『夜丘』作者:空付 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 空から星が落ちてきました。
 見つけたのは、とある少年でした。

夜丘

 しばらくその無機物の様子を窺っていた少年でしたが、何があったのかと問うてみました。足元に転がったそれは、力ない声色で言いました。
「私は長年流れ星をやってきました。真っ暗な中を走り回って、数多の願い事を叶えてきました。ですが、残念なことに力尽きてしまいまして、こうして落下してしまったのです」
 ぐったりとした様子で語る星をしばし眺め、長居を決めた少年は片膝をつき、石ころとしゃべりやすいように近づきました。
「そうか。それは大変だったな。ゆっくり休んで、十分に力をつけていってくれ」
「…少年、どう意味ですか?」
 星の答えに、少年は何度か瞬きしました。
「疲れて落っこちてしまったのだろう。だから休んで、また走りだすためにここに来たのだろう」
「違います」
 今度は、あまりにもきっぱりとした返答に、再び瞬きをしました。
「何が違うんだ」
「私はもう、走れません」
 少年はしばし思案顔を見せ、再び口を開きました。

「それでは、ここで死ぬのか」
「そういうことです。私はここで死ぬのです」

 少年は眉間にしわを寄せました。
「何故それが分かるんだ」
「私のことは、私が一番よくわかっています。数万年前はあれほど重かった体が、こんなにも小さくなってしまったことからも証明できます。寿命と言うやつですよ」
 ありのままの事実を、納得できるよう理由までつけて説明したにもかかわらず、少年の眉間からしわは消えませんでした。星は問いました。
「何が、納得できないのです」
「いや、納得できなかったわけではない。お前のことを一番分かっていると言うお前が、ここで死ぬと言うのなら、それが事実だ。でも、それは、駄目だ」
 今度は、星が呆けた顔をしました。
「何が、駄目なのですか」
「お前は、死んではいけない」
 少年が言いたいことを、星は考えました。そしてある推理を打ち立てました。この少年は、いくらここで死ぬのが事実だったとしても、悲観的な思考ではいけないと、まだ諦めてはいけないのだと、檄を飛ばしているのではないかと思い至りました。その推理は、星の心をひどく打ちました。そうであればいいと、推理は期待となって、星の胸いっぱいに広がっていきました。そんな星に、少年は言います。
「お前が死んだら、誰が願いをかなえると言うんだ」
「……それは、自分たちで、どうにかするのではないでしょうか」
 少年は、一瞬で不機嫌な顔を作って見せましたが、星にはどうでもいいことでした。星は、思いました。
 またか、と。

「それは、おかしいじゃないか」
 納得いかないと少年は声を挙げます。そんな少年を、冷たい目で星は見ていました。本当は、これが自分勝手な思考で、最期の時くらい誰かが自分を慰めてくれたって、私を按じてくれたっていいじゃないかと勝手に不貞腐れているだけなのだと、分かっていました。が、同時に思います。
「お前は、伝説となってしまっているんだ。もう、常識と言ってもいいほど広まっていて、たくさんの人がお前を頼っている。お前の上に、たくさんの人の幸せが乗っているんだ」
「ただの伝説だと、割り切ってますよ。こちらが叶えたところで、誰も私の仕業だと思い当たりもしないでしょう。神々や仏を崇め立てるのがオチでしょう。それに私一つ消えた所で、たくさんの流星が存在していますよ。流星群という言葉を知ってるでしょう?」
 けれど、と食い下がってくる少年の内にある貪欲さと、自分の存在価値と、横暴と言ってもいい我儘さを、ずっと知っていました。私の自分勝手さなんて、人の勝手さに比べれば可愛いものだろうと、思いました。
「本当に、身勝手な話ですよ。私はやりたいことをやってきたまでで、星の親切を当り前だと思うなんて、図々しいにもほどがあります。それも、私が叶えたというのに、全くもって見当はずれな方へ感謝を向けて、私が馬鹿みたいじゃないですか。いいではないですか、私一人いなくなったって。奉られている方たちがこれからは叶えてくれますよ」
「それがおかしいというんだ。お前がやったことは、大きすぎたんだ。お前が言うように大半の人が気づいていないのだとしても、それでも誰もがお前を見ると、自分の願いを捧げるんだ。最後までやり遂げられないことを、最初から始めるなよ」
「少年」
 自分でも驚くほど、鋭い声が出たものだと星は思いました。
「少年、私は、やり遂げたんです。貴方が示す、やり遂げると言うことが、もしも人類が滅びるまでということなら、自分の図々しさを恥じるべきです。景色が変わるように、貴方が大人になるように、星だって死ぬんです。私は、走り続けて、一人でも多くの人の願いを叶えれるように、走り続けてきて、その生涯をここで終えようとしているんです。もう終わりなんです。分かりますか、人類が終わる前に、私が終わるんです」
 少年は固まりました。星も切れた息を整えつつ、興奮しすぎたと思いました。何万年と生きたのに、こんなにも子供っぽい言い争いなど、しかも自分自身をひけらかすような物言いをしてしまったことを恥じました。しかし、それでもなお、少年を軽く睨んでいました。しばらく、星の瞬く音が聞こえそうなほど静かな沈黙が降りた後、少年の声がそれを破りました。

