『蒼い髪 21話』作者:土塔 美和 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角52118.5文字
容量104237 bytes
原稿用紙約130.3枚
 洞窟の一角に国王夫妻を始めコロニーの代表者たちが集まって来た。その中にウンコクを中心に主戦論を唱えていた者たちもいる。議論は徹底抗戦か、それとも降伏かだ。
 ウンコクは激論の最中、腕を組みじっと目を閉じていた。最初にルカ王子を見た時の印象、ネルガル人にこのボイ星をいい様にされてたまるか。これがウンコクの思いだった。ウンコクは外交で幾度となくネルガルに苦い思いをさせられてきた。彼らは我々を同じ人間とは見ていない。騙されてたまるか。ルカ王子のどんな言葉も、ウンコクには偽善にしか思えなかった。思えばこんな幼い子を相手に我ながら大人気なかった。ウンコクはここへ至るまでの状況を思い出していた。ルカ王子は乗艦する前に私に言った。
「着陸されるようでしたら降伏を」と。
 私はその言葉を、この戦い、手を抜くきかと取った。
 戦争が始まって間も無く、
『やはり彼らは、魔の空域には近付こうとしません』
 魔の空域への誘導は失敗に終わった。王子が言うとおり、同じ手は二度使えなかった。
『これから前面砲撃に入ります』
 オペレーターからのその連絡を最後に、魔の空域一帯は艦隊戦に突入した。
 それからどのぐらいの時間が経過したのか、いきなり通信システムにオペレーターの悲鳴のような声。
『旗艦が、殿下が乗艦なされている艦が』
「どうした!」
 思わず地上の作戦本部も怒鳴ってしまった。
『撃たれました』
「なっ、何だってー!」
 騒ぎ出す幕僚たち。
「うろたえるな!」
 それを制したのは地上で控えていたトリスだった。
「宰相、第四司令官のベニーニョに連絡を取れ。殿下の無事が確認できるまでお前が指揮を取れと」
 そのために第二、第三、第四、第五と指揮系統を決めておいたのだから。ただ第二、第三が同じ艦に乗っていることがトリスには納得できなかった。だが奴等の真の目的はルカの護衛。それを思えば致し方ない。ボイ人にリンネルやハルガンほどの指揮能力者がいればよかっただけのことだ。
 そしてまた、どのぐらいの時間が経過したのか、ルカの無事が確認された。だが指揮は取れそうにもないとのこと。
 まあ、生きていてくれ際すれば、とネルガル人たちが胸を撫で下ろすのを、ウンコクは視野の隅で捕らえていた。
 以後、第二司令官のリンネルが指揮を取ることになった。だが旗艦がやられた段階でボイ艦隊は総崩れだった。ネルガル宇宙艦隊はボイ人が思っているほど柔ではなかった。ネルガル人が本気になればボイの艦隊など赤子の手をひねるようなものだ。初戦がいけなかった、余りにも楽に勝ちすぎたのだ。ボイ人はネルガル軍をみくびっていた。今頃気付いても。殿下は犠牲を最小限度に止めるために、作戦を練りにねって初戦を飾ったのだ。そんなことも知らずに我々は。
「とりあえず、町の奴等を地下に避難させる準備をしよう」と言って、トリスが飛び出して行った。
 それを最後に彼らもいまだに戻っては来ない。
 何千年前に築かれたのか誰も知らない地底都市。ルカ王子の話ではシュルターだろうと。これらがどこのコロニーの地下にもある。これだけの規模があれば町の人々全員をこの地底都市に避難させることができる。
 我々の祖先は過去にどのような戦争を経験したのだろう。数千年経っても使えるシェルター。余程大規模な戦争だったのだろう。それで我々は武器を放棄したのかもしれない。二度とあのような戦争をしないために。それなのに私は、その祖先たちの思いに逆らい、そして今こうやって罰を受けようとしている。
「ウンコク、あなたのお考えは?」
 宰相に指名され、ウンコクは我に返った。
 スクリーンにはネルガルの砲撃で壊されていくボイの美しかった町並みが映し出されている。
 ぐずぐずしている間にも町の破壊は進む。

 ルカたちが投降してから一ヶ月足らずでボイは降伏した。ネルガルの圧倒的な兵器の前に、ボイは打つ手がなかった。はなから勝敗は目に見えていたのだ。ここ数千年という間、戦争らしい戦争をしたことのないボイ人と、戦争を毎日の食事のようにこなしているネルガル人とでは、殺し合うという感覚が違っていた。敵に同情すればそれは即、死を意味するということを、ボイ人は知らなかった。躊躇うな、撃て。という言葉を、ルカの親衛隊たちはボイ人に対し何度発したことか。これが敗因なのだろう。
 ルカはパソフ司令官の旗艦に移され治療を受けることになった。無論、オリガーも同行した。
「キングス伯、あなたも私の艦で治療を受けたらどうですか。ネルガル人用の治療設備は充実しておりますよ」
 少なくともこの艦より。この艦はボイ人の治療設備は充実していたが、ネルガル人向けではなかった。それも致し方ない。ネルガル人よりボイ人の方が圧倒的に多いのだから。
「そうするといい」と、リンネル。
「後は、私が」
 ハルガンの傷もかなりのものだった。立って指示を出しているのが不思議なくらいに。
「その方がいい」と同調したのはケリン。
 皆に押されるようにして、ハルガンもパソフの艦へ移動することになった。
 その時パソフがハルガンに耳打ちする。
「実は、お話が」
 詳しいことは自分の艦で、と言うことらしい。
 ハルガンは振り向くと、ホルヘを呼ぶ。
「彼も一緒でいいか」
 パソフが少し困った顔をすると、
「殿下に言われている、彼と、キネラオとサミランには、隠し事をするなと。彼ら三人なら、我々ネルガル人の行動を理解したうえで、わかりやすくボイ人に伝えてくれるだろうから、とな」
 パソフは疑い深げな顔をしてホルヘを見る。
「ネルガル語は?」 理解できるのかと。
 厳しい口調で問うパソフに対し、
「銀河共通語だからな」と、ハルガンは苦笑した。
 良しに付け悪しきに付け、ネルガルの全てがこの銀河の基準になっている。
 警戒するパソフに、
「殿下が信用しているのだ、まず、間違いはなかろう」
 何故だかあいつは、人を見る目は確かだ。
「あなたがそこまで言うのでしたら」
 パソフは部下にシャトルを操縦させ、自分もハルガンたちと同じ後部座席に乗り込む。
 シャトルが飛び立つと同時に、パソフは話し出した。
「実は、デルネール伯が、こちらに向かわれているそうです」
「クラークスが? ジェラルドも一緒か?」
 まさかと思いつつも、訊かずにはいられなかった。あのクラークスがジェラルドを置いて、一人で来るはずがない。だがジェラルドがネルガル星、否、ネルガル星どころか鷲宮の後宮からすら出たことはない。
 パソフは、太子を呼び捨てにするハルガンの態度を、以前と少しも変わらず不遜な人だと思いつつ、
「太子様は、クリンベルク家へお預けになられたようです」
「閣下のところに?」
 パソスは、太子は呼び捨てにするが、クリンベルク将軍には一応敬意をはらうハルガンに苦笑しつつも、クリンベルク将軍が太子を預かることになった経緯を軽く話した。
「それは、閣下もご苦労なことだ」と、気の毒がっているわりには楽しそう。
 ジェラルドにもしものことがあれば、将軍もただでは済まない。そこら辺が宮内部の狙いか。
 ハルガンはそう言うと、シャトルの椅子に深々と腰掛け直し、腕を組んで目を閉じた。
 迎えに来てくれたか、ならここで、下手に動いてハルメンス(地下組織)の庇護を受けるより、クリンベルク将軍の庇護を受けた方が。クリンベルク将軍なら、ルカの価値を認めるだろう。領域を拡大し続けたネルガル帝国は、これからますます大変な時代に入る。右を見ても左を見ても、それどころか上下を敵に囲まれ、あげくの果てには敵を内包しながら外の敵に戦っていかなければならない。こんな状況では確かな戦略を立てられる人物は、一人でも喉から手が出るほど欲しいはずだ。あいつなら、それに答えられる能力は充分にある。否、ありすぎるのが問題だ。そこを将軍がどう見るかだ。危険視された時には。
 ハルガンは顎に手を当てるとニタリとした。
 その時は将軍の器が、俺が思っていたほどではなかったということか。
「着きました」と言う部下の言葉。
 パソフは案内するために先に降りた。
 それからハルガンはホルヘに介助されながら降り立つ。
 部下たちは司令官の帰還を敬礼で向かえる。規律が行き届いているのは一目瞭然。
「いい艦だ」と、ハルガンはこの規律のよさを称える。
「こちらです、少尉」
「いや、今は曹長だ」と、ハルガンはパソフの言葉を訂正する。
 パソフはハルガンが降格された経緯を知っていた。軍事面でのミスならともかく、私怨である。同期でいつも上を行くハルガンは、パソフにすれば羨望の的でもあった。
「それより君は、中尉になったそうじゃないか、おめでとう」
 悪びれた節のないハルガンの祝言。
「有難う御座います、キングス伯爵。伯爵と呼ばせていただきます」
 以前は自分より上だったのだ、曹長とはいくらなんでも呼び辛い。
「曹長でかまわないぞ」
 パソフは笑った。以前となんら変わらない。階級にはこだわらない人だ。能力のある者はどんどん認めた。その反面、階級に相応しい能力のない者は、その階級すら認めなかった。そこら辺が私怨を買うもと。
 医務室に行き、ルカの容態を見る。左足は完全にギブスを付けられていた。
「切断しなくて、済んだのか」
 ほとんど原形を留めていなかったようだが。
「どうにか。何度か手術を繰り返せば、完治とはいかないまでも、見苦しくない程度までにはなるそうです」
「そうか」
 ハルガンはほっとした。
「それより、君の体だ。殿下より酷い」
「俺は」とルカの個室を後にしようとした時。
 クラークスが動いてくれたか。そう思った瞬間、ハルガンはどっと体の力が抜けたのを感じた。ルカの容態を見て安心したせいもある。
 今まで我慢していた体の痛みが、どっと押し寄せた。一瞬のめまい。
 だが、今ここで倒れるわけにはいかない。奴を完全にクラークスの手に渡すまでは。
 バランスを崩して倒れ掛かるハルガンをパソフとホルヘは同時に支えた。
 一瞬、二人の視線が合う。
 パソフはボイ人をこんなに間近に見るのは初めて。
「大丈夫ですか、少し休まれた方が」と、流暢なネルガル語で話すホルヘ。
 声帯のせいか、ボイ人の声はネルガル人より少し高めでキーキーした感じを受けたが、この男(?)の声は、低く落ち着いている。感じ的には悪くない。
「それより医務室へ。早く治療を受けさせた方がいい」
 止血剤と増血剤のみで動かしていた体が、いよいよ限界に達して来たようだ、睡眠を欲している。

