『凍てつく天使 【上】』作者:コーヒーCUP / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
ある女子高生、篠原梓。彼女はある人の教えに従い、誰にでも、そして誰よりも優しくあろうという信念を持って日々を送っていた。しかしそんな彼女はあることを決行しようとしていた。それは恩人の復讐……。確かな憎悪や復讐心を持ちながらも、良心と葛藤するそんな中、彼女は計画を達成できるのか――。
全角96014文字
容量192028 bytes
原稿用紙約240.04枚
"Prelude"

「優しくありなさい」
 それがあの人の口癖で、ことある度に彼女は私にそう言いました。ただ言ったのではありません。いつも優しく、暖かな口調で、少しだけはにかんで、ぎゅっと幼かった私を抱きしめながら、そう教えてくれたんです。
 初めてその言葉を言われたとき、もう理由は忘れてしまいましたが、私は大声で泣いていました。口を大きく開けて、まぶたを両手の甲で抑えながら。そんな私を彼女は抱きしめて、そう言いました。その後に何か一言そえたはずですが、それも忘れてしまいました。
 とにかく、彼女はそういう人でした。
 私も、そういう人でありたかった。本当に、そう思ったんです。

第一章【境界線上の天使】

 家の扉から出ると思わず、あはっと小さく笑ってしまいました。ちょっと嬉しかったのです。ひんやりとした空気が体を包んで、私の好きな秋の予兆が感じられたものですから。
「そうですよね、もう九月の中旬なんですから」
 そんなことを一人で納得した後、アパートの扉の鍵を閉めました。ちょうどのその時に隣の部屋から賑やかな音が聞こえてきまして、すぐにランドセルを背負った小さな男の子が飛び出してきました。
「あ、梓姉ちゃんだ」
「おはようございます、大地君」
 いつも元気溌剌な大友大地君は、私が笑顔で挨拶をするとそれ以上に素敵な笑顔でおはようと返してくれました。まだ小学二年生ですが、その小さな笑顔にはもらえる物が多くあります。
「ちょっと大地、早く行くよっ」
 大地君の家から今度は女の子が出てきました。
「おはようございます、雅ちゃん」
 出てきた女の子は大地君のお姉さんの雅ちゃんです。小学六年生の女の子にしたら少し大きめの身長ですが、それを活かすバレーボールに通っていると聞きました。きっと活躍しているに違いありません。性格は弟思いのしっかり者。時々感心させられるものがあります。
「あっ、梓さん。うん、おはよう」
 ここの姉弟の笑顔は本当に素敵です。朝からたくさんの元気をもらってしまいました。
「お急ぎですか」
「こいつが朝から余計なことばっかりするんだもん。ほらもう行くよ」
 どうやら想像以上に急いでいるみたいで、雅ちゃんは大地君の手を引っ張って早足でアパートの階段を下りていきました。その二人の背中に向かって小さく手を振った後、私は鍵を扉の側に置いてある植木鉢の下に隠します。
 念のため、母が帰ってきたときに困らないようにしないといけません。
 ドアノブを回して鍵がかかっていることを確認した後、私も学校へ向かいます。時間はまだ午前の八時前。学校までは二十分もかかりませんから、ゆっくりと歩いて行けます。今日は気候がすごく良いので、気持ちよく登校できそうです。
 夏も嫌いじゃありませんが、色々と気にしなければならないことが多くありますから。それに比べると涼しげな秋はずいぶん楽な気持ちで一日一日を過ごせますし、なによりその涼しさが気持ちに平穏をもたらしてくれます。
 しばらく歩いていると、分かれ道になりました。いつもなら高校へ最短で行ける右側へ曲がるのですが、今日はそういうわけにはいかないようです。反対の道から、聞き慣れた男の子の泣き声が聞こえてきましたから。
「これは、いけませんね」
 秋の予兆を感じるためにわざとゆっくりとした歩調で進んでいましたが、それをやめて一気に駆けだして泣き声のする方へ向かいます。しばらくすると、道の端でお尻をついて泣いている大地君と、その彼を宥めようとしている雅ちゃんが見えました。
「雅ちゃん、大地君」
 二人の名前を呼びながら近づいていくと、反応してくれたのは雅ちゃんだけでした。
「梓さん……どうして?」
「声が聞こえたものですから。それより、何があったんですか」
 雅ちゃんは口では答えずに、うろたえた目つきで大地君の右膝を見つめました。見るとそこには大きな傷があって、血が流れて白い足に線を描いていました。これはいけませんね。
 カバンの中からバンドエイドと消毒液を取りだして、ポケットに入っていたティッシュに消毒液をつけました。
「大地君、ちょっとしみてしまいますけど、我慢して下さいね」
 お尻をアスファルトにつけて泣いている大地君と視線を合わすために私にもしゃがみ込みます。大地君はしみると聞いて怖がってしまったようです。首を横に振ってしまいました。
「大丈夫です。大地君は強い子ですから」
 痛みと少しの恐怖心のせいで弱々しくなってしまった瞳に、私が映っていました。
「……うん」
「はい、さすがは大地君です」
 私がそう褒めて微笑むと、彼は泣き止んで不器用に笑い返してくれました。そんな彼の傷口に、なるべく痛くないようにティッシュをあてると、やっぱりしみたみたいで体を小さく揺らしました。
「あっ、痛かったですか」
「ううん……大丈夫」
 どう見たって痛がっているのは分かりますが、せっかく彼が頑張っているのですから、それに水を差すようなことは言えません。その後は血を拭き取ってあげて、バンドエイドを貼りました。
「はい、これでお仕舞いですよ。よく頑張りました、偉いです」
 大地君はもう泣き止んで、貼られたばかりのバンドエイドの表面をなでていました。
「あ、梓さん」
 後ろから雅ちゃんに声をかけられたので振り向くと、落ち着きを取り戻したいつものしっかり者の彼女がいました。
「ごめんなさい、迷惑かけちゃって。急いでてこいつの手引っ張って走ってたら、こけちゃって……」
「そうだったんですか。けど雅ちゃんに怪我なくてとりあえずは良かったです。ああ、そうだ、これどうぞ」
 私は雅ちゃんの手を取って、そのまだ白くて柔らかな掌に自分が持っていた数枚のバンドエイドを置きました。
「雅ちゃんも常備することをおすすめしますよ。スポーツをしているなら特にです」
「え、悪いよ……」
「気にしないで下さい。それにまた何かあったら、今度はお姉さんが守ってあげないといけませんよ」
 雅ちゃんはまだ痛む膝に負担をかけないように立ち上がる大地君を見て、ありがとうとお礼をした後受け取ってくれました。いつも私が側にいれるわけじゃありませんから、やはりこうしてもらわないと困ってしまいます。
 大地君も、私に褒められるよりお姉さんに褒められた方が嬉しいでしょうし。
「それじゃあ二人とも、お気をつけていってらっしゃい」
 私は二人の背中を軽く押してから、手を振りました。もう元気になった大地君が大きく手を振り返してくれて、遠慮がちな雅ちゃんが頷きながら、今度は優しく弟の手を引っ張って歩いて行きます。
 そんな二人の後ろ姿をしばらく眺めていました。羨ましいなと思ってしまったんです。私は一人っ子ですから、ああいう光景は憧れてしまいます。友達に聞けば兄弟なんかいいことはないと口々に言いますが、そう言っている顔が本当に嫌そうじゃないんですから、説得力がありません。
「相変わらず優しいわね」
 後ろから今朝の気温よりずっと冷え込んだ声が聞こえてきました。振り向くと無愛想な顔でそっぽを向いて、私と同じ高校の制服を着た、綺麗な顔立ちの女性が立っていました。
 高い鼻に、細い輪郭。そしてポニーテールで一つに束ねた後ろ髪の光沢。いつ見ても綺麗で、少し嫉妬してしまう自分がいます。
「わざわざ反対の道に行ってさ」
「大地君の泣き声が聞こえたものですから。それより、おはようございます、先輩」
 沢良宜先輩は私の挨拶にうなずきだけ返しました。相変わらずなのは、お互い様じゃないですか。
「今日はお早いですね」
「日直だからよ。あんたこそ、毎日毎日早いわね。学校近いんだから、ゆっくり寝なさいよ」
「早起きが癖になっちゃっていますから」
「あ、そう」
 先輩は会話も程々に、すぐさま背中を向けて歩き出しました。
「ほら、行くよ」
 素っ気ないのに言葉に暖かみを感じるのは、先輩の特長で私はそこがとても好きです。はいと返事をして、先輩の横に並びます。先輩は背中にテニスラケットを提げていて、一歩足を動かす度にそれが小さく揺れていました。
「今日も特別レッスンですか」
 先輩は女子テニス部の部長でしたが、それは一月前まで。夏の大会が終われば三年の先輩は自動的に引退なので先輩はもう私のクラスメイトの久留米さんに譲ってテニス部員ではありませんが、放課後にそのテニス部の子たちに特別レッスンをしています。
「うちの部活はまだまだよ。向上心はあるけど、実力がついてきてない。はっきり言って中途半端ね」
 辛辣な言葉ですが、先輩の思いのままなんでしょう。けどどんなにきつい言葉を使っても、先輩が後輩思いなのはよくわかります。じゃないと自分の受験を放り出してまで、レッスンなんてしませんから。
 テニス部のみんなもそれを分かっているからこそ、この少しスパルタ気味の先輩をずっと慕っているんですから。
「それと何回も言わせないで欲しいんだけど――」
 先輩はそこで言葉を句切ると、射るような視線で私を捕まえました。
「私がレッスンをつけたいのは、あんたなのよ」
「……分かっています」
 私の返事が先輩を満足させるものじゃないことも、分かっています。だけど何度も同じことを言われて、そのたびにこう返すしかないんです。今回も私の返事は同じでした。そして先輩のリアクションも同じで、私の返事に深い追求はせず、見放すように黙りました。
 私も一年生の頃はテニス部でしたが、二年生で辞めてしまいました。先輩は未だにそのことが納得いっていないのです。そういう気持ちは、本当にありがたいですが、やはり私は先輩の期待に応えることはできません。
 本当に申し訳ないです。
「……あんたの家計の事情は知ってる。だから部を辞めるって言った時も、強くは引き留めなかった」
 二年生に上がると同時に、私は退部すると先輩に告げました。その前からそういう予兆をちゃんと察していた先輩は、特に強い引き留めもしないまま、私の願いを聞き入れてくれました。あれだけお世話になったのに、まともな恩返しもできないまま部を去ったことは、大きな後悔です。
 たくさんいた同級生の中でも、先輩は私のことを特に気にかけてくれていました。見込みがあるというのが先輩のした私の評価。それに答えられなかったのですから、情けない物ですね。
 それでも辞めないといけないと思ったのには、それ相当の理由があります。もちろん、家計の事情というが大きなものですが、そのほかにもう一つ、どうしても譲れないものがありました。当然、こんなところでは話せませんが。
「けどね……たまには先輩のレッスンにくらい付き合いな」
「それは怖いですね。先輩、テニスになると性格が変わってしまいますから」
「元々私は怖いわよ、知ってるでしょ」
「いいえ、先輩は優しいんですよ。テニスになるともっと優しくなるんです。それに甘えてしまいそうな自分がいて怖いんです」
「バァカ」
 先輩は部でも怖いことで有名です。練習に手を抜くことは絶対にしないで、どんなに疲れていても全力で、もうふらふらな後輩の私たちにスパルタレッスンをしました。けど、私たちが疲れていたということは先輩もそれと同じくらいか、それ以上に疲れていたはずです。それなのに、そんなことを微塵も感じさせずに指導してくれたのは他でもない私たちのためです。
 そういうのを簡単にやってしまえる先輩の側にずっといるのが、私は本当に怖いんです。
「今日はアルバイトが入ってしまっていますから、またお時間があるときにお願いします」
「その言葉も、もう何回目になるのよ」
「分かりません」
「あ、そう。十七回目よ、覚えときなさい」
 そう冷たく指摘されてしまうと、息が詰まってしまいます。私にとっては単純に断っているだけでも、先輩にとってはそのたびに期待を裏切られているんですから、こういう具体的な数字を覚えられるのも無理はありません。問題はその数字を私は全く意識していなかったことでしょう。
「……すいません」
「朝から謝るんじゃないわよ。こっちまで暗くなるわ」
「でも」
「あんたは嘘を吐くのが下手。自分で分かってるかしらないけど、すごく下手よ」
 いきなりそんなことを言われてビックリしてしまいますが、そうなんでしょう。嘘を吐いてはいけないっていうのは、あの人の教えの一つでしたから、嘘を吐き慣れていないんです。
「十七回とも、嘘を吐く様子では言ってない。だからしつこく言ってんの」
 先輩が歩くスピードを上げて、私を置いていきます。先輩の背中を眺めながら、やっぱり優しいと確信しました。そんな先輩について行こうと、私もスピードを速めます。
 しばらく無言で歩いていると、校舎が見えてきました。何人かのまだ眠気が覚めていない様子の知り合いと目が合い、一人ずつ挨拶していると、急に誰かに後ろから抱きつかれてその勢いで倒れてしまいそうになりました。
「梓先輩っ、おはようございます」
 なんとか体勢を立て直そうとする私に抱きついたまま、彼女が元気よく挨拶してくれました。
「ああ、結菜ちゃんですか。はい、おはようございます」
「ああもう先輩、私は後輩なんですから敬語はいらないんですよ」
結菜ちゃんは私の首に両手を巻き付けて、とても強く抱いてきます。
「いい加減に離れな、このバカ娘」
 抱きつかれたまま不安定な姿勢をとる私を考慮して、先輩が結菜ちゃんの耳を引っ張って引き離します。
「痛いっ、ちょっと美夏先輩、耳はなしですってっ」
 先輩に耳をつままれたままの結菜ちゃんは、その耳が綺麗に露出するくらいのショートカットが似合う一年生です。テニス部で、私とは沢良宜先輩の紹介で知り合いましたが、すごく人懐っこい性格でこうやって私のことも先輩として仲良く接してくれている、とても明るい子です。
「朝からテンション高すぎなのよ、あんたは。鬱陶しい」
「美夏先輩が低すぎなんですよぉだっ」
 美夏というのは沢良宜先輩のファーストネームです。この二人を見ていると私は時々、北風と太陽を思い浮かべてしまいます。明るく元気な結菜ちゃんに、冷静で大人な先輩。
 ようやく先輩に耳を放してもらって、結菜ちゃんが恨めしそうな目つきで先輩を見ます。
「乙女の耳を何だと思ってるんですか、もうっ」
 結菜ちゃんの抗議がちゃんと聞こえているはずなのに、先輩は何事も無かったかの様にまた歩き始めます。その態度に結菜ちゃんがまた怒って、軽く飛び跳ねながら先輩に猛然と抗議を繰り返しています。
 なんだかあの二人も姉妹みたいで微笑ましいです。
 当初の予定では今朝の秋を感じさせる気候を楽しみながら登校するつもりでしたが、結局三人で一緒に校門をくぐり抜けました。もちろん、当初の予定よりずっと楽しくて、こちらの方が断然良かったのですけど。
「それじゃ、昼休みにね」
 私たちの通う高校には二つの校舎が向き合うように建っていて、三年用校舎と、一年生と二年生が共同で使っている校舎があります。大きさは同じで、ようは三年生の校舎の方に理科室や音楽室といった教室があり、私たちが使う後者の方にはクラスが詰め込まれている形です。
 下駄箱で先輩と別れて、結菜ちゃんとお喋り……と言っても私はいつも聞き役で彼女がすごい勢いで一方的に喋るのですが、そういったやりとりをして、彼女とも別れて自分の教室に着きました。
 教室に入れば矢継ぎ早に男女問わずクラスメイトの皆さんが挨拶してくるので、それに応答しながら席につきました。
 予想外の出来事から始まった一日ですが、今朝だけでずいぶんと色々な方と挨拶や会話をしています。とてもいいスタートなので、これがこのまま維持できれば今日はとても良い日になるでしょう。
 良いことは挨拶から始まると、あの人も言っていました。
 私の席は窓際で顔を横に向けると向かい側の校舎と、校舎の間に挟まれた中庭が見られます。さすがに朝から中庭にいる生徒はいませんが、今朝の寒さに誰よりも早く気づいた緑達が風に揺られている光景は、これから訪れる秋の足音なのかもしれません。
 机の上に置いていたカバンをそっと開けて、教科書などを出していきます。必要な物を全て出し終えて、再びカバンの中に目を向けるとお弁当箱と水筒、そして革製の鞘に収められた柄の部分が木製の、ナイフが残っていました。
 小さく息を飲んでしまいます。あれを持ち歩くようになってから、もう十日以上が経つというのに未だに落ち着きません。けれど家に置いておくのも不安なので、こうやって肌身離さず持っているのですが、やはりそれはそれで落ち着かないのです。
 当たり前といえば、当たり前の話ですが……。
「篠原」
 そんなことを思い巡らせていたら、急に名字を大きな声で呼ばれたせいで、音をたててカバンを閉じてしまいました。
 声をした方、つまりは教室の扉の方を見るとすらりとした長身の男性が立っていました。教室にいたクラスメイトの女生徒の一部が騒ぎ始めますが、本人はそんな彼女たちに軽いウィンクをした後、手招きで私を呼びました。
 このタイミングで来られると、心臓に悪いですね。
 指示されたとおりに廊下に出ると、二宮先生は相変わらずのスマイルで迎えてくれました。年齢はまだ二十代の後半で、英語の先生。テニス部の顧問で生徒からは絶大な人気を誇っている学校の人気者です。
「おはようございます、先生」
「ああ、おはよう。いきなり呼び出して悪いな。実はちょっと頼みたいことがあって」
 二宮先生には一年生の頃から部活でお世話になったので、他の先生方より親しい関係にあります。こうやって先生に頼み事をされるのも珍しいことではありません。
「ええ、私に出来ることならなんとかします」
「いや助かる。実は沢良宜にお願いをして欲しくてな」
「先輩にですか?」
「ああ。ほらもう九月も半ばだろ、そろそろ文化祭の準備とかで忙しいじゃないか。部活も大切なんだが、俺としてはそっちに力を入れて欲しいなってこともあるから。しばらくの間は部活の時間を短くしたり、多少の欠席や遅刻を大目に見たいと思うんだけど……」
 そこで先生は言葉を濁し、私に目で訴えかけてきました。もちろん、それだけ何が言いたいのかは分かります。
「先輩にそれを許してあげて欲しいと、私から頼めばいいんですか」
「まあ、そういうことだな」
 あの厳しい先輩のことですから、そういうのがきっと許せないだろうというのが先生の予想なんでしょう。そこで先輩と親しい私の方から頼んで欲しいということですか。
「ええ、構いませんよ」
 そもそも先生の予想は的外れなんです。先輩は確かに厳しい人ですが、事情があればちゃんと優しい判断してくれる方ですから、今みたいにちゃんと説明すれば納得してくれるでしょう。ただあまり素直じゃない性格ですから、小言くらいは言うでしょうけど。
 私が何の躊躇もなく承諾すると、先生は目を輝かせました。
「そうか、それは助かるよ。あいつはお前の言うことだと意外にすぐ聞くから」
「そんなことありませんよ。今朝だって叱られてしまいました。そういう頼み事なら先生から直接言っても大丈夫だと思いますよ」
「いやあ、どうも俺はあいつに嫌われてるみたいだからな」
 残念ながら先生のこの直感は当たってしまっています。先輩はあまり先生のことをよく思っていません。女生徒にあまいというのが先輩の評価で、先生が顧問だと部活にならないと言ったことさえあります。
 その時にちょうどチャイムが鳴って、先生が慌て出しました。
「おっと、まずいな、もう戻らないといけない。じゃあ篠原、頼んだ。本当にお前がいてくれて助かった」
 先生はすぐに背中を向けて廊下を走り出しました。近くにいた生徒に、走っちゃダメだよ先生と、ふざけて注意されてもお得意のスマイルでそれをかわして、私の視界から消えていきました。
 何か重たい荷物を抱えた様な気分で、自分の席へと戻っていきます。先生がああいう頼み事をしてくれるということは、信頼されているんでしょう。もう退部して半年以上経つというのに、そうやって心を許してくれているところは、素直に嬉しいです。
 でも――。
 席に着くと同時に担任の先生が入ってきて、いつも通りのホームルームが始まって、特に変わった連絡事項もなかったのですぐ終わりました。担任の先生が出て行くと、すぐさま一限目の国語の先生が入って来ます。
 先生が黒板に次々と書いていく文章を目で追いながら、重要そうな箇所はノートに記していきます。教室は静かで、先生がチョークで黒板を叩く音と、クラスメイト達がノートを書く音だけがしています。
 ふと、窓の外に視線を向けると廊下を歩いている二宮先生が目に入りました。一限目は授業が無く、自分のクラスのホームルームが終わったから職員室へ帰るんでしょう。
 私を信頼してくれている先生……。でも、それでも――。
「私は、あなたを許しません」
 持っていたシャーペンの先の芯が折れ、細い音をたててどこかへ飛んでいきました。
 


「部活の時間を短縮ね……」
 お昼休み、私と先輩と結菜ちゃんはいつも通り食堂で昼食をとっていました。先輩は食堂で買ったサンドウィッチとジュース、結菜ちゃんと私はお弁当を目の前に広げて三人で丸テーブルを囲っています。
「はい、文化祭が近いからそっちに力を入れて欲しいとのことです」
 今朝二宮先生に頼まれた件を先輩に報告してみると、予想通り先輩は渋い顔をしました。
「部活だって大切なんだけど」
「それは先生も分かってらっしゃると思いますよ」
「顧問がそんなこと言い出すとはね、世も末ってやつかしら」
 先輩がこのほかにも小声で文句をぶつぶつと言うので、私はそれに対して、はい、そうですね、などと相槌を打ちます。
「いいじゃないですかー、私だって高校初の文化祭、力をいれたいですもん」
 今年初めて高校での文化祭を迎える結菜ちゃんは先生の案が嬉しいのか、少し微笑みながら先輩に意見をしますが先輩はそんな彼女に冷たい視線を浴びせます。
「あんたは部活をさぼりたいだけでしょ」
 図星をつかれた結菜ちゃんはわざとらしく視線をそらして、口笛を吹き始めました。動作が可愛らしくて、つい笑ってしまいます。
「けど先輩、先輩だって高校最後の文化祭です。結菜ちゃんたちの指導に一所懸命なのはいいですが、やはり先輩と一緒に準備をしたいと思う人もいらっしゃるはずですよ」
 そもそも私はそちらの方が重要だと思っています。結菜ちゃんの文化祭は、来年も再来年もありますが、先輩はもうないのです。そして今まで先輩は、この性格ですから、部活の方に力を入れてきっとクラスの出し物などにあまり協力できていなかったと思うのです。
 最後くらい、そういうところで思い出を作っていただきたい。これは私の願いだったりします。
「……別になんだっていいのよ、私は。そもそも私はもう部長でもなんでもないのよ。そういう願いなら、部長の明里に言えばいいのに。わざわざあんた使って私に頼むなんて……そういうところがいけ好かないわ」
 明里とは私のクラスメイトの久留米さんのことで、現在はテニス部の部長です。もちろん、この食事の前に久留米さんにも先生の提案は話しました。ただ彼女は困った顔をして、それは沢良木先輩に言ってよと。
 私としては先輩より部長の彼女に先に報告すべき内容だと思ったのですけどね。
 この件を先輩に言うと、大げさにため息を吐かれてしまいました。
「あの子、まだ部長としての自覚がないのよね。私が出張りすぎてるせいもあるんでしょうけど、もうちょっとしっかりしてくれないと」
「……じゃあ、顔出さなきゃいいじゃん」
 私の隣で先輩に聞こえないように、ぼそっと結菜ちゃんが愚痴りましたが、すぐさまテーブルの下で先輩に蹴られたようで「痛いっ」と持っていたお箸を落として痛がりだしました。
「もうっ、冗談じゃないですかっ」
「……まあ、このバカ娘にとって文化祭が大切なのは分かったわ。二宮には私が許可したって伝えといて」
 結菜ちゃんの苦情を全く聞こえないように振る舞う先輩はなんというか、流石ですね。当然結菜ちゃんは納得いっていませんが。
 けどこれは予想できた解答です。色々言うのも、先輩が許可するのも当たり前なのです。なんせ先輩はそういう人なんですから。だからこそ、私が離れられないわけですから。
 かこんっと、何か堅い物が落ちる音が足下でしました。不思議に思ってテーブルの下をのぞき込んでみると、なんとポケットに入れておいた私の携帯が転がっていました
「あっ」
 拾おうとしたら結菜ちゃんが取ってくれて、笑顔ではいと渡してきました。
「ありがとうございます」
「いいですよ。けど梓先輩、その携帯可愛げ無いですよ」
 私の携帯はついこの間買ったばかりで、折りたたみ式のどこにでもあるものです。色はホワイト。結菜ちゃんが可愛げがないというのは、携帯にストラップも何もつけてないからでしょう。凝った子は携帯の表面をビーズで覆ったりもしますから、私の携帯は確かに無機質で簡素です。
「あんたみたいにじゃらじゃらストラップつけるより、よっぽどいいわよ」
「美夏先輩だってつけてるくせに。ああ、そうだ! 良い物持ってますよ、私」
 結菜ちゃんは両手をぱんっと叩くと、持ってきていたカバンの中から何か取り出して、テーブルの上に置きました。それはハートや最近流行のキャラクターなどがプリントされたスポンジシールでした。
「昨日友達からもらったんですよー、ほら先輩、貸して貸して」
 貸してと言いながら、結菜ちゃんは半ば強引に私から携帯を奪いとるとホワイトのボディの表面に赤いハートマークに天使が寄り添っているスポンジシールを貼り付けました。そしてはがれないように入念に携帯に押しつけています。
「まあ、梓には似合わないけどそういうのもいいわね。人のことばっかり気にかけて、自分のことは知らんぷりする奴だから」
「そんなことはないつもりですが……」
「自覚がないなら重症ね」
 それにしても……今の私に天使のシールはとは。
 結菜ちゃんはシールを貼り終えた私の携帯を返してくれると、その後は自分の携帯も取り出して同じシールを貼り付けました。そしてそれを私に見せつけてきます。
「ほら、これで先輩とお揃いですね」
 結菜ちゃんが可愛い笑顔で携帯を振ります。思わず嬉しくて笑ってしまいました。
「本当ですね。そうだ、先輩も」
「私は嫌だからね」
 私が三人でお揃いにしようと提案する前に、先輩にノーを突きつけられてしまいました。予想出来たこととはいえ、ちょっとへこんでいまいますね。
「もう、そんなわがままダメじゃないですか。ほら美夏先輩も」
 結菜ちゃんが立ち上がって先輩に近づいて、制服の胸ポケットに手を入れようとすると先輩が落ち着いた動作でそれを払おうとしますが、結菜ちゃんが中々諦めないおかげで結局もみ合い……いや、じゃれ合うことになってしまいました。
 そんな二人のやりとりを私は微笑みながら見守ります。この二人は、本当に仲がいいです。
 結局先輩が折れて、先輩も携帯にも同じシールが貼られることになりました。
「はい、これで三人お揃いになりましたぁっ」
 結菜ちゃんが声を張り上げて、呆れた先輩がため息を吐きます。二人を見ながら、自分の携帯に貼られた天使の姿を思い返して、自嘲したくなりました。
 今の私に天使のシール。
 なんて、不細工なんでしょう。

 3

 夕方、授業が終わると私はクラスメイトなどに別れの挨拶をした後、急ぎ足で学校を去りました。そして誰にも見つからないように、徐々に人通りの多い道を避けていき、学校から少し離れた郊外へ行きました。
 人通りの少ない道路。一車線だけの車道、その横に少し細い歩道。二つの境は僅かな段差のみ。そんな場所に、一つだけ忘れられたように公衆電話のボックスがあり、辺りを見渡しながら、私はその中へ入ります。
 狭く、息苦しい空間。長時間いると窒息してしまいそうな、あるいは気が狂ってしまいそうな、そんな閉所。電話にテレホンカードを差し込んで、震える指で番号を押していきます。その間も誰かボックスを見ていないか、道路に車は通らないかを深く注意しながら。
 三度目のコールで、相手が電話に出ました。お互いにもしもしという挨拶もしません。この番号を知っているのは私と相手だけ。この電話は、私たちの契約だけのために作られたそうです。
 ですから、早速本題に入らせていただきました。
「取引は本日で間違いないですか?」
 この電話の相手が誰かは知りません。そういう契約で、取引を行っていますから。私の情報を向こうに伝えてありますが、向こうの情報は一切私には知らされていません。あまりいい条件ではありませんが、相手の情報など私には不要でしたから構わないと思いました。私が欲しいのは、情報ではありませんから。
『ああ、間違いない』
 短い返答の間にも、私はガラス張りの公衆電話ボックスの中から外を見渡して、誰も見ていないかを確認します。胸が高鳴って、舌が乾いていくのが感じ取れてしまうほど、緊張してしまっている自分が情けないです。
『細かいことはそっちに送った通りだ。後で確認してくれ』
「かしこまりました。ですが、今日の電話はそういったものとは違います。最終確認をさせてください」
 私がそう言うと、電話の向こうで舌打ちが聞こえました。しつこいと思われているのでしょう。けど仕方のないことです。とてつもなく重要なことですから。
『ああ、分かってる。お互いに何があろうが、この取引のことは口外しない。何度も言わすな。あんたは初めてかも知れないが、俺はこういう取引には慣れてんだよ。客のことは、大切にしてるつもりだぜ』
私はこの電話の相手の性別さえ、知りません。ただ若い男性だという予想はたてています。声でも判別がつけられないのです。向こうは何か機械を使って会話しているようで、はっきりとして声ではありませんから。
「そうですか。それならいいのです。何度もすいません。では、本日……お待ちしています」
『ああ、楽しみにしといてくれ』
 がちゃっという音がして、通話を終えました。すぐさまボックスから出て、辺りを見渡します。……誰もいません。ただでさえ少なくなった公衆電話、そしてその中でも人目につかない場所に設置されているものを探すのは大変でしたが、こうして無事会話できたのだからあの代償は役に立ったということでしょう。
 さて、けど安心してはいられません。私は再び急ぎ足になって、自宅へと帰ります。その間も極力、誰にも会わないように、見つからないようにしながら。
 自宅へ着いて、まず真っ先にポストの中のチェックをします。広告と、封筒が一枚入っていました。封筒には何も書かれていません。宛先も、送り主も。それが何よりのしるしなので、それで構いません。
 その両方を取り出した後、足下の植木鉢の下に隠しておいた鍵をチェックします。
 鍵が動かされた痕跡はありません。どうやら、母は今日も帰ってこなかったようですね。寂しいですが、それに慣れてきた自分がいることが、余計に気持ちを沈ませます。
 けど、今は落ち込んでいる場合じゃありません。鍵を手にとって、家の中へ入ります。そして玄関先のゴミ箱に広告を丸めて捨てて、手も洗わずに自室へ向かいます。襖を開けて、夕日が差し込む部屋に入りそっと閉めました。
 机の上には中古で買った赤いネットブックがあります。店の方に聞けば型が古いのでネット環境が悪いし、立ち上がりにも時間がかかるのであまりおすすめしないとのことでしたが、私にはこれで十分でした。どうせ……今日の取引が終われば、念のためすぐに破棄する予定ですから。
 そんな機械を立ち上げている間に、封筒を丁寧にハサミで開けていきます。出てきたのは三つ折りにされた一枚の紙。広げてみるとどこかのURLと、278と935という数字だけが書かれていました。
 暗号でもなんでもありません。これが伝達手段なだけ。
 立ち上がったネットブックでさっそくインターネットにアクセスし、さっきのURLを確実に入力していきます。エンターキーを押してしばらくすると、どこかの掲示板へと繋がりました。日本では最大の利用者を誇るインターネットの巨大掲示板の、とあるスレッドみたいです。
 そこ自体は無視して大丈夫でしょう。どうやらここは経済の話で盛り上がってみたいです。画面をスクロールしていき、一つ目のメッセージに出会いました。
『赤い帽子に黒のジャケット。星条旗。』
 そう書かれていたのはスレッドの278番目のレスポンス。この短い一文を凝視して、暗記します。忘れるなんて失敗は許されません。
 そして今度は更にスクロールしていき、二つ目のメッセージに出会います。
『時間、予定通り。金額、予定通り。ドストエフスキーの罪と罰』
 今更確かめるまでもないメッセージでしたが、こういったやりとりが幾度もあって、ここまでたどり着けているわけです。遠回りですが、証拠などを残さないように動かないといけません。石橋を何度叩いてもたりないでしょう。
 さて、取引に狂いはないようです。時間は午後の五時過ぎ。六時から九時過ぎまでアルバイトが入っています。そして取引は十時から。今日はこれから忙しくなりますが、今日からの方がきっと忙しくなります。
 ……迷っていません。もう、決めたことです。
 ネットブックの電源を落として、机の上に額縁に入れて飾ってあった彼女の写真を手にします。まだまだ幼い頃の私を両手で抱きかかえて、微笑んでいる彼女。そして彼女と共に笑っている私……。
「カンナさん――」
 私はあなたの教えに背きます。ごめんなさい、けど、やっぱり私には無理なんです。事実を知ってから、何度も何度もこの気持ちを潰そうとしました。でも無理でした。一度芽生えた、あの黒い感情は私の中で日に日に増大していったんです。
 だから、許して下さいとは言いません。けどどうか、見守っていて下さい。
「ごめんなさい」
 そう謝った後、写真をそっと伏せました。これ以上、彼女を見ているとただでまだ定まりきっていない気持ちが揺れそうです。そして、それに負けてしまいそうです。そんなことはダメでしょう。
 今度は机の引き出しを開けて、中から四枚の写真を取り出します。それぞれ別々の男性が写った写真。中山司、清水貴明、西本彰、そして二宮先生。私がこれから復讐を果たす人達。
 写真を持ったまま、さっきの封筒と紙を持ってリビングへ行きます。母の灰皿の中に、丸めた封筒と紙をいれて、それに添えるように写真を置くと近くにあったマッチに火を点けて、それら全てを火で包みました。
 乾いた音がたてながら燃えていく写真を、静かに見下ろします。
「……許しません」
 絶対に――。
「許しません」

