『休日のミルクティー』作者:しおり / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
作曲家の父を持つ、天才ピアニストの娘・城崎ほなみは、ある日韓国の人気アイドルグループ、MOON SPIRALに出逢う。彼ら六人と出会い、一緒に時間を過ごしていく中で、ほなみはメンバーの一人、イェジュンに惹かれていくけれど…?
全角9287.5文字
容量18575 bytes
原稿用紙約23.22枚
 青い空を流れる雲の下、緑色の波が心地よさそうに揺れていた。
その波の中で、寝転んだまま雲の行方を追っている女性が居た。
 背中を綺麗に覆う黒髪に、真っ直ぐ空を見上げるその瞳は茶色、白い肌に
華奢な体つき。女性というよりは、まだあどけない少女を思わせるような彼女は、
ずっと空を見上げていた。
 辺りを見回す限り人はいない。休日の誰も来ない草原、この場所を知っているのは
彼女だけだったのだ。草木は青く、先週の嵐のことなど感じさせないほど立派に風に
身を任せていた。
 「……大きな空の雲の下……瞳を閉じれば聞こえてくるよ……あの日の君の声がまだ……」
 彼女は、透き通るような、けれど空を突き抜けるような声で口ずさんだ。
風に消されて、そのメロディは長く続かない。けれど、それで充分だった。彼女は
誰のために歌っているわけでもなく、ただ自分自身に聞かせているだけなのだから。
 「この胸の中に居るから、ずっと傍に居るから……」
 男性の歌声が、彼女のメロディにのった。やがて綺麗なユニゾンを奏で、歌は終わる。
 彼女は、ゆっくりと起き上がって辺りを見回した。
 ――わたしの歌声と一緒に、天使の歌声が聞こえた。誰の声だろう……?
 見渡すと、その声の持ち主はすぐに見つかった。彼女の斜め後ろで、立ちながらその男性は
遠い空を見上げていた。やがて彼も彼女の視線に気付き、二人は目を合わせる。
 彼女は、その瞬間驚いて目を見開いた。彼の黒髪、白い肌、白いシャツに赤いネクタイ、
黒いスーツパンツ……。雑誌の中で、見た事のある人。
 「……あなた……この歌を知ってるの?」
 恐る恐る、彼女はそう尋ねた。男性は、彼女を見つめて、小さく首をかしげる。
聞こえなかったのか、と、彼女はもう一度同じことを尋ねた。
 「この歌。わたし以外に知ってる人に、今まで会ったことがないから」
 男性は、彼女を黙って見つめてからしばらくして、また口ずさみ始めた。
 「君が信じてくれた言葉……大好きだったミルクティーに混ぜて……二人で居る日は大切に……
握り締めて……暖めていたね……」
 彼女は彼を見つめて、見つめて、見惚れていた。彼がこの曲を知っていること自体に驚き、
そして彼の歌唱力と表現力に見入っていたのだ。
 「わたし、ほなみ、っていうの。城崎 ほなみ。この曲の作詞・作曲家、城崎 勇人の
娘なの。でもこの曲、世間ではまだ公開されてないはずよ」
 ほなみは、目の前の男性の両目をじっと見つめた。この曲は彼女の父親が作ったもので、
父はまだこの曲を世間に発表していない。それなのに、この男性は知っている。
 「あー……MOON SPIRAL……アルゴイッソ(知ってる)?」
 男性の口から出た言葉に、ほなみは顔をしかめた。かろうじて日本語ではないことが解り、
英文の部分だけを繰り返す。
 「MOON SPIRAL?」
 ほなみの言葉に、男性は笑顔で頷く。
 「クロッスムニダ(そうです)。クコ、ネガ ノレハムニダ(その曲、僕が歌うんです)」
 男性の発言に、ほなみは慌てて両手を振る。
 「ご、ごめんなさい、わたし韓国語わからなくて……。えっと、日本語、解りますか?」
 ほなみは首をかしげて、男性に一歩近付いた。こうしてよく見てみると、確かに少し日本人とは
違った特徴のある容姿だった。けれど背が高く、スタイルがいいことに変わりはない。ほなみは、
