『姉との思い出』作者:目黒小夜子 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
私には、身近だけど遠くて、怖いけど優しい、大切な人が居ます。
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原稿用紙約7.74枚
 小さい頃、私の住む地域には、大きいスーパーマーケットが無かった。両親が居る日は車を出してもらえるものだから、大して意識もしていなかった。だけれども、あの日は両親が家を空けていて、幼い私は中学生の姉と一緒に買い物に出かけたのだ。

 思い出そうとしても思い出せないのが、何故姉は、居ても邪魔くさい私をわざわざ自転車の後ろに乗せて連れ出してくれたのか、ということだ。今となってはどうでも良い部分でもあるが。

 私にとって、姉は怖い存在だった。何でもかんでも許してくれる過保護な母と違い、姉は厳しく叱ってくれる人だったのだ。しかし、叱ると怒るの区別もつかぬ年頃だったのだ、私は。

 真っ黒い自転車には、これまた真っ黒い鈴と真っ黒いサドル、真っ黒いカゴがあった。私はサドルに跨る姉の背中にぴったりとくっついて、自転車に揺られていた。何を買ったのかなんて覚えていなくて、ただとっぷりと暮れて暗くなった屋外に怯えていたことが記憶に残っている。そして、居るか居ないかもわからないおばけよりも、目の前に広がる姉の背中に怯えていた記憶もある。

 今となっては、小さい妹を乗せて自転車で買い物に行くなんて、健気な女の子だという目で見られるのだけれど、当時は違った。とにかく、いつ怒りの火の粉が飛んでくるのかもわからなくて、怯えていた。背後で怯える妹に気がついたのかどうかは定かでない。ただ姉は、私にこう言った。

「ななちゃん、来年は二年生だね」
 小学二年生のことである。私は姉のシャツをしっかりと握って“うん”と答えた。何を言われるんだろう、ゲームをやりすぎるなとか、お金を無駄遣いするなとか、そういうことだろうか? 小学一年生に上がったばかりの時“もう小学一年生になったんだから”と言われたように、二年生になったら同じことを言われるのかもしれない。

 はらはらとする私の気持ちを助長するように、自転車がガタンと揺れる。
「二年生になったら、九九をやるんだよ。お姉ちゃんが教えてあげよっか」
 進行方向を見たままの姉がそう言うので、しぶしぶ“くくとやら”を聞く気になった私が教えてもらうことになった。

 数学嫌いな姉がどうしてそんなことをするのか、いまだにわからない。ただ、かけ算など見たことも聞いたこともない幼子に、姉は懇切丁寧に教えてくれた。一の段は、後ろの数がそのまま答えになるのだとか、そんなことは話していたかもしれない。また、音痴を承知で、音程の悪い九九の歌を歌ってくれたりもした。正直まったくわからなかったが、意味もわからず、歌詞を覚える気持ちで九九を覚えた私を、姉が褒めてくれた。

「すごいね、やったねななちゃん」
 そんな具合だ。帰ってお母さんに話したらもっと褒めてもらえるよ、と、私の頭を撫でながら言った。好き放題に甘えさせてくれる母親が大好きな私は、喜んで、疲れた母が帰宅するなりさっそく九九を披露したのだ。予想通り母は褒めてくれて、姉と二人ですごいと褒めてくれた。

 私は、姉が怖かった。いつも怒っていて、いたずらをした時に許そうとする母を遮り、許しちゃダメだと話してくるからだ。だが、姉は姉なりに小さい世間に揉まれて、私が苦労しないようにと指導してくれていたのだ。この子が潰れないようにと。そこには、本来は母親が見せる役割のひとつすら抱いていたような、そんな気がする。
 子どもに恨まれるのが嫌だった母に代わり、嫌われ役をかってまで、熱心に指導してくれたのだ。

 そんな私は、いつしか成長して、中学生になった。変わり者の性格が災いして、クラスの面々と馴染めずに居た私の話を聞いてくれたのは、姉だった。姉は実家を離れて働きながら、時々帰っては仕事の話を面白おかしく話してくれた。姉が居るだけで、食卓が明るくなる。それを感じているのは私だけでなく、特に母は大喜びして“今日お姉ちゃん来るよ”と話した。

 勝手な私は、全てにうんざりしていた。

 自分の悪口を合言葉に意気投合するクラスメイトにも、そんな気持ちを言えない自分にも、自分の気持ちに気づいてくれないというだけで母にもうんざりした。つくづくゴミみたいな人間だが、とにかく。自分の子どもがクラスメイトに嫌われるわけはない、と信じきっている母に話せない事実を姉に話せたのには、経緯があった。