 4

 束になった始末書をぼんと上司の机に置くと、別の書類に何かサインをしていた上司が面倒くさそうに顔を上げる。人生に疲れきった、いかにも中年のおやじという見栄え。毛穴が目立つ頬に、薄くなってきた頭。
 お疲れさまと、この上司を見るたびに弓崎は言いたくなる。そして時々、実際に口にしている。決していい顔はされないが、この上司が彼にいい顔をしたことなど出会って一度もない。
「処理、頼みますよ」
 頭を掻きながら、投げやりに言う。部長はため息をつきながら始末書を手に取る。そしてぱらぱらと中身を読んでいく。
「いつ、そして何の件の始末書だ」
「覚えてませんよ、そんなもん。書けって上が言ってきて、従っただけっすから」
「お前なあ」
「大丈夫でしょ、部長がそいつにサインしてさえすればことは丸く収まるんですから。頼みます」
 そもそも自分がなにをしたのかなんて覚えていない。覚えていないのに、後からああだこうだと言われ、意味が分からないと思ってそれを不服の態度として顔に出したり、口にしたりしたら、結局始末書を書けという流れができている。
 弓崎としてもそっちの方が楽なので受け入れている。上がどう言おうと自分が残してきた結果には自信を持っているし、そしてその事実が上を黙らせている。今更上に従っていたら、きっといい結果は残せない。
 現場は現場にまかしてくれればいい。それが弓崎の持論だった。
「……いい加減態度を改めた方がいい。上は本気でお前を煙たがっているんだ。本当に、首が飛ぶぞ」
 この上司、弓崎が新人の頃から傍にいた人だ。だから心の籠もった忠告なんだろうが、彼は鼻で笑いとばす。
「懲戒なら喜びます。鬱陶しい上もいないし、血塗れの現場にも行かなくていいし、嘆く被害者やバカな加害者を見なくていいんでしょ。最高ですね。それに首ってことは休みですか。ここ何年か、まともな休みをもらってないんで、ちょうどいいです」
「休みなら、俺はもう何十年ももらってないな」
 上司が自嘲気味に言う。とっさにあの言葉が口に出た。
「お疲れさま」
「けっ……まあいい。処理はしといてやる。お前は仕事に戻れ」
「どうもです」
 感謝のこもっていない礼をして、きびすを返して上司の視界から消えようとしたのに、また声をかけられた。
「けど弓崎、お前はこれが天職だろう」
「バカ言わないでくださいよ。何のために宝くじ死ぬほど買ってると思ってんですか」
 年末や夏場といった季節に節目にある大規模な宝くじ以外にも、彼はよく宝くじを買っていた。奇跡的に時間が空けば、競馬や競輪に足を運ぶ。全てはこの職業から逃げ去りたいからだ。
「いくら買っても無駄だぞ。刑事なんて職業なんだ、神様はとっくに見放してるよ」
「そいつは何の冗談ですか」
「いいや、経験だよ」
 そうきっぱり言われるともう黙るしかない。けど別に特別何も感じない。刑事が神に見放されているのは今に始まったことじゃない。刑事が相対すべきなのは神ではなく、悪魔だから。
刑事といえどデスクワークがないわけではなく、机の上で書類と格闘している同僚たちを後目に歩きながらたばこに火をつけると、同期の女性の刑事が書類から顔を上げた。
「禁煙よ、ここ」
「すぐ出るよ。わんわん喚くな」
「すぐ出るなら、ちょっとくらい我慢しなさいよ。あんたが出ていっても、煙は残るのよ」
「そのちょっとが我慢できねぇくらい、ストレスがたまる仕事に就いてるもんでな」
 口で言っても無駄だと言うことを、もう何年か同じ職場で働いているのだから察して欲しいと思いながらも、せっかくストレス解消のために吸ったタバコのせいで新たなストレスを抱え込むのも本末転倒だと思い、そそくさと部屋から出て行く。
 実を言うと始末書はあれが全てではなかった。今日までに出せと言われていた分だ。自分の机の中にはまだ残っている。昼食をとった後、後輩でコンビの芝浦に聞き込みを任せてとりあえず始末書だけ出しにきた。
 さっさと聞き込みに戻ろうとエレベーターで下まで降り、携帯で芝浦にかけたがどういうわけか繋がらない。不思議がっていると、着信があった。
『先輩、芝浦です』
「携帯なんだから分かってる。余計なことで時間を浪費すんな」
 いつも口酸っぱく言っているのに、どうして毎度この挨拶をするのか。
『すいません。今運転中で、無線入りましたけど……自首してきたそうですよ、夫が』
「結局かよ。だから言ったじゃねぇか」
 今、弓崎たちが抱えていた事件はある主婦が殺された事件。買い物帰りに住宅地で胸を刃物で刺されて殺されていた。上層部は通り魔の犯行と見ていたようだが、現場では違うだろうという意見が主流だった。現場に争った痕跡がなく、なおかつその主婦の夫がおかしかった。
 何がおかしかったは説明できない。これはもう経験だとしか言いようがないから。
 でもそれが捜査会議で活かされることはなかった。同僚の何人かが声をあげたが、上はそんなのは証拠にならないと切り捨てたからだ。弓崎はそうなるだろうと分かっていて何も言わず、とりあえず指示通り聞き込みにあたっていた。勘だけを信じてはいけないとは分かっていた。
 けど結局、事件は多くの現場の刑事が予想した犯人が自首した結果で終わったようだ。まだまだ現場検証といった裏付けがあるが、それも手こずることなく終わるだろう。
『今、取調中だそうですけど、とりあえず聞き込みは終わらせて、そっちに戻ります』
「ああ、そうかい。なら俺はまたデスクワークに戻る」
 適当に通話を終えて、またあの部屋へと足を戻す。はっきりと自覚できるほど、苛立っていた。上の捜査方針が間違っていたことではない、事件がすんなりと解決を見せたことについてだ。
 捜査には時間も金も、体力も精神力もいる。それが消耗されなくてすむのなら、それはそれでいいことなんだろう。ただ、彼は刑事になってまだ十年にもなっていないが、経験が胸の中で警鐘を鳴らしているのがよく分かった。
 こうやって単純に終わった事件の後の事件が、本当に厄介になる。
 深々とため息を吐いた。実際にそうなるかは分からない。けど事件というのは確実に怒る。それは、もう仕方ない。今だって誰かが誰かを傷つけてる。それだけで事件だが、本当の事件はたいていその後だ。
 傷つけられた人間が、何を思うか。それが全て。
 きっとこの後、取り調べに付き合えだとか、残された遺族に事件の説明をしにいけだとか、色々言われる。傷つけた人間の懺悔など、傷ついた人間の嘆きなど 、聞きたくはないのに。
 刑事部屋の前まで来て、急いでくわえていたタバコを携帯灰皿の中へ捨てる。このまま入ると、またあの同僚がぎゃんぎゃんと喚きだしてしまう。
 机に戻り、犯人が自首してきたことで騒がしくなった同僚達を尻目にさっきまでの作業に戻ることにした。芝浦にもデスクワークに戻ると言ってしまっている以上、やらねばなるまい。
 残りの、始末書の処理を。
 まだ起こっていない、けど必ず起こる、厄介な事件に対して嫌気がさしながら。


 6


 午後十時の少し前、私は駅にいました。近所の最寄り駅のプラットホームには、一日の仕事をやり終えたスーツ姿の男性、少し帰宅の遅くなった学生の集団、きっと今までどこかでお酒を飲んで騒いでいた女性、数は多い方ではありませんが、とにかくそういった方々が場所は違いますが「自宅」という同じ目的地に向かって帰る途中でした。
 私はそんな人たちをぼうっと眺めながら、しきりに時間を確認します。どんなに時計を見ても、一秒は一秒。早くなることも、遅くなることもありません。けど、こうせずにはいられないのです。
 もう少しで爆発しそうな心臓を抱えた左胸を、そっと押さえます。落ち着きなさい、私……。
 今はただの取引です。本番はまだまだこれからじゃないですか。こんなところで怖じ気付いて、どうなるというんですか。いい加減、勇気を出しなさい。
 覚悟を、決めたんでしょう?
 鞄から文庫本を一冊取り出します。新潮社文庫、ドストエフスキー『罪と罰』の下巻。ホームに設置されている冷たいイスに腰掛けて、その本を開けます。読んだのは、もうずいぶん前。高校受験の前だったと記憶しています。その時は学校の図書館で借りましたが、これはさいほど古本屋で百円で買った物です。日焼けがひどく文字も小さいです。
 内容は、あまり覚えていません。いや記憶に残る一冊であったことは間違いなかったはずです。覚えていないのは忘れたからではありません。忘れようとしたから、でしょう。
 文庫本を開けただけ、内容を読みはしません。ただ視線を向かわせているので、細かい字がいくつも目に入ってきます。
 ホームには蛍光灯が数メートル間隔でつり提げられているだけで、それだけではこの夜の闇に勝てるはずもなく、あまり長時間これを眺めているときっと目にはよくないでしょう。
 ホームに放送が流れたのはその時でした。まもなく電車が到着します、と。時刻は午後十時過ぎ。おそらくは、この電車でしょう。
 鼓動で、全身が揺れそうです。
 なま暖かい風が髪や服を揺らす間も、私は視線を動かしませんでした。ホームで並んでいた人たちがいまかいまかとそわそわとしだします。しばらくすると電車が停まり、圧縮されていた空気が吐き出される音がした後、ぞくぞくと多くの人が下車してきます。私はここで初めて視線をあげました。
 降りてくる人たちを目で追っていきます。そしてあの一文を思い出します。
『赤い帽子。黒のジャケット。星条旗』
 目立つのは赤い帽子でしょう。降車した人の頭上を見渡していきますが、赤い帽子は見あたりません。この電車じゃ、かったんでしょうか。しかし今はもう約束の時刻です。
 不思議がっている私の隣に、大きな体の男の方がどかっと座りました。
「篠原梓さんだよな」
 あんなの激しく脈打っていた心臓が、一気に止まってしまいそうになりました。あまり首を動かさずに隣の男性を見ます。年は三十代後半くらい、あごひげを蓄えて、その上にある唇を形の整ったお皿みたいにして笑っています。
 赤い帽子でも、黒のジャケットでもありません。
「約束と、違いませんか」
「怒んなや、嬢ちゃん。けど実際、こんなところで赤い帽子なんて被ってたら目立つぜ。目立っちゃっていいのか」
 いいわけありません。そうですか、私の立ち位置を理解した上で遊んでおられるんですね……。別にかまいません。この方がいなかったら、欲しい物が手に入らないのですから。
「俺としては誰か降りてくる人間をよく観察してる人間を捜したらいい。それがメッセージを読んだって合図だからな。電話で言ってもよかったが、通話記録ってのはどこに残ってるかわからないから怖い」
「この本にも意味はないわけですね」
「まあ、見分けやすいってだけだ。深い意味はないな。それともあんたには、不快な意味でもあったか」
「――本題に入りましょう。あまり人に見られたくありません」
 私が話題を打ち切ったことに、男性はひひっと笑い声をあげました。
「じゃあ、そうしますか。なら、金だな」
 私はホームを注意深く見渡します。こちらを見ている人はいません。それを確認したので、そっと手に持っていた『罪と罰』を渡します。相手はそれを怪訝そうに受け取りました。
「カバーの裏に五万円入っています」
 古本屋を出てすぐに仕込んでおいたものです。相手はカバーをはずして、お札が見えるといやらしい笑みを浮かべましたが、すぐに真顔を浮かべました。
「契約では十五万だ。言っとくけど、分割なんてありえない」
「残りは商品を確認してから渡します」
「……立場、わかってるか」
 さっきまでとは違って、声が鋭くなりました。ただでさえ夜になって肌寒かったのに、鳥肌が立ちそうです。
「あなたは私の住所も名前も知っています。私があなたから商品を奪うことは不可能でしょう。お代はちゃんと払います」
 それでも相手は納得しません。こちらをじっと見つけてきます。絡まりそうな視線で、苦手です。それでも私はこの場を乗り切らなければいけません。
 あまり見つめ合っていても周りから不審に思われるかもしれませんから、私は彼から目をそらして真っ直ぐと何もない方角を見ました。そしてそのまま口を開きます。
「私はまだ商品を受け取っていません」
「だから、なんだ?」
「通報すれば、立場が弱いのはあなたです」
 その一言で相手はすっと身を引きました。
 ここだけは譲れません。世間で十五万円がどれほどのものなのか知りませんが、少なくとも私には大金です。だまし取られるなんてことはおきてはいけませんから。もちろん通報なんてできるはずもありませんが、もし万が一本当にそうしたら、立場が弱いのはこの方です。私はまだ何も手にしていませんから。
 相手はしばらく黙っていましたが、舌打ちをした後、ポケットから鍵を出してきました。受け取るとこの駅のコインロッカーの鍵だとわかりました。
「二時間前に先にきて入れておいた。確認してこい」
 鍵をポケットにいえて、イスから立ち上がります。あまり人とああいうやりとりをしたことがなかったので、まだ落ち着きません。しかも相手は大人の男性。よくやれたものです。
 改札に切符を通して、駅の中にあるコインロッカーに一心不乱で、少し早足で、けど目立たないように目指します。ロッカーの番号は034。
 そのロッカーの前でも人の目がこっちに向いてないかを確認した後、鍵を差し込んでそっと扉へ開けます。中にはロッカーのサイズにあわなかったせいで無理に二つに畳まれた紙袋が置かれていました。
 それを両手でそっと取り出します。あまり重さはないはずですが、心なしか何十キロもあるように思えてしまいます。紙袋を抱えて、近くのトイレへ駆け込みました。さすがにこの時間は利用者が少なくて、誰もいませんでしたから、安心して個室へ入りました。
 便器の上に紙袋をおいて中身を一つずつ取り出していきます。最初に取り出したのは小さな瓶。割れないように布で包まれています。そっと蓋を開けて、鼻に力を入れないようににおいをかぎました。強烈な刺激臭が鼻孔を突き刺しました。
 これが、青酸カリですか。
 一つ目の商品の確認を終えたので、布に包んだまま紙袋に戻します。次に取り出したのは手錠。本物の金属性のものではなく、アルミ製だそうですがこれで十分でしょう。これくらいなら自分でも用意できましたが、私が買ったという記録は、できればどこにも残したくありませんから。
 手錠が八つ。確かに注文通りです。
 手錠を戻し、最後の商品確認をします。紙袋から一番重い物を取り出します。思っていた物より軽いですが、これもまた精神的に重たく感じてしまいます。
 生まれて初めてスタンガンというものを手にしています。黒い体に、クワガタムシみたいな突起がついています。その突起のさきには金属がついています。電源をつけ見ると、青白い光がばちばちという音をたてました。
 電源を落として、商品確認を終了しました。……問題はなさそうです。
 ポケットの中の携帯が震え出しましたので、急いで出ます。
『どう、確認したかよ?』
「はい。すべての確認を終えました。一つ確認しておきますが、スタンガンは……」
『市販のよりずっと強烈だぜ。試したいなら動物でもなんでもいいから試してみな。俺特性の改造スタンガンだ』
 試せるわけありません。どうやらここは信じるしかなさそうです。
『で、いい加減に金払いに戻ってきてくれませんかね』
 商品確認は終えましたし、もういいでしょう。
「さっきまで私が座っていたイスの裏に、ガムテープで封筒を貼り付けています。お金はその中です」
 電話の向こうで男性が動く音が聞こえます。前金を渡して、先に商品を受け取ると決めたとき、そうしないといけないだろうと考えていました。もう一度ホームに戻ってしまっては、駅員さんの印象に残ってしまいます。
 ですから早めにホームに着いて、封筒を貼り付けときました。上手くいってほっとしています。
『……確認したが、一万多いぞ』
「気持ちです。受け取っておいてください。色々とお世話になりましたから」
 この方に感謝しているのは本当です。口止め料という下心も当然ありますが。
『はは、気前のいい嬢ちゃんだ。そんな物騒なもん手にしてなにする気か知らないが、まあせいぜい頑張ってくれ』
 言われるまでもないことです。全力で、取りかかります。
「しっかし、いまいちぴんとこないぜ。俺はこういう商売に慣れてる。客はたいて悪人だ、いや極悪人かな。けど嬢ちゃん、あんたは違う」
 そんなことはないでしょう。こんな物騒な物を購入して、そしてこれからとんでもない事件を起こそうとしている私が、悪人でないはずがありません。
『嬢ちゃん、これはくだらねぇ忠告だ。――迷ってるならやめときな。あんたが今いる場所は越えちゃいけないラインがある。そう、善悪の境だな。あんたは今、その上で揺れてる』
「私は……悪人ですよ」
 言い聞かせるようにつぶやきました。そう、私は悪人です。救いようのない、愚か者です。
『へえ、そうかい。まあこっちも商売だ、客に深入りはしねぇよ。せいぜいがんばりな。あんたが捕まると俺もやばくなるかもしれないんでね』
「分かっています」
 ですから、お互いのことは喋らないとあれほど念を押したんです。その約束は私も破ってはいけないでしょう。たとえそれによって、良心が呵責しても。
『ならいい。それじゃあ、またのご利用をお待ちしていますよ、嬢ちゃん』
 通話が終わり、私も携帯を折りたたんでポケットにしまいます。またのご利用、ですか。できればこんな危ない駆け引きはもうしたくないものです。心臓がいくらあっても持ちそうにありません。
 通話中も誰かがトイレに入ってきたということはなかったみたいです。
 紙袋を持って個室から出て行きます。取引は無事終了。これで私が欲しかった物が手に入りました。あとは行動に移すのみです。……随分と時間をかけてここまで来ましたが、ようやくたどり着けました。
 けどここが終着ではありません。ここからが始まりです。
 今、私が抱えているのはただの紙袋です。けど、中にあるのはいくつもの危険物。私が抱えているのは明確な悪意。そんな私を支えているのもまた、明確な悪意。私は悪人です。罰せられねばならないほどの。
 けど……捕まるわけにはいきません。
 行き道や駅内と同じように目立たないように帰りました。街頭だけに照らされた、公衆電話ボックスのあるあの道を通って帰ったのですが、とても不気味で少し心細くなってしまいました。
 暗く細く、そして世界が終わったかのような静寂しかない道。振り返っても、前を向いても、そこには道以外は何もありません。その先に何があるのかが重要なのに、それを教えてくれる光はどこにもありません。
 早歩きでまるで逃げるかのように、自宅へと帰りました。さすがにアパートの敷居を踏んだ時から極力足音をたてないようにしました。この時間帯に音をたてるのには近所迷惑です。ここには大地君のような小さな子もいるのですから。
 そっと扉を開けて、家の中へと逃げ込みました。その場で扉に背中を預けて、運動会のリレーで全力疾走した後みたいな荒い呼吸をし続けました。極度の緊張感から解放されたことによる安心でしょうか、それとも酸素を求めるように、何かを必死で欲しているのでしょうか。
 ……どちらでも構いません。とにかく、今日という大切な日を無事に終えられました。今はその事実に満足しましょう。
 背中を扉から放して、次々と家の中の電気をつけていきます。紙袋を自室に置いた後、とてもお腹が空いていることに気がつきました。空腹さえ、忘れていたみたいです。
 台所へ行き、今朝作ったお味噌汁をお鍋で、茶碗に入れたままにしていたご飯をレンジで温めました。もう夜も遅いですし、いくら空腹とはいえそんなにたくさんたべてはいけません。
 夜のアパートの一室は当たり前で静かで、何か落ち着きません。お鍋をかき混ぜるのをやめて、台所とほとんど繋がっているようなリビングへ行き、テレビの電源をつけました。
 画面の端に出る『アナログ』という文字を見慣れてきたのは、いいことでしょうか。そろそろ買い換えないといけないらしいですが、そんなお金はありません、さきほど大金を使ったばかりです。
 ちょうど夜のニュース番組をやっていました。何気なく見ていると、どうやら先日起きた殺人事件が解決したとのことでした。
 白昼、女性が道で刺殺された事件で、通り魔事件だと騒がれていた事件です。しかし、報道を見ている限り、どうやら犯人は被害者の夫みたいです。当初の報道とは違うみたいですが、マスコミのみなさんが騒いでいただけですから。
『まあ、耐えられなかったんでしょうな』
 ブラウン管の向こう側でキャスターの横に座った、白髪の男性がそう言いました。テレビ出よく見る評論家の一人です。確かどこかの国公立の大学の教授だったと記憶しています。
『耐えられなかった?』
 キャスターが聞き返すと、ええと頷きました。
『今回みたいな犯罪のケースで言いますとね、犯人はみんな覚悟してるんですよ。警察と戦ってやるとか、罪を達成してみせるとかね。けどね、ほとんどどんな犯罪でもそうですが怖くなるのは罪を犯してからですよ』
『はあ』
『当たり前なはなしなんですけどね。盗んで初めて金額の大きさを知ったり、殺して初めて命の重さを知ったりする。多くの犯罪者はそうなんですよ。罪が罪人を食い殺すんです』
『だから、今回の事件の犯人は自首をしたと?』
『それだけじゃないと思いますよ。警察だって身内を疑っていたでしょうし、そういうのにも耐えられなかったんですよ。犯罪者というのは――』
 その言葉の続きをきかないために、リモコンで電源をきりました。
 それ以上、何も聞きたくありません。知ったようなことをください。私は覚悟しているんです。罪を犯すことも、それによって誰かが傷つくことも、私自身何か失うことも、あの人を裏切ることも、警察と戦うことも、すべて、すべて覚悟しているんです。
「よけいな、お世話です」
 その言葉を口から出したと同時に、喉元まで何かがこみ上げてきました。とっさに口元を押さえて、トイレへと駆けつけます。その間にお鍋はぐつぐつと炊けていましたし、レンジが温め終わったのを知らせるため、チンッとなっていました。
 気持ち悪い――。
 トイレに駆け込むと、何も入ってお腹から何かを絞り出そうとしました。ただ、どれだけ口を開いても、喉に力を入れても、何も出てきません。ただ喉元まで何かがこみ上げている、気持ちの悪い感覚だけはずっと残っています。
『罪が罪人を食い殺すんですよ』
 さっきの言葉が脳にへばりついています。
 罪の重さを知って、自首をした犯人……。耐えられなかったのでしょうか。それほどに、殺人という罪は重いのでしょうか。
『迷ってるならやめときな』
 さきほどの男性の声が蘇りました。迷ってはいません。
 あの人は私が今、境にいると言いました。善悪の境にいると。そうなのでしょう。私は今、迷ってそこで漂っているんでしょう。善悪の境界線の上で、アンバランスに立っているのでしょう。
 立っていられますか、私。
 もう揺れないですか、私。
 覚悟を決めましたか、私。
 負けないですか、私。
 耐えられますか、私。
 罪を犯せますか、私。
「――はい」
 見えない境界線の上で、一方に傾きました。
 どちらにかは言うまでもありません。

 7

 大友雅がその日の最初の異変に気がついたのは、弟が眠りについた午後十時過ぎだった。アパートの子供部屋の雨戸を閉めようとしたときだ。
 中学生になったら別々の部屋にしてやると、両親は言ってくれている。弟と一緒の部屋がイヤだという度に。当初はあまり信用していなかった。このアパートの一室に子供部屋を二つ設けることは不可能だと。しかし最近は両親が本気だということに気がついた。
 よく物件の広告を見ているし、お金について自分たちが寝付いたと思って話し合っているのを聞いたことがある。
 弟と別の部屋になるのは別にいいし、それを望んでいた。けど……。
「引っ越しは、ヤダ」
 雅はこの狭いアパートに嫌気はさしていたが、ここにずっといたいと願っていた。理由は隣人の存在だ。
 彼女はいつも雨戸を閉めるとき、窓を開けて隣の部屋の様子をそっと伺うということをしていた。悪い趣味だという自覚はあったが、ついやってしまう。直りそうにはなかった。
 その日も彼女はそうした。そして、いつもと様子が違うことにきがついた次第だ。
「梓さん、まだ帰ってないや」
 いつもと違っていた。隣人の篠原梓の部屋の明かりがついていない。
 梓が家庭の事情でアルバイトをしていることも、ほとんど一人暮らし同然であることも知っていた。だから帰宅が遅くなるも。けれどいつもなら十時を過ぎたら部屋の明かりがついていた。なのに今日はまだ帰っていない。
 どうしたのかなと心配になったが、色々あるのかなと思い、あまり深くは考えなかった。
 雨戸を閉めた後、寝相の悪いせいで掛け布団をけ飛ばしていた弟に布団をかけなおして、自分も布団にはいった。そして子供部屋においてあるテレビをつけて、音量を最小限にして好きなタレントが出ているバラエティー番組を見た。
 両親、特に母親が早く寝なさいとうるさいのでいつもこうしている。録画してもいいが、明日になれば友人たちから見たかと聞かれる。見てないと答えると話題にのれないし、結局友人が番組の内容を話してしまう。そういうのがイヤだった。
 布団の中でクスクスと笑いながら番組を見ている間も、心の中では隣人の不在が気がかりだった。何かあったんじゃないかという不安が胸の内にもやもやと残っていた。
「コラッ、雅」
 どうやら笑い声が漏れてしまったらしく、襖の向こうから母親の声が飛んできた。
「ああ、あとちょっとだから許してよ」
「何言ってんのよ、もう。さっさと寝なさい」
 番組終了まであと十分だった。母親があまり怒らず部屋の前から立ち去ったのをなんとか最後まで番組を楽しめた。
 テレビを消した後、真っ暗になった室内で真っ直ぐ天井を見つめていた。オレンジ色の豆電球がちょっと不気味に光っている。
 目がさえていたので枕元に置いてあったカバンの中へと手を伸ばした。ランドセルは弟が小学生になったときに譲って、今はもう別の手提げのカバンを使っている。
 取り出したのは箱に入ったバンドエイドだった。今朝、梓からもらったもの。それを見ただけで笑みがこぼれ、胸の中とそっと抱きしめた。
 雅にとって梓は生まれて初めて出会った憧れと呼べる存在だった。初めて会ったときから、ずっとああなりたいと思っている。
 初対面の時、梓は自己紹介をした雅の手をとって笑顔で言った。
「雅さんですか。私は篠原梓と申します。よろしくおねがいします。とってもかわいいですね」
 色々と驚かされた。まず、さん付けで呼んでくれたことだ。いつもいつも、初対面の人は彼女を「雅ちゃん」と呼んだ。呼び方がいやだったのではなく、ただそれだけ子供扱いされてる感覚が強くあって拒絶していた。
 今では梓も雅ちゃんと呼ぶが、全くいやじゃなかった。
 そして今では彼女の口癖そのものが敬語だとわかったから慣れたが、最初はその敬語にも驚いた。けどこれもまた子供扱いしてないという印象が持てた。
 妙に長身だった雅をかわいいと表してくれたのも嬉しかった。
 それ以降も梓は雅を子供扱いはせず、いつも対等に接してくれた。そのたびにそうして欲しいと願ってる自分が子供だなと思い知らされているが、それでもあのバカみたいに優しい隣人が雅にとってはとても大きな存在で、憧れであるのには変わらない。
 そんな梓には今朝迷惑をかけてしまったし、かっこわるい姿を見せてしまったと後悔していた。けど彼女はショックをうけていた雅にこれをくれた。
 素直に嬉しかった。
 そんなことを思い返していた時、針時計の秒針の音しか聞こえなかった室内に、別の音が混じった。ばたんっという、扉の閉まる音。決して大きくはなく、極力音を出さないようにしめたのだと思う。
 両親がこの時間から外に出ることはないだろうか、ほぼ間違いなく雅が帰ってきたんだろう。もう十一時を過ぎているから、いつもより一時間以上遅い。
 けど、帰ってきたのならよかった。何もなかったみたいだ。
 その後は目を瞑って眠りにつこうと思ったが、しばらくしたらまた別の音が聞こえてきた。電子レンジの音だ。しかも一回ではなく、何回も。おそらく鳴ったのにレンジを開けないので機械が定期的にならしているんだろう。
「梓さん……?」
 不審に思い始めたが、その音も少しすると聞こえなくなった。そしてその後は特に何もなかった。
 けど、何かおかしいと雅は感じていた。何かいつもと違う、と。
 その日は妙な胸騒ぎがして、結局なかなか寝付けずに翌朝少し寝坊をしてしまい母親にしかられる羽目になった。
 これが大友雅の最初に感じた異変だった。

第二章[一線を越えた悪魔」

 
 毎度毎度、ここの夜道は本当に危ないな――。中山司は残業で疲れた頭を抱えながら、そう思った。いや正確には毎日思っていたというべきか。
 時間はもう十一時を過ぎていて、夜道には人影はない。民家から漏れる光もごくわずかで、一日の終わりを、そして真夜中の始まりを告げていた。けどこれも見慣れた光景になっていたので、とくに思うことはない。
 ただ、危ないとは感じる。それは自分がではなく、女性がだ。こんな夜道を一人の女性が歩いていれば、ただそれだけで危険だ。そういえば妻が、夜道が危ないから街灯を増やすように町内会で市役所に訴えたと言っていた。
 その町民の声が、市役所の末端からお偉方まで届くのにどれほどの時間がかかるかはしらない。けどすぐではないことくらい、いい大人なのだからわかる。行政に訴えるより、個々が注意して行動するのが一番安全だろうな。
 彼がこんなことを考えているのには訳があった。一つは彼の妻、市役所に押し掛けるほどの気の強さの持ち主。けどどう気が強くても、彼女はまだ三十になっていない。ねらわれる可能性は十分にあるだろう。そのため日頃から夜はあまり外に出るなと言っている。子供扱いねとグチっていたが、夫が心配してくれていることは素直に嬉しかったようで、口はほころんでいた。
 そしてもう一つは娘の存在だった。これがなにより強い。昨年生まれたばかりの一人娘の佐織。まだ二足歩行もままならい、愛らしい娘。司が一番心配しているのはその娘が成長して、この道を通るときだ。そんなもの、父親としては考えただけで恐ろしい。
 きっと狙われてしまう。あんなに可愛いんだ。男たちが放っておくはずがない――。
 本気でそれを恐れいている。親ばかでもなんでもない。父親として心配しているのもあるが、男として直感してると言った方が正しい。
 しかし、娘が生まれてすぐにこの町の家を買った。妻とさんざん相談して、ローンも組んで、初めて手に入れたマイホームだ。そして今後あの家以外は住まないだろう。
 後悔をしてるわけじゃなく、この夜道の改善を願っているだけだ。
 それにここには公園があった。昼間はいい、妻が娘を連れて遊びに行くし、そこでコミュニケーションができている。おかげで離れた会社で働いている自分さえちゃんと近所の方に認識されている。
 ただ夜中になるとたちの悪い若者がたむろして遊ぶらしい。大声で騒ぎ、夏場には花火をしだすこともある。その公園は帰り道にあり、司もそのバカ騒ぎにはうんざりさせられていた。
 しかし、今日は違った。
「珍しいな」
 その公園には今夜は人影がなかった。闇の中に遊具や公衆トイレだけがあるのは不気味だが、それ故に平和だ。
 遊び場をかえたのかもしれない。これはいいことだと、少し喜んだのもつかの間だった。闇の中の公衆トイレから誰かが飛び出してきたからだ。
 遠くから見てるだけだが、若い女性だとわかった。若いなんてものじゃない。高校生くらいだろうか。彼女はひどく慌てた様子で、首を大きく左右に振ってあたりを見渡し、誰かを捜している。
 声をかけようかと思ったときに、彼女の方が司に気がついた。そして駆け足で公園の前で足を止めていた彼に寄ってくる。
「た、大変なんです! と、トイレの奥で、人が……!」
 声が震えていて非常にせっぱ詰まっているのがわかった。これはいけないと思い、司は一気にトイレに向かって走り出した。その後ろを少女が小走りでついてくる。小さく降りると携帯をポケットに出していた。
 司は真っ先に女性のトイレに入った。もはや真夜中だし躊躇する必要もないと考えて勢いづけて入ったのだが、どの個室にも誰もいなかった。
 そうなると男性用かと思い、女性用トイレを出たところで疑問に感じた。どうして彼女は男性用トイレの奥のことがわかったんだ――?
 一瞬おかしいとは感じたが、とにかく中を見ようと思ってまた足を動かした。しかし、やはりどこの個室にも誰もいない。
 一番奥の個室の中を一応細かく調べたが、やはり何もない。
 首をかしげていると、こつんっと冷たい音が耳に届いた。どうやら彼女が入ってきたようだったので、どういうことか問いつめようと体ごと振り向いた瞬間に、いつの間にか彼女が彼にあと一歩というところまで近づいていた。
 驚くまもなく、わき腹に何か、とんでもない衝撃が走って体制を崩した。倒れる瞬間に見たのは、少女が手にしたスタンガンと、悲しそうな彼女の目だった・。


