『蛇』作者:皆倉あずさ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角1454文字
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原稿用紙約3.64枚
 まだ私の幼かった頃、一匹の蛇がとぐろを巻いて庭の隅に陣取っていたことがあった。青みがかった灰色の、割と大きな長い蛇である。最初は縄が巻いてあるのだと思ったが、先端が時々左右にふれるのを見てそれと分かった。その先端は尻尾だった。
 子供心に珍しいものを見た好奇心も手伝って近寄ろうとすると、叔父さんが毒を持っているかもしれないから止めろと言う。毒のあるやつはマムシといってなあ、もし噛まれたら死んじまうぞ。急に怖くなってどうしようと叔父さんに聞いたら、叔父さんは途端に豪快な笑顔を作って、任しておけと言って腕まくりをした。蛇は二人のやりとりをじっと見つめていた。黒い小さな石のような中に白い光が見えた。爬虫類の目というものを、この時初めて見たような気がする。
 叔父さんは庭の倉庫に立てかけてあった熊手を手に取ると、蛇の方ににじり寄って行った。すると蛇は油断なく、叔父さんの一挙一動を見逃すまいとでも言うように、肝の据わった目を向けた。その目つきは傍から見ていても、よく研がれたナイフのひやりとした切っ先を思わせた。不用意に触れれば、最も鋭い尖端が容赦なく突き刺さる。
 叔父さんはいよいよ熊手の柄の届くところまで近づいて、腰を落としながらその先で蛇をそっと突いた。蛇は迷惑そうに身をよじった。口がわずかに開いて、隙間から赤い舌が覗いた。その先端は刃物で切ったように二つに裂けている。と見えた次の瞬間、いきなり蛇は鎌首をもたげ、熊手の柄に噛み付いた。驚いた叔父さんが熊手を振り上げても放さなかった。がっちりと噛み付いた歯が、根元から引きちぎれるほどに振り回されて、蛇はいきなり砂利の地面に落ちた。何の前触れもなく口を離したのだ。細長い体が奇妙に捻じ曲がっていた。振り回されることで全身を伸ばした蛇の長さは、私の当時の身長を優に超えていたと思う。
 蛇は草むらの方に向かって全速力で逃げようとした。叔父さんはそれを見るや否や熊手を振り捨てて、逃げる蛇に飛びかかった。右手で一気に蛇の首の後ろを抑えて、すぐに左手で尻尾もつかんだ。私はそれをはらはらしながら見守っていた。噛まれたら一体どうするのだろうと、そのことばかり心配していた。
「取れたぞ」と叔父さんは息を弾ませながら言った。
「大丈夫なの」
「大丈夫だ、こいつには毒はない」
 叔父さんはそう言って、蛇を見せにこちらへ近づいてこようとした。毒のない蛇もいるのか、と私は知った。叔父さんの徐々に大袈裟になっていた蛇の話を素直に信じていた私は、子供らしい驚くべき単純さで、蛇はみんな毒を持っているように思っていた。自分の中でそういった物事を再確認して、改めて意識が叔父さんの方を向いたその時である。蛇が急に大きく膨れ上がった。そのように見えた。ただの縄のようだったのが、今や見るも恐ろしい龍のような化け物の姿になって、叔父さんを飲み込もうとするかのように大口を開くのを確かに見た。私が「危ない!」と叫んだのと、叔父さんが突然慌てたように右腕を振り上げたのは同時だった。黒い影が右手から飛び、しかし地面に落ちたのは元の普通の蛇である。私はそれを魅入られたようになって見つめた。今のは何だったのか? 蛇が再び草むらに逃げていく時に、「畜生」と言う声を聞いた。はっとして、叔父さんの姿を探した。辺りを見回してようやく見つけた叔父さんは、2・3メートルほど離れた場所で腰が抜けたように地面にへたり込んでいた。そして呟くように「畜生」と言うのを聞いた。
2010-08-28 02:13:07公開 / 作者:皆倉あずさ
■この作品の著作権は皆倉あずささんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
最近小説を書き始めました。これで大体5作目です。
これは1時間くらいで大枠を書いて、後から細かい手直しを何度か入れました。
初投稿です。ショートショートと呼ぶのもおこがましいほど短いですが、よろしくお願いします。
8/28 1回目 直しました。眠い。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして。作品読ませていただきました。
はっきりいって……ああ、イイ。
皆倉さんは何歳の方でしょうか。もし十代であるなら、いまのうちに潰しときたいぐらい(おいおい)
それぐらいにうらやましいセンスを感じます。「ひと時」の書き方がうまいですね。
私があんまり読まないだけかもしれませんけど、ネットに投稿されたSSのスッケチ作品ではトップレベルです。

