『ミネ・ムーシコ』作者:恵毬 あんな / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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生放送


 TV5スタジオでは、いつもの5倍の慌ただしさと緊張が走っています。今回の映画を仕切っていた監督とプロデューサーがあちこちかけ回って指示をだしては、番組のナレーターを務める新人キャスターが、心臓の音を飲みこみながら、セリフを暗唱しています。そのよこでは、ADさんとカメラマンがもう100回はやった打ち合わせの101回目を確認しているところです。
 それもこれも、みな当然です。なぜならば今日このスタジオから、今世紀一有名な男“ ミネ・ムーシコ” の自伝映画を一挙、全世界に生放映するのですから。この瞬間も、今か今かとテレビの前で番組が始まるのを待ちかまえている子供たちがいます。プロデューサーは、なんとかサプライズ企画のために、「ヴァローナ」のスペシャル・ブラックチョコレート一年分で本人登場をこぎつけました。
 つまり、今日このスタジオにあの“ミネ・ムーシコ”がやってくるのです。
 「おい、いったいどうしたんだ? まだ来てないぞ」
 “ミネ・ムーシコ”といえば、子供たちのヒーロー、若い世代のあこがれ、お年を召されたご婦人方や殿方にとっては、神様のような存在です。なぜなら、どこかで何か事件がおこると、かれはたちまち現れて、なにもかも解決して去っていくからです。それはあっというまの出来事ですから、人々はかれが何者なのか、どんな肌色をしているのか、年はいくつなのかは一切わかりません。唯一わかることといえば、「ミネ・ムーシコは不死身だ」ということだけなのです。
 「本番まであと10分です」
「どうしましょう」
 おや? まだ当のミネ・ムーシコは来ていないようですね。じつは、約束の時間から30分も過ぎているのに、まだミネ・ムーシコが現れないのです。
ひとりのスタッフが、携帯を耳にあてたまま叫びました。
 「い、いま連絡がつきました! あ、あと5秒で到着するといっています」
 「なに? みんなふせろ!」
 監督のひと声をきくと、スタジオ内のスタッフは、いっせいに床に体をふせました。そうです。ミネ・ムーシコが登場するときといったら、きまって窓を粉々にくだいて、とびこんでくるのはあまりにも有名な話です。
 しかし、今日だけはちがいました。
 「?」
 みんなは床に頭をふせて、あたりを見回しながら、しばらく呆然としていました。窓のそばでふせていたスタッフは立ちあがり、ガラス戸の外を見やります。おかしいな。
「……ミネ・ムーシコさんだ」
だれかがふるえる小さな声でいいました。
 “用のあるもの以外断固立ち入り禁止”と書かれた張り紙がはられたスタジオのドアが、静かにおしひらかれ、子供のように背の低い紳士がはいってきました。手には、しっかりと小さな赤ん坊の手が握られています。男は、大きく、はしがつりあがった目でスタジオ内を一周みわたし、低い声で、小さな男の子に聞きました。
 「きみ、ひとりで帰れる?」
 男の子は首をふりながらオンオン泣いています。
「おばあちゃん、おばあちゃん」
 「だいじょうぶだよ。きみのおばあちゃんは病院へいったんだ。主治医が待っている。養護院ではない。」
 番組の制作プロデューサーが、紳士のもとへかけつけました。
 「ミネ・ムーシコさんですね?」
紳士はもったいぶってプロデューサーに向きなおると、いたずらっぽそうな目つきとは裏腹に、低く、格調高い声でこたえました。
「いかにも」
すぐさま握手の手をさしだしたプロデューサーの腕に、ミネ・ムーシコは赤ん坊をあずけました。
「この子を頼んだ。家へ送りなさい」
プロデューサーは、はげしく泣きじゃくる男の子を抱きかかえながら、驚いて、ADさんにわたしました。ミネ・ムーシコはようやく握手をしましたが、目はスタジオ内のあちこちへ泳いでいます。プロデューサーがかおをあげると、彼はすこし悲しそうに口髭をたらして、たずねました。
 「ぼくの相棒はどこかな? 先にここへ来ているはずなのだが」
 突然、爆風とともに窓ガラスの一枚が吹き飛び、破片にまざってなにかがとびでました。窓際のスタッフが逃げまどい、小さな、黄色い人形が、ミネ・ムーシコの足もとへコロコロ転がってきました。ピー、ピー、と甲高いうなり声がきこえます。
