『友』作者:TAKE / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
長編の息抜きに大学で昼休みに書きました。
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原稿用紙約5.21枚
 彼と会ったのは大学を卒業して以来だった。
「久しぶりだな。今何してるんだ?」彼は俺にそう訊いてきた。
「昨日まで、ホームページの製作会社に勤めてた」
「辞めたのか。どうして?」
「まあ、色々あってな」
 午後8時過ぎの事だ。積もる話もあるし、二人で飲みに行こうという事になった。
 彼の知っている隠れ家的なダイニングバーに入る。
「何年振りだ?」
 席に座り、彼は言った。
「7年……ぐらいか」
「そんなものか」
 妻の事を考えた。大学時代、元々は彼が彼女の事を好きで、俺はその恋を成就させる為、彼をサポートしていた。しかしある日の事、彼女は俺に告白してきた。その事を打ち明けた時の彼は、潔いものだった。
 彼女の気持ちを尊重するし、お前は彼女を幸せに出来る人間だって事を知ってる。そう言って彼は彼女の事を諦めたのだ。
 就職して仕事にも慣れてきた頃、俺は彼女と結婚した。
「招待状を送ろうとしたんだが」俺は話した。「お前は引っ越したばかりだったみたいで、まだ新しい住所を知らなかったんだ」
「そうだった」彼は笑った。「記録係をやった奴に写真を見せてもらったんだ。真っ白いカッコをしたお前らを、生で見てみたかったな」
「今は昔だ」
「ああ」彼は笑った。「それはそうと、何か頼まないのか?」
「俺はいいよ」
「どうした? せっかく来てんのに」
「実は、会社の飲み会を早めに抜けてきたとこだったんだ」
「辞めたって言ったじゃないか」
「送別会だよ」
「主役が抜けたのか」
「まあな。少し気まずくなって」
 彼の注文したビールとバーニャカウダが運ばれてきた。
「洒落たもの食うな」
「女々しいって思うならそう言えよ。秋になると無性に野菜が欲しくなるんだ」
 彼はキュウリをソースに浸け、音高く齧った。そして大ジョッキに入ったビールを飲む。
「河童みたいだな」
 細身の彼がそんな行動を取るのを見て、そう言った。悪気は無い事を彼は分かっている。
「誰がだ」と笑いながらつっこまれた。
「で、お前は今何の仕事を?」
「建築会社で、デザインを担当してる」彼は誇らしげな表情をした。「実はここ、俺が手掛けたんだ」
「そうなのか、すごいな」
「自分の作ったとこに通うってのは、照れくさいものもあるけど」彼は店内を見回した。「自信作だとその気持ちを超える」
「そんなものか」
「そんなものだよ。おい、やっぱり何か注文しないか? 店に失礼だ」
「いや……やめとくよ」
「本当にどうしたんだ? 退職以外に何かあったのなら、言ってみろ」
 彼の洞察力は鋭い。俺の異変はだいたい見抜く。
「実はな」
「うん、何だ?」
「俺……死んだんだ」
 彼は黙った。
「車で事故に遭ってな。ほら、昨日雨が酷かっただろ。スリップして路肩に突っ込んだ」
「……なるほどな」
「なるほどって何だよ。普通は疑うだろ」
「お前を疑った事なんか無いんだ。嘘ならその前に分かるからな」
 彼はニンジンを齧り、ビールを飲んだ。
「馬みたいだ」
「誰がだ」また笑ってつっこんだ。「どおりで入った時から、客がジロジロ俺の方ばっかり見てるわけだ。店員に『2名』と言っても変な顔されたし」
「場所、替えるか?」
「いいよ、今更」彼は煙草に火を付けた。「今日はこのまま変人キャラで通す」
「そうか」俺は苦笑した。「頼みがあるんだ」
「その為に今日俺に会ったのか? 幽霊の掟みたいなやつで」
「いや、会ったのは本当に偶然だよ」
「まあいいけど。で、何だ?」
「妻の事だ」
「ああ……」彼は灰皿に灰を落とした。「独りになっちまうもんな」
「そう。だから、お前の出番だ」
「どうするんだ?」
「リベンジしろ」俺はそう言って、親指を立てた。「大学時代の」
「彼女とくっつけと?」
「時々お前の事を話してた。俺に告白した時、お前に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったそうだ」
「そうか……待て、俺が今独身だとは限らないだろ?」
「お前は結婚したらずっと指輪を付けるタイプだよ」俺は彼の手を指さした。「指輪が幽霊じゃなけりゃ、お前は独身だ」
「よく分かったな」
「お前は彼女を幸せに出来る人間だって事を、俺は知ってる」
「パクリじゃねえか」彼はまた笑った。本当によく笑う奴だ。「じゃあ、煙草やめなきゃな。お前吸わなかっただろ?」
「いや、就職してから吸うようになった。だから気にしなくていいよ」
「なら気が楽だ」
 彼は短くなった煙草を揉み消し、バーニャカウダとビールの往復に戻った。
「頼むよ」
「善処する」彼は言った。
「今がチャンスだ」

 店を出る。俺達は手を振って別れた。
 曇天の下で行われた俺の告別式で、彼は妻の隣を陣取り、何やら話しこんでいた。そして数分後、俺の棺に向かって親指を立てて言った。

 OK、安心しろ

 雲が離れ、秋晴れの爽やかな陽光が差し込んだ。
2010-10-12 02:06:27公開 / 作者:TAKE
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