彼を観察するように、彼の周りを小さく一周した。男性は、そんなほなみを見て、小さく吹き出す。
 「あー……日本語、まだ、できない。でも、歌は日本語歌える」
 彼の声に、ほなみは関心して頷いた。
 「韓国の方、なんですか?」
 「そう。わたし、韓国から着ました。MOON SPIRAL、日本でデビューするから」
 日本でデビュー、という言葉に、ほなみは昨夜の父親との会話を思い出した。
 「近々、韓国の人気アイドルグループが日本デビューすることが決まったんだ。で、その
デビュー曲を俺が任された。六人全員がリードヴォーカルなんだってさ。遣り甲斐がある。
来週家に挨拶に来るらしいから、その時はお前も家に居ろよ。サインをもらうんだったら、お前の方が
俺より向こうも気持ちいいだろう。MOON SPIRALっていうグループらしいんだけどな、お前好みのイケメン
六人組らしいぞ」
 そうだ、思い出した。
 と、いうことは……。
 「あなた、MOON SPIRALのメンバー?」
 ほなみは目の前の男性を改めて見つめた。確かに、スタイルは抜群だし、容姿も格好いい。
言われてみれば、アイドルでも充分通用する顔だ。
 「そう。イェジュンです」
 「イェジュン……」
 名前までは聞いていなかったが、やっぱり韓国人っぽい名前ではある。
ほなみはにっこり笑って、手を差し出した。
 「初めまして、城崎 ほなみです。父が、MOON SPIRALデビューの曲を手掛けたの」
 イェジュンも笑顔で答えて、ほなみの手を握った。
 「お父さん、城崎 勇人さん? この曲、とてもいい。ありがとう」
 彼の笑顔を見つめて、ほなみは顔が赤くなるのを感じた。さすがアイドル、こういう時の笑顔は
決まっている。
 「あ、えっと……じゃぁ、わたし、もう行かないといけないの。多分、また会えるから……。
バイバイ」
 ほなみは笑顔で手を振った。イェジュンも、それを真似る。
若干去るのが惜しい気もしたが、レッスンに遅れてしまうので行かなくてはいけない。
 誰も知るはずのない丘で、一人空を見上げて立っているイェジュンの後姿を見つめながら、
ほなみは胸の中に灯る小さな光に、まだ気付かずに居た。

 1「砂糖と紅茶」

 朝の日差しが、白いカーテンの隙間から木造の部屋に差し込んでいる。白い壁が僅かに白みを増し、
カーテンの影がうっすらとフローリングされた床に映り揺れていた。風が少し吹いている。広い面積に
反比例し、家具は少ししか置かれていない。中央にテーブルと四つの足長イス、薄ピンク色のソファが
二つに、大きな液晶テレビが設置されている。白い壁には、芸術的な作りの時計、絵画がいくつか
飾られていた。
 ほなみは、リビングへ続く短い螺旋階段を、あくびをしながら降りてきた。休日とはいえ、以前
スタイリストである母親にパジャマのままで居るのはやめなさいと怒られたことがあるので、
それ以来なるべく着替えるようにしている。けれど、動きやすいように、薄手のワンピースなのは
ほなみの少し面倒くさがりな性格が出ているかもしれない。
 「お父さん、居る?」
 リビングの脇にある廊下に入り、一つ目の部屋のドアを指で軽くノックした。これでドアが開いたら、
まず間違いなく外出は控える。想像通り反応がないため、ほなみは遠慮なくドアを開けた。
 「お父さん」
 いつものように、黒い革製の回転イスに、大きなヘッドフォンをつけてパソコンやオーディオ機械に
向き合っていた父親の方を、ほなみは少し強く叩いた。こうでもしないと、音楽を聴くのに熱中しすぎて、
父親は自分にも母親にも気付けないのだ。
 肩を叩かれて、城崎 勇人はほなみを振り返り、ヘッドフォンを耳から外した。
 「おぉほなみ、おはよう」
 「おはよう。今日でしょ? MOON SPIRALが家に挨拶に来るのって」
 パソコンの編集画面を覗き込みながら、ほなみは聞いた。楽しみになどしていない、というように、
