『最後の敵』作者:SARA / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 誰を敵に回したとしても、あなたがわたしの味方でいてくれればそれでいいの。だから、何だっていってね。あなたが嫌な思いをしたら、その嫌な思いをさせた奴を――ぶん殴ってやる。わたしは、あなたを守るわ。
全角1505文字
容量3010 bytes
原稿用紙約3.76枚
 ラスト・ボス

 誰を敵に回したとしても、あなたがわたしの味方でいてくれればそれでいいの。だから、何だっていってね。あなたが嫌な思いをしたら、その嫌な思いをさせた奴を――ぶん殴ってやる。わたしは、あなたを守るわ。
 いつも傍にいるわ。あなたを、敵から守るために。だってそうでしょう、いつ、どこから敵がやってくるのかなんて、分からないのですもの。でも、聞いて。わたしにも、自分の生活というものがあるの。仕事だって毎日のようにあるし、自分の家だってあるからね。だから、夜しかあなたの傍には居られないの、ごめんなさい、生活を優先してしまうわたしを、どうか許してくださいね。
 けれど、夜はいつもあなたの後ろにいる。少しだけ離れて、そっと歩くわ。近くを歩いていたら、あなたを守るどころじゃなくなってしまうもの。気が散って、仕方なくなってしまう。
わたし、夜にあなたの後ろを歩く時、あなたとはじめて出会った日のことを思い出すの。あなたは、昼間は大学生をしていて、夜は遅くまでコンビニで働いていた。わたしは、その日、恥ずかしいけれど酔っぱらっていたのね。それで、お酒の肴にイカゲソを買ったの。その時のわたしは、家に帰ってからも飲む気でいたのでしょうね。女が、イカゲソだなんて! 今思い出しただけで、顔が熱くなるわ、しかも何であなたの前でイカ! それもゲソなんて! その時、あなたはわたしに、微笑んでお会計をしてくれた。前に並んでいた女――あの鼻につく声で、煙草を頼んだあの女よりも、優しい声でお値段を言ってくれた。その時、わたしはお札しかもっていなくって、すみませんと謝ったわたしに、あなたはいいんです、と笑いましたね。その声の、朗らかなこと! 天使か何かが、微笑んだように思えました。それから、あなたのそのお顔が、忘れられませんの。
 あなたの後ろを歩く時、こころが軽やかになりそうになるのをいつも抑えています。だって、いつ何時、あなたの敵が現れるのか分かりませんからね。そういえば、一昨日のあなたの髪はうしろにねぐせがたっていて、可笑しかったわ。それから、最近あたらしく買ったのでしょうか、格好いいスニーカーですね、センスがいい。夜でもその靴は目立つので、わたしが付いてくるのに、分かりやすくするためでしょうか? ……なんて、高慢ちきな考えもほどほどにしておきますわ。
 今宵も、こうしてあなたの後ろにいるのが嬉しい限りです。いつまでも、こうしていられたらいいと思います。けれど、わたしはあなたの横に並ぶわけにはいかないのです。ああ、今日は月がまん丸、満月です。いつもより、月があなたの夜道を照らして、安全に帰る事ができますように。わたしがどうする事もできない敵から、あの人の身をすくってください……。そう月を見て、祈っていると、ふとあなたの姿が消えました。居ないのです。帰るルートを間違えたのでしょうか。それとも、まさか、あなたの身に危険が注いでいるのでしょうか! そうしたら、大変。わたしは、駆けだそうとしました。けれど、ヒールの靴なのでうまく走る事が出来ません。
 すると突然暗がりから、人が出て来てわたしの目の前に立ちはだかりました。それは、一人の男の人でした。この人は何なのだろう、しかも警察の格好をしているじゃない……。突然、うしろから腕をぎゅっと掴まれました。何をするの、と思い抵抗しましたが、男と女では力が全然違います。わたしは、怖くなってあなたに助けを――求めようとしました。ああ、けれど、だめ。  
 だって、わたし、あなたの名前も知らないのですもの。
 
 了


2010-06-14 21:18:53公開 / 作者:SARA
■この作品の著作権はSARAさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 言いたいことはただ一つ「ストーカーは自分がストーカーであることを自覚しない」です。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。

御作、楽しく拝見させていただきました。
第三者的にはストーカーなど気持ち悪い存在でしかありませんが、ストーカー本人の心情が良く描かれていて、憎めませんでした。
ふとしたことで強い思い込みを持ってしまうことって人間なら誰しも可能性があると思うんですよ。
御作はそれをよく表現されていて気持ちよく拝読することが出来ました。

それにしても凄いですよね?
このような短編で見事に纏め上げていると思います。私にゃ無理ですね〜(泣)

次回作を楽しみにしています。ありがとうございました。
2010-06-15 03:42:02【★★★★☆】せんだいかわらばん
「誰を敵に回したとしても」って、あんたが敵なんかい!!
なんて思わず突っ込みを入れてやりたくなるような彼女でしたね。ストーカーやる奴なんか「サイテー」だと思うんですけど、僕は彼女この恋が報われるよう祈ってます。

……やっぱ、だめか。だめなんだよな。
うーん、これはこれで良いとして、
「ぶん殴ってやりたくなる」ようなストーカーが登場するバージョンも読んでみたいかも。
贅沢ですかね?
2010-06-15 21:48:20【☆☆☆☆☆】綿田みのる
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。