『夕顔』作者:SARA / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 あなたにこうしてお手紙を差し上げるのも、これで最後にしようと思っています。
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 夕顔

 ねえ、あなた。
 庭先に咲くあの白い花はなんというのかと、最初に家にいらっしゃったとき、あなたはお尋ねになりました。あの花びら一枚が白くて薄い花の名前は、夕顔といいます。朝顔とは違って、夕刻に人目を忍んで咲く花です。昔、祖父がよく好んで育てていたので、家にまだ種が残っていました。それで、夏になると毎年こうして育てるようにしているのです。わたしがそう言うと、あなたはそうかと呟き、ぼんやりと眺めていました。それから、朝顔のように赤や青と色とりどりに咲くのも良いけれど、こうして白一色でいると移り気がなくって、凛としていて美しいな、とおっしゃいました。
 あなたにこうしてお手紙を差し上げるのも、これで最後にしようと思っています。この手紙をあなたが読む頃には、すでにわたしはこの街から姿を消していることでしょう。あなた、実は、わたしのお腹には子供が居るのです。あなたの子です。あなたの子以外に他ならないのです。
 わたしは、遠くに行ってこの子を育てようと思います。この家も引き払ってしまって、わたしのことを誰もしらない土地で生きていきます。おんな一人でどうして生きていけるのか、とあなたは疑問に思われるかもしれませんが、きっとどうにかなるものです。おんなは、子供が居ると獅子のように強くなる、そういう生きものなのです。
 あなた、月のものが止まってからわたしのお腹は、すこしずつ膨らんでまいりました。知っていますか、夕顔も蔦科の植物であるから瓜を実らせるのです。緑色の大きな実です。
 あなたが来なくなってから、庭先の瓜が膨らむのを見ながら、わたしはお腹を撫でています。蜩(ひぐらし)が寂しそうに鳴くのを聴きながら、あなたが来るのを待っているのです。毎日、毎日待っているのです。それも、今日で終わりにしようと思います。
 わたしはおおきな瓜を育てようと、他のものは刈り取ってしまうことにしています。あなたには、勇気があるでしょうか。大事に育てた実の中から、大きなものを育てるために他のものを刈りとってしまうことが出来ますか。取ったものは、とても青くて食べることはできません。放っておけば中が腐ってしまいます。ですからすぐに、袋に入れて捨ててしまうのです。
 この間も、おおきく育った瓜を鎌でさっくりと刈りとってしまいました。わたしには、一つだけおおきな瓜が必要なのです。それだけあれば、十分なおんななのです。あなた、お願いがあるのです。どうか、その瓜を、わたしの家に取りに来て下さいませんか。そのままにして置いておいたら、日が経って、中がぐちゃぐちゃに腐ってしまいます。きっと、家中に据えた匂いが漂ってしまい、きっとご近所の迷惑になることでしょう。
 そういえば、先日、街中で出会った時、あなたはお子さんの手をつないでいました。あなたはそうして、父親の顔をしてふんわり笑っていました。大層あなたに似ていて、賢そうなお嬢さんでしたね。三歳くらいでしょうか、あどけない笑顔で飴玉などを美味しそうに咥えていましたね。
 ねえ、あなた。あの手足の生えた大きな瓜、引き取っていただけますよね。

2010-10-04 21:37:48公開 / 作者:SARA
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■作者からのメッセージ
 テーマ「夏の終わり」です。
 ちなみに、私の家の庭の夕顔は実を結びませんでした。
この作品に対する感想 - 昇順
 ライトノベル物書きのakisanです。読ませていただきました。
 これ、もしかしてホラーやサスペンスですか(汗)
 男側の視点で言うと、
『郵便局の誤配で遅れて届いた手紙――萎びた夕顔の押し花が挟まれた手紙を読んだ男は、ぞっと背筋を凍らせた。ふと影が手紙の文面を覆い隠したので後ろを振り返ると、そこにはへその緒をつけた赤ん坊を胸に抱いた幽鬼のような女性が、収穫用の鎌に真っ赤で瑞々しい血液をべっとりと付着させていた。そういえば、今朝から娘の姿を見ていない――』
 みたいな。少々古風で知識と教養のある女性と火遊びした妻子ある男の末路というところでしょうか……。
2010-10-08 12:22:36【☆☆☆☆☆】akisan
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