少しそっけなく言葉にしてみたものの、上手く隠せたどうかはわからない。勇人は人の嘘を暴くのが得意だし、
ましてや娘の嘘となると、見抜くのは朝飯前のことだ。そのせいか、勇人は小さく笑って、また
パソコンに集中しだした。
 「あぁ。だから、母さんと何か料理、準備しておいてくれよ。簡単なのでいいから」
 父親の言葉に、ほなみは顔をしかめて勇人を見つめた。
 「料理って……。何時に来るのよ?」
 「夕方だそうだ。レッスンの後でお腹も空いてるだろうからな、母さんの上手い家庭料理でもご馳走しよう
と思ってな」
 ほなみは納得して、デスクにおいてあったCDを手に取った。黒い背景に、大きな白い月、その下を
まるでこちらに歩いてくるかのように、六人が映っている。一人一人をじっくりと見て、真ん中の男性で
目を留めた。
 「これ…この人、イェジュン?」
 男性を指さしたまま、ほなみは勇人にCDを見せた。勇人はうなづいて、ほなみからCDを受け取る。指で
一番左から指し、
 「これがジョンワン、こっちがホミン、イェジュン、リョウクにチョンミだ。五人ともヴォーカルで、
ダンスもすごいらしいぞ。まぁ、一番の売りは六人独特のハーモニーらしいんだけどな。俺も一度聞いたことが
あるけれど、もちろん素晴らしかった。さすが、韓国のアイドル界を引っ張るだけの実力はあるよ」
 珍しい。ほなみは驚いて父親を見つめていた。仕事熱心で、そして何より歌手の歌声や、曲に対する姿勢に
うるさい彼が、ここまで歌手を褒めるのは、滅多にない。
 「ふうん……。ねぇ、このCD、借りてもいい?」
 「あぁ、ほなみを聞いておいた方がいい。本当に素晴らしかった。悔しいけど、感動したくらいさ。
持っててもいいぞ、しばらくは。彼らの固定されたイメージが傍にあると、なかなか突破口を見つけるのが
困難になるからな」
 後半の云々は、ほなみには聞こえていなかった。彼女は、ただCDのジャケット写真を見つめていた。
中央に立つ、彼、イェジュン。長い足に、細い身体。けれど上着の下には、シャツの上からでも見て解る胸筋。
ほっそりと伸びた白い指が、綺麗な漆黒の髪を梳いている。少し見下すようにしたその顔は、それでも
悪い印象など与えず、ただただ美しかった。
 こんな男性を、今まで見た事がない。ほなみは途端、弾かれたように部屋を出て行き、二階の自室へ
駆け上がった。すぐにドアを閉めて、オーディオプレイヤーのスイッチを入れる。ブツッと電子音がし、
CDがきゅるきゅると音を立てて数十回回ったあと、ピアノの音が流れてきた。
 ほなみは、お気に入りのクッションを胸に抱いて、ベットに腰掛けた。オーディオプレイヤーを見つめ、
耳を澄ます。
 やがて伴奏が途切れ、声が入ってきた。
その瞬間、ほなみは目を見開いて立ち上がっていた。鳥肌が立っていることも解らず、ただ、耳から入り込み、
心に響き渡る歌声に聞き入っていた。曲がサビに入り、一つボリュームが上がる。そして、ほなみの身体全身に、
心地の良い稲妻が走った。
 すごい。
 このメロディを自分のものにし、そして歌っている彼の感情が、完全に歌詞にシンクロし、それによって
曲の最大限の魅力が綺麗に引き出されている。一人のリードヴォーカルを生かし、他のヴォーカルはハーモニーに
徹底する。けれど、バックコーラスでさえ何かを訴えるような歌い方。お互いの声が主張し合いながらも、
決して相手の声を邪魔することはしない。
 こんな歌を歌える人たちが、本当にこの世界に存在していたのか。
 「これが……イェジュンの……MOON SPIRALの、歌……」
 自分の頬に自然と流れていた涙に気付かず、ほなみはずっと、ジャケット写真のイェジュンを見つめていた。

 「ほなみー、着たわよ、お客さん!」
 母親の声で我に返ったほなみは、ベットから飛び起きた。部屋を見回して、自分がベットに入っていたことに