 何か圧迫感がある。そう思っていやに重たい瞼をゆっくりとこじ開けていくと、真っ白な壁が目の前にあった。一体何が起きたのか、さっぱりわからない。今自分がどうなっているのかもわからないが、目に映る光景で、どうやらトイレの個室の便座に座っているらしいということはわかった。
 体を起こそうとしたが、びくりともしない。両手が後ろに回され、絵首には手錠がはめられている。そしてその手錠はトイレの配水管を通していて、全く動かせない。
 両足にも手錠がさせられていたし、下腹部には何かのひもで便座ときつく縛られていた。
 一体、これは何なんだ――!?
 半ばパニックになって叫ぼうとしても、口にはガムテープが貼られていて声など出ない。言葉にならない声は、くぐもったうめき声にしかならず、それは全く響かない。
「お目覚めになりましたか」
 あの少女の声が聞こえたと同時に、狭い個室に彼女が入ってきた。たださっきまでとは姿が違う。青いレインコートを着て、手には光るナイフがあった。
「大金を払った甲斐があったようです。あなたは十分以上気を失っていました。その間に動けなくしましたが、どうかお静かに」
 何を訳の分からないことを言ってるんだ、この子は。早く解放しろっと怒鳴った。いや、怒鳴ったつもりだった。しかしやはり声にはならない。
 全力で足をばたつかせ、腕を動かそうとしたが何ともならない。そんな姿の彼を、少女はさめた視線で見つめていた。
「無駄です。そう簡単にほどけません。何度も確認しましたから」
 少女の声を無視して暴れ続けた。手首に手錠が何度もあたり痛いが、そんなことを言っていられる状況ではなかった。
「……あまり、音を出さないでください」
 顔の前に銀のナイフの刃先を突き出された。それで動きをとめても、ナイフは引かずにゆっくりと司に近づいていき、冷たい刃が暴れて紅潮していた頬に当たった。
「これ以上暴れたり叫んだりした場合、暴力処置をいたします。当たり前ですが、容赦はしません。ただあなたがこれから私のする質問に素直にお答えしてくださるのなら、そのようなことはいたしません。何もせず解放します。もちろん、この事実を口外しないという約束をしてもらいますが」
 ナイフが頬から離れて、今度は目の前にくる。少女の目が本気だということを伝えていた。従わないと殺される――司は完全にそう理解した。
「約束していただけますか」
 反抗の余地など微塵もない質問だった。ゆっくりと頷くと、少女はありがとうございますとお礼を言ってきた。
 そして右手をすっとのばして、どういうわけかなるべく痛くないように、ゆっくりと口のガムテープをはがしていった。司が少しでも痛がると、怯えたように動きを止めて小声で謝る。
 完全にはがしおえるとガムテープをタイルの壁に貼り付けた。
「き、君は誰だ」
「お答えできません。それに質問するのは私です。勝手なことは控えていただけると助かるのですが、よろしいでしょうか」
 この言葉遣いのせいで何か得体の知れない恐怖があった。彼は口を動かさず、また小さく頷いた。
「では最初の質問です。――鷲見カンナを覚えていますか」
 一気に背筋が凍った。そして目の前の少女をまじまじと見つめる。彼女はどうしてその名前を出してくる……。あの事件は誰にも知られていないはずなのに。
 鷲見カンナ。覚えている。いや忘れるはずもない名前だった。
「お答えください。覚えていますか」
 彼女の目は、真っ直ぐと彼をとらえていた。その名前を出してくるということは確信を持って、自分に接しているんだろうということは彼も理解した。だから、素直に答えるしかない。
 けど、口が震えて答えられない。そんな彼を彼女が歪んだ笑顔で見ていた。
「どうやら、覚えているようですね。カンナさんのことを。あなたたちがカンナさんに何をしたのか。そして、カンナさんがどうなったのか」
「ち、違うんだよっ、俺は!」
 叫ぶように主張しようとしたのに、直後に彼の頬にナイフがかすれた。なま暖かい血が頬を伝っておちていくのが感じ取れた。
「大声を出さないでください。それと勝手に喋られないように。次に約束を破ると、殺します」
 痛いとか、怖いとかそんな感情を吹き飛ばすほどの怒気が彼女から感じられた。だから震えながら、はいと小さく答えるしかなかった。
「では、次の質問です」
 彼女は彼の目の前に三枚の写真を差し出してきた。それぞれ別の男たちが写っている。どれも知った顔だ。二宮、清水、西本……。
「あなたのお知り合いですよね。間違いありませんか」
「あ、ああ……」
「そうですか。では、犯行メンバーはこの三人とあなたの計四名で、お間違いないでしょうか。もうわかっていると思いますが、嘘をつくと痛いことになります。素直にお答えください」
 この質問をされた直後、あの時の記憶が蘇ってきた。まだ若くて、無計画だったときの自分と、同じような仲間。あのとき、あのメンバーで鷲見カンナと遭遇した。そして――。
 自分でしたこととはいえ、思い出したくない記憶だ。
 それにしてもこの少女は何者なんだろうか。鷲見カンナには身内がいないと聞いていた。じゃあ、この子は誰だ。そしてどうして事件のことをしっているのか。
「お答えいただけませんか」
 ナイフがさっき切られた逆の頬に当たった。
「こ、答えるからやめてくれ」
「では小さな声でお答えください」
 少女が念を押すのでそれに従い、嘘偽りなく答えた。
「そうだ。……俺とその三人で間違いない」
 そう答えると少女がナイフを彼からはなした。そしてどういうわけか、俯いている。そして両手で顔を覆った。何か、とんでもなく悲しんでるようだった。
「そうですか。そうですか……」
 壊れたみたいにそう繰り返しつぶやいている姿には、さっきまであった恐ろしさは微塵もなかった。
「けど聞いてくれ。頼む! 俺は反対したんだよ、やめとけって。俺だけじゃない、二宮も!」
 許されないと分かっていても、そもそもこの子が鷲見カンナとどういう関係なのかも分からないが、それだけは主張しておきたかった。しかし彼が約束違反をして声を出したというのに、少女は反応しない。
「……そうですか」
 またそうつぶやいた。そして顔から両手をはなして、深く深呼吸をした。
「残念ですね」
 誰にそう言ったのかは分からない。ただ彼女はそう小声で言った。そしてさっきタイルの壁に貼り付けたガムテープをはがすと、驚くほどの早いスピードと力強さで、それを再び司の口に張り付けた。
 驚いている暇さえなかった。また口を塞がれた彼は、約束が違うじゃないかとわめくが、少女はまるで聞いていない。
「あなたがたがカンナさんを殺したんですね。その罪は償ってもらいます」
 手に持っていた三枚の写真をレインコートの中に忍ばせると、手にしていたナイフを降りあげた。見上げると刃先が残酷に光っている。
 約束が違うっ、ちゃんと答えたじゃないかっ――そう叫んでも決して声にはならない。くぐもった声はこんな静かなトイレの中にいくら響いても何の意味もなく、声が届いてるはずの彼女はまるで耳に入れていない。
「約束が違いますよね。ひどいですよね」
 まるで他人事のように彼女が言う。
「けどこれがあなた方のしたことですよね。だから……お願いします、死んで下さい」
 彼女がナイフを降り下ろしてくるのを叫びながら見つめ、彼は最期に妻子の姿を頭に浮かべた。




 ぐさっという音ではありませんでした。ぐにゅっという音が、ナイフを中山司の喉元に突き刺した瞬間に聞こえた音でした。想像していたより堅かったですが、降りおろした力の方が強かったのか、銀の凶器は確かに彼ののどの奥に届いたようです。
 刺した瞬間に叫んでいた彼は動きを止めましたが、血管がうきぼりになった目を見開いて、私の顔をとらえます。それはとても恐ろしい形相で、思わず小さく悲鳴をあげてしまいました。
 やめてください……悪いのはあなたでしょう。
「死んで償ってください」
 突き刺したナイフを一気に引き抜くと、噴水みたいに赤色の血液がその傷口から吹き出して、それが容赦なく着ていたレインコートや、顔にかかってきました。
「きゃっ!」
 さっきよりも大きくはっきりとした悲鳴をあげて、タイルの壁に背中をぶつけました。そのまま顔を背けて、慌てて両手で口元を押さえます。バカですか、私は! 何を怯えて叫んでいるんですっ。誰かに聞かれたらどうするんですかっ。
 血の噴水は数秒続きました。そしてそれは個室を真っ赤にして、中山司の体さえ血で染めていました。なんとも惨たらしい光景でしょう。
 完全に血で赤に染められた顔を見ると、最期の時に私を睨みつけた目は白目をむいていて、それを天井にむけていました。もう何も見えてないはずなのに、何かを必死に見つめているようです。
 機械みたないおぼつかない、ゆっくりとした動きで彼に近づいていきます。生死は確かめるまでもありません。
 生まれて初めて感じる、爆発しそうな鼓動を伴う緊張を抱えながら彼の足下にしゃがみ込みました。床ももう真っ赤で、それはタイルの溝をつたって個室の外へ流れています。鍵を取り出して足首にしてあった手錠を外し、それを回収します。
 素早く同じように手首の方の手錠も回収し、それを個室の外に置いておいた袋にいれて、今度は胴体を縛っていたロープをナイフで切断してまた回収すると、バランスを失った中山司の死体は大きく右に傾いて、便器と壁の間に滑り落ちるように挟まりました。
 ……知ったことではありません。
 いち早く個室から出て、手錠やロープをいれているゴミ袋に今度は着ていたレインコートを脱いでその中へ突っ込みます。早くここから出ないといけません。ゴミ袋を括ってそれを片手に持ってトイレから出た時に、自分が犯した失敗に気がつきました。
 そうです、ここは公園です。朝になればお年寄りの方が散歩をし、陽が昇れば子供を連れたお母さん方が多く足を運ぶことでしょう。
 私はそんなところに、血塗れの個室に転がった他殺体を置いてきてしまったんです。
 ここなら犯行に及ぶことができると考えて、計画だけはたてていたくせに、その後誰が死体を発見するかを全く考えていませんでした。もしもこれをまだ幼い子が見つけてしまったら……。
 いけません、そんなの……。絶対にいけませんっ。もしそんなことになれば見つけた子に一生残る心の傷を残してしまうかもしれません。私の愚行でそんな被害者を出すわけにはいきません。
 けどどうしますか。これからできればこの袋に詰めたものの処理をしたいと考えていましたが、どうやらそうはできないようです。そもそもこの失敗はどうしたら打破できるんでしょうか。
 ああっ、急がないといけないのに!
 頭を掻こうとしたときに、ふと頭にあるものが浮かびました。それはあの道の電話ボックス。今もきっと暗い夜道で寂しくたたずんでいるであろう、あの狭い箱。
 なるほど、発見される前に、発見してもらえばいいんです。単純な話ではないですか。
 予定は少し変わりますし、リスクを負うことになりますが致し方ありません。小さな子が見つけて精神的に大きな傷を残してしまうより、遙かにましでしょう。
 私は袋を括るとそれを抱えて、フードを被ります。今着ている服は一ヶ月ほど前に大手の量販店で買ったものです。この後また処分する予定です。万が一目撃されても服装から誰かを特定することはできないはずです。
 公園から出て、あのトイレを振り返ります。もうすぐあそこが現場になって、警察が介入してくるでしょう。殺人事件の検挙率は90パーセント以上。……手強いでしょう。
 けど、負けるわけにはいきません。
 公園には私の足跡が残っているでしょうが、靴も大量生産されたものを買いました。しかも男物。ここからでも特定はできないはずです。大量生産大量消費社会とは、見事なものですね。
 真夜中ですから走るわけにはいきませんが、それでも足を早く進めます。これでも足音が聞こえる人には聞こえるかもしれません。問題はないはずです。もとより死体が解剖されれば死亡推定時刻ははっきりするでしょう。
 こんな夜中にアリバイがある人なんていません。たとえ私にたどり着いても、全く意味をなさない証言になるだけです。
 それでもやはり精神に落ち着きが足りなかったえいで、足をくじいてその場でバランスを崩してしまい、盛大にころんでしまいました。とっさに両手をついて体をかばったものの、袋を落としてしまい、そして転んだ勢いでポケットに入れていた携帯がアスファルトの地面に落ちてかすれる音を立てながら転がっていきました。
 大慌てで携帯を拾って、袋を持ってあたりを見渡します。足音だけならまだしも、こんな音をたててしまっては目立ってしまいます。
 幸い、誰も気づかなかったのか、周辺の家は暗いままで変化はありません。ほっと一息ついて、また足を進めます。
 やはり、しょせんはこんなものですか……。時間をかけて用意もしました。お金だってかけました。けど、私はまだまだ子供でさっきから計算外なことばかり起きています。計画はまだ序盤なのに、です。
 ようやく電話ボックスにたどり着いて、狭い箱に入りました。ひとまず通報する前に服でとにかく電話を拭きました。今は手袋をしていますが、ここを私は素手で利用していました。警察がここを調べたときに、指紋が採取されるのはあってはなりません。
 電話そのものや、受話器やコードなどを入念にふき取った後、思い出したように出入り口のとっても拭きました。
 その作業をようやく終えて、手袋をした手で受話器をとって十円玉を入れようとしたとき、とっさにその十円玉も手袋でふき取りました。
 そしてゆっくりと、震える指先で110を押していきます。ツーコールもしないうちに、はいもしもしこちらは、若い男性の声が聞こえてきました。それを最後まで聞かず、一気に口を開けました。
「公園の奥のトイレで男性が倒れています。早く見つけてあげてください」
 ものすごい素早くそれだけ言うと、えっちょっと、という焦った男性の声を聞きながら受話器を置きました。
 予定に入っていないことをやってしまったせいで、時間がありません。電話ボックスから出て、袋を片手に自宅に戻りました。今度ばかりは走りました。自宅周辺になったら小走りしましたが、通報した以上、警察が動き出すのは時間の問題です。この時間帯に子供がうろついていては、何を言おうと怪しいですから。
 アパートの敷地を跨ぐと、完全に足音を消して部屋の中へ入っていきました。袋を玄関先に置いて、暗い室内を歩いていきます。洗面所で手袋をとって、水洗いしていきます。レインコートはあとできちんと処分しますが、これはまだ使う予定です。
 とにかく、計算外のことは多々ありましたが、計画の第一段階は無事に終了しました。本当に無事かどうかはこれかることですが、私にたどり着くようなことはないはずです。
 まだ終わりではありませんが、ひとまず一人は消しました。あと三人です。そしてできれば、二人目は早めに手にかけないといけないでしょう。
 さて、これからどうなってしまうのでしょうか。
「カンナさん……」
 正直、最後の最後まで間違いであってほしかったのですが、間違いはなかったようです。カンナさんは、あの四人に殺された……。どうか否定ほしかったのですが、事実は揺るぎなかったようです。
 けど、おかげで覚悟が完全に決まりました。もう絶対に、何があろうと、私は計画を遂行します。
 復讐はこれからです。誰にも邪魔はさせません。警察にだってさせません。
 これは戦いです。私のプライドをかけた――戦争です。


 3


 朝焼けが始まった白い朝日を見上げながら、弓崎はため息をついた。今日は確か非番だった。そのために昨日は仕事を早く終わらせて、さっさと家に帰って晩酌をして眠りついた。本当なら昼まで寝てやろうと考えていたのに、こんなに朝早くスーツを着て公園にいるのは、やはり上司の言うとおり神様に見捨てられてるからだろう。
「先輩」
 公園の周りには黄色のテープではられていて、警官が数名立って、騒ぎをききつけた周辺住民たちを押さえ込んでいた。こんなに朝早いせいか、パジャマ姿のものもいる。
 弓崎はそんな野次馬たちの間をくぐり抜けて、警官に手帳を見せてテープをくぐった。そしてすぐに童顔の男が迎えてくる。
「災難ですね、先輩」
 後輩でパートナーの芝浦が嫌らしい笑みを浮かべていた。休みをつぶされた先輩の不幸を楽しんでいるようだ。
「いつものことだろ。慣れちまったよ。それで、どうなってる?」
「一人男が殺されてます」
「それは聞いてるよ、どんな状況かって訊いてるんだ」
 すると芝浦は口をへの字に曲げた。何かいいよどむ。
「まあ、見たらいいと思いますよ」
 そういって後方の公衆トイレを指さす。そこにはもう同僚や、鑑識が忙しそうに作業していた。芝浦が言いたがらないところをみると、悲惨な殺され方だったんだろう。
「慣れろ、バカ」
 そんな言葉を残して現場に向かう。上司や同僚が休みをつぶされた哀れな男に同情の挨拶をしてくるので、全てを「やかましい」という言葉で片づけていく。
 現場は男子トイレの一番奥の個室だった。その前に上司が腕を組んで現場を見つめていた。
「朝から険しい顔ですね。あんま堅い顔してるとまた奥さんに逃げられますぜ」
「おまえも非番なのにご苦労様だな。よけいなお世話はいいから見ろ。なかなかひでぇから」
 失礼な挨拶に怒りもせず、個室の中を顎でさした。へいへいとのぞき込むと、なるほど芝浦が言い淀んだのはよく分かった。個室の中は壁も床も血塗れで、便器も血でところどころ赤く染められていた。便器の中の水さえ、少し赤い。
 そして便器と壁の隙間に男が倒れていた。首を完全に切られていて、ばっくりと傷口が見えている。もちろん顔や服は血で染められている。
「即死ですね。苦しむより楽だったでしょう」
「なんかもっとコメントないのか、おまえは」
「仏に同情するのは新米だけでしょう」
 弓崎は容疑者や遺族と接するのは嫌いだが、殺人事件においては被害者に対してはどうも思わない。生者には何か感じようがあるが、死者にはどうも思えない。それなら同情も何もせず機械的に心の中で処理するのが一番合理的だ。それが刑事としてのポリシーだった。
「身元はわれてるんですか」
「トイレの外にカバンがあった。中に財布と携帯まで入ってたから、間違いない。名前は中山司、年は二十九歳、会社員。妻子持ちだ」
 そこで初めて弓崎は表情を濁した。妻子持ち。男の見た目からすると子供もそんなに大きくないだろう。下手をするとまだ赤ん坊かもしれない。それを思うとかなり憂鬱になった。
 遺族との面会はほかの誰かがやってくれよ。
「財布の中身はどうですか」
「小銭は入ってた。ただ札は一枚もなかった。元々入ってなかっただけかもしれないがな」
 それはないだろう。会社帰りの男が札を一枚ももって無いとは考えにくい。
「物盗りで上は考えるでしょうね」
「上じゃなくても、そう考えるのが妥当だ。さっき野次馬がわざわざ教えてくれたよ、この公園は夜間は若者のたまり場になるらしい」
 確かに若者が集まりそうな公園ではある。そしてそんな少年少女たちが金を欲するのはもはや当たり前だといえる。
「俺だって今回は物盗りだと思うぞ。不満なのか」
「俺は俺の考えってやつがありますからね。まあ、上がどう考えるかなんて知ったこっちゃありません」
 到底組織に属する人間の発言ではないが、本気でそう思っていた。
「おまえほんといつかどっか飛ばされるぞ」
「どこにだって飛んでってやりますよ。そういえば、通報があったそうじゃないですか。通報者の話は聞いたんですか」
 いつもの警告をものともせず、気になることだけ質問すると上司は渋い顔をしながら首を横に振った。
「通報はあったが、ここに死体があるってだけ言ってきれたそうだ。受けたやつも最初いたずらだと思って無視したらしい、それでも後で気になったから駆けつけてみて、この有様を見つけたってよ」
 心の中でその通報を受けた警官に真剣に同情する。わけのわからん電話など今や日常茶飯事で無視したくもなる。しかも死体があるってだけの電話など真に受けろというのが無理であって、後で気になったから駆けつけたというだけで弓崎からすればよくやった方だと思うのだが、きっと今頃上司に対応が遅いとか色々と怒られている違いない。しかもこんな無惨な現場を見つけてしまったんだから、踏んだり蹴ったりだろう。
「となると、通報したのは犯人ですかね」
「それは分からん。関わりなくなかった第一発見者が名前を告げなかっただけかもしれん」
 それは珍しいことではないので十分可能性としてはあり得る。その辺は今後の捜査で明らかになるだろう。
 ヘリコプターの音が上空から聞こえてきたので、どうやらマスコミがかけつけてきたようだ。死体の状況から見て、ちょっとした話題の事件にはなるかもしれない。マスコミの対応がまた面倒になる。
 そんな憂鬱な気分になっていた弓崎は死体を見つめながら、あることに気がついた。とても些細な、おそらく無視しても問題がないようなことだが、目に入ってしまった。
 しゃがみ込んで、その気になる箇所をまじまじと見つめる。
「おい、どうかしたか」
「ちょっとこれはおもしろいもんを見つけたかもしれません。あの変態女はどこですか」
 上司の質問にははっきりと答えず、いったん個室から出て作業をしてる鑑識の人間を一人一人チェックしていくと、手洗い場にのびた赤毛が帽子から少しはみ出しているお目当ての人物を見つけた。
「おい、そこの変態、ちょっとこっち来い」
「いい加減、その呼び方やめないと訴えるわよ」
 振り返ったのはまだ若い女性だった。目の下にあるクマがめだっている。
「おお、訴えるなら訴えろ。鑑識にどれだけ危険人物がいるか裁判で証言してやる」
「ああ、それはやめて。マジでやばいから」
 赤羽伊月はそこでしていた作業を切り上げて、弓崎の言うとおり個室に入ってきた。
 彼女は二年前に鑑識に入ってきた。弓崎とも何度も面識がある。その実力は誰が認めているが、その性癖のせいで不気味がられている。彼女は死体などが好きだと公言している。生きた人間より死んだ人間の方が魅力的だし、感じると。彼女の過去の発言の一つに「死体となら一晩で五回はいけるわ」というのがあるほど。
「で、何よ。この子、抱かせてくれたりするわけ?」
 別に誰が何を言うわけでもないのに赤羽は死体のそばでしゃがみこんで、その顔をまじまじと見つめる。実に幸せそうに。死体のことを「この子」と呼ぶあたりから、彼女の異質さが伺える。
「ここだ。この傷痕」
 そんな赤羽に弓崎はその死体の手首を指さした。そこにはところどころ、赤い傷が残っている。目立っていないがよく見れば分かるほどの。
「ああ、その傷ね。たぶん死ぬ前についたのよ」
「死ぬ前になんでこんなところに傷ができるんだよ」
 赤羽は顔を上げると顎に指をあてて、考え始める。傷には気づいていたのに、どうしてそれができたかは全く気にとめていなかったらしい。彼女にはよくあることだ。死体そのものには興味はあるが、それがどうして死体になったのかはまるで興味を示さない。
 それでも考え始めると頼りになるのは間違いない。
「ああ、それね」
 数秒後、彼女は弓崎の腰あたりを指さした。
「手錠よ、手錠。手錠でこの子拘束してたんだわ、きっと。それで暴れて傷が残った」
 思わず唇がほどけた。それは弓崎が頭の中でたてた仮説と一緒。
「おい弓崎、なにが言いたい?」
「いや、別に何でもないっすよ。ちょっと面白い発見だっただけです」
 あくまではっきりとは言わないのは、今弓崎の頭の中にある仮説が間違っているかもしれないからというのが一番大きな理由だ。あまりに証拠が不足している。説明しても説得力がなさすぎる。かえって捜査の邪魔になるかもしれない。
 次の理由はきっと上は聞かないだろうという予想がたっていたからだ。若者がたむろする公園で金を盗まれた男が殺されていたなら、上は完全にその線で捜査する。そうなると自分が何を主張しようが無意味だ。
 そのとき、上司の携帯が鳴った。電話にでた彼の言葉遣いがやたら丁寧になったのでおそらくは上だろう。
「今から捜査会議だそうだ」
 電話をきった上司がそう切り出してきた。
「そうですか。俺はパスします。芝浦行かせるんで、問題ないでしょう」
「ないわけないだろうが」
「俺がいない方が上としても嬉しいでしょうよ。とにかく行きません」
 そう断言すると上司は納得しなかったが、バカ野郎と言い残してトイレから出ていった。弓崎が言うことをきかないことをようやく学んできたようだ。
 芝浦に行かないと言っておくべきかと迷ったが、いつものことなのでちゃんと分かってるだろうと思いやめた。
「それで、何考えてるわけ?」
 相変わらず死体を幸せそうに眺めている赤羽がそう訊いてくる。
「別に大したことじゃねぇよ」
「それを聞きたいのよ。言っておくけどね、あんたは刑事課の有名人なの。あんたの一挙一動はちょっとした話題になるのよ」
 それならお前もなという言葉はあえて飲み込んだ。
「足、ちょっと調べてみてくれ」
 死体の足には黒い靴下と茶色の革靴がしてあった。赤羽はまるで躊躇もしないで、それを脱がしていく。もちろんその前に写真は撮っていたが。
 そして露わになった足首を二人で見てみる。
「よく分かったわね、こっちにもあるって」
 やはり足首の方にも手錠から逃れようとした痕が残っていた。
「まあ、予想はついてな。この仏、もう運ばれんのか」
「すぐにね。色々調べたい部分もあるし、個人的に気になるところもあるわ。安心しなさい、あとでちゃんと教えてあげるから。それで捜査会議に出ないで、一体何考えてるのよ。またお得意の命令無視?」
 命令無視をする気はない。やれと命じられればちゃんと仕事はこなすだろう。けど、それとはまた違う作業をさせてもらうし、違う視点でものは見させてもらう。
「どうせ上は物盗りで調べる気だろ。なら一人くらい、違う考え方をしてもいいと思うぜ」
「違う考え方? 言っちゃ悪いけど、私も物取りだと思うわよ。財布からお金が盗られてるし、ここって若者がたむろしてるんでしょ?」
 赤羽はあくまで鑑識としては優秀だ。ただ捜査については教科書通りの思考しかできない。まあ、それをするのは弓崎たちの仕事なので別に構わないが。
「若者がたむろしてるってことは、自然と複数犯ってことになるぞ」
 そこまで言うと赤羽も違和感に気がついた。
「ああ、なるほど。この手錠の痕がおかしいわね。複数犯なら拘束にこんなの使う必要ないもの」
 そう、それが弓崎の感じた違和感だった。けどこんな理論は蹴散らそうと思えば簡単にそうできる。きっと彼がそう進言したところで、上は聞く耳を持たないだろう。それが分かっていたから会議は芝浦に任せたのだ。
「じゃあ、あんたは単独犯って考えてるんだ?」
「それは間違いないと思ってるぜ。それだけじゃない。手錠なんて丈夫なもんを使わないと危ないと感じたのなら犯人は――」
 これはまだ確信を得ていない。しかし、一番妥当な考えだと思う。
「若い女だ」

 4

 沢良宜美夏は朝に弱い。
 まず朝日が好きになれない。一体何の権利があって、あんなにぶしつけに闇を引き裂いてくるのか、理解に苦しむ。もう少し遠慮ってものを知る必要がある。闇になれていた体には酷というものだ。
 次に寒いのが気に食わない。太陽がでてきたばかりでまるで役に立たないで、朝が寒かったから厚着して、昼間に後悔するということがこれまで何度もあった。
 そんな朝が嫌いな彼女が今は早朝の六時に外にいた。もちろん、彼女の意志ではない。本来なら今も布団の中で気持ちよく睡眠をとっていたはずだった。それが父が風邪をひいたせいで愛犬のクルの散歩を美夏画代行することになった。
 クルは雄のゴールデンレトリバー。美夏が中学一年のときに、父が知り合いから譲り受けた。母は世話が面倒だといって嫌がったが、結局父が世話は極力自分がするからといって意見を通したのだけど、仕事で昼間に家にいない父がそんなことできるはずもなく、ほとんどの世話は母と美夏でしていた。そうしているうちに愛着がわいてきたのは、不幸中の幸いだっただろう。
 それでも朝の散歩だけは父がしていた。理由は簡単で、美夏の朝嫌いは母譲りだったからだ。
 それでも今日は父が風邪をひいたので、母に叩き起こされた美夏が不機嫌この上ない気分でクルの首輪につながれたロープを片手にとぼとぼと歩いていた。
「……眠い」
 一限目は絶対に眠ってしまうだろうなと考えていると、急に町の中が騒がしいことにきがついた。
 町のひとたちが数名集まって何か話し合っている、それも真剣な顔で。そういう光景が所々で見られた。何かあったのかなと思っていると一人のおばさんが美夏に気づいて駆け足でよってくる。小さい頃からよくお世話になっている近所の人だ。
「美夏ちゃん、珍しいわねこんな朝から」
「バカおやじが風邪ひいたんです。こじらせればいいと思います」
 朝の挨拶もしないで安眠妨害をした父への恨み言をかますと、おばさんは小さく笑った。しかしすぐに真顔に戻る。
「けど大変なことになってるわよ、知ってる?」
 やはり何かあったらしい。ぶんぶんと首を左右に振ると、おばさんは少しだけ目を輝かせた。どうやら早く誰かに教えたくてたまらないらしい。
「あそこに公園あるでしょ、美夏ちゃんもよく遊んでた」
 おばさんが言ってる公園はすぐに分かった。ここからすぐそばにあるところだ。
「あそこで男の人が殺されてたんですって!」
 おばさんは非常にテンションが高く、この一言の事実を除けばあとは勝手な想像と、おそらくは無用な心配を矢継ぎ早に口にしていた。美夏はというとそんな彼女に相槌を打ちながら、上空を飛び回っているヘリに目を向けた。
 美夏はただでさえ低かったモチベーションをさらに落ち込ませた。こういうのを非日常というのだろうが、彼女はそういうのが大嫌いだった。
「とにかく美夏ちゃんも気をつけないとだめよ! 今日は早めに帰りなさいね」
 おばさんはそう忠告してから駆け足で、そばで雑談していた近隣の住民の輪の中へ入っていく。美夏はお礼をして、またクルとともに歩きだした。
「ああ、部活だ」
 おばさんと別れて、クルに引っ張れるように歩いていた時にようやくそのことに思い至った。彼女にとって部活の後輩は何より優先すべきもので、その彼女らのことを思い出すまでここまで時間がかかったことはいかに彼女が朝に弱いかを物語っていた。
 もし殺人事件なんてぶっそうなことが本当に起こってしまっているのなら、きっと部活の短縮が学校側から要求される。それはそれでかまわない。命を優先するのは人間ならして当然。けど、女子テニス部はもうすでに部活の時間短縮を決めていた。
 あれは文化祭準備のためにと二宮が言い出したことらしいが、美夏はそれを承諾している。この上学校が早めの帰宅を勧めるのなら、部活動をさらに早く切り上げて、そして文化祭の準備に入ることになってしまう。
 ……まあ、いいか。命も文化祭も確かに部活より大切だ。
 それに犯人が早々に捕まれば、こんなのただの杞憂になるだろう。そしてなにより、美夏の中にあまりやる気がわいてこなかった。彼女が引退してもまだ後輩たちの指導を続けているのは、もちろん彼女たちにうまくなって欲しいという切な願いからだ。けど、彼女にとってはそれ以上に重要なことがあった。
 一つ年下の後輩、篠原梓。美夏が未だにテニス部に固執するのは彼女が一番の理由だった。センスもあった、限界以上に努力できる気質もあった、そして何より自分の実力に自惚れない謙虚さと、ほかの部員を気遣える優しさを持っていた。
 美夏は彼女のことを誰より厳しく指導した。それに彼女はすべてついていったのだから、本当に驚いたものだが、そんな練習を耐え抜いた彼女が二年生にあがると同時に部活をやめると言ったのにも相当驚いた。
 家庭の事情と言われれば、強引に引き留めるわけにはいかなかった。彼女の家庭が少し複雑であるのは聞いていたから。
 美夏は二年の夏にはもうすでに部長だったので、心の中でずっと次の部長を梓に渡すと決めていた。なのに、彼女はそんな期待をよそに美夏より早く部を去ったのだ。
 それでも練習につきあいなさいというと、はいと答える。決して嘘を含まない言い方で。だからずっと期待して彼女が練習に参加するのを待っている。けど、もう秋口だというのにその気配はない。
 もういい加減に完全に部を去ろうと思っている。いつまでも自分がいたら、ほかの二年生の面子に関わる。
 そんなことを考えていたら、クルがバウッと急に吠えた。
「何よ、バカ犬」
 クルが吠えた方向に目を向けると近隣の民家を見渡している男がいた。まだ三十代前半くらいの若い男だ。ただ行動が明らかにおかしい。なぜ、この男はこんなに近所の家を観察しているのか。
 まさか、不審者……。そういえばここでは殺人事件が起こったんだ。こいつはその関係者じゃないのか。
 直感的にそう思った美夏はポケットの携帯を取り出そうとしたら、おいと声をかけられた。
「不審者とか思って速まらないでくれよ。ここで警官なんて呼ばれたら、事情説明するのが面倒だし、何より良い笑い話になっちまう」
 驚いて男の方を見ると、さっきまではこちらの方を見ていなかったのに、今はまっすぐと彼女に視線を向けていた。
「朝から犬の散歩か。ご苦労なこった」
 胸ポケットからたばこを取り出してそれを吸うと、箱を差し出してきた。
「吸うか」
「……誰?」
 男の質問を無視して問うと、男はまた胸ポケットに手を入れて、今度は黒い手帳を取り出してきた。美夏はこのとき生まれて初めて、警察手帳というものを見ることになった。ドラマでなら何度か見たことがあったが。
「警察?」
「そう、一応は刑事だ。弓崎っていう」
 警察手帳が開かれて男の顔写真が露わになった。その下にはちゃんと弓崎という名前が印刷されている。
「……捜査ってやつ」
 今この町に警察がうろついているということは、それ以外はありえないだろう。
「まあな。不審者に見えたかもしれないが、れっきとした仕事だ」
 ならもっと目立たないようにやればいいのにと彼女は思ったが、口には出さなかった。早くこの場を去ろうと思ったからだ。ややこしいことにつきあいたくはなかった。
 クルが運良く強く歩き始めたので、それにつられて彼女も進むことにした。
「お仕事の邪魔だったわね」
 全く気持ちを込めずにそう詫びて弓崎の前から消えたようとした。
「制服を着てるってことは女子高生か」
 立ち去ろうとしたのにそう訊かれてしまったので答えないわけにはいかなくなった。
「そうだけど」
「どこの高校?」
 なんでそんなことまで答えないといけないんだと不満に感じたが、別に隠すことでもないし、相手は警察だし、何より制服を見られた以上調べようと思えばすぐに調べられてばれるだろう。
 美夏が素直に高校名を答えるとどうやら知っていたようで、ああ、あそこかとつぶやいた。
「ここから割と近いな」
 冗談じゃないと思わず言いそうになったのをなんとかこらえた。歩けば三十分以上かかる。そのためいつも貴重な睡眠時間を削っているんだ。自転車通学をしないのは、朝練の代わりだった。
 近いというなら、梓の方がよっぽど近い。
「呼び止めて悪いんだけどさ、あそこの公園で人が殺されてたんだよ。それで話聞いたら、なんかあそこの公園にはよくガキがたかるって聞いた。なんか知らないか?」
 その公園で若者が、美夏から見れば年上だが、とにかく人が夜中集まるのは当然知っていた。ただ名前まで知らない。関わりたくないので深入りもしていない。
 そう伝えると弓崎は質問してきたくせに、そうかとまるで興味がなさそうだった。
「ならいいや」
「……その人たちが殺したの?」
 事件に特別な興味があったわけではない。むしろ早くこの場から去りたかったのにそう質問したのには、質問されてばかりだとアンフェアだと感じたからだ。
「そんなの分かるわけないだろ。事件発覚したのは今朝だぜ」
 なんて投げやりな言い方だろう。というか、警察が一般庶民にそんなに無責任なことを言っていいのか。
「怖い目すんなよ、お嬢。そいつらだって断言できるのは逮捕状がでたときだけなんだ。変に決めつけていうと後で人権問題だとかいろいろうるさいんだ。高校生ならもうその辺は理解できるよな」
 当たり前と言えば当たり前の回答だった。納得してうなずく。
「まあ、ここだけの話、警察の上層部がそいつらを疑ってるのは事実だ」
「言って大丈夫なわけ?」
「いいんだよ、知ったこっちゃねぇ。それにお嬢が黙っててくれればいいんだぜ。それにそいつらが犯人って決まったわけじゃねぇんだ」
 急にこの弓崎という刑事の言葉尻に違和感がした。
「……違うと思うの?」
 何か、この男はさっきかまるで他人事のように事件を語っている。しかも容疑者のことなど、あっさりと一人の女子高生に漏らしている。そのくせ、それを悪いとも思っていなさおうだし、むしろ興味がなさそうに見えた。
 弓前は片方の唇だけを曲げて、意地悪く笑った。
「さあな。ここからは捜査機密だ」
 今更そんなことを言い出すのがさらに怪しかったが、ここで彼女は我に返った。いい加減、帰ろう。早くしないと遅刻してしまうし、あまり長々とこの男と関わっていたら何かよくないことが起こりそうな気がした。
 それじゃあと告げて去ろうとしたら、「ちょい待ち」と声をかけられた。
「これは警察としての権力でもなんでもない。職質でも、任意でもなんでもない。もしよかったら名前だけ教えてくれないか」
「……沢良宜、沢良宜美夏。高三」
「沢良宜美夏。オーケー、教えてくれありがとな。時間とらせて悪かった、もう行ってくれ。遅刻すんなよ」
 よけいなお世話と小声返して、ようやくクルの散歩を再開したが腕時計を見たらもう時間がなかったので、引き返すことにした。弓崎はもうどこかへ消えていたので、帰り道はほとんど誰ともすれ違わなかった。
 朝から変なことに遭遇したなと振り返っていたら、クルがまたバウッと吠えた。そして急に走り出して、自然とロープを持っていた美夏も引っ張られていった。
「ちょっとバカ犬、とまんなさい」
 そう命令してもクルは止まらず、興奮した様子で少し駆けた。しかしすぐにある場所、どこにでもある電柱柱の近くで止まって、そこで足を止めて美夏を振り返りまた吠えた。
 一体なによと思いながらクルの前にでると、愛犬の前に何か小さな物が落ちていることに気がついた。白い、変な形をしたもの。しゃがみこんでそれを摘んでみると、それが何かようやく分かった。
 スポンジシールだ。それも天使の形をした。
「これって……」
 美夏はポケットから携帯を取り出して、そのボディに貼られたシールと、今拾ったシールを見比べる。全く一緒。寸分の差異も見あたらない。
 このシールは三人でお揃いにした物……。なんでそれがここにあるのか。結菜か梓が落としていった? いや、結菜はあり得ない。彼女は電車通学で、ここから家は離れている。
 だとしたら梓になる。なら彼女がどうしてここでシールを落として行ったのか。確かにここは美夏の近所だが梓がよくくる場所ではないし、最近梓が彼女の家に遊びに来たことなどない。
 ならどうしして……まさか――。
「ふふ、バァカ」
 自分で自分を笑ってやる。いくらなんでも想像を膨らませすぎだ。こんなシール、どこにでもある。何も梓が落としたと決まったわけじゃない。
 バカバカしい想像をしてしまった。そもそもあの梓が、こんな事件なんて起こすものか。あり得ない。天地がひっくり返っても、それだけはないだろう。
 シールを地面に落として、また歩き始めようとしたのに自然と足を止めてしまった。理由はどういうわけか、頭の中にさっき会った弓崎という刑事の顔が浮かび上がってきたからだ。
 自分でもどうしてそうしたかはわからない。彼女は落としたシールを再度拾い、ポケットに入れた。
 そのまま、行きしなよりもずいぶん急ぎ足で岐路についた。
 家で朝食をとりながらテレビを見ていると、やっぱり事件が取り上げられていた。深刻なそうな顔をつくったキャスターが小難しいことを好き勝手に言っていた。
 母はぶっそうねえと怖がっていたが、美夏は適当な相槌をうつだけでほかに何も言わなかった。
 押さえようのない胸騒ぎがずっとしていた。頭の中では梓と弓崎の顔が交互に浮かび上がってきて、食事の邪魔をし続けた。

