『殺人機械(仮)』作者:高橋 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
刑務所で働く、ウォヌ・シュリードを中心に刑務官の暗く深い人生を描くショートストーリー。
全角5439文字
容量10878 bytes
原稿用紙約13.6枚
 錆付いた鉄格子の扉を開くと、いつもと同じような雰囲気が漂う。
「さぁ、シュリード君。こっちだ」
 年上のリカードに促され、私はゆっくりと足を踏み入れた。
 ……。静かだ。それが不気味さを増幅させる。左右からの冷たい視線が
足先から頭上までを刺激し、じっとりとした汗が噴出す。
 彼らの視線を受けるたびに、私の脳裏にどこからか声が聞こえる。
(彼らと私らは同類なのだ)
 こだまのように頭の中を駆け巡り、振り払おうとしても消えることは無い。
 ただただ、途方も無い罪悪感が胸に押しよせるのだ。
「シュリード君。何をしているんだ?」
 はっとした時、例の声は止んでいた。歩いていたつもりが立ち止まっていたらしい。
「すいません。ちょっと考え事が」
「大丈夫かね?顔色が悪いぞ?」
「いえ、大丈夫です」
 大きく深呼吸して再び歩き始める。冷徹な一本道はしばらく続くと
突き当たりに、扉がある。
「ここが教官室だ。さきほど渡した鍵の一番長いのがこの鍵だ」
 鍵を開け扉を開くと、ようやくあの雰囲気から開放された。
 教官室は、妙に広く点々と机と棚が備えてあった。
「シュリード君の机は、あそこだ。資料や書類は一括してあそこの
 棚に保管されているから調べたいものがあったら、あそこを探すと良い」
 その後、巡回時間や勤務時間など細かな説明を受けたが
 前にいた場所と大して変化はなかった。他に3人働いているらしいが
今は、会議中でいないらしい。リカードも会議に参加するという事で
説明し終わった後そそくさと行ってしまった。
 巡回時間まだ余裕があったので、彼らの資料とコーヒーを淹れ
椅子に腰を下ろした。
 ゆっくりとコーヒーを飲みつつ資料をめくる。
 1ページ目には、一覧表が簡単に書かれていた。 
全員で21名。年内の受刑者は13名。告訴中が4名。
 次からは各々の略歴が綴られている。
 虐殺、強盗、麻薬、強姦……彼らは皆同類なのだ。
 しかし、彼らと私との違いはなんなんだろうか?法的に認められているかどうかなだけであり、
事実やっている事は殺人ではないか。彼らと私は同類なのではないか……。

 当初、私がこの仕事を始めた頃の話だ。10年以上この仕事に従事していた先輩が
私にこう言った。
「感情を捨てろ。機械になれ。あるがままなるがまま、自分がしなければならない事を
 やるんだ。この仕事に必要なのは人間を捨てる事だ」
 しかし、人間を捨てる事は私には出来なかった。獄中の汚臭に嘔吐し毎日の体調不良。
 血尿も当たり前になるほどだ。人間を捨てられたらどんなに楽だろうか。
 自分自身、人間を捨てる事を望んだ。ただ出来なかった。
 なんとか半身を捨てる事が出来始めたのは、3年後だった。
 普通、あそこまで崩れた者は辞めると先輩に言われたし、自分でも不思議なほど
この仕事をやっている理由がなかった。
 今だから言える事は、この時はまだ彼らと同類だなんて思っていなかったからだろう。
 今でも鮮明に思い出せる。彼らと同類になった日。
 12月だというのに蒸し暑い日。受刑者の名はマーカット・スティーブン。白人で
身長は大きいが、痩せこけていた。罪は妻と子供を銃で発砲射殺。
 イスに座る前まで彼は、静かに時を待つかのように佇んでいたが、
座った途端、目をぎらぎらと大きくし、体全体が震えていた。
 小声で彼は、待ってくれ。助けてくれ。そう呟いている。
 私は、彼の姿を見た瞬間ボタンを押す指が彼以上に震え始めた。
(押せない)
 瞬間的にそう思った私は、その場を逃げ出そうと後ろを振り向いたが
そこには先輩が立っていた。
「だめです。私にはできません!!」
 涙ぐみながら、先輩に訴えたが、彼は何も言わず
私の腕を掴みボタンの前に追いやった。
「無理です。私には……」
 彼は何も言わない。私がボタンを押すのをただ待っている。
 傍観者達がざわつき始めた。いくら経っても執行されないからだ。
 彼はこれ以上待たせる事はできないと判断したのか、私の手首を掴んで
小さくそして強く私の耳元で言った。
「早く楽にしてあげなさい」
 彼は手首を掴んだままボタンに誘導する。
 必死に手を戻そうと抵抗するが、ビクともせぬまま私の指先はボタンに向かう。
 その時、横目でマーカットの姿が見えた。まだ体が震えている。
(早く楽にしてあげなさい)
 さきほどの先輩の声がよぎった瞬間、指先はボタンを押し
 マーカットは数秒のうめき声を出した後、震えは止まっていた。
 それから、数十分後だ。突然激しい嘔吐が私を襲った。