気付く。曲を聴いている最中に眠ってしまっていたのだ。急いで降りて、ほなみは鏡で容姿をチェックした後、
螺旋階段を駆け下りた。
 リビングには、もう人が集まっていた。父親の隣に、いつもよく家に来るプロデューサーの宮脇 祥、
そして……。
 「イェジュン!」
 彼の姿を見つけて、ほなみは口を両手で覆った。あの丘で見た時より、綺麗な顔立ちがよく見える。
イェジュンはほなみに笑顔で答えて、手を差し出した。
 「ほなみちゃん、だよね? また会えましたね」
 ほなみは慌てて手を差し出し、イェジュンの手を握り締めた。白く、冷たそうに見えたその手は、
とても暖かく、見かけによらず大きかった。イェジュンはメンバーの方を向き、韓国語で何か話し出す。
他のメンバーは笑顔で頷いて、ほなみを見つめた。
 「初めまして、わたしはジョンワンです。イェジュンから、昨日のこと聞きました」
 ジョンワン、と名乗った男性は、短い茶髪に白い肌、足が長く、端整な顔立ちだった。イェジュンに
負けず劣らず格好よく、日本語も流暢だ。
 「初めまして、城崎 ほなみです」
 「ほなみちゃん、僕はリョウクです、よろしくね!」
 「あ、うん、初めまして……」
 「僕はチョンミです。ほなみさん、よろしくお願いします」
 「初めまして、ほなみです! こちらこそ、よろしくお願いします」
 「……ホミン。よろしく」
 「よ、よろしく……」
 メンバー一人一人と挨拶と握手を交わし、ほなみは改めて六人を見つめた。本当に、格好いい。
今まで男性というものが、美しい、や、綺麗、などで表現されるものではないと思ってきたけれど、
この六人に限っては、それ以外に言葉が見つからないのだ。格好いい、では物足りないような気さえしてくる。
 「宮脇くんも、六人も……今日は家でご馳走になってくれ。妻が腕を振るった料理なんだ、美味いぞ」
 勇人は上機嫌でみんなを席に着かせた。こういう食事などは、父の仕事上ほなみも同席したことが多々ある。
色々なアーティストと話もしたし、勉強になったこともたくさんあった。不思議とどんなアーティストでも、
話してみると案外普通の人だし、緊張というものは自然となくなっていたりする。けれど、この六人に
いたっては、当分緊張が解ける様子はなかった。
 何しろ、こんな大勢の男性に囲まれるのはほなみにとって初めてだし、しかもその相手が仮にも
韓国の人気アイドルグループときたら、緊張せずには居られない。ほなみはなるべく自然に、を心がけて、
料理を運ぶのを手伝った。
 「MOON SPIRAL、日本デビューを祝して!」
 宮崎が音頭を取り、全員でグラスを掲げた。勇人と宮崎は仕事の話に没頭し始め、やがて
MOON SPIRALのメンバーも、片言ながら会話に入り、お祝いモードは段々と薄れていった。ほなみは、
そんな六人を見つめて、小さな笑みを浮かべた。彼女も、この六人がどうしていくのか、とても
気になっていた。あの歌声を、もっと多くの人に聞いて欲しい。その気持ちが、何故かほなみにも
芽生えていた。
 一通り片付けを終えて、ほなみは静かにベランダに出た。冷たい夜風が肌を撫でて、少し身震いする。
少し両腕をさすって熱を与えたあと、ほなみは夜空を見上げた。長い黒髪が夜風になびく。その様子を、
部屋の中からじっと見ていたイェジュンが、ゆっくりとほなみの横に立った。
 「日本の空って、綺麗ですね」
 イェジュンを見上げて、ほなみは同じように夜空を見上げた。いつも通りの空だが、何故か小さな微笑みが
生まれる。とても安心したような気持ちになって、ほなみはイェジュンを見つめた。
 「……韓国の空も、星は見えるでしょう?」
 ほなみの言葉に、イェジュンは笑顔で頷いて、空に浮かぶ星たちを指差した。
 「韓国の空も、とても綺麗です。家族で、よく空を見上げていました……。みんな、今ごろ
どうしてるかな……」