 どのぐらい寝ていたのだろう、気付くとそこにホルヘが居た。
「お気づきになられましたか」
 ハルガンは頭を振り振りベッドの上に起き上がろうとするが、やたら体が傷む。
「肋骨と肩甲骨にひびが入っているそうです。少し安静にしていた方がよいとのことです」
 肩甲骨の方はルカを庇った時だが、肋骨の方は何時やったのか記憶にない。
「付いていてくれたのか、すまない」
「ときおり、オリガーさんとカロルさんが」 様子を見に来ていた。
「カロルが」と、ハルガンは苦笑する。
 とんだ姿を見せちまったな、後々言われそうだ。
「どのぐらい、寝ていた?」
「半日ぐらいです」
「ボイは、降伏したのか?」
「もう、時間の問題のようです」
 詳しい状況はわからない。だがときおりパソフが、状況を教えてくれた。第二陣も破られたと。
「そうか」と、ハルガンはまた目を閉じた。
 無条件降伏か。
 暫しの沈考の後、
「ホルヘ、ルカはかえしてもらう。出来ればシナカ王女と一緒にネルガル星へ連れて帰りたい」
 ホルヘは黙っていた。
「ルカ一人を連れ帰ったところで、おそらく駄目だろう。あれで一途だから、シナカ王女以外の女性を受け入れようとはしないだろうし」
 ホルヘは何も答えない。
「これからボイはネルガルの植民地になる。過酷な労働が待っている。ネルガル帝国に逆らって負けた以上、これが当然の報いだ。これがネルガルのやり方だからな。ルカはそれを知っていたから、初戦で勝って少しでもいいから有利な条件を付けて和議を結ぶつもりだった。お前等ボイ人にすれば、かなり不平等に感じたようだが。あれだけの条件を引き出せたのは、奴だからこそ出来たのだ」
 今となっては全てが後の祭り。治外法権だけでも撤回させられれば、ボイはネルガルに対しかなり平等な取り引きが出来た。
「後、戦争責任になるが」
 ハルガンは傷がうずき出したのか、そこで少し呼吸を整えてから、
「ネルガル人の方は、俺の命でルカや大佐には責任が行かないようにするつもりだが、ボイ人の方は、まず、国王の命は諦めてくれ。どうやっても助けられない。だがそれ以外の者の命は、どうにか助かるように手は打つつもりだ。だがある程度は覚悟しておいて欲しい。ネルガルとしては他の星への見せしめにも、二度と逆らわないように指導者全員の処刑を望むだろうから。どれだけ助けてやれるかは、はっきり言って保障はできない。最悪の場合はシナカ王女と大佐だけでも、どうしても助けたい。あの二人がいなくなってしまったら、殿下の精神が」
 それはホルヘにもわかるような気がした。
「シナカ王女は、ネルガルへ連れていっても粗末に扱うようなことはさせない。と俺が保障してもあまり意味がないか、もうその頃には生きていないからな。その点はクリンベルク将軍とクラークスに頼んでおく。ただ、殿下にはネルガルに友はいない、カロルを除いてはな。血のせいだ、ボイ人には理解できないだろうが。その代わり利用しようとする者は銀河の星の数ほどいる。その点で、シナカ王女には寂しい思いをさせるかもしれないが」
 例え後宮の館に戻れたとしても、他の館の王子や王女が交流してくることはない。それは過去が立証している。まして今度は妻が異星人ともなれば、後宮の館に住めるかどうかも。
「わかりました、どのみちボイに残っても王女としての生活はもうできないでしょう。それなら愛してくださる方の傍に居たほうが、姫様もお幸せでしょう」
 ハルガンの気持ちをそこまで聞いて、ホルヘはやっと答えた。
「すまない、有難う。それと、これはここだけの話になるが、出来ればレスターの夢をかなえてやりたい」
「レスターさんの夢?」
「奴に、皇帝になれと言っていただろう」
 ホルヘははっとした。
 ハルガンはニタリとすると、
「その場合、ネルガルでは世継ぎが必要になる。ルカが側室を持つことを、お前から、シナカ王女を説得してくれないか」
「ハルガンさん」と、ホルヘは驚いたように。
「ここだけの話だ。そのことに関しては、ケリンに頼むつもりだ。あいつは元情報部だからな、ネルガルに戻ればいろいろな情報を手に入れることが出来る。それを利用して、クーデターを」
 ホルヘは黙ってしまった。
「そうすれば、ボイも開放される。奴はボイを植民地にしておこうなどとは思わないから」
 ハルガンは痛みをこらえながら体勢を変えようとした。
 ホルヘが手を貸す。
「わるいな、同じ体勢だと腰に堪える。まあ、背中であれだけのものを受けたからな、一時は背骨が折れたかと思ったよ」
 ハルガンは既に骨に異常があることは感じていたようだ。怪我は一度や二度ではない。戦場を走り回っていれば、もっと悲惨な怪我も、よく生還できたと感心したことすらあった。
「ホルヘ、国王は任せろ。もし死後が、お前たちの言うよう世界なら、今度はもっといい人生が送れるようなところに転生できるように手伝ってやるから。俺たちの言うような世界なら、天国への水先案内を務めてやる。途中、レスターに会うかもしれないな。最もレスターと俺は地獄行きかもしれねぇーが、その時は地獄の亡者どもを従えてクーデターを起こし、魔王の玉座を奪い取って国王に捧げるよ。そうすれば地獄も住みやすくなる。あの方なら、素晴らしい統治をするだろうから」と、ハルガンは不遜に笑う。
 確かに、ハルガンさんとレスターさんが組んでは、怖いものはないだろう。
 ハルガンたちが地獄へ行った時の閻魔大王の困り果てた顔を想像し、ホルヘは苦笑した。そして、
「ハルガンさんとレスターさんは天国行きですね」と言う。
 ハルガンは怪訝な顔をしてホルヘを見る。
「どうして、そう断定できる?」
「私が魔王だったら、地獄に災いをもたらすような方々は、入り口でお断りいたしますから」
 ハルガンは今度はどっと笑った。お陰でその振動が傷に響く。
「痛てぇー」と言いながらも、笑いが止まらない。
「随分、楽しそうじゃないか」と、カロル。
「あれ、何時から居た。暫く見ないうちに、でかくなったな」と、からかいながらも、もしや不味い話を聞かれたかとハルガンは警戒した。
「笑い声が聞こえたからな」
 入って来たようだ。
「地獄へ行った時の話をしていたのさ。レスターと俺で、魔王の玉座を奪ってみせるってな。そしたらこいつ、私が魔王だったら地獄の門を閉ざして俺たちを通さないと、地獄の平和のためにな。だから俺たちは死ねば必然的に天国へ行くことになるだろうって言いやがるんだ」
 カロルもその作戦には大いに納得した。
「俺もホルヘの考えに賛成だな。俺が魔王でも同じことをするよ。ネルガル軍の超はみ出し者を二人も受け入れちゃ、地獄もめちゃめちゃにされちまうからな。この際、天国へ行ってもらった方が」
「そうか、じゃ天国へ行って綺麗どころを侍らかして毎日ドンちゃん騒ぎか」
 カロルは顔を片手で覆ってしまった。
 こんな奴があの世に行っちゃ、神様も大変だろうと。て言うことは、こいつ、どんなことがあっても死なないんじゃないか? 受け入れ先なし、と言うことで。しかしルカも、よくこんな奴を部下に収めておいたものだ。
「どうしたカロル、お前に似ず、考え事か。下手な考え休むに似たり、と言うからな」
「余計なお世話だ」
 カロルは脹れた。
 カロルの元気がないところを見ると、まだルカの意識は戻っていないようだ。
 薬が強すぎたか、オリガーの野郎、どのぐらい射った。
 カロルはハルガンのベッドの傍に椅子を持ってくると、そこに座り、
「なっ、ハルガン。ボイ人たちに降伏するように言ってくれ。もうこれ以上、犠牲をださなくとも」
「それなら既に宰相には話してある、戦いが始まる前にな」
 えっ! と驚くカロル。
 ホルヘも初めて聞くようだった。唖然とした顔をしている。
「ルカは、全てを宰相にだけは話してある。万が一、まぐれでこの戦いに勝っても、次はクリンベルク将軍が出撃して来ると。そしたら勝ち目はないと。現にこの戦いで、ボイは全ての戦力を使い切っている。もう余力はないからな」
「おっ、親父が!」
 カロルも唖然とした顔をした。
「そのため、今クリンベルク家は、全員休暇を取っているんじゃないのか」
 そう言われれば、兄貴たちが珍しく揃って暇そうだ。
「そういう事だ。だから俺たちが負けた段階で、降伏するようにと。今頃、会議を開いているはずだ。ボイ人は何事も議会で決めるからな。なかなか決まらないという欠点はあるが、決まれば誰もそれには逆らわない」
「そうか、奴はそこまで読んで」
「お前たちとは戦いたくないからな。俺も将軍が相手じゃ、武器も兵力も互角で勝率五十パーセントかな。まして兵力が落ちてはな」
 ボイ人がネルガル人より落ちると言うことではない。経験が圧倒的に不足していると言うことだ。
 次は、自分たちがルカと戦う番だったと聞かされ、カロルはふらふらと出口へ向かった。
「カロル、シナカ王女を頼めないか。俺たちはもう動きが取れないから」
 戦犯として独房へ入れられるのが関の山。
「シナカ王女にもしものことがあったら、ルカが」
「わかった、着陸したら真っ先に手を打つよ」
「すまない。クラークスが来るらしい。奴に王女の身を」
「クラークスが!」
「聞いてなかったのか、パソフから」
「いや、俺、二等兵だし。じゃ、あの馬鹿も? 一緒なのか?」
 ネルガルの太子に対し、馬鹿呼ばわりである。
「奴は、クリンベルク家に置いて来たらしい」
 こちらも奴呼ばわり、どうやらこの二人の辞書には不敬という文字はないようだ。
「親父のところに! 親父も、また大変なものを預かったものだ」
 物扱いした上に、人事のようにその苦労をねぎらう。
「おい、ジェラルドの身に何かあったら、クリンベルク家は取り潰しだぞ」と、ハルガンは脅すように言う。
「まあ、そうなるだろうな」と、またこれも他人事のようにカロルは言った。
 ルカと戦うぐらいなら、クリンベルク家などない方がいい。
 カロルにとってクリンベルク家は二次的なものだ。一番大事なのは、ルカのこと。今はそれしか頭にない。
 カロルはハルガンが元気なのを確認すると、二等兵の部屋へと戻って行った。
 ベッドにごろりと横になる。
「どうしたんだ?」
 ここのところカロルが、食事が済むと定期的に医務室に行くのを気にして、エドリスが訊く。
「腹でも、悪いのか?」
「どうしてよ?」
「医務室によく行っているようだから。元気もねぇーし」と、心配してくれる。
「女じゃねぇーのか。かわいい衛生兵でも居たんじゃねぇーのか。それで声かけているのだが見向きもされない」
「うるせぇー、そんなんじゃねぇー」と、カロルはふて腐れて毛布を頭からかぶり、彼らに背を向けた。
 暫くして、衛生兵が一人やって来た。こんなところには似つかわしくない将校階級の女性だ。
「カロル二等兵、ご友人が目を覚まされました」
 ルカの名前はわざと伏せたようだ。だが、カロルはそれを聞くや、毛布を跳ね除けガバッと起き上がった。
「ルカが、目を覚ましたのか!」
 女性の配慮は無に帰した。
 叫ぶが早いか、自動ドアの開くのもまどろっこしいと言わんがばかりに、そのドアに体当たりして隙間を掻い潜り、駆け出して行った。いつも大切にしている剣も放り出して。
「なっ、なんなんだ」と部屋の仲間。
「ルカって、誰だ?」
「この艦で、負傷した奴が居たのか?」
 戦闘した覚えもないのに。
「将校さんよ、ルカって誰なんです?」
「それより、彼は一体何者なのですか?」
 エドリスたちは逆に彼女の方から訊かれてしまった。
「何者と言われてもねぇー。俺たちよりあんた達の方が、俺たちのデショには詳しいだろうに」

 脱兎のごとく飛び込んで来た。そこにはパソフ司令官とオリガーが居た。
 前かがみになってふうふうと呼吸を整えるカロル。
 ルカはその姿を視線で追った。
 三年前だった、最後に会ったのは。ルカ七歳、カロル十四歳。今のカロルは十七歳、第二成長期の真っただ中、背もすらっと伸び昔のガキ大将という面影はなくなっていた。初陣も済ませ、二等兵の軍服を着ているものの、もう一人前の軍人だ。
「やぁ」と、片手を挙げて挨拶する。
 やはりここら辺は、昔となんら変わらないガキ大将だ。外見だけか立派になったのはと思うと、少しほっとした。戦争は人を変えると言うが、カロルには当てはまらないようだ。
「心配、かけましたか」
 何度もカロルが様子を見に来ていたことは、オリガーから聞かされた。
「そうでもないさ、お前のようなひねくれ者は、絶対天国はもとより、地獄からも迎えは来ないだろうから」
「それ、どういう意味ですか」
「なに、ハルガンがもし地獄へ行ったらレスターと組んで、玉座を魔王から奪うと言っていたからな、そこへお前まで行ったんじゃ、地獄も大変だろう。俺だったら絶対門を開けずに追い返すなって思ってな。最もこれ、ホルヘの考え。俺は賛同しただけ」
 オリガーは笑ってしまった。
「あなた方は、私の意識がないと、そういうことを言っているのですか。よーくわかりました、ホルヘさん」
 いきなり振られたホルヘは意味が解からず、ポカンとした。
 ホルヘはハルガンの様子を見に行って来たところだった。ルカの意識が戻ったと聞きつけ、慌てて来てみれば。
「何のことでしょう?」と訊き返すホルヘに、
「まあ、いいから、いいから」と、カロル。
「少し、話がしたいんだ、時間は?」と、カロルは担当医のオリガーに訊く。
「十分位でしたら」
「十分! それじゃ顔見ただけで終わりじゃん」
「一分と勘違いしていませんか」
 カロルは何も答えない。仕方なくオリガーは、
「では二十分、それ以上は駄目です。疲れますから」
「わかった」と言うと、カロルはせっつくようにして全員を部屋から追い出した。
「これで邪魔ものはいない」と、両手をまるで塵でも落とすかのように叩く。
 ルカはカロルのその姿を見て笑う。初めて笑ったような気がした。ここ数日、笑ったことがない。シナカの前ではわざと作り笑いを浮かべてはいたが。
「痛むか?」
「麻酔が効いていますから」
「そうか」と、カロルは椅子をベッドの脇に引きずり寄せると、そこへドカッと腰掛けた。
 じっとルカの顔を見詰める。
 初陣で勝利を収め帰還した時、皆に祝福されながらも、漠然とした不安があった。これで俺も、晴れてクリンベルクの姓を名乗れると思いつつ、何時か、こいつと戦火を交える日が来るのではないかと。それがこんなに早い段階で現実化されつつあったとは、思ってもみなかった。二回戦、こいつが勝てば、三回戦は親父が出撃する。ネルガルの皇帝に親子の情はない。
 カロルはルカを目の前にして思う。
 助けたいという気持ちと死んでくれればと思う親父の心の葛藤。
 お前が生きていると、ギルバ王朝はどうなるのだ。
 固まってしまったかのように、じっと動かないカロルを見て、
「どうしました」と、ルカは尋ねた。
「いや、何でもない。それよりシナカ王女は?」
「トリスに頼んで星系外へ避難するように言っておいたのですが」
 ハルメンスから何の繋ぎもないところをみると、失敗したのかもしれない。
「ハルガンはそんな事、一言も言っていなかったぞ」
「ハルガンは知らない。私個人でトリスに頼んでおいたのですから。ハルガンたちに言えば反対されるのは必定だったから」
「そうか」
 ルカは天井に視線を移すと、
「でも、失敗したのかも知れない。何の連絡もないからな」
「それらしき船を拿捕したという知らせは入っていないぜ。連絡が取れないだけじゃ?」
「そうかもしれない。でももしかすると、国王が私の考えに反対したのかも」
「反対って?」
「だから、星系外逃亡を拒否した」
「どうして?」
 逃げられれば命は助かる。何も反対する理由がない。ましてこいつのことだ、準備万端整えてからの行動だろうから。
「ボイ人って、意外に頑固なんですよ、職人気質とでも言うのかな、私は国民から選ばれたのだ。国民を捨てて逃げるわけにはいかない。などと言われた時には、クリスでは説得できまい。私でも、無理だと思う」
 カロルは黙ってしまった。暫しの沈考。
「じゃ、まだボイ星にいるというのか」
「その可能性もある」
 カロルは視線を床に落とし、また暫し黙り込む。
 視線を上げると、
「わかった、着陸したら真っ先に王女たちを探してみるよ」
「済まない」
「気にするな、ハルガンに聞かなかったか、戦場での貸しは作れるだけ作っておいた方がいいって。まあ、後で十倍位にして返してもらうから」
 ルカは苦笑した。確かにそのようなこと、聞いたことがある。
「ボイ星と言われても広い、何処に居るのか見当はついているのか」
「居るとすれば地下道なのだが」と、ルカは自分の認識プレーとに貼り付けておいたマイクロチップをはがし、寝たままの体制で手元のコンピューターを自分のところへ引き寄せ、操作し始めた。そしておおまかな洞窟の見取り図を再生する。時間があればもっと細かいデーターを調べて打ち込めたのだが。
 こいつ、何処に居ても隙がないな。だが、このデーター、敵の手に落ちたらどうするつもりだったのだろう。
 ルカはカロルの心を読んだかのように、
「飲んだ」と、答える。
 はっぁ? と、訳のわからぬ顔をしているカロルに、
「今、そんな顔をしていたから、敵に渡るぐらいなら食べると答えたまでです」
「俺の顔って、そんなに解かりやすい?」
「ええ」と答えると、ルカは本題に入った。
 カロルは自分の顔を両手で軽く叩いた。これでは敵に作戦を直ぐ読まれてしまうと。
 ルカはスクリーンに映ったある場所を指差す。
「ここが、入り口です」と、洞窟の入り口を教える。
「おいおい、この地下道は、一体どうなっているんだ」
 カロルは洞窟の余りの広さに唖然とする。洞窟や地下道と言うよりもは、コロニーの下に広がるもう一つの小コロニー、言うなれば地底都市。
「おそらくシェルターだったのだろう、数千年前は。ほぼ、コロニー全員を収容できる」
「数千年前はって?」
「何時作られたのかは誰も知らないのです。ただあると言う事は、上層部の者たちは知っていた。お陰で今回は助かりました」
 そのお陰でわざわざシェルターを作る必要はなくなった。医療品と食料を運び込むだけで事足りた。
 カロルは携帯を見た。そろそろ時間だ。
「ルカ、その地図、コピー出来ないか」
「コピーしてもいいが、何処に隠しておく気だ。それこそ他の者に見られたら」
「食う」
 ルカはやれやれと言う顔をした。
「冗談だ。剣に」と言って、カロルは剣を部屋に置いてきたことに気付く。
 まあ、いいか。と思いつつ、
「剣に括り付けておくよ。そうすれば剣が見張っててくれる」
 馬鹿な。と言うルカに対し、
「本当だ。あの剣は」とカロルは言いかけて、
「丁度いい、おもしろいものを見せてやる。あの剣は、俺が呼べば来るんだ」と言いつつ、カロルは心の中で念じた。
(剣よ、俺の手元へ) 来い、と。
 だが、いくら念じても、剣は現われない。
「おかしいな、何時もこう念じると目の前に」
 ルカは変わったものでも見るような目つきで、
「カロル、戦場で、頭でも強く打ったことがあるのか? 一度、頭の精密検査、受けたほうがよくないか」と、本気で心配し始めた。
 カロルは、あっ? と言う顔をした。
「カロル、大丈夫か。ちなみに、これ何本に見える?」と、ルカはカロルの目の前に指を一本立ててみせた。
 カロルはそのルカの手を振り払うと、
「こら、俺を馬鹿にしてるんじゃーねぇー」
 ルカは笑った。振動が傷に伝わったのか、ルカは少し顔を歪めたが、減らず口までには伝わらなかったとみえる。
「剣に足がはえて歩いて来るなど、私には到底想像もつかない」
 カロルはむっとして言う。
「あのな、お前に言われたくない。大体お前の周りで」
 変なことが起きるのではないか。今回だって、俺をここまで案内したのはスクリーンに映った白い蛇。だがあの蛇は俺にしか見えなかったらしい。そしてあの剣、気味悪いとは思いながらも、何度となく命を助けてもらっているし、第一お前からの贈り物だしで捨てるわけにはいかない。
 そこにオリガーが入って来た。
「時間です」
 やれやれと立ち出すカロルに、ルカはそっとチップを手渡す。
「シナカを頼む」
「ああ、任せておけ」


