「徹底抗戦のほか道は残されておりません。 大断崖を超えれば蛮族はこのイレーナへ殺到します。 そうなる前に打って出るべきです。 冬まで堪えれば敵は撤退するしかない。 冬の間に我々は反攻の準備をすればよろしい」
 この様である。南北の貴族達が罵り合い、文官が和平を唱え、武官は反撃すべしと訴える。
 一向に進展しない会議。国土の四割を失い亡国となりつつあるというのに各々自身の保身、権力拡大に東奔西走している。
 いや、滅びかけている今だからこそ、なのかもしれない。
 ともかく国の命運を分ける会議は終始この調子であった。それが一週間は続いている。王は玉座でこの様相を憂いでいた。
 オディール王は物静かな人物だった。文武に優れる傑物でも無く、容姿人格に優れる美君でもなかったが、領主諸侯、家臣達に疎まれてはいなかった。
 執政能力には特に問題が無かったし、政も先人達がそうであったように自身もまた波風立てること無く、無難に王としての務めを果たしてきた。
 彼は即位してからというもの、家臣達の顔色を窺うように生きてきた。人と争う事を恐れる生来の臆病な気質と、先代の王、彼の父が諸侯と対立し退位に追い込まれ、彼らに担がれ王となった彼はそう生きざるをえなかった。自らの本心を述べようとしても、これまでの経験がそれを阻んでいる。
 だからか、自らの臣下に決して逆らわぬ彼にこの状況を解決する指導力、決断力は無かった。
 結局、開戦以来行った事といえば和平派、抗戦派の意見を折半し、ギュラストルに対して会談の場を求め、宗主国である帝国に助けを求めた事。ラ=ギエタ城塞への派兵の決定ぐらいである。まあまあの妥当案だといえなくもない内容だった。
 しかし、和平案しても前者は送り出した使者が戻らず、ギュラストルからの返信も無い。後者にしても、帝都到着まで早馬でも昼夜問わず駆け四、五日といった距離で、その上、辺境の小国同士のいさかいに腰の重い帝国が動く見込みも低い。動いたところで大所帯の帝国軍ではいつ到着するのかも見当もつかないといったところだった。
 つまり自分達でどうにかするしかない。
 抗戦派の訴える派兵についても領主達が出兵を渋り、結局国内で徴集された兵を各派が推薦した人物に任せ、守備部隊としてラ=ギエタ城塞へ派兵している。しかし、それでも充分ではなく、かの砦は長く保たないであろうとされていた。 
 将兵の人選について彼は一切、触れなかった。自らの臣民たる者達を死地に送る事に、一切の躊躇いを覚えなかった。家臣達は将官として選ばれた者は勇壮で知られる剛の者です、と話してはいたが実際のところは彼でも感づいてはいる。
 しかし、それに眼を瞑る事で宮廷内の政治闘争がいくらか鎮静するならばと、安堵すら覚えていた。
 彼は泰平の世に慣れ親しみ過ぎていた。いまだ自国を取り巻く情勢も他人事の様な感がある。それはここにいるほぼ全ての者に共通することでもあった。
 謁見の間は相変わらず騒然としている。オディール王は深い皺の刻まれた顔を宙に向け、ふと考えた。
 なぜ、ギュラストルはいまになってこのような暴挙に及んだのだ? この泰平の世にあって、戦争を起こす利点がどこにある。しかし、その問いの答えをここにいる誰も持ち合わせていない。
 南北の貴族達の罵詈雑言の合唱が一際大きく謁見の間に響いた。
 会議の混迷は更に深まる一方だった。


      三


 夏日が照りつける、茹だるような暑さの中、ラ=ギエタ城塞の中庭に兵達の気迫のこもった声が響いている。百人以上の男達が防具を身に纏い、手に剣を持って等間隔に列をなしていた。
 あの若い指揮官の号令に合わせ裂帛の気合をもって振われる剣は空を切る。
 その中にリディアら五人組の姿があった。朝から経験者とそうで無い者の二組に分け、構え、足運び、素振りといった具合に一刻半(三時間)ほど剣術の稽古を行っていた。
 本来ならばその後隊列、陣形の形成、移動、変換等の集団戦を見越した訓練を行うのが常だが、籠城戦に主眼を置いている今回の戦ではその時間を各個の剣技向上にあてている。
 朝から通して続いた稽古にようやく休憩が告げられると、兵達はその場に座り込んだ。皆、額に玉の様な汗を浮かべ、息を上げている。
「組頭はよく平気ですね」
 リディアは座り込みながら組頭を見上げていう。この先任者を改めて尊敬していた。木剣を用いる道場流の稽古ではなく、鞘に収めた剣の鍔元を鞘帯で外れないように固定してそのまま稽古に用いる実践重視の方法をとっており、重さに慣れるのが早くなるが、その分体力の消耗も激しかった。
 百をゆうに超える素振りの効果は絶大で、リディアの腕は意識とは関係なく、疲労から小刻みに震えている。昨夜初陣の経験が悪夢となって甦り、満足に眠れなかったことも影響していた。
「無駄な力が入ってるんだ。 それに日頃使わないところにも力が入るんで余計そんな様になるのさ」
 それに何事も要領よくな、と周囲に聞こえないようにひっそりと付け加えた。その顔には微かに汗が浮かぶ程度で応えた様子はない。本来、経験者である彼がこうして共に稽古をおなっているのは、初心者ばかりの五人組を指導する為であった。
「俺、上達しましたか」
 リディアと木こり、大工の三人は素人同然であった為、組頭が付きっきりで指導にあたっていた。意外であったのが根暗が剣術において自分達よりも数段は上であろう腕前を示していた事だ。彼は汗一つかかず涼しい顔をしている。
 リディアは根暗の構え姿を思い出す。力が入りすぎる事も無く、自然体で悠然と構える剣尖は微塵の揺らぎもない。超然としたその姿は見惚れるほどの美しさがあった。
 だが同時に焦りにも似た羨望も覚えている。自分と同じ平民、歳もさして変わらぬ青年に出来て自分に出来ぬ訳がない。若さゆえか、才能というものもあるだろうが努力すればきっと自分もあのような域に達するはずだ、と根拠のない確信があった。
 しかしその確信はその後、脆くも崩れ去る事になる。
「あぁ、お前は三人の中でも頭一つも二つも飛び抜けている」
「本当ですか!」
 その言葉を聞きリディアは顔を輝かせた。素直な青年だ、と組頭は思う。
 リディアは農夫上がりである。畑仕事で培われた膂力は、剣術で必要なそれに多く通ずるものがある。この時代、小家の貴族が畑を耕すのもそういった面も含まれていた。実際、大半は自活の為なのだが。
 それにリディアの呑み込みは驚くほど早く、一を教えれば十を覚える、被教育者として優秀すぎる資質をみせ、組頭を内心驚かせている。当初の頃とは比べ物にならないほどの上達ぶりだった。
 あとは戦う者としての心構えさえあれば優秀な戦士になると組頭は期待している。
「もう……無理」
 リディアの脇では大工が仰向けに倒れ伏し、喘いでいた。剣を投げ出し今にも泣き出しそうな顔をしている。
 それを見た組頭は苦々しい表情を浮かべ怒鳴りつける。
「大工、そんな調子じゃ昼までもたんぞ」
「そうは言いますが旦那、とてもじゃあありませんがあっしにはこれが限界でさぁ」
 見かけを裏切らない木こりは鈍重ながら力強い構えと素振りをみせていた。大柄な彼が剣を持つとまるで童の玩具の様に小振りに見えてしまう。
 それを振う姿はある種の愛嬌すら感じさせ、組頭は稽古中こぼれそうになる笑いを堪えるので必死だった。
 反面、見かけ通りなのは大工も一緒で剣を持った姿は危なっかしく、数度の素振りでもう息を上げていた。根性と体力が根本から不足している。この男が大工だったという話ですら疑わしく思ったほどだ。
「あっしは装飾専門の彫刻師でして」
 大工は肩で息をしながら弁明する。これでは先が思いやられると、組頭は眩暈を覚えた。
 稽古に励む兵達を労って将官の一人が従士に言いつけ、汲みたての井戸水をカメ一杯用意させていた。荷車で中庭に運び込まれると、疲労と暑さに喘ぎ亡者の様だった兵達は顔色を変えて我先に群がり始める。
 もう指一本も動かせないと漏らしていたくせに、大工は先陣を切ってカメへと取りついた。それを見て組頭は呆れかえる。
「あの野郎、もっと厳しく絞めても大丈夫だな」
 怒りに身を震わせながら剣呑な笑みを組頭は浮かべた。当の大工は先ほどとは打って変わった様子で井戸水を勢いよく飲んでいる。
「あまり飲み過ぎるな。 後から身体が怠くなるぞ」 
 組頭が組員に注意を促す。リディアもカメに駆け寄り、柄杓で水を飲んだ。口の端から零れ落ち服を濡らすのも構わず、勢いよく飲み下す。地下深くから汲み上げられた井戸水は真夏でもよく冷えており、一口飲む度に精気が漲ってくる。
 組頭はそんな彼らの様子を見て、束の間だが安堵を覚えていた。五人組の組員達はおそらくは初めてであろう体験した戦闘、殊殺人という禁忌の経験に少なからず順応を見せ始めている。
 殺人という行為は否応なしにそれを犯した者の心に影響する。良い意味にしろ悪い意味にしろ、それが極端に現れるようでは次に戦場へ立った時必ず悪影響を及ぼす。組頭はそれを経験で知っていた。
 敵を目の前にし躊躇を覚え、そこを突かれる。興奮し必要以上に突出して敵刃にかかる。そうした者を彼はこれまで目にしてきた。
 だが、組員達が異常をきたした様子は無い。いつもと変わらぬ今の態度がそれを教えていた。
 彼らは一応戦士としての第一関門を超えた事になる。また出陣すればぶり返すかもしれないし、まだ表面化していないだけかもしれない。が、今のところはうまく行っている。
 昨夜リディアが食事を戻した時、もしかしたらこいつは駄目かもしれん、と不安にかられたが、何とかなるのではないかという思いが今は強い。
 結局のところ、経験を積む事ぐらいでしかそれを克服する術を彼は知らない。人に刃を突き立てるあの薄ら寒い感触は、いつの間にか食肉をさばく程度と同じような感覚になる。彼自身がそうであった様に。
 皆が一息ついた頃、自らも休憩をとっていた指揮官が現れた。
 流れるような金髪を品良く切り揃え、貴族の婦女子受けしそうな甘い顔立ちには、いつもの通り自信に満ちた不遜な笑みを浮かべている。
 歳もさしてリディアと変わらぬ彼はイルレイユ有数の武門、ベルドナッド家を生家としている。北部有数の大領主の末子だった。その家から輩出された者は皆、国の騎士団に所属し、その舞名を轟かせている。幼い頃から国へ仕える騎士としての教育を受けているだけあって、剣術に関すれば砦に配された将官の中でも屈指のものを持っていた。
 だが経験の無い割に自尊心が高く、末子として甘やかされて育った為か我が儘で自分勝手な面を持ち合わせ、他の将官との折り合いも悪く兵達からの評判も芳しくない。
 彼は従士と稽古内容について話し込み始めた。
「そういえば組頭の出身はどこなんですか?」
 いつの間にか戻ってきていたリディアがきいた。彼はまだ自分の仲間達を良く知らない。
「生まれは北部だ。 代々猟師だった」
「なんで兵隊になったんです?」
「次男坊だったからさ。 家は兄貴が継いだ。 それで俺は猟師よりも割の良い兵隊になった」
 そのせいでこんな所に送られちまったがな、と皮肉っぽく笑ってみせた。彼が自分の身の上を語った時、表情に昏いものがさしたがリディアは気付かなかった。
 組頭の名はダンといった。平民層は姓を名乗る事が許されていない。その代わりに出身地や父の名を姓の代わりに名乗る。
 家の相続については基本的に嫡子が全ての権利を保有していた。分割も当然行われているが家を継ぐのは嫡子の役割というのが慣例化している。
「案山子、お前はどうなんだ?」
 因みに彼ら五人組で使われている愛称は全てダンが考えたものだ。親しみやすさと、その方が覚えやすいからだという。
「俺は南部です。 ここよりもう少し南にくだった小さな農村で生まれました。 幼い頃に父を亡くして、母が女手一つで俺と二つ下の妹を育ててくれて。 貧しかったけど幸せでした」
「妹がいるのか、別嬪さんか?」
 組頭、ダンが好色な表情を浮かべた。
「どうでしょう、もう十六になりますが男勝りが過ぎて貰い手が見つからないくらいですから」
 この時代、歳が十五も過ぎれば成人とみなされていた。結婚について言うなら、早いもので十かそこらで嫁婿に出される。特にそういった傾向が強い農村部では、そのあたりの歳が一番縁談に困らない年頃である。
 ダンがリディアの顔を見やった。なりは別として、顔はかなり整っている。墨を引いた様な形の良い眉、高過ぎず低過ぎない筋の整った鼻、蒼く透き通った双眸は若々しい精気に輝いている。
 粗末な身なりさえ整えれば女受けしそうな中々凛々しい青年だろう。妹もかなりの美人では、とダンは踏んでいた。
「この戦、無事に生き残ったら是非一度会ってみたいもんだ」
「構いませんけど、手は付けないで下さいよ? 嫁入り前の大事な身なんですから」
 リディアの家族は北部へ逃げのびている。母と妹は流民を受け入れている教会の軒を借り、彼が用意した僅かばかりの支度金で糊口を凌いでいた。
 ここ最近めっきり病弱になってしまった母が気がかりだったが、歳の割にしっかりとした妹が面倒を見てくれているだろう。家族の為にもここで果てるわけにはいかない。
 彼を支え、戦地に立たせるのはそんな想いがあったからだ。