 言い知れぬ何かが胸にこみ上げ、胃液を吐いた。
 止まったと思えば、またこみ上げてくる。
 そんな時、私の背中を私の腕と手首を握った手がさすり始めた。
「……皆そんなもんさ」
 私はあの時の事を質問した。
「何故、何故私に無理やり押させたんですか?」
 彼は、さすりながら言った。
「……皆そんなもんさ」
 その後、ぼそぼそと何かをいった気がしたが聞き取れなかった。
 ただ彼はひたすらに、そんなもんさ。と呟き続けた。
 翌日、喉に何も通らず心はどこか遠くにあった。
 仲間に話しかけられても、呆然としている。そんな時、また彼が現れた。
「寝れたか?」
 彼の声にようやく上の空だった心が現実に引き戻された。
「……少しですが」
「そうか。お前、昨日私にこう聞いたな。なぜ無理やり押させたか?と」
「えぇ。でもそんなもんさと先輩は言いましたよね」
 そういうと、彼は少し微笑んだ。
「ちょっと昔話になるが、俺が最初にあの仕事をした時、
 お前のようにその場から逃げようとした」
「先輩が……?」
「しかし、俺が昨日お前にやったように、俺の先輩も目の前に立ち塞がり
 無理やり俺に押させたんだ。……その後またお前のように突然吐き気がし、
 トイレに駆け込んだら、すぐさま先輩が来て俺の背中をさすった。
 そして、俺はそっくりそのままお前がした質問を先輩にしたら先輩はこう言い放った
 『あの時お前がやらなかったら、ボタンは押せずその日の執行はなくなっただろう。
  そうすれば、受刑者の恐怖は一夜多くなり、被害者の親族の悲しみも一夜多くなる』
 分かるか?シュリード?あの時お前がやらなきゃいけなかったんだよ」
 私は納得したが、どこか引っかかるものがあった。
「なぜ、やらなかったらその日の執行はなくなるんですか?」
 先輩はしばらく黙ってこう言った。
「あの日あの時あの執行でボタンを押す仕事はお前の仕事だった。
 それだけだよ。俺は、お前に言ったよな。
 感情を捨てろ。機械になれと。代理人なんていない。
 お前の仕事はお前自身がやるしかない」
 そういって、先輩はどこかにいってしまった。
 それから数ヵ月後、先輩は退職していったが、別れの挨拶もなく
忽然と消え去ってしまった。
 とはいえ、不思議なほどあれ以来、執行をためらう事はなくなった。
 人間を捨てたとは思っていない。しかし、これが本当に人間を捨てたというのであれば
別にそれはそれでいいと思う。なぜなら、これが私の仕事だからだ。

 だがある事件を境に、仕事ではなく殺人と思えるようになってしまった。
 それは、先輩が消えてから2年の月日が経ったある日。新しく受刑者が加わった。
 名前は、ビエロ・トーマス。57歳。前職は、刑務官。そう……私の先輩だった。
 資料が送られてきた時は、なにかのミスだと思った。いや、そう信じざるを得なかった。
 しかし、搬送され手錠をはめたその顔は間違いなく彼だった。
 検査室で対面した時は、とてつもなく重い雰囲気が室内を包んでいた。
 よくやく、口が開いたのは彼のほうからだった。
「皮肉だな。久しぶりに会うのが、こんなところだなんて」
 弱弱しく言う彼の表情は、あの時とは別物だった。
「信じられません。あなたが、こんなことをするとは」
 資料によれば、この施設からほど近い場所でナイフを振り回し、
 男性2人,女性1人を殺害。その他に3人軽傷、捕まえようとした警察官を重傷させたと
書かれている。
「事実だよ、シュリード。私がやったんだ」
 覇気もなく答える彼に私は呆然とするしかなかった。
 その後、どうしても信じられなかった私は警察に連絡を取ったが、
目撃情報もナイフの指紋も彼と一致。動かない真実だそうだ。
 獄中の彼は、いつもベットに座りどこか一点を見つめていた。
「どこを見ているんですか?」
 私が問うと、少し微笑む
「お前は死刑囚に敬語を使うのか?」
 それに何も言いようが無く会話が途切れてしまう。
 そんな事が続いた中で、裁判所から執行日が通達された。
「……ビエロさん。いや、トーマス」
 また、彼は少し微笑む
「なんだい?教官」
「執行日が決まった」
 そういうと、顔から微笑みは消え真面目な顔になった。
「いつ?」
「来週の水曜日。あと5日後だ」
 長いため息を付いた後、軽く頷き、そうか。と答えた。
 それからと言うもの、時間は刻々と過ぎていった。
 ついに、執行日の前日の夜の事だ。私は神妙な顔つきで巡回を行った。
 彼の牢獄の前に立つと、彼はまたどこか一点を見つめていた。
 なにかを私は伝えたかった。言いたかった。だが、どう切り出したらいいか分からなかった。
「どうしたんだ?教官」
 彼のほうから話しかけられてきた。話はまとまっていない。
 ただこれだけは聞きたいことがあった。
「今だけ……今だけ、あの時のように喋らせて下さい」
 彼は目を閉じ頷いた。