 カロルは自室に戻る途中で、もう一度剣を呼び出してみた。
 心に強く念じながら、右手を前に突き出し空間を握る。
 感触。
 見ると、右手はしっかりと剣を握っていた。
「やっぱり」と、思わずカロルは声を出してしまった。
 誰かに見られたかと思って辺りをキョロキョロしたが、誰もいない。
 ほっと胸を撫で下ろすと、やっぱりこの剣、羽こそはえていないが、空間を飛んで来るんだ。
 カロルは今の現象を説明するつもりで急いでルカの病室に戻って来たが、そこには面会謝絶のサイン。
 中からオリガーが出て来た。
「奴は?」
「お休みになられました。あなたと話されたのがよかったのでしょう、今までになく安らかなお顔をされております」
「そうか。足だけじゃないな、呼吸も少し苦しそうだったし」
「艦がハイドスにぶつかった時、何回かバウンドしましたから、その時どこかに強くぶつからせたのでしょう、左の鎖骨が折れております。それに内臓の方も強く打ったと見え、ときおりもどされます。子供は体重が軽いですから、その分振り回されてしまったのでしよう。少し安静にしていただきたいのですが」
 そうだったのか、じゃ、ハルガンより重症じゃないか。
「そうか、わかった。もう少し気を使おう」
 カロルは自室に戻ることにした。どうせこの現象を説明したところで、実際に見せない限り奴は信じない。否、見せたところであいつのことだ、トリックを疑うだろうな。とにかく全て科学的に証明しなければ納得しない奴だ。


 自室へ戻ると、広くない部屋は大騒ぎになっていた。
「どうしたんだ?」と言うカロルの顔を見て、部屋の奴等が一斉にある場所を指し示した。
「剣が?」
「さっきまでそこにあったんだけど」
「俺、盗んで」と、ロベルトは言いかけて止める。
 カロルの腰に。
「あっ」と、誰もが驚く。
 カロルは剣を携帯していた。
「どうやったんだ、だって、さっきまでそこにあったのに」
「だから、言っただろ、この剣は呼べば来るって」
「嘘だろ」
 誰も信じようとはしない。しかし、
「だが現にお前等見ただろう、この剣が消えるのを」と、力説するカロル。
「あっ、俺、確かに見た。剣が消えるのを」
 剣が消えたことに関しては、皆も納得せざるを得ない。だがその後の奴等の言葉を決まり文句だった。
「どうやったんだ?」
 やはり誰も信じようとはしない。
 だがカロルはそれでも力説し、このことをルカに話してもらおうと考えた。これだけの証人がいれば、いくら奴でも。
「なっ、それを、奴の前で説明してくれないかな」
「奴って?」
「俺の友人」
「ルカとか言う?」
「何で奴の名前、知っているんだ?」
「そう言いながら、さっき飛び出して行ったじゃないか」
「あっ、そうだったっけ?」
 全然覚えていない。
「そのルカって言う奴、ボイ人なのか?」
 はっ? 何でそうなるんだ。と思いつつも、確かに、奴は外見はネルガル人だが心はボイ人なのかもしれないと思った。まあ、ネルガル人離れしているのは確かだ。
「俺、ボイ人、見てみたいな」
「俺も」と言う仲間。
「じゃ、連れてってやるよ、明日、昼飯食ってから。ただし、一つだけ約束してくれねぇーか。奴のところで見たり聞いたりしたことは、他言しないと」

 昼食後、カロルは約束通り皆をルカのもとへ案内した。無論、ロベルトも一緒に。実は、こいつだけはと思ったのだが、一人だけ仲間はずれにするのも気が引けたので誘った。
 特別病室の前、下士官クラスの護衛が二人立っている。カロルはもうすっかり顔なじみになっていた。
「カロル、今日は賑やかだな」
「入っても、いいかな」
 面会謝絶の札は出ていない。
「こんなにですか」と、少し護衛は訝しがる。
 護衛たちは、自分が護衛している人物の身分を聞かされているようだ、少し警戒ぎみにカロルの背後にいる二等兵たちを見た。
「退屈しているだろうと思って、話し相手に。部屋の仲間なんだ、どうせ、十分か十五分ぐらいだろうけど」と、カロルに軽く言われ、警戒心が薄れる。
 パソフ司令官から、カロルは自由に出入りさせるようにとも言われていたこともあり、どうぞ。とばかりに扉の前をどいた。
「じゃ、遠慮なく」
 部屋はカロルたちが押し込められている部屋の三倍は優にあった。調度品が取り揃えられており、奥に寝室、そのベッドの上に一人の少年、否、髪をボーイシュにカットした少女か、線が細く色白で人形のような子供が寝ていた。髪の色はネルガルで一番高貴とされる朱、これで瞳が翡翠のようだったら申し分ないと、誰もが思った。
「まさか、お前のこれ」と、エドリスがカロルに小指を立てて見せる。
「馬鹿、奴は男だ」
「男! あれで?」
「ああ、口の悪いな。見た目と性格は雲泥の差だから、気を付けろ」
 カロルは仲間たちにルカのことをそう紹介すると、ベッドに近づく。
 覗き込むとルカは目を閉じている。
 寝ているようなら出直すかと思いながら、微かに声をかけてみた。
 すると目が開いた。その瞳は、誰もが憧れる翡翠色。
 カロルは背後でその美しさに溜め息が漏れるのを感じた。怪我して包帯を巻いていてもその美しさは隠せないかよ。と思いながら、
「起こしてしまったか?」と、ルカに声をかけた。
 ルカは軽く首を横に振ると、
「少しうとうとしていただけです」
「ひとりなのか?」 物騒な。
「先程まで、ホルヘさんが居てくれていたのですが」
「そうか」と言いつつ、辺りを見回してもホルヘの姿はない。
 用でも足しに行ったのか?
「ハルガンさんの容態でも見に行かれたのかもしれませんね」
「そうか」と、カロルはルカのベッドの横に腰掛けると、
「退屈だろうと思って、話し相手を連れて来た」
 話し相手? と思いつつ、ルカはカロルの背後を見る。
 全員二等兵の軍服だ。こんな部屋に入るのも初めてという感じにきょろきょろしている。
「おいお前等、紹介してやるから、こっちへ来い」
 カロルは仲間を一列に並べると、端から紹介した。
「あの、お二人は、どういう関係で」と、エドリス。
「どういう関係って、見りゃーわかるだろ、友達だよ」
 見て解からないから訊いたのだと、エドリスは心の中で言う。
 友達と言うわりには年齢も違う、第一身分が違う。方や貴族、それも見るからに上流の、そしてカロルは、どう見ても平民。実はお育ちのよい野蛮人として貴族の間では名を知られているのだが、平民は誰も知らない。
「友達って言うがさ」 どうもその後が続かない。
 見れば見るほど天と地、恒星と惑星、いや衛星ぐらいの差はある。
「友達ですよ」と、ルカが言ったので皆は納得せざるを得ないという状況になった。
 そして次に浮かんだ疑問が、
「何で戦艦に子供が?」 乗っているのだと言うことになった。
 そこに扉の開く音。入って来たのはボイ人。
「ホルヘ、どこへ行っていたんだ、ルカを一人にして」
 皆がホルヘに注目している時だった。
 ロベルトが動いた。ルカに向かって短刀をかざして来る。だがそれより早くカロルの抜き身の剣がロベルトに向かって一直線に飛んだ。しかしその剣がロベルトに刺さることはなかった。ルカのなげた笛が、剣を弾いたのだ。
「止めろ! アツチ!」
 ルカの叫び。
 だがその剣は鞘の方で思いっきりロベルトを打ち据えた。ロベルトは体制を崩し床に倒れる。そこへ先程の抜き身の剣を握ったカロルが襲い掛かった。今度はカロル本人なのだから、笛ぐらいで弾き飛ばすことは出来ない。一突きだった、急所を。ロベルトは声を発てる時間すら与えられず、息を引き取った。
 唖然とする仲間たち。
 笛に弾かれた剣は、まるで偶然のようにカロルの手の中に飛んで行った。そしてカロルの肉体を支配するとそのまま、ロベルトに向かって突き進んだ。
 カロルはよろよろと立ち上がった。
 そこへルカの叫び声を聞いた護衛たちが駆け付けて来た。
「殿下、何事ですか?」
「私は、大丈夫です」
「パソフ司令官に連絡を」
 さすがに精鋭隊と見え、瞬時の判断は早かった。
 一人の護衛がルカの傍に付き、もう一人が駆け出して行った、と同時に隣室で待機していた二人の護衛も入って来た。
 カロルは全てを停止してしまったロベルトの肉体を眺めながら、
「やったのは、俺じゃないと言っても、信じてくれないよな」
 血の滴る剣を下げながら。
「やったのは、アツチです」
「アツチ?」
 カロルは怪訝な顔をしてルカを見た。
 ルカは上半身を起こし、苦しそうにしながらも、
「エルシアが教えてくれたのです、私があなたを非難しないように」
 ルカはゆっくりとベッドの上に仰向けになる。それをホルヘが急いでやって来て介助しながら、
「それが、竜神様のお名前ですか」
「解からない。ただ、やったのはアツチだと、カロルではないと。エルシアは止めようとしたのだ、だが」
 自分はとっさでどうすることも出来なかったと、自分はただ殺したくないと思っただけ。それがエルシアに通じたのか、それともその思いそのものがエルシアの思いたったのか。
「どうして、殺す必要があったのだ?」
 ルカは誰に問うでもなく呟く。
「お前の命を狙ったんだぞ」
「彼も、生活できれば何も殺し屋になどならなかった」
「それを言うなら、こいつらも同じさ」と、カロルは部屋の仲間たちを示して、
「生活できれば、人殺しを職とする軍人になどならなかったはずだ」
 知らせを受けて、パソフとハルガンが駆け付けて来た。
「お怪我は?」と、まずルカの容態を気づかうパソフ。
 暗殺が未然に防がれたことを知るや、今度は護衛たちに状況を説明させた。
「パソフ司令官、少し待ってくれ、悪いのは俺だ。俺が強引に頼んで」
 その時だった、ハルガンがいきなりカロルを殴り飛ばした。
 カロルは殴られた頬を押さえながら、ハルガンを睨む。
「何時までもガキのようなことをやっているな! こいつが今、どういう立場にいるのか、お前だって知っているだろう」
「ハルガン、よせ。カロルは私を思って」と言うルカの言葉を、ハルガンは完全に無視して、
「お前は最初から目を付けられていたんだ。お前の傍にいれば、何時かお前が殿下と接触するだろうとな、この機会を狙っていたんだ。まんまといい鴨になりやがって」
「すまない、浅はかだった」と、カロルはその場で土下座した。
 ハルガンは大きく溜め息を一つ吐くと、
「今まではレスターが居たから、刺客をここまで近づけることはなかった。今はいないのだからな、心してくれ」
 つくづくレスターの有り難味を感じる。
 パソフはロベルトの死体を運び出すと同時に、遺留品から依頼者を割り出すように部下に指示したのだが、それはハルガンにきっぱり断られた。
「そんなことしなくてもいい、既に犯人の目星は付いている。お前たちでは手が出せない相手だ」
 つまりこれは、王族の内輪の問題、王位継承権が絡む。
「あまり深入りしない方がいい、ただ、ルカ王子を救出したというだけで」
 それ以上は俺たちに係わるなと言う感じだ。
「ルカ王子!」
 その名前に反応したのはエドリスだった。
「どうして、死んだはずの王子が」 ここに居るのだ。
 道理で、どこかで見たような気がしたのは、あの大々的な葬儀の主役の人物だったから。この戦いは、ルカ王子の弔い合戦ではなかったのか。
「記憶力がいいと、あまり長生きできないぞ」と、ハルガンはプラスターに手を掛けながら言う。
「そんな、少し待ってくださいよ、覚えているのは何も俺だけじゃなく」と、エドリスは背後にいる仲間たちに頷いて見せるが、仲間たちは誰も俺たちは知らないとばかりに手と頭を振った。
「おっ、お前等。仲間を裏切るのか」
「俺たち、何時仲間になったんだよ」
「そうだよ、そもそも俺たちはただ部屋が一緒だったというだけのことさ」
「なんて薄情な奴等だ」
「では、全員、口封じといくか」と、ハルガンはプラスターを抜いた。
 これにはルカとカロルが驚く。
「ハルガン、本気なのか」と、カロル。
「当然だろう、喋られては困るからな」
「俺たち、絶対、誰にもしゃべりません」と、二等兵たちは嘆願するかのように手を顔の前で合わせ、ハルガンに拝みかかった。
「その証拠は」
「証拠と言われても」
 二等兵たちは困り果てた。
「舌でも抜くか」
「そんな」
「じゃ、独房か」
 それしかないかと、二等兵たちが諦める。
「ハルガン、あまりからかうのは」と、ルカは困り果てている二等兵たちを見て気の毒に思い言う。
「殿下は、俺が冗談で言っていると思っているのか」
「違うのですか」
 当たり前だと言おうとするハルガンに、
「わかった、俺が責任を持つ」と言い出したのはカロルだった。
「パソフ、済まないが俺に私室を一つ用意してくれ。そこでこの者たちを従者として使う。これならいいだろ、他の兵士と接触することはまずない。それと地上部隊を一個大隊、俺に貸して欲しい。越権行為だということは重々わかってのことだ。シナカ王女を救出したい」
「失礼ですが、地上戦のご経験は?」
 ないのでは指揮を取らせるわけにはいかない。
「二度ほど」
「さようですか、それではご用意いたしましょう」
「ありがとう、このことは一生恩に着る」
「そのような」と、パソフは軽く笑う。
「私の方こそ、将軍へのお返しのつもりで」 この放蕩息子を預かったのだ。
「親父とは関係ない。俺は勘当されているんだ」
「そようでしたね」と、パソフは笑う。
 全ての事情を知った上で、パソフはクリンベルクからカロルを頼まれた。
「用意してもらうついでに、一つ条件を付けさせてもらってもいいかな」
「どのような?」
「ご婦人を救出に行くのだ。人前で直ぐズボンを下ろすような者は困る」
 つまりカロルは道徳心のない者は困ると言いたかったのだ。敵だからと無差別に暴力を振るような奴。出来るだけボイ人とは話し合いで解決したい。ボイ人はルカの臣民なのだから。
「かしこまりました」
 完全にパソフ司令官の方がカロルより下座に立ったので、この光景をエドリスたちは異様な感じに捉えていた。一体カロルとは、何者? 王子が友人だなんて、只者ではない。
「パソフ、特殊メイクの出来る奴はいるか」と、訊いたのはハルガンだった。
 いまさら整形手術では間に合わない。とりあえず特殊メイクで。
 パソフがその真意が取れず怪訝な顔をしていると、
「他人に成りすまして、俺もカロルと行く。地下道を、案内できるものが居たほうがいいだろう」
「それは、断る」とカロルは即答した。
「何!」と、ハルガンがカロルを睨み付けると、カロルは堂々と胸を張り、
「第一に、ネルガルは負傷兵を使うほど人材に不自由はしていない。第二に、地下道はホルヘに案内してもらう。ハルガン、お前より彼の方が使い道があるのでね。第三に、さっき言っただろう、聞いていなかったのか。ご婦人の目の前でズボンを下ろす奴は困ると」
 これには真面目なパソフ司令官も思わず吹き出してしまった。ハルガンに対しては言葉通りの意味になる。
 ハルガンは場を取りつくるため咳払いをする。
「ハルガン曹長」
 カロルはあえて階級を強調してハルガンを呼んだ。
「ルカの護衛をしてくれ」
「言っとくがカロル、俺はお前の配下じゃない」
「ルカ」と、カロルはルカに視線を送る。
 ルカはカロルの真意を察し、
「ネルガルに対する私の全権をあなたに一時委譲しましょう」
「だそうだ。ハルガン、改めて命令する。お前はここに残り、ルカの身辺の警護をすること」
 カロルはハルガンにそう告げると、改めてルカの方へ向き直り、
「ルカ、ホルヘを借りたい。前線へ連れて行く、帰せる保障はない。だが帰せなかった時は、俺の命で代金は支払う」
 戦場だ、やられる時はおそらく二人同時だろうと。
「その必要はありません」と、言ったのはホルヘだった。
「私は、自分の意思であなたに付いて行きます。ボイの王女と国王を助け出すのです。ボイ人がやらなくて、誰がやるのですか」
 ホルヘは改めてルカの方へ向き直ると、
「そういう訳です。私の同行を許してください」
「止めても無理ですね」と、ルカは苦笑した。
 言い出すと聞かない。ホルヘとどうも気が合うと思っていたら、どうやらここら辺が似ているのかもしれない。
「認めましょう。カロル、ホルヘは好きで付いて行くのです。ホルヘの身に何があっても、それはホルヘの責任です」
「一時、人質の役を演じてもらうかもしれないぞ」
「かまいません、それで戦いが避けられるのでしたら」
 話しは決まった。
「それに後一つ、ルカ、この作戦はお前が立てたのだろう、なら、抜け道もあるはずだ。前衛部隊よりも先回りしたい、どうすればいい。虫のよい話だが、出来ればこの戦力を損なわないままで」
 既に先回りとはいかないが、せめて同時にボイ星へ着ければ、殺戮を少しでも抑えられる。
「本当に虫のよい話ですね」と、ルカは苦笑しながらも、あるルートを教えてくれた。
「ここは私の子飼いの者たちが布陣しているところです。ホルヘが交渉にあたれば戦闘は避けられると思います」
 どちらから攻められても大丈夫なようにルカは布陣させた。片方はレイを中心にした混成艦隊。そしてもう片方は治安部隊(災害救助隊)たちを中心にしたボイ艦隊。どうやらネルガルの前衛部隊はレイたちの居るほうへ攻撃をしかけたようだ。
「話は済みましたか」と、オリガーは話が落ち着いたのを見計らって近づいてきた。
「殿下、隣に部屋を新たに用意していただきましたので、そちらへ移りましょう」と、既に護衛にタンカーをひかせていた。
「えっ!」と、驚くルカ。
「どうして、部屋替えをするのですか」
「血が流れた部屋だからです」
「別に私はこの部屋でかまいません。血痕はきれいに拭き取っていただいたし」
 沁み一つ残す事無く、何処に死体があったのか解からないほどにきれいに掃除されている。
「殿下、ここで人が殺されたと思いながら養生しても、一向によくなりませんよ」と言うと、オリガーは有無も言わさずルカをタンカーに移し、さっさと別室へ運び出した。
「強引な医者だな」
「ああでもしないと、おとなしく寝ている患者ではないからな」と、ハルガン。
 ある意味、オリガーのやり方は正しいとハルガンは確信している、少なくともルカに対しては彼のやり方は有効だった。
「て、言うことは、この部屋が空くと言うことだ。ルカは隣に居ることだし、パソフ司令官、この部屋を俺に使わせてもらえるといいな」
「よろしいのですか、死体が」
「戦場を駆け回っているんだ、死体の十や二十でびくびくするような俺じゃない」
「さようですか」
 ルカが別室へ移ると、ハルガンはソファに胸を押さえるようにして座り込む。
「無理して起きて来るからだ」と、カロルはハルガンの向かいに座った。
「奴だけはどうしても、生かしてネルガルに戻したいからな」
「それで、頼みがある」と、カロルはソファから体を乗り出しハルガンに話かけた。
「奴が、自殺しないように見張ってくれ」
 先程、不遜な態度とは比べものにならないほど、カロルは改まって言う。
 これこそが、ハルガンをルカの護衛に付けた真意。
「自殺?」
「ボイの国王を助けることはできない。奴は国王を実の父のように慕っているからな、おそらく全責任を取って」
「責任を取るって言うが、どうやって?」
「遺書さ」
「遺書?」
「おそらく、ジェラルドにすがるつもりだ」
「あの馬鹿に」と、ハルガンは噴出した。
「あの馬鹿にすがったところで」
「ジェラルドの背後には、クラークスが居るんだよ、奴なら」
 ジョラルドの特権をうまく利用して、国王を助けられるかもしれない。
 ハルガンは黙り込んだ。
「俺だって考え付くんだ、奴がそれを考えないとは思えない。それで奴は、国王たちを星系外へ避難するように段取ったのさ」
「それはどう言う事だ」と、ハルガンは聞き捨てならないと言う感じに、体を前に乗り出し訊いてきた。
「国王を避難させるなど、俺は聞いていない」
「当然だ、話していないのだから。お前に言うと反対されるのは目に見えていたからだそうだ」
「知っているのはリクスだけだ」
「あいつ、そんな素振り一つも見せなかったぞ」
 奴は隠し事を出来るような奴じゃない。そんな重大な事、隠しているような直ぐにわかる。
「それも当然だ、打ち明けられたのは戦闘に入る数日前だったらしい。全員がそっちの準備で忙しかったから」
 まんまとルカに出し抜かれたのだ。
「あいつはずっと戦闘中、ハルメンスからの連絡を待っていたようだ」
「それで通信回線を二つ、空けていたのか。一つは敵通信の傍受、こっちは意味が解ったが、後一つが」
「そう、一つは成功すればハルメンスから何らかの繋ぎがあるだろうと、そして後一つは、万が一失敗した時は、敵から何らかのアクセスがあるだろうと」
 ハルガンは唸った。
「ルカの動きに気付かなかったのか、お前でもしてやられることがあるんだな」
 成程、だからあいつはこいつが使えるのか。とカロルは納得する。
 カロルは皆をソファに座らせると、
「ホルヘ、そこでお前に一つ、訊きたい事がある」
「私も初耳ですが」と、困惑したような顔で答える。
 よって、何を聞かれても答えられない。
 本当にあいつ、一人で段取ったのか。
「国王は、ルカの提案を受け入れるかな?」
 ネルガル人なら再起を図ると言って簡単に受け入れるが、ボイ人はどうなのだろう。
「おそらく、受け入れないと思います」
「やはり、そうか」と、カロルは納得したように頷く。
「どうしてだ」と言ったのはハルガンだった。
 ネルガル人的な考えを持てば、ボイ国王のこの行動は理解しがたい。ネルガル人的には、ここは一先ず引いて後日に備えるべきだろう。
「我々は国民の代表者なのです。国民に選ばれて今の地位があるのです。その国民を見捨てて自分だけ避難することは、我々には出来ない」
 国民に選ばれてと言うわりには、総選挙が行われるわけでもない。そこら辺が不思議な星だ。
「では、地下道に居る可能性が高いと言うことだな」
「いえ、居ると思います」
 可能性ではなかった、確信だ。
 カロルはテーブルの上に肘を立てると、両手を組み合わせ額に当てたまま暫し沈考した。
「パソフ中尉、ボイの艦隊には数艦の見張りを付けここに留まらせる。後は全艦、ルカの言ったルートでボイ星へ急行する。そう指示を出してくれるか。途中、ボイ艦隊との交渉は、中尉に任せる。もうこれ以上、俺は越権行為はしない。ただボイ星に着陸した時は、地上部隊を俺に貸してくれ。ホルヘさん、ポソフ中尉に協力してくれないか、出来るだけ戦闘は避けたい。ボイ人はルカの大切な臣民なのだからな」
 ホルヘは頷く。
 カロルはゆっくりと立ち出した。
「どちらへ」
「ルカの様子を見てくる。もう落ち着いただろうから」