 5

「……ズ。――アズ!」
 強い口調で名前が呼ばれていることに気づいて、はっと我に返ります。あたりを見渡すと私はシャープペンを持っていて、机の上には数学の教科書がとノートが広げられています。
 名前を呼んだのは私の隣に座っていた久留米さんでした。彼女は私が我に返ったのを確認すると、人差し指で何度も教室の前の黒板の方をさしました。
 黒板の前には険しい顔をした数学の先生が立っていて、こちらをにらんでいました。
「えっあ、えぇと……」
 どうやら私は何か問題を答えるように当てられていたみたいですが、教科書の何ページのどこの問題を答えるかも分からず、言葉に詰まってしまいました。
 戸惑っている私に今度も久留米さんがページ数を教えてくれました。お礼を言った後、私は何とか問題を答えることができました。先生は少し怒っていましたが、怒鳴られるようなことはなくすみました。
 数学の授業は一体、いつから始まっていたんでしょう。全く記憶がありません。けどノートや教科書がでているということは、確かに私がやったんでそう。おそらくはほとんど無意識で。その証拠にノートには日付以外は何も書いていませんでした。
 しばらくするとチャイムが鳴って、授業が終了してしまいました。先生は不機嫌なまま教室を出て行って、少し申し訳ない気分になります。
「もう、何やってんの」
 頬をふくらませた久留米さんが腕を組んで寄ってきます。
「ああ、ごめんなさい。なにやらぼうっとしてしまいまして……」
「朝からずっとじゃん。いつかああなるとは思ってたわ。何かあったの?」
 何かあったのかと聞かれても困ります。確かにありました、とても重大で重要なことが。けどそれは口が裂けても言えることはないです。
「いえ、寝不足です。ご心配おかけしてすいません」
「ふぅん、ならいいけど。そういえばアズは今日も沢良木先輩とお昼食べるの?」
「ええ、多分そうなると思いますよ。どうしましたか?」
「いやさ、さっき二宮先生が来たんだけど、しばらく部を休止しようかと思うって。ほら、知ってるでしょ、今朝の事件」
 そう言われてどきっとしましたが、何とか動揺を出さずに頷きます。あの事件は今朝のニュースで既にマスコミが大きく取り上げていたので、おそらくこの学校でも知らない人はいないことになっているはずです。私もネットとテレビ、双方のメディアから情報を得たあと登校しました。
「あの事件でね、学校側が部活の短縮を決定したんですって。けどテニス部はもう短縮してたじゃない、それで先生が文化祭が終わるまでは休止だって」
「そうですか……」
 二宮先生らしい選択です。いつも生徒第一の、あの人らしい。
「そうですか。では、先輩には私から言っておきますね」
 つまるところ久留米さんはそのことを私から先輩に言って欲しいのでしょう。こんなこと先輩に言えば小言を言われるのは目に見えています。ましてや久留米さんから報告すれば、部長のあんたがしっかりしなさいとか、いかにも先輩が言いそうなことをさんざん言われてしまうでしょう。
「うん。ごめんね、お願い」
「いいえ、構いませんよ」
 そこで会話が思って久留米さんが立ち去ろうとしたとき、彼女は思い出したように振り向いて私を見ました。
「そういえば、現場の公園って先輩の家の近くよね?」
「ああ、そうですね」
 あの公園からそう遠くないところに先輩の家はあります。私も何度かお邪魔したことがあります。
「なぁんだ、じゃあ一番心配されなきゃいけないのは先輩じゃない」
「あは、確かにそうですね」
 けど、それは違いますよ、久留米さん。本来なら誰も心配なんてしなくていいんです。私はあの四人以外傷つけるつもりは毛頭ありません。そんなことには絶対しません。ましてや先輩を傷つけるなんて……あり得ません。
 私が起こした事件のせいで色々な方に迷惑をかけてしまっているようです。申し訳ない気持ちになります。
 そういえば……母の耳にも事件は入っているでしょうか。
 昼休み、私はいつも通り三人で昼食をとるために食堂へ向かいました。学年、クラス、性別関係なく生徒たちの主な話題はやはり事件のことでした。
 なるべくその話題をしている生徒たちの会話を、失礼と思いながらも盗み聞きをしてました。何か情報が得られるかもしれないと期待していたのですが、特にありませんでした。けど考えれば当たり前です。あの事件に関して一番知っているのは、ほかでもない私自身のはずで、彼らが私以上に知ることないはず。
 食堂にはすでに結菜ちゃんと先輩がテーブルについていました。
「あ、梓先輩、ちょっと聞いてくださいよぉ」
 結菜ちゃんが腕をつかんで泣きついてきます。
「どうかしましたか」
「美夏先輩が相手をしてくれないんですよ、ひどいでしょ。さっきかずっとあの調子なんですから」
 見ると先輩は頬杖をついて、食堂の外を眺めていました。
「先輩、どうしましたか」
 私が声をかけるとびくっと体をふるわせて見てきます。どうやら私が到着したことにも気づいてなかったご様子ですが、何もそんな驚くことではないと思います。昼食は三人でとるというのが私たちのスタイルなんですから。
「あ、ああ、梓か。別になんでもないわ」
 先輩らしくありません。何か動揺しているみたいです。
「何もないことないでしょー。ぼうっとしてて、美夏先輩じゃないみたいですよ」
「うるさいわよ、バカ娘。ちょっと眠いだけ。朝からクルの散歩に行ってたのよ」
 クルというのは先輩の家で飼われているゴールデンレトリバーで、私も先輩の家にお邪魔したときにじゃれたことがあります。人懐っこい子で、初対面だった私にも何でも舐めてくる様なかわいさを持っています。
「本当にそれだけですか」
 本当に先輩らしくないので確認してみますが、しつこいと一蹴されてしまいました。あまりしつこく尋ねても仕方ないでしょう。結局、この後はふつうに食事をとりました。
 食事の最中も先輩はどこか上の空で、私たちの話を耳に入れてる様子はありませんでした。そのことで度々結菜ちゃんが怒っていましたが、そこは何とか私が宥めました。
 先輩は最後までその調子で、始業の五分前になると結菜ちゃんと怒り気味で席をたって教室に戻っていきました。
「梓」
 私も教室に戻ろうとテーブルを離れた時、今日初めて先輩に呼ばれました。
「なんでしょうか」
 笑顔で振り向いて訊くと、先輩は無表情のまま私を見つめていました。
「……ううん、何でもないわ」
 何も言うことなく先輩もテーブルから立って、教室へ戻っていきました。
 どうしたんでしょうか。もう一年半のつき合いになりますが、あんな先輩は初めてです。いつも冷たくて、強気で、それでいて優しい先輩の面影すらありませんでした。
 本当に眠かっただけでしょうか。それとも……事件が不安だったのでしょうか。いくら先輩でも自宅の目と鼻の先で殺人事件が起きれば心中穏やかではいられないのかもしれません。だとしたら、本当にごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。
 けど、この予想は何か違う気がしてなりません。
 何とも言いがたい心配を抱えながら午後の授業を終えました。先輩のおかげで私自身は目を覚ましたように、午後の授業はちゃんと受けることができました。
 放課後はまっすぐ家に帰りました。先生たちからさんざん気をつけるようにと注意をうけましたが、私だけは安全だと心の中ですよと断言していた。
 実を言うと早く取りかかりたい仕事がありました。それは二件目の準備です。中山司が殺されたという事実は、大きく報道されました。きっとあとの三人の耳にも入っているはずで、そうなると警戒してくる可能性があります。ですから、あくまで中山司は強盗に殺されたと思わせるようにしました。
 事実、報道を見ている限り警察は物盗りだと考えているようです。そう思わせるように手を打ったので、成功したのでしょう。警察がそうだといえば、あの三人は復讐されているとはおもわないはずです。せいぜい、友達の一人が不幸に巻き込まれたと考える程度でしょう。
 なら、そうやって気を抜いているうちに、次の一手を打つべきです。二件目はなるべく早く行わないといけません。警察が物盗りだと思って調べる期間はあまり長くないはずです。なにせ、いくらその可能性を調べても何もでてきませんから。
 そして一件目と二件目は無関係だと警察に思わせないといけません。 計画の算段はもうたてていますから、あとは行動するだけ。今日は最後の下準備をしようと考えています。難しいことではありません。パソコンを使って、文を作るだけです。
 家に帰ってまず自室に行きました。机の上のパソコンの電源を入れて、立ち上がるまでの間に着替えてしまおうとポケットから携帯を取り出して、それを机の上に置きます。異変は、そのときに気づきました。
「えっ……」
 制服のボタンをはずそうと摘んだまま、固まってしまいましたが、すぐに置いた携帯をつかみます。そしてその表面を何度も、何度も見たり撫でたりしてみます。
 ない。ない。ない。どこにもない。
 数日前に結菜ちゃんからもらったシールが、携帯に張り付けた天使のスポンジシールが、ありません。おかしいです。だって昨日は確かにありました。どこで、私はどこで落とした……。
「あ――」
 中山司を殺害した後、電話ボックスに向かう途中、私はころんでしました。そしてそのときに携帯がアスファルトの地面に転がったのを覚えています。あの時です。暗くて分からなかったのでしょうが、あのときにはがれてしまったに違いありません。
 あまりの事実に愕然として、そのまま床に膝をつけてしまいました。警察はきっと、あの周辺の捜査は徹底的にするはずです。きっとスポンジシールも見つかるでしょう。あれだけで私にたどり着くことは不可能でも、現場に私の痕跡が残ってしまったことにかわりはなく、今後この失敗がどう響くか、想像もつきません。
 どうして、どうしてこんな失敗をしてしまうんですかっ。
 どうしますか、私。今から探しにいきますか。いいえ、そんなことをしても無駄です。見つかったところで、探していた姿を誰かに見られればそれでアウトですし、見つからなければもう押収されたということになり、手遅れということです。もう夕方、警察も周辺の捜査は終わらせているでしょう。今更私が何をしようが、手遅れです。
 失敗だらけです。一年近く考えて、このざまですか。
 絶望にくれていると、玄関の開く音がしました。えっと思わず声を漏らして、ゆっくりと立ち上がって玄関の方へ向かいます。玄関には靴箱に背を預けた女性がいました。
「……お母さん」
 そう声をかけると母は鬱陶しそうな目線で私を射ました。
「鍵、かけなさいって言ってるでしょ」
 母に注意されてそういえば鍵を閉め忘れていたことに気がつきました。
「ごめんなさい、ぼうっとしていました」
 母は私の謝罪など聞く様子もなく、乱暴にハイヒールを脱ぐと少しふらついた足取りで私の前を通り過ぎてリビングの方へ向かいます。どうやら相当酔っているらしく、歩くのに壁に手をつく必要があるようです。
 母が家に帰ってくるのは、いつぶりでしょうか。一ヶ月ぶりくらいでしょうか。少なくとも今月では初めてです。
 台所へついた母は食器棚からガラスのコップを手に取ると、そこに水道水をじゃばじゃばと入れて、一気に飲みます。
「お母さん、水は冷蔵庫にあります。すぐにいれますから――」
「うるさいから、静かにしてよ。頭痛いの」
「……はい」
 冷蔵庫へかけよろうとした足を止めます。母はその後、水道水を二杯飲んで、床に座り込みました。
「あっちにソファーがありますから……」
「片づいてるわね。食器も綺麗」
 私の言葉を無視して母がつぶやきます。意地悪く、ほほえみながら。
「さすがよねぇー、母親がいなくても全然大丈夫よね、あんたは。親として鼻が高いわー」
「そ、そんなことは――」
「さっき大友さんに会ったわ。なによ、あいつ、ただ隣ってだけでずいぶん偉そうだったわ。梓ちゃんが一人でかわいそうだわ、ですって。ふざけたこと言ってくれるじゃない」
 大友さんとはおそらく雅ちゃんたちのお母さんでしょう。私も何度かお世話になったことがありますし、顔を合わせたら必ず挨拶する人です。
「あんたは母親なんかいなくても平気よね、しっかりしてるもの」
「だから、そんなことありません。私はお母さんが……」
「大友さんも言ってたわよ。梓ちゃんはしっかりしてるって。近所の評判もいいのね。さすが」
「…………」
「いいわねぇ、ちゃんと信頼されてて。私とは大違い。本当に親子かしら。あ、違うか、あんたの母親はカンナだもんね」
「ち、違います。私のお母さんは、お母さんです」
 母は私の返答を黙って聞いて、しばらくは何も言いませんでした。 
「へぇ」
 母の手にしていたコップが、私の足下の床で激しい音をたてて割れたのはその直後でした。思わずきゃっと叫んでしまいましたが、母はそんな私を見て笑います。
「よくそんなこと言えるわね、心にも思ってないくせに」
「ち、ちがいます。私は本当に」
「だったら、どうしていつまでも敬語なのよっ!」
 その怒鳴り声はおそらくは隣の部屋にまで響いてしまたでしょう。しかし母はそんなことはお構いなしに、その声量で叫び続けます。
「あんたはいつもそう、善人ぶって私を貶めるのよね! あんたには分からないでしょ、娘と比較される母親の気持ちなんて! そうよね、あんたはいつだっていい子で、私はダメ親なのよねっ、知ってるっての! けどあんたはそれを口にしない。どうしてかって? いい子だから。だから内心、本当は腐るほど私をバカにしてるくせに、親を信じるいい子を演じてるのよね。その方が私には屈辱的だから! 全部計算してるのよねっ、分かってるってーの!」
 ああ、いけません、これは相当酔っていて、しかも何か頭にくるようなことがあったに違いありません。こうなった母を止める手だては一切なく、この終わりのみえない罵詈雑言に耐えるしかないのです。
 しかし、母は一体何にそんなに腹を立てているのでしょうか。
「聞いてんのかっ、この邪魔娘っ!」
 母がゆっくりと立ち上がって、私へ向かってきます。
「い、いけませんよ、お母さん……。足下にガラスが」
 私の忠告を聞いて足を止めた母は、そのまま足下に散乱するガラスの破片を見つめた後、急に唇をつり上げて笑いました。
 伸びてきた母の手は私の髪の毛を掴んで、そのまま力任せに私をガラスの散乱する床へと投げつけました。さすがに危ないと思って、なんとかガラスを避けて手を着きましたが、やはり小さな破片はあったようで、手のひらを切ってしまいました。
「っ!」
 声にならない声で痛みを訴えると、頭上が母の乾いた笑い声が聞こえてきました。
「ダメじゃない、ガラスがあるから気をつけないと」
 あははという笑い声を聞きながら、はいと答えるとその声はすぐにやんで、突如として体を蹴られました。その勢いで床に横倒れになります。
「余裕かよっ!」
「お、お母さん、痛い……」
「こんなことまでされて、なんでまだ私を母親って呼ぶのよっ! バカじゃないの! それともなに、あんたはいい子だから、どんなダメ親で受けられますってこと?」
「ち、違います……。私は……」
 言葉を紡ごうとしたら今度は腹部に蹴りを入れられて、何も言えなくなりました。
「こんなことまでされても純真な少女でいられるんでもの、カンナもきっと喜んでるわよっ! あのくそ女も私をさんざん惨めにしてくれたもの、私の情けない姿見て笑ってやがるにきまってるわっ!」
 違います、そんなことありえません。カンナさんは母の幸せを願っていました。どうして、それを分かってあげないのですか。そう言いたいのに、蹴りがそれをさせません。
 その後も母は私やカンナさんを罵りながら、私を蹴り続けました。途中、痛みで麻痺して、母が何を言っているのか、自分が何を考えているかも分からなくなっていました。
 息をきらした母が蹴りをとめて、またしばらく帰らないからという言葉を残して家を出ていったときには、私は知らないうちに出ていた涙が目元で乾いていくのを感じていました。
 母が家を出てから痛みが完全に引くまでその場で寝ころんでいましたが、しばらくして起きあがって辺りに散乱したガラスの破片をゆっくりと集めていきます。
 母は時々、本当に不定期に帰ってきます。そして今みたいに怒鳴り散らしていくか、あるいは何も言わずにまた出ていくのが通例です。今日はいつもよりずっとあれていたみたいですが。
 にしても……母の中で私は、純真な少女ですか。おかしな話です。もし母に、私は昨日人を殺したんですと告白したら母はどんな表情をするでしょう。それでもまだ純真な少女と呼ぶでしょうか。
 集めていたガラスの破片に一滴の滴が落ちました。目元を拭おうとしたら、手のひらが血で赤く染まっていることに気づきました。
『カンナもきっと喜んでるわよっ』
 母のあの一言が心に突き刺さりました。カンナさんが喜んでいる……。私がこんな汚れたことに、でしょうか。ありえません。あの人はそんな人ではありません。
 涙が一滴、また一滴と落ちていきます。そしてくすんっと鼻をすすりました。
 今更ながら、どうして私はこんな選択しかできないんでしょうか。教えてください。
「……お母さん」

 6

「昨日の晩は何やってたかって話をしてるんだよ、さっさと答えろ」
 弓崎は非常に面倒な仕事を押しつけてきた上司に対する恨み言を心の中ではきながら、目の前にいる少年に詰問していた。少年といっても、子供ではない。もう二十歳だという男だ。
 バンダナをしながら自宅の前でバイクをいじっている彼は、弓崎の質問に答えではなく反抗で返す。
「だから、俺は何も知らないって言ってんだろうが」
 男の名前は篠山佑樹。大学生らしいがほとんど行っていないというのは近隣の住民の証言だった。
「知らないならそれでいいから、アリバイだけ聞かせろって言ってんだよ。仕事長引かせんな」
 この篠山があの事件のあった公園で毎夜集まっていた若者集団のリーダー格らしく、弓崎はパートナーの芝浦とこの男の聴取に行けと命じられた。当然乗り気ではなかったが、仕事なので仕方ない。
 ただこの篠山という男がなかなか面倒くさい。質問に素直に答えればいいだけなのに、どうも意地をはって答えない。事件の晩は公園に行っていないとは主張しているが、ならどこにいたのかという質問には答えない。
 これでは報告ができないので、弓崎は気がたっていた。
「あの晩にお前等が公園に行ってないってのは信じてやらねぇでもない。ただどこにいたか行言えよ」
「どこにいようが俺らの勝手だろうが」
「知るか、さっさと言え。しょっぴくぞ」
 とうてい公務に就く人間の発言ではなかったが、そんなことを気にする優しさをとうに捨てている。さすがにまずいと思ったのか芝浦が弓崎と篠山の間に入ってくる。
「先輩、落ち着いてくださいよ。また怒鳴られます」
「慣れたよ」
「先輩が慣れてても、俺は慣れてないんですよ」
 その後は芝浦が代わりに聴取に入ったが、やはり口を割らない。長い攻防になるのかと思うと、本当にいやになった。正直、弓崎の中でこの篠山が犯人である可能性はみじんもなかった。
 それはあの手錠の痕跡であり、そしてこの態度だった。罪を犯した人間ならアリバイがあるのなら真っ先にそれを主張する。なのにこの男はあると言いながら、それがどこなのかは具体的に言わない。
 そういえば今日は赤羽が後で連絡すると言っていた。できればそれまでの間にこれを終わらせたい。
「どうして言わないのかな?」
 芝浦が優しい口調で訊く。こいつは少年課にいたこともあるから、慣れたものか。
「だから、言いたくねぇからだよ」
 さっきからこの言葉、何度聞いただろうか。いい加減に腹がたってきたので横やりを入れる。
「言いたくないってのはあれか、おまえ等が犯人だからか」
「ちげぇよ」
「じゃあ証拠だせや、ガキ。違う違うって言うだけじゃなにも始まんねぇんだよ」
 胸元からたばこを出して一本くわえる。
 弓崎は違和感を覚えていた。どう考えてもおかしい。ただ単にアリバイがないから主張できないというのなら、この男はもう少し動揺したり、焦ったりするがそれはない。嘘がうまいのかとも思うが、こいつが少年グループのリーダー格というだけでアリバイは他のメンバーからもとれる。それが分からないほどバカってわけじゃないだろう。
 あとで調べればいくらでも裏はとれる。こいつの証言だけがすべてじゃない。
 他のメンバーが証言すれば、この男の意固地は無意味だ。本当にアリバイがあるなら他のメンバーが無実を証明するために必死になって主張するだろう。
 なら、こいつはなにを守ってる?
「……アリバイが、おまえにはあるんだな?」
「あるっての。何回も言ってんだろ」
「……なるほど。お前にはあって、アリバイが無い奴もいるわけだ」
 当てずっぽうが当たったと確信したのは、バイクをいじっていた篠山の動きがいきなり止まったから。なるほど、やはりそういうことかと納得した。
「お前等はグループだ。だからこそ疑われてる。けどお前には昨夜、偶然にもアリバイがあった。けどグループのメンバーの一人が昨日はアリバイがない。お前はそれを知ってて、それを庇ってるわけだ」
「…………」
「あのな、さっさと言っちまえ。仕事増やすなっての。おまえが証言しなくても他の誰かがしたら一緒だろ」
 それとも他の友人たちも自分と同じように口を噤むと思っているのだろうか。だとしたら、若すぎる。もう大学生なら責任の意味くらい少しは知ってるだろう。
「……俺らは映画館にいたよ」
「俺らっていうのは誰だ。悪いが細かく説明してくれ」
 篠山が仲間の名前を口にしだすと、すかさず隣で芝浦がメモを取り始めた。弓崎はこの仲間に興味はなかったし、そもそも名前程度メモなく覚えられる。
 篠山が名前をあげたのは四名。事件の夜、彼を含めたその五名はレイトショーに行っていたらしい。
 何の映画を観たかときくと、最近話題になっているホラー映画だという。あとで本当に観たかどうか確認する必要があるので、内容がどういうものだったかを細かく聞いておいた。
「映画館の店員に聞くなり、監視カメラ確認するなりしろよ。俺ら以外の客はあんまりいなかったから覚えてるかもしれねぇ」
 言われなくともそうする。映画館の場所と、時間帯を細かく聞き出した。
 そしてようやく本題に入る。
「それで、アリバイがないダチっていうのは誰だ」
 尋ねると篠山がまた言い淀もうとするので、また長くなるのかと思ったが彼は意を決してその名前を出した。
「石垣って奴だよ、俺の中学時代からのダチ。家もこの近く」
「下の名前も頼む」
「石垣勇人」
 これさえもメモする芝浦を横目に弓崎はその名前をどこかで聞き覚えがないかを必死に思い出そうとしたが、なにもない。彼は全てというわけではないがそこそこの前科者データを頭に入れているし、自分の管轄で特に問題だという人物は覚えていた。
 しかし石垣勇人という名前はその中にない。
「いつも集まってるメンバーに石垣もいるのか」
「ああ」
「ならどうして、事件の日に限ってそいつにはアリバイがないんだよ」
「色々あったんだ」
 それから篠山は経緯を説明し始めた。篠山と石垣、そしてさっきの四人の中の三人がいつも公園に集まっているメンバーだという。ほとんど中学か高校のときの知り合いで、公園で集まっていたのはただあそこが集まりやすかっただけ。
「偶然さ、チケットが五枚手には入ったんだよ。それでいつものメンツで観にいこうかって話をしてたらさ、そのうちの一人がさ、その映画なら彼氏と行きたいって言い出したんだ」
 もともとその言い出した女の彼氏なら、メンバーとも認識があったらしい。それでどうしようかという話になったら、その石垣という男が、なら俺は行かないと言い出した。
「何でもホラーが無理らしいだ。それで石垣を抜いて、その彼氏を入れて五人で行ったんだよ」
 しかし、事態は思わぬ方向へ向かうことになった。事件の夜映画を五人で見に行ったのはいいが、石垣があらぬ行動に出てしまったらしい。
「俺らが映画に行くのがその日だってこと忘れてたらしいんだ。それで……事件の夜に公園に行ったらしい」
 そこで思わず芝浦と顔を合わせた。あの事件では目撃者などは一切いない。あの時間帯に公園に誰かいるはずもなく、警察もそれを覚悟していたので落胆もしなかった。
 しかしあの日公園にいた人物がいるとなると、それは重要なことだ。目撃者はいないかというのは呼びかけている。それに答えないということは、後ろめたいことがあるからだろう。
「おい、石垣はやってねぇぞ。そもそもやる理由がねぇ。しかも俺らがいなかったからってすぐ帰ったんだ」
 やった、やってないかを決めるのは彼でも石垣でもなく、警察なのでその証言に意味はない。それでもここでは分かっていると答えておいた。
「とにかく、その石垣って奴の住所と連絡先を教えてもらえるか」
 弓崎としてはもうすでに興味はその石垣という男に移っていたが、篠山はしばらく何か考え込んで答えようとしない。急かそうとしたら、篠山がポケットから携帯を取り出した。
「今から呼ぶ。だから、取り調べは俺も一緒に受ける」
 そもそもこれは取り調べではなく、ただの聴取なのだが一般人の彼らにその違いはないも同然だろう。芝浦がどうしましょうかという視線をおくってくるので、うなずいて許可した。ここで彼の要求をはねのけるのは簡単だ。名前が分かっていれば、連絡先もすぐに調べられる。
 それでも許可したのは、弓崎にとっては篠山でも石垣でも、犯人ではないと踏んでいるからだ。ここの聴取くらい適当にすませておいても問題ない。どうせまた後で別の奴らが個別にするに決まっている。
 結局、篠山に呼び出された石垣は十分ほどでやってきた。警察が来ているということを聞いて顔面蒼白だったが、そこはなんとか篠山がおれも一緒だからと慰めていた。
 石垣の姿を見て、弓崎はさらに興味をなくした。かなりの大男だ。彼なら拘束するのに手錠なんて使わないだろう。
「事件の夜、公園に行ったらしいな?」
 興味はなかったが聞き出さないわけにはいかないので質問を開始した。
「……はい」
「緊張しないでくれ、やりにくくなる。お前が公園にいったのは何時頃だった?」
「たぶんだけど……十二時過ぎくらいだと」
 十二時過ぎだというと、被害者の死亡推定時刻と一致している。これはちょっと興味が出てきた。
「誰かみたか。いや公園じゃなくてもいい。公園の近くで誰かとすれ違ったとか、何でもいい」
 しかし石垣は無言で首を左右に振った。
「いや、誰とも。公園には誰もいなかったし、夜中だから誰ともすれ違わなかった。それにすぐ帰ったし」
 隠すこともなくはっきりと舌打ちをした。期待はずれもいいところだったので後の質問は芝浦に任せることにした。芝浦はそれから事務的な質問を繰り返していたが、何か重要な証言が出てくることはなかった。
 着信があったのはそのときだ。別に悪いとも思わず電話にでると、相手は赤羽だった。
『ちょっとおもしろいこと見つけちゃった』
 もしもしという挨拶もなく、そう切り出してくる。
『明日の会議では発表されるでしょうけど、あんたにだけ先に教えてあげてもいいわよ。今晩、チョコパフェが食べたい気分なの、私』
 一方的にしゃべり続ける赤羽。彼女の要求をのむかどうか、一瞬迷った。彼女が何か掴んだなら明日には会議で発表され弓崎の耳にも入る。ようは他の捜査員より少し早く情報を渡してもらえるだけだ。そしてその代償がチョコパフェ。
「……九時に駅前の喫茶店にいろ」
『りょーかい』
 赤羽が面白いというのだから、面白いのだろう。この退屈な聴取の鬱憤がはらせるかもしれない。
 電話をきって聴取がどうなったのかと思うと、石垣が頭を抱えていた。芝浦になにがあったと訊くと、公園で何か音でも聞かなかったと質問すると急に悩み始めたという。
 石垣は何かを思い出そうとしている。そしてあっと声をあげた。
「そうだ、声を聞いたっ、叫び声。小さかったけどあれは叫び声だった」
 退屈だった聴取が急に面白い方向へ転がりだした。芝浦がどんな声だったと続きを促すと石垣は急に自信をなくしたように小声になった。
「それが……あれはたぶん女性の声だったと思う。きゃっていう小さな叫び声だったから、最初は気のせいと思ったんだ」
 芝浦が首をかしげる。あの場で叫び声をあげるとしたら被害者のはず。しかし被害者は男だ。いくらなんでも声の性別を聞き間違うことないだろうというのが、この後輩刑事の中の疑問に違いなかった。
 ただ弓崎は違った。思わずほほえむ。
 確実に、何かに近づいている。そう確信した。

 7

 大友雅は傘をさしながら、頬をふくらませていた。今日は体育の授業があったのにこれでは運動場が使えない。室内競技も好きだ。だからこそバレーに通っているわけだが、体育の授業ではやっぱり広い運動場を活用したスポーツがしたかった。
 対して、前方を歩く弟は違うようだ。長靴で水たまりを踏みつけて水しぶきをあげて喜びながら学校へ向かっている。とても楽しそうな登校だ。
「大地、気をつけなさいよ」
 一応注意をとばしはしたが、弟はうんと返事をするだけで行動を改めはしない。いつものことなので何とも思わない。
 今朝は梓に会わなかったなとちょっと残念だった。おはようございますと丁寧に挨拶されるのが、雅にとっては数少ない梓との会話する機会なのだ。
 けど、今日はそれでよかったかも、とも思う。
 昨日、雅が学校から帰るとアパートの入り口である人物とすれ違った。とても気が強そうな鋭くとがらせた目を持った、茶髪の女性。まだ若そうに見えるが、それが他でも梓の母親であることは知っていた。
 梓の家庭の事情は母親が近所の住民と話しているのを聞いたことがある。彼女の父親は彼女が生まれる前に身ごもった恋人をおいて、どこかへ失踪したらしい。そして残された女性は梓を生んだ。父親がいなくても、一人で育て上げると周りの反対を押し切って。
 しかし、ことはうまく運ばなかったらしい。生まれて一年のしないうちに母親は育児に疲れ、ノイローゼになった。そしてまだ最初の誕生日も迎えていない娘を自分の両親に預け、自分の身を軽くした。
 しかし母親が予想していなかったことに、頼りの両親がまた一年もたたないうちに交通事故で死んでしまった。そして娘はまた彼女の手元にかえってきた。しかも一年間、ろくに顔をあわせていなかったので、母親を母親と認識することもままならない状態で。
 全ての親類をあたって娘を再び手放そうとしたが、親類一同は口をそろえた。責任を持ちなさい、と。
 結局、母親は娘の梓と暮らすしかなくなった。しかし愛情などはほとんど注がなかったようだ。その事実、娘が中学を出て高校に入ると、もう世話は必要ないといわんばかりに家に帰ってくる回数を一気に減らした。
 日頃どこにいるかは知らないが、男の家に転がり込んでいると近所の住民は断言していた。
 あの母親が帰ってくると梓はたいてい落ち込んでいる。雅としてはそんな彼女は見たくない。昨日もさんざん気になって声でもかけにいこうかと思ったが、勇気がわいてこずそのままだ。
 きっと今日の梓は沈んでいる。そしてそれを悟られないように空回りの笑顔をしてくるだろう。そんな表情は見たくない。
 ばしゃっと大きな音がして我に返ると、前を歩いていた大地が水たまりで遊んでいたせいで、跳ね返った水で服を濡らしていた。
「もう、なに考えてんのよ」
 これから学校だというのに。しかし弟はそんなのは気にしてないようだ。水などすぐ乾くから目くじらをたてるものでもないか。
「ったく……レインコートでも着さすんだったかなあ」
 そう呟くと突然大地が振り返った。
「レインコートなら梓姉ちゃんが捨てちゃったよ」
「……は?」
「昨日の夕方、梓姉ちゃんが捨ててたよ、レインコート」
 いきなりそんなこと言われてどうしろって言うのよと思ったが、弟が言ってることがなにかおかしいと思った。まず梓にレインコートがいるかということだ。
 彼女は高校まで歩いて行ってるし、バイト先もすぐそこだ。まさか徒歩でレインコートは着ないだろう。なら自転車に乗るときに着るのかというと、梓は自転車に乗る機会はすごく少ない。隣人なのに彼女が自転車にまたがってる姿は滅多に見ない。
 そもそも女子高生が自転車に乗るのにレインコートをなんて着るか、今時。
 次に捨てたということだ。レインコートを捨てるというのは、どんな状況か。破れたからという理由があり得るが、今日になるまで最近雨はなかった。レインコートを着る機会自体ないはずで、なら破れるはずもない。
 破れていたのに気がついて捨てたとも考えられるが、晴れの日にわざわざレインコートのチェックなどするだろうか。
「ねえ大地、それどこで見たの?」
「学校の近くの工場」
 雅たちの通う小学校の近くには大きめの工場がある。よくその近辺で子供が遊ぶ。雅も大地くらいの年齢の時にはその近くで遊んだことがある。
「あんた、声かけた?」
「ううん。かくれんぼしてたから。梓姉ちゃん、工場のゴミ捨て場に捨てていったよ」
 よけいにおかしい。わざわざあんなところまで行ってレインコートを捨てる理由はなんだろうか。ゴミ捨て場ならアパートのすぐそこにあるのに。
 なんでそんな隠れるように捨てたのか。
 ふいに一昨日の夜のことを思い出した。梓の帰宅がまたおかしかったこと。一昨日は深夜の一時頃に帰ってきた。雅は眠っていたが、扉の開く音で目が覚めたのだ。
 何か、おかしい。絶対に普通じゃない。
「大地、そのこと誰にも言っちゃダメよ」
 自分でもよく分からない不安感を抱えたまま、弟に釘をさした。
「どうして?」
「いいから。絶対に言っちゃダメ。分かった?」
 納得していなかったが、姉からでるただならぬ雰囲気を感じてか、不服そうにうなずいた。
 自分でもどうしてそう指示を出したかは分からない。
 ただ上空から聞こえるヘリの音が、雅をそうさせていた。

