『東天山の鳥』作者:圭太郎 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 一つ、卵は大事そうに赤い布の上に置かれた。
 両手で抱えきれるが、しかし大きな卵は茶の斑模様を描いている。赤の布の上で一度動く。
 それを見守る女は嬉しそうに眼を細めた。
 東羽天宮(トウウテングウ)で、久しぶりの孵化である。

 東羽天宮は、東の巨山脈、東天山(トウテンザン)中腹にその宮を構える。
 砂漠が主たるこの世界、遠くでもこの山は見え、対となる西の西天山(セイテンザン)と神の山とも呼ばれている。
 東天山は名の通り、東に聳える山の事で、それは天を突き、山脈は地を這う。巨大なこの山には神が住む。
 神の名を、日天上帝(ニッテンジョウテイ)と言った。
 日天上帝に仕えるのが鳥の翼を持って生まれたもの、これを奉(ホウ)という。
 今、その奉の卵が産まれようとしていた。
 奉は産まれる事がなかなかない。奉が産まれる時は他の奉が死んだ時のみ。奉の数は一定しており、増えることも、減ることも無い。
 静樂(セイラク)は玉宝(ギョクホウ)を握りしめた。
 玉宝は瑪瑙(メノウ)で、深い緑をしていた。その瑪瑙は産まれた奉に授ける。授けた玉宝は身を守る宝になる。また、身を守る宝から守り石とも呼ばれる。
 静樂も黄玉(オウギョク)を持っていた。
「ほら、頑張りなさい」
 産まれるのを手出ししてはいけない。これは絶対だ。
 親鳥が見守るように、静樂も見守る。ただ少しの手助けとして、玉宝で殻を少し割ってやった。それ以外は何もしない。
 茶の斑模様の卵はグイグイと動く。パリリと音が東羽天宮に響く。小さな足が、割れ目から覗く。
 静樂はパッと顔を輝かせ、玉宝を一層握りしめながら見守った。
 あと、少しだ。長い時間、赤子は殻を割り、外へ出るために頑張った。あと一蹴りすれば卵は割れ、自分一人が出られる位の穴になるだろう。
「さぁ、あと少しよ」
 パリッと卵の割れる音がする。
 少し経つと、目の開いていない子がゆっくりと顔を出し、出て来た。それを赤の布で包み込み、体を拭く。
 小さく声を上げたあと、静樂は微笑んだ。
 誕生、である。