「―――――――――――死ぬのか」
 それまでの調子とは打って変わって静かな、凛とした響きでした。すこし動揺が混じっているのに訝みつつも、星は答えました。
「はい。私は近い将来、ここで息絶えます」
明らかに狼狽えているのに必死で隠そうとしている少年の心理を知ろうと、目を凝らしました。
「…そうか……」
 少年の豹変ぶりに、星も戸惑いを隠せませんでした。星は黙って少年の言葉を待ちました。
「お前は、」
「はい」
「ずっと人々の願いを抱えて走ってきたのだろう」
「えぇ、そうです」
「それで、」
「何ですか」
「お前自身は、幸せだったのか」
 その不安定な問いに、ただ星は確かなことだけを言いました。
「私は先ほども言ったように、やりたいことをやってきたのです。貴方はそれを咎めましたが、願いを叶えることが私に出来る唯一のことで、それのおかげで沢山の人の笑顔を見ることが出来ました。これは流れ星としての誇りです。誰も私を見ていないと言いましたが、そんなこと本当はどうでもよかったんですよ。私は流れ星として生きたことに大変満足しています。私は本当に、幸せな星でした」
 少年は何も言えませんでした。ただただ足元の石が、とてつもなく大きく見えたのです。そろりと少年は星に手を伸ばしました。
「駄目です。大分冷えてきましたが、まだかなり熱いので火傷しますよ」
「………………そうか。昔は大きかったと言っていたな。身を燃やしながらも、想いを抱えて走っていたんだな。真っ暗闇を。一人で」
「少年、私はただの流れ星です。星の数ほどあるうちの一つで、代わりはたくさんいるんです。悲観にくれるような存在ですらありません。だから、」

 別に泣く必要なんてないんですよ。

 少年は目を見開いて、手を持って行きました。それから何往復か袖を擦りつけていましたが、一向に止まる気配はなさそうで、目を覆ったまま歯を食いしばってそこに座っていました。
「別に、僕は、泣いていない」
「…そうですか」
「でも、お前は、どれだけ沢山の中の一つだったとしても、泣く価値がないなんてことは無いんだ」
 途切れ途切れの回答に、星は言葉を失いました。
「…分かりにくい言い回しですね」
「そんなことは無い。お前は、宇宙を探しまわったって、たった一つしかないんだ。人々に喜びを与えたのは、お前一人だ」
「言いすぎですよ」
 そこまで言うと、少年は本格的に泣き始めました。泣きながら、謝罪の言葉を述べました。そして、頭を下げました。
「今まで、僕たちの願いを叶えてくれて、ありがとう」
 星は、言葉を失いました。
 自分の為に泣いてくれている、賢明な少年をために出来ることは無いかと、星は頭を巡らせましたが慰めるため頭を撫でることも、走ることさえできませんでした。
 星は、自分にできる唯一のことさえも、無くしてしまっていました。
「少年、私は死にます」
 ですから、星は少年に言葉を残すことにしました。少し物足りなく感じはしましたが、それでも何もしないよりはましでした。