 カロルが部屋を出るのを見て、
「大人になったな」と、ハルガンが感心する。
 どうにもならないガキだったが。
「戦争は、子供を大人にしていくのかも知れませんね」
 自分の甘い判断が、自分を慕う部下たちを窮地に追い込む。そんな経験がカロルを大人にし始めていた。
「いい片腕になるな、あいつなら」
「片腕?」
「ルカ殿下のさ」
 珍しくハルガンがルカを殿下として呼んだ。
「もしあいつが立つとすれば、一翼はカロルだ、そして奴の本艦隊はネルガル人と異星人の混成艦隊、残る一翼は異星人。そんな気がする」
 異星人にこれほど好かれるネルガル人も好かなかろう。
「パソフ、地上部隊だが」
 パソフは最後まで言わせなかった。
「わかっております、将軍に恩顧の者達を」
「すまない、カロルも失いたくないからな。奴等なら、この腐りきったネルガルを如何にか出来るのではないかと思ってな」
「随分と高く買っているのですね」と、バソフは驚く。
 自分が知る範囲では、キングス伯爵という人物、相手を自分より高く評価したことはない。それがことルカ王子に関しては、これは一度ルカ王子とじっくり話がしたいと思わされたほどだ。自分のような身分で許されることなら。
「ああ、奴に出来なければ他に出来る奴はいないと思っている」
「そこまで」
 さすがにここまで言われると、驚きを通り越して何も言えなくなった。
「しかし、子供とは、暫く見ないうちに大人になるものだな」

 カロルはルカの寝顔を見て戻ってきた。
「何だ、まだ居たのか」と、ハルガンたちに対して。
「どうだった」
 ハルガンはこの報告を聞いてから、自室へ戻るつもりでいた。
「強引に動かしたせいか、少し戻したらしい」
「そうか」
「あの医者、大丈夫なのか」と、カロルは心配になりハルガンに訊く。
 なんだったら主治医を替えた方がいいのではないかと。
「オリガーは乱暴だが腕はいい」
 ハルガンは断定した。戦場の医者である以上、丁寧なことはやっていられない。麻酔がなければ麻酔なしで手術を敢行していく。
「そうか、お前が言うなら確かなのだろう。だがもう少し優しくとも」 罰は当たらないだろう。
「ああでもしないと、あいつはおとなしく寝ていない」
 ボイ星での経験がオリガーにあのような態度を取らせるようになった。最初は高貴な方の脈を取るというので少し緊張していたが、下手に出ていては駄目だと直ぐに悟った。
「それで、今どうしているんだ、奴。苦しそうなのか」
「いや、今は穏やかに寝ている。起きるかと思って暫く傍にいたのだが」
 起こすのもなんなので、顔だけ見てきたようだ。
「よほど、強く打ったのかな」
 心配そうにカロルは呟いたが、気を取り直し、
「それにしてもよ、あの野郎、言うに事欠いて俺に頭の精密検査を受けろって言いやがったんだぜ、この剣のことを話したら。てめぇーこそ、内臓の精密検査を受けろって言うんだ」
「剣って?」と、ハルガンが怪訝な顔をする。
「いや、話せばお前も同じことを言うからな」
 これ以上馬鹿にされたくはない。
 ホルヘは優しい笑みをたたえながら、
「それは竜神様にからかわれているのですよ」
「はっ?」と言う感じに、部屋にいた全員がホルヘを見た。
「ボイ人ならこう言えば誰もが納得しますが、ネルガル人では無理ですか」
「納得できねぇー」と、カロル。
「まだ、刀身が消えるだけならいい、王宮で皆があまりこの剣の噂をするものだから、少し自慢して見せびらかしてやろうと思って、皆の前で抜いた時だ」
「また、刀身が消えていたのですか」と、エドリスが言う。
「違う!」と、カロルは怖い顔をしておもいっきり否定した。
 そんな生ぬるいことではなかった。
「刀身がぼろぼろに錆びていたんだ。まるで何百年も土中に埋まっていた鉄屑を掘り出したように。皆からは笑われるや馬鹿にされるはで散々だった。あげくの果てに、ボイ人の悪口まで並べられたんだぜ、ろくに刀も打てないくせに、鞘だけは立派だと。どういう意味だか解るか。中身はないが見てくれはいいって事だ。お前等、体格はいいからな。戦えばネルガル人より強そうなんだが」
 やはり体が大きいと言う事は、それだけで相手に脅威を与える。
「なのに平和主義者ときている。俺、頭にきて、思わず池に投げ捨てちまったんだ。投げてから、しまったと思ったが、後の祭りだと諦めた」
 ホルヘは笑う。
「ボイ人が悪く言われたのに、カロルさんがそんなに怒らなくとも」
「お前は、そう言われて、悔しいと思わないのか」
「事実ではありませんから、腹を立てる必要もないと思いますが」
「はぁ?」とあっけに取られているカロルに、
「じゃ、どうして今、そこにあるんだ」と、ハルガンは剣の方を顎でしゃくるようにして問う。
「それがよ、次の日探そうと思ってとりあえず館に戻ってみるとよ、部屋にこいつが先回りしていたんだよ。それも凍るような白々とした刃を光らせて。まるで怒っているようだった。それでお詫びのつもりで鞘が池の土で汚れていたから、一緒に風呂に入って洗ってやろうと思って湯船につけたら、今度はとろんとしちまいやがったんだ。俺は焦ったよ。この金属、熱に弱いのかと思ってな。慌てて逆さまに吊るして、一体この剣はどうなっているんだと暫く眺めていたら、すっかりこっちがのぼせ上がって、まいったよ」
「それ、実話か」と、ハルガンは真剣な顔をして訊く。
「どうせ、信じないだろ」
 ホルヘは投げやりに言うカロルが可笑しくて笑った。
「すっかり気に入られているのですね、カロルさんは白竜様に」
「はぁ?」
「白竜様は子供がお好きなのです」
 それにはハルガンが笑い出した。
「それは納得する、ガキだからな、こいつ」
 カロルはむっとした顔でハルガンを睨んだ。
「カロルさん、それだけ白竜様に気に入られていれば、あなたは戦場で死ぬようなことは決してありません」
 ホルヘは断言した。
 それは確かかもしれないとカロルも感じた。現に身に危険が迫ると、必ずこの剣は助けてくれた。おそらくこれからも。
 ハルガンはくだらない夜とぎ話を切り替えるために、話題を変えた。白竜様だの剣が錆びたりとろけたりなどと、頭の正気なものが話すことではない。
「さて、俺の任務は決まったが、大佐はどうする?」
「リンネル大佐には、ここに留まってもらう。ボイの艦隊をまとめておいてもらいたいからな。ここで彼らに下手に動かれて、犠牲を増やしたくはない」
「後々レイと合流させるか」
「それは、駄目だ。温存する艦隊がかなりあると知れば、また打って出ようなどと馬鹿な考えを起こす奴等が現われるかもしれないからな。レイ少佐はレイ少佐で、小惑星地帯に留まってもらう」
「なるほど、その方が賢明だな。じゃ、後はお前に任せて俺は少し養生するよ」
「ああ、そうしてくれ。いざという時、腕が使えないのでは困るからな」
 ハルガンが出て行くと同時に、パソフも立ち出した。
「パソフ少尉、後は頼みます」
「わかりました。リンネル大佐には、カロル様の方からお話なされた方が、一度こちらの艦に来ていただきますので。おそらく殿下のことも心配されておられるでしょうから」
「そうだな、今後の打ち合わせもしたいしな」
 パソフは敬礼をすると部屋を出て行った。
 バソフと入れ違いに、女性の下士官が五人、シーツ等を持って入って来た。
「お部屋の掃除と、ベッドメイキングを」
「いや、いい。自分でやるから」と言うカロルをよそに、五人の下士官はさっさと自分の仕事に取り掛かった。
 戦場に出た時は、出来るだけ自分のことは自分でやるようにしていた。それが部下たちの気持ちを知る一つの方法だと思って。皆、不自由しているのだ、自分だけ館に居るような思いではいけない。
「お布団、消毒液の臭いがすると思いますので、取り替えます」
「それはいい」と、カロルは慌てて走りこんできた。
 取替えようとする布団を強引に引っ張る。
「本当にいいんだ。どうしてもと言うんならシーツとカバーだけ替えてくれ」
「本当にそれでよろしいのですか」
「ああ」と、カロルは頷く。
 ルカの香りのする布団、それに包まっていたいのだとは口が裂けても言えなかった。
 部屋を一通り掃除すると五人の下士官はカロルの前に並び、
「他に何か御用はありませんか」と、訊いてきた。
「君たちは?」と、問うカロルに、
「パソフ司令官より、カロル様の身の回りのお世話をするようにと言い付かって参りました」と、自己紹介を始めようとした時、
「俺のことはいい、見ての通り俺は二等兵だから、君たちに仕えてもらえる身分じゃない。自分のことは自分でできるから」
「でもそれでは、私達が困ります。司令官より」
「俺からパソフ司令官には言っておく」
 カロルと下士官たちの会話に、エドリスたちが恐る恐る入り込んできた。
「あのー、俺たちの部屋は、どうなっているのでしょう」
「あら、あなたたち従者の部屋はそこよ、決まっているでしょ。布団は自分でやりなさい」
 そっけない言い方。
 なっ、なんなんだ、この待遇の差は。三人は誰しも心で思った。
「後はこいつらにやってもらうから」と、カロルは下士官たちを強引に部屋から追い出した。
「お前等、ベッドはそっちにあるから、寝るときだけそこを使えばいい。後はこの部屋を自由に使ってかまわないぜ」
「よっ、お前、一体何者なんだ?」
「俺は、カロルだよ」
「そりゃ、わかっているよ。何故、司令官がお前に様つれて呼ぶんだって言っているんだよ」
「そりゃ、司令官の自由だろう」
「はぁ?」と三人。
 だがその中の一人がめげずに訊いて来た。
「ルカ王子って、ボイ人に殺されたあの王子のことだろう?」
「ロブソン、余計なことは言うな。さっきハルガンが言っていただろう、命が欲しければ係わるなと」
「わっ、わかったよ」と、ロブソンはしぶしぶ承諾した。
「他の奴等もだ」
 それで誰もが黙り込んでしまった。
「ホルヘ、お前はどうする?」
「私は殿下のお傍に。リンネルさんがおりませんので、何かとご不自由ではないかと思いまして」
「そうか、すまないな」
「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。いろいろと配慮してくださいまして」
 カロルは苦笑すると、
「ハルガンにも言ったが、ルカのこと」
「畏まりました。隣ですので、何かありましたら直ぐ連絡いたします」
「そうしてくれると助かる」
 ホルヘが出て行くと、部屋の中は二等兵の部屋の顔ぶれになった。ただ違うのは狭い三段ベッドではなく、部屋も広く豪華な調度品に囲まれていることだ。それもその調度品ときたらエドリスたちが一生お目にかかることもないような品々だ。テーブルやソファ一つにしても、使って傷やしみなど付けては一大事だ。
 豪華なソファに、まあ、座れよ。と言われ、思わす遠慮してしまった。
「そうか」と、カロルは何かを思い出したとみえ、いきなり立ち出すと、
「こっち、こっち」と、奥の部屋に手招きする。
 そこには小さなカウンターがあった。扉を開くと銀河の銘酒が勢ぞろいしていた。エドリスたちは目を見張る。
「こっ、こりゃすげぇー。艦の酒保とは比べ物にならねぇー」
 カロルはその中から一つ選び出すと、三人に注いでやり、残りを自分のグラスに注ぐ。
「飲んでいいのか?」
「ああ、口止め料だ。好きなの飲んでいいぞ」
 エドリスたちは喜ぶ。
 彼らにとっては高級酒だが、カロルにしてはそれなりの品でしかなかった。まあ仕方ないか、この艦を利用する相手の格によって酒も用意される。しかしこんな安物をあいつに飲ませたのでは、とまで考えて、カロルは可笑しくなった。そう言えばまだあいつは十歳だったな。