「休憩やめ、休憩やめぃっ」
 従士が休憩の終りを告げる。
 休んでいた兵達は命ぜられる事無く元の隊形へ戻った。人員の点呼を取り、報告が終ると従士から次の稽古の内容が告げられる。
 打ち込み稽古が始まった。
 二人一組に分かれて行われるそれは、攻撃と防御の術を習得させる為に行われるものだ。攻守に分かれ一方は打ち込み、一方じゃそれを防ぐ。斬撃、打撃、刺突、体当など様々な攻撃を順繰り行い、受ける側はそれを防ぎ受ける。
 交互に基本的な打ち込みを済ませると今度は応用動作、受け流しや躱し、返しなど基礎技術を複数盛り込んだ応用技術の習得を目指す。
 それらを何度も反復する事で、身体にその動きを染み込ませるのだ。
 それを終われば今度は掛かり稽古が待っている。
 リディアの相手となったのは根暗だった。その隣では木こりと大工が悪戦苦闘している。
 稽古相手が未熟な場合、特に受け手となる元立ち側が未熟であると打ち込み稽古は一気にその効率を欠く。元立ちには相応の技術が求められた。でなければ、滑稽な棒遊びの様なものになってしまう。木こりと大工が良い例だ。
 根暗が相手という事もありリディアはいくらか気追っていた。
 両者の体勢が整うと、リディアはあらん限りの力を込めて剣を振る。根暗はそれを剣の腹(厳密には鞘だが)で受け止めた。しなやかに全身を使い勢いを殺し、半歩後退して間合いを調整しながらリディアの打ち込みの威力を完全に殺してみせる。
 それでいてリディアには打ち込ませている感覚をしっかり与えているのだから根暗の技量の高さが窺えた。
 続いて裂帛の気合と共に、大上段で構えた振り降ろしを、リディアよりも細い腕に携えた剣で見事に防ぎ切り、大降りに繰り出された横薙ぎを刀身に片手を添え、胴の脇で構えたまま苦も無く凌ぐ。 
 今度は八相からの逆袈裟を打ち合う形で防ぐと、腰だめになって身体ごと突っ込むように繰り出された突きを、剣を合わせて軌道をずらし、鍔迫り合いの格好で堪えた。
 そこからの肩を入れた体崩しを微かに踏ん張って耐え、リディアに体当たりの感覚を覚えさせる。最後に体崩しの格好から、下段の切り上げの追撃を後退しながらやんわりと受け殺すと基礎の打ち込みが完了した。
 完璧なまで元立ちとしての技量をみせる根暗。息が乱れた様子も無い。一方のリディアは既に息が上がり始めていた。
 やはり慣れない打ち込みで力が入り過ぎ、無用な体力を消耗している。大き過ぎる動作がそれを証明していた。
 攻守が入れ替わる。次はリディアが元立ちとなる番だった。見惚れるほど落ち着いた構えを根暗がとると、緊張した面持ちでリディアがそれに応えるよう構え直す。
 栗色の前髪から覗く双眸が一瞬、細められた。
「――えっ?」
 一瞬だった。重心の乱れも、身体のブレも感じさせない滑らかさで、それでいて一足で二歩分の間合いを詰める蹴り足で、初動を感じさせない自然体を保ったままの運足で根暗はリディアに迫る。正眼で相手の正中線に向けられた剣尖が一切の揺らぎも無く前進し、間合いを侵す。リディアは反応できていない。
 間合いが必殺ものになった瞬間、彼の剣が閃いた。
 鈍い音を発てる剣と剣。辛うじて反応の間にあったリディアだが対応は完全に遅れていた。柳のようにしなやかな、しかし鞭のように鋭い頭頂部を狙った上段が奔った。
 強烈な一撃であった。頭上から襲いくる剣閃をなんとか剣で受けるが、華奢な体躯からは想像だにしないほど威力の乗った一撃だった。衝撃は剣を介してリディアの腕を痺れさせる。
 威力を殺しきれずに体勢が崩れる。しかし根暗は止まらない。
 舞踏のような軽やかな足運びに続く、地を穿つような強い踏み込み、体幹を捻り、滑らかに関節を稼働させて、踏み込みで速度の乗った剣を更に加速させる。
 猛烈な横薙ぎ。苦し紛れに剣で払おうとするが大きく弾かれた。息つく暇なく逆袈裟の斬撃が迫る。
 一際大きな音が鳴り、剣が宙を舞う。振り抜かれた斬撃はリディアの剣の鍔元を捉え、易々と吹き飛ばしていた。
 尻餅を突くような格好になったリディア。あまりの衝撃に手が痛んだ。それを塵芥を見るような根暗の冷たい視線が射抜く。
「……使えない」
 吐き捨てるように罵声を放ち彼はそのまま背を向けた。
 歳不相応な甲高い声だった。まるで少年が声変わりを経ぬまま成長したようだ。
 皮肉にもそれがリディアが初めて耳にした根暗の声だった。
 根暗はそのまま勝手に稽古を投げ出し、天幕のある宿営地へ戻ろうとしている。
 呆然とその背を眺めたきり、引きとめもせずリディアはその場から動かない。只々驚いていた。根暗がどう動いていたか、どうやって剣を振っていたか。まるで分らない。それよりもか、その太刀筋を全く捉えられなかった。
 只一つ分かった事は今のリディアと根暗の間には天と地ほど力の差があるという事だけ。
 リディアは自分の無力に歯噛みした。悔しさと怒りが湧き上がってくる。なんて弱いんだ、俺は。
「貴様ぁ、何をやっておるかっ!」
 野太いがなり声が根暗を引きとめた。振り返れば若い指揮官の従士が大股でこちらに向かってきている。
 野蛮さを練って形作ったような野獣じみた顔の偉丈夫である。戦働きでの武功を見込まれ、召し抱えられた男だった。
「勝手に持ち場を離れるとは何事かっ! 貴様、歯を喰いしばれ!!」
 言うより早く従士の岩のように硬く節くれた張り手が飛ぶ。周囲がざわめき始めていた。まじかに見ていた者がその瞬間、息をのむ。
 これまでその凶相と鼓膜を破らんばかりの怒声により何人もの兵が竦み上がり、それらの奥歯を砕いた恐るべき威力の張り手を、しかし根暗はするりと躱す。
「貴様ぁ!!」
 張り手を避けた者は過去にもいた。しかしそうする事でより悲惨な未来が彼らには待ち構えている。胸倉をその剛腕で掴まれ、人相が判らなくなるほど殴られるのだ。そうなれば奥歯の一本や二本では済まない。過去に殴殺されかけた者は両の手では数え切れないほどにいる。
 根暗の胸倉を掴むべく、その恐るべき剛腕が迫る。根暗はそれを避けようともしない。冷たい視線を従士に合わせ続けている。
 従士の腕が根暗の胸倉を掴む寸前、根暗は彼の手首を素早い動作で先んじ、掴む。そしてそれを一気に捻り上げた。相手の力を受け流し誘導する事で最小限の力で関節を極めている。
「むぅっ!?」
 抵抗を受ける前に従士をそのまま突き飛ばした。そのまま従士は無様に地に転がるが、そこは流石直ぐに体勢を立て直す。根暗はそれを冷ややかに見ているだけだった。
 いつの間にか周囲は稽古を投げ出し、彼らを囃し立て中庭に異様な興奮を生み出していた。日頃から横暴で粗野な従士がやり込められている姿は皆の顔を喜色なものに変えている。
 従士は茹で上げた蛸の様に顔を紅潮させ、剃り上げられた禿頭に青筋を浮かべるほど激昂していた。彼が周囲に殺気立った視線をやると、騒ぎたてていた連中は皆、蛇に睨まれた蛙の様に委縮する。この時彼は内心、自分を見世物の様に見物する野次馬たちも罰してやろうと心に決めていた。
 視線を目の前の根暗に素早く戻すと、歯ぐきを見せるほど顔に怒りを張り付け従士は根暗を観察して、隙を窺っている。対する根暗は今まで見せた事の無い不遜で堂々とした姿勢で従士と対峙している。
 見た目以上に慎重に相手の出方を窺う従士に、しかし根暗が見下すように嘲って鼻で笑う。
「なりの割に胆の小さい男だ。 でかいのは図体だけか」
 それでついに堪えが効かなくなる。狂った牡牛の様に従士は根暗に襲いかかった。握り固めた拳を振い上げ、怒声と共に猛然と突進するが根暗は身構える事無く平然と立っている。
 従士が飛びかかる直前に根暗は姿勢を低く構える。しかし、従士はすかさず殴る為の予備動作から一転し、腰を狙った低空の体当たりに切り替える。正に一瞬の出来事だった。
 殴るように見せかけた踏み込みから一気に姿勢を下げ、弾かれた様に地を蹴る。早過ぎても看破されるし、遅過ぎても決まりきらない、従士は最高の機会にそれを繰り出した。またその動作も低く、そして何より速かった。並の者ではまるで視界から消えたように映るだろう。筋骨隆々な男からは想像だにしない洗練された技術であった。
 従士には確信があった。体当たりに移る為に身体を沈み込またその一瞬、彼は根暗の顔を見ていた。その視線は宙空に向けられ、まるで俺を捉えていなかったではないか。
 確信を伴い従士はこの先の展開を想像する。あの小さい身体で耐えられる勢いではない体当たりは、あの憎たらしい小僧を吹き飛ばし俺に絶対的に優位な体勢をもたらすだろう。後は気が済むまで殴り倒すだけだ。口元に獰猛な笑みがこぼれる。
 従士の頭の中では既にその情景が完成していた。馬乗りになった彼は、弱々しく命乞いを続ける根暗を執拗に殴りつけている。元の顔が判らなくなるほど、滅茶苦茶に腫れ上がれ、鬱血、流血したその顔は恐怖と後悔で歪んでいるはずだ。失禁し失神しても許すつもりは毛頭なかった。せめてその全ての歯を折ってやらなければ気が済まない。
 ――が、彼の意識はそこで突然襲い掛かった衝撃と共に、一気に消失した。 