 仕事も恋も何もかもが順調で、クラスメイトと楽しく遊んでいた姉が羨ましかった。私の唯一の居場所である家庭でも、姉が居る日とそうでない日では家族の明るさも違った。姉が居る日は父も母も喜び、もちろん私も喜び、皆で歓迎していた。しかし心の中では、居心地の悪さを感じていた。
「お姉ちゃんは何もかも順調で良いね。私なんかクラスメイトとも上手くいかないのに」
 と、子どもっぽくすねる私に
「お姉だって、嫌な人は居るよ。でも、そういう人とは表面だけで付き合っているの」
 と答えてくれた。無理だろうけど、あんまり考えすぎるなとも言ってくれた。少しだけ、気が楽になった。それでも駄目で、結局学校に登校が出来なくなった私は、保健室という場所で新しく居場所を確保し、卒業までの歩みを進めた。

 卒業式は校長室で受ける可能性もあると教師は伝えた。それを聞いた母はショックだったが、“ななちゃんのことを思ったら”と、姉は校長室での卒業式に反対しないでいてくれた。そのことをありがたいと感じながらも、姉のような人間になれたら、良い人生を送れるようになるのではと感じていた。
 クラスメイトは、かわいそうになったのか、最後は私に優しく接してくれていて。いい気になった私は、最後の一ヶ月間を教室で過ごすことができた。

 卒業式は、皆と一緒に、体育館で受ける。そう決めたのは、ほかでもない私だった。母は世間体を気にしていた面もあり、ほっと胸を撫で下ろしたようだ。式当日、保護者の席には、父と母、そして姉が出席してくれていた。保健室登校児のくせに、一番後ろのクラスの、一番最後の出席番号だった私は、式のトリを勤めるはめになった。

 なんとか最後は卒業できた私が、家に帰ると、父がけらけらと笑う声が聞こえていた。次いで、姉の“うるさいなー”という声が聞こえる。私がリビングに入ると、“おかえりーお疲れー”という家族の温かい声が出迎えてくれた。一通り話して落ち着いたところで、父が冷やかすように話す。
「姉が泣いてたんだよ」
 もうお父さん、それ言わないで。と姉の声が被さってくる。明日は仕事だからと姉が帰ったあとで、父は続きを教えてくれた。
「ななは校長室で卒業式を受けるかもしれないのに、自分で決めて、皆と一緒に卒業したことが嬉しかったんだって」
 父は、式の終始をビデオカメラで収めていて、涙ぐむ姉を撮ろうとしたら怒られたらしい。そのことをおかしく笑いながら“姉はななの、第二の母だ”と言って、なるほどと感じた。歳が離れているせいか、姉は私にとって、母の部分を持つ人でもあった。