 数日後、治安部隊(災害救助隊)が布陣している領域をホルヘの交渉で難なく通過したパソフ率いる艦隊が、ボイ星の軌道上に現われた時には、既にコロニー上空を覆うシールドは破られ地上への攻撃が始まっていた。
「降下する」
「この中をですか」
 地上は激しい空爆に見舞われている。
「当然だ、奴等よりも先にシナカを見つけ出さなければ、意味がない」
「それはそうですが、余りにも危険すぎる」
「前衛艦隊の指揮を取っているのは誰だ?」
「ゴードン・カーティス・カンツ中佐です」
 カロルはどこかで聞いたことがある名だなと思いながらも、
「彼に、降下するから援護を頼むと伝えてくれ」
 カーティスの方でも地上戦の準備は整えていたようだ。そこにパソフから、クロラ総司令官からそちらの指揮下に入るようにと指示されて来た。という通信が入る。しかもボイ人を捕虜にし、その者が戦後の身の安全と引き換えに協力を申し出たと言う、願ってもない話だった。
 罠かもしれない。だが未知の惑星に案内人がいるのは心強い。ここは賭けるしかないと判断したカーティスは、パソフの提案を受け入れた。
「カロル様、着陸の許可を得ました。もっとも彼らと共同戦線になりますが、着陸すればそれぞれの分隊に分かれると思いますので」
 分かれてからはある程度行動の自由が利くだろうとの予測だ。
 わかった。とカロルは頷きながらも、
「その、様はやめてくれないか。お前は中尉で俺は二等兵なんだから、知らない奴等が聞いたらおかしく思うだろう、なっ、エドリス」
 いきなり振られたエドリスは、美酒にほろ酔い加減になりながら頷き、
「一体、お前、何者だ」と、また余計なことを口走ってしまった。
「エドリス、何度言えばわかるんだ、余計な詮索はするなと言っただろう。その酒、やらないぞ」と、カロルはエドリスから酒瓶を取り上げる。
「そろそろ酒は止めろ、お前等も俺と一緒に行動するんだからな。目的は王女の救出だ。わかっているだろうな、余計な詮索はしない。そうすればまた、うまい酒とうまいものを食わせてやるよ、好きなだけな」
「ほっ、ほんとか?」
「ああ、約束する。その代わり、俺に協力しろ。首尾よくいったら、ネルガルへ戻ったらいい女も付けてやる」
「ほっ、ほんとか?」
「俺は嘘はつかない。だから王女を連れて生きてこの艦へ戻れ。死んじゃ、約束がはたせなくなるからな」
 二等兵同士の話が付いたのを見計らってパソフが言う。
「カロルさん」
 様が駄目なので今度はさんを付けたのだが、
「カロルでいい。上官が部下を呼ぶときは呼び捨てだろう、まして相手が二等兵じゃ」
「そうですね、そこでお話があるのですが、地上戦の指揮は私が取ります」
 あっ! と、カロルは驚いた顔をしてパソフを見る。
「俺に部隊を貸してくれるはずではなかったのか?」
「二等兵が部隊を指揮するのは、おかしいと思いませんか」
 言われればそうだ。
「表向きは私が指揮を取ります。あなたはボイ語を訳すふりをして私に次の行動を指示してください。その方が部下たちも指示に従います」
 二等兵のカロルでは部隊を指揮することはできない。
「そうだな、悪かったな、今回の戦いでは本来なら後方支援で前線に出ることはなかっただろうに、迷惑をかける」と、カロルは頭を下げた。
 パソフはそれを優しく微笑んで見詰め、
「迷惑だとは思っておりません。お役に立てて嬉しいと思っております。どの道、何処に居ても死ぬ時は死ぬのですから、それが戦争です」
 そう言うとパソフはカーティスの旗艦で打ち合わせがあると言って、カロルの部屋を後にした。
 カロルはこのことをルカに知らせようと、二等兵三人を引き連れルカの部屋を訪れた。だが入り口で、護衛に止められた。この間のことがある。あれ以来ルカの部屋の出入りは限られた人だけになった。
「頼む、今回だけは」と言うカロルに、護衛たちは断固として断る。
 それをドアのカメラで見ていたルカがインターフォンで入れるように指示して来た。
「しかし」と言う護衛に、
「命令です」と、ルカの一言。
「責任は、私が取ります」とルカは言ったが。
 もしものことがあった場合、狙われるのは殿下なのだから殿下が負傷する確率は高い。下手をすれば。死んでしまった者がどうやって責任を取るつもりだ。と護衛たちは思いながらも、しぶしぶカロルをはじめその友人を通した。ただし、身体検査を厳重にして。
 ルカはベッドに少し角度を付けてもらい起きていた。傍にはホルヘが居て、さりげなく四人に椅子を用意してくれた。
 相変わらず色白で線が細い。しかし、
「起きてもいいのか?」
 オリガーに見つかると叱られると言いながら、
「内臓を強く打ったのかな、ものを食べるのが少しきついが、それ以外はなんともない」
「なんともないはずねぇーだろ、鎖骨が折れてるって聞いたぜ」
 カロルのその言葉にルカは苦笑した。
 あまり食が進まないようだが、見た目は元気そうだ。
 カロルの後ろに控えた三人は、相手がネルガルの王子だと知ってからは、恐縮して声も掛けられないようだ。
「明日、降下する。こいつらも一緒だ」と、カロルはエドリスたちを指し示した。
「シナカは必ず保護する」
 ルカは四人の顔をまじまじと見て、
「お願いします」と、頭を下げた。
「ああ、任せておけ。ホルヘ、案内を頼む」
「ボイは、降伏を考えていると思います。ただ議会にかけなければならないので少し時間が。こういう時は議会制は不利ですね、時間がかかりすぎる」
 議会でもめて結論が出なかったことをルカも何度か経験していた。当初は独裁政権のほうが手っ取り早くっていいと思いながら、苛立って政策の行方を眺めていた頃もあったが、このように時間をかけながら一歩一歩進むのも悪くないと思うようになって来ていたこの頃だった。ボイ星では焦って結論を出さなければならないような事項は過去になかったのかもしれない。だがやはり、このような状況のときには、早く降伏すれば、それだけ犠牲が少なくて済むのだが、議会の結論が出るまで待っていては、無駄に犠牲者を増やすばかりだ。
 そんなルカの心を察したのか、ホルヘが言う。
「もう、降伏は決まっているでしょう。後はそれをどうネルガルに伝えるかです」
 ルカは驚いたようにホルヘを見た。
「全員一致を見るのは難しいし、こんな時にそのようなことをやっていては星が持ちません。そのためにボイには特別な決まりがあるのです、王の中の王を選ぶと言う」
「それは、今世紀はコロニー5の王がボイの王を代表する王だということでしょう」と訊くルカに対し、
「それは、順番制で選ばれたわけではありません。このような星の一生を左右するような特別な時には、王の中の王を選ぶのです。それはつまりコロニーの王たちが集まって、一人の王を選び、その者に全権を集中させるのです。一旦その王が選ばれれば例え議会でも、その王に反対することは出来ません。その王が戦争を続けると言えば戦争は続くし、終わりにすると言えば終わります」
「それではまるで独裁ですね」
「ええ、この状況下で議会制は無理ですから」
 確かにとルカは頷くしかなかった。
「戦争が始まると同時にその者は選ばれております。よってその方が降伏すると言えば、ボイは降伏の手続きに入ります」
「しかし、そのようなことはどこにも記されておりませんでしたが」
 ルカはボイの書庫にシナカが怒るほど一人閉じこもり、ボイについていろいろと学んだ。
「ボイ人にとっては常識なので、あえて記載する必要もなかったのです」
 憲法のない星、全てが国民の常識で判断される。
 一体、誰? と言うルカの問いに、
「王たちが決めるので私には。ただ目印はあるのです。それは」と、ホルヘはペンラントの件を話した。
 ルカは書庫の中で十二の穴だけが空いているペンラントを見た。その内二箇所には宝石が入っていた。これは消滅したコロニーのものだと説明を受けた。残りの宝石はそれぞれのコロニーの代表者、つまり王が持っていると。
「ちなみにそうやって選ばれた王のことを朱竜と言います。白竜様は色がお白ので白竜とお呼びし、紫竜様は御髪が紫なのでそうお呼びします。そして朱竜はボイ人ですので肌が朱色なもので。朱竜の言葉は竜神様の言葉として伝えられますので、誰も逆らいません」
 そしてホルヘは知っている、今回選ばれた朱竜が誰なのか。既にその人物はネルガルとの戦争が始まると同時に選ばれていたのだ。ただ、本人が知らないだけで。
 そしてその朱竜の言葉をボイの指導者たちに伝えるためにも、ホルヘは地上に降りなければならなかった。
「そうだったのですか、きちんといざという時の体制も整っているのですね、私は少しボイ人を見くびっておりました」
 済まなそうに謝るルカに、
「滅多にこんなことはありませんでしたから、肝心のボイ人ですら忘れていたところです」と、ホルヘは苦笑した。
「気をつけてくださいと言うのもおかしいですね、これから戦場へ降り立つ者たちに。でもどうか無事で、無理をしないで欲しい」
「ああ、心配いらない。この剣があるからな。待ってろ、いい知らせを持って来てやるからな」
 ルカは嬉しそうに頷く。それからカロルの後ろで恐縮している三人を見て、一人ずつ名前を呼び、
「あなた方も、どうか無事で」と声をかけた。
 名前を呼ばれた三人は、それだけで、恐れ多いと思っていたのに声まで掛けてもらっては、何か気の利いた返事をと思ったが、出た言葉は、
「心配はいりませんぜ、俺たち、カロルと一緒だから、こいつ、悪運強そうだし」
 エドリスのその言葉にペレスとロブソンは驚き、慌ててエドリスの脇腹を小突いた。
「すみません、こいつ、口の利き方が」と言うペレスも敬語などは使ったことがない。
 否、今まで使うような場面に出くわしたことがない。結局、一番落ち着いているロブソンが丁寧に謝辞を述べた。
「そんなに硬くなるな、こいつは地でいっても怒る奴じゃないから。だいたいこいつの辞書には不敬という字はないんだ」
 カロルはいつからそう勘違いしたのか、ずっとそう思って来たようだ。真実は、カロルの辞書にこそ敬語という単語が落ちているだけなのに。
「病室では何もやるものがありませんね」と言うルカに、
「心配するな、戻って来たらしこたま褒美はもらうよ、なっ」とカロルは三人に相槌を求める。
 三人はそうだと言わんがごとくに大きく首を縦に振った。
「じゃ、ホルヘを借りていくよ」
 ルカは心配そうにホルヘを見る。
 カロルたちは戦場に慣れている、だがホルヘは。
「心配いりません、カロルさんが付いていますから」
 ルカは頷いた。カロルは信用できる。