 それは鮮やか過ぎるほど見事な迎撃だった。根暗は不意に繰り出された低い体当たりを見事に膝の一撃で撃ち落とす。まったく見事に虚を突いた格好であった筈だが、根暗は苦も無く反応していた。猛牛の如き勢きの体当たりを、しかし臆する事無く真正面から打ち砕いている。
 もし怯えて引き下がっていたならば従士が想像した通りの結果が待ち受けていたかもしれない。しかし、自分の倍ほどある体格の、しかも凶暴な威力の体当たりに対しこちらもそれ目掛けて突っ込む胆の据わり様は、生半なものではない。
 根暗が繰り出した膝の跳び蹴りは従士の鼻っ面を捉え、軟骨の潰れる酷く鈍い音と共に従士を地に沈める。
 白目を剥いて昏倒する従士。鼻は完璧に折れ曲がり、頬骨も奇妙に陥没している。あの分では歯もいくらか折れているだろう、顔面を流血で赤く染めていた。
 あれだ、あの動きだ。リディアは根暗を見つめる。初動を感じさせないほど迅速な動き、俺はあれを見る事が出来なかったのだと、離れて彼の全体を見る事で微かに、しかし初めて確かめる事が出来た。リディアはそれを目に焼き付け、何度も何度も頭の中で再生する。
 中庭が静まり返っている。皆突然の事に呆気にとられていた。誰もが根暗の無残な敗北を予想していたし、地に突っ伏した従士がまさかこんな事になるなど正直思っていなかったからである。リディア達ももはや黙って彼の動向を見守る以外、出来ることがなかった。
 しかし、人垣から拍手が一つ発せられた。皆がそこに注視する。
「見事、見事だ。 まさか貴様の様な男がこいつを倒すとは。 中々腕の立つ奴だったのだがな」
 根暗の前に一人の男が歩み寄る。それは従士の主人である、例の指揮官だった。翠の眼を細め、酷く愉快そうに笑いながら拍手を続けている。
 彼は事の一部始終をただ傍観していたのだ。従士が兵を折檻するのはいつものことだったし、それにその従士がやり込められている事に新鮮さを感じ面白半分で見物していたのだ。
「貴様の相手はこいつでも足りんか?」
 そういって足元に転がった従士を足蹴にする。微かな呻きが漏れた。
「おい、貴様らこいつを薬師に見せておけ」
 見物していた者を適当に指差し、従士を砦に常駐する薬師、この時代で言う医師に診せろと指示すると何事もなかったように根暗に向き直す。従士は引き摺られながら運ばれていった。
「どうだ、俺が直々に相手をしてやろう」
 不遜に笑んだ指揮官が言う。根暗は冷やかな目で指揮官を見つめていた。指揮官が剣を腰から外す。皆と同じように鞘を固定すると気負った様子も無く剣を構えた。
「貴様、名は?」
「己が名乗らずに名を訪ねるとは、貴様本当に武人か?」
 佇んだまま根暗が言い返した。いくらか険のある声だった。微かに表情を憤怒で歪ませたがしかし、平然を装って指揮官は高らかに名乗りを上げる。
「我が名はマクシマス。 グローフィン青銅騎士団団長にしてイルレイユ名誉筆頭騎士、フォーン侯爵領領主カーレル・フォーン・ベルドナッドが末子、イルレイユ騎士マクシマス・フォーン・ベルドナッドである」
 誇るような名乗りだった。その出自はいかに自らがこの国において高貴なものかを証明している。グローフィン青銅騎士団とはイルレイユ唯一の騎士団である。軍の中核をなしており、宮廷での発言力も大きい。またイルレイユ名誉筆頭騎士とはイルレイユ王その人にのみに忠誠を捧ぐ、この国で最も位高い騎士に送られる称号である。彼の父、カーレル・ベルドナッドはこの国の中枢、かつ王と親しい地位で、イルレイユの軍制の殆どを手中に収めている大貴族であった。
「さぁ名乗ったぞ。 貴様の名は?」
 勝ち誇ったように言うマクシマス。根暗は冷たく鋭い視線で彼を睨みつける。
「……イグニス・テオドールだ」
 イグニス・テオドール。それが彼の名前。五人組の仲間はこの時初めて彼の名を知った。自己紹介の時ですら喋らなかったこの青年は剣を持つと、前と比べだいぶ饒舌になるようだった。
「貴様、貴族か? まぁ、そのなりを見るに帝都から落ち延びた没落貴族といったところか」
 嘲りを浮かべマクシマスが嗤う。それを聞いた根暗、イグニスの雰囲気が変わる。なにか怒りを堪えているような酷く殺気立った視線で彼を睨みつけていた。
「なんだ図星か? まぁいい、貴様剣の心得があると見たが、まさか我流ではあるまい。 流派はどこだ?」
「俺に勝ったら教えてやる」
 怒気を孕んだ声色だった。既にイグニスは剣を抜き払い構えをとっていた。
「いいだろう」
 それに応じるように再びマクシマスが剣を構え直す。静寂があたりに満ちてくる。皆、固唾を飲んで見守った。
 日は既に頂上に達し頭上から容赦ない太陽光をじりじりと浴びせかけている。夏の熱気と異様な緊張を伴った空気が、酷く肌に粘りついていた。
 両者互いに睨みあい、お互いを牽制し合っている様子だ。じりじりと間合いを取り合い相手の出方を窺っている
「シィっ!」
 最初に仕掛けたのはマクシマスだった。正眼に構えた状態から踏み込んでの横薙ぎ。姿勢の乱れも、個癖も見当たらない綺麗な剣撃だ。とりあえずの様子見程度で、相手の力量を見定める為に仕掛けたが、しかし――
「ラァっ!!」
 イグニスはその剣を、刀身の腹で微か打ち上げる形で弾くと、そのまま返す刃で身体ごと突っ込みマクシマスの腹目掛け横薙ぎを振り抜いた。
 くぐもった鈍い音が中庭に響く。見ている者ですら思わず腹部を抑えつけたくなるほど、容赦のない苛烈な一撃だった。
 当然それをまともに貰ったマクシマスはもんどりうって奇妙な呻き声を上げている。
 たったの一合で勝敗は決した。先程までの余裕が消え去り、マクシマスは苦悶の表情を浮かべながら苦痛にのた打ち回っている。
「阿呆ぅが、お前は戦場で様子見の剣を振うか?」
「き、貴様ぁ……」
 皆が完璧に呆気にとられていた。地に膝を突く将官に勝ち誇る雑兵。まるで悪い冗談のような情景だった。最悪、イグニスは処刑されても文句を言えない立場にまでなっている。囃し立てたとなればそれこそ同罪だ。彼らにはただただ見守る事しかできない。
 苦痛に歪んだままマクシマスは剣を取り、再びイグニスに襲いかかる。恥も外聞も関係なく、口汚い言葉を発しながら思い切り剣を振う。今度は様子見で手を抜くような事はせず、本気の打ち込みだった。
 鈍い音が響く。打ち込みは剣で呆気なく防がれ、怒りに我を忘れ、踏み込み過ぎたのかマクシマスは続く剣を振れず、鍔迫り合いの格好になる。
 しかし、それと同時にイグニスが片手を柄から離し、マクシマスの手にかける。そして思い切り引き体勢を崩すと、前傾となった姿勢に再び、腹部に膝蹴りを放った。
 今度こそ耐えきれなくなり、胃の中身を青い芝の上に吐瀉するマクシマス。冷静にそれを躱すと、イグニスはそれを明らかな嫌悪をもって見下した。
「騎士が聞いて呆れるな」
 イグニスは踵を返した。栗色の髪から覗く剣呑な目が周囲を睨みつける。その正面の人垣が一瞬にして割れた。皆恐怖している。これにかかわれば自らも処罰の対象になりかねない。何よりこの得体の知れない男に対する恐怖が勝っているのかもしれない。だれも引きとめる者はいなかった。ダンはこれからの事を想い頭を抱えるている。
 リディアはその背を見つめていた。しかし、周囲とは違う感想を抱いていた。強い、ただただ強い。そしてそれに憧れ、羨望していた。生き残る為に、あの強さは必要だと。
「イグニス・テオドール!! 覚えたぞ、貴様の名前!」
 憤怒と苦痛で顔をくしゃくしゃにしながらマクシマスが叫んだ。イグニスは振り返る事無く中庭から去って行った。
 この一件で両者の間に生まれた確執は様々な事件を呼ぶ事になる。

 不思議な事に根暗、イグニス対する処分は何もなかった。私闘は厳禁であるはずの軍則ではこれはあくまでも稽古だとされたらしい。イグニスに対する周囲の態度も変わっていった。それまではまあ、ただの変わり者で通っていたが、今では腫れもの扱いでありただ歩いているだけですら人が彼を避けていく。他にも仲間を殺したなどのような根も葉もない噂まで流布されていた。ちなみに従士は鼻と頬の骨を折り、頚椎も痛めていた為未だに療室の寝台で呻いている。
 しかしそれだけでは留まらない、組頭同士の会同から戻り、次の日の予定をいうダンは沈んでいた。
「やってくれたな、根暗……」
 イグニスはそれを無視する。どういうことだとリディアらが続く言葉を待つと、
「やられた、明日から俺達の組にはどうやら激務が待っているらしい」
 聞けば本来、上番したら半日の休みが貰える不寝番をこなした後、休みを入れず物見番や、糞尿の始末など悲鳴を上げたくなるような勤務予定が上から言いつけられたらしい。明らかな嫌がらせ、しかもかなり陰湿な類のものである。早速マクシマスの報復が始まっていた。
 ダンは頭を抱えるしかない。自分の力ではどうしようもない。
 イグニスは何食わぬ顔で夕食の粥を食んでいるだけだった。