 指摘するところがあるとしたら以下の通り。
 ちょっと長くなるんで、なんなら読まなくてもいいです。

『 自分のまだ幼かった頃 』
この文は、私がまだ幼かった頃、のほうが自然でしょう。あと、僕、とか、あたし、にすると性別も特定できて映像をイメージしやすいかな。


『 肝の座った冷たい目をこちらに向けていた 』
肝の座った奴って、力強い瞳をしてるきがします。冷たい目からは肝が座っているとはわからないと思います。冷たい目を使うなら、無機質な冷たい目、とかのほうが雰囲気にあっているかと。あと、肝は「座」わりません「据」わります。


『蛇は油断なく、叔父さんの一挙一動を見逃すまいとでも言うように、肝の座った冷たい目をこちらに向けていた。いよいよ熊手の柄の届くところまで近づいて、腰を落としながらその先で蛇をそっと突いた。』
この文章、蛇が叔父さんを見ていたシーンから、いきなり叔父さんが熊手を近づけるシーンに飛んでいますよね。「向けていた。」で改行を入れたりすれば読者が状況を把握しやすいと思いますよ。改行して、
 叔父さんは、いよいよ熊手の柄の届くところまで蛇に近づくと、腰を落としてそっと突いた。
 たとえばこんな感じで。
あと、冷たい目をこちらに向けていた。
この文ですが、前の記述に、「叔父さんの一挙一動を見逃すまいとでも言うように」と書かれています。結局、蛇はどこを向いているのでしょうか。
主人公、叔父さん、蛇の位置が不明瞭です。
「こちら」の一文が文章をややこしくしています。「こちら」は削ったほうがいいかと。削って不自然に感じるなら、冷たい目でみつめていた。とか、冷たい目で睨んでいた。とかにするとスッキリ?


『目に見えない火花が散った。』
火花が散った。自体がすでに比喩なので、目に見えない。は余計かと。
目に見えないんだから、散ってません。私には違和感がある
 見えはしないけど、火花が散っているようだった。
これだと、私的にはスッキリ。じゃなきゃ、オリジナルの比喩を考えて使うと良いかもしれません。


『がっちりと噛み付いた歯が、引きちぎれるほど振り回されて』
歯が引きちぎれる。うーん、なんだか違和感。比喩ともとれなくはないですが、やっぱり歯なんだから、折れるとか砕けるが普通のように思います。


『驚いた叔父さんが熊手を振り上げても放さなかった。がっちりと噛み付いた歯が、引きちぎれるほど振り回されて、蛇はいきなり砂利の地面に落ちた。』
何が言いたいのか自分でもよくわからないので、私流に書き直してみます。
『驚いた叔父さんが熊手を振り上げても放さなかった。がっちりと噛み付いた歯が砕けるんじゃないかってほど振り回されて、やっと、砂利の地面に落ちた。』
ごめんなさい、言いたいことが言語化できない。この文章を読んでなんとなく感じ取ってください。


『蛇はいきなり砂利の地面に落ちた。細長い体が奇妙に捻じ曲がって、どさりと落ちた。』
落ちた。これを続けて書き出して文章に厚みをだすなんていう技術もあると思いますけど、やっぱり違和感が。
『蛇はいきなり砂利の地面に落ちた。どさりと落ちた。細長い体が奇妙に捻じ曲がっていた。』
こうすると、私には自然に感じるし、落ちた瞬間を強調していることが伝わるんですが、どうでしょうか。


『叔父さんはそれを見るが早いか』
見るが早いか。うーん、辞書にはのっていない言葉なんですよね。でも、どっかで聞いたことはある。いいたいことは伝わる言葉ですしねえ。
指摘というより、私がただ疑問に思ったことです。どっかに日本語の専門家はいないものか?