 彼の言葉に、ほなみはふと気付いたようにイェジュンの瞳を見つめた。遠くを、見つめているような瞳。
そうだ、彼らの国はここじゃない。韓国に置いてきた家族や、大切な人や、友達だってたくさん居るはずだ。
それなのに、日本でデビューするために、言葉も通じない異国に居る。
 「……偉いなぁ、イェジュンたちは」
 「自分の夢だったから。歌いたいだけ歌って、その歌を誰かに聴いてもらえて、好きになってもらって……。
その人たちのためだけに、歌えたらいいなって。だから、日本に来ること、決めたんです」
 ほなみは、その言葉の意味をひとつひとつ受け止めながら、イェジュンを見つめた。
どんなに強い意志で、それはどれだけ尊いことなんだろう。異国に行くこと自体、ほなみにとっては
大きなことだ。一人では絶対に出来ない。それなのに、イェジュンたちは、六人で、異国で、自分たちの
歌をたくさんの人に聴いてもらいたくて、歌っている。
 「……わたし、MOON SPIRALのこと応援する! わたしも、イェジュンたちの歌声に、とっても感動したの。
あんな素敵な歌声、今まで聴いたことなかった。だから……頑張って!」
 「あー……ファイティン?」
 イェジュンが、ガッツポーズをしてほなみを見つめる。韓国式の応援なのだろうか、とほなみは首を
傾げたが、頷いて、ガッツポーズを真似た。
 「ファイティン!」
 ほなみを見つめて、イェジュンは飛びっきりの笑顔で答えた。
 「コマウオヨ(ありがとう)、ほなみちゃん」

 あの時見たイェジュンの笑顔が、ほなみの心から消せなくなっていた。


2 「雨の坂道」

 週末の空はどこかどんよりとしていて、目覚めてからすぐにカーテンを開けて外を覗いたほなみは、
小さなため息をついた。水滴で窓ガラスが濡れ、ため息によって少しだけ白く染まった部分に、指で
そっと線を引いてみた。指先に冷たい窓の感触が焼きつき、熱いのか冷たいのか、一瞬錯覚させる。
 洋服に着替えて下に下りると、お手伝いの陽子が朝ごはんを準備しているところだった。
城崎家には、週二で家政婦がやってくる。けれど、勇人が家政婦の失敗によって大切なデータを消された
事件が起きてからは、事務所で一番信頼されている陽子が派遣されるようになったのだ。ほなみは
いつも通りに席についてから、テーブルに置いてあった新聞を手に取る。その様は、まるで休日の父親の
ようなものだった。
 「あら、ほなみさんおはようございます。今日は早いですね」
 陽子がホットケーキにはちみつをたっぷりと垂らしながら、ほなみに笑顔を向けた。
 「はい。ちょっと肌寒くて、それで起きちゃって」
 苦笑しながら、ほなみは新聞に視線を戻した。ページをめくって、ふと大きな見出しに目を留める。
 「……MOON SPIRAL、堂々と日本デビュー」
 ゆっくりと口にしながら、視線は印刷のせいで少しくすんだ色の写真に釘付けになっていた。陽子が
ホットケーキを載せたプレートをほなみの前に置いて、同じ様に新聞を覗き込む。
 「あぁこれ、今朝勇人さんが嬉しそうに持ってきたんですよ。編集部の雁屋さんから電話があって、
今日の新聞でMOOS SPIRALを大々的に取り上げたからぜひ目を通しておいてくれ、って」
 「え、雁屋さんがこの記事書いたんですか?」
 雁屋と言えば、小さい頃から父の親友ということもありよく家に遊びに来ていた人で、ほなみにも
色々な業界の裏事情を教えてくれる、頼りがいのある男性だ。大きくなってからはたまにしか遊びに
来なくなったが、父が連絡を取り合っていることは知っていた。何でも、前に部下が書いた捏造記事の
汚名を着せられそうになり、そのせいで警察と一悶着を起こしたとかで忙しかったとか、何とか。
 「そうみたいです。あの記者の人、わたしはどうも好きになれないんですよねぇ。あることないこと
を記事にして、結局情報を正しく伝えるより、何部売れるかを目的に書いてるだけじゃないですか?