「なぜ、あなたが……無差別殺人なんてしたんですか?」
 彼はしばらく黙った後重々しく、口を開いた。
「お前に何回も言ったな。感情を捨てろ。機械になれ。
 ……この言葉は、俺自身だった。執行をする時も受刑者に接する時も
 感情を捨て、機械になった。ただ、それは刑務官という仕事だからだ。
 刑務官をやめた俺は、数日後、どうしようもない衝動に駆られた」
「……衝動?」
「執行だよ。……俺は刑務官という仕事に呪われていたんだ。
 人を殺す事が俺の仕事で、それが当たり前。いわば、殺人が当たり前になってしまっていた。
 殺人の衝動だよ」
「そんな、馬鹿な」
「そうだな。馬鹿だよな。刑務官をやめて初めて自分が殺人機械になっていた事を知るんだ。
 ……はっきり言えば、俺が人を殺したのは計画的だった。様々な受刑者を見てきたし、
 どんな罪で受刑されたかを知っていた。だから、誰をどれだけ殺し・傷つければ
 『死刑』を宣告されるか分かっていた。彼らと私らは同類なんだよ」
 何も言えなかった。自分らが殺人機械なんて想像もしなかったし、
仮にそうだとしても、これが自分の仕事だと整理できた。ただ、あの先輩がこんな事を言う
ならば、もしかしたら私も、刑務官をやめた時、その衝動に駆られるのではないか。
 その時、一体その衝動をどうしたらいい?先輩のように殺人を犯すか?あの先輩が
抑えられなかった衝動を自分が抑えられるわけがない。
 突然、頭の中が真っ白になる。その時、脳裏によぎる声が聞こえる。
(彼らと私ら同類なのだ)
 彼を見つめたまま私は立ち尽くした。
 翌日、不思議なほど執行するのを躊躇うことはなかった。
 だがしかし、あの時以来の突然の嘔吐が私を襲った。
 トイレに駆け込むが、もう私の背中をさする者はいない。
 自分は殺人機械になっていた事を気づかされたからか?いいや、それは違う。
 先輩を自分の手で殺めたからか?それも、違う。
 自問自答を繰り返す中で、どうしようもない吐き気が続く。
 この吐き気は、あくる日もその次の日も止まる事はなかった。
 私は、2日間の休暇をもらった。思えば、刑務所がマイホームと同じような生活だった。
 吐き気も無く、体調は良い。体中に染み込んだ刑務所の臭いを落とすように
2時間をかけて体を洗った。髭もそり、髪を整え、久しくキッチンに立った。
(そうだ……チキンのトマト煮を作ろう)
 母親に教わった料理だ。財布を持って、スーパーに走った。
 少し高級なチキンとトマト、調味料を買って家に戻った。
 鍋にトマトとチキン、スープで煮立たせる間、ちょっとしたサラダを作る。
 実に有意義な時間を過ごしていた。しかし、心のどこかで脳裏で
何かがざわついている。何かがうごめいている。
 その何かは分からない。ただ、静かに時は流れ、鍋は煮立っていく。
 家のベルがなる。誰かが来たようだ。宅配便?それとも友達?
 私はとりあえず、玄関に向かった。
 そして、扉を開けたときにふっと自分の左手を見る。


 なぜ、私は包丁を持っているんだろう……?
2010-02-25 19:58:53公開 / 作者:高橋
■この作品の著作権は高橋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
時間に余裕があり、投稿させていただきました。
誤りやアドバイス等々お願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 自分の仕事をこなしているだけで、自分の中に別の自分が生まれてしまうという展開は面白かったです。もっと主人公の中での葛藤や変化が書かれてたらいいなと思いました。また、その刑務所で仕事をしている者への呪いのようにも感じました。
 あと改行が多いように感じます。たまに文章の途中で改行が入ってる所もありました。
であ次回作を楽しみにしています♪
2010-02-26 16:15:02【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん。コメントどうもです。
 葛藤については、主人公が知らず知らずの?何か"が中心にありますので
必要はないと思い割愛させて頂きました。
 改行につきましては、一応節目節目での改行で見易さを重点しましたので
ご了承願います。
2010-02-27 14:02:32【☆☆☆☆☆】高橋
作品を読ませていただきます。刑務官の葛藤や苦悩が弱いままラストまできた印象を受けました。題材が面白いだけにもったいないと思います。
2010-03-07 11:55:40【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
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