 8

 石垣の証言が捜査会議で大きく取り上げられたらしい。らしいというのは聞いた話だから。弓崎は会議には出ず、現場近くの公衆電話ボックスの前にいた。
 今日になってようやくこの電話ボックスから例の通報があったということが判明した。今は目の前で鑑識の連中が仕事をこなしている。死体がないせいか、赤羽はあからさまにやる気がない。マスク越しにあくびを連発していた。
 あの肝の大きさは弓崎から見ても常人離れしているように見えた。
「ちゃんと仕事しろ」
 思わずそう声をかけたが、彼女は無理と即答してきた。
「こんな魅力もロマンもない現場、やる気がでるわけないじゃないの。これじゃあ、濡れないわ」
 こいつは死体検証の時、どういうバイタリティでやっているのだろう。
「それより何か面白い推理わいてきた?」
 死体のない現場検証に飽きたのか、仕事の手を止めて赤羽が聞いてくる。その質問に答えようと、弓崎は昨晩、彼女と二人で会ったことを思い出した。


「ガムテープがおかしいのよね」
 目の前にそびえ立った巨大なチョコレートパフェに瞳を輝かせながら彼女が言った。弓崎はブラックコーヒーだけを頼んで、黙ってそれを飲みながら続きを促す。二人は夜の喫茶店の一番奥のテーブルに腰掛けていた。
「あの子の口元にガムテープがしてあったのは見たでしょ」
 ここでも死体を「あの子」と呼ぶ彼女の特異さを軽く受け流しながらああと答えた。
「あれね、一回はがされて、後で貼り直されたみたい。ガムテープの粘着物質と、被害者のわずかな唾液がトイレの壁から検出されたわ」
 パフェの一番上に飾り付けてあったサクランボを頬張りながら説明していく。
「一回はがされたってどうして?」
「私が知るわけないじゃない。私はそういうことがあったってことしか分からないわよ。あとはあんたたちの仕事でしょ」
 思わず口にしてしまったことを後悔する。この変人に当たり前のことを説かれてしまったことは、妙に悔しい。
「考えられることは一つだけだな」
 すぐに頭を切り替えて、犯人がそうしてそうしたかを考えてみると思いの外すぐに考えがわいて出てきた。
「なに?」
「被害者と話したいことがあったんだろ」
 それしかない。しかしなんとも手が込んでいる。解剖の結果、被害者は殺害される前にスタンガンで気絶させられていたことが分かっている。つまり犯人は気絶した被害者をトイレに縛り付け、そこで聞きたいことを聞き出したということになる。
「そこまでして聞き出したいことってなに?」
「いくらなんでもそんなことまで分かるわけあるか」
 そこまでは推測できない、情報が不足しすぎている。
「でもそのとおりなら……あんたの推理は当たってそうね」
 犯人が女性だからスタンガンや手錠が出てきた。根拠にはなる。そしてわざわざ聞き出すのにそこまでしたとなると、やはりそうでもしないと被害者が口を割らないと考えたからだろう。つまり、犯人は見た目に威圧感がないと考えられる。
「面白いことっていうのはそれだけか?」
 スプーンで生クリームを舐めている赤羽は首を左右にふった。
「これだけなわけないでしょ。誰だと思ってんのよ」
 彼女は横に置いてあった鞄から何か取り出してそれをテーブルの上に並べた。それは現場の写真。しかも被害者の死に顔のアップだった。一般人ならこれだけで嘔吐感がするだろう。
 その写真をパフェを食べながら提示してくる女がいかに異常か。
「ここ、傷があるの分かる?」
 生クリームがついたスプーンで写真の被害者の頬を指す。確かにそこには切り傷があった。
「どうも死ぬ前にナイフで傷つけられたみたいね。深い傷じゃなかったから、あの血塗れの現場では目立たなかったみたい」
「犯人の仕業か」
「そう、その通り。どういう経緯があったかはあんたに任せるけど、この傷は犯人がつけたものに間違いない。それでね、これは公式な捜査じゃなく、私の推論――聞く気ある?」
 彼女の表情はすごく楽しそうだ。こういうときの彼女が実は一番頼りになるということは経験上知っている。だから公式でなくてもかまわないと答えた。元々弓崎も非公式な捜査の方に慣れている。
「ふふん。まあ仮定だけど、この傷が被害者が座った状態で、犯人が立ったままつけたものなら、傷の角度から犯人の身長が少しくらいなら計算できたわ」
 なるほど、これは確かに公式じゃない。完全に赤羽独自の推論だ。けど、死体の扱いに関しては日本の警察関係者じゃ彼女の上にいくものはいないだろう。だからこそ、この変人は鑑識課であれだけの存在感が出せる。
「それで、いったいどれくらいだ」
「まあ、誤差が生まれるからはっきりとは言えないわね。ただ言えるのは、165センチ以下。これは確かよ」
 カップを口に付けようとしていた手を止めてしまった。そのまま赤羽を見つめる。その表情にいつものふざけた雰囲気はない。真剣そのものだ。
 それだけの身長となると……。
「あんたの推理、犯人が若い女っていうのが当たってるなら……犯人は女子高生ってところね」


 一連の会話を思い出してため息をつく。
「思いつくもなにも、もしお前の推論が当たってたら勘弁してほしいんだが」
 確かに弓崎は若い女だと標準を絞っていたが、それが十代とは考えていなかった。三十手前の男が殺されたのだ、何か女性とトラブルが生じたと考えても二十代前半かあるいは同い年くらいだろうという推理をしていた。未成年と関係を持っているとは考えていなかった。
 しかし、赤羽の推論は犯人が未成年である可能性が高いということを示していた。もしかしたら身長のあまり高くない成人女性かもしれないが。
「まあ、やりにくいわよね」
 未成年が犯人だとなると捜査はやりにくい。あまり公に大々的な捜査はできない。しかもそんな気を遣った捜査をしても結果は犯人の身元も明かさない発表だ。
「それどころか、上がよけいに耳を傾けなくなる」
 未だに上は物盗りでにらんでいる。今日は石垣や篠山を個人で聴取するらしいが無駄骨になるだろう。篠山たちのアリバイは昨日の時点でとれている。なら石垣の単独犯行ということになるが、どうしてわざわざ仲間のいないとき一人で殺人までやる理由がない。
 それでも未成年の女が犯人だという考えより、どっかの若者集団が犯人だと決めてかかる方が捜査はしやすい。
「まあ犯人が女性っていうのはあんたの推理、未成年っていうのは私の推論。お偉い上方のみなさまが耳を傾けるわけはないわね」
 別に私はかまわないけどと付け加える。事件解決に対する興味のなさも警察組織の中で随一だろう。
「それより昨日の石垣って男が言ってた証言はどうなるの。女性の声を聞いたって言ってるんでしょ、それを使えばお偉方も考えを変えるんじゃない?」
 彼女の質問に弓崎はため息をつきながら首を左右に振った。実を言うと彼もそれを期待していたのだが、いつも通り裏切られた。
「聞き間違いじゃないのかっていうのが第一声だったらしい。ついで、誤魔化そうとしてるんだってよ。つまり、証言を信じる気はさらさらないわけだ」
 けどこればかりは無理はない。現場に女性がいたとしたら犯人になるが、犯人が悲鳴をあげる理由は確かに思いつかないだろう。そしてなにより近隣住民の証言はそんな声は聞かなかったというものだ。容疑者が出任せを言っていると考えるのが常識的だ。
「あんたは信じてるわよね」
「まあ、信じているな。だからこそ未成年ってお前の推論も間違ってないと思ってる」
 弓崎が勘弁してくれと思いながらも赤羽の推論を信じているのは、石垣の証言があるからだ。この証言と推論のセットは彼の中ではなかなか強固な存在となっていた。
「どういうこと?」
「犯人が悲鳴をあげた理由だよ。まあ、お前には絶対わからないと思うが、一応考えてみろよ。未成年の女があんな血まみれの現場見たら、叫び声くらいあげるだろ」
「理解しがたいわね。私なら狂喜して叫ぶことはあっても、きゃって小さな悲鳴ではないわ」
 狂喜して叫ぶことの方が理解しがたいと言いかけたところで、彼女が続ける。
「それに犯人だってバカじゃないんだから首を切ったら血が吹き出ることくらい知ってるでしょ」
「知ってるのと体験するのは違うだろ。あまりの血の量にびっくりしたのかもしれない」
「だとしたら、もっと大きな声にならないかしら」
「まずいと思ってすぐに口をふさいだなら問題ない」
 もちろん犯人だって悲鳴をあげていいわけがないことくらいわかってたはずだ。それがとっさにあげてしまったから、急いで口をふさいだ。だから悲鳴は近隣住民には聞き取れず、公園にいた石垣だけに聞こえた。ただ口をすぐふさいだので悲鳴はすぐやみ、石垣も気のせいだと考えたんだろう。
「ふぅーん。まあ、あんたが言うならそうなのかもね。にしても……ここの検証、早く終わらないかしら」
 赤羽が忌々しいと言わんばかりの視線を電話ボックスに送る。人気のない一本道に面した歩道にぽつんと置かれたそこは、どこか棺を連想させる。
「いくら死体がないからって手を抜かないでくれよ」
「死体がないからじゃないわよ。なにも出てこないのよ、ここ」
「何も?」
「そう。指紋とか丁寧にふき取られてる、通報したのは犯人で間違いないわね。だけどここまで綺麗に拭いていくなんて、ご苦労様よ。おかげでつまらないわ」
 なるほど、それで彼女はつまらないと感じているのか。性格上、なにも出てこないと納得できないんだろう。わずかな痕跡でもあれば、彼女にとってはいいおもちゃになるが、なにも出てこない、それはおもちゃを取り上げられたようなものだ。
「……何もない」
 弓崎の頭に何か引っかかった。そしてそれがわかった瞬間に、目の前の赤羽の肩を強く掴んだ。彼女はちょっとっ、と抗議をしてきたが聞いてられない。
「いいか、あの公衆電話に入ってる十円玉、いや百円でもいい。とにかく徹底的に調べてくれ。頼んだぞ」
 それだけ伝えると弓崎は彼女の背を向けて歩き始めた。
 指紋が丁寧に拭き取られていた。ここから導き出せることが、たった一つだけある。



 沢良宜美夏は二宮が嫌いだ。
 初対面は彼女がまだ一年生の時、テニス部の顧問だったのでイヤでも顔を合わせることになった。そしてその時から、彼のことを好きになれず、二年半が経ち、その感情は和らぐどころか「好きになれない」から「嫌い」となっていた。
 理由は数少ない。数少ないが、それが重要だった。まず部活熱心な美夏には彼の部員に対する指導の仕方が甘いと感じている。なにかあればすぐ休憩をいれるし、どうでもいい理由でも部活を休むことを許可してしまう。これでは練習にならない。
 ついで部員に接する態度だ。常にあのお得意のスマイルで、生徒がなにをしても怒ることがない。ときにはびしっと言って欲しいのに。あれでは職務放棄と言っていい。
 そして彼女が彼を「嫌い」と決定づけた出来事は、篠原梓の退部だった。
 梓の家庭事情は知っていた。だから美夏から彼女を強く引き留めることはしなかった。そうすれば梓の負担になってしまうと考えたからだ。けれど、美夏は最後まで大人たちを信じていた。
 自分が何もできなくても、教師たちが何とかしてくれるんじゃないかと。梓は性格からかなりの信頼を得ていた。きっと救済の手をさしのべるだろうと考えていたのだが、それはもろくも崩れさった。
 顧問であった二宮は梓の退部届けをあっさり受理し、なにもしなかった。後になって美夏がどうしてなにもしなかったのかと問いつめると、家庭の事情だから口を出さない方がいいと考えたと答えられた。
 あり得ない。その一言につきた。顧問の教師ならどうして梓が部をやめたかはわかっていたはずだ。彼女は学費や生活費を稼ぐためにやめた。母親から毎月生活費などは振り込まれているらしいが、最近は少なくなってきた。それでバイトの時間を増やす必要があり、そのせいでやめたのだ
 そんな家庭事情の子に何の救済の手もさしのべなかったのかと、抑えきれないほどの憤りを感じた。
 それ以来、二宮には明確な敵意を隠していない。向こうも気づいているだろうが、何か言ってくることはなく、彼女に何か言いたいことがあった場合は他の部員を介してきた。
 そして今日もそうだった。
「推薦の話は本当にいいのかと、先生が心配していました」
 一日の授業が終わってけだるい体を抱えながら教室から出ると、待ちかまえていた梓にいきなりそう言われた。驚きのせいで動きを止めてしまう。あのばかげた疑いが、美夏の中ではまだ消えていなかった。
「いいって言ってるのに……」
 その話は何度もしている。美夏にある大学から声がかかっていた。大会で大きな成果をあげたわけでもないのに、そういう声がかかることは珍しい。だからこそ、顧問の彼は結構ですと彼女が拒否したときは驚いたのだろう。
「もったいないですよ、先輩」
「あんたまで何言ってるのよ。大学で通用するレベルじゃないのよ、私は」
 もともと幼い頃から始めたわけでもない。中学時代、どこの部に入るか決めかねていた美夏を友人が誘って、そこで初めてテニスにふれた。中学がそうだったから、高校もテニス部に入っただけ。
 けど大学にいけば自分よりずっと前からスタートしている人たちと出会うだろう。そこまで必死になれと言われてもあまりぴんとこない。
「けど先輩なら」
「しつこいって、あんたも二宮も。こっちが何のため毎日睡眠時間削ってると思ってんのよ。夏休みだってかなり犠牲にしたんだから。そういうのを全部無駄にさせる気?」
 そう突き放すと梓は目に見えてわかるくらいへこんだ。彼女だって美夏がどれほどがんばっているか、知らないわけではない。
「もったいないですよ……」
「……人のこと言える?」
 そう嫌みで返してやると梓は黙った。もったいないと日頃から感じているのは美夏の方なのだ。
「ほら、帰るよ。あんた文化祭の手伝いは?」
「今日はバイトですから。先輩のほうこそ」
「私のクラスは喫茶店。準備で忙しくなるのはもっと先ね」
 梓のクラスはお化け屋敷をやるらしく、今から準備に入っているらしい。彼女の性格からみて、そういうクラスメイトたちをおいて先に帰るのは辛いだろうということは容易に想像できた。けど彼女の事情をクラスメイトなら理解しているはずだ。そういうのに甘えるのも彼女には必要だろう。
 二人で歩いていると梓の方が積極的に話しかけてきた。珍しいなと思いながら、いつもと彼女の雰囲気が違うことに気がつく。空元気だ。無理に元気に見せかけている気がしてならない。
 そして自分の注意力のなさを呪いたくなったのは、げた箱でだ。梓が靴の出し入れをする手をみて、思わず口を開けて驚いてしまった。そしてそのまま彼女の手首を掴む。
「あんた、これ」
「あ、いえ……」
 梓はなんとか誤魔化そうとするが、美夏が眉間にしわを寄せて険しい目つきをすると、ごめんなさいとうつむきながら謝った。彼女の手のひらには包帯が巻かれていた。
「謝ってどうすんのよ。これ、何?」
「転んでしまいまして」
「嘘言うな。母親の仕業でしょ」
 証拠があったわけではないが、梓が隠していたことや彼女の表情からたやすく想像できた。梓はしばらく黙っていたが、はいと返事をした。
「……手当はしたの?」
「昨日、自分で。大したけがではないので大丈夫です」
 そう言って笑う梓の手を掴んだまま、美夏はさっき出てきたばかりの校内へと戻っていく。梓がえっ、とか、ちょっととか焦っている声が後ろから聞こえてきた。
「黙ってついてきな。保健室に行くだけよ」
 そういうと手を引かれたまま、梓は抵抗しなくなった。そんな彼女を後ろに目をむけてちらっと見つめ、あきれかえってため息をつく。
 悪癖だ。美夏はそう思った。母親のことになると、梓は堅く口を閉ざす。こういうけがをしてくるのは今回が初めてではない。最初は梓が主張するとおり転んだりしただけだろうと考えていたのだが、彼女と同じ中学に通っていた後輩が教えてくれた。あれは母親にやられてるんですよ、と。
 信じ難い話ではあるが、説得力はあった。だから梓に直接問いつめた。そうなのかと。もちろん彼女は否定したが、彼女の嘘をつく下手さを心得ていた美夏にとっては、それが事実だと確信した。
 高校に入ってからだけでも彼女は相当母親にひどいことをされているはずだ。それでも彼女が母親の愚痴を言ったことは一度もない。私がいけないんですと言ったことは何度もあり、そのたびに美夏が本気で怒ったのでもう口にしなくなったが。
 今回の件も隠し通すつもりだったんだろう。
 保健室には誰もいなかった。別に珍しいことではなく、先生が本当に必要なら机の上にある電話で職員室につなげばすぐ飛んでくる。ここの先生が席を外すのはよくあることだし、今はむしろ好都合と言っていいだろう。けがの事情を聞かれたくないであろう、梓にとっては。
 梓を適当に座らせて、常備してる包帯や消毒液やはさみなどを手にして、美夏は治療にはいっていった。部長を任されたとき、けがの治療の仕方は色々と学んだ。
 彼女の手に巻かれていた包帯をゆっくりとはさみで切って解いていく。
「すいません、ご迷惑をかけてしまって……」
「迷惑っていうのはね、うそついたり、けがを隠したりすることよ。これ、一年生のときから言ってるけど」
「……ごめんなさい」
 彼女の性格上、こういうことを言い出しにくいということくらい美夏だってわかっている。それでもちゃんと言って欲しい。変に隠し事をされるのは、距離を感じてしまう。
 包帯を全て解くと傷の全容が見えた。たしかに大したけがではない。彼女が巻いていた包帯が大げさなくらいだ。ただ、傷口をみるときっと昨日は出血が多かっただろうとは予想できた。
「切ったの?」
 傷口は鋭く裂けていた。そう訊いても梓は答えない。
「答えな」
 声を低くして脅すように言って、ようやく答えが返ってきた。美夏が怒っているのを察してか、もう隠すことなく告白してくれた。昨日、母親が帰ってきたこと、機嫌が悪かったこと、ガラスのコップを割ったこと……。
 傷口に消毒をしながら話を聞いて、美夏は当て場のない怒りを覚えていた。そんなの立派な虐待だ、通報してやりたいと思ったがそうできない自分にも腹が立ってきた。
 梓が母親を告発なしと虐待にはならない。そういうものらしい。そして梓はそんな自分の母親を偏愛していた。何を言われても、何をされても、彼女にとってはたった一人の母親に変わりはないのだろう。
 傷口にあうようにガーゼを切って、それをあてた。
「痛んだりしてない?」
「はい。痛みはもう引いていますから大丈夫です」
 本来はもっときつく叱ってやりたいというのが美夏の本心だった。こんなことまでされて母親を糾弾もせず、けがを隠そうとして、嘘をついた。どれも彼女にとっては許せないことだった。感情だけに身を任せたら、とっくに目の前の後輩の頬をひっぱたいていることだろう。
 それでもそうしないのは、そうできないのは、結局自分がこの後輩に甘いというのだということだと思う。嫌われたくないという、子供じみた感情だった。
 ガーゼをテープでとめて治療を終えた。あんな乱暴な包帯の巻き方では変に痛めてしまう危険があったし、何より傷がどれくらいか確認できて一安心だった。
 梓は謝ったり、感謝したりと忙しそうだった。
「悪いと思うなら、今度からは素直に言ってよね」
 そう言うとはいと返事をした。
「はい、嘘ついた」
 今のは嘘だった。何度もいわさないで欲しいが、梓は嘘が下手で、それを美夏は分かっている。今のははっきりと分かるくらい嘘だった。
 指摘された梓はしょんぼりとうなだれる。嘘をついたという自覚はあったみたいだ。
 保健室から出ると美夏は、今日は小言を言い続けてやろうと決心した。本当は目の前に正座させて説教でもしてやりたいけど。
 だからまたげた箱へ向かうまでの廊下から小言を言い続けた。梓には今日はいっぱいへこんでもらうことにした。それくらいしないと、この後輩は反省しないと思ったから。
 げた箱から出て校門へ向かっていると、思わぬ人物が見えてきた。校門の近くでたばこをふかしている男がいて、美夏は思わず目が飛び出そうになったが、相手の男は彼女を確認すると軽く手をふって挨拶してきた。
 弓崎という刑事だった。どうして彼がここにいるのか、彼女には分からなかったが、自然とあのスポンジシールのことが頭に思い浮かんで、体が戦慄した。そしてとっさに後ろにいた後輩に目を向ける。
 あの刑事はまさか、この子を……。
 しかしそんなことはあり得ない。あのシールは美夏の手元にある。そもそも梓が犯人なわけはない。それなのに……不安は消えず増幅していった。
「先輩、どうしましたか」
 美夏の急変に気がついた梓が問いかけてくる。どう答えていいかも分からず、どうしようかと思っていたら弓崎がゆっくりとこっちに近づいてきた。
「梓、先に帰ってて」
 近づいてくる刑事を横目で見ながら、とにかく後輩を先に帰そうと決めた。それがどういう意味を持つのか自分でも分からなかったが、そうしないといけないと本能が警鐘を鳴らしていた。
 梓は何を言われているのか分かっていない様子だったが、ほら早くしないさいと美夏がぱしんっとお尻を叩くと、複雑な表情をしたまま、ぺこりと一度頭を下げて校門をくぐって帰っていった。
 そんな彼女の姿を弓崎は眺めていたものの、止めることはなかった。どうやら目的は梓ではないらしかった。それだけで一気に緊張の糸が解ける。
「急に現れて悪かったな。邪魔だったか」
「別に。それより何か用?」
「ここじゃ話しづらい。ちょっとつき合ってくれるか」
 結局弓崎についていくと彼の車に案内された。少し抵抗はあったものの、何かされるという心配よりも、この刑事が何をしにきたのかという疑問が勝り、助手席に座った。弓崎は運転席に座る。
「まあついでに家までおくってやるよ。道案内してくれ」
 そういうとエンジンをかけはじめる。美夏は最初に家の住所を教えて、そこまでの道順を言った。さすがは警官というべきか、それでだいたい分かったらしい。
「それで、話って」
「あの事件のこと、色々調べてるんだよ。それで知り合いの女子高生なんてお前くらいしか思いつかなかったからこうやって訪ねてきたわけだ」
「私たちって知り合いだったわけ?」
「善良な市民は、警官からすれば全員知り合いだ」
 なんて適当な受け答えだろう。思いついたまま言ってるだけだ。もちろんこちらも真剣な回答を求めたわけではないのでかまわないのだが。
「あの事件、雲行きが怪しい。いや違うな。ちょっと妙なことになってきた。詳しくはいえないが、少なくとも物盗りなんかじゃない」
 それは報道と言っていることが違っていた。マスコミは事件をしきりに強盗目的だと騒いでいるし、警察がその容疑で少年数人を取り調べたとも報道していた。
 しかし、目の前の刑事は違うとはっきり否定した。しかも今回は、やけに真剣に。
「そんなこと、私に言っていいの?」
「いいわけないな。ばれたら怒られるが、いつものことだ、気にしてない」
「気にしてないって……」
「年下の女にこんなことを頼むのは情けないが……沢良宜美夏、協力して欲しい」
「はあ?」
「俺個人としては犯人はこの街の住民、あるいはこの街に関わりが深い若い女なんだ」
 シートに預けていた背が思わず凍った。声が出そうになるのを何とかこらえて、どういうことと澄ました顔で尋ねてみせた。
「若い女っていうのは現場の状況から見て間違いないとみてる。それは鑑識課の知り合いもそう言ってる。たださっきになって面白いことが分かった。犯人が通報したのは知ってるか」
 こくりとうなずく。それは報道で知っていて、ニュース番組に出ていた心理学者が早く死体が見つかってみんなに騒いで欲しいという欲望からではないかと説いていた。
「その通報した電話ボックスが分かって、さっき調べた。なんでも電話からは指紋がきれいに拭き取られていたらしい」
 それだけ言うと弓崎はそれで十分だろと言わんばかりに黙ってしまったが、もちろんそれだけでは分かるはずもないので首をかしげた。
「沢良宜美夏、ちょっと人殺しの気持ちになってみろ」
「警官の言葉とは思えない」
「いいから。まず何をするか。絶対にすることはなんだ」
 過去様々な大人と接してきたが、人殺しの気持ちになれと言ってきたのは彼が初めてで、最初で最後だろうと断言できる。
 それでも考えてみる。まず絶対にすることは何か。
「手袋」
 数秒考えてから短く答えてみせた。そしてそれは正解だったようで弓崎はそうだと答えた。
「手袋は必ずする。今回の犯人だってしてた、現場に犯人の指紋はなかった」
「それがどうしたっていうのよ」
「けど公衆電話の指紋は拭き取られていた。手袋をしてたならそんなことする必要ないと思わないか」
 一応知識として、世には手袋痕というものがあるとは知っている。手袋で触った痕だ。ただこれは残る場合と残らない場合があると聞いているし、残っていたところで証拠能力は弱い。
 弓崎の言うとおり、犯人の行動はおかしい。
「どうしてそんなことをするかなって簡単に想像がつく。犯人は犯行のときは手袋をしていたが、それ以外の時に素手で触ったんだよ、電話をな」
 そこまで言われればさすがに分かった。犯人は日常的にその電話を使っていた。そして犯行時、電話を使ったがあとで警察に調べられたときに過去に残してしまった指紋を採取されるのをおそれた。だから綺麗に拭き取ったんだ。
 そして電話ボックスを日常的に使うなんて、近隣住民の可能性が高い。そういうことだ。
「理解してもらえたか」
「したけど。それで私にどうしろって言うのよ」
 そこで車のスピードが落ちていった。会話や思考に集中していたせいで外の景色を眺めていなくて気づかなかったが、もう自宅のすぐそばだった。
 路上の端に通行人の邪魔にならないように停車した。
「この辺に住んでる若い女の知り合いなんてお前しかいない。特に何かしろっていうんじゃない」
 彼は胸ポケットに手を突っ込むと、そこから紙を一枚取り出した。彼の名刺で、受け取って見ると彼のフルネームと勤め先、そして携帯電話の番号が書いてあった。
「学校とか近所で妙な噂、特に女性に関するものだ。とにかくそういう類のものを聞いたり、見たりしたら連絡してくれ。それだけでいい」
「それだけって。それなら私じゃなくても」
「この街の中で絶対に犯人じゃないと分かってるのはお前だけだ」
 どういう根拠でそう断言しているのか知らないが、少なくともこの刑事は本気だ。回答に迷っていると、弓崎が運転席から降りていき外から助手席の扉を開けてくれた。
「時間をとらせて悪かったな。もういいぞ」
「返事してないけど」
「乗り気じゃないなら名刺を燃やして捨てろ。俺はおかしなことがあったら連絡して欲しいだけだが、嫌だ面倒くさいって言われても仕方ない頼みごとだからな」
 つまり保険はかけておくが、あまり期待していないということか。何もしてないよりはましというのが、この男の考えだろう。
 シートベルトをはずして助手席から降り、弓崎と向き合った。
「本当におかしいって思ったら連絡するけど、些細なことならしないわよ」
「それでいい。本来なら警察がやるべき仕事を押しつけてんだ、それだけで十分だよ」
 その返事だけで弓崎は満足だったらしく、じゃあよろしくなという言葉を残してまた運転席に乗り込み、どこかへ走り去っていった。徐々に遠ざかる車体を見つめながら、あのスポンジシールと後輩の顔を思い浮かべた。
 ただの偶然にすぎない。あれは些細な偶然だ、絶対に……。
 名刺を見つめ、心の中で何度も何度も断言する。
 連絡するほどのものじゃない。連絡は、しない。

10

 機械の類の知識までは短期間では頭に入れられませんでしたから、もっとも簡単な方法で処理することにしました。自室の机の上に長い間居座ってもらっていたネットブックを稼働させて、本体からコンセントを抜き、それを持って部屋から出ます。
 安物の中古品ですから、コンセントを抜いてしまうと電源は一時間ともちません。ですが、もうそれで困ることはないでしょう。この子の役目はもう終わりなのですから。
「お疲れさまです……」
 その冷たい機械の表面をなでると、わずかな振動が伝わりました。この子がいなければ計画は全く進行しなかったでしょうし、凶器も手に入りませんでした。本当に感謝しています。
 だからこそ、もうお別れにしないといけません。
『あーちゃん、物にもちゃんと心があるの。だからちゃんと感謝しなさい』
 ふいに、幼い頃にカンナさんに言われたことを思い出しました。ちゃんと分かっていますよ、カンナさん。
 浴室の扉を開けると、水が半分くらいまで張られた浴槽が目に入りました。これだけあれば十分でしょう。本当ならもっと別の場所、外で処分したいのですがどこで誰か見ているか分からない外で処分するのは目立ってしまいます。
 これ上の失敗は許されません。
 いまだに稼働音をたてるネットブックを両手で持ち上げて、そして一気に浴槽の中へとたたき落としました。水しぶきが服や顔にかかってしまいましたが、別に問題ないでしょう。
 激しく揺れる水の表面の向こうでは、天敵の水分に体中を囲まれたネットブックが何かいびつな音をたてていました。液晶画面にはピンクや灰色が混じった砂嵐がしばらく映っていましたが、最終的には真っ黒になりました。
 これでこのネットブックが再稼働することはありません。中のデータが消えたわけではありませんが、それは後で解体して中の部品を細かくつぶしていけば問題ないでしょう。
 しばらく水につけておいた方が効果的だと思ったので、ネットブックを放置して浴室から出ます。
 自室に戻ると寂しくなった机の上に夕日が射し込んで、明暗を作っていました。もうすぐ日が沈みます。今日と明日はバイトを休んでいますから、今晩の計画が誰かに迷惑をかけることはないでしょう。
 警察もバカじゃありません。いえ、むしろとても優秀です。だからこそそろそろあの事件が物盗りでないことに気づくはずです。完全に気づかれる前に手を打ちましょう。
 机の上にはUSBメモリと、まだパッケージから出していないワイヤレスマウスがあります。そしてその横には小さな小瓶。中には青酸カリが入っています。
 そして私のポケットにはある鍵があります。これらがあれば、今晩の計画は問題なく行えるはずで、前回のような失敗は起きないでしょう。
 机の引き出しをあけて、そこから一枚の写真を取り出します。高級スーツを着こなした若い男が、カフェで女性と話している写真。男の名前は清水貴明……。
「次は、あなた」