   2.【城塞司令官】


      一


 空には双子の月が浮かんでいた。神々が住まう天上の世界と神話で謳われるそれらは、淡い燐光を放って地上の宵闇を薄く照らしている。
 夜虫の歌声と、草木の囁き、そして篝火が出す火の粉が弾ける音が耳に届く。時折森の方角から獣の遠吠えが聞こえてきた。
 リディアは慣れ親しんだイルレイユの夜の中にいた。ラ=ギエタ城砦を眺めながら、城塞外縁部の森の中を歩んでいる。
 夜警の任務はきつい勤務だ。不寝番であるし、城塞の役務の中では単純な戦闘を除いて一、二を争うほど過酷である。今回の役務も例に漏れずあの指揮官、イグニスによって辛酸を舐めさせられたマクシマスの手が回っているようだった。そういった訳でリディアたち五人組は夜警隊の役務に就いている。
 敵の奇襲を警戒しての物見だけではなく、城塞周辺の巡察も昼夜を問わず行なっている。今回リディアたちはその夜の部を担当していた。総勢50名近い人員がこの役に就く。それでも慣れない兵役と日頃の疲労からか皆士気が低い。特に連日の勤務で疲労困憊のリディアたちは尚更だった。
 深夜の森を行くリディアたち一行は総勢で5名。しかし、いつもの面子ではない。夜警隊へ編入されれば一時的とはいえ、元の編成と解かれ夜警隊長の指揮の下で一元管理される。そのためリディアの顔見知りといえば数歩前を黙々と歩いている根暗ことイグニスだけになる。他の三名については隊も違う、初対面の者たちだった。
 一行に会話はない。確かに危険な役務であるし、夜は不用意な会話が時に命取りになる夜警隊では不用意な私語は禁じられている。とはいえ、これは異常な様相だ。その原因はもちろんイグニスにある。
 先日の一件以来、彼の孤立はさらに深まった。彼が無愛想なのは以前からであるが、今度は周囲が彼を避け始め、組の中でも雰囲気が悪くなってき始めている。
 国有数の大貴族の顔に泥を塗ぬった。そんな無謀な男にわざわざ近づく相手は誰もいない。腫れ物を扱うような態度はイグニス本人だけではなく、同じ組のリディアたちにまで及び始めている。
 気まずい沈黙がリディアたち巡察にあたった歩哨隊に満ちている。ただでさえ気が重い役務は今責め苦のような疲労感をリディアに与えていた。
 周囲のそんな思いとはをまるで関係ないと言うようにイグニスは夜の森を突き進んでいく。その後ろ姿は相変わらず他人を拒絶する険を帯びていた。
 曲がることなく天に伸びた背筋に、歪みを知らない足取りで、機械的ですらある呼吸をもって彼は歩いている。いや、常日頃そうなのだ。 あの一件からリディアは彼を観察し続けていた。
 強さの秘密を知りたい、技術を少しでも学びたい、生きる術を身につけるために。リディアには彼の帰りを待つ家族がいた。彼女たちの為にも、彼は死ねない、生き延びなければならないと自分に課している。
 イルレイユの森は深い。昼でも薄暗いそこは夜になってしまえば完全な暗闇となる。松明抜きにして踏破は不可能だ。さらには夜を狩場とする、鋭い牙と爪を持った獣たちが遠目からこちらを覗っている。彼らは火を嫌うが、それさえ無ければ人などあっという間に彼らの食事に成り果ててしまう。殊更にイルレイユは魔獣の類が未だ多く棲息している。そんなこともあってか、この森は歩哨隊一行の緊張感を高めることに一役買っていた。皆の足取りは軽いとは言えない。
「そう言えば聞いたか、お前」
「何をだ?」
 緊張にか、静寂にか、とにかく耐え切れなくなったのだろう。リディアたちの後ろを歩く、男たちが小声に何やら話し始めた。所在のないリディアもこっそりとその話に聞き耳を立てる。
「最近、この辺にまで敵の斥候が出るようになったらしい。 三日ほど前に就いた奴が一人、道を外れた隙に殺られたって」
「やめろよ、こんな時に縁起でもない。 こんな役務、何もないのが一番なんだよ」
 それを聞いてリディアは一瞬背筋がヒヤリとするのを感じた。ただの気のせいだと知りつつも慣れ親しんだ森の闇が、途端に怪物の様に見える。大きく口を開けて一行を飲み込もうと待ち受けているように。
「まぁ、しかし、気張って見張れよ。 いつ敵がやってくるか、分かったもんじゃないんだからな。」
 さっきまで話していた男が微かに声色を変える。何か含みがあるようにリディアは感じた。どこか愉悦を混じったような響きだった。
 怪訝には思ったが質の悪い冗談だろう、とそこまで気にかけることでもないとすぐさま意識を追いやり、周囲に警戒の目を向ける。
 森の闇は相変わらず深く、手にした松明の灯りを吸い込むように周囲を包んでいる。風が森を吹き抜けると、巨木のウロが風をはらんで唸り、不気味な哭き声のように森に響いた。
 相変わらずイグニスは周囲のことなど気にも止めず、歩を進めている。
「――なぁ、根暗」
「…………」
 後ろの男達につられ、リディアも口が疼いてしまった。心の中に生まれた小さな不安を塗りつぶすための本能だったのかもしれない。
「根暗、なぁ」
「…………」
 しかし、いくら呼びかけても"いつも通り"反応がない。しかし――
「えっと、――イグニス?」
 彼を名前で読んだ瞬間。
「気易く名で呼ぶなッ!」
 先を進んでいたイグニスは憤怒の形相で振り返り、すぐ後ろを進んでいたリディアの胸倉を掴むと華奢な体からは想像できないほどの膂力で引き寄せた。普段は髪に隠れて見えない表情が伺えるほどイグニスの顔が迫る。
「貴様如きが気易く呼んでいい名じゃない、二度と軽々しく口にするなっ」
 憤怒で朱に染まった顔が吐息がかかる程の傍にある。リディアを射抜く双眸には怒気だけではない、はっきりとした殺意が滲んでいる。自分よりも背丈の低いイグニスに凄まれ萎縮する姿は滑稽以外の何もでもなかったが、今のリディアにそれを気にするような余裕は勿論ない。
 何故こうなったのかリディアは判然としないまま当惑するばかりで、まともな思考など働いていない。
 残り三人の仲間も突然の出来事に面食らっている。例の疫病神が暴れているとあっては近づきたくはないだろ。しかし、今は任務中であるし、そのまま無関係を突き通し、彼らを捨て置くことはしたくても無理な話だ。
 結局、自分たちから動き出す気力も湧かないのか咎めるものは誰もおらず、ただ立ち尽くしている。
 二人が落とした松明が消えることなくパチパチと地面で爆ぜた。
「分かったか?」
「え、あぁ、あの――」
 何が理由かは全く見当がつかないが、取り敢えず触れてはいけないものに触れてしまったことは確かだった。ただ名前を読んだだけなのに、たったそれだけが彼の気に触れたというのか。
「分ったかと聞いた」
 今度こそ本当に殺されかねないとリディアは感じた。それほどに冷たく敵意に満ちた声色と視線だった。胸ぐらを掴んで締め上げる手に一層の力が込められる。
「わ、分かった……」
 ようやく血流と呼吸を阻害していた襟首の拘束が解け、突き飛ばされた格好でリディは尻餅を付いた。
 そこで後ろから下卑な笑い声が響いてくる。気恥しさを感じたリディアが後ろを振り返った。苦虫を噛み潰したような表情でイグニスもそちらに顔を向ける。
「同じ組員にまで噛み付いて、とんだ狂犬ぶりだな。 それじゃお前達の組も気苦労も絶えんだろう」
 気まずい沈黙を割って入るように三人の一人、先ほど軽口を叩いていた男が、妙に横柄な態度で話し始めた。いつの間にか他の二人もイグニスを囲むように後ろから歩み出ている。
 先の出来事があったのに彼らの顔には奇妙な嘲笑が浮かんでいた。
 空気が変わりつつあった。緊迫はそのまま、しかしさらに先ほどよりも剣呑な空気があたりに立ち込めている。
「まぁ、それも今日までだ」
 男の言葉を口火にそれぞれが一気に腰に差した長剣を抜き払うと、イグニスにその切っ先を向けた。
「悪いがお前にはここで死んでもらう」
 たしかに前兆はあった。普段ならば疫病神と同じ勤務になど皆就きたがらない。したがってこの人選には必ず不満の声が上がり、出発前ともなると大なり小なり必ず揉めるはずだった。しかし、今回に限ってはそれが無かった。不満の声すら相手からは上がらなかったのである。三人で固まり、出発前ちらとこちらを伺っているような視線を感じたのは、疫病神と供する不満からではなく、今気が付けば"仕事前"に相手を観察するそんな視線だったのだろう。
 直接の怨恨の無い三人はきっと"誰か"の差し金で動いているのだろう。その"誰か"は夜警隊長あたりに金を握らせ自分の息のかかったものとイグニスを組ませるように仕向けたに違いない。一人ばかり死んでは怪しいため、恐らくリディアはお供に選ばれたのだろう。
 よく見れば三人は農夫上がりなどではなく、古傷ばかりが目立つ無頼の輩のようだった。こういった仕事にも慣れている落ち着き振りだった。しかし、相手の腕前を警戒してか、多勢の驕りは無く。隙といえそうな隙も無い。
 そこは流石に、若いとはいえ城砦でも屈指の剣士であるマクシマスを打ち据えた、兵が標的とあっては警戒しないほうがおかしいというものだろう。
「さっきもほら、言っただろ。 聞いてなかったか? 城砦に近いこの辺りでも夜になれば敵の斥候がうろついてるんだとよ」
「一人二人死んだところで誰も怪しまねえ、なにせ敵にやられちまったんだ。 ツキが無かったんだと諦めるしかねえさ」
 軽口を叩いてはいるがその目は笑っていない。男たちはジリジリとイグニスとの距離を詰めている。地べたに座りこけたリディアを無視し、彼らはイグニスへの包囲を狭めていく。男たちは地べたに腰を落としたリディアを無害と判断したのか、障害になりえないと中りをつけたのか、まるで空気のように扱っている。実際その時はまだ、リディアは状況が理解しきれずただ唖然としているだけであった。
「さすがの剣士様も、多勢に無勢じゃあ分が悪いよな」
 三方向からじりじりとにじり寄る男たち、一方のイグニスは剣の柄に手を当て慎重に相手の出方を伺っている。
 一触即発、どんな些細なきっかけでも爆発しえる張り詰めた空気。しかし、緊張を破ったのは、他でもない――
「――ふざけんなっ!」
「ぬわっ、小僧てめぇっ!」
 正気を取り戻していたリディアが目の前に居た男の腰めがけ飛びついた。最初の内こそ事態を飲み込めないでいたものの、男たちの言葉と、イグニスに向けられた剣を目にし、その意味を正しく理解した時、怒りで一気に思考が沸騰して起こした、後先考えない行動だった。
 確かに気に食わないところもある、何を考えているかもわからない。しかし、それでも俺の仲間である、と彼の心は訴えている。それを黙って見過ごすことはリディアの良心が許さなかった。
 リディアの丁度正面、イグニスから見ても真正面の男の、その背後からリディアは勢い良く飛びつく。それで場の緊張の糸が切れるのには十分だった。
 想定外だったのか、一瞬呆気にとられていた残りの男たちも正気を取り戻し、イグニスに襲い掛かる。
 一方リディアは男に腰に飛びつき、そのまま押し倒すと素早く馬乗りになって手にしていた剣を押さえにかかる。
「土臭い農夫の餓鬼が、何しやがる!」
「うるさい、お前こそ何考えてやがる!」
 男は馬乗りになったリディアの胸へ強引に足を割り込ませ、思い切り蹴り飛ばす。堪えようにも堪えられずリディアは地を転がった。
 素早く体勢を立て直し正面へ向き直すと、既に男は剣を振りかぶりリディアに向かい猪突していた。
「いい気になりやがって糞餓鬼がっ!!」
 男の大振りな一撃を地に這ったままの姿勢から横に跳んで躱す。しかし、その切っ先からは逃れきれず、肩口を薄く凶刃が切り裂いた。
「あつっ――!」
 しかし、男の手は休まない。躱されたと分かるや否や、返す刃でリディアに切りかかる。
 掬い上げる様に放たれた一撃は、今度は鞘から辛うじて抜き払った剣で防ぎにかかった。しかし、想像以上に男の膂力は凄まじく、体勢も整わない中でまともにそれを受け止めたリディアは再び地を転がった。
 イグニスを助けるために起こした行動だが、結局自分が窮地に陥っていた。無力感に歯噛みしながら強かに打った後頭部の痛みに耐え、立ち上がる。しかし、打ちどころが悪かったのかリディアの膝は意志とは関係なく笑い始め、そのまま立ち上がれずに膝を落としてしまう。
「クッ――」
「戦い方も知らん餓鬼が、しゃしゃり出るからそうなる!」
 男はそこで激昂から覚めたのか、背後に空恐ろしい何かを感じたのか、ようやく向き合うべき敵の姿を探した。振り返り、そして愕然とする。
 想像していた仲間の二人姿はなく、あるのは地に突っ伏した二つの人影。丁度、二人の間に標的が、イグニスと呼ばれた男が剣を持ったまま佇む姿が、落ちた松明がその背後から姿を照らし、炎と共に不気味に揺らめく影が男の足元まで伸びていた。
 ちかと閃いた標的の眼光は身震いするほどの冷気を孕み、敵意に満ちた視線は指すほどに鋭く男を見据えている。
 イグニスはこの数瞬の間で、兇手二人を既に死に追いやっていた。
 左右から同時に放たれた斬撃を、片一方は素早く抜き払った剣で受け流し、もう片方はひらと躱し、返す刃で一人の喉を切り裂くと全く無駄のない動きで身を翻し、もう一人の二振り目を受け、巻き上げるとその流れのまま眼窩に切っ先を突き入れた。
 喉を裂かれた男は吹き出る血を止めようと、必死に手で押さえ込み、しかし呼吸もできず終いには血に溺れていった。もう一人はびくんびくんと体を不気味に震わせ、切っ先が抜き払われると同時に地に伏した。
 それは流れるような流麗な剣技であった。見る者がいれば嘆息するほど美しくまた鋭い技であったが、いかんせん一部始終を間近で見た者は先ほどイグニスにその眼ごと葬り去られてしまっている。
「ク、糞っ! あの畜生、話が全然違うじゃねぇか……! 何が多勢でかかれば楽に殺れるだ 」
 男は既に殺す側ではなく、殺される側になってしまったことを本能から悟った。さっきまでの威勢は最早なく、目の前の不条理に怯えている。
「その畜生の名前とやらを教えて貰おう。 大方察しは付くが、まぁこの際一応だ。 勢い余ってこの二人は切り倒してしまったし。 となると、残るのは貴様だけということだ」
 男は明らかに動揺していた。あそこで倒れる二人は俺に負けず劣らずの腕っ節だったはずだ。それが二人がかりでも太刀打ちできなかった相手に、一人でどうしようというのだ。
 一応の用心で三人がかりで襲うことを依頼はされていたが、それでも男は十二分と考えていた。たかだか一人を切り倒すのに三人も必要ない、と。
 しかし、今となってはこの数瞬の合間にただの一人で腕利き二人を切り捨てた相手となれば、そんな暢気な考えなどしていられない。ひとりくらいの落伍者がいたほうが分前が増えていいが、こうなっては話も変わってくる。これでは貰う予定だった金額と釣り合いが取れない。生命に代えられる物などないのだ。そして、経験からこうした時の対処を男はよく心得ていた。
「糞ッ――!」
 突然、男は道の脇、藪の中に身を投げる。
「臆したかっ、貴様」
 あっという間に藪の奥へと走っていく男に対し、激昂したイグニスは追いにかかる。しかし――、
「ダメだっ」
 それを後ろから抱きとめられる格好で制止がはいる。意外にもそれはリディアだった。
「夜の森だ! 道から外れたら戻れなくなる!!」
「五月蝿いっ!」
 自然とともに生きてきた農夫だからこそ、その脅威は肌身で知っていた。夜の森に一人、火も持たずに入っていくなど自殺行為に等しいのだ。
 確かに悔しいのは分かるが、それとこれとでは話が別だ。怒りに任せこのまま男を追ったら自分達の命が危うくなってしまう。長年の生活で得た経験と故郷での伝習がそうさせた。
「獣達もいる、火も持たず下手に迷い込んだら生きて帰れないぞ!」
 イルレイユの森は、そのほとんどが手付かず原生林であり、未だ多くの魔獣、神獣の棲家である。城塞に近いこの森も例に漏れずそうであり、不用意に森に分け入り、獣たちの縄張りを侵そうものならば彼らが黙ってはいない。
「そんなものは――」
 激昂しているイグニスを羽交い絞めにし、必死に説得するリディア。華奢な体をがっちり押さえ込み、暴れ馬のように身を振り、怒声を上げるイグニスをなだめかかる。
「グリフォンの棲む森、ましてや夜だ。 もしかち合ってみろ、剣でどうこう出来る相手じゃない!」
「くっ――、畜生」
 悔しさからかリディアの胸の中で暴れるイグニスは怒りに身を震わせながら、男が去った木々の間を見詰めていた。もう男の姿は森の深い闇に紛れ、足音も木々のざわめきに飲み込まれてしまう。
 あの男はきっとこの森に"喰われて"しまうのだろう。そう考えた瞬間、背中に再び慄きが走った気がした。人知れず首筋が粟立っている。
 そうこうしている内にやっと抵抗が弱まり、安心したリディアはため息を漏らした。イグニスはやっと観念してくれたらしい。
「やっと分かってくれたか」
「……貴様。 いつまで俺を抱きしめているつもりだ」
「えっ――」
 次の瞬間にはリディアの眼前に双月と星々が流星の如く流れ、ついで意識が喪失するほどの衝撃が背中伝いにやってきた。意識が消失しかける一瞬、ほんの一瞬だけ見えたイグニスの顔は驚くほど紅潮し、奇妙な怒りの表情に歪んでいるように見えた。