 パソフがカーティスの旗艦から戻ると、さっそく作戦会議が開かれた。各分隊の分隊長たちが集められる。その中にカロルとホルヘも加わった。初めてボイ人を見た分隊長たちはざわめいた。ボイ人と戦っているとは言え、今までは艦隊戦だった。言うなればその姿を直接見ることはない。
「静かに」と言うパソフの言葉で会議室は鎮まった。
「紹介しよう、ボイ人のホルヘさんだ、彼が道案内をしてくれる」
「信用できるのか」と言う分隊長の声。
 パソフはそれを無視して、
「我々の任務は、首謀者の捕縛だ。彼がその者たちの隠れている場所へ案内してくれる」
 分隊長たちは一斉にホルヘを見た。
「ただし条件がある。軍法会議にかけるため生かして捕らえること」
 こう条件を付けることでボイの国王たちの命を確実とは言えないが、ある程度保障できる。
「抵抗された場合は、どうしたらよろしいですか」
「プラスターは殺傷レベルよりワンランク下に合わせてくれ」と言ったのはカロルだった。
 カロルは一歩前に出るとテーブルの上に両手を付き、額がテーブルに触れるほど頭を下げた。
「頼む、殺さないでくれ。ボイ人は俺の友達なんだ。この通りだ」と、もう一度頭を下げる。
 カロルがクリンベルク将軍の三男坊だということは、ここに居る大半の者が知っていた。彼らは皆、大なり小なりクリンベルク将軍には借りがある。そして三男坊がルカ王子と親しかったことも、将軍の口から聞かされていた。ルカ王子のお陰でカロルもやっとまともになってくれたと。だからルカ王子がボイ人の手にかかったと聞いた時には、真っ先にカロル坊ちゃんの心痛を推し量ったものだ。それが、
「坊ちゃん、これはどういうことなのですか」
 元クリンベルク家に仕えていた者はカロルを坊ちゃんと呼ぶ癖が抜けないと見え、重大事な場面なのにその言葉が出てきてしまった。呼んでから、はっ。と思ったが、
「ルカ王子は、殺されてはいない」
「カロルさん」
 パソフは焦ってカロルの言葉を遮ろうとしたが遅かった。このことは超極秘事項、軽々しく口に乗せては。
「パソフ、隠し事をして人は動かせない。増してこれから死地に向かう者たちに」
 カロルは分隊長一人ひとりを見ると、
「ルカ王子は殺されていない。この艦に居る」
 どよめきの声。
「あれは上層部が仕組んだ芝居だ」
「いつものことですか」と、分隊長の一人が吐き捨てるように言った。
 今ではこの手も読まれつつあった。毎回同じ手で他星に戦争を仕掛けて来た上層部のやり方。それに平民たちが疑問を持つようになって来たのだ。それによって流されるのは平民の血、利益を得るのは貴族たち。平民がそれに気付くようになって来た。そしてここに集まっている分隊長の半数以上は平民。ましてその下で銃を担ぐ者達は大半が平民だ。
「王子とは、ボイへ行かれてからも何度か手紙のやり取りはしていた。ボイはネルガルより良い所だそうだ。貴族と平民の差別がない」
 それにはざわめきが起こった、本当なのかと。
「人々は親切で時間はゆっくり流れ、生活にゆとりがあると。無論、夫婦仲もいい。シナカ王女は」と、カロルはそこで言葉を一旦切ると改まって、
「俺たちの真の目的は、この王女の救出だ。出来れば国王夫妻も」と、語調を強めた。
「奴の手紙によると」
 いつの間にかルカ王子は奴呼ばわりになっていた。
「シナカ王女は俺の姉貴に似ているそうだ。もっともボイ人とネルガル人じゃ見ての通り」と、カロルはホルヘを指し示す。
「外見は違うが、感じが似ているそうだ」
「では、つまり、こう」と、一人の分隊長が自分の頭に両手の人差し指を立て、角を作って見せた。言葉で言うのをはばかったらしい。
 カロルはむっとした。自分ではそう思っていても、他人に指摘されるといい気分はしない。
「そうじゃなくて! 優しいらしい。俺も姉貴のどこが優しいのかわからないが、奴は俺の姉貴を優しいって言うんだ。あいつ、感性が少しずれているからな、まあ、そういうことで一見の価値はあると思う」
 カロルがそう締めくくった時、分隊長の一人が、
「シモンお嬢様はお優しい方ですよ、警備をしていると労いのお言葉をかけて下さるし、気は使ってくださるしで」と、以前クリンベルク家に仕えていたのだろう、その頃のことを思い出して言った。
 それに対しカロルは大いに反発する。
「姉貴の、どこが!」
「それはカロル坊ちゃんが悪いのですよ、いい年しておねしょなどするから」
 はっ? とカロルは顔を赤くした。
「おっ、お前、何時の時代の話をしているんだ」
「つい、この間のことです」
 どっと笑いが起きた。
 過去を知っている者にはかなわない。
 カロルは、大きな咳払いをすると、
「とにかくだ」
 だがその後は、パソフが引き継いだ。
「真の任務は、ボイの指導者たちの身の安全だ。他の隊より先に行って彼らを保護したい。だが表向きはあくまで戦争指導者の捕縛だ」
 分隊長たちは、わかった。と頷く。
「それと、このことは聞かなかったことにしてくれ。自分と家族の身の安全を思えば、他言は無用だ」
 それも理解したようだ、全員頷いた。
 では、とボイの地底都市の地図をスクリーンに映し出し、説明に入った。


 制空権を制覇したネルガル艦隊は、小型艇による降下を始めた。地対空弾幕を張られた都市を避け砂漠へと降下する。その間も、降下する部隊を援護するため、ネルガル艦隊はコロニー上空から豪雨のごとく攻撃を続けた。美しいボイの町は見る見る瓦礫と化した。
 塵一つ落ちていない町だった。住民総出で毎朝掃除をする、これがボイ星の一日の始まり。トリスはこの星へ来た頃を思い出していた。ハルガン曹長が箒を持った姿、前代身聞だ。出来ることなら今から直ぐネルガルに戻り王宮のご婦人に話してやりたい心境に駆られたぐらいだ。だが結局ルカの親衛隊たちは最後には箒を振り回し、チャンバラごっこになってしまった。ネルガルでは掃除などした事のない連中だ、無理もない。剣の使い方の練習だと言えば見栄えはいいが。ゴミが街中を転がってあるくネルガルとは偉い違いだ。竜神様は淀んだ水を嫌う。水をきれいにするには陸地から掃除しなければならない。そのお陰でこの星は伝染病が猛威を振るうこともなかったようだ。だが、今その町が。
「こりゃ、地震よりひでぇーな、箒ぐらいじゃ、かたづきそうもねぇーや」とトリス。
 雷雨のような爆撃の中でも軽口をたたきながらテキパキと指示をするトリスを、治安部隊員たちは頼もしく思っていた。
「あらまし住民の避難はすんだな。じゃ、俺たちもそろそろ避難するか、後は自動地対空砲に任せて」


 一方、砂漠のど真ん中に降り立ったカロルの一派は、ネルガル地上部隊が装甲車に乗り込みコロニーへ向かうのに対し、ホルヘの案内でコロニーとは逆の方向へ移動し始めた。
「おい、何処へ行くんだ?」
「こちらに、地底都市へ続く洞窟の入り口が」
 地底都市は町の真下にはなかった。どちらかといえば砂漠より、そのため水の確保が一苦労だったようだ。それは地底都市を探索していてよくわかった。いたる所に貯水設備が設けられている。
 暫くコロニーと平行して走ると砂漠が途切れごつごつした岩だらけの場所に出た。
「なっ、何だ、ここは!」
 カロルは装甲車から頭を出し辺りを見回す。
 辺りは、岩柱とでも言うのだろうか、巨大な岩の柱が林のように乱立している。装甲車はホルヘの案内でその岩の間を通り抜けていく。
「ボイは砂漠だけの星かと思っていたら、こんな所もあったのか」
「星の八割は砂漠と所々このような岩があるだけです。残り二割が湖でその近郊にボイ人は集まって生活しています。星の大半は無人です」
「それを言うなら、ネルガルも同じさ。ネルガルの場合はその逆で、星の七割が海で残りの三割が陸地で、そこにネルガル人が生活している。海は無人さ」
「ですが、海洋生物がいると聞きました。ボイの砂漠には生物はいません。いるとすれば微生物だけです」
「まあ、どうみてもこれじゃ、微生物以外の生物は生きられそうもないからな」
 だがカロルは、この岩柱の林の中を進むにつれ不思議な既視感に囚われていた。
「まるで」
「どうなさいました?」
 パソフも同じようなもの/感じているのか、周りの景色を映し出しているスクリーンを食い入るように魅入っている。
「ときおり、岩の表面が光るのはガラス質のせいか?」
「そうです」と、ホルヘははっきり答えた。
 カロルはそんなホルヘの方に、油の切れた自動人形のように振り替える。
「そっ、それって」
 ホルヘはカロルが言わんとしていることを察知して、
「殿下も仰せになりました。ここで大きな戦争があったのではないかと」
 それこそ、ボイの文明を全て破壊してしまうほどの。
 岩柱の一つ一つを建物と見なせば、今装甲車が走っているところは街のメインストリートと言うことになる。道は立て横に美しいほど整然と走っている。その奥にあるのは一段と大きな岩柱。おそらく神殿、又は王宮。かなりの高熱で一瞬のうちに灰と化した町。
「そうか」と、カロルは頷く。
「奴も、そう思ったのか」
 その大きな岩柱の裏手にその入り口はあった。
 ホルヘはその手前で装甲車を止めさせると、車から降りた。
「こちらです」と、カロルたちを案内する。
「この場所は、私達ボイ人にはタブーとされて来たところです。この岩場に入ったものは生きては戻れない。と言い伝えがあります。ですから誰もここには近付こうとしませんでしたが、殿下は神だの迷信だのは、一切お信じになられないお方で」
 だろうな、とカロルはひとり納得する。徹底した現実主義者、ルカ自身が一番神秘的な存在だと言うのに。ボイに行ってもその性格は変わらなかったようだ。
「私達が拒否したものですから、親衛隊の方を連れて来ては探索しておられたようです。それでこの入り口を」と、ホルヘは地下へと続く洞窟の前に立った。
 どのぐらい降りて行くのだろうか、中を覗けば真っ暗で何も見えない。何かが出てきそうなほどの闇。
「ここから湖にかけて、地底都市が広がっております」
 つまりこれが核シェルター、あの岩柱が戦争の跡なら。
 余りの不気味な闇に誰もが足をすくめた。
 カロルもあまり気乗りはしなかった。宇宙の闇なら慣れている、闇と言っても恒星の光がある。だが地底の闇ともなると光は一切ない、圧迫されそうな閉塞感。だがここで躊躇している暇はない。
「行ってみるか」と、大きな声で隊員たちに声を掛けることによって、自分の気持ちを奮い立たせた。
「おいホルヘ、お前、先に行け。入ったことがあるんだろう?」
 ホルヘは首を横に振ると、
「いいえ、私も初めてです。この場所は禁地でしたから」
 はぁっ? とカロルは呆れた顔をすると、
「じゃ、どうしてこの場所を知っていたんだ?」
「殿下に教わったのです。この辺りにあると」
 こいつ、一度も来たことがないと言っているわりには迷うことがなかった。それだけルカはこいつにこの洞窟の位置をしっかりと教えていたという事か。
「殿下でしたら、ここから入ってコロニーまで行ったことがあるのですが」
 カロルはやれやれと肩の力を抜くと、剣の柄からチップを取り出す。
「やっぱり、これが必要か」
 地底都市の地図。それを携帯パソコンに挿入し立ち上げた。既に会議が行われている場所はルカが入力済み、後は現在位置を入力すれば、ナビの出来上がり。
「よし、こいつが案内してくれる、行くぞ」
 数名の見張りを残し、全員洞窟へ入って行った。
 洞窟の中を走るような速度で移動する。だが行けども行けども障害物に出会うことはなかった。余り前進がスムーズ過ぎて気味悪いぐらいだ。
 もしかして、これは罠で、何処かへ導かれて一斉掃射、なんちゃって。
 嫌な予感が過ぎる。
「おい、どうして誰にも行き会わないんだ?」
「こちらの方面から敵が来るとは、思いもよらなかったのではありませんか」
「どうして?」
 走りながらの会話は息が切れる。
「ですから、あの地は禁地で、誰も近付きませんから」
「それは、お前等にとってはそうかも知れないが、敵もそう考えると思ったのか、あの地に降り立つと死ぬから、入らない方がいいと」
「一般的に、自分たちがそう思っていることは、相手もそう思っていると考えるのが普通ではありませんか」
 カロルは走りながらも片手で顔を覆った。
「お前等ボイ人は、防衛をどう考えているんだ。これじゃ、隙だらけじゃないか」
 お陰で俺たちは楽に敵地へ侵入することが出来るが。
 これでネルガルを相手に戦争をしようと言うのだから、気が知れない。これじゃ、奴もそうとう苦労したな。

 一方、コロニーに向かったネルガルの地上部隊は、
「誰もおりません」
 斥候からの連絡。
「一体、ボイ人は何処へ行ったのだ?」
 町はもぬけの殻になっていた。
「探せ! 何処かに隠れているはずだ」