第三章「死人に口なし」


 清水は毎週金曜の夜を楽しみにしていた。
 古い言い方だとアフターファイブ。若くして起業し、成功したのはいいが恐ろしいほどの仕事量を抱えてしまうことになったのは、高給と引き替えたデメリットだから仕方ないとはいえ、嫌になるという本音は隠しきれない。
 だから毎週土日は完全に休むようにしている。月曜日から金曜日までは機械のようにもくもくと働き、そしてその後二日は電源がきれたように休む。仕事は会社に残した社員たちにすべて任せている。よほどのことがないかぎり連絡するなという指示を出しているので、毎週の土日だけは携帯の呼び出しはない。
 唯一連絡してくるのなら妻くらいのものだ。ただ、そんな彼女も連絡は簡潔だ。メールで「今週は帰ってくるの?」と一文。答えはノーなので、帰らないと一言送る。
 平日は会社近くに建てた自宅に帰る。当然妻もいる。だが土日はそこから車で一時間半ほどのところにあったマンションの一室に行くことにしていた。この週末を気ままにすごすために借りた場所だ。
 妻は何も言わない。もとより会話などしない。そういう夫婦関係に知らない間になっていた。マンションなど借りて、そこで何をするか想像に易いだろうに、それを咎めたり妬んだりすることもない。秋山から言わせばある意味最良の妻だった。
 だから今日もそのマンションへ向かった。夜中の高速を上限速度よりずっと速く車を走らせながら、明日の予定を頭の中で組み立てる。明日は昼過ぎに愛人がマンションを訪れるはずだ。家でゆっくりするのもいいが、どこかへ連れ出してやらないといけないだろう。どこがいいか。
 そんなことを考えていたら、すぐにマンションへついた。決して高級でいいマンションではない。どこにでもあるものだ。むしろ普通より悪い。
 それでもこのマンションはすばらしい利点があった。それが非常階段だった。マンションにつけられた螺旋状の非常階段には、監視カメラなどの類が全くない。
 いつ、妻と離婚の話になるか分からない。そんなときに愛人とともにマンションに入っていく姿などを撮られていて、その映像が妻の手に渡ってしまえば裁判では明らかにこちらが悪いことになる。そんなのは勘弁願いたい。汗水たらして稼いだ大金を、たかが妻ごときに持っていかれるなど許すわけにはいかない。
 そういう思いがあり、自分もそして愛人もこのマンションに入るときは非常階段を利用していた。そして入るときは別々に。
 非常階段を上り、ようやく部屋にたどり着いたのは十一時半。今日はもう疲れたので、一杯だけ酒を飲んで寝よう。
 鍵を開けて玄関に入り、電気をつけながらリビングへ向かう。静かな部屋だ。自宅のように豪奢な雰囲気はないが、一人でゆっくり眠るにはこれだけで十分だろう。
 ポケットにいれていた携帯がふるえだしたのは、そのときだった。鬱陶しいと思いながら液晶画面を確認すると「公衆電話」と表示されていた。思わず舌打ちをしてしまう。
 無視するわけにもいかず、もしもしと電話に出た。
『ああ、清水。俺だけど』
「分かってるよ。振り込みは来週までにだろう。ちゃんとするから、連絡してくるなよ」
 一刻も早くこの電話を終えたい。この男の声など、耳に入れるだけで心身ともに汚れてしまう。
『あ、それなんだけどさー……ほら司があんなことになっちゃったじゃんか』
 司というのは中山司だろう。つい先日、公園で殺された二人のかつての知り合い。
「ああ。だからなんだよ」
『俺ね、あいつからまだ金もらってなかったんだよ。でもさすがに死人からはもらえないからさ、秋山が立て替えてよ』
「なっ――!」
 声にならない感情がこみ上げてきた。バカを言ってくれるな、どうして俺が中山の金まで……。
『あれれぇ、俺に逆らう気でもあんの』
 携帯電話がつぶれるんじゃないかというほどの握力で握りしめる。この電話口の男こそ、殺されればよかった。自分の人生が墜ち、そして人が成功したからといって、それにつけ込むクズこそが殺されれば……。
 お前など死んでしまえと怒鳴りたい感情を殺そうと努力する。今ここで刃向かったら、また要求額をあげられるに決まっている。ここはおとなしく従うのが吉だろう。
「分かった。それも来週振り込んでやる。いくらだ」
『さっすが、お金持ちは違うね。じゃあ、もとの一千万にプラス二百万して』
 一気に二百万円も跳ね上がった。いくら儲けがいいからといっても安いと思える値段ではない。奥歯をかみしめながら、分かったと答えた。
「そう、よかった、安心したよ俺。にしても中山もバカだね、殺されちゃうんなんて。けどさ、一報を聞いたときはどきっとしなかった?」
 同調を求められ、素直にそうだなと答えた。中山が殺されたと聞けば、この電話の向こうの男も、二宮もきっとどきっとしただろう。清水だって例外ではない。
 ただ物盗りだと警察が発表して、ほっと一息ついた。考えれば当たり前のことだ。中山や清水たちがつるんで、あの出来事を起こしたのはもう十年近く前で今更何か仕返しがくるはずもない。ましてや鷲見カンナは天涯孤独だったと聞いている。
 何かあるはずがないのだ。
「警察は来てないんだよ?」
 今度は清水が男、西本に尋ねた。
『うん、ちっともこない。まあ大学で俺らがつるんでたのは一時期で、しかもあれ以来はあうことも少なくなってたから警察だって俺らのことなんて気にしてないでしょ、関係を把握できてるのかも怪しいよ』
「言っておくが」
『分かってる。警察が来ても知らない、関係ないって一点張りすればいいんでしょ。俺だって金もらってるし、バカな真似はしないよ』
 すでにお前の存在自体がばかげているんだと内心で毒づきながら、ならいいと満足したふりをしておいた。
「じゃあ、ちゃんと振り込みよろしくね」
 それが別れの言葉で電話はぷつりと切れた。忌々しい会話が終わって、携帯をリビングのソファーへ放り投げ、台所へ向かう。小さな冷蔵庫からワインを取り出して、それを手にしたまま食器棚からワイングラスを一つとってまたリビングにもどった。
 リビングにはソファー、そしてその前に大型テレビ、そして二つの間にテーブルが配置してあった。そして少し離れた場所にデスクトップのパソコン。
 テレビの電源をつけて、経済ニュースをかけたままパソコンの電源をつけた。テレビの画面は見ずに耳で情報を聞きながら、グラスにワインを注いでいく。
 あのバカな電話がなければもっと気持ちよく飲めたはずなのに……。
 そう悔しい思いがわいてきたので、それを紛らわすために注いだばかりのワインをのどの奥へと一気に流し込むと上品な味が舌を包み、のどの奥に快楽が訪れた直後のことだった。
「がっ……!」
 感じたこともない痛みが舌をおそってきた。いきなりのことで、持っていたグラスを落としてしまい、床に落ちたそれが派手な音をたてて砕け散った。
「おいしいですか」
 ふいにどこからともなく女の声が聞こえてきた。喉から腹にかけて襲いかかってくる苦しみに負けて、床に膝をつき、そしてそのまま倒れる。ちょうどリビングの入り口に一人の女が立っているのが見えた。
 まだ幼さが残る顔立ち。白い手袋をした少女がそこに立っていた。何か声を発したいが、潰れたような声しかでない。
 そんな清水に少女は冷たい視線を注いでいた。
「ワイン、おいしくはなかったでしょう。当たり前です、青酸カリなんてものがはいっていればそうなってしまいます」
 冷静に語りかけてくる少女の瞳には、全く人間性が感じられなかった。苦しみもだえる清水を見ながら、リビングの中へ入っていき、部屋を見渡す。
「パソコン、立ちあげていますね。よかった、好都合です」
 何が言いたいのか、何がしたいのか、全て理解できない。はっきり分かっていることは、自分は今、この少女に苦しめられているということだけ。
 だんだんと意識が遠のいてきたが、何とかもちこたえようと躍起になる。パソコンの前に置いてあったワインの瓶が目に入った。彼女はあれに毒を、青酸カリをいれたのか……。
 でも、どうして――。
「言っておきますが、青酸カリは致死量ですが即死できるものではありません」
 少女が静かに告げるのと同時に、清水は一気に吐血した。口の周りどこか、床にまで血で汚れていく。どろどろと生温く、赤黒いものが流れた。
「ですから、どうぞ苦しんでください」
 まるで判決を下す裁判官のように、その声に容赦はなかった。ふざけるな、俺が何をしたと怒鳴りたいのに、口から出るのは激情から生まれた言葉でなく、やはり血だった。
 この少女はいったい――。
 少女は静かに清水によってくると、片膝をつき彼と目を合わせた。
「清水貴明、あなたは罪を反省し、自ら命を絶ったんです。そうなります。そうさせます」
「なっ……」
 罪を反省……。この少女は一体何を言っている?
「鷲見カンナ」
 意味が分からなかったのは一瞬だった。少女が出したその名前で、清水の中で全て分かった。この少女は彼女の復讐を果たしにきたんだ。なら、まさか中山もこの少女が……。
「思い出されましたか、あなたの罪を」
 思い出すというのは違う。忘れたことなどない。今に至っても、あのできごとが清水の人生に大きく影響しているのだから忘れられるはずがない。
「さきほどの電話は西本彰からですね。会話から察するに彼もまだ身に危険が迫っているとは気づいてないようですね」
 彼女が静かに述べていく姿を見て、生まれて初めて、そして死ぬ直前になって清水は冷静と冷徹の違いを知った。彼女は冷静に見えるが、そうじゃない、冷徹なんだ。
 どばっとまた吐血した。息をするのさえ苦しくなってきた。
「さて、そろそろお時間です。あとはお任せください」
 彼女がつけていた膝を浮かせ、立ち上がろうとする。清水は最後の力を振り絞って、血まみれの手でその足をつかもうとしたが少女の反射神経が勝ったのか、よけられてしまった。
「……もう失敗しません」
 少女はそれだけ言うと清水に背を向けて、リビングから出ていこうとした。しかし直前になって、こちらを振り向いて、丁寧にぺこりと頭を下げた。
「これがあなたたちのしたことです。どうぞ、死んでください」
 少女がリビングから出ていく。その背中を見つめながら、清水は最後にまた血を吐いて、息絶えた。

 2

 このマンションに侵入するのはもう何度目になるでしょうか。計画を思いつき、様々な情報、つまりは清水貴明の私生活などを知るために侵入し、時にはどういう家具があるのか調べ、時には小さなカメラを設置したりしてましたので、はっきりとした回数は覚えていません。
 社会的に成功した彼がどうしてこんなセキュリティの甘いマンションに住んでいるのかはあまり理解できませんでしたが、とにかくそれはとても好都合でした。だから今日もこうして侵入して、隠れていたわけです。
 私は清水が帰ってくる一時間ほど前にマンションの部屋に入り、計画の準備をしました。合い鍵はもう半年ほど前に遠く離れた駅の、個人営業の鍵屋さんに作ってもらっていました。
 清水貴明は自殺。これは絶対に崩してはいけない過程でした。これが揺るぐと計画がご破算になりかねません。
 ですから高いリスクとお金を払い、あの男の方に無理を言って青酸カリまで用意してもらったんです。自殺ということを考えたとき、リストカットや飛び降り、飛び込み、首吊りと色々考えましたが、どれも実現が難しいというのが現実でした。
 リストカットとなると相手にかなり近づき、気を失わせて、そして手首を切って死んでいくまで起こしてはいけないというのが最低条件。けれど気を失わせるという段階でアウトです。中山司のようにスタンガンを使えば簡単ですが、それでは痕が残り、自殺にならないでしょう。
 首吊りは非力な私にはまず不可能です。三十手前の男性をつるし上げるというのは、何かトリックを使えばできるかもしれませんが、そんな小難しいことをやってしまえば何か痕跡が残ってしまうというリスクがあります。どの方法をとってもそのリスクはつきものですが、これはほかのに比べそれが大きい気がします。
 飛び込みというのは全く望みませんでした。まず清水貴明が駅にいくことは少ないうえに、駅には監視カメラが必ずどこかにつけられています。私の姿を捕らえられるなどあってはなりませんでしたし、何より下手をすると電車を長い間止めてしまう可能性があります。そんな多くの方に迷惑をかかる方法をとるわけにいきません。
 そこまで考えると残るは毒殺だけでした。
 このマンションにカメラを仕掛け、彼がどういう生活をここで送っていたかは把握しいてました。彼は帰ってくると、必ずお酒を飲むという習慣があったのでそれを利用することにし、マンションにまた侵入して食器棚の一番手前にあったワイングラスに青酸カリを少し塗りました。気づかれれば一巻の終わりでしたが、その心配もなかったみたいです。
 仕掛けはそれだけ。あとは細かい作業でした。何度も部屋に侵入していたので私の痕跡が残っていないかというチェックと、どこかに中山司や西本彰、そして二宮先生とつながりがあるという証拠が残ってないかという調査でした。
 西本彰が清水貴明に連絡してきたのは予想外でしたが、結果的にはよかったです。彼もまだ中山司の死を疑ってはいなかったみたいですので。
 私が隠れていたのは浴室でした。どうか死んでくださいと別れを告げて、そこへ戻って置いてあった白いビニール袋を手にしてリビングに戻ると彼はもう息を止めていました。
 室内には彼が生前につけたテレビから流れる経済ニュースだけが室内に響いていました。消そうかとも思いましたが、変に物をふれない方が良いと思いましたので無視することにしました。
 死体や、血溜まりを踏まないようにしながら電源のついているパソコンへ近づきました。当たり前ですが画面にはいくつかのアイコンがあるだけで、何も開かれていません。
 袋からUSBメモリと、未開封のワイヤレスマウスを取り出しました。そしてまずはマウスを開けて、端末をパソコンへ差し込み、正常に作動するかチェックします。どうやら問題はないようですね。
 次はUSBメモリを差し込み、そしてその中に保存していたワードを開けます。その中には原稿用紙にして二枚ほどの文章が書かれていました。
 その文章をオプションから「全てを選択」にして、コピーします。そして今度はなにも開かれていないデスクトップの壁紙の上で左クリックをして「新規作成」からワードを作りました。
 そしてその新しいワードを開けて、さきほどコピーした文章をそこに「貼り付け」ました。二秒ほどですぐに全く同じ内容の文章がそこに書かれました。
「成功」
 自殺に見せかけるためには遺書という存在が不可欠でした。しかし手書きでは筆跡鑑定ですぐにばれてしまいます。ですのでコンピュータに頼るしかありませんでした。
 自宅で遺書を作り、それをプリントアウトするという方法が一番簡単でしたが、それをすると遺書に自然な指紋が残りません。プリントアウトしない形をとるのがいいだろうと考えました。
 そこで彼のパソコンを利用することを思いついたわけですが、方法が問題でした。普通にワードで遺書を書いたとしたら、キーボードに私の痕跡が残ります。手袋をしていたとしても、そのせいで清水貴明消えてしまうことが予想されました。彼の指紋が自然に残った状態で、私の痕跡を残さず遺書を偽造する方法……思いついたのが今のでした。
 まず遺書の原文を家のネットブックで作成しておき、それをUSBメモリに保存します。そしてワイヤレスマウスを使い、それをコピーして今この場に作ったワードに原文を貼り付ける。私はパソコン本体には触れることなく、そして彼の指紋を残したまま、遺書ができあがります。
 ワードは作成した時間が残りますが、作成したのは今。死亡推定時刻も今。数分の差異はありますが、それが分かるほどはっきりとした死亡推定時刻は出せないはずです。
 最後にワードに「遺書」という名前をつけ、完了です。
 ワードは消さずに開けたままにして、手早くUSBメモリとマウスの末端を回収します。パソコンの前から離れて、今度は台所へ行き冷蔵庫の中にあったビールの缶を二つ回収します。念のため、こちらの飲み口にも青酸カリを塗っていたので。
 そして冷蔵庫の中へ小瓶にはいった残りの青酸カリを残し、扉を閉めました。
 この部屋に侵入すると時々、パソコンをつかって青酸カリを扱っているような危ないサイトを見たことがあります。警察方が青酸カリの入手経路を調べるとき、惑わしになればいいのです。もちろんそれらのサイトに正解はありませんが、彼がそういうサイトを見たという履歴が残っているだけで十分でしょう。
 さて、もうやることもないですし、時間です。これから終電に乗って帰らないといけません。急ぎましょう。
 部屋から出るときも、マンションの非常階段を下るときも誰かに見られていないか、音をたてていないかに細心の注意を払い、なんとかマンションから抜け出し駅へ向かい、何とか終電に間に合って自宅へ帰れました。
 自宅についた疲れがどっと襲ってきて、証拠品になりえるUSBメモリやビールの処理は明日にまわして眠ることにしました。
 あとは警察次第でしょう。勝つのは私でしょうか。彼らでしょうか。


 3


 宇都宮結菜が頬を膨らませてまた文句を言うと、隣にいた兄が全く反省の色を見せることなく、いやそれどころか面白そうに笑いながら、誠意のかけらもない謝罪をしてくる。
 時間は深夜の十二時前。あと数分もすれば日付が変わってしまうという時間帯に、彼女と兄は駅のホームで電車を待っていた。
 ことの発端を説明すると、兄のわがままだった。結菜が文化祭の準備で疲れて帰宅してしばらくすると、兄から連絡がはいった。兄はこの春から一人暮らしをしていて、その連絡が兄との久々の会話になったのだが、彼は思いもよらぬ要求をしてきた。
「家に使っていないDVDレコーダーがあるだろ、悪いけど持ってきてくれ」
 確かに自宅のテレビにセットしてあったDVDレコーダーは兄が出ていく少し前にブルーレイに新調して、まだ壊れていないし捨てるのももったいないからという理由で押入にしまったままになっていた。兄はそれを言っていたのだ。
 もちろん最初は拒んだ。疲れていたし、兄の家は自宅から電車を使って行かないといけなくて、結菜は電車通学でその駅からさっき帰ってきたばかりで、また戻れと言われるのは体力よりも精神面できつかった。
 その意志を伝えたのに、兄は「バイト料は出すから」と言って電話をきった。
 最初は絶対にいくもんかと思ったが、最終的に行くことにした。押入からレコーダーを取り出して、それを紙袋に詰めて兄の自宅へ向かった。
 世の兄と妹というのがどういう距離を保っているのか、またお互いにどういう感情を持っているのか、結菜はあまり知らなかったが少なくとも友達の中で自分の兄に良い印象を持っている子は少なかった。
 ただ結菜の場合は兄と年が八つも離れていて、兄というよりどこか、叔父さんみたいな存在だった。だから嫌いではなかったし、兄も幼い頃から妹をかわいがっていたので兄妹の間柄は良好だった。
 そういえば、以前このことを話したら梓先輩にうらやましがられたなと、少し前のことを思い出した。
 篠原梓という結菜にとっては一つ上の先輩。結菜が高校に入学し、テニス部に入部したときにはもう彼女は退部していて本来ならつながりを持つことはなかったのだが、出会う前から気がかりな人であった。先輩の部員たちはよく彼女の話をしていたし、何よりあの美夏先輩が見込んだ人だと聞いていたから。
 ある時、美夏と梓が話しているところへ遭遇し、そこで初めて彼女と出会い、言葉を交わした。美夏のお気に入りだと聞いていたから、きっとちょっとやそっとのことでは折れそうにない強い精神の持ち主だろうと想像していたが、初対面の梓はそんなことはみじんも感じさせなかった。
「先輩からお話は伺っています。私、篠原梓と申します。よろしくお願いしますね、結菜ちゃん」
 敬語が口調だとは噂で聞いていたが、まさか後輩の自分にまで使ってくるとは予想していなかった。
 結局そこから親交を深めていき、今では毎日昼食をとる間柄になっていた。そしてその時間こそが、結菜にとって一日の中で一番楽しい時間となり、今ではそのために学校に行ってると言っても過言ではない。
 梓も美夏も、結菜にとっては何より好きだし、尊敬できる先輩だった。梓の全てを包み込むような優しさという包容力、そしてそれとは別に持った強い精神に惹かれ、美夏の冷たいようで誰よりも後輩思いの愛情と、なんだかんだ言っても世話好きなおせっかいさに甘えていた。
 この二人は一人っ子で、結菜の兄の話には新鮮さを思えるらしい。特に梓は何か兄弟に強いあこがれでもあるようだった。もしかしてそういうのがあるから、美夏と仲良くしているのだろうかと思うくらい。
 結局、兄にレコーダーを届け、あげくの果てにその設置を手伝わされた。兄妹そろって機械音痴だったために簡単な作業にも相当時間を奪われ、気がつけば夜の十時を過ぎていた。
 兄の言っていたバイト料とは「晩ご飯に好きな物をおごってやる」というものだった。だから遠慮なく、お寿司と希望したのに兄はそれを聞いた途端に顔色をかえて、もっとほかの物にしないかと提案してきた。
 結局、そこからまたしばらくお寿司かほかのものかという攻防が続き、また結菜が折れた。結局晩ご飯は近くのファミリーレストランでとることになった。
 そして今はその帰りだった。レストランでも、そして今この駅のホームでも文句を言う妹を、兄は笑うだけだった。
 ちょっとは反省してよねと詰め寄ろうとしたとき、結菜の視界にある人物がはいってきて、予想外のことに彼女は口と動きを止めて、その人物がいる方を見て固まった。
「……先輩?」
 結菜たちの向かいのホームに一人の女性が立っていた。帽子を深々とかぶり、手提げの鞄を持っている。もちろん顔は確認できないが、結菜にはその人物がどうして梓に見えた。顔が見えたわけではないが、どうしてもそう見えた。
 兄がどうかしたかと尋ねてくるので説明しようとしたところ、向こうのホームに電車が到着し、梓と思われた人物が乗り込んでいった。さらにそこで確信を得る。確かにそっちは梓の自宅方面だった。
 こんな時間にどうしたんだろうという疑問と、どうしてあんなに隠れるようにしてたんだろうという疑心が、同時に浮かんでくる。
 それに何か……。
「結菜?」
 得体の知れない不安感が、彼女を覆っていた。


 4


 赤羽伊月は少し興奮していた。いや、少しではなかったかもしれない。とにかく彼女は興奮していたし、満足していたし、何より気分が良かった。
 あるマンションの一室、そこの電話から通報があったのは一時間と少し前。通報した女性は別のところで第一発見者を気遣った、優しい取り調べを受けている。彼女は昼過ぎにこの部屋を訪れ、いくら呼び鈴を鳴らしても出てこない部屋の主に苛立ち、鍵が開いているのを確認して部屋に入り、そして変わり果てた部屋の主を見つけた。
 パソコンの前で血を吐いて倒れた男性。顔はもう白くなっていて、唇は紫へ変色していた。さっき頬に触れてみたが、もう完全に冷たくなっていた。周辺の血の固まり具合からみて、死後半日は経っているだろうというのが赤羽の見解。
「見とれるわ。見事な毒殺よ」
 今まで毒で死んだ人間の死体は何体かみてきたが、その中でも今日の彼は最高傑作だった。苦しみもだえたあとが残っているし、唇の端から吹き出した泡がなんともいえない。
「いいわ、最高っ」
「赤羽、静かにしろ」
 感動して興奮していたら上司に諫められたので、はぁいと適当な返事をする。ちゃんと仕事はこなしているのだからいいじゃないかという反論を飲み込みながら。
 死体の周辺には砕けたワイングラスが散乱していた。ワインもこぼれたみたいだが、少し乾いてしまっている。少量でも残っていれば毒物が入っていたかどうかの検査はできるので問題はない。
 パソコンがつけっぱなしになっていて、その液晶画面にはワードが開かれていた。「遺書」と名付けられたそのファイルには、人生に疲れたやら、今まで行ってきたことに対する罪に耐えれそうにないやらと、よくある言葉が並べられている。
 どうでもいいなというのが赤羽の感想。彼女の興味対象は死体で、それの生前が何をしようが何を思うおうが、そんなことは本当に寸分の興味も生まれなかった。だからワードの検査などは後輩に押しつけて、赤羽は再びしゃがみこみ死体と対面する。
 何度か弓崎にお前は死体と向き合ってるときが一番幸せそうだと言われたことがある。あの男の観察力はなかなかだ。赤羽自身もそう思っていたのだから。
 しかし今日はそんな優秀な刑事も来ていない。もとよりお呼びでないというのが現実だ。毒で死んだ男、遺書、青酸カリが入った小瓶が残っていた冷蔵庫。
 九分九里、自殺だろう。疑いようがないし、別に疑わなくても良い。赤羽としては綺麗な死体と出会えた。それだけで昨日の退屈だった電話ボックスの捜査のうっぷんははらせた。
 室内には電源がはいったままのテレビの音と、同僚たちの作業する清音、そして上司たちの会話が入り交じっている。そろそろ死体を回収して、解剖に回すらしい。それはいけない、もう少し鑑賞しておかないと後悔してしまう。
 死ぬ前に暴れたせいで、血が手や服についていて、床にも暴れた痕跡がはっきりと残っていた。これは相当苦しかっただろうなあ、と想像を巡らしていたら、変なことに気がついた。
「はあ?」
 思わずそう声が出てしまい、同僚たちが一斉にこっちをみてきた。
「どうかしたか」
「この子がちょっとおかしいかなって……。うぅん、でも気のせいかも」
 人差し指をこめかみにあてて考えてみるが、何も浮かばない。だからすぐに考えるのはやめた。彼女はあくまで死体が興味対象で、それ以外のことはあまり考えない。だから、こういうのは自分がやるべきないということを瞬時に判断した。
 立ち上がって上司の方をみる。
「現場、しばらくこのままでお願いしますね」
 それだけ告げて部屋から出ていき、携帯電話を取り出す。そして仕事仲間で数少ないよく連絡をとる相手に電話をかける。相手はすぐに出た。
「ちょっと来てくんない?」
 電話の向こうで弓崎が舌打ちするのが聞こえた。

 結局、電話して三十分後くらいに弓崎が現場に到着した。
「自殺だって聞いてるぞ」
 どうやら事件のことは知っていて、情報もつかんでいたらしい。当然といえば当然かもしれない。この仕事人間がいくらほかの事件に追われているからとはいえ、人が死んでいたという情報を無視するわけがない。それでも現場に駆けつけなかったのは、やはり自殺という見方が高かく、そして例の事件で忙しかったからだろう。
「まあ、そうなんだけどー。ちょっと覗いてみてよ」
 彼女自身も確信があったわけではない。だからこの刑事を使ってみようと思った。現場をみて、この男が何も感じなければ自分の違和感は気のせいで済ませてしまえばいい。
 現場は上司がちゃんとそのままにしてくれていた。室内に入った弓崎は体を少し回転させながら、部屋を見渡した後、パソコンの前で転がっている死体に駆け寄った。
 そしてその場でしゃがみ込んで、その死体をじっくり眺めている。
「どう、なんかおかしい?」
 違和感がしたことは言わず、それだけ訪ねてみた。
「ああ、完璧におかしい」
 即答だった。やはりこの男も赤羽と同じことを感じたらしい。
「よね。どうして暴れた痕なんて残ってるのかしら」
 それが違和感の正体。自殺で毒を飲むまではいい。それによってグラスを割ってしまうことも当たり前だ。しかし、どうしてこんなにも苦しんだ痕が残っているのか。そこが問題だった。
 冷蔵庫には青酸カリの瓶が残っているんだ、苦しまない分量を一気にあおればもっと楽に死ねたはずなのに……。もちろんそうなれば苦しんだ痕が残らなくて、個人的には残念だったが。
「死亡推定時刻は」
「半日以上は経ってるわ、細かいことは解剖しないとわかんない」
 死体をじっくりと観察した弓崎は立ち上がってパソコンの画面をのぞき込んだ。そして遺書を小声でつぶやくように読み上げていく。
「パソコンで遺書か。偽造も可能だな」
「そうねえ、できるとは思うけど……それはどうかしら」
 もちろんその可能性は疑ってかかるが、そうなるとキーボードに指紋が残るはずだ。こんなのはすぐすむ検査。偽造の遺書かどうかはすぐに判断できるだろう。もしこれが殺人だったとしても、犯人がそんな間抜けたことをするだろうか。
 弓崎は今度、テレビの方に目を向けた。
「つけたままだったのか」
「らしいわ。第一発見者はいじってないって言ってるし」
 すると遺書の書かれたワードを最小化し、急にインターネットを開きだした。そしてすぐさまあるホームページに接続する。そこは昨日のテレビ欄が全て乗っていた。
「なるほどな」
 弓崎が何かを確信し、それを尋ねようとした瞬間に後ろから上司に声をかけられた。もう死体を回収するという。
「先生、ちなみにこれは自殺で処理するの?」
 赤羽は日頃から上司のことを先生と呼んでいた。かなり老齢の彼はそう呼ばれるにふさわしい風貌で、彼自身も別にいやがってもいなかった。死体の処理やその知識に関しては、もはや赤羽の方が上だというのが周知の認識だが、それでも赤羽は彼を先生と呼ぶ。死体をみてきた量なら、彼の方が多いからという理由で。
「そのつもりだが……また異論か」
 後半は赤羽ではなく、その横の刑事にかけられた言葉。
「状況がおかしいってだけですから、まだなんとも。けど苦しんだ痕跡があるってのは注目すべき事実ですよ」
「被害者に知識がなかっただけかもしれん」
 そう言われるとそうかもしれないと思った赤羽に対し、弓崎はそれはどうでしょうかと反論した。しばらく二人の論戦が繰り広げられたが、赤羽はそれを聞き流しながら、足下の死体に目を向けた。
 こんな証拠が不足している中、何を語っても無意味。この子を調べればすぐにわかる――それが彼女の中で答え。
 死人に口はないが、それは同時に嘘をつけないということでもある。細かく調べればきっと何か出るにきまっていて、それは死体に限ったことではなく、この現場にある全て物にいえた。口がないものを語らせる、それが自分の仕事だという認識を彼女はしていた。
 結局、死体が回収されて論争は不毛に終わった。
「あんたとしてはやっぱり自殺じゃないの」
 回収される死体を眺める弓崎に尋ねると、当然のようにああと答えが返ってきた。
「さっきテレビ欄を確認した。もし死亡推定時刻が半日以上前なら、被害者がみてたのは経済ニュースか深夜のバラエティ番組。これから自殺する人間がみるもんじゃない」
「そう。けど証拠もまだ出てないけど、どうするの」
「俺は今あっちの事件で忙しいから……というわけで、頼むよ」
 にやっと笑った彼に肩をたたかれて、ため息をつく。多分こうなるだろうとは思っていたから、不平不満を言う気にもなれない。
「焼き肉ね、叙々苑」
 当然としてそれなりの見返りを求めると、一瞬顔をひきつらせた弓先は渋々ながらうなずいた。
「そのかわり、満足のいく結果を出してくれよ」
 それが捨てぜりふになって、彼は部屋から出ていった。あっちの事件だってまだぜんぜん解決していないから、やることはたくさんあるのだろう。彼の場合は上からの命令と独自の捜査と、やることがほかの捜査員の二倍あるのだから時間がいくらあっても、身がいくつあっても足りないだろう。
 よくやるもんだと呆れてしまうが、あの男のしつこさや、執着心、洞察力というものを考えるとまさに天職なんだろう。人にはそれぞれ向き不向きというものがあるから、あれでいい。
 静かになった室内で、マスクをして作業道具を手にする。
 こっちはこっちでやらなければいけない。向き不向きというなら、赤羽の仕事はまさにここなのだから。死体がなくなってしまい、少々寂しいがそれでも残った血痕などからわかることはあるはずだ。
「さて、やりますか」
 マスク越しにそうつぶやく。あくまで叙々苑のためにだが。

 5

 沢良宜美夏は週明けの月曜日が苦手だ。
 土日で崩した生活リズムを整えなければいけないし、二日間でなくしてしまった授業への耐性を取り戻す必要もある。三年生になってから土日は勉強に時間を割いているので耐性の方は何とかなっているが、睡眠時間のバランスなどはよけいに取り戻すことが困難になっていた。
 そして今週の月曜日は特につらかった。勉強だけでなく、ほかのことまでに時間を削られたから。ほかでもなく弓崎という刑事の協力要請と、梓のことだった。
 一度は連絡しないと決めたものの、本当にそれでいいのかという自問自答を繰り返すことになった。シールが落ちていたというだけじゃないかという自分と、それこそが重要じゃないのかと訴える自分がいて、脳内は混乱をきわめた。
 そのせいで勉強の方にも集中できなくて、結局土日を無駄にし、それでいていつも以上に辛い月曜を迎えてしまったのだからひどいものだ。
 重たい頭や心を抱え下を向きながら登校していると、アスファルトしか映っていなかった視界に急に女の子の顔が現れて、らしくもなくびっくりしてしまった。
「そんなにびっくりすることないじゃないですかぁ」
 美夏に驚かれたことが心外だったようで、一年の後輩の宇都宮結菜は両手を組んで頬を膨らませた。こういう幼い動作がまだ似合っているのが、彼女の美点の一つだと美夏は思っていた。
「急に現れるんじゃないわよ、バカ娘」
「ひっどぉい。美夏先輩が下向いて歩いてたから心配したんじゃないですか」
「よけいなお世話よ」
 そう冷たく放ってやるとますます怒って、すたすたと歩く美夏の隣で声を大にして文句を言ってくる。はいはいと聞き流すと、その声がさらに大きくなる。
 梓とはまた違うタイプの後輩で、普通なら美夏が苦手とするタイプだったが結局一番多く行動をともにしている。それはやっぱり部活に対する態度が、梓と似ていたからだと思う。彼女ほどの忍耐ではないが、この性格や見た目からは想像もつかないほど我慢強い後輩だ。
 まだ性格に幼いところが残っているから叱ることも多いが、多分それもまた美夏が彼女を気にいってる要因の一つなのだろう。
「本当に大丈夫ですか。この前だってぼうっとしてたし……」
 さっきとは雰囲気を変えて、本当に心配そうに声をかけてくる。この後輩を心配させてしまうほど、様子がおかしかったんだと認識すると少し申し訳ない気持ちになった。
 右手をのばして、結菜の見事なショートヘアをぐちゃぐちゃとかき混ぜながら、頭をなでてやる。
「ちょ、ちょっと先輩」
「大丈夫よ。心配させて悪かったわね」
 なでるのをやめてやると、うぅーという泣きそうな声をあげながら、乱れた髪を直し始めた。その仕草がおかしくて笑ってしまう。そういえば、こうやって笑うのは久しぶりかもしれない。最近は梓のことでいろいろと悩みすぎていたから。
 思えばあのシールを美夏と梓にくれたのは結菜だった。もしかしたら、これは良い機会かもしれない。
「ねえ結菜、この前のシールのことだけど」
「え、あの天使のやつですか」
「そうそう。あれってさ、どこで売ってるの、店とかで見ないけど」
 この余計な不安を取り除くためにはあのシールの手に入れ方を知る必要があった。どこでも誰でも買えるのなら、美夏の中の不安は打ち消せる。そのために土日に近くの店などに行ったのだが、見あたらなかった。
「ああ、あれは非売品ですよ」
「……えっ」
「まだ発売されてませんよ。私の中学の友達のお父さんがああいうのを作る会社に勤めてるみたいで、それで私にくれたんです。試作品らしいですから、発売はまだ先の話ですよ」
 それは美夏の視界を一瞬で暗黒にしていく言葉だった。入手困難なシールがあそこに落ちていた。それはいやな想像をより増幅させるのには十分な要素だった。
「せ、先輩、どうしたんですか、顔色悪いですよ」
 息をするのさえ忘れそうになっていた。心配する目の前の後輩に、今度は大丈夫といえない。ぜんぜん、大丈夫じゃなかった。
「あんた、携帯見せて」
 混乱した頭を抱えたままそう頼むと、結菜は怪訝そうにしながらもすぐに携帯を差しだしてきた。手にとってみると、あのシールは間違いなく貼られている。
 視界が真っ暗になる。想像が一歩ずつ現実へと近づいていた。
「先輩、本当にどうしちゃったんですか。ひどい顔ですよ」
 心配する後輩の手を取って、引っ張ていく。そして人通りの少ない道へ行き、そこでポケットからあのシールを取り出した。結菜は最初、それを美夏がはがしてしまったものだと考えたらしく、新しいのをあげましょうかと暢気に尋ねてきた。
「これは落ちてたのよ」
 もはや一人で抱える問題じゃない、そう考えたから全てを結菜に打ち明けた。このシールが殺人事件現場に落ちていたこと。警察が犯人を若い女だと考えていることなど。弓崎のことだけは話さなかった。
 話を聞いた結菜は最初、そんなの偶然ですよと笑おうとしたみたいだが、すぐにそれをやめた。それは美夏の目が本気を表していたからではなく、彼女にも一つ思い当たる節があったからだ。
「何、あんたもなんか知ってるの」
 美夏が問いつめると結菜は、見間違いだと思いますけどと前を置きしてゆっくりと語っていった。
「あの……この前の金曜日の夜に梓先輩を見たんです」
「どこで?」
 結菜は梓を見たという駅の名前をいった。そしてそれを聞いて、美夏は自分の中で何かが凍り付くのを感じた。その駅の周辺で自殺した男がいるとニュースで聞いていたからだ。
「わ、私、偶然だと思ったんですけど……けど、やっぱり」
 話し終えると今度は結菜の方が混乱していた。瞳を揺らして、髪を何度も掻いている。いつもなら落ち着きなと一声かけるのに、今日はそんなこともできない。なぜなら美夏も似たような状態だったから。
 殺人事件の現場近くで拾われたシールに、自殺事件の現場近くの駅で目撃された彼女……。偶然といえないのが、何より悲劇的だ。
 もう、問いつめるしかない。色々と悩んでいたが、この選択肢を選ぶしかなくなった。ここで迷ったり、悩んだりしてる場合じゃない。勘違いなら勘違いで、笑われても良いから、いやむしろそちらを望むが、それですませたい。
「結菜」
 珍しく、いつもならバカ娘と呼ぶ後輩の目をまっすぐ見つめた。彼女は未だに瞳を揺らして、その奥に動揺を広めていた。
「今の話は、絶対に誰にも話しちゃダメよ。私と、あんたの、二人だけの胸に留めるの。分かった?」
「えっ、でも」
「私が直接聞くわ。心配しないでいいから。それに……偶然よ、決まってるじゃない」
 無理矢理作った出来損ないの笑顔で笑いかけてやると、それで完全に安心できたわけではないだろうが、結菜も笑顔をひきつらせながらも頷いた。
「そうですよね、偶然です、偶然」
 そうよと、お互いに偶然に決まってると言い続けた。
 いや、お互いに言い聞かせ続けた。