 それからしばらくして、現在。姉は美しく成長し、恋愛結婚をしたのち、お腹に赤ちゃんを身ごもった。本物の母親になるのである。きっと姉は、私と話したあの自転車の帰り道を忘れているだろう。きっとあの九九の思い出は、私だけのものとなっているだろう。しかし、もしも姉が、少しでも育児への不安を抱いた時、私は思い出話を話そうと思う。そして、必ず大丈夫だと伝えるだろう。
2010-05-18 10:49:26公開 / 作者:目黒小夜子
■この作品の著作権は目黒小夜子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましての人は初めまして。
しばらく作品をあげていなかったんでしょうか? すごく久しぶりの投稿かなと考えております。書けなかったので、珍しくなんとか書けたもので指導していただきたいと思います。私は自分の姉に対して、劣等感ばかりを感じる妹でした。それくらい、姉ちゃんがすげぇ人だからです。そんな思いをちょっとずつ込めてつくりました。母の日に間に合うかなと思ったら間に合わなかったし、そもそも母に向けた作品でもない話ですが。
気が乗ったら相手してあげてください。
5/18:中村さんのご指導を受けて、一部手直しいたしました。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして(でよかったでしたっけ?)鋏屋【ハサミヤ】と申します。お名前はお見かけしておりましたが感想を入れるのは初めてだったと思いますので……
御作読ませていただきました。
私はこういう家族愛というか、姉妹愛ものに非常に弱いですw 一つ一つの事柄に、姉を想う正直な気持ちが詰まっていてホロリときてしまいました。凄く丁寧に文章が組み立てられていて感情移入しやすかったです。
私には弟が居まして、私と弟は正反対でした。怠け者で八方美人な私と違い、弟は社交性に欠けていましたが頭脳明晰でスポーツ万能でした。ちょうどこの話とは逆ですねw 私は弟をずっと羨ましく思ってましたが、弟は逆にクラスでもすぐに友達が出来る私を羨ましいと思っていたようです。私が実家を出る時、そう聞きました。読んでいてそんなことを思い出しました。
くだらないことを書き綴ってしまい申し訳ありません。ストレス無く、後味すっきりで読めて良かったです。最近お忙しいのでしょうか? あまりお見かけしてはおりませんが、これを期にまた投稿が多くなる事を期待しつつ、次回作お待ちしております。
鋏谷でした。
2010-05-13 19:04:04【★★★★☆】鋏屋
こんにちは! 羽堕です♪
 子供の頃の姉への恐れなど、すごく分ります。私も上に兄弟がいるので、いつも怒られるんじゃないかってビクビクしてたなぁ、なんて思い出してしまいました。作品の中の主人公と姉は、中学、大人へと、上手く噛み合い良い方向へ進んで行って、本当に良かったなと想うのと羨ましく思いました。兄弟などいると、どうしても自分と比べてしまうんですよね。この作品を読めて暖かい気持ちになれて良かったです。
であ次回作を楽しみにしています♪
2010-05-14 02:10:53【☆☆☆☆☆】羽堕
ぺしみんです。
自転車の後ろで、震える妹の感じ。どきどきします。
お母さんが優しすぎるから、お姉さんが厳しい役割を果たしてくれて。
最後に涙があって、お姉さんの深い愛情が伝わる流れでぐっときました。
ちょっとマネしよう。(ォィ
じーんとしました。
2010-05-15 01:42:59【☆☆☆☆☆】ぺしみん
作品、拝読しました。
うーん、いいですね。少し年の離れた、しっかりして素敵なお姉さんとその妹。ほのぼのと暖かい感じがして、確かにホロリとさせられる作品でした。買い物に連れ出されて、姉の背中に怯える妹に九九を教えると言う場面も、妹の卒業式で姉が涙ぐむというエピソードも大変良かったです。終わり方もきれいですね。
こういうのは自分では絶対に書けないなあ……と思ってしまいました。
2010-05-15 20:19:59【★★★★☆】天野橋立
初めまして!
全部読ませて頂きました!
短編が好きな自分にとってはこうゆう小説は大好物です^^
ただし自分は少々違和感を感じてしまいました。
「これは本当に考えた作品か?」と
別に悪い意味ではなく良い意味でです^^;
自分が思ったのは読んでいてこの話がまるで実話を聞いているように綺麗だったからです。
だから読んでいてまるで誰かが自分に直接話してくれているかのように思えました!
これからも良い作品を作ってください!
2010-05-15 21:34:05【☆☆☆☆☆】犬猫
 おひさしぶりです。