      二


 焼け付いたように赤い軍旗が街のそこかしこで風になびいていた。堂々と風をはらんで揺れる軍旗と国旗の群れ。ギュラストル侵攻軍の総司令にして、マーヴ赤銅騎士団団長ヴァストラフトはそれらを見上げると、また自らも燃えるように赤い髪を節くれだった指でごしと撫で付けた。視線を進んでいた通りに戻すと、重い溜息をつく。
 本来ならば活気溢れるはずである街の目抜き通りには人影すらない。家々の煙突は一つとして煙を棚引かせることなく、人の気配というものが恐ろしく希薄だった。
 それもそのはず、ギュラストルの軍がこの街にたどり着いた時には既に住民たちはそのほとんどが疎開してしまっていた。残った人間も家から出ることなく戸や窓の隙間からこちらを伺っている。ジリジリと照りつける日差しと粘着質な視線が不快感をさらに押し上げていた。 
 日は既に直上へと上り、本来ならば正午を知らせる鐘の音が鐘楼から響いてもいい頃合いだったが、もはやその鐘を突く者もこの街から逃げ出している。
 異国の街に掲げられた自国の旗を目にして、未だに多くの感情を整理できていない。ヴァストラフトは巌のようなその顔をしかめた。
 通りをゆっくりと歩むヴァスとラフトへ駆け寄るものが一人。それは彼付きの伝令であった。肩で息をしながら偉丈夫である主人の下へと来るとその場で膝を付き頭を下げる。
「歩きながらで構わん」
「ハッ、では申し上げます。 ようやく南部のあらましが我が方の手に堕ちました。 最後まで抵抗を見せていたダブデ侯の首級が挙がったと先ほど早馬で最後の分遣隊よりの報告です」
 後ろを追従してきた伝令の報告を受けながら、ヴァストラフトは目抜き通りを横切り、もとは酒場であった建屋に足を踏み入れる。悲鳴を上げる開き戸を押し通るとそこには既に先客たちがいた。追従していた伝令は言伝を伝え終え、扉の前に控える。
「傾注!」
 従士長と将官たちが店の奥に鎮座する大きな円卓に並び立ち、総司令を出迎えた。彼らの主人がそうであるように彼らもまた即座に出陣できるよう鎧姿である。
 侵攻軍が駐留する以前は盛り場として栄えていたであろうそこは、今や軍に接収され指揮所として機能していた。正確には店主が逃げたことをいいことに居座っているだけなのではあるが。
 しかし、そこには広く大きな卓があるし、個室に寝台まである。何より良いのが、食料や酒の類が多く残されており、自由に飲み食いできることだ。その点はヴァストラフトも気に入っていた。
 卓上には癖付いた羊皮紙の地図が広げられ、幾つかの報告書も散らばっている。それに噛じりかけの乾酪や栓の開いた酒瓶も目に付いた。
「全員、楽に」
 部屋の最奥、一つだけ作りの良い椅子が置かれた円卓の席まで来ると、皆に着席を促した。自らも椅子に腰を落ち着ける。偉丈夫たる彼が腰掛けた古びた椅子は酷く軋んだ。
「皆も聞き知っていると思うが、イルレイユ南部はそのほとんどが我が軍の掌中に堕ちた」 
 卓上の地図を指し示した。そこにはいるレイユの全域が記されている。その他にはギュラストル軍の配置や侵攻状況が注記されていた。
「もう一度、諸官と今後の行動について確認しておかねばならぬ。 バンドル」
 彼の隣に座る老年の男がすっと立ち上がった。男は今回の侵攻軍での参謀団の長でありヴァストラフトの家に古くから仕える忠臣であった。
「以降、我が軍は敵首邑たるイレーナへ向け進軍を再開する。 各隊再編状況はどうか?」
 禿頭と皺ばんだその姿とは裏腹に、天を付くように伸びた背筋と嗄れた声は力強くよく通る。円卓に着いた将官たちは準備の完了を各々告げた。
「現在、軍主力はこの街で本営を張り、次なる侵攻へと備えている。 本国よりの後続はもうしばらく掛かるが、分遣隊の接収した輜重は数日中にはこの本営へ届く」
 バンドルは主人であるヴァストラフトへ視線を移し、続いて将官たちを見渡して続ける。
「輜重が届き次第再分配、逐次準備の整った隊より侵攻を再開する。 当面の目標はラ=ギエタ城塞の攻略、その為にはまず本営を移さなければ」
 卓上の図に置いてある駒を注記に沿って動かし、更に続けた。
「難攻不落と音に聞こえし彼の城塞を攻めるにあたり、こうも陣が離れているのは塩梅が悪い。 まずは本営を移せるだけの場所の確保が先決となる。 先発にはグウィンデル侯、露払いと宿営地の占領をして頂く、積極的な敵陣の偵察も抜かりなく」
 本来は下級貴族であるバルドルがこうも上級者たる将官たちに堂々と続けるのには、参謀長という立場や総司令の側近という立場もあるが、何よりこの場の皆が作戦参謀としての能力を知り、評価しているからこそだ。
 それは主人たるヴァストラフトも同じである。バンドルは彼の先々代より良く我が家に仕えてくれていた。幼少の頃からの付き合いであり、そんな彼には全幅の信頼を寄せている。
「以後は出立及び攻城の準備を、諸侯の方々抜かりなく」
 本題が全て終わったことを察してバンドルを制し、再びヴァスラフトは立ち上がった。腰に差した剣を抜き払い、そしてそれを天井に掲げる。
「建国以来、初の大戦。 国の未来と高原の民としての誇りを賭けた戦だ。 背を向けることは、剣を捨てることは、決して許されない」
 それに続いて次々と男たちが立ち上がり、皆剣を抜き払う。
「しかし忘れるな。 かつて我らが祖先はこの央原を駆け抜けた豪壮なる騎兵だった。 我々は虐げられる現在を捨て、かつての姿を取り戻し、そして今ここに在る。 見よ、この異国の地を! 僅かひと月も待たずしてこの国の半分を攻め落とした、我らの力を。 我々は牧民ではない、飼われ続ける畜生ではない、我々は戦士だ! 戦場を駆ける人馬神の化身だ!!」
 指令の激に合わせ大きな歓声が上がり、男たちは身に着けた鎧の胸甲を叩き鳴らす。酒場には異様な熱気が渦巻きつつあった。騒ぎを聞きつけ、店の前にも兵たちが集まってくる。
「我々には後退はない、我々に防御はない、ただ前進、ただ前進あるのみ! 全ては人馬神の加護と共に、我々は必ずや勝利を手にするだろう!」 
 大きな完成は天を衝くように響き渡り、幾度となく大将と祖国とそして自らが奉ずる人馬神を讃え、それは外の兵士にも波及した。大歓声で厩舎に繋がれた馬たちが興奮し嘶いている。
「これより我が軍はラ=ギエタ大断崖へ向け、進軍を開始する!」
 高らかな宣誓は異邦人に溢れた街の熱気を更に幾らか上げた。