 人形がかおをあげました。
 「マロン君!」
 満月のようにまるいかおをした黄色い人形が、ミネ・ムーシコにむかって叫びました。ミネ・ムーシコは大急ぎで人形を抱えあげると、声をひそめて人形にいいました。
 「ポンちゃん。どこに行っていたんだい? ぼく、ずっと君をさがしていたんだよ」
 さっきとはうって変わった幼い声です。
 「えへへ」
 黄色い人形は、ほほを赤らめ、照れたように笑いました。プロデューサーは焦ったように割ってはいります。
 「ミネ・ムーシコさん、あと3分弱で本番です。映画の前にスペシャルゲストのあなたのコメントを入れるので、このカメラにむかってかしゃべって下さい。ひと言ふたことでいいです」
 ミネ・ムーシコは人形を腕からやさしくおろし、威厳をこめた声で――
「これかな?」
 ――と、私たちのほうをさしていいました。
 ミネ・ムーシコが不思議そうに、目をのぞきこみます。 
「ん? このカメラはもう回っているようだが」
 製作スタッフたちは、顔じゅうの血をいっきに抜かれたように、まっ青になりました。「え」
「どういうことだ」プロデューサーはカメラマンをみます。カメラマンは、輸血が必要なほど青ざめていました。そうこういっているうちに、時間は3分をすぎました。
ミネ・ムーシコは、まるまったまつ毛と耳をぴくぴくさせ、愉快そうにいいました。
 「まあ、いいではないか。そろそろ始めるとしよう」
 そして、スタッフたちに目配せすると、ゴホンとせき払いし、黄色い人形を肩にのせて、私たちのほうへ向きなおりました。
 照明が落ち、スタジオのセット中央にのみ、閃々とスポットライトがあてられます。
 「やあ、今晩は。ぼくはミネ・ムーシコだ。貴重な時間を裂いてくれてありがとう。心から感謝する。どれだけいっても、いい表せないくらい、いつもきみには感謝している。突然だが、じつは、ぼくにはずっと解明していない謎がある。宇宙よりも大きな謎だ。ぼくは、その謎についてしらべ、ずっと近づこうとしたが、最近になって、ようやくむりなことに気づいた。ようやく気づいたんだ。この謎を解明するにはきみが必要だ」


 第一章 あるスパイ学校の男女

 
 撃たれるそのときまで、生きると死の意味なんてほんとうに理解できていない。五つの鉛がからだをつらぬいた瞬間、はじめて全身に血がながれだした気がした。と同時に、暗闇がめのまえを襲い、世界がこれからぼくをとり残して時間を進めようとしているのがわかった。


 物語はなぜか灰色からはじまる。
 ゆきがつもっていないのがふしぎな真冬のサンドゥアン広場上空の景色をながめる男にとって、あすほど憂鬱に感じる日はないし、期待にむねおどる日もなかった。
 男がみあげるその窓のそとの時計台の針はこくいっこくと三時へとちかづき、ムクドリのむれはよりそって鳴きだし、フライングした商店たちのシャッターがバタバタ閉まった。ここらの冬は夜の訪れがはやい。
心臓のしたあたりから、だれかが合図するようにコンコン、コンコンとしずかにノックする音がきこえた。とうとうきてしまったのだ。再来年のあすでもなく、よく年のあすでもなく、あすに。男はじぶんにいいきかせなければならなかった。これが去年以降のあすになることは二度とないとおぼえておけ、と。
 サンドゥアン広場周辺みわたすかぎり、ほんのかぞえられる数件の商店は、男がさいしょにこの窓から景観をながめたときとかわらずシャッターがおりているか、もぬけの殻となっている。
 ゴーン、ゴーン、ゴーン
灰色の偏屈を時計台の鐘がみっつたたいた。さあ。これできょうの任務は終了だ、と、男と店員と太陽がさけぶのがきこえた。もちろん声にでたわけではなく、空模様にひろがったのだ。
じっと時計台の上にとまっていたムクドリたちがいっせいに、きのうとおなじ方向をめざしてとびさり、男は、市内じゅうの商店がバタバタと店のシャッターをおろしていくようすを想像した。
三時をすぎて閉まらない店となると、市内でもひとつしかない。男がちいさいころに一度はいったおぼえのある時計台裏のアンティーク人形館だ。管理人がマネキンと化してショーケースに飾られているのだろう。
店閉めがはやまったのは、なにもこの時期にかぎったことではない。