 とてもよかったです。

 日本語的に気になったところが三点だけ。

>いつも怒ってきて
>許しちゃダメだと話してくる

 ここの複合動詞「○○てくる」の使い方にちょっと違和感あります。

>卒業式をする
 卒業式を「する」のは学校だと思います。

 スランプなもんで、そっけない感想文で申し訳ありません。でも好きなお話です。
2010-05-16 22:42:47【★★★★☆】中村ケイタロウ
こんばんは、鋏屋さん。実は、昔コメントをいただけた記憶があるので初めてではないかもです。(いや、もしかしたらそれは私の夢だったのかもしれないです)
読んでくださって、ありがとうございます。文章を丁寧に組み立てられては……いない、ような……。なんだか、読めば読むほど、小説というより作文の印象になってしまって。だめですね。鋏屋さんには弟さんが居らっしゃるんですか。なんだか、その関係も良いものですね。ところで、今日っていつだったかな。ひょっとして17日になってしまいましたか。13日以来パソコンを開けっぱなしにして、ちょこちょこ感想のお返しをさせていただいております。。。
ストレス無くすっきり読めたということで、安心しました。テンポの悪い文章が悩みの一つでしたので。これでひとつ調子に乗って(笑)、創作熱の原動力とさせていただきます。
読んでいただきまして、本当にありがとうございました。
2010-05-16 23:51:29【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
 お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?
 作品読ませてもらいました。犬猫さんも言っておられているようにこれが考えて書かれた作品なら本当にすごい! こういう作品は自分の経験が少し元になってるものです。この作品もやはり経験談が元になってるのかなぁ? もしもそうじゃないとしたら、たったこれだけの枚数で、たったあれだけの言葉で読者の胸にじんと感じさせる手腕はお見事としか言いようがない。
 姉におびえる妹の恐怖心がこっちまで伝わってきて、なんかドキドキしました。けど妹が思っているほど姉は怖くないというのは読者に分かっていて、その「優しさ」を妹が徐々に理解して、最後には姉が困ったときは自分が助けてやろとまで思えるようになっていく。綺麗すぎる終わり方です。
 読んで良い気分になれました。次回作、お待ちしています。
2010-05-17 00:07:59【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
羽堕さん、いつも読んでいただきまして感謝の限りです。
そうなんです、兄弟がいると、お兄ちゃんずるいだの弟ずるいだの、勝手に比べては勝手に落ち込んでいたりしちゃいました。その感じ、出ていましたかね。出ているなら良かったーとひとつ安心。最近、言葉が上手に頭から出てこなくて、感情でしか物事をかけませんで、申し訳ないですが。暖かい気持ちになれたと聞いて、私もちょっと暖かい気持ちになれました。読んでいただきまして、ありがとうございました。
2010-05-17 01:06:25【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
ぺしみんさん、読んでいただきましてありがとうございまさいた。
まず最初に、私なんぞのマネなどしないでください。むしろ私の方がぺしみんさんのマネをしたいくらいです。『しにたいパーセント』、読ませていただきました。感想が書きたくてもかけなかったので、後日書かせてください。なんて、ここで言うべきことではありませんが。
いっぱい書きたいけど、いっぱい書くと、一番伝えたいことがボヤけてしまうので、これにて失礼します。読んでいただきまして、ありがとうございました。
2010-05-17 01:48:06【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
天野橋立さん、読んでいただきましてありがとうございます。
なんだか、いいと言われると、ドキリとしてしまいます。悪いと言われる分には素直に受け入れられるのですが。どうにも褒められるのは苦手で。もちろん嬉しいくせに贅沢極まりないですね。
以前から、テンポの悪さを気にしていたので、少しでもストレス無く読めたらいいなと思っています。本当は、もっともっといろいろ書きたいことがあって。でも全部書くとダラダラしちゃうから、だいぶカットして、ダイジェスト版にしてみたつもりです。
読んでいただきまして本当に嬉しいです。ありがとうございました。
2010-05-18 10:28:30【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
犬猫さん、初めまして。読んでいただきましてありがとうございます。
この話は、私や友人の体験談を基にしている部分があります。だからこその違和感かもしれませんね。もっときちんと、キャラクターのことを考えてあげたいんだけど、それが出来ないです。未熟ですな。
それでは、読んでいただきまして嬉しかったです、ありがとうございました。
2010-05-18 10:32:32【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
中村ケイタロウさん、いつも読んでいただきまして感謝の限りです。
私は、二十三年間日本人をやっていますが、まだまだ日本語が苦手でいけませんね。中村さんのコメントで勉強させていただいてしまうようでは、始末に終えないですよね。中村さんはどうして、そんなに日本語に詳しいんでしょうか? なんて愚問はなはだしいですね。きちんとお勉強しなくっちゃ。
ご指摘いただいた点、改稿させていただきたいと思います。スランプ時期ですか。私もスランプ時期ですよ、一年中(笑)読んでいただきまして嬉しかったです、ありがとうございました。
2010-05-18 10:37:00【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
コーヒーCUPさん、お久しぶりです。読んでいただきましてありがとうございます。
これは私や友人の体験談を基にして創られております。“全部考えてますよ、はっはっは”なんてほど凄い人じゃありません(笑)なんだか皆さん、自転車の場面の恐怖が伝わってくると話してくださいますね。私ったら、そんなに怖く書いたのかしら。。。
そして、妹の成長場面を意識して書いたつもりもないのに、そういう風にとっていただけてびっくりしています。なんだか、“あ、そうそう、それも最初から狙ってて計画しながら書いてるのよ”ってタイプじゃないんですよ。コーヒーさんみたいに、頭良い人だったら、考えながら書くんだろうなぁ。
次回作は、もっと頭使って考えますね。読んでいただきまして、ありがとうございました。
2010-05-18 10:45:05【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
計:12点
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