 酒場に併設された宿の一室を利用するのはもっぱら異国から行脚してきた行商人たちばかりであった。今はヴァストラフトの個室として使われている。部屋へ繋がる廊下には衛兵が立っており、警備にあたっていた。
 バンドルは主人の部屋を訪ねる。扉を叩き、到来を告げると部屋の主人は声を上げ守衛を下がらせると、長年連れ添った忠臣を室内へと招き入れた。
 本来床しか据えていない簡素な部屋であったが、そこは流石に一軍の将たる者の居室だ。ある程度の調度が用意され、壁には祖国ギュラストルの国旗と長年連れ添った愛用の武具が懸けてある。
 正午を過ぎ、傾きかけた日が開けられた窓より差し込んでいた。赤い旗は焼けるような日差しに更に深く染め上げられている。ヴァストラフトは窓際へ椅子を寄せ、通りを眺めていた。
「バンドル、首尾はどうか」
「事は全て、つつが無く運んでおりまする」
 ヴァストラフトはバンドルへ向き直り、座ったまま部屋の中央にある卓へと這い寄るとそのまま卓上の酒瓶を放ってよこす。
「なんとも行儀の悪いことですな、私めはそのように教育した覚えはありませぬぞ?」
 入口のすぐそばの棚から木製の杯を二つ取り出すと、手早く酒を注ぎその片方を主人に差し出す。
「止せ、今更爺やと呼ばせてくれるな。 それに今は戦場ぞ、礼法もへったくれもあったものか。」
 受け取ると一足で飲み干し、卓に盃を戻す。バルドルは先々代よりも古くからヴァストラフト家へと仕えている家系の出だ。ヴァストラフトが小さな頃から世話係、そして教育係として長い長い付き合いである。
「まぁ、それもそうですな。 しかし若、常日頃から心掛けませぬと思いもしないところでボロが出ます。 故に"帝国貴族"らしい振る舞いをといつもいつも――」
 帝国傘下の王族やそれに連なる大貴族たちは帝国の上流階級に含まれている。ギュラストルのヴァストラフト家もその一つだ。同じ帝国貴族でも地位権力には大きな差があるが、しかし例えそれが最下級の者であっても只の貴族とは別格である、この大陸の支配層だ。その由来は帝国黎明期から始まっている。大騒乱時に帝国へ組した家、隷属国の王家並びにその類家、現在に至るまで帝国に貢献したと認められた貴族などがその席に名を連ねることが許されるのだ。 
「えぇい、わかった、もういい! ……二人きりになると直ぐこれだ、いつになったら子離れできるのだ。 俺ももう四十を超える身、おまけに一家の主人ぞ。 いつまでも若、若と呼ばれても困る」
 辟易しながらも少し楽しんだ様子で、かつての教育係の小言に耳を塞ぎながらいった。この老いたかつての教育係は今は頼もしい参謀として、良き友人として付き合い続けている。しかし、二人きりになった際に繰り出されるこの小言が玉に傷だ。
「私の中では若は若です故」
 同じ手口でしっぺ返しを試みる。こちらが昔からの癖が抜けないように、バンドルもなかなか子離れができないでいるようだ。
「常日頃から気を付けぬとボロが出るぞ。 公の場で若などと呼ばれては敵わぬからな」
「その時は呆けたとでも説明してください」
 柳のようにしなやかに、あっさりと流される。苦笑いを浮かべつつ、戯れ合いはこの辺で区切り、そろそろ本題を、とヴァストラフトは切り出した。
 先ほどとは一転、面構えに恥じない厳しさに満ちた表情に切り替わる。
「……占領地の状況は?」
「憂慮されていた略奪等は最低限、将兵への徹底は功を奏したようですな。 しかし、皆戦慣れし始めてくる頃合い、タガが外れ始めるのはこの辺かと」
 杯を傾けながら、窓の外を眺めるバンドル。酒瓶を掴み、手酌で杯を満たすともう一度勢い良くそれを呷った。
「規模の大きな市邑での略奪に準ずるその他の行為は禁ずる。 もう一度将兵たちへ徹底させろ、これは戦後統治に関わる重要な案件だ。 どうしたって恨みは買うが、それだって出来るだけ少ない方にこしたことはない」
「お気持ちはわかりますが。 しかし、あまり締め付け過ぎますと士気の低下を招きますぞ?」
 怪訝な面持ちで主人を見やるバンドル。そんな事は戦事の基本だ。いや戦事に限らない全てに当てはまるといっていい。何ごともどこかで抜きを作ってやらなければ、どうしたって瓦解してしまう。
「分かっている。 最後に将官にだけ言い含めておけ、幾ら我々でも小さな集落までは関知できぬ、と。 文言は貴様に任せる」
「畏まりました」
 こう質問することもおそらく織り込み済みであったろうが、やはりバンドルは聞かずにはいられなかった。バンドルですら初めて体験するほどの規模の、大戦だ。ひた隠しにはしているがどうしても興奮を隠せずにいる。
 己が主人もまさかそんなものに流され基本を見失っているとは、やはり言い切れずバンドルはそれを確認せずにはいられなかった。
「……しかし、まさか思ってもみなかった。 こうして異国の戦地を駆け、己が武を振るわん日が来るなどとは」
「誰もが同じ、と言うようなありきたりな返事は今はしますまい。 若は感づかれていたのでは?」
 そう言うバンドルの目はヴァストラフトへ向けられ、その先見性を単純に賛じているようだった。
「さぁな、ただ予感はあった。 まぁ帝国の社交界に顔を出せばお前もきっと分かるさ」
「老い先短い人生、その様な不吉な予感、知らずに済めば御の字ですな」
「まったく、違いないな」
 ハハ、と笑い再び酒瓶を掴む。再び手酌したが杯の中程までで酒は途切れた。傾けど傾けど雫が落ちるばかりで杯は満たされない。
 消せない不安とやり場のない焦燥。大軍を指揮し、祖国の命運を担わされた男の背は、見た目以上に小さく見える。初めて感じる重圧に男はほんの些細ではあるが動揺していた。
 長年連れ添った老人は主人の苦悩をどうにか和らげねばと考え、今できることをやり遂げ、最善の策を導き続ける。
 まずは今までの戦果を祝そうではないか、とヴァストラフとは衛兵を呼びつけ替えの酒を命じた。
 幸い、ここは酒に困ることだけはない


      三


 百を超える民族がひしめく大陸。その心の臓腑の形に似た大地には数多の命が流転し、生命の煌やきを放っている。
 かつてこの世界を創造し、統御してきた大いなる神々が栄えた時代。この世の黎明にして最も輝かしき時代はしかし、幾多もの争乱の時を経て終焉を迎え、創造主たる彼らが姿を消した世界はゆっくりと衰退を始めた。しかし未だに多くの力が残っている。
 世界に満ちた大気は今日もまた流動を続け、クォルプスの山嶺へ清涼な風を送っていた。そして全ての原点たる日輪が、稜線から燦々と顔を出す頃、ラ=ギエタの砦もまた活気づき始める。
「眠い、キツい、腹減った、何より臭い! もう耐えられないっ!!」
 線の細い大工が厩舎に備え付けられた三つ又を杖にして弱音を零す。
「……大工、口はいいから手を動かせ、手を」
 そう言う組頭、ダンもまた自ら円匙を持って馬房の糞をさらっている。その隣では木こりが黙々と大きな籠に馬糞の山を詰めていた。
 僅かな就役者を除けば、砦は未だ眠りについていると言っていい。濃い藍の空がその色味を和らげ、東の稜線は白く輝き始めているが未だ多くの者は夢の中だ。
「なんで俺たちばっかりこんな事せにゃならんのだ」
 大工は嫌々ながらも馬糞をさらう作業を再開する。リディア達の組には未だ理不尽な激務が言い渡されていた。原因は言わずもがな。
「さあな、文句なら上の連中に言ってくれ、言えればの話だがな」
 ダンもひたすら円匙ですくっては放り、放ってはすくうを繰り返す。明け方の厩舎にリディアたち五人組の姿があった。本日の役務は早朝から厩舎と軍馬の管理である。
「これも全部お強い根暗様のおかげかね? 指揮官殿を大層痛めつけてくれたもんな」
「大工、根暗が悪いみたいな言い方、やめろよ」
 リディアが水を汲んだ桶を両手にしながら反論した。そう言って大工を睨みつけながら、汲んできた水を馬たちの目の前に備えられた水桶に移し替える。
「なんだ珍しく肩を持つな? なんかあったのか」
「確かに案山子の野郎、このところしょっちゅう根暗にくっついてる気が」
 そう言ってダンたち二人が噂の二人に目を向ける。根暗ことイグニスは黙々と馬たちに飼葉を与える作業を続けている。真面目にやっている訳ではないので動きには精彩がない、いかにも手抜き仕事のそれとわかる。
 一方のリディアは、そんなイグニスの様子をチラチラと盗み見るようなおかしな挙動をみせている。仕事も片手間にといった様子で全く集中していない。
「チッ……」
 そんな執拗な視線を向けられたイグニスも気づかないわけがなく、時折不快そうに顔を歪ませ、視線を送るリディアに背を向ける。そうなったら今度はリディアがまた彼を伺いやすそうな場所へと何食わぬ顔で移動する。
 結果、リディアは先程から無意味に厩舎の中を何周も回っていた。そんな奇行に気づかないのは本人だけ、目の前の苦役から解放されたいが為に皆はリディアには構わず、手を動かす。
「――やっぱりあの噂が何か関係してるんですかね」
 大工がそんな二人の姿を流し見ながらダンに耳打ちする。
「あの噂? どんな話だ」
「なんだ頭、知らねぇんですかい?」
 先日の夜警の際、巡察隊がギュラストルの斥候と出会し戦闘となる事件が起きた。巡察隊からは三名もの死者が出ており、以降砦の警備は更に強化されることとなる。この夜警役の際、この組も参加しており、当の巡察隊にはあのイグニスとリディアが参加していた。
 大工の話はここからだ、その事件の真相は、あの凶状持ちである根暗の犯行で、同じ組員の案山子がそれを庇っているのでは、と。それ以外にも仲間を見捨ててあの二人は逃げ出したので生き延びた、や果てにはイグニスは敵の間者ではないかなどの噂が砦中を飛び交っているらしい。ちなみにどこからかあの二人は出来ているのでは、などという珍妙な話も噂されていたがその気がない大工は想像してしまった画の気色の悪さに背筋を震わせ、聞かなかったことにしている。
「変に話が大きくならなければいいが……」
「どうしてです?」
 この手の噂話を好物とする大工は疑問符を浮かべる。
「どうもこうも、そんな話が上の耳に入ってみろ。 疑わしきは罰する、特に上官に嫌われた雑兵だ」
 あぁ、と合点いった様子で頷く大工。
「そして、それは連帯責任という形でもれなくこの組にも降りかかるだろう」
 一転、青ざめる大工を尻目にダンは作業に戻る。
「だから、お前も無駄に吹聴してまわるんじゃねぇぞ」
 ぎくりと首を竦める大工。大工が自慢げに枚挙した噂の三分の一は彼が言い始めたようなものだ。それをダンは知ってか知らずか、釘を刺した。
 組員の連携が崩れることは戦場での死に直結する。最早崩れかけているとは言え、それを自らの手で崩してしまうようなことは組頭であるダンは避けたかった。
 回復は望めないでもせめてこれ以上の悪化は防ぎたいと思っている。肝は根暗、イグニスの存在だ。この不協は彼が原因といって間違いない。
 黙々と馬達に飼葉を与えて回るイグニスをチラリと見やる。しかしそこにイグニスの周囲を無駄に行ったり来たりするリディアの姿が視界に映った。
 あるいはこいつが何とかしてくれるのではないか、となんの根拠もない考えが彼の脳裏をかすめる。
 近い内に何か手を打たなければと考えつつ、ダンは馬糞をさらう不毛な作業に意識を切り替えた。