 弓崎が赤羽に呼ばれたのは月曜の昼間。さて昼食でもとろうかと思っていると、いきなり呼び出された。しかも遅れていいかと聞くと、一分でも早く来いという。あの彼女がそういうことを言うのは非常に珍しかった。
 だから急いで鑑識課の彼女の研究室へ向かった。彼女がせかすということは、恐らくこの間の清水貴明の自殺の件だろうし、彼女のことだから何かを見つけたんだろうと確信していた。
 研究室という言い方はおかしいかもしれないが、皆そう呼んでいた。鑑識課には小さいが一人一人部屋が与えられている。そこにはパソコンと、証拠品を管理する金庫などだけが置いてある簡素なものだが、刑事課の机一つしか与えられていない弓崎にとってはうらやましいことこの上なかった。
 白い扉をノックして入ると、パソコンと向き合っていた赤羽がくるっと振り向いた。いつもの鑑識の服ではなく、白衣を一つのボタンもとめずに適当に着ていた。
「おっそい。人が結構がんばったのに」
「悪いな。それで、なんかでたか」
 彼女はそういうとパソコンの前に置いてあったコピー用紙の束を渡してきた。そこには細かい字で何か書いてある。青酸カリの特徴や、毒の回り方など理系めいた知識のところは読みとばしていきながら、分かりそうな所を読んでいく。
「なんてことないわ。子供じみたトリック。というか、警察……いや鑑識をなめてるわ。調べれば調べるほど証拠がでてきた」
 彼女はそういうとパソコンに何者かがUSBを差し込んだ痕跡があることをこと細かいに説明していった。
「残念ながら、個人を特定するまではいかなかった。けど、これで他殺だってことは間違いなくなったわよ。どう、叙々苑確実?」
 弓崎の直感ではなく、鑑識課のホープである赤羽がこれだけの証拠を出せば、他殺事件になるのは確実だろう。彼女は約束を果たしてくれたわけだから、破るわけにはいかない。
「ああ、今度時間を作ってやるよ」
 そう了解すると彼女はうれしそうに口笛を鳴らして、まだあるのよと続けた。
「まだあるって、何が?」
「むしろこっちの方が重要ね。ただの偶然ってわけじゃないと思うわ。その資料の真ん中くらいに被害者のプロフィールがあるの。見てみて」
 言われたままにそうすると、顔写真のついた被害者の略歴などが書かれたプロフィールがあった。そういえば事件のことは知っていたが、被害者のことはあまり知らなかったなと弓崎が思い出した矢先、ある記述に赤いラインマーカーがひかれているのが目に入った。
 そしてその意味をすぐに理解して、驚きのあまり顔をあげる。
「出身大学……中山司と同じじゃないか」
「そう。それも入学は同年。学部は違うけど、二人が知り合いであった可能性は高いわ」
 衝撃は確かにあったが、それよりも悔しさがあった。確かに現場で二人目の被害者を見たとき、中山司と同年代かという感想は持っていた。ただ、あのくらいの男の死体は年に何度も見るので特に気にもしなかったが、こういうことだったか。
「中山、清水の両氏は同一人物に殺害された。つまり二件の殺人は連続殺人である。これが、鑑識課赤羽伊月の結論よ」
 いつもふざけた雰囲気を全て消して、珍しくまじめな声で彼女が断言した。
「……すぐに報告しよう」
「ええ。それがいいわ。けどその前に、あんたがこの二日何をしてたか教えてよ。何かつかんでないの?」
 何も掴んでないわけではなかった。この二日、ある人物について調べいた。ただそれが事件に直接関係するかどうかは、まだはっきりしてないので口に出すのをためらったが、せっかくここまでしてくれた彼女に黙っているのは不義理だと思い、素直に告白した。
「一人、怪しいと思う奴がいたから、そいつについて調べてた」
「誰よ」
「鷲見カンナ。もう十年も前に亡くなっている女だ」

 7

 夕焼けが黒い雲に囲まれて、少し不気味な空を演出しています。雲行きが怪しいので、雨が降るのかもしれません。今日は洗濯物を外に干してきたので、早めに帰った方がいいでしょう。
 文化祭の準備はちゃくちゃくと進んでいますが、今日はお休みのようです。家庭内の事情などで参加できない人が多かったので。
 げた箱へ向かうと、私のげた箱の前で背中を預けている先輩がいました。どこか遠くを見ていて、私に気がついたのも私が先輩に気づいてから数秒後でした。
「どうかしましたか」
「あんた、今日は忙しい?」
「いえ、バイトも準備もありませんので時間に余裕はあります」
「なら、一緒に帰りましょう。はなしたいことがあんの」
 何か重要なことなのでしょうか、先輩はいつもの冷めた雰囲気に加え、どこか悲愴感を漂わせていましたが、とにかく一緒に帰ることにしました。
 話したいことがあるなら、昼休みにすればよかったのではと思います。今日の昼休みは気分が悪いということで結菜ちゃんが参加していなくて、たとえ彼女に聞かれたくない会話でもする余裕はありました。けど先輩は、今日はいつも以上に無口だったはずです。
 それとも、本当に誰にも聞かれたくない話題でもあるのでしょうか。
 校門を並んで出て、しばらくは無言で歩きました。話があるといった先輩の方が黙っているので、私としてはなんと言葉をかければいいか分からず軽く困惑していると、急に先輩が足を止めた。
「今日はこっちから帰りましょう」
 そこは分かれ道で、先輩が指さしたのは人通りが少ない、普通の生徒なら避ける道でした。どっちからでも帰宅時間に少し変化があるだけで一応は帰れるので、はいと返事をして、その道から帰ることにしました。
 妙な胸騒ぎがし始めたのはこのときからです。
「先輩、話というのは何ですか」
 今まで先輩を怖いと思ったことがないと言えば嘘になります。去年なんて、部活の時の先輩は本当に怖いなと思ったことは何度もありましたが、今私が感じている恐怖は、それとはまるで違っていました。
 罠にかかった動物のような、そんな底知れぬ恐怖が私を覆っていました。
「……最近、物騒よね」
「えっ、はあ、そうですね」
 質問が無視されて先輩が急にそうつぶやいたのでうまくリアクションがとれませんでしたが、多分あの事件、中山司の話をしているのでしょう。
「先輩は現場から家が近いですからね」
 けど安心してくださいと言いたいのをなんとかこらえます。あそこでしようと決めたとき、確かに先輩の顔は頭をよぎりました。ここで事件を起こせば、先輩に精神的に何か害があるのではないかと。それを無視して結局行動したのです。
「その件もだけど、知ってる? 自殺があったのよ」
 思わず足を止めてしまいそうになったのを、何とか誤魔化しましたが、うまく言葉は出せませんでした。
「あら、知らないの?」
「い、いえ、知っています……」
 どうして先輩はさっきからそんなピンポイントに、話題を持っていくのでしょうか。ただの偶然ですよね。そうじゃないと、イヤです。
 言葉に詰まった私を見つめていた先輩が急に足を止めたので、私も止まります。
「ねえ」
 先輩が何かに躊躇った様子で言葉をかけてきたとき、もう覚悟はできていました。だから次の言葉を聞いたときも、多分私は無表情だったと思います。
「あんたが犯人なんでしょ」
 私たちの間に風が吹いて、二人の制服と髪をなびかせました。

「そんなわけ、ないじゃないですか。何をバカなこと言ってるんですか」
 認めるわけにはいきません。たとえ先輩がどういう根拠で言っているのか分からなくても、今の私には否定するという選択しかありません。それ以外をするわけにはいきません。
 余裕を繕うための笑みを浮かべる私を、先輩は冷めた視線で見つめていたが、すぐにため息をつきました。
「あんたさ、何回も言わせないでほしいんだけど」
 そういうと先輩はポケットに手を入れて、あるものを取り出しました。
「あんたは嘘が下手なのよ」
 先輩がポケットから取り出したものを、手のひらに乗せて見せつけてきたとき、笑みが凍りつきました。思わず、きっと聞こえないような声で、あっと漏らしてしまうほどの衝撃がありました。
 そこには私があの晩に落としてしまったシールが乗っていたのです。
「これ、あんたのよね。私も結菜もまだ携帯に貼ってるもの。あんた、携帯見せてみなさいよ」
 どうして、という疑問よりも、どうしようという動揺の方が圧倒的に大きく、何をどうしていいか、どう言っていいか、全く、ちっとも、一つも、分かりませんでした。
 見せられるはずもないしょう。だってそこにはシールがないんですから。そんなこと、私が一番知っているんですから。
「どうしたの」
「……落としました。どこでかは知りませんけど。それにそんなシールどこにでもありますよ。きっと偶然です」
「ああ、これ非売品らしいわ。結菜が教えてくれたの」
 稲妻のような衝撃が頭を貫いていきます。
「……なら、たまたま同じのを持ってた人が落としたんじゃないですか」
「ふぅーん」
 こんな嘘で何かをごまかせるはずないのは、分かっていますがこうするほかないのです。
 いつの間にか鼓動が驚くほど激しくなっていました。
「ねえ、梓」
 どうして、どうしてそんなにゆっくり喋るんですかと苛立ちを覚えました。いつもならもっと早く喋るのに、まるでこちらの反応を楽しむかのように。
「……何ですか」
「私さ、どこで拾ったかなんて言ってないわよ」
「――っ!」
 先輩はそこで嫌らしい笑みを浮かべましたが、一瞬、その瞳の奥に涙が見えた気がしました。
「あんたは一体、何を焦ってるのよ」
「焦っていません……」
「はい、また嘘ついた」
「焦っていませんって言ってるじゃないですかっ!」
 両方の拳を握りしめて、思わずそう怒鳴ってしまいました。この緊張感に耐えられなかったんです。
「……初めてかも。こんな長いつきあいなのに、あんたが怒鳴るの見るの」
 きっと初めてだと思います。私だって、今みたいに大声を出したのは久々でしたし、それが先輩となると初めてで当然です。
「す、すいません」
「別にいいわよ。それより、携帯は?」
 やはり逃がしてくれません。今、必死で頭の中でこの状況から逃れる手段を考えていますが、何一つとして思いつきません。だって、目の前に物証があるんです、どうにかできるはずもありません。
 いや、でも――。
「…………」
 いつまでたっても喋らない私に、先輩が追い打ちをかけてきます。
「この前の金曜、あんたあの駅にいたでしょ」
 先輩は最後にその駅名を言いました。それは間違いなく、私が清水貴明を殺した後に使った駅。どこでかは分かりませんが、先輩はきっとどこかで目撃していたんでしょう。
 最悪です。どうして。どうしてどうして……よりにもよって先輩に。
「答えなさいよ、梓」
 何をですか。私は二人殺したんですと、告白しろというんですか。バカ言わないでください。できるはずないじゃないですか。そんなことしないために、ずっと準備してきて、今だって必死に気持ちを抑えてるのに。
「……知りません。シールも、駅も、私は知りません。そんなの全然、知りません」
 そう否定するのが精一杯で、その後も私は知りませんと壊れたみたいにつぶやき続けましたが、そこから生まれたのは先輩の冷たい視線だけで、あとは私のむなしさくらいでしょうか。
「あ、そう」
 シールをポケットにしまうと、先輩は私に背を向けて歩き出しました。
「私、警察に言うからね。あんたが関係ないっていうなら、困らないでしょ」
「ま、待ってください。私は本当に何も」
「また嘘」
 もう私の声をなど聞きたくないというように先輩は早足で進んでいきます。その背中を見ながら、私は混乱する頭で、必死に思考を巡らせます。この状況を打破する方法がないものかと。
「は、話ますから! 全部、全部話ますから!」
 そう叫ぶと先輩は足を止めて、首だけで振り返りました。
「全部? 嘘、偽りなく?」
 こくんと頷いて、震える唇を何とか動かします。
「ただ、ここでは無理です。……私の家に行きましょう。そこで全部お話します」
 先輩は少し迷った後、いいわと返事をしてくらました。ようやく、この道にはいってからようやく、私の心に少しの余裕が生まれましたが、すぐにそれは消えました。
 これしかない――。そう思って、鞄の取っ手をぎゅっと強く握りました。

 家につくまでの間、当たり前ですが私たちは一言も言葉を交わしませんでした。私は何かを話すほどの心の余裕はありませんでしたし、先輩もたぶんそうだったんじゃないかと思います。
 アパートに入るとき、誰にも見られていないかを先輩に気づかれない程度に注意深く確認して、先輩を部屋に入れました。
 玄関で二人そろって靴を脱いだ後、自然に先輩の後ろを歩くようにいて、リビングの方を案内していき、私は爆発しそうな心臓を抱えながら、そっと鞄の中へと手を入れていきました。そして、それを掴み、手を震えさせながらそれを取り出していきます。
「それで、話ってのはどんな――」
 先輩が振り返って言葉を発したところで、私は取り出したスタンガンの電源を入れて、一気に先輩に突進しました。バチッという激しい音が鳴って、耳元で先輩の小さな悲鳴が聞こえたのは、ほんの一瞬。すぐに目の前で先輩が倒れていきました。
「……なし」
 倒れた先輩に見つめながら、自然と言葉を漏らしていました。
「……口なし」
 膝をついて、倒れた先輩の頬をなでます。まだ温かい、その頬を。
「死人に……口なし」
2011-06-19 03:18:36公開 / 作者:コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
2011/06/19 一部改稿。
この作品に対する感想 - 昇順
 読みました。
 私はサスペンスは読んだことがなく、ミステリ物も探偵系しか読んだことがないので、適当なアドバイスはできません。なので、コーヒーCUPさんのこの作品は素直に楽しむだけで読もうと思います。まあ思うことがあれば書きますがね。

 犯人が主人公と言うのは良いですね。〜なんです。なんていきなり「ああなんか入りつれえなあ」と思ってしましたが、さすがはコーヒーCUPさんだ。その後は物語に入り込みいつの間にか読み終わっていました。早く続きが読みたいなと思いました。

 指摘やアドバイス等々は他のサスペンス好きの方やコーヒーCUPさんの作品を読み慣れている方に任せて、私はこの辺で。
 次回更新、楽しみにしております。では〜。
2011-04-03 00:18:44【☆☆☆☆☆】勿桍筑ィ
作品を読ませていただきました。
今までとは視点を変えて書くのはいいですね。たとえ小さな犯罪でも犯人の心は色々動くでしょうから、読者は主人公に同期しやすくなると思います。
ただ、この語り口のせいか、まだ始まったばかりで動きが弱いせいか、登場人物が非情に薄っぺらく感じられました。でも、主人公が対人関係を重視していないタイプならこれでもいいかな。ある意味、他者の存在感が希薄さが上手くでていた。
では、次回更新を期待しています。
2011-04-04 07:46:20【☆☆☆☆☆】甘木
お。カフェオレの新作だ。という訳で無論拝見。
しかし――、とりあえずまずは率直な感想から。作者がカフェオレさんだからこそ、安心して続きを促して見れるのだけれども、これが初見の作者さんなら続きに対して過度な期待どころか、「面白くなる要素」も見出せなかっただろうなぁ、と。過去に面白い作品を作っている作者だからこそ、安心して無条件で読み進めてしまう。時間がないということを差し引いても、これはここに慣れた自分の悪い所か。でも仕方あるまいて、前の作品を読んでいる分、期待はしたくなるし読むなら面白いもん読みたい。だから、びっくりするくらい続きを期待しています。
さて、上で言っていることに連結するのだけれども、前回と違って、今回は登場人物などに上手くのめり込めていないのが本音。この語り口調の敬語にどうにも馴染めないのが原因だと思われる。ちょっと苦手である。でもきっと、それは前半で拭ってくれるであろう。馴染めれば何とかなるはず。
これは個人的な意見だけれども、カフェオレさんの物語は基本的に序盤はスローペースで進んで、中盤から一気に盛り返して来ると思ってる。サスペンスモノや推理モノがどんなのか他を知らないからあれだけど、こういう物語はそういうもんなのかもしれんね。
ところで「追い詰められる側」と考えて真っ先に思い浮かぶのが「古畑」なんだけど。あれに近いものになんのかな。でも明確な探偵がいないし、「追い詰める側」が警察である以上、それとは毛並みが違うのかな。
どちらにせよ、続きを大いに期待していることには変わりないので、次回更新をお待ちしております。だからとっとと三日四日更新にしろよ。
2011-04-04 12:13:45【☆☆☆☆☆】神夜
作者の意欲が感じられる作品ですね。
語り口調は私はそれほど違和感がありませんでしたが、現代高校生にしてはやや空想的人物に思えるので、たとえば親や恩人がそのような口調だとかの説明が初めにあると入りやすいかも知れません。
天使のような主人公がどのように復讐を遂げていくのか、やや呑気でお人よしっぽい被害者(?)候補が一体どんな悪さをしたのか、静かながら期待が持てる序盤だったと思います。
ちなみに私が2ptをつける基準はお金を出してもいいかどうか、です。普段からプロの作品でも図書館で済ませてしまう人なので、上手いだけではなく個人的偏見的な好みで加点しています。なので目標にしてもあまり意味がないかも知れませんよ〜。
2011-04-05 16:33:17【☆☆☆☆☆】玉里千尋
勿桍筑ィ様
 サスペンスとジャンル別けしていますが、自分は広義の意味ではミステリだと思っています。それはこの作品に限ったことではなく、サスペンスというジャンルそのものが、広義的にはミステリに属すると。
 ですからどんなものでもいいので感想を書いて下さいな。別に読み慣れた人間だけが書いて良いのが感想ではありません。思ったことを書いてくれさえすれば、それだけ十分です。
 犯人が主人公というのは書いていても楽しいです。今までずっと探偵ばかり書いていましたから、新鮮さが半端ではありません。この楽しさを独りよがりにしないように精進しますね。
 では、読んでいただきありがとうございました。

甘木様
 今までずっと同じのを書きすぎたんですよね、それを前作で完全に使い切った感じがするんです。ですからやりたかった犯人視点に初挑戦ってなもので。
 どうもこの主人公の一人称に関してはまだ書いてる自分自身も慣れていません。いや、けどこれからなるべく読みやすいようにはしていきます。敬語キャラは二回目で、一回目はそれほど指摘を受けなかったので、あの時の感覚を取り戻せればなんとかなるんじゃないかと楽観視しています。できなきゃ、ちょっと書き方そのものを変えようかなあと。
 登場人物達が薄っぺらいのは困ったものです。できれば沢良宜にはそれなりの存在感を出して欲しいキャラクターなので、これからどんどんキャラを押していこうかと思います。
 では、読んでいただきありがとうございました。

神夜様
 さきに言っておくけど、ローディの感想はちょっと待って。幻さん書くの早いよ。 
 結構な指摘ですね、確かに何か期待させるものを入れれなかった。反省したので今回の更新ではちょっとサスペンスな感じを出してみたが、どうだったでしょうか? 
 全くその通りで、自分の作品ってかなりスローペースで進む。別にミステリやサスペンスってジャンルがそういうものってわけじゃない。しょっぱなから盛り上げてくる作品だってわんさかある。ただ自分は事件は「非日常」だと思っていて、できればこれをできるかぎり「非日常」として過激に表現したいから、最初は日常を書きまくろうとする。悪癖なんだろうなぁ。確かにこれじゃ最初は面白くない。
 敬語の口調について慣れてくるまで、感覚を取り戻すまで待ってほしかったり。
 「古畑」か……別にそれで構わないと思うけど、あまりそればっかり期待されても困るから、なんとも言えない。スコットスミスの『シンプル・プラン』が近いんじゃないかと。知らなかったらぐぐって、あらすじだけ読んで欲しい。自分も読んだわけじゃなく、あらすじの感じが似てると思う。「古畑」って一応、用語的には倒叙ミステリっていう。それも取り入れるけど、それっばかりじゃない。それだけは覚えておいてほしかったり。
 では、読んでいただきありがとうございました。カフェオレではないけどね。

玉里千尋様
 きっと色々とお忙しいのによんでいただきありがとうございます。
 意欲、というか単純に楽しんでるんだと思います。前作の犯人視点を書いてるときからずっと、ああ犯人側の物語が書きたいって思っていましたから。それに本当に犯人側に挑戦するのは初めてで、勝手に興奮してるだけかも。
 さてこの主人公が本当に天使のようなのか、そして被害者候補さんが本当にお人好しなのか、そのへんはもっと進んでいかないとなんとも言えませんね。
 梓の敬語口調は理由は考えていますが、やっぱり書いた方がいいですかね。自分としてはこう書いた方が単純に「悪人っぽくないだろう」という思惑だけで彼女の口調を設定してしまったもので。理由……考えてはいますよ、ただ書くか書くまいか迷ってるだけです。
 お金を払ってもいいかどうか……さすが大人、かなりリアルな判定基準ですな。いやでも負けませんよ。ようはお金を払ってもいいといわれほどの作品を書けばいい。作家希望としては、乗り越えねばならぬ壁です。
 では、読んでいただきありがとうございました。
2011-04-09 03:34:18【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
どうも、鋏屋でございます。御作を読ませて頂きました。
前回更新分と合わせて一気読みです。もっと溜めてから読んだ方が面白かったのかもしれませんが、読んでしまったのでまた悶々とさせられる日々が続きそうです。
キャラの特徴付けが本当に上手くなったですよね。以前の作品では印象の薄いキャラ多かった気がしますが、最近の作品ではその辺りが払拭されている気がします。柊の独特の語り口調がとても印象的で、彼女の性格が台詞だけである程度想像できてしまいます。三人娘の掛け合いの場面でもハッキリと違いがわかるので、混乱せずに安心して物語に浸ることが出来ました。
少し気になったのが刑事の弓崎のキャラ。上に挙げた三人に比べ若干印象が薄い感じがしたように思います。これはたぶん人称の違いによるものなんじゃないかと思いました。一人称に比べ、三人称はキャラの内面を客観的に表現しなくてはならず、結果的に冷めた印象を読み手に与える気がするのです。ですから一人称と三人称が混在するお話は、三人称パートを受け持つキャラが一人称よりも濃いキャラの方がバランスが取れるんじゃないかなぁって思いました。これは私も勉強になった感がありますがねw 弓崎に何か特徴的で印象に残るような『癖』を持たせたらいかがでしょう? まあ、姑息な手法ですし、お節介ですねw
物語はまだ始まったばかりですが、かみよる兄ぃの言うとおり、前作ファンの私としては期待せずにはいられません。続きが気になって仕方がないですw
次回更新も期待してお待ちしております。
鋏屋でした。
2011-04-09 09:38:05【☆☆☆☆☆】鋏屋
うーん、弓崎みたいな刑事って本当にいるのかなあ。いえ、小説なんだからいたっていいのですが、始末書だらけだけど実力は凄いって、フィクション上では逆にステレオタイプに思えてしまう。別に弓崎さんを無理に好きになる必要はないのでしょうけど。
梓の電話のシーンではドキドキ感が伝わってきました。次回、どんな取引になるのか楽しみにしています。
2011-04-10 08:52:07【☆☆☆☆☆】玉里千尋
最近爆発したい幻です。
別に自分の作品は読んでも読まなくてもどっちでも構わんよ。本音を言えば、「自分の作品を読まないことで更新が一日でも早まるのであれば読む前にとっとと書け」って言うし、「別に読んでも読まなくてもどっちでも更新日時に変化はないよ」と言うのであればとっとと読むんだカフェオレめ、となる。つまり――、無理して読む必要など一切ないという訳さね。
さてはて。続きを読んだ。――判ったぞ。前作で綺麗に引き込まれた原因としては、蓮みんに対するいい味のキャラ付けがすんなり入ってきて、独特の雰囲気が良かったからだ。今回は未だにそれが感じられないため、感情移入云々の前に、「ただシナリオを見ている」感覚しかないんだ。
サスペンス色が僅かに入ったけれども、これだけではまだ前回同様の引き込み感は足りない。ただ、やはりカフェオレだから過度な期待はしてしまうのだよ。今の「ぼーっとシナリオを見ている感覚」から、中盤あたりに一気に開眼して、「気づけばシナリオに身を埋めていた」になると思ってる。例えが判り難いか。正直な話、よっぽど上手く作り込んでないと、この敬語口調の語りにはたぶん馴染めない。が、馴染めないなら馴染めないでいいと考える。自分のこの「視線」は変わらないけど、気づけばいつの間にか「立ち位置」が変わっていた。こうなってくれることを期待しよう。
うん。自分でも書いてて何が言いたいのかわからん。簡潔にまとめると、「とりあえず三日四日で更新しろよー」とだらけ切ってる幻を、「おい糞カフェオレ最悪三日で更新しろ!!」と怒鳴らせるようになるまで楽しませてくれ、とそういう訳だな。カフェオレさんの言う明確な「非日常」が現れない限り、ストーリーに関しては未だに自分の中では準備中だから正直何も言えないんだ。
ところでスコットスミスの『シンプル・プラン』調べた。なるほど。ちょっとイメージ沸いたかもしれん。このあらすじだけを見ると面白そうだから、つまりもっと過度に期待しろってことだな。期待しておくぜよ。
では次回更新、楽しみにお待ちしております。
2011-04-11 19:16:45【☆☆☆☆☆】神夜
鋏屋様
 この梓の評価の評価の割れっぷりは作者としてどう受け止めたらいんでしょうね。けど評価が割れてるのは自分の中でもですからいいです。書いてて楽しいやつではありますが、この口調が扱いづらいったらありゃしない。
 鋏屋さんの意見を聞き、現在弓崎も一人称で書こうかなと検討しています。彼はこの物語ではかなり重要な役割を担っていますし、ここで「存在感うすくね?」という事態は非常にまずい。おいがんばれよって話です。ですからなんとか彼を目立たせるようにしないといけません。癖という案も検討してみます。
 なんか前作のせいでこの作品にまでえらい期待が……。そういえば鋏屋さん、前作の最終更新読んでくださいました? 別に読まなくていいのですが、気になっていまして。
 では、感想ありがとうございました。よければ次回も読んで下さい。

玉里千尋様
 ステレオタイプに見えたならそれはそれでいいのです。それを目指しましたから。ただそれによって「こいつ面白くない」ということになったら、やばい。ステレオタイプにはステレオタイプのおもしろさがあって、こいつは刑事ですからそれを出して欲しいのです。ちょっと色々やってみますので、見捨てないでやってくださいね。
 梓どう考えても緊張しすぎなんですよね、あれ。まあいいか。
 では、感想ありがとうございました。よければ次回も読んで下さい。

神夜様
 どうしよう、幻さんの作品読んでもないし、登竜門の作品ほとんど読んでないのにどういうわけか更新が予定より三日遅れた。ごめんよ。けどこれは自分のせいじゃない。劣悪な労働環境と、小説に集中させてくれん大学のせいだ。
 あのさ、言っていいですか。ほんと、あんま自分に期待せんで……。なんか幻さんとか鋏屋さんの感想読んでたら、本当プレッシャーで死にそうになる。どれくらい自分が追い詰められてると思います? 前作書かなきゃよかったって思うほどだよ。まずいっす。自分でもここまで追い詰められるとは思わなかった。蓮見が憎い。あのアマ、とんでもない置き土産を……。
 弱音はここまでにときます。多分、幻さんなら「がたがた言わず書けカフェオレおら」って言ってると思うから。カフェオレじゃないんだけどね。何回も言うけど。
 三日更新は無理! 枚数が半減していいならできるが、それすっごい中途半端になる。てかロンドの作品書くからまた次回から遅れるかもだ(笑)。いやほんとまじにすいません。
 だから過度の期待はやめて。幻さんのサンライトみたいになるよ。あるいは自分がしばらく姿をくらますかも。
 では、感想ありがとうございました。よければ次回も読んで下さい。
2011-04-18 02:48:12【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
 ども、お久しぶりです。rathiです。
 三話目まで読ませて頂きました。中途半端な感想になりそうで申し訳ないですが。

 さておき、文章は綺麗なのですが、こう……スルスルっと頭に飛び込んでくるような感じではなかったです。まぁこの辺は好みですが。
 正直、いつになったら物語が始まるんだろう? と思いました。なんて言うんでしょ
う? いまいち椅子がしっくり来ないっていうか、自分がどういう気持ちでこれを読んでいったら良いのか、そのスタンスが定まらないっていうか……。
 有名になりやすいクラシックのように、最初にドンッとアピールした方がこの静寂間が生かされるような気がします。

 辛口で申し訳ない。

 ではでは〜
2011-04-18 12:43:28【☆☆☆☆☆】rathi
どうも、鋏屋です。続きを読ませて頂きました。
今回メインとなった取引のシーン。私は悪くないと思いました。キャラの性格が良く出ている気がします。が、しかし盛り上がりには欠けるシーンですよね。今回までの更新分だけを読むと、前回までの投稿分の密度というか、雰囲気が冷めた感じになっている気がします。でもこれは連載形式では仕方がない事だと思うんです。盛り上がる部分とそうでない部分は必ず出来てしまう物だもの。どうしても温度差はでてしまう。
私はこういう部分が苦手でねぇ…… 前にaki殿にもコメを貰ったことがあるんですよ。全部同じテンションで書かれているって。私の場合「週刊漫画雑誌の連載漫画」になってしまうんですよね。でもね、こういう部分でも手を抜かずに書くことが大事なんだなぁって思いましたw
ただ、ナンセンスだと自分でもわかっているんですが、どうしても前作と比べてしまいます。ごめんなさいね。
前作は主人公である蓮見のその強烈な個性によって物語を引っ張ってくれたので、出だしから読み手を引き込む力が有ったように思います。ですが今回の主人公はぶっちゃけ『地味』ですよねw ただこの地味さを崩すのはたぶん無理だと思う。物語が違う方向に行っちゃうから。だから後はお話か他のキャラで引っ張るかなんですが、まだ物語が始まったばかりなのでその辺りは今後に期待って所でしょうか(うわ、偉そう!) まあ、エンジンが掛かるのが、いつももう少ししてからってわかってますからw ハードルが上がってしまうのは無理ないですよ〜www 私はそれほど前作が好きなんですよんw
では、次回も期待して待っております。
鋏屋でした
2011-04-19 18:14:28【☆☆☆☆☆】鋏屋
本編とは関係のないことなんだけど、ちょっとだけ言おう。
前作の評価が良いと、次作のプレッシャーって凄いよね。自分も過去、【春に咲く】と【セロヴァイト】で恐ろしいまでの評価貰った。知っての通り。幻の所以だ。ああ。もちろん自慢だ。気にするな。で、やっぱりその後のプレッシャー半端なかったぞ。期待に添えなければ、それ以上のもん出さなければ、って本気で悶々としてた。ケツの青かった神夜には凄いプレッシャーだったなぁ。いろいろ試行錯誤して爆死してたけど。つまり何が言いたいのかって言うと、自分も味わったことがあるから大丈夫だ。何とかなる。だから自分は、一切追撃の手を弛めないぜ!!新旧2システムにて過去最高得点ホルダーの言葉は重かろう!!ふははは!!ネットで作品見せてるんだぞ、高々二匹程度の吼え声に押し潰されてたら話にならんぞ!!いつからカフェオレはそんなチキンハートになったんだ!!そんな弱音吐く奴は鋏屋さんの恐ろしいまでの粘着の魔の手で潰してやんぜ!!うひひひ!!それに大学なんて言い訳してんじゃねえ!!こちとら仕事ほっぽり出してんだぞバッキャロー!!
さて。しかしなんで本当にサスペンスやら推理やら書く人間は400枚500枚普通にいってしまうん?そんな呪いにでも掛かってしまってるん? 序盤からこのスローペースでよくここまで書けるもんだ。個人的にこれより後数段階は上の盛り上がり箇所がないと、途中で失速してくたばってしまいそうな進行である。貶している訳ではない。逆に関心している。読者の立場としても、まだギリギリでこの物語を支えられている感じ。ただ、これがもうしばらく続くと脱落してしまうかもしれない。早くこちらの手を引っ張って一気に佳境へとぶっこんでくれ。
もちろん、物語の展開上、やりようは幾らでもあったのだと思います。でも、それでもカフェオレさんがこの方法を選んだということはつまり、それがベターであると判断したからであろう。なら読者として、カフェオレファンとして、それを信じて最後まで読むさね。
期待通り、前作同様に最高に楽しませてくれたら、肩を叩きながら「流石だカフェオレ……お前は神夜と違う器なんだな……」って感動するし、そうならなかったら、満面の笑みで「同じ穴のムジナだな!!」って叫んで両手広げてやんよ。ただ、一つだけ言えるのは、どっちになったとしても、結局は楽しんでいることに変わりない。神夜も、きっと鋏屋さんも、この物語を非常に楽しみにしているということと、例えプレッシャーに負けて逃げても、カフェオレの次回作を心から楽しみにしているということ。頑張ってくれたまえ。どうだ。さらにプレッシャーになっただろふへへざまあみろ。
では、次回更新をまた、楽しみにお待ちしております。
2011-04-21 16:46:39【☆☆☆☆☆】神夜
自分がバカ長編を書いているせいか私は別に盛り上がりの欠如というのはそれほど感じていません。静かな中にも緊張感があると思います。
ははあ、「罪と罰」なんてすごい名作を出してきましたね。分かりました、コーヒーCUP様は大文豪の向こうを張ってこの作品で犯罪者心理を追求しようというお試みですね。それではお手並みとくと拝見しましょう。
――え? プレッシャー? うん、だってかけてるもん(笑)。
2011-04-23 07:52:55【☆☆☆☆☆】玉里千尋
raith様
 お久しぶりです。三話までというと、梓が電話してネットで取引内容を確認する場面でしょうか? 数字で区切っているものの、作者としてはあれは話数ではないと認識していますので(じゃああれはなんですかと訊かれれば、明確な回答はないです)
 やっぱり動きがないですわな。動きがないうえキャラが全体的に薄いし、おっしゃる通り主人公の口調が読みにくくして、なんかもう三重苦。けど二章から動きはいれました、あれでどうなるか……。
 最初のアピールですか。プロローグになんかショッキングな描写でも入れるべきだったのかもしれませんね。それこそ、殺人シーンとか。
 辛口でも構いませんよ、それ目当てです。では、読んでいただいてありがとうございました。