かつて黄金区域といわれた、サンドゥア広場周辺も鳥の巣箱と化してしまっているいま、たとえ世界中どこへいこうと、おなじであろうと男にはおもえた。 
男のいる場所は、時計台からすぐの森のなか。深い針葉樹に囲まれるように建てられた黒い鉄骨の建物の頂上だ。
針葉樹とみわけがつかぬほどするどい斜塔は、ゴシック建築の真髄といえる。
頂上の回廊を、数人の調査員のメンバーがいきかっていた。先日、存在が発覚されたドヴォ―チェ市内の地下墓地について、意見を交換している。
 「ガロ・ロマン期よりも古い採石場跡を利用しているらしい。地下水がかなりたまっていたそうだ」
 「だったら、パリのカタコンブよりも古いかもしれないな」
 「ああ、もちろんそうさ。いまのところ一五〇体らしいが、もっとでるぞ。一般公開ははやくて50年後か、それとも」
 「いや、一般公開はなしだ」ひとりのメンバーが怒り混じりのこえでいった。
 すると調査員たちは窓辺にいる男のすがたにきづき、あわてて口をつぐんで廊下をまがっていった。同盟をくんでいる者いがいに公開できる情報はない、ということだ。そのようすを横目でみながら、男は、地下墓地調査になんかに自分は絶対いきたくない、と率直な感想をもった。そして、しずかに心のうちに情報を書きとめていた。ここでは、みなそうする。「いらない情報」は、ひとつもない。
 男がさびついた窓をおしあけ、つめたい風が回廊に吹きこんできた。敷地内の庭をみると、ラベンダーの花壇にまいにち水やりをしているデパルト校長のすがたが視界にはいった。校長はラベンダーの一輪一輪にほほえみかけ、風にふかれてラベンダーはきもちよさそうにゆれていた。
 ほほえむとどうなるって? ――ラベンダーがよくそだつんだそうだ。
 男は校長とめがあった。校長はいちはやくじょうろをふりあげて、男にラベンダーとおなじほほえみをむけた。しかしじょうろは、ひややかに、そそぎ口からもれた水を校長のはげ頭にあびせた。
 男もすばやく会釈をかえした。だが、回廊をおおきな風がふいた。男はずれおちそうになっためがねをつかまえ、逆さにかけるので精いっぱいだった。
そのとき、ふいに背後からかたをつかまれた。こんなことをするのはドナルド・ジャックか、あるいは――
「ようよう、これは、これは、やあ! きみじゃないか!」
 ――犯罪班のやつらだ。
 男はめがねをはめなおし、確信をもって後ろをふりかえった。おもったとおり、声をきくまでもなくわかった。ドナルドはまだ西棟に立ち入り禁止だ。
そこには夢にまででてきた不気味な白いかおが男をみおろしていた。ことわっておくと、男もずいぶん高身長であるが、奴がでかすぎるのだ。その奴を中心に、なんにんかの犯罪班の生徒が窓をかこみ、男を一歩もうごけないように固めていた。
 奴はながいうでを男の耳のよこに、窓を閉めた。廊下にふきこんでいた風がたちきられた。それから口をひらいた。
 「クッックック。よう、生ゴミ。なんとかここを卒業できそうなのかい? おれたちは本気で心配してきいてるんだぜ。まさかあの校長がおまえなんかを任務班にさせやしないだろうかってな。わかるか?」
 「なにも、おまえひとりをいってるんじゃねえぜ。わかるか?」
 奴らの特徴のひとつとして、まるで男がなにも理解していないように、いちいち語尾にわかるか? ときいてくるのだ。犯罪班はここの最重要班であり、任務班にとって唯一の同盟班である。そして、奴は犯罪班のリーダーだ。
 奴は巨体を左右にゆらして、あたまをかかえてみせた。
「そうなりゃ、ここも終わりさ。能なしのおまえが赴任先で事故をおこせば、任務班だけの命じゃあすまねえ。おれたちの仕事も台無しにされる。なあ、わかってんのか? ただでさえ、ここ最近、情報事故ばかりだ。任務さきの連中がどんどん上層部に消されてる。まあ、ここを一度もでたことがないおまえにはわからないだろ」
2011-02-13 15:49:41公開 / 作者:恵毬 あんな
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■作者からのメッセージ
すいませんこれ消すときってどうやったらいいんですか?
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