 しかし洞窟は何時までも無人ではなかった。先方に、煌々とした光が見えた時。
 誰何の声。
「止まれ! 動くと撃つぞ」
 その言葉はネルガル語だった。相手は暗闇の中、何処に居るのかもわからない。しかしこちらの動きは完全に把握されているようだ。
 だがカロルはその声に聞き覚えがあった。しかしカロルより早く、
「トリスさん、私です」と言ったのはホルヘ。
 やっぱりあの声はトリスか、と思ったのと同時にルカの館でトリスと遊んだ時の罠の巧妙さを思い出す。ここは、下手に動かない方がいい。あの時飛んで来たのは腐った果実や棘のある毬だったが、今は遊びではない。
「ホルヘ、お前、生きていたのか? ルカは? そこに居るのか?」
「殿下は、ネルガルの艦船に収容されました。そこで治療を受けております。命に別状はありませんが指揮をとれるほどでもありません。今こちらに、その艦の司令官パソフさんが居られます。それにカロルさんも」
「カロルが!」
 トリスはドイル・パソフの名前には何の反応も示さなかったが、カロルの名前には大いに反応した。
「何で、あの馬鹿がこんな所にいるんだ?」
 公衆の面前、堂々とカロルを評価する。
「馬鹿でわるかったな、トリス。いいからぐたぐた言ってねぇーで、さっさと武器を捨てて投降しろ」
「カロル、そりゃ、立場が逆だろう。今俺が合図すれば、お前等全滅だぜ」
 一瞬。カロルは息を呑んだ。パソフも。
「おもしれぇーじゃねぇーか、やる気ならやってみろ」
 カロルは挑発に出る。
「す、少し、お待ち下さい、それでは話が」
 慌ててカロルとトリスの間に割って入ったのはホルヘだった。
「冗談だよ」と、笑ったのはトリス。
「明かりをつけてやれ」
 トリスのその一言で洞窟の中は昼間のように明るくなった。そして辺りを見回せば、カロルたちは何時の間にかプラスターを持ったボイ人たちにすっかり囲まれていた。彼らは各々洞窟の壁面に身を隠し、銃口だけをこちらに向けている。
「何時の間に?」
「相変わらず鈍いな。そんなことでよく生き残れたな。それとも後ろで丸くなっていたか」
「てめぇー、言わせておけば。お前が相手じゃなければな、俺はここまでドジは踏まない」
 カロルはトリスの抗戦術は認めている。それと同時に、カロルはこれが冗談だと言うことも、はなから知っていた。なぜならカロルの腰の剣が何の反応も示さなかったから。
 トリスは構えを解かせると、カロルの前に姿を現した。
「随分、体だけはでかくなったな」
「お前こそ」
 懐かしい。ルカの館でのことが昨日のように思い出される。そう言えば以前にもこんなことがあったな、あの時は、スラムのガキ共に包囲されたっけ。
 懐かしい思いをつんざいたのは複数の破裂音。何処かで銃撃戦が始まったようだ。
「侵入されたな」
 トリスはすぐさま破られた包囲網を携帯のパソコンで確認する。
 だがそれより早く、コロニー6に居たネボから通信が入った。
『トリス、コロニー6は駄目かもしれない』
「駄目とはどういうことだ?」
『完全に包囲され』
「包囲されたって、お前、地上で」
 激しい爆撃の音が通信機を通して聞こえてくる。
「何故、地下に」 もぐらなかったのか?
 好戦主義者が主流をなすようになってから、ルカは何時かこういう日が来ることを予測し、洞窟の補修を始めていた。数千年前に作られた地底都市、今でも完全に機能する。ルカの手により地底都市は、数千年の眠りから醒めたようにその鼓動を打ち始めた。
 使える。これならネルガル軍を向こうにまわして、数ヶ月は抗戦できる。
『言ったのだけど、聞き入れてはもらえなかった』
 コロニー6はボイ人の中では一番血の気が多いものたちの集団だった。地上でまともにネルガル軍とぶつかったようだ。
 突然、通信機が飛行物体の急降下音と爆撃の音を最後に聞こえなくなった。
「ネボ! ネボー!」
 何度呼んでも応答がない。
 トリスは腕に付いている携帯パソコンをはずすと、思いっきり洞窟の床に叩きつける。これで何台目になるのだろうか、トリスはこの戦闘が始まってから数台の携帯パソコンをお釈迦にしていた。
「行くぞ、侵入を食い止める」
「ちょっと待って下さい」と、声をかけたのはボイ人の一人。
「コロニー6に、援軍を送らなくてもよろしいのですか」
「援軍?」
「このままではコロニー6が」
「そんな余裕、ないだろう。こっちはこっちでネルガル軍の侵入を食い止めなければ、こっちもコロニー6に二の舞だぞ。何のためにルカがこの地底都市を整備したと思っているんだ、地上戦では勝てないから、それなのにそれを利用しなかった奴等が悪いのだ。今更どうすることもできない。自分のコロニーは自分たちで守るしかない」
 コロニーの中でも一番激しい空爆を受けているのはこのコロニー5だった。ここがボイの中心だということは既にネルガルの作戦本部は知っている。
「行くぞ」
「コロニー6を見捨てるおつもりですか」
「見捨てるも見捨てないもない。これが戦争なんだ。まずは自分が生き抜くことを考えろ」
「あなたは、冷たい人だ。私たちだけでも」 助けに行く。
 そう言ったボイ人をクリスはぶちのめした。全身がぶるぶると震え、もう一、二回殴りたいところを、やっとの思いで理性が押し止めた。
「ネボは、ネボは、俺に取っては兄貴のような存在だったんだ。それを」
 涙を堪えるために唇を強く噛みしめた。
「お前等が、ルカの言うことを聞いて和平条約に調印さえしていれば、レスターだってネボだって、死ななくって済んだ」
 吐き捨てるように言うと、トリスは指示をだした。
「マセオ、お前たちはカロルたちを国王のもとへ案内しろ。パルマ、お前たちは引き続きここの警備だ。後のものは俺に続け」
 だがボイ人たちは躊躇した。
 ホルヘがボイ語で彼に従うようにボイ人たちを促す。
「彼の言うことは正しい。私達はあまりにも戦争を知らなすぎた。侵入されればここに避難してきた人達の命も危ない。今頼れるのは、殿下が連れて来てくださった親衛隊の方々しかおりません」
 ボイ人はホルヘに説得されトリスの指示に従う。
「私は早くこの戦争が終わるように努力しますので」
 暫しボイ人たちの話を傍観していたパソフはカロルに耳打ちする。
「何て言った?」
「トリスが正しいと。奴は、かなりの身分のようだ。少なくとも彼らを掌握できるほどの」
 ネルガル人の行動に疑問を持つ彼らを一言で黙らせた。
 カロルはじっとホルヘを見詰めた。ルカの使いと言って、剣を持って来たのもこいつだった。ある意味、ルカがボイ人から慕われているのは、こいつがルカに仕えているからなのかもしれない。
 トリスが侵入された地点に向かおうとした時、
「待て、俺も行く」と、カロル。
 とにかく、戦闘を止めなければ。これ以上の犠牲は出したくない、奴が悲しむから。
 カロルは慌ててトリスを追いかけようとした。
 トリスは振り向き様、
「カロル、お前、ルカに頼まれたからここへ来たんだろう。お前の任務は、奥方の護衛じゃないのか。俺の任務はこの洞窟の守備だ。ルカに頼まれたからな、地上は無理でも少なくともこの洞窟に避難して来たものたちは守れと」
 言われればそうだと、カロルは艦の病室でのことを思い出す。
「まったく、直ぐ任務を忘れるんだから。人のことより、自分の与えられた任務を確実に遂行しろ。それが戦場というものだ。それに洞窟での戦いは、俺たちの方が有利だ。洞窟内部をよく知っているだけ。ルカは全てを見抜いていた。武器の数では勝てない。だがここでなら少ない武器でも効率よく使えば太刀打ちできるからな」
 トリスのその言葉を聞いて、パソフは疑問を抱いた。
 この戦い、作戦を組んだのはキングス伯ではなかったのか? と。
 ホルヘは会議が開かれている洞窟へと急いだ。ここからは案内もいらない。ホルヘもこの地底都市を整備した一員だったのだから。
 とにかく、一刻も早く朱竜様のお言葉を皆に伝えなければ。


 地上では、さる偵察隊が広場の奥手にある不思議な入り口を見つけた。
「司令、これは?」
「どうやら地下へと続いているようだな。町の住民はこの中へ避難したのか」
「シェルターでしょうか?」
 数人の者を斥候として送り出す。
「どうだった?」
「中はかなり奥まで続いているようです」
 結局、一部の者を残して入って行くことになった。暗く長い洞窟。だがある角を曲がると、洞窟は一気に広くなった。今までも三、四人が並んで走れる程の幅はあったが、いきなり装甲車が往来出来るほどの広さになった。照明をあり、煌々としている。
「なっ!」と。
 ここが地下なのか? と、だが驚いている暇はなかった、いきなり人影。
 ネルガル人たちは慌ててもと来たわき道へ滑り込み発砲した。それが合図にプラスターによる銃撃戦が始まる。
 そこへトリスが援軍に駆けつけた。
「敵は?」
「解りません、いきなり発砲してきたもので」
「解らないで撃ち合っているのか」
 そこを任されていたボイ人は恐縮したように俯く。
 やれやれとトリスは思いながらも、
「どこら辺に居るのかは見当がついているのか」
「あの通路です」と、そのボイ人は前方の通路を指し示す。
 トリスは通路を睨めた瞬間、
「防御壁を下ろせ、通路をシャットアウトする」
 トリスのその指示に透かさずボイ人の一人が、
「しかしそれでは、あの通路から避難してくる者たちが通れなくなります」
「アホ、あの通路には敵がいるんだ、避難民があの通路から来るはずがなかろう」
 言われて見れば、そうだ。
「早くしろ、敵に侵入されてからじゃ、終わりだぞ」


 一方、議会の開かれている広間では、クリスとケイトが結論が出るのをじっと待っていた。早くしなければ犠牲が増えるだけ。そこへホルヘがマセオたちとネルガル軍を連れて現われた。クリスは躊躇しながらもプラスターを構えた。背後のネルガル軍が気になる。
「クリス、俺だ」
 その声。
 ホルヘの背後からカロルが顔を出した。
「カロル坊ちゃま」
 ここまで来て、そう呼ばれるとは思いもよらなかったが、カロルはそれに対し、そうだ。と答えるしかなかった。
 だがカロルは、クリスの隣に居るネルガル貴族の衣装をビシッと着こなしたケイトを見て驚く。エドリスやロブソン、ペレスも唖然とした。
「どっ、どうして、お前が」 ここに居るのだ?
 一瞬、そう思ったが、頭を大きく振ると、そんなはずはない。
「お前、誰だ?」
「ケイトと申します、カロル様」
 こいつは、俺のことを知っているのか?
「クリスさん、国王に伝言下さい、朱竜様のお言葉をお持ちしましたと」
 それからホルヘはカロルの方へ振り向くと、
「カロルさん、中の者たちを説得します、暫く時間を下さい」
 カロルはパソフを見た。
「いいでしょう、十分ほどここで待ちましょう」
「有難う御座います、パソフ中尉」
 ホルヘはクリスと共に中へ入って行った。
 クリスの代わりにマセオが今までクリスが立っていた場所に立つ、広間の入り口を護衛するように。

 そして十分が経過した。広間の扉が内側から開かれカロルたちに入るように促す。
 ネルガル人にとってボイ人は見分けが付かない。逆にボイ人にとってもネルガル人は見分けが付かない。カロルは誰が国王で誰が王女なのかと必死で視線を動かす。否、その前に、どれが男でどれが女なのだ?
 だが相手側からカロルを理解したようだ。剣がものを言った。
「カロル・クリンベルク・アプロニア殿ですか」
 正式名称を呼ばれてしまった。
 ネルガル人の中からざわめきが湧く。
「ここで、親父の名前を出されても困る。これは俺の勝手な行動で、親父とは一切関係ない」
「秘密でしたか?」
「秘密と言うよりもは、勘当されている」
 カロルがそう言った時、今話しかけてきたボイ人の隣で、くすっと笑う声がした。
「本当に、あの人の言う通りのお方なのですね」
 あの人? と言うことは、つまり奴がじゃなくて、彼女がシナカ。
「王女様、あいつがあなた様にどのようなことを風潮したのか知りませんが、あいつの話は誇大表示ですから、話半分どころか、話十分の一ぐらいに聞いていただけないと困ります」
「解りました、カロルさん。ですが、ハルガンさんも同じようなことを」
 カロルはむっとすると、
「奴の言うことは、全てでたらめです」と言い切る。
「まぁ!」とシナカ。
「国王にあらせられますか」と、二人の会話に割って入ったのはパソフだった。
 いかにも。と国王は頷く。
「降伏を、全国民に呼びかけて下さい。我々の方も兵を引かせますので」
 国王はまた頷いた。
「まことに恐縮ですが、同行を願います」
 パソフはボイの国王に対し、最大級の礼を取った。
「あなたでよかった、他のネルガル人では」
「ルカ王子に頼まれましたもので」
 国王はまた頷く。
「あの子が世話になっているそうで」
「あなた様方のことを大変気にかけておられます」
 パソフは宇宙艦隊総司令官クロラのもとへ打電を打たせた。
「パソフ中尉、総司令官から通信です」


 ボイ国王の身柄が拘束されたと言う情報は、瞬時にボイ惑星の空域を駆け巡った。それと同時にボイ人は直ちに武器を捨てて投降するようにと、またネルガル人は投降したボイ人に危害を加えてはならないと。