あぁいう記者って」
 陽子は不機嫌そうにミルクをコップに注ぎ、ほなみの前に音を立てておいた。
 「陽子さん……そんなに雁屋さんのこと、嫌いでしたっけ?」
 ほなみは恐る恐る陽子を見上げる。
 「えぇ、嫌いですよ。わたしの大好きな歌手の熱愛報道記事を書いたのは、あの人ですから」
 トレイを抱えて、鼻息を鳴らしながらキッチンへ消えていく陽子を見て、ほなみは納得したように
頷いた。そういえば、陽子は三度の飯よりもアイドル好きで、嫉妬心も深い女性だった、と思い出した。
特別陽子とアイドルの話をしたことはないが、いつも掃除中や洗濯中に口ずさんでいる楽曲は、ほなみの
学校でも、数人の女子たちが騒いでいるのを聴いた事があるような曲ばかりだ。
 ほなみは新聞に気を取り戻して、文章を読み始めた。
 「韓国で大人気のアイドルグループ、MOON SPIRAL(右端からリョウク、ホミン、イェジュン、
ジョンワン、チョンミ)が、十二日、日本で正式にS&Aミュージック株式会社からデビューすることが
発表された。すでにデビューライブの日程も決定していて、参加者は三万人を越えると予想されていてる。
……そんなにすごかったんだ、この五人って」
 写真に使われているのは、CDのジャケット写真と、韓国でのコンサートのものだった。人で埋め尽くされた
観客席、ペンライトや内輪が目を瞬かせ、白いT-シャツで汗だくになりながらも笑顔の五人が映っている。
ほなみの知っているコンサートやライブとは、また少し違った風景がそこにはあった。
 過去、父親のコネを使って有名アーティストのライブやコンサートに、VIPとして行ったことはあるが、
アイドルグループというもののコンサートはまだ一度も経験したことがない。イメージ的には、ファンの
叫び声で何も聞こえないようなものだが。
 「ほなみさん、デビューコンサート行くでしょ? わたしと奥様も行きましょうか、って、今ひっそりと
計画中なんですよ」
 陽子の先ほどとは打って変わった声に、ほなみはびっくりしながら首をかしげた。
 「だってお母さん、最近は仕事ばっかりで他のことは手に負えないって……」
 「それがね、なんと奥様ったら、ジョンワンからもうサインもらったんですって! その時に、ぜひ今度は
コンサートでお会いしましょう、って笑顔で言われたらしいんですよー! そんなこと、わたしも
チョンミに言われたいー!」
 陽子の脳内は、アイドルハンターに切り替わっているようだった。ほなみは苦笑いでその場を乗り越えて、
自分の部屋へと戻る。上着を羽織って、陽子を避けて家を出た。
 
2010-02-27 20:35:48公開 / 作者:しおり
■この作品の著作権はしおりさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初心者ですが、みなさまに楽しんで、ときめいてもらえるような物語を書いていきたいので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして。浅田明守といいます。
まず最初に思ったのがところどころに不自然な改行があって読みにくいということです。
それに…や―は二つ続けて使うのが基本です。ついでに「」の最後に。はつけません。
このあたりは利用規約の『小説の書き方(正規表現)の[必ず守って欲しい事の欄]』にも書いてあることです。
もう少し作文の基本を勉強することをお勧めします。
作品を読んだ時に頭に浮かぶイメージがよかっただけに少し残念です。
2010-02-21 23:49:22【☆☆☆☆☆】浅田明守
浅田明守さんへ>

コメント、ありがとうございます。
ご指摘を参考に、書き直してみました。改行についてはまだまだ勉強していきます、
ありがとうございます。
これからは作品のイメージを壊さないように、基本をきちんと踏まえた上で
執筆していきたいと思います。

ありがとうございます!
2010-02-22 16:44:57【☆☆☆☆☆】しおり
こんにちは! 羽堕です♪
 イェジュン達のグループの活躍と、ほなみとの恋が、どう進んで行くか期待しています。
 色々な書き方があるとはおもうのですが韓国語の部分は、カギカッコの種類を(『』などに)変えて日本語のみの方がカタカナの後に( )で翻訳より、私は読みやすいかなと思いました。
 それと改行は、文章の途中や‘、’の後にあるのが意味をあまり感じないので、修正した方がいいかなと。ご自身でマイナスをつける事はないと思いますよ。
であ続きを楽しみにしています♪
2010-02-22 18:34:03【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さんへ>

こんばんは! コメントありがとうございます。嬉しいです。
そう言って頂けると、書く勇気がわいてきます!
改行のことについて、もう少し勉強します。ありがとうございました!
2010-02-22 23:23:18【★★★★☆】しおり
すいません、点数を0に戻すために、連続投稿させていただきます。
2010-02-22 23:24:13【★★★★☆】しおり
点数を0に戻します。
2010-02-23 06:25:20【★★★★☆】しおり
こんにちは! 羽堕です♪
 無事にデビューライブも決まって、すでに熱狂的なファンもいるようで、ほなみの恋愛が、どう進んでいくのか期待しています。
 何度も申し訳ないのですが改行が途中で入っているようです。例えば2「雨の坂道」の一行目‘外を覗いたほなみは、’の後でで改行されていますが、必要ないと思います。二行目も‘、指で’の後に文章の途中ですが改行が入っているで修正した方がいいです。その後も同じように文章の途中で改行が入ってる部分が、やはり気になりました。長々とすいません。
であ続きを楽しみにしています♪
2010-02-28 11:52:21【☆☆☆☆☆】羽堕
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。