 私は、いつも誰かのために走っていました。ずっと一人で走っていたため、誰かが自分を想ってくれるなんて想像もできませんでした。夢見たことはありましたが、実際に起こることだとは思えませんでしたし、誰かが自分のために泣いてくれているなんて、あり得るはずがなかったのです。それが現実となって、私はとても嬉しいです。とても暖かくて、とても穏やかで、胸が張り裂けそうになるほど苦しいものだと知りました。
 誰かが自分を想ってくれることが、これほど幸せなことなのだと初めて知ったのです。
「それを知れただけでも、私はほかの星よりも幸せな星になれました。ありがとうございます」
「そんな、こと」
「貴方に会えて、本当によかった」
 初めに理不尽なことを言い張ったのも、結局は自分のためではなく人のためであり、出会って数分の私のために泣くほどの、心の優しい少年だったのだと星は一人頷きました。
 やはり、人は貪欲で我儘なだけではなかったのだと、嬉しく思えました。
「私には長すぎるくらい十分な寿命が与えられていました。けれど貴方達は私に比べて何万年と遥かに短い。ですから、私以上に精一杯生きてください。精一杯、魂を燃やしていってください。困ったことがあれば、私がいつでも助けますから」
 これが、この星の考えた、最善の贈り物でした。
「貴方のような優しい心があれば、いつか流れ星になれますよ」
 ほろほろ涙を流しながら頷く少年に、ふと笑ってみせると、空の塵は目を閉じました。


願い星

(完全に冷たくなった小さな英雄を拾い上げると、彼は両手を空へ掲げ、流れ星絵と祈りを捧げました。)
2010-11-09 00:28:15公開 / 作者:空付
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■作者からのメッセージ
投稿二回目です。ご意見ご感想、ご指南いただけたらと思います。よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
空付様。
初めまして。ピンク色伯爵と申します。
流れ星に願い事をかなえてもらうというのはロマンですね。まあ、僕はそういう神霊的なミラクルは信じない悲しい人間なのですが……。
感想ですが、なんとも言えない、かな。最後まで読んで、そっか、で終わってしまった感じです。題材が何だったのか教えていただければ嬉しいです(ゆとりのなせる貧弱な文章読解故であります……)。
個人的な意見として、少年の口調に違和感がありました。イメージとしては、少年にこそ丁寧語を使ってほしかったです。
以上であります。なにぶん素人が適当に思ったことを書き連ねただけ。沖に障ったのなら無視していただいて結構であります。
次回作、がんばってください。ピンク色伯爵でした。
2010-11-11 21:02:30【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
連投失礼します。ピンク色伯爵です。「お気に障ったなら」の間違いでした。申し訳ありませんでした。
2010-11-11 21:04:48【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
ピンク色伯爵様、初めまして。
そしてコメントありがとうございます。
そうですね、どちらかというと少年というより青年よりな口調になってしまいました…少年のイメージとしては、少しずつ知識を得て、正義を突きつけたがる年ごろを意識してみました。そういうのももっと文章中に加えるべきでしたかね。
題材は、自分の主張しかしなかった少年が初めて相手の気持ちを考えて、たった数分の出会いでもその死を悲しむことを第一の目的としました。よくわからない解説ですみません。そして文章力の無さに涙が出てきます。
最近よくたった数日のふれあいでも、別れの時のシーンに(私が)泣くことが多かったので、自分の作品でも泣けるようなものを書けたらいいなと奮闘しました。ラストシーンのパンチがいまいちですね…
こんな曖昧な返答でスミマセン。
そして感想ありがとうございました!よければこれからもよろしくお願いします!!
空付でした。
2010-11-12 00:52:40【☆☆☆☆☆】空付
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