 ここはネルガル星、
 元ルカの館で仕えていた親衛隊たちは、クリンベルクの館で仕えるようになってからも一角にまとまるようになっていた。別にクリンベルク家の親衛隊と仲が悪いわけではない。元をただせば彼らもクリンベルク家に世話になっていたのだから。ただ四年の月日は、彼らに独特な仲間意識を芽生えさせた。特に仕えている主が親族から蔑視されているのを見るにつけ、我々が守ってやらねばという意識が湧いてきたせいなのかもしれない。そんな彼らが欠かさずしていることがある。それは影膳。これは奥方様の村の風習、旅に出たものが無事に帰って来るまで、その人が今ここに居るかのようにお膳を供える。そしてその旅人とは、我が主ルカ。どうかご無事で、そのお姿をお見せ下さい。
 今日も昼食時、兵舎の食堂の一角に、何時ものようにルカのお膳を用意して皆で食べ始めたところにジェラルドがやって来た。
「これ、僕の?」
 そう言うが早いか、その一人分空いているお膳の前に座り、食べ始めてしまった。
 願掛けを壊されてしまった親衛隊たちは驚く。
「ちょっ、ちょっと、待て!」
 だが既に遅い。
「美味しい」と、にっこりされるとその後に続ける言葉が無い。
 そっ、そうですか。と引き下がるしかない。皆で困って顔を見合わせていると、一人の侍女が、
「いいじゃない。どのみち後で皆で分けて食べるのだから」
 供えたものは皆で仲良く分けていただくのが習わし。
「そうそう、少し早かっただけで」と、もう一人の侍女。
「殿下の大の親友に食べてもらえるのなら、これ程のご利益はないわ」と、侍女たちは頷く。
 元親衛隊たちも侍女たちのその言葉に納得して、自分たちの食事を再開した。
 そこへ今度はシモンが飛び込んできた。
「ジェラルド様が」と言いつつ、テーブルの一角を見ると、そこにそのお姿。
「こっ、こんな所にいらしたのですか」
 随分血眼になって探したと見え、シモンはその場にへたり込んでしまった。
「お嬢様」と、侍女のひとりが慌てて椅子を用意する。
 シモンはその椅子を杖代わりに立ち上がると、
「心配致しました、もう、心臓が止まるかと思いました。少し目を離した隙にお姿がお見えにならないのですもの」
 ジェラルドはただニコニコしているだけ。
 自分が悪いことをしたと思っているのかいないのか。それを思うだけで、シモンはまた疲れが噴出した。
 用意してもらった椅子にどさっと腰掛ける。そしてジェラルドが口に運んでいる膳に気付く。
「そっ、それ、もしかして」
 彼らが願掛けをしていることは知っていた。ルカの安否を気遣うのはシモンも同じ。だからシモンも一つ願掛けをした。女らしくする。ただしこの頭には、出来るだけという形容詞が付く。
「そっ、そうなのです。影膳なのですが、ジェラルド様でしたらと思いまして」
「きっとルカ殿下も喜んでおられますよ」
「どうしておられるのかしら、デルネール伯爵様は、もうお着きになられたのでしょうか」
 既にネルガルの勝利は目に見えていた。圧勝という訳にはいかなかったようだが。
「ご無事ならよろしいのですが」
 シモンもその不安は拭いきれない。だがここで主である自分までもが弱気になっては、
「きっとご無事ですよ、カスパロフ大佐もキングス伯爵も付いておられるのですから」
 そこへジェラルドが見つかったという知らせを受け、マーヒルがやって来た。
「もう少し、太子様の身辺の護衛を強化したほうがいいな」
 館中で心配していたようだが、当のご本人は、美味しそうにお膳を平らげている。
「毒見は?」とマーヒル。
「あっ!」とシモン。
「入っていたら、もうアウトですよ」と、親衛隊のひとりが肩をすくめて見せた。
「お前たちを疑うつもりはない。だがその油断が、そうしたい者に機会を与えることになる」
「解っております。次からは気をつけます」
「そうしてくれ」
 ジェラルドの身に何かあったらクリンベルク家が、否、ギルバ帝国が。今、内乱のきっかけを作るわけにはいかない。
「殿下の悲しむ顔を見たくありませんからね、せっかく無事に帰還したと言うのに、大の親友が旅立ったとなってはね」
 侍女のその言葉に、親衛隊たちは頷く。
 その言葉でマーヒルは、自分がこの館へ来た目的を思い出した。マーヒルの手に届いた内々の情報。それを伝えに来たはずなのに、そこにジェラルドの疾走。警備の甘さに苛立ちを感じ、すっかり目的を忘れていた。
「そのルカ王子だが」と、マーヒルは本来の目的に戻った。
「これは内々に我々のところにもたらされた情報なので、他言されると困るのですが」と、前置きして、
「ご無事だそうだ。パソフ中尉が身柄を確保した」
「パソフさんが」と、シモンは胸を撫で下ろす。
 彼には何度かこの館でお会いしたことがある。とても紳士的な方だ。
「そっ、それは本当か!」
「間違いない」
 食堂の一角が沸き立つ。
「静かに、だからこれは」
 いくら止めても無駄だった。
 だが最初に冷静になったのは、シモンだった。
 次は戦争責任。
「でも、こちらもかなりの損害が出たと聞きましたが」
 シモンも将軍の娘、館の中にいるわりにはその手の情報は早い。
「そうだ。さすがはキングス伯だと。敵に回すものではないと、もっぱらの噂だ」
「それは違うな」と言い出したのは親衛隊のひとり。
「おそらく作戦を立てたのは殿下だぜ。曹長は、既にシミュレーションでは殿下にかなわなかったからな。そりゃ、最初は教えていたようだけど、最後の頃にはむきになっていたよな」と、その親衛隊は隣の者に頷きかける。
「ああ、殿下はここが俺たちとは違うからな」と、話を振られた男は自分の頭を指して言う。
「俺も、作戦を立てたのは殿下だと思うぜ」と、別の親衛隊が話しに加わってきた。
 マーヒルは不思議な顔をした。王宮では美しいだけが取り柄の影の薄い王子。
 マーヒルの心を察してか、ルカの館に仕えていた者は言う。
「殿下は、外見と内面は氷とマグマほどに違う。だから、外見だけで判断しない方がいい」
「本当に殿下はマグマだ。あんまり怒らせないほうがいいぜ。噴火されたら一大事だからな」
「噴火って、ルカ王子が怒ったことなどあるの?」と、シモンは不思議そうに聞く。
 いつも礼儀正しく穏やかな子だ。子供らしい可愛さがないと、テニール兄さんなどは倦厭している。
「怒ったことなどないよ。それどころか俺たちには優しい。殿下は一度仲間だと認めた者にはとても優しいんだ。大概のことでは怒らない。ただ」
「ただ?」と、聞き返すシモン。
「ただ、弱いものいじめは嫌いな方だ。奥方様がそうだったからな。それに宮廷ではあまりよい思いをしたことがないから、その気持ちがわかるとも言っていたな」
「そう言えば宮廷から使者が来た時」
「ああ、あの時はおもしろかったな」
「俺たち平民だろ、だから奴等、俺たちを蔑視しやがって、そしたら殿下、それを何処で見ていたのか、いきなり奴等の前に立ちはだかって、用件なら外で聞くと言い出したんだ。俺、てっきり庭かと思っていたら、俺たちに付いて来る必要はないと言うと、そのまま館の門の外はまで出て行った。さすがに大佐だけは付いて行ったが。それで門の外でだぜ、立ったまま、用件を聞いていた。以後、あなた方の用件はここで聞くとも言ったんだ」
「そうそう、あんな事言うから、王宮でいじめられるんだって俺たちが言ったら、殿下、何と言ったと思う」
 そう聞かれても、シモンは首を傾げるしかない。
「僕は君たちの主だ。君たちを守る権利があると。五歳の子供がだぜ。俺たちが笑って五歳の子供に守ってもらわなくともって言ったら」
「殿下、脹れて、僕を侮辱するなって。五歳だろうとなんだろうと従者を守るのは主の義務だとか、君たちが僕によく仕えてくれる以上、君たちには僕に守ってもらう権利があるとか何とか言ってよ、まあ、口じゃ、俺たち殿下にはかなわなかったからな、学もねぇーし」
 それを聞いてシモンは、学があってもあの子にはかないそうもないわ。と心で思った。
「あのよ」と、別の男がマーヒルに話しかける。
「殿下にとってボイ人は、既に仲間なんだ。彼らにあまり酷いことをしない方がいい。これ以上殿下を怒らせると、ネルガルの損害はあんなものでは済まなくなる。殿下は人ではないからな」
 えっ! と言う顔をしたシモンとマーヒル。
「人で、ないって?」
「村人たちがあの館を去る時、俺たちに言い残して行ったんだよ。殿下は竜神様の仮の姿なんだと。あれ、まんざら嘘ではないのかもしれない。殿下は気付いていないようだけど、殿下の気分で池の水が動くんだよ、だから池を見れば今日の殿下の気分がどこら辺にあるのかなんとなくわかるんだ」
「お前もそう思ったか、実は俺もだ」と、言い出したのは別の男。
「最初は気のせいかと思っていたんだが、カロル坊ちゃんが遊びに来ている時など、風もないのに池に波が立つんだよ、それもリズミカルに。逆に落ち込んでいる時など、まるで深淵の洞窟を望みこむかのように池の水が静まり返るんだ、気味悪いぐらいに」
「やっぱりそう感じるのは俺だけじゃなかったんだな」と、別な男がほっとしたように息を吐く。
「村人たちが俺たちに言い残して行ったよ、くれぐれもあのお方を頼みますって、もしあの方の身に何かあれば、ネルガル星はこの銀河から消えるって。だから村ではあの葬儀は偽物だって直ぐにわかったらしい。現に俺たちが知らせる前に彼らは知っていた。そりゃ、村人たちも最初は転地をひっくり返したような騒ぎだったが、二日経っても三日経ってもネルガル星に何もないのを知って、あの葬儀は偽物だと確信したらしい。伝説ってよ、何かがあったからこそ、語り継がれるんだよ。ただ語り継がれるうちに誇張される傾向はあるがな。だがその根本は変化しない。つまり、殿下の身に何かあればネルガル星に何かが起こる。村人たちは言っていた。竜神様は我々と話がしたいから人の姿で現われるのだから、話し相手になってやればいいんだと、気が済めばまた池に帰るって。それ以上のことはするなって。触らぬ神に祟りなしだそうだ。神に何かを望めば神はその見返りを要求するって、大概はこっちの命だそうだ。だがこちらが何もしなければ向こうも何もしてこないって。これが神と付き合う方法だそうだ」
 ナオミ夫人のルカに対する態度を見てもわかるように、決して村人たちはルカを崇めたりはしない。普通の子供ように扱っていた。竜神様は人間の生活がしたくって人間の姿になられたのだから、そうしてやればよい。と言うのが村人たちの考え。
 マーヒルは黙って彼らの話を聞いていた。ルカ王子が誕生する時、神の生まれ変わりだという噂はあった。だが一向にその兆しのないルカ王子を見て、今まで脅かされていた分、蔑みも酷かった。だがその兆しは感じるものだけが感じ取っていたのだろうか。そう言えばカロルも、あいつは人間ではないかもしれない。などと言ったことがある。そして大佐の言葉。巨大な大蛇がルカ王子を守っていると。
 ジェラルドは今までの話を聞いていたのかいなかったのか、きれいにお膳を平らげてしまった。
「ご馳走様でした」と、丁寧に頭を下げるジェラルド。
「あら、全部食べてしまったの」
 まだ皆の食事は途中。慌てて親衛隊たちも食事を口の中にかっ込み始めた。昼食時間はもうほとんどない。
「でもよ、この戦争、殿下が立案したとなると、戦争責任っていうのがあるよな」
「そうだよな、誰か血祭りに挙げないと、ネルガルの幕僚たちは気が済まないからな」
「だけどよ、殿下はまだ子供だぜ、確か十歳になったばかりじゃないのか」
「そうだよな、十歳の子供にネルガル宇宙艦隊が翻弄されたなんて、口が避けても言えないぞな」
「一時は敗退して逃げ帰って来たんだからな、あんときゃ、ざまみろ。と思ったぜ」
「おいおい、お前たち、何人だ?」
「俺は、ボイ人だ」
 皆は笑う。
「冗談はさて置いて、これからどうなるんだ」
「せっかく助かったのに、戦犯で処刑じゃな」
「いっそのこと、殿下を殺すとネルガル星が滅びるって、喚いて歩くか」
「気違いだと思われるだけだぞな」
 皆の胸に不安が広がる。それを打ち消すかのように、
「馬鹿、殿下は既に死んでいることになっているんだ、それをまた処刑できるか、それこそ宮内部の恥をさらけ出すことになる」
「あっ! そうだよな」
 シモンは大きな溜め息を吐くと、
「あなたたち、何のためにデルネール伯爵が向かわれたと思っているのですか」
 シモンのその言葉に、親衛隊たちはまた、あっ! と言う声をあげた。
「後はデルネール伯爵がうまくやって下さるでしょう。宮内部としても、これ以上ジェラルド様の子守をするのは大変でしょうから」
 当のジェラルドは自分のハンカチで口の周りをご丁寧以上に拭くと、角砂糖で遊び始めていた。
 この方が毎日のように宮内部に押しかけなければ、デルネール伯爵まで動くようなことにはならなかった。
 ジェラルドは、皆が自分を注目しているのに気づいたのか、角砂糖からマーヒルに視線を移すと、
「ルカは、何時来るのだ?」
「今、デルネール様がお迎えに向かわれています」
「クラークスが?」
「ええ」と、シモン。
「クラークスは何をぐずぐずしておるのかな?」
「きっと、船が込み合っているのですよ」
「僕の船を使えばよかったのに。そうすれば皆がどいてくれる」
「そうでしたね、気付きませんでした」
「シモンも、時にはぬけることもあるのですね」
 まっ。と思いながらも、この方は今までの話、どれだけ理解されておられるのだろう。少なくともデルネール伯がルカ王子を迎えに行っていることは理解している。だからこそ、ここでおとなしく待っているのだから。
「早く、戻られるといいですね」
「うん。また、花の首飾りを作って遊ぶ。ルカよりうまくできたら、シモンにあげる」
「まぁっ、それは楽しみです」
「太子様、私にも」と侍女。
 一人が言い出すと次から次へと。
 ジェラルドは、うん、うん、と安請け合いをしている。
 だが侍女の一人が、
「私は殿下に作ってもらうわ」
「あっ、それはずるい」と、話は次第にそれて行った。
 侍女たちは侍女たちでかってに話させておいて、親衛隊たちは肝心なことを訊く。
「なっ、マーヒル少将、仮に殿下が無事に帰還されたとして、宮内部はどうするつもりだろう」
 既に殿下の葬儀は済んでいる、今更、あれは間違いだったと言うには、ボイ戦争はあまりにも多くの犠牲を出しすぎた。
「おそらくジェラルド様の館へ幽閉するつもりだろう。今更、生きていたとも言えないし、あそこなら監視もしやすい」
「幽閉!」
 シモンは思わず声を張り上げてしまった。
「そんな、せっかく戻られても」
 シモンは同情のあまり次に続ける言葉を失う。
「ものは考えようだ、シモン」とマーヒル。
「ジェラルド様のところでゆっくり過ごされればよい。書物がお好きなようだから、一生本に囲まれて。下手に利用されるよりもは、よっぽどましだと私は思いますが」
「だが殿下の読書は、情報源の一部に過ぎないよ。殿下は実践派だ、机の前でじっとしているとは思えないが」と元ルカの親衛隊。
 これもマーヒルには意外だった。
「何かをするために情報が必要なので読書をするのであって、何かをする目的がなければ読書もしない。そうだよな」と、その男は隣の男に振る。
「そう言われればそうだな。例えば落とし穴を作るために徹底的に罠のことに関して調べるとか」
「ついでに人間行動学もな」と、別な男が言う。
「あれは始末に悪りぃーよな、落とし穴に気付いた奴が次はどう行動するかまで読んで、もう一つ掘っておくんだものなぁー」
 シモンはその光景を想像して笑った。見破ったといい気になっているところを、別の穴が待っていた。
「最初はただの穴だったんだよ、それなのに次には水が張ってあったりして」
「水ならまだいいよ、俺なんか毬の中に落とされたからな、痛てぇーのなんのって」
「あら、私なんて靴の中にゲジゲジよ、奥方様に言いつけてやったわ」
「まぁっ」とシモンは呆れたような声を出す。
「それに何の芋の苗だったかな、忘れたけどナオミ夫人からもらって来て育てると言い出したかと思うと、土壌から肥料、消毒まで徹底的に調べて、でっかくしちまったんだよな、ナオミ夫人までが驚いていた」
「でもあれ、不味かったよな」
「ああ、殿下、大きさには限度がある。なんて言ってな。大きくすればいいというものでもないらしい。なんてな」
「そうやってあの部屋に本が溜まっていったんだ。殿下は最初から読書が目的ではなかった」
「そうなの」と、シモンは感心したように言う。
「殿下、やり出す前に徹底的に調べるから、その結果があの部屋」
「まあ、この星のどこかに居てくれるなら、俺たち、どうやってでも殿下を守ってやれるが、宇宙じゃな。俺たち、宇宙船を買えるほど金、ねぇーし」
「俺、いっそのこと宇宙海賊になろうかとも思った。そして殿下のところへ駆けつけてやろうかと。だけどよ、向こうがなかなか俺を信用してくれなくってよ、仲間に入れてもらえなかった」
「君たち、何を考えているのだ」と、マーヒルは呆れたように言う。
「マーヒル様、世話になっていてこんな事を言うのは失礼だと重々し承知しているのですが、俺たち、ルカ王子の親衛隊なんです、今でも」
 全員が頷いた。
「もし、殿下の身に何かあったら、俺たち、本気で反乱を起こす」
 マーヒルは唖然とした。
 親衛隊の一人が笑いながらやれやれと言う感じに立ち出すと、その男の肩に手を置き、
「おい、馬鹿なこと言っているな、本気だと思われたら困るだろう。それより、俺、ちょっくら知らせて来る」
「何処へ?」と、マーヒルは我に返って問う。
「スラムにだよ、奴等も殿下の安否は気にしているからな」
 やはり他言するなと言うのは無理か、と同時に彼らの本音を知ったような気がした。奴等は本気だ。

 マーヒルはジェラルドとシモンを連れて食堂を後にした。館への道のり、ひとり考えに没頭しているのか黙々と前を歩く。その後姿にシモンは声をかけた。
「お兄様、どうなされました?」
「いや、親父が恐れているようになってきたと思ってな」
「父が?」
「ルカ王子の存在だ。彼らは既にルカ王子の私兵になっている」
「今のうちに、手を打ちましょうか」と言ったのは、先程からマーヒルの背後に控えていた彼の幕僚のひとり。
「いや、もう遅い。彼らの身に何かあったら、スラムの連中が黙ってはいまい」
「しかし、所詮彼らは烏合の衆です」
「だが前線で戦っている圧倒多数の兵士はスラム出身だ。自分たちの故郷に何かあったとなれば、宇宙艦内でクーデターを起こすだろう。そんなことにでもなったら、他星との戦いどころではなくなる。そういう事態だけは避けたいからな」
 幕僚は黙った。
「私もルカ王子に出会うまでは、スラム街があんなに酷いところだとは想像もしていなかった」
「そんなに酷いところなのですか」と、シモン。
「ナオミ夫人は、このような結果になるとは思いもせず、ただ彼らに同情し援助を始めたのだろう。それが結果として我が子に膨大な力をもたせるようになってしまった。ルカ王子の身に何かあれば、スラムが黙っていない」
 今回の戦争の志願者はスラム出身が特に多い。彼らはルカ王子の仇を取ろうとしている、これが宮内部が流したデマだとも知らずに。
「要は、ルカ王子のお考えがどこら辺にあるかだ。親父がカロルを自由にさせておくのは、ルカ王子の考えを探らせるため。もっともカロル自身は自分の役割をしらないようだが」
「知っていたら、カロルは、そんなこと絶対やらないわ」
「だがルカ王子はこちらの考えを見抜いておられるだろう、頭のよい方だから。肝心なことはカロルの前では話さない」
「そうかもしれませんね」と、シモンは頷く。
 カロルを密偵に使うなど所詮無理なこと、何の考えもないのだから。だが裏のない人間だからこそ、ルカ王子に近づけたとも言える。
「ルカ王子のお考えが、私たちの考えに近いことを願うしかないな」



 そしてボイ星は降伏した。
2010-12-08 23:39:34公開 / 作者:土塔 美和
■この作品の著作権は土塔 美和さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 今日は。職場は段々人員整理が進み、妄想に耽っている時間もなくなってしまいました。やっと仕事の段取りも済み、時間が取れましたので続きを書いてみました。お付き合いくだされば幸いです。コメントお待ちしております。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。