『叔父さんはそれを見るが早いか、熊手を振り捨てて逃げる蛇に飛びかかった。』
この文章だけをみると、蛇が熊手を持っていて捨てたみたいです。前後文章で基本は伝わりますが、
『叔父さんはそれを見るが早いか熊手を振り捨てて、逃げる蛇に飛びかかった。』
「、」一つでずいぶんと読者に優しくなります。


『自分はそれをはらはらしながら見守っていた。』
最初に指摘したことの繰り返しです。「自分」という一人称もありなんでしょう、でも、私の頭を高倉健がよぎっていくのです(笑)


『「大丈夫だ、こいつには毒はない」』
最初のほうで、
『叔父さんが毒を持っているかもしれないから止めろと言う。』
という文章が書かれています。
捕まえてみて、毒蛇かどうかわかったということなんでしょうけど、その説明になるような文章が無いので、ちょっと不親切かと。
あとこれは、ssですから、省略しても良いと思いますが、
「大丈夫だ、こいつには毒はない」
このセリフ、叔父さんは何を根拠に言っているんだと。まあ、少年時代に見知った蛇だったりするのでしょう。でも、そうすると、
『叔父さんが毒を持っているかもしれないから止めろと言う。』
これの説明がつかない。遠くで見えなかったということもできるけど、それじゃあやっぱり説明(描写)不足。
「大丈夫だ、こいつには毒はない」このセリフは、ssだから許されるセリフ。そんな気がします。


『胴はふた回りも太くなり』
このssに登場する蛇の大きさは「割りと大きな」としか示されていないので、ふた回り太くなった大きさがどんなものかだいたいでしか想像できません。作者が「庭に出る蛇=これくらい」とおもっていても読者の「庭に出る蛇=これくらい」は違います。
やっぱりssだから。といって省略しても良いのかもしれませんが、ちょっと不親切かと。
あーでも、うーんまあ良いのか。小さい頃のこと思い出してるわけだから、「あいまいであること」に意味があるのかなあ。ああ、自信なくなってきた(笑)
あと、どうせ比喩なんだから、ふた回り、と殊勝なこと言わずに、十倍とか言っちゃいましょう。もっと大きくても良いかも。

昔の記憶って、皆、改変して生きてますもの。それが自然。あんまりカッチリしすぎるとかえって不自然。


『そして有り得ないくらい口を大きく開けて、』
これは……この文の前までが良い感じの雰囲気をだしていただけに、陳腐に感じてしまいました。どうせなら、オリジナルの比喩、もしくは、精密な描写でかっこよく決めましょう。

 その時、蛇が急に大きくなったように見えた。胴は数十倍に膨れ上がり、大きさは叔父さんの身長を遙かに超えている。巨大な鱗がこすれあって、ざり、ざり、と音を立てた。叔父さんを飲み込もうとめいいっぱい開けた口は、終わりのない闇だった。

例は……見なかったことにしてください。


『蛇がシャーッと化け猫のような唸り声』
化け猫の唸り声がよく伝わりませんでした。だって、知らないもん。
架空のものより、リアルなもので例えたほうが威力が増すかと。
「シャーッ」はそのあとの例えが決まればいらないです。安っぽくなります。


『叔父さんはぎゃッと叫んで蛇を放り投げるように取り落とし』
放り投げるように取り落とし、がよくわからなかった。
投げると、落とす、が反対の言葉なので、混乱してしまいます。
まあ、あわててる雰囲気の情景が思い浮かびますが、放り投げるだけで良いんじゃないでしょうか。


ラストです。
『それが再び草むらに逃げていく時に、「畜生」と言う声を聞いた。誰が言ったんだろうと辺りを見回すと、叔父さんが呟くように「畜生」と言っていた。』
辺りを見回すって文を読んだ瞬間、蛇、叔父さん、自分、の立ち位置が一気に謎になりました。いままで読んできた中、私がイメージしていた「自分」の立ち位置では、見回すことなく、叔父さんの呟きが目に入ってきたからです。先ほどもいいました、
作者が「庭に出る蛇=これくらい」とおもっていても読者の「庭に出る蛇=これくらい」はちがう。
これはもっと大きくいうと、
作者が思いえがいている映像は、読者には伝わるわけが無い。ということ。
伝えるためには、しっかりとした描写が必要になるのです。
ちょっと口うるさく言っています。ssなんだから、まあいいのかな、と思いつつ、言っています。なんだかよくわからなくなってきたのでこれに関しては以上。


で、これは指摘でもなんでもない趣味のお話。
私、「それが再び草むらに逃げていく時に、「畜生」と言う声を聞いた。」
この文章は、蛇が言ったセリフ? と思わせるために書かれた気がしたんです。で、思ったのは、
改行があって
「それが再び草むらに逃げていくとき、「ざまあみろ」と言う声を聞いた気がした」
これで物語が終わるのも面白いかなーんて……。


あー書いたなあ(笑)
作品より長くなってしまったかもしれない。もうしわけないです。
でも、期待のあらわれだとおもってください。次の作品はssじゃないほうが良いななんて思っています。もし、作家志望であるなら、思い切って公募用の原稿用紙200枚なんていう作品を書くのもありだと思います。
一気に力がつくはずです。