 大工の噂話は概ね正解だ。あの夜、ギュラストルの斥候など現れてはいないし、三人を殺めたのは間違いなくイグニスとリディアだ。直接手をかけたのは二人だけだが、逃げ出したもう一人も恐らくこの世にはいないだろう。
 話は戻り、あの夜の森の中。松明を手にし二つの屍を挟むように立つ二つの人影があった。
「おい、いつまで呆けてる。 そっちを持って手伝え」
 影の一つ、イグニスが死体の脚を掴みながらもうひとつの影、リディアを睨みつける。
「……えっ?」
 失神から回復したばかりリディアは鋭く痛む背骨を摩っていた。
「片付けるんだ、死体を」
 考えもしなかったことを言われ面食らうリディアだったが、すぐに反論が口を出る。
「なんでそんな、だって証拠だろ? 俺たち襲われた側がなんでそんな隠すような真似するんだよ」
 傷害、殺人は重犯罪だ。特に規律を重んじる軍隊内、それも戦時下ともなればその罪に対応する罰は極めて簡素なものになる。その命をもって規範と成すのだ。
 リディアは至極簡単に考えていた。これでイグニスに対するこの陰湿な行いが糾され、裁かれるのだと。しかし現実はそんなに単純ではない。
「……馬鹿かお前は。 誰が信用する、第一、その報告を誰にする」
「あっ――」
 普通に考えれば誰しも気付くようなことだ。彼らの上に立っているのはあのマクシマスである。特に指揮官の裁量が優先される戦地にあっては、どんな些細な罪でも指揮官次第で死罪にもできる。
「俺を消そうと人をけしかけるような人間が、報告を上げてどうこうできる相手だと思っているのか?」
 そこを糾されたリディアは納得がいかないようで唇をきつく噛み締めた。
「分かったら早く運べ、愚図」
 いつの間にか自分は死体から手を離し、松明で林の奥を指すイグニス。高圧的な態度に反感は覚えるものの、その理屈に異論を挟めないリディアは渋々従うことになった。
「この件は絶対他言するんじゃない、分かるな」
 弛緩した人間というのは思った以上に重く、その上ガタイの良い男の死体はリディアの体力を奪う。脚をもって引きずりながら死体を運ぶリディアを先導しつつイグニスが念をおす。
「いいか、軍律で私闘は御法度だ。 俺とお前、二つ首が飛ぶ」
 藪を掻き分け、森の奥を目指す二人。獣の鳴き声が、木々の雨露の不気味な風なりが時折響き、その度に二人は立ち止まり周囲の安全を伺う。
 獣は火を嫌う。しかしそれがただの獣である場合に限った話だ。魔獣、幻獣の類に火など威嚇にもなり得ない。慎重に警戒の目を向けながら二人は森の奥を目指す。
「下手な証言でもしてみろ、それこそ"奴"の思う壷だ。 証拠は消して口裏を合わせる、いいな」
「それで駄目なら……」
「そこから先は自分で考えろ。 俺は知らん」
 どこか詰めの甘いような計画だな、とリディアは思う。しかしそれはイグニスも同じであり、けれど実際問題、この程度しか取れる対処がないのだった。
 金もなければ権力もない雑兵にはこうした隠蔽を図る道しかない。
「分かった手伝う。 けど条件だ」 
 リディアが死体を手放し、それに応じるようにイグニスが立ち止まる。
 これはリディアにとって降って湧いた厄災ではあったがしかし同時にまたとないチャンスだった。
 イグニスとマクシマスが対峙したあの日、リディアがあしらわれ、マクシマスが打ち据えられたあの剣を己が物にする為の絶好の機会だった。
「俺に剣を教えてく――」
「断る」
 しかし、それを言い切る前にぴしゃりと切り捨てるイグニス。顔すら向けず拒絶をされ、そんな事態を想定していなかったリディアは一瞬、思考を止める。
「…………」
 数瞬の沈黙。
「――ばらすぞ」
 なんとか絞り出した声も小さく不安に揺れていた。しかし、ここで引き下がる訳ことは彼にはできない。こうなってしまっては兎に角徹底的に食い下がってでも首を縦に振らせる覚悟を決める。
「……何をだ」
 ばらす、という単語に過敏に反応したイグニスは敵意と殺意に満ちた視線をリディアに向ける。瞬間、視線を絡ませたリディアは一気に肝を冷やす。
 稽古の時みせた路傍の石を見るような目ではなく、明らかに敵と認識し、排除せんとする氷点下の意思がイグニスの目に宿りつつあった。
「いや、だからこの件を」
「なっ――、お前は阿呆か? 自分も死ぬんだぞ」
 しかし、リディアの答えを聞いた途端、剣呑な気配は霧散し、呆れたように額に手を当てるイグニス。彼はあれほど言い聞かせた現状を理解していない目の前の男に対し怒りを通り越し、もはや呆れていた。
 しかし、そんなイグニスの気も知らずリディアはまるで自分が切り札を切ったようなつもりでまくし立てる。
「分からないじゃないか、標的はあくまでお前だったんだし。 数合わせの俺なら頼み込めば許して貰えるかもしれない。 最悪の場合は逃げれば何とかなるかもしれない」
「いつでも逃げれる俺にとって、この脅しは成立せんぞ」
 この件が露見しても結局イグニスだけではなく同行していたリディアも同じ立場となる。自分で自分の首を絞めるようなものだ。
「けど、ここで何かやらなきゃならない事があるんじゃないのか? だから、今もここにいる。 お前くらいの腕があれば逃げたきゃとっくに逃げ出してる、そうだろ?」
 それは今までの会話で一番、的を捉えた一言だった。
「減らず口を――」
「俺にもやらなくちゃいけない事がある! 俺は生き残らなくちゃいけないんだ! この戦のせいで土地も家も無くした俺には褒賞がどうしても必要なんだ。 生きていくために、母と妹を養っていくために、農民の俺には今この場所に来るしか選択肢がなかったんだ」
 リディアが命を賭けて戦うのと同じく、イグニスにも相応の動機がある。日頃の役務、訓練で一切のやる気を見せない彼だったが、戦闘での士気の高さはそれこそ普段の彼からは想像のつかないものだ。
 それを知っているリディアには彼にも何かしらの動機があるのではと感じていた。
「…………」
「生き残るために強さが欲しいんだ」
 必死に言葉を紡ぐ。条件なんてどうでもいい、どうしても生き残るために、無事家族の下へと帰るために勝ち残るだけの力が必要だった。
「お前の事情など、知ったことか」
「お前にもきっと何か事情があるんだとは思うが、頼む! どうか剣を教えてくれ!!!」
 懸命に頭を下げ食い下がるリディアを一瞥し、しかしイグニスの態度は一向に軟化しない。
「始めは人を恫喝しておいて、今度は情に訴える、か」
「――頼む」
 ついには土下座までして、リディアは縋った。そこに最早誇りや矜持といったものは無い。全ては家族のために、この命を散らせるわけにはいかないと。
 長い長い沈黙。その間、リディアは頭を下げたまま、イグニスはそんな彼を見据えている。
「……勝手にしろ、お前に教えるものなど何もない。 覚えたければ勝手に見て覚えろ」
 結局、折れたのはイグニスの方だった。こうなっては死体を運ぶ作業が進まないし、これ以上こんなところで時間を浪費するわけにも行かない。彼は自分にそう言い聞かせる。
 この場だけ乗り切れば良い。そう考え、本来折れたくはなかったが譲歩を決意した。
「っ――、ほんとうか!? 本当に教えてくれるのか?」
 しつこいぐらいに聞き返すリディアを鬱陶しく思いながらも首肯する。
「二度は言わん」
「すまない、ほんとうにありがとう。 どう感謝したらいいか……」
 他意のない、心の底からの感謝の言葉にイグニスは少々後ろめたいものを感じながら、しかしそんな事はおくびにも出さず彼に釘を指す。
「感謝されるいわれはない。 その代わり、これ以上面倒を起こすな」
「恩に着る」
 そう言って頭を上げたリディアは安心か、感謝からか無邪気な笑顔をイグニスに向けた。
「っ――、そんな事をしている暇があったらさっさと運べ」
(母と、……妹のためか)
 彼の言葉の一端に妙な感慨を覚えながら、しかし、わざわざ面倒を背負い込んだことに自己嫌悪しつつ、イグニスは再び先陣切って歩み始めた。

 藪を漕ぎ続け、森も深くなってきていた。これ以上進めば自分たちもまた帰りの道を見失いかねない所まで来ている。
「奥の川までは進むぞ。 急げ」
 息も上がってきたリディアをちらと見たイグニスが森の奥を指差す。耳をすませば水音が聞こえてきていた。
「いや、それならこの辺まで運べば、多分大丈夫だ」
 しかし、それを否定するようにリディアは運んできた死体を手放した。流石に自分たちを襲った悪漢の亡骸を丁重に扱う気など起きず、その所作は乱雑だ。
「……なぜだ?」
 川に流してしまったほうが確実に証拠が消せる。急流であるし、下流はイルレイユを縦断する大河と繋がっており、そのまま流れていけばまず事が露見することはないだろうとイグニスは踏んでいた。
 けれどこのままここに放置しては最悪、味方に見つかってしまうかもしれない。よく死体を検分すれば自分たちの犯行だと割れてしまう可能性だってあるのだ。
「この辺なら獣と蟲とで綺麗にしてくれる、一晩あれば人相ぐらいは分からないくらいに。 それに誰だってグリフォンの縄張りを掠めてまで探すようなことはしないだろう?」
「む、蟲――」
 リディアの何気ない言葉にイグニスの顔はみるみる青くなる。しかし暗さが困じてかリディアはイグニスの変化に未だ気づいていない。
 数歩、イグニスに近づくとリディアには気のせいか、彼が小刻みに震えているように見えた。
「どうした根暗?」
「だ、黙れっ!」
 イグニスは上ずった調子でそう言うと、足早にもときた道を辿り始める。その足取りは異様に早い。まるでここから直ぐに立ち去りたいと言わんばかりに。
 リディアは何が何だか掴めなかったが、兎も角一人森を突き進むイグニスを追うように彼の背中に続いていく。何せ死体はもう一つ。ここまでにかかった苦労を思い返し、リディアは大きくため息をついた。

2012-11-04 11:25:35公開 / 作者:レサシアン
■この作品の著作権はレサシアンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 はじめまして、こんにちわレサシアンという者です。
 前作が半端なままなのですが行き詰まり、現実逃避で描いていた作品が勢いづいてしまったので、こっちをメインで描いていこうと思います。
 自身初の異世界ふぁんたじぃ、剣と魔法ものに挑戦してみました。まだまだ勉強不足なところがありますが、読んでいただけたら嬉しい限りです。
 本業の合間を縫っての執筆のため、中々筆が進みませんが、本業と趣味の両立目指して頑張っています。が、どうしても遅筆になるので読んでいただけたのなら次回更新の際までちょっと頭の隅っこのほうにこんなのあったなぁ、なんて覚えていただけると嬉しかったり。
 批判、指摘などがありましたらビシバシよろしくお願いします。

23.5.24 … 誤字修正、一部改訂
23.6. 4 … 更新
24.3.22 … 2話久々更新
24.5.2 … 2章更新
24.11.4 … 2話の3章更新
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、鋏屋【ハサミヤ】と申します。御作読ませて頂きました。
文章にも破綻無く、表現も上手いと思います。一見素人に見えません。何か書く事をご職業にしておられるのでしょうか?
一通り読んでみてまず思ったのは非常に硬派な物語だという点。それがダメという事ではないんですが、ここまで堅い書き方だと好き嫌いがハッキリ出てしまいますね。ラノベ系になれてる方だとちょっと読むのに疲れてしまいそうです。
まあそれはその人の好みになるのでそれほど問題じゃない気はしますけど、30枚近い枚数を重ねているのに対して、話しに盛り上がりがないのが残念でした。今後出てくるのかもしれませんが、導入部でそこそこ盛り上がった方が読み手を引き込みやすいと思います。この30枚以内で何らかのアクションが欲しかったと思いました。書き方が堅いので余計そう感じます。正直もうしまして疲れを感じました。
そうですね、私ならこの書き方ですと、この導入部でメインのポイント、つまり1番美味しいクライマックスシーンか、その一歩手前をいきなり入れてみたりw 15枚程度それを書いて残り15枚で本編に戻す事を考えるかな。読み手を引っ張り込む手段としてクライマックス付近を『プロモーション』に使いますねwww
私と違ってここまでの文が書けるんだから、後は読み手が飽きそうなところで段階的に美味しい部分を小出ししていけば固定の読み手は出てくるかと思いますよんw
生意気なこと言ってすみません。私はそういう文才が拙いので姑息な手しか出来ないからなのかもしれません。どうかお気を悪くされぬよう。ではまた次回もまたw
鋏屋でした。
2011-05-21 17:49:41【☆☆☆☆☆】鋏屋
>鋏屋さん
はじめまして鋏屋さん。こんな稚作、読んでいただき感謝感激です! その上、感想を頂けるとは有難や有難やm(_ _)m
このような書き方は自分も初めて挑戦しました。やっぱり、ぱっと見ただけで辟易してしまいますよね。ファンタジーよりも戦記、軍記寄りな話を考えていたのでこのような書き方を採りました。それでも一応はヒロイックファンタジーを目指しています。
ですが、疲れてしまいましたか…。申し訳ありません。うーん、やはり序盤の構成を少しイジって冗長な点を改善したいと思います。
最初からクライマックス!作戦は何度も試したのですが、いつも話の整合性がとれず逆に足を引っ張り苦労した経験から見送りました。 次回更新の際は指摘していただいた部分の改善を頑張りますので、よかったならば次回もお付き合い下さい。
因みに自分は、肉体労働な仕事に就いてます。あぁ、筆持つ仕事って憧れますね〜。
読んで頂き本当に有り難うございました!
2011-05-22 09:11:21【☆☆☆☆☆】レサシアン
 はじめましてレサシアン様。上野文と申します。
 御作を読みました。
 必要最低限の情報を織り込みながら、物語を展開する導入部、とても興味深かったです。
 主役は、たぶんリディア、なんですよね? 今のところ誰に視点を置いていいかわかり辛いので、カメラを向ける先を意識されるとより読みやすく、また書きやすいのでもないかなあ、と思いました。
 面白かったです。
2011-05-29 18:30:38【☆☆☆☆☆】上野文
>上野文さん
 はじめまして上野文さん、コメント有り難うございます!!