鋏屋様
 なんだろう、ああそうだ、死のう! というのが今の自分の気分です。もうなにやったって蓮見が影を落としてくる。あの野郎、あの事故で殺しとけばよかった。ちくしょうめ。産みの親である自分をここまで苦しめて、あの女は何がしたいんだ。
 以上、前作の主人公に対する嘘偽りない感想でした。
 取引の部分、やっぱりもっとなんか仕掛けたかったなあと今になって思ってます。というか敬語口調がこればかりは邪魔だった。これはもう完全に「設定ミス」なのかもしれないと、今更ながらびくびくしてますが、やっちまった以上やりぬくしかないので、いけるとこまでいきます。
 雰囲気、あるいはテンション、というものは自分の場合は後半になったらつけられるんですが……。前作の場合はキャラもありましたが、ちょっとした推理合戦みたいなのもいれて、それでテンションの上がり下がりはコントロールしてましたが、今回はもう確実に中盤まではこのテンションじゃないかと。
 盛り上がらないことこの上ない。けど後半になれば、ちょっとその分一気にはっちゃけられる……はず。
 では、感想ありがとうございました。

神夜様
 あのな、自分はチキンハートなんだよ、わかりますか。そもそもあの作品があんなにうけるとは思ってなかった。なのでこの作品にあの作品の期待をかけられても、もう自分としては「おk分かった死ぬよ」というようなもんだ。そうだよ、幻さんが言うからいけないんだ。あんたは言うとおりここの最高ホルダーなんだ、それを顧客にしてる自分の身にもなれ。実を言うと毎度毎度死にそうなんだぞ、わかるか。だからこれ以上プレッシャーかけるな。本当に死ぬぞ。いいのか。いいだな。はは、ただでは死んでやらんよ。確実にあんたの大事なコレクションを奪い取る。
 はい以上です。
 サスペンスやミステリってジャンルがスローペースなんじゃなく、自分がそうなんだよ。どういうわけか、毎度言われるし、自覚してる。なのに治せない。いつもプロットたてると、どうしてか序盤は静かなんだ、もちろん物語なんだから緩急はつけるんだけど、それは中盤以降になってる。単純な悪癖。
 どのみち最期までよんでくれるのならありがたいかぎり。けどどうなっても自分は責任を持たん。苦情を言うだけ言うがいい、へこむだけだ。
 けど二章からはちゃんと動くよ、頑張るよ。 
 感想、ありがとうございました。

玉里千尋様
 どうやったら長い物語の中にも緩急や、読者を飽きさせない魅力というものが出せるんでしょうか? もう自分には何も分からなくなってきましたよ。「いや、うっさいから書け」って言います? 分かりました。
 いやあのね、自分プレッシャーにはマジ弱いんで、本当に勘弁してもらえますか。言っちゃわるいですがそんじょそこらの乙女よりガラスのハートなんです。取り扱い説明書を今度送りますから、ちゃんと読んでください。
 てか登竜門、サドの人多い。もうやだ帰る(嘘です、いさせてください)
 感想、ありがとうございました。
2011-04-25 04:09:43【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
自分の予想以上の評価貰って戸惑うのってあるよね。一体何が引き金になったのか、正直よくわからん時ってあるよね。ただそういう時って、人様の誉めの感想が原動力になるのが幻だから、より良い展開や作品になって、まさに理想のスパイラルになるんだよね。前作に関してはそれに近いもんがあったんじゃなかろうか。だから今回も中盤以降、心より楽しめるようにしてくれ。前作のようにネチネチ突くくせにしっかりポイント入れさせるようにしてくれ。それまではしっかり振り落とされないようにカフェオーレさんのこの物語にしがみついていくよ。
ところで、梓の「犯人」としての未熟さはさて置きとしても、前半部分、ちょうど殺されるシーンに関しては面白かった。下手をすれば手が滑ってポイントを入れそうになってしまったけれども、梓の語り口調に現実に引っ張り戻され、加えて「おいこれで本当にいいのか犯人」って思ったからやめた。三人称視点から一気に一人称視点、それも独特な語り口調になるこの落差に、落っことされないようにするしかあるまい。
動きに関しては有だと思う。ただこの言い表し難い「もどかしさ」だけどうにかならんかなぁ、と思いながらも、やはり次回更新をお待ちしております。ところで最近コレクションの置き場所に本当に困ってきた。どうしよう。まだフィギュア四つくらい追加予定なんだけど。これ道連れにするならそれ相応の覚悟して来いよ。簡単に死ねると思うなよ。
2011-04-27 17:04:24【☆☆☆☆☆】神夜
怖い、梓が怖いよ〜。人を殺す時の内心まで丁寧口調っていうのは相当な異常ですよ。そして自分が正しいことをしているのだという独善は狂信的でもある。天誅を下しているって感覚かな。そう、月にかわってお仕置きよ!……いや違う違う。
ともかくこれからは追うもの追われるもの両方のデッドヒートが期待できますね。
うーん、でもやっぱり私としては弓崎よりも赤羽に大注目ですね。「これは昨日の夜中にこの子から聞いたんだけど」とか言って重要ヒントを発見したりとか。赤羽先生に3000点!
2011-04-29 08:59:31【☆☆☆☆☆】玉里千尋
神夜様
 なんだよ、その便利な精神構造。羨ましいとかそんな言葉じゃ足りない。どうして自分は今にも死にそうなんだろうか、いっそ梓、自分を殺してくれまいか。過度は期待は自分を殺す、絶対。
 素直な話し、この話し、中盤でも一応盛り上がりは見せるんですが、一番盛り上がるのは多分終盤の終盤。自分が一番勝負をかけるは、これからずいぶん先の話になりますね。なるべく急いでそこに向かうようにはしてます。
 やっぱり梓の人称が色んなものを妨害してるんだなあ。こいつもはなから三人称にすればよかった……。今から書き直すか……いや無理。この設定はちょっと譲れない、それこそ終盤のためにも。
 幻さんのフィギュアが何個増えようが知ったことではない! 壊されたくなかったら期待をかけぬことだ、分かったこのやろうめ。
 では、感想ありがとうございました。

玉里千尋様
 長いこと登竜門にいますが、怖いという感想をもらったのは初めてで新鮮な気持ちです。確かに梓は異常ですね。けどまあ、実をいうともう憎悪のせいで精神崩壊寸前の少女ですから、怖いくらいでいいんじゃないかと。これからどんどん崩壊していって、もっと怖くなればいいのに。
 赤羽の方がやっぱり存在感を出しましたね……。うわあ、そうしよう、あんまり登場シーン多くないのに……ちょっとプロットいじらないといけませんね、彼女のために。しかし思いつきで書いたのに、なんであないなことになってしもたんか……。
 では、感想ありがとうございました。
 
2011-05-05 13:28:06【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
つまりそれが、「考えて小説を書く人間」と「考えず小説を書く人間」の違いなのであろう。周りの環境とモチベーションで、当初考えていたラストを大幅に変更してまで突っ走ってしまえるんだ。これが自分の強みであり弱みであるとは自覚してるけれども、そんなもんであろう。だから自分の物語は「中身」がありそうでないんだ。その点、カフェオレは最後までプロット作ってるから「中身」がある。だからこそ、カフェオレが「終盤の終盤、かましてやっから期待しとけよッ!!」と大見得切った手前、読者としては「さすがカフェオレやで!!」と言う以外になく、過度もいいところの期待をする訳です、はい。
さて。ちょっと自分の考える方向性とは違って来た。今回の前半部分のシールの件がどのような方向に進むのか、読めなくなってきたから期待期待。相変わらず切替に振り落とされそうにはなるけれども、なんとか頑張ってるぜよ。だからとっととお前は更新しろよ。なんだよ今回感覚2週間て。しかし更新されてもGW中は読めなかっただろうからよかったけど、なんて言うと思うなよ、早く更新しろ。
2011-05-06 13:27:09【☆☆☆☆☆】神夜
確かに梓は書きにくそうだなあ。いやでもこれがどんどん書き手も読み手ものめりこむようになっていくのを期待します。
私としては弓崎がどうにも胡散臭さがとれないですね。まあそれが彼の持ち味なのでしょうが。
ところで「絶望にくれる」という言い方もあるのかな。いえ全部が全部国語辞典どおりの用法をしなくてもいいとは思うのですが、ちょっと違和感があったのでご報告まで。
輪舞曲は私もきつかったですよ。書いていて面白かったけど終わったらガックリと脱力感が。
コーヒー様のはやっぱりミステリなのかなあ。そちらも楽しみにしてますね!
2011-05-09 17:49:27【☆☆☆☆☆】玉里千尋
神夜様
 自分の小説って「中身」あります? 『"CUBE"』にしたって『女王』にしたって、謎は詰め込んだつもりですが「中身」があったかと聞かれれば作者としては非常に答えづらいのだけど。
 考えずに書けるなんてさすがは幻 なんて異名を手にするだけのことはある。自分には絶対に無理だ。物語の進行をキーボードと己のテンションだけにゆだねるというのか? 自爆テロ同然だと思うが、それで人気を博したのだから幻さん、ぱない。
 ちなみに自分は「盛り上がるなら終盤」と言っただけで、見栄などはっていないぞ! 何を勘違いしている。
 二週間で文句言われたらたまらんよ、こっちだって必死だ。学生だってやることはあるんだぜ社会人よ、思い出せ。まあなるだけ週一は目指すから怒らんで。
 では、感想ありがとうございました。

玉里千尋様
 梓の書きにくさは尋常ではないですね。ハスミンなんて一時間あれば原稿用紙五枚はかけてましたが、こいつの場合は半分程度です。まず作者が全く乗り切れていない。どうしよう、ある意味暴れ馬みたいに思えてきた、梓が。しかし産み落とした責任は果たしてみせる。
 「絶望にくれる」は確かに普通の言い方でないことは分かってましたが、問題ないかなあと考えたんです。自分の小説には辞典通りの使い方をしてないやつはたまにだしますし。ただ違和感を覚えたのなら、以後は出さないでしょう。
 ロンドきつい。ですからさっき崩壊しました。あひゃひゃひゃ! もう知りません! どっかの誰かさんが言ってました「もうどーにでもなーれ」って。そう、それです。
 作風なんて知ったことか! とPCの前で叫びました。
 ええミステリですよ。だって好きなジャンルでいいて言われたらそうするかありません。ロンドでミステリを書こうなんて考える人は、たぶん自分だけでしょうし。
 では、感想ありがとうございました。
2011-05-14 02:28:11【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
出ましたね、赤羽先生! 待ってましたぁ。
それにしても一人目でこんなにボロボロな梓。これ以上新たな手掛かりが発見されちゃったら、もうすぐ逮捕されちゃうんじゃないかと余計な気をもんだり。
梓の仮面はけっこうもろそうですね。やはりキーはカンナさんか。
おや、輪舞曲の第二弾として私がちらっと考えていたのはミステリなんですよ。もともと設定に人探しの要素が入っているのでミステリに転換しやすい気がします。私のはその名も「チョコ・バー殺人事件」……たぶんリベンジを期すどころか逆に派手な玉砕をかましそうなので、やめておきましたけど。
次回も楽しみにしていますね。
2011-05-14 09:09:34【☆☆☆☆☆】玉里千尋
余計なお世話かもしれないけど、今回は明確に迷ったから言う。前作から思ってたことでもある。
――てめえ、続きを更新する時、どこからが更新分なのか判り難い時があるんだよ!!せめて区切りくらいはつけろよ!!改行一個って舐めてんのか!!やるなら母親とのやり取りが終わったあたりまでを前回更新分にしろよ!!二週間も置かれたら自分の脳みそが前回どこで終わったっけって即答できると思ってんじゃねえ!!
さて。心の叫びはそんなもんにしておいてだね。
今回は久々だからなのか、あるいはカフェオレがそう意識したのか、はたまた一発目が一人称だったからか。一人称場面においては特に問題がなく読み進めることができた。今回は最後まで振り落とされそうなところもなく最後までいけたから良かった良かった。しかし相変わらずまだまだ長そうな気配が漂う。まだ一人しか殺してないけど大丈夫か本当に。自分が力尽きる前に何とかしてくれたまえ。
ところで学生の時って死ぬほど暇だったぞ。一日中ネットして遊んでたぞ。まぁそんなことしてるせいで今現在、底辺のITドカタなんてしてるんだけど。別にどうにかなるよ。頑張れカフェオレ、ファイトだカフェオレ。
輪舞曲に関しては捨てた。もう力尽きた。一番手じゃなかった時点で幻のモチベーションは消え失せたのだうひひ。
2011-05-16 15:01:06【☆☆☆☆☆】神夜
どうも、鋏屋でございます。
2話分通しで読みました。前回の更新分は以前に読んでいたのですが、もう一度再読。梓の敬語が彼女の精神崩壊具合に一役買ってますね。とても良い感じでした。人を一人殺すって心境は、やはりまともじゃないんだなと改めて思いました。
しかしよりによって先輩が拾っちゃうのかよ…… なんてついてないんだろう梓ちゃん。きっと梓は事が終わるまで先輩だけには知られたくなかっただろうに……(涙)
しかし弓崎刑事、何となく存在感出てきましたね。ちゃんと動いてると思います。
母親の設定はなんかもう痛かったです。ダメだよ〜 責任持てよ子供によ〜! とか本気で思います。私はこういう話しに弱い。子供の悲鳴というか、こういう子供の感情だけはどうしても我慢ならなくなります。まともに読めなかった……
大地が目撃してしまったレインコートの処分、そして先輩が拾ってしまったシール。梓の知らないところで、最後まで知られたくない人間達に渡ってしまう手がかりかぁ…… 嫌だねぇ。でも次も読んでしまうんだろうなw なかなか吸引力が出てきましたね。ギアが入った感じがします。
ところで、2ポイント制って結構縛られる気がしません? 今回結構迷ってしまった。ポイント入れたい気もするけど、たぶん次回なんか来そうなんでそれ考えると同ポイントであるはずが無いというか…… せめて5ポイント、いや3ポイント制であればと思う今日この頃ですw
では、次回更新も期待して待っております。
2011-05-19 18:49:56【☆☆☆☆☆】鋏屋
玉里千尋様
 赤羽さん、人気だなー。あの人だけの物語とか作ってみたくなってきた……けど、鑑識の知識なんて自分にはないから無理ですね。けど、このキャラクターはどっかで活かしたい。なんか活用法はないものか。
 キーはカンナですね。いつこの鍵がとかれるかは分かりませんけど。
 ロンドもう投げちゃっていいですか? 死にそうなんですけど。いや、もう半分死んでますね、自分。けど千尋さんの「チョコ・バー事件」は読んでみたいのでぜひとも頑張って下さい。
 では、かんそうありがとうございました。

神夜様
 区切りのわかりにくさについてはすまなんだ。改善策として、今度から後書きの一番上に「今回の更新分は〜からだよ」という案内をさせてもらいます。これでも不十分だったら言ってくだされ。
 まだ一人だって言うけども……人って一人殺したらもう十分じゃね? って思ってしまう。けど言いたいことは分かる。だから次の更新ではちゃんと二人目が出ますよ。前振りはしたんで。
 おかしい、自分結構忙しいよ。まあ大学までの往復に毎日三時間半四時間かけてますからね、そこが大きなロスになってるんだろうとは思います。バイトにも追い詰められてるし。
 一番乗りじゃなくてもいいからやってみましょうよ。と、折れた自分が言います。
 では、感想ありがとうございました。

鋏屋様
 二回分も読んでもらいありがとうございました、お疲れ様です。
 さすがにリアルで二児のお子さんを育ててるだけはありますね、ああいう描写は許せないものがありますか。自分は子の気持ちはよく分かりますが、親の気持ちとなるとさっぱりですので……。けど子供の悲鳴弱いっていうのは分かります。以前見てた映画で全然クライマックスでもないのに、子供の号泣シーンがあって、そこで自分も負けないくらい号泣したことがあります。隣に座っていた方がビックリしていたのを今でも覚えてますよ。
 まあ、色んな方に見つかっちゃってる梓ちゃんです。けど仕方ない。しょせんは女子高生だもの。あらなんて、いくらでも出てきますよ。
 二ポイント制はたしかに難しいですね。けど以前みたいにマイナス百ポイントとかが生まれないだけ、ここのシステムはありがたいんじゃないかと。
 感想、ありがとうございました。
2011-05-21 14:50:08【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
どうも、鋏屋でございます。続きを読ませて頂きました。
実はちょっとシクった。というのは今回ポイントを入れる気満々で読んだのだが、ポイントを入れる回じゃないなと思ったから。いや、こう書くとアレだけど、ここでポイント入れるわけには行かないんですよねw 前回入れときゃ良かった(オイ!)
コレを読んでいると私は貴志祐介さんの『青の炎』を思い出します。状況がよく似ている気がします。アレは17歳の少年が妹を守る為に養父を殺す完全犯罪を行うつー哀しい話だった。「こんなにも哀しい犯罪者がかつていたただろうか」つーコピーのついた帯が付いてて、そのコピーがこの物語にピッタリのような気がしてきますw
でも決定的に違うのは、青の炎の主人公は、それをすることで未来を変えようとしたのに対し、この梓を動かしているのは過去の恨みなんですよね。その行為になんの救いもないのが哀しい。誰かの為に動いてるのではなく、自分の中の感情のみで動いてる梓が哀れだ。
きっと彼女は「カンナ」という人物が亡くなった(のかな?)時に自分も死んでるんですね。とっくの昔に死んでるのに、燃料が残ってるから動いてるだけって感じがする。
私が感じる梓が最も不幸な部分は『結局誰も信じてないこと』です。自分以外誰も信じてないでコレまで生きてきたこと。敬愛する「カンナさん」すらも彼女は信じてない気がする。誰でも良い、本気で腹を割って話せる家族とか、友人が居ればきっと彼女はもっと別の選択をしたんだろうな。そういった意味では彼女は本当に『天使』なのかもしれない。うん、タイトルの付け方が上手いなぁ……
『優しくありなさい』と言ったカンナの言葉に純粋に優しさを育てた梓だけど、その優しさが人を救うとは限らない…… とか思ってしまったwww
ヲタ親父がそんなことを考えてしまうほど今回も楽しませて貰った。ポイントは迷いましたが、前回入れ損なったのもあるので入れさせて貰いますねw
鋏屋でした。
2011-05-23 09:11:29【★★★★☆】鋏屋
今回は素直に面白かった。ポイント入れてもいいくらいだ。ただしここで入れるとカフェオレが期待を持たせた後半に対して勿体無いような気がするから入れない。ようやっと一人称に対しての違和感が和らぎ始めた。これは実にいい傾向だ。このまま素直に読ませてくれることを祈っている。
ところでカフェオレの三人称を読んでいると、こっちの方が合ってるんじゃないかと思えてしまう。前作が完璧一人称だったから、それがカフェオレの書き方なんだと思っていたが、こっちのしっくりとくる。サスペンスとか推理モノって、どっちの書き方が多いのだろう?
2011-05-23 19:04:07【☆☆☆☆☆】神夜
おおっ、赤羽先生の名推理に1ポイント! と思ったけど、先生、そりゃないよ、165センチ以下は成長途中ですか。私、160センチなんですけど、それともなんですかい、私はコロボックルだとでもいうんですかい。これまでの状況証拠から未成年とまで推理するのはちょっと強引なような気もするのですが……。
犯人自身も知らないところで犯人を助ける人々がいるっていうのは、なかなかいい構成だと思います。梓の動機の詳細がいまいち分からないので、梓を特に応援する気持ちにもならないのではありますが。
赤羽先生主人公のスピンオフをぜひ書いて下さいよ! 鑑識の勉強にもなって一石二鳥じゃないですか。
でもミステリって本当に難しいなあ。うっかり輪舞曲で手を出さなくてよかった……。
2011-05-24 13:27:08【☆☆☆☆☆】玉里千尋
鋏屋様
 『青の炎』なって名作中の名作と比較されるとつらいもんがあります。むこうはベストセラー作家のミリオンセラー本で、鋏屋さんの大好きな嵐の二宮君主演映画の原作ですよ。月とすっぽん……。
 そうですね、たぶん梓は死んでるんだと思います。生きた屍とでもいうべきでしょうか。死んでいても、生きてるもんだから、どうしたらいいかわからない。だからこそ言うとおり、誰か傍にいてやるべきなんですが……いてやっても、本人がそれに気づかないなら、どうしようもないでしょう。
 梓が信じてることはたった一つです。自分がしてることは間違ってる、これは自覚して確信してます。ただだから何ですかというのが、今の梓の心情でしょう。なんで自作キャラをこんなに語ってるんでしょう、しかも他人事のように。
 ポイントはいつでも大歓迎! って嘘ですよ。けど入れてくれたら嬉しいのは本当です。適正な評価が下るところですから、ここは。
 では、感想ありがとうございました。

神夜様
 なんか自分、余計なことを言ってしまったのか?だとすると、撤回していい? それで許してくれる。オーケー、さすがだ幻さん、あなたならきっとそうしてくれると信じてた。さすがミクヲタ、トヨタでものってろ。ごめん言い過ぎた。
 一人称が慣れてきたのなら、そりゃあ良かった。それが継続されてますか? なんやかんや言っても、彼女が主人公なので少しくらい彼女にのめりこんでいてくれないと困るわけで……けど書く方は全く慣れません、何なんでしょう、あの小娘。書きにくいったらありゃしない。
 三人称の作品も昔は書いたりしてたけど……一人称の方が文章に軟らかさが産まれてよみやすいかなって、一人称に転換した。今回は久々に三人称。ミステリとかサスペンスのジャンルはやっぱり三人称が多いですね、最近の若い作家さんたちのには一人称も多いですが。
 では、感想ありがとうございました。

玉里千尋様
 あれ……千尋さんってそんなにちっこいんですか。あ、いえ、ごめんなさい、何も言ってません。いえ自分の身長も165センチで、男の中じゃかなり低い方で高校の時の同級生の女子が自分と同じくらいか、それより少し小さめだったので、それくらいで十分だと思ったのですが……そうですか、女性の平均身長くらい調べとくべきだった。そういえば姉貴は自分よりうんと小さな……。
 赤羽先生のスピンオフは難しいです。まあ知識の件ももちろんそうなんですが、まず赤羽先生がおそろしいほど『事件』というものに無関心。今回の更新分で赤羽主観がありますが、あれでは探偵にはなれない。むしろ犯人にならなれるとはおもいますが。
 あ、結局辞めちゃうんですか、チョコバー。そんなのひどい。自分はロンド諦めましたが、千尋さんが諦めることは許しません。
 では、感想ありがとうございました。
2011-05-28 04:11:08【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
お兄様の前回のレスでちょっとひっかかったところがあるんですがね、梓は自分のしていることは間違っていると思っているというところ。本当にそうでしょうか。梓は自分がしていることが一般的な善悪で言えば悪の部類に属するとは分かっていると思います。でも間違っているとは思っていないんじゃないか。作者に反論するのもおかしいですが、絶対にどこかで正当化していると思う。人間は完全に誤りと信じていることを行うことはできないというのが私の考えです。「罪と罰」のラスコーリニコフもそうですよね。そしてアガサ・クリスティの言葉「殺人者とは絶対に反省しない人種である」も真実をついていると思う。何故なら人間とは自己の存在をまったく肯定できなければ気が狂うか死んでしまう生き物だから。いや、これは私の個人的な考えですけどね、あくまで。
ところで赤羽先生、もう半分主人公みたいなものじゃないですか? 推理もしないし正義感もない探偵なんて斬新じゃないですか。事件に無関心でも死体に関心があれば大丈夫ですよ!――と、根拠のない太鼓判を押す私。
2011-05-30 09:03:54【☆☆☆☆☆】玉里千尋
?
『ああ、秋山。俺だけど』
上記台詞からの疑問点。ごめん。秋山って誰だっけ。清水の旧姓?自分が何か情報見落としてる?そうだったらごめん。
?
西本が中山司のことを「中山」と言ったり「司」と言ったりするのはなんでや。ただ単純な記載上の流れのミスか何かしらの意図がある?
?
西本が喋る際、「」と『』が混在している。これは自分もよくするミスだ。
?
今回のこの清水主観の最初、これは一人称と三人称、どちらを意図しているのであろう?三人称としては一人称が紛れ込んでいる感があるし、一人称としては心情描写が弱い。神夜のようなごちゃ混ぜで書くこと自体は自分がとやかく言える立場でもないから是非は問わないけど、しかしだからこそごちゃ混ぜで書くのであれば、心情描写が弱い。つまりは青酸カリで死ぬ場面、もっと内面の感情入れて盛り上げることも出来ただろうに。あまりに淡白過ぎて呆気なさが残ってしまう。たぶん三人称を意識して書いているのではないかと推察されるけれど、そうであれば微妙に入っている一人称みたいなのが少し歯止めというかネックというか、邪魔している感じが拭えないのが残念。

そして今回分を読んで判ったことがある。今回のこの物語、くるくる視点が切り替わるのは別に構わないのだが、その最初の人物の視点で蹴躓くと、それからの視点が上手く楽しめないんだ。だから前回は最初に引き込まれて楽しめたけど、今回は最初で諸々に蹴躓いたから最後までテンションが上がらずに感情突起もないまま読み終わってしもーた。ゆえに鬱憤を晴らすかの如くこうして幾つか指摘を残してみる。
次回は最初で引き込んでくれるよう、祈りながら待っています。ところで車はトヨタなんだよ。ミク車じゃないけど。そんなもんよりフーガ欲しいフーガ。フルスモークにしてバックのガラスにミクのペイントするのが理想なんだ。だからお前ちょっと金貸せよ。六百万くらい。
2011-05-30 11:20:27【☆☆☆☆☆】神夜
どうも、鋏屋でございます。続きを読ませて頂きました。
今回私が気になったのは梓の殺人時の感情。前回と比べて温度差がありすぎるような気がしました。まあ、もう一人殺してるから罪の意識が薄れてきているのかもしれませんが、前回に比べてずいぶんとドライになった印象です。私の持つ梓のイメージと若干のズレを感じました。もっとこう上辺は平静を装っても内面は『人が死ぬのが恐くてたまらない』というイメージが彼女にはあるのですよw
あと、パソコンの遺書について。ワードで作成した(ワードに限らず)文章データには作成端末のユーザー名、指定してなければ端末番号か、その端末固有の表示名が自動的に振られます。これはプロパティを開いていくとわかりますが、この部分を改変するのには、コピー先の端末で改変しないと、その端末の名前が付きません。清水がもし、PC設定時に自分独自のユーザーネームを作成していた場合、確実に別のPCで書かれた文であることが判明するでしょう。
そして梓が所持していたネットブックを使ってインターネットにアクセスしていたとしたら、端末番号から警察は確実にその所有者を割り出します。私なら、今はもう少なくなりましたが会員登録不要のなるべく客の多いネットカフェで文章を作成し、清水のPCでリスキーですが作成ユーザー名を改変します(やったこと無いので改変できるか微妙ですけどねw)いや、もしかしたら改変した日時から違和感をもたれるかもしれませんけど……
いやいや、もしかしたらそこから割り出されてしまうのかな?
くだらないことを書き綴ってしまってスミマセン。私は前に仕事で他の会社のエクセルの見積を自分の会社で作った形にして提出して欲しいと依頼され、打ち込むのがあまりに面倒なのでコピーして端末情報を改変しようとしたことがあったんです。でもやり方がわからず断念しました。どうしても履歴が残っちゃうんですよ。で、出来るなら教えて欲しいかな…… て希望もこめて書いちゃいましたw
あ、でも物語はいつも通り楽しめたのでお気になさらずに願いますw では次回更新もお待ちしております。
鋏屋でした。
2011-05-31 08:47:36【☆☆☆☆☆】鋏屋
玉里千尋様
 ……するどい。けどそれを語るのは時期尚早なんです。梓の罪について、ないしては善悪感については四章で説明します。それまで待っていただけると非常にありがたいんですが。少し先走ってお話するなら、自分も千尋さんと同じ意見。行動してる以上、それが正しいと思ってることは間違いないと思います。問題は何が正しい判断で、何が間違ってるか。「人を殺したから、間違ってる」というのは短絡的すぎな気もします。あくまで、物語内においての理屈ですが。
 ですから、無理です。事件に興味のない人をどうしろと? 無理矢理引きずりこみますか? けど赤羽さん、すぐ飽きそう……。最悪そっくりなキャラクターを出すというのが最終案としてありますが、これで許してくれまいか。
 では、感想ありがとうございました。

神夜様
 良し分かった、一つ一つ言い訳していこう。
?これは完全な大失敗。現在登竜門とは関係ないところで書いてる小説の登場人物の名前で、書いてるうちにごっちゃになったんだと思う。
?意図はないです。
?どうしたんだろ、自分。書いてる時眠かったのかな……?
?ほんますいません。
 これでゆるしてくれないだろうか。
 ?について真面目に答えるなら、一人称なのか三人称なのか分からないってことだけど、この二つの明確な線引きが自分の中で出来ていないんだと思う。それでいて一人称と三人称をごちゃ混ぜに書いてるから、多分この二つのずれが分からなくなってる。だから正直な話し、神夜さんが指摘している内容さえ分からないんだ。「え、なんかごっちゃになってるのか?」という感じ。
 だから申し訳ないが、今後もこの問題発生するかもしれない。全力で対処するからことあるごとに言って下さい。
 六百万の話しだが、自分に考えがある。今株が暴落している企業が日本にはいくらかあるんだ。今のうちにそれらの株を買い占めるといい。運がよけりゃ儲けれる。おすすめはとある電力会社だ。
 では感想ありがとうございました。

鋏屋様
 おお、やたら細かい専門知識がきてしまった。そんなところまで考えてませんよ、ぶっちゃけた話し。だから、もうここは素直になりました。今回の更新分で赤羽さんが他殺だと断言するくだりがあるんですが、そこに活用させていただきました。もとより、あの計画はすぐにばれる予定だったので、ばれる方法が変わっただけだということにしました。手抜きだと言われても仕方ないし、むしろ手抜きだと思う。
 実は最近、この物語に限界を感じてきました。梓が無能すぎる。ということはつまり、自分が無能なんですよ。もっと勉強が必要ですな。今まで書いてきたのは探偵もので、犯人の手の内は最後に明かせばいいというだけだったんですが、今回みたいにそうじゃないと、手の内をひたすら明かさないといけない。そうなると「読者には分かっていて、登場人物にわからない」という、探偵ものと全く逆のことをしないといけなくなる。これがむっちゃ難しいと最近痛感しています。
 こっちに挑戦するのは早すぎた、ないしは向いてなかったのかと屈辱さえ覚えます。まあ、それでも書きますけどね。
 では、感想ありがとうございました。
2011-06-12 04:14:55【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
どうも、鋏屋でございます。続きを読ませて頂きました。
おおう、やっぱりそうなってしまうのかよ……
ちょっとこうなる展開が私の予想より早い。なのでそう思わせつつ、実は違うのではないか? と睨んでいます。まあ希望的要素もたっぷり含んでるんですけどねw
梓には先輩を殺して欲しくないですよ。呼んでて「オイ馬鹿やめろ考え直せ」とかつっこんでしまいましたw
しかし、この時点で先輩にばれてしまうと言う展開がやはり引っ掛かるんですよね。ここからどうやって繋げていくんだろう? だってまだ2人だもん…… その辺りが非常に興味津々ですよ。このままなし崩し的に最悪の罪を背負わせるのか、それとも意外な展開になるのか、とても興味深いです。
前回は色々書いてしまいましたが、どうかお気になさらずに(じゃあ書くなよ!)はい、ごもっともです。ですが今回は展開重視に読めました。うん、やはりこの話はこういった読み方の方が楽しめます。さてさて、次回が楽しみです。どうか私の予想を完全に吹っ飛ばす様な展開であることを願いつつ、次回も楽しみに待っています。
鋏屋でした。
2011-06-13 14:22:31【☆☆☆☆☆】鋏屋
いやだからね、赤羽先生、もうしっかり探偵してるじゃないですか。弓崎を顎で使ってさ。赤羽先生を動かすのは色々方法があると思いますよ。今回みたいに食べ物で釣るのもいいし、あとは死体に対する情熱を利用する方法とかね。
一人称に切り替わると、あ、梓のパートだなって分かって、最近は読みやすいという気になってきました。それにやっぱり続きが気になるって思わせる力量はさすがです。
いやー梓、そこまでいっちゃうか? いや、とことんいってもいいけどさ。そうなったらきっとこれはミステリというより純文学に近くなるかも知れませんね。
面白かったです!
2011-06-13 17:34:16【★★★★☆】玉里千尋
鋏屋様
 まあ、ああなりますよね。梓は基本的にかなり大雑把ですから、口封じとなるとああいう行動にでるしかないわけです。いや梓じゃなくても、あの場合はああするかもしれませんけど。
 予定より早いですか? 少しだけスピードアップしましたけどそれが影響してるのかもしれません。プロット段階ではもうちょっとゆっくりしてたんですが、見直して「ゆっくりしすぎだな」と思ってだいぶ削ってしまいましたから。
 まだ二人なんですよ。梓の目的には四人の殺害ですから、あと二人殺さないといけないわけですが……あいつちゃんと考えてるのかな? まあ、なるようにしかなりません。いやちゃんと繋げるようにしてますよ。
 コメントについては気になさらず。ああいうのがあるからいいんですよ、ここは。
 では、感想ありがとうございました。

玉里千尋様
 そうこうしている間に赤羽先生を動かす方法を思いついてしまいました。ただやっぱり彼女の職業がネックですね、鑑識の知識なんか自分持ってねぇもの……勉強しなきゃいけませんかね? 勉強嫌いなんです、大がつくくらい。超がつくくらい。けどまあ、せっかく生まれたアイディアとキャラですので構想だけでも練ってみます。けど形にできるのは勉強してから、メイントリックが思いついてから、ですからすくなくともこの次の連載作品を終わらせてからですね。つまり来年以降。
 続きが気になるっていうのはやっぱり終わらせ方のことですかね。更新のきりかたはかなり神経を使ってます。つまらなくても終わり方で「気になる」と思わせられる様に。
 梓はどこまでもいっちゃいますよ。それでこその主人公です。純文学ですかね? もうバカな女子高生が暴走してるだけでしょ。
 では、感想ありがとうございました。
2011-06-19 03:49:22【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。