まあ、趣味で書いていて、楽しみたいなと思っているのであれば、この感想はだいぶやりすぎですね。ごめんなさい。

じゃあ、次の作品、このサイトにのせることがあるのなら読みますんで、機会があったら、また。
2010-08-27 12:41:47【★★★★☆】綿田みのる
わざわざ長いご指摘ありがとうございます。励みになります。
とても丁寧で、緊張して読ませていただきました。
よく読んで、さっそく直したいと思います。
またコメントします。
皆倉の年齢は利用者リストのとおりです。(これはOKなんでしょうか?)潰さないで!!
2010-08-27 15:27:35【☆☆☆☆☆】皆倉あずさ
直した上でのポイントを、指摘してくださった点と照らし合わせながら挙げていきたいと思います。

まず一人称の「自分」は「私」に直しました。高倉健……! 名前は知ってるけどあとは知らない……すみません。皆倉は大正とか昭和にかけての小説が好きで、例えば夏目漱石とか三島由紀夫とかをよく読んでいるので、「自分」のほうが個人的に雰囲気が出る気がして使ってしまうのです。でも「私」にすれば文章中に主語として使いやすいのでこちらのほうが良かったですね。

「肝の据わった」について、ナチュラルに「座った」だと思い込んでいました。情けない……
それで、冷たさは出したかったのでこの部分には新しい比喩を加えてみました。

場面展開と時間の経過について。私にはちょっと変わった、普通は組み合わせないような風の単語の組を使って文章を書く癖があるような気がします。それで文章に想像の余地を持たせて奥行きを出したり、リズムをとろうとしたりするのですが、読み返してみるとやっぱり指摘のとおり時間の経過がぶつ切りになっているように感じました。そのせいで場面展開がうまくいかなかったり、登場人物の立ち位置に謎が生じるんじゃないかと。これはあまり直っている気がしません……なにぶん癖なので。蛇と対峙するシーンは特にこういうのが目立ちますね。

言葉遣いについて。「目に見えない火花」は、何となく物足りなくて入れただけだったので、文句なく削除しました。「歯が引きちぎれる」については、引きちぎれるが使いたかったので、歯が根元から引きちぎられることにしてみました。

蛇が大きくなるシーンは、ほとんど書き直しました。やっぱりおっしゃる通り陳腐かなと。
しかし比喩として手っ取り早く龍を持ち出してみたのは軽率だったでしょうか。
それに手直しが後半になるに連れて、実際書いてたときも後半では集中力が続いてなかったんだなあというのが手に取るように分かって、なかなか申し訳なかったです。

ラストは、少し時間がかかりました。立ち位置の調整と、主人公の視線を詳しく書いて、少しイメージに近づいた気がします。

今はこの辺りが限界です。また新作上げます。お暇でしたら読んでください。これからもよろしくお願いします。
2010-08-28 02:52:46【☆☆☆☆☆】皆倉あずさ
 こんばんは、はじめまして。
 実は、直す前のものを一度読んでいたのですが、前のものの時はちょっとつげ義春の作品を読んでいるような懐かしい趣があり、一人称が「自分」なのもそれらしい感じがして良かったように思ったのですが、何だか普通の小説になってしまったように思えて少し残念です。
 混乱させるような感想で、ちょっと申し訳ないような気もしますけども。いただく感想は確かに勉強になりますが、こだわりたいところは譲らなくてもいいんじゃないかな、などとも思ってみたり。
2010-08-28 23:39:03【☆☆☆☆☆】天野橋立
 こんにちは。はじめまして。

 古風で、薄気味悪くて、いい短編だと思いました。長さでいうとたしかに「ss」ということになるかもしれませんが、形式も内容もショート・ショートではないような。どっちかというと短編小説という気がしました。なんとなくですが。

 些事ですが、「動詞終止形+が早いか」(いや、連体形かしらん?)という表現は文法的に正しいです。ちゃんと辞書にもありますよ。
2010-09-03 00:59:44【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
作品を読ませていただきました。短編として良くまとまっていると思います。些末な事柄から始まり、不安という山を迎え、最後にすーっと落としていたつくりは小気味よかったです。
普通の人は蛇を見るとこう感じるんだろうなぁ。私は山に入るのでよく蛇は見るし、沖縄に行ってヒメハブ、サキシマハブ、アカマタに噛まれてこようと計画しているので(毒は弱いから死なないです)、この作品は妙に微笑ましく感じられました。では、次回作品を期待しています。
2010-09-12 20:27:47【☆☆☆☆☆】甘木
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。