 興味深いと言っていただきちょっぴり自信が持てました。この書き方は描いていて楽しいのですが、冗長だとか言われやしないか戦々恐々だったもので。
 仰る通り主人公はリディアですが、やはり序文からのあの繋がりだけでは影ウスィー子になってしまいますよね。いや視点が絞れてないし、短い上に場面転回を頻繁に入れたせいでもありますが。しかし、異世界を描くにあたり序盤でどうしても世界観を少々出しておきたかったもので思わず。けれどそのせいで話の流れが淀んでしまっては意味がありませんものね。でもまず最初にやるべき、尺を増やして話を明確にしたいと思います。今は流石に短すぎる。
 次回更新の際は指摘いただいた視点の集中を意識して描いてみたいと思います。
 是非よろしければ、次回もチラ見でよいので目を通していただければ感激です。
 読んで頂き本当に有り難うございました!
2011-05-31 23:44:55【☆☆☆☆☆】レサシアン
はじめまして、三文物書きの木沢井と申します。以後お見知り置きを。
 タイトルに惹かれ、冒頭に惹かれ、登場人物に惹かれて読み進めました。面白みがあって、参考になる。私にとって、願ったり叶ったりの作品でございます。
 具体的に申しますと、訓練時の体の運びであったり、軍隊の構成や動き、訓練の内容等です。今私が取り組もうとしている拙作にはどうしても欠かせないものだったので、非常に参考になりました。
 そうした事情や、イグニスの正体が予想通りなのか違うのか、その辺りを気にしつつ、次回をお待ちしたく思います。
以上、山下達郎を聴きつつの木沢井でした。
2012-03-23 09:58:34【☆☆☆☆☆】木沢井
 返信遅れまして申し訳ありません、初めまして木沢井様、レサシアンです。
 読んで頂きありがとうございます!
 自分の浅く付け焼き刃な知識ですが参考にしていただけるなんて何やら申し訳ないやら嬉しいやら……。
 参考にしていただける作品として恥ずかしくないような物を目指していきたいと思いますのでどうかこの物語にお付き合いのほどよろしくお願いします
2012-04-22 16:08:03【☆☆☆☆☆】レサシアン
 こんばんは、レサシアン様。上野文です。
 御作を読みました。
 イグニスにリディアがインパクト食われてる〜><
 まあ、それはそれとして、つっぱてる割に案外可愛い子なのかもしれませんね。
 彼を中心に物語が動き出してきて、続きが楽しみです。
 面白かったです! 頑張ってください(^∀^)ノシ
2012-04-24 23:15:18【☆☆☆☆☆】上野文
 上野文様、読んで頂き有難うございます!
 確かにリディアが主人公らしくありませんね。
 イグニスに負けないように今後はリディアもガンガン動き回ってくれる予定です。
 しかし、物語に戦術的、戦略的な要素を入れるのにも苦労していますが、どうすれば上野文様のように政治性などを物語に突っ込めるのでしょうか?
 うぅん、人と世界のバランス取りって難しいです。人を書きたいけど、世界も書きたい。これがなかなか両立させずらい。
 まだまだ課題は山積していますが、話を追いかけて頂ければ嬉しい限りです。
 拝読本当にありがとうございました!!
2012-05-02 01:53:21【☆☆☆☆☆】レサシアン
 ども、読ませて頂きました。読もう、読もうと思っていたのにだいぶ遅れてしまい申し訳ないです。

 文章力が素直にすげぇと思いました。ボキャブラリーが豊富で羨ましいです。
 ……が、やはりどうしても文の硬さを感じてしまいます。人物も風景も心理描写もハッとするような巧さがあるのですが、如何せんワンシーンに全てを詰め込んでいる所為で、どこに視点を置いて良いのか分からなくなるのが本音です。
 イグニスは良いキャラしてますねぇ。いろいろとやってくれそうな期待感を持てますw なので、イグニスと団長の決闘シーンを冒頭に持ってきた方がグイッと引き込まれて良かったかも知れません。
 主要キャラが動き始めてきましたので、期待しています。

 ではでは〜
2012-05-03 21:54:55【☆☆☆☆☆】rathi
 こんばんは、レサシアン様。上野文です。
 御作を読みました。今回はギュラストル側の物語ですね♪
 檄を飛ばすシーンは奮い立たせるような熱気に満ちて、歴戦の武人に見えるヴァストラフトもやはり負った重みに背が小さく見えるというのが、こう身近に感じられました。支えうる背となるか、つぶれるかは、これから、か。面白かったです!
 政治につきましては、私も登竜門やサイトで色んな意見をいただいて、迷走してツッコまれたり、幸いにも評価されたりしながら、ちょっとずつ勉強してきました。本当に、ありがたいことです。
 ひとつだけ気をつけているのは、歴史上、誰も彼もを納得させた「政治、経済、哲学の答え」はなく、「何もかもうまくやれた戦略家、政治家」もまたいない、ということでしょうか。
 アレキサンダー大王、ハンニバル、大スキピオ、光武帝、チンギス・ハン、エリザベス女王、ナポレオン、女帝エカテリーナ、ワシントン、ビスマルク、平清盛、足利義満、織田信長、徳川吉宗、坂本龍馬、東郷平八郎…、いずれも歴史に名を残す功績なり治世なりを実現した方々ですが、その足跡が順風満帆だったかというと、何度もピンチに陥ったり、手ごわいライバルがいたり、波乱万丈な人生を送っています。
 私が某政治および哲学思想について辛目なのは、経済学徒であるというのもあるのですが、「プロレタリア革命万歳! すべての権力をソヴィエトに集めればうまくいく」「うまくいった試しがマジで一件もねーよ!」というのが大きかったりorz
 …実績がたいしてないのに、周囲の声や虚名ばかりが大きな政治家は、どんな政党であれグループであれ冷静に見ないと、被害は国民を直撃します。フィクションでも、いっこの思想や個人を過剰に修飾すると、逆に嘘っぽく見えるんです。…それを逆手に、なんてゆうのも楽しいですがw 参考になれば幸いです。続きを楽しみにしています!
2012-05-04 22:07:02【☆☆☆☆☆】上野文
羽付です♪ 拝見いたしました(*^_^*)
 テントの中のむさ苦しさが、直に伝わってくるようで良かったです。最低限の衛生面意外は気にして居られない、ギリギリの局面にある戦場なんだろうなと感じれました。
 リディアの妹視点の話も読んでみたいなと思いました。男まさりな妹がいる設定が、すごいしっくりくる気がします。それとイグニスのような憧れからライバルへと、なっていく存在って主人公の成長には欠かせませんよね♪ そこらへんも楽しみになりました。それと意外にマクシマスみたいな奴は、嫌いじゃないです。騎士団長のパパさんも登場するのかな('∀'*) お飾りの王自身も、またそれを命がけで護る騎士団というのも、なんか哀しいですね。
 イグニスの名前の反応って、やっぱり自身の名前といよりは……それと抱きしめた反応から、ライバルというよりは恋の予感なのか? と少し期待してしまったり♪
 ヴァストラフトは、勝利の為なら自分の意にそぐわぬとも受け入れるタイプなのかなと。こういうタイプは強いですよね! ギュラストルの真の目的など、これから分かってくるのかな楽しみです♪ それと次は、リディアがいる軍との激突になるのかな? 圧倒的な不利な状況で、どうなるのかとドキドキです!
 前半の状況などの説明は、もっと会話の中で説明されてた方が入り込みやすいかなと思いました。ヴァストラフトとバンドルの会話のやり取りなど、心地よかったです! 細かいのですが、一か所‘ヴァスとラフト’となってました。
であであ( ̄(エ) ̄)ノ
2012-05-25 20:21:04【☆☆☆☆☆】羽付
 皆様、返信大変遅くなり申し訳ありません!

>rathi様
 こんなしょっぱい作品ですが読んでいただき感激です!
 確かにこの文体だと冗長ですし、焦点がボヤけていますね。自分では満足しているのですがやっぱり読者としての視点では見えていない証拠、ちょっと自己満足と独り善がりが過ぎました。
 ただどうにか設定、心理、情景とバランス良く描写出来ないものかと挑戦したのです。まぁ失敗のようでした……。
 イグニスとマクシマスの立ち会いは冒頭に持って来てしまうと主人公リディアが要らない子になってしまいそうなので見送り、この戦いの大一番、その直前を描こうと考えたのですが、ちゃんとその通りに話が進むか自信が一切無かったので諦めました。
 話の大筋すら当初の構想とどんどんかけ離れるし、描きたいものをドンドン突っ込んでしまう癖もあって舵取りに苦労しています。
 主要キャラもあと少しで出揃い(やっぱり長いし、一気に出し過ぎかな?)、物語も大きく動き始める予定です……、多分。
 まだまだ話は続きますが、rathi様が良ければ是非お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

>上野文様
 いつも読んでいただき本当にありがとうございます!
 順調に進めばおっさんだらけのむっさい作品になりそうです。戦場には鉄と血潮、そして漢が良く似合う。そんなわけでヴァストラフトには今後大いにイルレイユ軍勢を苦しめてもらう予定です。
 政治思想も政治体制も考えないといけないなぁ、と思うとやっぱり錬成あるのみですね。史実を参考にしたり、上野様を参考にさせていただきます。とりあえず目標は二つの思想を闘い合わせることが出来ればなぁ、と。いつになるかは分かりませんが気が向きましたら指摘、批判等お願いいたします!

>羽付様
 読んでいただきありがとうございます!
 まだまだ情景描写は改善しないと、と思っていますが嬉しいです。戦闘が本格化したらもう少しシビアな状況を描いて行きたいので、余り血塗れな描写にならないよう気を付けながらギリギリの線で頑張っていきたいと思います。
 妹は別の機会に出していきたいなぁ、と。この話がちゃんと完結すればですが。
 登場したキャラクターたちにはしっかりと動き回ってもらう予定ですが、目下主人公のリディアが俄然影薄いので焦点を合わせ方に気を付けていかなければ。
 状況の説明を会話の中へ入れるのは避けていたのですが、やはり必要だなと思い始めた昨今。苦手なことから逃げていたのですがそろそろ挑戦してみようと思います。ので、もしよろしければ気付いた点などご指摘していただければ幸いです。


 読んでいただき嬉しい限りです。これを糧に頑張っていきたいと思いますので今後も良ければ是非お付き合いのほどよろしくお願いいたします!
2012-07-16 21:46:58【☆☆☆☆☆】レサシアン
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。