 東の東天山、西の西天山。
 東天山から西天山は見える。目の前にこれといった障害物も、他に高い山も無いからだ。
 地形はいたって簡単で横に長い広い大陸。それの東と西に山脈が聳える。
 また、他にも大陸があるが、外交がないので別世界と言って正しいだろう。
 山では、下界も別世界と言える。
 東天山には宮がいくつも存在し、それぞれ役目を持つ。例えば東羽天宮は卵から孵化し、育つ場所、いわば保育所のような役目を持つ。
 そこに一人の少年が居た。
 名は無い。彼は奉ではないから、名は守り石の翡翠(ヒスイ)から翠(スイ)と呼ばれている。
 翼のある少年。膝を抱え、東羽天宮の外に通じる廊下で一人。
 山に住む人は日天上帝以外皆翼がある。
 理由は世界を上帝の変わりに自在飛び回るためとか、人より優れたものだと示すものだとか色々言われる。真意は分からないが、この人々を天上人、鳥の人など色々な呼び方をされている。
 翠は東羽天宮で産まれた。
 奉でない、というのは彼がいずれ地上へ遣わされる使徒、ということ。
 地上へ遣わされる者、そのことを転と言った。転とは変わること、生まれ変わるといえば正しいのか、彼等は地上へ行く為に姿を変える。ここから転と言う。
 翼は根から抜け落ちてしまう。転は普通の人として地上へ行くのだ。
 これを聞いたとき、翠は恐ろしくて仕方がなかった。
 翼を失う。
 そして何より、異界へ行くのが怖い。
 それを言うと必ず阿母(オモ)の静樂に叱られる。
 しかし地上へ行く時は刻々と迫ってきていた。羽が段々と抜け落ちて来だしたのである。
「翠、ここに?」
「静樂」
「さっき産まれました。立ち会うと言っていたのにどうしたの?」
 東羽天宮から出て来、翠に向かって歩いてくる静樂は女で阿母。乳母をしている。
 鳥の人は大抵若い。若く、長く生きている。
 静樂は、生きて、生命の誕生を見守ってきた。
 薄紅色の変わった髪色を彼女はしている。それは緩やかなウェーブを描き、軽く結ばれていた。
 翠はああ、と素っ気なく返事する。
「産まれた、ということは誰かが死んだということじゃないか」
「それはそうです。でも、死んだっていう言葉は正しくないわ。西天山に行ったの。行って今度は月天上帝(ゲッテンジョウテイ)に仕えるのよ」
 西にそびえる、西天山。そこに日天上帝と対になる月天上帝がいる。
 日天上帝は生を司り、月天上帝は死を司る。
 2人は生と死を庇護し、見守る。動植物の連鎖循環をゆるやかな物にするのも2人だ。
 彼等もまた、地上の人達より死を迫られるのが遅いとしても、その連鎖循環の中に入っている。
 魂が生まれる所が東天山、魂が還っていくのが西天山と言われる。
「俺は違うから」
「羽が抜け落ちて来ているのね。とても喜ばしいことだわ」
「そう思うのは静樂だけだ」
 ふわりと鳥の、鷹に似た羽が一枚削げる。
 またか、と呆れた気持ちと、悔しい気持ちが翠の中に生まれた。
「翠」
「嫌だな、俺、ここに居たいよ。なんで同じように生まれたのに、俺は奉じゃないんだろ」
 膝を抱えた腕を一層強くしながら顔を伏せた。
 目線の先には呼び名である由来の翡翠が首から提げられていた。楕円の形をし、磨かれた翡翠。それは紐でしっかりと結ばれている。
 静樂の黄玉も同じように首から提げられている。
 遠目に、他の宮も見える。山のあちらこちらに建てられた宮。頂きには一層大きな宮、日天上帝の居宮東宮が見えた。
 溜息をつきながら静樂は少年の頭を撫でる。
「上帝様の命よ、翠。地上へ行き名前をもらいなさい」
 静樂も同じように足を折る。目線を同じにして頭を優しく撫でた。
 少年は顔を上げ、阿母である彼女の瞳を見据える。酷く、優しい色をして美しい。
「でも、怖いよ」
「大丈夫よ、地上へ降りても守り石が守ってくれるわ。守り石は転となっても側に居るのだから」
「・・・寂しい」
「・・・・・・ほら、元気出して。立って、産まれた子を見るでしょう?」
 はらり、とまた落ちた羽を気にせず静樂は翠を立ち上がらせた。
 うん、と翠も気にしないように立ち上がり、孵化室へ足を向ける。同じように静樂も出て来た部屋へまた戻った。
 孵化室は二十畳ほどの部屋で、中央に赤の脚卓がある。他は鳥の巣がいくつかあるが、卵は無かった。
 母鳥という鳥の人だけを産む鳥がここに産みに来る。
 産んだ卵を十日温め、あとは阿母である静樂たちに任せ、去る。母鳥は日天上帝の愛鳥で卵を産まぬ時には片時も離れず上帝の側にいる。
 その母鳥は赤い鳥で、眼も赤い、白鳥サイズの巨大な鳥だ。
 今は勿論いない。
 中央の脚卓の上に赤の布にくるまれた小さな鳥の人の子が眠っていた。胸には瑪瑙を抱いている。
「翠もこうやって産まれたのよ」
「この子は?奉?」
 問いに彼女は頷く。残念に思いながらそう、と小さく返事をした。転はなかなか産まれないから仕方ないのだが、やはり残念だと思う。自分と同じ境遇の子がいれば良いと思うが、上帝が転を母鳥に産ませないから東羽天宮には翠しか転がいない。
 瑪瑙を抱いて眠る子の頭を軽く撫でて翠は何も言わずそこを出た。
 静樂もあえて何も言わず、彼を見送る。

 鳥の人は成長が早い。そして青年期になるとピタリと成長が止まる。だから鳥の人は若い外見のものが殆どだ。
 老いる時は急速に老ける。
 色々教えられたが、自分は他の人とは違うと言うことを知るとショックだった。転というものが恐ろしく思えた。同じになりたいとまでダダを捏ねた。

 今でも怖い。
 どうやって転になり、地上へ降りるのか仕組みを教えられたが、いまいち理解出来ていない。
 転となり人となり、地上へ降りれば自分が鳥の人だったと言うことを忘れてしまうらしい。静樂と会っても分からない。
 覚えておこうとしてもどうすればいいのかやり方が思い浮かばなかった。
 翠には時間があまり残されていない。
 転となる時は突然訪れるだろう。
 ひらりとまた羽が落ちる。それは風に流され高く舞い上がった。



≪ 了 ≫
2003-08-26 20:51:07公開 / 作者:圭太郎
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■作者からのメッセージ
最後まで読んでくれてありがとうございます。

「白海の巡り」(上中下)の同じ世界を舞台にした話しになっています。
白海の巡り、とは違う話ですが世界が同じなので平行して読んでも差し障りは無いかと。
物語的に意味の分からない、なぜこうなるのか?という部分が多いと思います。
設定を深く考えず、流れを楽しんでくれると嬉しいです。
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